一、崩壊の果て
轟音が響いた。
地面が砕け、巨大な亀裂が走る。
「全員、退避!」
ロックロックの声が、通信を通じて戦場へ響き渡った。
「東側の足場が持たない! マニュアル、避難路を確保しろ!」
「了解!」
マニュアルが両手を広げる。
周囲に広がっていた水が、一斉に動き出した。
水流は崩れた道路の粉塵を押し流し、避難する人々の進路を確保する。さらに、瓦礫の隙間に溜まった水を操作して、移動を妨げる破片を脇へ押し流した。
「バブルガール!」
「はい!」
大量の泡が空中へ広がる。
落下してくる瓦礫を包み込み、破片が人々のいる区域へ飛散するのを防ぐ。
「センチピーダー! 負傷者を!」
「こちらです! 私につかまってください!」
センチピーダーが長い身体を伸ばし、負傷者を抱えて安全区域へ運ぶ。
しかし、崩壊は止まらない。
「くっ……!」
ロックロックが倒れかけた柱へ手を触れた。
「施錠!」
固定された柱が、周囲の崩壊からわずかに持ちこたえる。
だが、彼の個性で固定できるのは、触れた対象だけだ。
崩れていく周囲すべてを止めることはできない。
「固定できる場所が限られている! 今のうちに全員を出せ!」
「こちら救助班! 最後の負傷者を確認しました!」
「移送を急げ!」
その中心に、死柄木弔が立っていた。
彼は、ゆっくりと手を持ち上げる。
指先が地面へ触れる。
崩壊が広がる。
道路が砕け、建物の外壁が剥がれ落ちる。
そして、その破壊が出久たちのいる方向へ向かっていった。
「来る!」
出久が叫んだ。
浮遊を発動。
爆豪も爆発で上昇する。
二人の足元を、崩壊が通り過ぎた。
「いつまで続けるつもりだ、死柄木!」
爆豪が叫ぶ。
「お前たちが止まるまでだ」
死柄木が答える。
「なら、止まらねぇよ!」
爆豪が突っ込む。
両掌から連続爆発。
一発目で死柄木の視線を引きつけ、二発目で攻撃の軌道を変える。さらに爆発の反動を利用して上昇し、死柄木の側面へ回り込んだ。
「爆破!」
死柄木の腕が弾かれる。
その隙に出久が黒鞭を放った。
「黒鞭!」
一本は死柄木の腕へ。
もう一本は足元へ。
残った一本を固定された瓦礫へ伸ばし、死柄木の動きを制限する。
「今だ、勝っちゃん!」
「分かってる!」
爆豪は急降下する。
「APショット!」
圧縮された爆発が死柄木の肩へ直撃した。
出久はその衝撃に合わせて踏み込む。
「デトロイト・スマッシュ!」
拳が死柄木の胸元へ叩き込まれた。
強烈な衝撃。
死柄木の身体が後方へ押し返される。
だが、倒れない。
彼は地面へ腕を伸ばした。
危険察知。
「離れて!」
出久が叫ぶ。
爆豪が爆発で距離を取る。
出久も黒鞭を解除し、空中へ逃れた。
次の瞬間、足元の地面が崩壊する。
「ちっ!」
爆豪が着地する。
「今の攻撃でも止まらねぇか!」
出久は死柄木を見つめた。
彼の身体には、確かに攻撃が届いている。
動きにも、わずかな遅れが生まれていた。
しかし、死柄木の破壊は続いている。
一度攻撃を当てるだけでは足りない。
決着をつけるためには、死柄木の攻撃を止め、周囲の被害を抑え、彼自身の身体を制圧しなければならなかった。
「勝っちゃん!」
「あ?」
「次は、死柄木の腕を地面から離した状態で固定したい!」
「できんのか?」
「一瞬なら!」
「なら、その一瞬を作る!」
爆豪が掌を構える。
出久は頷いた。
二人は同時に走り出した。
二、最後の作戦
『緑谷、爆豪! 聞こえるか!』
通信からロックロックの声が響く。
「聞こえています!」
『こっちも限界が近い! 固定できる場所が減っている! 次の攻撃で決めるつもりなら、足場を無駄にするな!』
「分かりました!」
『マニュアル! 水流の準備はできているか!』
『いつでも動かせます!』
『バブルガール!』
『泡は展開できます!』
『センチピーダー!』
『救助対象は安全区域へ移送しました! 戦闘支援に入れます!』
ロックロックは、周囲の地形を見渡した。
崩れた道路。
折れた街灯。
固定できる瓦礫の一部。
今残されている足場はわずかだった。
「よし。緑谷、爆豪! 南側へ誘導しろ!」
「南側?」
『あそこなら、固定できる柱がまだ残っている! 長くは持たないが、攻撃の一瞬なら使える!』
出久は地形を確認した。
南側には、半壊した建物の外壁と、崩落を免れた道路の一部が残っている。
その場所へ死柄木を誘導できれば、周囲への被害を抑えた状態で攻撃を集中させられる。
「勝っちゃん、誘導する!」
「分かった!」
「僕が正面から注意を引く。勝っちゃんは右側から押し返して!」
「お前はどうする!」
「黒鞭で腕を制限する!」
爆豪は笑った。
「よし!」
出久は空中へ跳ぶ。
浮遊。
黒鞭を伸ばす。
死柄木の腕へ絡みつけようとするが、死柄木はそれを予測していた。
「同じ手だ」
腕を振るう。
出久は急旋回して回避した。
その瞬間、爆豪が右側から突っ込んだ。
「同じに見えてんのかよ!」
爆発。
死柄木の身体が揺れる。
出久は低い位置へ移動し、脚へ黒鞭を伸ばした。
死柄木の重心が傾く。
「まだだ!」
死柄木は腕を振り回す。
爆豪は上昇して回避。
出久は黒鞭を解除し、地面へ固定していた別の一本で身体を引き上げる。
死柄木の攻撃が、二人の間を通過した。
「南だ!」
爆豪が叫ぶ。
二人は、死柄木を誘導するように動いた。
その先では、ロックロックたちが準備を進めていた。
「施錠!」
ロックロックが、残された柱の一部を固定する。
マニュアルは水流を道路の端へ流し、粉塵を押し流した。
「視界を確保します!」
バブルガールは上空へ泡を広げ、落下物を処理する。
センチピーダーは、戦闘区域に人が残っていないことを確認した。
「南側、避難完了!」
「よし!」
ロックロックは拳を握った。
「いつでも来い!」
出久は死柄木の前へ出た。
「ここで止める!」
死柄木は笑った。
「お前たちは、まだ俺の破壊を止められると思っているのか」
「止めるよ」
出久は答えた。
「僕ひとりじゃない。みんなと一緒に!」
三、爆豪勝己の一撃
死柄木の腕が伸びた。
出久は黒鞭を使って上昇する。
その身体を狙って、別の腕が迫る。
「危ない!」
危険察知。
出久は身体をひねった。
その直後、爆豪の爆発が腕の側面を撃ち抜く。
「デク! 前だけ見てろ!」
「ありがとう!」
「礼は後だ!」
爆豪は死柄木の正面へ回り込んだ。
「今度はこっちだ!」
両掌から連続爆発。
爆発は死柄木の腕だけを狙うのではなく、相手の姿勢を変えるように放たれていた。
死柄木が左へ動けば、右側から爆発を放つ。
右へ避ければ、今度は上から降下する。
死柄木は腕を広げ、爆豪の進路を塞いだ。
「鬱陶しい!」
「だったら、もっと鬱陶しくしてやるよ!」
爆豪は両手を大きく開いた。
爆発が連続して炸裂する。
その反動で身体が急旋回した。
死柄木の腕が空を切る。
爆豪は、そのまま死柄木の正面へ戻った。
「こっちを見ろ!」
強烈な爆発。
死柄木の身体が揺れる。
その瞬間、出久の黒鞭が腕へ絡んだ。
「今だ!」
出久は黒鞭を複数の支点へ伸ばした。
固定された柱。
道路の残骸。
そして爆豪の進路。
黒鞭を引く。
死柄木の両腕が、わずかに外へ開いた。
「勝っちゃん!」
「終わらせる!」
爆豪は両手を構えた。
圧縮した爆発を一点へ集中させる。
その攻撃は、死柄木を無差別に吹き飛ばすためではない。
腕の動きを一瞬だけ止め、出久が次の攻撃へ移る時間を作るためだった。
「喰らえ!」
爆発。
死柄木の身体が後退した。
同時に、固定された柱が軋む。
「ロックロック!」
出久が叫ぶ。
「あと数秒だ!」
『分かってる! それ以上は持たない!』
爆豪は着地した。
掌から煙が上がる。
それでも、彼は笑っていた。
「デク! 今だ!」
出久は死柄木へ向かった。
四、伸ばした手の先
「死柄木!」
出久が叫ぶ。
死柄木は、出久を見た。
腕を上げる。
しかし、先ほどまでのような勢いはない。
出久は黒鞭を伸ばした。
死柄木の腕へ絡める。
続いて、もう一本。
今度は地面ではなく、自分の身体へ巻きつける。
浮遊で上昇しながら、黒鞭を引く。
死柄木の腕が、わずかに持ち上がった。
「ぐっ……!」
死柄木が力を込める。
黒鞭が軋む。
「まだだ!」
出久は踏ん張った。
そこへ爆豪が突っ込む。
「俺が押さえる!」
爆発。
死柄木の腕が、さらに上へ押し上げられる。
出久は黒鞭を引き直す。
その瞬間、死柄木のもう片方の手が地面へ向かった。
危険察知。
「させない!」
出久は黒鞭を一本解除し、死柄木の手首へ伸ばす。
しかし、間に合わない。
死柄木の指先が地面へ近づく。
「死柄木!」
出久は手を伸ばした。
黒鞭が、あと少し届かない。
爆豪が爆発を放つ。
死柄木の腕が揺れる。
だが、指先はなお地面へ向かっていた。
「触れるな!」
出久の声が響いた。
その瞬間。
死柄木の手が止まった。
ほんのわずかに。
地面へ触れる寸前で。
死柄木は、自分の指を見ていた。
その先には、崩れた道路がある。
道路の向こうには、まだ避難を終えた人々のいる区域があった。
そこに、家族を探している人がいる。
助けを待つ人がいる。
失われたものを数えきれず、ただ立ち尽くしている人がいる。
死柄木の指が、ゆっくりと震える。
「……どうした」
爆豪が警戒を緩めずに言う。
死柄木は答えない。
出久も、手を伸ばしたままだった。
「君が決めることだ」
出久は言った。
死柄木の視線が動く。
「何?」
「僕が君の結末を決めることはできない」
出久は続ける。
「君が破壊を選んだことも、君が今ここで何をするかも、僕が代わりに決めることはできない」
死柄木の指先が、地面から離れていく。
「だが、君の選択で傷ついた人たちがいる」
出久は死柄木を見つめた。
「君が何を選んだとしても、その人たちの痛みは消えない」
「……」
「僕は君に、許されろとは言わない。救われたと思えとも言わない」
出久の手が、わずかに下がった。
「ただ、自分が選んだことから逃げないでほしい」
死柄木は、指先を見た。
地面には、まだ触れていない。
今なら、もう一度手を伸ばすこともできる。
破壊を再開することもできる。
それを誰かが完全に奪うことはできない。
だからこそ、最後に残った選択は死柄木自身のものだった。
「……俺は」
死柄木の声が、わずかに掠れた。
「俺は、世界を壊すことを選んだ」
「そうだね」
「誰かに命令されたわけじゃない」
「うん」
「誰かに操られたわけでもない」
死柄木は、出久を見た。
「俺が決めた」
出久は頷いた。
「だから、俺の責任だ」
その言葉とともに、死柄木は手を下ろした。
地面には触れなかった。
破壊は、そこで止まった。
五、最後の抵抗
しかし、死柄木は降伏したわけではなかった。
「……まだ終わったと思うな」
死柄木は腕を持ち上げる。
その身体に、再び力が集まる。
「死柄木!」
出久が叫ぶ。
「俺は、簡単に止まるつもりはない」
「分かってる!」
「俺の怒りは消えない」
「消さなくていい!」
出久は即答した。
「君が何に怒っていたのかまで、僕が消すつもりはない!」
「ならば、俺は戦う!」
死柄木が踏み込む。
出久と爆豪は、同時に動いた。
「来いよ!」
爆豪が爆発を放つ。
死柄木の腕が爆豪を襲う。
爆豪は上昇して回避した。
「デク!」
「うん!」
出久は黒鞭を伸ばす。
死柄木の腕を拘束する。
もう一方の腕へ、爆豪の爆発が直撃する。
死柄木は体勢を崩した。
しかし、まだ出久へ向かってくる。
出久は正面から受け止めた。
腕と拳がぶつかる。
「君が何をしたのか、僕は忘れない!」
出久が叫ぶ。
「君が何を失ったのかも、なかったことにしない!」
黒鞭が死柄木の腕へ絡む。
「でも、これ以上は進ませない!」
爆豪が、死柄木の側面へ回り込む。
「俺もだ!」
爆発。
死柄木の腕が弾かれる。
出久が踏み込む。
「スマッシュ!」
死柄木の身体が大きく後退した。
その背後では、ロックロックが固定した瓦礫を解除し、別の安全な場所へ移動していた。
マニュアルが水流で足場を確保する。
バブルガールが泡を広げる。
センチピーダーが周辺の安全を確認する。
そして、スピナーが動いた。
彼は戦闘区域の外側から、死柄木の進路を見ていた。
「死柄木!」
声が響く。
死柄木が振り向く。
「何だ」
「俺は、あんたの仲間だった!」
スピナーは拳を握った。
「今も、あんたを仲間だと思っている!」
死柄木は答えない。
「俺は、あんたを信じていた自分を否定しない!」
スピナーは一歩前へ出る。
「でも、あんたの破壊を肯定するために、ここにいるわけじゃない!」
「……」
「俺は俺の意志で動く!」
スピナーの身体が動く。
崩れた瓦礫を押し上げ、避難区域へ流れ込む破片を防ぐ。
「俺は、あんたの怒りを忘れない!」
スピナーの声が響く。
「でも、それを誰かに引き継がせるために生きるつもりもない!」
死柄木は、彼を見つめていた。
その目には、怒りが残っている。
しかし、スピナーの言葉を聞き流すこともできなかった。
「……好きにしろ」
死柄木が言った。
スピナーは答えた。
「ああ。そうする」
六、決着
出久と爆豪は、もう一度死柄木を挟み込むように動いた。
出久は浮遊で空中へ上がる。
黒鞭を伸ばし、死柄木の腕と脚を拘束する。
爆豪は爆発で加速し、死柄木の正面を取った。
「こっちだ!」
爆発。
死柄木が腕を上げる。
その隙に、出久の黒鞭が絡みつく。
「今だ!」
爆豪がさらに加速した。
「爆破!」
爆発の衝撃で、死柄木の身体が後退する。
出久は黒鞭を引いた。
死柄木の体勢が崩れる。
「これで!」
出久は拳を構えた。
しかし、今度の一撃は、ただ倒すためのものではなかった。
死柄木が再び破壊を広げられないように、彼の動きを止めるための一撃。
爆豪が爆発で死柄木の腕を押さえる。
ロックロックが残された足場を固定する。
マニュアルが水流で視界を確保する。
バブルガールが落下物を包み込む。
センチピーダーが周辺の安全を確認する。
スピナーは、自分の判断で避難経路を支えていた。
それぞれの力が、一つの瞬間に集まった。
出久が拳を放つ。
「デトロイト・スマッシュ!」
衝撃が広がる。
死柄木の身体が地面へ倒れ込んだ。
爆豪がすぐさま距離を詰める。
「まだ動くな!」
掌の爆発を制御し、死柄木の腕の動きを封じる。
出久は黒鞭を伸ばし、身体を拘束する。
死柄木は起き上がろうとした。
しかし、腕が動かない。
「……まだだ」
死柄木は呟く。
「俺は、まだ――」
「動かないで!」
出久が叫ぶ。
死柄木は、出久を見上げた。
「お前は、俺を救うつもりか」
「君の結末を、僕が決めるつもりはない」
「ならば、なぜ止める」
「これ以上、誰かを傷つけさせないためだ」
「……」
「君がしたことは、君の責任だ」
出久は黒鞭を強く引いた。
「僕は、その責任をなかったことにはしない」
爆豪が隣に立つ。
「こいつは俺たちが止めた」
死柄木は、二人を見つめていた。
そして、ゆっくりと目を閉じる。
「……そうか」
その声は、先ほどまでのような怒りに満ちたものではなかった。
だが、許しを求めているわけでもない。
救いを受け入れたわけでもない。
ただ、自分が選んだ破壊を、これ以上続けられないという現実を受け止めようとしていた。
出久は息を吐いた。
戦闘は、終わった。
七、倒れた者の責任
「緑谷!」
ロックロックが駆け寄ってくる。
「状態を確認する!」
「お願いします!」
マニュアルが周囲の水を操り、粉塵を押し流す。
バブルガールが泡を展開し、残った破片の飛散を防ぐ。
センチピーダーが負傷者の確認を続ける。
「救助対象の確認に入ります!」
爆豪は、まだ死柄木から目を離していなかった。
出久も同じだ。
死柄木の両腕は拘束されている。
だが、彼の意志まで拘束されたわけではない。
「死柄木」
出久が呼んだ。
死柄木は目を開く。
「何だ」
「君がしたことを、僕たちは忘れない」
「勝手にしろ」
「君によって傷ついた人たちがいる」
「知っている」
「君を許せない人たちもいる」
「それでいい」
出久は一瞬、言葉に詰まった。
「君は……それでいいの?」
「俺が選んだ」
死柄木は答えた。
「俺が壊した。俺が傷つけた。俺がそうした」
「……」
「誰かのせいにするつもりはない」
出久は、彼の言葉を聞いていた。
死柄木は、自分の行為の責任を認めている。
しかし、それだけで全てが解決するわけではない。
責任を認めたからといって、被害が消えるわけではない。
傷ついた人たちが、彼を許さなければならないわけでもない。
「それでも、君を許せない人たちはいる」
出久は言った。
「分かっている」
「君が何を考えていたのか、知ろうとしない人もいるかもしれない」
「それでいい」
「君がこれからどうなるのか、僕には決められない」
死柄木は、出久を見た。
「お前は、まだ俺に手を伸ばすのか」
出久は少し考えた。
そして答えた。
「手を伸ばすことと、君の人生を僕が決めることは違う」
死柄木は答えなかった。
出久は続ける。
「僕は君を止めた。これから先、君がどう向き合うのかは、君自身が選ぶことだ」
「……」
「でも、君がしたことから逃げないでほしい」
その時、スピナーが近づいてきた。
ロックロックが警戒する。
「止まれ」
「分かってる」
スピナーは、死柄木の前で立ち止まった。
「死柄木」
「何だ」
「俺は、あんたの仲間だった」
「ああ」
「これからも、あんたとのことを忘れない」
「……」
「でも、あんたの代わりに何かをするつもりはない」
スピナーは拳を握った。
「俺は俺の人生を生きる」
死柄木は、少しだけ目を細めた。
「好きにしろ」
「そうする」
スピナーは答えた。
「俺は、あんたが俺を仲間にしてくれたことを忘れない。だが、あんたのしたことを全部正しいとは言わない」
死柄木は何も答えなかった。
スピナーは、それ以上言葉を重ねなかった。
今の彼に必要なのは、死柄木から認めてもらうことではない。
自分の過去を否定しないまま、これからを自分で選ぶことだった。
八、勝利の後に残るもの
「戦闘区域の安全確認を!」
ロックロックが通信を開く。
「全員、負傷者の確認を優先しろ!」
「了解!」
「救助班は東側へ!」
「西側の避難区域も確認します!」
「医療班との連絡を継続!」
ヒーローたちは動き出した。
誰も歓声を上げなかった。
誰も勝利を祝わなかった。
そこには、まだ助けを待っている人々がいる。
安否が分からない家族を探している人がいる。
帰る場所を失った人がいる。
そして、戦場に立つことすらできなかった人たちの声も残っている。
出久は、崩れた道路を見つめた。
「……勝ったんだよね」
爆豪は答える。
「死柄木は止めた」
「うん」
「だが、終わったわけじゃねぇ」
「分かってる」
出久は、周囲を見た。
そこには、戦いの前と同じ形で戻ってくるものは何もなかった。
壊れた建物。
崩れた道路。
負傷した人々。
失われた生活。
そして、取り戻せない時間。
「僕たちは、これから何をすればいいんだろう」
出久は呟いた。
爆豪はすぐには答えなかった。
やがて、短く言う。
「まずは目の前の人間を助ける」
「……うん」
「その後は、その時考える」
「そうだね」
爆豪は出久の肩を軽く叩いた。
「勝ったからって、全部分かった顔をするなよ」
「しないよ」
「ならいい」
少し離れた場所で、マニュアルが負傷者を医療班へ引き継いでいた。
バブルガールは、避難区域にいる人々の不安を少しでも和らげようと、泡を使って周囲の安全を確保している。
センチピーダーは、最後の救助対象を確認していた。
ロックロックは、まだ固定が必要な建物を探している。
スピナーは、拘束されたまま死柄木のいる場所を見ていた。
誰も、すぐには答えを出せない。
それでも、動き始めている。
出久は死柄木へ視線を戻した。
死柄木は、静かに横たわっていた。
彼の怒りは消えていない。
出久が死柄木を理解しようとしたことも、死柄木の罪を消す理由にはならない。
スピナーが死柄木を信じていたことも、死柄木の破壊を正当化するものではない。
爆豪が出久と戦ったことも、彼がすべての責任を引き受けるという意味ではない。
それぞれが、自分の選択を持っている。
そして、その選択によって生まれた結果と向き合う必要がある。
「勝った側が正しいとは限らない」
出久が呟いた。
爆豪が横目で見る。
「何だ」
「僕たちが勝ったからって、僕たちのやってきたことが全部正しかったことにはならない」
「分かってる」
爆豪は答えた。
「だから、勝った後も考えるんだろ」
「うん」
「だったら、考えろ。俺も考える」
出久は頷いた。
勝利を祝うのは、まだ先だった。
いや、祝うことさえできないかもしれない。
それでも、彼らにはやるべきことが残っている。
傷ついた人たちを助けること。
家族を探す人たちを支えること。
失われたものを、なかったことにしないこと。
そして、戦後の社会をどう作り直していくのかを考えること。
死柄木を止めたことは、その始まりに過ぎなかった。
九、最後に残った選択
夕暮れが、崩れた街を照らしていた。
出久は、死柄木のそばに立っていた。
爆豪は少し離れた場所で、警戒を続けている。
スピナーはロックロックの監視下にあった。
死柄木が、ゆっくりと目を開く。
「緑谷」
「何?」
「俺を止めたことを、正しいと思うか」
出久は、すぐには答えなかった。
「今、君の破壊を止める必要があった」
「正しさの話ではない」
「……そうだね」
出久は死柄木を見た。
「僕は、自分が正しいと証明するために戦ったわけじゃない」
「ならば、何のためだ」
「これ以上、誰かの未来を奪わせないため」
死柄木は目を閉じた。
「俺は、俺の人生を選んだ」
「そうだね」
「間違っていたと、誰かに決められるつもりはない」
「君の人生を、僕が決めることはできない」
「ならば、俺がしたことも、俺のものだ」
「うん」
出久は頷いた。
「君がしたことは、君が引き受けなければならない」
死柄木はしばらく黙っていた。
やがて、静かに言う。
「……お前は、俺を救えなかったな」
出久は、目を伏せた。
「そうかもしれない」
「それでも、俺に手を伸ばした」
「うん」
「何故だ」
出久は答えた。
「君が人間だったから」
死柄木は、目を開いた。
「それだけか」
「それだけじゃない」
出久は続ける。
「君が何をしたのか、僕は忘れない。でも、君をただの敵という言葉だけで終わらせたくなかった」
死柄木は、何も言わなかった。
「君がこれからどうなるのか、僕が決めることはできない」
出久は一歩下がる。
「でも、君がしたことをなかったことにはしない」
死柄木は、ゆっくりと視線を逸らした。
「……そうか」
出久は、それ以上何も言わなかった。
理解したことが、許しになるわけではない。
止めたことが、救済の完成になるわけでもない。
ただ、出久は自分の選択をした。
死柄木も、自分の選択をした。
スピナーも、爆豪も、それぞれの道を選ぼうとしている。
最後に残った選択は、誰かに代わってもらうことのできないものだった。
十、憤怒の決着
ロックロックが近づいてきた。
「緑谷、爆豪。周囲の安全確認が進んでいる」
「ありがとうございます」
「まだ完全には終わっていないが、追加の崩落は今のところ確認されていない」
マニュアルが通信を入れる。
『医療班への引き継ぎを続けています』
バブルガールも報告する。
『避難区域の安全は確保できました』
センチピーダーが続く。
『負傷者の移送も、ひとまず完了です』
爆豪は掌を閉じた。
「……よし」
出久は、死柄木を見た。
彼はもう、戦う姿勢を取っていない。
しかし、そのことが彼の罪を消すわけではない。
スピナーは、静かに立っていた。
死柄木を信じていた自分を否定しない。
だが、死柄木の怒りをそのまま引き継ぐこともしない。
爆豪は、出久と共に戦った。
それは、出久に従ったからではない。
自分自身の意志で、守るべきものを守ろうとしたからだ。
出久は、死柄木に手を伸ばした。
だが、彼の人生を所有しようとはしなかった。
そして、死柄木は自分が選んだ破壊を続けることを、最後の瞬間にやめた。
それは、過去の行為を取り消すことではない。
誰かに許されたことでもない。
ただ、彼が最後に自分自身で選んだ行動だった。
憤怒編の戦いは、ひとつの決着を迎えた。
しかし、憤怒そのものが消えたわけではない。
怒りを抱えた人々が、これから何を選ぶのか。
その答えは、まだ残されている。