僕のヒーローアカデミア 原罪   作:神代シン

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第三十二話「暴食は、誰のために喰らう」

一 喰らわれる戦場

爆音が、廃棄された工業区画を揺らした。

 

崩れかけた鉄骨が、地面に落ちる。

 

コンクリートの破片が跳ね、粉塵が風に流される。

 

その中心に、巨大な影が立っていた。

 

「――喰らえ」

 

ギャラティカが口を開く。

 

その瞬間、空間が歪んだ。

 

彼の正面に、黒い裂け目が生まれる。

 

口。

 

そう呼ぶしかない形状だった。

 

だが、人間の口とは違う。

 

歯が並んでいるわけでも、舌が動いているわけでもない。

 

それは、世界に開いた穴だった。

 

空気が引き寄せられる。

 

地面に散らばっていた瓦礫が浮き上がり、砂埃が流れ込み、放置されていた鉄材が音を立てて引っ張られていく。

 

そして、その吸引の先に、一人のヒーローがいた。

 

天喰環。

 

雄英高校のビッグスリー。

 

サンイーター。

 

「……っ!」

 

天喰は、右腕を変形させた。

 

太いタコの触手が、複数の方向へ伸びる。

 

一本は地面に吸盤を張りつけ、一本は崩れた壁へ巻きつき、さらに一本が後方の鉄柱を掴んだ。

 

三点支持。

 

身体が引っ張られる力を、三方向へ逃がす。

 

それでも、身体が前方へ滑った。

 

靴底が地面を削る。

 

「ぐっ……!」

 

ギャラティカの口が、さらに大きく開いた。

 

鉄柱が悲鳴を上げる。

 

触手に巻きつかれた壁が、根元から砕けた。

 

天喰は、すぐに触手を切り離すように引き戻した。

 

一本が、吸引へ引き込まれる。

 

二本目が、地面を掴み損ねる。

 

三本目が、鉄柱を巻きつけたまま、限界まで引き伸ばされる。

 

「――離れろ!」

 

天喰は身体を捻った。

 

触手を一斉に収縮させ、地面を蹴る。

 

その瞬間、背中から鳥の翼が広がった。

 

羽ばたき。

 

浮き上がった身体を、横方向へ弾き飛ばす。

 

黒い口が、彼のいた場所を飲み込んだ。

 

空気が抜けるような音。

 

地面の表面が削り取られ、瓦礫が跡形もなく消えていく。

 

天喰は、空中で身体を回転させ、崩れた建物の屋上へ着地した。

 

「……はあっ、はあっ……」

 

息を整える時間は、ほとんどなかった。

 

ギャラティカが、こちらを見上げていた。

 

その全身には、異様な膨らみがいくつも存在している。

 

胸部。

 

肩。

 

腹部。

 

腕。

 

その表面に、黒い裂け目が走っていた。

 

一つではない。

 

数えきれないほどの口が、皮膚の下で開閉している。

 

まるで、全身が飢えているかのように。

 

「逃げたか」

 

ギャラティカが言った。

 

「……そう見えるなら、そうなんじゃないかな」

 

天喰は、弱々しい声で返した。

 

声だけなら、いつもと変わらない。

 

自信がなさそうで、誰かに見られていると落ち着かず、できることなら人前から逃げてしまいたい。

 

だが、その目は、ギャラティカから離れていなかった。

 

相手の姿勢。

 

口の開閉。

 

吸引が始まるまでの時間。

 

瓦礫が引っ張られる方向。

 

そして、さっき、自分が触手を逃がした瞬間。

 

天喰は、戦闘が始まってから、ずっと敵を観察していた。

 

怖い。

 

当然だ。

 

目の前の敵は、自分の攻撃を受け止めるだけではない。

 

こちらが使った力を、相手の力へ変えてしまう可能性がある。

 

不用意に攻撃すれば、次の攻撃が、もっと強力になるかもしれない。

 

相手の能力が何なのか。

 

どこまでできるのか。

 

何が弱点なのか。

 

それを理解しない限り、勝ち筋を見つけられない。

 

天喰は、唾を飲み込んだ。

 

「……一つ、聞いていい?」

 

「何だ」

 

「お前……さっき、何を喰った?」

 

ギャラティカが、ゆっくりと笑った。

 

「お前が、私から奪おうとしたものだ」

 

「……は?」

 

「力だ。運動エネルギー。衝撃。物質の形。お前が私にぶつけたものは、私の中へ入った」

 

ギャラティカの胸が、わずかに盛り上がった。

 

その表面に、硬い装甲のようなものが浮かび上がる。

 

天喰は、目を細めた。

 

「……今のは、さっき喰った鉄材?」

 

「そうだ」

 

ギャラティカの肩が、硬質化する。

 

金属のような表面。

 

そこに、黒い口が開いた。

 

「喰らったものは、私の一部になる」

 

天喰は、息を呑んだ。

 

相手は、単に食べたものを消化しているのではない。

 

取り込んだものの特徴を、自分の身体へ反映させている。

 

そして、それを戦闘能力として使っている。

 

「……なるほどね」

 

天喰は、背中の翼を畳んだ。

 

「だから、攻撃するほど、そっちが強くなる可能性がある」

 

「可能性?」

 

ギャラティカが笑う。

 

「もう、そうなっている」

 

次の瞬間、彼の肩が弾けた。

 

飛び出してきたのは、金属の塊だった。

 

鉄柱のような長い突起が、音速に迫る勢いで飛んでくる。

 

天喰は、即座に横へ跳んだ。

 

「っ!」

 

金属の突起が、屋上を貫通する。

 

瓦礫が吹き飛ぶ。

 

天喰は着地と同時に、巨大な鳥の翼を広げた。

 

羽ばたきによって、身体を後方へ押し戻す。

 

二発目。

 

三発目。

 

金属の突起が、異なる角度から襲ってくる。

 

天喰は、飛び上がった。

 

翼を畳み、空中で身体を回転させる。

 

一本を回避。

 

二本目を、貝の殻で覆った左腕で受け止める。

 

三本目は、触手を伸ばして軌道を逸らす。

 

だが、その触手が突起に触れた瞬間、黒い口が開いた。

 

「――っ!」

 

触手が、引き込まれる。

 

天喰は、即座に引き戻した。

 

間に合わない。

 

吸盤が一つずつ、黒い裂け目へ引っ張られていく。

 

まるで、触手そのものが、相手の口に食べられようとしているようだった。

 

天喰は、歯を食いしばった。

 

「――戻れ!」

 

触手を収縮させ、身体を逆方向へ引く。

 

黒い口が、さらに深く開いた。

 

その奥には、何もなかった。

 

光も、底も、距離もない。

 

ただ、引き込む力だけが存在している。

 

天喰は、触手の先端を、ぎりぎりのところで引き戻した。

 

だが、同時に、ギャラティカの腕が伸びてきた。

 

金属の突起が、彼の逃げ道を塞いでいる。

 

「遅い」

 

ギャラティカが、天喰の正面に現れた。

 

その右腕には、巨大な鋏のようなものが形成されていた。

 

金属と甲殻の混ざった、異様な形状。

 

鋏が閉じる。

 

天喰は、貝の殻を両腕に展開した。

 

衝撃。

 

殻が軋む。

 

天喰の身体が、屋上の端まで吹き飛ばされた。

 

「ぐっ……!」

 

彼は、翼を広げ、辛うじて空中で体勢を立て直した。

 

地面まで、十数メートル。

 

落下すれば、着地の衝撃が大きい。

 

天喰は、空中で身体を回転させ、翼を斜めに広げた。

 

風を受け、落下速度を落とす。

 

地面へ着地する直前、タコの触手を伸ばし、近くの鉄骨へ巻きつけた。

 

衝撃を分散。

 

身体を引き上げ、地面を転がるようにして距離を取る。

 

「……っ、はあ……!」

 

天喰は、息を整えながら、敵を見上げた。

 

「……あの人、強すぎない?」

 

その呟きは、いつもの弱気なものだった。

 

だが、彼の頭の中では、少しずつ、敵の能力が整理され始めていた。

 

吸収する。

 

取り込む。

 

再現する。

 

そして、さらに喰らう。

 

ギャラティカの暴食は、相手の攻撃を無効化するだけの能力ではない。

 

戦う相手の力を、自分の戦闘能力へ変える能力なのだ。

 

その危険性を理解したとき、天喰は、自分の個性との共通点に気づき始めていた。

 

自分もまた、何かを取り込み、その特徴を自分の身体へ反映させる。

 

タコの触手。

 

貝の殻。

 

鳥の翼。

 

それらを、自分の身体へ展開することで、戦う。

 

ギャラティカと、自分。

 

二つの能力は、似ている。

 

あまりにも、不気味なほどに。

 

二 サンイーターの観察眼

天喰環は、自分が決して、戦闘の天才ではないと思っていた。

 

少なくとも、初めて会う相手を前にして、堂々と胸を張れるタイプではない。

 

人の視線は苦手だ。

 

注目されると、頭が真っ白になる。

 

自分の能力が通じなかったとき、誰かを失望させてしまうのではないかと考えてしまう。

 

雄英のビッグスリーと呼ばれていても、その名前が、いつも自分に自信を与えてくれるわけではなかった。

 

だが、天喰には、一つだけ、自分でも信じられるものがあった。

 

観察すること。

 

相手の動きに目を凝らす。

 

攻撃の前後を見比べる。

 

何が起きたのかを、可能な限り細かく分解する。

 

そして、自分が持っている能力で、どうすればその状況を覆せるのかを考える。

 

それを、何度も繰り返す。

 

天喰は、ギャラティカの身体を観察していた。

 

肩に浮かぶ金属の装甲。

 

腕に形成された鋏。

 

胸部に生じた硬質な板状の構造。

 

そして、身体のあちこちに存在する黒い裂け目。

 

どれも、取り込んだものが反映された結果に見える。

 

だが、すべてが同時に動いているわけではない。

 

金属の突起が飛び出した直後、肩の装甲は一度薄くなった。

 

鋏が閉じるとき、腕の表面にある口が開いていた。

 

そして、天喰の触手を引き込もうとした瞬間、胸部の裂け目が一斉に閉じた。

 

「……」

 

天喰は、目を細めた。

 

切り替え。

 

ギャラティカは、取り込んだものを自由に使えるように見える。

 

だが、能力の発動には、何らかの切り替えがあるのかもしれない。

 

すべてを同時に、最大出力で使えるわけではない。

 

あるいは、取り込んだものの性質によって、展開できる部位が変わる。

 

「……まだ、分からない」

 

天喰は、息を吐いた。

 

「分からないけど……」

 

彼は、地面に落ちた鉄片へ目を向けた。

 

次に、ギャラティカの肩を見た。

 

そこには、先ほどまで金属の突起が形成されていた。

 

だが、今は消えている。

 

代わりに、鋏のような構造が大きくなっていた。

 

「……同時に使える能力には、制約がある?」

 

ギャラティカが、天喰の視線に気づいた。

 

「何を見ている」

 

「……え?」

 

「私の身体を、観察しているな」

 

天喰は、思わず目を逸らしかけた。

 

「い、いや、そんな……」

 

「隠さなくていい」

 

ギャラティカが笑った。

 

「観察しなければ勝てない。それは正しい判断だ」

 

彼は、ゆっくりと腕を広げた。

 

「だが、観察したところで、喰らわれるものは喰らわれる」

 

その言葉と同時に、地面が動いた。

 

天喰の足元から、黒い裂け目が広がる。

 

「――っ!」

 

天喰は、即座に跳び上がった。

 

しかし、地面の裂け目は、彼の動きに合わせて広がっていく。

 

まるで、影が彼を追いかけているようだった。

 

天喰は、翼を展開した。

 

「上へ!」

 

羽ばたき。

 

急上昇。

 

地面から伸びた黒い口が、彼の足元を追う。

 

天喰は、空中で身体を捻った。

 

一度、左へ。

 

次に、右へ。

 

翼の羽ばたきを左右で変え、蛇行するように移動する。

 

黒い口の動きが、一瞬遅れた。

 

天喰は、その隙を見逃さなかった。

 

「今だ……!」

 

背中の翼を畳む。

 

急降下。

 

そのまま、地面へ向かって身体を落とす。

 

ギャラティカは、腕を構えた。

 

黒い裂け目が、正面に開く。

 

「来い」

 

天喰は、落下しながら、身体の形を変えた。

 

両腕に、貝の殻を展開。

 

右肩から、タコの触手を三本伸ばす。

 

左腕には、甲殻類の鋏。

 

そして、背中には、鳥の翼を残す。

 

複合形態。

 

空中での姿勢制御。

 

防御。

 

拘束。

 

近接攻撃。

 

それぞれの特徴を、一つの身体へ組み合わせる。

 

だが、天喰の狙いは、直接攻撃ではなかった。

 

「――そっちじゃない!」

 

彼は、空中で触手を左右へ広げた。

 

一本は、ギャラティカの背後に落ちていた鉄骨へ。

 

一本は、地面に埋まった配管へ。

 

最後の一本は、横に倒れたコンクリートブロックへ巻きつく。

 

そして、身体を引いた。

 

落下の軌道が変わる。

 

ギャラティカの正面から、斜め後方へ。

 

黒い口は、正面を向いたままだった。

 

吸引が、空を掴む。

 

天喰は、敵の横をすり抜けた。

 

「――今!」

 

着地と同時に、タコの触手がギャラティカの脚へ絡みついた。

 

二本。

 

三本。

 

さらに一本。

 

足首。

 

膝。

 

腰。

 

複数の方向から、同時に拘束する。

 

天喰は、鋏を開いた。

 

狙うのは、ギャラティカの首ではない。

 

身体の中心にある、最も大きな黒い裂け目。

 

「……動きを止めて、口が開く瞬間を狙う!」

 

鋏が、横から迫る。

 

しかし。

 

ギャラティカは、笑った。

 

「そこだ」

 

拘束されたはずの脚が、突然、膨張した。

 

皮膚の下に、新たな黒い口が開く。

 

それは、絡みついていた触手の根元へ、正確に向けられていた。

 

天喰の表情が変わった。

 

「――しまっ!」

 

触手が、引っ張られる。

 

今度は、地面からではない。

 

拘束の内側から、逆に吸い込もうとしている。

 

ギャラティカは、自分の身体そのものを、罠に変えていた。

 

天喰は、鋏を引き戻した。

 

触手の一本が、黒い裂け目へ近づいていく。

 

「……っ、離れろ!」

 

彼は、触手を一斉に収縮させた。

 

だが、ギャラティカは、その動きに合わせて吸引を強めた。

 

触手の吸盤が、一つずつ剥がれる。

 

拘束が崩れる。

 

その瞬間、ギャラティカの反対側の腕が、天喰へ迫った。

 

巨大な鋏。

 

逃げ場は、狭い。

 

天喰は、貝の殻を両腕へ集中させた。

 

衝撃。

 

鋏が閉じる。

 

殻が、甲高い音を立てた。

 

「ぐっ……!」

 

身体が、横へ吹き飛ぶ。

 

天喰は、地面を転がり、壁にぶつかって止まった。

 

「……っ、はあ……!」

 

腕が痺れていた。

 

殻の表面には、深い亀裂が走っている。

 

「……拘束しても、身体の別の部分から吸収できるのか」

 

天喰は、歯を食いしばった。

 

「……しかも、僕が触れたものを、逆に利用してくる」

 

ギャラティカは、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。

 

「理解が早いな」

 

身体の各所に浮かぶ口が、次々と開閉する。

 

「だが、理解するだけでは足りない」

 

ギャラティカは、腕を広げた。

 

「お前の力を見せてみろ、サンイーター」

 

天喰は、身体を起こした。

 

「……あんまり、そういう期待のされ方は、好きじゃないんだけど」

 

声は、弱かった。

 

しかし、目は、まだ死んでいなかった。

 

「……でも、戦うしかないか」

 

三 喰らう者と、形を変える者

天喰環の個性《再現》は、食べたものの特徴を自分の身体へ反映させる能力だ。

 

タコを食べれば、触手を生み出せる。

 

貝を食べれば、硬い殻を作れる。

 

鳥の肉を食べれば、翼や脚の特徴を再現できる。

 

それらを組み合わせることで、天喰は、戦況に応じた身体を作り出す。

 

遠距離へ移動するための翼。

 

敵を拘束するための触手。

 

攻撃を防ぐための殻。

 

相手の防御を破るための鋏。

 

どれも、自分が持っている個性を使って生み出したものだ。

 

そして、その力は、食べたものの特徴を、自分の身体へ反映させることで成立している。

 

相手の生物を、丸ごと奪い取るわけではない。

 

食べたものの存在を、世界から消すわけでもない。

 

それは、個性の作用として、自分の身体に特徴を再現する力だった。

 

だが、ギャラティカの暴食は、違う。

 

彼は、対象を取り込む。

 

その力を、自らの一部へ変える。

 

そして、取り込んだものを、次の戦闘に利用する。

 

そこには、天喰の個性と似ている部分がある。

 

しかし、ギャラティカの暴食は、単なる特徴の再現ではない。

 

何かを喰らうことで、相手の力を減らし、自分の力を増やす。

 

それは、相手から何かを奪うことと、切り離せない能力だった。

 

天喰は、ギャラティカの身体を見た。

 

彼の中に、いくつもの特徴が混ざり合っている。

 

金属の装甲。

 

甲殻の鋏。

 

吸引する黒い口。

 

伸縮する腕。

 

そして、取り込んだものを自在に組み合わせているかのような動き。

 

その一つひとつが、相手の力を奪った結果なのだとしたら。

 

「……」

 

天喰は、拳を握った。

 

自分の個性も、何かを取り込むことで力を得る。

 

それは、ずっと自分が使ってきた力だ。

 

仲間たちと連携する際にも、何を食べ、どの特徴を組み合わせるかを考えてきた。

 

だが、目の前の敵は、その仕組みを、もっと直接的に、もっと恐ろしい形で使っている。

 

「……気に入らないな」

 

天喰は、ぽつりと呟いた。

 

ギャラティカが、首を傾げた。

 

「何だ?」

 

「……僕の個性と、お前の力を、同じものみたいに扱われるのは」

 

天喰は、ゆっくりと立ち上がった。

 

「確かに、食べたものの特徴を自分の身体に反映させるという点では、似ているところがあるのかもしれない」

 

彼は、右腕を構えた。

 

「でも、僕は、食べたものを自分の一部にすることで、その存在を消しているわけじゃない」

 

ギャラティカの口が、笑うように開いた。

 

「ほう」

 

「僕が再現するのは、食べたものの特徴だ。食べたものそのものを、自分の支配下に置いているわけじゃない」

 

天喰は、息を整えた。

 

「……それに、僕がこの力を使うのは、勝つためだけじゃない」

 

ギャラティカの表情が変わった。

 

天喰は続けた。

 

「仲間を守るために。仲間が作ってくれたチャンスを、無駄にしないために。僕にできることを、できるだけ増やすために使う」

 

彼は、左腕の殻を再び展開した。

 

「僕の力は、僕だけのためにあるわけじゃない」

 

ギャラティカは、しばらく黙っていた。

 

やがて、低く笑った。

 

「……それが、違いだと言いたいのか?」

 

「……そうだ」

 

「なら、証明してみろ」

 

ギャラティカの身体が、前へ沈んだ。

 

「お前が何を喰らい、何を力に変えてきたのか」

 

彼の全身に、黒い口が開いた。

 

「その力が、本当に、お前だけのためではないということを」

 

次の瞬間、戦場が動いた。

 

四 暴食の連鎖

ギャラティカが、両腕を左右に広げた。

 

その動きに合わせて、周囲の地面に、黒い裂け目が走る。

 

一つ。

 

二つ。

 

三つ。

 

次々と、黒い口が生まれていく。

 

その口は、地面に固定されていない。

 

裂け目は、地表を這いながら、天喰へ向かって移動していた。

 

「……増えた!?」

 

天喰は、すぐに後退した。

 

しかし、背後にも口が開く。

 

右側にも。

 

左側にも。

 

正面には、ギャラティカ本体。

 

逃げ道が、次々と塞がれていく。

 

「……っ、囲まれた!」

 

天喰は、翼を広げた。

 

飛ぶ。

 

だが、地面の口が、同時に開く。

 

吸引。

 

空気そのものが、下へ引き寄せられる。

 

天喰の身体が、空中で揺れた。

 

「くっ……!」

 

翼を大きく広げ、風を受ける。

 

しかし、吸引の流れは、単純な風ではない。

 

気流が、地面へ向かって折り曲げられている。

 

天喰は、上昇できなかった。

 

そこで、翼を畳んだ。

 

落下。

 

そのまま、地面へ向かって身体を落とす。

 

「――こっち!」

 

天喰は、タコの触手を三本、別方向へ伸ばした。

 

一本は、崩れた鉄骨へ。

 

一本は、壁へ。

 

一本は、残った足場へ。

 

触手を巻きつけ、身体を引く。

 

落下の軌道が変わる。

 

地面に開いた口の間を、斜めに滑り抜けた。

 

しかし、その先には、ギャラティカが待っていた。

 

「そこだ」

 

巨大な鋏が、横から迫る。

 

天喰は、左腕の殻を展開した。

 

受け止める。

 

同時に、右腕の触手を、敵の腕へ巻きつけた。

 

「……捕まえた!」

 

天喰は、全身の力を込めた。

 

触手が収縮する。

 

ギャラティカの腕を、横へ引き倒す。

 

その隙に、天喰は身体を捻り、鋏の内側へ潜り込んだ。

 

距離が近い。

 

敵の身体に触れられる。

 

ならば、今だ。

 

天喰は、右腕を変形させた。

 

甲殻類の鋏。

 

その先端に、力を集中させる。

 

「――これで!」

 

鋏が、ギャラティカの胸部へ迫る。

 

しかし、その瞬間。

 

胸の中央に、黒い口が開いた。

 

天喰の鋏が、吸い込まれる。

 

「――っ!?」

 

鋏の先端が、裂け目に飲み込まれた。

 

腕全体が、前方へ引かれる。

 

ギャラティカは、そのまま天喰を引き寄せた。

 

「近づけば勝てると思ったか」

 

天喰は、歯を食いしばった。

 

「……っ、まだ!」

 

左腕の殻を、敵の胸部へ押しつける。

 

同時に、背中の翼を大きく開いた。

 

羽ばたき。

 

自分の身体を、後方へ強く押し出す。

 

その力で、鋏を引き戻そうとする。

 

だが、ギャラティカの口は、閉じない。

 

天喰の腕が、引っ張られる。

 

「……くそっ!」

 

天喰は、右腕の触手を、敵の肩へ巻きつけた。

 

引く。

 

身体を捻る。

 

左の翼を畳み、右の翼だけを広げる。

 

回転。

 

天喰は、身体全体を捻ることで、引っ張られる力を横方向へ逃がした。

 

鋏が、わずかに裂け目から離れた。

 

その瞬間、天喰は、腕を引き戻した。

 

「――抜けろ!」

 

鋏が、胸部から離れる。

 

天喰は、後方へ飛び退いた。

 

着地。

 

滑走。

 

距離を取る。

 

ギャラティカの胸部には、わずかに変化が起きていた。

 

鋏の先端が触れた部分に、甲殻のような硬質化が広がっている。

 

「……っ」

 

天喰は、息を呑んだ。

 

取り込まれたのは、鋏そのものではない。

 

しかし、接触した部分に、鋏の特徴が反映されている。

 

彼は、すぐに理解した。

 

「……喰らうだけじゃない。触れた能力の特徴を、部分的に取り込むこともできるのか」

 

ギャラティカが笑った。

 

「よく見ている」

 

胸部の甲殻が、盛り上がる。

 

その表面に、細い刃のような突起が生まれた。

 

天喰の鋏の特徴を、取り込んだのだ。

 

「お前の攻撃は、私を強くする」

 

ギャラティカは、ゆっくりと腕を広げた。

 

「お前が何を生み出し、何を使おうと、それを私に与えれば、私はさらに喰らうことができる」

 

天喰は、息を整えた。

 

「……それなら」

 

彼は、両腕を構え直した。

 

「直接攻撃を当てないで、勝つ方法を考えればいい」

 

ギャラティカの笑みが、わずかに深くなった。

 

「やってみろ」

 

五 サンイーターの反撃

天喰は、まず、目の前の瓦礫を見た。

 

鉄骨。

 

コンクリート。

 

壊れた配管。

 

地面に散らばっている破片。

 

その多くが、ギャラティカの暴食によって吸い寄せられる対象になっている。

 

だが、すべてを同時に喰らうことができるわけではない。

 

少なくとも、これまでの攻防で、天喰は、敵の身体に変化が生じるタイミングを確認していた。

 

何かを吸収するとき、黒い口が開く。

 

口が閉じたあと、取り込んだものの特徴が、身体のどこかへ現れる。

 

そして、その変化が起きる瞬間には、別の能力の発動がわずかに遅れる。

 

完全に同時ではない。

 

その可能性がある。

 

「……試してみるしかない」

 

天喰は、右腕を変形させた。

 

タコの触手。

 

複数の触手が、地面へ広がる。

 

しかし、今度は、直接、ギャラティカを拘束しようとはしなかった。

 

触手は、周囲の瓦礫を掴んだ。

 

鉄片。

 

コンクリートの塊。

 

壊れた配管。

 

それらを、地面から引き起こす。

 

ギャラティカの口が、開いた。

 

吸引。

 

瓦礫が、敵の方向へ流れていく。

 

天喰は、その動きを見ながら、触手を一斉に収縮させた。

 

引き寄せられる瓦礫を、途中で放す。

 

複数の破片が、ギャラティカの周囲へ散らばった。

 

「……っ?」

 

ギャラティカは、口を広げたまま、瓦礫を吸い込もうとする。

 

だが、天喰が放った瓦礫は、吸引の軌道から外れていた。

 

一部は、地面に落ちる。

 

一部は、建物の壁へぶつかる。

 

そして、一部は、ギャラティカの身体の側面へ衝突した。

 

その瞬間。

 

天喰が動いた。

 

鳥の翼を展開。

 

急上昇。

 

空中から、タコの触手を伸ばす。

 

狙いは、敵の足元。

 

黒い口が閉じる直前だった。

 

触手が、ギャラティカの足首へ絡みつく。

 

一瞬。

 

ほんの一瞬だけ。

 

敵の身体が止まった。

 

天喰は、その隙に、両腕の殻を展開した。

 

そして、地面へ向かって、全力で羽ばたいた。

 

下降。

 

着地。

 

衝撃を利用して、身体を引き上げる。

 

触手が、敵の足を引く。

 

ギャラティカの身体が、前へ傾いた。

 

「――そこだ!」

 

天喰は、右腕の鋏を展開した。

 

今度は、胸を狙わない。

 

肩。

 

先ほど、金属の突起を形成していた部分。

 

敵の能力が切り替わる場所を狙う。

 

鋏が、横から迫った。

 

ギャラティカは、すぐに反応した。

 

胸の口が開く。

 

天喰は、そこで攻撃を止めた。

 

鋏を引く。

 

同時に、触手を収縮させ、敵の身体を横へ引っ張る。

 

ギャラティカの口が、攻撃の軌道からずれた。

 

その瞬間、天喰は、殻を展開した左腕を、敵の肩へぶつけた。

 

攻撃ではない。

 

押し込む。

 

身体を崩す。

 

ギャラティカは、足を踏み直した。

 

しかし、天喰は、すでに距離を取っていた。

 

「……よし」

 

彼は、息を吐いた。

 

今の攻撃で、敵に大きな損傷を与えられたわけではない。

 

だが、重要なことが分かった。

 

ギャラティカは、口が開いている間、吸引によって対象を取り込もうとする。

 

その最中は、身体を安定させるための動きが必要になる。

 

そして、吸収の直後には、取り込んだものの特徴を反映する変化が起きる。

 

そこには、一瞬の隙がある。

 

「……吸収そのものを止めることはできなくても、発動と変化のタイミングをずらせば……」

 

天喰は、敵を見た。

 

「……戦える」

 

ギャラティカは、肩を回した。

 

先ほど殻をぶつけられた部分には、傷というより、鈍いへこみが生じていた。

 

「なるほど」

 

彼は、静かに言った。

 

「お前は、私の攻撃を止めようとしているのではない。私が何を喰らうかを、選ばせようとしている」

 

天喰は、答えなかった。

 

「私が吸収する対象を、分散させる。攻撃の軌道を変える。能力の切り替えを誘う」

 

ギャラティカの口が、開いた。

 

「そして、その隙を狙う」

 

黒い裂け目が、身体のあちこちで蠢いた。

 

「悪くない」

 

天喰は、息を呑んだ。

 

「……褒めてくれなくていいよ」

 

「褒めているのではない」

 

ギャラティカが、前へ踏み出した。

 

「お前の戦い方を理解した、と言っている」

 

次の瞬間、天喰の背後で、黒い口が開いた。

 

「――なっ!?」

 

振り返るより早く、吸引が始まった。

 

今度は、地面ではない。

 

天喰の背中から生えた翼が、後ろへ引かれた。

 

「……っ、しまった!」

 

翼が、黒い口へ引き寄せられる。

 

天喰は、すぐに身体を前へ倒した。

 

両腕を地面へつき、身体を支える。

 

だが、翼への吸引は止まらない。

 

後方へ引っ張られる力が、背中全体へ伝わってくる。

 

「……くっ!」

 

天喰は、鳥の翼を畳もうとした。

 

しかし、吸引が、翼の先端を捕らえている。

 

翼が、引き伸ばされる。

 

黒い口が、さらに大きく開いた。

 

「……っ!」

 

天喰は、奥歯を噛み締めた。

 

翼を守ろうとすれば、身体ごと引きずり込まれる。

 

身体を逃がそうとすれば、翼が取り込まれる。

 

「……なら!」

 

天喰は、背中の翼を一気に収縮させた。

 

同時に、タコの触手を地面へ伸ばす。

 

触手が、左右の鉄骨へ巻きつく。

 

天喰は、身体を前方へ引いた。

 

翼を、吸引の方向へ一度だけ押し込む。

 

その瞬間、翼の形を解除した。

 

吸引が、空を掴む。

 

取り込む対象を失った黒い口が、わずかに揺れた。

 

天喰は、その隙に身体を引き戻した。

 

「……っ、はあ……!」

 

背中が、じんじんと痛んだ。

 

だが、身体は無事だった。

 

「……危なかった」

 

彼は、額の汗を拭った。

 

翼を解除する。

 

それは、自分の能力の一部を、一時的に失うことでもある。

 

だが、天喰は、無理に守ろうとはしなかった。

 

能力は、使うためのものだ。

 

そして、使い続けることが、必ずしも正しいわけではない。

 

失うことを避けるために、自分自身を危険へ追い込んではならない。

 

必要なら、形を変える。

 

必要なら、手放す。

 

そして、別の方法を探す。

 

それが、天喰の戦い方だった。

 

ギャラティカは、彼の動きを見つめていた。

 

「……なるほど。お前は、取り込んだものを、必要に応じて切り替えられるのか」

 

天喰は、返事をしなかった。

 

だが、その言葉は、彼の胸に刺さった。

 

自分は、何かを食べ、その特徴を自分の身体へ反映させる。

 

必要に応じて、形を変える。

 

それが、自分の個性だ。

 

そして、ギャラティカもまた、喰らったものを取り込み、自分の一部へ変えている。

 

違いは、何なのか。

 

天喰は、もう一度、敵を見た。

 

その答えは、まだ、はっきりとは分からなかった。

 

六 喰らうことの意味

ギャラティカは、ゆっくりと両腕を広げた。

 

「お前は、食べたものの特徴を自分の身体へ反映させるのだろう」

 

天喰は、黙っていた。

 

「タコの触手。貝の殻。鳥の翼。甲殻類の鋏」

 

ギャラティカは、天喰の身体に現れた特徴を、一つずつ指摘した。

 

「それらを、自分の力として使う」

 

「……そうだよ」

 

天喰は、低く答えた。

 

「ならば、私と何が違う?」

 

その問いに、天喰は、すぐには答えられなかった。

 

ギャラティカの身体から、金属の突起が伸びた。

 

胸部には、硬い殻のような構造がある。

 

腕には、鋏の特徴が残っている。

 

そして、全身には、取り込むための黒い口が開いていた。

 

「私もまた、喰らったものの特徴を自分の力に変えている」

 

ギャラティカが言った。

 

「お前がタコを食べて触手を得るように、私は相手の力を取り込む。お前が貝の特徴を再現して身を守るように、私は取り込んだ物質を使って身体を強化する」

 

天喰は、拳を握った。

 

「……でも、僕は、相手の力を奪っているわけじゃない」

 

「本当にそうか?」

 

ギャラティカの問いに、天喰の言葉が止まった。

 

「お前は、食べたものの特徴を、自分の身体へ取り込んでいる。その行為によって、お前は力を得ている」

 

ギャラティカは、口を開いた。

 

「私も同じだ。喰らうことで、私は力を得る」

 

「……」

 

「では、違いは何だ?」

 

天喰は、すぐには答えられなかった。

 

ギャラティカは、ゆっくりと歩いてきた。

 

「お前が喰らうことは、正しいのか。私が喰らうことは、間違っているのか」

 

「……僕は」

 

天喰は、言葉を探した。

 

「……僕は、自分が食べたものの特徴を、自分の身体に反映させている。だけど、そのことによって、食べたものの存在を、丸ごと自分のものにしているわけじゃない」

 

「それが、違いだと?」

 

「……それだけじゃない」

 

天喰は、顔を上げた。

 

「僕は、食べたものを使って、誰かを助けるために戦うことがある。仲間が作ってくれたチャンスを、無駄にしないために使うこともある」

 

彼は、少しだけ声を強めた。

 

「僕の個性は、僕が何を食べたかだけで、何のために使うかまで決まるわけじゃない」

 

ギャラティカは、黙って聞いていた。

 

天喰は続けた。

 

「……僕は、食べたものの特徴を使う。それは、確かに自分の力になる。でも、その力を何に使うかは、僕が決める」

 

ギャラティカの口が、わずかに開いた。

 

「ならば、私はどうだ」

 

「……何?」

 

「私も、喰らったものを、私の力へ変えている。私は、それを使って戦う。私にとって、喰らうことは、生きることに近い」

 

その声には、奇妙な確信があった。

 

「お前は、自分の力を、仲間のために使うと言った。ならば、私が自分のために使うことは、なぜ間違いなのだ?」

 

天喰は、息を呑んだ。

 

質問の形をしていた。

 

だが、それは、簡単に答えられる問いではなかった。

 

自分のために力を使うこと自体は、間違いではない。

 

自分を守るために戦うこと。

 

自分が生き延びるために、力を使うこと。

 

それは、当然の権利だ。

 

問題は、何をするために、どのような方法で、その力を使うのか。

 

ギャラティカは、相手の力を取り込むことで、戦場そのものを支配しようとしている。

 

彼の暴食は、相手の攻撃を吸収するだけではない。

 

相手が使った力を、相手に返すことなく、自分のものへ変えていく。

 

そして、取り込んだものの特徴を使い、さらに多くのものを喰らおうとする。

 

その過程で、相手は、戦うための手段を失っていく。

 

それが、ギャラティカの恐ろしさだった。

 

天喰は、彼を見つめた。

 

「……自分のために力を使うことが、悪いわけじゃない」

 

「ならば、何が問題だ」

 

「……他人の力を取り込むことが、自分の力になるからって、相手が失うものを考えなくていいわけじゃない」

 

ギャラティカの動きが止まった。

 

天喰は、続けた。

 

「僕が食べたものの特徴を、自分の身体に反映させることと、お前が相手の攻撃や能力を取り込むことが、似ている部分を持っていたとしても……そのことだけで、同じ行為になるわけじゃない」

 

天喰は、息を吸った。

 

「……僕は、自分の力を使うとき、その力によって何が起きるのかを考える。自分が、何を守りたいのかも考える」

 

彼は、ギャラティカをまっすぐに見た。

 

「お前は、喰らった相手が、何を失うのかを考えているのか?」

 

ギャラティカは、笑った。

 

「失う?」

 

黒い口が、身体のあちこちで開く。

 

「私に喰らわれたものは、私の力になる。ならば、それは、失われたのではない。私の中に残っているのだ」

 

天喰は、顔を強張らせた。

 

ギャラティカは続けた。

 

「お前が喰らったものも、お前の身体に残っているのだろう。ならば、私と何が違う?」

 

「……っ」

 

「お前は、食べたものを自分の力にする。私は、喰らったものを自分の力にする。どちらも、取り込んだものを、自分のために使っている」

 

ギャラティカは、ゆっくりと腕を広げた。

 

「お前は、自分が正しいと信じている。私は、私の行為に問題があるとは考えていない」

 

その声は、穏やかだった。

 

「では、その違いを、戦いで示してみろ」

 

次の瞬間、ギャラティカの身体が、前へ弾けた。

 

天喰は、すぐに反応した。

 

だが、今度の攻撃は、これまでとは違っていた。

 

ギャラティカは、腕を振りかぶらない。

 

足を踏み込んだ瞬間、全身の口を、一斉に開いた。

 

吸引が、同時に始まる。

 

瓦礫。

 

鉄片。

 

空気。

 

そして、天喰の身体に現れていた、すべての特徴。

 

それらが、一斉に引っ張られた。

 

「――っ!?」

 

天喰の翼が、背中から引き剥がされるように、後方へ引かれた。

 

触手が、地面から浮き上がる。

 

殻が、腕の表面で軋む。

 

鋏が、前方へ引き寄せられる。

 

まるで、天喰の身体そのものが、分解されようとしているかのようだった。

 

「……くっ!」

 

天喰は、必死に踏ん張った。

 

だが、吸引の力は、これまでの比ではなかった。

 

ギャラティカの身体が、さらに大きくなったように見える。

 

取り込んだものが、全身へ広がっている。

 

「……そうか」

 

天喰は、歯を食いしばった。

 

「……お前、僕の身体に現れた特徴まで、取り込めるのか!」

 

ギャラティカは、笑った。

 

「喰らえるものなら、すべて喰らう」

 

その声と同時に、天喰の左腕の殻が、強く引っ張られた。

 

表面に、ひびが走る。

 

触手が、引きちぎられるように伸びていく。

 

天喰は、身体を前へ倒した。

 

そして、最後の力を振り絞った。

 

「――まだだ!」

 

右腕の触手を、ギャラティカの足元へ伸ばす。

 

一本。

 

二本。

 

三本。

 

すべてを、地面に巻きつける。

 

それから、天喰は、左腕の殻を解除した。

 

引っ張られていた特徴を、あえて手放す。

 

同時に、背中の翼も解除する。

 

吸引の対象が、一瞬で減った。

 

ギャラティカの身体が、わずかに揺れた。

 

天喰は、その隙に、右腕の触手を収縮させた。

 

地面を蹴る。

 

身体を回転させる。

 

吸引の方向から、横へ滑り抜ける。

 

「……っ、はあっ……!」

 

天喰は、ギャラティカから距離を取った。

 

しかし、その右腕には、まだ触手が残っていた。

 

そして、胸の奥には、冷たい感覚が残っていた。

 

今の攻撃で、ギャラティカは、確かに、自分の身体に現れた特徴を取り込もうとしていた。

 

そのことが、天喰には、ひどく不気味だった。

 

自分が使う個性は、食べたものの特徴を再現する。

 

だが、ギャラティカは、目の前の相手から、力そのものを奪おうとする。

 

天喰は、自分の右腕を見た。

 

触手が、ゆっくりと動いている。

 

その形は、自分が食べたものの特徴を反映したものだ。

 

それでも、今の自分は、その触手を、自分の力として扱っている。

 

そのこと自体は、いつもと変わらない。

 

しかし、ギャラティカと対峙してから、その行為が、別の意味を持ち始めていた。

 

自分は、何を取り込んでいるのか。

 

その力を、何のために使っているのか。

 

そして、誰かの力を自分のものにするという行為は、どこまで許されるのか。

 

天喰は、顔を上げた。

 

ギャラティカが、こちらを見ていた。

 

「……理解できたか、サンイーター」

 

天喰は、息を整えながら答えた。

 

「……少しだけ」

 

「ならば、もっと理解させてやろう」

 

ギャラティカの身体に、黒い口が開いた。

 

「お前が使う力は、どこから来たのか」

 

その言葉と同時に、彼は再び、前へ踏み込んだ。

 

七 喰らう者の論理

ギャラティカの攻撃は、ますます苛烈になっていた。

 

左右から伸びる金属の突起。

 

地面に生まれる黒い口。

 

吸引で軌道を変えられた瓦礫。

 

そして、攻撃を受け止めるたびに、少しずつ変化していく身体。

 

天喰は、戦場を走りながら、その一つひとつに対処していた。

 

翼を展開して、上へ逃げる。

 

触手を伸ばして、軌道を変える。

 

殻を展開して、衝撃を受け止める。

 

鋏を使い、敵の攻撃を弾く。

 

だが、どの動きも、長くは続けられない。

 

ギャラティカは、天喰の攻撃を吸収しようとする。

 

直接攻撃を仕掛ければ、接触した部分が取り込まれる危険がある。

 

防御を続ければ、殻そのものを吸引される可能性がある。

 

逃げれば、戦場のあちこちに生まれた口が、移動経路を塞ぐ。

 

どの選択にも、危険があった。

 

「……っ、これじゃ、じり貧だ……!」

 

天喰は、地面を蹴った。

 

黒い裂け目が、足元を追ってくる。

 

彼は、横へ跳び、触手を壁へ巻きつけた。

 

身体を引き上げ、崩れた建物の二階部分へ飛び移る。

 

だが、ギャラティカは、すでに下から見上げていた。

 

「逃げるほど、喰らうものが増える」

 

その言葉とともに、建物の壁が軋んだ。

 

壁面に、黒い口が開く。

 

「……っ!」

 

天喰は、すぐに建物から飛び出した。

 

空中へ。

 

翼を広げる。

 

しかし、その前方にも、黒い裂け目が生まれた。

 

逃げ道がない。

 

天喰は、身体を捻った。

 

翼を畳み、急降下。

 

地面すれすれを滑るように移動する。

 

黒い口の縁を、紙一重で抜けた。

 

そのまま、タコの触手を伸ばす。

 

敵の足元へ。

 

地面へ。

 

鉄骨へ。

 

複数の方向へ、同時に巻きつける。

 

そして、身体を引いた。

 

天喰は、ギャラティカの横をすり抜けた。

 

その瞬間、右腕の鋏を展開する。

 

狙いは、敵の背中。

 

黒い口が少ない場所。

 

攻撃の切り替えが、一瞬遅れそうな場所。

 

天喰は、そこへ鋏を叩きつけた。

 

「――通れ!」

 

鋏が、ギャラティカの背中へ届く。

 

だが、手応えはなかった。

 

金属と甲殻が、瞬時に形成される。

 

天喰の鋏が、その装甲に弾かれた。

 

「……っ!」

 

ギャラティカが、振り向いた。

 

背中に形成された装甲が、鋭い刃のように展開する。

 

天喰は、すぐに距離を取ろうとした。

 

しかし、黒い口が、彼の背中に現れた。

 

吸引。

 

翼が引っ張られる。

 

「……またか!」

 

天喰は、翼を解除した。

 

だが、その瞬間、ギャラティカの腕が伸びてきた。

 

鋏。

 

今度は、天喰の左腕を狙っている。

 

天喰は、反射的に殻を展開した。

 

衝撃。

 

殻が軋む。

 

彼の身体が、地面に叩きつけられた。

 

「ぐっ……!」

 

視界が揺れる。

 

身体を起こそうとした瞬間、ギャラティカの影が、目の前に落ちた。

 

「……よく動いたな」

 

ギャラティカが、静かに言った。

 

「お前は、喰らうものを選び、形を変え、戦うための力にしている」

 

天喰は、息を整えようとした。

 

「……だが、喰らうことそのものから、逃れることはできない」

 

ギャラティカの胸部に、黒い口が開いた。

 

天喰の身体が、前へ引かれる。

 

「……っ!」

 

彼は、地面に触手を突き立てた。

 

身体を支える。

 

しかし、吸引が強まる。

 

触手が、一本ずつ引き抜かれていく。

 

「……くっ……!」

 

ギャラティカは、笑った。

 

「お前は、私と似ている」

 

「……違う」

 

天喰は、歯を食いしばった。

 

「……僕は、お前とは違う……!」

 

「違うのなら、何が違う?」

 

ギャラティカの声は、静かだった。

 

「お前は、食べたものを、自分のために使う。私は、喰らったものを、自分のために使う」

 

黒い口が、さらに開く。

 

「お前は、自分の力を仲間のために使うと言った。ならば、私は、自分のために喰らっているだけだ」

 

天喰は、答えられなかった。

 

ギャラティカは続けた。

 

「喰らうことに、善悪などない。あるのは、喰らう者と、喰らわれる者だけだ」

 

その言葉が、天喰の胸に落ちた。

 

喰らう者と、喰らわれる者。

 

自分は、何かを食べることで力を得る。

 

ギャラティカは、相手の力を取り込むことで、さらに強くなる。

 

どちらも、何かを取り込むことで、自分を変化させている。

 

では、その違いは何なのか。

 

天喰は、震える息を吐いた。

 

自分は、仲間を守るために戦っている。

 

それは、嘘ではない。

 

しかし、仲間から力を借りることが、必ずしも相手の意思を尊重することにつながるとは限らない。

 

自分が必要としているからといって、何でも利用していいわけではない。

 

自分の能力が、何かを取り込むことで成り立っているのなら。

 

自分は、その力を、どのように使うべきなのか。

 

「……っ」

 

天喰は、目を閉じた。

 

怖い。

 

自分の力が、敵に似ている。

 

その事実が、思った以上に怖かった。

 

自分が、今まで正しいと信じていたこと。

 

自分の個性の使い方。

 

仲間から託されたものを、自分の力に変えて戦うという考え方。

 

その根底にあるものまで、疑わしくなってしまう。

 

だが。

 

天喰は、ゆっくりと目を開いた。

 

「……それでも」

 

その声は、震えていた。

 

「……それでも、僕は、お前とは違う」

 

ギャラティカの動きが止まった。

 

「ほう」

 

天喰は、地面に突き立てた触手を、もう一度、強く収縮させた。

 

「……僕は、確かに、食べたものの特徴を自分の力にしている。お前の言うとおり、僕も、何かを取り込むことで戦っている」

 

彼は、息を吸った。

 

「でも、だからって、喰らうことだけが、僕の個性のすべてだとは思わない」

 

天喰は、ゆっくりと身体を起こした。

 

「僕は、自分が何を食べたのかを覚えている。何を再現できるのかを考えている。その力を、どんなふうに使えば、誰かを守れるのかを考えている」

 

ギャラティカは、黙っていた。

 

「……僕は、自分の力を、ただ増やすためだけに使うわけじゃない」

 

天喰は、地面を蹴った。

 

「僕は、僕にできることを増やすために使う。その力で、何をするかは、僕が決める!」

 

触手が、一斉に動いた。

 

地面へ。

 

壁へ。

 

鉄骨へ。

 

そして、敵の周囲へ。

 

天喰は、身体を低くし、触手を引いた。

 

ギャラティカの身体が、わずかに傾く。

 

その瞬間、天喰は、右腕の鋏を解除した。

 

代わりに、貝の殻を展開する。

 

防御。

 

そのまま、敵の腕へ殻をぶつけ、進路を押し戻す。

 

左腕の触手が、敵の背後へ回り込む。

 

右腕の触手は、地面を掴む。

 

そして、天喰は、全身を捻った。

 

身体の回転を利用し、敵の重心を崩す。

 

「――倒れろ!」

 

ギャラティカの膝が、わずかに沈んだ。

 

ほんの一瞬。

 

だが、天喰は、その隙を見逃さなかった。

 

翼を展開。

 

羽ばたきによる上昇。

 

同時に、触手を収縮させ、敵の身体を横へ引き倒す。

 

ギャラティカの巨体が、地面に片膝をついた。

 

衝撃で、瓦礫が跳ね上がる。

 

天喰は、その場を離れた。

 

距離を取る。

 

息を整える。

 

まだ、勝っていない。

 

攻撃が通ったわけでもない。

 

しかし、敵の動きを、一瞬だけ止めることができた。

 

その事実は、重要だった。

 

天喰は、自分の手を見た。

 

触手が、ゆっくりと収縮していく。

 

「……僕は、まだ、戦える」

 

その言葉は、誰かに聞かせるためのものではなかった。

 

自分自身に向けたものだった。

 

怖い。

 

不安だ。

 

自分の能力と、敵の能力が似ていることが、まだ理解できない。

 

それでも、自分が何をしたいのかは、分かっている。

 

自分の力を、誰かを守るために使いたい。

 

自分が何を喰らい、何を力に変えてきたのか。

 

その意味を、敵に決められたくない。

 

天喰は、顔を上げた。

 

ギャラティカが、立ち上がっていた。

 

全身に、黒い口が開いている。

 

その口が、一斉に、天喰へ向けられた。

 

「……ならば、もっと見せてみろ」

 

ギャラティカが言った。

 

「お前が、何を喰らってきたのか」

 

次の瞬間、戦場全体が、黒い裂け目に覆われ始めた。

 

十二 暴食の正体

ギャラティカの身体が、変化していた。

 

先ほどまで、金属や甲殻の特徴を組み合わせていた身体。

 

その表面に、黒い口が、次々と開いていく。

 

胸部。

 

肩。

 

腕。

 

脚。

 

そして、背中。

 

すべての口が、異なる方向へ向いていた。

 

「……何だ、これは」

 

天喰は、息を呑んだ。

 

ギャラティカの身体が、ゆっくりと膨張する。

 

取り込んだものの特徴が、全身へ広がっていく。

 

金属。

 

甲殻。

 

吸引。

 

伸縮。

 

それぞれの性質が、混ざり合い、異様な形状を作り出していた。

 

「私の暴食は、単に物を食べる力ではない」

 

ギャラティカは言った。

 

「私が取り込んだものは、私の一部になる。その特徴を、私は利用できる」

 

天喰は、構えを取った。

 

「……それで、相手の力まで取り込めるのか」

 

「そうだ」

 

「……個性の発動そのものまで?」

 

ギャラティカは、わずかに笑った。

 

「お前が、そう考えるならな」

 

その返答は、肯定でも否定でもなかった。

 

天喰の背筋が、冷たくなった。

 

敵の能力には、まだ分からない部分がある。

 

どこまで取り込めるのか。

 

何を取り込めないのか。

 

取り込んだものの特徴を、どの程度まで再現できるのか。

 

どれだけの数を、同時に扱えるのか。

 

そして、何を代償としているのか。

 

そのすべてが、まだ明らかになっていない。

 

天喰は、敵の身体を観察した。

 

黒い口の縁。

 

吸引が始まる前の変化。

 

取り込んだものの特徴が現れる場所。

 

そして、膨張した身体の中心。

 

そこには、周囲よりも濃い黒色の裂け目があった。

 

他の口とは、違う。

 

大きさも、形状も。

 

その裂け目は、周囲の口が開閉するたびに、わずかに動いていた。

 

「……あれが、中心?」

 

天喰は、目を細めた。

 

ギャラティカが、その視線に気づいた。

 

「見つけたか」

 

彼は、笑った。

 

「だが、そこへ届くことができるかな?」

 

その瞬間、地面の黒い裂け目が、一斉に開いた。

 

吸引。

 

地面の瓦礫が浮き上がる。

 

空気が引き寄せられる。

 

天喰の身体が、前へ引かれた。

 

「……っ!」

 

触手を伸ばす。

 

地面へ。

 

壁へ。

 

鉄骨へ。

 

しかし、吸引は、それらの足場ごと引き寄せようとしていた。

 

「……駄目だ、これじゃ!」

 

天喰は、翼を展開した。

 

羽ばたき。

 

上昇。

 

だが、空中にも黒い口が開いている。

 

逃げ道がない。

 

ギャラティカは、全身を広げたまま、天喰を見ていた。

 

「お前は、私のことを理解しようとしている」

 

その声が、戦場に響いた。

 

「だが、理解するほど、お前自身の力も、私に近いことが分かるはずだ」

 

天喰は、歯を食いしばった。

 

「……っ!」

 

「お前は、食べたものの特徴を自分の力にする。私は、取り込んだものを自分の力にする」

 

ギャラティカは続けた。

 

「どちらも、何かを喰らうことで、自分を強くする。お前が善意を語ろうと、私が暴食を語ろうと、その根本は変わらない」

 

天喰は、顔を上げた。

 

「……違う」

 

「ならば、示してみろ」

 

黒い口が、一斉に開いた。

 

吸引が、最大まで強まる。

 

天喰の翼が、引き伸ばされる。

 

触手が、地面から剥がされる。

 

殻が、腕の表面で軋む。

 

その瞬間、天喰は、すべての特徴を解除した。

 

翼を畳む。

 

触手を消す。

 

殻を消す。

 

鋏を消す。

 

一瞬、天喰の身体は、何の特徴も持たない姿へ戻った。

 

ギャラティカの吸引が、空を掴む。

 

取り込もうとしていたものが、突然、なくなった。

 

その一瞬。

 

天喰は、地面を蹴った。

 

能力を使わないまま、低く身体を沈める。

 

敵の吸引の中心から、横へ転がる。

 

そして、瓦礫の陰へ滑り込んだ。

 

「……っ、はあ!」

 

息を吐く。

 

身体が、まだ震えている。

 

だが、天喰は、今の一瞬で、何かを確認した。

 

ギャラティカは、取り込める対象が存在しなければ、吸引を続けることができない。

 

少なくとも、今の動きでは、対象を失った瞬間に、わずかな隙が生じた。

 

そして、天喰は、その隙を利用できた。

 

「……そうか」

 

彼は、自分の手を見た。

 

「……僕の個性は、使うことだけが答えじゃないんだ」

 

ギャラティカが、ゆっくりとこちらを向いた。

 

「……何?」

 

天喰は、瓦礫の陰から立ち上がった。

 

「僕は、食べたものの特徴を、自分の力に変えることができる。だから、戦況に応じて、どんな形にもなれると思っていた」

 

天喰は、顔を上げた。

 

「でも、必要がないなら、使わないこともできる。危険なら、手放すこともできる。自分の力を、全部、同時に使う必要はない」

 

ギャラティカは、黙っていた。

 

天喰は続けた。

 

「……お前は、何でも喰らおうとしている。取り込めるものを、全部、自分の一部にしようとしている」

 

彼は、息を吸った。

 

「でも、全部を自分のものにしなければ、戦えないわけじゃない」

 

天喰は、ゆっくりと構えた。

 

今度は、全身に複数の特徴を展開しない。

 

必要なものだけを、選ぶ。

 

「……僕は、僕に必要な力を選ぶ」

 

タコの触手を、一本だけ。

 

貝の殻を、片腕だけ。

 

そして、鳥の翼を、小さく広げる。

 

それだけだった。

 

ギャラティカの口が、笑うように開いた。

 

「……それが、お前の答えか」

 

「……まだ、答えは出ていない」

 

天喰は、正直に答えた。

 

「でも、少なくとも、お前に自分の力の使い方を決められるつもりはない」

 

その声は、まだ震えていた。

 

それでも、天喰は、敵から目を逸らさなかった。

 

十三 サンイーターの恐怖

ギャラティカが、動いた。

 

今度は、正面から突進してきた。

 

巨体が、地面を砕く。

 

黒い口が、身体の前面に開いていく。

 

天喰は、すぐに横へ動いた。

 

触手を地面へ伸ばし、身体を引く。

 

ギャラティカの突進を、紙一重で回避する。

 

そのまま、触手を敵の背中へ巻きつけた。

 

だが、吸引が始まる。

 

天喰は、即座に触手を解除した。

 

ギャラティカの口が、空を掴む。

 

天喰は、殻を展開した片腕を、地面へ押しつけた。

 

身体を支える。

 

同時に、翼を小さく広げ、空気を受ける。

 

敵の突進によって生じた風を利用し、身体を横へ滑らせる。

 

そのまま、ギャラティカの背後へ回り込んだ。

 

「……今!」

 

天喰は、右腕を伸ばした。

 

タコの触手。

 

一本だけ。

 

その先端を、ギャラティカの肩にある口の縁へ巻きつける。

 

そして、全身を引いた。

 

吸引の方向を、横へずらす。

 

ほんの一瞬。

 

ギャラティカの身体が、わずかに傾いた。

 

天喰は、その隙に、殻を展開した左腕を、敵の背中へぶつけた。

 

衝撃。

 

ギャラティカの巨体が、前へ崩れる。

 

天喰は、すぐに距離を取った。

 

成功した。

 

わずかだが、相手の動きを崩すことができた。

 

「……よし!」

 

しかし、その瞬間だった。

 

天喰の右腕に、強い違和感が走った。

 

触手の先端。

 

敵に巻きつけた部分から、何かが引っ張られている。

 

痛みではない。

 

皮膚が裂けているわけでもない。

 

もっと、曖昧で、深い感覚だった。

 

まるで、自分の身体の一部が、自分ではない何かによって、定義し直されようとしているような。

 

「……っ!?」

 

天喰は、反射的に触手を解除した。

 

しかし、違和感は消えなかった。

 

右腕の感覚が、少しだけ遠い。

 

自分の腕なのに、いつもと同じように感じられない。

 

何かが、引き抜かれたような。

 

何かを、奪われかけたような。

 

天喰は、息を呑んだ。

 

ギャラティカが、ゆっくりと振り向いた。

 

「……分かったか」

 

その声は、静かだった。

 

「お前が、自分の力として扱っているもの。それは、本当に、お前だけのものなのか?」

 

天喰は、何も言えなかった。

 

「お前は、食べたものの特徴を、自分の身体に反映させる。お前自身も、何かを取り込むことで力を得ている」

 

ギャラティカの身体に、黒い口が開いた。

 

「ならば、私がお前の力を喰らうことも、自然なことではないか?」

 

天喰の背筋が、冷たくなった。

 

ギャラティカの能力は、単に物質を食べるだけではない。

 

相手の攻撃を取り込むだけでもない。

 

彼は、天喰の個性によって生み出された特徴を、取り込もうとしていた。

 

そのことが、天喰には、恐ろしかった。

 

自分の能力が、相手に利用される。

 

その可能性は、戦闘の中で、何度も考えていた。

 

しかし、今、目の前で起きたことは、それだけではない。

 

自分の力を、自分の身体へ展開する。

 

それは、天喰にとって、自分の身体の一部を扱うことと同じだった。

 

その一部が、他者によって、奪われるかもしれない。

 

自分が、自分として戦うために必要なものを、相手が取り込んでしまうかもしれない。

 

そして、もし、その力を失ったら。

 

自分は、どこまで自分でいられるのだろう。

 

天喰は、震える右手を見た。

 

「……っ」

 

怖い。

 

それは、純粋な恐怖だった。

 

敵の攻撃が強いからではない。

 

自分の力が、通用しないからだけでもない。

 

自分が自分だと信じているもの。

 

自分の身体。

 

自分の個性。

 

自分が何をできるのかという認識。

 

その境界そのものが、敵の能力によって揺さぶられたからだ。

 

ギャラティカは、ゆっくりと近づいてきた。

 

「お前は、何を恐れている?」

 

天喰は、答えられなかった。

 

「力を失うことか。それとも、自分の力が、他者に奪われることか」

 

黒い口が、開いた。

 

「あるいは……自分が何者なのか、分からなくなることか?」

 

天喰は、息を呑んだ。

 

その問いは、あまりにも正確だった。

 

自分の力を、誰かに奪われる。

 

そのことが怖いのは、単に戦えなくなるからではない。

 

自分の個性があるからこそ、自分はサンイーターとして戦える。

 

それを失ったら、自分は何ができるのか。

 

仲間が期待してくれているものに、応えられなくなったら。

 

自分が、自分であることを、どうやって示せばいいのか。

 

そうした不安が、胸の奥で膨らんでいた。

 

「……僕は」

 

天喰は、声を絞り出した。

 

「……僕は、自分の力を、失いたくない」

 

ギャラティカが、笑った。

 

「当然だ」

 

「……でも」

 

天喰は、拳を握った。

 

「……それだけじゃ、ない」

 

彼は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「僕は、仲間から託されたものを、自分の力に変えて戦ってきた。僕にできることを増やして、誰かを助けられるようにするために」

 

天喰の声は、震えていた。

 

だが、その目は、敵を見ていた。

 

「だから……僕が、この力を失うことが怖いのは、ただ、自分が弱くなるからじゃない」

 

彼は、一度、息を吸った。

 

「……仲間が、僕に託してくれたものに、応えられなくなるかもしれないからだ」

 

ギャラティカは、黙っていた。

 

天喰は続けた。

 

「僕は、まだ怖い。お前に、自分の力を奪われるかもしれないと思うと、怖い」

 

彼は、正直に言った。

 

「でも、その恐怖を理由に、戦うことをやめるわけにはいかない」

 

天喰は、身体を起こした。

 

「僕が何を喰らい、何を力に変えてきたのか。その意味を、お前に決められるつもりはない」

 

その言葉が、戦場に響いた。

 

ギャラティカは、静かに笑った。

 

「……ならば、見せてみろ」

 

彼の全身に、黒い口が開いた。

 

「お前が、どこまで自分の力を守れるのか」

 

天喰は、構えを取った。

 

右腕には、一本の触手。

 

左腕には、貝の殻。

 

背中には、必要最低限の翼。

 

すべてを一度に使わない。

 

使えるものを、ただ並べるのではない。

 

今、何が必要なのかを選び、そのために使う。

 

天喰は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……行くよ」

 

その声は、まだ弱かった。

 

だが、そこには、もう逃げるだけではない意思があった。

 

十四 暴食は、誰のために喰らう

ギャラティカは、両腕を広げた。

 

黒い口が、戦場全体へ広がっていく。

 

地面。

 

壁。

 

崩れた建物。

 

鉄骨。

 

空間のあちこちに、裂け目が現れる。

 

それらが、一斉に開いた。

 

吸引。

 

瓦礫が浮き上がる。

 

空気が流れ込む。

 

天喰の身体が、再び前へ引かれた。

 

「……っ!」

 

彼は、地面へ触手を伸ばした。

 

一本。

 

二本。

 

三本。

 

触手が、崩れた鉄骨へ巻きつく。

 

だが、鉄骨そのものが引き寄せられる。

 

天喰は、すぐに触手を解除した。

 

そのまま、地面を蹴る。

 

敵の吸引の中心から、横へ移動する。

 

しかし、そこにも黒い口がある。

 

「……っ、こっちも!」

 

天喰は、翼を小さく展開した。

 

羽ばたき。

 

空中へ逃げる。

 

だが、上空にも、黒い裂け目が開いていた。

 

空気が引っ張られる。

 

天喰の身体が、空中で止まる。

 

「……くっ!」

 

彼は、翼を解除した。

 

落下。

 

身体を丸める。

 

地面へ着地する直前、左腕の殻を展開した。

 

衝撃を受け止める。

 

そのまま、地面を転がる。

 

天喰は、すぐに立ち上がった。

 

ギャラティカが、目の前に迫っていた。

 

「――喰らえ」

 

黒い口が、開く。

 

天喰は、正面から逃げなかった。

 

右腕の触手を、敵の足元へ伸ばす。

 

左腕の殻を、身体の前に構える。

 

そして、身体を低く沈めた。

 

吸引が、始まる。

 

触手が引っ張られる。

 

殻が軋む。

 

天喰は、そこで、触手を一度だけ引いた。

 

敵の身体が、ほんのわずかに前へ傾く。

 

その瞬間、殻を解除した。

 

吸引の対象が消える。

 

ギャラティカの口が、わずかに揺れた。

 

天喰は、その隙に、身体を横へ滑らせた。

 

背後へ回る。

 

攻撃するのではない。

 

相手の位置を、変える。

 

彼は、地面に残った触手を、崩れた鉄骨へ巻きつけた。

 

そして、身体を引いた。

 

ギャラティカの足元に、斜めの力が加わる。

 

巨体が、わずかに傾く。

 

天喰は、さらにもう一本、触手を伸ばした。

 

今度は、敵の肩ではない。

 

地面に埋まった配管へ。

 

左右から、同時に引く。

 

ギャラティカの身体が、前へと崩れた。

 

「……っ!」

 

その瞬間、天喰は、翼を展開した。

 

羽ばたき。

 

身体を上へ押し上げる。

 

ギャラティカの頭上を越える。

 

そのまま、敵の背後へ着地した。

 

攻撃は、しない。

 

距離を取る。

 

呼吸を整える。

 

そして、相手の動きを観察する。

 

ギャラティカは、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……お前は、私を喰らおうとしているのか?」

 

天喰は、首を横に振った。

 

「……違う」

 

「ならば、なぜ、私の動きを止めようとする?」

 

「……お前の動きを止めないと、周囲のものが、どんどん喰らわれていくからだ」

 

天喰は、息を吸った。

 

「僕は、自分の力を増やすために戦っているんじゃない。お前が何を喰らい、何を奪おうとしているのかを知りたい。そして、これ以上、誰かが失うものを増やさないために戦っている」

 

ギャラティカは、静かに笑った。

 

「……誰かのために、か」

 

黒い口が、ゆっくりと開いた。

 

「ならば、その誰かが、お前の力を必要としなかったら?」

 

天喰は、目を見開いた。

 

「……何?」

 

「お前が守ろうとしている者たちが、お前の力を必要としていないとしたら。お前が、何を喰らい、何を自分の力に変えてきたのか。それを、誰も必要としていないとしたら」

 

ギャラティカは、ゆっくりと近づいてきた。

 

「それでも、お前は、その力を使うのか?」

 

天喰は、答えられなかった。

 

それは、彼が今まで、深く考えたことのない問いだった。

 

自分の力は、誰かを助けるためにある。

 

誰かを守るために使う。

 

仲間から託されたものを、自分の力に変えて戦う。

 

それは、天喰にとって、大切な考え方だった。

 

だが、もし、守るべき相手が、自分の力を必要としていなかったら。

 

もし、相手が、自分とは違う方法を選んだら。

 

そのときも、自分は、自分の力を使うべきなのだろうか。

 

それとも、相手の意思を尊重して、引き下がるべきなのだろうか。

 

天喰は、歯を食いしばった。

 

「……そのときは、相手が何を望んでいるのかを聞く」

 

ギャラティカが、動きを止めた。

 

「……ほう」

 

「……僕が、何かを守りたいと思っても、それだけで、相手が僕の力を必要としていると決まるわけじゃない」

 

天喰は、ゆっくりと言葉を続けた。

 

「だから、何が必要なのかを聞く。僕にできることがあるなら、協力する。僕の力が必要ないなら、別の方法を考える」

 

彼は、顔を上げた。

 

「……僕が、誰かを助けたいと思っていることと、その人が、僕の力を必要としていることは、同じじゃない」

 

ギャラティカは、しばらく黙っていた。

 

そして、低く笑った。

 

「……面白い」

 

黒い口が、再び開く。

 

「ならば、お前自身が、どれほど自分の力を必要としているのか、試してみよう」

 

その瞬間、ギャラティカの身体が、急激に膨張した。

 

全身の黒い口が、一斉に開く。

 

吸引が、戦場全体を覆う。

 

天喰の身体が、前へ引かれた。

 

「――っ!」

 

触手を地面へ伸ばす。

 

殻を展開する。

 

翼を広げる。

 

それでも、吸引が止まらない。

 

ギャラティカの身体の中心にある、最も大きな裂け目が、ゆっくりと開いていく。

 

その奥には、何もなかった。

 

光も、底も、距離もない。

 

ただ、すべてを引き込もうとする、暗い空間が広がっている。

 

天喰は、息を呑んだ。

 

それは、物質を食べる口ではなかった。

 

攻撃を吸収するための穴でもなかった。

 

まるで、相手が持っている力そのものを、自分の中へ引きずり込もうとしているかのようだった。

 

「……っ、何だよ、これ……!」

 

天喰の触手が、引っ張られる。

 

殻が軋む。

 

翼が、後方へ引かれる。

 

そして、彼自身の身体も、少しずつ前へ滑っていく。

 

ギャラティカは、笑っていた。

 

「お前が、何を喰らってきたのか」

 

その声が、戦場に響いた。

 

「お前が、何を自分の力に変えてきたのか」

 

黒い裂け目が、さらに広がる。

 

「そのすべてを、私に見せてみろ」

 

天喰は、歯を食いしばった。

 

自分の力が、奪われるかもしれない。

 

自分の身体に現れた特徴が、ギャラティカの一部になってしまうかもしれない。

 

そして、自分が、自分の力を使うために必要としているものまで、喰らわれてしまうかもしれない。

 

その恐怖は、消えていなかった。

 

それでも。

 

天喰は、顔を上げた。

 

「……僕は、僕の力を、お前に決めさせない」

 

その声は、弱かった。

 

だが、確かに、そこにあった。

 

彼は、残された触手を、地面へ強く突き立てた。

 

そして、身体を低く沈めた。

 

次の瞬間、ギャラティカの暴食が、さらに強まった。

 

戦場の瓦礫が、次々と黒い裂け目へ引き込まれていく。

 

天喰の身体も、ゆっくりと、中心へ向かって滑り始めた。

 

戦いは、まだ終わらない。

 

そして、サンイーターは、これから自分自身の恐怖と向き合うことになる。




暴食編開幕
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