僕のヒーローアカデミア 原罪   作:神代シン

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第六十四話「誰も、あなたの結末を所有できない」

一、最後の問い

瓦礫の山が、音を立てて崩れた。

 

崩落した建物の向こう側から、土煙が押し寄せる。

 

その煙を切り裂くように、黒い帯が伸びた。

 

「黒鞭!」

 

緑谷出久の個性が、複数の支点を作る。

 

崩れかけた柱に巻きついた黒鞭が、出久の身体を引き上げた。

 

その直後、死柄木弔の腕が足元を薙いだ。

 

地面が砕ける。

 

出久は空中で身体を回転させ、浮遊で落下を制御する。

 

だが、死柄木の追撃は止まらない。

 

「逃がすか!」

 

腕が伸びる。

 

出久の危険察知が反応した。

 

「っ!」

 

身体を横へ流す。

 

死柄木の腕が、すぐ横を通過した。

 

その腕へ、別方向から爆発が叩き込まれる。

 

「デクから離れろ!」

 

爆豪勝己。

 

掌から放たれた爆発が死柄木の腕を弾く。

 

爆豪は反動を利用して上昇し、そのまま空中で旋回した。

 

「勝っちゃん!」

 

「前を見ろ!」

 

「うん!」

 

出久は黒鞭を伸ばし、死柄木の脚へ絡ませる。

 

爆豪が上空から連続爆発を放つ。

 

一発目で死柄木の視線を上へ向けさせる。

 

二発目で身体の向きを変えさせる。

 

三発目の爆発は、出久の黒鞭に拘束された脚の反対側へ撃ち込まれた。

 

重心が崩れる。

 

「今だ!」

 

出久は踏み込んだ。

 

全身に力を巡らせ、拳を突き出す。

 

「デラウェア・スマッシュ!」

 

衝撃が死柄木の胴体へ走る。

 

しかし、死柄木は倒れなかった。

 

地面へ足をつけ、出久の拳を腕で受け止める。

 

「……まだ足りない」

 

「分かってる!」

 

出久は拳を引く。

 

死柄木のもう片方の腕が迫る。

 

出久は黒鞭を自分の身体へ巻きつけ、後方へ跳ねた。

 

その瞬間、爆豪が割り込んだ。

 

「こっちだ!」

 

爆発。

 

死柄木の視線が爆豪へ向く。

 

爆豪はわざと攻撃の軌道を大きく見せ、死柄木の腕を誘導した。

 

次の瞬間、爆発を小さく刻み、身体を急旋回させる。

 

「そこが空いた!」

 

爆豪の攻撃が死柄木の側面を捉えた。

 

出久も、同時に黒鞭を伸ばす。

 

左右からの連携。

 

死柄木の身体が揺れた。

 

だが、彼は笑っていた。

 

「いつまで続ける」

 

「君が止まるまで!」

 

「俺は止まらない」

 

死柄木が腕を振り抜く。

 

黒鞭が引きちぎられ、爆豪の身体が弾かれた。

 

「ぐっ!」

 

爆豪は空中で姿勢を立て直す。

 

出久も着地した。

 

二人の呼吸が荒い。

 

死柄木の身体にも、これまでの攻撃による負荷が積み重なっている。

 

それでも、戦いを終わらせるほどの決定的な一撃には届いていなかった。

 

「出久!」

 

通信から、ロックロックの声が響く。

 

『西側の建物が崩れる! お前たちの後方に避難班がいるぞ!』

 

「了解!」

 

出久が振り返る。

 

そこには、避難路を確保しているマニュアルたちがいた。

 

「こちらマニュアル! 水流で粉塵を押し戻します!」

 

道路を走る水が、視界を覆う煙を押し流す。

 

「バブルガール、上部の瓦礫を!」

 

「任せて!」

 

泡が広がる。

 

落下する破片を包み込み、避難する人々へ届く衝撃を弱めた。

 

センチピーダーが長い身体を伸ばし、崩れた通路の向こうへ救助に向かう。

 

「負傷者を発見しました! こちらへ移送します!」

 

「急いで!」

 

「了解!」

 

彼らの仕事は、出久たちの戦闘だけではない。

 

誰かが倒れたら運ぶ。

 

誰かが逃げ遅れたら助ける。

 

崩れた場所があれば、通れる道を作る。

 

それぞれが、自分の持ち場で戦っている。

 

出久はその光景を一瞬だけ見た。

 

死柄木が、その視線の動きを見逃さなかった。

 

「また周囲を気にしているのか」

 

「当然だよ」

 

「お前は何もかも守ろうとする」

 

「守れるものは守りたい」

 

「すべてを守れると思っているのか」

 

出久は答えなかった。

 

死柄木の言葉は、出久自身がずっと向き合ってきた問題でもある。

 

何もかもを守れるわけではない。

 

自分が間に合わないこともある。

 

誰かの助けを借りなければ、立ち上がれない時もある。

 

それでも、守ろうとすることをやめたくない。

 

「思ってない」

 

出久は答えた。

 

「僕一人では、何もかも守れない」

 

「ならば、なぜ続ける」

 

「一人じゃないからだ」

 

爆豪が隣に着地した。

 

「……何だよ、その顔」

 

「何でもないよ」

 

「嘘つけ」

 

「本当に何でもない」

 

「なら前を見ろ!」

 

爆豪が掌を構える。

 

「こいつは、まだ動いているぞ」

 

死柄木がゆっくりと腕を広げた。

 

「そうだ。俺はまだ終わらせていない」

 

その足が地面を踏む。

 

再び、戦闘が始まった。

 

二、所有できないもの

死柄木は、出久だけを見ていた。

 

「お前は俺を救いたいと言った」

 

「……うん」

 

「だが、俺は救われることを望んでいない」

 

「それも聞いた」

 

「それでも、お前は俺を救おうとするのか」

 

出久は拳を下ろさなかった。

 

「君を救いたいと思う気持ちが、僕の中にあることは否定しない」

 

「ならば、俺を救うことを目指せ」

 

「でも、それを君に押しつけることはできない」

 

「矛盾している」

 

「そうかもしれない」

 

出久は一度、息を吸った。

 

「僕は、君が苦しんできたことをなかったことにしたくない。君がどうしてここまで来たのか、知ろうとしたい。でも、その先にある結末まで僕が決めることはできない」

 

死柄木は黙っていた。

 

「君が僕に救われることを望んでいないなら、僕が勝手にその結末を押しつけることはできない」

 

「ならば、俺が世界を壊す結末を選ぶことも認めるのか」

 

「認めない」

 

出久は即答した。

 

「君の未来は君のものだ。でも、君が他人の未来まで決めていいわけじゃない」

 

死柄木の指が動いた。

 

「俺の怒りを否定するのか」

 

「怒りがあることを否定しているんじゃない」

 

「ならば、何を否定する」

 

「その怒りを理由に、他の人たちの未来まで奪うことだ」

 

出久は一歩踏み出す。

 

「君は自分の人生を壊されたと感じた。世界に何も残されていないと思った。だから壊すと決めた。その気持ちまで、僕が勝手に否定することはできない」

 

「ならば――」

 

「でも、君が誰かを壊していい理由にはならない!」

 

出久の声が戦場に響いた。

 

「君が誰かに未来を奪われたからといって、君が別の誰かの未来を奪っていいわけじゃない!」

 

死柄木の顔が歪む。

 

「綺麗事だ」

 

「そうかもしれない!」

 

「何も分かっていない!」

 

「全部分かったなんて言わない!」

 

出久は拳を握った。

 

「君の苦しみを、僕が代わりに背負うことはできない。君の人生を、僕がやり直すこともできない!」

 

一瞬、出久の声が揺れた。

 

それでも、続けた。

 

「だからこそ、君の結末を僕のものにしない!」

 

死柄木は、出久を見つめていた。

 

「……ならば、お前は何をする」

 

「僕は僕の結末を選ぶ」

 

出久は構え直す。

 

「君の破壊を止める。それが今の僕の選択だ」

 

死柄木は、静かに笑った。

 

「俺の結末を奪わないと言いながら、俺を止めるのか」

 

「うん」

 

「最後まで、矛盾している」

 

「それでもいい」

 

出久の視線は揺れない。

 

「君が選ぶことを、僕が代わりに選ぶつもりはない。でも、僕が止めることを、君にやめさせられるつもりもない」

 

死柄木の腕が動いた。

 

「ならば、来い」

 

三、怒りを預けた男

一方、少し離れた場所では、スピナーがロックロックたちと対峙していた。

 

巨大な身体。

 

複数の腕。

 

そのうちのいくつかには、刃のような武器が備わっている。

 

彼は拘束を完全に解かれてはいない。

 

だが、周囲の瓦礫を利用しながら、ヒーローたちの包囲を崩そうとしていた。

 

「スピナー! これ以上動くな!」

 

ロックロックが叫ぶ。

 

「俺は、あいつのところへ行く!」

 

「行かせるわけにはいかない!」

 

ロックロックが地面に手を触れる。

 

「施錠!」

 

崩れた壁の一部が固定された。

 

スピナーの進路を遮る。

 

しかし、スピナーは別の腕を伸ばし、固定された壁をつかんだ。

 

「邪魔だ!」

 

壁を利用して身体を引き寄せる。

 

その動きに合わせて、センチピーダーが長い身体を伸ばした。

 

「こちらで止めます!」

 

スピナーの腕へ絡みつく。

 

スピナーは腕をひねる。

 

センチピーダーの身体が引っ張られる。

 

「くっ!」

 

「マニュアル!」

 

「任せろ!」

 

水流がスピナーの足元へ流れ込む。

 

滑りやすくなった地面に、スピナーの巨体がわずかに傾いた。

 

そこへバブルガールが泡を放つ。

 

視界の一部を覆い、周囲に残った瓦礫を包み込む。

 

「お前ら……!」

 

スピナーは歯を食いしばった。

 

「どうしてそこまで、あいつのところへ行こうとする!」

 

ロックロックの問いに、スピナーは答えた。

 

「俺は、あいつの仲間だからだ!」

 

「その言葉で全部片づけるな!」

 

「何だと!」

 

「お前が仲間だと思うのは勝手だ! だが、その仲間が何をするのか、何を選ぶのかまで、お前が代わりに決めることはできないだろ!」

 

スピナーの動きが止まる。

 

「……分かっている」

 

「なら、どうしてだ!」

 

「俺は、あいつを見捨てたくない!」

 

その声には、怒りだけではなく、深い執着があった。

 

「俺があいつを信じたことは、間違いじゃなかった!」

 

スピナーは、自分の過去を思い返していた。

 

誰にも受け入れられず、自分の姿を嫌い、社会に対する不満だけを抱えていた頃。

 

死柄木は、そんな彼を笑わなかった。

 

彼に居場所を与えた。

 

自分がそこにいてもいいのだと思わせた。

 

スピナーにとって、それは確かな出来事だった。

 

「俺は、あの時のあいつを信じた!」

 

「……」

 

「俺が初めて自分の居場所を見つけたと思った時、あいつはそこにいたんだ!」

 

スピナーの腕が震える。

 

「だから、あの時の自分を否定したくない!」

 

「なら、今の死柄木も肯定するのか?」

 

ロックロックが問う。

 

スピナーは目を伏せた。

 

「……分からねぇ」

 

「何?」

 

「昔のあいつを信じた俺は、今のあいつを止めようとする自分をどう扱えばいいのか、まだ分からねぇんだ」

 

スピナーは拳を握った。

 

「だけど、分からねぇからって、何もしないわけにはいかない」

 

「……」

 

「俺は、あいつを信じていた自分を捨てない。それでも、これから何を信じるかは自分で決める」

 

スピナーは顔を上げた。

 

「俺の怒りも、あいつへの思いも、俺のものだ」

 

ロックロックは、すぐには答えなかった。

 

やがて、彼は構えを解かずに言った。

 

「それなら、お前の行動も俺たちは見る」

 

「見てどうする」

 

「危険なら止める。誰かを助けるなら、その行動は認める。だが、過去のことを帳消しにするつもりはない」

 

「それでいい」

 

スピナーは答えた。

 

「俺も、それを望んでいるわけじゃねぇ」

 

その時、戦場の中心から大きな衝撃が響いた。

 

スピナーが振り返る。

 

「死柄木……!」

 

彼は、再び前へ進もうとした。

 

しかし、その直後、頭上から大きな瓦礫が落下してきた。

 

避難路の近く。

 

まだ人が残っている。

 

「危ない!」

 

スピナーの腕が動く。

 

複数の腕が瓦礫を受け止めた。

 

その重量に、身体が沈む。

 

「ぐっ……!」

 

「スピナー!」

 

ロックロックが走る。

 

「固定する! そのまま支えろ!」

 

「言われなくても!」

 

ロックロックが瓦礫へ触れた。

 

「施錠!」

 

マニュアルが水流を操作し、落下した破片を押し流す。

 

センチピーダーが避難民を運び出す。

 

バブルガールが泡で周囲を守る。

 

スピナーは最後まで瓦礫を支えた。

 

最後の避難民が通過する。

 

彼はゆっくりと腕を下ろした。

 

「……俺は、あいつの仲間だ」

 

スピナーは、もう一度言った。

 

「でも、あいつの代わりに世界を壊すつもりはない」

 

ロックロックは頷かなかった。

 

否定もしなかった。

 

ただ、次に何をするかを見ていた。

 

四、爆豪勝己の答え

「デク!」

 

爆豪の声が響く。

 

出久が振り向く。

 

「何?」

 

「右だ!」

 

危険察知。

 

出久は身体をひねる。

 

死柄木の腕が、すぐ横を通過した。

 

その腕の軌道を、爆豪の爆発がわずかに逸らす。

 

「こっちだ!」

 

爆豪が死柄木の正面へ突っ込む。

 

「何度も同じ手を!」

 

死柄木が腕を振るう。

 

爆豪は爆発の反動で高度を変えた。

 

攻撃を回避し、さらに小さな爆発を連続して放つ。

 

死柄木の身体が揺れる。

 

爆豪は、その揺れに合わせて身体の向きを変えた。

 

「まだだ!」

 

掌に爆発を集める。

 

「徹甲弾!」

 

圧縮された爆発が、死柄木の防御を狙う。

 

死柄木は腕を交差させて防いだ。

 

その瞬間、出久の黒鞭が背後から伸びる。

 

「黒鞭!」

 

死柄木の両腕へ絡む。

 

出久は黒鞭を複数の瓦礫へ固定し、動きを制限した。

 

爆豪が前へ出る。

 

「これで――」

 

しかし、死柄木の腕が膨張した。

 

黒鞭が引き伸ばされる。

 

「出久!」

 

「分かってる!」

 

出久は黒鞭を解除し、空中へ浮いた。

 

その瞬間、死柄木の腕が爆豪を狙った。

 

爆豪は回避。

 

だが、死柄木の攻撃は爆豪の後方にある建物へ向かっていた。

 

「チッ!」

 

爆豪は爆発を放つ。

 

攻撃の軌道を無理やり変える。

 

その結果、爆豪の身体も横へ流された。

 

「爆豪!」

 

ロックロックの声が響く。

 

「足場が崩れる!」

 

爆豪は壁面を蹴り、爆発で身体を押し上げた。

 

「うるせぇ! 分かってる!」

 

出久が上から黒鞭を伸ばす。

 

爆豪の身体に絡める。

 

「余計なことすんな!」

 

「落ちるよりいいでしょ!」

 

「俺が落ちるわけねぇだろ!」

 

「今、落ちかけてたよ!」

 

「うるせぇ!」

 

出久は爆豪を引き上げ、地面へ戻した。

 

その間に死柄木が距離を詰める。

 

「話している場合か」

 

腕が迫る。

 

二人は左右へ散る。

 

爆豪は爆発で死柄木の視線を引きつける。

 

出久は地面を滑るように移動し、死柄木の足元へ黒鞭を伸ばした。

 

「勝っちゃん!」

 

「任せろ!」

 

爆豪は空中で身体を反転させる。

 

両手の爆発を連続して放ち、死柄木の頭上から攻撃する。

 

出久は低い位置から、黒鞭で重心を崩す。

 

上と下。

 

二方向からの圧力。

 

死柄木が一瞬、膝を折った。

 

「今だ!」

 

出久が拳を構える。

 

だが、その瞬間。

 

死柄木の目が、出久を捉えた。

 

「お前は、まだ一人で決着をつけようとしている」

 

出久の拳が止まる。

 

「何?」

 

「仲間に助けられたと言いながら、最後に俺を止める役目だけは自分のものにしている」

 

「……」

 

「お前は、誰も俺の結末を決められないと言った。だが、お前自身が俺との結末を独占しようとしているのではないか?」

 

その言葉は、出久の胸に刺さった。

 

爆豪が叫ぶ。

 

「デク! 聞くな!」

 

「勝っちゃん……」

 

「こいつは、お前が迷う場所を探している!」

 

死柄木は笑った。

 

「そうかもしれない」

 

「だったら何だ!」

 

爆豪の掌が光る。

 

「こいつが考えることまで、てめぇが決めるんじゃねぇ!」

 

爆豪は爆発を放った。

 

死柄木の身体が後退する。

 

「デク!」

 

「うん!」

 

出久は拳を握り直す。

 

死柄木の言葉を、否定するだけではいけない。

 

彼は確かに、仲間に助けられながらも、死柄木を止める役割を自分だけのものとして考えていたところがあった。

 

自分が最後までやり遂げなければならない。

 

自分が責任を取らなければならない。

 

その思いは、決意であると同時に、他者の参加する余地を狭めていたのかもしれない。

 

「……僕は」

 

出久は爆豪の隣へ立った。

 

「君を止めたい」

 

死柄木は見つめる。

 

「でも、その戦いを僕ひとりのものにする必要はない」

 

爆豪が舌打ちする。

 

「当たり前だ」

 

「勝っちゃんも、みんなも、それぞれ自分の意志で戦っている」

 

出久は死柄木を見る。

 

「だから、僕は君との結末を独占しない」

 

「……」

 

「僕が君を止めたいと思うことと、みんなが僕を支えてくれることは、どちらも僕自身の選択の一部なんだ」

 

死柄木の表情がわずかに変化した。

 

「それで、お前は満足か」

 

「満足かどうかじゃない」

 

出久は構える。

 

「それが、僕の答えだ」

 

爆豪が笑った。

 

「やっと少しは分かったか」

 

「勝っちゃんに言われたくないよ」

 

「あぁ?」

 

「何でもない!」

 

二人は、再び死柄木へ向かった。

 

五、誰かの結末を所有する者

死柄木の攻撃が、戦場を覆う。

 

複数の腕が伸び、出久と爆豪を追い詰める。

 

出久は浮遊を使い、空中で方向を変えた。

 

黒鞭を複数の支点へ伸ばす。

 

そのうちの一本で死柄木の腕を絡め取り、別の一本を建物へ固定する。

 

「今だ、勝っちゃん!」

 

爆豪は爆発で加速した。

 

そのまま死柄木の側面へ回り込む。

 

「爆破!」

 

連続爆発が死柄木の防御を揺らす。

 

出久は空中から降下し、拳を叩き込む。

 

「スマッシュ!」

 

死柄木の身体が大きく後退した。

 

だが、彼は地面へ手を伸ばそうとする。

 

「させない!」

 

出久は黒鞭を伸ばし、腕を引き上げる。

 

爆豪はすぐに追撃へ入った。

 

「てめぇの好きにはさせねぇ!」

 

爆発。

 

死柄木の身体が吹き飛ぶ。

 

その身体は瓦礫の上を滑り、崩れた壁にぶつかった。

 

粉塵が舞い上がる。

 

出久と爆豪は、すぐには追わなかった。

 

死柄木が立ち上がるのを警戒しながら、周囲の状況を確認する。

 

「出久!」

 

マニュアルから通信が入った。

 

「避難区域への崩壊の進行は止まっていません! ただし、こちらで経路を確保しています!」

 

「ありがとうございます!」

 

「前方の建物を固定した! だが、持つ時間は短いぞ!」

 

ロックロックも続けた。

 

「戦闘に集中しろ! こっちは俺たちが守る!」

 

「了解!」

 

その時、瓦礫の向こうから声が聞こえた。

 

「……緑谷」

 

死柄木が立ち上がっていた。

 

出久は構える。

 

「まだ続けるのか」

 

「君が止まるまで」

 

「そうか」

 

死柄木は腕を下ろした。

 

「俺は、誰にも自分の結末を決めさせない」

 

「分かってる」

 

「お前にもだ」

 

「うん」

 

「俺がどこへ行くのか、何をするのか、何を望むのか。それは俺が決める」

 

「そうだね」

 

「ならば、お前も俺を救うという考えを捨てろ」

 

出久は答えなかった。

 

死柄木は続ける。

 

「お前が俺を救うと決めるなら、それもまたお前の意志だ。だが、それを俺の未来にするな」

 

出久は、ゆっくりと頷いた。

 

「そうする」

 

「……」

 

「僕が君に何を望むかは、僕の問題だ。君がそれを受け入れるかどうかは、君の問題だ」

 

「ならば、俺は受け入れない」

 

「分かった」

 

「俺は破壊を続ける」

 

「それは止める」

 

「変わらないな」

 

「変わらないよ」

 

出久は一歩踏み込んだ。

 

「君の未来を僕が決めないことと、君の行動を止めることは別だから」

 

死柄木は、しばらく出久を見ていた。

 

やがて、彼は笑った。

 

「お前は、本当に面倒な人間だ」

 

「君に言われたくないよ」

 

その返答に、爆豪が小さく鼻を鳴らす。

 

「おい、デク。余裕ぶってんじゃねぇぞ」

 

「余裕はないよ」

 

「だったら集中しろ」

 

「うん」

 

三人の間に、短い沈黙が落ちた。

 

その沈黙は、和解を意味してはいなかった。

 

分かり合えたという証明でもない。

 

ただ、互いの考えを聞いたうえで、なお戦うことを選んだ者たちの間にある、ひとつの区切りだった。

 

六、スピナーが選ぶもの

「死柄木!」

 

スピナーの声が響いた。

 

死柄木は振り返る。

 

スピナーは、ロックロックたちの近くにいた。

 

その身体には疲労が見える。

 

拘束も残っている。

 

だが、彼は立っていた。

 

「俺は、あんたを信じていた」

 

「まだその話をするのか」

 

「これで最後にする」

 

スピナーは拳を握った。

 

「俺は、あんたに居場所を見つけた。あんたが俺を笑わなかったことも、俺の言葉を聞いてくれたことも、忘れない」

 

死柄木は黙っていた。

 

「その時の俺は、あんたを信じることを選んだ。あれは俺の人生の一部だ。だから、今さら否定しない」

 

スピナーは一度、呼吸を整えた。

 

「だけど、これから先の俺まで、あんたに預けるつもりはない」

 

「……」

 

「俺はあんたの仲間でいたい。だが、あんたの怒りを俺の怒りとして生きるつもりはない」

 

「俺の怒りは俺のものだ」

 

「ああ。俺の怒りも俺のものだ」

 

スピナーは、はっきりと言った。

 

「だから、俺は自分で選ぶ」

 

死柄木の顔に、苛立ちが浮かぶ。

 

「お前は何を信じる」

 

スピナーはすぐには答えなかった。

 

自分の過去を否定しないこと。

 

自分の怒りを手放さないこと。

 

死柄木への思いを捨てないこと。

 

そのすべてを抱えたうえで、これから何を信じるのか。

 

まだ、完全な答えは見つかっていない。

 

「俺は……自分が選んだことを信じる」

 

スピナーは答えた。

 

「誰かに言われたからじゃない。誰かが正しいと言ったからでもない。俺が何をしたいか、何を守りたいか、自分で考えて決める」

 

「それで、俺の敵になるのか」

 

「そうなる時もあるかもしれない」

 

「俺の味方になる時もあるのか」

 

「それも、俺が決める」

 

死柄木は、スピナーを見つめた。

 

「好きにしろ」

 

「そうする」

 

スピナーは視線を逸らさなかった。

 

「俺は、あんたが俺に居場所をくれたことを忘れない。だが、あんたがこれから何をするかまで、俺が肯定することはできない」

 

「……」

 

「それが、俺の答えだ」

 

スピナーは一歩も動かなかった。

 

ロックロックが、横で警戒を続けている。

 

「お前がこの後どうするかは、俺たちにも分からない」

 

「分からなくていい」

 

「だが、誰かを傷つけるなら止める」

 

「好きにしろ」

 

スピナーは答えた。

 

「俺も、好きにする」

 

七、前編の終幕

戦場の空気が変わった。

 

これまで絶え間なく響いていた爆発音が、少しずつ間隔を空けていく。

 

避難区域では、ほとんどの人々の移送が完了していた。

 

マニュアルは水流を維持しながら、周囲の安全を確認している。

 

バブルガールは、泡で保護していた瓦礫を一つずつ処理していた。

 

センチピーダーは負傷者を運び、ロックロックは危険な構造物を固定している。

 

彼らは疲弊していた。

 

それでも、誰も持ち場を離れていない。

 

戦場の中心では、出久と爆豪、そして死柄木が向き合っていた。

 

出久の呼吸は荒い。

 

爆豪の掌には、まだ爆発を生み出す力が残っている。

 

死柄木もまた、身体に負荷を抱えている。

 

三人とも、ここで決着をつけることを諦めてはいなかった。

 

しかし、戦場全体を見れば、これ以上無理に交戦を続けることが新たな危険を生む可能性もあった。

 

「緑谷!」

 

ロックロックの声が通信から届く。

 

「周辺の避難は完了した! だが、建物の崩落が続いている。これ以上、戦闘区域を広げるな!」

 

「分かりました!」

 

爆豪が舌打ちする。

 

「チッ……」

 

死柄木は、その声を聞いて笑った。

 

「まだ周りを気にしているのか」

 

「当然だよ」

 

「俺を倒すことよりも?」

 

「どちらかを選ぶ必要はない」

 

「すべてを守れると思っているのか」

 

「思っていない」

 

出久は死柄木を見た。

 

「だから、みんなと一緒に戦う」

 

爆豪が隣で掌を開く。

 

「こいつが一人で全部やる必要はねぇ」

 

「勝っちゃん……」

 

「勘違いすんな。お前が弱いと言ってるんじゃねぇ」

 

爆豪は死柄木から目を離さなかった。

 

「俺たちがここにいるのは、俺たち自身がそう決めたからだ」

 

出久は頷いた。

 

その時、通信が再び入る。

 

『こちら支援班。戦闘区域周辺の安全確保に入りました』

 

『負傷者の移送は継続中です』

 

『避難経路の再確認を行います』

 

それぞれの声が届く。

 

誰かが出久に命令しているのではない。

 

誰かが出久の代わりに戦おうとしているのでもない。

 

それぞれが、自分の意志で戦場に残っている。

 

死柄木は、その声を聞いていた。

 

「お前たちは、誰かのために戦うことをやめられない」

 

「やめないよ」

 

出久が答えた。

 

「君に、それをやめろと言われても」

 

「ならば、俺も壊すことをやめない」

 

「それなら、僕たちは止め続ける」

 

死柄木は、ゆっくりと腕を下ろした。

 

「次に会う時は、今日のようにはいかない」

 

出久は構えを解かなかった。

 

「僕も、そう思う」

 

爆豪が一歩前へ出る。

 

「次は、もっとまともに相手してやるよ」

 

「お前もか」

 

「俺が何度でも相手してやるって言ってんだ!」

 

死柄木は二人を見た。

 

そして、スピナーへ視線を向ける。

 

「お前も、まだそこにいるのか」

 

「ああ」

 

「何をするつもりだ」

 

「自分で決める」

 

「そうか」

 

死柄木は、それ以上何も言わなかった。

 

出久は、死柄木の結末を決めない。

 

死柄木も、自分の怒りを理由に他者の未来を決めることはできない。

 

スピナーは、死柄木を信じた過去を否定しない。

 

だが、その過去に未来まで縛らせない。

 

爆豪は、出久の隣に立つ。

 

それぞれの答えは違う。

 

それでも、彼らは自分の選択を引き受けることを決めた。

 

死柄木が戦場の向こうへ歩き始める。

 

出久はその背中を見ていた。

 

「追わないのか」

 

爆豪が問う。

 

「今は、周囲の安全を確保する」

 

「……そうかよ」

 

「次に向き合う時は、ちゃんと止める」

 

「当たり前だ」

 

爆豪は掌を閉じた。

 

「俺もいる」

 

出久は頷いた。

 

スピナーは、死柄木の背中を見つめていた。

 

追いかけることもできた。

 

呼び止めることもできた。

 

だが、今の彼には、まだ答えが出ていない。

 

だからこそ、無理に答えを決めなかった。

 

彼は自分の足元を見つめ、ゆっくりと拳を開いた。

 

「……俺は、俺の道を考える」

 

ロックロックが近づく。

 

「その前に、こちらの管理下にいてもらうぞ」

 

「分かってる」

 

「逃げるなよ」

 

「今は、逃げるつもりはない」

 

ロックロックは警戒を解かない。

 

それでも、スピナーが今言った言葉を聞き流すことはなかった。

 

戦場には、まだ怒りが残っている。

 

憎しみも、悲しみも、許されない行為も、消えてはいない。

 

誰かの結末を奪わないという言葉は、何もしないための言い訳ではない。

 

他者の未来を尊重することと、他者の加害を見逃すことは違う。

 

出久は死柄木を止める。

 

爆豪は出久と共に戦う。

 

スピナーは、過去の自分を否定せず、これからの自分を選び直す。

 

そして、プロヒーローたちは、それぞれの場所で救助を続ける。

 

誰もが、自分の選択を抱えていた。

 

その選択の先に何があるのかは、まだ分からない。

 

だが、少なくとも、もう誰も他人の結末を自分の所有物だとは言えない。

 

八、憤怒編前編・終幕

日が傾き始めた戦場。

 

粉塵の向こうで、出久は拳を握ったまま立っていた。

 

爆豪は隣にいる。

 

少し離れた場所では、プロヒーローとサイドキックたちが負傷者の確認と避難区域の整理を続けていた。

 

スピナーは拘束されたまま、戦場の向こうを見つめている。

 

死柄木の姿は、すでに遠ざかっていた。

 

「デク」

 

爆豪が呼ぶ。

 

「何?」

 

「まだ考えてんのか」

 

「うん」

 

「何を」

 

「次に死柄木と向き合った時、何を伝えるべきなのか」

 

爆豪は少しだけ眉を動かした。

 

「まだ言うことがあるのかよ」

 

「あると思う」

 

「だったら、考えろ」

 

「うん」

 

「ただし」

 

爆豪は出久を見た。

 

「次は一人で決めるな」

 

出久は、すぐには返事をしなかった。

 

そして、ゆっくり頷いた。

 

「分かった」

 

「本当に分かってんだろうな」

 

「今度は、みんなと相談する」

 

「相談だけで終わらせんなよ」

 

「うん」

 

爆豪は前を向いた。

 

出久も、同じ方向を見る。

 

その先にあるのは、まだ見えない最終決戦。

 

そこでは、死柄木だけではなく、多くの人間の選択がぶつかることになる。

 

出久ひとりの正義で決められる戦いではない。

 

爆豪ひとりの力で終わらせられる戦いでもない。

 

そして、スピナーの答えもまだ出ていない。

 

憤怒は終わっていない。

 

ただ、誰かの怒りを自分のものとして生きる段階から、自分の意志でその怒りと向き合う段階へ移り始めた。

 

誰かの結末を所有することはできない。

 

それでも、自分の行動には責任を持たなければならない。

 

それが、彼らがこの戦いでたどり着いた、ひとつの答えだった。

 

憤怒編前編、終幕。

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