僕のヒーローアカデミア 原罪   作:神代シン

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第六十八話「勝利では、終われない」

一、勝利の条件

爆発が、戦場の空気を震わせた。

 

「デラウェア・スマッシュ!」

 

緑谷出久の拳が、死柄木弔の腕へ叩き込まれる。

 

衝撃が広がり、死柄木の身体が後退した。

 

しかし、死柄木はすぐに体勢を立て直す。

 

「まだ足りない!」

 

その腕が出久へ伸びる。

 

「分かってる!」

 

出久は黒鞭を放った。

 

一本は地面へ、一本は崩れた柱へ、もう一本は自分の身体を支えるために伸ばす。

 

黒鞭を引き、身体を斜め上へ逃がす。

 

死柄木の腕が空を切った。

 

その直後、爆豪勝己が側面から飛び込む。

 

「こっちだ!」

 

両掌から爆発。

 

爆豪は一発で押し切ろうとはしない。

 

小さな爆発を連続させ、死柄木の腕の動きをずらし、次の攻撃を出す方向を限定する。

 

「ちっ、反応が速ぇ!」

 

死柄木が腕を振るう。

 

爆豪は身体をひねり、爆発の反動で急上昇した。

 

その下を、出久が通過する。

 

「黒鞭!」

 

死柄木の脚へ絡みつく。

 

出久は引き倒そうとするのではなく、死柄木の重心をわずかに横へずらした。

 

そこへ爆豪が降下する。

 

「APショット!」

 

圧縮された爆発が死柄木の肩を捉えた。

 

死柄木の身体が傾く。

 

出久は、その隙を逃さず拳を構えた。

 

「スマッシュ!」

 

直撃。

 

瓦礫が跳ね上がる。

 

粉塵が広がった。

 

だが、その煙の中で死柄木の腕が動いた。

 

「……その程度で、終わると思うな」

 

危険察知。

 

出久は即座に黒鞭を解除した。

 

爆豪も爆発で距離を取る。

 

二人の間を、死柄木の攻撃が通過した。

 

地面が砕ける。

 

その亀裂は、さらに周囲へ広がっていく。

 

「また来るぞ!」

 

爆豪が叫んだ。

 

「うん!」

 

出久は浮遊で上昇する。

 

二人は崩壊した道路の上を越え、ロックロックが確保した足場へ移動した。

 

「緑谷! 爆豪!」

 

ロックロックの声が通信に入る。

 

「中央の固定箇所が限界だ! 次の攻撃が来たら持たない!」

 

「了解しました!」

 

「なら、次は東側へ誘導する! マニュアル、そっちの水は使えるか!」

 

『使えます! ただし、崩壊で水路が変わっている! 流れを作り直します!』

 

『バブルガール、東側の上空を確認! 落下物が多い!』

 

『こちらセンチピーダー! 救助対象の移送はほぼ完了しました! 戦闘区域の外側へ支援に戻ります!』

 

通信が次々と入る。

 

出久は、そのすべてを聞いていた。

 

戦場は、二人の戦闘だけでは成り立っていない。

 

ヒーローたちの支援がなければ、攻撃を続けることすら難しい。

 

「勝っちゃん」

 

「あ?」

 

「東側へ誘導する。ロックロックさんが確保できる場所を使って、攻撃の機会を作ろう」

 

「分かった。だが、無理に引きずり込むなよ」

 

「うん」

 

爆豪は死柄木を見た。

 

「こいつも、同じ手ばかり食うほど甘くねぇ」

 

「分かってる」

 

出久は拳を握った。

 

死柄木は、こちらを見ていた。

 

その表情には、疲労も苦痛もある。

 

それでも、戦意は消えていなかった。

 

「来い」

 

死柄木が言う。

 

「お前たちが何を守ろうと、俺は壊す」

 

出久は答えた。

 

「僕たちも、君を止める」

 

次の衝突が始まった。

 

二、戦場に残された声

「負傷者の移送、完了しました!」

 

センチピーダーの声が通信に届いた。

 

ロックロックは周囲を確認する。

 

「よし。次は崩落区域の確認だ! まだ取り残されている人間がいる可能性がある!」

 

「了解!」

 

マニュアルが水流を操作し、道路の粉塵を押し流す。

 

その水の動きに合わせ、バブルガールが泡を広げた。

 

落ちてくる小さな破片を包み込み、救助班の視界と進路を確保する。

 

「こちら、避難区域! 負傷者は医療班へ引き継ぎました!」

 

通信の向こうから、別のヒーローの声が聞こえる。

 

その直後、避難区域にいた人の声が混じった。

 

『この先は、もう通れないんですか』

 

『家族が、まだ向こうにいるんです』

 

『あの建物にいた人たちは、どうなったんですか』

 

避難を終えた人々の声だった。

 

誰もが、戦場の中心で何が起きているのかを知りたがっている。

 

しかし、すぐに答えられる人はいない。

 

救助された人の中には、無事に戻れた人もいる。

 

まだ所在が確認できない家族を探している人もいる。

 

自分の住んでいた場所が崩れ、帰る場所を失った人もいた。

 

そして、何をすればいいのか分からず、ただ待つしかない人もいる。

 

マニュアルは、水流を操る手を止めなかった。

 

「こちらから確認を続けます。まだ終わっていません」

 

その返答を聞き、ロックロックは一度だけ目を閉じた。

 

「……そうだ。まだ終わっちゃいない」

 

彼は、崩れた壁へ手を触れた。

 

「施錠!」

 

瓦礫が固定される。

 

その隙間を、救助班が通る。

 

バブルガールは泡を広げる。

 

センチピーダーは、さらに奥へ身体を伸ばした。

 

「もう少しです! こちらに手を!」

 

救助対象が、その身体につかまる。

 

センチピーダーは慎重に引き戻した。

 

その人を安全な場所へ運ぶと、すぐに次の場所へ向かう。

 

誰も、勝利のことを話していなかった。

 

今、目の前にある問題を解決する。

 

それが彼らの仕事だった。

 

三、理解と責任

「死柄木!」

 

出久が叫んだ。

 

死柄木は腕を振り上げる。

 

出久は黒鞭を伸ばし、その腕の軌道を逸らす。

 

爆豪がその隙に接近した。

 

「爆破!」

 

爆発が死柄木の側面を捉える。

 

死柄木の身体が傾く。

 

出久が追撃する。

 

「スマッシュ!」

 

拳が死柄木の胸元へ叩き込まれた。

 

死柄木は後退した。

 

しかし、すぐに腕を伸ばしてくる。

 

「何度でも言う」

 

死柄木が低い声で告げた。

 

「俺は、この世界を壊す」

 

「君がそう選んだことは分かっている」

 

「ならば、もう話すことはない」

 

「そうじゃない」

 

出久は拳を構えたまま答えた。

 

「君の過去を知ろうとしたことを、僕は取り消さない」

 

死柄木は目を細める。

 

「何?」

 

「君が何を経験して、何を失って、どうしてここまで来たのか。僕は知ろうとした。それは今でも変わらない」

 

「それで?」

 

「でも、そのことを理由に君の行為を見逃すつもりはない」

 

出久は、周囲の崩れた街を見た。

 

避難した人々。

 

傷ついた人々。

 

救助を待つ人々。

 

その一人ひとりに生活があり、思い出があり、守りたかったものがあった。

 

「君の過去を理解しようとすることは、君が傷つけた人たちの痛みを軽く扱うことじゃない」

 

「……」

 

「君が苦しかったことを聞くために、君によって苦しんだ人たちの声を黙らせるつもりはない」

 

死柄木は笑った。

 

「お前は、俺を理解したいと言いながら、結局は裁く」

 

「そうだ」

 

出久は答えた。

 

「君の行動を止める。君がしたことに責任があると考えているからだ」

 

「俺の人生は、俺のものだ」

 

「そうだよ」

 

「ならば、俺がどう生きるかも、俺が決める」

 

「そうだ」

 

出久は一歩踏み出す。

 

「でも、君が誰かの人生を壊したことまで、君の自由として終わらせることはできない」

 

死柄木の顔から、笑みが消えた。

 

「俺の怒りを、否定するのか」

 

「怒りがあったことは否定しない」

 

「ならば、なぜ止める」

 

「怒りを持つことと、その怒りで誰かを傷つけることは違うからだ!」

 

出久の声が響いた。

 

「君が世界を憎んだことも、君が何かを失ったことも、僕が勝手になかったことにはできない。でも、君の行動で傷ついた人たちのことも、なかったことにはできない!」

 

死柄木の腕が動く。

 

「綺麗事だ」

 

「そうかもしれない!」

 

出久は真正面から受け止めるように答えた。

 

「でも、僕はその両方を見ないふりしない!」

 

死柄木が踏み込んだ。

 

「ならば、見続けろ!」

 

腕が振り抜かれる。

 

出久は浮遊で回避する。

 

爆豪が横から爆発を放ち、死柄木の攻撃を逸らした。

 

「デク! 話は終わりだ!」

 

「うん!」

 

「こいつは、まだ壊す気だぞ!」

 

「分かってる!」

 

出久と爆豪は同時に動いた。

 

四、勝者の正義

爆豪の爆発が、死柄木の腕を弾く。

 

その隙に出久が黒鞭を伸ばした。

 

「黒鞭!」

 

死柄木の脚へ絡ませる。

 

爆豪は低い姿勢から接近する。

 

「爆破!」

 

地面すれすれで爆発を起こし、死柄木の足元を揺らした。

 

出久が黒鞭を引く。

 

死柄木の重心が傾く。

 

「今だ!」

 

爆豪が空中へ跳ぶ。

 

「徹甲弾!」

 

爆発が死柄木の防御を叩く。

 

出久は、そこへ拳を重ねた。

 

「スマッシュ!」

 

大きな衝撃が走った。

 

死柄木の身体が後方へ吹き飛ぶ。

 

瓦礫の山へぶつかり、周囲に粉塵が広がる。

 

爆豪が着地する。

 

「……当たったな」

 

「うん」

 

出久は、すぐに追撃しようとした。

 

だが、通信が入る。

 

『緑谷! 東側の建物が傾いている! 今の衝撃で支柱が損傷した!』

 

ロックロックの声だった。

 

出久は進路を変えた。

 

「すぐ向かいます!」

 

爆豪が舌打ちする。

 

「こっちは俺が見てる!」

 

「頼む!」

 

出久は浮遊で飛び上がり、黒鞭を伸ばす。

 

崩れかけた建物の外壁へ絡める。

 

しかし、支えきれない。

 

「ぐっ……!」

 

建物の重さが、出久の身体を引き下ろす。

 

その瞬間、ロックロックが現れた。

 

「緑谷、そこを離せ!」

 

「でも!」

 

「俺が固定する!」

 

ロックロックは支柱へ触れた。

 

「施錠!」

 

建物の一部が固定される。

 

出久は黒鞭を解除し、負荷を逃がした。

 

「ありがとうございます!」

 

「礼は後だ!」

 

ロックロックは、固定した部分の状態を確認する。

 

「長くは持たない! センチピーダー、避難を急がせろ!」

 

「了解!」

 

センチピーダーが建物の内部へ身体を伸ばす。

 

「こちらです! 急いでください!」

 

マニュアルが水流で粉塵を押し流す。

 

バブルガールが泡を広げ、落下物を包み込む。

 

出久は黒鞭を使って、避難者を外へ誘導した。

 

一人。

 

二人。

 

三人。

 

最後の人が外へ出た。

 

「全員、避難完了!」

 

センチピーダーの声が響いた。

 

ロックロックは固定を解除する前に、全員の位置を確認する。

 

「よし、離れろ!」

 

建物はゆっくりと崩れ落ちた。

 

出久は、崩れる様子を見つめていた。

 

死柄木を攻撃しても、戦場には別の危険が生まれる。

 

自分が勝てば、それで全員が救われるわけではない。

 

死柄木を倒した瞬間に、傷ついた人々の生活が元に戻るわけでもない。

 

爆豪が近づいてきた。

 

「デク」

 

「勝っちゃん」

 

「こいつは?」

 

「まだ動ける」

 

爆豪が遠くを見る。

 

死柄木は、瓦礫の向こうでゆっくりと立ち上がっていた。

 

「なら、次も来る」

 

「うん」

 

「だったら、余計なことを考えるなとは言わねぇ」

 

爆豪は掌を開いた。

 

「だが、今目の前にいる相手を忘れるな」

 

出久は頷いた。

 

「分かってる」

 

爆豪は続ける。

 

「俺たちが勝ったとしても、全部が終わるわけじゃない」

 

「……」

 

「だが、それを理由に勝つことを諦めるつもりもねぇ」

 

出久は爆豪を見た。

 

「うん。僕もそう思う」

 

「だったら行くぞ」

 

二人は、死柄木へ向き直った。

 

五、スピナーの選択

死柄木が、スピナーの方を見た。

 

「スピナー」

 

「何だ」

 

「お前は、まだ俺の怒りを覚えているか」

 

スピナーは即座に答えた。

 

「ああ」

 

「ならば、俺が何を壊そうとしたのかも覚えていろ」

 

「覚えている」

 

「俺が何を失ったのかも」

 

「……ああ」

 

「俺が何を許せなかったのかも」

 

スピナーは答えなかった。

 

彼は、死柄木の言葉を聞いていた。

 

その言葉には、忘れられたくないという願いがある。

 

自分の怒りが、何の意味もないものとして片づけられることを拒んでいる。

 

しかし、その怒りを残すために、誰かに破壊を続けさせる必要があるのだろうか。

 

「俺は、あんたのことを忘れない」

 

スピナーは言った。

 

「俺があんたを信じたことも、あんたが俺を受け入れたことも、忘れない」

 

死柄木は黙っている。

 

「でも、あんたの怒りを引き継ぐことが、あんたを忘れないことだとは思わない」

 

「……」

 

「俺は、あんたと同じように世界を憎むことで、あんたとの関係を証明するつもりはない」

 

スピナーは、自分の腕を握った。

 

「俺は自分の怒りを持っている。社会に拒絶されたことも、何もできなかったことも、忘れていない」

 

「ならば、壊せ」

 

死柄木が言う。

 

「お前も、壊したいものがあるはずだ」

 

スピナーは目を閉じた。

 

かつてなら、その言葉に頷いていたかもしれない。

 

自分の怒りを認めてくれる相手がいる。

 

自分の憎しみに意味を与えてくれる相手がいる。

 

そのことに、救われたような気持ちになっていた。

 

「俺は……」

 

スピナーは目を開いた。

 

「俺は、自分が何を壊したいのかだけを考えて生きたくない」

 

死柄木の表情が動く。

 

「何?」

 

「俺が何を守りたいのかも、自分で決める」

 

スピナーは、避難区域へ視線を向けた。

 

「今ここにいる人たちが、俺を許す必要はない。俺を認める必要もない。俺が助けたからって、俺の過去が消えるわけでもない」

 

「……」

 

「それでも、俺がここで助けると決めたことは、俺の選択だ」

 

彼は死柄木を見た。

 

「俺は、あんたの怒りを覚えている。だが、これからの俺が何をするかまで、あんたに決めさせない」

 

死柄木の指が動く。

 

「お前は、俺を置いていくのか」

 

その言葉は、先ほどまでの命令とは少し違っていた。

 

スピナーは、すぐには答えなかった。

 

「置いていくつもりはない」

 

「ならば――」

 

「だが、あんたの代わりに歩くつもりもない」

 

死柄木は黙った。

 

スピナーは、その沈黙を埋めようとしなかった。

 

理解されなくてもいい。

 

認められなくてもいい。

 

自分の選択は、自分で引き受ける。

 

それが、スピナーの答えだった。

 

六、破壊者の反撃

「話は終わりか」

 

死柄木が、二人の方を向いた。

 

出久と爆豪が構える。

 

「まだ終わってないよ」

 

出久が言う。

 

「ならば、続けろ」

 

死柄木が地面へ手をついた。

 

「今度は、逃げる場所を残さない」

 

崩壊が広がる。

 

先ほどまでのように、一方向へ広がるものではない。

 

複数の亀裂が、周囲の道路へ走っていく。

 

ロックロックが声を張り上げた。

 

「全員、後退! 固定区域から離れろ!」

 

マニュアルが水流を走らせる。

 

「東側の経路を確保します!」

 

バブルガールが泡を放つ。

 

「上空の破片、処理します!」

 

センチピーダーが避難区域へ戻る。

 

「負傷者の確認を続けます!」

 

死柄木は、破壊の広がる中で出久へ向かってきた。

 

「緑谷!」

 

「来る!」

 

出久は黒鞭を放つ。

 

死柄木の腕へ絡ませる。

 

しかし、死柄木はそのまま前へ進む。

 

「止まらない!」

 

出久は黒鞭を引く。

 

爆豪が側面から爆発を放つ。

 

「こっちだ!」

 

死柄木が振り向く。

 

爆豪は急上昇し、空中で旋回する。

 

「遅ぇ!」

 

爆発が死柄木の背後を襲う。

 

出久は、その瞬間に地面へ黒鞭を伸ばした。

 

死柄木の足元にある瓦礫を引き寄せる。

 

進路がわずかに狭まった。

 

「今だ!」

 

爆豪が再び加速する。

 

「徹甲弾!」

 

圧縮された爆発が死柄木の腕へ直撃する。

 

死柄木の腕が弾かれた。

 

出久が前へ出る。

 

「スマッシュ!」

 

死柄木の身体が大きく後退した。

 

だが、その反動を利用して、死柄木は逆に踏み込んできた。

 

「まだだ!」

 

腕が出久へ迫る。

 

出久は黒鞭を伸ばして後方へ飛ぶ。

 

しかし、死柄木の攻撃は追ってくる。

 

爆豪が間に入った。

 

「邪魔だ!」

 

爆発。

 

死柄木の腕が逸れる。

 

その衝撃で爆豪の身体も後方へ流された。

 

出久は黒鞭を伸ばし、爆豪を引き戻す。

 

「余計なことすんな!」

 

「今のは必要だった!」

 

「分かってる!」

 

二人が着地する。

 

死柄木は、まだ立っていた。

 

その身体には攻撃の痕跡が残っている。

 

しかし、戦いを終わらせるには至らない。

 

「お前たちは、俺を止めようとしている」

 

死柄木が言う。

 

「そうだ」

 

出久が答える。

 

「だが、お前たちが勝ったところで、何が残る?」

 

出久は答えなかった。

 

死柄木は続ける。

 

「俺が壊したものは戻らない。俺が傷つけた人間の痛みも消えない。お前たちが俺を倒したところで、それは変わらない」

 

「そうだね」

 

出久は認めた。

 

「僕たちが勝ったからといって、君のしたことがなかったことになるわけじゃない」

 

「ならば、その勝利に何の意味がある」

 

「これ以上、同じことが起きないようにするためだ」

 

「それだけか」

 

「それだけじゃない」

 

出久は、避難区域の方を見た。

 

「傷ついた人たちと向き合うこと。失われたものを、なかったことにしないこと。これから何ができるのか考えること」

 

死柄木は笑った。

 

「勝利の後に、そんなことができると思うのか」

 

「できるかどうかは分からない」

 

出久は答えた。

 

「でも、勝ったから終わりだとは思わない」

 

七、勝った側の責任

その時、通信が入った。

 

『緑谷、聞こえるか』

 

ロックロックだった。

 

「はい!」

 

『避難区域で、被害状況の確認が進んでいる。まだ連絡の取れない人がいる』

 

出久の顔が曇る。

 

『それから、負傷した人たちの中には、お前たちが勝てば全部元通りになると思っている人もいる』

 

「……」

 

『だが、そんなことはできない。だからこそ、戦いが終わった後のことを忘れるな』

 

「分かっています」

 

『分かっているだけじゃ足りない。勝った後に何をするかも、お前たちが考えることだ』

 

出久は拳を握った。

 

「はい」

 

通信が切れる。

 

爆豪は、黙って聞いていた。

 

「デク」

 

「うん」

 

「勝ったら終わり、なんて思ってねぇよな」

 

「思ってない」

 

「ならいい」

 

爆豪は死柄木を見る。

 

「だが、今は勝つ」

 

出久は頷いた。

 

「うん」

 

死柄木は二人を見ていた。

 

「お前たちは、勝利の後まで考えるのか」

 

「考えるよ」

 

出久は答えた。

 

「君を止めた後も、僕たちは生きていく。君が傷つけた人たちも、生きていく」

 

「俺がいなくなれば、すべて解決するとでも?」

 

「そんなことは思っていない」

 

出久はまっすぐに死柄木を見た。

 

「君を止めることは必要だ。でも、君を止めることだけで、すべてが解決したことにはしない」

 

「……」

 

「君の行為によって傷ついた人たちの声を聞く。戦えなかった人たちの声も聞く。僕たちが見落としていたものがあれば、それにも向き合う」

 

爆豪が続ける。

 

「勝った側が全部正しいなんて思うなよ。俺たちだって間違える。だから、勝った後も責任を取る」

 

「お前たちは、勝利を望んでいるのではないのか」

 

「望んでるさ」

 

爆豪は即答した。

 

「勝たなきゃ守れねぇものがある」

 

「ならば、その勝利は正義か」

 

「知らねぇよ」

 

爆豪は笑わなかった。

 

「俺は正義って言葉を盾にするつもりはねぇ。俺が守りたいものを守る。それだけだ」

 

出久は、爆豪の横に立った。

 

「僕も同じだ」

 

死柄木は、二人を見つめていた。

 

勝った側が正義を独占することはできない。

 

だが、勝利の意味まで否定する必要もない。

 

止めなければならない破壊がある。

 

その後に向き合わなければならない痛みがある。

 

両方を忘れずにいること。

 

それが、彼らの選ぼうとしている道だった。

 

八、最後の連携

死柄木が、両腕を広げた。

 

「ならば、勝ってみろ」

 

彼の足元で、地面が揺れる。

 

広がった亀裂が、道路の端まで走っていく。

 

出久は危険察知を働かせた。

 

複数の危険が同時に迫っている。

 

正面。

 

右側。

 

後方。

 

そして、足元。

 

「勝っちゃん!」

 

「分かってる!」

 

爆豪は爆発で上昇した。

 

出久は浮遊で高度を確保する。

 

死柄木の腕が伸びる。

 

二人は左右へ散った。

 

「ロックロックさん、東側の足場は!」

 

『まだ使える! だが、一度しか持たない!』

 

「それで十分です!」

 

出久は黒鞭を伸ばす。

 

一本目を死柄木の腕へ。

 

二本目を地面へ。

 

三本目を爆豪の進路へ。

 

爆豪は黒鞭の動きを見て、軌道を変えた。

 

「行くぞ!」

 

爆発。

 

死柄木が爆豪へ向き直る。

 

その隙に、出久が黒鞭を引く。

 

死柄木の腕が横へ逸れる。

 

「今だ!」

 

ロックロックが東側の足場へ手を触れた。

 

「施錠!」

 

マニュアルが水流で粉塵を押し流す。

 

バブルガールが泡を広げ、落下物を包み込む。

 

センチピーダーは避難区域の安全を確認し、支援位置へ移動した。

 

「周辺に救助対象なし! 戦闘支援に入れます!」

 

「よし!」

 

出久は空中で身体をひねる。

 

爆豪は上昇から急降下へ切り替えた。

 

「デク!」

 

「うん!」

 

死柄木は二人の攻撃を同時に防ごうとする。

 

しかし、二人の狙いは別だった。

 

爆豪は死柄木の腕を上へ押し上げる。

 

出久はその下を通り抜ける。

 

黒鞭を放ち、死柄木の身体をわずかに引き寄せる。

 

「これで!」

 

出久の拳が迫る。

 

「スマッシュ!」

 

その拳は、死柄木の防御へぶつかった。

 

衝撃が広がる。

 

死柄木の身体が揺れる。

 

爆豪が側面から爆発を重ねる。

 

「押し切れ!」

 

二人の攻撃が重なった。

 

死柄木は後退する。

 

その足元が崩れた。

 

一瞬、身体が沈む。

 

出久は、そこへ踏み込んだ。

 

しかし、拳を放つ直前、死柄木の腕が動いた。

 

「――!」

 

出久の危険察知が反応する。

 

死柄木の腕が、出久ではなく、その後方へ伸びていた。

 

崩壊が、ロックロックたちの足元へ向かう。

 

「危ない!」

 

出久は攻撃の軌道を変えた。

 

黒鞭を伸ばし、ロックロックたちのいる場所から身体を引き離す。

 

爆豪が、死柄木の攻撃を逸らすために爆発を放った。

 

「こっちを見ろ!」

 

死柄木の腕が揺れる。

 

ロックロックは、崩れ始めた地面へ手を触れた。

 

「施錠!」

 

一部を固定する。

 

しかし、周囲から崩壊が広がる。

 

「持たない!」

 

マニュアルが水流を広げた。

 

バブルガールが泡を展開する。

 

センチピーダーが周辺の安全を確認する。

 

全員が動く。

 

出久は、攻撃を中断して彼らを守ることを選んだ。

 

爆豪も同じだった。

 

死柄木は、その判断を見ていた。

 

「また、攻撃を捨てるのか」

 

出久は答えた。

 

「捨てたんじゃない!」

 

黒鞭が伸びる。

 

「今、守る必要があるものを守っているんだ!」

 

死柄木は笑った。

 

「ならば、俺が何度でも選ばせてやる!」

 

彼の腕が、再び動いた。

 

九、勝利では終われない理由

戦いの音が、少しだけ遠のいた。

 

出久と爆豪は距離を取った。

 

死柄木は、まだ立っている。

 

ロックロックたちは、損傷した足場を確認していた。

 

マニュアルは水流を維持し、バブルガールは残った破片を包み込む。

 

センチピーダーは、救助区域へ向かった。

 

スピナーは、少し離れた場所で、死柄木を見つめていた。

 

「スピナー」

 

死柄木が呼ぶ。

 

「何だ」

 

「お前は、俺の怒りを覚えていると言った」

 

「ああ」

 

「俺が世界を壊そうとした理由も、覚えているか」

 

「覚えている」

 

「ならば、俺のことをどう思う」

 

スピナーは、すぐには答えなかった。

 

「俺は、あんたのことを仲間だと思っている」

 

死柄木は目を細める。

 

「それだけか」

 

「それだけじゃない」

 

スピナーは、まっすぐに答えた。

 

「俺はあんたがしたことを、全部正しいとは思わない。あんたの行為で傷ついた人たちがいる。それも知っている」

 

「……」

 

「それでも、あんたが俺を受け入れてくれたことまで、嘘にしたくない」

 

スピナーは拳を握る。

 

「俺はあんたに救われたと思った。だから、あんたを信じた。あの時の自分は、間違いじゃなかったと思っている」

 

「ならば、最後まで俺を信じろ」

 

「俺は、今もあんたのことを信じたいと思っている」

 

スピナーは続けた。

 

「でも、それはあんたが何をしても許すという意味じゃない」

 

死柄木の腕が、わずかに下がった。

 

「俺は、あんたの未来を決めることはできない」

 

スピナーは言った。

 

「だけど、あんたが他人の未来を奪うことまで、見過ごすつもりもない」

 

「お前まで、俺を止めるのか」

 

「そうする時が来たなら、俺はそうする」

 

スピナーは視線を逸らさない。

 

「俺が何を選ぶかは、俺が決める」

 

死柄木は答えなかった。

 

出久は、そのやり取りを聞いていた。

 

スピナーが死柄木を完全に見捨てたわけではない。

 

だが、彼の選択をすべて肯定するわけでもない。

 

その間にある気持ちは、簡単な言葉では整理できない。

 

「死柄木」

 

出久が声を上げた。

 

「君を止めた後も、君が傷つけた人たちのことは残る」

 

死柄木が出久を見る。

 

「勝ったところで、すべてが解決するわけじゃない」

 

「ならば、戦う意味はない」

 

「違う」

 

出久は一歩前へ出た。

 

「これ以上、傷つく人を増やさないために戦うんだ」

 

「……」

 

「君を止めることは、君がしたことを消すためじゃない。これから先に起きる破壊を止めるためだ」

 

出久は拳を握る。

 

「そして、戦いが終わった後に、君の行為で傷ついた人たちと向き合う。僕たちが見落としてきたことがあれば、それにも向き合う」

 

死柄木は、静かに笑った。

 

「お前たちは、勝利の後にまで責任を背負うのか」

 

「背負うという言葉だけでは足りない」

 

出久は答えた。

 

「行動するよ。誰かに責任を押しつけずに」

 

爆豪が横に並ぶ。

 

「だが、今はてめぇを止める」

 

「そうだね」

 

死柄木は、ゆっくりと両腕を広げた。

 

「ならば、最後までやれ」

 

十、決着の手前

死柄木の身体から、再び力が膨れ上がる。

 

出久は危険察知を最大限に働かせた。

 

全方位から危険が迫る。

 

爆豪は両手を構え、爆発の準備をする。

 

「デク」

 

「うん」

 

「次の一撃で、全部決まるとは思うな」

 

「分かってる」

 

「だが、決めるつもりで行く」

 

「うん!」

 

二人は同時に駆け出した。

 

爆豪が先行する。

 

小さな爆発を連続させ、死柄木の視線を引きつける。

 

死柄木が腕を振るう。

 

爆豪は爆発で軌道を変え、攻撃をかわす。

 

「遅ぇ!」

 

爆発が死柄木の側面を捉える。

 

出久は黒鞭を伸ばす。

 

死柄木の腕へ絡みつく。

 

さらに浮遊で上昇し、上方から身体を引き込む。

 

死柄木が腕を振り回す。

 

黒鞭が軋む。

 

出久は一本を解除し、別の支点へ繋ぎ直した。

 

その間に爆豪が攻撃を重ねる。

 

「徹甲弾!」

 

圧縮された爆発が死柄木の防御を揺らす。

 

出久が降下する。

 

「デトロイト・スマッシュ!」

 

拳が死柄木の身体へ叩き込まれた。

 

衝撃が広がる。

 

死柄木の足が地面から離れる。

 

その身体が、後方の瓦礫へ押し込まれた。

 

「今だ!」

 

爆豪が追撃する。

 

爆発が続く。

 

出久も拳を構え直す。

 

だが、死柄木はその中で腕を動かした。

 

彼の手が、出久の腕をつかむ。

 

「捕まえた」

 

出久の危険察知が警告する。

 

「っ!」

 

死柄木は、そのまま出久を引き寄せようとした。

 

爆豪が横から爆発を放つ。

 

「離せ!」

 

死柄木の腕が揺れる。

 

出久は黒鞭を地面へ伸ばし、身体を引き戻す。

 

しかし、死柄木は離さない。

 

「お前は、まだ俺に手を伸ばすのか」

 

「伸ばすよ!」

 

出久は、死柄木の腕を押し返す。

 

「君を止めるために!」

 

「俺を救うためではなく?」

 

「それだけじゃない!」

 

「俺を理解するためでもなく?」

 

「理解したい気持ちもある!」

 

出久は声を張り上げた。

 

「でも、君のしたことを見逃さないために、僕は君を止める!」

 

死柄木の目が見開かれる。

 

「君が傷つけた人たちのために! これ以上、誰かの未来を奪わせないために!」

 

爆豪の爆発が、死柄木の腕を弾いた。

 

出久は、ようやく拘束から抜け出す。

 

二人が距離を取る。

 

死柄木は、瓦礫の中で立ち上がった。

 

その身体は確かに傷ついている。

 

しかし、まだ戦える。

 

まだ、破壊を続けようとしている。

 

「……いいだろう」

 

死柄木の声が響く。

 

「お前たちが何を守ろうとしているのか、最後まで見せてみろ」

 

出久は拳を握った。

 

爆豪は隣に立つ。

 

スピナーは遠くから、その姿を見つめていた。

 

ロックロックたちは、周囲の安全を確かめる。

 

マニュアルが水流を調整する。

 

バブルガールが泡を広げる。

 

センチピーダーが最後の救助を終える。

 

誰もが、次の瞬間に備えていた。

 

勝利は近づいているのかもしれない。

 

しかし、その勝利がすべてを解決するわけではない。

 

死柄木を止めること。

 

彼によって傷ついた人々の声を聞くこと。

 

戦場に立てなかった人々の存在を忘れないこと。

 

そのすべてが、彼らに残された課題だった。

 

出久は、死柄木から目を逸らさなかった。

 

「次で終わらせる」

 

爆豪が隣で言う。

 

「終わらせるんじゃねぇ。止めるんだ」

 

「……そうだね」

 

「俺たちが勝っても、終わらねぇことはある」

 

爆豪は掌を握る。

 

「だが、勝たなきゃ始まらねぇこともある」

 

出久は頷いた。

 

「うん」

 

二人は前へ出る。

 

死柄木もまた、二人を迎え撃った。

 

その瞬間、戦場全体が大きく揺れた。

 

決着は、すぐそこまで迫っていた。

 

だが、その勝利を誰か一人の正義として終わらせることはできない。

 

誰かの痛みを消すこともできない。

 

それでも、これ以上の破壊を止めるために、彼らは戦う。

 

勝利では、終われない。

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