僕のヒーローアカデミア 原罪   作:神代シン

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第七十二話「罪を裁くこと、罪を理解すること」

一、同じ事件、違う責任

雄英高校、会議室。

 

長机の上には、膨大な資料が並べられていた。

 

戦闘区域の映像記録。救助活動の報告書。被害を受けた建物の一覧。避難者から寄せられた意見。負傷者の医療記録。そして、敵連合の活動に関する資料。

 

会議室に集まっていたのは、雄英高校の教師陣、プロヒーロー、サイドキック、そしてA組とB組の生徒たちだった。

 

緑谷出久は、机の端に座って資料を読んでいた。

 

隣には飯田天哉。向かい側には八百万百と轟焦凍。少し離れた席で爆豪勝己が腕を組んでいる。

 

B組からは拳藤一佳、物間寧人、鉄哲徹鐵たちも参加していた。

 

プロヒーロー側にはロックロック、マニュアル、バブルガール、センチピーダーの姿がある。

 

前方には相澤消太とプレゼント・マイク。

 

そして、会議の進行役として根津校長が立っていた。

 

「皆さん、集まってくれてありがとう」

 

根津は資料を一枚、モニターへ映した。

 

「本日の議題は、今回の決戦によって生じた被害と、その責任の所在についてです」

 

画面には、三つの項目が表示される。

 

一、敵連合による犯罪行為と、その責任。

 

二、ヒーロー側の判断と対応に関する責任。

 

三、社会制度が抱えていた問題と、その改善責任。

 

「まず、確認しておきたいことがあります」

 

根津は穏やかな声で続けた。

 

「この三つは、互いに関係しています。しかし、同じ責任ではありません」

 

飯田が手を挙げた。

 

「それぞれを分けて検証する必要がある、ということでしょうか」

 

「その通りです」

 

根津は頷いた。

 

「たとえば、ある人物が犯罪に至った背景に社会的な問題があったとしても、それによって犯罪行為そのものが正当化されるわけではありません。同様に、犯罪が発生したからといって、社会制度やヒーロー側の対応に問題がなかったことにもなりません」

 

相澤が引き継いだ。

 

「死柄木が誰かを傷つけた責任は、死柄木にある。敵連合の構成員が自分の意志で行った犯罪についても、個々の行為を調べる必要がある」

 

「一方で、社会が何を見落としたのかも調べる必要がある、ということですね」

 

八百万が確認する。

 

「そうだ」

 

相澤は資料をめくった。

 

「支援を求めていた人間がいたのか。危険な兆候を把握できる機会はなかったのか。情報共有の仕組みに問題はなかったのか。そういったことを検証する」

 

プレゼント・マイクが腕を組む。

 

「ただし、そこを調べるからって、敵連合の行為が社会の責任にすり替わるわけじゃねぇ。逆も同じだ。敵連合を裁けば、社会の問題まで解決したことになるわけじゃない」

 

物間が、資料を見ながら口を開いた。

 

「つまり、誰か一人を悪者にして終わらせることはできないということですね」

 

「その通りです」

 

根津は答えた。

 

「責任を分けることは、責任を薄めることではありません。それぞれが負うべき責任を、曖昧にせず明らかにするための作業です」

 

出久は資料を見つめた。

 

死柄木が犯罪を犯したこと。

 

その行為で多くの人が傷ついたこと。

 

そして、彼がそこに至るまでの過程に、社会が見落としていた問題があったかもしれないこと。

 

すべては同時に存在している。

 

どれか一つを選んで、ほかを消すことはできない。

 

「緑谷君」

 

根津が出久を見た。

 

「君は、どう考えているかな」

 

出久は少し驚いたが、すぐに立ち上がった。

 

「僕は……死柄木のことを理解しようとしてきました」

 

会議室の視線が集まる。

 

「彼が何を失って、何を憎んで、どうして世界を壊そうとしたのか。知りたいと思っていました。でも、知ろうとすればするほど、考えなければならないことが増えました」

 

「それは?」

 

相澤が尋ねる。

 

「彼の過去を知ることと、彼のしたことに責任を問うことは、両方必要だということです」

 

出久は拳を握った。

 

「彼が苦しんでいたことを理解しようとしても、彼によって傷ついた人たちの痛みが軽くなるわけじゃありません。被害を受けた人たちに、彼の事情を理解してほしいとお願いすることも違うと思います」

 

相澤は静かに頷いた。

 

「その考えを忘れるな」

 

二、聞かれたくない声

会議の後、出久は根津に呼ばれ、仮設施設の一角へ向かった。

 

そこでは、戦後の被害に関する聞き取りが行われていた。

 

担当者が、避難者一人ひとりの話を聞き、必要な支援を記録している。

 

しかし、すべての人が話したがっているわけではなかった。

 

「緑谷君、こちらへ」

 

根津に案内され、出久は一人の女性の前に座った。

 

彼女は、以前の救助活動で出久に話しかけてきた女性だった。

 

弟が崩落事故で負傷し、今も治療を受けている。

 

「こんにちは」

 

出久は頭を下げた。

 

「こんにちは」

 

女性は、少しだけ頭を下げた。

 

根津が説明する。

 

「本日は、今後の支援に必要な情報を確認するためにお話を伺います。答えたくない質問には、答える必要はありません。途中で中断することもできます」

 

「はい」

 

女性は頷いた。

 

担当者が資料を確認する。

 

「弟さんの現在の治療状況についてですが――」

 

「すみません」

 

女性が言葉を遮った。

 

「その前に、一つ聞いてもいいですか」

 

「もちろんです」

 

「私は、死柄木のことを理解しなければいけないんでしょうか」

 

部屋の空気が静まった。

 

出久は、すぐに答えた。

 

「いいえ」

 

女性は出久を見た。

 

「でも、彼がどうしてああなったのか、社会に問題があったのか、そういう話をよく聞きます」

 

「はい」

 

「それを知ることが大切なのは分かります。でも、私は弟のことで精いっぱいです。今は、彼の生い立ちを聞く余裕なんてありません」

 

出久は、相手の言葉を遮らずに聞いた。

 

「それなのに、理解しなければいけないと言われると、私が冷たい人間みたいに思えてしまうんです」

 

女性の手が、膝の上で強く握られていた。

 

「あなたたちは、彼のことを知ろうとしている。それは必要なんだと思います。でも、私まで同じことをしなければいけないんでしょうか」

 

出久は首を横に振った。

 

「そんな義務はありません」

 

女性の表情が、少しだけ動く。

 

「彼の生い立ちを調べることは、僕たちや関係機関が、これから同じことを起こさないために必要だと思っています。でも、それを被害を受けた人たちに求めることは違います」

 

「……」

 

「彼を理解したい人がいてもいいと思います。でも、理解したくない人がいてもいい。許せない人がいてもいい。今は自分の生活を取り戻すことだけを考えたい人がいてもいいんです」

 

女性は、しばらく黙っていた。

 

「私は、弟に元の生活へ戻ってほしい。それだけです」

 

「はい」

 

「それが、今の私の望みです」

 

「分かりました」

 

出久は頷いた。

 

「そのために必要な支援を、確認していきます」

 

女性は小さく息を吐いた。

 

「ありがとうございます」

 

その言葉に、出久は少しだけ頭を下げた。

 

話を聞くことはできた。

 

だが、それだけで女性の苦しみを解決したわけではない。

 

彼女が弟の生活を取り戻したいと願うことに、死柄木の事情を持ち出す必要はなかった。

 

理解することは、誰かに強制されるものではない。

 

そして、理解することを拒む人を、責めることもできない。

 

三、現場に残された記録

その日の午後。

 

雄英の調査チームは、被害の大きかった地区に設置されていた旧管理施設へ向かっていた。

 

そこには、戦闘前後の避難誘導記録や、ヒーロー側の対応記録が保管されている。

 

根津の指示で、当時の記録を確保し、検証資料として保存することになったのだ。

 

参加しているのは、出久、爆豪、飯田、八百万、轟、麗日、耳郎、切島、そしてB組の拳藤、骨抜、鉄哲、物間たち。

 

相澤とプレゼント・マイク、ロックロック、マニュアルも同行していた。

 

「建物の状態を確認します」

 

八百万が資料を確認する。

 

「外壁には大きな亀裂があります。内部の設備も、一部が破損しているようです」

 

「中に人は?」

 

相澤が尋ねる。

 

耳郎がイヤホンジャックを壁へ差し込んだ。

 

「音を確認します……」

 

彼女は目を閉じる。

 

「人の声は聞こえない。でも、内部で何か動いている音がする」

 

「設備か?」

 

「たぶん。金属が擦れる音がする」

 

ロックロックが前へ出た。

 

「不用意に入るな。まずは外側を固定する」

 

彼は建物の外壁へ手を触れた。

 

「施錠!」

 

壁の一部が固定される。

 

轟が氷を使い、崩れかけた支柱を補強した。

 

「これで少しは持つ」

 

「ありがとう。次は内部だ」

 

相澤が指示する。

 

「緑谷、爆豪。俺と一緒に入れ。ほかの生徒は外側で待機し、必要になった場合だけ支援する」

 

「はい!」

 

三人が内部へ進む。

 

廊下には、古い書類や壊れた機材が散らばっていた。

 

「ここに記録が残っているはずだ」

 

相澤が棚を確認する。

 

「避難誘導の記録、現場への連絡、危険区域の指定……」

 

出久は、床に落ちた端末を拾った。

 

画面には、戦闘直前の避難情報が残っていた。

 

「先生、これを見てください」

 

そこには、ある区域の危険度が更新されないまま残っていた。

 

「避難勧告の更新が遅れている……?」

 

相澤が画面を覗く。

 

「記録時刻を確認しろ」

 

出久は時刻を確認した。

 

「実際に危険が確認された時刻より、かなり後です」

 

「それが意図的だったのか、情報が届かなかったのか、記録だけでは判断できない」

 

相澤は慎重に言った。

 

「まずは保存する。結論を急ぐな」

 

その時だった。

 

耳郎の声が通信から飛び込んできた。

 

『先生! 建物の内部で振動が大きくなっています!』

 

相澤が顔を上げる。

 

「全員、退避しろ!」

 

床が揺れた。

 

天井の一部が崩れ始める。

 

「くっ!」

 

出久は黒鞭を伸ばし、落下する梁を支えた。

 

爆豪が掌から爆発を小さく放ち、落下の軌道を横へ逸らす。

 

「余計な衝撃を与えるな!」

 

相澤が叫ぶ。

 

「分かってる!」

 

爆豪は、梁の落下方向だけを調整した。

 

外から轟の氷が伸び、崩れかけた柱の一部を固定する。

 

麗日は瓦礫へ触れ、重力を消した。

 

「浮かせます!」

 

骨抜が床の一部を柔らかくする。

 

「沈めて動きを止める!」

 

拳藤が巨大化した手で瓦礫を支える。

 

鉄哲は硬化した身体で、崩れた壁を押さえた。

 

「こっちは任せろ!」

 

八百万が補助用の支柱を創造する。

 

「この位置へ入れてください!」

 

出久は黒鞭を伸ばし、支柱を持ち上げた。

 

「今です!」

 

八百万が位置を調整する。

 

ロックロックが支柱へ触れる。

 

「施錠!」

 

固定。

 

崩落が、ようやく止まった。

 

「全員、無事か!」

 

相澤が確認する。

 

「問題ありません!」

 

「こちらも大丈夫です!」

 

プレゼント・マイクが、外から声を張り上げた。

 

「おーい! 中の状況はどうだ!」

 

「記録を確保しました!」

 

出久が答える。

 

「よし! そのまま慎重に出てこい!」

 

一行は、保管されていた記録を持って建物の外へ出た。

 

そこで、根津から通信が入る。

 

『無事で何よりです。取得した記録は、そのまま原本性を保って保管してください。改変の有無を確認し、複数の関係者で検証します』

 

相澤は頷いた。

 

「了解した」

 

出久は、手に持った端末を見た。

 

この記録には、誰かの判断が残っている。

 

しかし、まだそれが間違いだったのか、避けられない判断だったのかは分からない。

 

だからこそ、調べる必要がある。

 

四、加害者の背景を調べるということ

夕方。

 

雄英の会議室では、敵連合の構成員に関する資料の確認が行われていた。

 

出久は、死柄木弔に関する記録を読んでいた。

 

その隣には、飯田と八百万がいる。

 

根津が、画面に資料を表示する。

 

「彼らの生い立ちや、社会との関係について調査を進めます」

 

「これは、犯罪を正当化するためではないんですね」

 

八百万が確認する。

 

「もちろんです」

 

根津は答えた。

 

「なぜ犯罪へ向かったのかを理解することは、同じことを繰り返さないために重要です。ですが、背景が分かったからといって、被害者の苦しみを軽く扱うことはできません」

 

出久は、資料の一部に目を止めた。

 

「死柄木は、幼い頃に周囲の大人から十分な支援を受けられなかった可能性があります」

 

相澤が頷く。

 

「その可能性があるからといって、後の行為が許されるわけではない」

 

「はい」

 

「ただ、そこで調査を止めるな。誰が何を知っていたのか。どこで支援が途切れたのか。危険な兆候を見つける機会があったのか。そこを確認する」

 

プレゼント・マイクが腕を組む。

 

「つまり、死柄木本人の責任と、周囲の大人や制度の責任を別々に調べるってことだな」

 

「そうです」

 

根津は答えた。

 

「例えば、幼い子供が助けを求められない環境にいたのなら、その環境を調べる必要があります。支援につながる機会があったのに見逃されたのであれば、なぜ見逃されたのかを調べなければなりません」

 

飯田が資料をめくった。

 

「しかし、それはあくまで過去の経緯を明らかにするためであり、被害を受けた方々に事情を理解してもらうためではない、ということですね」

 

「そうです」

 

根津は頷いた。

 

「被害者に対して、加害者の事情を理解しなければならないと言うことはありません」

 

その言葉に、出久は顔を上げた。

 

「でも、背景を調べないままでは、また同じようなことが起きるかもしれない」

 

「その通り」

 

相澤が答えた。

 

「犯罪を裁くことと、犯罪が生まれる背景を調べることは、両方必要だ」

 

出久は死柄木の資料を見つめた。

 

彼の生い立ちには、悲しい出来事があった。

 

誰かが手を伸ばすことができたかもしれない瞬間もあった。

 

しかし、そのことだけで、彼が後に選んだ行為を消すことはできない。

 

そして、彼の行為によって傷ついた人たちの人生も、また同じように存在している。

 

どちらか一方だけを見れば、もう一方が見えなくなる。

 

「僕は、両方を見なければいけないんですね」

 

出久が呟く。

 

「そうだ」

 

相澤は答えた。

 

「ただし、お前一人が全部を背負う必要はない」

 

出久は少しだけ笑った。

 

「分かっています」

 

爆豪が横から口を挟む。

 

「本当にか?」

 

「……努力する」

 

「そこは即答しろ!」

 

五、被害者の声を代弁しない

数日後。

 

雄英高校では、被害者や家族からの意見を聞くための説明会が開かれた。

 

ただし、参加は自由。

 

話したくない人が無理に出席する必要はなく、匿名で意見を送ることもできる。

 

会場には、ヒーローや関係機関の担当者が並んでいた。

 

出久たちは後方で、議事録の補助を担当している。

 

根津が説明を始める。

 

「本日は、今回の被害について、今後の検証と支援の進め方をご説明します。皆様からいただいた意見や質問は、今後の制度改善と支援内容の検討に反映させます」

 

最初に、一人の男性が手を挙げた。

 

「敵連合の人間には、それぞれ事情があったんでしょう」

 

根津は頷く。

 

「調査を進めています」

 

「でも、それを理由に責任を軽くすることはないんですよね」

 

「はい。背景の調査と、犯罪行為の責任は別に扱います」

 

男性は一度目を閉じた。

 

「私の家族は、敵連合の攻撃で亡くなりました」

 

出久は、背筋を伸ばした。

 

「私は、彼らの過去を理解しようとは思えません。そんな余裕もありません」

 

「無理に理解していただく必要はありません」

 

根津が答えた。

 

「私は、彼らの事情を聞きたいわけじゃない。ただ、何が起きたのかを知りたいんです。誰が責任を負うのか、何が変わるのか。それを聞きたい」

 

「分かりました」

 

「そして、私たちが生活を立て直すために、どんな支援があるのか。そこを具体的に示してほしい」

 

根津は頷いた。

 

「必要な支援については、担当窓口を設けます。個別の状況に応じて、住居、医療、生活、就労などの相談を受けられるようにします」

 

別の女性が手を挙げた。

 

「ヒーローの方々には感謝しています。でも、私の家族はまだ行方が分かりません」

 

「捜索は続けています」

 

マニュアルが答えた。

 

「確認できる情報は、すべて共有します」

 

「いつまで続けてもらえるんですか」

 

「状況を確認しながら、関係機関と連携して続けます」

 

女性は少しだけ視線を落とした。

 

「曖昧な返事ですね」

 

マニュアルは、言葉に詰まった。

 

「申し訳ありません。現時点で確約できないことを、できると言うわけにはいきません」

 

女性は頷く。

 

「それでいいです。できないことをできると言われるより、今分かっていることを教えてください」

 

出久は、そのやり取りを記録していた。

 

被害を受けた人たちが求めているのは、きれいな言葉だけではない。

 

何が起きたのか。

 

何が分かっていて、何がまだ分からないのか。

 

誰が対応し、いつまでに何をするのか。

 

その具体的な説明が必要なのだ。

 

六、ヒーロー側の責任

説明会が終わった後、相澤とプレゼント・マイク、ロックロックたちは別室で記録の検証を続けていた。

 

「この区域の避難誘導について、最初の危険情報が届いてから、実際の誘導開始まで時間がかかっている」

 

ロックロックが資料を示した。

 

「原因は?」

 

相澤が尋ねる。

 

「複数の情報が別々の管制へ送られていたようだ。現場の担当者が情報をまとめるまで時間がかかった」

 

「情報共有の問題か」

 

「そう考えられる。ただし、実際に誰が何を把握していたかを確認する必要がある」

 

マニュアルが別の資料を示した。

 

「水道設備の損傷についても、事前の報告が十分に共有されていなかった可能性があります。避難区域の一部で、消火や救助に使える水が確保できなくなっていました」

 

バブルガールが頷く。

 

「現場で泡を使って落下物を防ぎましたが、あらかじめ建物の状態が分かっていれば、もっと早く別の方法を準備できたと思います」

 

センチピーダーが資料をめくった。

 

「救助班の配置についても、最初の想定と実際の被害範囲に大きな差がありました。後から人員を増やす必要がありましたが、そこにも時間がかかっています」

 

プレゼント・マイクは、腕を組んだ。

 

「現場のヒーローが全員、完璧な判断をするなんて無理だ。情報が足りなければ、判断を間違えることもある」

 

相澤が頷く。

 

「だから、判断の内容と、その時点で得られていた情報を分けて確認する。結果だけを見て責任を決めるのは正しくない」

 

「だが、情報を受け取る仕組みに問題があったなら、そこは直さなきゃならない」

 

ロックロックが言った。

 

「現場の人間がどれだけ頑張っても、必要な情報が届かなければ対応できない」

 

根津が資料を閉じた。

 

「今回の検証では、個人の判断だけでなく、組織の指揮系統と情報共有の方法も確認します」

 

相澤は出久たちを見た。

 

「お前たちも、現場で気づいたことがあれば報告しろ。成功したことだけでなく、できなかったこともだ」

 

「はい」

 

出久は頷く。

 

「僕たちがもっと早く気づけたことも、あったと思います」

 

「それも検証する」

 

相澤は答えた。

 

「ただし、後から分かったことを、当時のお前たちが知っていたことにするな」

 

「……はい」

 

「何が分かっていて、何が分からなかったのか。それを正確に残せ」

 

七、正義の名で隠さない

その夜、出久は雄英の資料室で一人、記録を整理していた。

 

戦闘記録と救助記録。

 

被害者から寄せられた質問。

 

ヒーロー側の対応に関する指摘。

 

社会制度に関する調査資料。

 

それらを読み比べていると、ある共通点が見えてきた。

 

「……誰か一人の問題にしてしまえば、簡単なのかもしれない」

 

出久は呟いた。

 

死柄木が悪かった。

 

敵連合が悪かった。

 

ヒーローが悪かった。

 

社会制度が悪かった。

 

どれか一つを選べば、話は分かりやすくなる。

 

しかし、それでは不十分だった。

 

死柄木は自分の意志で犯罪を行った。

 

その責任は、彼自身が負わなければならない。

 

敵連合の構成員も、それぞれが自分の行為について責任を問われる。

 

一方、ヒーロー側は過去の判断を検証しなければならない。

 

社会制度の問題があれば、それも改めなければならない。

 

どれか一つだけを責めても、ほかの問題は残る。

 

「まだ起きていたのか」

 

背後から声がした。

 

相澤だった。

 

「先生」

 

「資料を読み続けているようだな」

 

「はい」

 

相澤は隣の席に座った。

 

「何を考えていた」

 

「正義のためにやったことだから、間違いじゃない。そういうふうに考えたくなってしまうことがあるんじゃないかと思って」

 

「あるだろうな」

 

「でも、それをやったら、被害を受けた人の声を聞けなくなってしまう」

 

相澤は頷いた。

 

「正義を掲げることと、自分の判断を検証することは矛盾しない」

 

「はい」

 

「むしろ、自分たちが正しいと思っている時ほど、何を見落としているか考える必要がある」

 

出久は資料へ視線を落とした。

 

「僕は、死柄木のことを理解したいと思っていました」

 

「知っている」

 

「でも、被害者の人たちに、彼の事情を説明したり、分かってほしいと言ったりするのは違うと思います」

 

「その通りだ」

 

相澤は静かに言った。

 

「理解することは、本人が選ぶことだ。誰かに強制するものじゃない」

 

「……」

 

「そして、理解したくないという意思も尊重する必要がある」

 

出久は頷いた。

 

「では、僕たちはどうすればいいんでしょう」

 

「まず、事実を明らかにする。責任を分ける。必要な支援を行う。再発防止のために制度を変える」

 

相澤は立ち上がった。

 

「その一つ一つを、途中で投げ出さないことだ」

 

八、A組とB組の役割

翌朝。

 

雄英の訓練場では、A組とB組の生徒たちが集まっていた。

 

今日は実戦訓練ではない。

 

救助や支援活動における個性の活用方法を確認する訓練だった。

 

「最初の課題は、崩落した建物からの救助です」

 

八百万が説明する。

 

「ただし、今回は救助対象の安全だけではありません。内部に残された記録や物資も、可能な範囲で保全します」

 

物間が腕を組む。

 

「つまり、救助と証拠保全を両立するというわけですね」

 

「その通りです」

 

「個性を使って物を動かす際にも、現場の状態を記録しておく必要があるでしょう」

 

飯田が頷く。

 

「動かした順序や位置を記録しなければ、後から検証できなくなります」

 

「よし。役割を分けよう」

 

拳藤が言った。

 

「私たちは大型の瓦礫を支える。骨抜は地面の状態を調整。塩崎は蔦で固定を補助。鉄哲は外側の安全を確保する」

 

「分かった!」

 

鉄哲が拳を打ち合わせる。

 

「俺は?」

 

物間が尋ねる。

 

「あなたはコピーした個性を使える範囲で、危険な設備の停止を担当して」

 

拳藤が答える。

 

「分かりましたよ」

 

A組側では、轟が氷を使って支柱を補強する。

 

麗日が瓦礫の重力を消す。

 

切島が硬化した身体で支え、八百万が必要な補助具を創造する。

 

耳郎は、内部の音を確認する。

 

出久は黒鞭を使い、離れた場所の状況確認と救助対象の位置把握を担当した。

 

爆豪は、破片を動かす必要がある場所だけを選び、爆発の方向を細かく調整する。

 

「爆豪君」

 

飯田が注意する。

 

「爆発の威力に注意してくれ!」

 

「分かってる!」

 

「本当にか!」

 

「何度も言わせんな!」

 

訓練は進む。

 

最初は、全員が自分の個性を使うことに集中していた。

 

しかし、途中から問題が起きる。

 

「待って!」

 

八百万が声を上げた。

 

「こちらの瓦礫を先に動かすと、反対側の梁に負荷が集中します!」

 

「じゃあ、順番を変える!」

 

轟が氷を解除する。

 

「骨抜、ここの床を少し柔らかくできるか!」

 

「範囲を限定するよ!」

 

「麗日、重力を消す対象を変えて!」

 

「分かった!」

 

「切島、支える位置を移動!」

 

「任せろ!」

 

生徒たちは、互いの動きを確認しながら作業を進める。

 

やがて、救助対象を安全な場所へ移動させることに成功した。

 

相澤は訓練を見ていた。

 

「今の動きは悪くなかった」

 

「ありがとうございます!」

 

「だが、途中で何度か連携が崩れた。自分の個性だけを見て、他の人間の作業を確認していなかったからだ」

 

出久は、自分の黒鞭を見つめた。

 

「……僕も、そうなることがあります」

 

「戦闘では、自分の攻撃に集中する必要がある時もある。だが、救助では違う。誰かの個性が、別の誰かの作業に影響する」

 

相澤は生徒たちを見た。

 

「自分が正しいと思う方法だけで動くな。周囲を見ろ。情報を共有しろ」

 

「はい!」

 

生徒たちは答えた。

 

九、理解のための調査

その日の午後、出久は根津校長のもとへ呼ばれた。

 

「緑谷君。死柄木弔に関する資料を、もう少し詳しく調べる予定だよ」

 

「彼の生い立ちについてですか」

 

「そうだね。関係者への聞き取りや、過去の記録を確認する必要がある」

 

「それは、彼の罪を軽くするためではないんですよね」

 

「もちろん」

 

根津は頷いた。

 

「犯罪の背景を理解することと、罪を裁くことは別々に行わなければならない」

 

「でも、背景を調べれば、彼がなぜそうなったのかが分かるかもしれない」

 

「分かることもあるだろう。分からないことも残るだろうね」

 

根津は続ける。

 

「人間の行動は、ひとつの理由だけで説明できるものではありません。家庭環境、周囲の人間関係、社会制度、本人の選択。それぞれが影響し合っている」

 

出久は頷いた。

 

「それでも、最後に何をするかは本人が選ぶんですね」

 

「そうだよ」

 

「なら、彼の過去に問題があったとしても、彼が行ったことは彼の責任である」

 

「その通り」

 

根津は微笑んだ。

 

「そして、その過去に問題があったのなら、周囲や制度にも検証すべき責任がある。片方を認めるために、もう片方を否定する必要はない」

 

出久は、手元の資料を見つめた。

 

「僕は、彼の過去を知りたいです」

 

「うん」

 

「でも、彼を知ることを、被害者の人たちに求めたくありません」

 

「それでいい」

 

根津は答えた。

 

「君が調べることと、被害を受けた人々がどう受け止めるかは、別の問題だからね」

 

「はい」

 

「そして、調査の結果をどう扱うかも慎重に考えなければならない。個人情報を守り、被害者や関係者の意思を尊重する必要がある」

 

「分かりました」

 

根津は、出久に一冊の資料を渡した。

 

「これは、今回の被害を受けた方々から寄せられた意見の一部だ。読むかどうかは君自身で決めていい」

 

出久は資料を受け取った。

 

そこには、感謝の言葉もあれば、怒りの言葉もあった。

 

ヒーローへの不信。

 

被害への悲しみ。

 

支援に対する要望。

 

そして、まだ言葉になっていない思い。

 

出久は、ページをめくった。

 

すべてを理解することはできない。

 

しかし、読まずに済ませることもしたくなかった。

 

十、罪を裁く者、罪を理解する者

夜。

 

会議室には、再び教師陣とプロヒーローたちが集まっていた。

 

根津は、今後の検証方針を説明している。

 

「まず、死柄木弔および敵連合の犯罪行為について、個々の行動を確認します。集団の一員だったという理由だけで、全員を同じ責任として扱うことはできません」

 

相澤が続ける。

 

「それぞれが何をしたのか。何を認識していたのか。誰かに命令されたのか、自分の判断で行動したのか。その違いを確認する必要がある」

 

「ただし、命令されたから責任がないというわけでもありませんね」

 

マニュアルが言う。

 

「そうだ」

 

相澤は頷いた。

 

「実際に何をしたのか、その行為にどう関わったのかを調べる必要がある」

 

プレゼント・マイクが資料を閉じた。

 

「それと同時に、ヒーロー側の記録も調べる。現場の対応だけでなく、過去の活動や社会との関わりもな」

 

ロックロックが腕を組む。

 

「ただし、現場のヒーロー一人にすべての責任を押しつけるな。組織の指示や情報共有の問題もある」

 

「もちろんです」

 

根津が答えた。

 

「個人の判断と、組織や制度の責任を区別します」

 

「制度の責任を調べるなら、ヒーロー社会がどんな人々を支援から取りこぼしてきたのかも調べる必要がある」

 

プレゼント・マイクが言った。

 

「事件が起きる前に、どんな声があったのか。何が見過ごされたのか。それを確認しないと、再発防止にはつながらない」

 

相澤は静かに頷いた。

 

「そして、被害者に説明することを忘れるな」

 

「はい」

 

根津は資料を閉じた。

 

「今回の検証の目的は、誰かを一方的に非難することではありません。犯罪行為の責任を明確にし、被害者への支援を行い、社会の問題を改善することです」

 

出久は、その言葉を聞きながら、死柄木との戦いを思い返していた。

 

死柄木は自分の意志で破壊を選んだ。

 

その責任は死柄木のものだ。

 

しかし、彼がそこに至るまでの過程を調べることは、これからの社会に必要なことでもある。

 

彼を理解しようとすること。

 

彼の行為を裁くこと。

 

被害者の苦しみと向き合うこと。

 

そして、ヒーロー社会自身の過去を検証すること。

 

それらは、互いを否定しない。

 

「緑谷君」

 

根津が出久を見た。

 

「君は、どうしたい?」

 

出久は立ち上がった。

 

「僕は、知りたいです」

 

「何を?」

 

「死柄木がどうしてああなったのか。敵連合の人たちが、何を考えて行動したのか。そして、僕たちが何を見落としていたのか」

 

出久は一度、息を吸った。

 

「でも、それを理由に、彼らの行為を許すつもりはありません。被害者の人たちに、理解してほしいとも言いません」

 

根津は、静かに聞いていた。

 

「僕たちが理解するために調べる。それは、被害者の人たちが許すためじゃない。これから同じことを起こさないためです」

 

相澤は小さく頷いた。

 

プレゼント・マイクも、拳を握った。

 

爆豪は、腕を組んだまま言った。

 

「だったら、調べるだけで終わるなよ」

 

「うん」

 

「分かったことを使って、何かを変えろ」

 

「分かってる」

 

出久は答えた。

 

「僕たちができることを、考え続ける」

 

十一、誰かのための正義ではなく

会議が終わり、出久は廊下を歩いていた。

 

窓の外には、夜の街が広がっている。

 

復旧作業の照明が、いくつも見えた。

 

まだ明かりが戻っていない場所もある。

 

そこには、誰かの生活が残されている。

 

出久は、手元の資料を見た。

 

被害者からの声。

 

ヒーロー側の記録。

 

社会制度の問題。

 

どれも、簡単な答えを与えてはくれない。

 

「緑谷」

 

呼び止めたのは爆豪だった。

 

「勝っちゃん」

 

「まだやってんのか」

 

「うん。少しだけ」

 

爆豪は隣に立った。

 

「お前、また全部理解しようとしてんじゃねぇだろうな」

 

「……全部は無理だよ」

 

「分かってんならいい」

 

「でも、できるだけ知りたい」

 

出久は資料を見つめる。

 

「知らなかったから仕方ない、で終わらせたくないんだ」

 

爆豪は少しだけ目を細めた。

 

「知らなかったことを全部悪いとは言わねぇ。だが、知った後にどうするかは別だ」

 

「うん」

 

「お前が死柄木を理解しようとしたことは、お前の勝手だ」

 

「勝っちゃん?」

 

「だが、被害者に同じことを求めるな。あいつらには、あいつらの人生がある」

 

出久は頷いた。

 

「そうだね」

 

「それと、ヒーロー側が間違えたことがあるなら、それもちゃんと認めろ」

 

「うん」

 

「正義のためにやったから全部正しい、なんて言い出したら終わりだ」

 

爆豪は歩き始めた。

 

「俺たちは、まだ勉強中なんだよ」

 

出久は、その背中を見た。

 

「勝っちゃん」

 

「あ?」

 

「ありがとう」

 

「礼を言うな」

 

「でも――」

 

「明日も仕事だ。さっさと寝ろ」

 

爆豪はそのまま歩いていく。

 

出久は小さく笑った。

 

そして、資料を閉じた。

 

罪を裁くこと。

 

罪を理解すること。

 

その二つを混同しない。

 

背景を調べることによって、被害者の痛みを軽く扱わない。

 

責任を追及することによって、再発防止に必要な問題の検証を止めない。

 

それが、これからの自分たちに必要なことだった。

 

十二、後始末編の問い

翌朝。

 

雄英高校の掲示板に、戦後検証のための新しい方針が掲示された。

 

被害者への継続的な聞き取り。

 

住居や医療、生活支援に関する相談窓口。

 

ヒーロー側の対応記録の公開と検証。

 

敵連合の犯罪行為に関する調査。

 

社会制度の問題に関する外部の専門家を交えた検証。

 

そして、支援を受ける人々の意思を尊重すること。

 

出久は、その掲示板を見つめていた。

 

飯田が近づいてくる。

 

「緑谷君。今日の活動予定を確認したい」

 

「うん」

 

「避難区域での物資配布と、支援窓口の案内を行う。八百万君たちは物資の管理、麗日君たちは住居支援の相談補助を担当する予定だ」

 

「分かった。僕も参加するよ」

 

「無理はしないように」

 

「うん」

 

その時、相澤が通りかかった。

 

「緑谷、飯田。今日は現場に出る前に、説明を受けておけ」

 

「はい!」

 

相澤は続ける。

 

「これからの活動では、支援を受ける側の意思を確認する。話したくない人に、無理に質問をするな。感謝を求めるな。自分たちの正義を説明するために、相手の話を遮るな」

 

「分かりました」

 

出久は頷いた。

 

「そして、支援できないことは、できないと伝えろ。曖昧な約束をするな」

 

「はい」

 

相澤は歩き去った。

 

出久は、掲示板へもう一度目を向ける。

 

そこには、まだ答えの出ていない問題がたくさんあった。

 

死柄木の罪は、これから適切な手続きの中で扱われる。

 

敵連合の構成員についても、個々の行為と責任が調べられる。

 

ヒーロー側の判断も検証される。

 

社会制度の問題も、明らかにされなければならない。

 

どれも、一日で終わるものではない。

 

それでも、始めなければならない。

 

「行こう、飯田君」

 

「うむ!」

 

出久は歩き出した。

 

彼らの後ろには、爆豪、八百万、轟、麗日、切島、耳郎、そしてB組の生徒たちが続いていた。

 

戦う力を持つこと。

 

人を救う力を持つこと。

 

その力をどう使うのか。

 

そして、力を持つ者が何を見落としたのか。

 

出久たちは、これからも考えなければならない。

 

誰かの罪を理解しようとすることは、被害者に理解を求めることではない。

 

誰かの罪を裁くことは、社会自身の問題を見ないふりすることでもない。

 

それぞれの責任を、それぞれの責任として引き受ける。

 

その先にしか、同じ悲劇を繰り返さないための道はない。

 

出久は、仮設施設へ向かって歩き続けた。

 

まだ、答えは出ていない。

 

だからこそ、考えることをやめない。

 

罪を裁くことと、罪を理解すること。

 

その両方から目を逸らさないために。

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