一、破壊の中心
「来るぞ!」
出久の危険察知が、頭の中で警鐘を鳴らした。
直後、地面が盛り上がる。
いや、盛り上がったように見えたのは、地面そのものが崩れ、道路の下にあった構造物が露出したからだった。
亀裂が走る。
舗装された道路が剥がれ、巨大な破片となって跳ね上がった。
「浮いて!」
出久は浮遊を発動する。
爆豪も両手から爆発を放ち、地面から離れた。
二人の足元を、崩壊が通り過ぎる。
その先に立っていた死柄木弔は、ゆっくりと顔を上げた。
「また逃げるのか」
「逃げてるんじゃない!」
出久は空中で姿勢を変える。
「周りを確認している!」
「言い訳に聞こえるな」
死柄木が腕を振るう。
複数の腕が伸び、空中の二人を狙った。
「デク!」
爆豪が叫ぶ。
「分かってる!」
出久は黒鞭を放った。
一本目は建物の柱へ。
二本目は崩れかけた道路の固定部分へ。
三本目は爆豪の身体へ絡める。
黒鞭がそれぞれの位置をつなぎ、二人の軌道を変える。
死柄木の腕が空を切った。
その隙に、爆豪が加速する。
「お返しだ!」
掌から爆発。
死柄木の腕が弾かれた。
さらに爆豪は空中で旋回し、死柄木の背後へ回り込む。
「こっちだ!」
爆発が続く。
死柄木が振り向いた。
そこへ出久が降下する。
「スマッシュ!」
拳が死柄木の肩へ叩き込まれた。
衝撃が広がる。
死柄木の身体が半歩後退した。
しかし、彼は倒れない。
むしろ、その腕を出久へ伸ばした。
「近づきすぎだ」
危険察知。
出久は黒鞭を解除し、身体を後ろへ引く。
死柄木の指先が、出久の足元をかすめた。
「っ!」
着地した場所が崩れ始める。
出久はすぐに浮遊へ切り替えた。
「デク!」
爆豪が横から爆発を放つ。
死柄木の腕を逸らし、出久が体勢を立て直す時間を作った。
「助かった!」
「礼はいい!」
爆豪は死柄木から目を離さない。
「こいつの攻撃、さっきより広がってやがる!」
「うん。周囲の構造物まで崩壊が伝わっている!」
「だったら、足場を選べ! 適当に突っ込むな!」
出久は周囲を見る。
死柄木の周囲では、地面の亀裂がいくつも枝分かれしていた。
建物の基礎が崩れ、瓦礫が道路へ落ちてくる。
ただ本人に攻撃を当てるだけでは、戦場全体の崩壊を止められない。
そして、その間にも人々が危険にさらされている。
「ロックロックさん! 周囲の状況は?」
『西側の避難は完了した! だが、中央通路が潰れかけている!』
「東側は?」
『マニュアルが水流で粉塵を押し返している! センチピーダーが負傷者を運んでいるが、まだ救助が必要だ!』
『こちらマニュアル! 水は確保できています! ただし、地面の崩壊までは止められません!』
『バブルガール、上空の破片を処理します!』
通信が次々と入る。
出久は拳を握った。
「僕が死柄木を止める!」
爆豪が横目で見た。
「その言い方、また一人で行く気か?」
「違うよ!」
出久は即座に返した。
「僕が前に出る。みんなが作ってくれた時間を使って!」
「ならいい」
爆豪は掌を開く。
「ただし、勝手に消えるなよ」
「うん!」
二人は再び、死柄木へ向き直った。
二、壊される足場、作られる道
「ロックロック!」
出久が通信を開く。
「死柄木の周囲に、短時間でもいいので足場を確保できませんか!」
『簡単に言うな!』
ロックロックの声が返ってくる。
『崩壊している地面を全部固定できるわけじゃない! だが、使える場所を限定すれば可能だ!』
「お願いします!」
『お前たちが突っ込む場所を決めろ! そこを固定する!』
ロックロックは周囲を見た。
崩れた道路。
傾いた建物。
折れた街灯。
そのすべてを固定することはできない。
しかし、出久と爆豪が通るための場所だけなら、短時間の確保は可能だった。
「マニュアル!」
『聞こえています!』
「粉塵を一度、南側へ流せ! 視界を作る!」
『了解!』
水流が道路を横切る。
積もった粉塵が流され、地面の亀裂が露わになった。
「バブルガール!」
「はい!」
泡が上空へ広がる。
落下する破片が包み込まれ、避難路へ飛び込む危険が減っていく。
「センチピーダー!」
「救助対象は全員、移送中です!」
「避難が終わったら、南側の支援へ回れ! ただし、危険が大きい場合は無理をするな!」
「了解しました!」
ロックロックは、道路の一部へ手をついた。
「施錠!」
固定された地面が、周囲の崩壊から切り離されたように残る。
そのすぐ横を、マニュアルの水流が走る。
「道ができたぞ!」
ロックロックが叫ぶ。
「緑谷! 爆豪! そこを通れ!」
「ありがとうございます!」
出久と爆豪が走る。
だが、死柄木も動いていた。
二人の進路に腕を伸ばす。
「道を作ったところで、俺が壊す」
死柄木が地面へ手を伸ばす。
出久は危険察知に従って跳んだ。
爆豪は爆発で加速する。
崩壊が、固定された足場の端まで迫る。
「持たせろ!」
ロックロックが叫ぶ。
「分かっている!」
マニュアルが水流を変える。
固定した地面の周囲に水を流し、崩れた瓦礫を避けさせる。
その隙に、出久たちが通過した。
「今だ!」
爆豪が死柄木へ突っ込む。
「爆破!」
爆発が死柄木の正面を叩く。
出久は側面から黒鞭を伸ばす。
死柄木の腕へ絡ませ、進路をずらす。
「黒鞭!」
「小賢しい!」
死柄木が腕を引く。
出久は力で対抗しない。
黒鞭の一本を解除し、別の一本を地面へ固定する。
その力の向きを変え、死柄木の腕をわずかに横へ引いた。
爆豪はその隙を見逃さない。
「APショット!」
圧縮された爆発が死柄木の肩を捉える。
死柄木の身体が揺れた。
しかし、反撃はすぐに来た。
腕が爆豪へ迫る。
「チッ!」
爆豪は急上昇する。
その直後、地面が崩れた。
「またかよ!」
爆豪が舌打ちする。
出久は黒鞭を伸ばし、爆豪の移動を補助した。
「勝っちゃん、南側へ!」
「分かってる!」
二人は一度距離を取った。
攻撃は届いた。
しかし、死柄木を止めるには足りない。
さらに、周囲の戦場を維持するには、ヒーローたちの支援が不可欠だった。
「正面から殴るだけじゃ、届かないね」
出久が呟く。
爆豪が笑う。
「今さら気づいたのかよ」
「うん。だから、次は違う方法を考える」
「だったら、考えながら動け!」
二人は再び走り出した。
三、スピナーの手
「スピナー!」
ロックロックの声が響く。
スピナーは、崩れかけた建物の前にいた。
巨大な身体に備わった複数の腕を使い、倒れかけた梁を支えている。
その背後には、まだ避難できていない人々がいた。
「そこを離れろ! 崩れるぞ!」
「分かってる!」
スピナーは腕を広げた。
一本で梁を押さえ、別の腕で壁を支える。
残った腕を使って、足元の瓦礫をどかしていく。
「センチピーダー! こっちだ!」
「了解!」
センチピーダーが身体を伸ばし、避難民のもとへ向かう。
「こちらへ! 急いでください!」
その直後、死柄木の破壊が近くまで広がってきた。
地面が崩れる。
スピナーの足元が揺れた。
「ぐっ……!」
身体が傾く。
だが、彼は梁を離さなかった。
「おい!」
ロックロックが駆け寄る。
「無茶をするな!」
「ここを離せば、全員巻き込まれる!」
「固定する! そのまま支えろ!」
ロックロックが梁へ触れる。
「施錠!」
固定された部分が、その場に留まる。
スピナーの身体にかかる負荷が少しだけ軽くなった。
「今だ! センチピーダー!」
「全員、移送完了しました!」
「よし!」
スピナーは梁から腕を離した。
その瞬間、残りの部分が崩れ落ちる。
粉塵が上がる。
バブルガールの泡が広がり、破片を包み込む。
マニュアルの水流が粉塵を押し戻す。
「……助かった」
スピナーが呟いた。
ロックロックは、彼を警戒したまま立っていた。
「お前、なぜそこまでして助ける」
「俺が助けると決めたからだ」
「死柄木の命令じゃないのか」
「違う」
スピナーは、戦場の中心へ視線を向けた。
「あいつは、俺に何をしろとは言っていない」
「それでも、お前はあいつの仲間だと言う」
「ああ」
スピナーは答えた。
「俺は、あいつが俺を受け入れてくれたことを忘れない。あの時、俺はあいつを信じた。あの気持ちは嘘じゃない」
「なら、どうしてあいつのところへ行かない」
スピナーは黙った。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「行きたいと思うことと、今ここで何をするべきかは別だ」
ロックロックは、スピナーを見つめた。
「……お前は、何を考えている」
「俺は、あいつの怒りがどこから来たのかを知っているつもりだった」
「つもり?」
「あいつが世界を憎んでいたこと。自分を壊したものを、今度は自分が壊そうとしていたこと」
スピナーの複数の腕が、ゆっくりと下がる。
「俺は、その怒りに自分の怒りを重ねた。あいつが壊すなら、俺も壊す。あいつが世界を憎むなら、俺も世界を憎む。そうすれば、俺は一人じゃないと思えた」
「……」
「だけど、それは本当に俺が望んだことだったのか?」
スピナーの言葉が途切れる。
まだ答えは出ていない。
ロックロックは、その問いに答えを与えなかった。
「自分で考えろ」
「ああ」
「だが、今はここを離れるな。お前が暴れれば俺たちは止める」
「分かってる」
スピナーは、中央の戦場を見た。
死柄木の姿がある。
出久と爆豪が戦っている。
「……俺は、あいつが何を望んでいたのか、もう一度考える必要がある」
四、死柄木の怒り
出久の拳が死柄木の腕へぶつかった。
「っ!」
衝撃。
死柄木の身体が後退する。
しかし、倒れない。
「まだだ!」
出久は追撃する。
黒鞭が伸び、死柄木の腕を拘束する。
爆豪が側面から爆発を放つ。
「爆破!」
死柄木の身体が大きく揺れた。
「お前たちは……!」
死柄木の腕が膨張する。
黒鞭が引き伸ばされ、破れる。
出久はすぐに距離を取った。
爆豪も爆発で後退する。
「ちっ、どこまでしぶといんだ!」
「勝っちゃん、右!」
危険察知。
爆豪は即座に身体を傾けた。
死柄木の腕が通過する。
「見えてる!」
爆豪は地面へ着地すると同時に、爆発を放った。
死柄木の足元へ向けた攻撃。
地面を無理に吹き飛ばすのではなく、体勢を崩すために衝撃を与える。
死柄木の重心がわずかに動いた。
出久が踏み込む。
「今だ!」
拳を放つ。
死柄木は腕で受けた。
「お前たちは、何度でも同じことをする」
死柄木が言った。
「止めるまで続けるよ!」
「そのために、どれだけの人間を動かす?」
出久は一瞬だけ眉を寄せた。
「みんなは、自分の意志で動いている」
「お前がそう思っているだけだ」
「違う」
「何が違う」
死柄木の声が低くなる。
「お前が戦えと言えば、そいつらは戦う。お前が助けを求めれば、そいつらは助ける。お前が正しいと思う場所へ、そいつらを連れていく」
「僕は、命令していない!」
「命令していないから、責任がないとでも言うのか」
出久は言葉を止めた。
死柄木が続ける。
「お前は、自分の理想を共有した人間たちに囲まれている。だが、そいつらが何を望んでいるか、本当に知っているのか?」
「……」
「お前が勝つことを望んでいるのか。お前が生き残ることを望んでいるのか。それとも、ただお前の望みを叶えたいだけなのか」
出久は周囲を見た。
ロックロックは、避難路を確保していた。
マニュアルは水流を操っていた。
バブルガールは泡を広げている。
センチピーダーは救助を続けている。
彼らが何を望んでいるのか。
出久が勝つことだけではない。
それぞれに守りたいものがあり、果たすべき責任があり、自分自身の判断がある。
「僕は、みんなの考えを全部知っているわけじゃない」
出久は答えた。
「だから、聞く。確認する。自分の考えを押しつけないようにする」
「それで、全員を救えるのか」
「救えるとは限らない」
「ならば、同じことだ」
「違う!」
出久は死柄木の腕を押し返した。
「分からないから、聞くんだ! 分からないから、相手の判断を奪わないようにするんだ!」
死柄木は笑った。
「俺は、そんなことに興味はない」
「君には関係ないかもしれない!」
「そうだ」
死柄木の腕が出久を弾く。
「俺は、世界を壊す」
その言葉の奥に、何か別のものがある。
出久は感じていた。
死柄木の怒りは、ただ世界への憎しみだけではない。
彼は、その怒りを自分ひとりのものとして終わらせようとしているのか。
それとも、誰かに引き継がせようとしているのか。
スピナーの言葉が頭をよぎる。
死柄木が、自分の怒りを誰かに預けようとしているのではないか。
「死柄木」
出久は問う。
「君は、誰に怒りを引き継がせようとしているんだ?」
死柄木の動きが、一瞬だけ止まった。
爆豪もその変化に気づく。
「……何だ?」
死柄木は出久を見た。
「何を言っている」
「君の怒りは、君だけのものだと言った」
出久は続ける。
「でも、君はスピナーたちに自分の言葉を託してきた。君がいなくなった後も、何かを続けさせようとしていたんじゃないのか?」
死柄木の表情が変わる。
ほんのわずか。
だが、出久は見逃さなかった。
「……黙れ」
「違うのか?」
「黙れ!」
死柄木の腕が振り抜かれる。
出久は危険察知に従って回避した。
爆豪が割って入る。
「おい! そこを突くと反応するのかよ!」
「勝っちゃん、今のは……」
「分かってる。話は後だ!」
爆豪が爆発を放つ。
死柄木の攻撃を押し返す。
出久は距離を取りながら、再び死柄木を見た。
彼の怒りには、まだ語られていない部分がある。
それは、ただ自分が壊すための怒りなのか。
それとも、自分がいなくなった後も、誰かに壊し続けさせるための怒りなのか。
答えは、まだ出ていない。
五、手を伸ばすための連携
「緑谷!」
ロックロックが通信を開く。
「今の攻撃で中央の足場が使えなくなった!」
「確認しました!」
「別の経路を作る! 南側へ回れ!」
マニュアルが水流を動かす。
「水を使って粉塵を押し流します!」
バブルガールが泡を広げる。
「頭上の破片は私が処理します!」
センチピーダーが避難区域から戻ってきた。
「救助対象の移送が完了しました! 周辺支援に入れます!」
「よし!」
ロックロックは、出久と爆豪を見た。
「お前たちは、死柄木を南側へ誘導しろ! 俺たちが確保できる範囲を作る!」
「誘導……」
出久は死柄木を見た。
正面から攻撃して倒そうとするのではない。
死柄木の動きを制限し、被害が広がらない方向へ誘導する。
そのためには、攻撃の目的を変える必要がある。
「勝っちゃん!」
「何だ!」
「僕が正面から注意を引く。勝っちゃんは右側から攻撃して、死柄木の動きを南へ!」
「分かった!」
「ロックロックさん、南側の通路を!」
『準備する!』
「マニュアルさん、視界の確保をお願いします!」
『了解!』
「バブルガールさんは、落下物を!」
『任せて!』
それぞれが応答する。
出久は黒鞭を構えた。
「行くよ!」
爆豪が前へ出る。
出久は死柄木の正面へ向かう。
「死柄木!」
死柄木が振り向く。
「俺を誘導するつもりか」
「どうかな!」
出久は黒鞭を放つ。
死柄木の腕へ絡みつく。
死柄木が引きちぎろうとする。
その瞬間、爆豪が右側から爆発を放った。
「こっちだ!」
死柄木の身体が揺れる。
出久は力を加える方向を変える。
黒鞭で死柄木の進路を南側へ誘導する。
「小細工を!」
死柄木が腕を振るう。
出久は浮遊で回避。
爆豪は上空から旋回し、さらに爆発を叩き込む。
死柄木の身体が南側へ傾いた。
「よし!」
ロックロックが叫ぶ。
「今だ!」
彼はあらかじめ選んでいた足場へ手を触れた。
「施錠!」
南側に残された道路の一部が固定される。
マニュアルが水を流し、粉塵を押し戻す。
バブルガールの泡が落下物を包む。
センチピーダーが周囲の障害物を確認し、避難民がいないことを報告する。
「南側、避難完了!」
「確認した!」
出久は空中から、確保された通路を確認した。
ここなら、崩壊の影響が比較的少ない。
「勝っちゃん!」
「分かってる!」
爆豪が一気に加速する。
「こいつを止める!」
両掌から爆発。
死柄木が腕を上げる。
その腕へ、出久の黒鞭が絡む。
爆豪は、黒鞭が作ったわずかな隙間へ攻撃を集中させた。
「徹甲弾!」
爆発が死柄木を押し返す。
出久はさらに踏み込む。
「スマッシュ!」
拳が死柄木の胸部へ叩き込まれた。
今度は、死柄木の身体が大きく後退した。
足元の固定された道路へ、彼の身体が滑る。
「……やるな」
死柄木が呟いた。
「でも、まだ終わらない!」
出久が答える。
死柄木の手が、地面へ伸びる。
その瞬間、ロックロックの声が飛んだ。
『そこから離れろ!』
出久と爆豪が同時に跳ぶ。
死柄木の崩壊が、固定された道路の端まで広がった。
固定できる範囲には限界がある。
ロックロックはすぐに手を離した。
「全員、退避!」
固定された部分が崩れた。
しかし、その一瞬の時間で、出久と爆豪は距離を取れた。
「……持って数秒か」
ロックロックが呟く。
『そう長くは持たない!』
「それで十分だ!」
出久が通信へ答えた。
「ありがとうございました!」
ロックロックは笑った。
「礼は後だ! まだ終わっていない!」
六、怒りを引き継ぐ者
スピナーは、戦場の中心を見つめていた。
出久が死柄木に問いかけた言葉。
誰に怒りを引き継がせようとしているのか。
その問いが、頭から離れない。
「スピナー」
ロックロックが近づく。
「何を考えている」
「……死柄木のことだ」
「またか」
「ああ」
スピナーは、自分の腕を見た。
「俺は、あいつの怒りに共感していた」
「そうだったな」
「自分が社会から拒絶されたこと。誰も自分を理解しなかったこと。自分の存在を、最初から否定されたように感じたこと」
スピナーは拳を握った。
「俺は、あいつの怒りを自分の怒りだと思っていた」
「違うのか?」
「重なるところはあった。だが、同じじゃなかった」
スピナーは顔を上げる。
「俺が怒っていたことと、あいつが怒っていたことは、別のものだったんだ」
ロックロックは黙って聞いていた。
「俺はあいつの言葉を広めた。あいつの考えを伝えた。あいつのために戦った」
「それが間違いだったと思うか」
「全部が間違いだったとは思わねぇ」
スピナーは言った。
「俺があいつを信じたことには意味があった。だが、あいつの怒りをそのまま引き継ぐことが、本当に俺の望みだったのかは分からない」
彼は再び、死柄木の姿を見る。
「もしあいつが、俺に怒りを引き継がせようとしていたなら……」
言葉が途切れる。
ロックロックは、すぐには答えなかった。
やがて、短く言った。
「引き継ぐかどうかは、お前が決めろ」
「……」
「誰かから渡されたものを、そのまま持つ必要はない」
スピナーは目を伏せた。
「そうだな」
「ただし、自分で選んだことには責任を持て」
「ああ」
スピナーは拳を開いた。
彼はまだ死柄木の仲間だ。
しかし、死柄木の怒りを継承することと、死柄木を大切に思うことは同じではない。
その違いが、ようやく見え始めていた。
七、届かない手、届く声
死柄木の攻撃が再び激しくなった。
地面が崩れ、瓦礫が飛ぶ。
出久は黒鞭で身体を引き上げた。
爆豪が爆発で死柄木の腕を弾く。
「デク!」
「うん!」
出久は死柄木の正面へ降下した。
拳を構える。
「死柄木!」
「何だ!」
「君は、自分の怒りを誰かに引き継がせようとしているのか!」
死柄木の動きが一瞬止まる。
「何を言っている」
「君がいなくなった後も、誰かに世界を壊させようとしているのか!」
「黙れ!」
死柄木の腕が出久へ迫る。
出久は黒鞭で身体を引き上げた。
爆豪が攻撃を放ち、死柄木の腕を弾く。
「デク! 無理に問い詰めるな!」
「でも!」
「今は戦闘中だ!」
爆豪は死柄木へ向き直る。
「言いたいことがあるなら、止めてから聞け!」
「……そうだね!」
出久は頷く。
死柄木の攻撃を避ける。
爆豪は横から爆発を放つ。
出久はその隙に黒鞭を伸ばす。
今度の黒鞭は、死柄木を縛るためだけではない。
爆豪の移動を補助し、攻撃の角度を作るためでもある。
二人の動きが噛み合う。
「今だ!」
爆豪が叫ぶ。
出久は黒鞭を解除し、空中で身体を回転させる。
そのまま死柄木の側面へ降下した。
「スマッシュ!」
死柄木の身体が大きく揺れる。
爆豪が追撃を放つ。
「爆破!」
連続爆発。
死柄木が後退する。
しかし、彼はすぐに体勢を立て直した。
「俺の怒りを理解したつもりか」
死柄木が問う。
「分かったつもりはない!」
出久は答えた。
「でも、君が何を誰に託そうとしているのかは、聞きたい!」
「聞いてどうする」
「その答えを、僕が勝手に決めないために!」
「ならば、知る必要はない!」
死柄木が突進する。
出久と爆豪は左右へ散った。
爆豪が爆発で死柄木の進路を変える。
出久が黒鞭で腕を引く。
二人は、死柄木の攻撃を真正面から受け止めるのではなく、互いの動きを利用して避け続けた。
そのたびに、少しずつ死柄木の進路が変わる。
ロックロックが固定した足場へ近づく。
マニュアルが粉塵を押し流す。
バブルガールが落下物を包み込む。
センチピーダーが最後の避難対象を運び終えた。
「救助完了!」
「よし!」
ロックロックが叫んだ。
「ここから先は、戦闘支援に集中できる!」
出久はその報告を聞き、息を整えた。
ようやく、攻撃に集中できる空間が生まれつつある。
しかし、まだ足りない。
死柄木の破壊の中心に手を伸ばすには、もう一つ何かが必要だった。
出久は死柄木を見る。
「君の怒りを、君だけのものにすることはできないのか」
死柄木の目が動く。
「……何?」
「怒りを誰かに引き継がせなくても、君が怒っていたことは消えない」
「俺の怒りを、終わらせろと言うのか」
「違う」
出久は首を横に振った。
「君の怒りを、僕が終わらせることもできない」
「ならば何を言いたい」
「君が誰かに怒りを渡そうとしているなら、その人がどうするかは、その人自身が決めることだ」
死柄木は、出久を見た。
「……」
「スピナーも、君の仲間たちも、君の怒りをそのまま引き継ぐためだけに生きているわけじゃない」
その言葉に、死柄木の表情が変わった。
「お前に何が分かる」
「全部は分からない」
出久は答えた。
「でも、スピナーが自分で考えて動いていることは見てきた」
「……」
「彼が君を信じていた過去を否定しないことと、君の望みを全部引き継ぐことは、同じじゃない」
死柄木の手が震える。
「黙れ」
「君が誰かに何かを残したいと思うなら、その人がどう受け取るかまで、君が決めることはできない!」
「黙れ!」
死柄木の腕が振り抜かれる。
出久は回避する。
しかし、その攻撃によって周囲の地面が大きく崩れた。
「危ない!」
ロックロックが叫ぶ。
「全員、下がれ!」
マニュアルが水流を広げる。
バブルガールが泡を展開する。
センチピーダーが周辺を確認する。
スピナーは、自分の前に迫る瓦礫を受け止めた。
それぞれが動く。
誰も、死柄木の怒りをそのまま引き継いではいない。
それでも、死柄木の怒りが生まれた世界に向き合っている。
出久は、そのことを強く感じていた。
八、破壊の中心で
死柄木が、ゆっくりと顔を上げた。
「お前たちは、何も分かっていない」
その身体から、さらに大きな力が放たれる。
地面が砕ける。
道路が持ち上がる。
建物の外壁が剥がれ落ちる。
「この世界は、何度でも同じことを繰り返す!」
死柄木の声が響く。
「誰かが傷つき、誰かが見捨てられ、誰かが怒りを抱える。そして、その怒りを誰も引き受けない!」
「引き受けることと、同じことを繰り返すことは違う!」
出久が叫ぶ。
「君の怒りを知ることと、君の破壊を継承することは違う!」
死柄木が突進する。
出久は真正面から迎え撃った。
拳と腕が衝突する。
爆豪が側面から爆発を放つ。
死柄木の身体が揺れる。
出久は黒鞭を伸ばし、死柄木の腕を引き寄せる。
「今だ、勝っちゃん!」
「分かってる!」
爆豪が上空へ跳ぶ。
両手の爆発を集中させる。
しかし、死柄木はそれを読んでいた。
腕を伸ばし、爆豪の進路を遮る。
爆豪は爆発の角度を変えた。
空中で急旋回する。
攻撃の軌道が変わり、死柄木の腕の外側を通過した。
「遅ぇ!」
爆発が死柄木の側面を捉える。
出久はその一瞬を使い、身体を引き寄せた。
「デトロイト・スマッシュ!」
拳が死柄木の胸部へ叩き込まれる。
衝撃が広がる。
死柄木の身体が後退した。
しかし、彼は倒れなかった。
出久は着地する。
爆豪も距離を取った。
二人とも息が荒い。
それでも、立っている。
死柄木は二人を見た。
「まだ、手を伸ばすのか」
「伸ばすよ」
出久は答えた。
「君が何を望んでいるのか、まだ全部は分からない。でも、聞くことをやめない」
「俺は答えない」
「それでもいい」
「ならば、何のために聞く」
「僕が君のことを、勝手に決めないために」
死柄木は目を伏せた。
「……くだらない」
「そうかもしれない」
出久は拳を握った。
「でも、僕はそうする」
爆豪が隣に立つ。
「話は終わりだ」
「うん」
「こいつはまだ倒れてねぇ」
「分かってる」
二人は再び構える。
死柄木もまた、腕を広げた。
戦場の中心で、三人の戦いが続く。
その一方で、スピナーは崩れた瓦礫のそばに立っていた。
彼は死柄木を見つめている。
かつての自分なら、あの怒りにすべてを預けていただろう。
だが、今は違う。
死柄木を信じた自分を否定しない。
それでも、これから何を信じるかは自分で決める。
彼はまだ答えを出していない。
しかし、その答えを他人に委ねるつもりもなかった。
九、まだ届かない
「出久!」
爆豪の声。
出久は前へ出る。
黒鞭を伸ばす。
死柄木の腕をつかむ。
爆豪は爆発で死柄木の身体を押し返す。
二人の連携は、着実に精度を増していた。
しかし、死柄木の破壊は止まらない。
「くっ!」
出久は浮遊で空中へ逃げる。
地面が崩壊する。
その破壊が、彼らの足場を奪う。
「このままじゃ、また振り出しだ!」
爆豪が叫ぶ。
「いや!」
出久は答える。
「少しずつだけど、進んでいる!」
「どこがだ!」
「みんなが作ってくれた道がある! それを使えば、死柄木の動きを少しずつ制限できる!」
爆豪は一瞬、出久を見る。
そして笑った。
「だったら、その道を使い切れ!」
爆豪が突っ込む。
爆発で死柄木の注意を引きつける。
出久は別方向へ移動する。
黒鞭を伸ばす。
今度は死柄木の腕ではなく、足元に残った瓦礫へ絡めた。
死柄木が崩壊を広げる前に、出久はその場を離れる。
爆豪が攻撃を重ねる。
「こっちだ!」
死柄木の視線が爆豪へ向く。
その隙に、出久が黒鞭を伸ばした。
腕を拘束する。
爆豪は急旋回。
圧縮した爆発を放つ。
「これで!」
死柄木の身体が大きく揺れた。
出久の拳が迫る。
しかし、死柄木はその攻撃を受け止めた。
「まだ足りない」
「分かってる!」
出久は力を込める。
「でも、諦めない!」
死柄木の腕が出久を押し返す。
出久の身体が後退した。
爆豪が受け止める。
「ったく、重てぇな!」
「ごめん!」
「謝るな!」
死柄木は二人を見ていた。
そして、視線をスピナーへ向けた。
「スピナー」
その声に、スピナーが顔を上げる。
「何だ」
「お前は、まだ俺の怒りを覚えているか」
スピナーはすぐには答えなかった。
「覚えている」
「ならば、忘れるな」
「……」
「俺が何を憎んだのか。何を壊そうとしたのか。何を許せなかったのか」
死柄木の声が低くなる。
「忘れるな」
スピナーは拳を握った。
「忘れない」
「ならば――」
「だが、あんたの怒りをそのまま俺の未来にするつもりはない」
死柄木の言葉が止まった。
スピナーは続ける。
「俺は、あんたが何に怒っていたのかを覚えている。俺自身が何に怒っていたのかも覚えている」
彼は自分の胸に手を当てた。
「だが、これから何をするかは俺が決める」
死柄木は、しばらくスピナーを見ていた。
その目には、怒りだけではない何かが浮かんでいた。
だが、それが何なのかは、まだ分からない。
十、破壊の中心に残るもの
戦場の音が、少しずつ遠くなっていく。
戦いが終わったわけではない。
むしろ、死柄木の力によって、さらに広い範囲が危険にさらされている。
出久は、荒い呼吸を整えた。
爆豪は掌を開き、次の攻撃に備えている。
ロックロックたちは、周辺の安全を確認していた。
マニュアルは水流を維持している。
バブルガールは泡を使い、落下物を処理していた。
センチピーダーは救助を終え、戦闘支援へ回っている。
スピナーは、死柄木の方を見ていた。
その視線は、かつての忠誠だけではない。
信頼。
怒り。
疑問。
自分の過去への思い。
そして、これからの自分を決めようとする意志。
そのすべてが混ざっていた。
「死柄木」
出久が呼んだ。
「何だ」
「君が誰かに怒りを残そうとしているなら、その人がどう受け取るかは、その人に決めさせてほしい」
死柄木は答えない。
「君が怒っていたことは、消えない。君が経験したことも、誰かが勝手になかったことにはできない」
出久は一歩踏み出す。
「でも、その怒りを誰かが受け継がなければならないわけじゃない」
死柄木の指が動く。
「……」
「誰かが君の怒りを理解したからといって、同じように世界を壊さなければならないわけじゃない」
出久は拳を握った。
「僕も、君の怒りを理解したつもりで、何かを決めるつもりはない」
「ならば、お前はどうする」
「君を止める」
出久は答えた。
「君の怒りを否定するためじゃない。君がその怒りで、他の人の未来まで奪おうとしているからだ」
死柄木の腕が動く。
出久は構える。
爆豪も並ぶ。
死柄木は、二人を見つめていた。
やがて、彼は静かに言った。
「お前たちは、まだ何も分かっていない」
「そうかもしれない」
出久は答える。
「だから、次も聞く」
「俺は答えない」
「それでも、聞く」
死柄木は笑った。
「ならば、何度でも壊してやる」
その足が地面を踏む。
崩壊が広がる。
出久は浮遊を発動した。
黒鞭を伸ばす。
爆豪が爆発で飛び出す。
「行くぞ、デク!」
「うん!」
二人が死柄木へ向かう。
その背後で、ロックロックたちが次の足場を確保する。
スピナーもまた、自分の意志で動き始めた。
死柄木の怒りをそのまま継承するのではなく、彼が何を残そうとしているのかを見極めるために。
破壊の中心には、まだ答えがない。
ただ、そこへ伸ばされた手がある。
届かなかった手。
それでも、もう一度伸ばされる手。
そして、その手を支える別の手がある。
戦いは続く。
死柄木の怒りが誰に向けられ、誰に何を残そうとしているのか。
その答えは、次の衝突の中で明らかになろうとしていた。