一 鋼鉄、参戦
轟音が響いた。
ギャラティカの背中にある巨大な口が、工場の残骸を吸い込む。
地面に固定されていた鉄骨が、一本、また一本と引き剥がされていった。
巨大なクレーンの脚部が傾く。
建物の壁面が崩れる。
空中を舞う鋼材が互いに衝突し、火花を散らしながら、黒い裂け目へ吸い込まれていく。
「天喰! 右や!」
ファットガムの叫びが響いた。
「分かりました!」
天喰環――サンイーターは、翼を短く羽ばたかせた。
右側から迫っていた金属板をかわし、そのまま空中で身体をひねる。
両腕に再現していたタコの触手を、左右へ射出。
一本は倒れかけた支柱へ。
もう一本は、地面に突き刺さった鋼材へ。
触手が巻きつく。
天喰は身体を引き、鋼材の軌道から逃れた。
その直後、金属板が地面へ激突。
板の表面に、黒い口が開いた。
吸引。
天喰の触手が引き寄せられる。
「――っ!」
すぐに解除。
触手が消える。
天喰は、残された一方の触手だけで身体を支え、地面へ滑り込むように着地した。
ギャラティカの攻撃は、休む間もなく続いていた。
吸引の向きが変わる。
口の配置が変わる。
取り込んだ金属が、脚部の装甲へ移動する。
衝撃を吸収した胴体が膨張し、その力を背中へ送り込む。
一つの動きが終わる前に、次の動きが始まっている。
どこへ攻撃しても、どこへ逃げても、何かが待ち構えていた。
「天喰!」
切島鋭児郎が、硬化した腕を突き出した。
飛来した鉄骨を横から弾き、その勢いで身体を反転させる。
「まだ動けるか!?」
「はい! 切島くんこそ!」
「当然だろ!」
切島は笑った。
だが、その呼吸は荒い。
《硬化》を使い続けた身体には疲労が蓄積し、腕や肩には繰り返し受けた衝撃の重さが残っている。
長時間、全身を硬化させ続ければ、動きも鈍る。
かといって、硬化を解けば、ギャラティカの攻撃をまともに受ける危険が増す。
切島は、攻撃が当たる瞬間に身体を硬化させ、直後に解除する戦い方へ切り替えていた。
守るために硬くなる。
動くために、柔軟さを取り戻す。
攻撃する瞬間に、もう一度硬くなる。
しかし、ギャラティカは、そんな切島の戦い方を見ていた。
「硬さを、必要な瞬間だけ使うか」
ギャラティカの腕が、金属の棘へ変わる。
「ならば、その瞬間を喰らえばいい」
腕が振り抜かれた。
「来るぞ!」
切島は全身を硬化させた。
金属の棘が、硬化した前腕へ激突する。
衝撃で、切島の身体が後退した。
だが、切島は受け流した。
両足を踏みしめ、右腕を押し下げる。
棘を地面へ逸らす。
そのまま身体をひねり、ギャラティカの懐へ踏み込んだ。
「おらあっ!」
硬化した拳が、ギャラティカの胴体へ叩き込まれる。
金属音。
装甲が大きくへこんだ。
しかし、すぐにその表面へ口が生まれた。
切島の拳を吸収しようとする。
「またかよ!」
切島は即座に拳を引いた。
その動作に合わせて、ギャラティカの腕が伸びる。
切島は身をひねった。
間一髪。
金属の拳が、切島の肩のすぐ横を通過した。
「切島くん、離れて!」
天喰が触手を伸ばし、切島の胴体へ巻きつける。
「おう!」
切島は自ら後退する。
天喰が触手を引き、二人の距離が開いた。
そこへ、ギャラティカの背中から無数の口が向けられる。
吸引が、二人を襲った。
天喰は翼を展開。
切島は硬化した腕を地面へ突き立てる。
だが、周囲の地盤が剥がれていく。
もう、足場さえ安全ではなかった。
「こら、急がなあかんな……!」
ファットガムが、二人の前へ飛び出した。
巨体が地面を滑る。
彼は吸引の方向を読み、身体を横へ傾けながら、蓄積した衝撃を小さく放出した。
身体が弾かれる。
吸引の流れが乱れる。
そのわずかな隙に、天喰と切島は横へ逃れた。
「天喰!」
ファットガムが振り返った。
「今のままやと、あいつの身体へ攻撃を通すたびに、こっちの力が材料にされてまう!」
「分かっています!」
「なら、あいつが取り込むものを選べんようにするしかない!」
「でも、どうやって……!」
そのときだった。
「おおおおおおおおッ!」
戦場の外から、雄叫びが響いた。
天喰たちは、同時にそちらを向いた。
瓦礫の間を、銀色の影が突進してくる。
全身が、金属のように輝いていた。
鋼鉄の身体。
強靭な腕。
重い踏み込み。
その男は、地面に開いた口へ向かって走っていた。
「どけどけどけえええッ!」
男は両腕を交差させ、全身を鋼鉄へ変化させたまま、崩れた鋼材の山へ飛び込んだ。
吸引によって浮き上がりかけていた巨大な鉄骨。
その下へ、身体をねじ込む。
両肩で支える。
足を踏み込む。
地面が砕ける。
それでも、鉄骨を押さえつける。
「……ったく! でっけえ口を開けやがって!」
天喰が、目を見開いた。
「鉄哲くん!?」
鋼鉄の身体を持つ少年――鉄哲徹鐵が、歯をむき出しにして笑った。
「おう! 助太刀に来たぜ!」
「どうして、ここに……!」
「応援要請が回ってきたんだよ! お前らが暴食だか何だか知らねえ、とんでもねえ怪物とやり合ってるってな!」
鉄哲は、両肩で支えた鉄骨を押し返した。
「詳しい話は、あとだ! とにかく、こいつを止めりゃいいんだろ!」
切島の顔が、ぱっと明るくなった。
「鉄哲!」
「おう、切島! 久しぶりだな!」
「いいところに来たぜ!」
「お前らが苦戦してるって聞いたからな! 俺の《スチール》が役に立つなら、使わねえ理由はねえだろ!」
切島が拳を鳴らした。
「よし! 鉄哲、こいつは吸収してくる! ただ殴ればいいって相手じゃねえぞ!」
「だったら、殴り方を変えりゃいい!」
鉄哲は、豪快に笑った。
「鋼鉄だろうが、岩だろうが、相手が何を喰おうが! 俺は俺のやり方でぶつかる!」
ギャラティカが、ゆっくりと鉄哲へ顔を向けた。
胴体の口が、開く。
「新しい素材か」
鉄哲は、その視線を真正面から受け止めた。
「素材じゃねえ!」
拳を握りしめる。
「雄英高校ヒーロー科! 鉄哲徹鐵だ!」
そして、地面を蹴った。
「てめえの腹を満たすために来たんじゃねえ! ぶっ倒しに来たんだよ!」
鋼鉄の身体が、ギャラティカへ突進した。
二 硬化と鋼鉄
鉄哲の突進は、一直線だった。
全身を鋼鉄へ変化させ、肩を低く構えたまま、ギャラティカの胴体へ向かう。
金属と金属が激突した。
轟音。
ギャラティカの装甲が、大きく揺れた。
「おおおおおッ!」
鉄哲は、さらに踏み込んだ。
鋼鉄の肩で押し込み、相手の重心を崩そうとする。
しかし、ギャラティカは後退しない。
胴体に開いた口が、鉄哲の肩へ向けられていた。
吸引。
「……っ!?」
鉄哲の身体が、前へ引き寄せられた。
違う。
単純に引っ張られているのではない。
鋼鉄へ変化した身体の表面に、無数の口が吸い付いている。
鋼鉄の特徴を吸収しようとしているのだ。
「おいおい! 俺まで喰う気かよ!」
鉄哲は、両足を踏ん張った。
しかし、吸引は強まる。
足元の地面が削られた。
鋼鉄の身体が、わずかに前へ引きずられる。
ギャラティカの胴体に、金属質の装甲が増え始めていた。
鉄哲の《スチール》によって生まれる鋼鉄の特徴を、取り込もうとしている。
「鉄哲!」
切島が駆け出した。
硬化した腕を構え、ギャラティカの側面へ回り込む。
「腕を引け!」
「分かってる!」
鉄哲は、身体をひねった。
吸引に逆らうのではなく、前へ引かれる力を利用して、ギャラティカの胴体へ膝を叩き込む。
鋼鉄の膝が装甲へ激突した。
その反動で、鉄哲の身体が横へずれる。
吸引の中心から、ほんの少しだけ離れた。
だが、ギャラティカの腕が伸びる。
鋭い金属の棘。
鉄哲は、とっさに両腕を交差させた。
棘が鋼鉄の腕へ衝突する。
金属音。
鉄哲の身体が、大きく後退した。
「ぐっ……!」
地面を滑る。
それでも、転倒はしなかった。
鉄哲は鋼鉄の脚で地面を踏みしめ、再び構え直す。
「……なるほどな」
ギャラティカが、彼を見た。
「鋼鉄。強度が高く、衝撃を受け止めやすい。硬い表面は、吸収する対象としても扱いやすい」
「勝手に分析してんじゃねえ!」
鉄哲が叫んだ。
「俺の身体を、てめえの都合で使えると思うな!」
ギャラティカは、ゆっくりと口を開いた。
「だが、おまえもまた、鋼鉄という特徴を自分の身体に取り込んでいる」
鉄哲の動きが、止まった。
「おまえは、鋼鉄になることで力を得る。私は、鋼鉄を喰らうことで力を得る」
ギャラティカは、両腕を広げた。
「どこが違う?」
「……うるせえ!」
鉄哲は、一歩踏み出した。
「俺が鋼鉄になるのは、喰らうためじゃねえ!」
「ならば、何のためだ?」
「戦うためだ!」
鉄哲は、拳を握った。
「仲間を守るためだ! 目の前にいる奴を助けるためだ! そういうことができるように、俺はこの身体を鍛えてきた!」
そして、再び突進した。
「だから、てめえの好きにはさせねえ!」
今度は正面から拳を振り抜く。
ギャラティカは、腕を上げて受け止めた。
鋼鉄の拳が、金属装甲へ激突する。
火花が散る。
ギャラティカの装甲が、わずかにへこんだ。
鉄哲は、そのまま二発目を叩き込む。
三発目。
四発目。
ただし、すべて同じ場所へは打ち込まない。
一発目は肩。
二発目は肘。
三発目は胴体。
相手の装甲がどこで動き、どこで吸収を始めるのかを確かめるように、攻撃の場所を変えていた。
切島は、その動きを見ていた。
同じように身体を硬くする自分とは、少し違う。
自分の《硬化》は、攻撃の衝撃を受け止め、必要な瞬間に強度を集中させることに向いている。
一方、鉄哲の《スチール》は、全身を鋼鉄へ変えた状態で、重量と強度を活かして攻防を続けられる。
切島は、硬化を解除するタイミングを細かく変える。
鉄哲は、鋼鉄の身体で受け止め、押し込み、位置を動かす。
似たような能力に見えても、戦い方は同じではない。
「鉄哲! 同じところを殴るな!」
切島が叫んだ。
「分かってる!」
「装甲が吸収し始めたら、すぐに攻撃の向きを変えろ! そこへ新しい口を作らせるな!」
「了解!」
鉄哲は、拳を引いた。
ギャラティカの腕に、小さな口が開く。
その瞬間、鉄哲は腕を引き、身体を回転させた。
肩をぶつける。
装甲が揺れる。
ギャラティカが体勢を崩す。
その横から、切島が踏み込んだ。
「レッドライオット!」
硬化した拳が、ギャラティカの肘へ叩き込まれる。
金属装甲の継ぎ目が、大きくずれた。
ギャラティカの腕が、わずかに下がる。
その隙に、鉄哲が鋼鉄の肩を突き入れた。
身体ごと押し込む。
ギャラティカの重心が、後ろへずれた。
「よっしゃあ!」
鉄哲が叫ぶ。
「どうだ!」
切島も笑った。
「いい感じだぜ!」
だが、天喰は笑わなかった。
装甲の奥で、黒い裂け目が動いていたからだ。
「二人とも、離れて!」
天喰が叫ぶ。
次の瞬間、ギャラティカの腕から、複数の口が開いた。
吸引。
切島の拳と、鉄哲の肩が引き寄せられる。
「またかよ!」
切島は即座に硬化を解除した。
腕が吸引から離れる。
鉄哲は、鋼鉄の身体を維持したまま、身体を捻った。
しかし、吸引は強かった。
彼の身体が、地面を削りながら引きずられる。
「鉄哲!」
天喰が触手を伸ばした。
鉄哲の腰へ巻きつける。
同時に、切島も硬化した腕で地面を掴み、天喰の触手を押さえた。
さらに、ファットガムが走り込む。
「三人まとめて引っ張られるんは、勘弁してや!」
ファットガムは、地面に足を踏み込み、蓄積した衝撃を短く放出した。
身体が後方へ跳ねる。
鉄哲の身体が、横へ流される。
切島が、天喰の触手を引く。
四人の力が、一瞬だけ同じ方向へ働いた。
鉄哲の身体が、ギャラティカの吸引圏から外れた。
全員が、地面へ転がる。
鉄哲は、仰向けのまま荒く息を吐いた。
「……やべえな、こいつ!」
切島が笑った。
「だろ? だから、俺たちだけじゃ勝てねえんだよ!」
「なら、四人で勝ちゃいい!」
鉄哲は、すぐに立ち上がった。
その言葉に、天喰は顔を上げた。
四人で勝つ。
自分ひとりで勝つのではない。
自分の《再現》だけで勝つのでもない。
ファットガムの衝撃。
切島の硬化。
鉄哲の鋼鉄。
そして、自分の《再現》。
それぞれの力は違う。
弱点も、得意なことも違う。
だが、その違いがあるからこそ、できることがある。
天喰は、ゆっくりと立ち上がった。
「……そうですね」
彼は、ギャラティカを見据えた。
「四人で、勝ちます」
三 似ている二人、違う二人
ギャラティカは、ゆっくりと身体を持ち上げた。
先ほどまでへこんでいた装甲が、少しずつ元の形へ戻っていく。
吸収した金属が、必要な場所へ移動しているのだ。
腕の装甲を厚くし、脚部の構造を変え、背中の口を増やす。
その身体には、鉄哲の鋼鉄に似た特徴が現れていた。
切島の攻撃を受けた場所には、硬化した表面に似た装甲が重ねられている。
天喰の《再現》によって生み出された甲殻や鋏も、形を変えて組み込まれていた。
まるで、四人がこれまでに使った力を、すべて自分の身体へ集めているかのようだった。
「……僕たちの攻撃が、あいつの身体を作っている」
天喰がつぶやいた。
「せやな」
ファットガムが答えた。
「せやけど、あいつの身体が大きくなったところで、あいつが何でもできるようになったわけやない」
「どういうことですか?」
「取り込んだものを使えることと、使いこなせることは違う、いうことや」
ファットガムは、ギャラティカの身体を観察した。
「相手の力を自分のもんにしたつもりでも、使いどころを間違えたら、ただの邪魔になることもある」
切島が、拳を握った。
「確かに、硬いだけじゃ戦えねえ」
鉄哲も、鋼鉄の腕を見つめた。
「鋼鉄だって、ただ頑丈なだけじゃどうにもならねえ。いつ踏み込むか、どこで受けるか、どうやって仲間と動くかが大事なんだ」
天喰は、二人を見た。
似ているようで、違う。
切島も、鉄哲も、身体を強くする能力を持っている。
だが、切島は硬化を必要な瞬間に集中させ、攻撃を受け流しながら動く。
鉄哲は鋼鉄の身体と重量を活かし、相手の動きを押さえ、重い攻撃を受け止めながら前へ進む。
同じように身体を守る力でも、そこから生まれる戦術は異なっていた。
そして、その違いを理解しているからこそ、二人は連携できる。
「鉄哲くん」
天喰が呼んだ。
「さっき、ギャラティカがあなたの鋼鉄を吸収しようとしたとき、何か感じませんでしたか?」
「何かって?」
「身体が引き寄せられたときです。鋼鉄の状態を維持することが、吸収に影響しているかどうか……」
鉄哲は、少しだけ考えた。
「そうだな……。俺の身体が鋼鉄になっているとき、あいつの口は、その表面を狙っていた」
「やっぱり……」
「でも、俺が動こうとするたびに、吸い込まれる力が変わる感じがしたぜ」
天喰は、目を見開いた。
「動こうとするたびに?」
「ああ。俺が踏ん張ってると、引っ張られる力が強くなった。逆に、身体を捻ったり、横へ動いたりすると、一瞬だけ吸引の向きが変わる」
天喰は、ギャラティカを見た。
吸収。
相手を引き寄せる力。
そして、対象の特徴を取り込むための動作。
そのすべてが、完全に独立しているわけではないのかもしれない。
吸収する対象が強く抵抗すれば、口はその対象を捉え続ける必要がある。
その間、別の動作に回せる力が減る。
あるいは、吸引の向きを調整するために、口の動きが制限される。
確かなことは、まだ分からない。
しかし、相手が吸収しようとする瞬間に、別の方向へ力を加えれば、動きを乱せる可能性がある。
「……ありがとうございます、鉄哲くん」
「おう? 何の話だ?」
「あなたの話で、ひとつ思いつきました」
天喰は、ファットガムと切島を見た。
「ギャラティカは、何かを喰らうとき、その対象を捉え続けなければいけない。なら、その瞬間に別の場所から力を加えれば、吸収の動きを乱せるかもしれません」
「さっきも、それはやったな」
切島が言った。
「はい。でも、今度は、もっと意図的にやります」
天喰は、両腕を構えた。
「ギャラティカに、複数の対象を同時に喰らわせるんです」
ファットガムが、目を細めた。
「吸収する場所を増やして、処理を分散させるわけやな」
「そうです。ギャラティカは、取り込んだものを身体へ組み込むことができます。でも、全部を同じ瞬間に、完璧に使いこなせるとは限りません」
天喰は、ギャラティカの背中を見た。
「なら、僕たちが、それぞれ違う方向から異なる力をぶつけます。吸収を狙わせる場所を分散させて、身体の再構成を乱す」
「ええやん!」
ファットガムが笑った。
「それやったら、ワシの衝撃も、切島の硬化も、鉄哲の鋼鉄も、同じ使い方をせんで済む」
「ただし」
天喰は、表情を引き締めた。
「失敗すれば、あいつに、僕たちの力をまとめて取り込まれる危険があります」
切島が、うなずいた。
「そのときは、すぐに離れる。無理に力比べをしない」
鉄哲も拳を握った。
「吸収しようとした瞬間に、こっちも動きを変える。そういうことだな!」
「はい!」
四人は、互いの顔を見た。
作戦は、危険だった。
相手の能力に依存する以上、予想どおりにいく保証はない。
しかし、今までのように個別に攻撃を仕掛けていては、ギャラティカの身体を強くするだけだ。
戦い方を変えなければならない。
自分たちの力をただぶつけるのではなく、相手が力を吸収する瞬間を利用する。
そして、相手の身体に取り込まれる前に、次の行動へ移る。
四人は、同時に走り出した。
四 四つの力、四つの戦い方
最初に動いたのは、鉄哲だった。
「おおおおおおッ!」
全身を鋼鉄へ変化させ、地面を蹴る。
目指すのは、ギャラティカの左脚。
正面から突進するのではない。
倒れた鋼材を踏み台にし、空中で身体を捻って、側面から肩を叩き込む。
鋼鉄の身体が、装甲へ激突した。
ギャラティカの左脚が、わずかに揺れる。
その瞬間、脚部の口が開いた。
鉄哲の身体を吸収しようとする。
「来たな!」
鉄哲は、身体を捻った。
吸引に逆らうのではなく、脚部に接触させていた肩を横へずらす。
鋼鉄の表面が口から外れる。
身体が引き寄せられる力を、次の動きへ利用する。
鉄哲は、ギャラティカの脚を蹴り、後方へ跳ねた。
吸引が空振りする。
その直後、ギャラティカの左脚に生まれた口が、鋼材を吸い込み始めた。
身体の装甲が変化する。
脚部へ新たな金属が移動する。
それを見て、天喰が動いた。
「今です!」
天喰は翼を展開し、上空へ飛び上がる。
両腕から触手を射出。
一本は、ギャラティカの肩へ向けて。
もう一本は、背中の口の縁へ向けて。
だが、直接巻きつけることはしない。
触手を伸ばして、口の縁を掠める。
そして、すぐに解除した。
吸収の動きが始まる。
ギャラティカの背中にある口が、天喰の触手の特徴を取り込もうと反応した。
その瞬間、天喰は別の能力を再現していた。
今度は、鳥の翼ではない。
甲殻類の脚部。
空中で身体を回転させ、ギャラティカの肩へ蹴りを叩き込む。
すぐに解除。
そのまま落下し、別の場所へ着地する。
ギャラティカの背中が、わずかに揺れた。
触手を吸収しようとした口と、金属を吸収しようとした口が、同時に動いていたためだ。
その一瞬を、ファットガムが見逃さなかった。
「ほな、こっちもいくで!」
ファットガムは、身体に蓄積していた衝撃を、片方の脚へ集中させた。
地面を蹴る。
身体が、横へ飛ぶ。
ギャラティカの右側面へ回り込む。
そして、拳を振り抜いた。
狙いは、装甲の厚い胴体ではない。
口が何度も開閉していた、肩と胸の間の継ぎ目だった。
衝撃が、そこへ叩き込まれる。
装甲が、ぐらりと揺れた。
ギャラティカの右腕が、反射的に動く。
肩の口が開き、ファットガムの拳を吸収しようとする。
しかし、ファットガムはすでに後退していた。
拳を引く。
身体を捻る。
足元へ小さな衝撃を放出する。
吸引が追いつく前に、距離を取った。
その瞬間、切島が踏み込んだ。
「レッドライオット!」
全身を硬化。
両腕へ力を集中させる。
今度の狙いは、ギャラティカの右腕の装甲。
ファットガムの攻撃で継ぎ目がずれた場所だった。
切島は、硬化した拳を一撃だけ叩き込む。
金属音。
装甲が、大きくへこんだ。
その表面に、口が開く。
吸収。
切島は、即座に硬化を解除した。
拳が軽くなる。
吸引の対象が消える。
そして、再び硬化。
今度は、攻撃するためではなく、足元へ突き立てるためだった。
地面が砕ける。
切島は、その反動を利用して、身体を横へ跳ねさせた。
ギャラティカの腕が、空を切る。
「よし!」
切島が叫んだ。
四人の攻撃は、確実にギャラティカの身体へ影響を与えていた。
しかし、敵はまだ倒れない。
むしろ、四人の攻撃に合わせて、身体の変化を速めていた。
右腕へ金属を集中させる。
左脚へ甲殻を重ねる。
背中の口から、衝撃を吐き出す。
胴体の装甲を薄くし、別の場所へ金属を移動させる。
ひとつの身体が、めまぐるしく形を変えていく。
「……やっぱり、簡単にはいかねえな!」
鉄哲が、鋼鉄の拳を構え直した。
「だが、今までより動きが乱れている!」
天喰が叫ぶ。
「吸収と再構成が、追いついていません!」
「なら、もっと攻めるで!」
ファットガムが走り出す。
切島と鉄哲も、同時に動いた。
四人は、それぞれ異なる方向から、ギャラティカへ迫る。
鉄哲は、鋼鉄の身体で重心を崩す。
切島は、硬化を瞬間的に集中させて装甲を砕く。
ファットガムは、衝撃を小分けに使って吸引の方向を乱す。
天喰は《再現》を使い分け、三人の攻撃が通る場所を作る。
攻撃が重なる。
金属音が響く。
地面が砕ける。
吸引が乱れる。
ギャラティカの身体が、初めて大きく後退した。
背中の巨大な口が、ゆっくりと閉じる。
装甲の一部が、剥がれ落ちる。
「今だ!」
切島が叫んだ。
鉄哲が、鋼鉄の拳を握りしめる。
ファットガムが、残された衝撃を身体へ集中させる。
天喰は、翼を広げた。
四人の力が、ひとつの攻撃へ集まっていく。
――しかし。
「まだだ」
ギャラティカの声が響いた。
身体の中央に、黒い口が開いた。
その口は、今までのどの口よりも深かった。
そして、四人の攻撃を、すべて吸い込もうとした。
「なっ……!」
天喰の顔色が変わった。
衝撃が、吸い込まれていく。
鋼鉄の拳が、吸い寄せられる。
硬化した腕が、黒い裂け目へ引き込まれる。
ファットガムの拳も、例外ではなかった。
四人の攻撃が、同時に喰らわれようとしていた。
「全員、離れろ!」
天喰が叫んだ。
切島は、即座に硬化を解除した。
鉄哲は、鋼鉄の身体を維持したまま、身体をひねる。
ファットガムは、蓄積した衝撃を足元へ放出した。
四人の身体が、別々の方向へ弾ける。
黒い口が、空を切った。
だが、その奥で。
吸い込まれた攻撃の性質が、渦を巻いていた。
衝撃。
鋼鉄。
硬化。
《再現》によって生まれた特徴。
それらが、ギャラティカの身体へ取り込まれようとしている。
「……そんな」
天喰は、息を呑んだ。
四人が連携して作り出した攻撃。
そのすべてを、相手は自分の力へ変えようとしている。
ギャラティカの身体が、再び大きく膨張した。
背中に、巨大な鋼鉄の板が生まれる。
両腕は、硬化した岩のような表面へ変化する。
胴体の中央には、天喰の《再現》によって生まれた甲殻に似た装甲が浮かび上がった。
四人の攻撃が、敵の新たな姿を作ってしまったのだ。
「……くそっ!」
切島が、拳を握りしめた。
鉄哲は、鋼鉄の腕を見つめた。
ファットガムは、険しい表情でギャラティカを見上げた。
そして、天喰は。
自分の力が、相手の身体へ組み込まれていくのを見ていた。
自分が再現した特徴が。
自分が選んで使った能力が。
自分が仲間と連携するために使った力が。
ギャラティカの身体の一部になっている。
それは、彼が恐れていた光景だった。
しかし、ギャラティカは、そこで止まらなかった。
新しい腕を持ち上げる。
鋼鉄と硬化と甲殻が混ざり合った、巨大な腕。
その表面には、無数の口が開いていた。
「素晴らしい」
ギャラティカが言った。
「おまえたちは、私に多くのものを与えてくれた」
天喰の胸が、冷たくなる。
「おまえたちの強さも、戦い方も、互いを守ろうとする意思も」
ギャラティカの身体が、さらに膨張した。
「すべて、私の中にある」
そして、口元が歪む。
「ならば、もう必要ないだろう」
巨大な腕が、四人へ振り下ろされた。
五 使い切ることと、使い捨てること
地面が砕けた。
四人は、それぞれ別の方向へ飛び退いた。
巨大な腕が地面へ激突し、周囲の瓦礫が宙へ舞う。
その表面に開いた口が、瓦礫を吸い込む。
装甲の一部が、さらに厚くなっていく。
「……こいつ、どこまで喰らう気だよ!」
鉄哲が叫んだ。
「食べるもんがなくなるまで、やろな」
ファットガムは、荒い呼吸を整えながら答えた。
「せやけど、あいつの身体は、もう取り込んだもんでいっぱいになっとる」
「いっぱいになってる?」
切島が聞き返す。
「見てみい。装甲があちこちで重なり合っとる。鋼鉄の部分と、甲殻の部分と、硬化した表面に似た部分。どれも、別々の性質を持っとる」
ファットガムは、ギャラティカを見据えた。
「使える特徴を集めとるつもりなんやろうけど、全部を一度に使いこなすんは難しいはずや」
天喰は、ギャラティカの身体へ目を凝らした。
確かに。
装甲の重なり合った部分は、滑らかではなかった。
金属の板が互いに干渉し、甲殻のような装甲が動きを制限している。
胴体の口が開くたび、背中の金属板が揺れる。
腕を振り下ろすと、脚部の装甲が一瞬だけ沈む。
吸収したものを組み込むことはできても、すべての特徴を完全に統合できているわけではない。
それぞれの力が、互いに別の方向へ働いているのだ。
「……そうか」
天喰は、つぶやいた。
「ギャラティカは、僕たちの能力を取り込んでいます。でも、それぞれの能力が本来持っている使い方まで、理解しているわけじゃない」
「どういうことだ?」
鉄哲が尋ねる。
「僕たちの能力は、ただ身体を硬くしたり、鋼鉄にしたり、衝撃を受けたりするだけじゃない」
天喰は、切島を見た。
「切島くんの《硬化》は、必要な瞬間に強度を集中させ、攻撃を受け流すためにも使える」
次に、鉄哲を見る。
「鉄哲くんの《スチール》は、鋼鉄の身体と重量を活かして、相手の位置を動かしたり、強い攻撃を受け止めたりできる」
そして、ファットガムを見る。
「ファットガムさんの個性は、受けた衝撃を蓄積し、タイミングを見て反撃へ変えるものです」
天喰は、ギャラティカを見据えた。
「でも、ギャラティカが取り込んだのは、それぞれの特徴だけです。僕たちが、その能力をどう使ってきたか。そのために、どんな判断をしてきたか。何を守るために、その力を使ってきたかまでは、取り込めない」
ファットガムが、ゆっくりとうなずいた。
「せやな」
切島が拳を握る。
「だったら、もう一度やるしかねえ!」
鉄哲も、笑った。
「おう! 今度は、もっと工夫してな!」
しかし、天喰はすぐには動かなかった。
彼の胸には、まだ疑念が残っていた。
ギャラティカが取り込んだのは、能力の特徴だけ。
そう言い切ることは簡単だ。
しかし、自分だって、食べたものから特徴を得ている。
自分の身体ではないものを、自分の身体に再現する。
他者が持っていたものを、自分の力として使う。
その点では、やはり似ている。
ギャラティカは、そこを突いてくる。
おまえも同じではないのか、と。
天喰は、ゆっくりと自分の手を見つめた。
この手で、タコの触手を使う。
この腕で、甲殻類の鋏を使う。
この身体で、鳥の翼を使う。
自分は、何度もそれを繰り返してきた。
食べたものの特徴を再現し、戦い、誰かを守ろうとしてきた。
その行為を、今まで疑ったことはなかった。
しかし、ギャラティカと戦ってから、疑うようになった。
自分は、本当に、力を正しく使っているのか。
誰かの特徴を、自分のものとして使うことは、何を意味するのか。
その問いに、今すぐ答えを出すことはできない。
けれど。
ひとつだけ、分かることがあった。
自分は、食べたものの特徴を、自分だけのものにするために《再現》を使っているわけではない。
何かを奪ったことを誇るためでもない。
自分が強くなることだけを目的にしているわけでもない。
自分は、選んでいる。
どの特徴を使うのか。
いつ使うのか。
何を守るために使うのか。
その判断を、毎回、自分で引き受けている。
そして、その判断の結果を、仲間と共有している。
「……僕は」
天喰は、ゆっくりと顔を上げた。
「僕は、あなたと同じように、すべてを自分のものにしたいわけじゃありません」
ギャラティカが、彼を見た。
「自分の力にできるものを、全部取り込めばいいとは思わない」
天喰は、拳を握りしめた。
「自分が使えるからといって、何でも使っていいわけじゃない」
その声に、迷いは残っていた。
しかし、それでも彼は続けた。
「僕は、使った力に責任を持ちたい。自分の判断で誰かを傷つけたなら、その結果から逃げたくない。誰かに助けてもらったなら、その助けを当たり前のものにしたくない」
天喰は、ファットガムを見た。
切島を見た。
鉄哲を見た。
「僕ひとりでは、できないことがある。僕の個性だけでは、届かない場所がある」
その言葉を、彼は初めて、弱さではないものとして口にした。
「だからこそ、仲間の力を受け取るんです」
ギャラティカは、黙っていた。
「受け取ることは、相手を自分のものにすることじゃない」
天喰は、一歩踏み出した。
「相手が自分とは違う存在だと分かったうえで、その力を借りることです。そして、その力をどう使うのかを、自分で選ぶことです!」
ギャラティカの身体に、無数の口が開く。
「言葉だけなら、何とでも言える」
「……そうですね」
天喰は、うなずいた。
「だから、見せます」
彼は、身体を構えた。
「僕たちの力が、ただ集まっただけではないことを!」
その声を合図に、ファットガム、切島、鉄哲が動いた。
六 四人でしかできないこと
「鉄哲! 右の肩や!」
ファットガムが叫ぶ。
「任せろ!」
鉄哲は、全身を鋼鉄へ変化させた。
地面を蹴る。
ギャラティカの右側へ回り込む。
金属装甲が振り下ろされる。
鉄哲は、鋼鉄の腕でそれを受け止めた。
激突。
衝撃が、腕から肩へ伝わる。
身体が後退しかける。
だが、鉄哲は踏みとどまった。
「うおおおおおッ!」
そのまま、装甲を押し返す。
ギャラティカの右腕が、わずかに上がった。
そこへ、切島が飛び込む。
「レッドライオット!」
硬化した拳が、装甲の下側へ叩き込まれる。
狙いは、鉄哲が押し上げたことで露出した継ぎ目。
装甲が、大きくずれた。
口が開く。
切島は、即座に拳を引いた。
その瞬間、ファットガムが身体を捻った。
「ほな、次はこっちや!」
蓄積した衝撃を、足元へ小さく放出する。
身体が、斜め前へ跳ねる。
ギャラティカの胴体へ、肩から激突した。
装甲が揺れる。
吸引の向きが変わる。
胴体の口が、ファットガムを吸い込もうと開いた。
しかし、ファットガムは、すでに身体を回転させていた。
吸引の流れに沿って滑り、口の正面から離れる。
その動きによって、ギャラティカの吸引が、わずかに右へ逸れた。
天喰は、その一瞬を待っていた。
翼を展開。
空中へ跳び上がる。
両腕から触手を射出。
一本はギャラティカの左肩へ。
もう一本は右脚へ。
触手を巻きつける。
しかし、力ずくで引っ張ることはしない。
ギャラティカの身体が吸引を始めた瞬間、触手の一方を解除。
残された一本を使って、身体の軌道を横へ変える。
そのまま空中を旋回し、ギャラティカの背後へ回り込む。
背中には、巨大な口。
その周囲には、無数の小さな口。
天喰は、鋏を再現した。
だが、口を攻撃しない。
鋏の刃を、背中の装甲の継ぎ目へ差し込む。
そして、横へ捻る。
装甲が、わずかに浮いた。
その瞬間。
「今や、天喰!」
ファットガムが叫んだ。
天喰は、鋏を解除した。
ギャラティカが、吸収しようと口を開く。
しかし、そこに鋏はない。
吸収が空振りした。
その一瞬に、切島が踏み込む。
硬化した拳を、浮いた装甲の下へ叩き込む。
金属装甲が、大きく跳ね上がった。
鉄哲が、すかさず両腕を伸ばす。
鋼鉄の手で、装甲の端を掴む。
「おおおおおッ!」
引く。
装甲が、さらに持ち上がる。
ギャラティカの背中にある巨大な口が、露わになった。
黒い裂け目。
その奥には、渦巻く暗闇が広がっている。
口が、激しく開閉した。
四人の攻撃を吸収しようとする。
だが、鉄哲は装甲を掴んだまま離さない。
「てめえの好きには、させねえ!」
鋼鉄の腕が、軋む。
装甲が、鉄哲の身体を引き寄せようとする。
吸引が強まる。
鉄哲は、歯を食いしばった。
「切島!」
「分かってる!」
切島は、硬化した腕を地面へ突き立てた。
鉄哲の背後へ回り込み、彼の腰を掴む。
鉄哲の身体が、吸引へ引きずられるのを防ぐ。
さらにファットガムが、二人の後ろへ回った。
「まとめて引っ張られるんは、もう勘弁やで!」
彼は、身体に蓄積した衝撃を、小さく連続して放出した。
足元が跳ねる。
三人の身体が、わずかに後方へ移動する。
装甲は、まだ持ち上がったままだった。
天喰は、その前方へ着地した。
両腕に触手を再現。
装甲の端へ巻きつける。
四人が、同時に力を込めた。
鉄哲が鋼鉄の腕で装甲を掴む。
切島が硬化した身体で支える。
ファットガムが衝撃を利用して、吸引の流れを乱す。
天喰が触手を引く。
四人の力が、別々の役割を果たしながら、一つの動きになっていく。
装甲が、大きく剥がれた。
ギャラティカの背中の巨大な口が、完全に露出する。
「――っ!」
天喰は、目を見開いた。
口の奥に、何かが見えた。
黒い渦の中心。
そこに、小さな光があった。
金属でも、甲殻でも、衝撃でもない。
何かの欠片。
それは、ギャラティカの身体の奥に、ずっと埋め込まれていたかのように見えた。
天喰が、その正体を確かめようとした瞬間。
ギャラティカが、叫んだ。
「触れるな!」
初めてだった。
それまで、冷静に問いを突きつけてきたギャラティカが、明確な怒りを見せたのは。
その声とともに、背中の口が暴れ始めた。
吸引が、激しく乱れる。
剥がれかけた装甲が、再び引き寄せられる。
鉄哲の鋼鉄の腕が、口へ引き込まれそうになる。
「うおっ……!」
切島が、彼の腰を強く掴む。
ファットガムが、衝撃を放出する。
天喰は触手を解除した。
四人は、同時に後方へ飛び退く。
剥がれた装甲が、口の奥へ吸い込まれた。
背中の巨大な口が、再び装甲に覆われる。
ギャラティカの身体が、ゆっくりと立ち上がった。
その姿は、先ほどよりも歪んでいた。
複数の特徴が重なり合い、装甲の一部が不規則に盛り上がっている。
身体のあちこちで、口が開閉していた。
そして、ギャラティカは、天喰だけを見ていた。
「……何を見た?」
低い声。
天喰は、すぐには答えなかった。
「私の中に、何があると見た?」
ギャラティカの拳が、握りしめられる。
天喰は、彼を見返した。
「分かりません」
正直に答えた。
「ただ、あなたが、そこに触れられたくないと思っていることは分かりました」
ギャラティカの口が、歪む。
「黙れ」
「あなたは、僕たちに何度も問いかけた」
天喰は、一歩前へ出た。
「力を得ることと、他者を喰らうことは何が違うのか。受け取ることと、奪うことは何が違うのか」
拳を握る。
「でも、あなた自身は、自分が何を守ろうとしているのか、話そうとしない」
「黙れと言った!」
ギャラティカが踏み込んだ。
地面が砕ける。
巨大な腕が、天喰へ迫る。
天喰は翼を展開。
身体を横へ滑らせる。
拳が、彼のいた場所を砕いた。
天喰は着地する。
ギャラティカが、続けて攻撃を仕掛ける。
右腕。
左腕。
背中の口から、金属の棘。
天喰は、すべてをかわそうとした。
だが、ギャラティカの動きは、先ほどまでとは違っていた。
攻撃の軌道が荒い。
吸引の向きが、統一されていない。
装甲の再構成も、無理に進めているように見えた。
まるで、冷静に戦うことよりも、何かを守ることを優先しているかのようだった。
「……ギャラティカ」
天喰は、息を荒げながらつぶやいた。
「あなたは……何を、そんなに恐れているんですか?」
「黙れ!」
再び、巨大な拳が振り下ろされた。
天喰は、鋏を再現した。
拳の軌道を受け流す。
すぐに解除する。
触手を伸ばし、地面へ打ち込む。
身体を引き、回避。
その間に、切島が飛び込んだ。
「天喰、下がれ!」
硬化した拳が、ギャラティカの腕へ叩き込まれる。
鉄哲も続く。
鋼鉄の肩で、胴体へ突進する。
ファットガムは、横から蓄積した衝撃を放ち、吸引の向きを乱す。
四人の攻撃が、ギャラティカを押し戻した。
しかし、今度のギャラティカは、守りに回らなかった。
受けた攻撃を吸収する。
装甲へ変える。
衝撃を蓄積する。
そして、無理やり反撃へ転用する。
その動きは、明らかに不安定だった。
だが、攻撃の威力だけは増していた。
巨大な拳が、四人を襲う。
天喰は、翼で回避。
切島は、硬化した腕で受け流す。
鉄哲は、鋼鉄の身体で真正面から受け止める。
ファットガムは、衝撃を受け、身体へ蓄積する。
四人が、それぞれの能力で、何とか攻撃をしのぐ。
しかし、誰も反撃の隙を見つけられなかった。
ギャラティカの身体は、暴走するように変化し続けていた。
背中の巨大な口が、再び開く。
その奥で、小さな光が揺れた。
ギャラティカは、それを隠すように、身体を丸めた。
「……やめろ」
その声は、先ほどよりも小さかった。
「何も、見るな……!」
天喰は、その声を聞いた。
暴食の化身。
何もかもを喰らい、自分の力に変える存在。
そのギャラティカが、何かを隠そうとしている。
喰らうことをやめられない者が。
自分の中にある何かだけは、見られたくないと願っている。
天喰は、ゆっくりと拳を握った。
その正体を、今すぐ知ることはできない。
だが、この戦いの先に、それがある。
ギャラティカが何を喰らい、何を取り込んできたのか。
何を求めて暴食を続けているのか。
そして、何を失うことを恐れているのか。
その答えを、次の戦いで確かめなければならない。
「……ファットガムさん」
天喰は、静かに言った。
「切島くん、鉄哲くん」
三人が、天喰を見た。
「次で、決着をつけます」
その声は、強かった。
だが、焦りはなかった。
天喰は、ギャラティカを見据えた。
「あなたが何を恐れているのか。あなたが何を喰らってきたのか。僕は、それを知りたい」
ギャラティカの口が、ゆっくりと開いた。
「ならば、近づいてみろ」
巨大な腕が、持ち上がる。
「おまえたちが、何を受け取ってきたのか」
背中の口が、暗く輝いた。
「そのすべてを喰らい尽くすまで、私は止まらない」
天喰は、一歩前へ出た。
切島が、隣に並ぶ。
鉄哲が、その反対側へ並ぶ。
ファットガムが、三人の後ろへ立った。
四人は、ギャラティカを見据えていた。
勝利は、まだ遠い。
敵は、強い。
自分たちの力を吸収し、その特徴を組み合わせ、さらなる力へ変えてくる。
しかし。
彼らは、もう自分たちの力だけを見てはいなかった。
誰が何をできるのか。
誰がどこで支えられるのか。
誰がどの瞬間に動けば、仲間の力を活かせるのか。
そのすべてを、互いに理解し始めていた。
天喰は、深く息を吸った。
自分ひとりでは、届かない場所がある。
自分ひとりでは、答えを出せないことがある。
それでも、自分はひとりではない。
仲間から力を受け取ること。
その力を、仲間のために使うこと。
そして、受け取ったものの責任を、自分の意思で引き受けること。
それが、自分の選んだ戦い方だった。
天喰は、ギャラティカへ向けて走り出した。
切島も、鉄哲も、ファットガムも続く。
四人の足音が、崩れた工業地帯へ響く。
そして、ギャラティカの背中にある巨大な口が、再び開いた。
その奥で、小さな光が揺れる。
ギャラティカは、それを守るように腕を広げた。
暴食の化身が、初めて何かを守ろうとしていた。
その事実を、天喰は見逃さなかった。
次の戦いで、すべてが明らかになる。
何を喰らい続けてきたのか。
何を得ようとしていたのか。
そして、喰らうことでしか満たされない者に、何が残るのか。
天喰環は、仲間とともに、最後の戦いへ踏み込んだ。