僕のヒーローアカデミア 原罪   作:神代シン

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第八十二話「力を継いだ者たちの責任」

一 継承者という名前

雄英高校、訓練施設。

 

訓練を終えた緑谷出久は、一人で記録用の端末を操作していた。

 

画面には、ワン・フォー・オールに関する資料が表示されている。

 

歴代継承者の名前。

 

それぞれが受け継いだ個性。

 

オール・フォー・ワンとの戦い。

 

力を渡した理由。

 

力を託した相手。

 

そこに並ぶ情報は、出久がすでに知っているものもあれば、まだ十分に理解できていないものもあった。

 

「……すごいな」

 

第一代、与一。

 

第二代、工藤。

 

第三代、ブルース。

 

第四代、四ノ森避影。

 

第五代、万縄大悟郎。

 

第六代、煙。

 

第七代、志村菜奈。

 

第八代、八木俊典――オールマイト。

 

第九代、緑谷出久。

 

九人。

 

九人の人生が、一つの力の中に重なっている。

 

単に強力な個性を受け継いだだけではない。

 

彼らは、それぞれの時代でオール・フォー・ワンと戦い、時には敗れ、次の継承者へ希望を託してきた。

 

出久は資料をスクロールした。

 

「僕が受け継いだものは、個性だけじゃない」

 

しかし、そこに並ぶ歴代継承者の言葉を読むほど、疑問が増えていく。

 

彼らの願いは、必ずしも同じではなかった。

 

戦い方も違う。

 

社会の見方も違う。

 

力を受け継いだ理由も、手渡した理由も違う。

 

それでも、彼らはワン・フォー・オールをつないだ。

 

では、最後に受け継いだ自分は、何をするべきなのか。

 

「緑谷くん」

 

背後から声がした。

 

振り向くと、オールマイトが立っていた。

 

「オールマイト!」

 

「ずいぶん熱心だね」

 

「はい。歴代継承者の記録を確認していました」

 

オールマイトは、画面を覗き込んだ。

 

「懐かしい名前が並んでいるな」

 

「みなさんのことを、もっと知りたいと思ったんです」

 

「どうして?」

 

「僕が受け継いだものが、どんな意味を持っているのかを知りたいからです」

 

オールマイトは、出久の隣に座った。

 

「それで、何か分かったかい?」

 

「まだ、分からないことばかりです」

 

「そうだろうね」

 

「歴代の皆さんは、それぞれ違う考えを持っていたんですよね」

 

「もちろんだ」

 

オールマイトは、懐かしむように目を細めた。

 

「全員が同じ時代に生きていたわけでもない。同じ情報を持っていたわけでもない。同じ方法で戦えたわけでもない」

 

「でも、ワン・フォー・オールをつないできた」

 

「そうだ」

 

出久は画面を見つめた。

 

「僕は、みなさんの願いを受け継いだと思っています。だから、できるだけ応えたい。でも……」

 

「でも?」

 

「もし、先人の願いが間違っていたら、僕はどうすればいいんでしょうか」

 

オールマイトは、すぐには答えなかった。

 

出久は続ける。

 

「みなさんは、自分の人生をかけて、この力をつないできた。その願いを否定するようなことを、僕がしていいのか分かりません」

 

「緑谷少年」

 

オールマイトは、出久の方を向いた。

 

「君は、継承者になったからといって、先人たちの意思をすべて正しいものとして受け入れなければならないと思っているのかい?」

 

出久は答えなかった。

 

その沈黙は、肯定に近かった。

 

「少し、話をしよう」

 

オールマイトは立ち上がった。

 

「私だけではなく、彼らにも直接聞いてみるといい」

 

「直接?」

 

「君の中にいる、歴代継承者たちに」

 

オールマイトが出久の肩に手を置いた。

 

「彼らは、君が何を考えているのか、きっと聞きたいはずだ」

 

出久は、ゆっくり頷いた。

 

二 力の中に残された者たち

その夜。

 

出久は、静かな場所で目を閉じた。

 

意識が沈んでいく。

 

いつもの感覚。

 

自分の内側へ向かって、意識が引き込まれていく。

 

そして、目を開けたとき――

 

そこは、ワン・フォー・オールの精神世界だった。

 

広大な空間。

 

遠くに見える木々。

 

水面のように静かな地面。

 

その場所には、すでに歴代継承者たちが集まっていた。

 

「来たか、緑谷」

 

最初に声をかけたのは、第二代継承者の工藤だった。

 

鋭い眼差し。

 

無駄のない立ち姿。

 

彼の隣には、第三代のブルースがいる。

 

「久しぶりだな」

 

ブルースが笑った。

 

「工藤さん、ブルースさん!」

 

出久が頭を下げる。

 

「相変わらず丁寧だな、お前は」

 

ブルースは肩をすくめた。

 

「まあ、悪いことじゃないが」

 

その後ろには、第五代の万縄大悟郎が立っていた。

 

「おう! 元気そうじゃねえか!」

 

「万縄さん!」

 

「ずいぶんと難しい顔をしていたらしいな。オールマイトから聞いたぞ」

 

「え?」

 

「お前が、先人たちの願いをどう受け継げばいいのか悩んでいるってな」

 

万縄は豪快に笑った。

 

「いいじゃねえか! 悩めるうちに悩んどけ!」

 

「万縄さん、笑い事ではありません」

 

第六代、煙が静かに言った。

 

「先人の願いと、後継者自身の意思は、常に一致するとは限らない」

 

「そういうことだ」

 

第四代、四ノ森避影が頷いた。

 

彼は穏やかな表情をしているが、その目には長い年月を生きた者の重みがあった。

 

少し離れたところには、第七代の志村菜奈がいる。

 

そして、最初の継承者である与一も。

 

オールマイトの姿も、そこにあった。

 

出久は、全員を見回した。

 

「皆さんに聞きたいことがあります」

 

工藤が腕を組む。

 

「言ってみろ」

 

「皆さんは、どうしてこの力を受け継いだんですか?」

 

「どうして、か」

 

与一が静かに答えた。

 

「私たちは、未来を変えるために力をつないできた」

 

「それは、オール・フォー・ワンを倒すためですか?」

 

「それもある」

 

与一は続けた。

 

「だが、それだけではない。兄に奪われたものを、これ以上奪わせないため。自分たちの意思で生きる人々を守るため。そして、次の世代が、私たちと同じ絶望を経験しなくて済むようにするためだ」

 

出久は頷いた。

 

「皆さんは、その願いを信じて力を渡してきたんですね」

 

「そうだ」

 

工藤が答えた。

 

「だが、その願いのために何をするかは、時代によって違う」

 

「工藤さんは、与一さんを守るために戦ったんですよね」

 

「ああ」

 

工藤は与一を見た。

 

「俺は、あのとき、あいつを助けるために命を張った。オール・フォー・ワンに奪われ続ける人間を、これ以上見過ごすことができなかった」

 

「では、工藤さんの考えが、次の継承者にとっても正しいとは限らないんですか?」

 

「当然だ」

 

工藤は即答した。

 

「俺の時代には、俺の時代の条件があった。使える情報も、戦力も、時間も限られていた。あの状況で取った選択を、今の時代にそのまま当てはめることはできない」

 

ブルースが頷く。

 

「力の使い方も同じだ。俺たちが選んだ戦術を、そのまま繰り返す必要はない」

 

「でも、先人の願いを変えてしまうことになりませんか?」

 

出久が尋ねた。

 

万縄が大声で笑う。

 

「変えたっていいだろ!」

 

出久は驚いた。

 

「えっ?」

 

「そりゃあ、俺たちが託したものを大事にしてくれるのはうれしいさ。だが、後継者が何も考えずに、前の奴らと同じことだけをするなら、何のために力を渡してきたんだ?」

 

万縄は出久の肩を叩いた。

 

「次の時代は、お前たちが生きる時代だ。俺たちの時代じゃねえ」

 

煙も静かに頷く。

 

「継承とは、過去をそのまま保存することではない。過去から受け取ったものを、今の時代に合わせて考え直すことでもある」

 

「……」

 

出久は、その言葉を噛みしめた。

 

三 四代目が選んだ時間

「緑谷」

 

四ノ森が呼んだ。

 

「君は、私が四代目として何をしたかを知っているか?」

 

「はい。オール・フォー・ワンとの直接対決を避け、身を隠してワン・フォー・オールを鍛えたと聞いています」

 

「そうだ」

 

四ノ森は頷いた。

 

「私は、力を成長させるための時間を必要としていた。だから、戦うことよりも、生き延びることを選んだ」

 

「そのために、長い間一人で過ごしたんですよね」

 

「そうだ」

 

四ノ森は、遠くを見た。

 

「私は、自分が正しいと思う方法を選んだ。だが、結果として孤独な時間を過ごし、短い人生を終えることになった」

 

「それでも、ワン・フォー・オールを成長させた」

 

「その事実はある」

 

四ノ森は続けた。

 

「しかし、私の選択を美談にする必要はない」

 

出久は、顔を上げた。

 

「美談に?」

 

「長く隠れ続けたこと。孤独に耐えたこと。自分の寿命を削って力を育てたこと。それらを、継承者が必ず同じようにしなければならないと考えたら、どうなる?」

 

「次の人も、同じように孤独にならなければならない……」

 

「そうだ」

 

四ノ森は静かに言った。

 

「私の選択は、私の時代に必要だった。だが、それを次の世代に義務として押しつけることはできない」

 

出久は、思わず拳を握った。

 

「でも、僕は皆さんが犠牲にした時間を無駄にしたくありません」

 

「その気持ちは分かる」

 

四ノ森は頷いた。

 

「だが、犠牲を無駄にしないために、君まで同じ犠牲を払う必要はない」

 

「……」

 

「私たちが命をつないだのは、次の世代にも同じ苦しみを与えるためではない」

 

そこに、万縄が口を挟む。

 

「そういうことだ! 俺たちの苦労を、次の奴らにそのまま押しつけるなんて、そんな馬鹿な話があるか!」

 

「万縄さんは、ずいぶん前向きですね」

 

「前向きでいなきゃ、やってられねえだろ!」

 

万縄は笑った。

 

「俺たちは、できることをやった。できなかったこともある。失敗したこともある。次の奴らは、そこから学べばいい」

 

煙が続けた。

 

「継承者の責任は、成功だけを渡すことではない。失敗も、判断の理由も、後悔も伝えることだ」

 

「それを次の世代がどう使うかは、次の世代が決める」

 

工藤が言った。

 

出久は、ゆっくりと頷いた。

 

歴代継承者たちは、自分たちの苦労を、次の世代に再現してほしいわけではない。

 

彼らがつないできたのは、犠牲そのものではなかった。

 

犠牲を必要としない未来を作るための可能性だった。

 

四 志村菜奈の後悔

「緑谷くん」

 

志村菜奈が、出久の前に立った。

 

「あなたは、私のことについても考えているのでしょう?」

 

「はい」

 

出久は、少しだけ視線を落とした。

 

「志村さんは、息子さんを守るために、家族と離れることを選びました」

 

「そうね」

 

「その選択が、志村さんにとって必要だったことは分かります。でも、結果として志村さんの息子さんは、家族から母親を失った」

 

「……ええ」

 

菜奈は否定しなかった。

 

「それが、あなたのせいだったと言いたいわけではありません」

 

「ありがとう。でも、私自身は、その選択を振り返らなければならないと思っている」

 

菜奈は、静かに続けた。

 

「私は、オール・フォー・ワンから家族を守りたかった。息子を危険に巻き込みたくなかった。だから、距離を置くことを選んだ」

 

「はい」

 

「それは、当時の私なりの判断だった。でも、正しい選択だったと言い切れるわけではない」

 

出久は、黙って聞いた。

 

「私は、息子がその後どう生きたのかを、すべて知ることはできなかった。私の選択によって、彼の人生に何が起こったのか。どう受け止めたのか。今も、分からないことがある」

 

「……」

 

「あなたが私の意思を継いでくれるなら、覚えておいてほしい」

 

菜奈は出久を見た。

 

「守るために離れることが、いつも相手にとって良いことだとは限らない」

 

出久は、息を呑んだ。

 

「危険から遠ざけることと、相手の意思を尊重することは、同じではない。守るために説明をしない。守るために選択肢を奪う。そうした行動は、相手にとって別の傷になることもある」

 

「僕は……」

 

出久は、言葉を探した。

 

「僕も、誰かを守りたいと思ったときに、その人の気持ちを確認しないまま行動してしまうことがあると思います」

 

「そうね」

 

「それが必要な場面もあるかもしれない。でも、後からきちんと説明して、本人の意思を聞くことが必要なんですね」

 

「そうよ」

 

菜奈は優しく微笑んだ。

 

「私は、あなたに自分と同じ選択をしてほしいわけではない」

 

「……」

 

「私が残した後悔まで、あなたが背負う必要はないの」

 

出久は顔を上げた。

 

「でも、忘れません」

 

「忘れなくていい。ただし、私の後悔を理由に、あなた自身の人生を決めないで」

 

菜奈は出久の肩に手を置いた。

 

「あなたは、あなたの時代を生きているのだから」

 

五 与一がつないだもの

最初の継承者、与一が一歩前へ出た。

 

「緑谷くん」

 

「与一さん」

 

「君は、私たちの力を受け継いだ。だが、私たちのすべてを受け継いだわけではない」

 

「はい」

 

「ワン・フォー・オールは、私が兄に与えられた力から始まった」

 

与一は、自分の手を見つめた。

 

「私の兄は、他人から力を奪い、与えることができた。私には、何もないと思っていた。だが、兄が私に与えた力と、もともと私の中にあった力が結びつき、ワン・フォー・オールが生まれた」

 

「それが、今まで受け継がれてきたんですね」

 

「そうだ」

 

与一は頷いた。

 

「私は、兄を止めるために力をつなぐことを選んだ。だが、私の願いだけが、ワン・フォー・オールのすべてではない」

 

「……」

 

「継承者たちは、それぞれ違う思いを持っていた。恐怖も、怒りも、希望も、後悔もあった」

 

与一は、兄のことを思い出すように目を伏せた。

 

「私たちは、オール・フォー・ワンを倒すために力をつないできた。しかし、それだけを目的にしていたら、彼を倒した後の世界について考えられなくなる」

 

「倒した後の世界……」

 

「そう。敵を倒すことが、すべてではない」

 

与一は続けた。

 

「私たちが望んだのは、誰かが力を奪われ続ける世界を終わらせることだった。だから、敵を倒した後に、誰もが自分の意思で生きられる世界を作ることも大切なのだよ」

 

出久は、静かに頷いた。

 

「僕は、力を受け継いだことで、皆さんの願いを叶えなければいけないと思っていました」

 

「願いを大切にしてくれるのは、うれしい」

 

与一は微笑んだ。

 

「でも、願いは命令ではない」

 

「命令ではない……」

 

「そうだ。私たちは、君に未来を託した。君の未来を、私たちの過去に縛りつけるためではない」

 

与一の言葉は、静かだった。

 

しかし、その一つ一つに、長い年月の重みがあった。

 

「君が、私たちの考えを疑うこともあるだろう。私たちの判断を間違いだったと思うこともあるだろう」

 

「それでもいいんですか?」

 

「もちろんだ」

 

与一は頷いた。

 

「私たちが間違えなかったと証明するために、君に力を託したわけではない」

 

出久の胸に、少しずつ何かが満ちていく。

 

先人の願いを受け継ぐことと、先人の判断を絶対にすることは違う。

 

それなら、自分は。

 

自分自身の選択を、もっと大切にしていいのではないか。

 

六 オールマイトの失敗

「なら、私にも話をさせてくれ」

 

オールマイトの姿をした継承者が前へ出た。

 

ワン・フォー・オールを受け継いだ第八代。

 

そして、長年にわたり平和の象徴として社会を支えた男。

 

「緑谷少年。私は、君にこの力を託した」

 

「はい」

 

「そのとき、私は君に希望を見た。君なら、この力を正しく使ってくれると信じた」

 

「……」

 

「しかし、私は一つのことを忘れていた」

 

オールマイトは、自分の手を見た。

 

「力を託すということは、相手に自分の理想を背負わせることではない」

 

「オールマイト……」

 

「私は、長い間、平和の象徴として存在することに重きを置いてきた。悪を抑え、市民を安心させ、ヒーローたちの進むべき道を示す」

 

彼は、少しだけ目を閉じた。

 

「その働きによって、多くの人々が救われた。それは事実だ。私が活動していたことで、犯罪を思いとどまった人間もいた。安心して暮らせた人々もいた」

 

「はい」

 

「だが、私一人に頼りすぎる社会も生まれた」

 

オールマイトは、静かに言った。

 

「私がいれば大丈夫。私が来れば何とかなる。私がいなければ、誰も何もできない」

 

出久は黙って聞いていた。

 

「私は、人々の不安を取り除きたいと思っていた。だが、いつしか、人々が自分で考え、助け合い、支え合う機会まで、私の存在が覆い隠していたのかもしれない」

 

「それは、オールマイトだけの責任ではないと思います」

 

出久が言った。

 

「もちろん、社会全体の問題でもある。だが、私にも責任はある」

 

オールマイトは首を横に振った。

 

「私が平和の象徴だったからといって、私の行動がすべて正しかったわけではない。私が救えなかった人もいる。私の存在に依存してしまった社会の仕組みを、十分に変えられなかった」

 

「……」

 

「だからこそ、緑谷少年。君には、私のようになってほしいとは思っていない」

 

出久は目を見開いた。

 

「え?」

 

「もちろん、私が築いたものを無意味にしてほしいわけではない。守れた人たちのことも、私が積み重ねてきた努力も、大切にしてほしい」

 

オールマイトは微笑んだ。

 

「だが、君には君のヒーロー像がある」

 

「僕のヒーロー像……」

 

「私の背中を追い続ける必要はない。私のような象徴にならなくてもいい」

 

オールマイトは、出久の目を見た。

 

「君は、君自身の考えで、どんなヒーローになりたいのかを選んでほしい」

 

出久は、唇を噛んだ。

 

憧れの人。

 

自分がヒーローを目指すきっかけになった人。

 

その人から、初めてはっきりと言われた。

 

自分と同じにならなくていい。

 

「でも、僕はオールマイトに憧れていました」

 

「知っているとも」

 

「今でも、憧れています」

 

「ありがとう」

 

「だから、あなたのようになりたいと思っていたんです」

 

オールマイトは、少しだけ笑った。

 

「ならば、その憧れを大事にしなさい。ただし、私の生き方をそのまま再現することが、君の夢になってしまわないように」

 

「……はい」

 

「憧れは、相手と同じになることではない。その人の何に心を動かされたのかを、自分自身の中で見つけることでもある」

 

出久は頷いた。

 

「僕は、オールマイトのように、誰かを安心させられるヒーローになりたいです」

 

「うん」

 

「でも、僕一人がいれば大丈夫だと思われるようなヒーローではなくて、みんなが自分で助け合えるような社会を作れるヒーローになりたい」

 

オールマイトの表情が、少しだけ柔らかくなった。

 

「それが、君の答えか」

 

「はい」

 

「ならば、私も応援しよう」

 

七 継承者ではない者の責任

精神世界の景色が、少しずつ薄れていく。

 

出久は、現実世界へ戻る直前に、もう一つ聞きたいことを思い出した。

 

「皆さん」

 

継承者たちが、出久を見る。

 

「グラントリノのことを、どう思いますか?」

 

万縄が少し笑った。

 

「おお、あの小さいじいさんか!」

 

「万縄さん、本人が聞いたら怒りますよ」

 

「本人がいなくても怒られそうだな!」

 

出久も少し笑った。

 

「グラントリノは、ワン・フォー・オールの継承者ではありません。でも、志村さんのことを知っていて、オールマイトを育てた人です」

 

「そうね」

 

菜奈が答えた。

 

「グラントリノは、私の考えを理解してくれていた人だった」

 

「彼もまた、私たちの歴史の一部だ」

 

与一が言った。

 

「力を持っていなくても、継承に関わる人間はいる。私たちの意思を伝え、次の世代を支え、間違いを指摘する人たちだ」

 

「継承者であることと、責任を持つことは同じではないんですね」

 

出久が尋ねた。

 

「そうだ」

 

工藤が答えた。

 

「力を持つ者だけが、未来を作るわけではない。力を持たない者にも、力を受け継がなかった者にも、責任がある」

 

煙が続ける。

 

「力を渡した者。渡されなかった者。そばで支えた者。選択を見守った者。それぞれが、自分の立場でできることをする」

 

「そして、継承者が間違ったときには、間違っていると言うことも必要だ」

 

四ノ森が言った。

 

出久は頷いた。

 

「グラントリノにも、聞いてみます」

 

精神世界の景色が、さらに薄くなった。

 

最後に、与一が出久へ声をかけた。

 

「緑谷くん」

 

「はい」

 

「一つだけ、忘れないでほしい」

 

「何でしょうか」

 

「力を受け継いだことで、君の人生が私たちのものになったわけではない」

 

与一は、優しく微笑んだ。

 

「君は君の人生を生きていい」

 

出久は、深く頷いた。

 

そして、意識が現実へ戻っていった。

 

八 グラントリノが残した問い

病院のリハビリ施設。

 

グラントリノは、椅子に座りながら新聞を読んでいた。

 

そこへ、オールマイトと出久が訪れた。

 

「よう、来たか」

 

「グラントリノ」

 

オールマイトが声をかける。

 

「今日は緑谷も一緒か」

 

「はい。聞きたいことがあって」

 

「何だ?」

 

出久は、椅子に座った。

 

「ワン・フォー・オールの歴代継承者たちと話をしました」

 

「ほう」

 

「力を受け継ぐことと、先人の願いをそのまま受け継ぐことは違う。そう教えてもらいました」

 

グラントリノは、少しだけ目を細めた。

 

「それで?」

 

「僕は、どうすればいいのか考えていたんです。皆さんが長い時間をかけてつないできた力です。僕が間違えたら、これまでの歴史まで否定してしまうんじゃないかって」

 

「馬鹿なことを考えるもんだ」

 

グラントリノは即座に言った。

 

「えっ?」

 

「お前が間違えたところで、過去が消えるわけじゃない。お前が正しいことをしたところで、過去の失敗が消えるわけでもない」

 

出久は黙った。

 

「継承者たちは、それぞれの時代で自分の判断をした。それが全部正しかったと思うか?」

 

「……いいえ」

 

「そうだ。正しかったこともある。間違ったこともある。やれなかったこともある」

 

グラントリノは、新聞を畳んだ。

 

「俺だってそうだ」

 

オールマイトが、彼を見る。

 

「グラントリノ」

 

「菜奈の選択を、俺は止めなかった」

 

グラントリノは、静かに続けた。

 

「息子を守るために距離を置くという判断。俺は、その考えが必要だと思った。オール・フォー・ワンから家族を守るためには、仕方がないと考えた」

 

「……」

 

「だが、その選択が息子にどんな影響を与えるのか、どれだけ考えられていたのか。今でも答えは出ない」

 

オールマイトは何も言わなかった。

 

「俺は、菜奈を止めなかった。あいつの選択を尊重したつもりだった。だが、尊重することと、別の選択肢を一緒に考えることは違ったかもしれねえ」

 

グラントリノは、出久を見た。

 

「お前に言っておく。誰かの選択を尊重することは、その選択の結果を考えなくていいという意味じゃない」

 

「……はい」

 

「それに、選んだ本人だけが責任を負うわけでもない。周囲にいた人間にも、考えなきゃならんことがある」

 

出久は頷いた。

 

「グラントリノは、ワン・フォー・オールを受け継いでいないのに、どうしてそこまで責任を感じているんですか?」

 

「受け継いでいないから関係ない、なんて言えるか」

 

グラントリノは鼻を鳴らした。

 

「俺は、継承者たちの近くにいた。菜奈を知っていた。オールマイトを育てた。お前にも関わった。なら、俺には俺の責任がある」

 

「力を持っていなくても?」

 

「当たり前だ」

 

グラントリノは、少し笑った。

 

「力を持っている奴だけが、何かを変えられると思うな」

 

オールマイトが静かに頷いた。

 

「私も、グラントリノには多くのことを教えてもらった」

 

「お前には、教えたことより、教えても聞かなかったことの方が多かったがな」

 

「ははは……」

 

「笑い事じゃねえ」

 

出久は、二人のやり取りを見ていた。

 

ワン・フォー・オールの歴史は、継承者だけで作られたものではない。

 

彼らを支えた者。

 

彼らを見守った者。

 

彼らの判断に異議を唱えた者。

 

そうした人々もまた、未来をつなぐ一部だった。

 

九 継承者が残すべきもの

数日後。

 

雄英高校では、次世代のヒーロー教育について、教員陣とプロヒーローによる話し合いが行われていた。

 

出久も、ワン・フォー・オールの継承者として、参考意見を求められていた。

 

「今回の議題は、ヒーローの力や技術を次の世代へ伝える際の教育方針だ」

 

根津校長が説明する。

 

「これまでのヒーロー教育では、個性の使い方や戦闘技術、救助活動の手順を教えることが中心だった。しかし、それだけでは不十分だと考えている」

 

相澤が続けた。

 

「能力を使えることと、能力を適切に使えることは違う。強い個性を持っているからといって、何をしてもいいわけではない」

 

プレゼント・マイクも腕を組んだ。

 

「力をどう使うかだけじゃなく、どういうときに使わないかも学ぶ必要があるってことだな」

 

「そうですね」

 

飯田が答えた。

 

「さらに、自分が正しいと思った判断について、後から検証することも必要になるでしょう」

 

「それから、継承されるものは個性だけではない」

 

轟が言った。

 

「先輩の考え方や、過去の経験も伝わる。だが、それを絶対の正解として扱えば、次の世代が自分で考えなくなる可能性がある」

 

「なるほど」

 

八百万が頷く。

 

「先人の成功だけでなく、失敗も伝える必要がありますわね」

 

「失敗した理由もな」

 

切島が続けた。

 

「何がうまくいかなかったのかを知っていれば、同じことを繰り返さずに済む」

 

物間が口を挟む。

 

「ただし、過去の失敗を教えるだけでは足りません。時代が変われば、同じ方法が有効とは限らない」

 

「そうだな」

 

拳藤が頷く。

 

「受け継いだ知識を、そのまま使うんじゃなくて、今の状況に合わせて考えることが必要だね」

 

根津は、出久に視線を向けた。

 

「緑谷くん。君は、ワン・フォー・オールを通じて、それを経験してきた。何か意見はあるかな?」

 

出久は、少し緊張しながら立ち上がった。

 

「僕は、力を受け継いだとき、先人たちの願いを叶えることが責任だと思っていました」

 

「今は違うのかい?」

 

「願いを大切にすることは変わりません。でも、先人たちの選択がすべて正しかったと思い込むことは、違うんだと分かりました」

 

「具体的には?」

 

出久は、ゆっくり話し始めた。

 

「たとえば、ある先輩が自分を犠牲にして誰かを助けたとします。それは、その人自身が選んだ行動かもしれません。でも、後輩が同じように自分を犠牲にしなければならないわけじゃない」

 

相澤は静かに聞いていた。

 

「同じように、先輩がある方法で敵を止めたとしても、後輩が同じ方法を使う必要はありません。状況が違うかもしれないし、別の方法を見つけられるかもしれない」

 

「なるほど」

 

根津が頷いた。

 

「つまり、継承するのは行動の形ではなく、その行動の理由や、そこに込められた願いを理解すること?」

 

「はい」

 

出久は続けた。

 

「でも、理由を理解した上で、その行動が今の時代にも必要なのかを考えることが大切だと思います」

 

「それができなければ、継承はただの模倣になる」

 

相澤が言った。

 

「その通りです」

 

出久は頷いた。

 

「もう一つ、必要だと思うことがあります」

 

「何かな?」

 

「次の世代に、受け継がない自由を残すことです」

 

会議室が静かになった。

 

「受け継がれる側が、その力や考え方を望んでいるとは限りません。先人が大切にしてきたものでも、次の人にとっては負担になる場合があります」

 

出久は、拳を握った。

 

「だから、受け継ぐかどうかを選べることも、大切なんだと思います」

 

根津が目を細める。

 

「受け継がない選択も、認めるべきだと?」

 

「はい。もちろん、受け継ぐことで守れるものもあると思います。でも、その選択をする人に、断れない責任を押しつけてはいけない」

 

飯田が頷いた。

 

「後継者の意思を確認せず、使命だけを与えることはできませんね」

 

「そうだな」

 

相澤が言った。

 

「力を渡す側にも、説明する責任がある」

 

「それに、受け継いだ後に考えが変わった場合も、相談できるようにする必要がありますわ」

 

八百万が続けた。

 

「一度受け継いだからといって、その後の生き方まで固定されるわけではありません」

 

「その通りだね」

 

根津は、提案書に新しい項目を加えた。

 

『継承に際しては、本人の意思を確認し、継承内容と責任、制約について説明すること。継承後も、本人が疑問を示し、再検討を求める機会を保障すること』

 

出久は、その文章を見た。

 

継承者が残すべきものは、力だけではない。

 

自分で選ぶ権利も残すべきなのだ。

 

十 受け継がれなかったもの

会議が終わった後。

 

出久は、オールマイトとグラントリノに呼ばれていた。

 

「緑谷少年」

 

オールマイトが言う。

 

「今日の話し合いは、どうだった?」

 

「難しかったです」

 

「ははは。そうだろうね」

 

グラントリノが鼻を鳴らした。

 

「簡単な答えを出したがるな。継承なんてものは、受け取る側だけで決まるわけじゃねえ」

 

「はい」

 

「渡す側が何を考え、何を説明するか。受け取る側が何を選び、何を変えるか。その両方が必要だ」

 

グラントリノは、出久を見た。

 

「それに、渡さないことも選択肢だ」

 

「渡さないこと?」

 

「そうだ。自分が持っているものを、必ず誰かに渡す必要はない。次の人間に負担をかけるだけなら、渡さない方がいい場合もある」

 

オールマイトが頷いた。

 

「私も、君にこの力を渡すとき、もっと説明するべきだったことがある」

 

「オールマイト」

 

「ワン・フォー・オールの危険性。歴代継承者たちが抱えていた負担。私自身が経験したこと。すべてを説明できていたとは言えない」

 

出久は首を横に振った。

 

「でも、僕は受け継ぎたいと思いました」

 

「それは君が選んだことだ」

 

「はい」

 

「だからこそ、私はその選択を尊重する責任がある」

 

オールマイトは、出久の肩に手を置いた。

 

「君が受け継いだことを後悔する日が来るかもしれない。別の道を選びたくなる日が来るかもしれない」

 

「……」

 

「そのとき、私は君に、受け継いだのだから最後までやれと命じるつもりはない」

 

出久は目を見開いた。

 

「オールマイト……」

 

「もちろん、力を持つことには責任が伴う。君がその力を使って誰かを傷つけたなら、その結果と向き合わなければならない」

 

オールマイトは続けた。

 

「しかし、力を持っていることを理由に、君の人生すべてを縛るつもりはない」

 

グラントリノも頷く。

 

「継承した人間を、道具にするな。たとえ、それが自分の大切なものを守るためだったとしてもな」

 

「はい」

 

出久は、深く頷いた。

 

「僕は、ワン・フォー・オールを大切にします。でも、その力に自分の人生を決めてもらうつもりはありません」

 

「それでいい」

 

グラントリノは笑った。

 

「少しは自分で考えるようになったな」

 

「前から考えていました!」

 

「考えすぎて一人で抱え込むのが、お前の悪い癖だ」

 

オールマイトが苦笑する。

 

「確かに、それは私も心配している」

 

「オールマイトまで!」

 

三人の間に、小さな笑いが生まれた。

 

その笑いは、継承者たちの重い歴史を消すものではない。

 

けれど、彼らが未来をつなぐために残してきたものの中には、こうした何気ない時間も含まれているのかもしれなかった。

 

十一 九人目が選ぶもの

その夜。

 

出久は、もう一度ワン・フォー・オールの精神世界に入っていた。

 

歴代継承者たちが、そこに集まっている。

 

「また来たか」

 

工藤が言う。

 

「はい」

 

万縄が笑った。

 

「どうだ、緑谷。答えは見つかったか?」

 

「少しだけ」

 

「おう! 聞かせてくれ!」

 

出久は、全員を見回した。

 

「僕は、皆さんの願いを受け継ぎたいです」

 

与一が静かに頷く。

 

「でも、皆さんの選んだ行動を、全部正しいものとして受け継ぐことはしません」

 

工藤の目が細くなった。

 

「ほう」

 

「皆さんが何を考えて、その時代で何を選んだのかを知りたいです。成功したことも、失敗したことも、後悔していることも」

 

「それで?」

 

煙が尋ねる。

 

「その上で、今の時代に何が必要なのかを考えます」

 

四ノ森が微笑んだ。

 

「いい考えだ」

 

「僕は、皆さんがつないできた力を無駄にしたくありません。でも、皆さんと同じように生きることが、その力を大切にすることだとは思わなくなりました」

 

「そうだな」

 

万縄が豪快に頷いた。

 

「お前はお前だ!」

 

出久は続けた。

 

「それから、もし僕がこの先、誰かに何かを託すことがあるなら、その人が選べるようにしたいです」

 

与一が尋ねた。

 

「選べるように?」

 

「受け継ぐことだけじゃなく、受け継がないことも。僕の考えに賛成することだけじゃなく、疑問を持つことも。僕のやり方を変えることも」

 

出久は、一人ひとりの顔を見た。

 

「僕が先人になったとき、次の人が自分の人生を選べるようにしたい」

 

菜奈が、優しく微笑んだ。

 

「それなら、きっと大丈夫ね」

 

「ありがとうございます」

 

「でも、忘れないで」

 

菜奈は続けた。

 

「私たちの願いを、すべて正しいものとして受け継がないで。それと同じように、あなた自身の願いも、絶対に正しいと思い込まないで」

 

「はい」

 

オールマイトが言った。

 

「君が誰かに何かを託すとき、君の正義を押しつけないことだ」

 

「はい」

 

与一が続ける。

 

「力を受け継ぐ人には、自分で選ぶ時間が必要だ」

 

「はい」

 

工藤が腕を組んだ。

 

「そして、選んだ後にも考える機会を残す。受け継いだ瞬間に、その人間が完成するわけじゃない」

 

ブルースが笑う。

 

「むしろ、そこから始まるんだ」

 

万縄が出久の肩を叩いた。

 

「難しく考えすぎるな! お前が未来を作るんだ!」

 

「はい!」

 

出久は、力強く返事をした。

 

そのとき、与一が静かに言った。

 

「緑谷くん」

 

「はい」

 

「私たちが君に託したのは、過去を守るための力ではない」

 

「……」

 

「未来を選ぶための力だ」

 

精神世界に、静かな光が広がった。

 

出久は、その光を見つめた。

 

歴代継承者たちが生きた時間。

 

その中で積み重ねられた選択。

 

彼らが守ろうとしたもの。

 

そして、彼らが守りきれなかったもの。

 

それらを、彼は受け取っている。

 

ただし、そのすべてを自分の人生に押し込める必要はない。

 

大切なものを受け継ぎ、間違っていると思うものは問い直し、次の世代にはより多くの選択肢を残す。

 

それが、自分にできることだった。

 

「僕は、僕のやり方で進みます」

 

出久が言った。

 

「皆さんの願いを忘れずに。でも、自分の考えで選びながら」

 

歴代継承者たちは、それぞれに頷いた。

 

その中で、オールマイトは少しだけ誇らしげに微笑んでいた。

 

十二 力を継ぐ者が、未来へ渡すもの

翌日。

 

出久は、雄英高校の訓練場で、次の訓練に参加していた。

 

訓練内容は、複数の生徒が協力して避難者を救助するというもの。

 

個性の強さだけでは、解決できない設定が用意されている。

 

避難者の中には、移動を拒む者がいる。

 

医療的な支援を必要とする者もいる。

 

情報を受け取れない者もいる。

 

一人では解決できない問題が、いくつも重なっていた。

 

「緑谷くん、こちらの避難経路は確保できたよ!」

 

麗日が声をかける。

 

「ありがとう! 飯田くん、避難所側の受け入れ状況は?」

 

「現在、確認中だ! 必要な情報が揃うまで、無理に移動させることはできない!」

 

「轟くん、周囲の安全確認をお願い!」

 

「分かった」

 

出久は、周囲を見渡した。

 

以前なら、自分が先頭に立ち、できるだけ多くの人を救おうとしたかもしれない。

 

だが、今は違う。

 

自分が全てを行う必要はない。

 

仲間たちが、それぞれの力を持っている。

 

自分が気づいていないことを、仲間が見つけることもある。

 

そして、自分の判断が間違っていたら、仲間が止めてくれるかもしれない。

 

「緑谷!」

 

爆豪が叫ぶ。

 

「その経路、使うな!」

 

「えっ?」

 

「先の建物が崩れる可能性がある! 轟、反対側を確認しろ!」

 

「分かった」

 

出久はすぐに進行方向を変えた。

 

「ありがとう、爆豪くん!」

 

「礼は後でいい! 今はこっちを片付けろ!」

 

出久は、黒鞭を伸ばして障害物を安全な位置へ移動させる。

 

麗日は瓦礫を浮かせ、轟は氷で一時的な支えを作る。

 

飯田は避難者の移動を誘導し、八百万は必要な補助器具を創造する。

 

それぞれが、自分の役割を果たしていく。

 

訓練が終わると、相澤が結果を確認した。

 

「今回の訓練では、全員が自分の判断を他の人間に確認していた。そこは良かった」

 

生徒たちが頷く。

 

「ただし、避難者への説明が足りない場面があった」

 

出久たちは資料を見た。

 

「安全を確保するために経路を変更したが、その理由が十分に伝わっていなかった。結果として、避難者が不安を感じた」

 

「すみません」

 

飯田が頭を下げる。

 

「謝罪だけで終わらせるな。次の訓練で修正しろ」

 

「はい!」

 

相澤は全員を見渡した。

 

「自分が正しい判断をしたと思っても、相手がその理由を理解できるとは限らない。必要な説明を怠るな」

 

「分かりました」

 

出久は、訓練結果に目を落とした。

 

成功した部分もある。

 

失敗した部分もある。

 

それを記録して、次に活かす。

 

力を受け継ぐことも、同じなのかもしれない。

 

先人の成功だけを残すのではなく、失敗も残す。

 

先人の願いだけでなく、後悔も残す。

 

そして、次の人間が自分で考え、選べるようにする。

 

出久は、訓練場の仲間たちを見た。

 

自分一人ではない。

 

自分が全てを背負う必要もない。

 

それでも、自分が受け継いだ力には責任がある。

 

その責任は、力を振るうことだけではない。

 

力を使わない判断。

 

他人の選択を尊重すること。

 

過去を検証すること。

 

次の世代が選べる余地を残すこと。

 

それらも含まれていた。

 

十三 継承の先へ

夕方。

 

出久は、オールマイトとグラントリノのもとへ報告に向かった。

 

「訓練はどうだった?」

 

オールマイトが尋ねる。

 

「うまくいった部分もありました。でも、説明が足りなかった場面があって、そこは次に改善することになりました」

 

「そうか」

 

グラントリノが頷く。

 

「失敗を記録して、次に直す。それでいい」

 

「はい」

 

出久は少し考えてから言った。

 

「僕、これからもワン・フォー・オールを大切にします」

 

「もちろんだ」

 

オールマイトが微笑む。

 

「でも、僕が受け継いだのは力だけじゃない。歴代の皆さんが何を考え、何を選び、何に後悔していたのか。それも大切にしたい」

 

「そうだな」

 

「そして、いつか僕が誰かに何かを託すことがあるなら、その人が自分で選べるようにしたいです」

 

グラントリノは、満足そうに鼻を鳴らした。

 

「それなら、少しは継承者らしくなったな」

 

「少しですか?」

 

「まだまだだ」

 

「厳しいですね……」

 

オールマイトが笑った。

 

「ははは! グラントリノは、昔から厳しいんだ!」

 

「お前が甘すぎるんだよ」

 

「そうでしょうか?」

 

「そうだ」

 

出久は、二人のやり取りを聞いて笑った。

 

それから、真剣な顔に戻る。

 

「オールマイト。グラントリノ」

 

「何だい?」

 

「僕は、皆さんがつないできた力を、過去のためだけに使うつもりはありません」

 

オールマイトは静かに頷いた。

 

「未来のために使うんだね」

 

「はい。でも、その未来を僕一人で決めるつもりもありません」

 

グラントリノは出久を見た。

 

「それでいい」

 

「僕が間違ったときには、誰かに指摘してもらえるようにしたい。僕が誰かに何かを託すときにも、その人が僕に疑問を言えるようにしたい」

 

「そうだな」

 

オールマイトは、出久の肩に手を置いた。

 

「君が受け継いだものを、君自身の答えで未来へつないでいけばいい」

 

「はい」

 

出久は力強く頷いた。

 

その瞬間、彼は改めて理解した。

 

ワン・フォー・オールとは、単に力を積み重ねる個性ではない。

 

それぞれの時代を生きた人間の選択が、次の時代へつながっていく力なのだ。

 

そして、力を継ぐ者の責任とは、先人と同じ道を歩くことではない。

 

先人が残したものを理解し、必要ならば問い直し、次の世代へより良い選択肢を残すこと。

 

力を受け継いだ者は、過去に縛られるのではない。

 

過去を知った上で、自分の未来を選ぶ。

 

そして、その自由を次の世代にも渡していく。

 

十四 力を継いだ者たちの責任

夜。

 

出久は、再びワン・フォー・オールの精神世界を訪れていた。

 

歴代継承者たちの姿は、以前よりも少し遠くに感じられた。

 

けれど、彼らの存在が消えたわけではない。

 

与一。

 

工藤。

 

ブルース。

 

四ノ森。

 

万縄。

 

煙。

 

菜奈。

 

オールマイト。

 

そして、九人目の自分。

 

出久は、一人ずつ顔を見た。

 

「皆さん」

 

全員が、彼に注目した。

 

「僕は、皆さんの願いを大切にします」

 

与一が頷く。

 

「でも、皆さんの選択を、全部正しいものとして受け継ぐわけではありません」

 

工藤が口元を緩めた。

 

「いいだろう」

 

「皆さんが何を考えたのかを知りたい。何を守りたかったのか、何を失ったのか、何を後悔していたのか。それを聞いた上で、今の時代に必要なことを自分で考えます」

 

「そうしてくれ」

 

煙が答える。

 

「それから、僕が次の世代に何かを託すときには、受け継がないという選択も尊重します」

 

四ノ森が静かに頷いた。

 

「それでいい」

 

「僕の考えを疑うことも、僕と違う方法を選ぶことも認めます。僕が残すべきなのは、命令ではなく、選べる可能性だと思います」

 

万縄が笑った。

 

「よく言った!」

 

菜奈は、優しく微笑む。

 

「あなたらしい答えね」

 

オールマイトも頷いた。

 

「私も、その選択を尊重しよう」

 

与一が最後に言った。

 

「君は、力を継いだ者だ。だが、私たちの過去を生きる者ではない」

 

出久は、深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

彼は顔を上げた。

 

「僕は、僕の時代を生きます」

 

その言葉を聞いた歴代継承者たちは、それぞれに頷いた。

 

彼らがつないできたものは、ここで終わるためではない。

 

次の世代が、自分の意思で選び、その先へ進むためのものだった。

 

そして、その選択を支えること。

 

それこそが、力を継いだ者たちの責任だった。

 

第八十二話・了

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