僕のヒーローアカデミア 原罪   作:神代シン

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第六十一話「救済は、免罪ではない」

一 救いたいという言葉の値段

「――来るぞ、デク!」

 

爆豪勝己の声が、崩壊の轟音を突き抜けた。

 

緑谷出久は、返事をするより早く跳んだ。

 

危険感知が、全身を貫いている。

 

直後、死柄木弔の腕が、出久の立っていた道路を薙ぎ払った。

 

舗装が砕ける。

 

街灯が折れる。

 

建物の外壁が、砂を撒き散らしながら崩れ落ちた。

 

出久は黒鞭を伸ばし、倒れかけた鉄骨へ絡ませる。身体を振り子のように振り、崩壊の波を飛び越えた。

 

そのまま空中で姿勢を変える。

 

「フルカウル!」

 

脚部へ力を集中させ、着地の衝撃を殺した。

 

だが、死柄木は止まらなかった。

 

彼は地面へ手をつき、身体を一気に前へ押し出した。

 

「遅い!」

 

死柄木の拳が迫る。

 

出久は両腕を交差させた。

 

衝撃が腕を通じて全身へ伝わる。

 

「ぐっ……!」

 

出久の身体が後方へ飛んだ。

 

地面を転がりながら、彼は黒鞭を放つ。壁へ絡ませ、落下する身体を引き戻した。

 

そこへ爆豪が割り込む。

 

「――爆破!」

 

両手の爆発が、死柄木の横腹へ叩きつけられた。

 

死柄木の巨体が、わずかに横へ流れる。

 

爆豪はその反動を利用し、さらに上空へ跳躍した。

 

「いつまで一人で受けてんだ、デク!」

 

「一人で受けるつもりはないよ!」

 

「なら、倒れる前に動け!」

 

「わかってる!」

 

二人の声が交差する。

 

死柄木は、爆豪の攻撃を受けた箇所を一度だけ見下ろした。

 

それから、出久へ視線を戻す。

 

「……お前たちは、いつまで続けるつもりだ?」

 

「君が止まるまでだ!」

 

出久が答えた。

 

死柄木は、鼻で笑った。

 

「俺が止まる?」

 

彼はゆっくりと両腕を広げた。

 

「俺が、救われると認めるまでか? 俺が、お前たちの考える正しい未来を受け入れるまでか?」

 

出久は拳を握りしめた。

 

「違う!」

 

「何が違う?」

 

死柄木の指先が、わずかに動く。

 

「お前は俺を救いたい。だが、俺が救いなどいらないと言えば、どうする?」

 

「……」

 

「俺が、お前たちの未来を拒絶したら?」

 

彼は、出久の目を覗き込むように顔を寄せた。

 

「俺が、自分の怒りを捨てないと決めたら?」

 

出久は、すぐに答えられなかった。

 

その沈黙を、死柄木は見逃さなかった。

 

「そうだろう?」

 

彼は笑った。

 

「お前は、俺を救いたいと言いながら、俺がどんな未来を選ぶべきか、まだ決めていないつもりでいる」

 

出久は、顔を上げた。

 

「……僕は、君の未来を決めるつもりはない」

 

「だが、俺の行動は止める」

 

「そうだ!」

 

出久は、はっきりと答えた。

 

「君がこれ以上、人を傷つけることを止める。君が破壊を続けることを止める!」

 

死柄木が、目を細める。

 

「それは、お前が俺の行動を許さないからだ」

 

「そうだ」

 

「俺が選んだことを、お前が否定するからだ」

 

「君が選んだ行為には、君が責任を負わなければならないからだ!」

 

出久の声が、戦場に響いた。

 

「でも、君の行為を止めることと、君の未来を全部決めることは違う!」

 

死柄木の表情が、わずかに変わった。

 

出久は続ける。

 

「君が何を考えるのか。何を望むのか。これからどう生きるのか。それを僕が勝手に決めることはできない」

 

彼は、一歩前へ出た。

 

「君が僕の手を拒んでも、それを無理やり握らせることはできない。君が僕の考えを認めなくても、認めるまで何度も押しつけるつもりはない!」

 

「……なら、なぜ戦う?」

 

死柄木の問いは、鋭かった。

 

「俺が望まないことをするのなら、お前は俺の意思を尊重していない!」

 

出久は、拳を握りしめた。

 

「君の意思を尊重することは、君が誰かの意思を奪うことまで認めることじゃない!」

 

死柄木の目が、細くなった。

 

「……」

 

「君が何を望むかは、君が決めることだ。だけど、そのために他の人たちを傷つけることを、僕が黙って見ているわけにはいかない!」

 

出久は、真っ直ぐに彼を見た。

 

「僕は、君の未来を勝手に決めない。だけど、君が今ここでやっていることは止める!」

 

死柄木は、しばらく黙っていた。

 

それから、低く笑った。

 

「……結局、お前も俺を止めるのか」

 

「そうだ」

 

「俺が望んでいなくても?」

 

「そうだ!」

 

「俺が、それを救いだと思わなくても?」

 

出久は、一瞬だけ言葉に詰まった。

 

そして、答えた。

 

「……君がそれを救いだと思わないなら、僕は無理にそう呼ばない」

 

死柄木の笑みが消えた。

 

「だが、君の行為を止めることは、やめない」

 

出久は続けた。

 

「君を止めることと、君を救えたと思い込むことは違うからだ」

 

死柄木は、出久を見つめた。

 

その瞳に、和解の兆しはなかった。

 

ただ、深い怒りがあった。

 

「……なら、やってみろ」

 

死柄木が、地面を蹴った。

 

「その矛盾を抱えたまま、俺を止めてみろ!」

 

出久と爆豪が、同時に動いた。

 

二 個性を使う。意思を奪わずに。

「デク、左!」

 

爆豪が叫んだ。

 

出久は即座に身体をひねった。

 

死柄木の腕が、彼の背後を薙ぎ払う。

 

そのまま出久は黒鞭を伸ばし、道路脇のビルへ絡ませた。

 

身体を一気に引き上げる。

 

死柄木は、その動きを追って跳んだ。

 

「逃がすか!」

 

出久は上空で浮遊を発動し、落下速度を殺す。

 

死柄木の手が、すぐ目の前へ迫る。

 

出久は身体を反転させ、脚を振り抜いた。

 

「――スマッシュ!」

 

蹴りが死柄木の肩へ入る。

 

だが、死柄木はその衝撃に耐え、出久の脚を掴もうとした。

 

出久は危険感知の警告に従い、即座に黒鞭を解除する。

 

そのまま空中で身体を回転させ、死柄木の腕をすり抜けた。

 

爆豪が、横から飛び込む。

 

「――徹甲!」

 

圧縮した爆発が、死柄木の防御を叩く。

 

死柄木は両腕を交差させ、衝撃を受け止めた。

 

その瞬間、爆豪は手のひらの爆発を微調整した。

 

正面から押し込むのではない。

 

爆発の方向を変え、死柄木の片足へ衝撃を集中させる。

 

彼の重心が、一瞬だけ揺らいだ。

 

出久は、その瞬間を逃さない。

 

黒鞭を複数方向へ伸ばし、死柄木の腕と腰へ絡ませる。

 

「今だ!」

 

出久が引く。

 

爆豪が、さらに爆発を放つ。

 

二人の連携が、死柄木を地面へ押し戻した。

 

しかし、彼はすぐに立ち上がった。

 

「……随分と器用になったな」

 

死柄木が、出久を見つめる。

 

「自分の攻撃と、他人の攻撃を、うまく使い分ける」

 

「君を止めるためだ!」

 

「だが、その力で俺を拘束し、どこかへ連れていくつもりなのか?」

 

出久は、一瞬だけ言葉を止めた。

 

死柄木は、その反応を見て笑った。

 

「お前は俺を救いたいと言う。なら、俺を捕まえた後、どうする?」

 

「……君の行為を止める」

 

「それから?」

 

出久は、答えられなかった。

 

死柄木は続けた。

 

「俺の罪を裁くのか? 俺を閉じ込めるのか? 俺が望まなくても、俺を変えようとするのか?」

 

出久は、歯を食いしばった。

 

「……それは、僕一人が決めることじゃない」

 

「そうか」

 

死柄木は、冷たく笑った。

 

「なら、お前が俺を救うという言葉には、最初から何の意味もないじゃないか」

 

出久は、すぐには答えられなかった。

 

死柄木の言葉は、彼の中にある矛盾を突いている。

 

自分は、彼を救いたい。

 

しかし、その先で何をするのか、すべてを決めているわけではない。

 

彼を拘束する必要があるかもしれない。

 

彼がしたことの責任を問う必要もある。

 

その過程で、死柄木自身が望まないことを、強制しなければならない場面もあるかもしれない。

 

それでも、自分は彼を人間として見続けられるのか。

 

出久は、まだ答えを持っていなかった。

 

「……僕は」

 

出久は、ゆっくりと口を開いた。

 

「君を救うという言葉を、君に何かを強制するために使いたくない」

 

死柄木は、黙っていた。

 

「僕が君を救いたいと思っていることは、本当だ。でも、それを理由に、君の人生の結末まで決めるつもりはない」

 

出久は拳を握り直す。

 

「君の行為を止める。必要なら、拘束する。君がしたことの責任を曖昧にするつもりもない」

 

彼は、真っ直ぐに死柄木を見た。

 

「でも、その先で君が何を選ぶのかまで、僕が勝手に決めることはできない」

 

死柄木の表情が歪む。

 

「……なら、俺はお前を拒絶する」

 

「……わかってる」

 

「お前の助けなどいらないと言う」

 

「……うん」

 

「それでも、お前は俺を救うと言うのか?」

 

出久は、静かに首を振った。

 

「……君が拒絶しているものを、無理に救いだとは呼ばない」

 

死柄木の目が、わずかに動いた。

 

「でも、君が誰かを傷つけることを止めるのは、僕の判断だ」

 

出久は、一歩前へ出た。

 

「君の意思を奪って、僕の望む未来へ連れていくことはしない。だけど、君の意思を尊重するという言葉を使って、被害を見過ごすこともしない!」

 

死柄木の顔が、怒りに歪んだ。

 

「……なら、その判断を最後まで貫いてみろ!」

 

彼は地面へ手をついた。

 

崩壊が、再び広がる。

 

出久は即座に浮遊し、爆豪は爆発を放ってその進路から逃れた。

 

「デク!」

 

爆豪が叫ぶ。

 

「話すのはいいが、足を止めるな!」

 

「わかってる!」

 

出久は黒鞭を伸ばした。

 

「君を救うために、君の意思を奪ってしまったら……僕は、君が憎んでいるものと同じことを繰り返す!」

 

彼の声が、崩壊の轟音を貫く。

 

「だから、僕は君の未来を決めない!」

 

死柄木が笑った。

 

「だが、俺の今を止める!」

 

出久は、拳を握りしめた。

 

「そうだ!」

 

二人は、再び衝突した。

 

三 爆豪の答えは、爆発の中にある

爆豪は、戦場の地形を見ていた。

 

死柄木の崩壊が広がる方向。

 

出久が黒鞭を使う位置。

 

避難路を確保しているプロヒーローたち。

 

そのすべてを、同時に把握しようとしていた。

 

出久は、死柄木と対話を続けている。

 

そのこと自体を、爆豪は否定するつもりはない。

 

だが、話している間にも、戦場は崩れていく。

 

止めるべきものがある。

 

守るべき人々がいる。

 

その現実を、忘れるわけにはいかなかった。

 

「……チッ」

 

爆豪は、両手の汗を確認した。

 

爆発に使う汗の量。

 

空中での姿勢。

 

着地地点。

 

すべてを調整しながら、死柄木へ接近する。

 

「――爆ぜろ!」

 

両手から爆発が放たれた。

 

死柄木は、腕を交差させて防御する。

 

爆豪は、その瞬間、爆発の方向を変えた。

 

正面から押し込むのではない。

 

死柄木の横をすり抜け、道路脇にある倒壊寸前の支柱へ爆発を叩き込む。

 

「なっ……!」

 

死柄木の足元に、影が落ちた。

 

支柱が倒れる。

 

死柄木は反射的に身体を引いた。

 

その隙に、出久が黒鞭を伸ばした。

 

「――捕まえた!」

 

黒鞭が死柄木の腕へ絡む。

 

爆豪は一気に距離を詰め、拳を叩き込んだ。

 

「これで――!」

 

死柄木の身体が後退する。

 

しかし、彼は地面へ手をつき、崩壊を広げた。

 

爆豪はすぐに上空へ跳び、出久も浮遊で距離を取った。

 

「……くそっ!」

 

爆豪は歯を食いしばった。

 

「どんだけ攻撃を食らっても、立ち上がりやがる……!」

 

死柄木は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「お前は、俺を殺すつもりなのか?」

 

爆豪の動きが、一瞬止まる。

 

死柄木は続けた。

 

「お前は、俺を救いたいと思っていないと言った。なら、俺を倒した後、どうする?」

 

爆豪は、眉をひそめた。

 

「……何を言ってやがる」

 

「俺を止める。拘束する。俺の自由を制限する。そうするつもりなんだろう?」

 

「必要ならな」

 

爆豪は、即答した。

 

死柄木の目が細くなる。

 

「なら、俺の意思はどうなる?」

 

爆豪は、爆発を抑えた。

 

そして、言った。

 

「お前の意思は、お前のものだ」

 

死柄木は、黙った。

 

爆豪は続ける。

 

「だが、俺の意思も、俺のものだ」

 

彼は、自分の両手を見た。

 

「俺は、お前が誰かを傷つけることを止めたいと思っている。だから、そのために戦う」

 

爆豪は、死柄木を見据えた。

 

「お前がそれを嫌がろうが、俺は俺の判断で動く」

 

死柄木が、薄く笑った。

 

「……お前も、結局は自分勝手だな」

 

「当たり前だろうが!」

 

爆豪は叫んだ。

 

「俺はお前のために戦ってるんじゃねえ! 俺が守りたいと思った奴らのために戦ってんだ!」

 

彼の掌から、火花が散る。

 

「お前をどうするか、どこまで拘束するか、どんな責任を取らせるか。そういう話は、今ここで俺一人が決めることじゃねえ!」

 

爆豪は、一歩前へ出た。

 

「だが、今ここでお前の攻撃を止めるかどうかは、俺が決める!」

 

爆発が弾けた。

 

「俺は、お前を止める!」

 

死柄木は、爆豪を見つめた。

 

その目に、わずかに苛立ちが浮かぶ。

 

「……お前は、本当に答えを出そうとしないんだな」

 

「答えを出す必要があることと、今すぐ答えが出ないことは違うだろうが!」

 

爆豪は、突進した。

 

死柄木が腕を振るう。

 

爆豪は空中で身体を回転させ、爆発で軌道を変えた。

 

「俺は、自分が何をするべきか考えてる!」

 

爆豪の拳が、死柄木の肩へ入る。

 

「だが、わからねえことまで、わかったふりして決める気はねえ!」

 

死柄木の身体が、後方へ押し流される。

 

爆豪は、着地と同時に再び構えた。

 

「お前を止める。それだけは、俺が決めたことだ!」

 

その言葉を聞いた出久は、拳を握りしめた。

 

爆豪は、彼と同じ答えを持っているわけではない。

 

しかし、彼は自分の判断を、他人へ丸投げしていなかった。

 

自分が守りたいものを、自分で選んでいる。

 

その選択の結果を、自分で引き受けようとしている。

 

出久は、そのことを強く意識した。

 

自分が救いたいと思うこと。

 

誰かが救われたいと思うこと。

 

そして、実際に何をするのか。

 

それらは、すべて別の問題なのだ。

 

出久は、再び死柄木へ向き直った。

 

「……君の未来を、僕が決めることはできない」

 

死柄木は、笑った。

 

「また、その話か」

 

「でも、君が今やっていることを、僕が止めるかどうかは、僕が決める」

 

出久は拳を握った。

 

「僕は、君の罪を消すつもりはない。君が傷つけた人たちのことも、忘れない」

 

その声は、少しだけ強くなった。

 

「でも、それを理由に、君が何者なのかまで決めつけるつもりもない!」

 

死柄木の表情が険しくなった。

 

「……なら、お前は俺をどうするつもりだ!」

 

「今は、止める!」

 

出久は、答えた。

 

「それから先のことを、今ここで僕一人が決めるつもりはない!」

 

死柄木は、歯を食いしばった。

 

「……ふざけるな!」

 

彼の手が、地面へ向かう。

 

崩壊が走る。

 

出久と爆豪が、同時に動いた。

 

四 スピナーは、仲間を止められるのか

「……弔!」

 

スピナーは、崩壊の進路へ飛び込んだ。

 

彼の巨体が、倒れかけた建物の前へ立つ。

 

巨大な刃を地面へ突き立て、瓦礫の流れを変えるために身体を押し込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

刃が舗装へ食い込む。

 

崩壊が、彼の足元へ迫った。

 

「スピナーさん!」

 

センチピーダーが叫んだ。

 

「そこは危険です! 離れてください!」

 

「……嫌だ!」

 

スピナーは、歯を食いしばった。

 

「ここを壊させるわけにはいかない!」

 

自分でも、なぜその言葉を口にしたのか、わからなかった。

 

死柄木の怒りを否定したいわけではない。

 

彼の破壊をすべて止めればいいと、考えが変わったわけでもない。

 

ただ、目の前にある建物の中には、人がいる。

 

まだ逃げられずにいる人々がいる。

 

自分がかつて願っていたように、自分の存在を無視されたくない人々がいる。

 

彼らを見捨てることを、スピナーは選べなかった。

 

「……俺は!」

 

彼は、刃を握りしめた。

 

「俺は、お前の怒りを否定しない!」

 

死柄木が、彼を見た。

 

スピナーは続けた。

 

「だが、その怒りで、何も知らない人間まで壊していいとは思わない!」

 

死柄木の表情が、凍りついた。

 

「……何だと?」

 

「俺は、お前の仲間だ!」

 

スピナーは、叫んだ。

 

「お前を見捨てたくない! お前が何を失ったのか、何を憎んでいるのか、知りたいと思っている!」

 

彼は、巨体を震わせながら、刃を押し込んだ。

 

「でも、俺が、お前の怒りを理解したいと思うことと、お前が何をしてもいいと認めることは違う!」

 

死柄木は、黙っていた。

 

スピナーの声が、震える。

 

「俺は、今まで、お前の側にいることを、自分の答えにしていた」

 

彼は、顔を上げた。

 

「お前が世界を壊したいと言うなら、俺もその手伝いをする。それが、仲間であることだと思っていた」

 

その言葉に、死柄木の目が細くなる。

 

スピナーは、続けた。

 

「でも、俺が何をするべきかまで、お前に預けるつもりはない!」

 

彼は、刃を地面から引き抜いた。

 

「俺は、お前の仲間だ。だからこそ、俺自身の意思で、お前に何を伝えるのか決める!」

 

スピナーは、死柄木を見つめた。

 

「今のお前がやっていることを、俺は止めたい!」

 

戦場に、沈黙が落ちた。

 

死柄木の顔から、表情が消えた。

 

やがて、彼は低く笑った。

 

「……お前も、俺を止めるのか」

 

「……ああ」

 

スピナーは、答えた。

 

「今は、そうする」

 

死柄木は、首を傾けた。

 

「なら、お前も俺の敵だ」

 

その言葉に、スピナーの胸が強く締めつけられた。

 

それでも、彼は目を逸らさなかった。

 

「……そう言われても、仕方がない」

 

死柄木の眉が動いた。

 

スピナーは、続けた。

 

「俺は、お前の仲間でありたい。だが、お前の行為をすべて肯定することが、仲間であることの条件なら……俺は、その条件を受け入れられない」

 

死柄木は、しばらく黙っていた。

 

そして、ゆっくりと手を上げた。

 

「……なら、見せてみろ」

 

彼の指先が、地面へ触れる。

 

崩壊が、スピナーへ迫った。

 

「お前が、本当に自分の意思で動くつもりなら……」

 

死柄木は、笑った。

 

「その意思で、俺を止めてみろ!」

 

スピナーは、身構えた。

 

自分が何を選ぶのか。

 

その答えを、今ここで求められている。

 

彼は、もう他人に決めてもらうつもりはなかった。

 

五 止めることと、否定すること

スピナーは、地面を蹴った。

 

巨体が、崩壊の進路から横へ跳ぶ。

 

しかし、死柄木の攻撃は広範囲に及んでいた。

 

スピナーの身体を避けても、背後の建物が壊れる。

 

彼は空中で身体を捻り、巨大な刃を地面へ突き立てた。

 

刃を支点にして身体を回転させる。

 

落下する瓦礫を、横へ押し流す。

 

その瞬間、崩壊が刃の根元へ達した。

 

「……っ!」

 

刃が、細かな破片へ変わり始める。

 

スピナーは、すぐに手を離した。

 

着地と同時に、別の瓦礫を掴む。

 

巨体を使って、崩れかけた構造物を押し戻す。

 

「センチピーダー!」

 

彼は叫んだ。

 

「今だ!」

 

センチピーダーが走り、建物の内部へ身体を伸ばした。

 

「こちらへ! もう少しです!」

 

マニュアルの水流が、避難路を作る。

 

バブルガールが泡を広げ、落下物の衝撃を和らげる。

 

ロックロックは固定できる瓦礫を押さえ、避難者が通れるように道を確保した。

 

スピナーは、その姿を見ていた。

 

自分がやったことは、正しかったのだろうか。

 

今、自分が死柄木の崩壊を止めたことで、誰かが助かった。

 

しかし、自分がこれまでに死柄木のために戦ってきたことを、なかったことにはできない。

 

その責任が消えたわけでもない。

 

自分は、何をしたのか。

 

その問いから、逃げることはできない。

 

スピナーは、歯を食いしばった。

 

「……俺は、俺の選択を引き受ける」

 

彼は、再び死柄木を見た。

 

「だから、お前にも、自分の選択を引き受けてほしい!」

 

死柄木は、答えなかった。

 

代わりに、腕を振った。

 

スピナーの巨体が、衝撃で横へ吹き飛ばされる。

 

「ぐあっ……!」

 

彼は地面へ叩きつけられた。

 

「スピナー!」

 

出久が叫ぶ。

 

しかし、死柄木は出久の方へ向き直っていた。

 

「他人の行為の責任を、他人が決める?」

 

死柄木は、出久を見据えた。

 

「なら、お前は俺の責任を、どうするつもりなんだ?」

 

出久は、呼吸を整えた。

 

「……僕が、君の責任を代わりに引き受けることはできない」

 

死柄木の目が、細くなる。

 

「君が何をしたのか。誰を傷つけたのか。その結果、何が失われたのか。それは、君自身が向き合わなければならないことだ」

 

出久は、拳を握った。

 

「でも、君が何者なのかを、君が犯した罪だけで決めつけることもしたくない」

 

死柄木は、低く笑った。

 

「……罪だけで決めつけない?」

 

「うん」

 

出久は、頷いた。

 

「君がしてきたことは、消えない。僕が君の過去を知ったからといって、君の罪がなくなるわけじゃない」

 

出久は、まっすぐに死柄木を見た。

 

「君が苦しんできたことを理解しようとしても、それで君が傷つけた人たちの痛みを、僕が代わりに許すことはできない」

 

死柄木の表情が歪む。

 

「……なら、何のために理解する?」

 

出久は、答えた。

 

「君を、ただの怪物だと決めつけないためだ」

 

死柄木の目が見開かれた。

 

出久は続けた。

 

「君が何をしてきたのかを知ることと、君が何を経験してきたのかを知ること。その両方が必要だと思うからだ」

 

彼は、拳を握りしめた。

 

「理解することは、免罪じゃない。君の行為を正当化することでもない!」

 

出久の声が、強くなる。

 

「でも、君の罪だけを見て、君の過去を知ろうとしなくなることも、正しいとは思わない!」

 

死柄木は、長い沈黙の後、笑った。

 

「……お前は、俺を理解することで、自分が正しいと証明したいんじゃないのか?」

 

出久は、息を呑んだ。

 

「……」

 

「俺を理解したい。俺を人間として見たい。そうすることで、お前は自分が正しい英雄だと信じたいんじゃないのか?」

 

その言葉は、出久の胸に深く刺さった。

 

彼は、自分の中にある願いを考えた。

 

死柄木を救いたい。

 

それは、彼のためなのか。

 

それとも、自分が見つけてしまった少年を、見捨てたくないだけなのか。

 

救えなかった過去を繰り返したくないからなのか。

 

自分が、誰かを救える英雄でありたいからなのか。

 

そのすべてが、混ざっている可能性はあった。

 

出久は、目を閉じた。

 

「……そういう気持ちが、僕の中にないとは言い切れない」

 

死柄木は、黙っていた。

 

「僕は、君を救いたいと思っている。君を救えたら、何かが変わると思っているのかもしれない」

 

出久は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「でも、その願いが、僕自身のためだけになってしまったら……君を救いたいという気持ちが、君を僕の望む形に変えたいという願いになってしまったら」

 

彼は、拳を握りしめた。

 

「それは、君が拒絶しているものと同じだ」

 

死柄木は、出久を見つめた。

 

出久は続ける。

 

「だから、僕は自分の願いを疑い続ける。君を救いたいと思うことが、君の意思を奪うことになっていないか、考え続ける」

 

彼は、まっすぐに言った。

 

「でも、君が誰かを傷つけることを、見過ごすわけにはいかない!」

 

死柄木の表情が、怒りに歪んだ。

 

「……なら、来い!」

 

彼が突進する。

 

出久は、黒鞭を伸ばした。

 

爆豪が横から爆発を放つ。

 

二人の攻撃が、死柄木へ迫った。

 

六 救済は、免罪ではない

爆豪の爆発が、死柄木の肩を打った。

 

出久の黒鞭が、その腕へ絡みつく。

 

死柄木は、腕を引き、拘束を振りほどこうとした。

 

「……っ!」

 

出久は、黒鞭を引いた。

 

爆豪がさらに加速する。

 

「――爆破!」

 

死柄木の身体が、後方へ押し流された。

 

その先には、ロックロックが固定した巨大な瓦礫の壁があった。

 

死柄木が、壁へ激突する。

 

衝撃が響く。

 

爆豪は、すぐに追撃へ移ろうとした。

 

だが、出久が手で制した。

 

「待って!」

 

「何だ、デク!」

 

「……まだ、話がある!」

 

「今かよ!」

 

爆豪は舌打ちした。

 

しかし、出久の意図を理解すると、攻撃を止めて距離を取った。

 

死柄木は、ゆっくりと立ち上がった。

 

その身体には、いくつもの傷が残っている。

 

呼吸も、少しだけ乱れていた。

 

それでも、彼は笑っていた。

 

「……何だ? まだ話したいのか?」

 

出久は、拳を握りしめたまま、答えた。

 

「……君の過去を理解しようとすることと、君の罪を許すことは違う」

 

死柄木の笑みが、わずかに消えた。

 

「君がどんな経験をしてきたのか。それを知ることは必要だと思う。でも、それによって、君が傷つけた人たちの痛みが消えるわけじゃない」

 

出久は、続けた。

 

「君が苦しんできたことは、本当かもしれない。君が社会から見落とされてきたことも、あったのかもしれない」

 

彼は、目を逸らさなかった。

 

「でも、君が誰かを傷つけたことも、本当だ」

 

死柄木は、何も言わなかった。

 

「その二つを、同時に見る必要があると思う」

 

出久の声が、少しだけ震えた。

 

「君が被害を受けてきたことを知ったからといって、君が加害者ではなくなるわけじゃない。君が加害者であることを認めたからといって、君が受けてきたものまで、なかったことになるわけでもない」

 

死柄木の目が、鋭くなる。

 

「……そんなもの、誰が決める?」

 

「僕が決めることじゃない」

 

出久は、答えた。

 

「君が傷つけた人たちがいる。君が奪ったものがある。彼らがどう感じるのか、僕が代わりに決めることはできない」

 

出久は、ゆっくりと続けた。

 

「でも、君が人間であることまで、誰かが取り消せるとは思わない」

 

死柄木の表情が、歪んだ。

 

「……人間だから、何だ?」

 

彼は、低く言った。

 

「人間だから、許されるのか?」

 

「違う!」

 

出久は、即座に答えた。

 

「人間だからといって、何をしても許されるわけじゃない!」

 

出久の声が、戦場に響いた。

 

「人間だから、責任を負うんだ!」

 

死柄木は、動きを止めた。

 

出久は、続けた。

 

「僕は、君を怪物だと決めつけない。だけど、君を人間として見ることは、君の行為を許すことじゃない!」

 

彼は、一歩前へ出た。

 

「僕は、君が何をしてきたのかを知りたい。君が何を失ったのかも知りたい。君がどうしてここまで来たのかも、考えたい」

 

その声は、今までよりも強かった。

 

「でも、それによって君の罪を消すつもりはない!」

 

出久は、拳を握りしめた。

 

「救済は、免罪じゃない!」

 

その言葉が、戦場に響いた。

 

死柄木の顔が、凍りついた。

 

しばらく、誰も動かなかった。

 

遠くで鳴るサイレン。

 

瓦礫が落ちる音。

 

ヒーローたちの通信。

 

そのすべてが、一瞬だけ遠くなったように感じられた。

 

死柄木は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……なら、俺は救われない」

 

出久は、答えた。

 

「……それを、僕が今ここで決めることはできない」

 

死柄木は、笑った。

 

「……そうか」

 

彼は、腕を広げた。

 

「お前は、俺を救えるとも言わない。俺を許すとも言わない。俺の未来を決めるとも言わない」

 

その声が、低くなる。

 

「なのに、俺を止めると言う」

 

出久は、拳を握った。

 

「そうだ」

 

「……矛盾しているな」

 

「そうかもしれない」

 

出久は、正直に答えた。

 

「僕の考えは、まだ不完全だ。君を理解することも、救うことも、簡単な答えではない」

 

彼は、死柄木を見つめた。

 

「でも、だからといって、何も考えずに君を壊して終わりにするつもりもない」

 

死柄木の目が、鋭くなる。

 

「……なら、最後までやってみろ」

 

彼は、地面へ手をついた。

 

「お前の言う責任も、救済も、そのすべてが本当に成り立つのか、見せてみろ!」

 

崩壊が、再び広がった。

 

七 憎しみを引き受けるのは、誰だ

「……スピナー!」

 

死柄木の声が響いた。

 

スピナーは、崩壊しかけた建物の前で、巨体を支えていた。

 

「お前は、俺の側にいると言ったな!」

 

スピナーは、顔を上げた。

 

死柄木は、出久と爆豪を相手に戦いながら、こちらを見ていた。

 

「なら、最後まで俺の側にいろ!」

 

その言葉に、スピナーの身体が震えた。

 

かつてなら、それだけで十分だった。

 

死柄木が呼んでいる。

 

自分を必要としている。

 

なら、行かなければならない。

 

しかし、今は違った。

 

自分は、死柄木の仲間でありたい。

 

彼を見捨てたくない。

 

だが、それは、自分の判断を手放すことと同じではない。

 

スピナーは、ゆっくりと答えた。

 

「……俺は、お前の側にいたい」

 

死柄木の目が、わずかに動く。

 

「なら来い!」

 

スピナーは、首を振った。

 

「でも、今は、ここにいる人間を助ける」

 

死柄木の表情が、凍りついた。

 

「……何だと?」

 

スピナーは、目を逸らさなかった。

 

「この建物の中に、人がいる。俺がここを離れたら、崩れるかもしれない」

 

彼は、巨体を押し込み、崩れかけた構造物を支えた。

 

「俺は、ここにいる人間を見捨てない」

 

死柄木は、怒りに顔を歪めた。

 

「……お前は、俺よりもそいつらを選ぶのか!」

 

スピナーは、苦しげに息を吐いた。

 

その問いに、簡単に答えることはできなかった。

 

自分は、死柄木を見捨てたくない。

 

それは、本当だ。

 

だが、ここにいる人々も、自分がかつて求めたように、誰かに自分の存在を認めてほしいと願っている。

 

自分の外見だけで、最初から怪物だと決めつけられたくない。

 

何もしていないのに、存在そのものを拒絶されたくない。

 

その願いを持っていた自分が、今ここで、目の前の人々を見捨てていいのか。

 

「……俺は」

 

スピナーは、震える声で答えた。

 

「お前を選ばないと言っているわけじゃない」

 

死柄木の目が細くなる。

 

「……」

 

「俺は、お前の仲間でいたい。お前を理解したい。お前の怒りを、聞きたい」

 

スピナーは、顔を上げた。

 

「でも、だからといって、今ここにいる人間を見捨てる理由にはならない!」

 

彼は、刃を握りしめた。

 

「お前の怒りを理解したいからこそ、俺は自分の怒りを、自分で引き受ける!」

 

その声は、震えていた。

 

しかし、逃げてはいなかった。

 

「俺が何をするのか。誰を助けるのか。誰を傷つけるのか。それは、俺自身が決める!」

 

死柄木は、スピナーを睨みつけた。

 

「……なら、お前は俺の敵だ」

 

スピナーは、唇を噛んだ。

 

その言葉は、痛かった。

 

しかし、彼は答えた。

 

「……今は、そう思われても仕方がない」

 

死柄木の表情が、歪んだ。

 

スピナーは、最後に一つだけ言った。

 

「だが、俺は、お前を見捨てたわけじゃない」

 

死柄木は、何も答えなかった。

 

スピナーは、再び建物を支えた。

 

センチピーダーが内部へ入り、取り残された人々を救出する。

 

マニュアルの水流が、退路を開く。

 

バブルガールの泡が、落下物の衝撃を和らげた。

 

その間、スピナーは自分の巨体を使って、崩壊の進路を抑え続けた。

 

それは、死柄木のために戦ってきた自分を否定する行為ではなかった。

 

彼は、死柄木の仲間であることを、まだ捨てていない。

 

ただ、その関係を理由に、他人の命を見捨てることはしなかった。

 

自分自身の判断で。

 

自分自身の責任で。

 

その一歩を、選んだ。

 

八 救済の終わりを決めるな

死柄木は、スピナーから視線を戻した。

 

出久と爆豪が、再び迫ってくる。

 

出久の黒鞭が伸びた。

 

爆豪の爆発が、空気を切り裂く。

 

死柄木は、それらを避けながら、低く笑った。

 

「……お前たちは、本当に面倒だ」

 

彼の腕が振られる。

 

出久は黒鞭で受け流し、爆豪は爆発の反動で軌道を変えた。

 

二人の攻撃が、死柄木へ迫る。

 

「面倒で結構だ!」

 

爆豪が叫ぶ。

 

「てめえが簡単に終わらせてくれねえんだからな!」

 

死柄木は、爆豪の攻撃を受け流した。

 

「お前たちは、俺を救いたいと言う。だが、俺が救われたくないと言ったら、それで終わりだ」

 

出久は、首を振った。

 

「……救いを望むかどうかを、君に強制するつもりはない」

 

「なら、俺の未来を決めるな!」

 

死柄木が叫んだ。

 

「俺がどんな結末を迎えるのか、誰にも決めさせない!」

 

その声には、激しい怒りがあった。

 

「お前たちが俺を捕まえ、裁き、閉じ込め、二度と何もできないようにする。それを、救済だと呼ぶつもりか!」

 

出久は、すぐには答えられなかった。

 

その可能性は、ある。

 

死柄木の行為を止めるために、拘束が必要になるかもしれない。

 

法のもとで責任を問われることもあるだろう。

 

しかし、そのすべてを「救済」と呼ぶことはできない。

 

出久は、呼吸を整えた。

 

「……君を拘束する必要があるかもしれない。君がしたことの責任を、問われることもあると思う」

 

死柄木の目が細くなる。

 

「……」

 

「でも、それを、君を救うためだからといって、きれいな言葉で包むつもりはない」

 

出久は、顔を上げた。

 

「君の自由を制限しなければならない場面があるなら、その理由をはっきりさせる。君が誰かを傷つけることを止めるためだ。君を、僕の望む人間に変えるためじゃない」

 

死柄木は、じっと出久を見つめていた。

 

出久は続ける。

 

「君の未来を、僕が決めることはできない。だけど、君の行為の結果まで、誰かが代わりに引き受けることはできない」

 

彼は、拳を握りしめた。

 

「君が何を選んだのか。その結果、何が起きたのか。それは、君自身が向き合わなければならないことだ」

 

死柄木の顔が、怒りに歪んだ。

 

「……お前は、俺に責任を取れと言うのか!」

 

「そうだ!」

 

出久は、はっきりと答えた。

 

「僕も、自分の選択の責任を引き受ける。爆豪君も、自分の判断で戦っている。スピナーも、自分が何をするのかを考え始めた!」

 

出久は、死柄木を見据えた。

 

「だから、君も、自分の行為を誰かに預けないでほしい!」

 

死柄木は、長い沈黙の後、笑った。

 

「……お前は、俺を変えようとしている」

 

出久は、首を振った。

 

「君を変えられると、決めつけるつもりはない」

 

「なら、何がしたい?」

 

「今、君がやっていることを止める!」

 

出久は、叫んだ。

 

「そして、その先で君がどうするのかを、君自身が選べるようにする!」

 

死柄木の表情が、変わった。

 

「……選べるようにする?」

 

「君の行為を止めることと、君の未来を決めることは違うからだ!」

 

出久は、拳を構え直した。

 

「僕は、君が何をするのかまで決めない! でも、君が誰かを傷つけることを、見過ごすつもりもない!」

 

死柄木は、顔を歪めた。

 

「……だったら、どちらも貫いてみろ!」

 

彼は、両腕を広げた。

 

「俺を止めろ! 俺の未来を決めずに、俺の破壊を止めてみろ!」

 

出久と爆豪は、同時に動いた。

 

黒鞭が伸びる。

 

爆発が弾ける。

 

死柄木の拳が、二人へ迫った。

 

三人の意思が、再び正面からぶつかり合った。

 

九 選んだ行為の、その先へ

戦場の東側。

 

救助活動が、ようやく一段落していた。

 

センチピーダーが最後の負傷者を担架へ乗せ、マニュアルが水流で瓦礫を押し流す。

 

バブルガールは泡を広げ、避難路を守り続けていた。

 

ロックロックは、固定した壁を支えながら、スピナーを見ていた。

 

彼は、自分の意思で建物を支えていた。

 

死柄木の命令ではない。

 

ヒーローの指示でもない。

 

自分が、そうするべきだと判断したからだ。

 

ロックロックは、少しだけ目を細めた。

 

「……お前は、今、自分で選んだんだな」

 

スピナーは、荒い呼吸を整えながら答えた。

 

「……ああ」

 

「その選択が、正しかったかどうかは、まだわからない」

 

「……そうだな」

 

スピナーは、地面に突き立てた刃を引き抜いた。

 

「でも、俺は、自分で選んだ」

 

彼は、戦場の中央を見た。

 

死柄木は、まだ出久と爆豪と戦っている。

 

その姿を見て、スピナーは、胸の奥が痛くなるのを感じた。

 

自分は、死柄木を見捨てたくない。

 

だが、今の死柄木は、自分の選択を拒絶している。

 

自分が彼の行為に疑問を持つことを、認めない。

 

それでも、スピナーは、彼を完全に理解できたと思い込むつもりはなかった。

 

死柄木が何を望んでいるのか、すべてわかったわけではない。

 

彼が、なぜここまで怒り続けているのか。

 

何を失い、何を求め、何を拒絶しているのか。

 

そのすべてを、まだ知らない。

 

だからこそ、スピナーは、これからも問い続ける必要があるのだろう。

 

だが、問い続けることと、行為を認めることは違う。

 

彼が誰かを傷つけるなら、止める必要がある。

 

その責任を、他人へ預けることはできない。

 

スピナーは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……俺は、これまで、怒りを理由にしてきた」

 

彼は、ロックロックを見た。

 

「社会が俺を見てくれなかった。誰も俺を理解しなかった。だから、俺が何をしても、仕方がないと思っていたのかもしれない」

 

ロックロックは、黙って聞いていた。

 

「でも、違うんだな」

 

スピナーは、顔を上げた。

 

「俺が受けてきたものが本当でも、俺がしたことの責任は、俺にある」

 

その言葉は、静かだった。

 

しかし、スピナー自身の胸の奥には、重く響いていた。

 

自分は、被害者であることを理由に、加害する側へ回ってしまったのかもしれない。

 

自分が傷ついたことを理由に、他人を傷つけることを正当化してしまったのかもしれない。

 

その事実を認めることは、痛かった。

 

だが、認めなければ、何も変わらない。

 

「……俺は、何をしてきたのか、ちゃんと向き合う」

 

スピナーは言った。

 

「それが、弔を裏切ることになるのかどうかは……まだ、わからない」

 

彼は、死柄木を見つめた。

 

「でも、俺が何をするべきかまで、弔に決めてもらうつもりはない」

 

ロックロックは、ゆっくりと頷いた。

 

「それでいい」

 

彼は、固定を解除した。

 

スピナーの拘束は、まだ完全には解かれていない。

 

だが、彼は、もう無理に暴れようとはしなかった。

 

「……今、俺がここにいていいのか?」

 

スピナーが尋ねた。

 

ロックロックは、答えた。

 

「お前が何をするのか、見ている」

 

それは、許しではなかった。

 

免罪でもなかった。

 

スピナーの行為がすべて正しかったと認めることでもない。

 

ただ、彼が次に何を選ぶのかを、見極めようとしている言葉だった。

 

スピナーは、それを受け止めた。

 

「……ああ」

 

彼は、再び前を向いた。

 

「見ていてくれ」

 

その言葉は、自分の責任から逃げないという決意だった。

 

そして、死柄木の隣に立ち続けるかどうかを、今すぐ決めないという選択でもあった。

 

スピナーは、まだ迷っている。

 

しかし、もう、その迷いを誰かに預けるつもりはなかった。

 

十 救済は、免罪ではない

夕暮れが、戦場を染めていた。

 

崩壊した建物の隙間から、赤い光が差し込んでいる。

 

出久は、息を整えながら、死柄木の前に立っていた。

 

爆豪は、少し離れた位置で、再び爆発の構えを取っている。

 

死柄木は、二人を見つめていた。

 

その身体には、数多くの傷が残っている。

 

だが、彼は倒れていない。

 

「……お前たちは、本当に諦めないな」

 

死柄木が、低く言った。

 

出久は、答えた。

 

「君が止まらないからだ」

 

「俺が止まれば、救われたことになるのか?」

 

「……それは、君が決めることだ」

 

死柄木の目が、細くなる。

 

出久は続けた。

 

「僕が君を止めることと、君が救われたと思うことは、同じじゃない」

 

彼は、拳を握りしめた。

 

「君が自分の行為の責任を取ることと、誰かが君を許すことも、同じじゃない」

 

死柄木は、黙っていた。

 

「君が何を失ったのか。どんなことを経験してきたのか。それを知ることは、必要だと思う」

 

出久は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「でも、君が失ったものが本物だからといって、君が奪ったものが消えるわけじゃない」

 

彼は、死柄木を見つめた。

 

「救済は、免罪じゃない」

 

死柄木の表情が、歪んだ。

 

「……なら、俺は、救われる必要などない」

 

「……そうかもしれない」

 

出久は、答えた。

 

「君が救われたいと思っていないなら、僕が勝手に救いを押しつけることはできない」

 

死柄木は、出久を見つめた。

 

「だが、君が誰かを傷つけることを止めるのは、僕が選ぶことだ」

 

出久は、顔を上げた。

 

「君の未来を決めるつもりはない。だけど、君の行為を止めることは、やめない!」

 

死柄木は、長い沈黙の後、笑った。

 

「……お前は、俺を救おうとしているのか。それとも、俺を倒そうとしているのか」

 

出久は、答えた。

 

「今は、君を止めようとしている」

 

死柄木の笑みが消えた。

 

「……」

 

「君を救えるかどうかは、わからない。君が何を望んでいるのかも、全部わかったわけじゃない」

 

出久は、拳を握りしめた。

 

「でも、君が今ここでやっていることを、止める必要がある。それだけは、はっきりしている」

 

爆豪が、隣へ並んだ。

 

「……聞いたか、死柄木」

 

彼は、両手を構えた。

 

「てめえの未来を、俺たちが勝手に決めるつもりはねえ」

 

爆豪は、死柄木を見据えた。

 

「だが、てめえが選んだ行動の結果まで、誰かに押しつけるな」

 

彼の掌が、光る。

 

「俺たちは、自分が選んだことを、自分で引き受ける!」

 

出久も、頷いた。

 

「君も、自分で選んだ行為から逃げないでほしい!」

 

死柄木は、二人を見つめた。

 

その目には、怒りがあった。

 

失望もあった。

 

そして、彼らの答えを拒絶する強い意志があった。

 

「……なら、俺も自分の選択を引き受ける」

 

死柄木は、静かに言った。

 

「俺は、世界を壊すことを選んだ」

 

彼の指先が、地面へ触れる。

 

「お前たちが何を言おうと、その選択を変えるつもりはない」

 

崩壊が、再び広がった。

 

出久と爆豪は、同時に動いた。

 

黒鞭が伸びる。

 

爆発が弾ける。

 

死柄木の拳が、二人へ迫る。

 

その瞬間、出久は理解した。

 

自分が、死柄木を救いたいと思うこと。

 

死柄木が、その救いを拒絶すること。

 

そのどちらも、誰かの言葉一つで消えるものではない。

 

だが、彼らが今、何をするのかは、それぞれが選ぶことができる。

 

死柄木は、自分の行為を引き受けると告げた。

 

ならば、出久も、自分の選択を引き受ける。

 

彼を止めること。

 

目の前の人々を守ること。

 

そして、死柄木を人間として見ることをやめないこと。

 

そのすべてを、簡単に一つの言葉へまとめることはできない。

 

それでも、出久は逃げなかった。

 

「――僕は、君を止める!」

 

出久の拳が、死柄木へ迫る。

 

爆豪の爆発が、その横を切り裂く。

 

死柄木は、両腕を交差させて受け止めた。

 

衝撃が、戦場を揺らす。

 

三人の身体が、爆煙の中へ消えた。

 

その背後では、スピナーが、救助を終えた人々を確認していた。

 

彼は、まだ死柄木の仲間だと思っている。

 

だが、もう、自分の意思を死柄木へ預けるつもりはなかった。

 

彼が何を選ぶのか。

 

その結果、何が起きるのか。

 

その責任から逃げないこと。

 

それが、今のスピナーにできることだった。

 

戦場は、まだ終わらない。

 

誰も、完全な答えを持っていない。

 

それでも、彼らは自分の意思で動き続ける。

 

誰かに未来を決められることを拒絶する死柄木。

 

その意思を尊重しながらも、彼の行為を止めようとする出久。

 

そして、自分自身の選択と責任を引き受けようとするスピナー。

 

互いに、相手の答えを認めてはいない。

 

だが、それぞれが、自分の選んだ行動の結果を引き受けようとしていた。

 

救済は、免罪ではない。

 

理解することは、許すことではない。

 

そして、誰かを止めることは、その人間の未来をすべて決めることでもない。

 

その難しい境界を、彼らは戦場の中で探し続ける。

 

十一 選んだ者の責任

戦場の外縁。

 

ロックロックは、避難誘導を続けるサイドキックたちへ指示を出していた。

 

「東側の通路を確保! 負傷者を優先して運べ! 崩壊が再び広がる可能性がある、全員、周囲を確認しろ!」

 

「了解!」

 

マニュアルが水流で粉塵を抑える。

 

バブルガールが泡を広げ、落下物を防ぐ。

 

センチピーダーは、長い身体を伸ばして、建物の内部へ残された物資を運び出していた。

 

スピナーは、その光景を見つめていた。

 

彼は、死柄木のために戦ってきた。

 

その事実を、今さらなかったことにはできない。

 

彼が社会から見落とされてきたことも、本当だった。

 

死柄木と出会い、初めて自分の怒りを否定されなかったと感じたことも、本当だった。

 

そして、その怒りを理由に、誰かを傷つける側へ回ってしまったことも、本当だった。

 

スピナーは、拳を握りしめた。

 

「……俺は、何をしてきたんだろうな」

 

ロックロックは、彼を見た。

 

「それを、これから考えるんだろう」

 

「……ああ」

 

スピナーは、静かに頷いた。

 

「俺は、弔のことを、まだ理解したいと思っている」

 

彼は、戦場の中央へ目を向けた。

 

「でも、弔が何をしたのかを、なかったことにはしない」

 

ロックロックは、答えなかった。

 

ただ、彼の言葉を聞いていた。

 

スピナーは続けた。

 

「俺自身が何をしたのかも、ちゃんと考えなきゃいけない」

 

彼は、手を見た。

 

「俺は、自分の怒りを、弔に預けていたのかもしれない。あいつが世界を壊したいと言うなら、俺もそれを手伝えばいい。そうすることで、自分の怒りにも意味があると思いたかったのかもしれない」

 

スピナーは、深く息を吐いた。

 

「でも、俺がしたことは、俺の責任だ」

 

ロックロックは、ゆっくりと頷いた。

 

「そうだ」

 

スピナーは、顔を上げた。

 

「……これから、俺が何をするのかも、俺自身が決める」

 

彼は、死柄木を見つめた。

 

「弔が俺を許すかどうかは、わからない。俺が彼の仲間でいられるかどうかも、わからない」

 

スピナーは、少しだけ笑った。

 

「でも、もう、それだけを理由に、自分が何をするべきか決めるつもりはない」

 

ロックロックは、彼を見つめた。

 

「それなら、まずは目の前のことからだ」

 

「……ああ」

 

スピナーは、再び立ち上がった。

 

彼の巨体は、まだ戦場の中にある。

 

自分の選択の結果から、逃げることはできない。

 

それでも、彼は、自分自身の判断で次の一歩を踏み出そうとしていた。

 

十二 救済の先にあるもの

戦場の中央で、出久と死柄木は、再び向き合っていた。

 

互いに傷を負い、呼吸も乱れている。

 

爆豪は、少し離れた場所で、次の攻撃に備えていた。

 

死柄木は、出久を見つめた。

 

「……お前は、本当に、俺を救えないかもしれないと思っているんだな」

 

出久は、答えた。

 

「……うん」

 

「それでも、救いたいと思うのか」

 

「……うん」

 

死柄木は、笑った。

 

「……愚かだな」

 

出久は、苦笑した。

 

「そうかもしれない」

 

死柄木の笑みが、少しだけ消えた。

 

出久は、続けた。

 

「でも、僕が君を救いたいと思っていることと、君が僕の望む未来を選ばなければならないことは違う」

 

彼は、拳を握りしめた。

 

「僕は、君が何を選ぶのか、勝手に決めない。だけど、君が誰かを傷つけることを止めるのは、僕が選ぶ」

 

死柄木は、しばらく黙っていた。

 

そして、低く言った。

 

「……俺も、自分の選択を引き受ける」

 

出久の目が、わずかに動いた。

 

「俺は、世界を壊すことを選んだ。お前たちが何を言おうと、その選択を変えるつもりはない」

 

死柄木は、ゆっくりと手を上げた。

 

「俺の未来を、お前たちに決めさせるつもりもない」

 

出久は、拳を構え直した。

 

「……わかった」

 

その返事に、死柄木が目を細める。

 

「それでいいのか?」

 

「君の答えは、君のものだから」

 

出久は、まっすぐに言った。

 

「でも、僕の答えも、僕のものだ」

 

爆豪が、隣へ並んだ。

 

「……なら、やることは変わらねえな」

 

「うん」

 

出久は頷いた。

 

「君を止める」

 

死柄木は、口元を歪めた。

 

「なら、来い!」

 

三人は、同時に動いた。

 

黒鞭が伸びる。

 

爆発が弾ける。

 

死柄木の拳が、二人へ迫る。

 

衝撃が、地面を揺らす。

 

その先に、勝利があるかどうかはわからない。

 

出久が、死柄木を救えるかどうかもわからない。

 

死柄木が、いつか自分の怒りと向き合う日が来るのかもわからない。

 

スピナーが、自分の責任をどう引き受けていくのかも、まだわからない。

 

それでも、彼らは自分の選択から逃げなかった。

 

誰かの未来を勝手に決めないこと。

 

しかし、目の前で起きていることを、何もせずに見過ごさないこと。

 

過去を理解しようとすること。

 

しかし、過去を理由に現在の罪を帳消しにしないこと。

 

そのすべてを、彼らは同時に抱えながら、戦い続ける。

 

死柄木は、自分の未来を英雄たちに決められることを拒絶している。

 

出久は、死柄木を救うために彼の意思を奪ってしまえば、結局は同じことを繰り返すのだと理解し始めている。

 

そして二人は、相手を自分の答えに従わせるのではなく、自ら選んだ行動の結果を引き受けるという地点へ立った。

 

それは、和解ではない。

 

赦しでもない。

 

まして、すべてが解決したという意味でもない。

 

ただ、互いが何を選んだのかを、曖昧にしないということだった。

 

戦場の空気が、震える。

 

出久は、死柄木の目を見た。

 

「……僕は、君を人間として見ることをやめない」

 

死柄木は、顔を歪めた。

 

「……なら、最後まで見ていろ」

 

彼は、再び崩壊を広げた。

 

「俺が何を選ぶのかを!」

 

出久は、黒鞭を伸ばした。

 

爆豪が爆発を放つ。

 

スピナーは、自分の意思で立ち上がった。

 

プロヒーローとサイドキックたちは、避難路を守り続けている。

 

誰も、完全な答えを持っていない。

 

だからこそ、誰もが自分で選ばなければならない。

 

その選択の結果を、他人へ預けないために。

 

救済は、免罪ではない。

 

そして、罪を問うことは、相手の人間性を奪うことではない。

 

その二つを、同時に見続けること。

 

それが、出久に課せられた、憤怒編の次なる課題だった。

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