【完結】北の聖女と南の聖女に挟まれる一般TSチート始元者 作:深紫Sιn姉
『——聖都防衛軍より緊急打電。
正門を突破した北および南の師団は、現在、聖カナン魔導学園の敷地内へ全面突入を開始した。
カナン・ドームは依然として沈黙。
黒服たちの半数は、原因不明の熟睡状態にある。
繰り返す、学園は完全に孤立した——』
□■□■□
夕闇に包まれた、聖カナン魔導学園。
その正面広場には、地響きとともに押し寄せる黒鉄と真紅の大軍勢が、津波のように迫っていた。
「……全員、持ち場を離れないでください! 新入生は校舎の地下シェルターへ! 黒服部隊は、第一防衛ラインを形成!」
広場の中央で、茶髪ボブの少女——ミナが、凛とした声で指示を飛ばしていた。
彼女の片手には、辞書のように分厚くなった黒革の『第七版』が握られている。
その時、彼女の懐の通信機から、地下司令室にいる学園長の低く震える声が漏れ聞こえてきた。
『……聞こえるか、個体番号〇七。もはや通常の防衛戦力では、奴ら数万の軍勢は止められん』
「猊下、現在私たちが避難誘導を行っております。どうかご安心を——」
『いいや。万が一、あのお方の御身に刃が迫り、一粒でも悲しみのお涙を流されるような事態になれば……我々は、地下の大陸間弾道魔導砲【カナン・ノア】の最終安全装置を解除する』
ミナの息が、ピタリと止まった。
「なっ⁉︎ 猊下それだけはおやめください! アレを撃てば、大陸そのものが焦土と化します!」
『撃っても泣かれるが、撃たなくても泣かれる! もはや同じことだ! あのお方がお涙を流して世界が終末を迎えるというのなら、不敬なる狂信者どもの本国ごと、我らが地獄に葬ってやるわ‼︎』
プツン、と一方的に通信が切れた。
ミナは唇を噛み締め、迫りくる大軍を見据える。
『カナン・ノア』を撃たせないためには、何が何でもここで敵の先遣隊を食い止めるしかない!
『——退け、原理主義の手先どもよ! 我らが目的は、奥にいる始元者様ただお一人なり!』
先頭を走る北の機甲兵と、南の聖堂騎士たちが、一斉に剣と槍を構えて突撃してきた。
残存する黒服部隊だけでは、到底防ぎきれない!
ミナが自ら前に出ようと——その刹那だった。
「——そこまでですわ、無礼者ども!」
「——うん、ここから先は通行止めだよ」
カツン、と。
ミナのすぐ前に、二つの人影が降り立った。
北の第三王女ヒルデ。
南の公爵家嫡男カイル。
『お菓子お昼寝同盟』の二人が、数千の先遣隊の前に、堂々と立ち塞がったのである!
『なっ……⁉︎ なぜヒルデ王女殿下が、南の異端者と肩を並べておられるのですか⁉︎』
『カイル卿まで! そこをお退きください、我らは教義を正すために——!』
口々に叫ぶ兵士たち。
だが、ヒルデはふわりとスカートを翻し、マカロンの空き箱を広げて、不敵に微笑んだ。
「お黙りなさい! 美味しいものを食べ、楽しく笑うことの、いったい何が悪いというのです⁉︎」
ヒルデが白い右手を、前へと突き出す。
彼女の脳裏に浮かぶのは、ついさっき三〇一号室のキッチンで、サアスから教わったばかりの『至高のキャラメリゼの極意』!
「我慢ばかりの冷たい規律など、もうたくさん! 熱く、甘く、すべてを焦がす情熱こそが、今の私の新しい規律ですわ——ッ!」
——ゴォォォォォォッ‼︎
北の王族であるはずのヒルデの掌から、南の聖堂騎士すら凌駕するほどの、超高密度に圧縮された『真紅の炎の壁』が噴き上がったのだ!
『う、うわあああああっ⁉︎ あ、熱い! なぜ北の王女殿下が、南の極致たる灼熱魔法を——⁉︎』
一点集中で地面だけを飴色に溶かした超高温の炎壁が、機甲兵たちの進路を完全に焼き切った!
「ふふ、焼き加減はバッチリですわね! さあカイル卿、お次はあなたの番ですわよ!」
「うん、あんまり働くと疲れちゃうから、僕も一発で終わらせるよ」
カイルがあくびをして、左手を地面に添えた。
彼が思い出すのは、ノルスが部屋で見せてくれた『絶対の静寂を作るドームの極意』!
「人の気持ちいい昼寝と、僕たちの大切な友達たちの平穏を邪魔するなら、たとえ故郷の騎士団でも許さないよ。——おやすみ」
——パキキキキィィィンッ‼︎
情熱の国・南の貴公子であるはずのカイルの足元から、凍える冷気が爆発的に広がり、広場全体を分厚い『白銀の氷結バリケード』で塞ぎきった!
『ひ、ひいいいっ⁉︎ 足元が凍りつくぞ! 南のカイル卿が、北の秘奥たる氷結魔法を——⁉︎』
北の王女が、南の甘い炎を操り。
南の貴公子が、北の静かな氷を操る。
自分の心に素直になった『ねじれコンビ』の覚醒タッグが、数千の軍勢を正面広場で封じ込めたのだ!
「すごいです、お二人とも……! これなら、なんとか、防衛ラインを維持できます!」
ミナが希望に瞳を輝かせた、その時だった。
——ドォォォォンッ!
広場の上空を、二つの巨大な影が音速で飛び越えていった。
向かう先は、奥にある『学生寮の中庭』!
「……っ⁉︎ な、あれは……将軍コルドと、団長ブレイズ⁉︎ まさか……正面の軍勢は、最初から陽動だったというのですか⁉︎」
ミナが悲鳴を上げる。
狂信者のトップ二人は、最初から部下に足止めを任せ、手薄なルーツの元へと直行していたのだ!
□■□■□
一方その頃、学生寮の中庭。
「……ルーツさん、絶対に私たちの後ろから出ないでくださいね」
「そうだよルーツちゃん! あのおじさんたち、完全に目がイっちゃってるから!」
外へ出た私を背中に隠すようにして、ノルスとサアスが中庭の中央に並び立っていた。
その目の前に。
ズシンッ! と、地面を陥没させるほどの轟音を立てて、巨大な軍馬と飛竜が着地した。
漆黒の法衣に大剣を提げた、北のコルド将軍。
真紅の鎧に大槍を構えた、南のブレイズ団長。
二人の猛将が、凄まじい殺気と威圧感を放ちながら、私たちの前へと降り立ったのだ。
(うわあ……近くで見ると、冷蔵庫みたいにデカいオッサンたちだなあ……)
私が二人の背中からひょっこり顔を出してドン引きしていると。
オッサンたち二人は、私の前に立つノルスとサアスの姿を見て、ピタリと動きを止めた。
「……な、なんということだ……ッ!」
コルド将軍が、大剣を握りしめたまま、ボロボロと血の涙を流して声を震わせた。
「一〇〇〇年の氷の規律を背負われ、誰よりも気高くあられた我が国の——『当代の北の聖女・ノルス様』が! なぜ、そんな平民の学生服を着て、原理主義の盾になっておられるのですか⁉︎」
続いて、ブレイズ団長も拳を震わせて絶叫した。
「そちらにおられるのは、五〇〇年の情熱と太陽の象徴たる『当代の南の聖女・サアス様』ではありませんか! ああ、なんたる悲劇……! お二方とも、原理主義教団の邪悪な洗脳によって、ここまで骨抜きにされてしまわれたというのか⁉︎」
…………ん?
いま、このオッサンたち、なんて言った? いやまさか、聞き間違えじゃないよね?
「……えっ?」
私の口から、間の抜けた声がぽろりと漏れた。
思考回路が、ピタリとフリーズする。
当代の、北の聖女、ノルス様?
当代の、南の聖女、サアス様?
(……いやいや、ちょっと待てよ)
私は、目の前で「しまっ……⁉︎」と肩を跳ねさせている、ルームメイトの背中をじっと見つめた。
北じゃ、女の子の五人に一人は『ノルス』って名付けるんじゃなかったっけ?
南でも、五人に一人は『サアス』っていうありふれた名前なんじゃなかったっけ?
だから私は、二人が夜中に魔法で抗争してようが、測定で一〇〇〇を出そうが、「戦闘力の高い同姓同名の工作員だな」って納得してたのに⁉︎
(……えっ、うそ。同姓同名の別人じゃなくて、ガチで二大宗教のトップに君臨する『本物の聖女様』ご本人だったのォォォォッ⁉︎)
ガガガガーンッ‼︎
私の頭の中で、入学初日から築き上げてきた『同姓同名説』が、音を立てて完全崩壊した!
だが、ショックはそれだけでは終わらない。
コルド将軍が『古代の拡声魔導具』を取り出し、中庭じゅうに響く大音量でこう叫んだのだ!
「——目を覚まされよ、一〇〇〇年の時を超えて再臨されし、すべての祖たる【始元者】様よ‼︎」
「……へ? し、始元者……?」
「——原理主義どもの毒牙にかかり、本来の崇高なる【創世の言葉】を忘れて堕ちてしまわれた、この哀れな聖女様方をご覧くだされ! 今こそ、古文書の予言通り【終末の涙】を流して異端を焼き払う時なのです——ッ‼︎」
二人の暑苦しい絶叫が、夜の空気に反響する。
「ち、違いますルーツさん! 聞かないで!」
ノルスが、真っ青な顔で私の方へ振り返った。
「わ、私たちは、洗脳などされておりません! 確かに最初は、本国の密命で『始元者』たるあなた様を探しに参りましたが……今は違います!」
「そ、そうだよルーツちゃん! 私たちが毎日お世話をしてたのは、あなたが一〇〇〇年前と五〇〇年前に言葉を授けてくれた、大好きな『神様』だからではな——!」
サアスが、私の手を握ろうと駆け寄ってくる。
だが、しかし。
すべてのピースが頭の中で噛み合った瞬間。
私の脳内に押し寄せたのは、怒りではなかった。
——『致死量の羞恥心』である‼︎
(……えっ? じゃあ何か? この二人は最初から私の正体を知っていたってことで?)
私があの二日酔いで適当にこいた『早く寝ろ』と『楽しく生きろ』という生活指導!
それを、彼女らは当の本人の目の前で毎日ありがたがって復唱してたってこと⁉︎
それだけじゃない!
宗教史の授業で、机に突っ伏し悶絶してたのも!
玉ねぎ欲しさに、闇の売人と密会してたのも!
部屋でダラダラ昼寝して、寝言を言ってたのも!
全部、ぜんぶ、『本物の聖女様』にゼロ距離で観察され続けていたってことなのおおおお⁉︎
それは誰しもが通る黒歴史、例えるなら『痛々しいポエムノート(古文書)』を、親(人類)に朗読されたような、限界突破の辱めであった!
ボッと、私の顔面が耳先まで真っ赤に沸騰した。
頭頂部から、ぷしゅーっと湯気が噴き出す。
「……あ、あわわ……っ」
「ル、ルーツさん……? お、お顔が……?」
「ル、ルーツちゃん? その、大丈夫……?」
ガクガク、ブルブル、プルルルル。
「——う、うわあああああああっ‼︎」
私は両手で顔を覆い、パニックのあまり、ぶんぶんと首を振りながら絶叫してしまった!
「は、恥ずかしすぎるぅぅぅっ! やめて、もう言わないで! せ、聖女様なんて、もう私は知らないから! しばらく半径百メートル以内には近づかないでぇぇぇぇぇぇ‼︎」
断っておくが、二人を嫌いになったのではない!
ただ、自分の黒歴史を崇めている本人たちの顔を直視するのが恥ずかしすぎて、「ちょっと一旦距離を置かせて(タイム)」と叫んだだけなのだ!
——だがしかし!
私は、致命的な事実を忘れていた。
今の私が、世界の理を司る『始元者』であり。
二人が振るう『奇跡の力』が、私の魂から力を借り受けているだけの『契約(サブスク)』であるということ……を。
供給源である『神』自身の口から「聖女なんて知らない! 近づくな!」と放たれた、その瞬間。
——ピピッ、ガガガガッ……プツン!
---
中庭の空間に、魔導回線がショートしたかのような冷酷な音が響き渡った。
世界の法則が、私のパニック発言を『神からの公式破門(強制解約)』と機械的に判定したのだ!
「……え……?」
「……あ、あれ……?」
ノルスとサアスの身体から、あの『一〇〇〇』の神聖な魔力光が、ロウソクの火が吹き消されるようにフッと消滅した。
『ご契約の奇跡は、ただいま解約されました』
そんな無慈悲なアナウンスが聞こえてきそうなほどの、完全なる初期化!
「あ……あああっ……⁉︎ わ、私の内側から、神の御力が……消えていく……⁉︎」
「う、うそでしょ……っ⁉︎ 魔法が、一個も使えなくなっちゃったよぉ……っ⁉︎」
破門された精神的ダメージ、力を失った反動。
二人はその場にペタンとへたり込んでしまった。
今の彼女たちには、もうあの圧倒的な力はない。
ただの華奢でか弱い、『普通の女の子』に戻ってしまったのだ!
「えっ、ちょっと二人とも⁉︎ どうしたの急に座り込んで⁉︎ えっ、えっえっ⁉︎」
私が慌てて声をかけた、その時だった。
「——おおおっ! 見よブレイズ! 始元者様が、原理主義に染まった聖女様方の権能を、お言葉ひとつで剥奪(リセット)されたぞ‼︎」
「——ああ! その通りだコルド! やはりあのお方は、堕落した現状をお嘆きなのだ! ならば、最後の仕上げは我らの役目である!」
コルド将軍とブレイズ団長。
彼らの目が、狂喜で大きく見開かれた。
二人は背後へと手を振り上げ、中庭を包囲していた数百の精鋭魔導兵たちに号令を下した!
『全軍、最大魔導砲撃、構え——ッ‼︎』
ズラリ、と。
幾重もの大口径魔導陣が、座り込むノルスとサアス、そして私の目の前へと照準を合わせる。
「なっ……⁉︎ ち、ちょっと待てオッサンたち! 話が飛躍しすぎだってば⁉︎」
私が止めようと一歩踏み出した、その瞬間。
私のすぐ前で、へたり込んでいたはずのノルスとサアスが、ガクガクと震える足を必死に踏ん張り——魔力がゼロになった生身の身体のままで、私の前へと立ち上がったのだ!
「……ノルスちゃん? サアスちゃん……?」
二人は、迫りくる数百の砲口を前にして、一歩も退かずに両手を広げた。
「……たとえ、神の力を失おうと……あなたに『知らない』と拒絶されようと、構いません」
ノルスの蒼銀の髪が、夜風にひんやり揺れる。
声は震えていた。
でも、瞳には一点の曇りもなかった。
「先ほど、お母様に頭を撫でていただいた温もりと……ルーツさん、あなたと過ごした日々は、私が初めて手に入れた『本物』でしたから……!」
サアスの黄金の髪が、夜風にぽかっと揺れる。
彼女も、どこか覚悟したような目を持っていた。
「うん……! 聖女じゃなくなっても、魔力がゼロになっても、私たちはルーツちゃんの友達だもん! ルーツちゃんを泣かせるくらいなら、この命を盾にしてみせるよ!」
生身の少女二人が、私を背中に庇って、ギュッと互いの手を握りしめる。
「涙ぐましい茶番だが、それもここまで!」
「神聖なる終末のため、おとなしく散れ!」
将軍と団長の声が見事に重なる。
そして——。
「「総員、放てええええええええッ‼︎」」
大剣と大槍が、無慈悲に振り下ろされた!
——ギュイィィィィィィンッ‼︎
夜空を焼き尽くす極大の魔導砲撃が、ノルスとサアス、そして私を飲み込まんとして放たれる!
(あ、ダメだ。今の私の省エネパワーじゃ、この距離からの直撃は二人を防ぎきれない——⁉︎)
私が目を見開いた、まさにその瞬間。
「——させませんッ!」
頬から血を流して傷だらけになった一人の『少女』が、分厚い黒革の『第七版』を胸に抱きしめて、閃光の中へと飛び込んできた——。