1 救われた者のいない記録
世界の根は、眠らない。
いや、眠るという概念が、そもそも存在しないのかもしれない。
無数の根が交差し、記録が流れ、接続が成立し、また切断される。
誰かの誕生が記される。
誰かの死が記される。
誰かが誰かを愛したという記録が残り、その愛によって生まれた別の誰かの存在が、さらに別の記録へと接続されていく。
世界の根は、世界に起きた出来事を保存するだけの場所ではなかった。
記録されなかった出来事が、記録された出来事にどのような影響を与えたのか。
誰かの願いが、別の誰かの選択をどのように変えたのか。
誰にも知られなかった拒絶が、どれほど長い時間を経て、別の誰かの怒りになったのか。
そうした、目に見えないつながりまでが、根の中には残されていた。
だからこそ、死神は疑問を抱いていた。
これほど多くのものをつなぎながら、なぜ、肝心なものだけが記録されていないのか。
第一接続者の願い。
名前を与えられなかった者の願い。
世界が生まれる前に発せられた、最初の問い。
そして、自分がそれに何と答えたのか。
「……妙だな」
死神が足を止めた。
出久も立ち止まり、周囲を見渡した。
二人がたどり着いたのは、根の中でも、ひときわ静かな場所だった。
周囲には無数の記録が浮かんでいる。
だが、そのどれもが、ある一点を避けるように配置されていた。
中心には、何もない。
文字もない。
根もない。
接続の痕跡もない。
ただ、ぽっかりと空間が抜け落ちている。
「ここだけ、記録がないんですか?」
出久が尋ねた。
「いや」
死神は、空白を見つめた。
「記録がないのではない」
「……どういうことです?」
「ここに何かが存在したという痕跡を、周囲の記録が示している」
死神は、近くの根に触れた。
その根には、いくつもの出来事が刻まれていた。
――接続の成立。
――接続の変更。
――記録の再編。
――帰還先の設定。
そのすべてが、空白を起点としている。
しかし、起点そのものには何も残されていない。
出久は息を呑んだ。
「ここに何かがあった。でも、その何かを示す記録だけがない……?」
「そうだ」
「誰かが消したんでしょうか」
「可能性はある」
死神は、慎重に言った。
「だが、最初から記録されなかった可能性もある。あるいは、記録しようとする行為そのものが成立しなかったのかもしれない」
「それじゃ、何も分からないじゃないですか」
「何も分からないわけではない」
死神は空白の周囲を指した。
「この空白が、ほかの記録に影響を与えている。それだけは分かる」
出久は、もう一度、空白を見た。
記録されていないのに、影響は残っている。
存在が確認できないのに、その存在を前提としなければ説明できない出来事がある。
まるで、誰かが世界の始まりに立っていたのに、その者を記録するための仕組みだけが、まだ存在していなかったかのようだった。
「第一接続者が、ここにいたんでしょうか」
「分からない」
死神は答えた。
「だが、第一接続者に関する記録は、この空白を避けて伸びている」
出久は、記録の流れを追った。
確かに、根は空白を中心にして伸びている。
しかし、空白そのものに接続している根は一本もない。
「……誰も、ここに接続できないんですか?」
「あるいは、接続していることを記録できないのかもしれない」
死神は、しばらく考えていた。
そして、空白の前に立った。
「聞こえるか」
返事はない。
「私は、ここに何があったのかを知りたい」
静寂。
「私が誰かに応答したという記録がある。だが、その相手も、願いも、応答の内容も分からない」
死神は、空白を見つめ続けた。
「私は、誰を救おうとした?」
その問いに、根は答えなかった。
代わりに、出久の背後で、一つの記録が開いた。
そこには、見慣れた文字があった。
第一接続者の願い――照合不能。
その下に、新しい一文が刻まれていく。
救済対象――未登録。
さらに、その下に。
救済対象の意思――確認されていない。
出久の表情が変わった。
「……待ってください」
死神が振り返る。
「何だ」
「この記録、変です」
出久は、記録を指さした。
「第一接続者が誰かを救おうとしたという証言はあります。でも、その相手が救われることを望んでいたかどうかは、確認されていないんです」
死神は、黙った。
出久は続けた。
「誰かが救おうとしたことと、誰かが救われたことは違う。救おうとした側が、相手の望みを聞いていたかどうかも、別の問題です」
その言葉は、二人がこれまで見てきた記録を、根本から問い直すものだった。
第一接続者は、誰かを救おうとした。
その証言を、今まで二人は、第一接続者の行動を示すものとして扱っていた。
だが、そこには大きな空白がある。
救われようとしていた者は、何を望んでいたのか。
救済を拒んだのか。
助けを求めたのか。
それとも、ただ、自分が存在していたことを覚えていてほしかったのか。
「……そうだな」
死神は言った。
「我々は、救おうとした者の意思ばかりを追っていた」
彼は、記録を見つめた。
「救われるはずだった者の意思を、まだ一度も確認していない」
その瞬間、空白の向こう側から、かすかな音が聞こえた。
誰かが、息を吸い込む音。
そして、声。
「……助けて、とは言っていない」
出久が振り返った。
死神も、声の方向を見た。
空白の中に、かすかな輪郭が浮かんでいた。
人の形をしているようにも見える。
しかし、顔はない。
手も、足も、はっきりしない。
ただ、その存在が、何かを伝えようとしていることだけは分かった。
「……あなたは、誰ですか?」
出久が尋ねた。
輪郭は答えなかった。
代わりに、もう一度、声がした。
「私は……」
言葉が途切れる。
「私は、ただ……」
それ以上は、聞こえなかった。
輪郭は、消えた。
その場に残されたのは、一つの記録だけだった。
対象者の意思――未確認。
そして、その下に。
応答者の責任――未確定。
死神は、記録を見つめていた。
初めて、自分が何を知らないのか、その輪郭が見えた気がした。
2 救済対象は、何を望んだのか
「死神」
出久は、慎重に声をかけた。
「今の声……あなたには聞こえましたか?」
「ああ」
「誰の声だと思いますか?」
「分からない」
死神は、空白を見つめたまま答えた。
「だが、私の記憶に触れた」
「記憶が戻ったんですか?」
「いや」
死神は首を横に振った。
「何かを思い出したというより……何かを思い出せないことを、思い出した」
出久には、すぐに理解できなかった。
死神は続けた。
「私は、あの声を知っている気がする。だが、誰の声なのか分からない。何を言われたのかも分からない。何を答えたのかも分からない」
彼は、拳を握った。
「それでも、あの声が私に何かを求めていたことだけは、分かる」
「救いを?」
「……そうとは限らない」
死神は、静かに言った。
「我々は、誰かが苦しんでいるのを見ると、救わなければならないと思うことがある。相手が何を望んでいるのかを聞く前に、何をすべきかを決めてしまう」
出久は、何も言わなかった。
その言葉は、彼自身にも覚えがあった。
救いたい。
助けたい。
苦しんでいる人を放っておけない。
その気持ちは、間違いなく大切なものだ。
だが、救いたいという願いが強くなるほど、相手の言葉を聞く余裕を失ってしまうこともある。
相手が何を望んでいるのか。
どこまで手を伸ばしてほしいのか。
どんな選択を自分自身で行いたいのか。
それを確かめずに手を伸ばせば、善意が相手の意思を押し潰してしまうことだってある。
「……僕も、同じことをしてきたのかもしれません」
出久が呟いた。
死神が、彼を見る。
「何?」
「誰かを救いたいと思うあまり、その人が何を望んでいるのかを、ちゃんと聞けていなかったことがあると思います」
出久は、自分の手を見た。
「助けなきゃいけないと思うと、目の前の危険を止めることばかり考えてしまう。もちろん、それが必要なときもある。でも……」
彼は言葉を選んだ。
「その人が、何を失って、何を守ろうとして、何を諦めたくないと思っているのか。そこまで聞かなければ、救ったことにはならない場合もある」
死神は、静かに頷いた。
「救済とは、相手の意思を代わりに決めることではない」
「はい」
「だが、意思を尊重するという言葉を、何もしないことの言い訳にしてもならない」
出久は顔を上げた。
死神は続ける。
「目の前で誰かが傷つけられているのなら、止めなければならないこともある。誰かが自分自身の命や、ほかの誰かの未来を危険にさらしているのなら、介入しなければならないこともある」
声は、厳しかった。
「相手の意思を尊重することと、すべての行為を許すことは違う。相手の願いを聞くことと、その願いを必ず叶えることも違う」
出久は、深く頷いた。
「……だからこそ、何を望んでいるのかを聞く必要があるんですね」
「ああ」
死神は、空白を見た。
「聞いたうえで、何ができるのかを考える。何ができないのかも、伝える。そして、自分が何を選ぶのかについて、責任を負う」
それは、簡単な答えではなかった。
救いたいと思った相手が、救われることを望んでいなかったら。
救いを求めている相手の願いが、別の誰かを傷つけるものだったら。
相手の意思を尊重した結果、取り返しのつかない事態が起きたら。
どの選択にも、痛みが残ることがある。
だからこそ、救う側は、自分の行為を「善意だった」という一言で終わらせてはいけない。
「……第一接続者は、誰かを救おうとした」
出久は、記録を見つめた。
「でも、救われるはずだった人が何を望んでいたのかは、記録されていない」
「そうだ」
「もし、その人が、助けてほしいとは言っていなかったのなら……」
出久は、言葉を止めた。
その先を、簡単には口にできなかった。
死神が代わりに言った。
「第一接続者は、相手の願いを聞く前に、救済を決めたのかもしれない」
「……」
「あるいは、相手の願いを聞いたうえで、別の選択をしたのかもしれない」
死神は、断定しなかった。
「どちらにしても、今の記録だけでは分からない」
空白の中に、再び文字が浮かび上がった。
救済対象の意思――確認を要求。
その文字は、しばらく揺れていた。
やがて、別の文字が続いた。
確認先――未登録。
出久は、悔しそうに唇を噛んだ。
「また、名前がない……」
「名前がないから、聞けないのではない」
死神は言った。
「聞くための接続が、成立していないのだ」
「でも、声は聞こえた」
「そうだ」
死神は、空白へ一歩近づいた。
「声が聞こえたということは、完全に切り離されているわけではない」
彼は、手を伸ばした。
「ならば、接続を成立させる方法があるはずだ」
指先が空白に触れる。
その瞬間、世界の根が揺れた。
無数の記録が、一斉に光を放つ。
そして、死神の脳裏に、一つの光景が走った。
誰かが立っている。
暗闇の中。
目の前には、何もない。
いや、何もないのではない。
何かがある。
ただ、その何かを、どう呼べばいいのか分からない。
死神は、その存在に向かって手を伸ばしていた。
そして、声がした。
「私を救わないで」
死神の身体が、強張った。
次の瞬間、光景は消えた。
彼は、息を荒くした。
「……今のは」
出久が駆け寄る。
「死神!」
「大丈夫だ」
「本当に?」
「……分からない」
死神は、自分の手を見つめた。
「今、何かを思い出した」
「何を?」
死神は、目を閉じた。
「誰かが、私に言った」
声が、低くなる。
「私を救わないで、と」
出久は、息を呑んだ。
「……救わないで?」
「ああ」
死神は、ゆっくりと頷いた。
「だが、それが何を意味していたのかは、分からない」
救わないで。
その言葉は、拒絶だったのか。
助けを求めることへの恐怖だったのか。
自分の存在を、誰かに決めつけられたくないという願いだったのか。
それとも、死神が何かをしようとした結果、誰かがそう言わざるを得なくなったのか。
分からない。
ただ、その言葉が、死神の記憶に残っていた。
そして、その言葉を聞いた死神が、何をしたのか。
それも、分からない。
「……調べよう」
死神は、顔を上げた。
「この記憶が、第一接続者に関係しているのか。それとも、別の誰かに関係しているのか」
出久は頷いた。
「はい」
「誰かを救うという行為が、相手にとって何を意味していたのか。それを知らずに、私は自分の過去を判断するわけにはいかない」
死神は、空白を見つめた。
「私は、あの者の願いを聞かなければならない」
その言葉に、世界の根が応えた。
空白の中央に、小さな光が生まれた。
そして、その光の中から、ひとつの記録が現れた。
第一接続者の行動記録――断片を復元。
復元対象――最初の接続。
記録の完全性――保証なし。
死神と出久は、同時にその記録を見つめた。
世界が生まれる以前。
最初の接続。
その断片が、今、二人の前に開かれようとしていた。
3 世界が生まれる前の、最初の接続
記録の復元は、音もなく始まった。
光の中に、一本の線が現れる。
それは、世界の根に似ていた。
だが、二人が知っている根とは、決定的に違っていた。
世界の根は、無数の存在をつないでいる。
記録されたものと、記録されなかったもの。
生まれたものと、死んだもの。
誰かの願いと、その願いによって変わった別の誰かの人生。
それらをつなぎ、世界が世界として成立するための基盤になっている。
しかし、目の前に現れた線には、何もつながっていなかった。
枝分かれもない。
接続先もない。
根のように見えるのに、何かを支えるための構造が存在しない。
ただ、一本の線が、暗闇の中を伸びていた。
「……これが、最初の接続?」
出久が呟いた。
「そう記録されている」
死神は、光の中を見つめていた。
「だが、何と何が接続されたのかは分からない」
そのとき、線の先に、小さな光が生まれた。
光は、ゆっくりと広がっていく。
そこに、もう一本の線が伸びてきた。
二本の線が、触れ合う。
その瞬間、世界が生まれた。
そう表現するしかない光景だった。
暗闇に、色が生まれた。
色に、形が生まれた。
形に、境界が生まれた。
境界に、内側と外側が生まれた。
そして、内側に、何かが存在するための場所が生まれた。
出久は、思わず息を呑んだ。
「……世界の始まり?」
死神は答えなかった。
二本の線は、接続したまま、互いに震えていた。
そこから、さらに無数の線が伸び始める。
線と線がつながり、つながった線から別の線が伸び、やがて巨大な構造を形作っていく。
それは、世界の根の原型に見えた。
しかし、まだ不完全だった。
記録もない。
名前もない。
時間も、今の世界でいう時間と同じものだったのか分からない。
ただ、接続が成立した。
それだけが、確かな事実として記録されていた。
『最初の接続を確認』
どこからともなく、声が響いた。
『接続対象――照合不能』
『接続目的――照合不能』
『接続者の意思――確認不能』
『接続の結果――世界構造の発生』
出久は、眉を寄せた。
「……世界が生まれたことは記録されているのに、誰が何のために接続したのかは分からないんだ」
「あるいは、分からないように記録されている」
死神は言った。
「この記録は、世界の成立を示している。しかし、世界が成立した理由までは説明していない」
そのとき、映像が揺らいだ。
二本の線の片方が、わずかに離れようとしていた。
接続が切れかける。
すると、世界の構造全体が震えた。
無数の線がほどけ、色が消え、形が崩れていく。
「まずい!」
出久が叫んだ。
だが、何をすればいいのか分からない。
これは、記録の中の出来事だ。
今の二人が手を伸ばしたところで、過去の接続を直接変えられるとは限らない。
そもそも、変えるべきなのかどうかさえ分からない。
次の瞬間、線のそばに、一つの影が現れた。
人の形をしていた。
その影は、離れかけた二本の線の間に立った。
そして、何かを差し出した。
それが何だったのか、映像は示さなかった。
名前だったのか。
願いだったのか。
記憶だったのか。
それとも、接続を成立させるための、まったく別の何かだったのか。
影が差し出したものを受け取った瞬間、二本の線は再びつながった。
世界の崩壊が止まった。
無数の線が、元の形へ戻っていく。
そして、影の輪郭が薄くなった。
「……何をしたんだ?」
出久が呟く。
影は、答えなかった。
ただ、つながった線を見つめていた。
その姿に、死神は目を見開いた。
「……私か?」
出久が振り返る。
「え?」
死神は、影を見つめ続けていた。
その姿は、今の死神に似ていた。
だが、同じ存在だと断定できるほど、はっきりとはしていない。
輪郭だけが似ているのかもしれない。
あるいは、死神が自分の姿を重ねて見ているだけなのかもしれない。
影は、線に触れたまま、何かを呟いた。
音声は欠落していた。
記録は、その部分だけを再生しない。
何度も繰り返される。
影が何かを言う。
音が消える。
映像が巻き戻る。
影が、再び何かを言う。
音が消える。
「……聞こえない」
出久は、記録に手を伸ばした。
すると、文字が浮かび上がった。
音声記録――復元不能。
応答者の発言――記録対象外。
出久は顔を上げた。
「発言が記録対象外って……最初から、記録しないようにされているんですか?」
「可能性はある」
死神は答えた。
「だが、なぜ私の発言だけが記録されていないのかは分からない」
「あなたが、本当にあの影だったとしても?」
「それでもだ」
死神は、静かに言った。
「私は、世界が成立した瞬間に、何かを差し出したのかもしれない。だが、その行為が世界を救ったのか、世界を成立させる条件になったのか、あるいは別の何かを犠牲にしたのか」
彼は、影の輪郭を見つめた。
「今の記録では、何も判断できない」
映像の中で、影が振り返った。
その顔は、やはり見えない。
しかし、声だけが、ほんの一瞬、届いた。
「……まだ、名前をつけないで」
死神の呼吸が止まった。
出久も、声を聞いていた。
「今の……」
「ああ」
死神は、かすれた声で答えた。
「聞こえた」
影は、再び線へ向き直った。
そして、記録が途切れた。
光が消える。
最初の接続の映像は、そこで終わった。
二人の前に、短い記録だけが残されていた。
最初の接続――成立。
接続の維持に必要な条件――一部欠落。
応答者による介入――確認。
介入の代償――不明。
死神は、最後の一文を見つめた。
介入の代償。
自分が何かを差し出したのなら、何を失ったのか。
記憶か。
名前か。
存在そのものか。
それとも、誰かが自分を呼ぶ権利だったのか。
まだ分からない。
だが、一つだけ、明確になったことがある。
最初の接続は、自然に成立したわけではない可能性がある。
誰かが、そこに介入した。
世界が崩れかけたとき、誰かが何かを差し出し、接続を維持した。
そして、その介入についての記録だけが、欠落している。
「……死神」
出久が言った。
「あなたは、世界を成立させるために、何かを犠牲にしたんでしょうか」
死神は、しばらく黙っていた。
「その可能性はある」
「それが、あなたの記憶だったら?」
「それも、可能性の一つだ」
死神は、首を横に振った。
「だが、私はまだ、自分が何を差し出したのかを知らない」
彼は、記録の消えた場所を見つめた。
「そして、何を差し出したとしても、それだけで私が正しかったと決まるわけではない」
出久は、静かに頷いた。
世界を救ったのなら、すべてが許されるのか。
誰かを犠牲にして世界を成立させたのなら、その犠牲は正当化されるのか。
あるいは、世界そのものが成立しなければ、救われることのなかった存在もいたのか。
簡単には答えられない。
だからこそ、二人は調べなければならない。
世界の始まりを、都合のいい英雄譚に変えないために。
そして、世界を成立させるために何かを失った者がいたのなら、その者の存在まで、世界の正しさのために消してしまわないために。
死神は、再び記録に手を伸ばした。
すると、最初の接続の映像の奥に、もう一つの影が浮かび上がった。
先ほどの影とは違う。
その影は、接続から遠く離れた場所に立っていた。
二本の線がつながる様子を、ただ見つめている。
そして、その影は、誰にも聞こえない声で呟いた。
「……これで、あの子は帰れる」
その言葉を最後に、映像が消えた。
出久は、動けなかった。
「あの子……?」
死神は、何も答えなかった。
世界が成立することによって、帰れるようになる誰かがいた。
しかし、その誰かの名前も、居場所も、願いも分からない。
そして、世界が成立した後も、その者が本当に帰れたのかどうかは、記録されていなかった。
出久は、ゆっくりと顔を上げた。
「……最初の接続は、世界を生むためだけのものじゃなかったのかもしれません」
「そうだな」
死神は答えた。
「誰かが、誰かを帰らせるために、世界を必要としたのかもしれない」
その言葉が、二人の間に落ちた。
世界の根の奥で、帰還要求の記録が、かすかに光った。
4 帰りたい者と、帰らせたくない者
次に現れたのは、最初の接続から少し後の記録だった。
世界の構造は、すでに形を持ち始めていた。
無数の存在が生まれ、名前が与えられ、記録が作られている。
その中に、一つだけ、異なる記録があった。
帰還要求――発生。
出久は、息を呑んだ。
「帰還要求……!」
世界の根で、何度も見てきた言葉。
名もなき少女の記録にも、死神自身の記録にも、同じ言葉が残されていた。
しかし、今回の記録は、世界の成立直後に発生したものだった。
「この帰還要求が、最初だったんでしょうか」
出久が尋ねる。
「分からない」
死神は答えた。
「だが、記録の上では、最初期のものだ」
記録が開く。
そこには、一人の人物が立っていた。
姿は見える。
身体もある。
顔も、ぼんやりと確認できる。
だが、名前だけがなかった。
その人物は、何かを探していた。
周囲を見回し、手を伸ばし、何度も口を開く。
音声が再生された。
「……帰りたい」
その声は、幼いとも、年老いているとも判断できなかった。
「帰りたい」
もう一度。
「帰りたいんだ」
人物は、目の前に広がる世界を見つめていた。
そこには、何もかもがあった。
光がある。
風がある。
地面がある。
遠くには、無数の存在が行き交っている。
しかし、その人物は、どこにも帰れなかった。
「ここは……どこ?」
声が震える。
「私は、どこから来たの?」
返事はない。
「誰か……」
人物は、手を伸ばした。
「誰か、私を知っている?」
その瞬間、記録の外から、別の声が響いた。
「帰還要求を確認」
機械的な声だった。
「帰還先を照合します」
人物の前に、文字が浮かび上がる。
帰還先――未登録。
人物は、文字を見つめた。
「……ない?」
「帰還先が登録されていません」
「そんなはずはない」
人物は、首を横に振った。
「私は、ここから来たんじゃない。私は、ここに来る前に……」
言葉が途切れる。
記憶を探しているのだろう。
しかし、思い出せない。
「誰かが、待っているはずなんだ」
人物は、必死に言った。
「私が帰るのを、待っている人がいるはずなんだ」
その声に、出久は胸を締めつけられた。
帰る場所が分からない。
誰が待っているのかも分からない。
それでも、帰りたいという願いだけが残っている。
それは、名もなき少女が語った願いと、あまりにも似ていた。
記録の中で、人物は何度も帰還を要求した。
「帰りたい」
「帰還先を教えて」
「私を、帰して」
しかし、返答は変わらない。
帰還先――未登録。
やがて、別の声が現れた。
「帰還要求を停止してください」
人物が振り返る。
そこには、一人の影が立っていた。
最初の接続の映像に現れた影に、よく似ていた。
死神は、その姿を見た瞬間、身体を強張らせた。
影は、人物に近づいた。
「あなたは、ここにいるべきです」
人物は、首を横に振った。
「違う」
「あなたの帰還先は、登録されていません」
「登録されていないだけでしょう!」
人物は叫んだ。
「ないわけじゃない!」
影は、黙っていた。
「あなたは、私の帰る場所を知らないだけだ!」
その言葉に、出久は息を呑んだ。
記録が、わずかに乱れた。
影の輪郭が揺れる。
人物は、さらに続けた。
「どうして、あなたが決めるの?」
影は、答えなかった。
「どうして、あなたが、私の帰る場所がないと決めるの?」
「……」
「どうして、あなたが、私の願いを終わらせようとするの?」
影は、ゆっくりと手を伸ばした。
人物は、その手を見た。
そして、一歩、後ろへ下がった。
「……来ないで」
その声に、死神の呼吸が乱れた。
先ほどの記憶。
――私を救わないで。
今の記録。
――来ないで。
二つの声が、重なった。
しかし、まだ同じ人物の声だとは断定できない。
記録が欠落している以上、似ているというだけで同一視するわけにはいかなかった。
影は、手を止めた。
そして、言った。
「あなたを守るためです」
人物は、目を見開いた。
「……守る?」
「あなたが帰れば、あなたは消えてしまう」
その言葉に、出久は顔を上げた。
「消える……?」
影は、続けた。
「あなたの帰還先は、この世界の記録に接続されていません。あなたが帰還した場合、あなたの存在が維持される保証はありません」
人物は、影を見つめた。
「それでも、帰りたい」
「あなたが帰還を続ければ、あなたの存在そのものが不安定になります」
「それでも!」
人物の声が、記録を揺らした。
「ここにいることが、私の望みじゃない!」
沈黙。
影は、何も答えなかった。
人物は、ゆっくりと顔を伏せた。
「……私は、ここにいることを選んだわけじゃない」
その声は、先ほどまでの叫びとは違っていた。
疲れ果てた声だった。
「私は、ここにいたいんじゃない」
一拍。
「帰りたいんだ」
影は、目の前の人物を見つめていた。
そして、記録はそこで途切れた。
出久は、しばらく何も言えなかった。
やがて、低い声で呟いた。
「……守るために、帰らせなかった」
死神は、記録を見つめていた。
「そう読める」
「でも、その人は帰りたいと言っていた」
「ああ」
「だったら……」
出久は、拳を握りしめた。
「その人が消えてしまう可能性があったとしても、本人の意思を聞かずに帰還を止めることが、本当に正しかったのか」
死神は、すぐには答えなかった。
「簡単には決められない」
彼は、記録の最後の部分を見つめた。
「帰還させれば、その者が失われる可能性があった。帰還を止めれば、その者の願いを踏みにじることになった」
「……」
「どちらを選んでも、何かを失う状況だったのかもしれない」
出久は、唇を噛んだ。
「でも、少なくとも、その人は帰りたいと願っていた」
「そうだ」
死神は、静かに頷いた。
「その願いは、記録に残っている」
彼は、帰還要求の記録に触れた。
「そして、その願いが叶えられなかったことも、記録に残っている」
出久は、目を閉じた。
帰還先が分からないから、帰還させない。
存在が失われるかもしれないから、帰還させない。
その判断には、相手を守りたいという気持ちがあったのかもしれない。
しかし、守るために願いを奪ったのなら、その選択の責任は消えない。
「……死神」
出久が言った。
「第一接続者は、この人を救おうとしたんでしょうか」
死神は、答えた。
「その可能性はある」
「でも、本人は救われたと思っていなかったかもしれない」
「そうだ」
死神は、目を伏せた。
「そして、その者が本当に求めていたのは、救済ではなく、帰還だったのかもしれない」
その言葉に、世界の根が反応した。
帰還要求の記録が、強く光る。
その下に、別の記録が浮かび上がった。
帰還を拒否した者――照合不能。
拒否の理由――保護、または隔離。
対象者の同意――記録なし。
出久は、文字を見つめた。
保護。
または、隔離。
たった一つの行為が、二つの意味を持っている。
本人の意思が記録されていない以上、どちらか一方に決めることはできない。
「……まだ、分からない」
出久が呟いた。
「第一接続者が誰を救おうとしたのかも。その人が何を望んでいたのかも」
死神は頷いた。
「だが、少なくとも一つ、分かったことがある」
「何ですか?」
「帰りたいという願いは、帰還先が登録されていないという理由だけで、存在しなかったことにはできない」
出久は、顔を上げた。
死神は続ける。
「帰る場所が分からないことと、帰りたい場所が存在しないことは、同じではない」
その言葉が、静かに響いた。
名もなき少女の記録が、再び光った。
帰還要求――継続中。
その記録は、まだ消えていなかった。
5 第一接続者は、救い手だったのか
「……もう一度、最初の接続を見せてくれ」
死神が言った。
世界の根は、その言葉に応えた。
先ほどの記録が、再び展開される。
二本の線。
世界の成立。
崩れかけた接続。
何かを差し出す影。
そして、世界が維持される。
今度は、出久も死神も、影の行動だけでなく、その周囲を注意深く観察した。
影が何かを差し出した瞬間、世界の構造に変化が起きている。
接続が安定する。
無数の根が伸び始める。
存在が生まれ、記録が生まれ、世界が形を持つ。
しかし、同時に、別の何かが消えていた。
それは、最初の映像では気づかなかったほど小さな変化だった。
接続の中心にあった、もう一本の線。
それが、影の介入と同時に、見えなくなっていた。
「……あれ?」
出久が声を上げた。
「最初、線は二本じゃなかった」
死神が振り返る。
「何?」
「見てください。最初の接続が始まる前、線がもう一本あったんです」
出久は、映像の一部を指した。
そこには、確かに三本の線があった。
二本が接続しようとしている。
そして、もう一本は、その接続から離れた場所に伸びている。
影が介入した瞬間、その一本が消えた。
「……三本目の線」
死神は、映像を見つめた。
「それが、何を意味しているのかは分からない」
「でも、影が介入したことで、世界の接続が維持された。その代わりに、三本目の線が消えた」
出久は、慎重に言った。
「もしかして……世界を成立させるために、別の接続を切ったんでしょうか」
死神は、答えなかった。
映像が、さらに拡大される。
三本目の線の周囲に、文字が浮かび上がった。
接続先――帰還先。
出久の目が見開かれた。
「帰還先……!」
先ほどの記録と同じ言葉。
帰還先が登録されていないため、帰還できなかった者。
そして、最初の接続の記録にも、帰還先という言葉が存在していた。
「世界を成立させるために、帰還先との接続を切った……?」
出久が呟く。
「あるいは、帰還先を守るために、別の接続を切ったのかもしれない」
死神が答えた。
「どちらなのかは、まだ分からない」
二人は、映像を見つめ続けた。
影が、再び何かを差し出す。
その瞬間、三本目の線が消える。
そして、世界が成立する。
記録は、そこまでしか残されていなかった。
「……第一接続者は、世界を救ったのかもしれない」
出久が言った。
「でも、その行為によって、誰かが帰れなくなった可能性もある」
死神は、静かに頷いた。
「そうだ」
「だったら、第一接続者は……」
出久は言葉を止めた。
救い手なのか。
加害者なのか。
世界を成立させた者なのか。
誰かの帰還を阻んだ者なのか。
どの言葉を選んでも、何かがこぼれ落ちる。
第一接続者の行為によって、世界が生まれたのなら、その世界で生きる無数の存在が救われた可能性がある。
しかし、そのために誰かの帰還先との接続が失われたのなら、その者が失ったものもまた、存在する。
世界を救ったからといって、その犠牲がなかったことになるわけではない。
犠牲を生んだからといって、その行為によって救われた存在まで、なかったことになるわけでもない。
「……どちらか一方だけを真実にしたら、もう一方が消えてしまう」
出久は、ゆっくりと呟いた。
死神は、彼を見た。
「そうだな」
「第一接続者が世界を救ったという記録だけを残したら、帰れなくなった人の願いが消える」
出久は、記録を見つめた。
「逆に、第一接続者が誰かを犠牲にしたという記録だけを残したら、その行為によって生まれた世界で、誰かが生きられるようになったことまで、消してしまうかもしれない」
死神は、答えなかった。
出久は続けた。
「だから、両方を記録しなきゃいけないんだ」
その言葉に、世界の根が揺れた。
二つの証言が、再び現れる。
第一接続者は、誰かを救おうとした。
第一接続者は、誰かの存在を拒絶した。
その二つの記録の間に、細い根が伸び始めた。
今まで、統合を禁じられていた記録。
だが、根は二つの証言を一つにまとめようとはしなかった。
ただ、二つの記録をつないだ。
互いを消さず。
互いを塗り潰さず。
矛盾したまま、同じ根の上に存在させた。
出久は、息を呑んだ。
「……統合じゃない」
死神が頷く。
「接続だ」
二つの記録は、一つの答えになったわけではない。
矛盾は、残っている。
第一接続者が誰だったのかも、まだ分からない。
だが、二つの証言は、初めて互いの存在を認めた。
その瞬間、記録に新しい文字が浮かび上がった。
相反する証言――同時保存を許可。
矛盾の解消――保留。
対象者の意思――確認待ち。
出久は、ゆっくりと息を吐いた。
「……これで、何かが変わったんでしょうか」
「少なくとも、矛盾を消去する以外の処理が成立した」
死神は言った。
「それだけでも、重要な変化だ」
彼は、二つの記録を見つめた。
第一接続者が誰だったのか。
何を願っていたのか。
誰を救おうとしたのか。
その答えは、まだ出ていない。
しかし、答えを見つけるために、どちらかの証言を消す必要はない。
世界の根は、その可能性を、初めて記録したのだった。
6 名前のない者が、名前を呼んだ
二人が次の記録を探そうとしたとき、背後から声がした。
「……見つけた」
振り返る。
そこに立っていたのは、名を集める顔のない人物だった。
その隣には、あの少女がいる。
少女は、死神と出久を見つけると、安心したように駆け寄ってきた。
「緑谷出久!」
出久は驚いた。
「……僕の名前、覚えていてくれたんだね」
少女は頷いた。
「うん。忘れたくなかったから」
その言葉に、出久は微笑んだ。
「ありがとう」
顔のない人物は、二人のやり取りを静かに見ていた。
やがて、死神に向き直る。
「あなたたちは、第一接続者の記録を見たのですね」
「ああ」
死神は答えた。
「最初の接続と、帰還要求に関する記録を見た」
顔のない人物の身体が、わずかに揺れた。
「……そうですか」
「何か知っているのか」
「知っているというより……」
顔のない人物は、胸に手を当てた。
「私の中にも、同じ記録があるような気がするのです」
死神は、目を細めた。
「どの記録だ」
「帰りたいと願った者の記録です」
顔のない人物は、続けた。
「その者が、何を望んでいたのか。誰が帰還を止めたのか。誰が、その者を守ろうとしたのか」
声が少しずつ小さくなる。
「私は、それを知っているはずなのです」
「ならば、話せ」
「……話せません」
死神の表情が険しくなった。
「なぜだ」
「思い出せないのです」
顔のない人物は、頭を下げた。
「私は、何かを覚えています。しかし、それが本当に自分の記憶なのか、それとも、誰かの記録を読んだことで生まれたものなのか、区別できないのです」
出久は、相手を見つめた。
「あなた自身の記憶と、誰かが残した記録が、混ざっているんですか?」
「そうかもしれません」
顔のない人物は、頷いた。
「私は、名前を集めてきました。失われた名前を探し、記録に残された名前を拾い、誰かが忘れた名前を保管してきました」
彼は、自分の手を見つめた。
「ですが、名前を集めるうちに、誰の名前が、誰の記憶と結びついているのか、分からなくなってしまった」
「……」
「私は、誰かの記憶を守っているつもりでした。けれど、もしかしたら、誰かの記憶を自分のものだと思い込んでいるのかもしれません」
出久は、慎重に尋ねた。
「あなたは、自分が誰なのかを知りたいんですか?」
顔のない人物は、長い間、沈黙した。
やがて、答えた。
「……はい」
その言葉は、今までで最もはっきりしていた。
「私は、自分が誰なのかを知りたい」
顔のない人物は、少女を見た。
「この子が自分の名前を知りたいと願うように」
少女は、静かに頷いた。
顔のない人物は続けた。
「私も、自分が何をしたのかを知りたい。誰かを救ったのか。誰かを傷つけたのか。誰かの名前を奪ったのか。それとも、誰かの名前を守ろうとしたのか」
その声が、震えた。
「私は、自分が何者なのかを、誰かに決めてほしいわけではありません」
死神は、相手を見つめた。
「ならば、なぜ名前を集める?」
顔のない人物は、静かに答えた。
「自分が誰だったのかを知るためです」
「……」
「名前が分かれば、すべてが分かるわけではありません。それでも、自分が誰かに呼ばれていたという事実が見つかれば、自分が何者だったのかを考えるための手がかりになる」
顔のない人物は、少女に向き直った。
「私は、この子にも、同じことを願っています」
少女が、顔を上げた。
「……わたしに?」
「あなたが、自分の名前を知ること。そして、その名前をどう扱うかを、自分で決められること」
顔のない人物は、ゆっくりと頭を下げた。
「私は、あなたの名前を勝手に決めません。あなたが望むなら、一緒に探します」
少女は、少しだけ笑った。
「うん」
そのときだった。
少女が、顔のない人物の袖をつかんだ。
「ねえ」
「はい」
「あなたの名前が見つかったら、わたしにも教えてね」
顔のない人物は、動きを止めた。
「……なぜですか?」
少女は、不思議そうに首を傾げた。
「だって、あなたは、わたしの名前を探してくれるんでしょう?」
「ええ」
「だったら、わたしも、あなたの名前を知りたい」
顔のない人物は、何も言えなかった。
少女は、続けた。
「あなたが名前を失ったままなのは、いやだよ」
その言葉が、顔のない人物の中に、深く沈んでいった。
彼は、誰かの名前を探していた。
誰かが存在していたという事実を守ろうとしていた。
しかし、自分自身の名前を探してほしいと、誰かに願ったことはあったのだろうか。
自分の名前を知りたいと、誰かに伝えたことはあったのだろうか。
分からない。
けれど、今。
目の前の少女が、自分の名前を知りたいと願ってくれた。
自分が誰だったのかを、知りたいと思ってくれた。
その事実だけは、確かだった。
「……ありがとう」
顔のない人物は、初めて、はっきりとそう言った。
少女は笑った。
その瞬間、顔のない人物の頭部に、文字が浮かび上がった。
今までのように、現れては消える文字ではなかった。
一つの文字が、そこに留まった。
記憶。
顔のない人物は、その文字を見つめた。
「……記憶」
小さく呟く。
「私は、名前を集めていたのではなく……記憶を集めていたのかもしれません」
死神は、静かに言った。
「名前と記憶は、同じものではない」
「ええ」
顔のない人物は頷いた。
「ですが、名前が誰かを思い出すための手がかりになることはある。記憶が、名前を呼び戻すこともある」
彼は、少女を見た。
「そして、誰かが自分を覚えていてくれることが、自分の存在を確かめる手がかりになることもある」
出久は、二人のやり取りを見つめていた。
名前を持たない者が、名前を持たない者に、名前を探すと約束する。
その約束は、名前を与えることではない。
相手の存在を勝手に定義することでもない。
ただ、相手が自分のことを知りたいと願うなら、その願いを一緒に探すという約束だった。
「……死神」
出久が言った。
「僕たちも、あなたの記憶を探します」
死神は、少しだけ目を細めた。
「私の記憶は、私が探す」
「もちろんです」
出久は頷いた。
「でも、一人で探さなくてもいいはずです」
死神は、答えなかった。
ただ、その言葉を拒絶することもしなかった。
それだけで、今は十分だった。
7 あなたは、私を覚えている?
そのとき、少女が何かに気づいたように顔を上げた。
「……あれ?」
「どうしたの?」
出久が尋ねる。
少女は、周囲の根を見つめていた。
「今、誰かが呼んだ気がしたの」
死神の表情が変わった。
「誰が?」
「分からない」
少女は耳を澄ませるように、目を閉じた。
「でも、わたしの名前じゃない」
「じゃあ、何を呼んでいたんだ?」
「……名前じゃなくて」
少女は、ゆっくりと目を開いた。
「何かを、聞いていたの」
出久は、顔のない人物と視線を交わした。
少女の言葉に呼応するように、周囲の根が震え始めていた。
記録が開く。
世界の根の奥に、今まで見つからなかった小さな空間が現れる。
そこには、椅子が一つあった。
誰も座っていない。
その前に、机が一つある。
机の上には、紙片が置かれていた。
紙片には、短い文章が記されている。
あなたは、私を覚えていますか?
出久は、その文章を見つめた。
「……誰が書いたんだ?」
返事はない。
死神が紙片に手を伸ばす。
触れた瞬間、彼の視界が暗転した。
今度の記憶は、先ほどのものよりも鮮明だった。
そこには、一人の子供がいた。
子供は、椅子に座っている。
顔は見えない。
年齢も、性別も、分からない。
ただ、子供が小さな手を握りしめていることだけは、はっきりと分かった。
子供の前には、死神が立っていた。
いや、死神に似た存在だった。
今の死神と同じ姿をしているのかどうかは、分からない。
だが、その存在は、子供に向かって手を伸ばしていた。
「……一緒に来るか?」
死神の声が聞こえた。
子供は、首を横に振った。
「どうしてだ?」
子供は、しばらく黙っていた。
やがて、小さな声で答えた。
「……帰りたいから」
「帰る場所が分からないのだろう?」
子供は頷いた。
「うん」
「ならば、ここにいればいい」
死神に似た存在は、穏やかに言った。
「ここなら、お前は存在できる。名前がなくても、記録がなくても、ここにいられる」
子供は、俯いた。
「……でも」
「何だ?」
「ここにいたら、わたしは、帰れない」
その言葉に、死神に似た存在は黙った。
子供は続けた。
「わたし、帰りたい」
「……」
「帰る場所が分からなくても、帰りたいの」
その声は、先ほど見た記録の人物と同じだった。
帰還先が登録されていない者。
何度も帰還を求め、何度も拒まれた者。
だが、記録はまだ、その人物の正体を明らかにしていない。
子供は、顔を上げた。
「あなたは、わたしを助けようとしているんだよね?」
「……ああ」
「わたしが、ここで消えてしまわないように?」
「そうだ」
子供は、しばらく考えた。
そして、尋ねた。
「……あなたは、わたしが帰りたいって思っていることを、覚えていてくれる?」
死神に似た存在は、すぐには答えなかった。
子供は、言葉を続けた。
「わたしが、ここにいたことを」
「……」
「わたしが、帰りたいって願っていたことを」
沈黙。
「わたしが、何をしたかったのかを」
子供は、小さな手を握りしめた。
「あなたは、覚えていてくれる?」
死神の胸が、強く締めつけられた。
その問いを、知っている。
この声を、知っている。
だが、誰なのかが分からない。
死神に似た存在は、子供の前に膝をついた。
「……覚えている」
そう答えた。
「お前がここにいたことを、覚えている」
子供は、顔を上げた。
「本当?」
「ああ」
「わたしが帰りたいって願っていたことも?」
「ああ」
「……わたしが、ここからいなくなっても?」
その問いに、死神に似た存在は、言葉を失った。
子供は、目を伏せた。
「……そっか」
小さく呟く。
「やっぱり、難しいんだね」
「違う」
死神に似た存在は、すぐに答えた。
「私は、お前を忘れない」
子供は、ゆっくりと顔を上げた。
その顔は、最後まで見えなかった。
ただ、その声だけが、記憶の中に残った。
「……じゃあ」
子供は、言った。
「わたしが、あなたに何をしたのかも、覚えていて」
死神の記憶が、そこで途切れた。
死神は、息を呑んで目を開けた。
目の前には、世界の根が広がっている。
出久が、心配そうに彼を見ていた。
「死神!」
「ああ……」
死神は、胸に手を当てた。
「……思い出した」
「何を?」
死神は、しばらく言葉を探していた。
「誰かが、私に尋ねた」
その声は、かすれていた。
「自分がここにいたことを、覚えていてくれるか、と」
出久は、黙って聞いていた。
死神は続けた。
「その者は、帰りたがっていた。だが、帰る場所が分からなかった」
「……」
「私は、その者が消えてしまうことを恐れていた。だから、ここにいれば存在できると伝えた」
死神は、自分の手を見つめた。
「だが、その者は、ここにいることを望んでいなかった」
出久は、静かに頷いた。
「帰りたかったんですね」
「ああ」
死神は、目を閉じた。
「私は、相手が消えないようにすることが、最善だと思っていたのかもしれない」
声が、低くなる。
「だが、その者が何を望んでいたのかを、私は十分に理解していなかった」
出久は、言葉を慎重に選んだ。
「……それでも、あなたは、その人のことを覚えていようとした」
「そうだ」
「でも、その人が本当に望んでいたのは、覚えていてもらうことだけじゃなかった」
死神は、頷いた。
「帰りたかったのだ」
「……はい」
死神は、しばらく沈黙した。
そして、ようやく口を開いた。
「私は、その者を救おうとした」
その言葉には、確信があった。
「だが、その者が求めていた救いと、私が与えようとした救いは、同じではなかったのかもしれない」
出久は、死神を見つめた。
今まで、死神は自分の過去を、どこか遠いものとして語っていた。
記憶を失った者として。
何かを忘れてしまった者として。
しかし、今の死神は違った。
自分が誰かを救おうとしたことを、初めて自分の行為として語っている。
そして、その行為が相手にとって何を意味したのかを、初めて考えようとしている。
「……死神」
出久が言った。
「その人が、あなたに何をしたのかは、思い出せましたか?」
死神は、首を横に振った。
「いや」
「名前は?」
「分からない」
「帰る場所は?」
「分からない」
「その人が、最後にどうなったのかは?」
死神は、しばらく黙っていた。
そして、答えた。
「……分からない」
出久は、目を伏せた。
まだ、何も解決していない。
だが、何も分からなかった頃とは違う。
死神は、誰かが帰りたいと願っていたことを思い出した。
その者が、自分の存在を覚えていてほしいと願っていたことも。
そして、自分がその願いに対して、何かを答えたことも。
「……でも」
死神は、静かに続けた。
「一つだけ、確かなことがある」
出久が顔を上げる。
「何ですか?」
死神は、空白を見つめた。
「その者は、私に、自分が何をしたのかも覚えていてほしいと願った」
出久は、息を呑んだ。
「……自分が何をしたのか」
「ああ」
死神は頷いた。
「その者は、ただ自分が存在したことを覚えていてほしかっただけではない」
声が、少しずつ強くなる。
「自分が何を望み、何を選び、何をしたのか。それを、都合よく書き換えずに覚えていてほしかったのかもしれない」
その言葉は、第一接続者の記録に、新たな意味を与えていた。
誰かを救おうとした者。
誰かの存在を拒絶した者。
そのどちらであっても、行為の結果だけで、その者のすべてを決めることはできない。
しかし、結果を無視して、その者の善意だけを記録することもできない。
もし、第一接続者が誰かを救おうとしたのなら。
その相手が何を望んでいたのか。
第一接続者が何を選んだのか。
その選択によって、相手が何を失ったのか。
すべてを、覚えていなければならない。
「……私は、忘れたくない」
死神は言った。
「その者が、何を願っていたのかを」
彼は、ゆっくりと顔を上げた。
「その者が、何をしたのかを」
そして、最後に。
「私が、何をしたのかを」
世界の根が、静かに震えた。
その言葉を、記録するかのように。
8 記憶の代償
しかし、死神が記憶を取り戻した直後、異変が起きた。
世界の根に、無数の文字が浮かび上がる。
第一応答者の記憶――復元を検知。
復元内容――帰還要求に関する断片。
接続の安定性――低下。
出久が、記録を見た。
「……待ってください。記憶が戻ったことで、接続が不安定になっている?」
死神は、すぐに根へ手を伸ばした。
しかし、触れる直前に、記録が書き換わった。
復元された記憶を、既存記録へ統合します。
統合対象――帰還要求。
統合方法――対象者の意思を再解釈。
「やめろ!」
死神が叫んだ。
記録が、停止した。
出久は目を見開いた。
死神の声に反応したのか。
それとも、別の何かが処理を止めたのか。
分からない。
だが、記録の書き換えは、確かに中断された。
その直後、別の文章が現れた。
再解釈を中断。
理由――本人の意思が未確認。
出久は、息を呑んだ。
「……誰かが、止めた?」
死神は、記録を見つめていた。
「あるいは、世界の根が、自ら中断したのかもしれない」
「安寧システムの命令とは違うんでしょうか」
「分からない」
死神は答えた。
「だが、少なくとも、記録を統合することが、必ずしも正しいとは限らないと判断した何かがある」
そのとき、根の奥から、低い音が響いた。
世界そのものが、軋んでいるような音だった。
二人の足元が揺れる。
無数の記録が、次々と開いていく。
帰還要求。
第一応答者。
第一接続者。
名前の回復。
記憶の欠落。
そして、世界成立以前の未完了の願い。
それらの記録が、互いに接続しようとしていた。
「……何が起きているんだ?」
出久が叫ぶ。
死神は、根の流れを見つめた。
「私の記憶が戻ったことで、これまで接続できなかった記録が、反応し始めたのかもしれない」
「だったら、記憶を取り戻すこと自体が危険なんですか?」
「危険かどうかは分からない」
死神は、率直に答えた。
「だが、記憶を取り戻すことで、誰かの存在に影響を与える可能性はある」
出久は、少女のことを思い出した。
名前を取り戻すこと。
記憶を取り戻すこと。
帰る場所を取り戻すこと。
それらは、本人にとって大切なことだ。
しかし、失われた記録を無理に接続すれば、本人の意思とは関係なく、世界の構造を変えてしまうかもしれない。
それでも、だからといって、記憶を戻すことを禁じていいわけではない。
危険があるからといって、願いを消していいわけではない。
「……どうすればいいんだ」
出久が呟いた。
死神は、根の流れを見つめていた。
「本人の意思を確認する」
「でも、その人はどこにいるのかも、分からないんですよ」
「それでもだ」
死神は、はっきりと言った。
「その者の意思が分からないからといって、こちらの都合で記録を書き換えることはできない」
彼は、手を伸ばした。
今度は、記録を押さえつけるためではない。
根の流れを、無理に変えるためでもない。
ただ、そこにある記録が、勝手に書き換えられないようにするためだった。
「……私は、もう一度、同じ過ちを犯すわけにはいかない」
その言葉が、世界の根に響いた。
すると、無数の記録の中から、一つだけが静かになった。
帰還要求――継続中。
その記録は、消えなかった。
統合されなかった。
別の名前を与えられることもなかった。
ただ、そのまま残った。
そして、その下に、新しい文字が刻まれた。
応答者の意思――再確認。
応答内容――未確定。
応答の再開条件――本人の意思の確認。
出久は、記録を見つめた。
「……これが、次の条件なんですね」
死神は頷いた。
「ああ」
「あなたが、もう一度、あの人の願いに応えるための」
死神は、静かに答えた。
「そうだ」
その瞬間、世界の根の外側から、声が届いた。
「……覚えているのなら」
二人は、同時に顔を上げた。
声は、遠かった。
だが、今までよりも明瞭だった。
「……今度は、聞いて」
それきり、声は途切れた。
死神は、動かなかった。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが確かに動いた。
忘れていた記憶の、さらに奥。
まだ名前も、姿も、記録も与えられていない、何かの願い。
それは、救いを求める声とは違っていた。
ただ、聞いてほしいという願いだった。
そして、その願いに応えることが、死神に残された次の課題だった。
9 救いを求めなかった者
世界の根の揺れが収まったあとも、死神はしばらく動かなかった。
出久は、急かさずに待った。
今、死神の中では、何かが変わっている。
だが、それが何なのかを、本人でさえまだ理解できていない。
記憶が戻るというのは、失われた映像を取り戻すことだけではないのかもしれない。
自分が何をしたのかを知ること。
自分が何を選んだのかを知ること。
そして、その選択によって誰かが何を失ったのかを知ること。
それらを引き受けることが、記憶を取り戻すということなのかもしれない。
「……出久」
死神が口を開いた。
「はい」
「私は、あの者を救おうとしたのだと思う」
「……はい」
「だが、あの者は、私に救ってほしいとは言わなかった」
死神は、自分の手を見つめた。
「少なくとも、今思い出せる記憶の中では、そうだった」
出久は、静かに頷いた。
「その人は、帰りたいと言っていたんですね」
「ああ」
「自分が何をしたのか、覚えていてほしいとも」
「ああ」
死神は、少しだけ目を伏せた。
「私は、その者が消えてしまうことを恐れていた。だから、ここにいれば存在できると伝えた」
「……」
「それが、あの者にとって、どれほど残酷な言葉だったのか。私は、今になって考えている」
出久は、死神を見つめた。
「その人が帰りたいと思っていたことと、あなたがその人を失いたくなかったこと。その二つは、どちらも本当だったのかもしれません」
死神は、顔を上げた。
「……そうだな」
「でも、二つの願いが両立しなかったとき、どちらか一方だけを正しいことにしてしまったら、もう一方の願いが消えてしまう」
出久は、ゆっくりと言葉を続けた。
「あなたがその人を守ろうとしたことは、なかったことにしなくていい。でも、その人が帰りたかったことも、なかったことにしちゃいけない」
死神は、長い沈黙のあと、頷いた。
「私は、あの者を救おうとした」
もう一度、そう言った。
今度は、先ほどよりも静かな声だった。
「だが、救うことが、あの者の望みを叶えることだと思い込んでいたのかもしれない」
「……」
「私は、あの者が消えないようにすることを優先した。そのために、あの者が何を望んでいたのかを、十分に聞かなかったのかもしれない」
死神は、目を閉じた。
「もし、そうだったのなら……」
言葉が途切れる。
その先を、簡単に言うことはできなかった。
自分が正しかったと証明したいわけではない。
自分が間違っていたと認めれば、それですべてが解決するわけでもない。
相手が失ったものは、言葉だけでは取り戻せない。
「……その人に、もう一度会いたいですか?」
出久が尋ねた。
死神は、すぐに答えた。
「ああ」
その声には、迷いがなかった。
「会って、何を言いたいんですか?」
死神は、考えた。
謝りたいのか。
自分が何をしたのか、説明したいのか。
あのときの判断が間違っていたのか、確かめたいのか。
どれも、間違いではないだろう。
だが、今の死神が最初に言いたいことは、そのどれでもなかった。
「……まず、聞きたい」
出久は、静かに顔を上げた。
「何をですか?」
死神は、空白を見つめた。
「お前は、何を望んでいたのか、と」
その言葉が、世界の根に響いた。
今まで、死神は自分の記憶を探していた。
自分が誰だったのか。
何をしたのか。
何を忘れたのか。
しかし、今、彼の視線は、自分自身の記憶の外へと向かっていた。
自分が何をしたのかを知るためには、相手が何を望んでいたのかを知る必要がある。
自分が何を失ったのかを知るためには、相手が何を失ったのかも知らなければならない。
そして、自分が誰かを救おうとしたのなら。
その者が、本当に救われたかったのかどうかを、聞かなければならない。
「……今度は、聞く」
死神は、静かに言った。
「私が答えを決めるのではない。私が、その者の望みを代わりに決めるのでもない」
彼は、手を握りしめた。
「その者が何を望んでいたのかを、聞く」
出久は、頷いた。
「はい」
その瞬間、二人の前に、新しい記録が開いた。
第一応答者の意思――再確認。
応答の目的――未確定。
次の行動――対象者の意思を確認する。
そして、最後に。
救済の成立――未判定。
死神は、その文字を見つめた。
救済は、まだ成立していない。
自分が誰かを救おうとしたことは、記録されている。
しかし、相手が救われたかどうかは、記録されていない。
その者が、今も帰還を願っているのかどうかも、分からない。
だからこそ、死神はもう一度、その者の声を聞かなければならない。
記憶を取り戻すためだけではない。
過去の自分を許すためだけでもない。
かつて自分が向き合った相手を、もう一度、一人の存在として認めるために。
「行こう、出久」
死神が言った。
「はい」
二人は、世界の根のさらに奥へと進んだ。
10 第一接続者の願い
二人が去ったあと、空白の前に、ひとつの記録が残されていた。
誰にも接続していない。
誰の名前も持っていない。
だが、今までの記録とは違い、完全に閉じられてはいなかった。
その記録には、短い文章が記されていた。
第一接続者の願い――部分復元。
願いの内容――記録の保存。
保存対象――対象者の存在、意思、行為。
願いの目的――対象者が存在したことを、未来に伝える。
その下に、さらに文字が現れた。
願いを発した者――照合不能。
願いを受け取った者――死神。
応答内容――欠落。
願いの成就――未確認。
しばらくして、最後の一文が刻まれた。
第一接続者は、誰かを救おうとした。
その文字が消える。
代わりに、別の文章が浮かび上がる。
第一接続者は、誰かの意思を聞こうとした。
その文字も、消える。
そして、最後に残ったのは、たった一つの問いだった。
誰が、誰の願いを、最後まで聞いたのか。
世界の根は、答えなかった。
まだ、答えを持っていなかった。