僕のヒーローアカデミア 原罪   作:神代シン

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第三十九話「歴代継承者の答え」

一 受け継いだものの重さ

 安寧システムの残骸が、不規則に明滅していた。

 

 床を走る光の線が、複雑な幾何学模様を描いている。

 

 その中心で、オール・フォー・ワンがゆっくりと立ち上がった。

 

 胸部の装甲には亀裂が走り、右腕は一度の戦闘では完全に立て直せないほど損傷している。

 

 しかし、彼の顔から余裕は消えていなかった。

 

「なるほど。君たちは、私が想定していた以上に厄介な存在になったようだ」

 

 彼は、目の前に並ぶ歴代継承者たちを見渡した。

 

「肉体を失った者たちが再び現れ、かつての能力を使って戦う。記録の再生ではなく、実体を伴った再出現。これほどの現象を可能にする仕組みがあるとはね」

 

「お前が知りたがっているのは、私たちがどうやって戻ったかということか?」

 

 工藤が問う。

 

「もちろん。それと同時に、君たちが何を守るために戻ってきたのかも知りたい」

 

 オール・フォー・ワンは、微笑んだ。

 

「死者にとって、過去はすでに終わったものだ。人生も、選択も、結果も、覆ることはない。それなのに、なぜ君たちは、わざわざ現在へ戻ってくる?」

 

 与一が、静かに答えた。

 

「戻ってきた理由は、ひとつではないよ」

 

「ほう?」

 

「兄さんを止めたい。生きている人たちが、自分の未来を選べるようにしたい。それに……僕たち自身が、もう一度、自分の意思で選びたいんだ」

 

 オール・フォー・ワンの笑みが、わずかに深くなった。

 

「選択、か。君は、本当にその言葉が好きだね」

 

「兄さんは、嫌いなんだね」

 

「選択には、無駄が多い」

 

 オール・フォー・ワンは、あっさりと言った。

 

「人間は何度も迷い、間違い、後悔する。同じ問題に異なる答えを出し、衝突し、傷つけ合う。合理的な解決策が目の前にあっても、感情に引きずられてそれを拒むことさえある」

 

 彼は、安寧システムの残骸へ視線を向けた。

 

「だからこそ、この仕組みには価値がある。人間の願いを理解し、衝突を減らし、もっとも安定した未来へ導く。無用な争いも、回避できた悲劇も、減らせるかもしれない」

 

「誰が、その未来を決める?」

 

 菜奈が尋ねた。

 

「私だ」

 

 答えは、即座だった。

 

 菜奈は、静かに目を細めた。

 

「そう。それなら、やはり駄目ね」

 

「なぜ?」

 

「あなたは、誰もが自分とは違う願いを持つことを理解している。なのに、その違いを残そうとはしないから」

 

 彼女は、オールマイトの横へ歩み寄った。

 

「違う願いがぶつかるのは、確かに苦しいことよ。時には、どちらを選んでも誰かが傷つくこともある」

 

 菜奈は、拳を握った。

 

「でも、その苦しみがあるからといって、他人の未来をあなたが決めていいことにはならない」

 

「では、誰もが望む未来を手に入れられないまま、苦しみ続けることを認めるのか?」

 

「認めるのではないわ。そこから逃げずに、どうすればいいか考えるのよ」

 

 オール・フォー・ワンは、笑った。

 

「美しい答えだ。だが、あまりにも非効率的だね」

 

 その瞬間、彼の背中から複数の腕が伸びた。

 

「ならば、君たちの答えがどこまで通用するのか、もう一度試そう」

 

 腕の先端が、鋭い突起へ変形する。

 

 オールマイトが、拳を構えた。

 

「歴代の皆さん!」

 

 彼は、背後を振り返らなかった。

 

「今度は、私が前へ出ます!」

 

「好きにしろ!」

 

 グラントリノが叫ぶ。

 

「ただし、ひとりで突っ込みすぎるなよ、俊典!」

 

「分かっています!」

 

 オールマイトが踏み込んだ。

 

 同時に、歴代継承者たちが動き出した。

 

 戦いが再開された。

 

二 初代の意思、二代目の一撃

 最初にオール・フォー・ワンへ到達したのは、オールマイトだった。

 

 拳を握り、身体を低くする。

 

 床を蹴り、加速。

 

 右腕を大きく振りかぶる。

 

「SMASH!」

 

 拳が、オール・フォー・ワンの頭部を狙った。

 

 だが、敵は動かなかった。

 

 頭部の装甲が硬化し、拳を受け止める。

 

 衝撃が広がる。

 

 同時に、左右から複数の腕が伸びた。

 

 ひとつはオールマイトの肩へ。

 

 ひとつは腰へ。

 

 残る腕は、背後へ回り込むように伸びてくる。

 

 包囲。

 

 オールマイトは、すぐに右腕を引いた。

 

 腕のひとつを掴み、身体をひねる。

 

 相手の力を利用して、自分の身体を横へ回転させる。

 

 そのまま、伸びてきた腕の上を飛び越えた。

 

 背後へ着地。

 

 すぐに振り返る。

 

 だが、オール・フォー・ワンは、すでに次の攻撃を準備していた。

 

 地面から、金属の突起が生える。

 

 複数の突起が、オールマイトの足元を狙う。

 

「俊典、下だ!」

 

 四ノ森が叫んだ。

 

 《危機感知》。

 

 危険の兆候が、四ノ森の意識へ流れ込んでくる。

 

 オールマイトは、足元へ視線を落とした。

 

 突起が伸びる直前に、地面を蹴る。

 

 身体が宙へ浮く。

 

 その瞬間。

 

「工藤!」

 

 ブルースが叫んだ。

 

「任せろ!」

 

 二代目継承者、工藤が踏み込む。

 

 彼は、空中へ飛び上がったオールマイトの足首へ、指先を触れさせた。

 

 《ギアシフト》。

 

 接触した対象の速度を変化させる個性が発動する。

 

 オールマイトの身体が、空中で一気に加速した。

 

「――ッ!」

 

 オールマイト自身も、その加速に合わせて身体をひねる。

 

 オール・フォー・ワンの背後へ、軌道を変えた。

 

 空中で拳を握る。

 

 そのまま、背中へ向けて突進する。

 

「SMASH!」

 

 拳が、背中の装甲へ叩き込まれた。

 

 衝撃が、敵の身体を前へ押し出す。

 

 オール・フォー・ワンの足が、床から離れた。

 

 工藤は、その動きを見ながら、拳を握り直した。

 

 自分の《ギアシフト》は、相手の速度を変化させる力だ。

 

 しかし、その力が何を生むかは、使う者と状況によって変わる。

 

 敵の動きを遅らせることもできる。

 

 仲間の動きを加速させることもできる。

 

 相手の攻撃の軌道を変えることもできる。

 

 そして、自分の意図を相手に押しつけずとも、その動きを支えることができる。

 

 工藤は、空中で体勢を立て直したオールマイトを見た。

 

「俊典!」

 

「分かっています!」

 

 オールマイトが、空中から踏み込む。

 

 工藤は、再び加速を補助する。

 

 だが、今回は最大限に速度を上げない。

 

 必要な分だけ、短く加速させる。

 

 その変化を、オールマイトは理解していた。

 

 加速を受けた身体を、無理に振り回さない。

 

 踏み込む方向を、最初から絞っておく。

 

 拳を、最短の軌道で振り抜く。

 

 オール・フォー・ワンは、腕を交差させた。

 

 だが、拳が防御の隙間へ入り込む。

 

 胸部へ直撃。

 

 敵の身体が、後方へ飛んだ。

 

 壁面が砕ける。

 

 オール・フォー・ワンは、瓦礫を押しのけながら立ち上がった。

 

「……なるほど。加速を使い切るのではなく、制御しながら攻撃へつなげたか」

 

 工藤が答えた。

 

「力は、強ければいいってもんじゃない」

 

 彼は、オール・フォー・ワンを見据えた。

 

「何のために使うかを間違えれば、強い力ほど危険になる」

 

「だが、君の力も、使い方を誤れば仲間を危険にさらすだろう?」

 

「そのとおりだ」

 

 工藤は、否定しなかった。

 

「だからこそ、俺たちは互いの動きを確認する。自分の力を使った結果がどうなるのか、相手が何を選ぶのか、それを見ながら戦う」

 

 彼は、拳を構えた。

 

「お前みたいに、相手の意思を無視して、すべてを自分の計画どおりに動かすためじゃない」

 

 オール・フォー・ワンは、しばらく黙っていた。

 

 そして、腕を広げた。

 

「ならば、その連携ごと崩してやろう!」

 

 背中の腕が、再び増殖するように伸びた。

 

 複数の腕が、工藤とオールマイトを同時に狙う。

 

 工藤は、すぐに動いた。

 

 オールマイトへ向かう腕を見極め、身体を横へ移動する。

 

 もう一方の腕が、工藤の背後へ回り込む。

 

 彼は、地面を蹴って飛び上がった。

 

 腕が、空を切る。

 

 その隙に、オールマイトが踏み込んだ。

 

 拳が、オール・フォー・ワンの腹部へ叩き込まれる。

 

 敵の身体が、再び後退した。

 

 しかし、今度はそのまま壁へ衝突する前に、腕を伸ばして体勢を立て直す。

 

 そのまま、空中から衝撃波を放った。

 

「全員、伏せろ!」

 

 グラントリノの声が響く。

 

 オールマイトは、身を屈めた。

 

 工藤は、横へ跳ぶ。

 

 ブルースも、身体を捻る。

 

 衝撃波が、彼らの頭上を通過した。

 

 床が、激しく揺れた。

 

 そして、オール・フォー・ワンの身体が、再び前へ動き出した。

 

三 三代目の拳、四代目の警告

「このままでは、攻撃の応酬になるだけだ!」

 

 ブルースが叫んだ。

 

 彼の足は、絶えず動いていた。

 

 前後左右への短い移動。

 

 身体を沈める動作。

 

 踏み込みの角度を変える動作。

 

 そのひとつひとつで、運動エネルギーを蓄積していく。

 

 《発勁》。

 

 身体の動きを重ねることで力を蓄え、必要な瞬間に解放する。

 

 ブルースは、その力を、ただ一撃の威力を高めるためだけには使わなかった。

 

 短い踏み込みで、相手との距離を詰める。

 

 蓄積を解放して、攻撃の方向を急に変える。

 

 拳を振り抜く直前に、体重移動の方向を切り替える。

 

 そのたび、オール・フォー・ワンの防御の狙いがずれていく。

 

 しかし、敵もまた、攻撃を見ていた。

 

「動きの反復によって、エネルギーを蓄積する」

 

 オール・フォー・ワンが、腕を振り上げた。

 

「興味深い。だが、蓄積のために動作を重ねるなら、その動作を制限すればいい」

 

 腕の表面に、複数の突起が生まれる。

 

 その突起が、ブルースの足元へ向けて射出された。

 

 床が砕ける。

 

 ブルースは、身体を捻った。

 

 突起の間をすり抜ける。

 

 しかし、別の突起が、背後から迫っていた。

 

「危ない!」

 

 四ノ森が叫ぶ。

 

 ブルースは、即座に横へ飛んだ。

 

 突起が、肩のすぐ横を通過する。

 

 彼は、空中で身体を丸め、着地と同時に踏み込んだ。

 

 蓄積した力を、一気に解放する。

 

「はああああッ!」

 

 拳が、オール・フォー・ワンの腕へ叩き込まれた。

 

 敵の腕が、わずかに下がる。

 

 その瞬間、四ノ森が動いた。

 

 《危機感知》が、新たな危険を告げていた。

 

 オール・フォー・ワンの身体の奥。

 

 胸部の装甲が、わずかに開いている。

 

 その隙間から、別の個性が発動しようとしていた。

 

「ブルース、下がれ!」

 

 四ノ森が叫ぶ。

 

 ブルースは、即座に後退した。

 

 直後、装甲の隙間から、圧縮された衝撃が爆発した。

 

 空気が、激しく震える。

 

 ブルースの身体が、後方へ押し戻された。

 

 四ノ森は、その攻撃を見ながら、顔をしかめた。

 

 《危機感知》は、敵の動きや悪意によって生まれる危険の兆候を知らせてくれる。

 

 だが、すべての危険を消し去るわけではない。

 

 危険を感じたからといって、常に回避できるとは限らない。

 

 警告を受け取った者が、どう動くのか。

 

 それが、結果を決める。

 

「……俊典!」

 

 四ノ森が叫ぶ。

 

「今の攻撃、連続しては使えない! あいつは、胸部の装甲を開いて衝撃を放つとき、身体の動きが一瞬だけ止まる!」

 

「分かりました!」

 

 オールマイトは、すぐに走り出した。

 

 オール・フォー・ワンが腕を振る。

 

 オールマイトは、正面から受けない。

 

 身体を低くし、腕の下を潜る。

 

 床から伸びる突起を、踏み砕く。

 

 そして、敵の胸部へ踏み込んだ。

 

 オール・フォー・ワンの装甲が、開き始める。

 

 四ノ森の警告どおりだった。

 

 衝撃を放つための動作。

 

 ほんの一瞬、身体の動きが止まる。

 

 オールマイトは、その瞬間を狙った。

 

 拳を、胸部へ叩き込む。

 

「SMASH!」

 

 衝撃が、敵の身体へ伝わる。

 

 装甲の開閉が乱れた。

 

 圧縮されていた衝撃が、制御を失い、床へ向けて放出された。

 

 床が砕ける。

 

 オール・フォー・ワンの身体が、揺れる。

 

 その隙に、ブルースが再び踏み込んだ。

 

 蓄積した運動エネルギーを、拳へ集中させる。

 

 身体を低くする。

 

 そして、敵の腹部へ突進した。

 

「これで、どうだ!」

 

 拳が、装甲へ叩き込まれる。

 

 敵の身体が、後方へ吹き飛んだ。

 

 ブルースは、拳を引きながら、静かに息を吐いた。

 

 自分は、力を受け継いだ。

 

 だが、その力がどこまで通じるのかを、最初から知っていたわけではない。

 

 戦いの中で、何度も失敗した。

 

 敵の攻撃を読み違え、仲間の動きと噛み合わず、自分の判断が遅れたこともあった。

 

 それでも、学び、修正し、次の一撃へつなげてきた。

 

「……なあ、オール・フォー・ワン」

 

 ブルースは、敵を見据えた。

 

「お前は、他人の力を奪えば、その使い方まで分かったつもりになるのか?」

 

 オール・フォー・ワンが、ゆっくりと立ち上がった。

 

「力は、力だ。扱い方など、学べばいい」

 

「そうだな。学ぶことはできる」

 

 ブルースは、うなずいた。

 

「でも、どんな状況で、何を守るために、どこまで力を使うのか。その判断は、能力そのものには含まれていない」

 

 彼は、一歩踏み出した。

 

「お前は、奪った力の数を増やすことに執着する。だが、俺たちは、力を使って何をするかを考えてきた」

 

 オール・フォー・ワンは、笑った。

 

「それで、君は何を得た?」

 

 ブルースは、答えた。

 

「失敗を重ねた。何度も、思いどおりにいかなかった」

 

 彼は、拳を握った。

 

「それでも、仲間と一緒に戦うための方法を学んだ」

 

 そして、再び踏み込んだ。

 

「それが、俺の答えだ!」

 

 ブルースの拳が、オール・フォー・ワンの腕へ叩き込まれた。

 

四 四ノ森避影は、何から逃げていたのか

 戦闘が続くにつれ、施設の損傷は拡大していた。

 

 床の一部が崩れ、壁面には大きな亀裂が走っている。

 

 安寧システムの残骸を囲む計測装置も、いくつかが破損していた。

 

 オール・フォー・ワンは、被害を気にしていなかった。

 

 むしろ、施設が崩れることさえ、戦闘の材料に変えようとしていた。

 

 倒れた柱を引き寄せる。

 

 崩れた金属板を装甲へ組み込む。

 

 床の破片を、攻撃の起点にする。

 

 戦場にあるものを、すべて自分の力へ変える。

 

 それが、彼の戦い方だった。

 

「……このままでは、施設全体が崩壊するぞ!」

 

 グラントリノが叫んだ。

 

「分かっている!」

 

 オールマイトが答える。

 

「だが、あいつを止めなければ、もっと危険なことになる!」

 

 その瞬間、四ノ森の《危機感知》が、強烈な警告を発した。

 

 危険。

 

 正面からではない。

 

 背後。

 

 そして、頭上。

 

 複数の方向から、同時に迫る危険。

 

「全員、離れろ!」

 

 四ノ森が叫んだ。

 

 彼の声と同時に、天井が崩れた。

 

 巨大な梁が、オールマイトたちへ落下する。

 

 同時に、床から突起が伸びる。

 

 さらに、オール・フォー・ワンの腕が、横方向から襲いかかった。

 

 三方向からの同時攻撃。

 

 回避する場所が、限られていた。

 

 オールマイトは、拳を構えた。

 

 だが、その瞬間、菜奈が前へ出た。

 

「私に任せて!」

 

 《浮遊》。

 

 菜奈は、落下する梁へ向けて飛び上がった。

 

 空中で身体をひねり、梁の側面へ手を伸ばす。

 

 浮遊の効果で、自らの身体を空中に留める。

 

 そのまま、梁の軌道から外れるように身体を動かした。

 

 落下する梁が、わずかに進路を変える。

 

 オールマイトの頭上を、かすめて落ちていく。

 

 その間に、四ノ森は床から伸びてきた突起を回避した。

 

 右へ。

 

 左へ。

 

 身体を沈め、すり抜ける。

 

 だが、最後の突起が、彼の足元へ迫った。

 

「――っ!」

 

 四ノ森は、跳躍した。

 

 しかし、空中にはオール・フォー・ワンの腕が伸びていた。

 

 逃げ場がない。

 

 その瞬間、黒鞭が四ノ森の腰へ巻きついた。

 

 万縄が、腕を引く。

 

 四ノ森の身体が、横へ引き寄せられた。

 

 腕が、空を切る。

 

 四ノ森は、床へ転がった。

 

「助かった……!」

 

「礼はいい!」

 

 万縄が、黒鞭を引き戻した。

 

「まだ来るぞ!」

 

 オール・フォー・ワンの腕が、再び動き始めた。

 

 その瞬間、四ノ森は、敵の身体に生まれた変化を察知した。

 

 危機感知が、強烈に反応していた。

 

 それは、目の前の攻撃だけではない。

 

 オール・フォー・ワンが、次に何をしようとしているのか。

 

 その意図が、危険の兆候として意識へ流れ込んでくる。

 

「……違う」

 

 四ノ森が、つぶやいた。

 

 彼は、敵の胸部を見つめた。

 

「こいつは、施設を崩壊させようとしているんじゃない」

 

 オール・フォー・ワンが、顔を向けた。

 

「ほう?」

 

「安寧システムの残骸だ!」

 

 四ノ森は、叫んだ。

 

「自分の身体を守るために、あの残骸を確保しようとしている! 施設の崩壊は、そのための手段にすぎない!」

 

 オールマイトは、すぐに理解した。

 

 オール・フォー・ワンは、戦闘で追い詰められるほど、安寧システムの残骸を自分の身体へ引き寄せようとしていた。

 

 残骸を守るために、周囲の構造物を利用している。

 

 ならば。

 

「グラントリノ!」

 

 オールマイトが叫んだ。

 

「残骸を、あいつから遠ざけてください!」

 

「了解だ!」

 

 グラントリノは、ジェットを使って急加速した。

 

 床を蹴り、壁を蹴り、安寧システムの残骸へ向かう。

 

 オール・フォー・ワンが、すぐに反応した。

 

 腕を伸ばす。

 

 だが、四ノ森が叫んだ。

 

「右から来る!」

 

 グラントリノは、身体を捻った。

 

 腕が、空を切る。

 

 そのまま、残骸へ到達した。

 

 彼は、残骸を囲む計測装置の一つを蹴り飛ばし、残骸を乗せていた台を傾けた。

 

 黒い金属片が、床の上を滑る。

 

 オール・フォー・ワンの腕が、残骸へ向かって伸びた。

 

 だが、その瞬間。

 

 万縄の黒鞭が、残骸の台座へ巻きついた。

 

「こっちだ!」

 

 黒鞭が、台座を横へ引く。

 

 残骸が、オール・フォー・ワンの手の届かない場所へ移動した。

 

 オール・フォー・ワンの表情が、初めて明確に歪んだ。

 

「……小賢しい!」

 

 彼は、残骸へ向けて手を伸ばした。

 

 だが、グラントリノが、その腕を蹴り払った。

 

「そんなに欲しけりゃ、自分で取りに来い!」

 

 オール・フォー・ワンが、顔を上げる。

 

「……グラントリノ。君も、いつまでも邪魔をする」

 

「当たり前だ!」

 

 グラントリノは、笑った。

 

「お前が、誰かを自分の道具に変えようとする限りな!」

 

 彼は、ジェットを噴射した。

 

 身体が、空中へ跳ねる。

 

 そして、オール・フォー・ワンの背後へ回り込んだ。

 

 蹴りが、敵の背中へ叩き込まれる。

 

 オール・フォー・ワンの身体が、前へ揺れた。

 

 その隙に、オールマイトが踏み込んだ。

 

「SMASH!」

 

 拳が、敵の胸部へ叩き込まれた。

 

 装甲が、深くへこむ。

 

 オール・フォー・ワンの身体が、後方へ吹き飛んだ。

 

 四ノ森は、息を吐いた。

 

 彼は、長い間、戦いから距離を置くことを選んできた。

 

 自分の選択によって、誰かが傷つくことを恐れていた。

 

 だから、自分の能力を使い、危険を察知しながらも、積極的に戦いへ踏み込むことをためらった時期があった。

 

 逃げることは、必ずしも臆病な選択ではない。

 

 状況を見極め、戦いを避けることが必要な場合もある。

 

 しかし、逃げることだけを選び続ければ、自分が守りたいものからも、離れてしまう。

 

 四ノ森は、拳を握った。

 

「……私は、危険を感じることができる」

 

 誰に言うでもなく、つぶやく。

 

「だが、危険を感じることと、何もできないことは違う」

 

 彼は、オールマイトを見た。

 

「危険を察知したうえで、どう行動するか。それを決めるのは、自分自身だ」

 

 そして、もう一度、前へ出た。

 

五 五代目が託したもの

「俊典! 左から来るぞ!」

 

 グラントリノの声が響く。

 

 オールマイトは、即座に身体を捻った。

 

 横から伸びてきた腕を、肩で受け流す。

 

 そのまま、敵の懐へ踏み込んだ。

 

 拳を、胴体へ叩き込む。

 

 オール・フォー・ワンの身体が、揺れた。

 

 しかし、彼はすぐに、オールマイトの腕を掴んだ。

 

 握力を強める。

 

 腕の表面に、複数の突起が生まれる。

 

「捕まえた」

 

 オール・フォー・ワンが、笑った。

 

「君の拳は強い。だが、腕を止めれば、攻撃はできない」

 

 突起が、オールマイトの腕へ向けられる。

 

 個性を奪うための攻撃だった。

 

「俊典!」

 

 菜奈が叫ぶ。

 

 その瞬間、黒鞭が伸びた。

 

 万縄が、《黒鞭》でオールマイトの胴体を掴む。

 

 引く。

 

 だが、オール・フォー・ワンも、同時に腕を引いた。

 

 両者の力が拮抗する。

 

「くっ……!」

 

 万縄は、黒鞭をさらに伸ばした。

 

 一本。

 

 二本。

 

 三本。

 

 それらを敵の腕と胴体へ巻きつけ、拘束を強める。

 

 しかし、オール・フォー・ワンの腕は、黒鞭を吸収しようとし始めていた。

 

「……ならば!」

 

 万縄は、黒鞭の一部を解除した。

 

 拘束の力が弱まる。

 

 その瞬間、オールマイトは身体を捻った。

 

 掴まれていた腕を引き、相手の手首を逆方向へ押し返す。

 

 拘束が緩んだ。

 

 オールマイトは、そのまま後退した。

 

 突起が、空を切る。

 

「……危なかった」

 

 万縄が、黒鞭を引き戻した。

 

「俊典、腕は大丈夫か?」

 

「ああ!」

 

 オールマイトは、拳を握り直した。

 

「助かった!」

 

「礼はあとだ!」

 

 万縄は、オール・フォー・ワンを見据えた。

 

「こんなところで、終わらせるわけにはいかねえ!」

 

 彼は、再び黒鞭を展開した。

 

 その黒い鞭は、以前よりも細かく、柔軟に動いていた。

 

 オール・フォー・ワンの腕を拘束する。

 

 敵が引けば、鞭の一部を解除する。

 

 敵が別の腕を動かせば、別の鞭を伸ばす。

 

 ひとつの拘束に固執しない。

 

 相手の動きを見て、必要な拘束を選び直す。

 

 万縄の《黒鞭》は、ただ相手を捕まえるための能力ではない。

 

 仲間を支える。

 

 敵の進路を変える。

 

 遠くにいる仲間を引き寄せる。

 

 自分の身体を移動させる。

 

 使い方次第で、戦場全体を動かすことができる。

 

「……お前は、相変わらず、面倒な能力を使う」

 

 オール・フォー・ワンが言った。

 

「面倒で結構!」

 

 万縄が叫ぶ。

 

「俺の能力は、誰かを縛りつけるためだけのもんじゃねえ!」

 

 黒鞭が、オールマイトの腰へ巻きついた。

 

 同時に、別の一本がグラントリノの腕を掴む。

 

 万縄は、二人の身体を引いた。

 

 オール・フォー・ワンの攻撃が、空を切る。

 

 その瞬間、ブルースが踏み込んだ。

 

 蓄積した運動エネルギーを解放する。

 

 拳が、敵の胸部へ叩き込まれる。

 

 オール・フォー・ワンの身体が、後方へ吹き飛んだ。

 

 万縄は、呼吸を整えながら、黒鞭を引き戻した。

 

「……俺が力を受け継いだのは、誰かを縛るためじゃない」

 

 彼は、拳を握った。

 

「誰かが、自分の足で進めるようにするためだ」

 

 オール・フォー・ワンは、ゆっくりと立ち上がった。

 

「それは、君の解釈にすぎない」

 

「そうだ!」

 

 万縄は、即答した。

 

「俺の解釈だ。俺が、そう使うと決めたんだ!」

 

 その言葉に、オールマイトが目を見開いた。

 

 力を受け継いだ者は、先人の答えをそのまま繰り返す必要はない。

 

 受け取ったものを、どう使うのか。

 

 それを決めるのは、受け取った者自身だ。

 

 万縄は、オールマイトの視線を受け、少しだけ笑った。

 

「俊典。お前も、自分の答えを出せ」

 

 彼は、黒鞭を構えた。

 

「俺たちが、何を考えてきたか。何を失い、何を守ろうとしてきたか。それを知ったうえで、お前自身がどう生きるかを決めろ」

 

 オールマイトは、ゆっくりとうなずいた。

 

「ああ」

 

 拳を握る。

 

「私は、そうする」

 

六 六代目の煙、七代目の空

 オール・フォー・ワンが、再び動き出した。

 

 彼は、両腕を広げる。

 

 胸部の装甲が開く。

 

 圧縮された空気が、一斉に放出された。

 

 衝撃波が、施設全体へ広がる。

 

「全員、伏せろ!」

 

 グラントリノの声が響く。

 

 オールマイトは、床へ身を伏せた。

 

 工藤とブルースは、左右へ跳ぶ。

 

 四ノ森は、危険の兆候を読み取り、すぐに動いた。

 

 しかし、衝撃波は、その場に留まらなかった。

 

 壁面へぶつかり、反射し、別方向から再び戻ってくる。

 

 さらに、床から伸びた突起が、歴代継承者たちの進路を塞いだ。

 

「視界と退路を同時に奪うつもりか……!」

 

 万縄が、黒鞭を展開した。

 

 だが、その瞬間、煙が戦場を覆った。

 

 六代目継承者、煙。

 

 《煙幕》。

 

 白い煙が、床から天井まで広がる。

 

 オール・フォー・ワンの姿が、煙の向こうへ消えた。

 

「視界を奪っても、私には通用しない!」

 

 敵の声が、煙の中から響く。

 

 彼は、複数の感覚器官を展開していた。

 

 視覚。

 

 振動感知。

 

 空気の流れを読み取るための器官。

 

 それらを同時に使い、歴代継承者たちの位置を探っている。

 

 しかし、煙は、ただ視界を塞ぐためだけのものではなかった。

 

 煙が広がる。

 

 床の振動が分散する。

 

 音の方向が曖昧になる。

 

 オール・フォー・ワンの感覚器官は、次々と異なる情報を拾い始めた。

 

 煙の奥で、何かが動いた。

 

 右側。

 

 左側。

 

 頭上。

 

 だが、どれも決定的な位置情報にはならない。

 

「……なるほど」

 

 オール・フォー・ワンは、低く笑った。

 

「煙の中へ隠れるのではなく、私が得る情報を乱しているのか」

 

 煙が、さらに濃くなる。

 

 その瞬間、菜奈が動いた。

 

 《浮遊》。

 

 身体を空中へ持ち上げる。

 

 煙の上方へ移動し、視界が開ける場所から戦場全体を見渡す。

 

「俊典!」

 

 菜奈が叫んだ。

 

「右奥! あの装置の陰にいるわ!」

 

 オールマイトは、すぐに動いた。

 

 煙の中を走る。

 

 四ノ森の《危機感知》が、敵の攻撃の兆候を捉える。

 

「前方に腕が伸びてくる!」

 

 オールマイトは、身体を低くした。

 

 腕が、頭上を通過する。

 

 そのまま、敵の懐へ踏み込む。

 

「SMASH!」

 

 拳が、オール・フォー・ワンの胸部へ叩き込まれた。

 

 敵の身体が、装置の陰から吹き飛ぶ。

 

 菜奈は、空中で身体を回転させた。

 

 落下する金属片を避け、別の位置へ移動する。

 

 そのまま、オール・フォー・ワンの背後へ回り込む。

 

「まだよ!」

 

 彼女は、蹴りを放った。

 

 敵の肩へ、直撃。

 

 オール・フォー・ワンの身体が、前へ傾いた。

 

 万縄の黒鞭が、その瞬間を狙って伸びる。

 

 腕を拘束する。

 

 ブルースが、蓄積した力を解放する。

 

 拳が、敵の背中へ叩き込まれる。

 

 連携が、途切れない。

 

 ひとつの能力が、次の能力へつながっている。

 

 煙が、敵の視界を乱す。

 

 危機感知が、反撃の兆候を知らせる。

 

 浮遊が、攻撃の死角を作る。

 

 黒鞭が、敵の動きを制限する。

 

 発勁とギアシフトが、攻撃の威力と速度を高める。

 

 そして、オールマイトの拳が、そのすべてを結果へつなげる。

 

 オール・フォー・ワンは、ついに片膝をついた。

 

 だが、その瞬間。

 

 彼の身体から、激しい衝撃が放たれた。

 

「――ッ!」

 

 万縄の黒鞭が切れる。

 

 煙が吹き飛ぶ。

 

 床が砕ける。

 

 オール・フォー・ワンは、その衝撃を利用して立ち上がった。

 

「……見事だ」

 

 彼は、息を整えながら言った。

 

「だが、君たちの連携にも限界がある」

 

 背中から、再び無数の腕が伸びる。

 

「煙が消えれば、視界が戻る。拘束が切れれば、自由に動ける。加速が終われば、速度は元へ戻る」

 

 彼は、拳を握った。

 

「君たちが使う能力は、どれも有限だ」

 

 オール・フォー・ワンの声が、戦場へ響く。

 

「だからこそ、私は力を集める。必要な能力を、必要なだけ奪い、組み合わせ、強化する」

 

 彼は、歴代継承者たちを見つめた。

 

「ひとりの人間が持てる限界を超えるために」

 

 煙は、静かに答えた。

 

「限界があることと、価値がないことは違う」

 

 オール・フォー・ワンが、目を細めた。

 

「何?」

 

 煙は、淡々と続けた。

 

「煙幕は、いつか晴れる。黒鞭も、無限に伸ばせるわけではない。浮遊にも限界がある。加速も、永遠には続かない」

 

 彼は、自分の手を見た。

 

「だからこそ、いつ使うかを考える。誰のために使うかを考える。何を守るために使い、どこで手を引くのかを考える」

 

 煙は、オール・フォー・ワンを見据えた。

 

「限界を知ることは、弱さではない。自分にできることと、できないことを理解するためのものだ」

 

 その言葉に、菜奈がうなずいた。

 

「そして、自分にできないことがあると認めたからこそ、私たちは他者へ力を託すことができたのよ」

 

 彼女は、オールマイトを見た。

 

「私は、俊典に未来を託した。けれど、彼が何を選ぶかまで、私が決めたわけではない」

 

 菜奈は、微笑んだ。

 

「それが、継承よ」

 

七 死者たちは、何を失ったのか

 戦闘の合間。

 

 オールマイトは、ほんの一瞬だけ、歴代継承者たちを見た。

 

 彼らは、戦っていた。

 

 自分の能力を使い、互いの動きを支え、オール・フォー・ワンの攻撃を受け流している。

 

 だが、彼らの身体は、決して無傷ではなかった。

 

 工藤の腕には、装甲を受けた痕が残っている。

 

 ブルースは、激しい踏み込みを繰り返し、呼吸を整えていた。

 

 四ノ森は、危機感知によって絶えず危険を察知し、休む間もなく仲間へ警告を送っている。

 

 万縄は、黒鞭を伸ばすたびに、身体の動きを微調整していた。

 

 煙は、煙幕を維持しながら、敵の動きを探っている。

 

 菜奈は、空中を移動しながら、落下する瓦礫や敵の攻撃を避けていた。

 

 与一は、戦場の中心で兄を見つめている。

 

 彼らは、歴代の継承者だ。

 

 それぞれの時代を生き、戦い、何かを失い、そして力を次へ渡した者たち。

 

 オールマイトは、彼らの姿を見つめながら、自分自身のことを考えた。

 

 自分もまた、彼らから力を受け取った。

 

 志村菜奈から託された願い。

 

 グラントリノから学んだ戦い方。

 

 先人たちが残した意志。

 

 それらを、自分のものとして受け取ってきた。

 

 しかし、そのすべてを理解していたわけではない。

 

 彼らが何を恐れ、何を失い、どんな選択に悩んだのか。

 

 すべてを知っていたわけではない。

 

 それでも、自分はワン・フォー・オールを受け継いだ。

 

 その力を使い、自分の選択で、未来を切り開こうとしてきた。

 

「……俊典」

 

 菜奈が、オールマイトを見た。

 

「何を考えているの?」

 

 オールマイトは、少しだけ笑った。

 

「皆さんが、どんな思いでこの力をつないできたのか、考えていました」

 

 菜奈は、静かにうなずいた。

 

「そうね」

 

 彼女は、敵の攻撃を回避しながら答えた。

 

「私たちも、最初から答えを持っていたわけではないわ」

 

 菜奈の声は、穏やかだった。

 

「私は、誰かを守りたいと思った。だから、戦った。誰かに未来を託したいと思った。だから、俊典に力を渡した」

 

 彼女は、空中で身体をひねり、オール・フォー・ワンの攻撃をかわした。

 

「でも、その選択が、本当に正しかったのか。別の道はなかったのか。考えなかったわけではない」

 

 オールマイトは、彼女を見た。

 

「……それでも、後悔していないのですか?」

 

 菜奈は、少しだけ笑った。

 

「後悔がないことと、選んだ道を大切に思うことは、同じではないわ」

 

 その言葉に、オールマイトは息を呑んだ。

 

「私は、守れなかったものがある。失ったものもある。自分の選択が、誰かを傷つけた可能性だってある」

 

 菜奈は、オールマイトを見つめた。

 

「でも、それだけで、自分の選択すべてを間違いにすることはできない」

 

 彼女は、敵の腕を蹴り払った。

 

「人間は、結果を見てからしか分からないことがある。選択したときには、見えなかったものもある」

 

 菜奈は、静かに続けた。

 

「だから、私たちは、その時点でできる限りのことを考え、自分の意思で選ぶ。そして、その結果から逃げない」

 

 彼女は、オールマイトの肩を軽く叩いた。

 

「あなたも、そうしてきたでしょう?」

 

 オールマイトは、目を閉じた。

 

 そして、ゆっくりとうなずいた。

 

「……はい」

 

 その瞬間。

 

 オール・フォー・ワンが、再び踏み込んだ。

 

「随分と、感傷的な話をするものだね!」

 

 彼の腕から、巨大な衝撃波が放たれる。

 

「だが、過去を振り返ったところで、未来は変わらない!」

 

 衝撃波が、歴代継承者たちへ迫った。

 

 オールマイトが、前へ出る。

 

 両腕を交差させ、正面から衝撃を受け止める。

 

 床が砕ける。

 

 身体が後退する。

 

 だが、彼は倒れなかった。

 

「……そうだ」

 

 オールマイトが、ゆっくりと顔を上げた。

 

「過去を振り返っただけでは、未来は変わらない」

 

 拳を握る。

 

「だからこそ、過去から学び、今の選択を変えるんだ!」

 

 オール・フォー・ワンの表情が、歪んだ。

 

 オールマイトは、踏み込んだ。

 

八 先人の答えを、繰り返すな

 オールマイトの拳が、オール・フォー・ワンの胸部へ叩き込まれた。

 

 敵の身体が後退する。

 

 しかし、すぐに反撃が飛んできた。

 

 右腕。

 

 左腕。

 

 背中の突起。

 

 複数の攻撃が、同時に迫る。

 

 オールマイトは、右へ回避した。

 

 腕が、空を切る。

 

 左へ踏み込む。

 

 突起が、床を貫く。

 

 そのまま敵の懐へ入り、肘を叩き込んだ。

 

 オール・フォー・ワンの身体が、揺れる。

 

 工藤が、オールマイトの腕へ触れた。

 

 《ギアシフト》が、短く発動する。

 

 オールマイトの拳が加速した。

 

 敵の防御が、間に合わない。

 

 拳が、胸部へ直撃した。

 

 オール・フォー・ワンは、後方へ飛ばされた。

 

 だが、彼は空中で体勢を立て直し、背中から伸ばした腕を床へ突き刺した。

 

 その反動で身体を引き戻す。

 

 そして、安寧システムの残骸へ向けて手を伸ばした。

 

「……まだだ!」

 

 彼の指先が、黒い金属片へ迫る。

 

 その瞬間。

 

 万縄の黒鞭が、残骸を載せた台座を引き上げた。

 

 グラントリノが、ジェットを使って残骸を別方向へ蹴り飛ばす。

 

 黒い金属片が、空中を舞った。

 

 オール・フォー・ワンの指先が、空を切る。

 

「貴様ら……!」

 

 彼の声に、怒りが混じった。

 

 与一は、その姿を見ていた。

 

「兄さん」

 

 与一が、静かに呼ぶ。

 

「君は、まだ、その力を手に入れようとしているのか」

 

「当然だ!」

 

 オール・フォー・ワンが叫んだ。

 

「このシステムを使えば、人間の願いを管理できる! 争いを減らし、矛盾を取り除き、誰もが望む未来へ導くことができる!」

 

「それは、誰が望む未来だ?」

 

「人間が望む未来だ!」

 

「……違う」

 

 与一は、首を横に振った。

 

「兄さんが望む未来だ」

 

 オール・フォー・ワンの顔が、止まった。

 

 与一は、続けた。

 

「人間は、それぞれ違うものを望む。何を幸せだと思うのかも、何を恐れるのかも、何を大切にするのかも違う」

 

 与一は、一歩前へ出た。

 

「僕たちは、その違いを完全に消すことはできない。だからこそ、互いに話し、考え、折り合いをつけながら生きていく」

 

 彼は、兄を見つめた。

 

「でも、兄さんは、その違いを認めない。誰もが自分とは違う答えを選ぶことを、最初から間違いだと考えている」

 

 オール・フォー・ワンは、拳を握った。

 

「私は、人間を救おうとしている!」

 

「人間を救うことと、人間を自分のものにすることは違う!」

 

 与一の声が、初めて強くなった。

 

「兄さんは、僕を守ろうとしたことがあるのかもしれない。僕に力を与えようとしたことがあるのかもしれない」

 

 与一は、目を伏せた。

 

「けれど、兄さんは、僕が何を望むのかを聞かなかった」

 

 彼は、顔を上げた。

 

「僕が何を恐れ、何を大切にし、どんな未来を望んでいるのか。それを知ろうとする前に、僕が何をすべきかを決めた」

 

 オール・フォー・ワンは、黙っていた。

 

「兄さんは、僕のために何かをしているつもりだったのかもしれない」

 

 与一は、静かに言った。

 

「でも、僕の意思を無視して、僕の人生を決めるなら、それは僕を救うことにはならない」

 

 その言葉に、オールマイトは拳を握った。

 

 自分もまた、誰かの願いを受け取り、その期待に応えようとしてきた。

 

 誰かを救うために。

 

 誰かの希望になるために。

 

 その思いが、常に誰かの望む形と一致していたとは限らない。

 

 誰かが自分に期待していたからといって、その人の願いをすべて叶えられるわけではない。

 

 誰かを救おうとすることと、その人が何を必要としているのかを決めつけることも、同じではない。

 

 オールマイトは、その事実を、今まで以上に重く受け止めていた。

 

「……与一さん」

 

 オールマイトが、静かに呼んだ。

 

「私は、皆さんから力を受け継ぎました」

 

 彼は、歴代継承者たちを見た。

 

「皆さんの願いを知り、その意志を大切にしてきたつもりです」

 

 少しだけ、視線を落とす。

 

「しかし、皆さんが残した願いを、私が完全に理解していたとは言い切れません。私は、皆さんが何を考え、何を失い、何に悩んできたのかを、すべて知っていたわけではない」

 

 与一は、静かにうなずいた。

 

「そうだね」

 

「それでも、私は力を受け継いできました」

 

 オールマイトは、顔を上げた。

 

「だからこそ、これからも考え続けます。受け取ったものを、どう使うのか。何を次へ渡すのか。そして、私の後に続く者たちが、私とは違う答えを選んだとき、その選択を尊重できるように」

 

 工藤は、少しだけ笑った。

 

「ようやく、分かってきたじゃないか」

 

 ブルースが、うなずく。

 

「力を受け継いだからといって、先人と同じ答えを出す必要はない」

 

 四ノ森は、静かに続けた。

 

「自分の時代には、自分の時代の問題がある。過去の経験は役に立つが、過去の答えだけで、すべてを解決できるわけではない」

 

 万縄が、黒鞭を引き戻す。

 

「だから、受け取ったものを使って、自分で考えるんだ」

 

 煙が、穏やかにうなずいた。

 

「同じ力を持っていても、使い方は変えられる」

 

 菜奈は、オールマイトを見た。

 

「あなたは、私の人生を繰り返す必要はない。私が守れなかったものを、あなたがすべて取り戻す必要もない」

 

 彼女は、微笑んだ。

 

「あなた自身の人生を、生きなさい」

 

 オールマイトは、深く息を吸った。

 

 そして、ゆっくりとうなずいた。

 

「……はい」

 

 その瞬間。

 

 オール・フォー・ワンが、吠えた。

 

「黙れえええええッ!」

 

 彼の身体から、無数の腕が伸びた。

 

「何を、勝手に満足している!」

 

 腕の先端には、個性を奪うための突起。

 

 複数の腕が、歴代継承者たちへ同時に襲いかかった。

 

「お前たちの人生は、すでに終わったのだ!」

 

 オール・フォー・ワンの声が、施設を震わせた。

 

「それなのに、なぜ、まだ自分の意思を主張する!」

 

 与一は、兄を見た。

 

 そして、静かに答えた。

 

「兄さん」

 

 拳を握る。

 

「僕たちの人生は、終わったよ」

 

 彼は、一歩前へ出た。

 

「でも、僕たちが選んだことまで、あなたのものになるわけじゃない」

 

 その言葉とともに、歴代継承者たちが動いた。

 

 黒鞭が、腕を絡め取る。

 

 煙が、敵の視界を覆う。

 

 菜奈が、空中から攻撃する。

 

 ブルースが、加速した拳を叩き込む。

 

 工藤が、オールマイトの動きを支える。

 

 四ノ森が、危機感知で攻撃を知らせる。

 

 万縄が、仲間を引き寄せ、敵の動きを制限する。

 

 そして、オールマイトが、前へ出た。

 

「SMASH!」

 

 拳が、オール・フォー・ワンの胸部へ叩き込まれる。

 

 敵の身体が、後方へ吹き飛んだ。

 

 壁面が砕ける。

 

 装甲が、剥がれ落ちる。

 

 オール・フォー・ワンは、床へ片膝をついた。

 

 しかし、彼は、再び立ち上がろうとしていた。

 

 その顔には、明確な怒りが浮かんでいた。

 

 彼は、まだ理解できていなかった。

 

 受け取ることは、所有することではない。

 

 誰かの力を受け継ぐことは、その人の人生を支配することではない。

 

 そして、死者が自分の意思で協力することは、誰かの命令に従うこととも違う。

 

 オール・フォー・ワンは、その違いを、何度でも否定しようとするだろう。

 

 それでも。

 

 歴代継承者たちは、もう一度、オールマイトの背後へ並んだ。

 

 彼らの表情は、それぞれ違っていた。

 

 工藤は、鋭い眼差しで敵を見据える。

 

 ブルースは、拳を握り直す。

 

 四ノ森は、次の危険を探る。

 

 万縄は、黒鞭を構える。

 

 煙は、静かに息を整える。

 

 菜奈は、オールマイトを見つめる。

 

 そして、与一は、兄を見ていた。

 

 それぞれの時代。

 

 それぞれの人生。

 

 それぞれの選択。

 

 彼らは、同じ答えを持っていたわけではない。

 

 同じ経験をしたわけでもない。

 

 同じものを失ったわけでもない。

 

 それでも、彼らは力を受け渡してきた。

 

 誰かが、自分とは違う答えを選ぶ可能性を残すために。

 

 その可能性まで、ひとりの人間の所有物にさせないために。

 

 オールマイトは、その背後に立つ者たちを感じていた。

 

 そして、もう一度、前を向いた。

 

「……オール・フォー・ワン」

 

 彼は、拳を構えた。

 

「私たちは、まだ答えを探している」

 

 敵が、顔を上げる。

 

「だからこそ、お前に未来を決めさせるわけにはいかない!」

 

 オールマイトが、踏み込んだ。

 

 歴代継承者たちが、同時に動く。

 

 グラントリノが、ジェットを噴射する。

 

 多重個性と、継承された力が、再び激突した。

 

 その戦場の片隅で。

 

 安寧システムの残骸が、微かに光った。

 

 オール・フォー・ワンの命令に応じた光ではない。

 

 誰かの願いが、ひとつ、記録の奥から応答していた。

 

 それは、まだ名前のない願いだった。

 

 まだ、誰にも知られていない願いだった。

 

 そして、その願いは、オール・フォー・ワンが用意した答えとは、異なる方向へ動き始めていた。

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