僕のヒーローアカデミア 原罪   作:神代シン

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第五十八話「緑谷出久は、何を救う」

一 救う相手を、間違えるな

瓦礫が降っていた。

 

砕けた高架道路の残骸が、空中で回転しながら落下してくる。崩壊に巻き込まれた建物の外壁は、粉塵を撒き散らしながら道路へ崩れ落ちた。

 

その中心を、緑谷出久は駆けていた。

 

「――フルカウル!」

 

脚部へ力を集中させる。

 

大きく踏み込んだ足が、ひび割れた道路を蹴った。出久の身体が一気に加速し、目の前に迫る瓦礫を飛び越える。

 

直後、危険感知が全身を貫いた。

 

「右!」

 

出久は空中で身体をひねった。

 

死柄木弔の腕が、彼のいた場所を薙ぎ払う。

 

触れれば終わる。

 

出久は黒鞭を伸ばし、倒れかけた建物の鉄骨へ絡ませた。身体を横へ引き、死柄木の攻撃を紙一重でかわす。

 

だが、死柄木はすでに次の一手へ移っていた。

 

「遅い」

 

振り返りざまの蹴り。

 

出久は両腕を交差させて防御したが、威力を受け止めきれず、数メートル後方へ吹き飛ばされた。

 

地面を転がり、砕けた舗装へ片手をつく。

 

「っ……!」

 

腕が痺れていた。

 

それでも、出久はすぐに立ち上がった。

 

死柄木は待っていない。

 

彼の指先が、地面へ向かう。

 

出久は黒鞭を放ち、近くにあった大型車両を引き寄せた。

 

車両が地面を滑る。

 

崩壊が広がる進路へ、横向きに割り込んだ。

 

しかし、死柄木が腕を振るっただけで、車両は細かな破片へ変わっていく。

 

「そんなもので止められると思うなよ!」

 

「止めるためじゃない!」

 

出久は上空へ跳んだ。

 

「一瞬でも、進む方向を変えるためだ!」

 

彼は黒鞭を複数方向へ伸ばす。瓦礫を引き寄せ、崩壊の進路を分散させる。さらに浮遊を使い、自分の身体を空中へ固定した。

 

死柄木の進行方向に、わずかな隙間が生まれる。

 

そこへ、出久は踏み込んだ。

 

「デラウェア・スマッシュ!」

 

指先から放たれた衝撃が、死柄木の肩を打つ。

 

死柄木の身体が、ほんのわずかに傾いた。

 

出久は、その隙に横へ回り込み、腕を掴もうとする。

 

しかし、死柄木は逆の手を伸ばした。

 

「――っ!」

 

出久は身を引いた。

 

指先が、制服の袖を掠める。

 

危険感知が警告を鳴らし続けていた。

 

死柄木は笑っていた。

 

「なあ、緑谷。お前は何を救いたいんだ?」

 

「……!」

 

「俺を救いたい。そう言ったな」

 

死柄木の腕が伸びる。

 

出久は黒鞭でその軌道を逸らし、空中で体勢を立て直した。

 

「でも、俺を救うために、目の前にいる人間を見捨てるのか?」

 

死柄木は、出久の背後を指さした。

 

そこには、崩壊しかけた建物の中で救助を続けるサイドキックたちがいた。

 

「俺を止めるために、あいつらを危険にさらすのか?」

 

「そんなつもりはない!」

 

「つもり?」

 

死柄木は嗤った。

 

「結果はどうでもいいのか?」

 

出久は、言葉を詰まらせた。

 

死柄木は続ける。

 

「お前は俺に手を伸ばしたい。俺を人間として見たい。俺が何を失ったのか知りたい。だが、そのために誰かが傷ついても、お前は手を伸ばし続けるのか?」

 

彼の声が、冷たく響く。

 

「救いたいという気持ちがある限り、そのための犠牲は許されるのか?」

 

出久は、拳を握りしめた。

 

「……違う」

 

「何が違う?」

 

「僕は、君を救いたいという理由で、誰かを犠牲にするつもりはない」

 

「だが、俺を止めなければ、もっと多くの人間が死ぬ」

 

死柄木は、一歩前へ出た。

 

「俺に手を伸ばすことを優先すれば、助けられない人間が出る。俺を倒すことを優先すれば、俺の中にいるものを見落とすかもしれない」

 

彼は両手を広げた。

 

「さあ、どうする?」

 

出久は答えられなかった。

 

死柄木が、その沈黙を楽しむように目を細める。

 

「お前の救済は、誰を優先する?」

 

その瞬間、背後から爆発音が響いた。

 

「――デク! ぼさっとしてんじゃねえ!」

 

爆豪勝己が、上空から飛び込んできた。

 

「質問に答える前に、まず生き残れ!」

 

爆発が弾ける。

 

死柄木の身体が横へ弾かれた。

 

爆豪は出久の隣へ着地し、すぐに再び加速する。

 

「話の途中だぞ、爆豪君!」

 

「戦場で面接してんじゃねえ!」

 

爆豪の拳から、火花が散った。

 

「救いたい相手がいるなら、まず目の前の状況をどうにかしろ! 頭の中だけで答えを探してる暇があるか!」

 

「……わかってる!」

 

出久は顔を上げた。

 

爆豪は死柄木から目を離していない。

 

彼は、出久が何を考えているのか、すべて理解しているわけではない。

 

それでも、出久の迷いを理由に、自分の役割まで放棄するつもりはなかった。

 

「俺は俺のやることをやる!」

 

爆豪は手を構えた。

 

「お前は、お前の頭で考えろ!」

 

「……ありがとう、爆豪君!」

 

「礼は後だ、デク!」

 

二人が同時に走り出した。

 

死柄木が、笑った。

 

「いいな。二人とも、まだ自分の正義を信じている」

 

彼の指先が、地面へ触れる。

 

「なら、その正義がどこまで持つのか、見せてもらおうか!」

 

崩壊が、再び戦場を覆った。

 

二 爆豪勝己の戦い方

爆豪は、死柄木の正面へ飛び込んだ。

 

右手から爆発。

 

左手から爆発。

 

身体を回転させ、両腕を交差させながら連続して爆発を放つ。

 

「――爆ぜろ!」

 

爆煙が広がる。

 

死柄木は、腕を交差させて衝撃を受け止めた。

 

その瞬間、爆豪は空中で姿勢を変えた。

 

「まだだ!」

 

両手の爆発を一瞬だけ止め、身体を横へ滑らせる。

 

そのまま死柄木の側面へ回り込み、至近距離から爆発を叩き込んだ。

 

死柄木の身体が、後方へ飛ぶ。

 

だが、彼は倒れなかった。

 

着地と同時に地面へ手をつき、爆豪へ向けて突進する。

 

爆豪は後退しながら、爆発を連続させた。

 

「チッ……!」

 

死柄木の反応速度が上がっている。

 

こちらの攻撃を見てから避けるのではない。攻撃の起点を察知し、爆発の方向を読んで動いている。

 

単純に出力を上げるだけでは、突破できない。

 

爆豪は、死柄木の目を見た。

 

死柄木は、出久の方を何度も確認していた。

 

爆豪の攻撃は、邪魔ではある。

 

しかし、彼が本当に意識を向けているのは出久だ。

 

出久が何を言うのか。

 

出久が何を選ぶのか。

 

その反応を引き出すことこそ、死柄木の狙いなのだろう。

 

爆豪は、舌打ちした。

 

「……てめえ、デクを試してやがるのか」

 

死柄木は答えなかった。

 

その沈黙が、答えのようなものだった。

 

「ふざけんなよ」

 

爆豪の声が低くなる。

 

「デクが何を考えてるかなんざ、俺が決めることじゃねえ。だが、てめえの暇つぶしに付き合わせるために、あいつが立ってるわけでもねえ!」

 

爆発が走る。

 

今度は、死柄木の足元。

 

爆豪は地面を爆破し、死柄木の重心を崩した。

 

そのまま上空へ跳び、身体を大きく回転させる。

 

「――徹甲!」

 

圧縮された爆発が、死柄木の防御へ突き刺さった。

 

衝撃が、腕を通して胴体へ抜ける。

 

死柄木の身体が、大きく後退した。

 

「……なるほど」

 

彼は、片腕を振った。

 

「お前は、俺を救うつもりがないんだったな」

 

爆豪は、即座に答えた。

 

「俺の考えを勝手に決めんな!」

 

「なら、どうする?」

 

死柄木が問う。

 

「俺を倒すのか? 俺を殺すのか? それとも、俺が変わるのを待つのか?」

 

「倒す必要があるなら、倒す!」

 

爆豪は、言い切った。

 

「お前が何を選ぶかを、俺が決めるつもりはねえ! だが、今ここでお前がやってることを、止める必要があることは変わらねえ!」

 

死柄木は、ほんの少しだけ目を見開いた。

 

爆豪は続けた。

 

「デクが、てめえに何を見つけようとしてるのかは知らねえ。だが、あいつが誰かを救いたいと思うことまで、否定する気はねえ!」

 

爆豪の身体から、火花が散る。

 

「ただし、あいつの思いが正しいかどうかは、あいつ自身が考えることだ!」

 

彼は、死柄木を睨みつけた。

 

「てめえが、その答えを無理やり引き出そうとするんじゃねえ!」

 

爆豪は地面を蹴った。

 

死柄木が腕を振るう。

 

爆豪は空中で身体を反転させ、爆発の反動で軌道を変えた。

 

死柄木の攻撃が空を切る。

 

その隙に、爆豪は死柄木の背後へ回り込む。

 

両手を構える。

 

「――最大出力!」

 

爆発が、一点へ集中した。

 

衝撃が、死柄木の身体を大きく押し流す。

 

その先には、ロックロックが固定した巨大なコンクリート壁が待っていた。

 

死柄木の身体が、壁へ激突する。

 

「今だ、デク!」

 

爆豪が叫んだ。

 

出久は、すでに動いていた。

 

黒鞭を伸ばし、死柄木の両腕へ絡ませる。

 

浮遊を使い、身体を持ち上げる。

 

「――捕まえた!」

 

死柄木は、抵抗した。

 

筋肉が膨張し、黒鞭が軋む。

 

出久は、歯を食いしばった。

 

「爆豪君、三秒!」

 

「十分だ!」

 

爆豪は地面へ両手をついた。

 

身体を低く構え、爆発を圧縮する。

 

「一秒!」

 

死柄木の腕が、黒鞭を引き裂こうとする。

 

「二秒!」

 

出久の身体が、引きずられかける。

 

「三秒!」

 

爆豪が叫んだ。

 

「今だ、デク!」

 

出久は黒鞭を解除した。

 

同時に浮遊を強め、死柄木の身体を空中へ浮かせる。

 

爆豪は、圧縮した爆発を地面へ叩きつけた。

 

衝撃波が、一点から放射状に広がる。

 

死柄木の身体が、空中で押し上げられる。

 

出久は、その反動を利用して死柄木へ接近した。

 

「――スマッシュ!」

 

拳が、死柄木の胸元へ入った。

 

衝撃が戦場を揺らす。

 

死柄木の身体が、遠くへ吹き飛ばされた。

 

「……っ!」

 

出久は、すぐに着地した。

 

爆豪も、肩で息をしていた。

 

「……どうだ」

 

「まだ……終わってない」

 

出久が答える。

 

その予想どおり、煙の向こうで、死柄木がゆっくりと立ち上がった。

 

彼は、自分の胸元を見下ろした。

 

そして、笑った。

 

「いい連携だ」

 

死柄木は、顔を上げた。

 

「だが、俺を止めたところで、何が変わる?」

 

爆豪が、再び身構える。

 

「……あ?」

 

「俺を捕まえれば、社会は変わるのか?」

 

死柄木の声が、戦場へ響いた。

 

「俺を倒せば、俺が生まれた理由も消えるのか?」

 

出久は、言葉を失った。

 

死柄木は、ゆっくりと腕を広げた。

 

「お前たちは、俺を敵として止めることができる。だが、俺が敵になるまでの時間に、何があったのか。何を見過ごしてきたのか。その問いまで、殴って消せると思うのか?」

 

爆豪は、拳を握りしめた。

 

「……誰も、消せるなんて言ってねえ」

 

「なら、どうする?」

 

死柄木が問い返す。

 

「俺を止めた後、お前たちは何をする?」

 

その問いは、出久だけへ向けられたものではなかった。

 

爆豪にも。

 

プロヒーローにも。

 

この戦場に立つ全員にも向けられていた。

 

敵を倒すこと。

 

被害を止めること。

 

人々を救うこと。

 

その先にあるものを、彼らは考えなければならない。

 

爆豪は、しばらく死柄木を見つめていた。

 

やがて、言った。

 

「……少なくとも、今ここでお前を放置することはしねえ」

 

彼は、一歩前へ出た。

 

「その先のことは、その先で考える。だが、今を見捨てて、未来の正解だけ探す気はねえ!」

 

爆発が弾けた。

 

「それが、俺の答えだ!」

 

爆豪が再び突進した。

 

死柄木は、笑みを消した。

 

二人の攻撃が激突する。

 

三 スピナーの巨体が、壁になる

戦場の別区画。

 

スピナーは、巨大な刃を握りしめていた。

 

彼の前には、複数のプロヒーローとサイドキックが立っている。

 

ロックロック。

 

マニュアル。

 

バブルガール。

 

センチピーダー。

 

さらに、救助活動を支えていた数名のサイドキックたちが、避難路を守る位置に展開していた。

 

スピナーは、低く唸った。

 

「どけ……!」

 

彼が一歩進む。

 

ロックロックは、動かせる瓦礫へ手を触れた。

 

「ここから先へは行かせない」

 

「お前たちに、弔の何がわかる!」

 

スピナーが刃を振り上げた。

 

「わからないことはある」

 

ロックロックは、即答した。

 

「だが、目の前で誰かを傷つけようとしていることはわかる」

 

彼は、固定した瓦礫を前へ押し出した。

 

スピナーの刃が、その表面を削る。

 

火花が散る。

 

その隙に、マニュアルが水を放った。

 

水流はスピナーの顔面を狙うのではなく、足元へ広がった。

 

砕けた瓦礫の隙間へ水が流れ込み、粉塵を沈める。

 

同時に、バブルガールが泡を放った。

 

泡がスピナーの足元を取り囲む。

 

「……こんなもので!」

 

スピナーが足を踏み下ろす。

 

泡が弾ける。

 

しかし、その瞬間、センチピーダーが身体を伸ばした。

 

長い身体が、スピナーの腕へ絡みつく。

 

「今だ!」

 

ロックロックが叫ぶ。

 

サイドキックたちが、周囲の瓦礫を動かす。

 

スピナーの巨体が、足元を取られた。

 

「ぐっ……!」

 

彼は、腕を振ってセンチピーダーを振りほどこうとする。

 

センチピーダーは、無理に引っ張らなかった。

 

身体を分散させるように角度を変え、力を受け流す。

 

「力比べをするつもりはありません!」

 

センチピーダーが叫んだ。

 

「あなたをここで止めるために、できることをするだけです!」

 

スピナーは、吠えた。

 

「俺を止めれば、弔は一人になる!」

 

その声に、ロックロックの表情が変わった。

 

「……そうか」

 

彼は、静かに言った。

 

「お前は、あいつを一人にしたくないんだな」

 

「当たり前だ!」

 

スピナーが刃を振るう。

 

ロックロックは固定した瓦礫を盾にする。

 

刃が食い込む。

 

「俺は、弔を見捨てない!」

 

スピナーは、目を見開いた。

 

「誰もあいつを見ようとしなかった! あいつが何を失って、どうやってここまで来たのか、誰も考えなかった!」

 

彼の声には、怒りだけでなく、痛みが混じっていた。

 

「だから、俺はあいつの側にいる! 誰が何を言おうと、俺は弔を一人にしない!」

 

ロックロックは、スピナーを見つめた。

 

「お前がそう決めたことは、否定しない」

 

スピナーの動きが止まった。

 

「……何?」

 

「誰かを見捨てたくないと思うこと自体は、間違いじゃない」

 

ロックロックは、固定した瓦礫を押し返した。

 

「だが、誰かの側にいることと、その人間がやることを全部肯定することは違う」

 

スピナーは歯を食いしばった。

 

「また、その話か……!」

 

「大切な話だからだ」

 

ロックロックは、真っ直ぐに答えた。

 

「お前が本当にあいつを大切に思っているなら、あいつが何をしようとしているのかも、見なければならない」

 

彼は、一歩前へ出た。

 

「それが、お前にとって苦しい答えだったとしてもな」

 

スピナーは、刃を握りしめた。

 

その言葉は、彼が先ほど爆豪から突きつけられたものと、同じだった。

 

仲間を信じること。

 

仲間の行為をすべて肯定すること。

 

それは同じではない。

 

しかし、スピナーはまだ、その違いを受け入れられなかった。

 

彼は吠えた。

 

「黙れ!」

 

巨体が動く。

 

刃が、ロックロックへ迫った。

 

ロックロックは固定した壁を前へ押し出し、攻撃を受け止めた。

 

衝撃が響く。

 

壁に亀裂が走る。

 

「……っ!」

 

ロックロックの腕が震えた。

 

「今だ、マニュアル!」

 

「わかってる!」

 

水流が、スピナーの足元を横切る。

 

滑りやすくなった地面で、スピナーの踏み込みがわずかに乱れた。

 

バブルガールの泡が、その隙に腕へ絡みつく。

 

センチピーダーが、長い身体を伸ばし、スピナーの刃を別方向へ押し流す。

 

複数の能力が、ひとつの目的へつながる。

 

スピナーの巨体が、再び膝をついた。

 

「ぐあっ……!」

 

それでも、彼は立ち上がろうとした。

 

「弔……!」

 

その名前を、彼は何度も呼んだ。

 

まるで、それだけが自分を前へ進ませるものだというように。

 

四 救助を続ける者たち

戦場の東側。

 

倒壊しかけた建物の中で、マニュアルの水流が、細い通路を作っていた。

 

センチピーダーが建物の隙間へ身体を伸ばし、負傷者を一人ずつ外へ運び出す。

 

バブルガールは、泡で落下物を受け止めていた。

 

その横では、サイドキックたちが担架を運び、負傷者を安全区域へ移動させている。

 

「次の崩落まで、どれくらいだ!」

 

「長くて二分です!」

 

「じゃあ、一分で全員を出す!」

 

ロックロックが叫んだ。

 

彼は複数の瓦礫を固定していた。

 

だが、崩壊の影響は強く、固定したものが少しずつ形を失っていく。

 

「マニュアル、右側の壁を濡らしてくれ! 粉塵を抑えろ!」

 

「了解!」

 

水が壁面を流れ、舞い上がっていた粉塵が落ちる。

 

視界が開けた。

 

「見えた! 奥に二人いる!」

 

センチピーダーが、長い身体を伸ばした。

 

「救助に向かいます!」

 

彼は狭い通路を通り抜け、倒れた梁の下へ入る。

 

「大丈夫ですか!」

 

「こ、ここです……!」

 

「すぐに出します!」

 

センチピーダーは梁を支え、負傷者を身体へ乗せた。

 

そのまま、慎重に後退する。

 

一人。

 

二人。

 

全員を救出した。

 

「よし、撤退!」

 

ロックロックが叫ぶ。

 

その瞬間、遠くで巨大な爆発音が響いた。

 

爆豪と死柄木の戦いだ。

 

地面が揺れる。

 

天井から破片が落ちる。

 

「急げ!」

 

マニュアルが水を放ち、落下してくる瓦礫を横へ押し流す。

 

バブルガールは泡を広げ、通路を守った。

 

全員が建物の外へ出た瞬間、背後の壁が崩れ落ちた。

 

粉塵が舞い上がる。

 

しかし、誰も巻き込まれなかった。

 

「……全員、無事か!」

 

ロックロックが確認する。

 

「はい!」

 

「こちらも無事です!」

 

「負傷者は?」

 

「全員、医療班へ引き継ぎました!」

 

ロックロックは、大きく息を吐いた。

 

だが、休む暇はなかった。

 

遠くの戦場では、まだ死柄木が動いている。

 

スピナーも、完全には拘束されていない。

 

救助を続けなければならない。

 

それでも、ロックロックは一度だけ、戦場の中央へ目を向けた。

 

緑谷出久と爆豪勝己。

 

彼らは、死柄木を止めるために戦っている。

 

その一方で、彼らが守ろうとしているのは、死柄木だけではない。

 

目の前で助けを求めている人々。

 

戦いに巻き込まれた市民。

 

倒壊する街の中で、まだ逃げられずにいる人々。

 

彼らが助けを求める声を、決して無視しない。

 

そのことが、戦場全体をかろうじて支えていた。

 

「……救うってのは、簡単じゃないな」

 

ロックロックがつぶやいた。

 

バブルガールが、隣へ並んだ。

 

「ええ。でも、私たちにできることを一つずつやるしかありません」

 

ロックロックは頷いた。

 

「……そうだな」

 

彼らは、再び走り出した。

 

五 何を救うのか

死柄木の攻撃が、次第に苛烈さを増していた。

 

出久が黒鞭を伸ばす。

 

死柄木は腕を振るい、それを弾き飛ばした。

 

爆豪の爆発が、横から叩きつけられる。

 

死柄木は地面を蹴り、衝撃の範囲から逃れた。

 

「……っ、速え!」

 

爆豪が舌打ちする。

 

「動きが変わってる!」

 

出久は、死柄木の足運びを見ていた。

 

攻撃の間隔が短くなっている。

 

こちらの連携を見て、対応を変えている。

 

単に力で押し切ろうとしているわけではない。

 

戦いながら、二人の判断を読んでいるのだ。

 

「爆豪君、右側へ!」

 

「わかってる!」

 

出久は黒鞭で、崩れた鉄骨を引き上げた。

 

爆豪が、その下を潜り抜ける。

 

死柄木が追撃しようとした瞬間、出久が鉄骨を横へ引いた。

 

死柄木の進路が、一瞬だけ塞がれる。

 

その隙に、爆豪が上空から爆発を放った。

 

「――くらえ!」

 

衝撃が、死柄木の肩へ入る。

 

彼の身体が後退する。

 

出久は、その瞬間を逃さなかった。

 

「フルカウル!」

 

加速。

 

拳が迫る。

 

しかし、死柄木は、あえて攻撃を避けなかった。

 

出久の拳が、肩へ入る。

 

死柄木は、その衝撃を受けながら、出久の腕を掴んだ。

 

「――っ!」

 

危険感知が鳴る。

 

出久は黒鞭を放つ。

 

しかし、死柄木の握力は強かった。

 

「捕まえたぞ、緑谷」

 

死柄木は、彼を見つめた。

 

「お前は、俺の中にあるものを救いたいと言った」

 

出久は、腕を振りほどこうとする。

 

「……離せ!」

 

「だが、お前が見ているものは、本当に俺なのか?」

 

死柄木が問いかける。

 

「お前は、俺の中にいる少年を見つけた。助けを求める手を見た。だから、俺を救いたいと思った」

 

彼は、顔を歪めた。

 

「だが、その少年が、今の俺と同じことを望んでいるとは限らない」

 

出久は、動きを止めた。

 

「……」

 

「お前は、俺の中にいる少年を救おうとしている。だが、今ここに立っている俺は、その少年と同じ答えを持っていない」

 

死柄木の声が、低くなる。

 

「お前は、どちらを救うつもりだ?」

 

出久は、息を呑んだ。

 

死柄木の言葉は、残酷なほど正確だった。

 

彼は、確かに少年の姿を見た。

 

助けを求める手を見た。

 

その手を掴みたいと思った。

 

しかし、今ここにいる死柄木弔は、その少年の延長線上に存在するだけではない。

 

彼は、自分の意思で選び、行動している。

 

彼の中に、過去の傷があることは間違いない。

 

それでも、その傷だけで現在の彼を説明することはできない。

 

出久は、死柄木の手を振りほどいた。

 

黒鞭を地面へ伸ばし、反動で距離を取る。

 

「……僕は」

 

出久は、荒い息を整えた。

 

「君の中にいる少年だけを救えばいい、とは思っていない」

 

死柄木が、目を細める。

 

「ほう?」

 

「君が過去に何を経験したのか。それが今の君にどう影響しているのか。僕は、それを知りたいと思っている」

 

出久は、拳を握った。

 

「でも、それだけで今の君を説明できるとは思わない」

 

死柄木は黙っていた。

 

出久は続ける。

 

「君は、今ここで、自分の意思で行動している。誰かを傷つけることを選んでいる。だから、僕はその行為を止める」

 

彼は、はっきりと言った。

 

「でも、その行為を止めるからといって、君の過去まで、なかったことにするつもりはない」

 

死柄木の顔が、歪んだ。

 

「……そんなものに、何の意味がある?」

 

「わからない」

 

出久は、答えた。

 

「僕には、まだわからないことが多い。君の過去が、今の君にどこまで影響しているのか。君が本当に何を望んでいるのか。僕が君へ伸ばした手が、君にとって何を意味するのか」

 

彼は、少しだけ息を吐いた。

 

「でも、わからないからって、全部を無意味だと決めつけるのは違うと思う」

 

死柄木は、出久を見つめた。

 

「……お前は、いつもそうだな」

 

彼は小さく笑った。

 

「答えがないことを、希望だと思いたがる」

 

「……」

 

「わからないから、まだ可能性がある。わからないから、何かが変わるかもしれない。そうやって、自分が望む未来を信じ続ける」

 

死柄木の指先が、わずかに動いた。

 

「だが、その希望がお前のものなら、俺はどうなる?」

 

出久は、答えた。

 

「……君のものではない希望を、君に押しつけるつもりはない」

 

死柄木は、彼を見つめた。

 

その沈黙は、長かった。

 

やがて、死柄木は低く笑った。

 

「……なら、俺はその希望を拒絶する」

 

彼は、腕を広げた。

 

「お前が望む未来を、俺は選ばない」

 

地面が震えた。

 

「俺は、俺の怒りを消さない。俺が受けたものを、なかったことにしない。俺を救おうとする世界が、俺を生み出したことへの責任を負わずに済むとも思わない」

 

死柄木の声が、激しくなる。

 

「お前が俺を救いたいと言うなら、まず、この世界が何をしてきたのかを見ろ!」

 

出久は、息を呑んだ。

 

死柄木は、両手を広げた。

 

「俺だけを救うな!」

 

その言葉が、戦場へ響いた。

 

「俺だけを救って、すべてを解決したつもりになるな!」

 

出久は、拳を握りしめた。

 

それは、死柄木が初めて見せた、救済への拒絶だった。

 

彼は、自分だけを救うことを拒んでいる。

 

だが、その言葉は、彼自身が世界を壊す理由にもなっていた。

 

出久は、静かに答えた。

 

「……君が受けたものを、なかったことにするつもりはない」

 

死柄木の目が動く。

 

「君が生まれた社会に、何も問題がなかったとも思わない」

 

出久は続けた。

 

「僕たちヒーローが、見落としてきたものがあるなら、そこは変えなければいけない」

 

彼は、拳を構え直した。

 

「でも、だからといって、今ここにいる人たちを壊していいことにはならない!」

 

出久の声が強くなる。

 

「君が傷つけた人たちも、この世界の一部なんだ! 君が憎んでいる社会の中で生きてきた人たちだって、君と同じように、何かを失い、何かを守ろうとしている!」

 

死柄木は、顔を歪めた。

 

「……だから、俺に我慢しろと言うのか?」

 

「違う!」

 

出久は、すぐに答えた。

 

「君の怒りを、なかったことにしろと言っているんじゃない!」

 

彼は、死柄木を見据えた。

 

「でも、君の怒りだけが、すべての答えになるわけでもない!」

 

戦場に、沈黙が落ちた。

 

出久は、息を吸った。

 

「僕は、君を救いたいと思っている。だけど、君だけを救えば終わりだとは思わない」

 

彼は、周囲を見渡した。

 

瓦礫の中で、助けを求める人々。

 

自分たちの生活を失い、避難を続ける人々。

 

戦場を支えるヒーローたち。

 

そして、目の前にいる死柄木弔。

 

「僕が何を救うのか。それは、君だけを見て決められることじゃない」

 

出久は、再び死柄木へ視線を戻した。

 

「僕は、目の前で助けを求めている人を救う。君が傷つけた人たちを守る。君がこれ以上、誰かを傷つけることを止める」

 

彼は拳を握った。

 

「そして、その先で、君とどう向き合うべきなのか、考え続ける」

 

死柄木は、しばらく黙っていた。

 

やがて、顔を歪めた。

 

「……本当に、面倒くさい奴だな」

 

「……よく言われるよ」

 

出久は、かすかに笑った。

 

死柄木は、その笑みを見て、苛立ったように舌打ちした。

 

「その顔が、一番腹立たしい」

 

彼は、地面を蹴った。

 

「なら、最後まで考え続けてみろ!」

 

死柄木の攻撃が、出久へ迫った。

 

出久は、再び戦闘態勢へ戻った。

 

答えは出ていない。

 

それでも、彼は戦う。

 

六 怒りを止めるために

爆豪が、出久の横へ並んだ。

 

「……話は終わったか?」

 

「うん」

 

「答えは見つかったのか?」

 

出久は、首を振った。

 

「まだ」

 

「そうかよ」

 

爆豪は、両手を構えた。

 

「なら、まだ考えろ」

 

出久が、彼を見た。

 

爆豪は、死柄木から目を離さなかった。

 

「ただし、考える時間を作るために、他人を危険にさらすな」

 

「……わかってる」

 

「なら、動け!」

 

二人が同時に走った。

 

出久は黒鞭を伸ばし、崩れた建物の柱を引き寄せる。

 

爆豪は爆発で方向を変え、死柄木の側面へ回り込む。

 

出久の黒鞭が、死柄木の腕へ絡みついた。

 

死柄木が振りほどこうとする。

 

その瞬間、爆豪の爆発が弾けた。

 

死柄木の身体が、わずかに後退する。

 

「――今だ!」

 

出久は黒鞭を引いた。

 

死柄木の腕が、横へ持ち上がる。

 

爆豪が、そこへ飛び込む。

 

「――爆破!」

 

両手の爆発が、死柄木の身体を直撃する。

 

しかし、死柄木はそのまま突進した。

 

二人の間へ割り込む。

 

出久は避けた。

 

爆豪も、爆発の反動で後退する。

 

死柄木は、地面へ手をついた。

 

崩壊が広がる。

 

出久は浮遊で上昇し、爆豪は空中で爆発を起こして飛び越えた。

 

だが、死柄木は、二人が着地する先を狙っていた。

 

「――っ!」

 

出久は黒鞭を伸ばし、建物の壁へ絡ませる。

 

爆豪は両手を広げ、大きく爆発を起こした。

 

二人は、ほぼ同時に軌道を変えた。

 

「デク!」

 

「わかってる!」

 

出久は、死柄木の背後へ回り込んだ。

 

黒鞭で腕を拘束する。

 

爆豪は、死柄木の前方から攻撃を仕掛ける。

 

死柄木は、二方向の攻撃を受けながら、身体を捻った。

 

そのまま、出久の腕を掴もうとする。

 

出久は、すぐに黒鞭を解除した。

 

爆豪が、爆発を放つ。

 

衝撃が、死柄木の身体を横へ弾いた。

 

「……っ!」

 

出久は着地し、再び拳を構えた。

 

爆豪も、呼吸を整える。

 

二人の連携は、以前よりも洗練されていた。

 

出久が相手の動きを制限し、爆豪がその隙を突く。

 

爆豪が攻撃を仕掛け、出久が進路を調整する。

 

互いの判断を信頼しながらも、相手が何を考えているのかを、すべて決めつけない。

 

予想が外れれば、すぐに変える。

 

攻撃が通らなければ、次の方法を探す。

 

それは、彼らが積み重ねてきた戦いの中で身につけたものだった。

 

「……いい連携だな」

 

死柄木が、息を吐いた。

 

「だが、いつまで続けられる?」

 

彼は、地面を見た。

 

崩壊が、さらに広がっている。

 

「お前たちが俺を止めようとする間にも、街は壊れる」

 

死柄木の声が、低くなる。

 

「お前たちが俺を救おうとする間にも、誰かが傷つく」

 

出久は、彼を見つめた。

 

「……それでも、僕たちは止める」

 

「何を?」

 

「君の行為を。目の前で起きている被害を。そして、君の怒りだけを、この世界の結論にすることを」

 

死柄木は、目を細めた。

 

「……なら、やってみろ」

 

彼は、両腕を広げた。

 

「お前たちが救いたいものを、全部守ってみろ!」

 

崩壊が、一気に走った。

 

戦場が、再び激しく揺れる。

 

出久は、黒鞭を全方位へ伸ばした。

 

爆豪は、上空へ飛び上がる。

 

プロヒーローたちは、それぞれの場所で動き出した。

 

ロックロックが瓦礫を固定する。

 

マニュアルが水を操り、崩壊した道路から負傷者を運ぶ。

 

バブルガールは泡で避難路を守り、センチピーダーは長い身体を伸ばして、最後の救助者を回収する。

 

彼らは、死柄木だけを見てはいなかった。

 

目の前にいる人々を守る。

 

危険が迫っている場所を見極める。

 

助けられる命を、ひとつずつ救う。

 

それと同時に、死柄木を止めるための戦いを続ける。

 

簡単なことではない。

 

すべてを守れる保証もない。

 

それでも、彼らはその選択を続けていた。

 

出久は、死柄木へ向かって走った。

 

「――僕は、君だけを救えばいいとは思わない!」

 

彼は叫んだ。

 

「僕は、この戦場にいる人たちも守る! 君が傷つけた人たちも、君自身も、誰かの正義のために使い捨てにしていい存在じゃない!」

 

死柄木は、笑った。

 

「なら、俺も守るのか?」

 

「……君が何を望んでいるのか、全部はわからない!」

 

出久は、黒鞭を伸ばした。

 

「でも、君が誰かを傷つけることを止めるのは、僕が選ぶことだ!」

 

黒鞭が、死柄木の腕へ絡みつく。

 

「君が僕の手を取るかどうかは、君が決めることだ!」

 

出久は、歯を食いしばった。

 

「だけど、僕が何をするかまで、君が決めることじゃない!」

 

死柄木の目が、見開かれた。

 

出久は、黒鞭を引いた。

 

爆豪が、上空から爆発を放つ。

 

二人の攻撃が、死柄木へ迫った。

 

死柄木は、腕を交差させて防御した。

 

衝撃が、戦場を揺らす。

 

そして、彼は顔を上げた。

 

「……それでいい」

 

出久は、息を呑んだ。

 

死柄木は、笑っていた。

 

「その程度の答えでいいのか、緑谷?」

 

彼は、ゆっくりと腕を下ろした。

 

「お前は、俺を救うために、俺を止める」

 

彼の指先が、再び地面へ向かう。

 

「俺の意思を尊重すると言いながら、俺が選んだことを否定する」

 

死柄木の声が、鋭くなる。

 

「お前の言っていることは、やっぱり矛盾している!」

 

出久は、拳を構えたまま答えた。

 

「……そうかもしれない」

 

死柄木は、嘲笑した。

 

「なら、どうする?」

 

出久は、顔を上げた。

 

「その矛盾から、逃げない」

 

死柄木の笑みが、わずかに止まった。

 

「僕は、まだ答えを持っていない。君のことも、救済というものも、全部わかったわけじゃない」

 

出久は、拳を握りしめた。

 

「でも、わからないからって、君を怪物だと決めつけたり、君の意思を無視していいとは思わない」

 

彼は、一歩前へ出た。

 

「同時に、君が誰かを傷つけることを、許すわけにもいかない」

 

出久は、死柄木を見据えた。

 

「僕は、その二つをどう両立させるのか、考え続ける」

 

一瞬、沈黙が落ちた。

 

死柄木は、出久を見ていた。

 

彼の言葉を受け入れたわけではない。

 

認めたわけでもない。

 

ただ、彼が自分の正しさを絶対のものとして押し通そうとしていないことだけは、伝わっていた。

 

死柄木は、目を細めた。

 

「……なら、最後まで考えろ」

 

彼は、再び手を上げた。

 

「俺は、待たない」

 

崩壊が走る。

 

出久は構えた。

 

爆豪は、彼の横へ並んだ。

 

「デク」

 

「……うん」

 

「答えが見つかるまで、勝手に倒れるなよ」

 

出久は、少しだけ笑った。

 

「爆豪君こそ」

 

「誰に言ってやがる!」

 

二人が同時に走った。

 

戦場に、再び爆発音が響いた。

 

七 救いの形

戦いは、決着を迎えていなかった。

 

死柄木は倒れない。

 

出久と爆豪も、戦闘を続けられる状態を保っているが、体力は確実に削られていた。

 

スピナーは、プロヒーローたちの拘束から逃れようともがいていた。

 

ロックロックは固定できるものを次々と固定し、マニュアルは水で避難路を確保する。バブルガールは泡を使い、負傷者の移送を続けていた。

 

そして、出久は、死柄木の言葉を考え続けていた。

 

救いたいという気持ち。

 

それが自分の中にあることは、間違いない。

 

しかし、その気持ちがあるからといって、自分が死柄木の未来を決めていいわけではない。

 

彼の苦しみを理解したい。

 

だからといって、彼の行為を正当化していいわけではない。

 

彼を止めたい。

 

それでも、彼を人間として見ることまで、やめていいわけではない。

 

出久は、死柄木の攻撃を避けながら、少しずつ理解し始めていた。

 

救済とは、すべてを解決する魔法ではない。

 

相手が抱えている問題を、一度の言葉で取り除くことでもない。

 

まして、自分が望む未来へ、相手を無理やり導くことでもない。

 

だが、だからといって、相手を何もしないまま見守ることが、正しいとも限らない。

 

目の前で誰かが傷つけられているなら、止める必要がある。

 

誰かが助けを求めているなら、その声を聞く必要がある。

 

そして、相手が何を望んでいるのかわからないときには、わからないまま問い続ける必要がある。

 

その答えは、きれいに一つへまとまるものではない。

 

むしろ、矛盾を抱えたまま、何度も判断し直すことになるのだろう。

 

出久は、死柄木を見つめた。

 

「……死柄木」

 

死柄木は、攻撃の手を止めなかった。

 

「何だ!」

 

「僕は、君を救えるなんて、もう簡単には言わない」

 

死柄木の動きが、ほんの一瞬だけ鈍った。

 

出久は続けた。

 

「君が何を望んでいるのか、僕が全部知っているわけじゃないから」

 

黒鞭が伸びる。

 

死柄木の腕へ絡む。

 

「だけど、君の言葉を聞くことはやめない」

 

出久は、歯を食いしばった。

 

「君が拒絶しても、君が怒っていても、君が僕の考えと違う答えを持っていても……それを理由に、君の話を聞くことまでやめたくない」

 

死柄木が、黒鞭を振りほどく。

 

出久は後退した。

 

「でも、君が誰かを傷つけるなら、僕は止める!」

 

彼は、拳を握りしめた。

 

「君が僕を救済者だと認める必要はない! 僕の考えに同意する必要もない!」

 

出久は、死柄木を見据えた。

 

「ただ、僕は君の行為を止める。君が選んだことの責任から逃げさせない。そして、その先で、君が何を選ぶのかを、勝手に決めない!」

 

死柄木は、長い沈黙の後、笑った。

 

「……ずいぶんと、面倒な英雄になったな」

 

「そうかもしれない」

 

出久は答えた。

 

「でも、簡単な答えで君を片づけたくないんだ」

 

死柄木は、ゆっくりと顔を上げた。

 

その目に、感謝はない。

 

救いを受け入れようとする意思もない。

 

ただ、深い怒りがあった。

 

「……なら、俺はその面倒な英雄を壊す」

 

彼の指先が、地面へ触れた。

 

出久は、すぐに動いた。

 

黒鞭で瓦礫を引き上げ、崩壊の進路をずらす。

 

爆豪が上空から攻撃を放つ。

 

二人の連携が、再び死柄木へ迫る。

 

その先に、明確な勝利が待っているとは限らない。

 

死柄木が、救われたいと思う日が来るのかもわからない。

 

出久が、彼を救う方法を見つけられる保証もない。

 

それでも、出久は拳を握った。

 

今、自分が何をするべきなのか。

 

その判断から、逃げるつもりはなかった。

 

八 スピナーが見た背中

少し離れた場所で、スピナーは戦いを見ていた。

 

巨大な身体は、まだ複数のヒーローに押さえられている。

 

ロックロックが固定した瓦礫が、彼の片腕を拘束していた。

 

センチピーダーが身体を伸ばし、もう片方の腕を押さえている。

 

マニュアルの水流が、足元の瓦礫を流していた。

 

バブルガールの泡が、巨体の動きを制限する。

 

それでも、スピナーは死柄木から目を離さなかった。

 

出久の言葉が、頭の中で繰り返される。

 

仲間を大切に思うことと、仲間の行為をすべて肯定することは違う。

 

死柄木を守りたい。

 

彼を一人にしたくない。

 

彼が受けた痛みを、なかったことにしたくない。

 

それは本心だった。

 

だが、その思いを理由に、死柄木が誰かを傷つけることまで止めなくていいのだろうか。

 

スピナーは、自分の手を見つめた。

 

大きくなった手。

 

刃を握る手。

 

そして、何度も誰かへ向けて振り下ろしてきた手。

 

彼は、今まで何を守ってきたのだろう。

 

死柄木の命。

 

彼が掲げる怒り。

 

自分がようやく見つけた居場所。

 

そのすべてを守ろうとしていた。

 

だが、それらは本当に、同じものだったのだろうか。

 

スピナーは、ゆっくりと顔を上げた。

 

戦場の中央では、死柄木が出久へ向かっている。

 

その背中を見て、スピナーは思った。

 

あの背中についていくこと。

 

それだけが、自分の選択ではないのかもしれない。

 

だが、今すぐ離れることもできなかった。

 

死柄木は、自分を仲間として受け入れた。

 

自分が社会の中で居場所を見つけられなかったとき、彼の側に立つことができた。

 

そのことまで、嘘にするつもりはない。

 

だからこそ、スピナーは自分の過去と向き合わなければならなかった。

 

なぜ、死柄木の側に立ったのか。

 

何を望み、何を信じ、何をしてきたのか。

 

そして、その行動が誰を傷つけたのか。

 

死柄木を大切に思うことと、自分が選んだ行動の責任を取ることは、両立するのだろうか。

 

スピナーは、ゆっくりと拳を握りしめた。

 

まだ、答えは出ない。

 

だが、問いから逃げることもできなかった。

 

「……弔」

 

彼は、もう一度、死柄木の名を呼んだ。

 

その声は、戦場の轟音にかき消された。

 

死柄木は振り返らなかった。

 

スピナーは、目を閉じた。

 

そして、再び目を開いた。

 

彼は、まだ死柄木の仲間だった。

 

しかし、仲間であることを理由に、自分の行為を振り返らなくていいわけではない。

 

誰かの怒りを代弁すること。

 

その怒りに共感すること。

 

その怒りを理由に、自分が何をするのかを決めること。

 

それぞれは、違う選択なのだ。

 

スピナーは、初めてその違いを、はっきりと意識した。

 

九 何も終わっていない

日が傾き始めていた。

 

戦場を覆っていた煙の向こうで、夕方の光が薄く滲んでいる。

 

だが、戦いは終わっていなかった。

 

死柄木は、まだ立っている。

 

出久も、爆豪も、戦闘を続けている。

 

プロヒーローとサイドキックたちは、救助を続けながら、崩壊が広がるのを防いでいた。

 

ロックロックが瓦礫を固定する。

 

マニュアルが水を操る。

 

バブルガールが泡を放つ。

 

センチピーダーが身体を伸ばし、避難者を運ぶ。

 

誰も、すべてを救えるとは思っていない。

 

それでも、目の前でできることを積み重ねていた。

 

出久は、死柄木の前に立っていた。

 

拳を握り、息を整える。

 

「……死柄木」

 

「まだ何かあるのか?」

 

死柄木は、低く答えた。

 

出久は、少しだけ首を振った。

 

「今は、これ以上言葉を重ねても、君の答えは変わらないと思う」

 

死柄木の眉が動く。

 

「……ようやく理解したか」

 

「でも、話を終わらせたわけじゃない」

 

出久は、拳を構え直した。

 

「僕は、まだ君のことを知らない。君が何を望んでいるのかも、何を失ってきたのかも、全部わかったわけじゃない」

 

彼は、死柄木を見据えた。

 

「だから、これからも考え続ける」

 

死柄木は、静かに笑った。

 

「……なら、俺もお前を止め続ける」

 

「うん」

 

出久は頷いた。

 

「君が誰かを傷つける限り、僕は君を止める」

 

二人は、同時に動いた。

 

出久の黒鞭が伸びる。

 

死柄木の腕が振られる。

 

爆豪の爆発が、空気を切り裂く。

 

三人の動きが交差する。

 

それは、まだ答えの出ない戦いだった。

 

救いたい者。

 

救われることを拒む者。

 

誰かを守るために、誰かを止めなければならない者。

 

それぞれの願いは、簡単には一つにならない。

 

それでも、彼らは戦い続ける。

 

答えを得たからではない。

 

答えがないことを理由に、何も選ばないわけにはいかないからだ。

 

そして、スピナーは、その戦いを見ていた。

 

彼が死柄木の側にいる理由。

 

死柄木が壊したもの。

 

自分が、その破壊に加担してきたこと。

 

そのすべてを、もう一度見直さなければならない。

 

憤怒は、誰かの心に生まれた瞬間から、悪なのではない。

 

しかし、怒りを理由に何をするのか。

 

誰の自由を奪い、誰の命を傷つけるのか。

 

その選択には、責任が伴う。

 

出久は、死柄木を救いたい。

 

だが、彼が自分の救済観を疑うことをやめない限り、その願いが新しい支配へ変わる危険も消えない。

 

爆豪は、目の前の被害を止める。

 

だが、敵を倒した後に何をすべきかという問題は、まだ残っている。

 

スピナーは、死柄木を見捨てない。

 

だが、その決意が、彼の行為をすべて肯定することになっていないか、問い直す必要がある。

 

そして死柄木は、彼らの答えを待たない。

 

自分の怒りを、自分の意志を、自分の行為を、誰かの言葉で決められることを拒絶している。

 

だからこそ、彼は壊し続ける。

 

彼の中に何があるのか。

 

彼が何を求めているのか。

 

そのすべてを、今ここで一言にまとめることはできない。

 

ただ一つ、確かなことがある。

 

彼が何を望もうとも、彼が行ったことは消えない。

 

そして、彼がどれほどの罪を背負っていようとも、その罪だけで彼の人間性のすべてが説明できるわけでもない。

 

その二つを、同時に見続けること。

 

それが、出久に突きつけられた課題だった。

 

夕暮れの光が、戦場を照らす。

 

出久は、もう一度、拳を握った。

 

「……僕は、何を救うのか」

 

その問いは、まだ彼の中に残っている。

 

だが、彼は、その問いを捨てなかった。

 

答えが見つからないからといって、考えることをやめない。

 

自分の願いが間違っている可能性を認めながら、それでも行動する。

 

そして、間違えたときには、また考え直す。

 

それは、英雄としての完成形ではない。

 

むしろ、まだ未完成であることを認める、苦しい選択だった。

 

しかし、出久はその選択をした。

 

死柄木を見つめ、前へ進む。

 

「君を、止める!」

 

死柄木は、顔を歪めた。

 

「なら、来い!」

 

二人の拳が、再び激突する。

 

爆豪が、その横から爆発を放った。

 

スピナーが、刃を握り直す。

 

戦いは、続いていく。

 

誰かの答えが、誰かの人生を決めてしまわないように。

 

そして、誰かの怒りが、世界のすべてを呑み込んでしまわないように。

 

緑谷出久は、まだ何を救うべきなのか、答えを持っていない。

 

それでも、彼は戦う。

 

救うという言葉を、誰かに押しつけないために。

 

人を止めるという行為を、相手のすべてを否定する理由にしないために。

 

そして、目の前の命から目を逸らさないために。

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