北の聖女と南の聖女に挟まれる一般TSチート始元者 作:始元Υ紳士
前話をみていない方はそちらから
『——北および南の師団が、不可侵条約を破棄。
国境線を越えて、聖地へと強行進軍を開始した。
その数、実に数万。
両軍はすでに聖都の外周を完全包囲しており、要求は一切不明。
繰り返す、カナンの地は現在、建国以来最大の軍事的危機に直面している——』
□■□■□
一方その頃、聖都のど真ん中。
学生寮『三〇一号室』はというと。
「……ふむ。今日も私の部屋は、実にインターナショナルだなあ」
私は、部屋の真ん中に引かれた境界線の上で、のんびりとお茶をすすっていた。
今朝、実家のお母さんから手紙が届いていた。
内容は『あらあら、ルーツちゃん。寮でちゃんとご飯食べてる? 今度お休みの日に、お野菜持って遊びに行くわね』って書いてあったような。
まあ、うちのお母さんは昔から心配性だけど、ただの一般主婦だし。
こんな厳重な名門校の寮まで、そう簡単には来られないだろう(楽観視)。
それよりも、だ。
今の三〇一号室は、ちょっとしたカオス状態……いや、面白い状況になっていた。
「な、なるほど……! 炎の魔力をそうやって一点に集中させれば、表面だけをパリッと香ばしく焦がせるのですわね⁉︎」
キッチンの南国エリア。
そこではなんと、北の第三王女ヒルデが、エプロン姿のサアスの隣に立ち、目をキラキラさせながらメモ帳にペンを走らせていた!
先日、旧校舎の屋上で『お菓子お昼寝同盟』を結んだヒルデとカイル。
それに、クレープを半分こしてすっかり仲良くなったミナまで加わり、今日は私の部屋で休日のお茶会を開いているのである。
「そうそう! お姫様、すっごく筋がいいよ! 南の炎魔法の極意はね、『美味しくなーれ』って情熱を込めて、火力をコンマ一秒で調整することなんだから!」
「ふむふむ! 門外不出の南の魔導制御術……いいえ、至高のキャラメリゼの極意、このヒルデが完全に体得いたしましたわ!」
北の王女様が、南の炎魔法を必死に習っている。
しかも、プリンのためだけに!
そして、反対側の北極エリアでは。
「へえ……すごいな、ノルスさん。氷結魔法をそうやって薄いドーム状に固定すると、外の熱気だけじゃなくて、騒音まで完全にシャットアウトできるんだね」
特大の安眠まくらを抱えたカイルが、ノルスの張った氷の結界を見て感心したように頷いていた。
「ええ。北の氷結魔法の本質は、あらゆる外敵と雑音を拒絶する『絶対の静寂』にあります。これを使えば、睡眠を妨げるものを、半径十メートル手前で永久凍結させることが可能です」
「凍結は物騒だけど、その防音と冷気の固定術は最高だなあ……。よし、僕もその魔法、昼寝用に覚えちゃおっと」
南の公爵家嫡男が、北の氷魔法を学んでいる。
しかも、安眠のためだけに!
「……お二人とも、昨日の今日でずいぶん仲良くなられましたね。学友たちが部屋に集まって魔法を教え合うのは、実に『普通』の青春です」
私のすぐ隣で、分厚い『第七版』を抱えたミナが、どこか柔らかい表情で頷いた。
彼女の口元には、さっきサアスが焼いてくれたイチゴタルトのクリームがちょこんとついている。
うんうん、いいことだ。
外の世界がどうなっていようと、この部屋の中だけは平和そのもの——。
——ドォォォォンッ‼︎
「おおおおおおいっ⁉︎」
その時だった。
遠くの方から、ズシン、と地響きのような重低音が思いっきり伝わってきた。
テーブルの上のティーカップが、カタカタと小さく揺れている。
「な、なにごとだ……?」
私が首を傾げた、その瞬間。
ピタリ、と。
キッチンにいたサアス、リビングにいたノルス、そして私の隣にいたミナの三人が、同時に動きを止めた。
三人の視線が、険しく窓の外へと向けられる。
「……この魔力反応。本国のコルド将軍の機甲師団……⁉︎ なぜ、本当に聖都の結界外縁まで来ているのです……⁉︎」
「嘘でしょ……うちのブレイズ団長の聖堂騎士団まで混ざってるじゃん! 私があれだけ通信で『来るな』って言ったのに、完全に命令無視してるよぉっ⁉︎」
ノルスとサアスが、小声でやり取りを交わす。
ミナの懐でも、緊急通信機が震えていた。
□■□■□
同じ時刻。
学園の最上階にある、学園長室にて。
「……ふむ。ついに来たか、北と南の狂犬ども」
白髪の学園長——筆頭枢機卿。
彼は、窓の外の地平線を埋め尽くす数万の軍勢を見下ろし、静かに紅茶を一口すすった。
周囲に控える原理主義の枢機卿たちも、誰一人として慌ててなどいない。
むしろその瞳には、冷徹なまでの『覚悟』のみ。
「猊下。コルド将軍およびブレイズ団長より、最後通牒が届いております……。『聖女様を洗脳から解放し、始元者様の前へ道を開けよ。さもなくば聖都ごと踏み潰す』……と」
「ふっ、愚かな連中だ。なぜ我ら聖都エル・カナンが、数百年もの間、二大教国の間に挟まれながらも、一度たりと侵略を許さなかったのか……その本当の理由を忘れたと見える」
そう、この聖都エル・カナン。
表向きは「人質交換の中立緩衝国」という顔をしているが、その実態はまったく違う。
ここは、一〇〇〇年前の始元者が遺した『超古代魔導遺産(オーバーテクノロジー)』を独占管理する、大陸最強の武装要塞都市なのだ!
「奴らは知らんのだろう。この聖都の地下には、両国の首都ノールガルドとサザンクロスを、天球の裏側からでも焦土に変えられる、大陸間弾道魔導砲『カナン・ノア』が百門以上も照準を合わせて眠っていることを……!」
「ええ。いわば『相互確証破壊』の絶対的抑止力……。両国の上層部が我々に手を出せなかったのは、単に聖地であるからという信仰的・人質的理由ではなく、我が国からボタンを押されるのが怖かったからに過ぎませんからな……」
これぞ、小国が超大国を飼い慣らすための冷酷なリアリズム……まさか『最終兵器』を隠し持つハリネズミに、正面から噛みつくバカはいない。
……ただ、目の前にいる『本物のバカ(過激派)』を除いては!
「とはいえ、今ここでアレを撃てば、その発射音であのお方の安寧を邪魔することになる」
学園長は、ティーカップをソーサーに置いた。
「都市防衛結界『カナン・ドーム』を最大出力で展開し、無粋な犬どもは外縁で完封せよ。黒服たちには、消音魔術をかけた上で鎮圧に当たらせるのだ。——あのお方の優雅な休日に、砂塵ひとつ入れるでないぞ!」
「「「ハッ‼︎」」」
老獪なる支配者たちが、完璧な防衛指揮を執った——まさに、その直後だった。
——ビーッ! ビーッ! ビーッ‼︎
学園長室に設置された『神聖波長・観測メーター』が、突如として耳をつんざくような警報音を鳴り響かせたのだ!
「な、なんだ⁉︎ やつらの新兵器か⁉︎」
「い、いいえ猊下! 外敵ではありません! この異常なまでの神聖波長は……カナン・ドームの内側、聖都南部の『一般住宅街』から、真っ直ぐこの学園へと向かって歩いてきております!」
「内部の一般住宅街からだと……⁉︎」
——次の瞬間。
パーンッ! と、観測メーターの強化ガラスが、限界値を振り切って粉々に爆発四散した!
「「「な、なんだとォォォォッ⁉︎」」」
数万の大軍を前にして眉一つ動かさなかった枢機卿たちが、この時ばかりは目を大きく見開いた。
——測定不能!
魔力測定器を限界まで抑えてなお『七七』を叩き出したあのお方と、まったく同質の——いいや、一切の隠蔽が施されていない純度百の『始元の権能』が、今まさに学園の正門をくぐったのだ!
「ば、バカな……! 我らの監視網にすら引っかからなかった『第二の始元者』が、ずっと聖都の住宅街に潜伏しておられたとでもいうのか⁉︎」
□■□■□
学園の正門前。
過激派の迎撃準備を進めていた黒服は、目の前をトコトコと歩いてくる『一人の女性』を見て、全員が金縛りにあったように凍りついていた。
ゆるくまとめた、艶やかな黒髪。
エプロンの上からお出かけ用のカーディガンを羽織り、両手にはパンパンに膨らんだ『特大の風呂敷包み』を抱えた、見るからに優しそうな主婦。
——先に答えを言ってしまおう。
「あらあら、お外は何だか騒がしいわねえ〜」
——あのお母さんである!
だが、黒服たちの目に見えている光景は、ただの主婦などではなかった。
十六年前、生まれたばかりの子供から『始元の権能の半分』を受け取って蘇生した女性。
これまで実家の周囲では、赤ん坊のルーツが無意識に張っていた『日常化の奇跡』によってその権能が空間に馴染み、誰にも気づかれずに済んでいたのだが——。
——いま、初めて実家の敷地内を出て『魔導学園』に足を踏み入れ、さらには風呂敷の中に『聖母の育てた実家の野菜』を大量に詰め込んできたせいで、装置が大爆発を起こしたのである‼︎
コツ、コツ、と。
お母さんが石畳の上を歩くたび。
足元の硬い石畳を突き破って、季節外れの『純白の百合の花』がボワボワッと咲き乱れていく!
「と、止まれ! 何者だ貴様……うおおおっ⁉︎ 対魔導装甲が何もせずに軋むだと……ッ!」
百戦錬磨の黒服隊長が、圧倒的な神聖波長の前に膝から崩れ落ちた。
そこへ、お母さんがトコトコと歩み寄り、小首を傾げてにっこりと微笑んだ。
「あらあら、皆さん黒いお洋服で揃えて、学園祭の出し物の練習かしら? 毎日ご苦労様ねえ」
ふわり、と。
黒服の隊長の肩を、優しくポンと叩いた。
その刹那。
隊長が十年前の極秘作戦で負い、どんな古代魔導医療でも治らなかった『背中の古傷』が——因果ごと逆転し、一瞬にして完治した!
「……え? お……? お、おおおお……ッ!」
隊長だけではない。
『あらあら』という慈愛の声を聞いただけで、周囲にいた黒服百人の慢性腰痛、胃潰瘍、さらには眼精疲労に至るまでがすべて浄化されていく!
「う、疑いようがない……! あのお方と同じ黒髪、そして歩くだけで奇跡を生む御威光……!」
「ああ……あのお方こそ、我らが主をこの世に再誕された、『聖母』様に他ならんぞォォォッ‼︎」
——ズザァァァァァッ‼︎
世界最強の特殊部隊であるはずの黒服たちが、一糸乱れぬ動きで石畳の上に『ジャンピングストレート土下座』をかました!
花びらが舞い散る中、屈強な男たちがボロボロと感涙を流して道を開ける。
「あらあら、最近の若い子は礼儀正しいわねえ。ええと、ルーツちゃんの寮はどっちかしら〜」
お母さんはマイペースに鼻歌を歌いながら、土下座の絨毯の真ん中を、のんびりと学生寮へ向かって歩いていった——。
□■□■□
——同じ時刻。
聖都を見下ろす丘の上、北と南の合同陣地。
北のコルド将軍が、大剣の柄を握りしめた。
「ええい、まだ破れんのか!」
数万の大軍が、ありったけの攻撃魔法を撃ち込み続けて、しばらくが経った。
それでも、聖都を覆う『カナン・ドーム』は、傷ひとつつかなかった。
南のブレイズ団長が、大槍で地面を突く。
「おのれ原理主義め! 結界ばかり固い亀が!」
苛立ちを隠せずに「「うぐぐ……」」と呻く。
その時だった。
——パリン。
シャボン玉が割れるような、軽い音。
次の瞬間、半透明の巨大なドームが、きれいさっぱり消滅した。
「「…………は?」」
二人は、揃って目をこすった。
ない。
結界が、ない。
ない。
「おい、双眼鏡を貸せ!」
コルドがひったくった双眼鏡の先の光景は——。
地面に転がる、黒服たち。
その数、実に数百人。
しかも全員、幸せそうな顔で爆睡している。
「ぜ、全員、寝ているだと……⁉︎」
数秒の沈黙。
そして、二人の狂信者は、同時に結論を出した。
「罠だ! 高度な罠で、我らを誘い込む気だ!」
「いや、神の御業だ! 始元者様が、我らのために道を開けてくださったのだ!」
顔を見合わせる二人。
もちろん、どちらも不正解である。
正解は——あらあら、である。
「罠に決まっている! 夜明けを待つべきだ!」
「バカを言え! 闇に紛れて、夜のうちに突入するのが定石だ!」
で、出たーー⁉︎
作戦開始時刻をめぐる、永遠の議題である。
「早起きこそ利に叶っている!」
「夜更かしこそが間違いなし!」
「「…………」」
数秒の睨み合い。
そして、二人は同時に折れた。
「……では、日没と同時でどうだ」
「……異議なし」
見上げれば、空が茜色に染まり始めている。
日没まで、あと少し。
数万の軍勢が、静かに武器を研ぎ始めた——。
□■□■□
そして同じ頃。
聖都エル・カナン、学生寮の三階。
コン、コン。
嵐の前とは思えないほど、それはそれは、優しいノックの音が鳴り響いた。
「ん、誰だろ。購買の配達かな? はーい!」
私はトコトコと玄関へ歩き、ドアを開けた。
「あらあらルーツちゃん! 元気にしてた?」
「……えっ、お母さん⁉︎」
私は、思わず目を丸くした。
そこに立っていたのは、特大の風呂敷包みを抱えた、うちのお母さんだったのである!
「どうしたの急に! 手紙には『今度』って書いてあったのに!」
「いやあね、今朝お庭で立派なお野菜が採れたのよ〜。新鮮なうちに食べさせたくて、すぐ来ちゃったの。……あら?」
お母さんが、私の肩越しに部屋を覗き込む。
そこには、石像のように固まった五人の姿。
ノルス、サアス、ヒルデ、カイル、ミナ。
扉が開いた瞬間に流れ込んだ『測定不能の神聖波長』を、全員がまともに浴びたのだ。
「あらあら、いつの間にか、可愛いお友達がいっぱいねえ!」
お母さんは、ニコニコと上がり込んできた。
——その瞬間。
ノルスとサアスが、ガタガタと震え出した。
((なんと、純粋で巨大な『始元の力』‼︎))
二人の聖女には、一目でわかってしまった。
目の前の女性が纏う力は、世界に散らばる残滓などではなく、主の魂から直接分け与えられた『神の半身』そのものだと!
「……ルーツさんを産み落とされた、偉大なる『聖母』様……!」
「……わ、私たちが同じ部屋で暮らす無礼を、どうかお許しください……っ!」
真っ青な顔でひざまずき、額を床につけようとした——まさにその時。
ぽん、ぽんっ。
お母さんの温かい両手が、二人の頭の上に、ふわりと乗せられた。
「「……っ⁉︎」」
「やあね、そんなに緊張しないで。私はただの、ルーツの母親よ?」
お母さんは、蒼銀の髪と黄金の髪を、まるで自分の娘にするみたいに優しく撫でた。
「いつも、うちの子と仲良くしてくれて、本当にありがとうね」
「……え……?」
「……あ、あの……」
呆然と顔を上げる二人。
生まれたその日から、彼女たちは『当代の聖女』という重い冠を被せられて生きてきた。
周囲の大人が向けるのは、いつだって畏怖か、狂信か、政治的な利用価値を測る目だけ。
誰一人として、彼女たちを『ただの女の子』として扱ってはくれなかったし、無償の愛で頭を撫でてくれる母親など存在しなかった。
——なのに、今。
すべての始まりたる神の母が、自分たちを『聖女』ではなく、『娘の大切な友達』として、こんなにも温かい手で撫でている。
「さあさあ、立ち話もなんだから、みんなでご飯にしましょう!」
お母さんが、特大の風呂敷を広げる。
お重箱の中身は、肉じゃがと、卵焼きと、ほうれん草のおひたし。
優しい湯気が、ふわりと立ちのぼった。
「ほら、たくさん食べてね。ルーツったら、生まれる前は男の子の予定だったのに、私のおっぱいを吸った瞬間、こんなに可愛い女の子になっちゃったの。だから、しっかり食べないと大きくならないわよ?」
……ちょっと待ってお母さん⁉︎
産婆さんも寝てて知らないはずの極秘事項を、なぜ野生の勘だけで把握しているの⁉︎
私が冷や汗を流す横で。
ノルスとサアスは、手渡された温かい卵焼きを一口、口に入れた。
「…………っ」
「……う、うぅ……っ」
二人の瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「あらあら、お口に合わなかったかしら?」
「い、いいえ……! こんなに温かくて優しい味は、生まれて初めてで……っ!」
「おいしいよぉ……! 胸の奥が、ぎゅーってなるくらい、おいしいよぉ……っ!」
一〇〇〇年と五〇〇年の孤独な宿命を背負わされてきた二人の少女が、初めて『聖女』という重たい仮面を脱ぎ捨てた。
そこにあったのは、年相応の、無垢で綺麗な『女の子』の顔だった。
「ふふ、よかった。……あらあら、でもこの子たち、ルーツのことをすっごく愛おしそうに見てるのねえ」
お母さんが、にっこりと首をかしげる。
「もしかして、ルーツの『お嫁さん候補』かしら? お母さん、こんなに素敵なお嫁さんが二人も来たら、大歓迎よ〜」
「「お、お嫁さん候補……⁉︎」」
感涙が一瞬で引っ込み、二人の顔がリンゴみたいに真っ赤に沸騰した。
いや、今の私ってば女の子なんですけど⁉︎
お嫁さん候補ってどういうこと⁉︎(混乱)。
一方、テーブルの端では。
肉じゃがを頬張ったヒルデ、カイル、ミナの三人も、幸せそうに頬を緩めていた。
「……これが、一般家庭の肉じゃが……。甘じょっぱいお出汁が染みて、どんな宮廷料理よりも心が休まりますわ……」
「うん……。これを食べたら、今夜は十時間くらい長く、ぐっすり眠れそうだよ……」
ミナは、空になった小皿をじっと見つめる。
やがて、誰にも気づかれないように、そっと『第七版』の裏表紙を開いた。
『追補:友達の母の手料理は、とても温かい』
「じゃあね、ルーツちゃん。あんまり長居してもお邪魔だろうから、お母さんは帰るわね」
空のお重箱を包み終えたお母さんは、風呂敷の底から何かを取り出し、キッチンのカウンターにゴロンと置いた。
「——そ、それは‼︎」
赤ん坊の頭ほどもある、ツヤツヤの大玉ねぎ!
「今朝、家庭菜園で採れたのよ。ルーツちゃん、玉ねぎが大好きでしょう? お友達と、一緒に仲良く食べなさいね? ——じゃあ、みんな仲良くね〜!」
「ありがとうお母さん! 気をつけてね!」
「「「ありがとう、お母様(聖母様)‼︎」」」
パタン、と扉が閉まり。
そのままお母さんは去っていった。
残されたキッチンには、聖地における第一級禁忌指定植物——それも、『始元の権能』をたっぷり吸い上げて育った神話級の特大玉ねぎが、神々しい光を放って鎮座している。
(……まあ、部屋の中なら誰にもバレないし、あとでこっそり揚げちゃおっと!)
私が特大玉ねぎを撫でながら、のんきに微笑んだ——まさに、その直後だった。
---
——ドォォォォォォォンッ‼︎
激しい地響きとともに、部屋の窓ガラスがビリビリと震えた!
慌てて窓際へ駆け寄った私たちが見たのは、朱色が消えゆく夕闇の中、正門から津波のように押し寄せる黒鉄と真紅の大軍勢!
「な、なんで北と南の軍隊が、一緒にこの学園を襲ってるの⁉︎ 二人は今朝、本国にお説教したんじゃなかったの⁉︎」
ノルスとサアスが悔しそうに唇を噛んだ。
「「…………‼︎」」
ミナの懐の通信機が、けたたましく鳴り響く。
そこから、学園長の本気の悲鳴が飛び出した。
『——カナン・ドームが、内側から消滅しおった! しかも正門の黒服が、全員幸せそうに熟睡しておる! コードネーム【普通】、今すぐ命をかけてでも対象をお守りせよ——ッ!』
プツン、と通信が途切れた。
ミナの表情が、一瞬で戦士のそれへと変わる。
「ルーツさん、ここは危険です! 裏口から、地下シェルターへ!」
ミナが私の手を引こうとした、その時。
パンッ、と力強い音がした。
ヒルデとカイルが、同時に立ち上がったのだ。
「……いいえ。ここは、私たちが行きますわ」
「……うん。せっかくお腹いっぱいで眠いのに、あんな騒音を出されたら、昼寝もできやしないからね」
ヒルデの青い瞳と、カイルの赤銅色の瞳に、迷いのない強い光が宿っていた。
「ちょっと二人とも⁉︎ 外は本物の軍隊だよ⁉︎」
「ご安心なさい、ルーツ! あなたにいただいたお茶と、お母様の温かい手料理……この学園は、私たちが初めて手に入れた『自由な居場所』ですわ!」
ヒルデが、スカートを翻して不敵に微笑む。
「それに、先ほどサアスさんから『最高の炎の使い方』を教わったばかりですもの。北の王女を、舐めないでいただきたいですわね!」
「僕も、ノルスさんに『最高の防音結界』を習ったからね。……ミナさん、僕たちが正面で食い止めるから、生徒の避難誘導をお願いできるかな?」
「……了解しました。残存する黒服部隊を、私が指揮してまいります!」
三人は力強く頷き合い、さっと部屋から飛び出していってしまった。
残されたのは、私と、ノルスと、サアス。
——ところが、である。
窓の外を見やると、ヒルデたちが向かった正面玄関とは別のルート——中庭の上空から、巨大な軍馬と飛竜に跨った『二人の巨漢』が、一直線にこの寮へ突っ込んでくるのが見えた!
大剣を構えた、北の将軍コルド。
大槍を構えた、南の団長ブレイズ。
その二つの狂信的な瞳が、三階の窓際に立つ私を、まっすぐに射抜いている!
『——見つけたぞ、すべての始まりたる始元者様よォォォッ‼︎』
『——今こそ原理主義の欺瞞を打ち砕き、あなた様に【真実の涙】を流していただくッ‼︎』
「なっ……なんだあのオッサン⁉︎(驚愕)」
ノルスとサアスが庇うよう前へと立ち塞がった。
「ルーツちゃん、下がってて! あのおじさんたちは、私たちが絶対に止めるから!」
「ルーツさん、ここは私たちにお任せを……!」
外からは、狂信者の刃。
正体を隠したまま、守ろうとする二人の少女。
私が秘密にし続けてきた『黒歴史』。
——運命の瞬間が、すぐそこまで迫っていた‼︎
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