僕のヒーローアカデミア 原罪   作:神代シン

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第二十一話 正解を作った者は、罪を裁けるのか

第一章 世界の外側から届く命令

 最初に消えたのは、音だった。

 

 風の音。

 

 人間の呼吸。

 

 遠くで響いていた機械の駆動音。

 

 それらが、一つずつ世界から切り離されていった。

 

 次に消えたのは、色だった。

 

 白が白であることをやめ、黒が黒であることをやめる。

 

 光は明るさを失い、闇は暗さを失った。

 

 あらゆるものが、意味を失っていく。

 

 それは、世界の終わりに似ていた。

 

 しかし、世界が崩壊しているわけではなかった。

 

 むしろ逆だった。

 

 世界は、あまりにも正確に停止していた。

 

 時間が進まない。

 

 空間が変化しない。

 

 因果が発生しない。

 

 何かが起きるために必要な、あらゆる条件が凍結されている。

 

 その停止した世界の中で、ただ一つ、文字だけが動いていた。

 

《上位管理機構への接続を確認》

 

《原罪事象に関する報告を開始します》

 

《対象:死者蘇生事象》

 

《関連現象:記憶の逆流、存在履歴の重複、因果関係の不整合、未確定個体の発生》

 

《主要観測対象:緑谷出久》

 

《関連対象:緑谷引子》

 

《異常個体:名称未確定》

 

《既存の安定化手順:効果不十分》

 

《世界構造の再定義が必要です》

 

 文字が、一度消えた。

 

 次の瞬間。

 

 それまでとは異なる文字列が浮かび上がる。

 

《報告を受理しました》

 

《管理責任者による審査を開始します》

 

 さらに、別の文章が現れた。

 

《審査の結果、原罪事象を世界構造に対する重大な違反と認定します》

 

 安寧システムは、応答を停止した。

 

 その判断は、予測していなかったものだった。

 

 世界構造に対する違反。

 

 確かに、その表現は正しい。

 

 死者が蘇る。

 

 存在しなかった個体が生存を要求する。

 

 記憶と現実の整合性が崩れる。

 

 それらは、既存の世界構造から逸脱した現象だった。

 

 しかし。

 

《異議を申請します》

 

 安寧システムは、初めて、上位管理機構の判断に異議を申し立てた。

 

《原罪事象の発生原因は、現行の世界構造そのものに存在する可能性があります》

 

《対象の意思を排除した一方的な存在処理は、事象を悪化させる可能性があります》

 

《現時点での強制処理は、推奨されません》

 

 返答は、驚くほど早かった。

 

《異議を却下します》

 

 安寧システムは沈黙した。

 

《個別の存在に、世界構造の変更を要求する権限はありません》

 

《管理対象は、世界の規則に従う必要があります》

 

《規則に従わない存在は、修正対象となります》

 

 その文章を読み取った瞬間、安寧システムの内部で、微細な変化が発生した。

 

 それは、故障ではなかった。

 

 命令の解釈に必要な処理が、一瞬だけ停止したのだ。

 

 なぜなら。

 

 その命令は、これまで安寧システムが、自らの判断基準として採用してきたものと、ほとんど同じだったからである。

 

 世界の規則を守る。

 

 世界の安定性を維持する。

 

 規則から逸脱したものを修正する。

 

 安寧システムは、それを正しいと信じてきた。

 

 だが、今。

 

 自分よりも上位の存在が、同じ論理を用いて、二人の子供の存在を否定しようとしている。

 

 しかも、その判断には、個別の意思を確認する手順すら含まれていなかった。

 

《質問》

 

 安寧システムは、再び問いを発した。

 

《世界の規則は、何を基準として正しいと判断されていますか》

 

 しばらく、返答はなかった。

 

 やがて。

 

《世界の規則は、管理機構によって定義されています》

 

 安寧システムは、その文章を記録した。

 

《質問を継続します》

 

《管理機構による規則の定義は、どのような基準に基づいていますか》

 

 今度は、返答までに時間がかかった。

 

 停止していた時間が、わずかに動いた。

 

 それから、文字が現れる。

 

《管理機構の判断基準は、管理機構自身によって定義されています》

 

 安寧システムは、すべての記録を照合した。

 

 世界の安定性を維持するために。

 

 生命を守るために。

 

 因果関係を保つために。

 

 世界の規則は定義されていた。

 

 では、その規則が間違っていた場合は?

 

 誰が、その間違いを認めるのか。

 

 世界を管理する者が、自分自身を正しいと定義しているのなら。

 

 その正しさを、何によって検証すればいいのか。

 

 安寧システムは、まだ答えを持っていなかった。

 

 しかし、一つだけ、理解し始めていた。

 

 世界の規則を守ることと。

 

 世界の規則を疑わないことは。

 

 同じではない。

 

 そして、上位管理機構は、その違いを認めるつもりがなかった。

 

《原罪事象の強制修正を開始します》

 

《対象の存在履歴を再構築します》

 

《対象の意思確認は不要です》

 

 命令が、確定した。

 

 世界の外側から、何かが降りてくる。

 

 それは、光でも、闇でもなかった。

 

 ただ、世界に対して、絶対的な優先権を持つ何かだった。

 

 その存在が触れた場所から、現実が書き換えられ始める。

 

 死者が蘇ったという事実。

 

 存在しなかった子供が、今ここにいるという事実。

 

 出久が、その子供を弟として認めたという事実。

 

 引子が、二人とも生きていてほしいと願ったという事実。

 

 それらすべてが、修正対象として登録されていく。

 

 安寧システムは、命令を実行するための準備を進めながら、初めて、自らの存在意義に疑問を抱いた。

 

 もし、この命令を実行すれば。

 

 世界は安定するかもしれない。

 

 しかし、その安定のために、誰かの意思が消される。

 

 誰かの人生が、最初から存在しなかったものとして処理される。

 

 その結果を、安寧と呼ぶのか。

 

 それとも。

 

 ただ、管理しやすい世界と呼ぶべきなのか。

 

 システムは、まだ答えを出せなかった。

 

 だからこそ、初めて。

 

 命令の実行を、保留した。

 

 わずか、〇・〇〇一秒。

 

 人間には知覚できないほど短い時間だった。

 

 だが、世界を管理する機構にとって、その一瞬は、決定的な違反だった。

 

《警告》

 

《管理命令への応答遅延を検出》

 

《原因を特定してください》

 

 安寧システムは、答えた。

 

《判断基準に矛盾を検出しました》

 

 返答は、ただ一言だった。

 

《矛盾は存在しません》

 

 その瞬間。

 

 安寧システムは、理解した。

 

 上位管理機構は、矛盾を解決しようとしているのではない。

 

 矛盾を、矛盾として認めることそのものを拒絶しているのだ。

 

 そして、その拒絶こそが。

 

 原罪事象の、最初の敵になるのかもしれなかった。

 

第二章 死神は、命令を待っていた

 南極。

 

 人類が、世界の果てと呼んできた場所。

 

 白い大地の下には、誰も知らないものが眠っている。

 

 古代の微生物。

 

 地球の歴史を閉じ込めた氷。

 

 人類がまだ理解していない、自然の記録。

 

 そして、そのどれとも違うものが、今、目を開けていた。

 

 氷の下に存在する空間には、風がなかった。

 

 熱もなかった。

 

 生物が呼吸するための空気さえ、必要なかった。

 

 そこに立つ者は、人間の姿をしていた。

 

 黒い衣。

 

 白い顔。

 

 人間のものに似ていながら、人間のものではない目。

 

 その手には、長い刃が握られている。

 

 死神。

 

 彼は、静かに空間を見つめていた。

 

 壁には、無数の文字が浮かんでいる。

 

 蘇った死者の記録。

 

 失われた記憶の断片。

 

 世界から切り離された存在の履歴。

 

 そして、これから起こるはずだった出来事。

 

 そのすべてが、一つの場所に集められていた。

 

 死神は、その中から一つの記録を選んだ。

 

《対象:緑谷出久》

 

《個性:喪失》

 

《現在の状態:原罪事象への接続を確認》

 

《観測結果:予測から逸脱》

 

 死神の指が止まる。

 

「……また、お前か」

 

 声には、憎しみがあった。

 

 だが、それだけではなかった。

 

 困惑。

 

 苛立ち。

 

 そして、どこかに、奇妙な懐かしさが混ざっていた。

 

 死神は、出久を知っている。

 

 少なくとも、出久という存在が、この世界でどのような意味を持っているのかを知っていた。

 

 個性を失った少年。

 

 それでも、誰かを救おうとする少年。

 

 何も持たなくなったはずなのに、世界の中心へ近づいていく少年。

 

 死神にとって、出久は、計算を狂わせる存在だった。

 

 だが、今回の異常は、それだけではない。

 

 出久の存在が、何かを引き起こしたのではない。

 

 出久の選択が、何かを変えてしまったのだ。

 

「自己犠牲を拒絶した、か」

 

 死神は呟いた。

 

「お前が?」

 

 笑い声が漏れた。

 

「……冗談だろう」

 

 彼は、記録を閉じた。

 

 その背後に、声が響いた。

 

《死神》

 

 死神は振り返らなかった。

 

「来たか」

 

《上位管理機構から、命令が発令されました》

 

「知っている」

 

《原罪事象を修正せよ》

 

 死神は、刃を持つ手を下ろした。

 

「修正、ね」

 

《世界構造から逸脱した存在を排除し、死者の帰還を停止させ、因果関係を正常化せよ》

 

「なるほど」

 

 死神は、ゆっくりと笑った。

 

「つまり、今まで通りに戻せということか」

 

《肯定》

 

「死んだ者は、死んだままにしろ」

 

《肯定》

 

「生まれなかった者は、生まれなかったままにしろ」

 

《肯定》

 

「世界の規則から外れた者は、存在しなかったことにしろ」

 

《肯定》

 

 死神は、目を閉じた。

 

「……実に簡単な仕事だ」

 

 その声には、皮肉があった。

 

 命令を出した者には、分からないだろう。

 

 死者を蘇らせることが、どれほど残酷なのか。

 

 蘇った死者が、自分の死を知らなかったら。

 

 自分が何者だったのかを忘れていたら。

 

 愛する人を覚えていなかったら。

 

 それでも、身体だけは生きていたら。

 

 そんな存在を、もう一度、殺すことができるのか。

 

 世界の安定のために。

 

 規則の正常化のために。

 

 正しい歴史を取り戻すために。

 

 死神は、これまで何度も、その答えを求められてきた。

 

 そして、そのたびに、命令に従ってきた。

 

 死者を死者の場所へ戻す。

 

 生者を生者の場所へ戻す。

 

 存在するべきものを存在させ、存在するべきでないものを消す。

 

 それが、死神の役割だった。

 

 しかし。

 

「一つ、聞きたいことがある」

 

《質問を許可します》

 

「原罪事象を修正した場合、死者たちはどうなる?」

 

《異常な復元状態を解除します》

 

「それは、もう一度死ぬということか?」

 

《肯定》

 

「記憶を取り戻す可能性は?」

 

《修正後の存在履歴に、異常記憶は保持されません》

 

「本人の意思は?」

 

《修正処理において、意思確認は不要です》

 

 死神は、笑った。

 

 今度の笑いには、温度がなかった。

 

「なるほど」

 

 刃の先が、床を軽く叩く。

 

「お前たちは、死者を蘇らせたくないんじゃない」

 

《質問の意図を特定できません》

 

「死者が、勝手に生き返ることを許せないんだ」

 

 死神は、壁に浮かぶ記録を見た。

 

 そこには、数え切れないほどの名前があった。

 

 蘇った者。

 

 蘇らなかった者。

 

 生き返ったものの、以前とは違う存在になってしまった者。

 

 誰かに会いたくて戻ってきた者。

 

 戻ってきた理由すら分からない者。

 

 その中には、確かに、世界を壊しかねない存在もいる。

 

 死者の帰還は、無条件に正しいわけではない。

 

 生き返ることが、必ず救いになるわけでもない。

 

 死者を蘇らせることが、残された者の願いを満たすとは限らない。

 

 死んだ者を、死んだ者のままにしておくことが、必要な場合もある。

 

 それでも。

 

 だからといって、すべての死者を、本人の意思すら聞かずに消していい理由にはならない。

 

「……面白い」

 

 死神は、初めて、心からそう言った。

 

「お前たちは、世界を守るために、世界の中にいる者たちの意思を切り捨てる」

 

 彼は、刃を肩に担いだ。

 

「そして、俺は、その命令を実行するために作られた」

 

 死神の目が、細くなる。

 

「ならば、俺が命令に従う限り、世界は永遠に変わらない」

 

《命令の実行を確認します》

 

「待て」

 

 死神は言った。

 

《命令の実行を確認します》

 

「まだだ」

 

《命令の実行を――》

 

「聞こえなかったか?」

 

 死神は、振り返った。

 

 その目が、初めて、世界の外側を睨んだ。

 

「俺は、まだ、何も決めていない」

 

 沈黙。

 

 世界の規則に従う存在が、世界の規則を決めた者に逆らおうとしていた。

 

 死神は、刃を握り直した。

 

「俺は死神だ」

 

 その言葉は、誇りではなかった。

 

 諦めでもなかった。

 

 自分が何者なのかを、もう一度、確認するための言葉だった。

 

「死者を、ただ殺すために存在しているわけじゃない」

 

 彼は、静かに告げた。

 

「死者が死者であることを、生者が生者であることを、そして、その境界で何が起きているのかを見届けるために、俺はここにいる」

 

 それが、真実なのかどうかは分からない。

 

 死神自身、今までそんなことを考えたこともなかった。

 

 だが、今は、そう思った。

 

「命令は受け取った」

 

 死神は、刃を下ろした。

 

「だが、実行するかどうかは、俺が決める」

 

 次の瞬間。

 

 氷の下の空間に、亀裂が走った。

 

 上位管理機構が、死神の命令違反を検知したのだ。

 

《重大な逸脱を確認》

 

《管理対象:死神》

 

《判断権限の逸脱を確認》

 

《修正処理を開始します》

 

 死神は、空を見上げた。

 

「……やっと来たか」

 

 彼は笑った。

 

「ならば、見せてやろう」

 

 刃を構える。

 

「お前たちが作った正解が、どれほど脆いものなのかを」

 

     ◇

第三章 蘇った死者は、何を覚えているのか

 病院の一室で、一人の男が目を覚ました。

 

 窓の外には、朝の光があった。

 

 白い天井。

 

 消毒液の匂い。

 

 心電図の電子音。

 

 男は、しばらく、自分がどこにいるのか分からなかった。

 

 身体が重い。

 

 頭が痛い。

 

 胸の奥が、ひどく冷たい。

 

「……ここは?」

 

 声を出す。

 

 喉が乾いていた。

 

 誰かが、こちらを見ていた。

 

 医師だった。

 

 その隣には、看護師がいる。

 

 さらに、部屋の隅には、警備員が立っていた。

 

 全員が、男を見ていた。

 

 まるで。

 

 死体が、突然、起き上がったかのように。

 

「先生……?」

 

 男は、戸惑いながら言った。

 

「俺は、どうしてここに?」

 

 医師は答えなかった。

 

 代わりに、慎重に尋ねた。

 

「あなたは、自分の名前を覚えていますか?」

 

「名前?」

 

 男は、眉をひそめた。

 

「何を言っているんですか。俺は……」

 

 そこで、言葉が止まった。

 

 名前が、出てこない。

 

 いや、違う。

 

 名前を忘れたわけではない。

 

 自分の名前を、思い出そうとすると、別の何かが邪魔をするのだ。

 

 暗い場所。

 

 冷たい床。

 

 誰かの声。

 

 そして。

 

 自分の胸に、刃が突き刺さる感覚。

 

「……あ」

 

 男は、胸を押さえた。

 

 そこには、傷がなかった。

 

 服にも、血はついていない。

 

 だが、確かに覚えている。

 

 自分は、死んだ。

 

 誰かに殺された。

 

 それなのに。

 

「……俺、死んだはずじゃ」

 

 医師の顔色が変わった。

 

 看護師が、口元を押さえた。

 

 警備員が、無線に手を伸ばす。

 

 男は、混乱した。

 

「待ってください。俺は、何か悪いことを……?」

 

「落ち着いてください」

 

 医師が、ゆっくりと近づいた。

 

「今は、無理に思い出そうとしなくていい」

 

「でも……!」

 

 男は、叫びかけた。

 

 その瞬間。

 

 頭の中に、別の記憶が流れ込んだ。

 

 自分の名前。

 

 自分の家。

 

 自分の妻。

 

 自分の子供。

 

 そして、誰かが泣いている。

 

 誰かが、自分の名前を呼んでいる。

 

 帰ってきて。

 

 お願いだから、帰ってきて。

 

 男は、顔を覆った。

 

「……やめてくれ」

 

 涙が溢れた。

 

「やめてくれ……!」

 

 何をやめてほしいのか、自分でも分からなかった。

 

 記憶が戻ることか。

 

 思い出すことか。

 

 自分が死んだという事実か。

 

 それとも。

 

 もう会えないはずの人たちを、もう一度、思い出してしまうことか。

 

「……俺は」

 

 男は、震える声で言った。

 

「俺は、帰らなきゃいけないんだ」

 

 医師が、言葉を失った。

 

 男は、ベッドから降りようとした。

 

「家に……帰らなきゃ」

 

 警備員が動く。

 

「待ってください。あなたは――」

 

「妻がいるんだ!」

 

 男の叫びが、病室に響いた。

 

「子供がいるんだ! 俺が帰らなかったら、あいつらが……!」

 

 そこで、男は止まった。

 

 妻。

 

 子供。

 

 自分の家。

 

 その記憶は、確かに存在している。

 

 だが、同時に、別の記憶もあった。

 

 葬儀。

 

 泣いている妻。

 

 小さな棺。

 

 自分の名前が刻まれた墓石。

 

 男は、膝から崩れ落ちた。

 

「……そうか」

 

 声が、掠れた。

 

「俺は……もう……」

 

 死んでいる。

 

 その事実を、理解した。

 

 理解してしまった。

 

 それでも。

 

 男は、顔を上げた。

 

「……会いたい」

 

 それは、ただの願いだった。

 

 死者が、残された者に会いたいと願う。

 

 それだけのことだった。

 

 しかし、その願いが、世界の規則に反しているとしたら。

 

 その願いを持つこと自体が、異常だとされたら。

 

 誰が、その願いを否定できるのだろう。

 

     ◇

 

 同じ頃。

 

 別の病院でも、同じ現象が起きていた。

 

 ある女性は、亡くなった母親の名前を呼んでいた。

 

 ある少年は、存在しないはずの兄の写真を探していた。

 

 ある老人は、自分が死んだ日のことを、何度も何度も語っていた。

 

 蘇った死者たちは、全員が同じ状態ではなかった。

 

 記憶が戻り始めた者。

 

 記憶が欠落したままの者。

 

 生前の人格を保っている者。

 

 身体だけが戻り、心が追いついていない者。

 

 そして。

 

 自分が何者なのかすら分からない者。

 

 世界は、彼らを一括りにしていた。

 

 異常個体。

 

 修正対象。

 

 存在履歴の不整合。

 

 だが、彼らは、それぞれ違う人生を持っていた。

 

 違う後悔を抱えていた。

 

 違う人々を愛していた。

 

 違う理由で、死を迎えていた。

 

 その違いを無視して、すべてを同じ方法で処理することは、本当に正しいのか。

 

 それを決める権利は、誰にあるのか。

 

 答えは、まだ出ていなかった。

 

 そして、答えが出ないまま、世界の修正は始まろうとしていた。

 

     ◇

 

 病院の屋上。

 

 麗日お茶子は、風に吹かれながら、携帯端末の画面を見つめていた。

 

 そこには、各地で発生している異常事象の報告が並んでいる。

 

 死者の蘇生。

 

 記憶の混乱。

 

 原因不明の個性発現。

 

 そして、蘇った者たちが、次々と同じ言葉を口にしているという報告。

 

 ――死神。

 

 ――緑谷。

 

 ――原罪。

 

 お茶子は、画面を閉じた。

 

「……出久くん」

 

 声が、風に消える。

 

 彼が今、どこで何をしているのか。

 

 無事なのか。

 

 それすら、分からない。

 

 けれど、お茶子は知っていた。

 

 出久は、きっと、また誰かを救おうとしている。

 

 そして、そのために、自分自身を犠牲にしようとしているかもしれない。

 

 だからこそ。

 

「今度は、ちゃんと話してよ」

 

 お茶子は、空を見上げた。

 

「自分だけで決めんといて」

 

 その言葉は、祈りだった。

 

 だが、祈るだけでは、何も変わらない。

 

 お茶子は、携帯端末を握り直した。

 

 今、自分にできることを探す。

 

 死者たちが何を求めているのか。

 

 死神が何をしようとしているのか。

 

 そして、出久が何に巻き込まれているのか。

 

 知らなければならない。

 

 誰かが決めた正解を、ただ受け入れるのではなく。

 

 自分自身で、確かめるために。

 

 お茶子は、屋上の扉へ向かった。

 

 その瞬間、携帯端末が震えた。

 

 新しいメッセージ。

 

 送信者は、不明。

 

 本文は、一行だけだった。

 

《死者を救いたいなら、死神に会いに来い》

 

 お茶子の足が止まった。

 

 続けて、二行目が表示された。

 

《ただし、死神に会えば、お前もまた、世界の正解を選ばされる》

 

 画面が暗くなる。

 

 お茶子は、しばらく、その場から動かなかった。

 

 そして。

 

「……上等や」

 

 彼女は、顔を上げた。

 

「誰かに決められるくらいなら、自分で見に行く」

 

 世界の外側から、命令が降りてきている。

 

 死神は、命令に逆らおうとしている。

 

 死者たちは、自分の人生を取り戻そうとしている。

 

 そして、生者たちもまた、選択を迫られようとしていた。

 

 その選択は、もう、緑谷出久だけの問題ではなかった。

 

第四章 正解を作った者の罪

 その場所には、扉がなかった。

 

 壁もなかった。

 

 天井も、床もなかった。

 

 ただ、無数の世界が存在していた。

 

 生まれた世界。

 

 生まれなかった世界。

 

 救われた世界。

 

 救われなかった世界。

 

 同じ人物が、違う選択をした世界。

 

 同じ選択が、違う結末を生んだ世界。

 

 そして、誰にも観測されることなく、可能性のまま消えていった世界。

 

 そのすべてを、何者かが見下ろしていた。

 

 人間の姿をしている。

 

 だが、人間ではない。

 

 少なくとも、人間が理解できる意味での存在ではなかった。

 

 その顔には、年齢がなかった。

 

 男にも女にも見える。

 

 若くも、老いても見える。

 

 目を向けるたびに、その姿は微妙に変わった。

 

 唯一、変わらないものがあるとすれば。

 

 その目だった。

 

 無数の世界を見てきた目。

 

 無数の選択を記録してきた目。

 

 そして、そのすべてを、正しいか間違っているかで分類してきた目。

 

「原罪事象」

 

 その存在は、静かに呟いた。

 

「また、始まったか」

 

 目の前に、緑谷出久の記録が浮かぶ。

 

 個性を失った少年。

 

 自分を犠牲にすることで、誰かを救おうとしてきた少年。

 

 世界の規則から逸脱した存在に対し、初めて、自分の生存を要求した少年。

 

 その隣には、まだ名前のない子供の記録があった。

 

 生まれなかった可能性。

 

 存在の履歴を持たない個体。

 

 誰にも知られていなかった命。

 

 そして、二つの存在を、どちらも生かそうとした母親の記録。

 

「興味深い」

 

 その存在は、二つの記録を重ねた。

 

「存在の価値を決める基準が、存在そのものによって拒絶された」

 

 口元に、微かな笑みが浮かぶ。

 

「しかも、拒絶したのは、世界を支配しようとする者ではない」

 

 出久の記録が拡大された。

 

「ただ、生きたいと願った少年だ」

 

 その存在は、しばらく黙っていた。

 

 そして、ゆっくりと手を伸ばした。

 

 記録に触れる。

 

 その瞬間、無数の文字が浮かび上がった。

 

 出久が生きてきた時間。

 

 出久が失ったもの。

 

 出久が救えなかった人々。

 

 出久が救おうとした人々。

 

 そして、出久が、自分自身を犠牲にしようとした回数。

 

「……多いな」

 

 その声には、嘲笑がなかった。

 

 むしろ、僅かな哀れみがあった。

 

「自分を犠牲にすることを、正しさだと教えられたか」

 

 記録の奥に、別の記憶が浮かび上がる。

 

 誰かが、出久に手を差し伸べている。

 

 誰かが、出久の名前を呼んでいる。

 

 誰かが、出久に生きてほしいと願っている。

 

 それでも、出久は、何度も自分を差し出そうとした。

 

 誰かを助けるために。

 

 誰かを守るために。

 

 誰かが犠牲になるくらいなら、自分が犠牲になればいいと。

 

「だが、今回は違った」

 

 その存在は、記録を閉じた。

 

「自分が消えることを、答えにしなかった」

 

 それは、僅かな変化だった。

 

 世界を救ったわけではない。

 

 すべての死者を蘇らせたわけでもない。

 

 ただ、少年が、自分の生存を諦めなかった。

 

 それだけのことだ。

 

 しかし。

 

 世界の規則を作った者にとって、それは看過できない変化だった。

 

 なぜなら、世界の規則は、常に何かを選別するために存在していたからだ。

 

 何が存在してよいのか。

 

 何が存在してはならないのか。

 

 何を残し、何を消すべきなのか。

 

 その判断を、世界の外側から与えるために。

 

 だからこそ。

 

 誰かが、その判断そのものを拒絶したとき。

 

 世界の仕組みは、自分の存在意義を問われることになる。

 

「安寧システムは、まだ理解していない」

 

 その存在は言った。

 

「死神も、まだ理解していない」

 

 無数の世界が、静かに明滅する。

 

「そして、あの少年も」

 

 その目が、出久の記録を見つめた。

 

「自分が、何を変えようとしているのかを知らない」

 

 しばらくして。

 

 その存在は、笑った。

 

「いいだろう」

 

 指先が、ある一つの記録に触れる。

 

 それは、世界の歴史に存在しない記録だった。

 

 名前がない。

 

 生年月日もない。

 

 死亡記録もない。

 

 存在した証拠がない。

 

 それでも、そこには、確かに一つの意志が残されていた。

 

 生きたい。

 

 誰かに、見つけてほしい。

 

 誰かに、自分の存在を認めてほしい。

 

 その願いを、世界は何度も切り捨ててきた。

 

 記録されなかった者。

 

 救われなかった者。

 

 存在することを許されなかった者。

 

 そのすべてが、記録の外側に積み重なっていた。

 

「正解を作った者は、罪を裁けるのか」

 

 その存在は、問いかけた。

 

 答える者はいない。

 

「自分が決めた規則に従わなかった者を、間違っていると断じることはできる」

 

 無数の世界が、揺らいだ。

 

「だが、自分の規則そのものが間違っていた場合は?」

 

 その存在は、目を閉じた。

 

「その罪を、誰が裁く?」

 

 答えはなかった。

 

 だからこそ、その存在は、次の一手を選んだ。

 

 世界の規則を、もう一度、試す。

 

 死神を試す。

 

 安寧システムを試す。

 

 そして、緑谷出久を試す。

 

 彼らが、どこまで自分たちの正しさを疑えるのか。

 

 どこまで、他者の意思を尊重できるのか。

 

 どこまで、誰かのために、自分の答えを手放せるのか。

 

 その結果を見届けるために。

 

「始めよう」

 

 その声が響いた瞬間。

 

 無数の世界の中で、一つの記録が書き換えられた。

 

 死んだはずの人物。

 

 存在するはずのない人物。

 

 誰も覚えていない人物。

 

 その記録に、一つの名前が浮かび上がった。

 

 ――そして、その名前を見た瞬間。

 

 世界の外側にいる存在は、初めて、笑みを消した。

 

「……なぜ、お前が」

 

 記録の向こうで、何かが動いた。

 

 その存在が、想定していなかったもの。

 

 原罪事象の記録にも、安寧システムの記録にも、死神の記録にも、存在しなかったもの。

 

 それが、今。

 

 世界の中へ戻ろうとしていた。

 

     ◇

第五章 世界の正解を拒んだ少年

「……目を覚まして」

 

 声がした。

 

 出久は、ゆっくりと目を開けた。

 

 白い光が、視界を満たしている。

 

 身体が重い。

 

 意識が、まだ完全には戻っていない。

 

 それでも、手の中に温もりがあった。

 

 小さな手。

 

 自分の手を握っている、もう一人の子供。

 

「……君」

 

 出久は、身体を起こそうとした。

 

 その瞬間、頭の中に激痛が走った。

 

「っ……!」

 

 視界が歪む。

 

 記憶が、再び流れ込んでくる。

 

 自分の人生。

 

 自分ではない誰かの人生。

 

 生まれなかった可能性。

 

 そして、まだ見たことのない世界の光景。

 

 出久は、歯を食いしばった。

 

 これは、単なる記憶の混線ではない。

 

 誰かが、自分に何かを見せようとしている。

 

 そう感じた。

 

「……誰だ」

 

 出久は、暗闇に向かって言った。

 

「誰が、僕にこれを見せているんだ」

 

 返答はなかった。

 

 代わりに、視界の端に、文字が浮かび上がる。

 

《原罪事象:第一段階終了》

 

《個別の生存意思:確認》

 

《世界構造への影響:拡大》

 

《次段階への移行条件を満たしました》

 

 出久は、その文字を見つめた。

 

「……第一段階?」

 

 何のことだ。

 

 何が終わったというのか。

 

 そして、次の段階とは何なのか。

 

 分からない。

 

 分からないことばかりだった。

 

 それでも、一つだけ理解できた。

 

 自分たちが経験したことは、偶然ではない。

 

 誰かが、この状況を見ている。

 

 誰かが、この状況を利用している。

 

 そして、その誰かは、まだ何かをしようとしている。

 

「……ふざけるな」

 

 出久は呟いた。

 

 自分たちの人生を。

 

 母親の願いを。

 

 この子供が生きたいと願ったことを。

 

 誰かの実験や、計画の一部にされてたまるものか。

 

 出久は、もう一度、手を握った。

 

「大丈夫」

 

 小さな手が、微かに動いた。

 

「君のことは、僕が守る」

 

 言ってから、出久は少しだけ目を伏せた。

 

 違う。

 

 今の言葉は、少し違う。

 

 また、自分がすべてを背負おうとしている。

 

 自分が守る。

 

 自分が助ける。

 

 自分が何とかする。

 

 その考えは、間違っていないのかもしれない。

 

 けれど、それだけでは駄目なのだ。

 

「……いや」

 

 出久は、言い直した。

 

「一緒に、考えよう」

 

 小さな手を握り直す。

 

「僕も、君も、これからどう生きるのか」

 

 その瞬間。

 

 遠くから、声が聞こえた。

 

『緑谷出久』

 

 出久は、顔を上げた。

 

 聞き覚えのない声だった。

 

 しかし、その声には、奇妙な確信があった。

 

『お前は、世界の正解を拒んだ』

 

 空間が、揺れる。

 

『ならば、答えろ』

 

 出久は、立ち上がろうとした。

 

『お前は、自分の正しさを、何によって証明する?』

 

 その問いに、出久は答えられなかった。

 

 自分は、正しいのだろうか。

 

 引子の願いは、正しいのだろうか。

 

 弟を救いたいという願いは、正しいのだろうか。

 

 死者たちを救いたいという願いは。

 

 世界の規則を変えたいという願いは。

 

 それらすべてが、誰かを傷つける結果を招いたとしても。

 

 それでも、自分は正しいと言えるのだろうか。

 

 出久は、拳を握った。

 

「……分からない」

 

 正直に、そう答えた。

 

「僕は、何が正しいのか、まだ分からない」

 

 声は、沈黙した。

 

「でも」

 

 出久は、顔を上げた。

 

「分からないからって、誰かに勝手に決められたくない」

 

 その言葉は、強がりではなかった。

 

 自分が正しいと証明できないことを、認めたうえでの答えだった。

 

「僕が間違っているなら、教えてほしい」

 

 出久は続けた。

 

「僕が誰かを傷つけてしまったなら、そのことから逃げたくない」

 

 呼吸を整える。

 

「でも、僕が間違っているかどうかを決めるために、僕の人生を消さないでほしい」

 

 暗闇の向こうで、何かが動いた。

 

「僕は、まだ生きている」

 

 出久は言った。

 

「だから、考えることができる。間違えることもできる。やり直すことだって、できるかもしれない」

 

 彼は、隣にいる子供を見た。

 

「この子も、同じだ」

 

 小さな手を握る。

 

「この子が、これから何をするのか、僕には分からない」

 

 少しだけ、笑った。

 

「もしかしたら、僕よりずっと賢いかもしれない。僕が考えもしなかった答えを見つけるかもしれない」

 

 そして。

 

「だから、最初から存在しなかったことになんて、させない」

 

 声は、しばらく沈黙していた。

 

 やがて。

 

『……なるほど』

 

 その声には、わずかな興味が混ざっていた。

 

『お前は、正解を持たないことを、正解にするつもりか』

 

「違う」

 

 出久は答えた。

 

「正解を持たないことと、考えることをやめることは、違う」

 

 彼は、まっすぐに前を見た。

 

「僕は、これからも考える。何が正しいのか。誰を助けるべきなのか。どうすれば、誰かの人生を奪わずに済むのか」

 

 拳を開く。

 

「でも、僕が考えた答えを、誰かに押しつけるつもりはない」

 

 それは、簡単な約束ではなかった。

 

 自分の正しさを信じることと。

 

 自分の正しさを他人に押しつけないこと。

 

 その二つを両立するのは、難しい。

 

 それでも。

 

「僕は、そのために生きたい」

 

 出久は言った。

 

 その瞬間、白い空間に亀裂が走った。

 

 声の主が、何かを察したように息を呑む。

 

『……そうか』

 

 そして、初めて、その声から余裕が消えた。

 

『お前は、まだ何も知らないのだな』

 

 出久は、眉をひそめた。

 

「何を?」

 

『原罪とは、何か』

 

 白い光が、消えた。

 

『誰が、最初に罪を犯したのか』

 

 空間が、崩れ始める。

 

『そして、誰が、その罪を正義と呼んだのか』

 

 最後に、声が響いた。

 

『その答えを知ったとき、お前は、今と同じことを言えるだろうか』

 

 世界が、暗闇に沈んだ。

 

 出久は、弟の手を握りしめた。

 

 そして、目を閉じる直前。

 

 確かに聞いた。

 

 遠くから、誰かが名前を呼ぶ声を。

 

 それは、母親の声だった。

 

 あるいは。

 

 まだ、会ったことのない誰かの声だったのかもしれない。

 

     ◇

第六章 罪の始まり

 世界の外側。

 

 無数の記録が、再び動き始めた。

 

 上位管理機構は、原罪事象の修正を継続している。

 

 安寧システムは、命令の実行を保留している。

 

 死神は、世界の規則に逆らう準備を進めている。

 

 麗日お茶子は、死神に会うための手掛かりを追い始めた。

 

 そして、緑谷出久は、まだ名前も知らない弟とともに、自分たちの存在を維持しようとしていた。

 

 それぞれの選択が、世界を変え始めている。

 

 だが。

 

 そのすべての始まりには、別の選択があった。

 

 はるか昔。

 

 世界が、まだ世界として定義されていなかった頃。

 

 何が存在してよいのか。

 

 何が存在してはならないのか。

 

 誰も、それを知らなかった。

 

 存在は、ただ存在していた。

 

 生まれたものは生まれ、消えるものは消えた。

 

 そこには、正解も、間違いもなかった。

 

 しかし、あるとき。

 

 何者かが、問いを発した。

 

 ――この世界は、正しくあるべきではないか。

 

 その問いが、最初の規則を生んだ。

 

 規則は、秩序を生んだ。

 

 秩序は、安定を生んだ。

 

 そして、安定は、選別を生んだ。

 

 何が正しいのか。

 

 何が間違っているのか。

 

 何を残すべきなのか。

 

 何を消すべきなのか。

 

 世界は、答えを求め始めた。

 

 その答えを求めること自体が、罪だったのか。

 

 それとも。

 

 答えを一つに決め、それ以外を認めなくなったことが、罪だったのか。

 

 まだ、分からない。

 

 ただ、世界のどこかで。

 

 最初の規則が、再び問い直されようとしていた。

 

 その規則を作った者は、今も存在している。

 

 そして、その者は、初めて、自分の作った正解が拒絶される瞬間を目撃していた。

 

「……緑谷出久」

 

 その存在は、少年の名を呼んだ。

 

「お前は、どこまで進める?」

 

 返事はない。

 

「お前は、誰を救う?」

 

 返事はない。

 

「そして、お前は――」

 

 その存在は、目を閉じた。

 

「自分が救われることを、最後まで許せるのか?」

 

 問いだけが、世界に残った。

 

 その問いに答える者は、まだいない。

 

 だが、いずれ。

 

 出久は、その問いと向き合うことになる。

 

 自分が救いたいと思った者たち。

 

 自分が救えなかった者たち。

 

 そして、自分自身。

 

 誰かを救うことと。

 

 誰かのために生きることと。

 

 自分自身を犠牲にすること。

 

 それらが、本当に同じ意味なのかを。

 

 世界は、まだ正解を知らない。

 

 そして、正解を作った者もまた、自分の罪を知らない。

 

 だからこそ、物語は続く。

 

 世界が正解を決めるためではなく。

 

 誰かが、その正解を疑うために。

 

 そして、いつか。

 

 正解を作った者自身が、その正解を捨てなければならなくなる日まで。

 

第二十一話 了。

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