一
世界が、口を開けていた。
工場の壁面。
折れ曲がった鉄骨。
ひび割れた道路。
崩れたクレーンのアーム。
それらの表面に、黒い裂け目が生まれている。
裂け目の内側には歯のような凹凸が並び、何もない空間を噛み切るように開閉していた。
口。
口。
口。
あらゆる場所が、何かを喰らうための器官へと変わっていく。
中央にそびえるギャラティカの身体にも、無数の口が浮かび上がっていた。
そして、そのすべてが同じ方向を向いている。
天喰環。
サンイーター。
「――っ!」
足元が、消えた。
正確には、消えたように感じた。
天喰が踏みしめていたコンクリートの表面が、地面に生まれた口へと吸い込まれたのだ。
足場が崩れる。
身体が傾く。
次の瞬間、天喰の身体が前方へ引きずられた。
「くっ……!」
背中から生やしていた複数のタコの触手を、崩れかけた柱へ巻きつける。
吸引に逆らい、身体を固定。
しかし、柱そのものが軋んだ。
根元が浮き上がり、無数の亀裂が走る。
このままでは、柱ごと持っていかれる。
天喰は即座に判断した。
触手を一本ずつ切り離すように解除する。
吸い込まれる柱から離れ、身体を丸め、前方へ回転。
左腕に再現した貝殻を展開し、その内側に肩と頭部を収納する。
殻の外側を吸引の方向へ向けた。
引きずられる力を利用し、殻が地面を滑る。
ただし、目指す先は巨大な裂け目ではない。
吸引の流れに乗りながら、右側に倒れた鋼材へ接近する。
「今……!」
殻を解除。
背中から翼を展開。
翼が空気を叩き、身体が横方向へ跳ねた。
同時に、足元へ触手を伸ばす。
鋼材へ巻きつけた触手を支点として、振り子のように跳び上がった。
巨大な裂け目の縁をかすめ、天喰は吸引圏外へと飛び出す。
着地。
片膝をつき、片手で地面を支える。
荒い呼吸。
脈打つ腕。
指先が、まだ震えていた。
逃げ切った。
そう判断した直後だった。
「逃げたのではない」
ギャラティカの声が、地面の口から響いた。
「喰われる場所を選び直しただけだ」
天喰は顔を上げる。
前方の壁面。
そこに生まれた巨大な口が、ゆっくりと開いた。
そして、口の奥から黒い何かが伸びてくる。
腕だった。
ギャラティカの腕。
遠く離れた本体から伸びたその腕には、黒い裂け目と金属質の装甲が幾重にも重なっている。
掌に、口がある。
指先にも、口がある。
その口が一斉に開いた。
吸引。
「なっ……!」
天喰の身体が横へ持っていかれる。
逃げ道を塞がれた。
前方からは、ギャラティカの本体。
側面からは、地面に開いた口。
背後には、崩れかけた工場の壁面。
空中へ逃れようにも、翼を広げれば吸引を受ける面積が増える。
ならば、地上で。
天喰は四肢を低く構えた。
脚部を甲殻類のものへ変化させ、地面を強く踏みしめる。
両腕には鋏。
背中からは、短い触手を複数展開。
触手を地面の亀裂へ差し込み、鋏を岩盤へ突き立てた。
身体を固定する。
ギャラティカの腕が迫る。
天喰は鋏を振り抜いた。
狙いは腕そのものではない。
掌の口。
閉じようとする瞬間を狙い、鋏の刃を差し込む。
金属音。
口が閉じる寸前で、上下の歯のような構造が噛み合った。
そのわずかな引っ掛かり。
天喰は鋏を捻り、腕を横へ弾く。
吸引の向きが変わる。
工場の壁面から瓦礫が剥がれ、ギャラティカの腕へと吸い込まれた。
だが――。
「まだだ」
ギャラティカの掌が、鋏ごと天喰の腕を呑み込もうとした。
天喰は即座に《再現》を解除する。
鋏が消失し、掴みどころを失ったギャラティカの掌が空を切った。
天喰は一歩後退。
同時に触手を伸ばし、腕の側面へ巻きつける。
引っ張る。
ギャラティカの腕を、自分の方ではなく、壁面へと引き寄せた。
壁に開いていた口と、ギャラティカの腕が接触。
吸引の力が干渉し、一瞬だけ動きが鈍る。
天喰は、その一瞬に逃げ込んだ。
地面を蹴る。
跳躍。
翼を広げる。
低空飛行。
背後の鉄骨へ着地する。
そこからさらに跳び、工場の上部構造物へと移動する。
一直線に逃げることはしない。
上下左右へ不規則に動き、ギャラティカの口が吸引の向きを調整する時間を奪う。
これが、今の天喰にできる生存戦略だった。
まともにぶつかれば、呑み込まれる。
攻撃を受ければ、その攻撃自体が相手の力になりかねない。
そして、自分の《再現》を使えば、ギャラティカに吸収される危険が増す。
何をすればいい。
何を使えばいい。
何を使わなければいい。
考えろ。
考えろ。
考えろ。
「……落ち着け」
天喰は、自分自身に言い聞かせた。
声が震えていた。
自分でも分かるほどに。
「落ち着いて……考えれば、まだ……」
その言葉を、ギャラティカが聞いていた。
「まだ、何だ?」
頭上の鉄骨が、ゆっくりと軋む。
天喰の足元に、小さな口が生まれた。
「まだ勝てるか?」
反対側の壁面にも、口が開いた。
「まだ逃げられるか?」
天井から吊り下がった金属板の表面に、口が浮かび上がる。
「それとも――」
すべての口が、天喰へ向いた。
「まだ、おまえ自身を自分のものだと思えるか?」
吸引が、一斉に強まった。
天喰の身体が浮き上がる。
鉄骨が折れる。
足場が崩れた。
彼は落ちながら、両腕を広げた。
触手を射出。
一本は柱へ。
一本は梁へ。
一本は、崩れかけた鋼材へ。
それぞれを巻きつけ、身体を支える。
だが、その触手の先に、口が現れた。
ぞっとするような感覚。
触手を吸われている。
ただ、触手を引っ張られているのではない。
自分の身体から生まれたはずのものが、自分の意思とは無関係に、何かの一部へ変えられようとしている。
天喰は、思わず息を呑んだ。
この感覚を、彼は知らない。
自分の身体を自分で動かしているはずなのに。
自分の力を、自分で選んで使っているはずなのに。
それが、自分の意思から離れていく。
指先が冷たくなった。
触手を解除しようとする。
遅い。
ギャラティカの口が、触手の表面を呑み込んでいく。
「――ッ!」
天喰は、全身の《再現》を解除した。
触手が消える。
支えを失った身体が、空中へ放り出された。
落下。
だが、解除した直後に再びタコの触手を生やす。
今度は壁ではなく、地面へ向けて射出。
着地直前、触手を地面へ叩きつけ、反動で軌道を変える。
肩から転がりながら着地。
身体が地面を滑った。
痛みが走る。
それでも、致命的な吸引域からは離れていた。
天喰は、息を荒げながら自分の腕を見つめた。
そこに傷はない。
しかし、感覚だけが残っていた。
自分の力が、引き剥がされる感覚。
身体の一部が、自分以外のものに変わっていく感覚。
それは、ただの恐怖ではなかった。
もっと根本的なものだった。
もし。
もし、自分の個性が消えたら。
もし、自分の《再現》を使えなくなったら。
自分は、何者になるのだろう。
ヒーローとして戦ってきた自分。
仲間を守るために立ち上がった自分。
自信のなさに悩みながら、それでも前へ進もうとしてきた自分。
そのすべてが、あの能力と結びついていた。
能力だけが自分ではない。
そんなことは、分かっている。
分かっているはずだった。
それなのに。
能力を失うことを想像しただけで、胸の奥が凍りつく。
自分には何が残るのか。
何をもって、自分を自分だと言えるのか。
「……僕は」
天喰の口から、声が漏れた。
「僕は、何を……」
そこで、瓦礫が吹き飛んだ。
天喰は反射的に身を屈める。
飛んできたのは、巨大なコンクリート片だった。
いや。
違う。
ギャラティカが、瓦礫を吐き出したのだ。
先ほどまで呑み込んでいたはずの物質を、圧縮した勢いのまま射出した。
「うわっ……!」
天喰は右へ跳んだ。
コンクリート片が地面に激突。
爆発的な衝撃が広がり、路面が砕ける。
間髪入れず、二つ目。
今度は金属塊。
天喰は翼で飛び上がる。
金属塊が足元を通り過ぎる。
しかし、それは囮だった。
金属塊の影に隠れるように、ギャラティカの腕が伸びていた。
黒い口が開く。
天喰の左脚へ迫る。
「しまっ――」
回避が間に合わない。
天喰は咄嗟に脚部を甲殻で覆った。
口が噛みつく。
甲殻が軋んだ。
その瞬間、天喰は気づいた。
ギャラティカが、脚そのものではなく、甲殻を吸い込もうとしている。
甲殻の特徴を奪い、装甲として再利用するつもりなのだ。
ならば。
天喰は、あえて脚部の《再現》を解除した。
甲殻が消えた。
噛みついていた口が、空振りする。
天喰は身体を回転させ、反対側の脚をギャラティカの腕へ叩き込む。
蹴り。
直撃。
だが、相手の腕は大きく動かなかった。
天喰が反動で距離を取る。
着地。
すぐさま周囲を見渡す。
勝てない。
そう考えかけて、彼はその思考を切り捨てた。
まだ、相手の能力には分からない部分がある。
すべてを吸収できるのか。
吸収したものを、どの程度自由に扱えるのか。
いくつもの口を同時に使う場合、本体の動きはどうなるのか。
すべてを喰らうというのなら。
喰らうために、何かを選んでいるはずだ。
ならば、選択の隙がある。
その隙を見つける。
ただし、問題はひとつ。
相手の能力を分析するために攻撃するたび、その攻撃そのものが相手の手札を増やしてしまうかもしれないことだった。
天喰は唇を噛んだ。
「……難しいな」
小さく吐き出す。
いつもそうだ。
頭の中で考え始めると、悪い可能性ばかりが膨らんでいく。
失敗したらどうしよう。
迷惑をかけたらどうしよう。
自分の判断が間違っていたらどうしよう。
その一つひとつを考えているうちに、目の前の状況は、どんどん先へ進んでしまう。
だから、今は。
今だけは。
考えることを止めないまま、身体を動かさなければならない。
「天喰ィィィッ!」
遠くから、聞き覚えのある声が響いた。
天喰の目が見開かれる。
瓦礫の向こう。
巨大な吸引域の外側を走る、二つの人影があった。
一人は、巨体を揺らしながら疾走する男。
ファットガム。
もう一人は、全身を硬化させ、赤い装甲のような姿へ変化した男。
切島鋭児郎。
レッドライオット。
「ファットガムさん……! 切島くん……!」
天喰は叫んだ。
その声には、安堵が混じっていた。
同時に、焦りも。
来てくれた。
だが、この場所は危険すぎる。
「来ちゃ駄目だ! ここは――!」
「言いたいことは分かる!」
ファットガムが叫び返した。
「せやけどな、天喰! お前ひとりで抱え込んでええ戦いやないやろ!」
「そういうことだ!」
切島が拳を握る。
「お前がヤバいって分かってんのに、黙って見てられるかよ!」
天喰は反論しようとした。
だが、その瞬間、ギャラティカが動いた。
「新しい食材か」
黒い口が、ファットガムたちの進路へ向けて開く。
ファットガムが即座に足を止めた。
「切島!」
「おう!」
二人は左右へ散開。
地面から巨大な口が開き、地盤を吸い込もうとする。
切島は硬化した腕を地面へ突き立てた。
全身を硬化。
《硬化》。
筋肉の動きに合わせて、身体全体が岩のように強靭な状態へ変わる。
切島は、足場を奪おうとする吸引に抵抗した。
「うおおおおおおッ!」
靴底が地面を削る。
硬化した腕が、迫り来る吸引の力を受け止める。
しかし、地面そのものが削られ、足元の岩盤が崩れていく。
「地面ごと持っていく気かよ……!」
「切島! 足元にこだわるな!」
ファットガムが叫ぶ。
「無理に踏ん張ったら、支えるもんまで喰われるで!」
「分かってる!」
切島は腕を引き抜き、地面を蹴った。
吸引の流れに逆らわず、横へ跳ぶ。
空中で身体を丸め、硬化した肩から地面へ着地。
転がりながら衝撃を逃がし、そのまま再び立ち上がった。
ファットガムも走っていた。
彼の狙いは、ギャラティカの本体ではない。
吸引によって引き寄せられていた鉄骨の群れ。
それを呑み込もうとする口へ向け、ファットガムは自分の身体を滑り込ませた。
「こっちは、ワシが引き受ける!」
黒い口が開く。
鉄骨が吸い込まれる。
ファットガムは、その前に立った。
鋼材が彼の身体に激突する。
次々と。
何本も。
それでも、彼は倒れなかった。
肉厚な身体が衝撃を受け止める。
《脂肪吸収》。
攻撃を受けることで、衝撃を脂肪に蓄積する。
ただし、無制限に受けられるわけではない。
彼の身体に蓄えられる量には限界がある。
受けた衝撃は、いつか放出しなければならない。
それでもファットガムは、あえて鋼材の衝突を受け続けた。
吸引によって暴れ回る鋼材を、身体で押さえ込む。
進路を変え、地面へ押し戻す。
巨大な口が、鉄骨ではなくファットガム自身を吸い込もうとした。
「おっと!」
ファットガムは足を踏み直す。
だが、そのとき。
口の縁から、黒い裂け目が伸びた。
ファットガムの腹部へ向け、吸い付こうとする。
「ファットガムさん!」
天喰が叫ぶ。
ファットガムは、にやりと笑った。
「心配せんでええ!」
彼は、あえて前へ出た。
吸引の力を正面から受ける。
足が滑る。
身体が引き寄せられる。
その瞬間、ファットガムは両腕を広げ、身体の向きを変えた。
吸引を受け止めるのではない。
吸引の流れに沿って、地面を滑る。
そして、口の真正面へ到達する直前。
「ほな、ちょっと熱ぅなってもらおか!」
ファットガムの身体が、強く膨らんだ。
蓄積した衝撃が、彼の内部で圧縮される。
衝撃をため込むだけではない。
受けた力を、反撃のための力へ変える。
ファットガムは拳を握った。
そして――。
「脂肪吸収・蓄積衝撃!」
拳を、地面へ叩きつけた。
衝撃が放出される。
地面が震えた。
吸引の流れが乱れ、周囲の瓦礫が跳ね上がる。
巨大な口の縁が、一瞬だけ歪んだ。
その隙に、ファットガムは横へ転がり、吸引圏外へ脱出した。
だが、ギャラティカは無傷だった。
地面に生まれた口が、ゆっくりと閉じる。
次に開いたとき。
その奥から、先ほどファットガムが放った衝撃と同じ方向性を持つ、圧縮された力が吐き出された。
「何やと……!」
ファットガムは目を見開いた。
衝撃の弾丸。
黒い口から放たれたそれが、ファットガムの着地点へ向けて飛来した。
ただの吸引ではない。
今、彼が蓄積し、放出した力の性質を、ギャラティカが取り込んで利用している。
「ファットガムさん、避けろ!」
切島が叫ぶ。
ファットガムは身体を捻った。
だが、衝撃の弾丸は地面へ激突し、爆発的な衝撃を巻き起こした。
ファットガムの巨体が宙へ浮く。
「ぐおっ……!」
彼は地面を転がり、瓦礫へ衝突した。
「ファットガムさん!」
切島が駆け寄ろうとする。
「来るな!」
ファットガムはすぐに起き上がった。
身体のあちこちが痛む。
だが、動ける。
「切島、こいつの攻撃を見たやろ!」
「見た! 吸い込むだけじゃねえ……受け取ったもんを、攻撃に変えて返してくる!」
「せや!」
ファットガムは口元を引き結んだ。
「こっちの攻撃を受けたら、それだけ相手の手札が増える可能性がある。力押しだけやと、どんどん苦しくなるで!」
「だったら、俺が殴って確かめる!」
「アホ! 今の話、聞いとったか!?」
「聞いてたさ!」
切島は硬化した拳を構えた。
「だからって、殴らずに勝てる相手じゃねえだろ!」
そう言い切ると、切島は前へ走った。
地面の口が開く。
吸引。
切島は足を踏み込み、硬化した両腕を地面へ叩きつけた。
「レッドライオット――!」
硬化した腕が地面へ食い込む。
吸引で身体が引きずられる。
切島は、その力を受け流すように腕を引いた。
身体を低く構え、地面を蹴る。
「ブレイク!」
跳躍。
ギャラティカの腕へ向け、全身を硬化させたまま突進する。
狙いは、先ほど天喰が攻撃した掌の口。
切島は、真正面から拳を叩きつけた。
鈍い衝撃音。
ギャラティカの腕が大きく揺れる。
口の縁に亀裂が走った。
切島の目が輝いた。
「効いた!」
だが、喜びは一瞬だった。
ギャラティカの腕に、無数の小さな口が出現した。
それらが一斉に開く。
硬化した拳を、吸い込もうとする。
「なっ――!」
切島は腕を引こうとした。
しかし、硬化した拳の表面が、黒い口へと引き寄せられる。
握り込んだ指先に、ぞわりとした感覚が走った。
硬化そのものが、消えているわけではない。
だが、硬化した表面が、相手の身体へ取り込まれようとしていた。
切島は歯を食いしばる。
「この……!」
拳を強く握り込む。
肩を回し、腕を引き抜こうとする。
しかし、引けば引くほど、吸引の力が強まった。
ギャラティカが、ゆっくりと言った。
「硬いな」
口が開閉する。
「砕きにくい」
さらに、口の奥が黒く深まる。
「だから、喰らう」
切島の背筋に、冷たいものが走った。
自分の個性は、硬化。
それは攻撃を防ぎ、仲間を守り、敵の攻撃へ正面から立ち向かうための力だ。
だが、目の前の敵にとっては。
ただの、取り込む対象にすぎない。
「――ふざけんな!」
切島は叫んだ。
腕を引き抜くのではない。
相手の腕へ、一歩踏み込んだ。
ギャラティカの掌の口へ、頭突きを叩き込む。
硬化した額が、黒い裂け目へ激突。
衝撃で、口の動きが一瞬だけ止まった。
その瞬間。
切島は自ら拳の硬化を解除した。
吸引の対象となっていた硬化した表面が消える。
掴まれていた腕が軽くなる。
直後、右腕を再び硬化。
肘を引き、至近距離から拳を叩き込んだ。
今度は、掌の口ではなく、腕の付け根。
金属質の装甲が大きくへこむ。
「うおおおおおッ!」
切島は拳を振り抜いた。
腕が後方へ弾かれる。
切島も反動で後退した。
空中で体勢を立て直し、硬化した両足で着地。
地面を削りながら滑る。
すぐに拳を構え直した。
「天喰!」
切島は後方を振り返らずに叫んだ。
「こいつ、ただ硬いもんを食ってるだけじゃねえ! こっちが何を出すか、見てから喰い方を変えてる!」
天喰は、その言葉を聞きながら目を凝らした。
確かに。
先ほどまでのギャラティカは、天喰が生み出した甲殻を吸収しようとしていた。
ファットガムの衝撃を受ければ、その衝撃を再利用する。
切島の硬化に対しては、正面から破壊するのではなく、表面から取り込もうとした。
ただ無差別に喰らっているのではない。
相手の性質を見て、適切な口を選び、必要なものを取り込んでいる。
しかも、ひとたび取り込んだものは、次の攻撃に転用できる。
ならば、こちらも。
相手の行動を見て、使う力を変えるしかない。
天喰は深く息を吸った。
胸の奥に残る恐怖を、無理やり押し込める。
消えるわけではない。
だが、それを理由に立ち止まるわけにもいかなかった。
「切島くん! ファットガムさん!」
二人が、天喰の方を見た。
「僕が合図したら、攻撃を止めてください!」
「攻撃を止める?」
切島が眉を寄せる。
「相手が攻撃を吸収するなら、攻撃を増やすほど危険だと思います!」
天喰は、ギャラティカの身体を観察しながら続けた。
「でも、何もせずに逃げ続ければ、吸引域を広げられて終わる。だから、攻撃を当てることよりも――あいつが何を吸収しようとしているか、見極めたいんです!」
「なるほどな」
ファットガムは、天喰の言葉を受け止めた。
「切島、無茶な突進は控えや」
「分かってる。……でも、必要なら行くぜ」
「そのときは、ワシも行く」
二人の声を聞き、天喰はうなずいた。
ほんの少しだけ。
胸の奥に、温かいものが戻った気がした。
けれど。
それを感じた次の瞬間、ギャラティカが笑った。
「協力か」
巨大な口が、ゆっくりと開いていく。
「力を補い合い、足りないものを埋め、弱点を覆う」
ギャラティカの身体から、鋭い金属の棘が伸びる。
その一部には、甲殻のような模様が浮かんでいた。
天喰が再現していた特徴。
切島の硬化した拳が残した衝撃。
ファットガムが蓄積し、放出した力の性質。
それらが、ギャラティカの身体の一部に混じり合っている。
「おまえたちは、自分たちが何をしているのか、理解しているのか?」
ギャラティカは問いかけた。
「他者から何かを受け取り、自分の中へ取り込み、それを使って戦う」
身体の表面が波打つ。
「それを協力と呼び、喰らうことを暴食と呼ぶ。だが、境界はどこにある?」
天喰の肩が揺れた。
「受け取ることと、奪うこと」
ギャラティカの口が開く。
「その違いは、誰が決める?」
天喰は、すぐに答えられなかった。
答えなければならないのに。
言葉が、喉の奥で引っ掛かる。
自分の《再現》は、食べたものの特徴を、自分の身体へ反映する個性だ。
タコの触手。
貝の殻。
鳥の翼。
甲殻類の鋏。
食べたものの一部を、自分の力として利用する。
それは、生まれつき与えられた能力だった。
だからこそ、当たり前のように使ってきた。
当たり前のように、戦ってきた。
当たり前のように、自分の力だと考えてきた。
しかし。
食べたものの特徴を、身体へ取り込む。
それは、本当に自分だけの行為なのだろうか。
食べたものは、元々、自分ではなかった。
自分ではない何かが持っていた特徴を、自分の身体に再現している。
それが《再現》。
ならば。
自分とギャラティカの間には、どれほどの違いがあるのだろう。
「天喰!」
ファットガムの声が響いた。
天喰は、はっと顔を上げる。
ギャラティカの身体が、前方へ傾いていた。
攻撃が来る。
考える余裕はない。
天喰は翼を展開し、空中へ逃れようとした。
しかし、ギャラティカの背中から無数の口が開き、空気そのものを吸い込むように風の流れを乱した。
翼が煽られる。
飛行の軌道が崩れた。
「くっ……!」
天喰は空中で身体を丸め、殻を展開する。
貝殻の装甲で身体を覆い、吸引の流れに逆らわずに落下。
地面へ激突する直前、殻を解除し、触手で路面を叩いた。
反動で身体を跳ね上げる。
そこへ、金属の棘が飛来した。
天喰は右腕の鋏で二本を弾き、残りを触手で絡め取る。
だが、その触手が、棘の表面に現れた小さな口へ吸い寄せられた。
「また……!」
天喰は、即座に触手を解除。
その直後、ギャラティカの腕が伸びてきた。
天喰は身を捻る。
避け切れない。
腕が肩をかすめ、強い衝撃が走った。
身体が地面へ叩きつけられる。
息が詰まった。
視界が揺れる。
それでも、彼は立ち上がろうとした。
だが、左腕が思うように動かない。
骨が折れたわけではない。
それでも、痛みで力が入らなかった。
「天喰!」
切島が動く。
硬化した全身で地面を蹴り、ギャラティカと天喰の間へ割って入る。
拳を振り抜く。
「これ以上、好きにさせるか!」
ギャラティカは、その拳を受けた。
金属装甲が軋む。
しかし、今度は吸収しようとする口の動きが遅かった。
切島は、その瞬間を見逃さない。
二発目。
三発目。
拳を連打するのではない。
一撃ごとに狙いを変え、装甲の継ぎ目を叩く。
肩。
肘。
腕の付け根。
硬化した拳の衝撃が、金属の装甲へと伝わっていく。
ギャラティカの腕が、わずかに後退した。
「いける……!」
切島が踏み込む。
その瞬間、腕の表面に口が開いた。
だが、切島はすでに拳を引いていた。
吸収の動作が始まる前に、攻撃を終えている。
切島はそれを繰り返した。
攻撃して、離れる。
攻撃して、角度を変える。
攻撃して、次の動きを誘う。
硬化した身体を盾としながら、ギャラティカが吸収を選択するまでのわずかな時間を狙う。
「ファットガムさん!」
切島が叫ぶ。
「今です!」
「任せとき!」
ファットガムが駆け出した。
切島が攻撃している腕の反対側。
ギャラティカが、複数の口を集中させて防御しようとする方向へ、ファットガムは回り込んだ。
巨体が地面を蹴る。
身体に蓄積した衝撃を、すべて拳に集める。
「こっちも、ただ受けてるだけやないで!」
ファットガムが拳を振り抜いた。
狙いはギャラティカの胴体。
切島の攻撃で防御を集中させた腕とは、反対側。
衝撃が、ギャラティカの身体へ叩き込まれた。
だが、ギャラティカは倒れない。
胴体の口が開く。
衝撃を、吸い込む。
ファットガムの表情が変わった。
「なっ……!?」
攻撃の力が、身体の奥へと引き込まれていく。
ファットガムは拳を引いた。
だが、その拳の周囲に、黒い裂け目が幾重にも重なった。
まるで、彼の身体そのものを呑み込もうとするかのように。
「ファットガムさん!」
天喰は、痛む身体を押して立ち上がった。
何か、何かできることは。
自分の《再現》で。
タコの触手を伸ばす?
また吸収される可能性がある。
鋏を使う?
相手に新しい武器を与えるかもしれない。
翼で接近する?
空中の吸引で軌道を崩される。
考えている間にも、ファットガムの身体が引きずられていく。
切島が駆け寄ろうとした。
しかし、別の口が彼の足元へ開く。
「しまっ……!」
切島は硬化した腕で地面を叩き、進路を変えた。
ギャラティカの身体が、再び膨張する。
黒い口が増えていく。
ファットガムの蓄積した衝撃を、切島の硬化を、天喰の《再現》を。
それらをまとめて取り込もうとしている。
天喰の頭の中で、警鐘が鳴った。
自分が何かを使えば、相手はそれを喰らうかもしれない。
自分が力を振るうほど、相手が強くなるかもしれない。
自分が何もしなければ、仲間が喰われるかもしれない。
どちらを選んでも、危険がある。
何が正しい。
何を選ぶべきだ。
そのときだった。
「天喰!」
ファットガムが、叫んだ。
身体が吸引に引きずられながらも、彼は天喰を見ていた。
「お前、何を怖がっとる!」
天喰は、言葉を失った。
「力が喰われることか! 自分の個性が通じんことか! それとも――」
ファットガムは拳を握りしめた。
「自分が、何者でもなくなることか!」
その言葉が、天喰の胸を打った。
答えられない。
否定できない。
自分が怖がっているものを、他人に言い当てられる。
それは、思った以上に苦しかった。
ファットガムは、歯を食いしばった。
「自分の力が、ずっと自分の思い通りになるとは限らん!」
身体が、さらに引き寄せられる。
「ワシかて、受け止めきれん攻撃はある! 受けた衝撃を全部、都合よく返せるわけやない!」
彼は、自分の身体をひねった。
吸引に逆らうのではなく、流れを読む。
引き寄せられる力を受け流し、足を滑らせながら、ギャラティカの身体の側面へ移動していく。
「せやけどな!」
ファットガムは叫んだ。
「それで、ワシがワシやなくなるわけやない!」
その瞬間。
ファットガムは、わずかに身体の向きを変えた。
吸引の軸からずれる。
ギャラティカの口が、彼を捉え直そうと動いた。
しかし、その動きに合わせて、ファットガムはもう一度だけ方向を変える。
身体を引き寄せる力を、前方へ進む力へと利用した。
そして、ギャラティカの胴体へ肩から激突した。
押し潰すのではない。
ぶつかった反動で、吸引の流れを乱す。
黒い口が、一斉に揺れた。
「今や、天喰!」
ファットガムの声が響く。
天喰は、身体を動かした。
迷いが消えたわけではない。
怖さがなくなったわけでもない。
それでも、今、何をすべきかは分かった。
ギャラティカの吸引が乱れた。
身体の表面にある無数の口が、わずかに別々の方向を向いている。
吸収と防御を同時に行おうとして、動きが散らばっている。
狙うなら、今だ。
天喰は、両腕にタコの触手を再現した。
ただし、先ほどまでのように相手の身体へ直接巻きつけることはしない。
伸ばした触手を、ギャラティカの周囲にある鋼材へ巻きつける。
一つ。
二つ。
三つ。
それぞれ別の方向へ。
さらに、両脚を甲殻類のものへ変化させ、地面へ食い込ませた。
そして、背中に翼を展開。
身体の向きを斜めに傾ける。
ギャラティカが、天喰を見た。
「また、その触手か」
黒い口が開く。
触手を呑み込もうとする。
天喰は、触手を引いた。
しかし、引いた先は自分の身体ではない。
鋼材。
鋼材が引っ張られる。
地面に固定されていた鉄骨が、横へ滑る。
その鉄骨が、ギャラティカの身体を迂回するように移動し、別方向から伸びていた口の前へと滑り込んだ。
口が、鉄骨を吸い込む。
だが、吸い込まれた鉄骨は、触手で引かれ続けている。
天喰は、別の触手を動かした。
二本目。
三本目。
鋼材を引く方向が変わる。
ギャラティカの周囲で、金属の柱が互いに交差し始めた。
攻撃ではない。
拘束でもない。
吸引の経路を、複雑にする。
ギャラティカの口は、入ってくる物質を吸い込もうとする。
しかし、引き寄せる方向が重なると、鋼材同士が衝突する。
口へ向かうはずの鉄骨が別の鉄骨にぶつかり、吸引の流れを乱す。
さらに天喰は、翼を大きく広げた。
風が巻き起こる。
鋼材の動きが変わる。
わずかな空気の流れさえ、ギャラティカの吸引へ干渉していく。
「……なるほど」
ギャラティカの声が、低くなった。
「喰らう対象を、喰らいにくくする」
口が、鋼材を呑み込む。
「小細工だな」
「そうです」
天喰は答えた。
「僕は、あなたを力で上回れるとは思っていません」
触手を引く。
鋼材が動く。
別の口へ、金属の柱が滑り込む。
「だから、あなたが何をするのかを見ます。あなたが何を喰らい、どう使うのかを見ます!」
ギャラティカの口が、ゆっくりと開いた。
「ならば、見せてやろう」
次の瞬間。
鋼材の一部が、ギャラティカの身体へ吸い込まれた。
その金属が、彼の腕へ集まっていく。
腕の表面が変形。
金属の装甲が厚くなり、巨大な刃のような突起へと姿を変える。
吸収した物質を、そのまま装備へ変える。
ギャラティカは、腕を振り抜いた。
金属の刃が、鋼材の群れを一掃する。
交差していた柱が切り崩され、天喰の触手が弾き飛ばされた。
「くっ!」
天喰は触手を解除した。
だが、次の攻撃が迫っていた。
ギャラティカは、金属の刃を振り下ろす。
天喰は左腕に貝殻を再現し、身体を守る。
金属と貝殻が激突。
巨大な衝撃が走る。
天喰の身体が地面へ押しつけられた。
殻の表面に、亀裂が走る。
天喰は、すぐに殻を解除した。
攻撃を受け止め続ければ、殻そのものを吸収される。
そう判断したからだ。
だが、解除した直後。
ギャラティカの刃が、天喰の目の前へ迫っていた。
避け切れない。
そのとき。
「させるかあああああッ!」
硬化した腕が、横から割り込んだ。
切島だ。
全身を硬化させた切島が、ギャラティカの刃を真正面から受け止めた。
金属と硬化した腕が激突。
火花のような光が散る。
切島の足が地面へ沈む。
だが、刃は天喰へ届かなかった。
「天喰! 立てるか!」
「切島くん……!」
「返事はあとでいい! 今は動け!」
切島は、刃を押し返そうとした。
ギャラティカが力を込める。
金属の刃が、切島の肩へ食い込むように押しつけられた。
切島の硬化が軋む。
限界が近い。
それでも、彼は引かなかった。
「お前が……!」
切島は歯を食いしばる。
「お前が何を怖がってるか、全部分かるわけじゃねえ!」
腕が震える。
「だけどな! 怖いからって、ひとりで答えを出そうとすんな!」
切島は、足を踏み込んだ。
地面が砕ける。
「俺だって、恐怖を感じねえわけじゃねえ! それでも、仲間が目の前でやられそうになってたら、考えるより先に身体が動くんだよ!」
さらに押す。
ギャラティカの刃が、わずかに後退した。
「それが俺の強さだって、俺は思ってる!」
切島の拳が、金属の刃を横へ弾く。
同時に天喰が身体を捻り、刃の下をすり抜けた。
地面を転がり、起き上がる。
切島も後方へ飛び退いた。
ギャラティカが、二人を見下ろしていた。
「恐怖を抱えたまま、前へ出るか」
「そうだ!」
切島が答える。
「それが何だってんだ!」
ギャラティカの胴体に、再び口が増えていく。
「恐怖を抱えたまま前へ出ることが、正しいとは限らない」
「正しいかどうかなんて、今、決めてねえ!」
切島は拳を構えた。
「こいつを止める必要がある。だから、俺は立ってる。それだけだ!」
その言葉に、天喰は目を伏せた。
正しいかどうか。
自分の力は、本当に自分のものなのか。
自分は、何をもって自分と言えるのか。
それらの問いに、切島は答えを出していない。
答えが出ていないからこそ、目の前の状況に向き合っている。
自分が怖がっていることを、無理に否定しない。
恐怖があることと、動けないことは同じではない。
そのことを、天喰は知っていたはずだった。
知っていたのに。
いざ自分の根幹を揺さぶられると、忘れてしまう。
「……そうだね」
天喰は、小さくつぶやいた。
「僕は……怖い」
ギャラティカの口が、彼へ向く。
天喰は目を逸らさなかった。
「自分の個性が通用しなくなることが怖い。自分の身体を再現する力を奪われることが怖い」
一歩、前へ出る。
「自分の個性を失ったら、自分が何者なのか分からなくなるんじゃないかって……怖いんだ」
言葉にした瞬間。
自分の中にあった恐怖が、輪郭を持った。
消えはしない。
でも、何も分からない暗闇のままではなくなった。
天喰は、両手を握る。
「でも……僕は、自分の個性だけで戦ってきたわけじゃない」
ファットガムが、目を細めた。
切島も、天喰を見ていた。
「ファットガムさんに教わったこと。切島くんたちと一緒に戦って、分かったこと。失敗して、怖くて、それでも立ち上がった経験」
天喰は、ギャラティカを見上げた。
「そういうものまで、あなたに喰わせるつもりはありません」
ギャラティカが、静かに笑った。
「言葉なら、いくらでも並べられる」
巨大な口が開く。
「ならば、その言葉がどこまで耐えられるか見せてみろ」
地面が震えた。
今度の攻撃は、単純な吸引ではなかった。
ギャラティカの身体が、前方へ膨張する。
胴体の口がすべて開き、その内側に黒い渦が生まれる。
周囲の瓦礫が、地面から剥がれた。
金属片が、風に巻き上げられる。
残された鋼材が、次々と浮かび上がる。
そして、ギャラティカの身体へ集まっていった。
黒い口が物質を呑み込み、金属を取り込み、衝撃の性質を蓄える。
装甲が何重にも重なり、腕が太くなる。
肩からは複数の棘が伸び、背中からは巨大な板状の装甲が展開された。
その姿は、もはや人間の輪郭を保ちながら、人間の身体を逸脱し始めていた。
全身が、喰らったものの集合体。
そして、その中心には、無数の口が脈打っている。
「……これが、暴食」
天喰がつぶやいた。
「違う」
ギャラティカは答えた。
「これは、私が喰らってきたものだ」
巨大な腕が振り上がる。
「喰らったものは、私の中に残る」
拳が、地面へ向けて振り下ろされた。
「残るものは、私の力になる!」
衝撃。
地面が大きく揺れた。
ファットガムと切島は左右へ散開。
天喰は跳び上がる。
拳が地面へ激突した場所から、衝撃波が広がった。
路面が砕け、瓦礫が宙へ舞う。
天喰は空中で翼を展開し、衝撃波の上を滑るように移動した。
だが、ギャラティカの背中から、無数の口が開く。
吸引。
翼の軌道が崩れた。
天喰は即座に翼を解除。
身体を丸める。
背中に貝殻を展開。
吸引の流れに身を任せ、身体を回転させた。
殻が地面を滑る。
天喰は、ギャラティカの足元へと流されていった。
そのままでは、呑み込まれる。
しかし。
天喰は、滑りながら両腕から触手を伸ばした。
一本は地面へ。
一本は、ギャラティカの装甲へ。
いや。
装甲には、巻きつけない。
触手を伸ばした先で、ほんの一瞬だけ、ギャラティカの身体に触れさせた。
その瞬間、天喰は違和感を覚えた。
装甲の表面が、脈打っている。
吸収した物質を変形させているからか。
それとも、口を開閉する動きが影響しているのか。
分からない。
しかし、一つだけ確かなことがある。
今のギャラティカは、取り込んだものを絶えず組み替えている。
その変化には、ほんの一瞬の停滞がある。
吸収した物質を、新しい装甲へ変える瞬間。
口の位置を変え、身体の構造を組み直す瞬間。
そのわずかな時間だけ、別の動きが遅れる。
天喰は、触手を解除した。
そして、地面へ触手を打ち込む。
自分の身体を固定。
滑る軌道を変え、ギャラティカの足元から離脱した。
着地。
立ち上がる。
相手の能力を、まだ完全には理解できていない。
弱点を見つけたとも言えない。
けれど。
観察を続ければ、次の一手が見えてくるかもしれない。
「ファットガムさん! 切島くん!」
天喰が叫ぶ。
「ギャラティカは、取り込んだものを身体へ組み直すとき、一瞬だけ動きが変わります! そのときに攻撃を重ねるんです!」
「了解や!」
ファットガムが答える。
「やっと、攻める方法が見えてきたな!」
切島も拳を構えた。
「よし! その一瞬を狙う!」
ギャラティカは、彼らの会話を聞いていた。
そして。
笑った。
「いいだろう」
身体の表面で、口が一斉に開閉する。
「見つけたつもりか。私の変化に、わずかな遅れがあると」
金属装甲が、再び形を変え始めた。
「ならば、見せてやろう」
腕が伸びる。
肩の装甲が開く。
その内部から、複数の口が突き出した。
「変化の隙を、喰らう力を」
次の瞬間、ギャラティカは自分の身体に生まれた口を、互いに噛み合わせた。
黒い裂け目同士が、喰らい合う。
吸い込まれた金属が別の口へ移動し、別の装甲へ変化する。
衝撃の性質が、身体の内側を走り、腕から背中へ、背中から脚部へと移動していく。
変形の時間が短くなっていた。
天喰は、目を見開いた。
「そんな……!」
「見つけた弱点を、塞ぐ」
ギャラティカは言った。
「おまえたちが学ぶように、私も学ぶ」
巨大な口が、ファットガムへ向いた。
「おまえたちが力を使うように、私も力を使う」
別の口が、切島へ向く。
「おまえたちが他者の力を必要とするように、私も必要とするものを喰らう」
そして、最後の口が、天喰を見据えた。
「どこに違いがある?」
天喰は答えられなかった。
答えを探していた。
だが、ギャラティカは、その時間さえ与えようとしない。
無数の口が、再び開いた。
吸引が、周囲一帯を呑み込んでいく。
ファットガムは、身体を低く構えた。
切島は、全身を硬化させた。
天喰は、傷む左腕を庇いながら、両手を構える。
それぞれの力は違う。
戦い方も違う。
だが、三人とも、同じ敵を見ていた。
喰らうことで力を得る者。
力を得るために、あらゆるものを呑み込む者。
そして、その行為を自分の正しさとして疑わない者。
天喰の胸の奥に、恐怖が残っていた。
《再現》を失うかもしれない。
自分の力が、自分の意思を離れるかもしれない。
その恐怖は、まだ消えていない。
それでも。
彼は、もう一度だけ、深く息を吸った。
「……僕は、あなたと同じなのかもしれない」
静かな声だった。
ファットガムと切島が、天喰を見た。
天喰は、視線を逸らさなかった。
「自分以外のものを、自分の力に変える。その点だけを見れば、僕とあなたには似ているところがあるのかもしれない」
ギャラティカは、黙っていた。
「でも……」
天喰は、手を握りしめた。
「それが同じことなのかどうか、僕にはまだ分からない」
そして、彼は前へ出た。
「だから、確かめる!」
触手が展開する。
翼が広がる。
鋏が生まれる。
天喰は、ひとつひとつの能力を確かめるように、自分の身体へ再現していった。
ただし、すべてを同時に使うわけではない。
吸収される危険が高いものは、必要な瞬間だけ出す。
移動に使う触手は短く。
防御に使う殻は、攻撃を受けた直後に解除できるように。
翼は、長時間の飛行ではなく、軌道を変えるために。
鋏は、破壊するためではなく、相手の口が閉じる瞬間をずらすために。
自分の力を、ただ振り回すのではない。
何に使うのか。
いつ使うのか。
使ったあと、何をするのか。
ひとつひとつを、自分で選ぶ。
それは、今までと同じ《再現》だった。
けれど、天喰の意識は、今までよりずっと明確だった。
ギャラティカが踏み込む。
天喰が跳ぶ。
切島が前へ出る。
ファットガムが、衝撃を受け止める。
戦いは、再び動き出した。
だが、今度はただ逃げるための戦いではない。
相手の能力を観察し、攻撃の隙を探り、仲間と連携しながら、次の一手を積み上げていく。
天喰は、恐怖を抱えたまま、戦場へ戻っていた。
その選択が、正しいのかどうか。
まだ分からない。
自分の能力を失ったとき、何が残るのか。
その答えも、まだ分からない。
それでも。
少なくとも今、彼は、自分で選んで立っている。
ギャラティカの巨大な腕が、三人へ向けて振り下ろされた。
ファットガムが前へ出る。
切島が、硬化した拳を構える。
天喰は、二人の動きを見ながら、触手を伸ばした。
三人の力が交差する。
衝撃。
金属音。
砕ける地面。
飛び散る瓦礫。
吸引と反撃が、工業地帯を揺るがした。
そして、ギャラティカの身体に、再び新しい口が生まれる。
「さあ、続けよう」
彼は楽しむように言った。
「おまえたちの力を、もっと見せてみろ」
無数の口が開く。
天喰は、その光景を見据えた。
怖い。
まだ、怖い。
それでも。
彼は一歩も退かなかった。
二
戦場の外縁。
崩れかけた工場の屋上で、ファットガムは大きく息を吐いた。
「……こら、簡単にはいかんな」
身体に蓄積した衝撃は、まだ残っている。
だが、先ほどギャラティカに吸収された分もある。
むやみに攻撃を重ねれば、相手へ新たな力を与えてしまう。
一方で、攻撃を控えすぎれば、吸引域が広がり、逃げ場がなくなる。
しかも、ギャラティカは、こちらの攻撃を観察している。
同じ手は、二度目には通じない可能性が高い。
「ファットガムさん」
切島が、隣へ着地した。
「どうする?」
「まずは、あの吸引に全部付き合わんことやな」
ファットガムは、戦場の中央を見た。
「相手は、喰らったもんを使い回す。つまり、ワシらが一撃で仕留めようとすればするほど、相手の攻撃の種類が増えるかもしれん」
「でも、殴らなきゃダメージを与えられない」
「せやな」
ファットガムはうなずいた。
「だから、攻撃を当てることだけが目的になったらあかん。あいつが吸収する瞬間を見て、吸収させるものを選ぶ。吸収されたものを使う前に、次の行動を制限する。……相手に好き勝手させんことや」
「こっちの力を、どう使わせるかってことか」
「そうや」
切島は、拳を見つめた。
硬化した拳には、まだ先ほどの感触が残っていた。
ギャラティカの口へ吸い寄せられたとき。
硬いはずの自分の身体が、相手にとってはただの食材のように扱われたとき。
あの瞬間、確かに恐怖を覚えた。
自分の力が通じない。
自分の身体が、相手の一部に変えられる。
そんな感覚は、初めてだった。
「……俺の硬化も、ずっと無敵ってわけじゃないんだな」
「そら、そうや」
ファットガムは、穏やかに言った。
「強い個性でも、使い方を間違えたら危ない。使いどころを見極めるんが大事なんや」
「分かってる。だけど……」
切島は、言葉を切った。
自分の硬化は、ずっと正面から立ち向かうための力だと思っていた。
攻撃を受ける。
仲間を守る。
怖くても、前へ出る。
そのために鍛えてきた。
だが、相手が自分の硬さを利用しようとするなら、ただ硬くなるだけでは足りない。
硬くなるタイミング。
解除するタイミング。
どこで受け、どこで避けるのか。
それを考えなければならない。
「……天喰の気持ち、ちょっと分かった気がする」
「何がや?」
「自分の個性を、今までと同じように使えなくなる怖さだよ」
切島は、戦場を見た。
「天喰は、ずっとあの力を使って戦ってきた。自分の身体を変えて、そのとき必要な能力を選んで、何とか勝とうとしてきた」
拳を握る。
「それが通じない。自分の力が、相手の力になる。自分が何をしても、相手に利用されるかもしれない」
切島は、ゆっくりと息を吐いた。
「そりゃ、怖いよな」
ファットガムは、何も言わずにうなずいた。
そして、少しだけ笑った。
「せやから、ワシらがおる」
「……ああ」
「天喰がひとりで答えを出す必要はない。ワシらは、あいつの個性を代わりに使うことはできん。あいつの代わりに戦うこともできん。でも、一緒に考えることはできる」
ファットガムは、再び拳を握った。
「それが仲間やろ」
切島は、力強くうなずいた。
「おう!」
そのとき。
戦場の中央で、巨大な金属音が響いた。
二人は、同時に顔を上げた。
ギャラティカが、地面を叩きつけている。
その周囲には、無数の黒い口。
天喰は、触手と翼を使い、空中と地上を行き来していた。
ギャラティカの攻撃を避けながら、時折、身体の一部を変化させて小さな攻撃を仕掛ける。
だが、決定打には至らない。
ギャラティカの装甲は、少しずつ厚みを増していた。
「……長引かせるわけにはいかんな」
ファットガムが言った。
「せやけど、焦って大技を撃つんも危険や」
「じゃあ、どうする?」
切島が尋ねた。
ファットガムは、しばらく考えてから答えた。
「お前は、相手が吸収を始めた瞬間を狙って、短い攻撃を重ねる。硬化を使いっぱなしにせんでええ。必要な瞬間だけ硬くなり、危険が来る前に解除する」
「了解」
「ワシは、吸引を受ける役に回る。ただし、さっきみたいに真正面から衝撃をぶつけるんやない。吸引の方向を変えるために、蓄積した衝撃を小分けに使う」
「それで、天喰が攻める隙を作るわけか」
「そういうことや」
切島はうなずいた。
彼らは、戦場へ向かって走り出す。
その背後で、工場の屋上が崩れ落ちた。
ファットガムは振り返らない。
切島も止まらない。
二人は、天喰が戦っている場所へと向かった。
勝利の見込みが、はっきり見えているわけではない。
敵の能力は厄介で、長期戦になればなるほど不利になる可能性がある。
それでも、戦う方法はある。
考え続ける。
変化し続ける。
そして、何より――。
ひとりで抱え込まない。
それが、今の彼らにできることだった。
三
「……っ、はあ……!」
天喰は、息を整える暇もなく動き続けていた。
ギャラティカの腕が振り抜かれる。
天喰は横へ跳ぶ。
地面に生まれた口が、足元を吸い込む。
触手を伸ばす。
柱へ巻きつける。
引き寄せられる力を利用し、身体を反対側へ跳ね飛ばす。
翼を展開。
短い飛行。
すぐに解除。
地面へ着地。
再び走る。
その繰り返しだった。
攻撃を仕掛ける余裕は、まだ少ない。
ギャラティカの身体は、先ほどよりも速く形を変えている。
こちらが隙を見つけたと思った瞬間、その隙を塞いでくる。
こちらの攻撃を分析し、次の防御へ反映させている。
しかも、吸収した能力の特徴を組み合わせているため、最初に見たときよりも戦いにくくなっていた。
天喰は、歯を食いしばった。
苦しい。
考えることが多すぎる。
相手の動き。
周囲の地形。
自分の身体の変化。
どの能力なら吸収されにくいのか。
どの攻撃なら、相手の手札を増やさずに済むのか。
そして、自分自身への疑念。
力を使うこと。
他者から得たものを、自分のものにすること。
そこに、何の違いがあるのか。
考えるな、と自分に言い聞かせても、考えてしまう。
そのときだった。
ギャラティカの腕が、地面を掴んだ。
無数の口が、路面に開く。
次の瞬間、地面そのものが持ち上がった。
「なっ……!」
天喰の足元が崩れる。
道路が巨大な板のように持ち上がり、彼の身体を空中へ放り出した。
空中。
姿勢が崩れる。
翼を展開する。
だが、ギャラティカが吸引を始めた。
天喰の身体が、再び中央へ引き寄せられる。
その先には、巨大な口。
今度こそ、逃げ場がない。
天喰は、身体を丸めた。
貝殻を展開する。
殻の内側へ潜る。
吸引に逆らわず、身体を回転させる。
しかし、ギャラティカの口は、殻ごと呑み込もうとしていた。
殻の表面が、黒い口へ吸い寄せられる。
亀裂が走る。
天喰は、すぐに解除しようとした。
だが、一瞬、躊躇した。
解除すれば、今度は自分の身体が直接吸引を受ける。
殻を維持すれば、殻ごと吸収される。
どちらを選んでも、危険がある。
決められない。
その一瞬が、致命的だった。
ギャラティカの口が、殻の表面へ噛みついた。
貝殻の特徴が、吸収されていく。
天喰は、喉の奥から声にならない息を漏らした。
自分の能力が、引き剥がされていく。
いや。
違う。
これは、貝殻の特徴だ。
《再現》によって、自分の身体へ反映させていたもの。
だから、今、吸収されようとしているのは、もともと自分の身体そのものではない。
そう考えても。
恐怖は、消えなかった。
自分の能力によって生み出したものが、自分の意思から離れていく。
自分が選んで使っていたものが、自分の判断とは無関係に、相手の力へ変わっていく。
その感覚が、たまらなく怖かった。
「僕は……!」
天喰は、震える声で叫んだ。
「僕は、こんなところで……!」
殻が、砕けた。
いや、砕けたように見えた。
実際には、吸収される直前に天喰が解除したのだ。
しかし、解除の瞬間、彼の身体は完全に無防備になった。
吸引。
巨大な口へ向けて、身体が引きずられる。
もう、触手を伸ばす時間もない。
翼を展開する余裕もない。
何かを再現するための、ほんのわずかな判断さえ間に合わない。
天喰の視界が、黒い口で埋まった。
その瞬間。
「天喰環ァァァッ!」
ファットガムの声が、戦場を貫いた。
巨大な影が、横から割り込んだ。
ファットガムだった。
彼は、天喰の身体を抱え込むように飛び込み、吸引の流れを正面から受け止めた。
「ファットガムさん!?」
「しっかりせえ!」
ファットガムは、歯を食いしばった。
足が地面から離れる。
身体が引っ張られる。
天喰を抱えたままでは、普段のように動けない。
しかも、吸引の力は強まっていた。
「ワシが支えとる間に、動け!」
天喰は、目を見開いた。
「でも……!」
「ええから動け!」
ファットガムの声には、いつもの明るさがなかった。
それでも、彼は笑っていた。
「お前、自分の力が通じんことを怖がっとるんやろ!」
身体が、さらに引きずられる。
「せやけど、今ここで、お前が何もせんかったら――!」
ファットガムは、天喰を見た。
「本当に、お前の力を使う機会まで失ってまうで!」
天喰の目が、揺れた。
力を失うことが怖い。
何者でもなくなることが怖い。
だからこそ、力を使うことさえ躊躇してしまう。
そんな自分を、ファットガムは責めなかった。
ただ、動けと言った。
今あるものを使え。
今できることを選べ。
それだけだった。
天喰は、深く息を吸った。
「……分かりました」
声が震えていた。
それでも、彼は答えた。
「僕は……まだ、戦えます!」
その瞬間、天喰は両腕に触手を再現した。
ファットガムの身体を支点にし、触手を後方へ伸ばす。
柱へ巻きつける。
一本では足りない。
二本。
三本。
それぞれ別の方向へ。
さらに脚部を甲殻へ変化させ、空中で姿勢を整える。
ファットガムを支える触手を追加する。
身体が、少しずつ安定していく。
だが、ギャラティカの口は、まだ開いていた。
触手を吸収しようと、黒い裂け目が動き始める。
天喰は、すぐに判断した。
このままでは、また吸収される。
ならば。
支点を変える。
触手を一斉に解除。
その直後、別の場所へ触手を再現する。
吸引が、ほんのわずかに空振りした。
ファットガムの身体が、横へずれる。
その瞬間。
「切島くん!」
「おう!」
切島が、硬化した身体で突進してきた。
狙いは、ギャラティカの腕。
ファットガムを吸い込もうとする口が並ぶ、その付け根。
切島は、拳を構えた。
「レッドライオット――!」
全身硬化。
肩から腕、拳にかけて、力を集中させる。
「ハードニング・スマッシュ!」
拳が、ギャラティカの腕へ激突した。
金属装甲が、大きくへこむ。
吸引の向きが乱れた。
ファットガムと天喰の身体が、横へ弾き出される。
二人は地面へ転がった。
切島も反動で後方へ飛び退いた。
ギャラティカの腕が、ゆっくりと持ち上がる。
装甲は、へこんだままだった。
だが、その表面に、新しい口が生まれ始めていた。
「……やったか?」
切島が、息を荒げながらつぶやく。
「いや」
天喰は、すぐに首を振った。
「まだだ。吸収の流れを止めただけです」
ギャラティカの身体が、ゆっくりと動く。
腕の装甲が再構築されていく。
先ほどまでの損傷を、別の金属を取り込むことで補修しようとしていた。
「そういうことか」
ギャラティカが、三人を見下ろした。
「おまえたちは、私を倒すために攻撃しているのではない」
口が、にやりと笑った。
「私が喰らうことを、邪魔しているのだな」
天喰は、拳を握りしめた。
否定はしなかった。
今の自分たちは、まだ勝ち方を見つけていない。
ただ、敵が自由に力を得ることを防ごうとしている。
その先に、何があるのか。
まだ分からない。
だが。
時間は、稼げる。
観察できる。
仲間と一緒に、次の手を考えられる。
天喰は、ギャラティカを見据えた。
「そうです」
彼は答えた。
「あなたが喰らうものを、好き勝手に選べないようにする」
一歩、前へ出る。
「あなたが何を取り込むのか。何を自分の力に変えるのか。そのすべてを、僕たちは見ます」
切島が、隣へ並んだ。
ファットガムも立ち上がる。
三人が、横一列に並んだ。
「そして、止めます」
天喰の声に、迷いが混じっていた。
恐怖もあった。
それでも、彼は最後まで言い切った。
「あなたが、何もかも呑み込んでしまう前に!」
ギャラティカは、しばらく黙っていた。
やがて。
彼の身体の中央に、ひときわ大きな口が開いた。
その奥は、深い闇だった。
周囲の光が、吸い込まれていく。
風が、瓦礫が、金属が。
そして、三人の立っている地面さえ、少しずつ剥がれ始めていた。
「ならば、もっと喰らおう」
ギャラティカは、静かに言った。
「おまえたちが、どこまで耐えられるのか」
巨大な口が、開く。
「どこまで自分を保てるのか」
吸引が、再び強まった。
天喰は、足を踏みしめた。
切島は、硬化した両腕を構える。
ファットガムは、身体に残った衝撃を、反撃のために整えた。
誰も、退かなかった。
しかし、天喰の胸の奥では、まだ問いが渦巻いていた。
自分の力は、どこから来たのか。
自分が得た力に、どんな責任があるのか。
食べたものの特徴を、自分の身体に再現する。
それは、単に能力として認められているから、許されることなのか。
それとも。
能力をどう使うかという、自分自身の選択に、すべてが委ねられているのか。
ギャラティカは、答えを与えない。
ただ、喰らおうとする。
天喰は、まだ答えを持っていない。
それでも、戦わなければならない。
自分が何者なのかを見失わないために。
自分の力を、どう使うのかを確かめるために。
そして。
自分の目の前にいる仲間を、守るために。
天喰環は、恐怖を抱いたまま、再び前へ出た。
その一歩を、ギャラティカは見逃さなかった。
「いいだろう」
無数の口が、笑った。
「ならば、次は――」
中央の巨大な口が、さらに大きく開いた。
「おまえ自身が信じてきたものを、喰らってやろう」
吸引の奔流が、三人へと襲いかかった。
そして戦いは、さらに激しさを増していく。