僕のヒーローアカデミア 原罪   作:神代シン

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第六十五話「すべてを背負う英雄はいらない」

一、後編開幕――崩れ始めた戦場

地面が、鳴った。

 

最初は小さな振動だった。

 

足元の砂利が跳ね、割れたアスファルトの隙間から粉塵が舞い上がる。

 

しかし、その振動は次第に大きくなっていった。

 

建物の外壁が軋む。

 

街灯が傾く。

 

遠くの道路に走っていた亀裂が、まるで生き物のように枝分かれしていく。

 

「……来る!」

 

緑谷出久の危険察知が警告を発した。

 

「全員、地面から離れて!」

 

次の瞬間。

 

地面が崩壊した。

 

道路の表面が剥がれ落ち、建物の基礎から崩壊が広がっていく。

 

崩れた道路が波のように盛り上がり、その上を走っていた車両が横転した。

 

「避難班、退避!」

 

ロックロックが叫ぶ。

 

「マニュアル! 東側の通路を!」

 

「了解!」

 

マニュアルが両手を振る。

 

周囲にあった水が一斉に動き、粉塵を押し流した。

 

視界を確保するだけではない。

 

崩れた道路に溜まった水を操作し、避難する人々の進路から瓦礫を遠ざける。

 

「バブルガール!」

 

「分かっています!」

 

バブルガールの身体から大量の泡が生まれた。

 

泡は落下する破片を包み込み、その勢いを弱める。

 

しかし、大きな瓦礫を完全に止められるほどではない。

 

「センチピーダー、負傷者を!」

 

「こちらで引き受けます!」

 

センチピーダーが長い身体を伸ばし、崩れた建物の隙間へ入っていく。

 

その先には、逃げ遅れた人々がいた。

 

一人を抱え、もう一人を身体で支え、さらに奥へ伸びる。

 

「大丈夫です! こちらへ!」

 

その時、通信が入った。

 

『こちら現場管制! 崩壊範囲が予測より広い! 戦闘区域の外側にも影響が出ている!』

 

ロックロックが舌打ちする。

 

「冗談じゃないぞ……!」

 

彼は崩れ始めた壁へ手を触れた。

 

「施錠!」

 

壁の一部が固定される。

 

倒壊を完全に止めることはできない。

 

それでも、避難路を塞ぐ時間を稼ぐことはできる。

 

「こいつを支点にする! 避難班、急げ!」

 

「了解!」

 

「全員、周囲を確認しろ! 固定したものだけ見ていると、別方向から崩れてくるぞ!」

 

戦場の中心。

 

その破壊の発生源に、死柄木弔がいた。

 

彼は、無数の瓦礫の中に立っている。

 

周囲の崩壊を見て、笑っていた。

 

「始まったな」

 

その視線が、出久を捉える。

 

「緑谷」

 

「死柄木!」

 

出久は駆け出した。

 

地面を蹴る。

 

身体に力を巡らせる。

 

死柄木の破壊が広がる前に、本人を止める。

 

それが最善だと考えた。

 

「デトロイト・スマッシュ!」

 

拳が死柄木へ迫る。

 

死柄木は避けない。

 

腕を交差させて受け止めた。

 

衝撃が広がる。

 

そのまま出久の腕をつかもうとする。

 

危険察知。

 

出久は黒鞭を伸ばし、上空へ跳ね上がった。

 

「逃がすか!」

 

死柄木が腕を伸ばす。

 

その腕を、横から爆発が叩いた。

 

「デクに構ってる場合かよ!」

 

爆豪勝己が、空中から突っ込んでくる。

 

掌の爆発を連続させ、死柄木の身体を押し返した。

 

「勝っちゃん!」

 

「挨拶は後だ!」

 

爆豪は着地と同時に両手を構えた。

 

「こいつの攻撃が広がる前に止める!」

 

「うん!」

 

出久はうなずき、再び死柄木へ向かう。

 

しかし、彼らが踏み込んだ場所にも亀裂が走っていた。

 

死柄木が笑う。

 

「まだ正面から来るのか」

 

その指先が、地面へ触れる。

 

「ならば、足元から壊してやる」

 

崩壊が広がった。

 

二、正面突破では届かない

「危ない!」

 

出久が空中へ跳ぶ。

 

爆豪も爆発で上昇した。

 

二人がいた場所は、瞬く間に崩れ落ちた。

 

だが、死柄木の破壊は止まらない。

 

道路の向こう側へ。

 

建物の基礎へ。

 

さらに、その先にある広場へ。

 

連鎖するように破壊が広がっていく。

 

「くそっ!」

 

爆豪が空中で旋回した。

 

「このままじゃ、全部崩れるぞ!」

 

「分かってる!」

 

出久は黒鞭を伸ばし、建物の壁へ固定した。

 

「僕が死柄木を直接止める!」

 

「待て!」

 

爆豪の声を無視するように、出久は前へ出る。

 

死柄木との距離を詰める。

 

黒鞭を複数伸ばし、両腕と脚を拘束しようとした。

 

「黒鞭!」

 

死柄木の腕に黒鞭が絡む。

 

続けて、足元にも伸びる。

 

だが、死柄木は身体をひねった。

 

「同じことを繰り返すな」

 

筋力によって黒鞭が引き伸ばされる。

 

出久はすぐに別の支点を作り、拘束を補強した。

 

「まだ!」

 

死柄木の腕が膨張する。

 

黒鞭が軋んだ。

 

「俺の破壊は、俺の身体に触れたものだけではない!」

 

死柄木は周囲を見渡した。

 

「お前が何を守ろうと、どこへ逃げようと、俺の前にあるものは崩れていく!」

 

その言葉と同時に、背後の道路が崩壊した。

 

出久は振り返る。

 

倒壊しかけた建物の一部が、避難区域へ傾いていた。

 

「しまった!」

 

出久は黒鞭を伸ばした。

 

一本、二本、三本。

 

建物の複数箇所へ絡める。

 

しかし、すべてを支えるには足りない。

 

「くっ……!」

 

浮遊を発動し、身体を引き上げる。

 

そのまま黒鞭で建物を支えようとする。

 

だが、死柄木がその隙を見逃すはずがなかった。

 

「緑谷!」

 

危険察知。

 

死柄木の腕が迫る。

 

出久は建物を支えたまま、身体をひねった。

 

攻撃が肩をかすめる。

 

体勢が崩れた。

 

「デク!」

 

爆豪が割って入る。

 

強烈な爆発が死柄木を押し返した。

 

その隙に、出久は黒鞭を解除して距離を取る。

 

「何やってんだ!」

 

爆豪が怒鳴る。

 

「避難区域が!」

 

「見りゃ分かる!」

 

「だから、僕が!」

 

「だから何だ!」

 

爆豪の声が鋭くなる。

 

「お前一人で全部止められると思ってんのか!」

 

出久は答えられなかった。

 

爆豪は死柄木を警戒しながら、続ける。

 

「目の前の敵を止めることしか考えてねぇ! 周りを見ろ! お前が倒れたら、誰があの建物を支える!」

 

「……」

 

「俺か? ヒーローたちか? それとも、避難してる人間まで巻き込んで、お前の決着に付き合わせるつもりか!」

 

「そんなつもりはない!」

 

「なら、考えろ!」

 

爆豪は掌を構える。

 

「お前のやりたいことを邪魔するために言ってんじゃねぇ! お前のやりたいことを最後までやるために言ってんだ!」

 

出久は、ようやく周囲を見た。

 

避難を続ける人々。

 

瓦礫を固定するロックロック。

 

水を操るマニュアル。

 

泡を放つバブルガール。

 

救助を続けるセンチピーダー。

 

誰もが、出久と同じように戦っていた。

 

「……ごめん」

 

「謝るな!」

 

爆豪が叫ぶ。

 

「次からやることを変えろ!」

 

死柄木が、その二人を見ていた。

 

「仲間に支えられているのに、まだ一人で戦おうとするのか」

 

出久は死柄木を見据える。

 

「一人で戦うつもりはない」

 

「嘘だな」

 

「……」

 

「お前は、自分が最後の責任を負わなければならないと思っている」

 

死柄木の口元が歪む。

 

「俺を止めることも、誰かを救うことも、すべて自分の手で終わらせようとしている」

 

出久は拳を握った。

 

「それは……」

 

「お前が救われることは、誰が決める?」

 

死柄木の言葉が響く。

 

「お前は誰かの結末を所有しないと言った。ならば、自分の結末も一人で所有するな」

 

「死柄木!」

 

「俺を止めるために、お前が壊れる必要があるのか?」

 

死柄木の腕が広がる。

 

「英雄とは、そういうものか?」

 

出久は返事をしなかった。

 

その問いに答えるのは、言葉ではなく、これからの行動だった。

 

三、ヒーローたちの戦術

「全員、聞け!」

 

ロックロックの声が通信に響いた。

 

「戦闘区域の地形が変わり続けている! これ以上、個別の判断で動くな! 互いの位置を共有しろ!」

 

「こちらマニュアル! 水流で視界を確保します!」

 

「バブルガール、落下物を処理!」

 

「了解!」

 

「センチピーダー、避難班の位置を確認!」

 

「確認しました! 西側に残り数名、東側は移送を継続中です!」

 

ロックロックは周囲を見渡した。

 

出久と爆豪の攻撃だけでは、死柄木の破壊を止められない。

 

敵本人を止めることは重要だ。

 

しかし、そのために他の人々が危険にさらされては意味がない。

 

「まずは戦場を分ける!」

 

ロックロックが宣言した。

 

「死柄木の周囲に近づきすぎるな! 避難経路を確保しながら、緑谷と爆豪が動ける空間を作れ!」

 

「どうやって?」

 

マニュアルが問う。

 

「俺が固定できる場所を作る。お前は水流で瓦礫と粉塵を動かせ。バブルガールは落下物を包んでくれ。センチピーダーは避難民の移送を優先!」

 

「了解!」

 

「それから、緑谷!」

 

「はい!」

 

「お前は死柄木を追うことだけに集中するな! 俺たちが確保した場所を使え! 動ける範囲をこっちで伝える!」

 

「分かりました!」

 

ロックロックは、崩れかけた道路の一部へ手を触れた。

 

「施錠!」

 

道路の一部が固定される。

 

その固定された場所を、マニュアルが水流で囲む。

 

周囲の粉塵が押し流され、避難路が浮かび上がった。

 

「バブルガール!」

 

「はい!」

 

泡が広がる。

 

落下する瓦礫が泡に包まれ、周辺へ飛散する勢いを失う。

 

センチピーダーが長い身体を伸ばし、避難民を運ぶ。

 

「こちらへ! 急いでください!」

 

一人。

 

二人。

 

三人。

 

最後の負傷者を抱え、センチピーダーは安全な区域へ戻った。

 

「避難完了です!」

 

「よし!」

 

ロックロックは、出久へ通信を開いた。

 

「緑谷、今なら中央の通路を使える! ただし、長くは持たない!」

 

「ありがとうございます!」

 

「爆豪、お前は右側の瓦礫を押し返せるか!」

 

「できる!」

 

「なら、緑谷が通る瞬間だけ進路を開けろ! 余計な爆発で周囲を壊すな!」

 

「分かってる!」

 

爆豪は死柄木を見た。

 

「聞いたか、デク!」

 

「うん!」

 

「これからは、俺たちの作った場所で戦う!」

 

「了解!」

 

出久は黒鞭を伸ばした。

 

しかし、今度は無闇にすべてを支えようとはしない。

 

ロックロックが固定した足場。

 

マニュアルが確保した視界。

 

バブルガールが守る避難経路。

 

センチピーダーの移送が完了した区域。

 

それぞれの位置を確認する。

 

そして、その先に死柄木がいた。

 

四、スピナーの立ち位置

「……死柄木!」

 

スピナーが声を上げた。

 

彼は、ロックロックたちの監視下にいた。

 

身体には拘束が残り、完全に自由ではない。

 

しかし、複数の腕を使って崩れた瓦礫を支えることができる。

 

彼の身体は、今も戦闘能力を持っていた。

 

「お前は、何をしている」

 

死柄木が問う。

 

「見れば分かるだろ」

 

スピナーは、崩れた梁を支えながら答えた。

 

「俺は今、ここを支えている」

 

「俺のところへ来ないのか」

 

「……」

 

スピナーは、一瞬だけ死柄木を見た。

 

行きたい気持ちはある。

 

死柄木のもとへ向かい、何が起きてもその隣に立つ。

 

かつての彼なら、それを選んでいたかもしれない。

 

だが、今は違う。

 

「俺は、あんたの仲間だ」

 

スピナーは言った。

 

「それは変わらない」

 

「ならば、こっちへ来い」

 

「だが、今ここを離れれば、この下にいる人間が危ない」

 

「それがお前の選択か」

 

「ああ」

 

スピナーは腕を広げた。

 

「俺が選んだ」

 

死柄木は、彼を見つめた。

 

「お前は変わったな」

 

「そうかもしれない」

 

「俺のそばにいた頃のお前なら、迷わず来たはずだ」

 

「……そうだな」

 

スピナーは少しだけ目を伏せた。

 

「俺は、あの時の自分を否定しない。あんたを信じていたし、あんたの隣にいたかった」

 

「ならば」

 

「だが、これから先の俺が何をするかまで、あんたに決めさせない」

 

スピナーは、崩れかけた梁を押し上げた。

 

その下を、救助班が通り抜けていく。

 

「俺の怒りも、俺の居場所も、俺の選択だ」

 

死柄木は答えなかった。

 

ロックロックが、スピナーの横に立つ。

 

「そっちはまだ支えられるか」

 

「問題ねぇ」

 

「無理をするな。崩れたら全員巻き込まれる」

 

「分かってる」

 

「信用しているわけじゃないぞ」

 

「何度も聞いた!」

 

スピナーは吐き捨てる。

 

「分かってるって言ってんだろ!」

 

その時、死柄木が腕を振り上げた。

 

「ならば、その選択ごと壊してやる」

 

スピナーが顔を上げる。

 

死柄木の攻撃が、周囲の瓦礫へ向けられていた。

 

「来るぞ!」

 

ロックロックが叫ぶ。

 

スピナーはすぐに複数の腕を動かした。

 

崩れた梁を押し上げる。

 

ロックロックが固定する。

 

マニュアルが水流を放つ。

 

バブルガールが泡で破片を包み込む。

 

一連の動きに、無駄はなかった。

 

彼らはスピナーを仲間だと認めたわけではない。

 

スピナーも、ヒーローたちの仲間になったわけではない。

 

それでも、今この場所で守るものが一致していた。

 

「通れ!」

 

スピナーが叫ぶ。

 

救助班が走る。

 

最後の一人が通過した。

 

スピナーは、ようやく腕を下ろした。

 

「……あいつは、本気で全部壊すつもりだ」

 

その言葉に、ロックロックは答えなかった。

 

ただ、中央の戦場へ目を向けた。

 

五、出久の判断

中央通路。

 

出久と爆豪が、死柄木へ向かっていた。

 

ロックロックが確保した足場を利用する。

 

マニュアルが粉塵を押し流し、視界を確保する。

 

バブルガールが落下物を包み込む。

 

その一瞬だけ、死柄木へ向かう道が開けた。

 

「行くぞ、デク!」

 

「うん!」

 

爆豪が先に飛び出す。

 

掌から連続爆発。

 

死柄木の視線を引きつける。

 

その間に、出久が黒鞭を伸ばした。

 

「黒鞭!」

 

死柄木の腕へ絡む。

 

さらに、別の黒鞭を地面へ伸ばす。

 

拘束するのではない。

 

死柄木の進路を限定し、爆豪が攻撃できる角度を作る。

 

「そこだ!」

 

爆豪が急加速した。

 

「APショット!」

 

圧縮された爆発が、死柄木の防御を狙う。

 

死柄木は腕を交差させた。

 

爆発が弾ける。

 

その煙の中から、出久が降下する。

 

「スマッシュ!」

 

拳が死柄木の肩へ叩き込まれる。

 

大きく身体が揺れる。

 

だが、死柄木は踏みとどまった。

 

「この程度か!」

 

腕が広がる。

 

出久は黒鞭を解除し、後方へ跳んだ。

 

爆豪がその隙間へ入り込む。

 

「だったら、こっちはどうだ!」

 

両掌から爆発。

 

死柄木の身体を押し返す。

 

しかし、死柄木の足が地面へ触れた瞬間。

 

地面が崩れた。

 

「全員、退避!」

 

ロックロックの声が響く。

 

出久は浮遊を使う。

 

爆豪も爆発で上昇した。

 

だが、今度の崩壊は、ロックロックが固定した足場にも及んでいた。

 

「なにっ!」

 

固定していた道路の一部が、周囲から崩れていく。

 

ロックロックは歯を食いしばった。

 

「固定できる範囲を超えてる!」

 

マニュアルが水流を変える。

 

「粉塵を押し戻す!」

 

「バブルガール、周囲を確認!」

 

「はい!」

 

センチピーダーが長い身体で避難班を引き上げる。

 

「こちらへ! 急いで!」

 

出久は空中から周囲を見渡した。

 

死柄木を止めなければならない。

 

だが、今ここで攻撃を続ければ、ロックロックたちが確保した足場も失われる。

 

自分が前へ出れば、後方にいる人々が危険になる。

 

それでも、死柄木を止めるためには近づかなければならない。

 

「……僕が行く」

 

出久は呟いた。

 

黒鞭を伸ばす。

 

死柄木だけを追う。

 

周囲の支援を待たずに、最短距離で接近するつもりだった。

 

「デク!」

 

爆豪が叫ぶ。

 

「待て!」

 

「僕が近づけば!」

 

「その先を考えろ!」

 

「でも!」

 

「でもじゃねぇ!」

 

爆豪が爆発を放ち、出久の進路を横切った。

 

爆風が出久の身体を押し戻す。

 

「何をするんだ、勝っちゃん!」

 

「お前を止めたんだよ!」

 

「死柄木を止めなきゃ!」

 

「分かってる!」

 

爆豪は出久の目を見た。

 

「お前が行くことだけが、止める方法じゃねぇ!」

 

出久は息を呑んだ。

 

爆豪は続ける。

 

「お前が一人で行って、死柄木を止められる保証はどこにある!」

 

「それは……」

 

「失敗したらどうする!」

 

「……」

 

「お前が動けなくなったら、誰が次をやる! 誰が周りを守る! お前が今やってることは、全部自分のところに集めて、誰にも渡さねぇって言ってるのと同じだ!」

 

出久は拳を握り締めた。

 

「そんなつもりじゃ……」

 

「だったら、行動で示せ!」

 

爆豪が手を差し出すわけではない。

 

彼は、出久と並んで立つ。

 

「俺たちでやる。こいつだけじゃねぇ。あそこにいる奴らもだ」

 

出久は周囲を見た。

 

ロックロックたちは、まだ戦っている。

 

マニュアルは水を操り続けている。

 

バブルガールは、泡を展開している。

 

センチピーダーは負傷者を運んでいる。

 

スピナーもまた、自分の判断で瓦礫を支えていた。

 

彼らは、出久のためだけに動いているわけではない。

 

それぞれが、自分の意志でこの戦場に立っている。

 

「……そうだね」

 

出久は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「僕が一人で決着をつけようとすることは、みんなの選択を狭めてしまう」

 

「やっと分かったか」

 

「うん」

 

出久は死柄木へ視線を向けた。

 

「僕は、みんなと戦う」

 

爆豪は小さく笑った。

 

「最初からそうしろ」

 

六、全員で作る一瞬

「ロックロックさん!」

 

出久が通信を開く。

 

「僕たちの進路を、もう一度確保できますか!」

 

『できる範囲ならな!』

 

「ありがとうございます!」

 

『だが、長くは持たない! どこまで進むつもりだ!』

 

「死柄木の真正面まで!」

 

『無茶を言うな!』

 

「無茶なのは分かっています!」

 

出久は続けた。

 

「でも、僕たちだけで突っ込むより、みんなの位置を合わせて一度だけ攻撃の機会を作りたいんです!」

 

短い沈黙。

 

やがて、ロックロックが答えた。

 

『……分かった。やるぞ!』

 

マニュアルが声を上げる。

 

「水流で視界を確保します!」

 

バブルガールも続く。

 

「落下物は泡で受け止めます!」

 

センチピーダーが言った。

 

「避難班の移送を終えたら、周辺の救助支援へ戻ります!」

 

ロックロックは地面へ触れた。

 

「施錠!」

 

固定された瓦礫が、臨時の足場となる。

 

その足場をマニュアルが水流で洗い、粉塵を除去する。

 

バブルガールは泡を広げ、落下する小さな破片を包み込んだ。

 

「今だ! 通路を作ったぞ!」

 

爆豪は掌を構えた。

 

「デク!」

 

「うん!」

 

二人は同時に動いた。

 

爆豪が先行する。

 

爆発を連続させ、死柄木の視線を引きつける。

 

大きな爆発で押し切るのではなく、方向を変えながら小刻みに攻撃を繰り返す。

 

死柄木は腕を上げた。

 

「何度も同じことを!」

 

「同じに見えてんのかよ!」

 

爆豪は急上昇。

 

その直後、出久が低い位置から飛び込む。

 

黒鞭を死柄木の脚へ伸ばした。

 

「黒鞭!」

 

死柄木の身体がわずかに揺れる。

 

爆豪が上空から爆発を放つ。

 

出久は黒鞭を使い、死柄木の重心を横へ引いた。

 

その動きに合わせ、爆豪が攻撃を重ねる。

 

「徹甲弾!」

 

爆発が死柄木の腕を弾く。

 

「今だ!」

 

出久が拳を構える。

 

「スマッシュ!」

 

直撃。

 

衝撃が死柄木の身体を後退させた。

 

今まで以上に深い一撃だった。

 

だが、死柄木は倒れない。

 

「……なるほど」

 

彼は地面へ足をついた。

 

「お前たちで連携するというのか」

 

「そうだ!」

 

出久が答える。

 

「僕一人ではできないこともある。だから、みんなと一緒に戦う!」

 

死柄木が笑った。

 

「それで俺を止められると思うのか」

 

「止める!」

 

出久が一歩踏み出す。

 

「一人でできないなら、みんなと一緒にやる!」

 

「お前は、まだ分かっていない」

 

死柄木は腕を広げた。

 

「お前たちが集まれば集まるほど、俺が壊すものも増える!」

 

その指先が、地面へ触れた。

 

今までとは違う規模の崩壊が広がる。

 

道路。

 

建物。

 

残された瓦礫。

 

それらが連続して崩れ始めた。

 

「全員、下がれ!」

 

ロックロックが叫んだ。

 

「固定が持たない!」

 

マニュアルが水を操る。

 

「水流を維持します!」

 

バブルガールが泡を広げる。

 

「落下物を抑えます!」

 

センチピーダーが避難区域へ走る。

 

「まだ残っている人がいます!」

 

「救助を優先しろ!」

 

ロックロックが叫ぶ。

 

その瞬間、スピナーが動いた。

 

七、スピナーが背負わないもの

スピナーの巨大な身体が、崩れ始めた建物の前へ出た。

 

複数の腕が広がる。

 

落下してくる梁を受け止める。

 

別の腕で壁を押さえる。

 

さらに、もう一組の腕を使って、避難路を塞ごうとする瓦礫を押し返す。

 

「スピナー!」

 

ロックロックが叫ぶ。

 

「そのまま持たせろ! 固定する!」

 

「さっさとしろ!」

 

ロックロックが走り、梁へ触れた。

 

「施錠!」

 

梁が固定される。

 

しかし、横から別の瓦礫が落下してきた。

 

「危ない!」

 

バブルガールが泡を放つ。

 

落下物を包み込む。

 

マニュアルが水流を変え、避難路から瓦礫を遠ざけた。

 

センチピーダーが、その隙に人々を運び出す。

 

「もう少しです!」

 

スピナーは歯を食いしばる。

 

「早くしろ!」

 

「分かってる!」

 

彼の腕が震える。

 

巨体にかかる負荷は大きい。

 

それでも、彼は離さなかった。

 

「お前、なぜそこまでやる!」

 

ロックロックが問う。

 

「俺が決めたからだ!」

 

「またそれか!」

 

「何度でも言ってやる!」

 

スピナーは死柄木のいる方向を見た。

 

「俺は、あいつの仲間だ!」

 

死柄木は遠くから、その光景を見ていた。

 

「ならば、俺のところへ来い」

 

死柄木の声が届く。

 

「俺の隣にいろ」

 

スピナーは一瞬だけ目を閉じた。

 

その言葉を聞きたかった時期があった。

 

死柄木が自分を必要としている。

 

自分が隣にいていい。

 

それを確かめたかった。

 

しかし、今は違う。

 

「俺は、今ここにいる!」

 

スピナーは叫んだ。

 

「仲間だからって、あんたの隣に立つことだけが俺の役目じゃない!」

 

「……」

 

「俺は俺の選択をする!」

 

死柄木の表情が険しくなる。

 

「好きにしろ」

 

「そうする!」

 

スピナーは最後の瓦礫を押し上げた。

 

避難民が全員通過する。

 

ロックロックが固定した箇所を確認する。

 

「よし! 離れていい!」

 

スピナーは腕を下ろした。

 

その身体が大きく揺れる。

 

「おい!」

 

ロックロックが支えようとする。

 

スピナーは腕を伸ばし、その手を払った。

 

「自分で立てる」

 

「無理をするなと言っている!」

 

「分かってる!」

 

スピナーは、ゆっくりと体勢を立て直した。

 

「だが、まだ終わってねぇ」

 

彼は死柄木を見た。

 

「俺は、まだあいつを見ている」

 

「……」

 

「だからって、あいつの望む通りに動くつもりはない」

 

ロックロックは、少しだけ表情を緩めた。

 

「なら、今はそこにいろ」

 

「言われなくても」

 

二人は同じ方向を見た。

 

戦場の中心では、出久と爆豪が再び死柄木へ向かっていた。

 

八、すべてを背負う英雄はいらない

死柄木は、二人が近づいてくるのを見ていた。

 

「来るか」

 

出久は黒鞭を構えた。

 

爆豪は掌を開く。

 

「今度こそ、逃がさねぇ」

 

死柄木は笑う。

 

「お前たちは、俺を止めるために何人を巻き込む?」

 

「巻き込まない」

 

出久は答えた。

 

「みんな、自分の意志でここにいる」

 

「お前がそう思いたいだけだ」

 

「そうかもしれない」

 

出久は拳を握った。

 

「だからこそ、みんなの言葉を聞く。みんなの判断を信じる」

 

「自分で決められないのか」

 

「自分で決めるよ」

 

出久は、死柄木の目を見た。

 

「でも、僕一人で決める必要はない」

 

死柄木の表情から、笑みが消えた。

 

「……」

 

「君を止めることは、僕の選択だ。でも、そのためにみんながどう動くかは、それぞれが決めることだ」

 

「ならば、そいつらを壊せばいい」

 

死柄木が踏み込んだ。

 

広がる崩壊。

 

出久と爆豪は同時に跳ぶ。

 

死柄木の腕が二人を追う。

 

爆豪が右へ。

 

出久が左へ。

 

二人の動きを見て、死柄木は攻撃を分けた。

 

その隙を、出久は見逃さなかった。

 

黒鞭が伸びる。

 

死柄木の右腕へ絡む。

 

爆豪が急加速し、左側から爆発を叩き込む。

 

「こっちだ!」

 

死柄木が振り向く。

 

出久が背後へ回る。

 

「今だ!」

 

二人の攻撃が重なる。

 

衝撃が死柄木の身体を押し返した。

 

だが、死柄木はその場に踏みとどまった。

 

「まだだ!」

 

出久は拳を構える。

 

しかし、死柄木は地面へ手を伸ばそうとしていた。

 

その時。

 

「緑谷! 足元!」

 

ロックロックの声が響いた。

 

出久は一瞬で身体を浮かせる。

 

地面が崩壊する。

 

だが、今回は先ほどまでと違う。

 

ロックロックたちが周囲の足場を確保していた。

 

マニュアルの水流が、視界を確保する。

 

バブルガールの泡が、落下物の勢いを弱める。

 

センチピーダーが避難班を安全区域へ運び終えている。

 

スピナーもまた、崩れかけた構造物を支えていた。

 

死柄木の破壊が広がっても、すべてが一度に失われるわけではない。

 

彼らが守る場所を選び、動き、支えている。

 

「……お前たちは」

 

死柄木の声が低くなる。

 

「そこまでして、何を守る」

 

ロックロックが答える。

 

「目の前にいる人間だ」

 

マニュアルが続ける。

 

「この場所で助けられる人たちです」

 

バブルガールが言う。

 

「そして、あなたの破壊に巻き込ませないために」

 

センチピーダーは、救助した人々のもとへ戻っていた。

 

スピナーが顔を上げる。

 

「俺は、あいつを見捨てない」

 

死柄木が視線を向ける。

 

「……」

 

「だが、俺が何をするかは俺が決める」

 

出久は、その言葉を聞いていた。

 

そして、死柄木へ向き直る。

 

「僕も同じだ」

 

爆豪が掌を構える。

 

「俺もだ」

 

死柄木は、ゆっくりと両腕を広げた。

 

「ならば、全員まとめて壊す」

 

空気が震える。

 

地面が裂ける。

 

崩れた建物の向こうで、さらなる亀裂が走る。

 

その中心に、死柄木が立っていた。

 

出久は拳を握りしめた。

 

一人で背負う必要はない。

 

だが、自分の役割を誰かに押しつけるつもりもない。

 

誰かに助けてもらうことを認めたうえで、自分の意志で立つ。

 

そのことを、今度こそ忘れない。

 

「行くよ、勝っちゃん」

 

「言われなくても行く!」

 

二人が同時に動いた。

 

爆豪の爆発が戦場を照らす。

 

出久の黒鞭が空間を切り裂く。

 

二つの力が死柄木へ向かう。

 

しかし、死柄木の破壊もまた、止まらなかった。

 

三者の衝突が、戦場全体を揺らす。

 

九、届かなかった手

出久の拳が、死柄木の腕へぶつかった。

 

爆豪の爆発が、死柄木の身体を横から押し返す。

 

黒鞭が伸びる。

 

死柄木の腕を拘束する。

 

だが、死柄木はその腕を振り抜いた。

 

黒鞭が切れる。

 

出久の身体が弾き飛ばされた。

 

「デク!」

 

爆豪が追いかける。

 

出久は空中で身体を回転させ、黒鞭を伸ばして着地した。

 

「大丈夫!」

 

「大丈夫なわけあるか!」

 

「まだ動ける!」

 

「そういう問題じゃねぇ!」

 

二人はすぐに死柄木へ向き直った。

 

死柄木は、地面を崩壊させながら近づいてくる。

 

出久は再び拳を握った。

 

届かない。

 

手を伸ばしても、死柄木のところへ届かない。

 

攻撃しても、止めきれない。

 

話しかけても、破壊をやめさせることはできない。

 

それでも、出久は手を伸ばすことをやめたくなかった。

 

だが、手を伸ばすだけでは届かない。

 

その事実を、今の戦闘が突きつけている。

 

「……勝っちゃん」

 

「何だ」

 

「僕は、死柄木に届きたい」

 

「知ってる」

 

「でも、今のままじゃ届かない」

 

「だから何だ」

 

「もっと、みんなと連携しないと」

 

爆豪は笑った。

 

「最初からそう言ってんだよ」

 

出久も、少しだけ笑った。

 

「うん」

 

二人は、死柄木を見た。

 

その後方では、ヒーローたちが次の救助に向けて動いている。

 

スピナーも、まだ立っていた。

 

「次は、もっと考えて戦う」

 

出久が言った。

 

「一人で決めるなよ」

 

爆豪が続ける。

 

「分かってる」

 

「だったらいい」

 

二人は構え直した。

 

死柄木は、遠くからその様子を見ていた。

 

「まだ、俺に手を伸ばすのか」

 

「伸ばすよ」

 

出久は答えた。

 

「ただし、今度は一人じゃない」

 

死柄木が笑う。

 

「ならば、その手ごと壊してやる」

 

次の衝撃が、戦場を覆った。

 

十、戦術の先にあるもの

戦闘が一時的に途切れた。

 

決着がついたわけではない。

 

むしろ、死柄木の力によって、戦場はさらに危険な状況へ変わりつつあった。

 

ロックロックは通信を開く。

 

「全員、負傷者の確認を優先! 戦闘区域を再設定する!」

 

「了解!」

 

マニュアルは周囲の水を集め、視界を確保する。

 

バブルガールは泡を放ち、落下物の危険を減らす。

 

センチピーダーは、避難経路を確認しながら移送を続けていた。

 

「こちら西側、避難完了!」

 

「東側も完了です!」

 

「よし。次は戦闘区域の支援に回る!」

 

ロックロックは、出久たちを見た。

 

「緑谷! 爆豪!」

 

二人が振り返る。

 

「次の攻撃は、お前たちだけで決めるな!」

 

「分かっています!」

 

「こっちからも状況を伝える! その情報を使って戦え!」

 

爆豪が答える。

 

「分かった!」

 

ロックロックはスピナーへ目を向けた。

 

「お前もだ! まだ動けるなら、周囲を確認しろ!」

 

「指図するな!」

 

「なら、自分で判断しろ!」

 

スピナーは一瞬だけ黙った。

 

そして、戦場の向こうを見た。

 

「……分かった」

 

ロックロックは頷く。

 

彼はスピナーを信用したわけではない。

 

だが、スピナーの行動をすべて否定するわけでもない。

 

それぞれが自分の選択を引き受ける。

 

その原則は、敵味方という言葉だけで消えるものではなかった。

 

出久は、自分の拳を見つめた。

 

届かなかった手。

 

それでも、伸ばすことをやめない手。

 

だが、次はその手だけで何とかしようとはしない。

 

「みんなと一緒に、届く方法を考える」

 

出久は呟いた。

 

爆豪が隣へ立つ。

 

「一人で背負う英雄なんざ、いらねぇ」

 

「……うん」

 

「俺たちがいる」

 

爆豪の言葉は短かった。

 

しかし、それで十分だった。

 

出久はもう一度、死柄木を見た。

 

彼の破壊は、まだ続いている。

 

次にどんな攻撃が来るのか、誰にも分からない。

 

だが、彼らには仲間がいる。

 

一緒に戦う者たちがいる。

 

そして、それぞれが自分の意志で選んだ戦いがある。

 

憤怒編後編は、ここから始まる。

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