僕のヒーローアカデミア 原罪   作:神代シン

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第七十七話「燈矢の炎は、誰のものでもない」

一 面会の予定

病院の一室。

 

窓の外には、復興の進む街並みが見える。

 

その部屋で、轟焦凍は一枚の書類を手にしていた。

 

面会希望者の確認書。

 

希望者の名前は、轟冷、轟冬美、轟夏雄、そして轟焦凍。

 

面会を受ける側の名前は――轟燈矢。

 

「全員で会う必要はない」

 

焦凍は書類を見ながら言った。

 

「一人ずつでもいい。途中で終わってもいい。誰かが来ない選択をしてもいい」

 

隣にいた冬美は、静かに頷いた。

 

「そうだね。みんなが同じ気持ちじゃないから」

 

「夏兄は?」

 

「今日は来ないって。まだ、燈矢と顔を合わせる気持ちにはなれないそうよ」

 

「分かった」

 

焦凍はそれ以上、兄を説得しようとはしなかった。

 

夏雄が来ないのは、燈矢を見捨てたからではない。

 

それは夏雄自身が考えた結果であり、今の彼に必要な距離なのだろう。

 

冬美は、少し迷うように口を開いた。

 

「私も、正直に言うと怖いよ」

 

「姉さんも?」

 

「うん。燈矢が生きていると分かったときは、会いたいと思った。でも、実際に会うとなると、何を話せばいいのか分からなくなる」

 

「無理に話さなくてもいい」

 

「焦凍は、そう言ってくれるね」

 

冬美は小さく笑った。

 

「でも、私はずっと、家族がまた一緒に食卓を囲めるようにしたいと思っていたの」

 

「……」

 

「そう願うこと自体は、今も悪いことではないと思ってる。でも、その願いを燈矢や夏雄、お母さんに押しつけたら駄目なんだよね」

 

焦凍は頷いた。

 

「俺もそう思う」

 

「家族が一緒に過ごせることと、過去を許すことは違う。今は、それを忘れないようにしたい」

 

冬美は、書類に目を落とした。

 

「燈矢が来てほしいと思っているかどうかも分からないしね」

 

「本人には確認してある」

 

焦凍が答えた。

 

「会って話したいとは言っていた。ただ、全員と一度に会うのか、誰から会うのかは決めていない」

 

「そうなんだ」

 

「まずは母さんからにする。母さんが望むなら、俺も同席する」

 

「お母さんは?」

 

「今日は来る。けど、無理はしないって」

 

冬美は、少し安心したように息を吐いた。

 

そこへ、病室の扉をノックする音が響いた。

 

「入っていいか?」

 

相澤消太だった。

 

「相澤先生」

 

「面会について、担当者から確認を受けた。本人の意思と体調を考慮して、予定を分けることになった」

 

「はい」

 

「家族だからといって、面会を受け入れる義務があるわけじゃない。会いたい側も、会いたくない側も、意思を尊重する」

 

相澤は書類を確認した。

 

「それから、面会中の会話をどこまで記録するかも本人たちに確認する。医療や安全管理に必要な記録と、個人的な会話を無制限に扱うことは別だ」

 

「分かりました」

 

焦凍は頷いた。

 

「先生」

 

「何だ」

 

「燈矢は、これからどうなるんでしょうか」

 

「治療と管理は継続する。事件については、法的な手続きも進む。お前たちが会ったからといって、それが変わるわけじゃない」

 

「……はい」

 

「家族としてどうするかは、お前たちが決めろ。ただし、家族の関係を理由に、事件の責任を曖昧にするな」

 

「分かっています」

 

相澤は、焦凍の表情を見た。

 

「逆もだ。事件の責任があるからといって、家族としての気持ちまで否定する必要はない」

 

焦凍は目を伏せた。

 

「難しいですね」

 

「そうだな」

 

相澤は淡々と答えた。

 

「難しいから、一度で決着をつけようとするな」

 

二 母として会う

最初の面会は、冷と燈矢の二人で行われることになった。

 

焦凍と冬美は、別室で待つ。

 

冷は、部屋の前で一度立ち止まった。

 

「大丈夫ですか?」

 

担当者が尋ねた。

 

「大丈夫かどうかは、まだ分かりません」

 

冷は静かに答えた。

 

「でも、私が会いたいと思ったから来ました」

 

扉が開く。

 

燈矢は、椅子に座っていた。

 

身体には治療の跡が残り、自由に動かせる範囲も限られている。

 

かつてのように全身から炎を放つことはできない。

 

いや、今の彼にとって、炎をどう扱うかは身体の問題だけではなかった。

 

燈矢は、冷を見る。

 

「……母さん」

 

冷は、ゆっくり椅子に座った。

 

「久しぶりね、燈矢」

 

「うん」

 

しばらく、言葉が出なかった。

 

何年も会っていなかった。

 

その間に、燈矢は荼毘となり、冷は母としての時間を過ごし続けていた。

 

けれど、同じ時間を過ごせなかった二人が、今この瞬間に突然、元の関係へ戻れるわけではない。

 

「身体の具合はどう?」

 

「良くはない。悪いとも言えるし、前よりはましとも言える」

 

「そう」

 

「母さんは?」

 

「私も、治療を続けているわ」

 

「……そっか」

 

燈矢は視線を落とした。

 

「母さん、俺のことが怖い?」

 

冷はすぐには答えなかった。

 

「怖いと思うことはあるわ」

 

「だよな」

 

「あなたが何をしてきたのか、知っているから」

 

燈矢は何も言わない。

 

冷は続けた。

 

「でも、それだけではないの」

 

「何が?」

 

「あなたに会うことが怖いのは、あなたがしたことだけが理由ではない。昔のことを思い出すから。私自身が、どうしてあのとき何もできなかったのかを考えてしまうから」

 

「母さんが悪かったって言いたいのか?」

 

「いいえ」

 

冷は首を横に振った。

 

「あなたのしたことを、私の責任だけにするつもりはないわ。あなたの人生を、私一人の責任にすることも違うと思う」

 

燈矢は、母の顔を見つめた。

 

「俺は、母さんが俺を見ていないと思ってた」

 

「……」

 

「父さんばかり見ていたわけじゃないのかもしれない。母さんも苦しかったんだろうし、俺たちのことを考えていたのかもしれない」

 

燈矢は、ゆっくり言葉を続けた。

 

「でも、あの頃の俺には、そう見えなかった」

 

「そうでしょうね」

 

「俺は父さんに認めてもらいたかった。母さんにも、俺がここにいるって分かってほしかった」

 

「燈矢」

 

「何か特別なことをしてほしかったわけじゃない……と言えば嘘になる。父さんには、もっと俺を見てほしかった。俺が頑張ったときに、ちゃんと俺の名前を呼んでほしかった」

 

燈矢の声が少し掠れる。

 

「母さんには、父さんのことでいっぱいになっても、俺を見ていてほしかった」

 

冷は、彼の言葉を遮らなかった。

 

「でも、俺はもう、昔の子供じゃない。今さら母さんに抱きしめてもらえば、全部戻るなんて思ってない」

 

「そうね」

 

「それに、俺がやったことは消えない」

 

「ええ」

 

冷は、目を伏せた。

 

「私は、あなたに何もなかったことにしてほしいとは思わない。私自身も、何もなかったことにはできない」

 

「……」

 

「でも、あなたが何を望んでいたのか、今からでも聞きたいと思っている」

 

燈矢は、母の手を見た。

 

「母さんは、俺をどうしたい?」

 

冷は首を横に振った。

 

「私が、あなたをどうしたいかを決めることはできないわ」

 

「母親なのに?」

 

「母親だからこそ、あなたの人生を私の希望だけで決めたくない」

 

冷は、ゆっくりと手を伸ばした。

 

ただし、触れる直前で止めた。

 

「手を握ってもいい?」

 

燈矢は、その手を見つめた。

 

そして、小さく頷いた。

 

冷は、彼の手にそっと触れた。

 

長い時間の後に交わされた、小さな接触だった。

 

それは許しではない。

 

過去の問題が解決したという証でもない。

 

ただ、母と息子が、今この瞬間に相手の存在を確かめたということだった。

 

「また、来てもいい?」

 

冷が尋ねた。

 

燈矢は、少しだけ笑った。

 

「母さんが来たいなら」

 

「あなたは?」

 

「……来てほしい」

 

「分かったわ」

 

冷は手を離した。

 

面会の終わりを告げる時間が近づいていた。

 

「燈矢」

 

「何?」

 

「あなたがこれからどう生きるかは、あなたが考えていくことよ」

 

「うん」

 

「私は、母親として必要なことを続ける。でも、それはあなたのしたことを許したという意味ではないわ」

 

「分かってる」

 

「あなたも、自分のしたことから逃げないで」

 

燈矢は静かに頷いた。

 

「逃げないよ」

 

冷が部屋を出た後、燈矢は一人になった。

 

握られていた手を見つめる。

 

そこに、過去が戻ってくるわけではない。

 

ただ、もう一度母親と会う約束ができた。

 

今は、それだけだった。

 

三 冬美の願い

次の面会には、冬美が一人で訪れた。

 

「やあ、燈矢」

 

「姉ちゃん」

 

「その呼び方、久しぶりだね」

 

「そうだな」

 

冬美は椅子に座り、少し困ったように笑った。

 

「何を話そうか、ずっと考えていたんだ」

 

「何でもいいよ」

 

「何でもいいって言われると困るなあ」

 

「昔からそうだっただろ」

 

「そうだったね」

 

二人の間に、わずかな笑いが生まれた。

 

冬美は、持ってきた袋を机に置いた。

 

「これ、持ってきたの」

 

「何?」

 

「写真。家族のものじゃないよ。昔のアルバムから、あなたが写っている写真を選んだの」

 

燈矢は、袋から写真を取り出した。

 

そこには、幼い頃の自分が写っていた。

 

焦凍よりも少し大きな身体。

 

炎を出す練習をしていた頃の姿。

 

冬美と夏雄が隣に並んでいるものもある。

 

「……懐かしいな」

 

「うん」

 

「これ、父さんが撮ったのか?」

 

「たぶんね。全部覚えているわけじゃないけど」

 

燈矢は、写真を一枚ずつ見ていた。

 

「姉ちゃんは、俺のことをどう思ってた?」

 

冬美は少し驚いた。

 

「どういう意味?」

 

「俺が父さんに認められようとしていたとき。家の中で、どう見えていた?」

 

「……頑張りすぎていると思っていた」

 

「止めてほしかった?」

 

「止めたかった。でも、止め方が分からなかった」

 

冬美は正直に答えた。

 

「私は、燈矢が危ないと思っていた。でも、父さんに逆らうことも、あなたを説得することもできなかった」

 

「姉ちゃんも、怖かった?」

 

「そうだね。父さんが怒ることも、あなたが傷つくことも。どちらも怖かった」

 

冬美は、写真を見た。

 

「私は、家族が壊れないようにしたかった。みんなが一緒にいられるようにしたかった。でも、そのために、自分が我慢すればいいと思っていたところがある」

 

「……それで?」

 

「それで、何も解決できなかった」

 

冬美は、目を伏せた。

 

「私が間に入れば、何とかなると思っていた。でも、私が調整できる問題じゃなかった。あなたの気持ちも、母さんの気持ちも、夏雄や焦凍の気持ちも、私が代わりに決められるものじゃなかった」

 

燈矢は写真を置いた。

 

「姉ちゃんは、これからも家族を一緒にしたい?」

 

冬美は考えた。

 

「一緒に過ごせるなら、うれしいと思う」

 

「でも?」

 

「でも、無理に一緒にするのは違うと思っている」

 

冬美は、はっきりと答えた。

 

「夏雄が会いたくないなら、会わなくていい。焦凍が父さんと距離を置きたいなら、それでいい。母さんも、自分の生活を優先していい」

 

「俺は?」

 

「燈矢もよ」

 

「俺も?」

 

「あなたが家族と会いたいと思うなら、会う方法を考える。でも、家族が会いたいと思うかどうかは、それぞれが決めること」

 

冬美は少し笑った。

 

「みんなが同じ場所に集まることを、私の夢にしてしまったら、また誰かに我慢させることになるから」

 

燈矢は、しばらく沈黙した。

 

「姉ちゃんは、もう無理して家族の間に立たなくていいよ」

 

「……うん」

 

「俺も、自分のことは自分で考える」

 

「そうしてくれたらうれしい」

 

「でも、たまには来てよ」

 

「もちろん」

 

冬美は頷いた。

 

「ただし、私も自分の生活があるから、毎日は来られないよ」

 

「分かってる」

 

「それと、あなたが望むことを何でも叶えられるわけではないからね」

 

「それも分かってる」

 

「なら、よかった」

 

冬美は写真を袋に戻した。

 

「これは、ここに置いていく?」

 

「いや、持っていていい?」

 

「もちろん」

 

燈矢は写真を受け取った。

 

一枚の写真に写っている家族は、もうそのままの形では存在しない。

 

それでも、その時間まで消す必要はなかった。

 

四 夏雄は来ない

数日後。

 

焦凍は、燈矢の面会室を訪れた。

 

「来たぞ」

 

「焦凍か」

 

「そうだ」

 

「母さんと姉ちゃんは?」

 

「それぞれ帰った」

 

「夏雄は?」

 

焦凍は、一度目を伏せた。

 

「今日は来ない」

 

燈矢は少し笑った。

 

「そうか。まあ、そうだろうな」

 

「兄さん」

 

「何だ?」

 

「夏兄は、会いたくないと言っている」

 

「聞いてるよ」

 

「でも、完全に関係を切ったわけでもない。今は会わないということを選んでいる」

 

燈矢は、椅子の背にもたれた。

 

「夏雄らしいな」

 

「何が?」

 

「嫌なものは嫌だって、ちゃんと言う」

 

「昔からそうだった」

 

「俺は、それができなかった」

 

燈矢は笑わなかった。

 

「父さんに認められたかった。自分が間違っているなんて思いたくなかった。だから、止まれなかった」

 

焦凍は、彼を見た。

 

「今は?」

 

「今も、全部整理できたわけじゃない」

 

「そうか」

 

「でも、自分がしたことを父さんのせいだけにするつもりはない」

 

「……うん」

 

「父さんが俺に何をしたのか。それは父さんの責任だ。俺が誰を傷つけたのか。それは俺の責任だ」

 

焦凍は、少しだけ表情を変えた。

 

「そう言えるようになったんだな」

 

「言えるようになっただけだ。まだ、何かをしたわけじゃない」

 

「そうだな」

 

焦凍は椅子に座った。

 

「俺も、兄さんに言いたいことがある」

 

「何だよ」

 

「俺は、兄さんが生きていてよかったと思っている」

 

燈矢は目を見開いた。

 

「でも、それだけじゃない」

 

焦凍は続けた。

 

「兄さんがやったことを許したわけじゃない。兄さんに傷つけられた人のことを忘れるつもりもない」

 

「分かってる」

 

「俺は、兄さんを助けたいと思った。でも、その気持ちを理由に、被害を受けた人たちに許せとは言えない」

 

燈矢は黙っていた。

 

「兄さんに会うことも、家族として話すことも、俺が選んだことだ。だから、兄さんはそれを、家族に許された証拠にしないでほしい」

 

「……ああ」

 

「俺たちは、兄弟だ。でも、兄弟だから何でも許されるわけじゃない」

 

「そうだな」

 

「そして、俺は兄さんの代わりに父さんを許すつもりもない」

 

「それでいい」

 

燈矢は、窓の外を見た。

 

「焦凍」

 

「何だ」

 

「俺が本当に欲しかったものを、聞いてくれるか」

 

「聞く」

 

「俺は、父さんに勝ちたかったわけじゃない」

 

焦凍は黙って聞いた。

 

「父さんみたいになりたかったわけでもない。父さんの記録を超えたかったわけでもない」

 

燈矢は、ゆっくりと話し始めた。

 

「ただ、父さんに見てほしかった。俺が炎を出せたとき、できたなって言ってほしかった。俺が頑張ったとき、ちゃんと俺を見てほしかった」

 

「……」

 

「母さんにも、見ていてほしかった。姉ちゃんや夏雄と同じように、俺のことも家族として見てほしかった」

 

彼は一度、息を整えた。

 

「でも、いつの間にか、俺は自分の炎しか見ていなかった」

 

「兄さんの炎?」

 

「父さんが認めるための炎だよ。父さんが望む強さに届くための炎。父さんの夢を叶えるための炎」

 

燈矢は、自分の手を見た。

 

「俺は、自分が何を好きだったのかも、分からなくなっていた」

 

焦凍は何も言わなかった。

 

「父さんが俺を見なくなった後も、俺は炎を燃やした。止めたら、俺がここにいた意味までなくなると思っていたんだ」

 

燈矢は顔を上げた。

 

「俺は、父さんに認められることを、自分が生きている証拠にしていた」

 

「兄さん」

 

「でも、今は違う」

 

燈矢は、自分の指先を見つめる。

 

「俺の炎は、父さんのためにあるんじゃない。父さんの夢のためでもない。俺が誰かに認められるためだけのものでもない」

 

彼は言葉を区切った。

 

「俺のものだ」

 

焦凍は静かに頷いた。

 

「そうだな」

 

「これから何をするかは、俺が考える。炎をどう扱うかも、俺が考える。もちろん、今は勝手に使える状態じゃないし、責任もある」

 

「うん」

 

「それでも、父さんが望んだ形に戻るつもりはない」

 

焦凍は少し笑った。

 

「兄さんらしい」

 

「そうか?」

 

「少なくとも、父さんの理想とは違う」

 

燈矢は、小さく笑った。

 

「それでいい」

 

五 父親として来る

最後の面会は、エンデヴァーだった。

 

面会室の外で、エンデヴァーはしばらく立ち止まっていた。

 

かつての彼なら、こういう場面でも自分の意志を優先していただろう。

 

息子に何を伝えるか。

 

何を理解させるか。

 

どうすれば自分の望む結果になるのか。

 

だが、今は違う。

 

彼は面会の前に、担当者から確認を受けていた。

 

「面会を希望するのは、あなた自身の意思ですね」

 

「そうだ」

 

「燈矢さんが面会を拒否した場合、どうしますか」

 

「帰る」

 

「会話の中で、相手が中断を希望した場合は?」

 

「中断する」

 

「謝罪を受け取られなかった場合は?」

 

エンデヴァーは、一度目を閉じた。

 

「それを受け入れる」

 

「分かりました」

 

扉が開いた。

 

燈矢は、父を見た。

 

「……来たんだ」

 

「ああ」

 

エンデヴァーは、向かいの椅子に座った。

 

以前のような炎はない。

 

その姿を見ても、燈矢は何も言わなかった。

 

二人の間に、長い沈黙が流れた。

 

「何から話せばいいか、分からない」

 

エンデヴァーが言った。

 

「なら、話さなくてもいいんじゃないか」

 

「いや、今日は話したい」

 

「そうか」

 

エンデヴァーは、膝の上で拳を握った。

 

「燈矢」

 

「何?」

 

「お前に対して、私は父親として間違ったことをした」

 

燈矢は黙っていた。

 

「お前の力を、自分の目標のために見ていた。お前が何を望んでいるのかよりも、どこまで成長するのか、どこまで強くなるのかを見ていた」

 

「……」

 

「お前が危険な状態になっていることを知りながら、十分に向き合わなかった。家族の中に問題があることも分かっていながら、責任を果たさなかった」

 

エンデヴァーは頭を下げた。

 

「すまなかった」

 

燈矢は、その言葉を聞いていた。

 

しかし、すぐに答えようとはしなかった。

 

「父さん」

 

「何だ」

 

「今の謝罪は、俺に許してほしいから?」

 

エンデヴァーは顔を上げた。

 

「違う」

 

「本当に?」

 

「お前に許してもらえるとは思っていない」

 

「じゃあ、何のため?」

 

エンデヴァーは少し考えた。

 

「私が、言わなければならないことだからだ」

 

「……」

 

「お前に許してもらうために謝るのではない。私が父親として何をしたのかを認めるために謝る」

 

燈矢は、父親を見つめた。

 

「俺が許さなくても?」

 

「ああ」

 

「もう二度と会いたくないと言っても?」

 

「ああ」

 

「父さんがこれから何をしたって、俺は許さないかもしれない」

 

「分かっている」

 

燈矢は、少しだけ顔を歪めた。

 

「それでも、父親として責任を果たすつもりなのか」

 

「そうだ」

 

エンデヴァーは、はっきりと言った。

 

「お前が私を許すかどうかと、私が父親として責任を果たすかどうかは別だ」

 

燈矢は、視線を落とした。

 

「……ようやく、そう言うんだな」

 

「ああ」

 

「遅すぎるよ」

 

「そうだ」

 

「俺が子供だった頃に言ってほしかった」

 

「そうだな」

 

「俺が炎を出す練習をしていたときに。俺が父さんのことを見ていたときに。俺が父さんに認められたくて、何度も頑張っていたときに」

 

「……」

 

「そのときに、俺を見てほしかった」

 

エンデヴァーは、何も言い返さなかった。

 

「今さら父さんが反省したところで、あの頃には戻れない」

 

「分かっている」

 

「母さんも、姉ちゃんも、夏兄も、焦凍も。それぞれ傷ついている。父さんが何か言えば、みんなが同じ気持ちになるわけじゃない」

 

「ああ」

 

「俺が父さんと話したからって、家族全員が父さんを許すわけでもない」

 

「その通りだ」

 

燈矢は、父親をまっすぐ見た。

 

「それでも、父親でいるつもりなのか」

 

エンデヴァーは、迷わず答えた。

 

「そうだ」

 

「父親として、何をするんだよ」

 

「お前たちの生活に必要な支援を続ける。お前が望むかどうかを確認し、必要な治療や生活の支援を妨げない。家族それぞれの意思を尊重する。そして、私自身の行動について、必要な検証と責任を引き受ける」

 

「それだけ?」

 

「それだけではない。だが、私が今ここで、できもしないことを並べるべきではない」

 

燈矢は、少しだけ笑った。

 

「父さんらしくないな」

 

「そうかもしれない」

 

「昔なら、もっと大きなことを言っていた」

 

エンデヴァーは目を閉じた。

 

「私は、結果を急ぎすぎていた」

 

「今は?」

 

「結果を急ぐべきではないと考えている」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

燈矢は、少し沈黙した。

 

「父さん」

 

「何だ」

 

「俺の炎を、もう父さんのものだと思わないでくれ」

 

エンデヴァーの表情が変わった。

 

「俺の炎は、父さんの夢を叶えるためのものじゃない。父さんの失敗を取り戻すためのものでもない。焦凍と比べるためのものでもない」

 

「……ああ」

 

「俺が何をするかは、俺が決める。もちろん、俺がしたことの責任は取る。勝手に炎を使っていいわけじゃないし、誰かを傷つけたことも消えない」

 

燈矢は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「でも、俺の人生を父さんの夢に戻すつもりはない」

 

エンデヴァーは深く頷いた。

 

「その通りだ。お前の人生は、お前のものだ」

 

「今まで、そう言えなかったんだな」

 

「そうだ」

 

「父さんは、何を望んでいる?」

 

エンデヴァーは考えた。

 

「お前たちが、私のために何かをすることは望まない」

 

「……」

 

「家族として一緒に暮らすことも、私を許すことも、私と同じ気持ちになることも要求しない」

 

エンデヴァーは、息子を見た。

 

「ただ、私が父親として責任を果たし続けることを、許してほしいとは言わない。これは私が果たすべきことだからだ」

 

燈矢は、すぐには返事をしなかった。

 

やがて、低い声で言った。

 

「父さん」

 

「何だ」

 

「次に来るときも、同じことを言える?」

 

エンデヴァーは、少し目を見開いた。

 

「何度でも言う」

 

「そのたびに俺が、許さないって言っても?」

 

「ああ」

 

「そのたびに、昔のことを言っても?」

 

「聞く」

 

「俺が、会いたくないって言ったら?」

 

「帰る」

 

燈矢は、少しだけ笑った。

 

「……じゃあ、また来ていいよ」

 

エンデヴァーは、息を呑んだ。

 

「ただし、父さんが勝手に家族の代表みたいな顔をするのはやめてくれ」

 

「ああ」

 

「母さんの気持ちも、姉ちゃんの気持ちも、夏兄の気持ちも、焦凍の気持ちも、父さんが代わりに説明するな」

 

「分かった」

 

「俺の気持ちもだ」

 

「分かった」

 

「父さんは、父さんの責任を果たせ」

 

エンデヴァーは、静かに頭を下げた。

 

「必ず果たす」

 

面会の終了時刻が近づいていた。

 

エンデヴァーは席を立つ。

 

「今日は、時間を取ってくれてありがとう」

 

「礼を言うことじゃないだろ」

 

「そうだな」

 

父親は扉へ向かった。

 

その背中に、燈矢が声をかけた。

 

「父さん」

 

「何だ」

 

「俺の炎は、もう父さんのものじゃない」

 

「ああ」

 

「それでも、俺が俺の炎をどうするかは、まだ分からない」

 

「それでいい」

 

エンデヴァーは振り返った。

 

「急いで決める必要はない。お前が自分で考えられるように、私ができることを続ける」

 

燈矢は、何も答えなかった。

 

しかし、その沈黙を拒絶と決めつけることも、受け入れた証拠と考えることもできなかった。

 

扉が閉じる。

 

面会は終わった。

 

責任は、終わっていない。

 

六 家族の食卓

数日後。

 

轟家では、久しぶりに家族が集まる時間が設けられた。

 

ただし、全員が揃ったわけではない。

 

夏雄は来なかった。

 

彼は今回の集まりに参加しない意思を示し、その判断は尊重されている。

 

食卓には、冷、冬美、焦凍の三人が座っていた。

 

エンデヴァーは、少し離れた席に座っている。

 

今回の食事は、家族が昔の暮らしに戻るためのものではない。

 

面会の後、今後の連絡や生活上の必要事項を確認するために設けられた時間だった。

 

「食事の用意、ありがとう」

 

冷が冬美に声をかける。

 

「ううん。私が作りたかっただけだから」

 

冬美は少し笑った。

 

焦凍は、並んだ料理を見ていた。

 

「昔より、食べる量が減ったな」

 

「焦凍は今でもよく食べるでしょう」

 

冬美が笑う。

 

「そうか?」

 

「そうよ」

 

冷も小さく笑った。

 

エンデヴァーは、黙っていた。

 

彼がこの食卓にいることを、全員がどう感じているのか。

 

それは、それぞれ違う。

 

冷は、必要な話をするために同席している。

 

冬美は、家族が一緒に食事をすることを望んでいたが、それを全員に強制しないと決めている。

 

焦凍は、父親が同席することを受け入れているが、父親を許したわけではない。

 

エンデヴァー自身も、それを理解していた。

 

「今日は、今後の連絡方法を確認したい」

 

冷が言った。

 

「燈矢との面会については、本人の体調と意思を確認しながら続ける。私も、可能な範囲で会いに行く」

 

「分かった」

 

エンデヴァーが答える。

 

「ただし、私が会うことについて、あなたが間に入る必要はないわ」

 

冷は、エンデヴァーを見た。

 

「燈矢が会いたいと言ったときに、必要な手続きを取ればいい」

 

「ああ」

 

「私とあなたの連絡も、必要なことに限る。家族だからという理由で、以前のように何でも報告する必要はないと思っている」

 

「分かった」

 

冬美が続けた。

 

「私は、今後も必要なときには連絡を取りたい。でも、みんなの間に入って調整する役はやめたいと思ってる」

 

「冬美」

 

エンデヴァーが口を開く。

 

「今まで、お前に負担をかけていた」

 

「うん」

 

「すまなかった」

 

「謝罪は受け取るよ。でも、だからといって、これからも私が家族の世話をするという意味ではないからね」

 

「分かっている」

 

「私も、自分の生活を大切にしたい」

 

「そうしてほしい」

 

焦凍も口を開いた。

 

「俺は、父さんと必要な話はする。でも、今までのように父さんの考えを中心に家族のことを決めるのはやめてほしい」

 

「ああ」

 

「夏兄が来ないことについても、父さんは何も言わないでくれ」

 

「……分かった」

 

「夏兄が会うかどうかは、夏兄が決める」

 

「その通りだ」

 

冷は、食卓を見回した。

 

「こうして三人で食べるのは、久しぶりね」

 

「そうだね」

 

冬美が答える。

 

「でも、今日は焦凍もいるし、お母さんもいるし、父さんもいる」

 

「ええ」

 

「それでも、昔と同じ家族に戻ったわけじゃない」

 

冬美は、エンデヴァーを見た。

 

「それでいいと思う」

 

「……そうだな」

 

エンデヴァーは答えた。

 

その食卓には、昔のような賑やかさはなかった。

 

空いた席もある。

 

言えないこともある。

 

まだ許せないこともある。

 

けれど、誰かが無理をして笑う必要もなかった。

 

食事が終わる頃、冷が言った。

 

「次は、燈矢の好きだったものを持っていってみようかしら」

 

「何が好きだったっけ?」

 

冬美が尋ねる。

 

「昔、よく食べていたものがあったでしょう」

 

「ああ、あれか」

 

焦凍が思い出したように言った。

 

エンデヴァーは、少しだけ口を開いた。

 

「燈矢は、昔――」

 

言いかけて、止まった。

 

彼は、自分が知っていると思い込んでいた。

 

燈矢の好きだったもの。

 

燈矢が望んでいたもの。

 

燈矢が何を喜ぶのか。

 

しかし、今の燈矢が何を望むかは、本人に聞かなければ分からない。

 

「……本人に聞いてみる」

 

エンデヴァーは言い直した。

 

冬美は、少しだけ微笑んだ。

 

「うん。それがいいと思う」

 

七 炎の行方

数日後。

 

燈矢は、担当者から今後の治療と生活支援について説明を受けていた。

 

必要な治療。

 

身体の状態に応じた訓練。

 

事件に関する手続き。

 

そして、今後の生活で本人が選択できる範囲。

 

「あなたの希望を、すべて実現できるとは限りません」

 

担当者は慎重に説明した。

 

「安全上の制限や、法的な手続きもあります。治療についても、身体の状態を確認しながら進める必要があります」

 

「分かってる」

 

燈矢は答えた。

 

「でも、自分の希望を言うことはできるんだろ」

 

「もちろんです」

 

「なら、いくつか考えていることがある」

 

彼は、机の上に置かれた用紙を見た。

 

「まず、家族との面会。俺が会いたいときに申し込めるようにしてほしい。ただし、相手が断ったら、それを尊重する」

 

「分かりました」

 

「次に、自分の身体の状態について、ちゃんと説明を受けたい。炎を使えるかどうかだけじゃなくて、今後どういう生活ができるのかを知りたい」

 

「治療担当者と相談して、説明の時間を設けます」

 

「それから、俺がしたことについての調査にも協力する」

 

担当者は記録した。

 

「自分の行為について、必要な証言を行うということですね」

 

「ああ。俺がやったことを、父さんのせいにするつもりはない」

 

「その点は、あなた自身の言葉で説明してください」

 

「分かってる」

 

燈矢は、少し黙った。

 

「最後に、これからのことを自分で考える時間がほしい」

 

「それは可能です」

 

「家族のためにどうするかじゃない。父さんのためでもない。誰かに認められるためでもない。俺がどう生きたいのかを考える」

 

担当者は頷いた。

 

「それも、今後の支援の中で考えていきましょう」

 

燈矢は窓の外を見た。

 

かつての自分は、炎を出すことしか考えていなかった。

 

誰よりも強く。

 

父親に認められるほど強く。

 

自分が必要とされるほど強く。

 

しかし、その炎が何のためにあるのかを考えることはなかった。

 

いや、考えないようにしていたのかもしれない。

 

炎は、父親の夢を叶えるための道具ではない。

 

兄弟に勝つためのものでもない。

 

自分が価値のある人間だと証明するためだけのものでもない。

 

燈矢は、自分の名前を思い浮かべた。

 

轟燈矢。

 

荼毘という名前で行ったことは消えない。

 

その名前で傷つけた人々もいる。

 

だからこそ、過去の名前を都合よく捨てるつもりはなかった。

 

自分が何をしたのかを、忘れないためにも。

 

それでも、自分の人生をこれからどうするのかは、考えていいはずだった。

 

「……俺は、俺の名前で生きる」

 

小さな声だった。

 

担当者は、静かに聞いていた。

 

「ただし、名前を変えたからって、責任がなくなるわけじゃない」

 

「その通りです」

 

「それも分かってる」

 

燈矢は、窓の外に目を向けた。

 

「俺の炎は、誰のものでもない」

 

それは、父親への反抗だけではなかった。

 

自分自身を取り戻すための言葉だった。

 

誰かに認められるためだけに燃やす炎ではない。

 

誰かの夢を叶えるためだけに燃やす炎でもない。

 

過去を消すための炎でもない。

 

彼がこれから何を選ぶのか。

 

何を償うのか。

 

どのように生きるのか。

 

その答えは、まだ出ていない。

 

それでも、燈矢は初めて、自分の未来を自分の言葉で考え始めていた。

 

八 父親の責任は、許しを待たない

轟家の一件から数日後。

 

エンデヴァーは、関係者への説明と、今後の対応に関する書類を提出していた。

 

家族との面会についても、本人たちの意思を確認しながら継続することになっている。

 

しかし、彼の責任は家族との面会だけではない。

 

これまでのヒーロー活動。

 

家庭内での行動。

 

過去に自分が作り出した環境。

 

それらの検証と説明も続いている。

 

書類を提出したエンデヴァーに、担当者が尋ねた。

 

「ご家族との関係について、今後も支援を希望しますか?」

 

「必要な支援は続ける」

 

「ご家族があなたとの関わりを望まない場合も?」

 

「その意思を尊重する」

 

「面会を拒否された場合は?」

 

「無理に会おうとはしない」

 

担当者は書類に記入した。

 

「家族との関係が改善しない可能性もあります」

 

「ああ」

 

「それでも、責任を果たし続けますか?」

 

エンデヴァーは、少しだけ視線を落とした。

 

そして、答えた。

 

「当然だ」

 

彼はもう、家族に許してもらうことを、自分の責任を果たす条件にしない。

 

許されない可能性がある。

 

これから先、家族と以前のように過ごすことが二度とないかもしれない。

 

それでも、過去に自分がしたことは変わらない。

 

そして、今から何をするのかも変わらない。

 

父親として、何をするべきだったのか。

 

今、何をするべきなのか。

 

その問いに、彼はこれからも答え続ける必要がある。

 

担当者が次の書類を差し出した。

 

エンデヴァーは、手を伸ばした。

 

今度は、結果を急ぐためではない。

 

自分の責任を終わらせたことにするためでもない。

 

続けるためだった。

 

九 それぞれの炎

夕方。

 

焦凍は、病院を出る前に燈矢の病室を訪ねた。

 

「また来たのか」

 

燈矢が言った。

 

「駄目か?」

 

「いや。別に」

 

焦凍は椅子に座った。

 

「母さんが、次に好きだったものを聞いてみるって」

 

「姉ちゃんも言ってたな」

 

「何がいい?」

 

燈矢は考えた。

 

「今は、まだ分からない」

 

「そうか」

 

「昔好きだったものが、今も好きとは限らないだろ」

 

「それもそうだな」

 

焦凍は頷いた。

 

「じゃあ、今度来たときに考えよう」

 

「そうだな」

 

二人は、しばらく静かに過ごした。

 

やがて、燈矢が口を開いた。

 

「焦凍」

 

「何だ」

 

「お前は、これからどうする?」

 

「ヒーローを続ける」

 

「そうか」

 

「でも、父さんのようにはならない」

 

燈矢は、少しだけ笑った。

 

「それも、お前が決めることだ」

 

「ああ」

 

「ただ、父さんと違うヒーローになることだけを目標にするなよ」

 

焦凍は、兄を見た。

 

「どういう意味だ?」

 

「父さんに反対するためだけに生きるなってことだ。俺もそうだった。父さんに認められるためだけに生きていた」

 

燈矢は自分の手を見た。

 

「俺は、父さんの夢から離れられなかった。お前には、そんなふうになってほしくない」

 

「分かった」

 

焦凍は、ゆっくり答えた。

 

「俺は俺の考えで、ヒーローを続ける」

 

「うん」

 

「兄さんも、自分の考えで生きてくれ」

 

「そうするよ」

 

焦凍は立ち上がった。

 

「また来る」

 

「ああ」

 

「無理はするな」

 

「お前もな」

 

扉の前で、焦凍は振り返った。

 

「兄さん」

 

「何だ?」

 

「炎をどうするかは、兄さんが考えればいい。でも、兄さんの炎が誰かを傷つけたことは、忘れないでほしい」

 

燈矢は、焦凍を見た。

 

「忘れない」

 

「俺も忘れない」

 

「それでいい」

 

焦凍は部屋を出た。

 

燈矢は、再び窓の外を見た。

 

街には、いくつもの明かりが灯っている。

 

それぞれの家に、それぞれの生活がある。

 

家族が同じ場所で暮らしている家もある。

 

離れて暮らしている家もある。

 

もう二度と会うことのない家族もいる。

 

それぞれの人間に、それぞれの事情がある。

 

轟家も、その一つに過ぎない。

 

燈矢の炎は、父親の夢のために燃やされるものではない。

 

弟に勝つためでもない。

 

母や姉や兄に認められるためだけのものでもない。

 

これから何を選ぶか。

 

その責任は、自分自身が引き受けなければならない。

 

彼は、ゆっくり目を閉じた。

 

炎は、まだ消えていない。

 

けれど、それをどう扱うかは、これから自分で考えていく。

 

轟燈矢の人生は、まだ終わっていない。

 

第七十七話・了

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