一 受け止める者、受け流す者
地面が、引き剥がされた。
コンクリートの破片が宙に浮く。
鉄骨が軋み、ねじれ、巨大な黒い裂け目へと引き寄せられていく。
工業地帯に残されていたものが、次々とギャラティカの身体へ吸い込まれていた。
「全員、足元に気ぃつけや!」
ファットガムが叫ぶ。
彼は切島の肩を掴み、崩れかけた建物の影へ押し込んだ。
直後、二人の頭上を鋼材が通過する。
ただ飛んできたのではない。
周囲の口に吸い寄せられながら、別方向から伸びてきた鋼材と激突し、軌道を変えていた。
まるで戦場そのものが、二人を呑み込むために動いている。
「くそっ、どこに逃げても口があるじゃねえか!」
切島は、硬化させた腕で飛来する破片を弾き落とした。
手の甲に強い衝撃が走る。
一つ、二つ、三つ。
弾き落とすたび、地面に新しい口が生まれる。
倒したはずの鋼材が、そのまま地面へ飲み込まれていく。
「切島、受け止めすぎたらあかん!」
「分かってる!」
「ほんまに分かっとるか!?」
「分かってるって! でも、避けた先にも口があるんだよ!」
切島は身体を低くした。
右側から迫る鋼材を、硬化した前腕で受け流す。
左から来た破片は、肩で弾く。
さらに後方へ跳び、足元に開いた口を避ける。
彼の《硬化》は、ただ攻撃を防ぐためだけのものではない。
身体の一部を硬くし、相手の攻撃を受け止める。
全身を硬化させ、強烈な一撃へ耐える。
そして、攻撃を受けた衝撃を利用して、自らの身体を前へ押し出す。
だが、ギャラティカを相手にする場合、硬い部分を長時間さらし続けることは危険だった。
硬化した身体を喰らい、その特徴を取り込まれる可能性がある。
ならば、必要な瞬間だけ硬くする。
攻撃を受ける瞬間に硬化し、次の動作へ移る際に解除する。
防御と移動を途切れさせない。
それが、今の切島にできる戦い方だった。
「天喰!」
ファットガムが呼ぶ。
「そっちはどうや!」
「まだ、吸引の中心を特定できません! 口の位置が移動している!」
天喰は、崩れた高架の支柱を足場にしていた。
背中には鳥の翼。
両腕にはタコの触手。
片方の腕には鋏。
必要な能力だけを、必要な瞬間に使い分ける。
彼は上空から戦場を見渡し、ギャラティカの身体と周囲に発生している口の動きを観察していた。
口の大きさ。
吸引の向き。
開閉する頻度。
物質を吸い込んだ直後に生じる、身体の微細な変化。
そのひとつひとつを、目に焼き付ける。
だが、ギャラティカの変化は、先ほどより速くなっていた。
口は吸引する対象に合わせて形を変える。
吸い込んだ金属は装甲へ。
蓄積した衝撃は反撃へ。
取り込んだ特徴は、新たな身体の構造へ。
しかも、一つの口が吸収している間、別の口は攻撃を担っていた。
まるで、一つの身体の中で複数の戦闘員が連携しているようだった。
「……一つの能力を相手にしていると思ったら、駄目なんだ」
天喰はつぶやく。
相手は、一つの能力を使い続けているのではない。
取り込んだものによって、戦い方そのものを変えている。
しかも、変化するための材料を、戦闘中に集め続けている。
攻撃するほど、戦場の破片を与える。
防御するほど、攻撃の性質を教える。
逃げ回れば、吸引によって足場を奪われる。
正面からぶつかれば、力の性質を吸収される。
通常の相手なら、攻撃を重ねることで消耗させられる。
しかし、ギャラティカにとって、攻撃を受けることは必ずしも損失ではない。
相手の力を喰らい、自分の力へ変えることができるからだ。
「どうすれば……」
言葉が漏れた。
次の瞬間、ギャラティカの頭部が、天喰の方を向いた。
「考えているな」
天喰の背筋が冷たくなる。
「何を使うべきか。何を使ってはいけないのか。どこまでが自分で、どこからが他者なのか」
ギャラティカの肩から、無数の口が生まれていく。
「答えが出るまで、戦いを止めてくれると思うか?」
「……っ!」
吸引が、急激に強まった。
天喰の身体が支柱から剥がされる。
彼は翼を広げて飛び上がろうとした。
だが、翼の周囲に空気の渦が生まれ、飛行の軌道が乱される。
その先に、巨大な口。
「しまっ――!」
天喰は、即座に翼を解除した。
身体が落下する。
空中で脚部に甲殻を再現し、膝を抱え込む。
落下地点に生じた口を、鋏で弾く。
さらに触手を射出し、横方向へ身体を引っ張った。
落下軌道が変わる。
天喰は地面すれすれを滑り、倒れた配管の影へ飛び込んだ。
直後、彼がいた場所を金属の棘が貫く。
一本ではない。
複数の棘が地面から飛び出し、天喰を追い込むように並んだ。
天喰は配管の上へ跳び、鋏で棘の一本を弾く。
その隙に触手を伸ばし、二本目を横へ引く。
だが、三本目の表面に口が開いた。
触手が吸い寄せられる。
「くっ!」
天喰は即座に触手を解除した。
消えた触手の代わりに、翼を一瞬だけ再現する。
その短い羽ばたきで、身体を横へずらした。
棘が頬のすぐそばを通過する。
ギャラティカは、それを見ていた。
「よく避ける」
口元が歪む。
「だが、おまえはまだ、避けるために自分の力を使っている」
天喰は顔を上げた。
「何が言いたいんですか……!」
「避けるために力を使う。守るために力を使う。攻撃するために力を使う」
ギャラティカは、腕を持ち上げる。
「おまえは、いつも何かのために力を使う」
腕の表面が膨張し、巨大な鋏へと変形した。
天喰が使っていたものと似た、甲殻類の鋏。
ただし、その大きさも、重さも、まったく違う。
「では、力を使うこと自体に意味があるのか?」
ギャラティカの鋏が閉じた。
空気が裂ける。
天喰は、直感的に後退した。
その直後、彼の立っていた配管が真っ二つに切断された。
「自分を守るためか。他人を守るためか。戦いに勝つためか」
ギャラティカは、巨大な鋏を振り回す。
「理由を付けたところで、使った力は消えない。取り込んだものも、消えない」
天喰は、奥歯を噛み締めた。
「……あなたは、何もかも同じにしようとしている」
「違うのか?」
「違うと……思います」
「なぜだ?」
即座に返される。
「おまえは、何を根拠に違うと言う?」
天喰は答えられなかった。
その一瞬の迷いを、ギャラティカは逃さなかった。
巨大な鋏が振り下ろされる。
天喰は右腕を甲殻で覆い、受け止めた。
激しい衝撃。
足元の地面が砕ける。
甲殻が軋む。
このまま受け続ければ、甲殻ごと吸収される。
天喰は、すぐに《再現》を解除した。
鋏が空を切る。
その隙に、天喰は鋏の内側へ滑り込み、触手をギャラティカの腕へ伸ばす。
直接巻きつけるのではない。
腕の表面を掠め、すぐに解除。
相手の攻撃を誘導するためだけの、短い接触。
ギャラティカの鋏が、再び閉じる。
天喰は身体を沈め、刃の下をくぐり抜けた。
そして、そのまま背後へ回る。
しかし、そこにも口があった。
天喰は舌打ちした。
逃げ道を、先回りされている。
ギャラティカの身体は、いつの間にか戦場の中心ではなく、戦場そのものになりつつあった。
あらゆる場所へ口を配置し、攻撃の軌道を変え、相手の逃げ道を制御する。
そのうえ、喰らった特徴を自らの身体へ反映させ、攻撃の種類を増やしている。
このままでは、いずれ追い詰められる。
「天喰ィ!」
切島の叫びが響いた。
「こっちだ!」
天喰は、声の方向を見た。
切島が、倒れた鋼材を両手で持ち上げていた。
鋼材の端には、大きな口が開いている。
吸引に引き寄せられながらも、切島はそれを持ち上げていた。
「こいつ、口を開いてる間は、動きがちょっと鈍る!」
「切島くん!」
「今のうちに、何か仕掛けろ!」
切島は鋼材を地面へ叩きつけた。
地面が震える。
口が鋼材を吸い込もうとする。
切島は、硬化した両腕でそれを押さえ続けた。
腕が震えた。
鋼材が少しずつ動く。
だが、彼は離さない。
その間に、天喰は息を吸った。
攻撃を当てるのではない。
ギャラティカが、何を優先しているのかを見る。
口が開いている。
鋼材を吸い込もうとしている。
だが、切島が押さえているため、吸収に時間がかかっている。
その間、ギャラティカの右腕は、鋼材の拘束を解こうとしていた。
さらに、胴体の装甲が再構成されている。
三つの動作。
吸収。
拘束の解除。
身体の再構成。
すべてを同時に処理している。
ならば、今は。
「ファットガムさん!」
天喰が叫んだ。
「右腕の付け根を狙ってください! 鋼材を吸収している側じゃなくて、反対側です!」
「了解や!」
ファットガムが走った。
彼は、ギャラティカの右腕とは反対側へ回り込む。
拳を握りしめた。
しかし、真正面から殴りつけることはしなかった。
地面を踏みしめ、蓄積した衝撃を身体の片側へ集中させる。
そして。
「ほな、これでどうや!」
ファットガムが、肩からギャラティカの胴体へぶつかった。
衝撃が走る。
ギャラティカの身体が、大きく傾いた。
鋼材を吸い込んでいた口の向きがずれる。
切島が、すかさず鋼材を押し返した。
「うおおおおおっ!」
鋼材が口の縁へ食い込む。
吸引の流れが乱れた。
ギャラティカの身体に、新たな口が開く。
だが、その瞬間。
天喰は、ギャラティカの背後へ回り込んでいた。
短く伸ばした触手を、装甲の継ぎ目へ引っ掛ける。
引く。
装甲の一部が、わずかにずれた。
天喰は、その隙間へ鋏を差し込む。
切るためではない。
装甲の動きを、止めるためだ。
鋏の刃を、継ぎ目へ横向きに噛ませる。
ギャラティカの装甲が、再構成を始めた。
その瞬間。
「今です!」
天喰が叫ぶ。
ファットガムが、再び拳を振り抜いた。
今度は、胴体へ直接叩き込む。
切島も、鋼材を押し返した反動を利用し、硬化した肩から突進した。
三方向からの力。
吸収。
再構成。
拘束の解除。
その三つの行動が、同時に乱れた。
ギャラティカの身体が、初めて大きく後退した。
足元の地面が砕け、金属装甲が歪む。
黒い口が、いくつも閉じた。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
暴食の化身が、動きを止めた。
天喰は、その瞬間を見逃さなかった。
「通じた……!」
だが、ファットガムは笑わなかった。
「まだや!」
ギャラティカの身体が、再び動き出したからだ。
歪んだ装甲の下から、新しい口が開く。
口が、口を呑み込む。
金属が、金属を吸い込む。
先ほどまでの損傷が、別の装甲へ組み替えられていく。
ギャラティカは、自らの身体を喰らうことで、再構成を早めていた。
そして。
先ほど天喰が鋏を差し込んだ継ぎ目にも、口が生まれた。
「――っ!」
天喰は、鋏を解除した。
間一髪だった。
ギャラティカは三人を見渡した。
「いい連携だ」
その声には、怒りよりも興味があった。
「ひとりでは作れない隙を、互いに作り出す。ひとりでは止められない力を、互いに受け止める」
ギャラティカの身体が、再び膨張する。
「だが、なぜそれを特別だと思う?」
巨大な腕が、三人へ向けて持ち上がった。
「私も、同じことをしている」
ギャラティカの身体に、無数の口が開く。
「喰らったものが、私を強くする」
口の奥が、暗く輝いた。
「私の中に、他者の力がある」
そして、口元が歪む。
「それの何が悪い?」
次の瞬間、吸引が再び戦場を覆った。
二 受け取ることを拒まない
「うおおおっ!」
切島が踏ん張った。
両腕を地面へ突き立て、全身を硬化させる。
地面ごと吸い込まれそうになる身体を、力ずくで支える。
しかし、地盤が崩れ始めた。
足元のコンクリートが割れ、亀裂が広がる。
「ファットガムさん! このままじゃ地面ごと持ってかれる!」
「分かっとる!」
ファットガムは、切島の後ろへ回り込んだ。
彼は切島の腰を掴み、身体を支える。
だが、二人分の体重を支えれば、吸引の力も大きくなる。
地面が、さらに沈んだ。
「ぐっ……!」
ファットガムの身体が、少しずつ前へ滑る。
彼の身体には、先ほどまでに受けた衝撃が蓄積されている。
ここで大きな衝撃を放出すれば、吸引の流れを乱せるかもしれない。
しかし、今、蓄積した力を一度に使えば、反動で二人とも飛ばされる可能性がある。
しかも、ギャラティカはその衝撃を吸収し、再利用してくる。
どうする。
その問いに、ファットガムは一瞬だけ考えた。
そして、切島に向かって言った。
「切島! ワシの肩、掴め!」
「えっ?」
「ええから!」
切島は、硬化した腕でファットガムの肩を掴んだ。
ファットガムは、身体を低く構える。
身体に蓄積した衝撃を、全身へ均等に分散させる。
一気に放出しない。
短く、小さく、連続して放つ。
地面を蹴るたび、衝撃を小分けにして足元へ伝える。
吸引に逆らうのではなく、身体を滑らせながら、少しずつ進路を変えていく。
「動くで!」
ファットガムが叫んだ。
切島は、彼の肩を掴んだまま身体をひねった。
二人の身体が、横へ移動する。
吸引の中心から、わずかにずれた。
その瞬間、地面の口が閉じる。
吸引が途切れた。
「今や!」
ファットガムは切島を離し、身体を回転させた。
肩から地面へ転がり、衝撃を受け流す。
切島も、その動きに合わせて跳躍した。
空中で身体を丸め、硬化した背中を地面へ向ける。
着地。
転がる。
立ち上がる。
二人は、吸引域の外側へ転がり出た。
「はあっ……はあっ……!」
切島が肩で息をする。
「助かった、ファットガムさん!」
「礼はええ! まだ終わっとらん!」
ファットガムは、天喰の姿を探した。
だが、すぐには見つからない。
そのとき、頭上から鋭い羽音が響いた。
天喰が飛んでいた。
鳥の翼を広げ、吸引の流れを読みながら、ギャラティカの上空を旋回している。
背中には、短い触手が複数。
両腕には鋏。
脚部は甲殻に覆われていた。
天喰は、ギャラティカへ向けて突進しなかった。
旋回しながら、周囲に落ちている小さな金属片を触手で弾く。
一つ。
二つ。
三つ。
金属片が、それぞれ異なる方向からギャラティカへ向かう。
口が開く。
金属片を吸収する。
別の口が開く。
次の金属片を吸収する。
天喰は、攻撃そのものに大きな力を込めていなかった。
狙っているのは、ダメージではない。
ギャラティカが、どの口を使い、どの方向からの物質を優先して吸収するのか。
その反応だった。
右側から飛ばした金属片には、胴体の口が反応する。
上方から飛ばした金属片には、肩の口が反応する。
地面近くを滑らせた金属片には、脚部の口が反応する。
反応する順序は、完全に一定ではない。
だが、そこには傾向があった。
ギャラティカは、吸収した物質を使う場所に近い口で優先して吸収しようとする。
そして、吸収した直後、その付近の装甲が変化する。
つまり。
複数の場所で同時に吸収を発生させれば、身体の再構成を分散させられるかもしれない。
天喰は、一度だけ旋回を大きくした。
ギャラティカの背後へ回る。
そこに、倒れたクレーンのアームがあった。
巨大な鋼材。
天喰は、触手を伸ばした。
しかし、直接持ち上げることはしない。
鋼材の端を引っ掛け、地面を滑らせる。
別の触手で反対側を引く。
鋼材が、ギャラティカの背後を横切るように移動し始めた。
同時に、翼を短く羽ばたかせる。
風の流れが、鋼材の軌道を変える。
ギャラティカの背後にある複数の口が、一斉に開いた。
鋼材を吸い込むためだ。
天喰は、口が開いた瞬間に触手を解除した。
鋼材は、吸引に引き寄せられた。
そのまま、いくつもの口へ分かれて吸い込まれていく。
ギャラティカの背中が、大きく膨張した。
「よし……!」
天喰は、息を詰めた。
今だ。
吸収によって、背中の装甲が再構成される。
その瞬間、胴体の動きが一瞬だけ止まる。
わずかな隙。
天喰は翼を解除し、空中で身体を反転させた。
脚部の甲殻を再現。
落下の勢いを利用して、ギャラティカの肩へ蹴りを叩き込む。
甲殻に覆われた脚が、装甲へ激突した。
金属音。
ギャラティカの肩が、わずかに沈む。
天喰は、すぐに脚部の《再現》を解除した。
相手に吸収される前に。
そのまま身体を回転させ、触手で近くの鉄骨へ巻きつく。
勢いを殺す。
反対方向へ跳ぶ。
地面へ着地する。
一連の動作を、わずかな時間で行った。
ギャラティカは、すぐには反撃しなかった。
背中の装甲が、ゆっくりと変化していく。
先ほどの金属片を吸収し、装甲を組み替えている。
天喰は、その様子を見ながら、手を握りしめた。
攻撃は通った。
しかし、それは決定打ではない。
そして、自分が使った甲殻の特徴を、相手が取り込んだ可能性もある。
自分の攻撃は、相手を傷つけると同時に、相手を強くするかもしれない。
それでも。
今は、それを恐れて何もしないわけにはいかなかった。
「天喰!」
ファットガムが呼んだ。
「今の攻撃、よかったで!」
「はい!」
「せやけど、続けて同じことをしたら読まれる! 次は別の方法でいくで!」
「分かりました!」
天喰はうなずいた。
そのとき。
ギャラティカが、ゆっくりと両腕を広げた。
「見事だ」
彼は言った。
「おまえは、私が何を喰らうのかを見ていた」
口が、いくつも開く。
「何を優先し、どこを変化させるのか。どの攻撃に反応するのか」
身体が、再び膨張する。
「そして、その知識を使って、自分の攻撃を組み立てた」
ギャラティカは、天喰を見た。
「それもまた、他者から得たものを、自分の力に変える行為ではないのか?」
天喰の表情が、こわばる。
「おまえは私を観察し、私の行動から学んだ。その学びを使って、私の隙を突いた」
口元が歪む。
「では、おまえは私から何を奪った?」
天喰は、言葉を失った。
戦闘技術。
相手の行動パターン。
身体の変化。
攻撃の癖。
それらを観察し、学び、自分のものとして利用する。
それは、戦闘において当然の行為だ。
相手の動きを読む。
相手の弱点を探す。
勝つために、相手から情報を得る。
それ自体を、悪いことだと考える者はいないだろう。
しかし、ギャラティカの問いは、そこに留まらなかった。
「おまえは私を利用したのだ」
ギャラティカは言った。
「私の行動を観察し、私の力を測り、私の隙を見つけた。私自身が、おまえにとっての情報源となった」
天喰は、拳を握る。
「それは……」
「何が違う?」
ギャラティカの声が、戦場に響いた。
「私がおまえの力を喰らうことと、おまえが私の行動を利用することに、どれほどの違いがある?」
天喰は、答えを探した。
同じではない。
そう言いたかった。
だが、何が違うのかを説明できない。
自分だって、相手から何かを得ている。
相手の行動から情報を得る。
相手の攻撃から学ぶ。
その知識を自分の力へ変え、次の攻撃へ利用する。
ただし。
それでも、ギャラティカが行っていることとは、何かが違うはずだった。
何が。
何が違う。
天喰が考え込んだ、その瞬間。
「そら、全然ちゃうやろ」
ファットガムが、あっさりと答えた。
天喰が顔を上げる。
ギャラティカも、ファットガムを見た。
「……何?」
「何って、聞こえたやろ。全然ちゃう」
ファットガムは、ゆっくりと前へ出た。
「相手の動きから学ぶことと、相手を喰らって、自分の身体の一部にしてしまうことは、同じやない」
「なぜだ?」
「相手が、そこにおるからや」
ファットガムは答えた。
その言葉に、切島が目を見開いた。
天喰も、息を呑む。
「おまえさんは、相手を喰らうとき、相手がその後どうなるかを考えとるか?」
ファットガムは、ギャラティカを見据えた。
「相手がまだ戦えるか。相手が何を望んどるか。自分に何をされたくないと思っとるか。そんなん、考えとるか?」
ギャラティカは答えなかった。
「ワシらは、相手の動きを学ぶことはある。相手の攻撃を受けることもある。相手から何かを得ることもある」
ファットガムは、自分の拳を見た。
「でも、相手を倒すことと、相手を自分の中に取り込むことは、同じやない」
そして、顔を上げた。
「おまえさんは、喰らった相手がどうなるかを気にしとらん。喰らったら、それで終わりや。相手の意思も、これからも、関係なくなる」
ギャラティカの口が、わずかに動いた。
「それが、おまえさんの暴食なんやろ」
ファットガムは、一歩踏み出す。
「腹を満たすために、相手を消す。自分の力を増やすために、相手を材料にする。おまえさんにとって、相手は喰らうためのものや」
拳を握る。
「でも、ワシらはちゃう」
ファットガムの声が、強くなった。
「相手から何かを学んだとしても、その相手が、自分とは別の存在やってことを忘れへん」
ギャラティカは、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……ならば」
黒い裂け目が、一斉に開いた。
「おまえたちは、相手が望んだものだけを受け取っているのか?」
ファットガムの表情が、わずかに変わった。
「誰かの助けを受けたとき、相手が本当に望んでいたのか。相手が犠牲になってでも助けたいと考えていたのか。おまえたちは、それを確認しているのか?」
ギャラティカは、天喰を見た。
「おまえは、他者の身体的特徴を自分の身体に再現する。だが、その特徴を持っていたものは、おまえにその力を与えたのか?」
天喰の胸が、締めつけられた。
「自分が食べたものから、力を得る。自分のために使う。誰かを守るために使う」
ギャラティカの声が、低くなる。
「どれほど立派な理由を掲げても、それはおまえ自身の都合ではないのか?」
答えられなかった。
ファットガムも、すぐには言葉を返さなかった。
ギャラティカは、さらに続けた。
「力を与えた者への責任を、おまえたちは考えたことがあるか?」
その言葉が、天喰の心に突き刺さった。
自分は、これまで《再現》を使ってきた。
食べたものの特徴を、自分の身体へ反映させる。
その力を使い、ヒーローとして戦ってきた。
それは、自分にとって当たり前のことだった。
だが、ギャラティカは、その当たり前を問い直している。
力を得ることと、その力がどこから来たのかを考えること。
力を使うことと、その力を使う責任を引き受けること。
どこまでが、自分の自由なのか。
どこからが、他者への責任なのか。
天喰は、答えを持っていなかった。
けれど、今、ひとつだけ分かることがあった。
ギャラティカは、その答えを求めているのではない。
答えを見つける前に、すべてを喰らってしまおうとしている。
「……あなたは」
天喰は、ゆっくりと口を開いた。
「相手が何を望んでいたのか、考えないんですね」
「必要がない」
ギャラティカは、即答した。
「喰らえば、私のものになる」
「喰らった相手が、あなたを拒んでいても?」
「関係ない」
「あなたの中で、その相手の特徴が変わってしまっても?」
「関係ない」
「元の相手が、二度と元の姿に戻れなくても?」
「関係ない」
天喰は、唇を噛み締めた。
ギャラティカにとって、答えは最初から決まっている。
何を喰らったか。
どれだけ強くなったか。
どれだけ多くを取り込んだか。
その結果だけが重要なのだ。
喰らわれた側がどうなるのか。
その力が何を意味していたのか。
それらは、すべて結果の外側に置かれている。
天喰は、顔を上げた。
「……僕は、まだ分かりません」
ギャラティカが、わずかに首を傾ける。
「自分の個性が、あなたとどこまで違うのか。どうして僕は、自分の力を正しいと思ってきたのか」
天喰は、拳を握った。
「まだ、ちゃんと答えられません」
翼が広がる。
触手が、両腕から伸びる。
鋏が、ゆっくりと形作られる。
「でも、分からないからって、何も考えずにあなたと同じことをするつもりはありません」
天喰は、一歩踏み出した。
「僕は、自分の力をどう使うか、これからも考えます。僕が何を受け取り、何を守るのか。何を自分のものにして、何を自分のものにしてはいけないのか」
ギャラティカは、沈黙した。
「そして――」
天喰の声が、強くなった。
「誰かを、自分の力を増やすための材料として扱うことだけは、認めません!」
その言葉とともに、天喰が走った。
ギャラティカが、笑った。
「ならば、その考えごと喰らってやろう」
両者が、激突した。
三 暴食の拳
ギャラティカが、右腕を振り下ろした。
天喰は、正面から受けなかった。
翼を一瞬だけ展開し、身体を斜めに跳ねさせる。
拳が地面へ激突。
衝撃波が走る。
天喰は、その衝撃の端をすり抜けるように着地した。
同時に、左腕へ鋏を再現。
狙いは拳ではない。
腕の関節。
金属装甲が重なり合う継ぎ目へ、鋏の先端を差し込む。
ギャラティカが腕を引く。
天喰は鋏を解除。
そのまま触手を伸ばし、ギャラティカの肘の外側を引っ張った。
腕の軌道が、わずかにずれる。
ギャラティカの拳が、天喰の横を通り過ぎた。
天喰は、身体を低くする。
脚部に甲殻を再現。
地面を蹴る。
ギャラティカの膝へ、横から蹴りを叩き込んだ。
金属装甲が、鈍い音を立てた。
だが、ギャラティカは動じない。
膝の表面に口が開く。
天喰は、すぐに脚部の《再現》を解除した。
口が空を切る。
その瞬間、ギャラティカの左腕が横から迫った。
天喰は、両腕に触手を再現する。
片方を地面へ打ち込み、もう片方を倒れた鋼材へ巻きつけた。
身体を後方へ引く。
腕が、胸の前を通過する。
ギャラティカは、すかさず肘を返した。
鋭い金属の突起が、天喰の肩をかすめる。
衝撃。
天喰は地面へ転がった。
だが、転がりながら触手を伸ばす。
倒れた鋼材を引き寄せ、ギャラティカの足元へ滑らせた。
ギャラティカが、それを吸収しようとする。
天喰は、すぐに触手を解除。
鋼材が吸引に引かれ、ギャラティカの脚へ激突した。
口が開く。
金属を吸収する。
装甲が変化する。
その瞬間、天喰はもう動いていた。
翼を展開し、低空を飛ぶ。
ギャラティカの背後へ回り込む。
今度は攻撃しない。
横へ抜ける。
そして、背後にある複数の口へ向け、別の鋼材を滑らせた。
口が開く。
吸収。
再構成。
その間、天喰は反対側へ移動した。
「……逃げ回るだけか?」
ギャラティカが、低く言った。
「いいえ」
天喰は答えた。
「あなたが何を喰らうのか、見ているんです!」
触手を伸ばす。
鋼材を引く。
口が反応する。
別の方向へ飛び移る。
ギャラティカが追いかける。
天喰は、その動きを見ながら戦場を移動していた。
攻撃を避けるためだけではない。
ギャラティカの身体を、少しずつ動かしているのだ。
口が多く配置された場所。
吸引が強い場所。
物質が大量に残っている場所。
それらを避け、反対側へ誘導する。
ギャラティカが追えば、天喰は移動する。
ギャラティカが吸収を始めれば、天喰は別の場所から小さな攻撃を仕掛ける。
大きなダメージを与えるためではない。
相手が戦場のすべてを自由に使うことを防ぐためだ。
だが、ギャラティカもそれに気づいていた。
「誘導しているつもりか」
彼の背中から、複数の口が開く。
「ならば、戦場ごと喰らえばいい」
巨大な吸引。
天喰の移動先に、口が生まれる。
逃げ道が閉じる。
天喰は翼を展開し、上空へ飛び上がった。
だが、ギャラティカの口は、空中にも開いていた。
天喰は、すぐに翼を解除。
落下。
触手を伸ばし、地上の鋼材へ巻きつける。
身体を横へ引く。
そのまま地面へ滑り込む。
着地。
そこへ、ギャラティカの拳が迫った。
天喰は両腕に鋏を再現。
左右から拳を挟み込む。
受け止めるのではない。
拳の向きを、斜め下へずらす。
金属と鋏がぶつかり、火花が散った。
拳が地面へ逸れる。
衝撃が、天喰の全身を揺さぶる。
それでも、彼は踏ん張った。
両腕の鋏が、軋む。
ギャラティカの拳の表面に、口が開く。
鋏を吸収しようとする。
天喰は、即座に鋏を解除した。
そして、拳の下をくぐり抜ける。
背後へ回る。
そこへ、硬化した拳が飛び込んだ。
「おおおおおッ!」
切島だった。
全身を硬化させ、肩からギャラティカの背中へ突進する。
衝撃が、装甲へ伝わる。
ギャラティカの身体が前へ傾いた。
「切島くん!」
「今だ、天喰!」
天喰は、すぐに動いた。
背中へ回り込み、触手を複数展開。
ギャラティカの肩と腰、脚部の装甲へ巻きつける。
引く。
しかし、無理に拘束はしない。
相手の身体を完全に止めようとすれば、触手を吸収される危険がある。
だから、動く方向を少しだけ変える。
右へ。
左へ。
前へ。
ギャラティカが立ち直ろうとする動作を、わずかずつずらしていく。
そこへ、ファットガムが走り込んだ。
「ほな、これで締めや!」
身体に蓄積していた衝撃を、拳へ集中させる。
しかし、今回は一気に放出しない。
最初に、肩から軽くぶつかる。
ギャラティカの体勢を崩す。
次に、膝へ低い一撃。
身体の重心をずらす。
最後に、胴体へ拳を叩き込む。
衝撃が、三段階に分かれて伝わった。
ギャラティカの身体が、後方へ大きく押し戻される。
装甲が軋んだ。
口が、いくつも閉じた。
「効いた……!」
切島が叫ぶ。
だが、ファットガムはすぐに後退した。
「深追いすんな!」
次の瞬間。
ギャラティカの胴体に開いた口が、ファットガムの拳を吸い込もうとした。
ファットガムは、拳を引く。
しかし、吸引は追いかけてくる。
腕が、前へ引っ張られた。
「ちっ……!」
ファットガムは、身体を捻った。
拳を引き抜くのではなく、身体ごと回転させる。
引き寄せられる力を利用し、ギャラティカの側面へ滑り込む。
そして、膝を曲げた。
蓄積した衝撃を、足元へ放出。
身体が跳ねるように横へ飛ぶ。
ファットガムは、吸引圏外へ逃れた。
だが、その動きを見たギャラティカの身体が、すぐに変化した。
脚部へ、ファットガムの動きに似た衝撃の反発が生まれる。
吸収した衝撃を、移動へ転用したのだ。
ギャラティカは、地面を蹴った。
巨大な身体が、信じられない速度で前進する。
「なっ……!?」
天喰が目を見開いた。
ギャラティカは、ファットガムが使った衝撃の性質を利用し、巨体を前方へ押し出してきたのだ。
その速度は、さっきまでとは違う。
天喰が回避する。
切島が飛び退く。
しかし、ギャラティカは止まらない。
地面を蹴るたび、衝撃が蓄積され、次の動きへ変わっていく。
まるで、攻撃そのものが加速のための燃料になっているかのようだった。
「これが、あいつの嫌なところや!」
ファットガムが叫ぶ。
「こっちが何か見せたら、すぐ次の使い道を考えてきよる!」
ギャラティカが、再び突進した。
天喰は、翼を広げる。
しかし、空へは逃げない。
左右へ移動し、ギャラティカの進路を外す。
切島は、硬化した腕で地面を叩いた。
身体を跳ね上げ、上空からギャラティカへ向かう。
「レッドライオット!」
拳を振り抜く。
だが、ギャラティカは突進を止めなかった。
腕を上げ、切島の拳を受ける。
硬化と金属装甲が激突。
衝撃が走る。
切島の身体が弾き飛ばされた。
「ぐっ……!」
地面へ落下する。
しかし、切島は空中で身体を丸め、硬化した背中から地面へ着地した。
転がり、すぐに立ち上がる。
その瞬間、ギャラティカの足元から口が開いた。
切島は、とっさに横へ跳んだ。
だが、吸引が追いかける。
地面が剥がれていく。
切島は、身体を低くし、硬化した両腕を地面へ突き立てた。
「まだ……!」
歯を食いしばる。
「まだ、やれる!」
硬化した腕が、岩盤を掴む。
足元が崩れる。
それでも、切島は耐えた。
その姿を、天喰は見ていた。
自分だけではない。
切島も、ファットガムも、限界のある身体で戦っている。
彼らの個性も、万能ではない。
ファットガムは、受け止められる衝撃に限りがある。
切島の硬化も、いつまでも続くわけではない。
それでも、二人は戦っている。
自分の能力が通じないことを恐れながらも。
自分の力が奪われる可能性を知りながらも。
それでも、目の前の敵を止めるために。
天喰は、息を吸った。
自分の能力だけで、勝たなくてもいい。
自分ひとりで、答えを出さなくてもいい。
自分だけで、相手を倒そうとしなくてもいい。
それは、弱さではない。
仲間がいるからこそ、選べる戦い方がある。
天喰は、ギャラティカを見据えた。
そして、再び身体を変化させた。
背中に翼。
両腕に触手。
脚部に甲殻。
今度は、すべてを攻撃のために使うのではない。
ファットガムと切島が動ける場所を作るため。
相手の視線を引きつけるため。
次の一手を、仲間が選べるようにするため。
天喰は、地面を蹴った。
「ギャラティカ!」
彼は叫ぶ。
「あなたが何を喰らっても、僕たちは、あなたの思い通りには動きません!」
ギャラティカが、振り返った。
天喰は、正面から迫る拳を避ける。
翼を一瞬だけ展開し、身体を横へ滑らせる。
触手を伸ばし、ギャラティカの腕を掠める。
すぐに解除する。
ギャラティカの攻撃が、天喰を追いかける。
その間に、切島が立ち上がった。
ファットガムも、身体を構え直す。
三人は、再び攻撃を組み立て始めた。
ギャラティカが学ぶよりも早く。
ギャラティカが吸収するよりも早く。
彼らは、互いの動きを見て、次の一手を変えていく。
その戦い方そのものが、暴食への抵抗になっていた。
四 自分のものにすること
激突。
衝撃。
吸引。
再構成。
戦いは、さらに苛烈になっていた。
ギャラティカは、もはや単に口を開いて物質を吸収するだけではなかった。
吸収した物質を瞬時に装甲へ変え、衝撃を移動の力へ変換し、天喰の《再現》によって生まれた特徴を攻撃に転用する。
しかも、相手が次に何を使うのかを予測し、その特徴に対応する形へ身体を変えてくる。
天喰が鋏を使えば、腕の装甲を厚くする。
触手を使えば、表面に口を増やす。
翼を使えば、空中にも口を展開する。
甲殻を使えば、同じような装甲を重ねて防御する。
そのひとつひとつが、天喰の戦い方を狭めていく。
しかし、天喰は止まらなかった。
鋏で攻撃すると見せかけて、直前に解除する。
触手で拘束すると見せかけて、地面へ打ち込み、移動のための支点にする。
翼を使って飛び上がると見せかけて、短い羽ばたきだけで軌道を横へずらす。
同じ能力でも、使い方を変える。
同じ動きでも、目的を変える。
ギャラティカが見たものを、そのまま次の動きにしない。
そのために、天喰は絶えず選び続けていた。
どの能力を使うのか。
何のために使うのか。
どの瞬間に解除するのか。
そして、仲間が動くために、どこに隙を作るのか。
「右へ誘導せえ!」
ファットガムが叫んだ。
「了解です!」
天喰は、翼で軌道を変えた。
ギャラティカの右側を通り抜ける。
ギャラティカが追う。
天喰は、倒れた鋼材の間を縫うように走った。
その先には、ファットガムが待ち構えていた。
「こっちや!」
ファットガムは、地面に落ちていた鉄骨を蹴り上げた。
鉄骨が宙を舞う。
ギャラティカの口が、それを吸収しようと開いた。
しかし、ファットガムは鉄骨をそのまま吸わせなかった。
身体に蓄積した衝撃を、短く放出する。
鉄骨の軌道が変わる。
吸引の方向から外れ、ギャラティカの脚部へ激突した。
鋼材が、装甲の隙間へ食い込む。
ギャラティカが、足を止めた。
その瞬間。
「レッドライオット!」
切島が突進した。
全身を硬化。
拳を構える。
狙いは、先ほど鋼材が食い込んだ脚部。
切島は、正面からではなく、横から踏み込んだ。
硬化した肩を、ギャラティカの膝へぶつける。
装甲が軋む。
ギャラティカの脚が、わずかに傾いた。
「まだまだァ!」
切島は、さらに踏み込む。
拳を振り抜く。
膝の装甲へ、連続して攻撃を叩き込む。
一発。
二発。
三発。
硬化した拳の衝撃が、装甲の内側へ伝わっていく。
ギャラティカは、脚部に口を開いた。
切島の拳を吸収しようとする。
だが、切島は、その瞬間に拳を引いた。
次に、反対側の拳を叩き込む。
すぐに引く。
さらに、肘を振り下ろす。
硬化した部分を長時間接触させない。
吸収の動作が始まる前に、攻撃を切り替える。
それは、力任せの連打ではなかった。
相手の能力を観察したうえで、必要な瞬間だけ硬化を維持する、精密な攻防だった。
ギャラティカの脚部が、大きく揺れた。
「今だ、天喰!」
切島が叫ぶ。
天喰は、すでに動いていた。
背中に翼を展開し、空中から急降下。
両腕に鋏を再現する。
その刃を、脚部の装甲へ向けて振り抜いた。
狙いは、切島が攻撃していた場所の反対側。
装甲の継ぎ目だった。
鋏の先端が、金属の継ぎ目へ食い込む。
天喰は、刃を捻った。
装甲がずれる。
その瞬間、ギャラティカの脚部が、再構成を始めた。
口が開く。
吸収。
しかし、天喰は、すぐに鋏を解除した。
刃を吸収される前に消す。
そのまま翼を畳み、ギャラティカの身体の側面へ落下する。
地面へ着地。
触手を伸ばし、切島の腕を掴む。
「切島くん、離れて!」
「おう!」
切島は即座に後退した。
その瞬間、ギャラティカの脚部から無数の棘が突き出した。
先ほどまで切島がいた場所を、金属の棘が貫く。
切島は、間一髪で攻撃を回避した。
天喰は、触手を解除する。
ギャラティカの脚部が、再び動き始めた。
しかし、動きは先ほどより鈍い。
脚部の装甲が、何度も組み替えられたためだ。
攻撃が、通じている。
完全に倒せるほどではない。
それでも、相手の動きを制限できている。
天喰は、息を吸った。
「ファットガムさん! 切島くん! 同じ場所を攻撃し続けるんじゃなくて、相手が防御を切り替える瞬間に、別の場所を狙いましょう!」
「ええ判断や!」
ファットガムが答える。
「お前が隙を作り、ワシが軌道をずらす! 切島が装甲を崩す! これでいくで!」
「了解!」
切島が拳を構え直した。
だが、ギャラティカは、彼らの連携を見ていた。
「……なるほど」
低い声が、戦場に響く。
「おまえたちは、相手の力を奪うのではなく、相手の動きを利用している」
ギャラティカの脚部が、再び変化した。
金属装甲が重なり、巨大な棘が消えていく。
代わりに、脚部の表面に無数の口が開いた。
「ならば、私も利用しよう」
ギャラティカは、自分の身体へ吸引をかけた。
驚くべきことに、装甲の一部が自らの身体から剥がれ、別の口へと吸い込まれていく。
自分の装甲を、喰らっている。
その装甲が、別の場所へ移動する。
肩へ。
腕へ。
背中へ。
吸収された金属が、身体の各部へ分配されていく。
装甲の厚さが変わる。
脚部が軽くなる。
腕が太くなる。
背中の口が、さらに増える。
ギャラティカは、自らの身体の構造を変えることで、相手の攻撃への対応を切り替えていた。
「自分の身体さえ、喰らうのか……!」
切島が、息を呑んだ。
「そうだ」
ギャラティカは、答えた。
「必要であれば、自分の一部さえ喰らう」
巨大な腕が、持ち上がる。
「私にとって、何が自分のものかなど、重要ではない」
口が、開く。
「ただ、使えるかどうか。それだけだ」
ギャラティカは、地面を蹴った。
今度は、吸収した衝撃を利用した突進ではない。
脚部の装甲を削り、身体を軽くしたうえで、腕の金属を増やしていた。
攻撃の速度と威力を、同時に高めている。
巨大な拳が、切島へ迫った。
「切島!」
ファットガムが叫ぶ。
切島は、全身を硬化させた。
拳を構える。
避ける時間はない。
ならば、受ける。
切島の硬化した腕と、ギャラティカの拳が激突した。
轟音。
切島の身体が、後方へ飛ばされた。
「ぐあっ……!」
地面を転がる。
硬化した腕に、強い衝撃が残っていた。
だが、切島は立ち上がった。
息を荒げ、拳を握る。
「……まだ、立てるぜ」
ギャラティカが、彼を見た。
「硬いな」
「何度も聞いたぜ、その台詞!」
切島は、再び全身を硬化させた。
しかし、先ほどとは違う。
硬化した身体を、ただ維持するのではない。
相手の攻撃に合わせて、肩、腕、背中、脚部へと力を配分する。
全身硬化の状態を保ちながら、必要な部位へ力を集中させる。
長時間の防御には向かない。
それでも、今は。
この一撃を受け止めなければならない。
「来いよ!」
切島が叫んだ。
「俺の硬さを、好きに使えると思うな!」
ギャラティカが、再び拳を振り下ろした。
切島は、その拳を真正面から受け止める。
両腕が震える。
足元が砕ける。
硬化した肩に、衝撃が集中する。
それでも、切島は踏ん張った。
拳を押し返すのではない。
拳の軌道を、わずかに横へずらす。
その隙に、身体をひねる。
ギャラティカの拳が、切島の横を通過した。
切島は、拳の下へ潜り込んだ。
硬化した肩を、ギャラティカの胴体へ叩き込む。
衝撃。
金属装甲が軋んだ。
切島は、すぐに後退した。
ギャラティカが、身体の向きを変える。
だが、その動作が遅れた。
先ほど、切島がずらした拳の軌道。
その力を立て直そうとした瞬間、天喰の触手がギャラティカの腕を引いていたのだ。
さらに、ファットガムが横から踏み込む。
蓄積した衝撃を、今度は拳ではなく肩へ集中させる。
ギャラティカの胴体へ、斜めからぶつかった。
身体が揺れる。
口の向きが変わる。
吸引が乱れる。
そのわずかな隙に、天喰が動いた。
今度は鋏を使わない。
両腕にタコの触手を再現し、ギャラティカの足元へ伸ばす。
触手を地面へ打ち込む。
身体を低く構える。
そして、触手を一気に引いた。
地面が、わずかに盛り上がる。
ギャラティカの足元が崩れた。
その瞬間、切島が再び突進した。
「これで――!」
拳が、ギャラティカの膝へ叩き込まれる。
装甲が大きくへこんだ。
ギャラティカの身体が、片膝をついた。
初めてだった。
ギャラティカが、明確に体勢を崩したのは。
天喰は、息を呑んだ。
ファットガムが、拳を構え直す。
切島が、硬化した腕を引いた。
三人は、互いの動きを見た。
今の攻撃は、ひとりでは成立しなかった。
天喰が足元を崩さなければ、切島の攻撃は装甲へ届かなかった。
切島が膝の装甲を崩さなければ、ギャラティカは体勢を維持していた。
ファットガムが吸引の方向を乱さなければ、二人は連携するための位置へ移動できなかった。
それぞれの能力が、互いの弱点を補っている。
その事実に、天喰は気づいていた。
しかし、ギャラティカは、膝をついたまま笑った。
「……そうか」
その声は、静かだった。
「おまえたちは、互いの力を使っている」
身体の表面に、無数の口が開く。
「ひとりの力ではできないことを、他者の力で補っている」
装甲が、再び動き始めた。
「ならば、私も同じことをしよう」
ギャラティカの身体が、ゆっくりと立ち上がった。
そして。
彼の背中に、巨大な口が開いた。
その口は、工業地帯に残っていた無数の金属片を、一斉に吸い込み始めた。
戦場に残る物質が、次々と呑み込まれていく。
瓦礫。
鋼材。
配管。
装甲の破片。
すべてが、ギャラティカの背中へと集まっていった。
背中の口が、さらに巨大化する。
天喰の顔色が変わった。
「……まずい!」
ギャラティカが、三人を見下ろした。
「おまえたちが、互いの力を利用して戦うのなら」
口の奥で、黒い渦が生まれる。
「私は、戦場そのものを取り込もう」
巨大な吸引が、再び始まった。
五 喰らうことの果て
工業地帯の地面が、震えた。
残された鋼材が、地面から剥がれていく。
建物の壁が崩れ、金属板が宙を舞う。
それらは、ギャラティカの背中に開いた巨大な口へと吸い込まれていった。
その口は、今までのどの口よりも大きい。
人ひとりを呑み込むためではない。
戦場そのものを呑み込むための口だった。
「天喰! こいつ、何をする気や!」
ファットガムが叫んだ。
「分かりません! でも、あの口へ物質が集まるほど、身体の再構成が大きくなる!」
「つまり、好きなように形を変えられるってことか!」
切島が言った。
「おそらく……!」
天喰は、巨大な口を見上げた。
吸い込まれる物質の量が増えるほど、ギャラティカの身体は大きく変わる。
これまでのような局所的な変形ではない。
全身を作り替えようとしている。
装甲を厚くする。
腕を増やす。
口を増やす。
脚部を強化する。
戦闘に必要なあらゆる特徴を、一度に組み込むつもりなのだ。
そんなことを許せば、今までの戦い方は通じなくなる。
「止めなきゃ……!」
天喰は、触手を伸ばした。
巨大な口へ向けて、鋼材を引き戻そうとする。
だが、吸引が強すぎた。
触手が張り詰める。
地面に打ち込んだ支点が、崩れ始める。
「くっ……!」
天喰は、触手を解除した。
無理に引っ張れば、自分まで呑み込まれる。
ならば、別の方法を。
天喰は、周囲を見渡した。
巨大な口の周囲には、小さな口がいくつも開いている。
それらが、物質を巨大な口へ運び込んでいた。
小さな口が吸収する。
巨大な口が受け取る。
その連携によって、大量の物質がギャラティカの背中へ集まっていく。
ならば。
小さな口の動きを止めれば、巨大な口への供給を乱せるかもしれない。
だが、口は多い。
ひとつひとつを攻撃していては間に合わない。
それに、攻撃すれば吸収される危険がある。
天喰は、必死に考えた。
そのとき。
「天喰!」
ファットガムが叫んだ。
「ワシらで、口の向きを変える!」
「向きを……?」
「そうや! 全部を止める必要はない! 吸い込む方向を、こっちで乱すんや!」
ファットガムは、地面に落ちていた鋼材を掴んだ。
そして、蓄積した衝撃を小さく放出する。
鋼材が、横へ滑った。
吸引の流れに逆らうのではない。
流れを利用しながら、軌道を変える。
「切島!」
「分かってる!」
切島は、硬化した腕で別の鋼材を押し出した。
地面を滑る鋼材が、ギャラティカの口へ向かう。
しかし、切島は、その鋼材を途中で持ち上げた。
吸引に引かれた瞬間、硬化した腕で方向を変える。
鋼材が、口の縁へ横から衝突した。
口が、わずかに歪む。
吸引の方向が変わった。
その隙に、天喰が触手を伸ばす。
鋼材を引き寄せる。
別の方向へ滑らせる。
巨大な口へ向かうはずだった物質が、横へ逸れた。
ギャラティカの背中の装甲が、一瞬だけ揺れた。
「効いとる!」
ファットガムが叫んだ。
しかし、ギャラティカは即座に反応した。
背中の口が、形を変える。
周囲の小さな口が、別方向へ移動する。
吸引の経路が変化した。
「ちっ!」
切島が舌打ちした。
「こいつ、すぐ対策してくる!」
「せやから、止まるな!」
ファットガムが叫ぶ。
「同じ手に固執したらあかん! 状況を見て、次の手を変えるんや!」
「分かってる!」
切島は、硬化した腕で地面を叩いた。
身体を跳ね上げる。
空中で身体を捻り、ギャラティカの背中へ向かう。
だが、そこに新しい口が開いた。
切島は、即座に身体を丸めた。
吸引に逆らわず、横へ流される。
翼はない。
空中で自由に動けるわけではない。
それでも、硬化した肩を使い、近くの鋼材へ身体をぶつけた。
反動で軌道を変える。
地面へ着地。
すぐに立ち上がる。
「天喰! 背中の口、あそこが本体みたいなもんじゃねえか!?」
「分かりません! でも、あの口に物質が集まるほど、ギャラティカの身体が変化しています!」
「なら、そこを邪魔すりゃいい!」
切島は、再び走り出した。
硬化した拳を構える。
ギャラティカの背中へ、真正面から突進した。
しかし、ギャラティカは待ち構えていた。
背中の口が、一斉に開く。
吸引。
切島の身体が、前へ引き寄せられる。
「うおおおおおッ!」
切島は、全身を硬化させた。
吸い込まれまいと、両腕を地面へ突き立てる。
しかし、地面が剥がれた。
切島の身体が、浮き上がる。
「切島くん!」
天喰が叫ぶ。
彼は翼を展開し、切島へ向かった。
だが、その前にギャラティカの腕が伸びてくる。
天喰は、鋏を再現して受け流そうとした。
しかし、鋏の表面に口が開く。
吸収される。
天喰は、即座に解除した。
その隙に、腕が天喰の肩をかすめた。
身体が横へ飛ぶ。
翼が乱れる。
天喰は地面へ落下した。
「くっ……!」
立ち上がろうとする。
そのとき、切島の身体が、巨大な口へ引き寄せられていた。
「切島くん……!」
天喰の頭が、真っ白になった。
このままでは、切島が喰われる。
硬化した身体ごと、ギャラティカの力に取り込まれてしまう。
自分が迷っている間に。
自分が答えを探している間に。
仲間が、危険にさらされている。
「……違う」
天喰は、立ち上がった。
胸の奥が、痛いほどに脈打っていた。
「今、考えるべきことは……」
彼は、切島を見た。
自分の個性が何なのか。
ギャラティカと何が違うのか。
その答えは、まだ出ていない。
しかし、今、やるべきことは分かる。
切島を助ける。
ファットガムと一緒に戦う。
ギャラティカが吸い込もうとしているものを、好き勝手に喰らわせない。
天喰は、翼を展開した。
そして、背中の巨大な口へ向けて飛び上がった。
「天喰環――!」
ギャラティカが、彼を見た。
天喰は、真正面から突進するのではなく、口の縁へ向けて急降下した。
両腕から触手を伸ばす。
触手を口の縁へ巻きつける。
そのまま、身体を反転させた。
口の縁を、横へ引く。
巨大な口が、わずかに歪んだ。
吸引の向きが乱れる。
切島の身体が、少しだけ外側へ流された。
「今だ、切島くん!」
「おおおおおッ!」
切島は、硬化した腕を地面へ突き立てた。
今度は、身体を引き抜こうとするのではない。
吸引に引かれる方向へ、身体を回転させる。
足を折り畳み、肩から地面へ向ける。
そして、硬化した背中を地面へ叩きつけた。
反動。
身体が、横へ跳ねる。
吸引の流れから抜け出した。
切島は、転がりながら地面へ着地した。
「はあっ……はあっ……!」
全身が痛む。
硬化も、限界に近づいていた。
それでも、彼は立ち上がった。
「天喰! 助かった!」
「よかった……!」
天喰は、安堵しかけた。
しかし、次の瞬間。
ギャラティカの口が、天喰の触手を吸い込んだ。
「――っ!」
触手が、急激に引っ張られる。
天喰の身体が、巨大な口へ向けて流される。
触手を解除しようとした。
だが、吸引の力が強すぎる。
判断が、一瞬だけ遅れた。
自分の力が喰われる。
自分の身体が、相手に取り込まれる。
また、あの感覚が迫ってきた。
「天喰!」
ファットガムが叫ぶ。
彼は、地面を蹴った。
身体に蓄積した衝撃を、一気に両脚へ集中させる。
そして、吸引の流れに沿って走った。
真正面から逆らうのではない。
引き寄せられる力を利用し、天喰のいる場所へ滑り込む。
「手ぇ離すなよ!」
ファットガムは、天喰の腕を掴んだ。
そのまま、身体を捻る。
蓄積した衝撃を、足元へ小さく放出する。
身体が横へ弾けた。
天喰の触手が、口から外れる。
ファットガムは、天喰を抱えたまま地面へ転がった。
二人は、瓦礫の陰へ滑り込む。
巨大な口が、閉じた。
天喰は、荒い呼吸を繰り返した。
「……ファットガムさん」
「なんや」
「ありがとうございます」
「礼はええ」
ファットガムは、天喰の肩を軽く叩いた。
「怖かったら、怖い言うてええ。迷ったら、迷ってる言うてええ」
そして、ギャラティカを見た。
「せやけど、自分の中だけで全部を片づけようとせんでええんや」
天喰は、顔を上げた。
「……はい」
「ワシらは、おまえの答えを代わりに出すことはできん。でも、おまえが答えを探してる間、隣で戦うことはできる」
ファットガムは、立ち上がった。
「それを、勝手に弱さやと思わんことや」
天喰は、しばらく彼を見つめていた。
そして、ゆっくりとうなずいた。
「……分かりました」
ギャラティカが、二人を見下ろしていた。
「仲間か」
その声には、理解ではなく、観察するような響きがあった。
「互いに支え合い、互いの弱点を補う。自分ひとりでは得られない力を、他者から受け取る」
ギャラティカの背中の口が、再び開いた。
「それを、おまえたちは美しいものだと思っているのか?」
ファットガムは、答えた。
「美しいかどうかなんて、今はどうでもええ」
拳を握る。
「ワシらが一緒に戦うのは、そうすることを選んだからや」
切島も、隣に並んだ。
「誰かに命令されたからじゃねえ。自分で選んだんだ」
天喰は、二人を見た。
そして、ギャラティカを見据えた。
「僕も……そうです」
彼は、静かに言った。
「僕は、ひとりで戦うことだけが強さだとは思いません」
翼が広がる。
触手が、両腕から伸びる。
「誰かの力を借りることも、誰かから学ぶことも、誰かに助けてもらうことも、僕の選択です」
天喰は、一歩前へ出た。
「そして、その力をどう使うかも、僕が選びます」
ギャラティカは、ゆっくりと口を開いた。
「ならば、見せてみろ」
巨大な口が、再び開く。
「おまえたちが受け取ったものが、どれほどの力になるのか」
そして。
暴食の化身は、全身の口を一斉に開いた。
六 終わらない空腹
空気が、変わった。
それまでの吸引とは違う。
ギャラティカの全身にある口が、互いに干渉しながら開閉を始めた。
吸い込む口。
吐き出す口。
衝撃を受け止める口。
金属を取り込む口。
そして、取り込んだものを別の場所へ移動させる口。
それらが、ひとつの身体の中で連動していく。
ギャラティカは、戦場に残っていたほとんどの物質を、背中の巨大な口へと取り込んでいた。
その結果。
身体は、巨大な装甲の塊へ変化していた。
肩からは複数の金属板。
腕には巨大な鋏と棘。
脚部は強固な甲殻に覆われ、背中には無数の口が並んでいる。
そして、胴体の中央には、黒い裂け目が大きく開いていた。
そこから、強烈な吸引が始まる。
「……こいつ、まだ強くなるのかよ」
切島が、息を呑んだ。
「喰らうものがある限り、な」
ファットガムは、厳しい表情で答えた。
「せやけど、あの身体を維持するためには、取り込んだものを組み替え続けなあかんはずや」
「つまり、動きの中に隙がある……?」
「そうや。さっきまでは、そこを突けた」
ファットガムは、ギャラティカを見た。
「けど、今は身体の構造そのものを変えとる。さっきの方法が、そのまま通じるとは限らん」
天喰は、うなずいた。
目の前のギャラティカは、先ほどまでとは別の相手のようだった。
同じ身体。
同じ能力。
だが、戦い方が違う。
吸収と再構成を、より大きな規模で同時に行っている。
ひとつの口が物質を取り込む間に、別の口が攻撃する。
攻撃を受けた場所を、別の場所から取り込んだ物質で補修する。
そして、必要な部分へ、必要な特徴を移動させる。
すべてを同時に行うことで、弱点を減らしている。
「……一つだけ、確かなことがあります」
天喰が言った。
「何や?」
「僕たちが攻撃するたび、ギャラティカは、その攻撃を利用しようとします」
切島が、拳を握った。
「だったら、攻撃しなきゃいいのか?」
「いいえ」
天喰は首を振った。
「何もしなければ、あの口が戦場を全部吸い込んでしまいます」
「せやな……」
「だから、攻撃すること自体を恐れない。でも、ただ攻撃するんじゃなくて、何をさせないために攻撃するのかを考えるんです」
天喰は、ギャラティカの身体を見た。
「僕たちは、相手を倒すために力を使います。でも、相手に何を与えてしまうのかも、考えなければいけない」
ファットガムは、うなずいた。
「せや。それや」
「だから……」
天喰は、息を吸った。
「次は、僕がギャラティカの吸収を乱します。ファットガムさんは、吸引の方向を変えてください。切島くんは、装甲が薄くなった瞬間に攻撃を重ねてください」
「了解や!」
「任せろ!」
天喰は、二人を見た。
「ただし、無理だと思ったら、すぐに離れてください。僕も、必要なら能力を解除します」
切島が、にやりと笑った。
「おう。お前もな!」
ファットガムも、笑った。
「三人とも、無茶しすぎんことや。ええな?」
三人は、互いにうなずいた。
その瞬間。
ギャラティカが、地面を蹴った。
巨体が、前へ飛び出す。
背中の口から、無数の金属片が吐き出された。
それらは、ただ飛んでくるのではない。
空中で軌道を変え、三人を取り囲むように広がった。
「散開!」
天喰が叫ぶ。
ファットガムが左へ。
切島が右へ。
天喰は上空へ跳び上がった。
金属片が地面へ突き刺さる。
その表面に、口が開いた。
吸引。
周囲の地面が、次々と剥がれていく。
「飛び道具自体が、吸引の起点になってる!」
天喰は、空中から叫んだ。
「口を地面へ作って、僕たちの足場を奪っているんです!」
「厄介なことしよるな!」
ファットガムは、飛来する金属片を腕で受け流した。
しかし、受け流した金属片が地面へ刺さり、新しい口を作る。
その口が、ファットガムの足元を吸い込もうとした。
「おっと!」
ファットガムは、身体を捻って回避。
すぐに、蓄積していた衝撃を足元へ放出した。
身体が横へ跳ねる。
吸引の中心から離れる。
切島も、硬化した腕で地面を叩いた。
身体を跳ね上げ、空中で回転する。
落下地点を変え、口のない場所へ着地した。
だが、そこにも金属片が飛んできた。
「くそっ!」
切島は、硬化した拳で金属片を弾いた。
弾かれた金属片が、地面へ刺さる。
口が開く。
「……しまった!」
切島は、即座に後退した。
しかし、吸引が追いかける。
足元の地面が剥がれ、身体が引き寄せられた。
切島は、全身を硬化させた。
両腕を地面へ突き立てる。
だが、地面が崩れる。
「切島くん!」
天喰は、空中で身体を反転させた。
翼を広げる。
急降下。
切島へ向けて触手を伸ばす。
切島の腕に触手を巻きつけ、引っ張る。
吸引の方向とは別方向へ。
切島の身体が、横へ流された。
その瞬間、ファットガムが走り込んだ。
「こっちや!」
彼は、身体に蓄積した衝撃を、地面へ短く放出した。
地面の口が、一瞬だけ揺れる。
吸引が乱れる。
切島は、天喰の触手に引かれながら、吸引域から脱出した。
地面へ転がる。
すぐに立ち上がる。
「助かった、天喰!」
「よかった……!」
天喰は、息を吐いた。
だが、その直後。
ギャラティカの腕が、天喰の背後から迫っていた。
彼は翼を広げようとした。
しかし、背中に新しい口が開いている。
吸引。
翼が、展開を妨げられた。
「――っ!」
天喰は、即座に翼を解除。
身体を落とす。
しかし、腕が迫る。
天喰は、両腕に鋏を再現した。
ギャラティカの腕と交差する。
金属音。
鋏が、腕の表面へ食い込んだ。
だが、鋏の刃先に口が開く。
吸収。
天喰は、即座に鋏を解除した。
しかし、その一瞬で、ギャラティカの腕が天喰の肩へ衝突した。
身体が飛ばされる。
天喰は地面へ転がり、壁面へ激突した。
「天喰!」
ファットガムが叫ぶ。
天喰は、すぐに立ち上がろうとした。
しかし、肩の痛みで身体が動かなかった。
視界が揺れる。
呼吸が乱れる。
恐怖が、再び胸の奥へ広がった。
まただ。
自分の力を使おうとした。
しかし、使った力は吸収され、攻撃は止められた。
自分が何をしても、相手に利用される。
そう思いかけた、その瞬間。
「天喰ィ!」
ファットガムの声が響いた。
「まだ終わっとらん!」
天喰は、顔を上げた。
ファットガムが、ギャラティカへ向けて走っていた。
切島も、硬化した身体で続いている。
二人は、天喰のために戦っている。
いや。
天喰だけのためではない。
ギャラティカを止めるために。
自分たちが選んだ戦いを、最後まで続けるために。
天喰は、息を吸った。
自分ひとりの能力だけで、すべてを解決する必要はない。
自分ひとりで、勝つ必要はない。
自分ができないことを、仲間が補ってくれる。
仲間ができないことを、自分が補う。
その連携こそが、今の自分たちの力なのだ。
天喰は、壁面から身体を起こした。
「……ファットガムさん! 切島くん!」
二人が、振り返る。
「僕も行きます!」
天喰は、痛む肩を押さえながら立ち上がった。
「まだ……戦えます!」
ファットガムが、笑った。
「よっしゃ! ほな、三人でいくで!」
切島は拳を握った。
「おう!」
三人は、再びギャラティカへ向かって走り出した。
その姿を見て、ギャラティカは笑った。
「何度でも立ち上がる」
背中の巨大な口が開く。
「何度でも、他者の力を借りる」
腕の装甲が、さらに厚くなる。
「何度でも、自分の正しさを信じようとする」
そして。
「ならば、そのすべてを喰らってやろう」
暴食の化身が、全身の口を開いた。
黒い奔流が、三人へ襲いかかる。
天喰は翼を展開する。
切島は全身を硬化させる。
ファットガムは、蓄積した衝撃を拳へ集める。
三人の力が、再び交差した。
天喰が、吸引の流れを乱す。
切島が、装甲の継ぎ目へ攻撃を重ねる。
ファットガムが、衝撃を受け流し、反撃の軌道を作る。
ギャラティカの身体が、揺れる。
吸収と再構成が、乱れる。
それでも、倒れない。
彼は喰らう。
攻撃を。
衝撃を。
物質を。
そして、三人が使う力の特徴を。
天喰は、その光景を見つめていた。
自分の個性が、ギャラティカにとっての材料になっている。
自分の戦い方が、相手に利用されている。
それでも、彼は戦っていた。
自分が何者なのかを、今すぐ完全に証明するためではない。
答えが分からないままでも、目の前の選択から逃げないために。
そして。
自分の力が、誰かを喰らうためではなく、誰かを守るために使われるように。
天喰は、もう一度、翼を羽ばたかせた。
暴食の化身へ向かって。
仲間と共に。
まだ終わらない戦場へ、飛び込んでいった。