一 画面の向こうのヒーロー
「……また来た」
雄英高校の研究棟。
古い保管庫から運び込まれた端末の前で、緑谷出久は画面を見つめていた。
画面には、以前と同じ接続要求が表示されている。
ただし、今回は違った。
前回は一瞬だけ現れて消えた信号が、今は途切れることなく続いている。
根津校長が画面を確認し、研究担当者に尋ねた。
「接続要求の発生源は?」
「特定できていません。既存の通信規格には一致しませんが、信号そのものは安定しています」
「こちらからの通信は?」
「可能です。ただし、相手側にどのような影響が出るか分からないため、音声と映像に限定しています」
「分かりました。まずは一方向で確認しましょう」
根津は、接続を許可するよう指示した。
画面が暗くなる。
次の瞬間、見知らぬ街並みが映し出された。
高層ビル。
整然とした道路。
巨大な広告モニター。
街のあちこちに、ヒーローの姿が映っている。
その中には、見慣れないロゴがあった。
HERO TV
「テレビ……?」
出久が画面に近づく。
モニターには、戦闘中のヒーローたちが映っていた。
ビルの外壁を駆け上がる者。
逃走する犯人を追いかける者。
空中から救助に向かう者。
映像には、派手な効果音と解説が重ねられている。
その下には、数字が表示されていた。
獲得ポイント。
ランキング順位。
視聴者の反応。
スポンサーのロゴ。
「これ、ニュース映像じゃないよね?」
麗日お茶子が呟いた。
「番組のように見えますわね」
八百万百が画面を確認する。
「ヒーローの活動を、そのまま放送しているのか?」
飯田天哉は眼鏡を押し上げた。
「見たところ、実況も行われているようです」
映像が切り替わる。
画面の中央に、二人のヒーローが現れた。
一人目は、ワイルドタイガー。
大柄な体格に、白と緑を基調としたヒーロースーツ。頭部には特徴的な装甲。どこか無骨で、現場慣れした雰囲気を持つ男性だった。
二人目は、バーナビー。
赤と白のヒーロースーツをまとい、整った身のこなしで街を駆けている。
その二人の映像に、実況の声が重なった。
『さあ、来ました! ワイルドタイガーとバーナビー! 今シーズンも注目のコンビが、現場へ向かっています!』
「コンビ?」
出久は画面を見た。
『今回の現場は、商業施設に侵入した強盗犯の逃走事件! 先行するのはバーナビー! ワイルドタイガーは少し遅れて――』
映像の中で、虎徹がビルの屋上から飛び降りた。
「おおっ!」
出久が思わず声を上げる。
だが、着地した虎徹は足を滑らせ、壁に肩をぶつけた。
『おっと! ワイルドタイガー、まさかの着地失敗!』
画面に笑い声の効果音が入る。
「……何だ、今の」
爆豪勝己が眉を寄せた。
「ヒーローの失敗を、笑いものにしているのか?」
「実況の演出の一つかもしれません」
八百万が答える。
「でも、現場での失敗を娯楽として扱うのは……」
麗日は言葉を止めた。
一方、映像の中では、バーナビーが犯人を追い詰めていた。
そこへ虎徹が追いつく。
二人は互いに声をかけ、逃走経路を塞いだ。
犯人が武器を捨てる。
バーナビーが確保し、虎徹は周囲の安全を確認していた。
番組画面の数字が増える。
救助・確保ポイント獲得。
さらに、画面には視聴者のコメントが流れた。
『バーナビーかっこいい!』
『タイガー、また転んでるぞ!』
『二人の連携は最高!』
出久は、何とも言えない顔になった。
「……ヒーロー活動を見せることが、社会の一部になっているんだ」
そのとき、映像が乱れた。
画面の中心にノイズが走る。
次の瞬間、二人のヒーローが、別の場所に立っていた。
虎徹が辺りを見回す。
「おいおい、ここどこだ?」
バーナビーも警戒態勢を取った。
「分かりません。先ほどまで現場にいたはずですが……」
二人の背後には、雄英高校の研究棟が広がっていた。
そして、目の前には出久たちがいる。
虎徹は、ヘルメットの奥から出久たちを見た。
「……えーっと」
バーナビーが一歩前に出る。
「あなた方は誰ですか?」
根津がゆっくりと答えた。
「ここは雄英高校です。私たちは、あなた方とは別の世界にいる可能性があります」
虎徹は、しばらく沈黙した。
「別の世界?」
「はい」
「……バーナビー」
「はい」
「俺たち、また何か面倒なことに巻き込まれた?」
「状況から考えれば、その可能性は高いでしょう」
「そっかぁ……」
虎徹は、深く息を吐いた。
「せっかく事件が終わったと思ったのによ」
出久は、彼らの姿を見つめていた。
画面の向こう側にいたヒーローが、今、自分たちの目の前にいる。
世界と世界が、つながってしまったのだ。
二 ワイルドタイガーとバーナビー
研究棟の一室。
虎徹とバーナビーは、ヒーロースーツを着用したまま、事情説明を受けていた。
「つまり、あなた方の世界と、こちらの世界は異なる世界である可能性が高い」
根津が説明する。
「少なくとも、私たちの知る歴史や社会制度とは一致していません」
「なるほどねぇ……」
虎徹は腕を組んだ。
「じゃあ、俺たちがいた場所に戻る方法も分からないってことか?」
「現段階では」
「そりゃ困ったな」
バーナビーは落ち着いていた。
「こちらの世界について、詳しく教えてください。私たちが元の世界に戻るためにも、まず状況を理解する必要があります」
「分かりました」
根津が頷いた。
「その前に、こちらからも確認したいことがあります。あなた方の世界では、ヒーロー活動がテレビで放送されているのですか?」
「ええ」
バーナビーが答えた。
「私たちの世界では、ヒーローは企業と契約し、スポンサーの支援を受けながら活動しています。そして、ヒーローの活動はテレビ番組として中継されています」
「スポンサー……」
八百万が反応する。
「企業がヒーローの活動を支援するということですか?」
「そうです。ヒーローの装備や活動資金、訓練、広報などを支援します」
「では、スポンサーが活動内容に口を出すことも?」
飯田が尋ねる。
バーナビーは一瞬考えた。
「契約内容によります。活動の方針や広報について、企業側と調整することはあります。ただし、現場での判断はヒーロー自身が行うべきです」
虎徹が口を挟んだ。
「まあ、スポンサーがいるからって、好き勝手に命令されるわけじゃないけどな。そりゃ、広告の都合とか、見せ方とか、いろいろあるけどよ」
「その『見せ方』というのは?」
出久が尋ねる。
虎徹は少し困った顔をした。
「例えば、どういう現場で、どんな映像が撮れるかってことだな。もちろん、救助が最優先だ。でも、カメラが入ってると、どうしても意識することはある」
「意識する?」
「見られてるってことだよ」
虎徹は肩をすくめた。
「ヒーローの活動は、一般の人たちに見られている。スポンサーも、番組スタッフも、ファンもいる。良い仕事をすれば評価されるし、失敗すれば叩かれる。まあ、そういう世界だ」
「それは……」
出久は、言葉を探した。
「ヒーロー活動をする理由が、評価されることに変わってしまう可能性はありませんか?」
バーナビーが出久を見た。
「あります」
その答えは、意外なほど早かった。
「だからこそ、ヒーロー自身が何を目的に活動するのかを忘れてはいけない」
「でも、評価がなければ活動を続けられない場合もある」
虎徹が続ける。
「スポンサーが資金を出してくれるから、装備を整えられる。番組があるから、ヒーローの活動を広く知ってもらえる。ランキングがあるから、誰がどんな活躍をしているのか分かりやすくなる」
「つまり、良い面もあるんですね」
麗日が言った。
「そういうことだ」
虎徹は頷いた。
「ただし、良いことばかりじゃない」
バーナビーが補足する。
「評価される活動と、必要な活動は必ずしも一致しません」
その言葉に、出久は顔を上げた。
「どういうことですか?」
「派手な事件は、視聴者の目に留まりやすい。大規模な救助や犯人逮捕は、映像として分かりやすい。しかし、迷子の捜索や、事故現場の安全確認、避難所での支援のような活動は、目立たないことがあります」
虎徹は腕を組んだ。
「だけど、そういう仕事だって大切だ。むしろ、誰にも気づかれないところでやる仕事が、後から大きな事故を防ぐことだってある」
「それは、僕たちの世界でも同じです」
出久は答えた。
「でも、こちらでは、ヒーローの活動を直接ランキングに結びつける仕組みはありません」
「へえ。じゃあ、どうやってヒーローの評価をしてるんだ?」
虎徹が尋ねた。
「活動実績や社会への貢献、救助活動の内容などを評価します。ただ、世間の人気や知名度が影響することもあります」
「なるほどな」
虎徹は、興味深そうに頷いた。
「結局、どこの世界でも、ヒーローは見られてるってことか」
「ただし、私たちの世界では、その評価が数字として公開され、番組の中で扱われます」
バーナビーが言った。
「そのため、評価の仕組みそのものが、ヒーローの活動に影響を与えることがあります」
出久は、資料に目を落とした。
ヒーローが見られている。
それ自体は、悪いことではない。
人々に活動を知ってもらうことは、信頼につながる。
資金を確保することも、活動の継続に必要だ。
だが、数字が活動の価値そのものになってしまったら。
人々に見られることが、救助の目的に変わってしまったら。
それは、何かが違う。
三 ランキング一位の価値
「そういえば、あなた方はランキング何位なんですか?」
上鳴電気が尋ねた。
「俺は、今はそれほど高くないぞ」
虎徹が苦笑した。
「まあ、昔はそれなりに上だったけどな」
「ワイルドタイガーは、かつてランキング上位の常連でした」
バーナビーが答える。
「僕は、現在のランキングでは上位にいます」
「やっぱり!」
上鳴が身を乗り出す。
「一位とか?」
「時期によります」
バーナビーは淡々と答えた。
「ランキングは、獲得ポイントや活動実績、番組内での評価などをもとに集計されています」
「ポイントで順位が決まるんですね」
飯田が尋ねた。
「そうです」
「そのポイントは、どのように獲得するのですか?」
「事件の解決、犯人の確保、人命救助、社会貢献などです。細かな配点はありますが、番組の視聴者にも公開されています」
「救助もポイントになるのか」
切島が言った。
「はい」
バーナビーは頷いた。
「ただ、すべての救助が同じ形で評価されるわけではありません。現場の状況や成果によって違いがあります」
八百万は、少し考え込んだ。
「それなら、救助実績を可視化する仕組みとしては有効かもしれませんわね」
「八百万?」
麗日が尋ねる。
「ヒーローの活動が不透明なままでは、社会からの信頼を得ることは難しいでしょう。どのような活動を行い、どの程度の成果を上げたのか、数値として示すことには意味があります」
「確かに」
飯田も頷いた。
「活動内容が公開されれば、ヒーローの責任を確認する手がかりにもなる」
「そうだな」
相澤が言った。
「活動記録が残ること自体は、悪いことではない」
「でも、数字だけで評価するのは危険だと思います」
出久が言った。
「救助した人数だけでなく、救助に至るまでの判断や、現場の状況も確認しないと、正しい評価にはならない」
「具体的には?」
バーナビーが尋ねる。
「例えば、百人を救助したヒーローと、一人を救助したヒーローがいたとします。でも、その一人が、誰も気づかなかった危険な場所に取り残されていた人だったら?」
「救助人数だけでは比較できませんね」
バーナビーは答えた。
「そうです。さらに、現場の危険度や救助に必要だった時間、他のヒーローとの連携も違います」
「なるほどな」
虎徹は、出久を見た。
「坊主、よく考えてるじゃねえか」
「ぼ、坊主って……」
「違ったか?」
「いえ、緑谷です」
「おう、緑谷な」
虎徹は笑った。
「確かに、ポイントだけじゃ測れないことはある」
バーナビーも頷いた。
「ランキングは活動を分かりやすく伝える仕組みですが、ヒーローの価値を完全に表すものではありません」
「なら、どうしてランキングを続けるんですか?」
麗日が尋ねた。
バーナビーは答える前に、少しだけ考えた。
「人々がヒーローを知るきっかけになるからです。活動が可視化されれば、誰がどのような仕事をしているか分かります。支援を集めることにもつながる。スポンサーにとっても、投資する理由が明確になります」
「一方で、順位を上げることが目的になる場合もある」
虎徹が付け加えた。
「ヒーローだって人間だからな。評価されれば嬉しいし、認められたいと思う。そこは否定できない」
「その気持ちは分かります」
出久は答えた。
彼だって、認められたいと思ったことがある。
オールマイトに褒められたい。
仲間に頼られたい。
誰かを救えるヒーローになりたい。
評価されることそのものが悪いわけではない。
問題は、その評価を得るために何をするのか。
そして、評価されない活動をどう扱うのかだった。
四 数字に映らない救助
その日の午後、虎徹とバーナビーは、雄英高校の施設を見学することになった。
案内役は出久と麗日。
訓練場では、A組とB組の生徒たちが合同訓練を行っていた。
救助訓練の最中、崩れた建物を模した設備の中から、要救助者役の人形を探し出している。
虎徹は、興味深そうに訓練の様子を眺めていた。
「へえ、面白いな。こっちは戦闘より救助が中心なのか?」
「訓練内容によります。戦闘訓練もありますが、救助や避難誘導も重視しています」
出久が説明する。
「なるほど。ヒーローになるなら、どっちも必要だもんな」
虎徹は、訓練場の奥を見た。
そこでは、物間寧人が崩れた通路の周囲を確認し、拳藤一佳が生徒たちに指示を出している。
「この通路を通る場合、上部の構造が不安定です! 先に支柱を固定してください!」
八百万が資材を創造する。
切島が支柱を支える。
麗日が瓦礫を浮かせ、飯田が周囲の安全を確認する。
それぞれの役割が分担されていた。
「うん。悪くない」
虎徹が言った。
「ただ、あれは時間がかかりそうだな」
「安全確認に時間が必要なんです」
出久が答える。
「急いで救助することも大切ですが、二次被害が起きたら、さらに多くの人が危険になります」
「その通りだ」
虎徹は頷いた。
「ただ、番組のカメラが入っていたら、ああいう時間のかかる作業は地味に見えるかもしれないな」
「地味でも必要なことです」
麗日が言った。
「分かってるよ」
虎徹は笑った。
「だけど、テレビだと、どうしても見栄えのする場面が注目される。大きな瓦礫を持ち上げるとか、犯人を一気に捕まえるとか、派手な救助は分かりやすいからな」
「それは、スポンサーや視聴者の反応にも関係するんですか?」
出久が尋ねた。
「関係する場合はある。ヒーローの活躍を見てもらえれば、スポンサーの商品や企業の名前も知られる。視聴者の支持が上がれば、番組としても盛り上がる」
虎徹は少しだけ表情を曇らせた。
「でもよ、現場にはカメラに映らない仕事が山ほどある」
彼は訓練場から目を離さずに続けた。
「避難所で水を配る。怖がっている子供の話を聞く。事故が起きないように、建物の危険箇所を調べる。迷子を捜す。そういう仕事は、映像にしても派手じゃない」
「でも、必要な仕事です」
麗日は言った。
「ああ。だから、そこが難しい」
虎徹は頭を掻いた。
「テレビに映らないからって、その仕事が価値の低いものになるわけじゃない。だけど、数字の上では差が出ることもある」
バーナビーが、少し離れたところから口を挟んだ。
「そのため、活動の評価基準を細分化する必要があります」
「細分化?」
「救助人数や事件解決数だけでなく、避難誘導、危険箇所の確認、予防活動、継続的な支援なども評価対象にするのです」
「それなら、目立たない仕事も評価できるんじゃないか?」
出久が尋ねる。
「ある程度は。ただし、評価項目を増やすだけでは解決しません」
バーナビーは答えた。
「すべてを数字に置き換えることはできないからです」
「数字にできないもの?」
「例えば、救助された人が、その後どのように生活を立て直したか。ヒーローの活動が、その人の不安をどの程度取り除いたか。そうしたことを、単純な数値だけで表すことは難しい」
出久は頷いた。
「数字にできることと、数字にすべきことは違うんですね」
バーナビーは、少しだけ微笑んだ。
「そうです」
虎徹は、二人の会話を聞いていた。
「お前ら、なかなか難しい話をするな」
「大切なことですから」
麗日は答えた。
「そうだな」
虎徹は、訓練場を見つめた。
「ヒーローが見られることには意味がある。でも、見られていない仕事の価値までなくなったら、それは違う」
五 ヒーローは、誰のために戦うのか
見学を終えた一行は、雄英高校の会議室へ戻った。
そこには、相澤、根津、マイク、飯田、八百万、麗日、出久、爆豪らが集まっていた。
話題は当然、ヒーローTVの仕組みについてだった。
「私たちの世界でも、ヒーローの知名度や世間からの評価は、活動に影響します」
八百万が言った。
「しかし、テレビ番組としてのランキングが、そこまで直接的に活動と結びついているのは興味深いです」
「スポンサーが活動資金を支援するという部分は、制度として検討する価値があるかもしれない」
飯田も続ける。
「資金の流れが明確で、支援の実績が公表されるなら、ヒーロー活動の透明性を高める可能性もあります」
「ただし、スポンサーが特定のヒーローに影響力を持つ危険もあります」
相澤が言った。
「資金を出す側が、活動内容に口を出すようになったらどうする」
バーナビーは答える。
「契約上、スポンサーが現場の判断を直接命令することは認められていません。ただ、広報や活動方針について意見を求められることはあります」
「それを断ることはできるのか?」
爆豪が尋ねる。
「できます。ただし、契約の継続に影響する可能性はあります」
「結局、金を出す側の意向が働くこともあるわけか」
「否定はしません」
バーナビーは正直に答えた。
「だからこそ、ヒーロー自身が自分の判断を守らなければならない」
虎徹が笑った。
「まあ、理想通りにいかねえことは多いけどな」
「虎徹さん」
バーナビーが少し呆れたように言った。
「何だよ」
「あなたは、スポンサーとの交渉で何度も問題を起こしましたからね」
「おいおい。あれは現場の都合を優先しただけだろ」
「結果として、広報部門に多大な負担をかけました」
「だから、そこは悪かったって」
虎徹とバーナビーのやり取りに、会議室の空気が少し和らぐ。
しかし、爆豪は納得していなかった。
「おい、虎徹」
「ん?」
「お前は、スポンサーの都合で救助の順番を変えろと言われたらどうする?」
虎徹の表情が変わった。
「そんなことはしない」
「本当にか?」
「しない」
「スポンサーが切るぞと言ってもか?」
「それでもだ」
虎徹は、即答した。
「現場にいる人間の命を、広告の都合で後回しにするわけにはいかねえ」
爆豪は虎徹を見た。
「なら、問題ねえだろ」
「いや、問題はある」
虎徹は続けた。
「スポンサーがいなくなれば、装備や活動資金が足りなくなるかもしれない。ヒーロー活動を続けるためには、支援も必要だ。だから、簡単に切り捨てられない」
「だったら、別の資金源を用意すればいい」
「そう簡単じゃねえんだよ」
「簡単じゃねえからって、命を広告の都合に合わせる理由にはならねえ」
爆豪の言葉に、虎徹はしばらく黙った。
「……ああ。そうだな」
彼は、ゆっくり頷いた。
「お前の言う通りだ」
バーナビーが言葉を添える。
「ただ、スポンサーの支援そのものが悪いわけではありません。資金を提供する企業がいることで、装備の開発や救助体制の拡充が進むこともあります」
「それは分かる」
爆豪は言った。
「だが、誰の命を優先するかを決める権利まで、金を出す側に渡すなってことだ」
飯田が頷いた。
「ヒーロー活動の中立性を守るための仕組みが必要ですね」
相澤が続ける。
「スポンサーの支援を受けるなら、契約内容と資金の流れを公開する。現場の救助判断に介入できないよう、明確な規則を設ける。違反があれば、外部から検証できる仕組みを用意する」
根津は、会話を聞きながら資料に書き込んでいた。
「制度として考えるなら、支援を受けることと、支援者に従うことを切り離す必要がありますね」
「そういうことだ」
相澤は答えた。
虎徹は会議室を見渡した。
「こっちの世界も、いろいろ考えてるんだな」
出久は、少しだけ笑った。
「僕たちも、まだ答えを探している途中です」
「そっか」
虎徹は頷いた。
「じゃあ、俺たちも一緒に考えればいい」
バーナビーは、静かに同意した。
「それが、今回こちらに来た意味の一つかもしれません」
六 数字で評価されない仕事
その日の夕方、虎徹とバーナビーは、雄英高校の外にある仮設住宅地区を訪れた。
復興支援の現場を実際に見るためだった。
同行したのは出久、麗日、そしてマニュアル。
地区では、住民たちが生活の再建を進めている。
支援物資を受け取る人。
仮設住宅の設備を確認する人。
子供たちと遊ぶボランティア。
建物の安全性を確認する作業員。
虎徹は、周囲を見渡した。
「ここも、まだ大変そうだな」
「はい。少しずつ改善されていますが、生活が元に戻るには時間がかかります」
麗日が説明する。
「ヒーローが活動している場所もあれば、専門の支援員や住民の方々が中心になっている場所もあります」
「なるほどな」
虎徹は、ある建物の前で立ち止まった。
そこでは、一人の女性が、支援員に何かを相談していた。
隣には、小さな子供がいる。
話の内容は聞こえない。
しかし、支援員は何度も頷き、女性の話を聞いていた。
「何をしているんだ?」
虎徹が尋ねる。
「住居の手続きについて相談しているんだと思います」
出久が答えた。
「ヒーローじゃなくてもできる仕事だな」
「はい」
「でも、これも復興には必要だ」
虎徹は女性と支援員を見た。
「カメラが入って、番組になったらどうなるかな」
麗日は少し考えた。
「相談している方が望まないなら、撮影すべきではないと思います」
「そりゃそうだ」
「それに、生活の悩みを話すことが、テレビに出ることと結びついてしまったら、相談しづらくなる人もいると思います」
「そうだな」
虎徹は頷いた。
バーナビーが補足した。
「ヒーローTVにも、放送できない現場があります。被害者のプライバシーや、救助対象者の安全を考え、映像を公開しないこともあります」
「それでも、放送される現場と、されない現場の差はありますよね」
出久が尋ねる。
「あります」
バーナビーは答えた。
「視聴者の関心が高い事件は、放送時間が長くなりやすい。一方で、地道な活動は短い報告で終わることもあります」
「それだと、見ている人は、派手な事件だけがヒーローの仕事だと思ってしまいませんか?」
麗日が言った。
「その危険はあります」
バーナビーは否定しなかった。
「だから、番組側にも、活動をどう伝えるかという責任があります」
虎徹は、少し離れた場所で子供と話す支援員を見ていた。
「なあ、緑谷」
「はい」
「お前は、ああいう仕事をしている人のことを、ヒーローだと思うか?」
出久は、すぐに答えなかった。
支援員は、子供の話を聞いている。
その子供が何を考えているのか、どんな不安を抱えているのか。
それを知ろうとしている。
「ヒーローという資格を持っているわけではないと思います。でも、人を支えているのは確かです」
「そうだな」
「だから、僕は、あの人たちの仕事にも価値があると思います」
虎徹は頷いた。
「それを番組でどう伝えるか、か」
バーナビーが言う。
「数字に反映されるかどうかと、社会にとって必要かどうかは別です」
「うん」
出久は答えた。
「数字で評価できないから価値がない、ということにはならない」
虎徹は、にっと笑った。
「いいこと言うじゃねえか」
「いえ、僕もまだ考えているところです」
「考えるのは大事だ。だが、現場で必要なことは、考えてるだけじゃ進まないぞ」
虎徹は、子供たちの方を見た。
「まずは、目の前の人を助ける。それから、どう伝えるかを考えればいい」
出久は頷いた。
数字に映らなくても、誰かの生活を支える仕事はある。
その価値を伝える方法は、まだ探さなければならない。
七 スポンサーが求めるヒーロー
その頃、別の場所では、虎徹とバーナビーの帰還を確認するための調査が進んでいた。
雄英高校の研究担当者が、二人のヒーロースーツを調べている。
スーツには、こちらの世界では見られない素材や装備が使われていた。
さらに、衣装の各所には企業のロゴが表示されている。
「これは、スポンサーのロゴですか?」
研究担当者が尋ねる。
「ええ」
バーナビーが答える。
「私たちの世界では、スポンサー企業がヒーロー活動を支援しています。スーツにも企業のロゴが入ります」
「装備の開発費も、スポンサーが負担するのですか?」
「契約によりますが、そうした例もあります」
「では、スポンサーによって装備の性能に差が生じる可能性も?」
「あります」
バーナビーは隠さなかった。
「ただし、装備の性能や安全性については、一定の基準があります」
「安全基準があるのは重要ですね」
研究担当者が記録する。
虎徹は、少し離れた場所で、自分のスーツを眺めていた。
「こいつにも、ずいぶん世話になったな」
「あなたのスーツは、以前よりも改良されています」
「そうだったか?」
「何度も修理しましたから」
「お前もなかなか細かいな」
虎徹は笑った。
そのとき、研究担当者が質問した。
「スポンサーから、特定の商品やサービスを宣伝するよう依頼されることはありますか?」
「あります」
バーナビーが答える。
「ただし、ヒーロー活動とは分けて考えるべきです。宣伝をすること自体が悪いとは思いませんが、救助活動の成果と広告を混同してはいけません」
「具体的には?」
「例えば、ある企業の製品を使ったから救助できた、と誇張することです。実際には複数のヒーローや救助員が協力しているのに、一つの製品や企業の功績のように見せる。それは適切ではありません」
研究担当者は頷いた。
虎徹は、少しだけ困ったように笑った。
「まあ、スポンサーも商売だからな。宣伝したい気持ちは分かる。でも、何でも広告にすればいいってもんじゃない」
「虎徹さんは、そうした依頼を断ることが多かったですね」
「必要なら断るさ」
「その結果、契約上の評価が下がったこともあります」
「そこは言わなくていいだろ!」
バーナビーは表情を変えない。
「事実です」
会議室に小さな笑いが起きた。
だが、研究担当者は真剣に記録を続けていた。
この世界では、ヒーロー活動とスポンサーの支援は直接結びついていない。
それでも、知名度や人気、世論がヒーローの評価に影響することはある。
別の世界では、その関係が制度として明確に組み込まれている。
どちらが優れていると、簡単に結論づけることはできない。
大切なのは、どの仕組みが人々の安全と自由を守れるのか。
そして、その仕組みが間違っていたとき、誰がそれを指摘できるのか。
八 放送されないヒーロー
数日後、虎徹は雄英高校の近くにある小さな公園で、出久たちと一緒にいた。
そこで、地域の子供たちが遊んでいる。
虎徹は、子供たちに囲まれていた。
「ねえ、おじさん、本当にヒーローなの?」
「おじさんって言うな!」
「じゃあ、お兄さん?」
「それも何か違うんだよなぁ……」
子供たちは笑った。
虎徹も笑い返す。
バーナビーは、少し離れたところで、その様子を眺めていた。
「虎徹さんは、子供たちに好かれていますね」
麗日が言った。
「昔からああなんです」
「そうなんだ」
「彼は、現場での仕事だけでなく、地域の人々との関係を大切にしています」
バーナビーは続けた。
「番組で取り上げられる活動ばかりではありません。むしろ、こうした時間の方が長いかもしれません」
「でも、番組ではあまり流れない?」
「そうですね」
「それは少しもったいない気がします」
「放送されれば、喜ぶ人もいるでしょう。ただ、すべてを映像にする必要もありません」
バーナビーは、子供たちを見ていた。
「ヒーローとしての活動を伝えることと、私生活を見せることは違います。人々に知られることが、必ずしも本人や周囲の人々にとって良いとは限りません」
「なるほど……」
出久は頷いた。
「見られていることと、見せることは違うんですね」
「そうです」
バーナビーは答えた。
「ヒーローは人々に見られる存在です。しかし、何もかも見せなければならないわけではありません」
虎徹が、子供たちの輪から戻ってきた。
「おーい、何の話だ?」
「ヒーローの見られ方についてです」
「また難しい話してんなぁ」
虎徹は笑った。
そのとき、公園の入口から、杖をついた高齢の男性が歩いてきた。
少し足元が不安定になり、手に持っていた荷物を落とす。
虎徹はすぐに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「すまないね。ちょっと手が滑って」
「いえいえ。荷物、持ちますよ」
虎徹は荷物を拾い、男性の歩調に合わせた。
その様子を見て、出久は自然と笑顔になった。
「今のも、ヒーロー活動だと思います」
麗日が頷く。
「うん」
バーナビーは、何も言わずにその様子を見ていた。
虎徹は男性をベンチまで案内し、荷物を手渡した。
男性は何度も礼を言った。
虎徹は、照れくさそうに頭を掻いた。
その光景を、誰も撮影していなかった。
番組のポイントも増えない。
ランキングにも反映されない。
スポンサーの広告にもならない。
それでも、男性は助かった。
そして、虎徹は自然に笑っていた。
九 見られていない場所で起きたこと
その日の夕方、仮設住宅地区で小さな事故が起きた。
修理中の設備から水が漏れ、通路の一部が濡れていた。
住民の一人が足を滑らせかける。
近くにいた出久が、すぐに手を伸ばした。
「大丈夫ですか!」
「すまない、ありがとう」
麗日が濡れた床の周囲に人が近づかないよう声をかける。
「こちらは危ないので、少し離れてください!」
虎徹も駆け寄った。
「水が漏れてるのか?」
「はい。設備の接続部分が外れたみたいです」
出久が答える。
バーナビーは周囲を確認し、住民を安全な場所へ誘導する。
マニュアルが水を操作し、漏れ出した水の流れを抑えた。
大きな事故にはならなかった。
しかし、この一件はテレビに流れるような派手な事件ではなかった。
住民たちは、すぐに日常へ戻っていった。
誰かが大きな拍手をするわけでもない。
新聞に載るわけでもない。
ただ、危険を防いだ。
虎徹は、現場を確認しながら言った。
「こういう仕事が一番大事だったりするんだよな」
「何も起きなかったことを、成果として伝えるのは難しいですね」
バーナビーが答える。
「そうなんだよ」
虎徹は肩をすくめた。
「事故が起きてから救助するのも大事だけど、事故が起きないようにするのも大事だ。だけど、何も起きなかったら、誰も気づかないことがある」
出久は、その言葉を聞いていた。
「じゃあ、どうすればいいんでしょう」
「何を?」
「目立たない救助や、事故を防ぐ活動を、社会に伝える方法です」
虎徹は少し考えた。
「地味でも伝えるしかないんじゃねえか?」
「地味でも?」
「ああ。派手な映像にしなくても、何をしたのか、何が防げたのかを説明すればいい」
バーナビーが続ける。
「活動の成果を伝える方法を、視聴率だけに依存させないことも必要です。例えば、救助活動の報告書や、事故予防の実績を別の形で公開する方法もあります」
「それなら、僕たちの世界でも参考にできそうです」
出久は頷いた。
「ただし、数字にするために、現場の実態を歪めてはいけない」
バーナビーは答えた。
「その通りです」
虎徹は、空を見上げた。
「数字は便利だ。だけど、数字が全部だと思っちゃいけない」
出久は、その言葉を心に刻んだ。
十 英雄は、誰に見られている
夜。
雄英高校の会議室で、根津は虎徹とバーナビーに質問していた。
「あなた方の世界では、視聴者がヒーローの活動を評価すると伺いました」
「ええ」
バーナビーが答える。
「その評価が、ヒーロー自身にどのような影響を与えますか?」
「良い影響もあります。人々が応援してくれることで、活動への自信につながります。活動を知ってもらうことで、協力者が増えることもあります」
「悪い影響は?」
「順位が下がることを恐れて、必要以上に目立とうとする者が出る可能性があります。人気を維持することが、活動の優先順位に影響を与えることもあります」
虎徹が補足する。
「それに、視聴者も一枚岩じゃない。派手な活躍が好きな人もいれば、地道な活動を見ている人もいる。ヒーローに求めるものは人それぞれだ」
根津は頷いた。
「つまり、視聴率そのものが正義を決めるわけではない」
「もちろんです」
バーナビーは答えた。
「ただ、視聴率やランキングが社会に与える影響を無視することもできません」
「その仕組みを、あなた方はどう考えていますか?」
根津が尋ねた。
虎徹は、少しだけ黙った。
「俺は、悪い仕組みだとは思わない」
「ほう」
「ヒーローの活動を見てもらえるのはありがたい。支援してもらえるのも助かる。自分たちのやっていることが、誰かに伝わるのは嬉しいからな」
虎徹は続けた。
「でも、数字のために救助するのは違う。ランキングのために現場へ行くのも違う。ヒーローの仕事は、番組を盛り上げることじゃない」
「では、バーナビーさんは?」
「私は、仕組みそのものを否定するつもりはありません。ただし、評価の方法は常に検証されるべきだと考えています」
バーナビーは、真剣な表情で答えた。
「数字は、活動の一部を伝えます。しかし、数字が何を測っているのか、何を測れていないのかを明確にしなければ、評価は誤った方向へ進みます」
根津は、その回答を記録した。
「興味深いですね」
そのとき、出久が手を挙げた。
「僕も、一つ質問していいですか?」
「どうぞ」
出久は、虎徹とバーナビーを見た。
「ヒーローが誰かに見られていることは、良いことだと思います。自分の活動を振り返るきっかけになりますし、社会からの信頼を得ることにもつながると思います」
二人は静かに聞いていた。
「でも、誰かに見られていない場所で、人を助けた場合。その人が誰にも知られないまま助けを必要としている場合。そういうときにも、ヒーローとして活動できますか?」
虎徹は笑った。
「当たり前だろ」
バーナビーも頷いた。
「そのためにヒーローがいるのです」
「じゃあ、誰に見られていなくても?」
「もちろんです」
虎徹は、出久の肩を軽く叩いた。
「緑谷。ヒーローが誰に見られているかなんて、気にしなくていいとは言わない。見られている以上、責任はある。だけど、見られていない場所で何もしないなら、それはヒーローとして違うと思うぞ」
出久は、深く頷いた。
その言葉は、彼がこれまで考えてきたことと重なっていた。
ヒーローは、評価されるために存在するのではない。
誰かに見られているから助けるのでもない。
それでも、社会から見られる存在である以上、その責任を無視してはならない。
その両方を、忘れてはいけない。
十一 虎徹が見たもの
会議の後、虎徹は校舎の外で一人、街を眺めていた。
そこへ、バーナビーが近づいてきた。
「虎徹さん」
「おう」
「どうしました?」
「いや、ちょっと考えてた」
「何を?」
「この世界のヒーローたちのことだよ」
虎徹は、雄英高校の校舎を見た。
「こっちのヒーローたちは、いろんなものを背負ってるんだな」
「私たちの世界と、そう変わらないと思いますが」
「いや、違うところもある」
虎徹は続けた。
「こっちの世界は、ヒーロー制度そのものが社会の中心にあるように見える。学校もある。資格もある。公安もある。ヒーローが社会の仕組みの一部になってる」
「私たちの世界でも、そうした制度はあります」
「そうだな。でも、こっちは戦争みたいな大きな出来事を経験したばかりなんだろ?」
「ええ」
虎徹は目を細めた。
「それなのに、もう次の問題が始まってる」
バーナビーは頷いた。
「死者が帰還した件ですね」
「ああ。あれは、簡単な話じゃない」
「帰還者本人の意思と、残された人たちの意思をどう扱うか」
「そうだ」
虎徹は、少しだけ口元を緩めた。
「でも、ここの連中は、それをちゃんと考えようとしてる」
「あなたは、そう感じましたか?」
「少なくとも、答えを急いでない」
虎徹は空を見上げた。
「それって、結構大事なことだと思うぜ」
バーナビーは、少しだけ笑った。
「あなたらしい評価ですね」
「何だよ」
「褒めています」
「本当かぁ?」
二人は少し笑った。
しかし、すぐに虎徹は真剣な顔になった。
「なあ、バーナビー」
「はい」
「俺たちの世界じゃ、ヒーローは番組で見られてる。スポンサーがいて、ランキングがある。こっちじゃ、それが違う」
「ええ」
「でも、どっちの世界でも、ヒーローが間違えることはある」
「そうですね」
「間違えた時に、誰がそれを指摘するのか。誰が責任を取るのか。そういう仕組みは必要だよな」
「同意します」
虎徹は、拳を握った。
「俺たちが元の世界に戻れたら、もう一度そのことを考えたい」
「私もです」
二人は、街の明かりを見つめた。
こちらの世界での経験は、彼らにとっても、新たな問いを与えていた。
十二 その夜、二つの世界に流れた映像
深夜。
雄英高校の研究棟では、接続装置の監視が続いていた。
虎徹とバーナビーがこちらの世界に来てから、信号は安定している。
しかし、元の世界へ戻るための接続方法は、まだ見つかっていなかった。
「状況はどうですか?」
根津が担当者に尋ねる。
「接続状態は維持されています。ただし、こちらから任意に通信を切り替えることはできません」
「向こう側の状態は?」
「映像と音声の断片を受信しています」
画面に、虎徹とバーナビーが所属していた世界の映像が映し出された。
そこでは、ヒーローTVの番組が放送されている。
街の大型モニターには、二人の姿が映っていた。
だが、映像の中の二人は、現在の虎徹とバーナビーとは違う場面にいる。
「これは、過去の映像ですか?」
研究担当者が尋ねる。
「時間の同期が取れていません。現在の放送なのか、記録映像なのか、まだ判断できません」
根津は画面を見つめた。
そのとき、番組の画面に、見覚えのない文字が表示された。
CONNECTION STATUS:ACTIVE
画面の隅に、二つの世界を示す記号が並んでいる。
こちらの世界を示すもの。
向こうの世界を示すもの。
その間に、細い線が伸びていた。
そして、その線の中央に、別の記号が現れる。
それは、古い保管庫で見つかった図形に似ていた。
「……これは」
根津が身を乗り出す。
その記号は、枝分かれした構造を持っていた。
まるで、どこかから伸びた根が、いくつもの世界へつながっているように見える。
画面の下に、新しい文字が表示された。
WORLD RECORD:REFERENCE
CONNECTION DEVICE:DEUS MACHINA
ROOT STRUCTURE:YGGDRASIL
根津は息を止めた。
古い資料にあった名称。
デウス・マキナ。
ユグドラシル。
それが、今、二つの世界をつなぐ信号の中に現れている。
「校長!」
研究担当者が声を上げる。
「接続状態が変化しています!」
画面が大きく揺れた。
一瞬、別の映像が映る。
そこには、巨大な世界樹のような構造があった。
枝は無数の方向へ伸び、それぞれの先に異なる世界の光が存在している。
しかし、その映像はすぐに消えた。
画面には、ヒーローTVのロゴだけが残る。
根津は、静かに呟いた。
「どうやら、私たちは番組を通じて別世界と接続したわけではないようですね」
担当者が振り返る。
「どういう意味ですか?」
「ヒーローTVは、あくまで向こう側の社会の仕組みです。今回の接続を成立させたものは、もっと別の場所にある」
根津は、記録を保存した。
「デウス・マキナと、ユグドラシル。これらが本当に存在するなら、世界と世界をつなぐ仕組みに関係している可能性があります」
だが、まだ何も断定できない。
そして、その接続がなぜ発生したのかも分からない。
ただ一つ、確かなことがある。
別の世界のヒーローが、この世界に来ている。
その世界では、ヒーローはテレビで見られ、ランキングで評価され、スポンサーから支援を受けている。
そして、こちらの世界には、異なるヒーロー観がある。
その違いは、単なる制度の違いではない。
ヒーローとは何か。
誰のために戦うのか。
誰がその価値を決めるのか。
その問いを、二つの世界が共有することになったのだ。
十三 見られている英雄
翌朝。
出久は、虎徹とバーナビーを雄英高校の正門まで案内していた。
「今日も、よろしくお願いします」
出久が言う。
「おう。こちらこそな」
虎徹は笑った。
「しばらくお世話になるよ」
バーナビーも頷く。
「私たちも、こちらの世界について学ばせていただきます」
「はい」
そのとき、虎徹が出久に尋ねた。
「緑谷」
「何ですか?」
「お前は、ヒーローになって何をしたい?」
出久は少し考えた。
「困っている人を助けたいです」
「それだけか?」
「それだけじゃありません。誰かが自分の未来を選べるように、支えられるヒーローになりたい。助けることが、相手の意思を奪うことにならないようにしたいです」
虎徹は、少し目を細めた。
「そっか」
バーナビーも出久を見た。
「あなたらしい考えですね」
「そうでしょうか」
「ええ」
虎徹は、空を見上げた。
「じゃあ、俺たちも聞いてみようか」
「何をですか?」
「こっちの世界のヒーローたちは、どんな理由で戦ってるのか」
出久は頷いた。
「僕も聞いてみたいです」
二人は校舎の方へ歩き始めた。
英雄は、誰に見られているのか。
市民か。
仲間か。
スポンサーか。
テレビの視聴者か。
それとも、誰にも見られていない場所で助けを待つ人か。
その答えは、一つではない。
誰かに見られていることを意識するのは、悪いことではない。
しかし、見られていない人を見落としてしまえば、ヒーローの意味は変わってしまう。
そして、評価されることと、正しいことも同じではない。
二つの世界のヒーローたちは、これから互いの価値観を知っていく。
その中で、どちらの世界にも共通する問題が浮かび上がるだろう。
ヒーローの価値を、誰が決めるのか。
その問いは、まだ始まったばかりだった
ここからタイガー&バニーとのクロスオーバーはじまります。彼らが7章で登場したのもラストのための大事なピースです。正直アムドライバーと悩みましたが、ラストの結末のことを考えるとタイガー&バニーでした。