一 魔王は、まだ倒れていない
光が消えた。
轟音の余韻だけが、崩壊した戦場を漂っている。
オールマイトは拳を下ろさなかった。
振り抜いた腕が震えている。呼吸は乱れ、足元は覚束ない。身体の奥に残る力は、とうに限界を迎えていた。
隣でグラントリノが舌打ちする。
「おい、オールマイト。聞こえてるか」
「……はい」
「返事だけは立派だな」
「それは、昔からの取り柄ですので」
「こんなときまで冗談を言うな!」
怒鳴りながらも、グラントリノはオールマイトの肩を支えた。
その前方。
砕けた地面の向こう側で、オール・フォー・ワンが立ち上がった。
その身体は、決して無傷ではなかった。先ほどまでの余裕は薄れ、呼吸にも乱れが見える。
だが、彼は笑っていた。
「素晴らしい。実に素晴らしいよ、オールマイト」
「……何が、おかしい」
「君たちが、まだ私を倒せると信じていることがだ」
オール・フォー・ワンが手を広げる。
その背後で、安寧システムの残滓が明滅した。
散らばっていた記録の光が、彼の周囲へと集まり始める。
一つ。
二つ。
十。
百。
数え切れないほどの光が、戦場の上空へ浮かび上がった。
それは、人々が抱いた願いの断片だった。
誰かに認められたい。
家族を守りたい。
失敗したくない。
もう二度と、傷つきたくない。
誰かに正しいと言ってほしい。
自分の選択が間違いではなかったと、確かめたい。
そして――。
自分の代わりに、誰かに決めてほしい。
光は、どれ一つとして同じ形をしていなかった。
しかし、オール・フォー・ワンは、それらを一つの流れへまとめようとしていた。
「人間は、選択を望む。だが同時に、選択から逃れたいとも望む。自由を求めながら、自分が間違えることを恐れている」
彼は指先を動かした。
無数の光が、まるで見えない糸に引かれるように整列していく。
「私は、その矛盾を利用するだけだ。彼らが望んでいるものを見極め、彼らが最も苦しまない道を示す。迷いを取り除き、失敗を減らし、争いを抑える」
「それを、誰が頼んだ!」
工藤が叫んだ。
オール・フォー・ワンは視線を向ける。
「誰もが、心のどこかで望んでいることだよ。失敗しない人生を。後悔しない選択を。自分を傷つけるものの存在しない世界を」
「そんな世界があるものか!」
ブルースが拳を握る。
「痛みがあるから、失敗があるから、考えなきゃならないんだ!」
「考えた結果、失敗したら?」
「次はもっと考える!」
「次も失敗したら?」
「それでもだ!」
ブルースが踏み込んだ。
「失敗するたびに、お前が人生を取り上げていたら、人間は何も覚えられない!」
オール・フォー・ワンは、彼の言葉に答えなかった。
代わりに、腕を振るった。
空気が爆発した。
圧縮された衝撃が、一直線にブルースへ飛ぶ。
「ブルース、伏せろ!」
工藤の《変速》が発動した。
ブルースの身体が一瞬だけ急加速し、衝撃の軌道から外れる。
だが、攻撃はそこで終わらなかった。
オール・フォー・ワンは、その衝撃の後ろへ別の攻撃を重ねていた。最初の衝撃を避けた相手へ、二撃目を叩き込むための連続攻撃だ。
「読んでいた!」
敵の腕が、ブルースを追う。
「させるか!」
万縄の《黒鞭》が伸び、ブルースの身体を横へ引き寄せた。
二撃目が空を切る。
その間に、煙の《煙幕》が戦場を覆った。
「全員、位置を変えろ! さっきまでの場所にはいるな!」
煙が叫ぶ。
「こちらの連携を読んでくるなら、同じ場所に留まる理由はない!」
「理解が早いな」
煙の中から、オール・フォー・ワンの声がした。
次の瞬間、煙が爆発するように散った。
オール・フォー・ワンが両手を振り抜き、風圧によって視界を切り開いたのだ。
彼の視線は、すでに次の標的を捉えていた。
四ノ森だ。
「四ノ森さん!」
オールマイトが叫ぶ。
四ノ森の《危機感知》が、激しく警報を鳴らした。
彼は跳んだ。
直後、彼が立っていた場所を、複数の衝撃が襲う。
一発目で地面が割れた。
二発目で瓦礫が浮かんだ。
三発目が、空中の四ノ森を追いかける。
「くっ……!」
四ノ森は空中で身体を捻る。
しかし、避けきれない。
その瞬間、菜奈が浮遊し、彼の脇をすくい上げた。
「捕まえた!」
「志村さん、助かった!」
「まだよ!」
菜奈は四ノ森を安全な場所へ送り出すと、空中で反転した。
「オールマイト! 敵はこっちを見ている!」
「分かっています!」
オールマイトが踏み出す。
だが、その一歩を踏み出した瞬間、彼の足元が沈んだ。
地面の性質が変化している。
柔らかくなった地表が、彼の足を呑み込もうとしていた。
「何っ!」
「地面の性質を変える個性か!」
グラントリノが叫ぶ。
オールマイトが身体を引き抜こうとするが、その動きに合わせて地面が再び変化する。
敵はオールマイトをその場へ拘束するだけではなく、身動きするほど不利になる状況を作っていた。
「君は、いつも前へ出る!」
オール・フォー・ワンが笑う。
「誰かを守るために! 誰かを救うために! 誰よりも早く動こうとする!」
腕が伸びる。
「ならば、その動きそのものを止めればいい!」
複数の腕が、オールマイトへ迫った。
その前へ、グラントリノが飛び込んだ。
「俺を忘れるな!」
ジェットのような加速。
急旋回。
地面すれすれを通り抜け、オール・フォー・ワンの膝へ蹴りを叩き込む。
敵の身体が僅かに傾いた。
その一瞬で、工藤が動く。
「オールマイト、今だ!」
《変速》が、オールマイト自身の動きへ加速を与えた。
オールマイトは拘束された足を引き抜く。
万縄の黒鞭が、彼の腰を引いた。
菜奈の《浮遊》が身体を軽くし、グラントリノの蹴りが敵の姿勢を崩す。
一瞬で、オールマイトの身体が拘束から抜け出した。
「助かりました!」
「礼は後だ!」
グラントリノが叫ぶ。
「敵は、今まで以上に本気だぞ!」
オールマイトは拳を握り直した。
「ああ……分かっています!」
その視線の先で、魔王が両腕を広げる。
「さあ、続けよう。君たちが何を託し、何を信じ、どれほどの力を重ねようと――最後に勝つのは、全てを理解し、全てを所有する者だ!」
歴代継承者たちが、それぞれの構えを取った。
工藤が前へ出る。
ブルースがその隣へ並ぶ。
四ノ森は敵の動きを見極め、万縄は黒鞭を広げる。
煙は煙幕の濃度を調整し、菜奈は空中へ浮かび上がった。
そして、与一は兄を見据えた。
「……兄さん。僕たちは、君のものにはならない」
オール・フォー・ワンの顔から、笑みが消えた。
「ならば、奪うまでだ」
魔王が踏み込んだ。
最後の激闘が、再び始まった。
二 読まれた連携を、読み返す
最初に動いたのは、工藤だった。
「ブルース、左から行け! 万縄、右を抑えろ!」
「了解!」
ブルースが加速する。
万縄の黒鞭が地面を走り、オール・フォー・ワンの両足へ迫った。
敵は跳んだ。
だが、それも想定内だった。
「菜奈!」
「任せて!」
菜奈が空中から接近し、敵の進路を塞ぐ。
オール・フォー・ワンは彼女へ腕を伸ばす。
その腕を、煙幕が包み込んだ。
視界が白く染まる。
続けて、四ノ森の《危機感知》が仲間たちに攻撃の兆候を伝えた。
「右上から来る!」
工藤が叫ぶ。
ブルースは即座に身を沈めた。
その頭上を、巨大な腕が通り過ぎる。
直後、グラントリノが敵の脇腹へ蹴りを入れた。
「こっちだ、魔王!」
オール・フォー・ワンの身体が傾く。
万縄の黒鞭が巻きつき、ブルースが地面を蹴った。
《発勁》で蓄えた運動エネルギーが、拳へ集まる。
「これでも食らえ!」
拳が、敵の腹部へ突き刺さった。
衝撃が走る。
オール・フォー・ワンの身体が後退する。
しかし、彼は倒れなかった。
むしろ、反撃のために身体を捻った。
「君たちは、私を倒すために同じことを繰り返している!」
黒い腕が、ブルースの肩を掴もうと伸びる。
ブルースは跳ね返るように身を翻す。
「同じじゃない!」
工藤が叫んだ。
「さっきより速くなっているぞ!」
工藤の《変速》が、仲間たちの動きを次々に変える。
一人の速度を上げるだけではない。
攻撃へ向かう者には加速を。
防御へ回る者には、敵の攻撃に合わせた急な速度変化を。
味方を救助する者には、危険な場所から引き離すための加速を。
それぞれの動きに応じて、効果を使い分けていた。
だが、オール・フォー・ワンも対応する。
彼の腕が、黒鞭を掴んだ。
「捕まえたぞ、万縄!」
黒鞭を通じて、万縄の身体が引き寄せられる。
万縄は黒鞭を解除しようとした。
しかし、その前に別の腕が迫ってくる。
「しまっ……!」
オール・フォー・ワンの指先が、万縄の身体に触れようとする。
その瞬間、菜奈が急降下した。
「させない!」
彼女は敵の肩を蹴り、軌道をずらす。
万縄は拘束から抜け出し、地面へ着地した。
「助かった、志村!」
「まだ来るわ!」
菜奈の言葉と同時に、敵の身体から衝撃が放たれた。
菜奈は空中で身体を捻り、攻撃を避ける。
だが、その直後に別方向から空気弾が迫った。
四ノ森の警告が飛ぶ。
「避けろ! 正面!」
菜奈は反応した。
けれど、空気弾の軌道は途中で折れ曲がった。
「何っ!」
一発目が、彼女の進路を塞ぐ。
二発目が、逃げた先へ飛ぶ。
三発目が、着地地点を狙っていた。
オール・フォー・ワンは、攻撃を避けるために選んだ行動を利用している。
避けても追い込まれる。
立ち止まれば直撃する。
反撃しようとすれば、別の攻撃が襲ってくる。
「志村さん!」
オールマイトが飛び出そうとする。
だが、その前へグラントリノが立った。
「待て!」
「しかし!」
「今、動けばお前が狙われる!」
グラントリノは、敵の動きを睨んだ。
「こいつは、お前が誰を優先するかまで利用している! 全員が一人を救おうとすれば、残りの全員が動けなくなる!」
「では、どうすれば……!」
「考えろ!」
グラントリノの声が、オールマイトを打った。
「俺たちは、お前一人に全てを背負わせるために戻ってきたんじゃない!」
オールマイトの目が見開かれる。
グラントリノは続けた。
「お前が誰かを助けようとすることは間違っていない。だが、そのために全てを一人で決める必要もない!」
彼は空中の菜奈を見た。
四ノ森が危険を知らせる。
煙が敵の視界を遮る。
万縄が黒鞭を伸ばし、ブルースが地面を蹴る。
その全員が、自分自身の判断で動いていた。
菜奈は空中で身体を捻り、迫る攻撃を一つ目、二つ目と避ける。
三つ目が着地地点へ迫った瞬間、彼女はあえて浮遊の制御を緩めた。
身体が落下する。
空気弾が、彼女の頭上を通り過ぎた。
そのまま重力に引かれるように落下し、着地直前に再び《浮遊》を発動する。
地面すれすれで姿勢を整えると、彼女はそのまま敵の死角へ滑り込んだ。
「読まれたからって、言うことを聞くと思わないで!」
菜奈が敵の背中へ蹴りを叩き込む。
「私たちは、あなたの予想どおりに動く人形じゃない!」
「……小賢しい!」
オール・フォー・ワンが振り返る。
その瞬間、四ノ森が叫んだ。
「来るぞ、オールマイト! 正面の攻撃に注意しろ!」
オールマイトは拳を構えた。
敵の腕が伸びる。
だが、彼は受け止めなかった。
一歩、横へずれた。
攻撃が空を切る。
その腕へ、万縄の黒鞭が巻きついた。
さらに、グラントリノが敵の膝を蹴り、身体の軸を崩す。
「今だ!」
工藤が叫ぶ。
ブルースが《発勁》を解放した。
オールマイトが拳を振り抜く。
「DETROIT――SMASH!」
衝撃が敵を吹き飛ばした。
オール・フォー・ワンの身体が、瓦礫を巻き込みながら後退する。
だが、彼は空中で体勢を立て直すと、地面へ着地した。
口元に、笑みが戻る。
「なるほど。読まれた行動から外れることで、私の予測を崩したか」
「そうだ!」
工藤が答えた。
「お前は、俺たちが互いに助けることを利用した。だから俺たちは、誰か一人の判断に全てを預けない!」
「だが、その方法では連携が乱れる!」
「乱れるさ!」
工藤は言い切った。
「それでも、必要なら調整する! 意見が違えば、話し合う! 間違えたら、やり直す!」
彼は拳を握った。
「お前みたいに、全員の答えを一つにまとめる必要はない!」
オール・フォー・ワンの目が細まった。
「……ならば、まとめて潰してやる」
地面が揺れた。
次の攻撃は、これまでとは違っていた。
彼は個性を一つずつ組み合わせるのではなく、複数の攻撃を同時に展開し、戦場そのものを破壊しようとしていた。
地面の隆起。
圧縮空気の衝撃波。
硬質化した突起。
空中へ浮かぶ瓦礫。
その全てが、継承者たちを取り囲んだ。
「全員、散開!」
オールマイトが叫ぶ。
歴代継承者たちは、それぞれ別の方向へ動いた。
しかし、敵の攻撃はそれだけでは終わらなかった。
周囲の記録の光が、彼らの動きに合わせて揺れ始めた。
まるで、彼らが選んだ行動を見て、次の攻撃を変えているかのようだった。
「これが、安寧システムの力か……!」
煙が呟く。
「いや」
与一が、光を見つめた。
「兄さんが、その記録を利用しているんだ」
与一の声には、確信と悲しみが混じっていた。
「人々が何を恐れ、何を望み、どんな選択をするのか。その記録を使って、次の行動を予測している」
「予測できるなら、外してやるまでだ!」
ブルースが踏み込む。
彼は《発勁》の蓄積と解放を小刻みに切り替え、速度と威力の異なる攻撃を繰り出した。
一発目は、わざと浅く。
二発目は、敵の防御を誘うために遅く。
三発目は、工藤の《変速》で急加速させる。
オール・フォー・ワンの防御が一瞬ずれた。
「そこだ!」
工藤の声と同時に、万縄の黒鞭が敵の片腕を拘束する。
煙幕が展開される。
菜奈が空中から敵の背後へ回り込み、グラントリノが低い姿勢から足を払う。
四ノ森の《危機感知》が反撃を知らせる。
「右から来る!」
オールマイトは反射的に身を沈めた。
敵の腕が、頭上を通り過ぎる。
オールマイトは、その腕を掴んだ。
「捕まえたぞ!」
「何……!」
オールマイトは腕を引き、敵の体勢を崩す。
そして、全身の力を拳へ集めた。
「これで――!」
だが、オール・フォー・ワンは笑った。
「君なら、そうすると思っていたよ!」
彼の身体から、至近距離の衝撃が放たれた。
オールマイトの身体が弾き飛ばされる。
「オールマイト!」
グラントリノが叫ぶ。
オールマイトは地面を転がり、片膝をついた。
呼吸が乱れる。
身体が思うように動かない。
それでも、彼は立ち上がろうとした。
「くっ……!」
オール・フォー・ワンが、ゆっくりと歩み寄る。
「君は、自分を囮にした。私の腕を掴み、動きを止め、他の者たちが攻撃できる隙を作ろうとした」
敵は笑った。
「その判断自体は間違っていない。だが、君の身体が限界に近いことを忘れたのかね?」
オールマイトは答えなかった。
否定できない。
身体は限界に近い。
力を使うほど、次の一手が遠くなる。
これ以上の戦闘を続ければ、立ち上がれなくなる可能性もある。
それでも。
彼は拳を握り直した。
「……私の身体が限界だからといって、お前が勝ったことにはならない」
オール・フォー・ワンの笑みが消えた。
「何?」
「私は一人で戦っているわけではない」
オールマイトは、仲間たちを見た。
「彼らが、まだ立っている」
その言葉を合図にするように、歴代継承者たちが一斉に動き始めた。
三 奪取の手が届く前に
最初の標的は、与一だった。
オール・フォー・ワンは、オールマイトを無視して突進する。
その速度は、これまでよりも鋭かった。
複数の身体強化に加え、空気抵抗を減らす個性、さらに地面を蹴る力を増幅する個性が重なっている。
与一に向かう。
ただ、それだけの動きだった。
だが、オールマイトには分かった。
兄は、弟を狙っている。
「与一!」
与一は振り返った。
その瞬間、オール・フォー・ワンの手が伸びる。
指先が、与一の肩に触れようとした。
「ようやく、お前を取り戻せる!」
「兄さん……!」
オール・フォー・ワンの手には、個性を奪い取るための力が集まっていた。
彼は、与一の個性を奪おうとしている。
それだけではない。
今、目の前にいる弟を再び自分の手の中へ戻そうとしていた。
与一は逃げなかった。
ただし、無抵抗で受け入れたわけでもない。
彼は、敵の目を見つめた。
「兄さん。僕は、ここにいる」
「黙れ!」
「逃げているわけじゃない。兄さんのことを、忘れたわけでもない」
与一は一歩だけ後ろへ下がった。
「でも、兄さんのものに戻るつもりはない」
その言葉が、オール・フォー・ワンの足を一瞬だけ止めた。
ほんの僅かな躊躇。
だが、戦場では、それだけで十分だった。
「今だ!」
工藤が叫ぶ。
《変速》が、ブルースの動きを急加速させた。
ブルースは地面を蹴り、オール・フォー・ワンの横腹へ突っ込む。
「どけぇっ!」
《発勁》の衝撃が炸裂した。
敵の軌道がずれる。
同時に、万縄の黒鞭が腕へ絡みついた。
「与一には触らせねえ!」
万縄が渾身の力で引っ張る。
煙の《煙幕》が戦場を覆った。
菜奈が空中から降下し、敵の肩へ蹴りを叩き込む。
グラントリノが地面を蹴り、反対側から膝を狙う。
「そこまでだ、オール・フォー・ワン!」
オール・フォー・ワンの身体が、横へ傾いた。
だが、彼は拘束を力ずくで引きちぎろうとした。
「邪魔をするな!」
全身から衝撃が放たれる。
黒鞭が弾かれ、煙幕が吹き飛び、継承者たちが距離を取る。
敵の手は、まだ与一へ向かっていた。
「お前だけは……!」
彼の声に、激しい執着が混じる。
「お前だけは、私の手から離してなるものか!」
「兄さん!」
与一が叫んだ。
「それが、兄さんの本当の望みなの?」
オール・フォー・ワンの動きが止まった。
「……何?」
「世界を支配したいから? 全ての力を集めたいから? 誰にも逆らわせたくないから?」
与一は、悲しげな目で兄を見た。
「それとも、僕が自分の意思で兄さんの手を離れることが、どうしても許せないから?」
「黙れ!」
「兄さんは、僕がいなくなることが怖いんだね」
「黙れと言っている!」
オール・フォー・ワンの拳が、与一へ向かう。
その拳を、オールマイトが受け止めた。
衝撃が響く。
オールマイトの腕が震える。
だが、彼は退かなかった。
「……彼の話を聞いてやれ」
「貴様……!」
「どれだけ否定しようと、与一さんが今、何を望んでいるのかは変わらない!」
オールマイトは歯を食いしばった。
「お前が彼を大切に思っていたとしても、それだけで彼の人生を決めていいわけではない!」
オール・フォー・ワンは、腕に力を込めた。
オールマイトの身体が押し込まれる。
「貴様に、私の何が分かる!」
「全ては分からない!」
オールマイトは叫んだ。
「お前の過去を全て知っているわけでも、恐怖を全て理解できるわけでもない!」
拳が、じりじりと押し返される。
「だが、分からないからこそ、本人に聞くんだ! 本人の答えを、自分の都合のいい言葉にすり替えてはいけない!」
オール・フォー・ワンの腕が震えた。
「私は……!」
「お前が失うことを恐れているなら、その恐怖について話せばいい! 助けが必要なら、助けを求めればいい! しかし、誰かを自分のものにすることで、その恐怖を消そうとするな!」
オールマイトは、彼の拳を押し戻した。
「それは、助けることではない!」
次の瞬間、与一が声を上げた。
「兄さん! 僕は、兄さんのことを憎んでいるだけじゃない!」
オール・フォー・ワンの目が見開かれる。
「……与一?」
「兄さんが僕にしてくれたことを、全て嘘だったとは思っていない。僕が弱かったとき、守ってくれたことも覚えている」
与一は、震える息を整えた。
「でも、僕が兄さんを覚えていることと、兄さんの言うとおりに生きることは別なんだ!」
その言葉は、戦場の騒音を越えて届いた。
「僕は兄さんの弟だ。兄さんと無関係な人間になったわけじゃない。だからといって、兄さんの望みを全部かなえるために生きるわけにもいかない!」
与一の手が、握られる。
「僕だって、自分の未来を選びたいんだ!」
オール・フォー・ワンの顔が、歪んだ。
怒り。
焦燥。
否定。
その全てが、彼の表情に混ざり合っていた。
「……ならば」
彼は低く言った。
「その未来を、今ここで奪ってやる!」
オール・フォー・ワンが力を解放した。
衝撃が、周囲の地面を砕いた。
オールマイトが吹き飛ばされる。
与一もまた、足元をすくわれた。
だが、万縄の黒鞭が彼を掴み、安全な位置へ引き寄せる。
「与一、こっちだ!」
「ありがとう、万縄!」
「礼はいらねえ! まだ終わってねえぞ!」
万縄の言葉どおり、敵はまだ戦う力を残していた。
そして、その執着は、今まで以上に強くなっていた。
四 七人が見た、同じではない未来
「このままでは、攻撃を重ねても決定打にならない!」
工藤が叫んだ。
オール・フォー・ワンは、力を組み合わせるだけでなく、戦場そのものを利用している。
地形を変え、攻撃を連鎖させ、相手の判断を読んで反撃する。
一撃を当てることはできる。
だが、決定的な隙を作る前に、次の手が飛んでくる。
「なら、狙いを変えるしかない」
四ノ森が、敵の動きを観察していた。
《危機感知》は、絶え間なく危険を告げている。
どこへ動いても、危険は消えない。
しかし、四ノ森は警告の中に、わずかな違いを見つけ始めていた。
オール・フォー・ワンは、無数の個性を切り替えるたび、ほんの僅かに身体の動きを変えている。
それら全てを同時に発動できるわけではない。
切り替えのための間がある。
防御を厚くすれば、攻撃の精度が落ちる。
広範囲を攻撃すれば、一点への圧力が弱まる。
大きな力を使った直後には、動きに小さな隙が生じる。
どれほど多くの力を持っていても、彼は全てを完璧に操れるわけではなかった。
「工藤!」
四ノ森が叫ぶ。
「奴は一度に全てを使えない! 攻撃を変える瞬間に、必ず隙ができる!」
「分かった!」
工藤はすぐに状況を見た。
「ブルース、威力を分散させろ! 一発で倒そうとするな!」
「了解!」
「煙、視界を塞ぐだけじゃない! 敵が狙いを切り替える瞬間を隠せ!」
「分かった!」
「万縄、黒鞭を一本に集中させるな! 拘束できなくても、手数を増やして敵の選択を増やせ!」
「任せろ!」
「志村さん、上空から攻撃の方向を見てくれ! グラントリノ、地上で敵の軸を崩す!」
菜奈とグラントリノが頷いた。
「オールマイト!」
工藤が、最後に呼びかける。
「決定打は、あんたが入れろ!」
オールマイトは、荒い息を吐いた。
「……了解しました!」
「ただし!」
工藤の声が鋭くなる。
「一人で突っ込むな! 俺たちが隙を作る。あんたは、その隙を使え!」
オールマイトは一瞬だけ目を見開き、そして笑った。
「分かりました!」
その笑顔に、グラントリノが呆れたように息を吐く。
「やっと少しは人の話を聞く気になったか」
「私だって、学んでいますよ!」
「遅い!」
「手厳しいですね!」
だが、そのやり取りの後、オールマイトの表情が引き締まった。
彼は、もう一度拳を握った。
一人で戦うための力ではない。
仲間たちが作ってくれる道を進むための力だ。
それを、ようやく認めることができた。
「行くぞ!」
工藤が叫ぶ。
戦い方が変わった。
ブルースは、巨大な一撃を狙わなくなった。
《発勁》の蓄積と解放を繰り返し、威力の異なる攻撃を細かく重ねる。
一発目で敵の防御を誘う。
二発目でその反応を確かめる。
三発目で軌道を変え、四発目を工藤の《変速》で急加速させる。
オール・フォー・ワンは防御を切り替えた。
その瞬間、煙が煙幕を広げる。
敵の視界が乱れる。
空気を圧縮して煙を吹き飛ばそうとした、その瞬間。
万縄の黒鞭が、敵の腕へ絡みついた。
一本ではない。
二本。
三本。
次々と伸びる黒鞭が、別々の方向から敵の動きを制限する。
オール・フォー・ワンが力を込める。
黒鞭が引きちぎられそうになる。
しかし、その瞬間、菜奈が空中から飛び込んだ。
敵の肩へ蹴りを入れ、身体の向きを変える。
グラントリノが脚を狙い、敵の重心を崩す。
四ノ森の危機感知が、次の反撃を仲間たちへ伝える。
「今、右だ! そのあと、背後から来る!」
工藤は即座に仲間の速度を調整した。
ブルースが右へ飛び、攻撃を引きつける。
万縄が黒鞭を解除し、敵の背後へ回り込む。
煙が再び視界を覆い、敵は攻撃の切り替えを迫られる。
その瞬間。
「見えた!」
四ノ森が叫ぶ。
「オールマイト、今だ!」
オールマイトは地面を蹴った。
工藤の《変速》が、彼の身体を加速させる。
菜奈の《浮遊》が空中で進路を微調整し、ブルースの《発勁》が、彼の踏み込みを補助するように衝撃を重ねた。
オールマイトの拳が迫る。
オール・フォー・ワンは防御を切り替えようとした。
しかし、その瞬間。
与一が、一歩踏み出した。
「兄さん!」
オール・フォー・ワンの視線が、与一へ向く。
ほんの一瞬。
攻撃を続けるか。
弟へ手を伸ばすか。
彼の中で、その二つの選択が交差した。
その躊躇を、オールマイトは見逃さなかった。
「これで――終わりだ!」
拳が、敵の胸部へ叩き込まれた。
「UNITED――STATES――SMASH!」
衝撃が炸裂した。
オール・フォー・ワンの身体が、地面から離れる。
空中へ吹き飛ばされ、背後の瓦礫を崩しながら後退する。
安寧システムの残滓から伸びていた光の糸が、一斉に乱れた。
記録の光が、戦場全体へ散っていく。
オール・フォー・ワンの制御が崩れたのだ。
彼は地面へ叩きつけられた。
その衝撃で、瓦礫が大きく舞い上がった。
誰もが息を呑んだ。
オールマイトは拳を下ろした。
「……はあっ……はあっ……」
足が震える。
立っていることすら難しい。
それでも、敵から目を離さなかった。
「……どうだ」
オール・フォー・ワンが、瓦礫の中で動いた。
その声に、オールマイトの表情が固まる。
敵は、まだ生きている。
そして、まだ戦う意思を失っていなかった。
五 最後の個性、最後の選択
オール・フォー・ワンは、ゆっくりと顔を上げた。
「……なるほど」
彼は笑った。
「素晴らしい連携だ。本当に、見事だよ」
その声は、先ほどまでよりも低かった。
「互いの欠点を補い、攻撃のタイミングをずらし、私の判断を乱し続けた。個性の性質だけでなく、それぞれの判断まで連携に組み込んだ」
彼は片膝をついたまま、拳を握った。
「だが……それで、私が全てを失うと思うな」
周囲の光が、再び集まり始めた。
安寧システムの残滓。
散らばっていた記録。
人々の願いと後悔。
その光が、オール・フォー・ワンの身体へ流れ込もうとしていた。
「やめろ!」
与一が叫んだ。
「兄さん、それ以上は!」
「黙れ!」
オール・フォー・ワンの周囲で、空気がねじれた。
「お前たちの考えは分かった。自由を尊重する。選択を奪わない。失敗を受け入れる。だが、そのために失われるものを、お前たちは誰が背負うと言うのだ!」
地面が震えた。
「誰かが間違えたせいで苦しむ人々はどうなる! 誰かが自由を求めたせいで傷つく者たちはどうなる! 正しい答えが分からず、何度も迷い続ける人間たちは、誰が救う!」
オール・フォー・ワンの声には、苛立ちだけでなく、何か別のものが混ざっていた。
恐怖。
それを隠すための怒り。
「誰も救えないのなら、私が救うしかない! 私が決めるしかない! 私が全てを手に入れなければ、全てが失われる!」
その言葉を聞いて、オールマイトは一歩前へ出た。
「……お前は、何も失いたくなかったんだな」
オール・フォー・ワンの顔が歪む。
「黙れ!」
「全てを手に入れたかったのではない。失うことに耐えられなかった。だから、奪われないように力を集めた。誰も自分から離れられないように、選択肢を狭めていった」
オールマイトは、敵を見据えた。
「だが、それを続ける限り、お前は誰かを大切にすることができない」
「私は……!」
「誰かを失うことが怖いのなら、その恐怖を抱えたまま生きるしかないんだ!」
オールマイトの声が響いた。
「他人の未来を奪っても、その恐怖は消えない! 支配できるものが増えるほど、失うことを恐れるものも増えていく!」
彼は拳を握った。
「お前が本当に恐れているものは、力が足りないことではない!」
オール・フォー・ワンは、言葉を失った。
「自分の手から誰かが離れ、自分とは違う答えを選ぶことだ!」
「違う……!」
「違わない!」
オールマイトが、もう一歩前へ出る。
「誰かが自分の意思で離れていくことを認める。その人が、自分とは違う未来を選ぶことを認める。それでも相手を大切に思うことを、お前は恐れている!」
オール・フォー・ワンの身体から、衝撃が放たれた。
オールマイトが吹き飛ばされる。
「オールマイト!」
グラントリノが叫ぶ。
しかし、オールマイトは地面へ倒れながらも、拳を下ろさなかった。
彼は立ち上がろうとする。
身体が動かない。
それでも、手を伸ばした。
「……まだだ」
指先が、地面を掴む。
「まだ……終わっていない……!」
グラントリノが駆け寄ろうとした。
その前に、工藤が手を上げる。
「待て。俺たちが行く」
彼はブルースへ視線を向けた。
ブルースが頷く。
万縄が黒鞭を広げ、煙が煙幕を展開する。
菜奈は空中へ浮かび、四ノ森は敵の動きを注視した。
グラントリノが、オールマイトの隣へ立つ。
「お前は休んでろ」
「しかし……」
「お前は、もう十分に戦った」
グラントリノは言った。
「今度は俺たちに任せろ」
オールマイトは、彼を見つめた。
その言葉を聞いて、胸の奥に何かが落ち着いた。
今まで、彼は助ける側でいようとした。
誰かが危険なら、自分が前へ出る。
誰かが傷つくなら、自分が代わりに背負う。
誰かが絶望するなら、自分が笑顔を見せる。
それが、自分にできることだと信じていた。
だが、今は違う。
彼の前には、自分を支える者たちがいる。
彼の後ろには、未来を受け取る者たちがいる。
そして、彼と同じように、誰かを守るために戦う者たちがいる。
全てを一人で背負わなくてもいい。
「……分かりました」
オールマイトは、静かに答えた。
グラントリノは、満足そうに頷いた。
「最初からそう言え」
そして、彼らは再び敵へ向き直った。
オール・フォー・ワンは、記録の光を引き寄せようとしている。
しかし、その動きには乱れがあった。
安寧システムの残滓は、彼の命令に完全には従っていない。
記録の光が集まるたび、別の方向へ逃れようとする。
彼が全てを支配しようとするほど、制御は不安定になっていた。
その現象が何を意味するのか。
まだ、誰にも分からない。
ただ、少なくとも。
人々の願いが、全て一つの答えへ従っているわけではない。
その事実だけは、戦場にいる全員が見ていた。
「……お前たちは、何をしている?」
オール・フォー・ワンが、記録の光へ向かって呟いた。
光は答えない。
意思を持っているのか。
それとも、記録の不整合が生じているだけなのか。
判断できる者はいなかった。
しかし、与一は、その光を見つめたまま呟いた。
「誰かの願いは、誰かの命令だけで動くものじゃないんだ……」
その言葉に、オール・フォー・ワンの目が鋭くなる。
「ならば、従わせてみせる!」
彼が、最後の力を振り絞った。
地面が隆起する。
周囲の瓦礫が浮かび上がる。
無数の腕が、全方向から継承者たちへ迫った。
「来るぞ!」
工藤が叫んだ。
ブルースが前へ出る。
万縄の黒鞭が広がる。
煙幕が戦場を覆う。
菜奈が空中へ飛び、グラントリノが地上を駆ける。
四ノ森が攻撃の兆候を伝え、工藤がそれぞれの動きを加速させる。
彼らは、互いに同じ動きをしなかった。
一人が攻撃を受け止める。
一人が攻撃を避ける。
一人が仲間を助ける。
一人が敵の隙を作る。
そして、一人がその隙へ踏み込む。
誰かが選んだことを、全員が無条件に正解だと信じているわけではない。
必要なら、互いに判断を修正する。
危険なら、別の方法を探す。
それが彼らの連携だった。
「オールマイト!」
工藤が叫んだ。
「最後の隙を作る! その先はあんたが決めろ!」
オールマイトは、立ち上がった。
身体は限界に近い。
腕は震えている。
それでも、彼は頷いた。
「任せてください!」
六 奪われなかった一瞬
戦場が、一つの動きへ収束した。
ブルースが地面を蹴り、《発勁》を解放する。
オール・フォー・ワンが腕を構えた。
しかし、工藤の《変速》がブルースの速度を変え、攻撃の軌道をずらす。
敵は防御を切り替える。
その瞬間、煙が煙幕を広げた。
オール・フォー・ワンが空気の圧縮で煙を吹き飛ばそうとする。
だが、万縄の黒鞭が、その腕へ絡みついた。
「今だ!」
万縄が叫ぶ。
菜奈が空中から降下し、敵の肩を蹴る。
グラントリノが足元へ滑り込み、重心を崩す。
四ノ森の《危機感知》が反撃の兆候を伝える。
「後ろだ! 次は、左から来る!」
工藤が《変速》で仲間たちの位置を入れ替える。
オール・フォー・ワンの攻撃が、誰もいない空間を切り裂いた。
その瞬間。
「行け、オールマイト!」
グラントリノの声が響いた。
オールマイトは走った。
いや、走ろうとした。
疲労した身体が、思うように動かない。
足が一瞬、もつれた。
「くっ……!」
その一瞬で、オール・フォー・ワンの視線が向く。
「遅い!」
敵が最後の反撃を放った。
大きな拳。
複数の個性が重なり、衝撃を増幅させた一撃。
その拳が、オールマイトへ迫る。
避けきれない。
そう判断した瞬間、オールマイトの前へ、黒鞭が伸びた。
万縄が、敵の腕を引く。
「好きにはさせねえ!」
拳の軌道が、わずかに逸れる。
その隙に、菜奈が浮遊してオールマイトの身体を横へ押し出した。
四ノ森の警告が飛ぶ。
工藤の《変速》が、オールマイトの足を加速させる。
そして、ブルースの《発勁》が、地面へ衝撃を叩き込んだ。
身体が前へ進む。
オールマイトの拳が、敵の防御へ届く。
だが、その前に。
オール・フォー・ワンの手が、彼の胸元へ伸びていた。
「今度こそ、ワン・フォー・オールを奪う!」
オール・フォー・ワンの指先に、個性を奪う力が集まる。
オールマイトは、その手を見た。
かつて、自分の師から受け取った力。
多くの人間が命を懸けて繋いできた力。
それを奪われれば、何もかもが終わるわけではない。
彼は、そう考えた。
力が失われたとしても、これまで受け取ったものが消えるわけではない。
継承者たちが生きた事実も。
彼らが託した願いも。
自分が守ろうとしてきた人々も。
その全てが、力と一緒に奪われるわけではない。
だから、恐れるな。
力があるから戦えるのではない。
守りたいものがあるから、戦うのだ。
オールマイトは、敵の手を避けた。
そして、その腕を掴んだ。
「お前に――」
オール・フォー・ワンの目が見開かれる。
「奪わせはしない!」
オールマイトは身体を捻り、敵の軸を崩した。
グラントリノが敵の膝へ蹴りを入れる。
工藤が加速を与える。
ブルースが運動エネルギーを解放する。
万縄が黒鞭で敵の片腕を拘束する。
菜奈が浮遊し、敵の姿勢を崩す。
煙が視界を塞ぎ、四ノ森が最後の危険を伝える。
七人の継承者たちが作り出した一瞬の隙。
オールマイトは、その全てを受け取った。
しかし、拳を振るう最後の判断は、誰かに命じられたものではなかった。
彼自身が決めた。
この一撃を、何のために放つのか。
何を守るために、立っているのか。
どんな未来を残したいのか。
その答えを、自分で選んだ。
「UNITED――」
オール・フォー・ワンが、彼の腕を振り払おうとする。
「まだだ!」
グラントリノが叫ぶ。
「最後まで押せ!」
オールマイトは、拳を握った。
「STATES――」
拳が走る。
「SMASH!!」
衝撃が、戦場を貫いた。
オール・フォー・ワンの身体が、今度こそ地面へ叩きつけられた。
安寧システムの残滓から伸びていた光が、激しく乱れる。
記録を束ねていた構造が崩れ、光の糸が次々と切れていった。
空中に浮かんでいた記録が、ゆっくりと散っていく。
オール・フォー・ワンは、起き上がろうとした。
腕が震える。
身体が動かない。
もう一度力を集めようとする。
だが、先ほどまでのように記録の光が集まってこなかった。
彼は、初めて戦場の静けさを聞いた。
自分の命令に従わないものが、そこにある。
自分の力で押さえつけられないものが、そこにある。
他者が、自分の望みとは違う選択をしている。
彼が最も恐れていた光景だった。
「……なぜだ」
オール・フォー・ワンが呟いた。
「なぜ、従わない……!」
与一が、静かに答えた。
「それが、誰かの願いだからだよ」
兄は弟を見た。
「願いは、兄さんの命令をかなえるために生まれたものじゃない」
与一は一歩、前へ出た。
「誰かが何かを望んだとき、その願いがどこへ向かうのかは、その人自身が考えなければならない。間違えたなら、考え直すこともできる。別の未来を選び直すこともできる」
彼は、悲しげに目を伏せた。
「でも、誰かが自分の望む形へ押し込んだら……それはもう、その人の願いとは呼べないんだ」
オール・フォー・ワンは、答えなかった。
彼の拳が、地面を握りしめる。
「……私は」
言葉が途切れる。
「私は……ただ……」
与一は、その続きを待った。
しかし、兄は最後まで言わなかった。
代わりに、彼は顔を上げた。
その瞳には、まだ敵意が残っていた。
「……これは、終わりではない」
オール・フォー・ワンは、低い声で言った。
「私の力は、まだ残っている。私が築いてきたものも、全て消えたわけではない。お前たちが私を倒したところで、人間が抱く矛盾は消えない」
オールマイトは、静かに答えた。
「……その通りだ」
敵は一瞬、言葉を失った。
「何?」
「お前を止めたからといって、人々が迷わなくなるわけではない。誰も間違えなくなるわけでもない。誰かを助けたいと願う人間が、絶対に正しい選択をするようになるわけでもない」
オールマイトは、拳を下ろした。
「だが、それは、お前が全てを決めていい理由にはならない」
彼は、敵を見据えた。
「これから先も、私たちは間違えるかもしれない。傷つけてしまうこともあるだろう。取り返しのつかない選択をしてしまうことだってあるかもしれない」
一度、息を吐く。
「だからこそ、考える。責任を引き受ける。必要なら、やり直す。そして、他の誰かに同じ間違いを繰り返させないために、何ができるかを探すんだ」
彼は、ゆっくりと言った。
「お前が全てを奪って決める必要はない」
オール・フォー・ワンは、長い沈黙の後、笑った。
それは、勝利を確信した笑いではなかった。
「……君たちは、本当に甘いな」
「そうかもしれない」
オールマイトは答えた。
「だが、その甘さを理由に、人の未来を奪わせるわけにはいかない」
七 強欲の敗北
戦いは、そこで決着した。
オール・フォー・ワンは、立ち上がることができなかった。
安寧システムの残滓を利用した攻撃は途切れ、記録の光を自在に束ねることもできなくなっていた。
それでも、誰も彼に背を向けなかった。
グラントリノが警戒を解かず、敵の動きを見張る。
工藤は距離を取りながら、仲間たちの安全を確認する。
ブルースは呼吸を整え、四ノ森は残る危険の兆候を探っていた。
万縄は黒鞭を維持し、煙は煙幕を薄く広げたまま周囲を確認する。
菜奈は空中から降り、オールマイトの隣へ立つ。
与一は、兄から視線を逸らさなかった。
誰も、勝利したからといって油断してはいなかった。
「……終わったのか?」
ブルースが呟いた。
工藤はしばらく敵を見つめ、首を横に振った。
「この戦いは終わった。だが、全部が終わったわけじゃない」
彼は安寧システムの残滓へ目を向けた。
「こいつが何を利用していたのか。どうして記録があのような形で反応したのか。そこは、まだ何も解決していない」
四ノ森が頷く。
「それに、俺たちがこの身体でここにいる理由も、分かっていない」
彼は自分の手を見下ろした。
確かに、手はそこにある。
地面を踏む感覚もある。
呼吸もできる。
戦うこともできた。
夢の中にいるわけではない。
ただ、なぜこの時代に自分たちが戻ってきたのか、その理由は分からなかった。
「……俺たちは、戻ってきた」
菜奈が静かに言った。
「それは確かね」
彼女はオールマイトを見た。
「でも、なぜ戻ってきたのか。それを、誰かが勝手に決めてしまうのは違うと思う」
オールマイトは頷いた。
「ええ。今は、断定すべきではないでしょう」
その答えに、与一は少しだけ安堵したように目を伏せた。
分からないことを、分からないままにしておく。
それは、答えから逃げることとは違う。
今は、分かることと、分からないことを分けなければならない。
そして、分からないことを明らかにするために、何を調べるべきかを考える。
オール・フォー・ワンは、その様子を見ていた。
「……君たちは、まだ調べるつもりか」
「当然だ」
グラントリノが答えた。
「お前が何をやったか、何を利用したか、その責任をどこまで負うのか。はっきりさせなきゃならん」
オール・フォー・ワンは笑う。
「責任、か。君たちは、本当に責任という言葉が好きだな」
「好きで使っているわけじゃない」
グラントリノは鋭く言った。
「必要だから使うんだ」
オールマイトも、静かに続けた。
「お前の過去に、何があったのか。何を失い、何を恐れていたのか。それを知ることは必要かもしれない。だが、それによって、お前が他者へ与えた被害が消えるわけではない」
彼は、オール・フォー・ワンを見据えた。
「理解することと、許すことは違う。お前が何を望んでいたのかを知ることと、その望みを正しいと認めることも違う」
オール・フォー・ワンは、視線を逸らさなかった。
「ならば、君たちは私を罰するのか」
「お前がしたことについて、責任を問う」
オールマイトは答えた。
「お前自身が、これまでの行為と向き合わなければならない。それを、誰かの願いのせいにも、世界の仕組みのせいにも、弱さのせいにもできない」
沈黙が落ちた。
オール・フォー・ワンの顔から、笑みが消えた。
彼が欲していたのは、全てを思い通りに動かす力だった。
自分の周囲にあるものを、全て制御する力。
誰かに拒絶されない力。
誰かが離れていくことを防ぐ力。
自分の恐怖を、自分の力で消し去る力。
だが、いま目の前にいる者たちは、そのどれも受け入れなかった。
彼の恐怖を理解しようとしても、彼の望みをかなえるために未来を差し出すわけではない。
彼の弟は、彼の過去を否定しない。
だが、自分の未来まで明け渡すつもりはない。
彼を打ち倒したオールマイトは、彼の苦しみを否定しない。
だが、その苦しみを理由に他者を支配することも許さない。
オール・フォー・ワンにとって、それは敗北だった。
力の差だけで決まる敗北ではない。
自分の理屈を、相手の人生にまで押し通せなかったことによる敗北だった。
彼は、動かなくなった腕を見つめた。
「……私は、まだ失っていない」
誰に言うでもなく、呟く。
与一は、その言葉を聞いた。
「兄さん」
オール・フォー・ワンは、顔を上げる。
「僕は、兄さんの全てを否定するつもりはない」
兄の目が、わずかに揺れた。
「でも、兄さんがこれまでしてきたことを、なかったことにするつもりもない。これから何を選ぶのかは、兄さん自身が考えなければならない」
与一は、静かに続けた。
「僕がその答えを代わりに決めることも、兄さんが僕の答えを代わりに決めることも、違うと思う」
オール・フォー・ワンは、何も言わなかった。
与一は、もう一度だけ兄を見つめた。
「僕は、兄さんを止めるよ。これ以上、誰かの未来を奪わせないために」
そして、一歩下がった。
その距離は、兄を見捨てた距離ではなかった。
自分自身の意思を保ったまま、兄と向き合うための距離だった。
八 勝利では終われない
戦場に、静けさが戻った。
オールマイトは、ようやく肩の力を抜いた。
その瞬間、身体から力が抜け、膝が折れかける。
「おい!」
グラントリノが支えた。
「だから、無茶をするなと言っただろうが!」
「……申し訳ありません」
「謝罪は何度目だ!」
「数えていません……」
「そこは数えろ!」
グラントリノの怒鳴り声に、ブルースが苦笑した。
「相変わらずだな、あんたたち」
「お前も笑っていないで、周囲を警戒しろ!」
「はいはい」
だが、ブルースの目は、すぐに真剣なものへ戻った。
戦いは終わった。
けれど、戦場に残されたものは、決して少なくない。
散らばった記録の光。
不完全なまま反応を続ける安寧システムの残滓。
そして、なぜか肉体を伴って蘇った歴代継承者たち。
これらは、単なる戦闘の余波ではない。
この世界のどこかに、まだ解明されていない仕組みが存在している可能性を示していた。
ただし、その仕組みが何なのか。
誰が動かしているのか。
なぜ歴代継承者たちが、いまこの場所に戻ってきたのか。
どれも、現時点では断定できない。
オールマイトは、散らばった記録の光へ視線を向けた。
その中には、誰かの願いが残されているのかもしれない。
誰かの後悔が。
誰かの選択が。
あるいは、誰にも知られていない、何かの記録が。
しかし、記録は人間そのものではない。
記録に残った言葉だけで、その人の人生の全てを知ったつもりになってはいけない。
記録された願いだけで、その人が何を望んでいたのかを決めつけてもいけない。
そして、過去に何があったのかを知ることと、これから何をするべきかを決めることは、別の問題だ。
「……オールマイト」
工藤が声をかけた。
「これから、どうする?」
オールマイトは、少し考えてから答えた。
「まずは、この記録を調査する必要があります。オール・フォー・ワンが何をしていたのか。その仕組みが、どこまで人々の意思に影響を与えていたのか」
彼は与一を見る。
「そして、彼が残した問題を、単に倒したという事実だけで終わらせないことです」
与一が頷いた。
「僕も協力するよ」
「ありがとうございます」
「ただし」
与一は、兄へ視線を向けた。
「兄さんの過去を知ることと、兄さんの望みをかなえることは別だ。僕は、そこを間違えたくない」
オールマイトは、深く頷いた。
「ええ。その区別は、決して忘れてはいけません」
グラントリノが腕を組む。
「それで、次は誰のところへ向かう?」
オールマイトは答える前に、遠くを見た。
この戦いで、彼らは確かにオール・フォー・ワンを打ち倒した。
しかし、敵が利用してきたものは、オール・フォー・ワン一人の心の中だけに存在していたわけではない。
他人を救いたいという気持ち。
誰かを守りたいという願い。
失敗を恐れる心。
未来が分からないことへの不安。
それらは、誰の中にも生まれ得るものだ。
そして、その気持ちを利用する仕組みが存在するのなら、別の誰かが同じように利用する可能性もある。
だから、勝利したという事実だけで終わるわけにはいかない。
「……サー・ナイトアイのところへ」
オールマイトは、静かに答えた。
グラントリノが目を細める。
「ナイトアイか」
「はい。未来を見通す能力を持ち、その未来を変える可能性についても、誰より深く考えてきた人物です」
オールマイトは、少しだけ拳を握った。
「彼が残したものにも、向き合わなければなりません」
その名前を聞いて、彼の胸に浮かんだのは、かつての相棒の姿だった。
未来を予知する男。
冷静で、厳格で、常に先を見ようとしていた男。
その彼が、未来を変えられないと判断したとき、何を見落としていたのか。
その問いは、今の彼らにとって、決して無関係ではなかった。
与一が、静かに言った。
「未来が分かることと、その未来が正しいと決まることは、同じじゃないんだね」
「ええ」
オールマイトは頷いた。
「未来を知ることができても、誰かがその未来を変えようとする可能性まで、完全に消せるわけではありません」
菜奈が、穏やかな声で続けた。
「それに、未来を変えることが必ずしも成功するとは限らない。だからこそ、その可能性をどう扱うかが大切なのね」
「……はい」
オールマイトは、遠くを見つめた。
未来を変えようとする者たち。
未来を知っている者たち。
未来を決めつけようとする者たち。
そして、他人が決めた未来の中で、選択する機会を奪われてきた者たち。
彼らの問題は、オール・フォー・ワンの敗北だけでは解決しない。
それぞれが抱えてきた思いと向き合わなければならない。
それぞれが犯した過ちを、見つめなければならない。
そして、それぞれが自分の未来を選び直せるように、何が必要なのかを考えなければならない。
「……勝利では終われない、か」
グラントリノが呟いた。
オールマイトは、小さく頷いた。
「ああ」
彼は、倒れた魔王を見つめた。
「勝利は必要です。悪意を止め、誰かを傷つける行為を止めるために」
そして、散らばった光を見る。
「ですが、勝利だけでは足りない。何が人々を追い詰め、誰がその傷を利用したのかを知らなければ、同じことが繰り返されるかもしれない」
彼は、静かに息を吐いた。
「私たちは、そこまで向き合わなければならないのでしょう」
歴代継承者たちは、それぞれの思いを抱えながら頷いた。
彼らは、自分たちの時代を生きた。
そこで選び、失い、託した。
そして今、自分たちがなぜここにいるのかも分からないまま、再び未来へ関わることになった。
彼ら自身にも、答えが必要だった。
しかし、答えを急いで作る必要はない。
分からないことは、分からないままにしておく。
そのうえで、何が分かっているのかを確かめ、次に何をすべきなのかを選ぶ。
それが、今の彼らにできることだった。
オール・フォー・ワンが、瓦礫の中で低く笑った。
「……君たちは、これで全てが変わると思っているのかね」
オールマイトは、振り返った。
「いいえ」
敵の目を見つめる。
「全てが変わったとは思っていません」
オール・フォー・ワンは、薄く笑った。
「ならば、私を倒したところで何も変わらないではないか」
「違います」
オールマイトは答えた。
「お前が止められたことで、これ以上お前に未来を奪われずに済む人がいる。お前が利用してきた仕組みを調べる機会も生まれた。それは、確かな変化です」
彼は一歩前へ出た。
「ただ、それだけで十分だと思っていないということです」
オール・フォー・ワンは、黙った。
「この先も、誰かが間違えるでしょう。誰かが誰かを傷つけることもあるでしょう。それでも、だからといって、誰か一人に全てを支配させるわけにはいかない」
オールマイトは、静かに言った。
「私たちは、そのたびに考え、必要なものを変えていきます」
彼は、拳を開いた。
「未来を守るというのは、誰かの選択を奪うことではない。誰かが選び直せる可能性を、残しておくことでもあるのです」
オール・フォー・ワンは、何も答えなかった。
彼が何を考えていたのかは、誰にも分からない。
ただ、彼の手は、もう記録の光を掴めなかった。
そこにあったのは、魔王の敗北だった。
そして、勝者たちがこれから向き合わなければならない、長い課題の始まりでもあった。
九 強欲編、終幕
戦場を離れる前に、オールマイトはもう一度、歴代継承者たちの姿を見た。
彼らは、確かにそこにいた。
顔も、声も、体温もある。
手を伸ばせば触れられる。
声をかければ応えてくれる。
それでも、なぜ今ここにいるのか、その理由は分からない。
オールマイトは、一人ひとりの顔を見つめた。
「皆さん……本当に、ありがとうございます」
工藤が肩をすくめる。
「礼を言うのはまだ早い。俺たちがどうしてここにいるのかも、まだ分からないんだからな」
ブルースが頷いた。
「それに、まだやることが残っている」
四ノ森は、静かに手を見つめた。
「俺たちがここに戻ってきたことに意味があるのかもしれない。だが、その意味を誰かが先に決めるべきではないだろう」
万縄が笑う。
「ま、少なくとも今は、目の前の問題を片づける。それでいいんじゃねえか?」
煙が頷く。
「分からないものを、無理に一つの答えへまとめる必要はない。調べられることから調べればいい」
菜奈は、オールマイトを見た。
「あなたも、ひとりで全部を背負わないこと。これからは、頼れる人を頼りなさい」
オールマイトは、少しだけ目を伏せた。
「……はい」
その返答に、グラントリノが鼻を鳴らす。
「本当に分かっているんだろうな?」
「もちろんです」
「その言い方は信用ならん」
「グラントリノ……」
小さな笑い声が、戦場に響いた。
ほんの一瞬。
厳しい戦いの後に訪れた、穏やかな時間。
けれど、それを長く続けることはできなかった。
まだ、安寧システムの残滓が残っている。
オール・フォー・ワンが利用してきた仕組みの全容も分からない。
そして、別の場所では、別の人々が、自分たちの過去と未来に向き合おうとしていた。
オールマイトは、与一を見た。
「与一さん。今後、何を調べるにしても、あなたの意思を尊重します」
与一は頷いた。
「ありがとう。でも、僕も自分のことを考えなければならないと思う。兄さんの弟であることは変わらない。でも、だからといって、僕が何をするべきかまで決まっているわけじゃない」
彼は、遠くを見た。
「僕も、自分の未来を選びたいんだ」
その言葉を聞いて、オールマイトは微笑んだ。
「ええ。それが何より大切なことだと思います」
戦場の外へと歩き出す。
その背後で、オール・フォー・ワンは拘束され、動きを封じられていた。
彼の敗北は確かだった。
彼が何をしたのか。
何を利用したのか。
どんな責任を負わなければならないのか。
それらは、これから明らかにされていくことになる。
しかし、彼が抱いていた恐怖や願いを理解しようとすることは、彼の罪を消すことではない。
彼が失うことを恐れていたとしても、その恐怖が他者の未来を奪う理由にはならない。
それでも、その問題を彼一人の異常性として片づけてしまえば、同じ構造が別の場所で繰り返される可能性がある。
だから、戦いの後にも向き合う必要がある。
なぜ誰かの願いが、別の誰かを支配する道具になったのか。
なぜ自由を望んだ人間が、他人の自由を奪うようになったのか。
なぜ、未来を守りたいという願いが、未来を決めつける行為へ変わってしまうのか。
その問いは、これからの戦いへ引き継がれていく。
オールマイトは、遠くに見える空を見上げた。
「……これで、強欲編は終わりです」
彼の声は、静かだった。
「ですが、私たちの仕事は続きます」
グラントリノが隣に立つ。
「当然だ」
工藤たちも、その後ろへ並んだ。
彼らが受け継いできたものは、一つの力だけではない。
間違いを認めること。
自分とは違う答えを聞くこと。
誰かが自分の意思で離れていくことを認めること。
そして、過去に何があったとしても、今から何を選ぶかを考えること。
それらは、誰かが一度に教え込めるものではない。
自分自身が選び、失敗し、学び続ける中で、初めて自分のものになっていく。
その可能性を、誰にも奪わせない。
それが、彼らの次の戦いへ繋がっていく。
強欲編、終幕。
そして、新たな問いが始まる。
未来を知る者は、何を見落としたのか。
強欲編終幕。次話傲慢編開幕通形ミリオ、壊理、サー・ナイトアイ、センチピーダー、バブルガール、ロックロック、リューキュウ、波動ねじれ