僕のヒーローアカデミア 原罪   作:神代シン

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第八十三話「ギャラティカと天喰環――飢えを、力に変えないために」

一 空腹の正体

雄英高校、訓練施設。

 

天喰環は、机の上に並べられた食材を見つめていた。

 

タコ。

 

エビ。

 

貝。

 

鶏肉。

 

そして、いくつかの野菜。

 

彼の個性――『再現』。

 

口にした生物の特徴を、自分の身体に再現する能力。

 

その力は非常に応用範囲が広く、食べたものによって攻撃にも防御にも移動にも使える。

 

しかし、能力を使うためには、何を食べるか、どの特徴を引き出すか、どのように組み合わせるかを考えなければならない。

 

天喰は、食材を一つずつ確認していた。

 

「天喰先輩、準備はできましたか?」

 

緑谷出久が声をかける。

 

「……うん。大丈夫」

 

天喰は、少しだけ顔を伏せた。

 

「ただ、今日は見られていると思うと、少し緊張する」

 

「訓練ですから、無理に全力を出す必要はないと思います」

 

「そういうところが、緑谷くんは優しいね」

 

天喰は苦笑した。

 

「でも、今回は自分の課題を確認したいんだ」

 

「課題?」

 

「僕は、能力を使うとき、いつも考えてしまう。今の自分で足りるのか。もっと強いものを食べておくべきだったんじゃないか。もっといろいろな特徴を取り込めば、失敗しないんじゃないかって」

 

天喰は、タコを手に取った。

 

「強くなれば、弱い自分を見なくて済むと思っていた」

 

「天喰先輩……」

 

「でも、どれだけ食べても、どれだけ能力を増やしても、僕自身が不安なままなら、きっと同じことを考える」

 

そのとき、訓練場の扉が開いた。

 

「おーい、環!」

 

大きな声で呼んだのは、切島鋭児郎だった。

 

「今日はよろしくな!」

 

「切島くん……うん」

 

「ファットガムさんも来てるぜ!」

 

「おう!」

 

明るい声とともに、ファットガムが姿を現した。

 

彼は天喰の準備を見て、にっこり笑った。

 

「ずいぶん気合い入っとるやないか」

 

「今日は、ちゃんと自分の能力と向き合いたいんです」

 

「ええこっちゃ」

 

ファットガムは机の上の食材を見た。

 

「でもな、環。食べるもんを増やしたら、何でも解決するわけやないで」

 

「分かっています」

 

「ほんまに?」

 

「……分かっているつもりです」

 

ファットガムは、少しだけ笑った。

 

「ほんなら、今日はそれを確かめる日やな」

 

天喰は頷いた。

 

彼の中にある不安は、簡単には消えない。

 

自分が弱いと感じること。

 

誰かの期待に応えられないと思うこと。

 

失敗して、誰かを守れなかったらどうしようと考えること。

 

そのすべてを、能力で覆い隠そうとしてきた。

 

しかし、今日は違う。

 

自分が何を守りたいのか。

 

そのために、何を使うのか。

 

そこから考えようとしていた。

 

二 ギャラティカの来訪

訓練が始まる直前。

 

施設の警報が鳴った。

 

警戒警報。

 

場内の空気が一変する。

 

「何だ?」

 

切島が振り返った。

 

施設の外から、複数の異常な音が響いている。

 

直後、遠隔モニターに映像が映し出された。

 

訓練施設の隣にある旧資材保管区画。

 

そこに、一人の男が立っていた。

 

大柄な体格。

 

全身には、金属や樹脂のような異なる質感の装甲が重なっている。

 

肩から背中にかけて、取り込んだ資材の一部が歪な形で突き出していた。

 

男は、カメラの方を見た。

 

「見つけたぞ」

 

低い声が響く。

 

「天喰環」

 

天喰の身体が硬直した。

 

「……ギャラティカ」

 

切島が天喰を見た。

 

「知ってる奴なのか?」

 

天喰はすぐには答えられなかった。

 

ファットガムがモニターに目を向ける。

 

「ギャラティカ……あいつが、まだ動いとったんか」

 

「ファットガムさんも知っているんですか?」

 

出久が尋ねた。

 

「ああ。過去に何度か捜査対象になった男や。個性を使って、何でもかんでも取り込もうとする。物も、資源も、力も、自分のものにできると思っとる」

 

モニターの中で、ギャラティカは両腕を広げた。

 

「持っているものを渡せ。食べるものも、力も、記録も。すべて俺に寄こせ」

 

「資材保管区画に侵入しているようです!」

 

通信担当者が報告した。

 

「周辺に作業員はいないのか?」

 

ファットガムが尋ねる。

 

「確認中です。現在、区画の外へ避難誘導を進めています」

 

ギャラティカは、地面に手をついた。

 

次の瞬間、保管区画に積まれていた金属資材が、彼の身体へ吸い寄せられていく。

 

金属板が彼の腕に重なり、肩に取り込まれ、背中の装甲へ変わった。

 

「……あいつの個性だ」

 

天喰が呟く。

 

「ギャラティカの個性『暴食』。取り込んだ物質の性質を、自分の身体に蓄積して反映させる」

 

「物を食う個性か?」

 

切島が尋ねる。

 

「単に食べるだけじゃない。取り込んだ物の硬さ、弾力、耐久性、熱への強さ……そういう性質を自分の身体へ反映させる」

 

「なるほどな」

 

「そして、取り込むほど身体が大きくなり、力も増す」

 

天喰は、モニターを見つめた。

 

「彼は、ずっとそれを繰り返していた」

 

出久が尋ねる。

 

「どうして、天喰先輩を狙っているんですか?」

 

「僕の個性も、食べたものの特徴を使うからだと思う」

 

天喰は、苦い表情を浮かべた。

 

「彼は、僕たちが同じだと思っているんだ」

 

三 何を食べれば、満たされる?

現場に到着したプロヒーローたちは、周辺の安全確認を進めていた。

 

ファットガム。

 

切島鋭児郎。

 

天喰環。

 

そして出久も、救助と状況確認の補助に入っている。

 

ギャラティカは、崩れかけた資材置き場の中央に立っていた。

 

その身体には、すでに大量の資材が取り込まれている。

 

「久しぶりだな、天喰」

 

「……何の用?」

 

「お前に教えてやるためだ」

 

ギャラティカは、天喰の身体を見た。

 

「お前は、俺と同じだ」

 

「違う」

 

天喰はすぐに答えた。

 

「お前も、何かを食べることで力を得る。俺もそうだ。自分に足りないものを、外から取り込んで補う」

 

「……」

 

「だが、お前はまだ自分の弱さを認めていない。何かを食べれば強くなれる。何かを取り込めば、足りないものが埋まる。そう考えている」

 

ギャラティカは笑った。

 

「違うか?」

 

天喰は答えられなかった。

 

切島が一歩前に出る。

 

「おい! 環のことを勝手に決めつけるな!」

 

「切島くん、待って」

 

天喰が制した。

 

ギャラティカは続ける。

 

「お前は、自分が弱いことを知っている。人前に立つと緊張する。失敗を恐れる。誰かに迷惑をかけることを怖がる。だから、強い特徴を取り込んで、別の自分になろうとする」

 

「……」

 

「タコになれば、腕が増える。貝になれば、身を守れる。鳥になれば、飛べる。何でも食べれば、何にでもなれる」

 

ギャラティカは、自らの身体を広げた。

 

「それが、お前の能力だろう?」

 

「違う」

 

天喰の声は小さかった。

 

「何が違う?」

 

「僕の個性は、食べたものの特徴を再現する能力だ」

 

「同じだ」

 

「違う」

 

天喰は、今度ははっきりと言った。

 

「僕は、何にでもなりたいわけじゃない」

 

ギャラティカの顔から笑みが消えた。

 

「なら、何になりたい?」

 

天喰は答えを探した。

 

自分は、何になりたいのだろう。

 

強いヒーロー?

 

誰からも頼られる存在?

 

誰の前でも堂々とできる人間?

 

考えれば考えるほど、答えは遠くなる。

 

「僕は……」

 

そのとき、ファットガムが一歩前へ出た。

 

「環。無理に答えを出さんでもええ」

 

「ファットガムさん」

 

「相手の言葉に乗せられるな。あいつはお前の中にある不安を使って、答えを押しつけようとしとる」

 

ギャラティカが笑う。

 

「押しつけている? 俺は事実を言っているだけだ」

 

「事実の一部分だけを切り取って、全部を説明したような顔をするな」

 

ファットガムは、穏やかな顔のまま言った。

 

「環が何を考えて、何を守ろうとしているかは、環自身が決めることや」

 

ギャラティカは、鼻で笑った。

 

「ならば、戦って証明してみろ」

 

彼の身体が大きく膨れ上がった。

 

「取り込めば、強くなる。強ければ、誰にも奪われない。誰にも負けない。誰にも否定されない!」

 

取り込まれた金属が、腕から刃のような形に変わる。

 

「俺は、足りないものをすべて食らう!」

 

その言葉と同時に、ギャラティカが突進してきた。

 

四 暴食の力

「来るぞ!」

 

切島が叫んだ。

 

彼は硬化を発動し、前へ出る。

 

ギャラティカの巨大な腕が振り下ろされた。

 

切島は両腕を交差させて受け止める。

 

轟音。

 

地面に亀裂が走った。

 

「ぐっ……!」

 

「切島!」

 

出久が黒鞭を伸ばし、切島の身体を支える。

 

ファットガムも前へ出た。

 

「大丈夫か、切島!」

 

「問題ないっす!」

 

「無理はせんでええ!」

 

切島は歯を食いしばる。

 

「ここで引いたら、後ろにいる人たちが危ない!」

 

彼の後方には、まだ避難を終えていない作業員たちがいた。

 

ファットガムが身体を広げ、ギャラティカの攻撃を受け止めた。

 

衝撃がファットガムの身体に吸収される。

 

彼の個性は、受けた衝撃を蓄積し、後に力へ変換する。

 

「おおおっ!」

 

ファットガムは、力を受け止めたまま踏みとどまった。

 

「こんなもんかい!」

 

「なら、もっと食らえ!」

 

ギャラティカの腕が、今度は複数に分かれて迫る。

 

ファットガムは、すべてを受け止めようとはしなかった。

 

一部を身体で受け、一部は切島が硬化した腕で防ぐ。

 

出久は黒鞭を伸ばし、崩れかけた資材を別の場所へ移す。

 

天喰は、その後方で戦況を見ていた。

 

「環!」

 

切島が叫ぶ。

 

「こっちは持つ! お前はお前の力を使え!」

 

「でも……!」

 

「でもじゃねえ!」

 

切島は、ギャラティカの攻撃を受けながら叫んだ。

 

「お前ができることをやれ!」

 

天喰は、食材を口にした。

 

タコの特徴が、身体に現れる。

 

複数の触腕が伸びた。

 

彼はその触腕を使い、倒れかけた資材を固定する。

 

さらに、貝の性質を取り込み、腕の一部を硬い殻で覆った。

 

「よし!」

 

出久が声を上げた。

 

天喰は、避難経路を塞いでいた資材を持ち上げ、作業員たちの通路を確保する。

 

しかし、ギャラティカはそれを見て笑った。

 

「なんだ、それは?」

 

「何が?」

 

「お前の力は、そんなことのためにあるのか?」

 

「……」

 

「自分の身体を守るだけか? 瓦礫を退けるだけか? そんな使い方で、お前は満たされるのか?」

 

ギャラティカの身体から、金属の塊が飛び出した。

 

「もっと食え。もっと取り込め。もっと強くなれ!」

 

天喰は、身体を硬くした。

 

衝撃を受け止める。

 

しかし、ギャラティカの攻撃は止まらない。

 

「お前も俺と同じだ!」

 

「違う!」

 

天喰は叫んだ。

 

だが、ギャラティカは笑い続けた。

 

「自分の弱さを隠したいんだろう!」

 

天喰の動きが、一瞬止まる。

 

「違う……!」

 

「だったら、なぜそんなに食べる?」

 

「それは……」

 

「なぜ、いくつもの特徴を取り込む?」

 

「……」

 

「何かが足りないからだろう!」

 

ギャラティカの腕が天喰へ迫る。

 

ファットガムが割って入った。

 

「環!」

 

攻撃を受け止めたファットガムの身体が、大きく揺れる。

 

「くっ……!」

 

「ファットガムさん!」

 

「こっちは任せとき!」

 

ファットガムは、苦しげに笑った。

 

「環、お前が何のために食べるのか。そこを忘れたらあかん!」

 

五 ファットガムの暴食

戦いの中で、ファットガムはギャラティカの身体を見ていた。

 

取り込んだ資材は多い。

 

金属の硬さ。

 

樹脂の弾力。

 

ゴムの伸縮性。

 

それぞれの特徴が、彼の身体に反映されている。

 

しかし、同時に一つの問題もある。

 

取り込んだ性質が増えるほど、身体の動きが複雑になっている。

 

「お前、食べ過ぎや」

 

ファットガムが言った。

 

「何だと?」

 

「何でもかんでも取り込んどる。けど、取り込んだもんを扱いきれとらん」

 

「扱いきれない?」

 

ギャラティカは笑った。

 

「俺の身体は、強くなっている!」

 

「強くなっとるんやろうな。けど、何のための強さや?」

 

ファットガムは、蓄積した衝撃を受け止めながら言った。

 

「俺も、食べたもんを自分の力に変える個性を持っとる」

 

「だから何だ」

 

「俺は、食べて終わりやない」

 

ファットガムは、身体を広げた。

 

「受け止めたものを、守る力に変える。攻撃を受けても、その力を蓄えて、必要なときに使う」

 

彼は、ギャラティカの攻撃を受け止める。

 

その衝撃を身体の内側へ蓄積させていく。

 

「食べることは、取り込むことや。けど、取り込んだもんを何に変えるかは、自分で決めなあかん」

 

「綺麗事を!」

 

ギャラティカが叫ぶ。

 

「腹が減っていれば、食べるしかない! 足りなければ、奪うしかない! 弱ければ、強くなるしかない!」

 

ファットガムは、少しだけ目を細めた。

 

「腹が減ることと、何でも奪ってええことは違う」

 

「……!」

 

「自分に足りないもんがあるからって、誰かの持っとるもんを全部食べてええわけやない」

 

ファットガムは、静かに言った。

 

「満たされたい気持ちは分かる。けど、その気持ちを理由に、他人の未来まで食べてしまったらあかん」

 

ギャラティカの顔が歪む。

 

「お前に何が分かる!」

 

「全部は分からん」

 

ファットガムは答えた。

 

「お前が何を失って、何を欲しがってきたのか、俺には全部分からん。けど、今のお前が何をしとるかは見えとる」

 

「黙れ!」

 

「お前は、足りないもんを埋めようとして、取り込むことばかり考えとる。けど、どれだけ食べても、次に欲しいもんが出てくるだけや」

 

ギャラティカは、再び金属を取り込もうとした。

 

しかし、その動きは先ほどより遅い。

 

取り込んだ素材の性質が、身体のあちこちでぶつかり合っている。

 

「くそっ……!」

 

ファットガムは、出久に視線を向けた。

 

「緑谷くん! 周囲の資材を遠ざけてくれ!」

 

「分かりました!」

 

出久は黒鞭を伸ばし、ギャラティカの近くに残る金属資材を移動させた。

 

「これ以上、取り込ませない!」

 

「切島くん、右側を頼む!」

 

「任せろ!」

 

切島が硬化した身体で、ギャラティカの進路を塞ぐ。

 

「環! 今や!」

 

ファットガムの声が響いた。

 

六 自分の弱さを隠すための力

天喰は、一度目を閉じた。

 

ギャラティカの言葉が、頭の中に残っている。

 

自分の弱さを隠したいんだろう。

 

何かが足りないから、何でも食べる。

 

もっと強くなりたいから、もっと取り込む。

 

その言葉は、天喰の中にある不安を正確に突いていた。

 

彼は、自分が弱いと感じていた。

 

人前に立つと緊張する。

 

注目されると、身体が固くなる。

 

自分の判断が間違っていたらどうしようと考える。

 

誰かが困っていると、助けたいと思う一方で、自分にできるのかと不安になる。

 

だから、もっと強くなろうとした。

 

食べる種類を増やせば、できることが増える。

 

組み合わせを増やせば、どんな状況にも対応できる。

 

そうしておけば、失敗しなくて済む。

 

しかし、それは本当に自分のための力だったのか。

 

「天喰先輩!」

 

出久が呼んだ。

 

「先輩が何を考えているか、僕には全部分かりません!」

 

天喰が顔を上げる。

 

「でも、先輩が今、何を守ろうとしているのかは見えています!」

 

その言葉に、天喰は周囲を見た。

 

避難を終えようとしている作業員たち。

 

ギャラティカの攻撃を受け止めるファットガム。

 

前に立ち続ける切島。

 

そして、崩れた資材を移動させている出久。

 

自分が強くなりたい理由。

 

何でもできるようになりたい理由。

 

それは、誰にも迷惑をかけたくないからだったのかもしれない。

 

失敗したくない。

 

弱いと思われたくない。

 

誰かの期待を裏切りたくない。

 

しかし、それだけではない。

 

自分が本当に守りたいものがある。

 

「……僕は」

 

天喰は、ゆっくり息を吸った。

 

「強くなりたい」

 

ギャラティカが笑う。

 

「なら、食え!」

 

「でも、それだけじゃない」

 

天喰は顔を上げた。

 

「僕は、何でもできるようになりたいわけじゃない」

 

「なら、何だ!」

 

「今、目の前にいる人を守るために、必要な力を使いたい」

 

天喰は、タコの触腕を広げた。

 

「僕の弱さは、食べたものを増やせば消えるわけじゃない」

 

貝の殻が腕を覆う。

 

「緊張することもある。失敗するのが怖いこともある」

 

さらに、鳥の翼が背中に現れた。

 

「でも、その気持ちを隠すために、力を増やし続ける必要はない」

 

天喰は、ギャラティカを見た。

 

「僕は、僕のままでいい」

 

その言葉を口にするのは、簡単ではなかった。

 

それでも、彼は逃げなかった。

 

七 レッドライオットの言葉

「環!」

 

切島が声を上げた。

 

「こっちだ!」

 

ギャラティカの巨大な腕が、切島へ迫る。

 

切島は全身を硬化させ、真正面から受け止めた。

 

衝撃で足元が沈む。

 

しかし、彼は退かなかった。

 

「うおおおおっ!」

 

「切島くん!」

 

天喰が声を上げる。

 

「こいつの攻撃は、俺が受け止める!」

 

切島は歯を食いしばった。

 

「お前は、お前にできることをやれ!」

 

ギャラティカが、切島を押し込む。

 

「ただ硬くなるだけの能力で、俺を止められると思うな!」

 

「止めるだけじゃねえ!」

 

切島は、力を込めた。

 

「守るんだよ!」

 

彼の硬化した腕が、ギャラティカの攻撃を食い止める。

 

「俺は、怖くねえから前に出るんじゃない!」

 

切島は、必死に踏みとどまる。

 

「怖くても、誰かを守りたいから前に出るんだ!」

 

ギャラティカの腕が、さらに押し込まれる。

 

「それが、俺のレッドライオットだ!」

 

天喰は、切島の背中を見ていた。

 

切島は、恐怖をなくしたわけではない。

 

それでも、自分が守りたいものを見失わずに前へ出ている。

 

強さとは、弱さをなくすことではない。

 

弱さがあることを認めたうえで、何を選ぶか。

 

そのことを、切島は自分の行動で示していた。

 

「……ありがとう、切島くん」

 

天喰は、小さく呟いた。

 

それから、ギャラティカへ向き直った。

 

「僕も、やるよ」

 

八 取り込むものを選ぶ

天喰は、食材を使うように、自分が取り込んできた特徴を思い出した。

 

タコの吸盤。

 

貝の殻。

 

鳥の翼。

 

それぞれは、単独でも役に立つ。

 

しかし、組み合わせれば、さらに別の使い方ができる。

 

これまでの彼なら、できるだけ多くの特徴を使おうとしていたかもしれない。

 

だが、今は違う。

 

必要なものだけを選ぶ。

 

何を使い、何を使わないのか。

 

その判断も、自分がする。

 

天喰の背中から翼が広がった。

 

彼は地面を蹴り、空中へ舞い上がる。

 

ギャラティカは、その動きを追った。

 

「逃げるのか!」

 

「違う」

 

天喰は答えた。

 

「位置を変えただけだ」

 

彼の触腕が伸びる。

 

複数の吸盤が、ギャラティカの身体に張り付いた。

 

「何だ!」

 

ギャラティカが腕を振り回す。

 

しかし、触腕は簡単には離れない。

 

天喰は、ギャラティカの身体を引っ張るのではなく、動きの方向をずらしていた。

 

「右側の装甲が重くなっている!」

 

出久が気づいた。

 

「取り込んだ金属の量が偏っているんだ!」

 

「それで、動きが崩れているのか!」

 

ファットガムが笑った。

 

「よう見とるな、緑谷くん!」

 

天喰は、貝の殻を腕に展開した。

 

硬い殻で、自分の身体を守りながら、ギャラティカの装甲の隙間へ触腕を伸ばす。

 

ギャラティカは、身体に取り込んだ素材をさらに変形させようとした。

 

だが、複数の性質が混ざり合った身体は、思うように反応しない。

 

「なぜだ!」

 

「あなたは、取り込むことばかり考えている」

 

天喰は言った。

 

「取り込んだものを、どう使うのかを考えていない!」

 

「黙れ!」

 

「あなたは、自分に足りないものを、全部外から持ってこようとしている!」

 

「それが何だ!」

 

「どれだけ取り込んでも、自分の中にある空白までは埋まらない!」

 

ギャラティカの身体が大きく揺れた。

 

「なら、どうすればいい!」

 

「それは、あなた自身が考えることだ!」

 

天喰は、声を張り上げた。

 

「僕には、あなたの空腹を満たすことはできない!」

 

九 暴食の果て

ギャラティカは、天喰の触腕を振り払おうとした。

 

しかし、その動きは鈍い。

 

取り込んだ資材の重さが、彼の身体に負担をかけている。

 

そこへ、ファットガムが前に出た。

 

「そろそろ終わりにしよか」

 

「まだだ!」

 

ギャラティカが叫ぶ。

 

「もっと食えばいい! もっと取り込めば、俺は負けない!」

 

彼は、周囲の資材を引き寄せようとした。

 

だが、出久が黒鞭で資材を遠ざけ、切島が道を塞いでいる。

 

「もう、取り込ませない!」

 

出久が叫ぶ。

 

「お前たちに、俺の腹を満たす権利があると思うな!」

 

ギャラティカの身体が膨らむ。

 

しかし、取り込む対象はない。

 

彼は、自分の身体に蓄積した力を無理に動かそうとした。

 

その瞬間、全身の装甲が不規則に揺れた。

 

「くっ……!」

 

ファットガムは、その様子を見逃さなかった。

 

「環! 今や!」

 

天喰の触腕が、ギャラティカの腕と脚を拘束する。

 

貝の殻が、自分の身体を守りながら、彼の動きを封じる。

 

切島が前へ出た。

 

「これで終わりだ!」

 

硬化した腕で、ギャラティカの進路を塞ぐ。

 

ファットガムは、これまで受け止めた衝撃を、制御した力へ変換した。

 

「食べることだけが、力やない!」

 

ファットガムが叫ぶ。

 

「受け止めたもんを、何に変えるかや!」

 

ファットガムの一撃が、ギャラティカの装甲を打ち砕いた。

 

ただし、その力は彼の身体を傷つけるほどのものではない。

 

蓄積した衝撃を、必要な一点へ集中させた攻撃だった。

 

装甲が崩れ、ギャラティカの身体から余分な資材が落ちる。

 

天喰の触腕が、その身体を拘束したまま地面へ押さえつける。

 

「うおおおっ!」

 

切島が最後の進路を塞いだ。

 

ギャラティカの動きが止まる。

 

周囲の警備担当者が駆けつけ、彼の身柄を確保した。

 

戦いは終わった。

 

十 お前は、何を求めていた?

拘束されたギャラティカは、床に座らされていた。

 

彼の身体には、取り込んだ素材の一部がまだ残っている。

 

しかし、それはもう、自由に動かせる状態ではなかった。

 

「なぜだ……」

 

ギャラティカは呟いた。

 

「俺は、もっと強くなれるはずだった」

 

天喰は、少し離れた場所に立っていた。

 

「何を求めていたんですか?」

 

「何だと?」

 

「あなたは、何を取り込めば満たされると思っていたんですか?」

 

ギャラティカは、天喰を睨んだ。

 

「力だ」

 

「力を手に入れて、どうしたかったんですか?」

 

「誰にも奪われないためだ」

 

「何を?」

 

「俺のものをだ!」

 

ギャラティカは声を荒らげた。

 

「何も持っていなければ、何も守れない! 弱ければ、誰かに奪われる! 足りなければ、誰かに見下される! だから、取り込むしかない!」

 

天喰は、黙って聞いていた。

 

「力があれば、奪われない。強ければ、誰にも命令されない。何も失わない!」

 

「……」

 

「お前も同じだろう!」

 

ギャラティカは、天喰を睨んだ。

 

「何でも食べて、何でもできるようになりたいんだろう! そうすれば弱い自分を隠せる!」

 

天喰は、少しだけ目を伏せた。

 

「昔は、そう思っていたかもしれません」

 

「なら、なぜ否定する!」

 

「僕は、弱いところがある自分を、全部なくしたいわけじゃないからです」

 

「そんなもの、弱さを認めるだけの言い訳だ!」

 

「そうかもしれません」

 

天喰は答えた。

 

「でも、僕は自分の弱さを知っています。緊張するし、怖がるし、失敗もします」

 

「……」

 

「それでも、僕には守りたい人がいる。助けたい人がいる。だから、そのために能力を使います」

 

天喰は続けた。

 

「自分が完全になるためではありません」

 

ギャラティカは、何も答えなかった。

 

「あなたが本当に何を失い、何を求めていたのか、僕には分かりません」

 

天喰は言った。

 

「あなたの飢えを、僕が満たすこともできません」

 

「……」

 

「でも、その飢えを理由に、他人のものを奪っていいわけではない」

 

ギャラティカは、目を伏せた。

 

治療や取り調べは、これから続く。

 

彼が何を抱えていたのかも、今後の調査で明らかになるかもしれない。

 

しかし、彼の事情が分かったからといって、被害が消えるわけではない。

 

彼の行為は、彼自身が引き受けなければならない。

 

天喰は、彼に背を向けた。

 

十一 ファットガムの食卓

戦闘後。

 

ファットガムの事務所。

 

天喰と切島は、ファットガムに誘われて食事をしていた。

 

テーブルには、たくさんの料理が並んでいる。

 

「いやあ、今日はよく頑張ったな!」

 

ファットガムが大皿を置く。

 

「ありがとうございます」

 

天喰は少し恐縮しながら答えた。

 

「遠慮せんで食べや!」

 

「はい」

 

切島は、さっそく料理に手を伸ばした。

 

「いただきます!」

 

「お前はほんまに元気やなあ」

 

ファットガムが笑った。

 

天喰も、少しずつ食事を始める。

 

しばらくは、他愛のない会話が続いた。

 

やがて、切島が箸を置いた。

 

「環」

 

「何?」

 

「今日の戦い、どうだった?」

 

天喰は少し考えた。

 

「怖かった」

 

「そっか」

 

「ギャラティカの言葉は、僕が自分で考えないようにしていたことを突いてきた」

 

「弱い自分を隠していたってことか?」

 

「うん」

 

天喰は、自分の手を見た。

 

「僕は、強くなれば不安がなくなると思っていた。いろいろなものを食べて、いろいろな能力を使えるようになれば、何が起きても大丈夫だと思っていた」

 

「でも、違ったんだな」

 

「うん。能力が増えても、失敗することはある。怖いものは怖いままだった」

 

ファットガムが頷いた。

 

「そらそうや」

 

「でも、それでいいのかもしれない」

 

天喰は、ゆっくりと言った。

 

「怖いままでも、できることはある。全部を完璧にできなくても、守れるものはある」

 

切島が笑った。

 

「そうだろ!」

 

「切島くんは、いつもそうだね」

 

「何が?」

 

「怖いと思うことがあっても、前に出る」

 

「そりゃあ、怖いことなんていくらでもあるぜ」

 

切島は、少しだけ真剣な顔になった。

 

「だけど、怖いからって、誰かを守りたいと思う気持ちまでなくなるわけじゃねえ」

 

「……」

 

「俺だって、失敗するかもしれない。守れないかもしれないって考える。でも、だからこそ、仲間と一緒に動くんだ」

 

切島は笑った。

 

「俺一人で全部やれるわけじゃねえしな!」

 

ファットガムも大きく頷く。

 

「ええこと言うやん!」

 

「本当っすか!」

 

「ほんまや!」

 

三人は笑った。

 

天喰は、料理を一口食べた。

 

今日は、能力のために食べているわけではない。

 

誰かに強く見せるためでもない。

 

ただ、腹が減っていて、おいしいものを食べたいと思った。

 

それだけでよかった。

 

「ファットガムさん」

 

「何や?」

 

「僕、これからも能力を使いこなせるようになりたいです」

 

「ええやないか」

 

「でも、何でもできるようになることだけを目標にはしません」

 

「うん」

 

「自分が何を守りたいのかを考えて、そのために必要なものを選ぶようにします」

 

ファットガムは、優しく笑った。

 

「それが一番や」

 

天喰は、少しだけ顔を上げた。

 

「食べることも、取り込むことも、悪いことじゃないんですよね」

 

「もちろんや」

 

ファットガムは答えた。

 

「食べることは、生きることや。力を蓄えることも、必要なことや」

 

「はい」

 

「ただし、食べることだけが目的になったらあかん。何のために食べるのか、何のために力を使うのか。それを忘れんことや」

 

天喰は、深く頷いた。

 

十二 飢えは、なくならない

数日後。

 

天喰は、訓練場で一人、個性の練習をしていた。

 

タコの触腕。

 

貝の殻。

 

鳥の翼。

 

それぞれの特徴を、必要な場面に応じて使い分ける。

 

以前のように、何でも一度に使おうとはしない。

 

一つずつ確認し、組み合わせる。

 

無理をすれば、制御が難しくなる。

 

だから、使うものを選ぶ。

 

そこへ、切島がやってきた。

 

「環!」

 

「切島くん」

 

「調子はどうだ?」

 

「前よりは落ち着いていると思う」

 

「そりゃよかった!」

 

天喰は、少しだけ笑った。

 

「でも、まだ緊張はするよ」

 

「そうか」

 

「ギャラティカのことを考えると、彼の言葉が頭に残っている」

 

「何て言われた?」

 

「もっと食べろ。もっと取り込め。そうすれば強くなれるって」

 

切島は、少し考えた。

 

「それは、全部間違いなのか?」

 

「え?」

 

「食べることも、強くなることも、悪いことじゃねえだろ」

 

「……そうだね」

 

「ただ、それが目的になっちまうのが問題なんじゃないか?」

 

天喰は、切島を見た。

 

「俺だって、硬くなれば何でも守れるとは思ってねえ。もっと強くなりたいと思うこともある」

 

切島は、自分の拳を握った。

 

「でも、強くなることは、誰かより上になることだけじゃない。自分が守りたいものを守れるようになることでもある」

 

「うん」

 

「環も、自分が何をしたいのかを考えながら、強くなればいいんじゃねえか」

 

天喰は、頷いた。

 

「ありがとう」

 

「礼はいらねえよ!」

 

切島は笑った。

 

「それに、まだまだ鍛えるところはあるだろ?」

 

「うん。たくさんある」

 

「よし! じゃあ、次の訓練も一緒にやろうぜ!」

 

「……分かった」

 

天喰は、もう一度、自分の手を見た。

 

不安がなくなったわけではない。

 

自分の弱さを完全に受け入れられたわけでもない。

 

それでも、弱さを隠すためだけに力を求める必要はない。

 

自分が何を守りたいのか。

 

そのために、何が必要なのか。

 

その答えを考えながら、少しずつ進んでいけばいい。

 

天喰は、自分の能力を発動させた。

 

触腕が伸びる。

 

貝殻が腕を覆う。

 

その力は、彼が食べたものから生まれた。

 

けれど、何のために使うかを決めるのは、彼自身だった。

 

十三 暴食という欲望の終わり

ギャラティカの事件は、調査段階へ移った。

 

彼が取り込んだ資材の多くは、保管区画から持ち出されたものだった。

 

一部は復興作業に必要な物資であり、被害の確認と補充が進められることになった。

 

彼の身体に蓄積された物質についても、医療と安全管理の担当者が慎重に確認していく。

 

ギャラティカ自身は、取り調べの中で、自分がなぜあれほど多くのものを取り込もうとしていたのかを問われていた。

 

彼は、すぐには答えられなかった。

 

欲しかった。

 

強くなりたかった。

 

何も失いたくなかった。

 

誰にも奪われたくなかった。

 

しかし、それらを繰り返しても、自分の中の不安は消えなかった。

 

取り込めば、次の何かが欲しくなる。

 

手に入れれば、さらに強いものが欲しくなる。

 

その繰り返しの先に、何があるのか。

 

ギャラティカ自身も、まだ答えを見つけていない。

 

彼が犯した行為の責任は、今後の手続きの中で問われる。

 

彼が事情を語ったからといって、被害がなかったことにはならない。

 

しかし、彼がなぜそのような行動を取ったのかを調べることは、同じ問題を繰り返さないためにも必要だった。

 

一方、天喰は、ギャラティカについて考え続けていた。

 

自分にも、同じような不安があった。

 

もっと食べれば。

 

もっと強くなれば。

 

もっと何でもできるようになれば。

 

自分の弱さを見なくて済む。

 

けれど、その考えに従い続ければ、いつか自分が何のために力を使っているのか分からなくなる。

 

「……僕は、何を守りたいんだろう」

 

天喰は、自分に問いかけた。

 

答えは、一つではなかった。

 

仲間。

 

助けを必要とする人。

 

自分を支えてくれた人たち。

 

そして、自分自身の未来。

 

守りたいものがあるから、強くなりたい。

 

強くなりたいからといって、何でも取り込む必要はない。

 

飢えがあること自体は、悪いことではない。

 

もっと成長したいと思うことも、誰かの役に立ちたいと願うことも、自然な気持ちだ。

 

ただ、その欲望が他人の選択や未来を奪うものになってはいけない。

 

天喰は、もう一度、訓練に戻った。

 

十四 自分の力で、選ぶ

夕暮れ。

 

訓練場には、天喰、切島、ファットガムが残っていた。

 

最後の確認訓練が終わり、三人は並んで立っている。

 

「今日の訓練は、ここまでやな」

 

ファットガムが言った。

 

「ありがとうございました」

 

天喰が頭を下げる。

 

「環、最後に一つ聞いてええか?」

 

「はい」

 

「お前は、強くなりたいんか?」

 

天喰は少し考えた。

 

「はい」

 

「誰のために?」

 

「自分のためでもあります」

 

「ほう」

 

「僕は、できることを増やしたい。前より自信を持ちたい。失敗することを怖がりすぎずに行動できるようになりたい」

 

ファットガムは頷いた。

 

「それでええ」

 

「それと、守りたい人たちのために」

 

「うん」

 

「でも、守りたい人たちが何を望んでいるのかを、僕が勝手に決めないようにしたい」

 

切島が笑った。

 

「環、いいじゃねえか!」

 

天喰は、少し照れたように目を伏せた。

 

「まだ、できるか分からないけど」

 

「最初から完璧にできる必要はないやろ」

 

ファットガムが言った。

 

「これから考えていけばええ」

 

「はい」

 

「それにな、環」

 

ファットガムは、天喰の肩に手を置いた。

 

「自分が弱いと思うことがあっても、それでお前の価値がなくなるわけやない」

 

「……」

 

「能力を使えんときも、失敗したときも、お前はお前や」

 

天喰は、少しだけ目を見開いた。

 

「ありがとうございます」

 

「だから、無理に何でも食べようとせんでええ。必要なときに、必要なものを選び」

 

「はい」

 

「食べたもんを、どう使うか。それはお前が決めることや」

 

天喰は頷いた。

 

そして、切島の方を見た。

 

「切島くん」

 

「ん?」

 

「次の訓練も、一緒にやってくれる?」

 

「もちろんだ!」

 

切島は、拳を差し出した。

 

天喰は一瞬迷い、それから自分の拳を合わせた。

 

「よろしく」

 

「おう!」

 

三人は訓練場を後にした。

 

十五 飢えを、力に変えないために

夜。

 

天喰は、寮の部屋で、今日の記録を整理していた。

 

ギャラティカとの戦闘。

 

個性の使用。

 

食べたもの。

 

身体に現れた特徴。

 

どの場面で何を使い、どの判断が有効だったのか。

 

これまでの訓練記録と比べると、今日は使用した特徴の数が少ない。

 

しかし、必要な場面では、以前よりも正確に使えていた。

 

彼は、記録の最後に一文を加えた。

 

『能力の種類を増やすことより、何のために使うのかを考えることを優先する』

 

その下に、もう一文。

 

『弱さを隠すためではなく、守りたいものを守るために力を使う』

 

書き終えた天喰は、少しだけ笑った。

 

自分の弱さが消えたわけではない。

 

今後も緊張するだろう。

 

人前で話すことに不安を感じるかもしれない。

 

失敗して、自分を責めたくなる日もあるだろう。

 

それでも、無理に別人になろうとする必要はない。

 

自分の弱さを見つめながら、自分の力を選ぶ。

 

何を食べるのか。

 

何を使うのか。

 

何を使わないのか。

 

そして、何を守るのか。

 

その一つ一つを、自分で決めていく。

 

一方、ファットガムは事務所で今回の戦闘記録を確認していた。

 

「ええ成長やな」

 

彼は、天喰の訓練記録を見て笑った。

 

切島も隣にいた。

 

「環、今日はいつもより落ち着いてましたよね」

 

「そうやな。でも、まだまだ伸びるで」

 

「俺も負けてられないっす!」

 

「おう! その意気や!」

 

ファットガムは、資料を閉じた。

 

「それにしても、食べることって不思議なもんやな」

 

「急にどうしたんすか?」

 

「食べることは、生きるために必要なことや。けど、何でも食べればええわけやない。必要なものを選んで、身体に取り込んで、どう使うかを考える」

 

「それって、個性以外にも言えることかもしれませんね」

 

切島が言った。

 

「知識も、経験も、誰かから受け取った言葉も、全部そうかもしれないっす」

 

「せやな」

 

ファットガムは頷いた。

 

「何でも取り込めば、自分が強くなるわけやない。自分に必要なものを見極めて、どう使うかを考えなあかん」

 

切島は、自分の拳を握った。

 

「俺も、もっと強くなります」

 

「ええな」

 

「でも、強くなることだけが目的にならないようにします」

 

ファットガムは笑った。

 

「よし。次も頑張ろうや」

 

その夜、天喰は眠る前に、もう一度自分の手を見つめた。

 

何も食べなくても、そこに自分の手がある。

 

何かを取り込まなくても、自分は自分として存在している。

 

その当たり前のことを、彼はようやく少しだけ理解できた気がした。

 

飢えは、なくならないかもしれない。

 

もっと強くなりたいという気持ちも、誰かに認められたいという願いも、これから先ずっと残るだろう。

 

それでも、その気持ちに自分の人生を決めさせる必要はない。

 

欲望があることと、欲望のために他人を奪うことは違う。

 

力を取り込むことと、力に自分を支配させることも違う。

 

天喰環は、これからも食べる。

 

自分の個性を使うために。

 

誰かを守るために。

 

自分自身が選んだ未来へ進むために。

 

けれど、何を取り込むかを決めるのは、もう恐怖ではない。

 

彼自身の意思だった。

 

ギャラティカとの対立は、一つの決着を迎えた。

 

暴食という欲望をめぐる物語にも、ひとつの区切りがついた。

 

飢えを、力に変えないために。

 

そして、力を自分のものとして選ぶために。

 

第八十三話・了

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