僕のヒーローアカデミア 原罪   作:神代シン

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第六十話「憎しみを、他人に預けるな」

一 お前の怒りを、俺に預けろ

「スピナー!」

 

戦場の中央から、死柄木弔の声が響いた。

 

「いつまでそこで立ち止まっている!」

 

スピナーは、動かなかった。

 

彼の巨体を押さえていた拘束は、完全には解けていない。ロックロックが固定した瓦礫が片腕に絡み、センチピーダーの長い身体がもう一方の腕を押さえている。

 

足元にはマニュアルが操る水流が広がり、バブルガールの泡が関節の動きを妨げていた。

 

それでも、スピナーは力を込めれば拘束を破れる。

 

実際、何度もそうしてきた。

 

死柄木が呼べば、立ち上がった。

 

邪魔をする者がいれば、振り払った。

 

誰かが死柄木の行く手を塞ぐなら、自分がその壁を壊した。

 

それが、仲間である自分の役目だと思っていた。

 

「聞こえなかったのか、スピナー!」

 

死柄木の指先が地面へ触れる。

 

崩壊が走った。

 

出久と爆豪が、その進路から跳び退く。

 

路面が砕け、街灯が倒れ、破片が宙へ舞った。

 

「俺の邪魔をする奴らを止めろ!」

 

スピナーは、死柄木を見つめた。

 

その声を聞くと、身体が勝手に反応しそうになる。

 

今すぐ立ち上がれ。

 

仲間のもとへ行け。

 

弔のために戦え。

 

そのために、お前はここへ来たんだろう。

 

だが、スピナーの胸の奥には、先ほどから消えない問いがあった。

 

自分は、何のために戦っているのか。

 

「……弔」

 

スピナーは、低い声で答えた。

 

「俺は、お前の仲間だ」

 

「だったら来い!」

 

死柄木の声に、苛立ちが混じる。

 

「何を迷っている!」

 

スピナーは、拳を握りしめた。

 

「……俺は、お前を見捨てたくない」

 

「なら、邪魔をする奴らを倒せ!」

 

「でも……」

 

その言葉が、喉につかえた。

 

死柄木の視線が鋭くなる。

 

「でも、何だ?」

 

スピナーは、顔を上げた。

 

「俺は、お前の怒りを、全部自分のものだと思い込んでいたのかもしれない」

 

一瞬。

 

死柄木の表情が消えた。

 

「……何だと?」

 

「お前が世界を憎んでいる。その理由を、俺は理解したいと思った。お前が何を失ったのか、何を見てきたのか、知りたいと思った」

 

スピナーは息を吐く。

 

「俺も、この世界が嫌いだったからだ」

 

彼は、戦場の向こうを見た。

 

崩れた建物。

 

避難を続ける市民。

 

救助のために動き続けるヒーローたち。

 

「俺も、見た目だけで決めつけられた。話をする前から怖がられた。何もしていないのに、何かをした人間みたいに扱われた」

 

その声には、かつての苦しさが残っていた。

 

「だから、お前の怒りを聞いたとき、俺は初めて、自分の中にあったものを言葉にしてもらえた気がしたんだ」

 

死柄木は黙っていた。

 

スピナーは続けた。

 

「お前が、ここにいればいいと言ったとき、俺は……やっと居場所を見つけたと思った」

 

彼は、わずかに俯いた。

 

「それは今でも、本当だ」

 

死柄木の指先が、わずかに動いた。

 

スピナーは顔を上げる。

 

「でも、俺の怒りと、お前の怒りは、同じものじゃない」

 

その言葉が、二人の間に落ちた。

 

死柄木は、ゆっくりと笑った。

 

「……そうか」

 

その笑みは、以前のような無関心なものではなかった。

 

何かを値踏みするような、冷たい笑みだった。

 

「ようやく自分が何をしているのか、考え始めたらしいな」

 

スピナーは、身構えた。

 

「……何が言いたい?」

 

死柄木は、彼へ向けて手を伸ばした。

 

「簡単なことだ」

 

彼は言った。

 

「お前が自分の怒りを持て余しているなら、俺に預ければいい」

 

スピナーの目が見開かれる。

 

「お前が経験したことも、味わった屈辱も、誰にも見てもらえなかった時間も。全部、俺が代わりに怒ってやる」

 

死柄木は、穏やかに続けた。

 

「お前が何をするべきか、もう悩む必要はない。誰を憎めばいいのか、何を壊せばいいのか、考えなくていい」

 

その声は、不思議なほど優しかった。

 

「お前が俺の側にいる。それだけでいい」

 

スピナーの喉が、動いた。

 

それは、かつて欲しかった言葉によく似ていた。

 

お前はここにいていい。

 

お前が何者なのか、俺が決める必要はない。

 

お前の怒りを、最初から否定しない。

 

だから、ここにいればいい。

 

あの日と同じように、今も死柄木は、自分を拒絶していない。

 

それなのに。

 

スピナーは、初めて、その言葉の奥に別のものを感じた。

 

自分の怒りを代わりに引き受けるということは。

 

自分の代わりに、何をするべきかまで決めるということではないのか。

 

「……弔」

 

スピナーは、ゆっくりと答えた。

 

「俺の怒りは、俺のものだ」

 

死柄木の笑みが消えた。

 

「……何?」

 

「お前に共感した。お前の側にいることを選んだ。それは、俺自身の判断だった」

 

スピナーは、刃を握りしめる。

 

「だから、その怒りをどう扱うかまで、お前に預けるつもりはない」

 

死柄木の目が細くなった。

 

「……なら、お前は俺に何を求める?」

 

スピナーは、答えを探した。

 

そして、ようやく言った。

 

「お前が何を望んでいるのか、ちゃんと聞きたい」

 

沈黙。

 

「世界を壊したい。その言葉だけじゃなくて、その先で何を望んでいるのか」

 

スピナーの声が震えた。

 

「お前が何を失い、何を憎み、何を求めているのか。それを、俺自身の言葉で確かめたい」

 

死柄木は、長い沈黙のあと、低く笑った。

 

「……面倒くさいな」

 

その一言と同時に、彼の手が地面へ向いた。

 

「だったら、もう考えるな!」

 

崩壊が、スピナーの足元へ走った。

 

二 過去を背負わせる言葉

崩壊の波は、拘束されていたスピナーへ迫った。

 

ロックロックが叫ぶ。

 

「全員、離れろ!」

 

彼は固定した瓦礫を動かし、スピナーの前に壁を築いた。

 

マニュアルが水流を放つ。

 

バブルガールが泡を広げる。

 

センチピーダーが長い身体を伸ばし、スピナーを後方へ引こうとした。

 

だが、崩壊の進行は速かった。

 

床が消える。

 

壁が砕ける。

 

固定した瓦礫が、細かな破片へ変わっていく。

 

「ぐっ……!」

 

ロックロックは踏みとどまった。

 

「固定できる時間が短すぎる!」

 

「スピナーさん、こちらへ!」

 

センチピーダーが身体を巻きつけ、巨体を後方へ引いた。

 

スピナーは、抵抗しなかった。

 

彼は、死柄木を見ていた。

 

自分が怒りを自分のものとして引き受けると告げた瞬間、死柄木は攻撃した。

 

その行為は、何を意味しているのか。

 

自分が迷うことを許さないのか。

 

自分が疑問を持つことを、裏切りだと見なしているのか。

 

それとも、ただ邪魔をするものを壊しているだけなのか。

 

スピナーには、わからなかった。

 

しかし、わからないからこそ、彼はもう一度考えようとしていた。

 

「……俺は、お前を敵にしたいわけじゃない」

 

スピナーは、死柄木へ叫んだ。

 

「お前を裏切りたいわけでもない!」

 

死柄木は、彼を見つめた。

 

「だったら、邪魔をするな」

 

その答えは、短かった。

 

「俺の前に立つな。俺の行動を疑うな。お前が俺を仲間だと思っているなら、それで十分だろう」

 

スピナーの胸に、痛みが走った。

 

彼が望んでいたのは、これだったのかもしれない。

 

自分を必要としてくれる相手。

 

自分の存在を拒絶しない相手。

 

自分がここにいてもいいと、認めてくれる相手。

 

だが、今の死柄木は、スピナーに考える必要はないと言っている。

 

彼の怒りを、代わりに引き受けると言っている。

 

それは、優しさなのか。

 

それとも、自分の意思を手放すよう求めているのか。

 

「……弔」

 

スピナーは、拳を握りしめた。

 

「俺は、お前の怒りを否定しているんじゃない」

 

「なら、従え」

 

死柄木は、即答した。

 

「俺が望むことをやれ。それでいい」

 

スピナーは、言葉を失った。

 

彼が初めて死柄木に出会った日のことを思い出す。

 

あの日の死柄木は、彼が何者なのかを決めつけなかった。

 

しかし、今の死柄木は、スピナーに何をすべきかを命じている。

 

その二つは、両立するのだろうか。

 

死柄木は、かつてスピナーを拒絶しなかった。

 

それは本当だ。

 

だが、過去に自分を受け入れてくれた相手だからといって、今の言葉にすべて従わなければならないわけではない。

 

「……俺は」

 

スピナーは、ゆっくりと口を開いた。

 

「お前が世界に怒っていることを、理解したい」

 

死柄木は、答えない。

 

「俺も、この世界に怒っていた。だから、お前の言葉に共感した。お前の側にいれば、自分の怒りが何かを変える力になると思った」

 

スピナーは、顔を上げた。

 

「でも、今のお前は、俺に何も考えるなと言っている」

 

死柄木の表情が、冷たくなる。

 

「……それが、何だ?」

 

「それじゃ、俺がここにいる意味がなくなる」

 

スピナーは言った。

 

「俺は、お前の道具になりたいわけじゃない」

 

一瞬、死柄木の目が見開かれた。

 

「……道具?」

 

「俺は、お前の仲間でいたい」

 

スピナーは、強く言った。

 

「だが、お前の代わりに考えず、お前の代わりに怒り、お前の代わりに、ただ戦うだけの存在にはなりたくない」

 

死柄木の表情が歪む。

 

「……お前は、俺を否定するのか」

 

「違う!」

 

スピナーは叫んだ。

 

「俺は、お前がしていることを、全部正しいとは言えない。それだけだ!」

 

死柄木は、黙っていた。

 

スピナーは、自分の言葉が、どれほど彼を怒らせるか理解していた。

 

それでも、言わなければならなかった。

 

自分が死柄木に出会ったことは、間違いではない。

 

彼の側に立つと決めたことも、過去の自分にとっては必要な選択だったのかもしれない。

 

しかし、その選択を理由に、これから何をするべきかまで決めてしまえば。

 

自分は、死柄木の怒りを借りて、自分自身の判断を手放してしまう。

 

「……俺の怒りは、俺が引き受ける」

 

スピナーは、もう一度言った。

 

「お前に預けない」

 

死柄木の指が、強く曲がった。

 

その瞬間、彼の周囲で、崩壊が再び広がった。

 

三 崩壊を止める者たち

「まずい!」

 

出久が叫んだ。

 

死柄木の崩壊は、スピナーの拘束を破壊しただけではなかった。

 

地面を伝って、救助隊が確保していた区域へ広がっている。

 

「ロックロックさん、東側!」

 

「見えている!」

 

ロックロックは、両手を広げた。

 

個性――施錠。

 

崩壊しかけた巨大なコンクリート片を固定する。

 

動きを止めた瓦礫が、倒壊を食い止める壁となった。

 

だが、崩壊は壁の表面を這い、固定した部分をもろともに破壊しようとしていた。

 

「固定が持たない!」

 

ロックロックが叫ぶ。

 

「マニュアル、足元の粉塵を抑えろ! バブルガール、避難路へ泡を!」

 

「了解!」

 

マニュアルが水を放ち、道路を流れる粉塵と細かな破片を押し流す。

 

バブルガールは泡を広げ、落下する瓦礫の衝撃を和らげながら、負傷者を守る緩衝帯を作った。

 

センチピーダーが長い身体を伸ばし、建物の内部へ入り込む。

 

「こちら、東側の救助に向かいます! まだ二名、残っています!」

 

「急げ!」

 

ロックロックが叫ぶ。

 

その間にも、崩壊の波は近づいていた。

 

出久は黒鞭を放ち、折れた鉄骨を引き上げる。

 

「爆豪君、左側の道路を!」

 

「わかってる!」

 

爆豪が上空へ跳び、両手から爆発を放つ。

 

衝撃波が瓦礫を押し流し、崩壊の進路にわずかな隙間を作った。

 

出久は、その瞬間を逃さなかった。

 

黒鞭で瓦礫を引き寄せ、ロックロックが固定した壁へ接続する。

 

セメントスが作った補強構造が、そこへ加わった。

 

「これで、少しは持つはずだ!」

 

出久は息を吐いた。

 

しかし、死柄木の力は止まらない。

 

彼は、スピナーが立つ場所から、さらに崩壊を広げていた。

 

「……死柄木!」

 

出久が叫ぶ。

 

死柄木は振り返った。

 

「何だ?」

 

「今の攻撃、スピナーまで巻き込むつもりだったのか!」

 

死柄木は、平然と答えた。

 

「俺の邪魔をした。それだけだ」

 

出久の表情が、険しくなった。

 

「……仲間だろう!」

 

「だから何だ?」

 

死柄木は、首を傾けた。

 

「仲間なら、俺の邪魔をしても許されるのか?」

 

「そういう話じゃない!」

 

出久は、拳を握りしめた。

 

「スピナーは、お前を裏切りたいわけじゃない! 自分で考えたいと言っているだけだ!」

 

死柄木は、笑った。

 

「考える?」

 

彼は指先を動かす。

 

「自分の怒りを、誰かに預けない?」

 

死柄木は、スピナーを見た。

 

「なら、考えた結果、俺を止めると言い出したらどうする?」

 

スピナーは、答えなかった。

 

死柄木は、彼へ向かって歩き出した。

 

「お前は、自分の怒りを自分で引き受けたいと言ったな」

 

彼は笑った。

 

「なら、最後まで引き受けろ」

 

死柄木の指先が、地面を擦る。

 

「お前が俺に共感したことも、俺の側に立つと決めたことも、すべてお前の選択だ」

 

スピナーの目が動く。

 

「だったら、その選択の結果を受け入れろ」

 

死柄木は、彼を見下ろした。

 

「俺は世界を壊す。お前がそれを望んでいないとしても、俺は止まらない」

 

その言葉に、スピナーは息を呑んだ。

 

「お前が本当に俺の仲間なら、俺と一緒に進めばいい」

 

死柄木は、静かに告げた。

 

「俺の怒りを、最後まで見届けろ」

 

それは、命令であると同時に、挑発だった。

 

スピナーが自分の選択を引き受けるというのなら、死柄木と共に歩んできた過去も、すべて引き受けろということだ。

 

自分が彼の側にいたこと。

 

彼の思想に共感したこと。

 

彼のために戦ってきたこと。

 

それらを認めるなら、最後まで付き従え。

 

そうでなければ、お前は自分の選択から逃げている。

 

死柄木の言葉は、そんな意味を含んでいた。

 

スピナーは、拳を握りしめた。

 

彼の胸の中で、過去と現在がぶつかり合う。

 

確かに、自分は死柄木の側に立った。

 

自分の意志で選んだ。

 

だから、その責任から逃げるつもりはない。

 

しかし、その責任を引き受けることと、同じ行為を続けることは、本当に同じなのか。

 

過去に自分が選んだことを認めるためには、これからも同じことを選び続けなければならないのか。

 

違う。

 

少なくとも、今のスピナーには、そう思えた。

 

「……弔」

 

スピナーは、顔を上げた。

 

「俺は、自分の選択から逃げない」

 

死柄木の目が細くなる。

 

「なら、来い」

 

スピナーは、首を振った。

 

「だが、それは、お前の言うことを何でも聞くって意味じゃない」

 

死柄木の表情が、凍りついた。

 

スピナーは、ゆっくりと続けた。

 

「俺が過去にお前の側へ立ったことは、俺の選択だ。そのことで、俺が責任を負わなければならないなら、逃げるつもりはない」

 

彼は刃を握り直した。

 

「でも、これから何をするかまで、過去の俺に決めさせるつもりはない」

 

死柄木は、黙っていた。

 

スピナーの声が、強くなる。

 

「俺は、お前を仲間だと思っている。今もそうだ」

 

彼は、死柄木を見つめた。

 

「だからこそ、俺の怒りを、お前に預けない」

 

その言葉が、戦場に響いた。

 

四 爆豪勝己は、迷いを攻撃しない

「……おい、デク」

 

爆豪が、出久の隣へ降り立った。

 

「今の話、聞こえたか」

 

「ああ」

 

出久は、スピナーを見つめていた。

 

「スピナーは、死柄木の仲間であることを否定していない。でも、彼の行為をすべて肯定するつもりもないと言っている」

 

「そうだな」

 

爆豪は、死柄木から目を離さなかった。

 

「ようやく、自分の頭で考え始めたってことだろ」

 

出久は、少しだけ眉を寄せた。

 

「でも、それだけで死柄木が止まるとは思えない」

 

「当たり前だ」

 

爆豪は即答した。

 

「こいつは、スピナーが迷ったからって、手を止めるような奴じゃねえ」

 

死柄木が、こちらへ向かってくる。

 

爆豪は両手を構えた。

 

「だから、止める」

 

「……うん」

 

出久は頷いた。

 

「僕たちが、できることをする」

 

「そういうことだ」

 

爆豪は、短く答えた。

 

「それと、デク」

 

「何?」

 

「スピナーが自分で考えることと、てめえがそいつの答えを代わりに決めることは違うからな」

 

出久は、一瞬だけ息を止めた。

 

爆豪は続けた。

 

「お前、あいつが死柄木に疑問を持ち始めたからって、すぐにこっち側へ来ると思うなよ」

 

「……わかってる」

 

「わかってねえ顔だ」

 

「そんなことないよ!」

 

「ある!」

 

爆豪は怒鳴った。

 

しかし、その声には、いつもの苛立ちだけではないものがあった。

 

「スピナーは、自分で選んで、死柄木の側に立ったんだろうが。なら、そいつが考えた結果、また死柄木の側に立つことだってある!」

 

出久は、唇を噛んだ。

 

「……うん」

 

「そいつの答えが気に入らねえからって、別の答えを押しつけるな」

 

爆豪は、出久を見た。

 

「てめえが死柄木を救いたいと思ってるのと同じだ。誰かが何かを選ぶとき、その答えが自分と同じになるとは限らねえ」

 

出久は、目を閉じた。

 

確かに、そうだった。

 

スピナーが死柄木の側に立つことを選んだ理由は、出久が簡単に否定できるものではない。

 

彼が社会から受けてきた扱い。

 

自分の居場所を見つけられなかった時間。

 

死柄木と出会ったときの感情。

 

そのすべてが、スピナー自身の人生に属している。

 

出久が、彼の過去を知ったからといって、その選択を取り消せるわけではない。

 

ただし、だからといって、彼の行為を無条件に認める必要もない。

 

それは、スピナー自身が考えなければならないことだ。

 

「……ありがとう、爆豪君」

 

出久がつぶやいた。

 

「何がだ」

 

「僕が考えなきゃいけないことを、もう一度教えてくれたから」

 

「俺は教師じゃねえ!」

 

「わかってるよ!」

 

「なら、礼を言ってる暇があるなら動け!」

 

死柄木が迫る。

 

爆豪は両手から爆発を放った。

 

出久は黒鞭を伸ばし、死柄木の進路を変える。

 

二人の動きが、噛み合った。

 

爆豪が攻撃を仕掛け、出久が軌道を補正する。

 

出久が拘束を試み、爆豪がその隙を作る。

 

二人は互いの考えを、すべて共有しているわけではない。

 

それでも、戦うために必要な判断を、互いの動きから読み取っていた。

 

「――徹甲!」

 

爆豪の圧縮した爆発が、死柄木の腕を押し返す。

 

出久が黒鞭を伸ばし、もう一方の腕へ絡ませる。

 

死柄木は、拘束を振りほどこうとした。

 

「……っ!」

 

出久は、黒鞭を引く。

 

爆豪が上空から回り込む。

 

二人の連携が、死柄木の動きを一瞬だけ止めた。

 

しかし、死柄木はすぐに身体を捻り、爆豪の攻撃を避けた。

 

「いい連携だ」

 

彼は、笑った。

 

「だが、お前たちもまた、誰かの答えを決めようとしている」

 

出久の表情が険しくなる。

 

「……違う!」

 

「本当に?」

 

死柄木は、出久を見た。

 

「お前は俺を止める。俺が何を望もうと、それだけは変えない」

 

彼は、指先を地面へ向けた。

 

「お前は、その判断が正しいと信じている」

 

出久は答えなかった。

 

死柄木は続けた。

 

「なら、お前は俺の意思を、どこまで認めるつもりだ?」

 

出久は、息を吸った。

 

「君が何を望むかを聞くことと、君が何をしてもいいと認めることは違う」

 

「……」

 

「僕は、君が何を望んでいるのかを知りたい。でも、その願いをすべて叶えることが、僕の役目だとは思っていない」

 

出久は拳を握り直した。

 

「君の意思は、君のものだ。僕の意思も、僕のものだ。だから、僕は僕の判断で、君を止める」

 

死柄木は、しばらく彼を見つめた。

 

やがて、口元を歪める。

 

「……結局、お前も自分の正義を選ぶのか」

 

「そうだ」

 

出久は、迷わず答えた。

 

「そして、その正義が間違っていないか、考え続ける」

 

死柄木の笑みが消えた。

 

次の瞬間、地面が大きく揺れた。

 

五 怒りの矛先

崩壊は、スピナーの拘束を再び襲った。

 

ロックロックが、固定した瓦礫を動かして壁を作る。

 

センチピーダーがスピナーの巨体を引き寄せ、崩壊の進路から遠ざけようとした。

 

しかし、死柄木の崩壊は、固定された物質にも容赦なく広がっていく。

 

「……っ!」

 

ロックロックの手が震えた。

 

「このままじゃ、固定が間に合わない!」

 

マニュアルが水流を放ち、崩壊した道路の破片を押し流す。

 

バブルガールが泡を広げ、負傷者の退路を確保する。

 

それでも、崩壊は止まらなかった。

 

スピナーは、その光景を見ていた。

 

死柄木の攻撃は、自分のいる場所まで巻き込んでいる。

 

彼の攻撃を止めるために、ヒーローたちが動いている。

 

そして、自分は、その攻撃を止めるために動くべきなのか、それとも死柄木を助けるために動くべきなのか、迷っている。

 

「……くそっ!」

 

スピナーは、巨体をねじった。

 

拘束が軋む。

 

センチピーダーが、身体を締め直した。

 

「動かないでください!」

 

「離せ!」

 

スピナーが叫ぶ。

 

「俺は……!」

 

彼は、死柄木を見た。

 

彼が世界を憎んでいる理由を、否定したいわけではない。

 

彼が受けてきたものを、なかったことにしたいわけでもない。

 

しかし、今、死柄木が起こしている崩壊は、彼がかつて憎んだ社会の仕組みだけを壊しているわけではない。

 

そこには、自分とは何の関係もない人々がいる。

 

何も知らず、ただその場所で暮らしていた人々。

 

家族を守ろうとしている人々。

 

誰かを救おうとして、危険な場所へ向かっている人々。

 

彼らもまた、それぞれの人生を生きている。

 

スピナーは、自分がかつて願っていたものを思い出した。

 

見た目だけで決めつけられないこと。

 

自分の話を聞いてもらうこと。

 

ひとりの人間として、扱われること。

 

その願いを持っていた自分が、今、他人の人生を壊す側にいる。

 

「……俺は」

 

スピナーは、息を吐いた。

 

「俺は、こんなことを望んでいたのか?」

 

その声は、小さかった。

 

ロックロックは、聞き逃さなかった。

 

「……何だ?」

 

「俺は、世界を壊したかったのか?」

 

スピナーは、自分の手を見つめた。

 

「俺は、俺を見てくれなかった世界に怒っていた。俺を、最初から怪物だと決めつけた奴らに腹を立てていた」

 

彼は、顔を上げた。

 

「でも、今、ここにいる人間たちは、俺に何をした?」

 

ロックロックは、黙っていた。

 

「何もしていない奴まで、俺は傷つけようとしている」

 

スピナーの声が震えた。

 

「弔が憎んでいるものを壊すために。俺が、あいつの仲間であることを証明するために」

 

彼は、歯を食いしばった。

 

「……俺は、自分の怒りを、弔に預けていたのかもしれない」

 

その言葉は、スピナー自身にとっても、初めて口にするものだった。

 

自分の怒りは、自分のものだったはずだ。

 

だが、死柄木と出会ってから、その怒りは、少しずつ別の形になっていた。

 

自分が何を求めるのかではなく、死柄木が何を望むのか。

 

自分が何を守りたいのかではなく、死柄木が何を壊したいのか。

 

自分がどんな未来を望むのかではなく、死柄木がどんな未来を拒絶するのか。

 

その考え方が、いつの間にか、自分の中で当たり前になっていた。

 

スピナーは、顔を上げた。

 

「……俺は、弔を止めたいわけじゃない」

 

ロックロックが、目を細める。

 

「だが、あいつの行為を全部正しいとも言えない」

 

スピナーは、ゆっくりと続けた。

 

「だから、俺は……」

 

彼は、巨大な刃を握りしめた。

 

「俺自身の判断で、何をするのか決めなきゃいけない」

 

その言葉を聞いたロックロックは、しばらく黙っていた。

 

やがて、彼は静かに答えた。

 

「……そうだ」

 

拘束を支える手に、少しだけ力がこもる。

 

「ただし、今のお前が何を選ぶかは、俺たちにはまだわからない」

 

「……ああ」

 

「だから、俺たちは、お前が危険な行動に出るなら止める」

 

ロックロックは、まっすぐに言った。

 

「お前が自分の怒りを自分で引き受けると言ったことを、口先だけの言葉にしないためにもな」

 

スピナーは、ゆっくりと頷いた。

 

その言葉に、逃げ道はなかった。

 

自分で選ぶということは、自分で責任を引き受けるということだ。

 

他人に怒りを預けないということは、他人の命令を理由に、自分の行為を正当化しないということだ。

 

スピナーは、その重さを初めて理解し始めていた。

 

六 死柄木弔の怒り

戦場の中央。

 

出久と爆豪は、死柄木の攻撃を何とか抑えていた。

 

出久が黒鞭で腕を拘束し、爆豪が爆発で進路を変える。

 

死柄木が崩壊を広げれば、出久が浮遊で上空へ逃げ、爆豪が空中から攻撃を叩き込む。

 

だが、死柄木は倒れない。

 

むしろ、戦いが続くほど、その動きは苛烈になっていた。

 

「……いい加減にしろ!」

 

死柄木が叫ぶ。

 

「お前たちは、俺を止めることばかり考えている!」

 

出久は、黒鞭を引きながら答えた。

 

「君が止まらないからだ!」

 

「なら、なぜ俺が止まると思う!」

 

死柄木は、腕を振るった。

 

黒鞭が切れる。

 

出久は後退する。

 

爆豪が横から突っ込む。

 

「――爆破!」

 

爆発が、死柄木の肩を打つ。

 

死柄木は、その衝撃を受け流しながら、爆豪の腕を掴もうとした。

 

爆豪は爆発の反動で後退する。

 

「……っ!」

 

死柄木は、二人を見つめた。

 

「お前たちは、俺の怒りを理解したいと言う」

 

彼は、低く笑った。

 

「だが、理解したところで、何が変わる?」

 

出久は、息を整えた。

 

「……理解することが、すべてを変えるとは思っていない」

 

死柄木の動きが、一瞬止まった。

 

出久は続けた。

 

「君がどうして怒っているのか、知ることは必要だと思う。でも、それだけで君の行為が正しくなるわけじゃない」

 

彼は、拳を握った。

 

「君の過去を理解したからといって、君が傷つけた人たちの痛みが消えるわけでもない」

 

死柄木の表情が、険しくなる。

 

「……」

 

「君が失ったものを、僕が代わりに取り戻すこともできない」

 

出久は、目を逸らさなかった。

 

「でも、君のことを知ろうとすることまで、やめるつもりはない」

 

死柄木は、しばらく黙っていた。

 

やがて、口元を歪めた。

 

「……お前は、俺の過去を知って、何をするつもりなんだ?」

 

出久は、答えた。

 

「君の行為を正当化するためじゃない」

 

死柄木の目が、鋭くなる。

 

「君を許すためだけでもない」

 

出久は、ゆっくりと続けた。

 

「君が何を失い、何を求め、どうして今ここに立っているのか。それを知ることと、君がやったことの責任を考えることは、両立すると思うからだ」

 

死柄木は、顔を歪めた。

 

「……そんな都合のいいことが、できると思っているのか?」

 

「簡単じゃないと思う」

 

出久は答えた。

 

「でも、簡単じゃないからって、どちらかを捨てる必要はないはずだ」

 

爆豪が、隣から口を挟む。

 

「デク、話を続けるのはいいが、足を止めるな!」

 

「わかってる!」

 

出久は、黒鞭を伸ばした。

 

死柄木の腕が振られる。

 

出久は、軌道を変える。

 

爆豪が爆発を放つ。

 

死柄木は後退する。

 

その攻防の中で、出久は言葉を続けた。

 

「君が受けてきたことを理解したい! でも、それは、君がしたことをなかったことにするためじゃない!」

 

死柄木の動きが、激しくなる。

 

「黙れ!」

 

「君の過去は、君の行為を説明する一部になるかもしれない! でも、君の行為を帳消しにするものではない!」

 

「黙れと言っている!」

 

崩壊が走る。

 

出久は浮遊で回避した。

 

爆豪が、上空から飛び込む。

 

「――デク、今だ!」

 

出久は黒鞭を複数方向へ伸ばした。

 

崩壊を免れた鉄骨へ絡ませ、死柄木の進路を一瞬だけ塞ぐ。

 

爆豪の爆発が、その隙を突いた。

 

衝撃が、死柄木の身体を後方へ押し流す。

 

しかし、彼は地面へ片手をつき、すぐに立ち上がった。

 

「……理解する?」

 

死柄木は、低く笑った。

 

「お前は、俺の過去を理解したいと言う。俺の怒りを理解したいと言う」

 

彼は、自分の手を見つめた。

 

「なら、聞いてみろ」

 

死柄木は、出久を見た。

 

「俺が、何を望んでいるのか」

 

出久は、息を呑んだ。

 

死柄木は続ける。

 

「俺は、世界を壊したい」

 

その声には、迷いがなかった。

 

「俺を生み出した社会も、俺を見捨てた人間も、俺の怒りを理解したふりをする奴らも、全部壊したい」

 

彼は、腕を広げた。

 

「それが、俺の望みだ」

 

出久は、拳を握りしめた。

 

「……君がそう望んでいることは、わかった」

 

死柄木は、目を細めた。

 

「なら、止めるな」

 

「それはできない」

 

出久は、即答した。

 

死柄木の表情が歪む。

 

「……結局、そうなるのか」

 

「君の望みを聞くことと、その望みをすべて認めることは違うからだ」

 

出久は、まっすぐに彼を見つめた。

 

「僕は、君の怒りを理解したい。だが、君がその怒りを理由に、これ以上誰かを傷つけることを認めるわけにはいかない」

 

死柄木は、しばらく黙っていた。

 

そして、静かに言った。

 

「……なら、お前は、俺の怒りを理解したことにはならない」

 

出久は、首を振った。

 

「そうかもしれない」

 

その答えに、死柄木が目を見開いた。

 

出久は続ける。

 

「君の怒りが、君にとって何を意味しているのか。君が何を望むのか。僕は、まだ全部わかっていない」

 

彼は拳を構え直した。

 

「だから、これからも聞く。考える。でも、僕の判断で、君の行為を止める」

 

死柄木は、ゆっくりと笑った。

 

「……そうか」

 

その笑みには、怒りが滲んでいた。

 

「なら、もういい」

 

彼は、全身に力を込めた。

 

「お前の言葉も、お前の理解も、必要ない!」

 

死柄木が、突進した。

 

出久と爆豪は、同時に動いた。

 

七 仲間の怒りを、盗むな

スピナーは、死柄木の突進を見ていた。

 

彼は、もう動き出していた。

 

ロックロックたちの拘束は、まだ完全には解けていない。

 

だが、スピナーは無理やり力を込め、身体をねじった。

 

「……っ!」

 

固定した瓦礫が軋む。

 

センチピーダーが、すぐに身体を締め直した。

 

「まだ動かないでください!」

 

「離せ!」

 

「できません!」

 

スピナーは、歯を食いしばった。

 

「俺は……弔を止めたいんじゃない!」

 

ロックロックが、彼を見た。

 

「……何?」

 

「俺は、あいつを止めたいんじゃない!」

 

スピナーは、叫んだ。

 

「でも、あいつの怒りを、全部俺の中に入れておくわけにもいかない!」

 

彼の巨体が、再び動いた。

 

「俺は、弔の仲間だ! 今もそう思っている!」

 

拘束が、さらに軋む。

 

「だが、あいつが俺の怒りまで代わりに引き受けると言うなら……俺は、それを断る!」

 

スピナーは、刃を握りしめた。

 

「俺の怒りは、俺のものだ!」

 

彼は、ロックロックを見た。

 

「俺が何をしたのか。誰を傷つけたのか。何を選んだのか。全部、俺自身が引き受ける!」

 

その声に、ロックロックは目を見開いた。

 

センチピーダーの身体が、わずかに緩む。

 

「……スピナーさん」

 

スピナーは、続けた。

 

「俺は、死柄木を裏切りたくない。でも、死柄木の怒りを使って、自分が何をしたのかを考えないままでいたくもない!」

 

彼は、戦場の中央を見つめた。

 

「だから、俺は……」

 

声が、震えた。

 

「俺自身の判断で、動く!」

 

その瞬間、スピナーは巨体を大きくねじった。

 

固定された瓦礫が、ついに砕けた。

 

センチピーダーが後方へ弾かれる。

 

マニュアルが水流を放ち、バブルガールが泡で動きを抑えようとする。

 

だが、スピナーは、ヒーローたちを攻撃しなかった。

 

彼は、地面を蹴った。

 

その巨体が、戦場の中央へ向かって走り出す。

 

「スピナー!」

 

ロックロックが叫ぶ。

 

「待て!」

 

スピナーは、振り返らなかった。

 

「俺が何をするかは、俺が決める!」

 

その言葉を残し、彼は死柄木のもとへ向かった。

 

ロックロックたちは、すぐに追跡を始めた。

 

「止めろ! だが、無理に攻撃するな!」

 

ロックロックが叫ぶ。

 

「何をするつもりなのか、見極める!」

 

スピナーは、戦場の中央へ走る。

 

死柄木は、出久と爆豪の連携を受けながら、彼の接近に気づいた。

 

「……スピナー?」

 

その声に、スピナーは答えた。

 

「弔!」

 

彼は、死柄木の背後へ回り込んだ。

 

「お前の怒りは、お前のものだ!」

 

死柄木の動きが止まる。

 

スピナーは続けた。

 

「俺の怒りを、お前に預けるつもりはない! お前の怒りを、俺が勝手に自分のものにするつもりもない!」

 

彼は、刃を地面へ突き立てた。

 

「俺は、お前の仲間だ! だが、俺自身の意思を捨てるつもりはない!」

 

死柄木の目が、鋭くなった。

 

「……お前は、何をしに来た?」

 

スピナーは、彼を見つめた。

 

「お前を、裏切るためじゃない」

 

その答えに、死柄木は一瞬だけ黙った。

 

スピナーは、言葉を続けた。

 

「俺は、お前を一人にしたくない。お前が何を失ったのか、何を憎んでいるのか、知りたいと思っている」

 

彼は、深く息を吸った。

 

「でも、そのために、お前がやることを全部正しいと認めるわけにはいかない」

 

死柄木の表情が歪む。

 

「……なら、お前は俺の敵だ」

 

「……違う」

 

スピナーは、首を振った。

 

「俺は、お前の仲間だ」

 

彼は、刃を構え直した。

 

「だからこそ、俺は自分の目で、お前を見る」

 

死柄木は、彼を見つめていた。

 

その目には、かつてのような無関心さはなかった。

 

怒り。

 

苛立ち。

 

そして、ほんの少しの失望。

 

「……なら、俺を止めるというのか?」

 

スピナーは、答えなかった。

 

彼は、死柄木の横へ並んだ。

 

その位置は、敵として正面に立つ場所ではなかった。

 

しかし、死柄木の後ろに隠れる場所でもなかった。

 

スピナーは、初めて、自分の意思で死柄木の隣に立とうとしていた。

 

その隣で、彼が何をするのか。

 

まだ、決まっていない。

 

だが、彼はもう、死柄木の怒りを理由に、自分の意思を放棄するつもりはなかった。

 

八 怒りを引き受けるということ

「……スピナー」

 

死柄木は、ゆっくりと口を開いた。

 

「お前は、俺の仲間だと言ったな」

 

「ああ」

 

「なら、なぜ俺の邪魔をする?」

 

スピナーは、答えるまでに時間がかかった。

 

「……俺は、お前の邪魔をしたいわけじゃない」

 

「だが、お前は俺の言うことを聞かない」

 

「そうだ」

 

スピナーは、認めた。

 

「お前の言葉を、何も考えずに聞くつもりはない」

 

死柄木の指先が動く。

 

「……それが裏切りだとは思わないのか?」

 

スピナーの胸が、強く締めつけられた。

 

彼は、死柄木を見つめた。

 

「……思いたくない」

 

その答えは、正直だった。

 

「俺は、お前を裏切りたくない。お前が、初めて俺を拒絶しなかったことを、忘れるつもりはない」

 

スピナーは、歯を食いしばった。

 

「だが、俺が、お前の言うことを全部聞かなければ仲間じゃないというなら……俺は、もう一度考えなきゃいけない」

 

死柄木は、黙っていた。

 

スピナーは続けた。

 

「俺は、お前に自分の怒りを預けていたのかもしれない」

 

彼の声が、震えた。

 

「自分が何をすればいいのか。何を変えたいのか。どんな未来を望んでいるのか。そういうことを考える代わりに、お前の怒りを自分の答えにしていたのかもしれない」

 

死柄木の表情が、徐々に険しくなっていく。

 

スピナーは、目を逸らさなかった。

 

「だから、俺は自分の怒りを、自分で引き受ける」

 

彼は、刃を握り直した。

 

「お前が世界を壊したいと望むことは、お前自身の選択だ」

 

スピナーは、死柄木の目を見つめた。

 

「だが、俺がその破壊を手伝うかどうかは、俺自身の選択だ」

 

死柄木は、動かなかった。

 

「……お前は、俺と違う答えを選ぶかもしれないと言っているのか?」

 

「……ああ」

 

スピナーは頷いた。

 

「その可能性を、今は否定できない」

 

死柄木の口元が歪んだ。

 

「……そうか」

 

彼は、ゆっくりと顔を伏せた。

 

そして、笑った。

 

「……なら、好きにしろ」

 

その声は、ひどく冷たかった。

 

「お前が何を選ぼうと、俺は止まらない」

 

スピナーは、答えた。

 

「……それでも、俺はお前に聞き続ける」

 

死柄木が顔を上げる。

 

スピナーは続けた。

 

「お前が何を望むのか。何を失ったのか。何を憎んでいるのか。俺は、知りたい」

 

彼は、一歩前へ出た。

 

「だが、それを知ることと、お前がしたことを許すことは違う」

 

その言葉に、死柄木の表情が凍りついた。

 

「……何だと?」

 

スピナーは、続けた。

 

「俺は、お前が受けてきたものを、なかったことにしたくない。お前が怒る理由があることも、否定したくない」

 

彼は、拳を握りしめた。

 

「でも、その怒りで誰かを傷つけることまで、全部正しいとは言えない」

 

死柄木の手が、強く曲がった。

 

スピナーは、目を逸らさなかった。

 

「……俺は、お前を見捨てたくない」

 

その声は、静かだった。

 

「でも、お前の罪まで、俺が代わりに引き受けることはできない」

 

死柄木は、長い沈黙の後、低く言った。

 

「……なら、俺は、お前に何を求めればいい?」

 

スピナーは、息を呑んだ。

 

その問いは、初めて聞くものだった。

 

死柄木が、自分に何を求めるのか。

 

その答えは、今まで明確だった。

 

敵を倒せ。

 

邪魔をするな。

 

俺の側にいろ。

 

だが、今の問いには、別の響きがあった。

 

スピナーは、すぐには答えなかった。

 

自分に何を求めてほしいのか。

 

仲間として、何をしてほしいのか。

 

それを、彼自身もまだ理解していなかった。

 

やがて、彼は答えた。

 

「……俺に、考える時間をくれ」

 

死柄木は、目を見開いた。

 

「……考える時間?」

 

「ああ」

 

スピナーは頷いた。

 

「俺は、お前の側にいたい。だが、何をするべきかまで、お前に全部決めてもらうつもりはない」

 

彼は、死柄木を見つめた。

 

「俺は、自分で考えて、自分で選ぶ。その結果が、お前と違うものになることもあるかもしれない」

 

スピナーの声が、少しだけ強くなった。

 

「それでも、俺は、お前を知ろうとすることをやめない」

 

死柄木は、彼を見つめた。

 

その表情は、怒りとも、失望とも、言い切れなかった。

 

やがて、死柄木は、ゆっくりと手を上げた。

 

「……なら、まずは自分の目で見ろ」

 

その言葉と同時に、彼は地面へ手をついた。

 

崩壊が走った。

 

スピナーは、身構えた。

 

死柄木は、戦いをやめるつもりはない。

 

自分の言葉を受け入れたわけでもない。

 

ただ、スピナーが何を選ぶのかを、もう一度試そうとしているようだった。

 

「お前が本当に自分の意思で動くつもりなら……」

 

死柄木は、笑った。

 

「俺を止めてみろ」

 

スピナーは、刃を握りしめた。

 

その問いに、まだ答えはない。

 

だが、彼はもう、以前と同じように、ただ従うことはできなかった。

 

九 憎しみを、他人に預けるな

崩壊の波が、再び広がった。

 

出久は黒鞭を放ち、瓦礫を引き寄せる。

 

爆豪は、爆発で進路を変える。

 

死柄木は、二人の連携を見ながら、腕を振るった。

 

その背後で、スピナーは立ち尽くしていた。

 

死柄木の言葉が、頭の中で繰り返される。

 

――俺を止めてみろ。

 

それは、彼にとって残酷な問いだった。

 

死柄木を止めることは、彼の仲間である自分が、彼に逆らうことなのか。

 

それとも、死柄木が自分の怒りだけに支配されているのなら、その怒りを止めることこそ、仲間として必要なことなのか。

 

スピナーは、まだ答えを持っていない。

 

しかし、彼は、初めて自分の意思で、その問いに向き合おうとしていた。

 

「……弔」

 

彼は、ゆっくりと口を開いた。

 

「俺は、お前の怒りを否定しない」

 

死柄木が振り向く。

 

「だが、俺自身の怒りも、お前に預けない」

 

スピナーは、刃を地面から引き抜いた。

 

「俺は、自分が何をしたのか、自分で引き受ける」

 

彼は、死柄木を見つめた。

 

「だから、お前も、自分の怒りを、俺たちの誰かに預けるな」

 

その言葉が、戦場へ響いた。

 

死柄木の表情が、完全に消えた。

 

出久も、爆豪も、動きを止めた。

 

ほんの一瞬だけ。

 

スピナーは、続けた。

 

「お前が世界を壊したいと望むなら、それはお前の選択だ」

 

彼は、息を吸った。

 

「でも、その選択の責任を、俺に預けるな。社会のせいだけにするな。誰かが自分を見捨てたからだと、それだけで終わらせるな」

 

スピナーの声が、震える。

 

「お前が受けたものは、本当だ。お前が怒っている理由も、あるのかもしれない」

 

彼は、目を逸らさなかった。

 

「でも、今、何をするのかを決めるのは、お前自身だ」

 

死柄木は、長い沈黙の後、笑った。

 

「……お前は、俺に責任を取れと言うのか?」

 

スピナーは、答えた。

 

「……ああ」

 

その一言は、彼にとっても重かった。

 

「俺も、自分の責任を引き受ける。だから、お前にも、自分の選択を引き受けてほしい」

 

死柄木は、しばらく彼を見つめた。

 

その目には、怒りがあった。

 

裏切られたと感じているのかもしれない。

 

自分の怒りを、誰かに共有してほしかったのかもしれない。

 

あるいは、誰かが自分の代わりに責任を引き受けてくれることなど、最初から望んでいなかったのかもしれない。

 

スピナーには、わからなかった。

 

だからこそ、彼は、決めつけなかった。

 

死柄木は、ゆっくりと手を上げた。

 

「……わかった」

 

その声は、静かだった。

 

スピナーの胸に、わずかな期待が生まれた。

 

だが、死柄木は続けた。

 

「なら、お前はもう、俺の味方ではない」

 

スピナーの目が見開かれる。

 

「……弔」

 

「俺の怒りを理解したいと言いながら、俺の選択を否定する」

 

死柄木は、笑った。

 

「それがお前の答えなら、好きにしろ」

 

彼の指先が、地面へ触れた。

 

「俺は、俺の望むことをする」

 

崩壊が、一気に広がる。

 

スピナーは、息を呑んだ。

 

死柄木は、止まらない。

 

彼の怒りを理解しようとする者がいても。

 

彼の過去を知ろうとする者がいても。

 

自分が責任を引き受けるよう求められても。

 

彼は、自分の選択を変えようとはしなかった。

 

スピナーは、刃を構え直した。

 

自分は、死柄木の味方ではないと、彼は言った。

 

その言葉を、受け入れることはできなかった。

 

自分は、まだ死柄木の仲間でいたい。

 

だが、それでも。

 

死柄木の言葉だけで、自分の意思まで決めることはできない。

 

「……弔」

 

スピナーは、低く言った。

 

「俺は、お前の仲間でいたい」

 

彼は、死柄木を見つめた。

 

「だが、俺の怒りを、お前に預けるつもりはない」

 

その言葉を最後に、彼は走り出した。

 

死柄木の背中を追うためではない。

 

死柄木の敵を倒すためだけでもない。

 

目の前で崩れかけた建物を見て、そこに取り残された人々を見て、自分が何をするべきかを選ぶために。

 

彼は、巨体を翻し、崩壊の進路へ飛び込んだ。

 

十 自分で選んだ一歩

スピナーが、巨大な刃を地面へ突き立てた。

 

崩壊が、刃の周囲へ広がる。

 

彼は、その力を利用して、崩れかけた瓦礫を押し返した。

 

「……ぐっ!」

 

巨体が震える。

 

本来なら、彼は崩壊を止める側ではない。

 

彼は、死柄木の仲間だ。

 

世界を壊すために戦ってきた。

 

その自分が、今、死柄木の破壊を食い止めるために動いている。

 

その行為が何を意味するのか、まだ理解できない。

 

ただ、目の前で崩れかけている建物の中に、人がいる。

 

助けを求めている者がいる。

 

自分がかつて、無視されたくないと願っていたように。

 

そこにいる者たちもまた、自分の存在を見てもらいたいと思っている。

 

スピナーは、歯を食いしばった。

 

「……今だ!」

 

彼は、瓦礫を横へ押し流した。

 

ロックロックが、その動きを見て叫ぶ。

 

「マニュアル、今の隙に避難路を!」

 

「了解!」

 

水流が、瓦礫の間へ流れ込む。

 

センチピーダーが、建物の内部へ身体を伸ばした。

 

「こちらから出られます! 焦らず、一人ずつ!」

 

バブルガールが泡を広げ、負傷者を保護する。

 

「大丈夫です! もう少しですから!」

 

スピナーは、その光景を見ていた。

 

自分の行動によって、救助が進んでいる。

 

それが、どんな結果につながるのかはわからない。

 

死柄木が自分をどう見るのかも、わからない。

 

自分がこの行為を続けることで、何が変わるのかも、まだわからない。

 

それでも、彼は、自分の意思で動いた。

 

「……俺は」

 

スピナーは、息を吐いた。

 

「俺は、俺の怒りを、自分で引き受ける」

 

彼は、刃を握り直した。

 

その言葉は、まだ完成していない。

 

彼が自分の責任をすべて引き受けたわけでもない。

 

過去にしてきたことが消えたわけでもない。

 

死柄木との関係に答えが出たわけでもない。

 

だが、彼は初めて、誰かの命令ではなく、自分の判断で一歩を選んだ。

 

その選択が、どんな結果を生むのか。

 

彼は、まだ知らない。

 

しかし、もう、それを他人に決めてもらうつもりはなかった。

 

十一 救済は、簡単な答えではない

戦場の中央。

 

出久と爆豪は、再び死柄木と向き合っていた。

 

スピナーは、少し離れた場所で、崩れかけた建物を支えている。

 

死柄木は、その姿を見ていた。

 

「……スピナー」

 

彼の声には、苛立ちが滲んでいた。

 

「お前は、何をしている?」

 

スピナーは、顔を上げた。

 

「……俺が、今やるべきだと思ったことをしている」

 

死柄木の表情が歪む。

 

「俺の命令は?」

 

「……今は、聞けない」

 

その答えに、死柄木は笑った。

 

「……そうか」

 

彼は、再び出久へ向き直った。

 

「お前たちは、俺から仲間を奪うつもりか?」

 

出久は、首を振った。

 

「僕たちが、スピナーの答えを決めることはできない」

 

死柄木の目が細くなる。

 

「……なら、なぜあいつは俺に従わない?」

 

「それは、スピナーが自分で考えているからだ」

 

出久は答えた。

 

「君を大切に思っていることと、君の行為をすべて肯定することは違う。それを、彼自身が考え始めたんだ」

 

死柄木は、しばらく黙っていた。

 

そして、静かに言った。

 

「……なら、お前も同じことを考えているのか?」

 

「……何?」

 

「お前は、俺を救いたいと言った。だが、俺の行為を許すつもりはないと言った」

 

死柄木は、顔を歪めた。

 

「お前もまた、俺を理解したいと言いながら、俺の望みを否定する」

 

出久は、拳を握りしめた。

 

「……君が望んでいることを知ることと、それを全部認めることは違う」

 

死柄木は、鼻で笑った。

 

「それが、お前の答えか」

 

「今の僕に言えるのは、それだけだ」

 

出久は、まっすぐに彼を見た。

 

「君が何を経験してきたのか。何を失い、何を憎んでいるのか。僕は、それを知りたいと思っている」

 

彼は、息を吸った。

 

「でも、君がしたことを、なかったことにするつもりはない」

 

死柄木の指が、強く曲がった。

 

出久は続けた。

 

「君の過去を理解したからといって、君が傷つけた人たちの痛みが消えるわけじゃない。君が苦しんできたことを知ったからといって、君が奪ったものが戻ってくるわけでもない」

 

彼は、拳を構え直した。

 

「僕は、君のことを理解しようとする。でも、それは、君を許すことと同じじゃない」

 

死柄木の顔が歪んだ。

 

「……お前は、俺を裁くつもりか」

 

「僕一人が、君を許すかどうか決められるわけじゃない」

 

出久は答えた。

 

「君が傷つけた人たちがいる。君が奪ったものがある。君が責任を負わなければならないことがある」

 

彼は、死柄木を見つめた。

 

「でも、君がどんな人間なのかまで、その罪だけで決めつけるつもりもない」

 

死柄木は、動かなかった。

 

出久は、続けた。

 

「君を人間として見ることと、君の罪を許すことは違う。君を理解しようとすることと、君の行為を肯定することも違う」

 

彼は、拳を握りしめた。

 

「だから、僕は君を止める。君がやっていることを止める。そして、その先で、君がどうなるのかを、勝手に決めない」

 

死柄木は、長い沈黙の後、笑った。

 

「……ずいぶんと都合のいい話だな」

 

「……そうかもしれない」

 

出久は、答えた。

 

「僕の考えは、まだ不完全だ。僕が正しいと信じていることが、全部正しいとも思っていない」

 

彼は、死柄木を見た。

 

「でも、不完全だからといって、何もしないわけにはいかない」

 

死柄木の表情が、変わった。

 

怒りが、顔に浮かぶ。

 

「……なら、最後までやってみろ」

 

彼は、地面へ手をついた。

 

「俺の過去を知っても、俺を人間として見ると言うなら」

 

崩壊が、広がる。

 

「俺の罪を許さないと言うなら」

 

出久は、構えた。

 

「俺の未来を決めないと言うなら」

 

爆豪が、横へ並んだ。

 

「全部、最後まで貫いてみろ!」

 

死柄木が、突進した。

 

出久と爆豪は、同時に動いた。

 

黒鞭が伸びる。

 

爆発が弾ける。

 

死柄木の拳が、二人へ迫る。

 

三つの意思が、真正面から衝突した。

 

対話は、和解で終わらなかった。

 

死柄木は、救済を受け入れていない。

 

出久は、救えると約束していない。

 

爆豪は、目の前の被害を止めることをやめない。

 

スピナーもまた、自分が何をするべきなのか、まだ答えを探している。

 

それでも、彼らは戦う。

 

憎しみを他人に預けず、自分の行為を自分で引き受けるために。

 

誰かの過去を理解したからといって、その罪を消したことにしないために。

 

そして、誰かの罪だけを理由に、その人間のすべてを見なくなることがないように。

 

戦場は、再び爆煙に包まれた。

 

死柄木の怒りは、消えていない。

 

出久の迷いも、終わっていない。

 

スピナーの問いも、まだ残っている。

 

だが、誰もその問いを、他人へ丸投げすることはできなかった。

 

それぞれが、自分の選択を引き受けなければならない。

 

その責任から逃げない限り、戦いは続く。

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