一 終わったことにしたい人間はいない
戦後の臨時合同調整室。
そこでは、復興支援の進捗確認と、ヒーロー側の過去の行動に関する検証が同時に進められていた。
長机の上には、いくつもの資料が積まれている。
戦闘記録、救助活動の記録、避難誘導に関する報告書、各ヒーローの活動履歴、被害者から提出された意見書。
そして、その中には、戦いが終わったことで改めて調査の対象となった事件もあった。
「……これだけの問題を、同時に扱うのは現実的ではありませんね」
飯田天哉が資料を確認しながら言った。
「一つひとつの問題について、関係者も背景も異なります。まとめて扱えば、個別の事情が見えなくなる可能性があります」
「同意するよ」
根津校長が頷いた。
「今回の検証は、誰かを一度呼び出して、説明を聞けば終わるものではない。事件によっては、被害を受けた人々が今も苦しんでいる。関係者がまだ十分に話せる状態にない場合もある」
「それに、関係者が話し合いを望んでいない場合もある」
相澤消太が続けた。
「謝罪を聞きたい人間もいれば、会いたくない人間もいる。話を聞くことを強制するな」
「そうですね」
八百万百が資料を整理する。
「それぞれの問題を、本人たちの意思を確認せずに一つの議題として扱うことはできませんわ」
プレゼント・マイクは腕を組んだ。
「けど、避けて通るわけにもいかないんだろ?」
「避けることと、無理に進めることは違う」
相澤は答えた。
「今できることから始める。本人が話せないなら、話せるようになるまで待つ。話したくないなら、その意思も尊重する。ただし、それを理由に必要な調査や支援まで止めていいわけじゃない」
「難しいなあ」
上鳴電気が呟いた。
「謝って終わりでも駄目。話して終わりでも駄目。そもそも、話をすること自体が無理な場合もある」
「当たり前だ」
爆豪勝己が壁際から口を挟んだ。
「相手が話したくねえって言ってんのに、こっちの都合で呼び出すな。それで問題解決した気になる方がよっぽど迷惑だろ」
「爆豪くんの言う通りだと思う」
出久は、資料から目を離さずに言った。
「でも、話したくないという意思を尊重することと、問題をなかったことにするのは違う」
「分かってるよ」
「調査する必要があることは調査する。支援が必要な人には支援する。ただ、それを本人の意思とは関係なく進めないようにしないと」
「だから、その線引きを誰がやるんだって話だろ」
爆豪の言葉に、出久は黙った。
誰が責任を持って判断するのか。
何を調べ、どの記録を公開し、どこまで本人の意思を尊重するのか。
そして、被害を受けた人と、責任を負うべき人の間に、どのような距離を設けるのか。
簡単な答えはない。
根津は、会議室の全員を見渡した。
「まず、今日の目的を確認しよう」
机の上に、一枚の資料が置かれた。
そこには、今回の会議で扱う五つの課題が記されていた。
- 家族や身近な人々の間に残された問題。
- ヒーロー制度の運営や活動に関する責任。
- 犯罪の被害者と加害者の今後。
- 過去の事件によって生活や人生を変えられた人々への支援。
- ヒーローや生徒自身が、自らの選択をどう振り返るのか。
「この五つは、すべて同じ方法で解決できる問題ではない」
根津は言った。
「しかし、共通していることが一つある」
「何でしょうか?」
出久が尋ねた。
「誰かが、もう終わったことにしたいと思った瞬間に、問題が見えなくなるということだよ」
部屋が静まった。
「だから、私たちは終わったことにしない。何度も確認する。何度でも見直す。そして、実際に行動を続ける」
出久は、その言葉を聞きながら思った。
戦いが終わったことを喜ぶのは、間違いではない。
けれど、戦いが終わったからといって、すべての人が同じ場所に立っているわけではない。
前へ進み始めた人もいれば、まだ立ち止まっている人もいる。
その違いを無視して、全員に同じ速度を求めることはできない。
二 轟家――家族だからという理由で
轟家に関する報告資料は、会議室の中央には置かれなかった。
関係者の希望により、別の場所で個別に扱われることになっていた。
その資料を確認していたのは、轟焦凍だった。
彼は、机に置かれた紙を一枚ずつ読んでいた。
そこには、父・エンデヴァーのヒーロー活動に関する記録だけでなく、家庭内で起きた問題についても記されている。
長年にわたる家庭内の支配。
家族それぞれが抱えてきた傷。
そして、戦いの中で再び明らかになった家族の関係。
「焦凍」
声をかけたのは、兄の夏雄ではなかった。
母の冷だった。
「母さん」
「資料を見ていたの?」
「うん」
「無理に読まなくてもいいのよ」
「大丈夫だ」
焦凍は、紙を閉じた。
「ただ、確認しておきたいことがある」
「何?」
「父さんがこれからどうするのか、だ」
冷は、少しだけ目を伏せた。
「本人に聞いたの?」
「まだだ」
「そう」
「母さんは、どうしたい?」
冷はすぐには答えなかった。
「私は、まだ整理できていないことがあるわ」
「……うん」
「家族だから、もう一度一緒に暮らすべきだとは思っていない。許すべきだとも思っていない」
「分かってる」
「でも、父親としての責任を果たすことまで、拒みたいわけではないの」
冷は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「家族として近づくことと、責任を果たすことは別よ」
焦凍は頷いた。
「そうだな」
「お父さんには、お父さん自身が向き合うべきことがある。私には私の生活がある。あなたたちにも、それぞれの人生がある」
「俺たちが、父さんを許すかどうかを決める必要はない」
「ええ」
冷は焦凍の隣に座った。
「許すかどうかを急いで決める必要もないわ」
そのとき、部屋の扉が開いた。
入ってきたのは、冬美だった。
「ごめんね、遅くなって」
「大丈夫だ」
「夏雄は、今日は来ないって」
冬美は、少し申し訳なさそうに言った。
「自分が今、この話し合いに参加するのは違うと思っているみたい」
「それでいい」
焦凍は答えた。
「来たくないなら、来なくていい」
「うん。私もそう伝えておいた」
冬美は資料を机に置いた。
「でも、家族全員が同じ意見である必要はないんだよね」
「そうだな」
焦凍は、母と姉を見た。
「父さんに対する気持ちは、それぞれ違う。母さんも、姉さんも、夏兄も、俺も。父さん自身も、それを分かっておかなきゃいけない」
「焦凍は、どうしたい?」
冬美が尋ねた。
「俺は……」
焦凍は少し考えた。
「父さんに、責任を果たしてほしい」
「家族として?」
「違う」
彼は首を横に振った。
「まず、自分がやったことに対してだ」
冷と冬美は、黙って聞いていた。
「俺たちの人生を、父さんが望んだ形に戻すことはできない。俺だって、昔のことをなかったことにはできない」
焦凍は、窓の外を見た。
「でも、これからのことは選べる。父さんが自分の責任を果たすことも、母さんが自分の生活を選ぶことも、俺たちがそれぞれの道を進むことも」
「そうね」
冷は小さく頷いた。
「ただ、一度話したからといって、何もかも変わるわけじゃない」
「分かっている」
「それでも、必要な連絡は続ける。必要なことは確認する。私は私の生活を取り戻していく」
冬美も頷いた。
「私も、家族の間を取り持つ役ばかりするのはやめようと思う」
焦凍が姉を見た。
「姉さん?」
「みんなが話せるようにするのは大事だと思う。でも、私が全部の間に入って、誰かの気持ちを代わりに説明する必要はないんだよね」
冬美は苦笑した。
「私も、自分の生活を作らないと」
焦凍は少し笑った。
「そうだな」
家族が同じ場所に集まることが、必ずしも仲直りを意味するわけではない。
離れて暮らすことも、連絡をしないことも、今は必要な選択かもしれない。
それでも、責任は残る。
エンデヴァーは、家族に許されるためではなく、自らの過去を認め、その結果を引き受けるために行動しなければならない。
それは、一度の謝罪で終わるものではなかった。
三 ホークス――誰かの命令だったとしても
別の部屋では、ホークスが記録資料を確認していた。
本名、鷹見啓悟。
かつてヒーロー公安委員会の指示を受け、さまざまな任務に従事してきた人物。
彼の活動記録には、表に出ていない任務も多数含まれていた。
そして、その一部には、ヒーローとしての判断と、組織の命令との境界が曖昧になっているものもあった。
「ずいぶんと、懐かしくない記録ばかりですね」
ホークスは、資料の端を指で押さえた。
向かいに座っているのは、公安委員会の再編に関わる担当者だった。
「あなたが行った任務については、組織側の指示も含めて調査する必要があります」
「でしょうね」
「ただし、命令があったからといって、個人の判断がすべて免責されるわけではありません」
「分かっています」
ホークスは、淡々と答えた。
「俺は、自分で選んだこともある。命令を受けたこともある。命令に従うしかないと思い込んでいたこともある。でも、それを全部、組織のせいにするつもりはありません」
担当者は彼の表情をうかがった。
「あなた自身の行動について、どこまで公表するつもりですか?」
「調査に必要な記録は、可能な範囲で提出します。ただし、関係者の安全や個人情報に関わる部分は、適切な審査をお願いします」
「公表されれば、批判も出るでしょう」
「そうでしょうね」
ホークスは笑った。
しかし、その笑みはいつもの軽さとは違っていた。
「俺が何をしたのか。何のためにしたのか。誰から命じられたのか。何を知っていて、何を知らなかったのか。そこをきちんと分けて調べてもらえればいい」
「それが、あなたにとって有利な結果になるとは限りません」
「最初から、それを期待していませんよ」
ホークスは窓の外を見た。
脳裏に浮かぶのは、ある人物の笑顔だった。
トゥワイス。
彼と過ごした時間。
任務として近づき、敵として向き合い、最後には命を奪う結果となった。
ホークスは、自分の判断が必要だったと考えている部分もある。
しかし、それだけで、トゥワイスの人生を無かったことにはできない。
「……彼が敵だったことは事実です」
ホークスは静かに言った。
「でも、敵だったという一言で、彼がどんな人間だったのかまで消していいとは思いません」
担当者は黙っていた。
「俺は、彼のことを正当化するつもりはない。彼がしたことには、向き合わなければならない被害がある」
ホークスは資料を閉じた。
「同時に、俺が何をしたのかも、調べてもらいます。俺が本当に必要な判断をしたのか。ほかに選択肢はなかったのか。組織が、あの状況を生み出すために何をしていたのか」
「分かりました。正式な調査に移します」
「お願いします」
部屋を出たホークスは、廊下で出久と出会った。
「あれ、緑谷くん」
「ホークスさん」
「こんなところで会うとは。今日も忙しそうですね」
「ホークスさんも、です」
「まあ、俺の場合は自分の宿題を片付けているところです」
出久は、彼の表情を見た。
「過去の任務についてですか?」
「ええ。自分で選んだことも、誰かに選ばされたことも。整理しておかないといけない」
「……つらくないですか?」
「つらいですよ」
ホークスは、あっさりと答えた。
「でも、つらいからやらない、というわけにもいかないでしょう」
「はい」
「それに、俺が正義のためにやったと説明しても、傷つけられた人からすれば関係ありませんからね」
彼は少しだけ目を伏せた。
「俺の判断を、俺自身が正しかったと決めるわけにはいかない」
「それでも、ホークスさんがしてきたことを全部否定する必要もないと思います」
出久は言った。
「僕たちは、行動の結果を確認しなければいけない。でも、誰かの人生を、間違いだったという一言で片付けることもできない」
ホークスは、少し驚いたように出久を見た。
「緑谷くんも、ずいぶん考えるようになりましたね」
「まだまだです」
「そうですね。まだまだです」
ホークスは笑った。
「だから、一緒に考えましょう。誰か一人に答えを任せるんじゃなくて」
四 トガヒミコと麗日お茶子――許すことを急がない
医療施設の一室。
そこには、麗日お茶子が座っていた。
机の上には、封を開けた一通の手紙がある。
その宛先は、トガヒミコ。
トガは現在、厳重な監督下で治療と調査を受けている。
彼女の犯した罪は消えない。
彼女が関わった事件で傷ついた人々もいる。
一方で、彼女自身が抱えてきた問題についても、今後の支援や調査が必要とされていた。
お茶子は、手紙に何度も書き直した跡を見つめた。
「……何を書けばいいんやろ」
目の前には、まだ何も書かれていない便箋が一枚残っている。
「会いたい。でも、会ったからって、全部許せるわけやない」
彼女は、机の端を握った。
「それに、私が何か言えば、トガちゃんの問題が解決するわけでもない」
隣には、梅雨が座っていた。
「お茶子ちゃん」
「梅雨ちゃん」
「会いに行くかどうかを、今日決めなくてもいいんじゃないかしら」
「うん。でも、ずっと考えてるんよ」
お茶子は手紙に目を落とした。
「トガちゃんのことを、理解したいと思った。どうしてあんなことをしたのか。どうして、あんな生き方しかできなかったのか」
「うん」
「でも、理解したいって思うことと、許すことは違うんやって、今は分かる」
梅雨は静かに頷いた。
「それでいいと思うわ」
「トガちゃんが苦しかったことは、なかったことにしたくない。でも、トガちゃんが傷つけた人たちのことも、なかったことにしたくない」
お茶子は、便箋を持ち上げた。
「どっちかを選んだら、もう片方を捨てなきゃいけないような気がしてた」
「でも、そんな必要はないんじゃないかしら」
「……うん」
お茶子は、ペンを持った。
今度は、書き直さなかった。
『トガちゃんへ。
私は、まだあなたのことを全部理解できていません。
あなたが苦しかったことを知りたいと思っています。
でも、あなたがしたことを無かったことにはできません。
あなたによって傷ついた人たちのことも、私は忘れたくありません。
私は、あなたに会いたいと思っています。
けれど、それは、すべて許すという意味ではありません。
あなたがこれからどうするのかを、あなた自身の言葉で聞きたいです。
私も、私の気持ちを考え続けます。
麗日お茶子』
書き終えたお茶子は、ゆっくり息を吐いた。
「これで、いいんかな」
梅雨は答えた。
「それを決めるのは、お茶子ちゃんよ」
「うん」
お茶子は手紙を封筒に入れた。
「まず、これを届けてもらう。返事が来るかどうかは、分からへんけど」
「そうね」
「もし会うことになっても、私だけで全部を何とかしようとは思わない」
お茶子は立ち上がった。
「トガちゃんには、トガちゃんが向き合わなあかんことがある。私には私が向き合うことがある」
その言葉は、決別ではなかった。
仲直りでもなかった。
互いの責任と意思を、もう一度考えるための第一歩だった。
同じ頃。
トガヒミコは、監督下の部屋で一枚の手紙を受け取っていた。
「……お茶子ちゃん」
彼女は封筒を握ったまま、すぐには中を開かなかった。
以前のように、相手の血や姿を求める言葉ではない。
ただ、会いたいという意思と、許すこととは違うという意思が記されている。
トガは、ゆっくり手紙を開いた。
読み終えた後、彼女は便箋を胸元に押し当てた。
「……わたし、どうしたらいいんだろう」
職員は答えなかった。
答えを教えることはできない。
彼女が何を選ぶのかは、彼女自身が考えなければならない。
「お茶子ちゃんに会いたい」
トガは呟いた。
それから、少し間を置いて続けた。
「でも、会いたいって言えば、会わせてもらえるわけじゃないよね」
「その通りです。面会については、あなたの状態や相手の希望、安全面を確認した上で判断されます」
「うん」
トガは手紙を丁寧に畳んだ。
「返事を書いてもいいですか?」
「できます。ただし、内容の確認は必要です」
「分かりました」
彼女は机に向かった。
すぐに返事は書けなかった。
何を伝えても、相手が傷つくかもしれない。
何も伝えなければ、今度は自分が向き合うべきことから逃げることになるかもしれない。
トガは、しばらくペンを握り続けた。
彼女の問題も、終わってはいなかった。
五 治崎廻――役に立つことと、許されることは違う
地下の厳重管理区画。
治崎廻は、監督下の面談室にいた。
部屋の外には警備担当者が立ち、面談内容も記録される。
治崎は、机の上に置かれた資料を見ていた。
そこには、彼が関与した事件の被害と、調査の進捗が記されている。
彼は資料を読み終え、顔を上げた。
「話はそれだけか」
向かいの担当者が答えた。
「現時点では、あなたの証言が必要な部分があります。施設内の記録、関係者への指示、資金の流れなどです」
「調査に協力すれば、扱いが変わるのか」
「協力の有無は、調査の中で考慮される要素の一つです。ただし、それによってあなたの罪がなくなるわけではありません」
「……そうか」
治崎は、机の資料を指で叩いた。
「俺の知っていることなら話せる」
「すべてですか?」
「知っていることはな」
「記憶と記録に食い違いがある場合は?」
「調べればいい」
担当者は質問を続けた。
「被害者への謝罪を希望しますか?」
治崎の表情が険しくなった。
「俺が謝れば、何か変わるのか」
「それを決めるのは、被害を受けた人です」
「なら、聞く必要もないだろう」
「謝罪するかどうかは、あなたが考えることです。ただし、相手が受け取る義務はありません」
治崎は、しばらく黙っていた。
「……あいつは、どうしている」
「どなたのことですか?」
「エリだ」
担当者は、答える前に資料を確認した。
「エリさんの現在の状況について、あなたに伝えることはできません。また、本人が望まない限り、面会を設定する予定もありません」
「俺は、あいつに――」
「治崎さん」
担当者の声が少しだけ強くなった。
「エリさんは、あなたのために会う必要はありません。あなたが謝罪したいと思っていることも、あなたが何かを伝えたいと思っていることも、面会を求める理由にはなりません」
治崎は、口を閉じた。
その表情に、以前のような激しい怒りは見えない。
しかし、それは反省を意味するものでもなかった。
「……分かった」
彼は言った。
「調査には協力する。知っていることを話す」
「それは、責任を果たすためですか?」
治崎はすぐに答えなかった。
やがて、低い声で言った。
「俺がやったことを、俺以外の人間のせいにはできない。それだけだ」
担当者は資料を閉じた。
「その証言は、記録に残します」
治崎は黙っていた。
彼の協力は、被害者への償いの完成ではない。
治崎が情報を提供したところで、奪われた時間も、傷つけられた人々の人生も戻らない。
それでも、事実を明らかにすることは必要だった。
それは彼が、今後も引き受けなければならない責任の一部に過ぎない。
六 相澤、プレゼント・マイク、白雲朧
病院の面会区画。
相澤消太とプレゼント・マイクは、面会室の前にいた。
扉の向こうには、白雲朧がいる。
二人にとって、長い間、失われたままだった友人。
かつて三人で同じ未来を語った相手。
そして、その後の事件によって、人生を大きく変えられた人物。
「……入るぞ」
相澤が扉を開けた。
「おー、来たな」
白雲は、二人の姿を見て声をかけた。
その表情には、まだ疲労が残っている。
身体の状態も、精神的な状態も、完全に元通りとはいかない。
それでも、彼は自分の意思で二人と会うことを選んでいた。
「調子はどうだ?」
相澤が尋ねる。
「まあまあ。前よりは動けるようになってきた」
「無理はするな」
「分かってるって」
プレゼント・マイクは、椅子に腰を下ろした。
「いやあ、こうやって三人で話すのも久しぶりだな」
「そうだな」
相澤の返事は短かった。
白雲は二人を見た。
「何だよ。そんなに深刻な顔して」
「お前の今後について、確認しておきたいことがある」
相澤が言った。
「今後?」
「治療、生活、記録上の扱い。それから、外部との面会について」
「なるほどな」
白雲は少し考えた。
「俺は、まだ全部決められない」
「分かっている」
「自分がどこまで戻れるのかも分からないし、何をしたいのかも、まだ整理できてない」
「それでいい」
相澤は答えた。
「今すぐ決める必要はない」
プレゼント・マイクも頷いた。
「俺たちは、待てるよ」
白雲は二人を見た。
「……お前らは、どうしたい?」
「俺は、お前に会い続けたい」
相澤は迷わず答えた。
「ただし、俺の都合で、お前に何かを求めるつもりはない」
プレゼント・マイクも続けた。
「俺もだ。お前がどういう名前で、どういう扱いを受けるのか。それを俺たちが勝手に決めるつもりはない」
白雲は少し俯いた。
「俺が、昔の俺じゃなかったら?」
「それでも会う」
相澤が答えた。
「昔と同じである必要はない」
「……そっか」
白雲は、窓の方を向いた。
「俺はさ、まだ自分のことをどう説明すればいいのか分からないんだ」
「説明しなくていい」
「でも、記録を作るんだろ?」
「必要な記録は作る。だが、お前が自分のことをどう捉えるかまで、記録で決めることはできない」
「そうだな」
白雲は小さく笑った。
「じゃあ、今は白雲朧でいい。そう呼んでくれ」
「分かった」
相澤は頷いた。
プレゼント・マイクは、しばらく考えてから言った。
「俺たち、定期的に来てもいいか?」
「もちろん」
「ただし、無理に話をする必要はない。お前が疲れてたら帰る」
「分かってるよ」
白雲は二人を見た。
「お前らだって、無理するなよ」
その言葉に、相澤は少しだけ目を伏せた。
「……ああ」
面会の終わりが近づく。
二人が立ち上がったところで、白雲が声をかけた。
「なあ」
「何だ?」
「俺たちのこと、いつか全部話せるようになるかな」
相澤は答えを急がなかった。
「分からない」
「正直だな」
「今、分からないことを分かったとは言わない」
プレゼント・マイクも頷いた。
「でも、話せるようになったときには聞くよ。話したくないときは無理に聞かない」
白雲は、少し安心したように息を吐いた。
「それでいい」
扉が閉じられる。
廊下に戻った相澤は、しばらく何も言わなかった。
プレゼント・マイクが隣に立つ。
「相澤」
「何だ」
「俺たちも、まだ終わってないな」
「ああ」
「白雲のことも、あの事件のことも」
「そうだ」
相澤は、歩き始めた。
「だから、次も来る」
「もちろんだ」
彼らが向き合っているのは、過去の友人との再会だけではない。
白雲が何を経験し、何を望み、これからどう生きるのか。
その意思を尊重しながら、彼が受けた被害と、関係者が引き受けるべき責任を明らかにしていくこと。
それを続ける必要があった。
七 緑谷出久――救いたいと思ったことの責任
夕方。
出久は、学校の訓練棟にある小さな談話スペースで、一人座っていた。
目の前には、戦闘記録と、戦後の検証資料がある。
そこには、自分が戦った相手の名前も記されていた。
死柄木弔。
彼のことを考えると、今でも胸の奥が重くなる。
止めなければならなかった。
守らなければならなかった。
そして、救いたいと思った。
その気持ちは、今も間違いだったとは思っていない。
しかし、それだけで全ての問題が解決するわけではない。
「デク」
声をかけてきたのは、爆豪だった。
「何してんだ」
「記録を見ていた」
「また一人で抱え込んでんのか」
「違うよ」
「何が違う」
出久は資料を閉じた。
「考えていたんだ。僕が死柄木を救いたいと思ったことについて」
爆豪は向かいの椅子に座った。
「それがどうした」
「僕は、死柄木を救いたいと思った。彼の中に残っているものを見つけたかった」
「知ってる」
「でも、その気持ちを、彼に傷つけられた人たちへ押しつけることはできない」
爆豪は黙っていた。
「僕が救いたいと思ったからといって、彼を許さなければならない人はいない。彼と話す必要のある人もいない。彼の未来を信じる必要もない」
「当たり前だ」
「それでも、僕は彼を救いたいと思ったことを、なかったことにはしたくない」
爆豪は、少しだけ目を細めた。
「なかったことにする必要はねえだろ」
「でも、救いたいと思ったことが、正しい結果につながったのかは分からない」
「なら、これからも考えろ」
「うん」
「ただし、お前が何を考えていたかと、実際に何が起きたかは分けろ」
爆豪は資料を指差した。
「お前の気持ちがどうだったかは、お前が説明すりゃいい。だが、結果は結果だ。誰が傷ついたのか。何が壊れたのか。誰が責任を取るのか。そこに、お前の気持ちを混ぜるな」
出久は、真剣な顔で頷いた。
「……そうだね」
「それに、お前だけの話じゃねえ」
爆豪は続けた。
「俺だって、俺が選んだことの責任を取る。あの戦いで、何をしたのか。何ができなかったのか。誰に何を任せたのか」
「爆豪くんも?」
「当たり前だろ」
爆豪は立ち上がった。
「勝ったから全部正しかったなんて、誰が決めた」
そのとき、麗日と飯田、轟が入ってきた。
「お二人とも、ここにいたんですね」
飯田が言った。
「みんなで、今回の戦闘記録を確認することになったんだ」
「そうだったね」
出久が立ち上がる。
「何か新しい資料が出たの?」
轟が答えた。
「救助活動の記録と、避難誘導の記録を照合する。俺たちが見ていた範囲だけじゃなく、実際に何が起きていたのかを確認するためだ」
麗日も頷いた。
「私たちが助けた人だけじゃなくて、助けられなかった人のことも調べる。誰かを助けた場面だけを切り取って、全部うまくいったみたいに見せるのは違うと思うから」
「そうだね」
出久は資料を手に取った。
「僕たちの戦いを、英雄譚みたいにまとめるんじゃなくて、何が起きたのかを残す」
「ただし」
飯田が言った。
「我々生徒が、社会全体の責任を背負うわけではない。その点は相澤先生からも念を押されている」
「うん。僕たちだけで解決することはできない」
「しかし、何も知らないままでいることもできない」
「そうだね」
出久は仲間たちを見た。
「僕たちが自分たちの行動について説明することはできる。何を考えて、何を選んだのかを話すこともできる。でも、制度を変える責任まで、僕たちだけに押しつけられてはいけない」
「その通りだ」
轟が言った。
「俺たちは、まだ学ぶ立場でもある」
そのとき、扉の向こうから声がした。
「その認識を忘れるなよ」
相澤だった。
「先生!」
「お前たちの経験を聞くことは重要だ。だが、それを理由に、お前たちを大人の責任から逃れるための盾にすることは許さない」
「はい」
「戦闘に参加した以上、説明しなければならないことはある。だが、未成年の生徒に、社会制度全体の責任を背負わせるつもりはない」
相澤は全員を見渡した。
「自分の行動を振り返ることと、自分に責任のないものまで背負い込むことを混同するな」
「分かりました」
出久が答えた。
相澤は資料を見た。
「それから、明日の検証会では、戦闘の記録だけでなく、現場での判断についても確認する。都合の悪い記録を隠すな。自分の行動を正当化するために、相手の行動を都合よく切り取るな」
「はい!」
五人は返事をした。
それぞれが、これから向き合うべきものを持っていた。
誰か一人が、全員の責任を引き受ける必要はない。
しかし、自分の責任から逃げてもいけない。
その違いを、出久たちは少しずつ学び始めていた。
八 責任の形は、一つではない
翌日。
臨時合同調整室では、各担当者から進捗が報告されていた。
轟家に関する問題は、家族それぞれの意思を確認しながら、生活支援と個別の対応を継続することになった。
エンデヴァーには、自らの行動についての検証と、家族に対する責任を継続して果たすことが求められる。
ただし、家族がそれをどう受け止めるかは、家族自身が決める。
ホークスについては、公安委員会の指示と本人の判断を分けて調査し、記録の確認と必要な証言を進める。
トガについては、治療と監督を継続し、被害者への対応と本人の今後を別々に検討する。
麗日お茶子との面会については、双方の意思と安全面を確認する。
治崎については、証言と記録の提出を進める。ただし、それによって被害者への謝罪や許しが成立したことにはしない。
白雲朧については、本人の意思を尊重しながら、治療と生活の支援を継続する。相澤とプレゼント・マイクは、定期的な面会を続けることを希望している。
そして、緑谷出久たちには、戦闘や救助活動に関する記録の確認と、今後の検証への協力が求められる。
「どの問題も、解決したとは言えませんね」
八百万がまとめた資料を見て言った。
「当然だ」
相澤が答えた。
「むしろ、今ようやく、何を続けなければならないのかが見えてきたところだ」
プレゼント・マイクが机に手を置いた。
「一つ、確認しておきたいんだけどさ」
全員が彼を見る。
「今後、俺たちが何かをするたびに、誰かから批判されることになると思う」
「そうでしょうね」
根津が答えた。
「その批判が正しいとは限らない。誤解もあるだろうし、事実と違う話も出るかもしれない」
「でも、それを理由に批判を止めるわけにはいかない」
「その通りだね」
根津は頷いた。
「だからこそ、反論や説明をする場を設ける必要がある。事実と意見を区別し、記録を確認し、必要ならば判断を修正する」
「つまり、批判を受けること自体も、責任の一部ということか」
飯田が尋ねた。
「そうだ。ただし、誰かを攻撃することを批判と呼んではいけない。事実に基づいた検証と、個人への嫌がらせは違う」
「そこも整理する必要がありますね」
耳郎が言った。
「情報を公開するなら、関係者の安全や個人情報も守らなきゃいけない。批判を受ける側を守るためじゃなくて、関係のない人を巻き込まないために」
「その通りですわ」
八百万が続けた。
「公開できる記録と、公開できない記録を明確にして、その理由も説明するべきです」
「情報を隠すために、機密という言葉を使うのも駄目だ」
障子が言った。
「だが、安全を守るために公開できない情報もある。その判断を誰がしたのか、誰が確認するのかが重要になる」
根津は、資料を一枚めくった。
「そこで、これからの制度改革に向けて、必要なものがある」
「何でしょうか?」
出久が尋ねた。
「一つの問題について、一度の会議で結論を出さない仕組みだ」
根津は、紙にいくつかの項目を書き加えた。
「今回の個別対応は、これからも継続する。その上で、ヒーロー側の判断や制度の運用については、定期的に検証する場を設ける」
「定期的に、ですか」
「そう。問題が発覚したときだけでは遅い。何も起きていないように見える時期にも、制度が誰を取り残しているのかを確認する必要がある」
「でも、定期的に集まるだけでは、同じことになるんじゃないですか?」
出久が言った。
「その通りだね」
根津は微笑んだ。
「だから、会議を開くだけではなく、そこで出た意見に対して、誰が何をしたのかを記録する。そして、次の会議で確認する」
「できなかったことも?」
「もちろん」
根津は答えた。
「できたことだけを報告するなら、検証にはならない。何ができなかったのか。どうしてできなかったのか。誰が責任を負うのか。それも含めて記録する」
相澤が頷いた。
「その記録を、ヒーロー側だけで管理するな」
「そうだね。被害を受けた人や地域の代表者、専門家など、複数の立場から確認できる形を検討しよう」
「ただし、参加することを強制しないこと」
プレゼント・マイクが言った。
「そうだ」
根津は資料の端に、その言葉を書き加えた。
「参加しない自由も保障する必要がある」
出久は、会議の内容を聞きながら、前回の復興支援センターでの話し合いを思い出していた。
あのとき、彼らはようやく気づいた。
支援する側が、支援される側の必要としていることを勝手に決めてはいけない。
そして、今回も同じだった。
責任を果たす側が、責任を果たしたと勝手に決めてはいけない。
それを確認する仕組みが必要なのだ。
九 誰かのために、正義を語る前に
夕方。
会議を終えた出久は、校舎の屋上にいた。
手すりの向こうには、復興作業が続く街並みが広がっている。
そこへ、轟がやってきた。
「緑谷」
「轟くん」
「ここにいたのか」
「少し考え事をしていた」
轟は隣に立った。
「今日の会議、どう思った?」
出久は、すぐに答えなかった。
「いろんな人が、自分の責任と向き合っていた。でも、誰も一度の話し合いで解決したわけじゃない」
「そうだな」
「それでも、これから何をするのかを決めていた」
「俺もそう思う」
轟は街を見た。
「家族の問題は、家族だけのものじゃない。でも、社会が勝手に解決していいものでもない」
「うん」
「父の問題は、俺たちが許すかどうかで終わるものじゃない。俺たちの生活は、俺たちの意思で決める。その上で、父には父が引き受けるべき責任がある」
「轟くんらしいね」
「そうか?」
「うん」
轟は、少しだけ空を見上げた。
「お前はどうだ」
「僕?」
「死柄木のことだ」
出久は手すりを握った。
「……まだ考えているよ」
「そうだろうな」
「僕が彼を救いたかったこと。それが、彼に傷つけられた人たちにとって、どういう意味を持つのか」
「お前が救いたいと思ったことと、被害者がどう感じるかは別だ」
「うん」
「その両方を、なかったことにしなければいい」
出久は頷いた。
「僕は、ヒーローになりたかった。困っている人を救いたかった」
「知っている」
「でも、救うという言葉だけで、相手のことを分かったつもりになってはいけないんだと思う」
「そうだな」
「正しいことをしたと思っても、その正しさが誰かの声を聞こえなくしていたら、僕たちは気づかなきゃいけない」
轟は出久を見た。
「正義を捨てるのか?」
「違うよ」
出久は首を横に振った。
「正義を掲げること自体をやめるんじゃない。自分の正義が本当に誰かを守っているのか、疑い続けるんだ」
「……それは、簡単じゃないな」
「うん」
出久は街を見た。
「でも、簡単じゃないからって、考えるのをやめたくない」
轟は少し笑った。
「なら、続ければいい」
「うん」
二人の間に、しばらく沈黙が流れた。
そこへ、爆豪が扉を開けて現れた。
「おい、何やってんだ」
「考え事だよ」
出久が答える。
「またかよ」
「爆豪くんも、少しは考えたら?」
「考えてるから来たんだろうが」
爆豪は二人の隣に立った。
「根津校長から、次の話し合いの準備について連絡があった」
「もう次の話か」
轟が言った。
「終わってねえんだから当たり前だろ」
爆豪は腕を組んだ。
「次は、俺たちヒーローが正義を掲げるとき、誰の声が聞こえなくなるのか。そこを調べるらしい」
出久は、根津の言葉を思い出した。
「正義の名を、疑い続ける……」
「そういうことだろ」
爆豪は、少し苛立ったように言った。
「正義だ、理想だ、救済だ。そんな言葉を使って、何でも正しいことにするなって話だ」
「でも、何も掲げなければ、誰も動けない」
轟が言った。
「分かってる」
爆豪は答えた。
「だから、掲げること自体を否定するんじゃねえ。間違ってねえか、確認し続けろって話だろ」
出久は頷いた。
「うん」
三人は、夕暮れの街を見つめた。
戦いは終わった。
しかし、ヒーローが正義を掲げる限り、その正義を問い直す責任も続いていく。
十 終わらせないという選択
その夜。
根津校長は、臨時合同調整室の最後の資料を確認していた。
机には、今日までに整理された課題が並んでいる。
轟家。
ホークス。
トガとお茶子。
治崎。
相澤、プレゼント・マイク、白雲。
緑谷たち。
そして、戦後の社会そのもの。
どれも、解決したとは言えない。
それぞれに、今後も続けなければならない対応がある。
そこへ、相澤が入ってきた。
「まだ残っていたのか」
「もう少しだけね」
「明日でもいいだろう」
「明日に回すこともできる。けれど、今日のうちに確認しておきたいことがあるんだ」
根津は一枚の文書を差し出した。
そこには、今後の検証体制に関する案がまとめられていた。
「戦後のヒーロー制度改革に向けた、最初の提案だよ」
相澤は内容に目を通した。
「……定期的な検証。被害を受けた人々の参加。第三者による確認。記録の公開。異議申し立ての機会」
「まだ案の段階だ」
「分かっている」
「これを正式な制度として整えるには、関係機関との協議が必要になる。すぐに成立するとは限らない」
「それでも、始めるんだろ」
根津は微笑んだ。
「そうだね」
相澤は文書を机に戻した。
「ただし、これを作れば全て解決すると思うなよ」
「もちろん」
「制度を作った人間が、制度を疑えなくなることもある」
「その通りだね」
「検証する側が、いつの間にか権力を持ちすぎることもある」
「だから、検証する仕組みそのものも検証する必要がある」
相澤は少しだけ口元を緩めた。
「厄介だな」
「厄介であることは、悪いことではないよ」
根津は言った。
「簡単な正解を一つ作って、それを全員に当てはめる方が、よほど危険だ」
「……そうだな」
「ヒーローの正義をなくす必要はない。ただし、その正義が誰の声を聞き、誰の声を排除しているのか。常に問い続ける必要がある」
相澤は、窓の外を見た。
「正義を掲げる側が、自分の正義を疑う」
「それができなければ、また同じことが起きるかもしれない」
「なら、疑うための場所を作る」
「そうだね」
根津は文書を整えた。
「これからのヒーロー制度は、強さだけでは評価されない。何を守ったのか。誰を取り残したのか。間違いがあったときに、どう修正したのか。それも問われるようになる」
「ヒーローにとっては、厳しい時代になるな」
「そうかもしれない」
根津は穏やかに答えた。
「だが、厳しい問いを避け続けた結果が、今の状況なのだとしたら、私たちは向き合わなければならない」
相澤は静かに頷いた。
「明日から、また始まるな」
「明日からだけではないよ」
根津は資料を閉じた。
「今日も、すでに始まっている」
十一 後始末の終わりに
翌朝。
出久たちは、復興支援センターへ向かっていた。
昨日までの個別の問題について、すべての結論が出たわけではない。
轟家は、これからもそれぞれの意思を確認しながら歩んでいく。
ホークスは、過去の任務と組織の責任について、調査に協力し続ける。
お茶子は、トガへの手紙を届けた。返事を受け取るかどうか、会うことになるかどうかは、まだ分からない。
治崎は、犯した罪の調査に協力することを選んだ。それによって被害が消えるわけではない。
相澤とプレゼント・マイクは、白雲との面会を続ける。白雲がどのような未来を選ぶのかは、彼自身が決めていく。
そして、出久たちも、自分たちの行動を記録し、検証に協力していく。
そのどれもが、まだ途中だった。
「みんな」
出久が立ち止まった。
「どうした?」
飯田が尋ねる。
「僕たちは、これからもヒーローとして活動していくんだよね」
「当然だろう」
爆豪が答えた。
「でも、これからのヒーローは、今までと同じでいいのかな」
轟が少し考えた。
「同じではいられないだろうな」
麗日も頷いた。
「助けることだけじゃなくて、助けた後のことも考えたい」
「支援する側の都合を押しつけないことも必要だ」
飯田が続けた。
「それから、支援が届かなかったとき、どうして届かなかったのかを確認することも」
「自分たちの正しさを、最初から疑っておくことも大切だね」
耳郎が言った。
「ただ、疑い続けるだけで動けなくなるのも違うと思う」
八百万が続けた。
「だから、行動しながら確認する。必要であれば、間違いを修正する」
「簡単じゃないね」
麗日が呟いた。
「簡単じゃないから、みんなでやるんだよ」
出久は答えた。
爆豪が鼻を鳴らした。
「一人で何でもやろうとするなよ、デク」
「分かってる」
「本当かよ」
「……努力する」
「実行しろ」
そのやり取りに、周囲から小さな笑いが起きた。
彼らは、まだ若い。
すべての問題を理解しているわけではない。
大人たちが背負うべき責任まで、引き受ける必要もない。
それでも、彼らはこれからの社会を生きていく。
ヒーローになる者もいるだろう。
別の道を選ぶ者もいるだろう。
誰かを救う仕事を続ける者も、誰かに救われながら暮らしていく者もいる。
その全員が、同じ未来を選ぶ必要はない。
ただ、どの未来を選ぶにしても、誰かの声を最初から存在しないものとして扱ってはいけない。
出久は、復興支援センターの扉を開いた。
中では、今日も人々が集まり始めている。
昨日の会議に参加した人もいる。
初めて訪れた人もいる。
話をするために来た人。
相談を受けるために来た人。
話したくはないけれど、資料だけ確認しに来た人。
それぞれが、違う目的を持っていた。
出久は、その姿を見て思った。
ヒーローが世界を救ったのではない。
ヒーローも、住民も、支援者も、医療従事者も、復旧作業に従事する人々も、それぞれの場所で世界を支えている。
ヒーローは、その一部に過ぎない。
だからこそ、自分たちの正義を絶対のものにしてはいけない。
誰かのために戦うこと。
誰かの声を聞くこと。
誰かの生活を支えること。
そして、自分たちの間違いを認めること。
それらを、これからも続けていく。
戦争が終わった日を、すべての問題が終わった日にはしない。
救えなかった人々の人生を、勝利の陰に隠さない。
傷つけた者の責任を、理解という言葉で消さない。
そして、過去を背負うことを理由に、未来を諦めない。
「行こう」
出久が仲間たちに声をかけた。
「うん!」
麗日が頷く。
「当然だ」
飯田が姿勢を正す。
轟が歩き出す。
爆豪は先に進みながら、振り返った。
「遅えぞ、デク!」
「待ってよ、爆豪くん!」
出久たちは、それぞれの場所へ向かっていった。
その背中に、すべての答えがあるわけではない。
まだ解決していない問題もある。
責任を果たし続けなければならない人々もいる。
それでも、彼らは次の一歩を踏み出す。
後始末とは、過去に蓋をすることではない。
過去を抱えたまま、これからの社会を作り直すことだ。
そして、その社会が再び誰かを取り残さないように、問い続けることだ。
後始末編・終幕。
第七十五話・了