僕のヒーローアカデミア 原罪   作:神代シン

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第八十七話「原罪の、その先へ」

一 戦いが終わった場所

古い保管庫の奥には、想像していたような巨大な装置はなかった。

 

そこにあったのは、無数の資料と、長い年月を経た機材。そして、壁一面に描かれた奇妙な図形だった。

 

「……これが、最後に見つかった資料か」

 

相澤消太は、壁の前に立った。

 

図形は、いくつもの線が中心から外側へ伸び、さらに枝分かれしていた。

 

それぞれの線には、細かな記号が刻まれている。

 

あるものは円形。

 

あるものは、人の名前に似た文字列。

 

あるものは、現在の技術では分類できない記号だった。

 

根津は、資料を照合しながら説明した。

 

「壁面の図は、複数の年代にわたって描き足された形跡があります。最初から完成していたものではなく、後世の人々が情報を追加していった可能性が高いですね」

 

「つまり、これを描いた人間も、最初から全体を理解していたわけじゃない」

 

爆豪勝己が言った。

 

「その可能性はあります」

 

「だったら、これを完成された設計図だと思うなよ」

 

「ええ。私もそう考えています」

 

緑谷出久は、図の中央に目を向けた。

 

「ここが接続点なのかな……」

 

「まだ分からない」

 

相澤が答えた。

 

「線の形だけで、何かの装置だと決めつけるな」

 

「はい」

 

出久は壁に近づいた。

 

そこに刻まれた文字の一つは、古い資料に残されていたものと同じだった。

 

デウス・マキナ。

 

その下には、別の記号とともに、もう一つの言葉がある。

 

ユグドラシル。

 

そして、その隣には、かすれた短い文章が残されていた。

世界を記録するもの。

 

世界の記録へ接続するもの。

 

同じものではない。

 

出久は息を呑んだ。

 

「世界を記録するものと、世界の記録へ接続するもの……」

 

根津が近づく。

 

「興味深いですね。少なくとも、この資料を残した者は、二つを区別していたようです」

 

「ユグドラシルが記録する側で、デウス・マキナが接続する側ってことですか?」

 

麗日お茶子が尋ねた。

 

「そう読める可能性はあります。しかし、まだ断定できません」

 

根津は壁の文字を確認した。

 

「ユグドラシルという言葉は、一般的な神話における世界樹を指しているのか。それとも、この資料に特有の名称なのか。デウス・マキナも、実際の装置を指すのか、何らかの仕組みの呼称なのか。検証が必要です」

 

「でも、二つが別々に書かれているのには理由があるはずです」

 

出久は言った。

 

「そうですね」

 

根津は頷いた。

 

「その理由を調べることが、次の課題になるでしょう」

 

爆豪は、壁面の図を眺めた。

 

「で、これを調べれば死者が戻った理由が分かるのか?」

 

「分かりません」

 

根津は即答した。

 

「関係がある可能性はありますが、何も関係がない可能性も残っています」

 

「またそれかよ」

 

「分からないことを分からないと言うのは、重要なことですよ」

 

「分かってる。だが、いつまでも分からねえじゃ済まねえだろ」

 

「もちろんです」

 

相澤が、図の一部を指した。

 

「まず、この記録が何を示しているのかを調べる。装置の実物があるなら、所在を確認する。記録だけなら、別の資料と照合する」

 

「そして、死者の帰還との関係を確認する」

 

出久が続けた。

 

「そうだ」

 

相澤は頷いた。

 

彼らは、ようやく一つの方向を見つけた。

 

しかし、それは答えではない。

 

長い問いの入口だった。

 

二 死者は、記録ではない

保管庫から帰った出久たちは、帰還者に関する医療施設へ向かった。

 

この日、出久たちが面会するのはミッドナイトだった。

 

彼女は、病院の中庭にいた。

 

以前のようなヒーローの装備は身につけていない。落ち着いた服装で、医師の付き添いを受けながら、ゆっくりと歩いていた。

 

「こんにちは、先生」

 

出久が声をかける。

 

ミッドナイトは振り返った。

 

「あら、緑谷君。それに麗日さん、爆豪君も」

 

「お久しぶりです」

 

麗日が頭を下げる。

 

「元気そうで何よりだ」

 

爆豪は、少し不器用に言った。

 

ミッドナイトは笑った。

 

「ありがとう。あなたたちも、ずいぶん大人になったわね」

 

「まだ学生です」

 

「そうね。でも、顔つきは変わったわ」

 

出久たちは、ミッドナイトの隣に座った。

 

しばらくは、雄英高校の近況について話した。

 

生徒たちのこと。

 

教師たちのこと。

 

復興活動のこと。

 

彼女がいなかった間に起きた出来事を、一つずつ説明していく。

 

ミッドナイトは、時折驚き、時折笑い、時折目を伏せていた。

 

「そう……。みんな、頑張っていたのね」

 

「はい」

 

「でも、無理はしていないでしょうね?」

 

「相澤先生が厳しく見ています」

 

「ふふ。それなら安心ね」

 

少しの沈黙が流れる。

 

やがて、出久は本題を切り出した。

 

「先生。今回の帰還現象について、何か覚えていることはありますか?」

 

ミッドナイトは、自分の手を見た。

 

「覚えていること……」

 

「亡くなったとされる瞬間から、今までのことです」

 

「それがね」

 

彼女は少し困ったように笑った。

 

「何もないの」

 

「何も?」

 

「最後に覚えていることはある。でも、その先がない。長い眠りについていたような感覚もないし、どこかを歩いていた記憶もない。気づいたら、今の場所にいたの」

 

「では、帰還したときの場所についても?」

 

「何も分からないわ」

 

出久は記録を取ろうとした。

 

しかし、途中で手を止めた。

 

「先生、無理に思い出そうとしなくても大丈夫です」

 

ミッドナイトは、出久を見た。

 

「ありがとう」

 

「僕たちは、今回の異変について調べています。でも、先生自身の記憶を無理に引き出したいわけではありません」

 

「そうね」

 

ミッドナイトは頷いた。

 

「あなたたちは、何かを見つけたの?」

 

「まだ、手がかりだけです。世界の記録に関係する資料が見つかりました」

 

「世界の記録?」

 

出久は、資料の一部を見せた。

 

「人の記憶や、亡くなった人の記録。そういったものが、何らかの形で保存されている可能性があるんです」

 

ミッドナイトは、資料に目を落とした。

 

「それを使えば、人を戻せるの?」

 

「そこまでは分かりません」

 

「そう」

 

彼女は、しばらく黙っていた。

 

それから、静かに言った。

 

「緑谷君。私が戻ってきたことを、あなたたちが調べたいと思うのは分かるわ」

 

「はい」

 

「でも、私は記録の一部ではないわ」

 

出久は、顔を上げた。

 

「……はい」

 

「私は香山睡よ。教師で、ヒーローで、あなたたちの先生だった人間。そういう過去はあるけれど、今ここで何をするかは、私自身が決めたい」

 

「もちろんです」

 

「もし、私が教師に戻りたくないと思ったら?」

 

「その意思を尊重します」

 

「もし、個性の検査を受けたくないと思ったら?」

 

「無理に受ける必要はありません」

 

「もし、過去のことを話したくないと思ったら?」

 

「話さなくて大丈夫です」

 

ミッドナイトは、少しだけ目を細めた。

 

「うん。いい答えね」

 

彼女は資料を出久に返した。

 

「何が起きたのか知りたいという気持ちは大切よ。でも、私たちを何かの証拠や材料として扱わないでね」

 

「はい」

 

「それだけは、約束して」

 

「約束します」

 

出久は真剣に頷いた。

 

帰還者が記録の一部として扱われるようになれば、帰ってきた人々の意思は、再び他人の都合に押し流されてしまう。

 

それでは、何のために調べるのか分からなくなる。

 

死者の記録を知りたいのではない。

 

記録の向こう側にいる人間を、見失わないために調べるのだ。

 

三 会いたい人と、会いたくない人

同じ施設の別の部屋では、トゥワイスが医療担当者と話していた。

 

彼の手元には、現在の社会についてまとめられた資料が置かれている。

 

「……つまり、俺がいない間に、いろいろあったってことか」

 

「はい」

 

「トガちゃんは?」

 

「現在は保護下にあります。治療と、今後の責任についての確認が進められています」

 

「スピナーは?」

 

「同じく、事件に関する調査を受けています」

 

「死柄木は?」

 

医療担当者は、慎重に答えた。

 

「医療管理下にあります。詳しい状態については、関係者以外には伝えられません」

 

トゥワイスは、黙って資料を見た。

 

「みんな、生きてるのか?」

 

「はい。現在の状況については、それぞれ確認できています」

 

「そっか……」

 

トゥワイスは、少しだけ笑った。

 

「よかった。よくねえよ。いや、よかったんだ」

 

医療担当者は、言葉を挟まなかった。

 

「俺、会いたいんだ」

 

「誰にですか?」

 

「みんなだよ」

 

トゥワイスは答えた。

 

「トガちゃんにも、スピナーにも、死柄木にも会いたい。……ホークスにも」

 

最後の名前を口にしたとき、彼の表情が変わった。

 

「あいつには、聞きたいことがある」

 

「分かりました。面会を希望する方の名前を記録します」

 

「でも、今すぐ会わせろって言うつもりはねえよ」

 

トゥワイスは頭を掻いた。

 

「向こうにも、考える時間があるだろ。俺が生きてるからって、前と同じように話せるとは限らねえ」

 

「その通りです」

 

「それに、俺だって全部を分かってるわけじゃない」

 

彼は、自分の手を見つめた。

 

「俺は死んだって言われた。みんなが俺を死んだと思ってた。それなのに、今ここにいる」

 

彼は笑った。

 

「笑えるだろ。笑えねえよ」

 

担当者は、静かに言った。

 

「あなたが今ここにいることは、確かです」

 

「……そうだな」

 

トゥワイスは、顔を上げた。

 

「なら、俺はこれからどうするか考えるよ」

 

同じ頃、別の施設にいるマグネは、担当者に今後の希望を伝えていた。

 

「私は、まず自分の生活を整えたい」

 

「分かりました」

 

「昔の仲間に会いたい気持ちはある。でも、今すぐ会わなきゃいけないわけじゃない」

 

「治崎氏との面会は、引き続き希望されないということでよろしいですか」

 

「ああ。会いたくない」

 

「承知しました」

 

マグネは、窓の外を見た。

 

「私が戻ってきたからって、誰かの罪が軽くなるわけじゃない。私の人生を、あいつのために使うつもりもない」

 

その言葉は、明確だった。

 

彼女は自分の人生を取り戻したい。

 

それは、過去の仲間たちと必ず再会するという意味ではない。

 

治崎を許すという意味でもない。

 

自分がどう生きるかを考えるということだった。

 

帰還者たちは、同じ現象によって戻ってきたように見える。

 

しかし、戻ってきた後の選択は、誰一人として同じではなかった。

 

四 死者を戻せるなら、何をしてもいいのか

雄英高校の会議室では、帰還現象に関する調査方針の見直しが行われていた。

 

根津、相澤、警察関係者、医療関係者、そして出久たちが集まっている。

 

「今回の調査で、世界の記録に接続する仕組みが存在する可能性が浮かび上がりました」

 

根津が説明した。

 

「ただし、実際に接続が確認されたわけではありません。現時点では、古い資料の記述にすぎません」

 

「もし、その仕組みを使えば、ほかの死者も戻せるのか?」

 

警察関係者が尋ねた。

 

「それは分かりません」

 

根津は答えた。

 

「ですが、仮に可能だったとしても、まず考えなければならないことがあります」

 

「何でしょうか」

 

「誰の意思で、それを行うのかです」

 

室内が静かになる。

 

「亡くなった人を戻したいと願う遺族はいるでしょう。しかし、本人が戻りたいと思っていたとは限りません」

 

「死んでいる本人の意思を確認する方法があるのか?」

 

「現時点では分かりません」

 

根津は続けた。

 

「また、記録された記憶を使って人間を再現するのと、本人が生きた状態で帰還することは、同じではありません」

 

出久は、ミッドナイトとの会話を思い出した。

 

彼女は自分を記録の一部ではないと言った。

 

その通りだった。

 

記憶が再現できたとしても、その人の現在の意思まで同じになるとは限らない。

 

本人の記憶を持つ存在が現れたとして、それが本人なのかどうかを、記録だけで判断することはできない。

 

「それに、戻せるという可能性があったとしても、誰かの罪が消えるわけではない」

 

相澤が言った。

 

「例えば、今回戻ってきたマグネの存在を理由に、治崎の過去の行為を軽く扱うことはできない」

 

警察関係者が頷く。

 

「犯罪の調査と、帰還現象の調査は別に扱うべきです」

 

「そうだ」

 

相澤は続けた。

 

「帰還者本人が現在どのような状態にあるのか。どんな意思を持っているのか。それを確認する。過去に罪を犯した人間なら、その責任についても確認する」

 

「では、帰還者を再び危険な状態にする可能性がある実験は?」

 

麗日が尋ねた。

 

根津は、はっきりと答えた。

 

「本人の十分な説明と同意がない限り、認めるべきではありません。特に、記憶や人格を変更する可能性がある操作は、現段階で実施すべきではないでしょう」

 

「同意があれば何でもいいということでもない」

 

相澤が補足する。

 

「危険性を説明できないなら、同意の前提が成立しない」

 

爆豪が机を指で叩いた。

 

「つまり、死者を戻す方法があったとしても、使うかどうかは別の問題ってことだろ」

 

「ええ」

 

根津は頷いた。

 

「技術的に可能であることと、倫理的に許されることは同じではありません」

 

「だったら、最初からそこを調べろ」

 

爆豪は言った。

 

「誰が何のために作ったか。どこまでできるか。何が起きるか。分からねえまま触れば、また誰かの人生を勝手に弄ることになる」

 

その言葉に、出久は頷いた。

 

それは、彼らがこれまで向き合ってきた問題そのものだった。

 

誰かを助けるため。

 

誰かのために。

 

正義のために。

 

そんな言葉は、時に本人の意思を置き去りにする。

 

死者を戻すという目的が、どれほど魅力的に見えたとしても、同じ過ちを繰り返してはならない。

 

五 残された者たちの選択

数日後。

 

雄英高校の校庭では、出久たちが復興支援の報告会に参加していた。

 

その帰り道、麗日は出久に声をかけた。

 

「ねえ、緑谷君」

 

「何?」

 

「もし、もう会えないと思っていた人が帰ってきたら、どうする?」

 

出久は、すぐには答えられなかった。

 

「……分からない」

 

「だよね」

 

麗日は笑った。

 

「私も分からない」

 

彼女は、トガのことを思い出していた。

 

トガが帰ってきたのではない。

 

トガは生きている。

 

しかし、トゥワイスが帰ってきたことで、トガの周囲には新たな関係が生まれる可能性がある。

 

お茶子は、トガに会いたいと思っている。

 

だが、トガの人生を自分が背負うつもりはない。

 

トガが誰と会うかも、何を話すかも、本人が決めることだ。

 

「会いたい人が帰ってきても、前と同じ関係に戻れるとは限らないよね」

 

お茶子が言った。

 

「うん」

 

「それでも、もう一度関係を作ることはできるかもしれない」

 

「そうだね」

 

「でも、作らない選択もある」

 

「うん」

 

麗日は、空を見上げた。

 

「それって、寂しいけど、大事なことだと思う」

 

出久は頷いた。

 

「帰ってきた人にも、残された人にも、選ぶ権利がある」

 

「うん」

 

二人は歩き続けた。

 

その少し先では、轟焦凍が待っていた。

 

「緑谷、麗日」

 

「轟君」

 

「帰るところか」

 

「うん。轟君も?」

 

「ああ」

 

焦凍は、少しだけ考えてから言った。

 

「兄さんが帰ってきたら、何を話せばいいのか分からないと思う」

 

出久は、焦凍を見た。

 

「でも、兄さんが戻ってきたとしても、過去が消えるわけじゃない。俺たちが家族だったことも、傷つけ合ったことも、全部残る」

 

「そうだね」

 

「それでも、話したいことがあるなら話せばいい。話したくないなら、無理に話す必要もない」

 

焦凍は、いつもの落ち着いた声で言った。

 

「俺は、兄さんが何を選ぶかを決めたくない」

 

麗日が微笑んだ。

 

「焦凍君らしいね」

 

「そうか?」

 

「うん」

 

出久は、少しだけ笑った。

 

死者の帰還は、過去をやり直す機会ではない。

 

それは、新しい現在が生まれたということだ。

 

その現在をどう生きるかは、本人が選ぶ。

 

だからこそ、残された者もまた、自分の人生を生きなければならない。

 

誰かの帰還を待つことだけが、人生のすべてになってはいけない。

 

六 継承された怒り

夕方。

 

出久は、爆豪とともに訓練場にいた。

 

二人は実戦形式の訓練を終え、床に座っていた。

 

爆豪は汗を拭きながら、壁にもたれている。

 

出久は、手元のメモを見直していた。

 

「おい、デク」

 

「何?」

 

「まだ考えてんのか」

 

「うん。今回見つかった資料について」

 

「考えすぎだ」

 

「でも、世界の記録が本当に存在するなら、そこに何が残されているのか知りたい」

 

「知ってどうする」

 

出久は少し考えた。

 

「まずは、帰還した人たちがなぜ戻ってきたのかを調べたい。それから、これから同じことが起きた場合に、誰かの意思を無視しない方法を考えたい」

 

「それだけか?」

 

「それだけって?」

 

「お前は、死んだ奴を全員戻せるなら戻したいとか考えねえのか」

 

出久は黙った。

 

亡くなった人たち。

 

ヒーロー。

 

市民。

 

仲間。

 

もう二度と会えない人々。

 

もし、戻す方法があるのなら。

 

その可能性を知りたいと思う気持ちはある。

 

だが、戻せるかもしれないという理由だけで、誰かを戻してよいとは限らない。

 

「……戻したいと思うことはあるよ」

 

出久は答えた。

 

「でも、僕が戻したいと思うことと、その人が戻りたいと思っていることは違う」

 

爆豪は黙っていた。

 

「だから、方法を見つけても、それを使うことが正しいとは限らない」

 

「なら、何のために調べる」

 

「選択肢を知るため」

 

出久は、メモを閉じた。

 

「何が可能で、何が不可能なのか。それを知らないまま、誰かに選択させることはできないと思う」

 

爆豪は鼻を鳴らした。

 

「相変わらず面倒くせえ考え方だな」

 

「そうかな」

 

「だが、分からねえまま適当に選ぶよりはマシだ」

 

出久は笑った。

 

「ありがとう」

 

「礼を言うな」

 

少しの沈黙。

 

爆豪は、訓練場の壁を見た。

 

「俺は、もう誰かに勝つためだけに戦うつもりはねえ」

 

「うん」

 

「強くなることはやめねえ。だが、何のために強くなるのかは、俺が決める」

 

「それが爆豪君の選択なんだね」

 

「当たり前だ」

 

爆豪は立ち上がった。

 

「それに、お前も自分の考えを変えるなとは言わねえ。違うと思ったら直せ。俺の考えだって間違うことはある」

 

「うん」

 

「だが、他人に決めてもらうな」

 

その言葉は、今の出久にとって重要だった。

 

ワン・フォー・オールを受け継いだ。

 

多くの人々の願いを知った。

 

死柄木と向き合い、敵連合の過去を知った。

 

それでも、自分の未来を決めるのは自分だ。

 

そして、自分が決めた行動については、自分が責任を負う。

 

「爆豪君」

 

「あ?」

 

「僕も、そうするよ」

 

「ならいい」

 

二人は訓練場を後にした。

 

第六章で描かれてきた怒りは、誰かから誰かへと受け継がれるものではなかった。

 

怒りの原因を見つめ、そこに何があったのかを考える。

 

しかし、怒りを理由に他人の人生を奪わない。

 

その選択が、彼らの中に残っていた。

 

七 ヒーロー制度の外側から

雄英高校の会議室では、復興と制度改革の報告会が行われていた。

 

参加しているのは、ヒーローだけではない。

 

被災者の代表。

 

支援団体の関係者。

 

医療従事者。

 

教育関係者。

 

地域の住民。

 

そして、制度の外側に置かれていた人々。

 

会議の中心には、根津がいた。

 

「今回の改革案について、改めて確認したいと思います」

 

根津は、資料を広げた。

 

「ヒーローの判断を第三者が検証する仕組み。被害者や住民が異議申し立てを行う窓口。公安組織の指示や権限についての監査。そして、救助活動の結果を継続的に報告する仕組みです」

 

会場の一人が手を挙げた。

 

「それで、救助が遅れた場合はどうなるんですか?」

 

「状況を検証し、判断の根拠と組織上の問題を確認します」

 

「誰が責任を取るんですか?」

 

「個々の判断をした者、指揮系統、制度上の問題を分けて調べます」

 

「結局、誰か一人に責任を押しつけるんじゃないですか?」

 

「そうならないよう、複数の視点から検証します」

 

「でも、検証する人間がヒーロー側なら意味がない」

 

別の住民が言った。

 

根津は頷いた。

 

「その懸念はもっともです。ですから、審査機関の構成については、被害者側や一般市民、専門家の参加を検討しています」

 

「参加したくない人は?」

 

「参加する義務はありません」

 

「意見を出したくない人も?」

 

「同様です」

 

「それで本当に制度が変わるんですか?」

 

根津は、少しだけ間を置いた。

 

「一度で変わるとは思っていません。ですが、参加しない人を無責任だと決めつけたり、意見を出した人の言葉を全員の総意として扱ったりすることはしません」

 

相澤は、後ろから会議を見守っていた。

 

彼は、今回の戦いを通して何度も思った。

 

ヒーローは、すべてを決める存在ではない。

 

救助する者であり、支える者であり、責任を持つ者だ。

 

だが、救助された人間の人生まで決める権利はない。

 

制度を改革することも同じだった。

 

何かを決めることは必要だ。

 

しかし、その決定が誰かの意思を奪うなら、再び同じ過ちを繰り返すことになる。

 

会議の後、根津は相澤に声をかけた。

 

「まだまだ先は長いですね」

 

「当然だ」

 

「それでも、以前よりは前に進んでいると思います」

 

「前に進んでいるかどうかは、これからの結果で判断すればいい」

 

「厳しいですね」

 

「現実を見てるだけだ」

 

根津は微笑んだ。

 

「そうですね」

 

二人は、会議室を出た。

 

その先には、まだ多くの問題が残っている。

 

しかし、誰か一人の理想を社会全体に押しつけるのではなく、多くの人々が自分の意見を持ち、検証し、選び直す仕組みを作る。

 

それが、彼らの進もうとしている道だった。

 

八 記録の向こうにいるもの

その夜、根津は古い保管庫から運び出した資料を、改めて一人で確認していた。

 

壁面図の複製。

 

古い文字の解析結果。

 

ユグドラシルという名称が記された断片。

 

デウス・マキナと呼ばれる接続装置の説明らしき記録。

 

そして、世界の記録についての文章。

 

根津は、資料を一枚ずつ並べていった。

 

現在分かっていることは、まだ少ない。

 

ユグドラシルは、世界の記録や、それを支える構造に関係する名称として記録されている。

 

枝分かれする構造は、単純な植物の図ではなく、複数の世界や歴史の記録を表している可能性がある。

 

デウス・マキナは、その記録へ接続するための装置、あるいは何らかの機構を指しているように見える。

 

しかし、これらが今回の帰還現象を起こしたと断定できる証拠はない。

 

根津は、資料に書き込んだ。

仮説一:世界樹ユグドラシルは、世界や歴史に関する記録を保持する構造である。

 

仮説二:デウス・マキナは、ユグドラシルまたは世界の記録へ接続するための装置である。

 

仮説三:今回の帰還現象は、これらの機構に関係している可能性がある。

 

その下に、太字で注意書きを加えた。

いずれも未検証。事実として扱わないこと。

 

「……なるほど」

 

根津は、古い図面をもう一度確認した。

 

記録の中には、もう一つの用語があった。

 

アカシックレコード。

 

世界の歴史、生命、記憶、経験に関する記録を指しているように読める。

 

ユグドラシルが記録の根幹となる構造なら、アカシックレコードは、その中に残された記録を示すのだろうか。

 

そして、デウス・マキナは、それらへ接続するための機構なのか。

 

しかし、資料の記述は断片的だった。

 

「言葉が揃っているからといって、仕組みが分かったわけではありませんね」

 

根津は、独り言のように呟いた。

 

そのとき、端末に通知が届いた。

 

新しい資料の解析結果だった。

 

古い図面の一部分が復元されている。

 

そこには、枝分かれした構造の中心に、もう一つの記号が描かれていた。

 

そして、その隣に短い文章がある。

接続する者は、すべての記録を読むことができるわけではない。

 

記録を読むことは、記録を書き換えることではない。

 

書き換える権利は、接続した者に与えられるものではない。

 

根津は目を細めた。

 

「……これは、重要な記述かもしれませんね」

 

記録へ接続できるとしても、そこにあるものを自由に変更できるとは限らない。

 

そもそも、その記録を管理しているものが何なのかも分からない。

 

そして、仮に人間がその仕組みに触れられるとしても、何をしてよいのかは別の問題だ。

 

根津は解析結果を保存した。

 

今後の調査計画に、この資料を追加する。

 

その時、端末の隅に、見慣れない表示が現れた。

 

未確認の接続要求

 

根津は画面を見つめた。

 

接続要求。

 

この保管庫は、外部ネットワークから切り離されている。

 

接続を受け付ける設定もされていない。

 

彼は、すぐに管理担当へ連絡した。

 

しかし、画面の表示は一瞬で消えていた。

 

残されていたのは、たった一行のログだけだった。

接続先:不明

接続元:不明

要求識別子:未登録

 

根津は、端末を閉じた。

 

今はまだ、何も断定できない。

 

だが、世界の記録に関係する資料を調べ始めた直後に、接続要求が発生した。

 

偶然かもしれない。

 

誰かの操作ミスかもしれない。

 

あるいは、彼らが知らない何かが、すでに動き始めているのかもしれない。

 

根津は、その事実を記録に残した。

 

九 すべてが終わったわけではない

翌日。

 

復興の進む街に、少しずつ日常が戻っていた。

 

完全ではない。

 

壊れた建物は残っている。

 

仮設住宅で暮らす人々もいる。

 

行方が分からない人々を捜し続けている家族もいる。

 

亡くなった人を悼む人々もいる。

 

帰還した人々への対応も、始まったばかりだった。

 

それでも、生活は続いていく。

 

出久は、復興現場で手伝いをしていた。

 

黒鞭を使って資材を運ぶ。

 

しかし、彼は自分だけで作業を進めようとはしなかった。

 

周囲の作業員と確認し、危険がないかを確かめ、必要な時だけ個性を使う。

 

「緑谷君、こっちをお願い!」

 

「分かった!」

 

出久が資材を運ぶ。

 

近くでは麗日が瓦礫を浮かせ、切島が崩れないよう支えていた。

 

飯田は作業員たちに指示を伝え、八百万は必要な器材を用意している。

 

それぞれが、自分の役割を果たしていた。

 

少し離れた場所で、爆豪が資材の配置を確認している。

 

「おい! そこの置き方だと通路が狭くなる! やり直せ!」

 

「分かってます!」

 

作業員が答える。

 

「分かってんなら最初からやれ!」

 

「爆豪君、もう少し言い方を!」

 

飯田が注意する。

 

「うるせえ!」

 

出久は苦笑した。

 

変わらないところもある。

 

変わったところもある。

 

そして、変わっていかなければならないところもある。

 

作業を終えたあと、出久は街の一角に設置された慰霊碑の前を通った。

 

そこには、亡くなった人々の名前が刻まれている。

 

帰ってきた人々がいるからといって、全員が帰ってくるわけではない。

 

すべての名前が再び動き出すわけでもない。

 

そして、亡くなった人々の名前を、誰かの都合で軽く扱ってはいけない。

 

出久は足を止めた。

 

「緑谷君?」

 

麗日が声をかける。

 

「うん」

 

「どうしたの?」

 

「ここに刻まれている名前を見てた」

 

麗日は、隣に立った。

 

「……そうだね」

 

「今回、死者が帰ってきた。でも、帰ってきた人たちがいるからって、ここにいる人たちのことまで忘れちゃいけない」

 

「うん」

 

「帰ってきた人たちにも、帰ってこなかった人たちにも、それぞれの人生がある」

 

出久は、慰霊碑を見つめた。

 

「僕たちができるのは、目の前の人たちを大切にすることと、これから起きることを調べることだと思う」

 

麗日は頷いた。

 

「そうだね」

 

そこへ、爆豪がやってきた。

 

「おい、何やってんだ」

 

「少し話してたんだ」

 

「終わったなら帰るぞ」

 

「うん」

 

出久は最後にもう一度、慰霊碑を見た。

 

そして歩き出した。

 

過去は消えない。

 

失われたものは、簡単には戻らない。

 

罪は、誰かの帰還によって消えるものではない。

 

それでも、これから何をするかは選べる。

 

彼らは、その選択を続ける。

 

十 原罪の、その先へ

雄英高校の屋上。

 

夕暮れの空を、出久は一人で眺めていた。

 

この章で、どれほど多くの出来事があっただろう。

 

死柄木弔との戦い。

 

敵連合の過去。

 

オール・フォー・ワンの残したもの。

 

ヒーロー社会の歪み。

 

救えなかった者たち。

 

救われた者たち。

 

そして、罪を犯した者たち。

 

何度も、誰かの怒りと向き合った。

 

怒りの原因を知ろうとした。

 

その怒りが生まれた背景を理解しようとした。

 

だが、理解したからといって、罪が消えるわけではない。

 

救いたいと思ったからといって、被害をなかったことにはできない。

 

誰かを許したいと思ったからといって、許すことを義務にしてはいけない。

 

そして、誰かのために未来を決めることもできない。

 

それが、この章を通じて出久たちが学んできたことだった。

 

「ここにいたのか」

 

背後から声がした。

 

振り返ると、相澤が立っていた。

 

「先生」

 

「校長から連絡があった」

 

「保管庫の件ですか?」

 

「ああ」

 

相澤は、資料を一枚渡した。

 

そこには、デウス・マキナとユグドラシルの関係について、追加で確認された記録が書かれていた。

 

「世界の記録に接続するための装置。世界の記録を支える構造。その二つを分けて調べる方針になった」

 

「やっぱり、関係がありそうなんですね」

 

「関係がある可能性がある。それだけだ」

 

「はい」

 

「今後は、個々の帰還者に何が起きたかを調べるのと並行して、世界の記録に関する調査を進める」

 

出久は資料を見つめた。

 

「僕たちも参加できるんですか?」

 

「調査内容による。危険性があるなら、生徒を参加させるつもりはない」

 

「でも、僕たちも知りたいです」

 

「知りたいという理由だけで、危険な場所へ行かせるわけにはいかない」

 

相澤は、いつもの調子で言った。

 

「お前たちには、お前たちの生活がある。ヒーローとしての責任があるからといって、何でも背負わせるつもりはない」

 

「……はい」

 

「それに、調査は俺たちだけでやることでもない。必要なら専門家を集める。分からないことは、分かる人間に協力を求める」

 

出久は頷いた。

 

「先生」

 

「何だ」

 

「僕は、これからもヒーローを続けたいです」

 

「そうか」

 

「人を助けたい。困っている人に手を伸ばしたい。でも、助けたいからって、その人の未来を僕が決めることはできない」

 

「分かっているなら、それを忘れるな」

 

「はい」

 

出久は空を見た。

 

「それと、今回の現象を可能にした仕組みがあるなら、それが誰かの意思を無視してしまうものなのか、調べたいです」

 

「そのために必要なことを考えろ」

 

「はい」

 

「ただし、調べた結果が思いどおりになるとは限らない」

 

「分かっています」

 

「分かっていても、受け止めきれないことはある」

 

相澤は、少しだけ視線を逸らした。

 

「それでも、自分で考えろ」

 

出久は、深く頷いた。

 

原罪の、その先。

 

そこに何があるのかは、まだ分からない。

 

しかし、過去の過ちを知り、同じことを繰り返さないために、未来へ進むことはできる。

 

それが、彼の選んだ道だった。

 

十一 次の世界からの信号

同じ頃。

 

古い保管庫の管理室では、根津が追加の解析結果を確認していた。

 

先日、発生した未確認の接続要求。

 

そのログが、再び現れていた。

 

今度は、一瞬で消えなかった。

 

画面には、接続先を示す文字列が表示されている。

 

しかし、それは現在の世界で使用されている通信規格とは異なっていた。

 

「これは……」

 

根津は、解析担当者を呼んだ。

 

「校長、何か分かったんですか?」

 

「接続先らしき情報が表示されています」

 

「こちらの世界の端末でしょうか」

 

「違う可能性があります」

 

「外部のネットワーク?」

 

「それも違うようです」

 

根津は画面を拡大した。

 

そこには、いくつもの記号が並んでいる。

 

その中に、読み取れる文字が一つだけあった。

 

WORLD。

 

その下には、別の表記。

 

HERO TV。

 

「ヒーロー……テレビ?」

 

担当者が呟いた。

 

根津は、表示された記録をさらに調べた。

 

そこには、人物の情報らしきものが二つ並んでいた。

 

一人は、長身の男性。

 

もう一人は、整った顔立ちの若い男性。

 

どちらも、ヒーロー活動に関係する人物のようだった。

 

しかし、名前は読み取れない。

 

代わりに、二つの記号が表示されていた。

 

TIGER。

 

BARNABY。

 

根津は、画面を見つめた。

 

「……別の世界の記録でしょうか」

 

「そんなことがあるんですか?」

 

担当者が尋ねる。

 

「今の段階では分かりません」

 

根津は、表示されたログを保存した。

 

画面には、さらに一つの情報が現れた。

HERO ACTIVITY:PUBLIC BROADCAST

PERFORMANCE:RANKING

SUPPORT:SPONSOR

 

ヒーロー活動。

 

公開放送。

 

ランキング。

 

スポンサー。

 

根津は、記録を読みながら目を細めた。

 

その世界では、ヒーローの活動が人々に見られ、評価され、順位づけされているのかもしれない。

 

ヒーローが、社会の中でどのように扱われているのか。

 

それは、こちらの世界とは大きく異なる可能性があった。

 

そして、その信号は一度だけでは終わらなかった。

 

再び、画面が点滅する。

 

接続要求が続いている。

 

根津は、記録を保存した。

 

「相澤先生に連絡してください」

 

「すぐに?」

 

「ええ。これは、帰還者の調査とは別の問題になるかもしれません」

 

「別の世界からの通信だと?」

 

「まだ決めつけてはいけません」

 

根津は、画面を見つめた。

 

「ですが、もし別の世界に関する記録なら、今回の異変を理解するための重要な手がかりになるでしょう」

 

画面の中央に、二つの人影が映し出された。

 

一人は、少し疲れた表情の男性。

 

もう一人は、凛とした表情の若い男性。

 

彼らの背後には、巨大なモニターがある。

 

そのモニターには、街を飛び回るヒーローの姿と、ランキングの数字が映っていた。

 

そして、画面の隅に文字が表示される。

 

NEXT CONNECTION:PENDING

 

接続は、まだ完了していない。

 

だが、確かに別の世界から信号が届いていた。

 

十二 第六章の終わり

翌朝。

 

出久は、雄英高校の校庭にいた。

 

空は晴れている。

 

遠くでは、復興作業が続いている。

 

校舎には、生徒たちの声が響いている。

 

ミッドナイトは、まだ医療機関での生活を続けている。

 

トゥワイスは、仲間たちとの面会を希望している。

 

マグネは、自分の生活を整えることを優先している。

 

ナイトアイは、ミリオとの関係を改めて築こうとしている。

 

白雲朧は、自分の名前と過去について、まだ考え続けている。

 

轟家の人々は、それぞれ異なる距離から歩いている。

 

ホークスは、自分の責任を調査によって明らかにしようとしている。

 

お茶子は、トガへの気持ちと、自分自身の人生を両立させようとしている。

 

スピナーは、死柄木の怒りを受け継がず、自分の行動の責任を引き受けようとしている。

 

爆豪は、自分が変わることを自分で選んだ。

 

そして出久も、自分の未来を選ぼうとしていた。

 

すべてが解決したわけではない。

 

誰もが傷を抱えている。

 

許されていない罪もある。

 

戻ってこない人々もいる。

 

これから起きる異変についても、分からないことばかりだ。

 

それでも、彼らは進む。

 

原罪の、その先へ。

 

「緑谷!」

 

呼ばれて振り向く。

 

爆豪が立っていた。

 

「何だよ、ぼさっとしてんじゃねえ」

 

「ごめん。考え事をしてた」

 

「またか」

 

「うん」

 

「なら、歩きながら考えろ」

 

「そうだね」

 

二人は歩き出した。

 

その後ろから、麗日や轟、切島たちもやってくる。

 

それぞれが違う未来を考えている。

 

同じ場所を目指す必要はない。

 

それでも、共に歩く時間はある。

 

出久は、校舎を見上げた。

 

この学校で学んだこと。

 

出会った人々から受け継いだもの。

 

失敗したこと。

 

守れなかったこと。

 

救えたこと。

 

そのすべてが、今の自分を作っている。

 

過去は消えない。

 

けれど、未来はまだ決まっていない。

 

「行こう」

 

出久が言った。

 

「おう!」

 

切島が答える。

 

「遅れるなよ!」

 

爆豪が声を張る。

 

「分かってるって!」

 

笑い声が広がる。

 

その瞬間、遠く離れた保管庫で、再び接続要求が記録された。

 

今度は、以前よりも明確な信号だった。

 

二つの世界の記録が、互いに接触し始めている。

 

その先に何があるのか。

 

まだ誰にも分からない。

 

ただ、彼らが次に向き合うことになるのは、これまでのヒーロー社会の問題だけではない。

 

ヒーローとは何か。

 

正義とは何か。

 

誰のために戦うのか。

 

誰に見られているのか。

 

そして、誰がその価値を決めるのか。

 

その問いが、別の世界からやってくる。

 

第六章「憤怒の継承」。

 

ここに完結。

 

しかし、物語は終わらない。

 

過去の罪を背負いながら、未来を選ぶ者たちの物語は、次の段階へ進む。




6章完結次話から第7章最終章
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