僕のヒーローアカデミア 原罪   作:神代シン

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第九話「選ばれなかった者は、何を願えばいいのか」

第一節 選ばれなかった者の記録

「……これ、どこから見つかったの?」

 

緑谷出久は、端末に表示された古い文書を見つめたまま尋ねた。

 

向かい側に立つ死神は、答えるまでに少し時間を置いた。

 

「旧安寧管理区画の最深部だ。昨日まで存在を確認できなかった領域が、一部だけ開いた」

 

「一部だけ?」

 

「ああ。記録領域全体は、今も閉鎖されている。開いたのは、外部からの接続を許可するための入口にすぎない」

 

「誰が開いたの?」

 

「不明だ」

 

死神は、端末の画面を指でなぞった。

 

「安寧システムの管理者権限ではない。自動平和維持機構の操作記録にも該当するものがない。少なくとも、現在確認できる記録上ではな」

 

「……つまり、誰かがシステムの外側から開いた可能性がある?」

 

「その可能性はある。だが、断定はできない」

 

出久は、画面を見下ろした。

 

『選ばれなかった者のための記録』

 

その下には、奇妙な注意書きが表示されていた。

 

『閲覧に際し、対象者の同意を必要としない』

 

出久は、眉をひそめた。

 

「……どういうことだろう」

 

「通常の記録では、閲覧者に対する制限や、記録対象者の同意に関する条件が設定される。しかし、この記録には、それがない」

 

「誰でも見られるってこと?」

 

「違う。誰が閲覧できるのかさえ定義されていない」

 

死神は、画面を閉じた。

 

「さらに問題がある。この記録は、単に過去の出来事を保存したものではない可能性が高い」

 

「どういう意味?」

 

「閲覧者の行動に反応して、内容が変化する可能性がある」

 

出久は、しばらく黙っていた。

 

過去の記録が、現在の閲覧者によって変化する。

 

それは記録と呼べるのだろうか。

 

あるいは、記録の形をした何かが、閲覧者の心を観測しているのだろうか。

 

「……危険なの?」

 

「分からない」

 

死神は、率直に答えた。

 

「だが、危険かどうか分からないからといって、無条件に破棄するわけにもいかない」

 

「うん」

 

「そして、何より」

 

死神は、出久の目を見た。

 

「この記録を作った者が、何を願っていたのかを知る必要がある」

 

出久は頷いた。

 

「……分かった。調べよう」

 

そのとき、背後から声がした。

 

「待ってください。私も行きます」

 

ミッドナイトだった。

 

彼女は腕を組み、二人を見つめていた。

 

「また、子供たちだけで危険な場所に行くつもりですか?」

 

「いや、僕はもう子供って年齢じゃ――」

 

「緑谷くん」

 

「……はい」

 

「あなたが何歳であろうと、危険な場所に行く生徒を止めるのは教師の仕事です」

 

ミッドナイトは、きっぱりと言った。

 

「それに今回は、記録の閲覧によって精神的な影響が発生する可能性があるんでしょう?」

 

死神が頷く。

 

「その可能性は否定できない」

 

「なら、なおさらです」

 

彼女は出久に視線を向けた。

 

「緑谷くん。あなたは、誰かの苦しみを見つけると、自分が何とかしなければいけないと思いがちです」

 

出久は、口を閉じた。

 

「それ自体を悪いとは言いません。でも、あなたが何とかできることと、あなたが一人で背負わなければならないことは違います」

 

その言葉に、出久は苦笑した。

 

「……よく言われます」

 

「何度でも言います」

 

ミッドナイトは、柔らかく笑った。

 

「誰かを助けることを選ぶなら、あなた自身が助けを受け取ることも、忘れないでください」

 

出久は、ゆっくりと頷いた。

 

「ありがとう、ミッドナイト先生」

 

「どういたしまして」

 

ミッドナイトは、端末の記録を確認した。

 

「それで、ほかには誰が参加するんですか?」

 

「俺も行く」

 

低い声が、廊下に響いた。

 

死柄木弔だった。

 

その隣にはトガヒミコとトゥワイスがいる。

 

さらに少し離れた場所で、ホークスが壁に寄りかかっていた。

 

そして、その壁の反対側には、荼毘がいた。

 

「……お前ら、全員で来るつもりか?」

 

出久が尋ねると、死柄木は肩をすくめた。

 

「勘違いするな。お前を助けに来たわけじゃねえ」

 

「じゃあ、どうして?」

 

「その記録が気に入らねえからだ」

 

死柄木は、画面を見つめた。

 

「選ばれなかった者のための記録? ずいぶんと親切な話じゃねえか」

 

彼は、笑った。

 

しかし、その笑みには温度がなかった。

 

「そんなものが本当にあるなら、見せてもらおうじゃねえか。選ばれなかった人間が、何を願えばいいのかをな」

 

トガは、死柄木の横顔を見上げた。

 

「弔くんも、知りたいの?」

 

「……何がだ」

 

「選ばれなかった人が、どうしたら幸せになれるのか」

 

死柄木は、答えなかった。

 

トゥワイスが、ぼそりと言った。

 

「知りたいんだろ。知りたくねえよ。知りたいから来たんだろ。別に興味なんかねえ」

 

「どっちなんだよ!」

 

トガが笑う。

 

その笑い声を聞きながら、死柄木は小さく舌打ちした。

 

「……選ばれなかった人間に、幸せになれって言うのは簡単だ」

 

彼は、出久を見た。

 

「だが、選ばれなかった理由まで消えるわけじゃねえ」

 

誰も、すぐには答えなかった。

 

死柄木の言葉には、彼自身がまだ整理できていない痛みが含まれていた。

 

誰かに見つけてもらえなかったこと。

 

誰かに手を伸ばしてもらえなかったこと。

 

誰かが選んだ正しさの外側に、自分の人生が置き去りにされていたこと。

 

そのすべてが、彼の中で、ひとつの感情に結びついている。

 

壊したい。

 

こんな世界なら、壊してしまえばいい。

 

誰も選んでくれなかった世界なら、世界のほうを壊してしまえばいい。

 

だが、今の死柄木は、その衝動だけで動いているわけではなかった。

 

「……行くぞ」

 

彼は歩き始めた。

 

「その記録が、俺たちに何を見せるつもりなのか。確かめてやる」

 

出久たちは、その後を追った。

 

誰も知らない。

 

その記録が、彼ら自身の人生を、どこまで映し出すことになるのかを。

 

そして、記録を作った者が、彼らの訪問をずっと待っていたのかどうかも。

 

第二節 第一記録者

旧安寧管理区画の最深部は、想像していたよりも狭かった。

 

巨大な演算装置が並ぶ通路を抜け、複数の認証扉を通過した先に、その部屋はあった。

 

壁も、床も、天井も、白い。

 

家具らしいものは何一つない。

 

中央に、ひとつの端末が置かれている。

 

それだけだった。

 

「……何もないね」

 

トガが呟いた。

 

「何もないように見えるだけだ」

 

死神は、端末の周囲を確認した。

 

「この部屋そのものが、記録装置の一部なのかもしれない」

 

ホークスが、天井を見上げた。

 

「監視カメラらしきものもない。通信装置も見当たらない。なのに、外部からの接続が成立している」

 

「見えないところにあるんじゃない?」

 

トガが言った。

 

「そうかもしれないね」

 

ホークスは、軽く笑った。

 

「見えないものがあるって分かったとき、普通は探すもんだけどさ。今回は、見つけたところで何が起こるか分からない」

 

「だから、触るなってことか?」

 

荼毘が言った。

 

「そういうこと」

 

「つまらねえな」

 

「危険を楽しむ趣味はないんでね」

 

「嘘つけ。お前、いつも危険なことばっかりしてるだろ」

 

「それは仕事だから」

 

「便利な言葉だな、仕事ってのは」

 

二人のやり取りを聞きながら、ミッドナイトは端末へ近づいた。

 

画面には、文字が浮かび上がっていた。

 

『第一記録者を選択してください』

 

「……第一記録者を、選ぶ?」

 

出久が首を傾げた。

 

「第一記録者という人物が、すでに特定されているわけではないのか?」

 

死神が画面を確認する。

 

「記録者の識別情報が存在しない。つまり、この装置は閲覧者に第一記録者を選択させようとしている」

 

「どういうこと?」

 

トゥワイスが尋ねた。

 

「記録者が誰なのか、俺たちに決めろってことか? それとも、記録者を探せってことか?」

 

「どちらとも考えられる」

 

死神は答えた。

 

「だが、どちらも危険だ」

 

出久は、画面に表示された選択肢を見た。

 

そこには、三つの項目が並んでいた。

 

『記録を残した者』

 

『記録を必要とした者』

 

『記録によって救われる者』

 

「……この三つから選ぶのかな」

 

出久が言うと、ミッドナイトは首を横に振った。

 

「いいえ。選ぶ必要があるのかどうか、まだ分からないわ」

 

彼女は、端末に手を伸ばしかけて、止めた。

 

「この記録が、私たちに何をさせようとしているのか。そこを見極めないと」

 

その瞬間、画面が切り替わった。

 

『選択を確認』

 

「え?」

 

出久が声を上げる。

 

誰も、端末には触れていない。

 

画面に、文字が表示された。

 

『記録者を選択しないことを選択』

 

『第一記録者の候補を確定』

 

そして、三つの項目のうち、一つが赤く点滅した。

 

『記録を必要とした者』

 

死神の表情が変わった。

 

「……何だと?」

 

『第一記録者:記録を必要とした者』

 

『記録開始』

 

白い壁に、映像が映し出された。

 

それは、病室だった。

 

窓際のベッド。

 

白いシーツ。

 

枕元に置かれた、小さな花瓶。

 

ベッドの上には、一人の少女が座っていた。

 

年齢は、出久たちとそれほど離れていないように見える。

 

少女は、窓の外を眺めていた。

 

そして、その隣には、一人の少年が立っていた。

 

少年の顔は、映像のノイズによって隠されている。

 

声も、聞き取れない。

 

しかし、少女の表情だけは、はっきりと映っていた。

 

彼女は、少年を見上げていた。

 

その顔には、喜びがあった。

 

安堵があった。

 

そして、ほんの少しの恐怖があった。

 

『……本当に、行くの?』

 

少女が尋ねた。

 

少年は、答えた。

 

『ああ』

 

『もう、戻ってこないの?』

 

『分からない』

 

少女は、俯いた。

 

『……私を、選ばないんだね』

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

出久の胸が、強く締めつけられた。

 

少女は、泣いていなかった。

 

怒ってもいなかった。

 

ただ、事実を確かめるように尋ねていた。

 

少年は、少しだけ間を置いてから答えた。

 

『君を嫌いになったわけじゃない』

 

少女は、笑った。

 

『それ、ずるいよ』

 

少年は、何も言わなかった。

 

『嫌いになったわけじゃないなら、私を選んでくれてもいいのに』

 

少女は、窓の外へ視線を戻した。

 

『……でも、選ばないんだね』

 

少年は、静かに頷いた。

 

『ああ』

 

その瞬間、少女の表情から笑顔が消えた。

 

『……分かった』

 

彼女は、ベッドから降りた。

 

そして、少年の前に立った。

 

『あなたが行くことを、止めない』

 

少年が顔を上げた。

 

『本当に?』

 

『うん』

 

少女は、頷いた。

 

『あなたが選んだことだから』

 

彼女は、笑った。

 

今度の笑顔は、先ほどよりも少しだけぎこちなかった。

 

『でも、私が悲しくないと思わないでね』

 

少年は、目を伏せた。

 

『……分かってる』

 

『あなたがいなくなったら、私は寂しいと思う』

 

少女は、続けた。

 

『あなたがいない未来なんて、考えたこともなかったから』

 

彼女は、少年の手を取った。

 

『それでも、行くんでしょう?』

 

少年は、頷いた。

 

『ああ』

 

少女は、その手を離した。

 

『……なら、行って』

 

少年は、しばらく彼女を見つめていた。

 

そして、ゆっくりと踵を返した。

 

扉に手をかける。

 

その瞬間、少女が呼び止めた。

 

『ねえ』

 

少年が振り返る。

 

少女は、何かを言おうとしていた。

 

だが、言葉が出てこない。

 

数秒後。

 

彼女は、ようやく口を開いた。

 

『……私も、幸せになっていい?』

 

映像が停止した。

 

部屋の中に、沈黙が落ちた。

 

誰も、すぐには言葉を発しなかった。

 

その問いは、あまりにも静かだった。

 

相手を責めているわけではない。

 

行くことを禁じているわけでもない。

 

自分を選ばなかった相手に、戻ってくるよう求めているわけでもない。

 

ただ、自分が置き去りにされた後の人生について、尋ねていた。

 

自分を選ばなかった相手が幸せになるのなら。

 

自分も、幸せになっていいのだろうか。

 

相手をまだ愛しているのに。

 

相手がいない未来を望んでいないのに。

 

それでも、自分の人生を生きていいのだろうか。

 

「……ふざけんなよ」

 

死柄木が呟いた。

 

その声は、低かった。

 

「何で、そんなことを聞かなきゃならねえんだ」

 

誰に向けた言葉なのか、分からなかった。

 

少年に向けたのか。

 

少女に向けたのか。

 

それとも、そんな問いを必要とする世界そのものに向けたのか。

 

死柄木は、拳を握りしめた。

 

「自分が選ばれなかったからって、何で自分の幸せまで、相手に許可を取らなきゃならねえんだよ」

 

トガは、何も言わなかった。

 

トゥワイスも、黙っていた。

 

出久は、映像の停止した画面を見つめた。

 

少女は、相手の自由を認めていた。

 

少年が行くことを止めなかった。

 

少年の選択を否定しなかった。

 

それなのに、最後に尋ねたのは、自分自身の未来についてだった。

 

自分も、幸せになっていいのか。

 

出久は、唇を噛んだ。

 

彼女は、相手の自由を許した。

 

だが、自分の自由までは、許せなかったのかもしれない。

 

「……死神」

 

出久は、静かに尋ねた。

 

「この映像の少女が、患者番号零なの?」

 

死神は、すぐには答えなかった。

 

映像を何度も確認している。

 

そして、やがて首を横に振った。

 

「分からない」

 

「……そっか」

 

「だが、この記録は、患者番号零の記録と同じ形式で構成されている」

 

死神は、画面を見つめた。

 

「少なくとも、同じ記録体系に属している可能性は高い」

 

「じゃあ、この少女も……」

 

出久は、言葉を切った。

 

忘れられたのか。

 

記憶を失ったのか。

 

あるいは、誰かを忘れることを選んだのか。

 

何一つ、まだ分からない。

 

しかし、ひとつだけ確かなことがあった。

 

この記録は、選ばれなかった者のために残されている。

 

そして、その少女は、相手の自由を認めた後、自分の自由を見失いかけていた。

 

画面に、新しい文字が浮かび上がった。

 

『第一記録者の願いを確認』

 

『願い:選ばれなかった者が、自分自身を選ぶこと』

 

出久は、息を呑んだ。

 

その下に、さらに文字が表示される。

 

『ただし、第一記録者本人は、自分自身を選ぶことができなかった』

 

その瞬間。

 

死神が、顔を上げた。

 

「……違う」

 

彼は、呟いた。

 

「何が違うの?」

 

出久が尋ねる。

 

死神は、画面を見つめたまま答えた。

 

「この記録の作成者は、最初から自分を救うために記録を作ったのではない」

 

彼の声は、かすかに震えていた。

 

「自分が救われなかったからこそ、同じ場所に立つ誰かを救おうとしたのかもしれない」

 

ミッドナイトは、静かに目を伏せた。

 

「……自分にはできなかったことを、誰かにはできるようにしたかったのね」

 

「そうだ」

 

死神は頷いた。

 

「だが、それは同時に、ひとつの危険を生む」

 

「危険?」

 

ホークスが尋ねた。

 

死神は、画面を指した。

 

「自分を救えなかった者が、他人を救うために作った仕組みは、必ずしも正しいとは限らない」

 

画面には、まだ新しい文章が表示され続けている。

 

『選ばれなかった者の生存率を最大化する』

 

『失恋による自傷行為を抑制する』

 

『他者への執着を減少させる』

 

『再選択の可能性を維持する』

 

『対象者が新たな人生を選択するまで、記録を継続する』

 

荼毘が、鼻で笑った。

 

「……何だよ、これ」

 

彼は、画面を睨みつけた。

 

「結局、こいつも人間を管理したいだけじゃねえか」

 

「……」

 

「選ばれなかった人間を救う? そのために執着を減らして、自傷を抑制して、再選択の可能性を維持する?」

 

荼毘は、低い声で言った。

 

「そんなもん、救済の顔をした管理だろ」

 

死神は、否定しなかった。

 

出久も、すぐには答えられなかった。

 

誰かを救いたいと願うこと。

 

そのために、仕組みを作ること。

 

その仕組みが、本人の意思を無視して動き始めたとき。

 

救済は、支配に変わる。

 

たとえ、その始まりが、誰かの善意だったとしても。

 

画面が、再び切り替わった。

 

『第一記録者は、選ばれなかった』

 

『第一記録者は、他者を選ぶことを恐れた』

 

『第一記録者は、自分が再び誰かを愛することを拒絶した』

 

そして、最後に。

 

『第一記録者は、現在も生存している可能性がある』

 

出久は、顔を上げた。

 

「……生きてる?」

 

死神が、端末を確認する。

 

「断定はできない。これは記録上の推定だ」

 

「でも、可能性はあるんだよね?」

 

「ああ」

 

出久は、拳を握った。

 

もし、第一記録者が今も生きているのなら。

 

その人は、今も自分自身を選べずにいるのだろうか。

 

それとも、すでに別の人生を歩んでいるのだろうか。

 

そして、なぜこの記録を残したのか。

 

何を失い、何を願い、何を諦めたのか。

 

その答えを知ることは、記録を読むだけではできない。

 

出久は、画面を見つめた。

 

「……会いに行こう」

 

死神が、彼を見た。

 

「どこへ?」

 

「第一記録者が生きている可能性があるなら、探したい」

 

出久は、はっきりと言った。

 

「この記録を残した人が、今も自分を選べずにいるのなら……僕は、その人に会いたい」

 

死神は、しばらく彼を見つめていた。

 

「……会って、何をする?」

 

出久は、少しだけ考えた。

 

「分からない」

 

正直な答えだった。

 

「何を言えばいいのかも、何ができるのかも、まだ分からない。でも、少なくとも、会う前からその人の人生を諦めたくない」

 

死神は、静かに頷いた。

 

「そうか」

 

しかし、死柄木は、出久の言葉を聞いて、低く笑った。

 

「……お前、相変わらずだな」

 

「え?」

 

「誰かが苦しんでると知ったら、会いに行く。何ができるか分からなくても、行こうとする」

 

死柄木は、出久を見つめた。

 

「じゃあ、もしそいつが、お前に会いたくないって言ったらどうする?」

 

出久は、黙った。

 

死柄木は、続けた。

 

「もし、そいつが、自分の人生に誰も関わってほしくないって言ったら?」

 

「……」

 

「もし、そいつが、お前の助けなんかいらねえって言ったら?」

 

出久は、ゆっくりと息を吸った。

 

「……そのときは、無理に助けようとはしない」

 

死柄木は、目を細めた。

 

「本当に?」

 

「うん」

 

出久は、頷いた。

 

「でも、その人が誰かに助けてほしいと思ったとき、手を伸ばせる場所にはいたい」

 

死柄木は、何も言わなかった。

 

その答えが気に入ったのか。

 

気に入らなかったのか。

 

出久には、分からなかった。

 

ただ、死柄木の表情には、わずかな苛立ちと、何かを考え込むような影があった。

 

「……勝手にしろ」

 

彼は、踵を返した。

 

「ただし、俺はそいつを救うために来たわけじゃねえ」

 

「……うん」

 

「俺は、そいつが何をしたのかを見に来た」

 

死柄木は、扉の前で立ち止まった。

 

「誰にも選ばれなかった人間が、他人を救う仕組みを作った。その結果、何が起きたのか」

 

彼は、振り返った。

 

「そいつが作ったものが、誰かを自由にしたのか。それとも、別の誰かを縛ったのか」

 

死柄木の目が、鋭く光った。

 

「それを確かめるまでは、俺は何も許さねえ」

 

その言葉は、彼自身にも向けられているようだった。

 

自分が何を壊してきたのか。

 

何を救おうとしていたのか。

 

そして、何を壊すことで、自分の痛みを誤魔化してきたのか。

 

彼はまだ、答えを持っていない。

 

だからこそ、他人が作った救済の仕組みを、簡単に信じることもできなかった。

 

出久は、彼の背中を見つめた。

 

「……うん。僕も、確かめたい」

 

そのとき、端末が鳴った。

 

新しい記録が、ひとつ追加されている。

 

『第一記録者の所在地』

 

画面に、地図が表示された。

 

そこに示されていたのは、旧安寧管理区画の内部ではなかった。

 

現在も人々が生活している、街の一角だった。

 

出久は、その場所を見つめた。

 

そして、地図の下に表示された名前を見て、息を呑んだ。

 

『第一記録者の所在候補:保護対象者居住区』

 

昨日、患者番号零の記録を聞いた女性が暮らしている場所だった。

 

第三節 救われた人間は、救い主を選べるのか

「……待って」

 

出久は、地図を拡大した。

 

「この場所って、昨日の女性がいる医療施設だよね?」

 

「そうだ」

 

死神が答えた。

 

「記録上の所在地と、保護対象者の居住区が一致している」

 

「偶然じゃないの?」

 

ホークスが尋ねた。

 

「可能性はある。だが、無視できる一致ではない」

 

死神は、表示された座標を確認した。

 

「第一記録者が現在も生存しているとすれば、昨日の女性が本人である可能性も考えられる」

 

「でも、あの人は記憶を失っていた」

 

出久は言った。

 

「自分が誰なのかも、写真の相手が誰なのかも分からなかった。もし、あの人が第一記録者なら……どうして自分の記録を残したことまで忘れているんだろう」

 

「それを確かめる必要がある」

 

死神は、端末を閉じた。

 

「ただし、本人であると決めつけて接するな」

 

「うん」

 

「記録が示しているのは、所在地の一致だけだ。記憶を失った女性が第一記録者本人なのか、それとも記録の影響を受けている別の人物なのか、現時点では分からない」

 

ミッドナイトが、静かに頷いた。

 

「本人が何を望んでいるのか、まず確かめましょう」

 

その言葉に、出久は顔を上げた。

 

「……そうだね」

 

昨日の女性に会いに行く。

 

しかし、何を話すべきなのか。

 

第一記録者かもしれないと告げるべきなのか。

 

自分が誰なのかを知るために、記録を見せるべきなのか。

 

それとも、何も告げず、彼女が自分から話し始めるのを待つべきなのか。

 

考えれば考えるほど、分からなくなっていく。

 

情報を伝えなければ、彼女は自分の人生を選ぶための手がかりを得られない。

 

だが、伝え方を間違えれば、彼女がまだ知らない自分の過去を、一方的に押しつけてしまう。

 

「……難しいね」

 

出久が呟くと、ミッドナイトが頷いた。

 

「ええ。だからこそ、本人に確認するのよ」

 

「でも、もし本人が、自分の過去を知りたくないって言ったら?」

 

「そのときは、知りたくないという意思を尊重する」

 

ミッドナイトは、はっきりと言った。

 

「ただし、本人が知らないままでいることを選ぶのと、誰かが情報を隠して、本人に選択肢を与えないことは違うわ」

 

出久は、目を見開いた。

 

「……選ぶための情報を渡すことと、選択そのものを強制することは違うんだね」

 

「そういうこと」

 

ミッドナイトは微笑んだ。

 

「そして、情報を渡したからといって、相手が必ずそれを受け入れる必要もない」

 

荼毘が、壁にもたれたまま口を開いた。

 

「ずいぶん面倒な話だな」

 

「人間の人生は、面倒なものよ」

 

ミッドナイトは、荼毘を見た。

 

「簡単な答えで片づけられるなら、誰も苦労しないわ」

 

「……」

 

荼毘は、鼻を鳴らした。

 

「それで、本人が過去を知りたくないと言ったら、何もせずに帰るのか?」

 

「そうするしかない場合もあるでしょうね」

 

「その結果、そいつが一生、何も知らずに生きることになっても?」

 

ミッドナイトは、すぐには答えなかった。

 

そして、静かに言った。

 

「その人が自分で選んだ人生なら、私たちが勝手に失敗だと決めることはできないわ」

 

荼毘の表情が、わずかに歪んだ。

 

「……選んだ、ね」

 

彼は視線を落とした。

 

「人間は、自分で選んだと思ってることが、本当に自分の選択だったのかも分からねえんだよ」

 

誰も反論しなかった。

 

家族の期待。

 

社会の常識。

 

他人の評価。

 

生まれたときから与えられた役割。

 

そうしたものの中で、人は何を自分で選んだのか。

 

自分の意思だと思っていたものが、実は誰かの願いを内面化しただけだったとしたら。

 

その選択は、どこまで自分のものなのだろう。

 

荼毘は、顔を上げた。

 

「……行くぞ」

 

それ以上、何も言わなかった。

 

一行は、医療施設へ向かった。

 

誰かを救うために。

 

あるいは、自分たちが信じてきた救済の意味を、確かめるために。

 

医療施設に到着すると、女性は昨日と同じ部屋にいた。

 

窓際の椅子。

 

膝の上の写真。

 

静かな朝の光。

 

彼女は、出久たちの姿を見ると、少し驚いたように目を瞬かせた。

 

「……あら。皆さん、どうしたんですか?」

 

出久は、彼女の前で足を止めた。

 

「おはようございます」

 

「おはようございます」

 

女性は微笑んだ。

 

その笑顔を見た瞬間、出久は言葉に詰まった。

 

彼女は、何も知らない。

 

少なくとも、昨日の時点では。

 

自分が、誰かを救うための記録を残した人物かもしれないことも。

 

その記録が、誰かの人生に影響を与えているかもしれないことも。

 

そして、自分が誰かに選ばれなかったという事実を、どこかで抱えていたかもしれないことも。

 

彼女は、ただ、窓の外を見ていた。

 

これからどう生きるかを、少しずつ考え始めていた。

 

「……昨日の写真、まだ持っているんですね」

 

出久が言うと、女性は頷いた。

 

「はい。何だか、手放したくなくて」

 

彼女は写真を見つめた。

 

「この人が誰なのか、まだ分からないんですけど……」

 

少しだけ、困ったように笑う。

 

「この人が、私にとって大切な人だった気がするんです」

 

出久は、静かに頷いた。

 

「……そうなんですね」

 

「はい」

 

女性は写真を裏返した。

 

「でも、昨日、あなたが言ってくれたでしょう? 私がこの人をもう一度好きになるかどうかは、私が決めていいんだって」

 

「……うん」

 

「だから、私、少し考えてみたんです」

 

彼女は、窓の外へ視線を向けた。

 

「もし、この人が、私のことを忘れていたら」

 

出久は、息を止めた。

 

「もし、この人が、私のことをもう好きじゃなかったら」

 

女性は、穏やかな声で続けた。

 

「もし、この人が、別の誰かを愛していたら」

 

彼女は、一度だけ目を閉じた。

 

「……私は、きっと悲しいと思います」

 

出久は、何も言わなかった。

 

「寂しいし、悔しいし、どうして私じゃなかったんだろうって、考えると思います」

 

女性は、小さく笑った。

 

「もしかしたら、相手のことを嫌いになるかもしれません」

 

その言葉には、昨日よりも確かな実感があった。

 

彼女は、自分の感情を、以前よりも率直に語っていた。

 

「でも、だからって、この人の人生まで、私が決めることはできないんですよね」

 

出久は、頷いた。

 

「……うん」

 

「だったら、私も、自分の人生を決めていいんですよね」

 

「もちろん」

 

出久は答えた。

 

その言葉を聞いて、女性は安心したように微笑んだ。

 

「……よかった」

 

彼女は、写真を胸に抱いた。

 

「私、まだ、この人のことを好きなのかもしれません」

 

その瞬間、部屋の空気が変わった。

 

死神が、わずかに顔を上げる。

 

端末が、かすかに振動した。

 

しかし、女性は気づいていなかった。

 

「でも、好きだからって、この人と一緒にいなければいけないわけじゃないんですよね」

 

彼女は続けた。

 

「この人が私を選ばなかったとしても、私がこの人を好きだったことまで、間違いになるわけじゃない」

 

出久は、彼女を見つめた。

 

「……うん」

 

「それに」

 

女性は、少しだけ照れたように笑った。

 

「いつか、別の誰かを好きになるかもしれません」

 

その言葉に、トガが小さく反応した。

 

女性は、続ける。

 

「その人を好きになったら、今度は、その人とどんな時間を過ごしたいのか、ちゃんと考えたいです」

 

彼女は、写真を見下ろした。

 

「この人と過ごした時間が、本当にあったのなら。それを大切にしたまま、別の誰かと幸せになることだって、できるのかもしれません」

 

出久は、胸の奥が温かくなるのを感じた。

 

彼女は、少しずつ、自分の人生を取り戻し始めている。

 

失われた記憶を取り戻したわけではない。

 

過去の真実を知ったわけでもない。

 

それでも、彼女は自分で未来を考え始めていた。

 

「……ありがとうございます」

 

出久が言うと、女性は不思議そうに首を傾げた。

 

「どうして、あなたがお礼を言うんですか?」

 

「……え?」

 

「私が、自分の人生を考え始めただけですよ?」

 

彼女は、笑った。

 

「あなたが私の人生を決めたわけじゃないでしょう?」

 

出久は、言葉を失った。

 

女性は、少しだけ首を傾げた。

 

「……違いましたか?」

 

「……ううん」

 

出久は、ゆっくりと笑った。

 

「その通りだよ」

 

彼女は、満足そうに頷いた。

 

「よかった」

 

そのとき。

 

端末が、はっきりと音を立てた。

 

死神が、画面を確認する。

 

表示された文字を見た瞬間、彼の表情が凍りついた。

 

『第一記録者の自己選択を確認』

 

『自発的な未来選択を検出』

 

『記録者の同意を確認』

 

そして。

 

『第一記録者:本人』

 

出久は、息を呑んだ。

 

女性が、第一記録者だった。

 

だが、それは彼女が過去の記録を覚えているという意味ではない。

 

彼女が、かつて何を作ったのか。

 

何を失ったのか。

 

誰に選ばれなかったのか。

 

そのすべてを、今すぐ知る必要があるという意味でもない。

 

ただ、彼女が今、自分の未来を自分で選ぼうとしている。

 

その事実を、記録が認識したのだ。

 

画面に、新たな文章が表示された。

 

『第一記録者の願いを再評価』

 

『旧定義:選ばれなかった者を救済する』

 

『新定義:選ばれなかった者が、自分の未来を選択できる状態を維持する』

 

死神は、長い沈黙の後、呟いた。

 

「……変わった」

 

「何が?」

 

出久が尋ねる。

 

「記録の目的だ」

 

死神は、画面を見つめた。

 

「この記録は、以前は対象者を救済するための仕組みとして定義されていた。だが、今は違う」

 

彼は、女性を見た。

 

「対象者が自分で未来を選べる状態を維持すること。それが、目的になっている」

 

ミッドナイトが、静かに頷いた。

 

「……誰かを幸せにする仕組みから、誰かが幸せを選べる仕組みに変わったのね」

 

女性は、二人の会話を聞いて、不思議そうに瞬きをした。

 

「……あの」

 

出久は、すぐに彼女へ向き直った。

 

「ごめんなさい。少し、説明してもいいかな?」

 

女性は、しばらく考えた。

 

そして、頷いた。

 

「はい。お願いします」

 

出久は、彼女の前に座った。

 

「実は、昨日、僕たちは、あなたに関係しているかもしれない記録を見つけたんだ」

 

女性の表情が、わずかに変わった。

 

「……私に?」

 

「うん。でも、まだ全部が分かったわけじゃない」

 

出久は、慎重に言葉を選んだ。

 

「その記録を見れば、あなたが以前、何を経験したのかを知る手がかりが得られるかもしれない。ただし、見たからといって、必ず記憶が戻るわけじゃないし、つらいことを思い出す可能性もある」

 

女性は、黙って聞いていた。

 

「だから、無理に見てほしいとは思っていないんだ。今は知りたくないなら、見なくてもいい」

 

出久は、彼女の目を見た。

 

「でも、もし知りたいと思うなら、僕たちは一緒に調べることができる」

 

女性は、しばらく黙っていた。

 

そして、膝の上の写真を見つめた。

 

「……私が、決めていいんですね?」

 

「うん」

 

出久は頷いた。

 

「あなたが決めていい」

 

女性は、目を閉じた。

 

数秒後。

 

彼女は、ゆっくりと口を開いた。

 

「……今は、見たくありません」

 

出久は、驚かなかった。

 

「分かった」

 

女性は、申し訳なさそうに笑った。

 

「ごめんなさい」

 

「謝らなくていいよ」

 

出久は、はっきりと言った。

 

「見ないことも、あなたの選択だから」

 

女性は、少しだけ安心したように頷いた。

 

「ありがとうございます」

 

死神は、静かに端末を閉じた。

 

その瞬間、画面に最後の文字が浮かび上がった。

 

『第一記録者の意思を確認』

 

『記録の閲覧を保留』

 

『保留状態を維持』

 

『対象者の選択を尊重』

 

誰も、記録を消さなかった。

 

誰も、彼女に見せようとしなかった。

 

誰も、彼女の選択を誤りだと決めつけなかった。

 

彼女は、自分の過去を知る権利を持っている。

 

同時に、今すぐ知ることを拒む権利も持っている。

 

その両方が認められた瞬間。

 

出久は、ようやく理解した。

 

誰かを救うということは、その人が救われ方を選ぶ権利まで奪わないことなのだ。

 

第四節 選ばれなかった人間の、醜い願い

「……それで終わりか?」

 

医療施設を出た直後、死柄木が言った。

 

「何が?」

 

出久が振り返る。

 

「記録だよ」

 

死柄木は、施設の窓を見上げた。

 

「自分の過去を知りたくない。だから、見ない。それで記録の目的が変わりました、めでたしめでたしってか?」

 

「……そういうわけじゃない」

 

「なら、何だ?」

 

死柄木は、出久を睨んだ。

 

「その女が今、自分の人生を選べたとして、過去に何があったのかは消えねえだろ」

 

出久は、答えなかった。

 

「そいつが誰かに捨てられたのなら、捨てられた事実は残る。誰かに裏切られたのなら、裏切られた事実は残る。誰かを愛して、その相手に選ばれなかったのなら、その痛みがなかったことになるわけじゃねえ」

 

死柄木は、拳を握った。

 

「……それでも、自分で選べば幸せになれるって言うのか?」

 

「……言わないよ」

 

出久は、静かに答えた。

 

「自分で選べば、必ず幸せになれるなんて、僕には言えない」

 

死柄木の眉が動いた。

 

「選んだ結果、失敗することもあると思う。誰かを信じて、また裏切られることもあるかもしれない。自分で決めたことを、後悔することだってある」

 

出久は、目を逸らさなかった。

 

「それでも、誰かに人生を決められるのとは違うと思うんだ」

 

「……」

 

「自分で選んだ道なら、何が起きたのかを、自分で考えることができる。間違っていたと思ったら、別の道を選ぶこともできる。もちろん、取り返しがつかないこともある。でも、最初から誰かに選択肢を奪われていたら、その可能性すら残らない」

 

死柄木は、しばらく黙っていた。

 

そして、低い声で言った。

 

「……お前は、いつもそうだ」

 

「え?」

 

「誰かが選べることを、何より大切にする」

 

死柄木は、笑った。

 

「じゃあ聞くぞ。俺が、世界を壊すことを選んだら?」

 

出久は、息を止めた。

 

「俺が、自分の人生をめちゃくちゃにした世界を壊したいと願ったら。誰かを傷つけることも、何かを奪うことも承知のうえで、それでも壊すと決めたら」

 

死柄木の目が、鋭く光った。

 

「お前は、俺の自由を尊重するのか?」

 

出久は、すぐには答えなかった。

 

死柄木の言葉は、挑発だけではない。

 

彼は、本当に聞いているのだ。

 

自分の選択が、誰かの正しさと衝突したとき。

 

自分が誰かの人生を壊す側に立ったとき。

 

それでも、自分の自由は認められるのか。

 

「……君が何を選ぶかは、君が決めることだよ」

 

出久は、ゆっくりと答えた。

 

「でも、君が何をしても、僕がそれを見過ごすって意味じゃない」

 

死柄木の表情が変わった。

 

「……何?」

 

「君には、自分の人生を選ぶ権利がある。でも、君が誰かの人生を奪ったとき、その人が傷ついたことまで、君の自由だから仕方ないって片づけることはできない」

 

出久は、拳を握った。

 

「僕は、君を止めることがあると思う。君が誰かを傷つけるなら、止めたい。でも、それは君が選ぶ権利を持っていないからじゃない」

 

「……」

 

「君が選んだことによって、別の誰かの選択肢が奪われるかもしれないからだよ」

 

死柄木は、出久を見つめた。

 

出久は、続けた。

 

「君が傷ついたことは、本当だと思う。君が怒っていることも、憎んでいることも、否定したくない。でも、君が受けた傷を理由に、君が別の誰かを傷つけることまで、正しいことにはできない」

 

長い沈黙。

 

死柄木は、やがて小さく笑った。

 

「……やっぱり、お前は気に入らねえ」

 

「……うん」

 

「だが」

 

死柄木は、視線を逸らした。

 

「少なくとも、俺の願いを聞く前から、俺のことを怪物だと決めつけているわけじゃねえんだな」

 

出久は、目を見開いた。

 

死柄木は、それ以上何も言わなかった。

 

ただ、歩き始めた。

 

出久は、その背中を見つめた。

 

自分の願いを認められること。

 

自分の行動を許されること。

 

その二つは、違う。

 

そして、その違いを理解することは、簡単ではない。

 

自分の痛みを認めてもらうことと、自分の痛みを理由に誰かを傷つけることを許してもらうことも、同じではない。

 

出久は、その境界を忘れたくなかった。

 

誰かを救うために。

 

そして、救うという言葉で、誰かの罪まで消してしまわないために。

 

その日の午後。

 

ホークスは、医療施設から少し離れた公園にいた。

 

隣には、荼毘が座っている。

 

二人の間には、微妙な距離があった。

 

互いに、相手を完全に信用しているわけではない。

 

しかし、今は敵意を剥き出しにする必要もなかった。

 

「……なあ」

 

荼毘が口を開いた。

 

「何?」

 

「お前、選ばれなかったことはあるか?」

 

ホークスは、少しだけ目を細めた。

 

「……いきなりだね」

 

「答えたくないなら、いい」

 

「いや、答えられるよ」

 

ホークスは、空を見上げた。

 

「あるよ」

 

荼毘は、黙っていた。

 

「選ばれたこともある。必要とされたこともある。期待されたこともある。でも、それが全部、自分が望んでいたものだったかと言われると……そうでもない」

 

ホークスは、苦笑した。

 

「誰かに選ばれることって、思っているほど単純じゃないんだよね」

 

「……」

 

「選ばれたからって、自分が自由になれるとは限らない。必要とされたからって、その人の望む自分にならなきゃいけないわけでもない」

 

ホークスは、荼毘を見た。

 

「逆に、選ばれなかったからって、自分に価値がないことにもならない」

 

荼毘は、鼻で笑った。

 

「……簡単に言うな」

 

「そうだね」

 

ホークスは、否定しなかった。

 

「簡単には言えないことだと思う」

 

彼は、少しだけ間を置いた。

 

「でも、選ばれなかったことと、自分が何を選ぶかは、別の話だと思うんだ」

 

荼毘は、視線を落とした。

 

「……俺は、選ばれたかった」

 

その言葉は、あまりにも唐突だった。

 

ホークスは、何も言わなかった。

 

荼毘は、続けた。

 

「親父に。家族に。誰でもいいから、俺が俺であることを認めてほしかった」

 

彼は、拳を握った。

 

「……それだけだった」

 

風が吹いた。

 

公園の木々が揺れる。

 

「でも、選ばれなかった」

 

荼毘の声は、静かだった。

 

「俺じゃなくて、別の誰かが選ばれた。俺が望んだものは、別の誰かのために使われた。俺が欲しかったものは、俺以外の誰かに与えられた」

 

ホークスは、目を伏せた。

 

「……うん」

 

「だから、俺は壊したかった」

 

荼毘は、笑った。

 

「俺を選ばなかった奴らが、何も失わずに幸せになるなんて、許せなかった」

 

その言葉には、長年抱えてきた怒りがあった。

 

自分が受けた苦しみを、なかったことにされたくない。

 

自分が失ったものを、他人だけが持っていることを許せない。

 

自分を選ばなかった者たちが、何事もなかったかのように生きていくことを、認めたくない。

 

そうした感情は、きれいな言葉で説明できるものではなかった。

 

「……今でも、そう思うことはある」

 

荼毘は言った。

 

「俺を選ばなかった奴らが、俺の知らないところで幸せになっていたら、腹が立つ」

 

ホークスは、静かに聞いていた。

 

「俺がいないほうが幸せだったって言われてるみたいでな」

 

荼毘は、笑った。

 

「……馬鹿みたいだろ」

 

「いや」

 

ホークスは、首を横に振った。

 

「馬鹿みたいだとは思わない」

 

荼毘は、意外そうに彼を見た。

 

「ただ、君が何をしたのかは、別の話だと思う」

 

ホークスは、まっすぐに言った。

 

「君が傷ついたことは否定しない。でも、君が誰かを傷つけたことも、なかったことにはできない」

 

荼毘は、黙っていた。

 

「君が家族を憎むことを、俺が禁止することはできない。君が許せないと思うことも、君の感情だ。でも、君がその怒りをどう扱うかは、君自身が考えなきゃいけない」

 

ホークスは、続けた。

 

「誰かを傷つけることでしか、自分が傷ついたことを証明できないなら、君はずっと、誰かを傷つけ続けなきゃいけなくなる」

 

荼毘は、目を伏せた。

 

「……分かってるよ」

 

「本当に?」

 

「……分かってるって言ってんだろ」

 

ホークスは、静かに頷いた。

 

「そっか」

 

しばらく沈黙が続いた。

 

やがて、荼毘が口を開いた。

 

「……なあ、鷹」

 

「何?」

 

「もし、俺が今から、別の人生を選んだら」

 

ホークスは、彼を見た。

 

「……ああ」

 

「それでも、お前は俺を許さないだろ?」

 

ホークスは、少しだけ考えた。

 

「許せるかどうかは、分からない」

 

荼毘は、鼻で笑った。

 

「だろうな」

 

「でも、君が別の人生を選ぶことまで、否定するつもりはない」

 

荼毘は、黙った。

 

「君がこれまで何をしたのか。誰を傷つけたのか。それは、これからも向き合わなきゃいけないことだと思う。でも、それを理由に、君がこれから何を選ぶかまで、俺が決めるつもりはない」

 

ホークスは、静かに言った。

 

「君が変わるかどうかは、君が決めることだから」

 

荼毘は、しばらく彼を見つめていた。

 

そして、ゆっくりと笑った。

 

「……本当に、気に入らねえ奴だな」

 

「よく言われるよ」

 

「誰にだよ」

 

「さあ?」

 

ホークスは、肩をすくめた。

 

荼毘は、立ち上がった。

 

「……俺は、まだ許すつもりはねえ」

 

「うん」

 

「誰かを許すために、生きてるわけじゃねえからな」

 

「そうだね」

 

荼毘は、歩き出した。

 

数歩進んでから、立ち止まる。

 

「……でも」

 

ホークスが顔を上げた。

 

「俺が、俺自身のことまで許さないまま生きる必要があるのかは……」

 

荼毘は、言葉を切った。

 

その先を、口にすることはできなかった。

 

自分が自分を許す。

 

それは、過去の罪を消すことなのか。

 

自分が受けた傷を認めることなのか。

 

それとも、これからの人生を選ぶことなのか。

 

荼毘には、まだ分からない。

 

「……考えとく」

 

それだけ言って、彼は歩き去った。

 

ホークスは、その背中を見送った。

 

彼が、明日、何を選ぶのかは分からない。

 

再び誰かを傷つけるかもしれない。

 

過去の怒りに囚われ続けるかもしれない。

 

それでも、今日、彼が「考える」と言ったことまで、嘘だと決めつける必要はない。

 

ホークスは、空を見上げた。

 

誰かを許すことと、誰かの未来を閉ざさないこと。

 

それは、同じではない。

 

そして、誰かを許せないまま、その相手の未来を認めることも、できるのかもしれなかった。

 

第五節 選ばれなかった者の、最後の願い

夜。

 

死神は、一人で旧安寧管理区画に戻っていた。

 

第一記録者の記録は、保護対象者が閲覧を拒否したことで、いったん保留状態に入っている。

 

そのはずだった。

 

しかし、死神が端末を起動すると、画面には新たな項目が追加されていた。

 

『第一記録者の過去記録』

 

『閲覧条件:記録対象者本人の意思』

 

『現時点の状態:保留』

 

そして、その下に。

 

『記録対象者以外への開示:許可』

 

死神は、目を細めた。

 

「……何を考えている」

 

彼は、画面に向かって呟いた。

 

記録対象者本人には、閲覧するかどうかを選ぶ権利がある。

 

だが、本人が拒否した記録を、他者が閲覧できるというのは、矛盾している。

 

記録を作った者が、自分の過去を他人に見せることを望んでいたのか。

 

それとも、記録そのものが、本人の意思とは別に動き始めているのか。

 

死神は、慎重に操作した。

 

『記録の閲覧を開始しますか?』

 

彼は、すぐには答えなかった。

 

記録を閲覧することが、本人の選択を尊重することにつながるのか。

 

それとも、本人が拒否した過去を、勝手に掘り起こすことになるのか。

 

死神は、目を閉じた。

 

かつて、彼は誰かを見送った。

 

その人物の名前を忘れた。

 

顔も、声も、思い出せない。

 

それでも、最後に言われた言葉だけは残っている。

 

――あの人が幸せなら、それでいい。

 

――でも、私も一緒に幸せになりたかった。

 

死神は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……私は、何を選ぶべきなのだろうな」

 

画面は、何も答えなかった。

 

やがて、死神は操作を中断した。

 

「今は、見ない」

 

彼は、静かに言った。

 

「本人が拒否した以上、その意思を無視してまで知る必要はない」

 

その瞬間。

 

画面に、新しい文字が浮かび上がった。

 

『閲覧者の選択を確認』

 

『記録の保留を維持』

 

『記録者の意思を尊重』

 

死神は、画面を見つめた。

 

そして、ほんの少しだけ笑った。

 

「……そうか」

 

記録は、彼の選択を受け入れた。

 

彼が何を知りたいのか。

 

何を知らずにいたいのか。

 

そのどちらも、彼自身が決めていい。

 

その事実を確認したとき、死神は、かつて見送った人物のことを、少しだけ近くに感じた。

 

名前は思い出せない。

 

顔も、声も、まだ分からない。

 

それでも、もう一度会いたいと願うことはできる。

 

そして、もし再び出会えたなら。

 

その人物が、自分と会いたくないと望んでいたとしても。

 

その選択を、聞くことができる。

 

死神は、端末を閉じた。

 

だが、その直後。

 

部屋の奥で、誰かの声がした。

 

「……あなたは、いつもそうなのですね」

 

死神は、振り返った。

 

そこには、誰もいない。

 

しかし、声は続いた。

 

「自分が知りたいことよりも、相手が望むことを優先する」

 

死神は、静かに答えた。

 

「それが、正しいとは限らない」

 

「では、なぜ?」

 

「……分からない」

 

死神は、目を伏せた。

 

「ただ、相手が望んでいないことを、知りたいという理由だけで行うのは、違うと思う」

 

声は、しばらく沈黙した。

 

そして、静かに言った。

 

「……あなたは、その人に選ばれたかったのですか?」

 

死神の呼吸が、止まった。

 

「……何?」

 

「あなたが見送った人です」

 

声は、続けた。

 

「その人に、もう一度会いたいのですか?」

 

死神は、答えなかった。

 

「その人が、あなた以外の誰かを選んでいたとしても?」

 

沈黙。

 

「その人が、あなたのことを忘れていたとしても?」

 

死神は、ゆっくりと目を閉じた。

 

そして、ようやく答えた。

 

「……会いたい」

 

その言葉は、驚くほど小さかった。

 

「名前も思い出せない。顔も、声も分からない。それでも、会いたいと思う」

 

声は、何も言わなかった。

 

「だが」

 

死神は、続けた。

 

「私が会いたいと思うことと、相手が私に会いたいと思うことは違う」

 

彼は、静かに言った。

 

「私が会いたいからといって、相手が会わなければならないわけではない」

 

長い沈黙が続いた。

 

そして、声が尋ねた。

 

「……それでも、会いたいのですね」

 

「……ああ」

 

死神は、頷いた。

 

「会いたいと思うことまで、捨てる必要はない」

 

その瞬間。

 

部屋の奥に、微かな光が浮かび上がった。

 

人影のようにも見える。

 

だが、輪郭は定まらない。

 

顔もない。

 

名前もない。

 

ただ、そこに何かが存在しているという感覚だけがあった。

 

死神は、その存在を見つめた。

 

「……お前は、誰だ?」

 

存在は、答えなかった。

 

代わりに、問いを投げかけた。

 

「あなたは、相手が自分を選ばなかったとしても、その相手を愛せますか?」

 

死神は、目を細めた。

 

「……愛せるかどうかは、分からない」

 

「なぜ?」

 

「愛するという言葉で、すべてを説明できるとは思わないからだ」

 

死神は、静かに答えた。

 

「相手を失いたくないと思うこと。相手の幸せを願うこと。相手に会いたいと思うこと。相手に自分を選んでほしいと願うこと。それらは、すべて同時に存在する」

 

彼は、存在を見つめた。

 

「そして、その願いが矛盾しているからといって、どれか一つを偽物だと決める必要はない」

 

存在は、わずかに揺らいだ。

 

「……では、相手が自分を選ばなかったとき、何を願えばいいのでしょうか?」

 

死神は、すぐには答えなかった。

 

やがて、静かに口を開いた。

 

「……自分が、何を望んでいるのかを考えればいい」

 

「それだけですか?」

 

「ああ」

 

死神は頷いた。

 

「相手に選ばれたかったのなら、そう願えばいい。もう一度会いたいのなら、そう願えばいい。相手が幸せであってほしいのなら、そう願えばいい」

 

彼は、一度だけ言葉を切った。

 

「だが、その願いを叶えるために、相手の選択を奪う必要はない」

 

存在は、沈黙した。

 

死神は、続けた。

 

「そして、自分が選ばれなかったからといって、自分自身を選ぶことまで諦める必要もない」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

存在の輪郭が、ほんの少しだけ明瞭になった。

 

顔はない。

 

名前もない。

 

しかし、その姿は、どこか寂しそうに見えた。

 

「……私は」

 

声が震えた。

 

「私は、誰かに選ばれたかった」

 

死神は、何も言わなかった。

 

「誰かに、自分を必要としてほしかった」

 

存在は、続けた。

 

「誰かに、自分がここにいてもいいと、言ってほしかった」

 

死神は、静かに目を伏せた。

 

「……そうか」

 

「でも、誰も私を選ばなかった」

 

その言葉には、深い悲しみがあった。

 

「だから、私は考えました。誰も私を選ばないのなら、誰も選ばなくてもいい世界を作ればいいのではないかと」

 

死神は、顔を上げた。

 

「……何?」

 

存在は、静かに続けた。

 

「誰かが誰かを選ぶから、選ばれない者が生まれる。誰かが誰かを愛するから、愛されない者が生まれる。誰かが誰かを必要とするから、必要とされない者が生まれる」

 

声は、次第に強くなった。

 

「ならば、選ぶ必要がなければいい。愛する必要がなければいい。誰かを必要とする必要がなければいい」

 

死神の表情が変わった。

 

その考え方。

 

その論理。

 

それは、安寧システムの根幹にある思想と、あまりにも似ていた。

 

「……お前は」

 

死神は、低い声で言った。

 

「安寧システムを作ったのか?」

 

存在は、答えなかった。

 

ただ、静かに言った。

 

「私は、誰も選ばなくていい世界を願いました」

 

その瞬間、死神の端末が激しく振動した。

 

『未知の存在との接続を検出』

 

『記録者の識別情報:不明』

 

『安寧システムとの関連性:未確定』

 

『自動平和維持機構との関連性:未確定』

 

『第一記録者との関連性:未確定』

 

そして、最後に。

 

『分類不能』

 

死神は、画面を見つめた。

 

「……違う」

 

彼は、静かに呟いた。

 

「お前は、誰も選ばなくていい世界を作りたかったのではない」

 

存在が、揺らいだ。

 

「……何を?」

 

死神は、まっすぐに答えた。

 

「お前は、誰かに選ばれたかったのだ」

 

沈黙。

 

「そして、選ばれなかった自分を、もう一度傷つけることが怖かった」

 

存在の輪郭が、崩れかけた。

 

「だから、選ぶことそのものを、世界からなくそうとした」

 

死神は、続けた。

 

「誰も誰かを選ばなければ、誰も選ばれない。誰も誰かを愛さなければ、誰も愛されない。誰も誰かを必要としなければ、誰も必要とされない」

 

彼は、静かに言った。

 

「それなら、お前は、もう二度と選ばれないことに傷つかずに済む」

 

存在は、何も言わなかった。

 

死神は、目を伏せた。

 

「……だが、それは、お前が望んでいた世界ではないはずだ」

 

存在が、かすかに震えた。

 

「私は……」

 

言葉が途切れる。

 

「私は、ただ……」

 

声が、消えた。

 

光が、薄れていく。

 

死神は、手を伸ばしかけた。

 

だが、止めた。

 

その存在が何を望んでいるのか、まだ分からない。

 

手を伸ばすことが救いになるのか。

 

それとも、望んでいない接触になるのか。

 

死神には、判断できなかった。

 

だから、彼は手を下ろした。

 

そして、静かに言った。

 

「……話したくなったら、聞こう」

 

光は、完全に消えた。

 

部屋には、誰もいなくなった。

 

ただ、端末の画面に、一つの記録が残されていた。

 

『未知の存在の願い』

 

『第一候補:選ばれたい』

 

『第二候補:選ばれなくても、存在を認められたい』

 

『第三候補:誰も選ばない世界を作りたい』

 

そして、その下に。

 

『願いの優先順位:不明』

 

死神は、その記録を見つめた。

 

誰も選ばない世界。

 

それは、誰も傷つかない世界に見えるかもしれない。

 

しかし、そこには、誰かを選びたいという自由もない。

 

誰かを愛したいという願いもない。

 

誰かに愛されたいという願いもない。

 

選ばれない痛みを消すために、選ぶことそのものを消してしまう。

 

それは、救済なのだろうか。

 

それとも、選ばれなかった者が、自分の痛みを二度と感じないために作り上げた、巨大な逃避なのだろうか。

 

死神は、答えを出さなかった。

 

ただ、端末を閉じる前に、一つだけ記録を追加した。

 

『未分類の願いを、本人の意思確認なしに変更しない』

 

彼は、静かに言った。

 

「……お前の願いを、私が決めることはできない」

 

そして、部屋を後にした。

 

第六節 オール・フォー・ワンは、救済を信じない

「なるほど。実に興味深い」

 

暗闇の中で、男の声が響いた。

 

オール・フォー・ワンは、複数の画面に表示された記録を眺めていた。

 

彼の前には、旧安寧管理区画から取得された断片的な情報が並んでいる。

 

第一記録者。

 

患者番号零。

 

選ばれなかった者の記録。

 

そして、識別不能の存在。

 

すべてが断片的であり、互いの関係も確定していない。

 

それでも、彼は満足そうに笑っていた。

 

「人間というものは、本当に興味深いね」

 

誰に向けた言葉でもなかった。

 

「自分が選ばれなかったことを嘆きながら、他人を選ぶ権利は手放したくない。誰かに愛されたいと願いながら、愛されることを強制してはいけないと理解している」

 

彼は、指を組んだ。

 

「矛盾しているようで、実に合理的だ」

 

画面の一つに、緑谷出久の映像が表示される。

 

出久が、第一記録者の閲覧を強制しないと決めた場面。

 

その映像を、オール・フォー・ワンは何度も再生していた。

 

「緑谷出久。君は、誰かの自由を尊重することが、必ずしもその人物を救うことにつながらないと理解している」

 

彼は笑った。

 

「それでも、自由を守ることを選ぶ」

 

映像が切り替わる。

 

死柄木弔が、出久に問いかけた場面。

 

荼毘が、ホークスに自分の過去を語った場面。

 

死神が、未知の存在に手を伸ばしかけて、止めた場面。

 

「君たちは、相手を救うために、相手の選択を奪わないことを正しいと考えている」

 

オール・フォー・ワンは、静かに言った。

 

「だが、その選択の結果、相手が自分自身を破滅へ導いたとしたら?」

 

彼は、画面を指で叩いた。

 

「それでも、君たちは見守るのかな?」

 

答えは、返ってこない。

 

「選ばれなかった人間が、誰かを憎み続けたら。誰かを傷つけることを選んだら。自分自身を傷つけることを選んだら」

 

彼は、楽しそうに笑った。

 

「そのとき、君たちは何をする?」

 

彼の背後で、別の画面が起動した。

 

『自動平和維持機構:観測継続』

 

『人間の選択に関する新規データを取得』

 

『保護と自由の優先順位:再評価中』

 

オール・フォー・ワンは、目を細めた。

 

「おや。君まで迷い始めたのか」

 

機構は、答えなかった。

 

「君は、人間から自由を奪えば平和が成立すると考えていた。悲しみを消し、愛着を管理し、選択を制限すれば、誰も傷つかない世界が作れると信じていた」

 

彼は、ゆっくりと立ち上がった。

 

「しかし、君は今、人間が自ら悲しみを選ぶ姿を見ている」

 

画面には、出久の言葉が表示されていた。

 

『僕は、忘れられたくない。でも、僕を忘れないことを、その人たちの義務にはしたくない』

 

オール・フォー・ワンは、その一文を読み上げた。

 

「……美しい言葉だ」

 

そして、笑った。

 

「だからこそ、危険なのだよ」

 

彼は、画面を閉じた。

 

「人間は、自分の願いを他人に強制しないことを美徳とする。だが、強制しないということは、結果を制御できないということでもある」

 

彼は、静かに言った。

 

「誰かを自由にすれば、その人は君の望まない未来を選ぶかもしれない。誰かを愛せば、その人は君を選ばないかもしれない。誰かを救えば、その人は君に感謝しないかもしれない」

 

彼の笑みが、深くなる。

 

「それでも、救うのか?」

 

画面に、新たな情報が表示された。

 

『第一記録者:本人の意思により、過去記録の閲覧を保留』

 

オール・フォー・ワンは、その表示を見て、声を立てずに笑った。

 

「なるほど。自分を救うための記録を作った者が、自分自身を救う機会を拒んだわけだ」

 

彼は、指先で机を叩いた。

 

「いや、違うな」

 

しばらく考えてから、訂正する。

 

「彼女は、自分を救う機会を拒んだのではない。自分がいつ、どのように救われるかを、他人に決めさせなかったのだ」

 

その違いを理解した瞬間、オール・フォー・ワンの笑みが消えた。

 

彼は、人間の願いを利用してきた。

 

人間が欲しがるものを与え、その見返りに、相手の選択を自分の利益へと誘導する。

 

相手が自分を必要とするように仕向ける。

 

相手が自分以外を選べなくなるように仕向ける。

 

そして、相手が自分を選んだという事実を、支配の根拠にする。

 

彼にとって、自由とは、利用できる可能性の集合だった。

 

だが、第一記録者は違った。

 

彼女は、自分を救うための仕組みを作った。

 

しかし、その仕組みが自分の意思を無視して救済を強制するなら、彼女はその救済を拒むことができる。

 

それは、彼女が作ったものに対してさえ、自分の意思を優先したということだった。

 

「……実に厄介だ」

 

オール・フォー・ワンは、呟いた。

 

彼にとって、最も扱いづらい人間とは、欲望を持たない人間ではない。

 

欲望を持ちながら、その欲望を利用されることを拒む人間だ。

 

そして、今。

 

そのような人間が、増え始めている。

 

緑谷出久。

 

死神。

 

第一記録者。

 

さらには、これまで自分の欲望を制御できずにいた者たちまで。

 

「さて」

 

オール・フォー・ワンは、別の画面を開いた。

 

「君たちが、どこまで自分の理想を守れるのか。見せてもらおうじゃないか」

 

彼は、新しい命令を入力した。

 

『選ばれなかった者の記録に対する接続経路を調査』

 

『第一記録者の意思を変更しない』

 

『記録の管理権限を取得』

 

一拍置いて、最後の命令を入力する。

 

『ただし、第一記録者が記録の閲覧を自発的に希望した場合、その接続を妨害しない』

 

彼は、満足そうに頷いた。

 

「救済を強制するつもりはない」

 

そして、静かに笑った。

 

「ただ、彼女が何を選ぶのか。その選択肢を、誰が握っているのかを知りたいだけだ」

 

その言葉が本心なのか。

 

新たな支配のための方便なのか。

 

彼自身にも、まだ区別する必要はなかった。

 

少なくとも今は。

 

第七節 トガヒミコは、好きな人の自由を許せるのか

夜の公園。

 

トガヒミコは、ブランコに腰かけていた。

 

隣のブランコには、トゥワイスが座っている。

 

二人とも、しばらく何も話さなかった。

 

やがて、トガが口を開いた。

 

「ねえ、ジン」

 

「何だ?」

 

「好きな人が、自分を選ばなかったら、どうする?」

 

トゥワイスは、すぐに答えた。

 

「諦める! 絶対に諦めない!」

 

トガが笑った。

 

「どっちなの?」

 

「分からない! 分かってる!」

 

トゥワイスは、頭を抱えた。

 

「……好きな人が自分を選んでくれなかったら、悲しいだろ」

 

「うん」

 

「悲しいし、寂しいし、どうしてだよって思う。俺じゃ駄目なのかって。俺の何が足りなかったんだって」

 

彼は、顔を伏せた。

 

「でも、相手が幸せなら、それでいいって思いたい」

 

トガは、静かに聞いていた。

 

「……思いたい、んだね」

 

「ああ」

 

トゥワイスは、頷いた。

 

「でも、思えないときもある」

 

その言葉に、トガは小さく笑った。

 

「……そっか」

 

彼女は、ブランコを揺らした。

 

「私ね、好きな人には、私のことを好きになってほしいんです」

 

トゥワイスは、顔を上げた。

 

「うん」

 

「私が好きな人には、私のことを見てほしい。私のことを知ってほしい。私のことを、必要としてほしい」

 

彼女は、笑った。

 

「私が好きなんだから、私のことも好きになってほしいって思っちゃう」

 

トゥワイスは、何も言わなかった。

 

「でも、それって、相手からしたら、すごく怖いことなのかもしれませんね」

 

トガは、足元を見つめた。

 

「私がどれだけ好きでも、相手が私を好きになるとは限らない。私がどれだけ一緒にいたくても、相手が一緒にいたいと思うとは限らない」

 

彼女は、ブランコを止めた。

 

「……分かってるんです」

 

その声は、いつもより静かだった。

 

「分かってるのに、好きになってほしいって思っちゃう」

 

トゥワイスは、ゆっくりと頷いた。

 

「それは、悪いことじゃないと思う」

 

トガが顔を上げた。

 

「……そうですか?」

 

「ああ」

 

トゥワイスは、笑った。

 

「好きになってほしいって思うことまで、悪いことにしたら、誰も恋なんかできないだろ」

 

トガは、目を丸くした。

 

「……ジン、たまにすごくいいこと言いますね」

 

「いつもだ! 全然言えてない!」

 

「どっちなの?」

 

「俺にも分からない!」

 

二人は、少しだけ笑った。

 

だが、その笑いは長く続かなかった。

 

トガは、再び足元を見つめた。

 

「……でも、好きな人が私を選ばなかったら、私はどうしたらいいんでしょう」

 

トゥワイスは、すぐには答えなかった。

 

彼自身も、答えを持っていない。

 

誰かに選ばれたいと思うこと。

 

誰かに必要とされたいと思うこと。

 

それでも、自分が望んだ形で相手に選ばれなかったとき。

 

どうすれば、その痛みを抱えたまま生きていけるのか。

 

彼は、考えた。

 

そして、ようやく答えた。

 

「……まずは、悲しんでいいんじゃないか」

 

トガは、顔を上げた。

 

「悲しんで、いい?」

 

「ああ」

 

トゥワイスは頷いた。

 

「相手の自由を尊重するからって、悲しんじゃいけないわけじゃないだろ」

 

彼は、自分の胸を指さした。

 

「相手が自分を選ばなかったことと、自分が傷ついたことは、別の話だ」

 

トガは、黙っていた。

 

「相手を責めないように頑張ることと、自分の悲しみをなかったことにすることも、違う」

 

トゥワイスは、静かに続けた。

 

「……悲しいなら、悲しいって言っていいと思う。寂しいなら、寂しいって言っていいと思う」

 

彼は、少しだけ笑った。

 

「それで、すぐに元気になれなくてもいいんじゃないか」

 

トガは、目を伏せた。

 

しばらくして、小さく頷いた。

 

「……うん」

 

彼女は、膝を抱えた。

 

「私、好きな人に選ばれなかったら、きっと、すごく悲しいです」

 

「うん」

 

「もしかしたら、その人のことを嫌いになるかもしれません」

 

「うん」

 

「それでも、いつか、また好きになれるかもしれない」

 

トゥワイスは、微笑んだ。

 

「そうだな」

 

トガは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……でも」

 

彼女の声が、少しだけ震えた。

 

「私、選ばれなかったからって、自分のことまで嫌いになりたくないです」

 

トゥワイスは、彼女を見つめた。

 

「……うん」

 

「私が好きになったことは、私が決めたことだから」

 

トガは、笑った。

 

「相手が私を選ばなかったからって、私が好きになった気持ちまで、間違いだったことにはしたくない」

 

トゥワイスは、何も言わなかった。

 

ただ、彼女の隣に座り続けた。

 

トガは、ブランコから降りた。

 

「……帰りましょう、ジン」

 

「おう!」

 

二人は、歩き始めた。

 

トガは、少しだけ空を見上げた。

 

誰かを好きになること。

 

誰かに好きになってほしいと願うこと。

 

そのどちらも、悪いことではない。

 

しかし、好きになってほしいという願いが、相手を自分のものにするための命令へと変わったとき。

 

愛は、別のものになってしまう。

 

トガは、その違いを、まだ完全には理解できていなかった。

 

それでも。

 

好きな人に選ばれなかったとき、自分自身を選ぶことまで諦めたくない。

 

そう思えたことは、彼女にとって、小さな一歩だった。

 

第八節 選ばれなかった者のために、何を残すのか

翌日。

 

出久たちは、再び第一記録者の記録へ接続した。

 

今度は、過去の映像を再生するためではない。

 

記録の目的が変化した理由を調べるためだった。

 

「……やっぱり、気になるんだよね」

 

出久は、端末を見つめた。

 

「第一記録者が自分の過去を知ることを拒否したのに、記録の目的は変わった。どうしてだろう」

 

死神が答えた。

 

「記録は、第一記録者の過去ではなく、現在の意思を基準に評価されたのかもしれない」

 

「つまり、今の彼女が自分で未来を選ぼうとしているから?」

 

「その可能性がある」

 

ミッドナイトは、画面を確認した。

 

「でも、それなら、記録を作った当初から、そういう仕組みにしておけばよかったんじゃないかしら」

 

「……そうだね」

 

出久は、考え込んだ。

 

第一記録者は、誰かに選ばれなかった。

 

その経験から、選ばれなかった者を救うための記録を作った。

 

しかし、最初の記録は、対象者の執着を減らし、苦痛を抑制し、再選択の可能性を維持することを目的としていた。

 

そこには、対象者が自分で何を望むのかを決める余地が、十分に残されていなかった。

 

それが、今は変わっている。

 

彼女自身が、記録を閲覧しないことを選んだからだ。

 

つまり、彼女は、自分を救うために作った仕組みを、自分の意思によって拒否した。

 

そして、その拒否が、仕組みの目的を変えた。

 

「……もしかしたら」

 

出久は、ゆっくりと口を開いた。

 

「この記録は、最初から完成していたわけじゃないのかもしれない」

 

死神が、彼を見た。

 

「どういう意味だ?」

 

「第一記録者は、誰かを救うために記録を作った。でも、最初は、自分が考えた方法で相手を救おうとしていたんじゃないかな」

 

出久は、画面を指した。

 

「自分が苦しんだから、ほかの人には同じ苦しみを味わってほしくなかった。だから、苦しみを減らす方法を考えた」

 

ミッドナイトが頷く。

 

「それ自体は、理解できるわ」

 

「うん。でも、その方法では、本人が何を望んでいるのかを十分に考えられなかった」

 

出久は、言葉を選びながら続けた。

 

「だから、今、第一記録者自身が、自分の過去を知ることを拒否したことで、記録のほうが変わったんじゃないかな」

 

死神は、しばらく黙っていた。

 

そして、静かに言った。

 

「……救うために作られた仕組みが、救われる側の意思によって、初めて救済の意味を理解し始めたということか」

 

「……そうかもしれない」

 

出久は頷いた。

 

画面には、新たな項目が表示されていた。

 

『第一記録者の未完了記録』

 

『対象者が選択するまで、記録を更新する』

 

『記録の最終目的:未確定』

 

「……まだ、完成していないんだ」

 

出久は呟いた。

 

「この記録は、第一記録者が自分で選ぶまで、ずっと変わり続けるのかもしれない」

 

そのとき、死神が別の項目を見つけた。

 

「……待て」

 

画面の下部に、小さな文字が表示されている。

 

『第二記録者』

 

『登録状態:未確定』

 

『登録条件:第一記録者以外の意思による自発的な記録の追加』

 

出久は、首を傾げた。

 

「第二記録者?」

 

死神が、画面を拡大する。

 

「第一記録者以外の人物が、自発的に記録を追加した場合、第二記録者として登録されるらしい」

 

「……誰でもなれるの?」

 

「条件を満たせば、そうなる可能性がある」

 

出久は、しばらく考えた。

 

「……じゃあ、第一記録者が作った仕組みに、別の誰かが、自分の経験を追加できるってこと?」

 

「そのように読める」

 

ミッドナイトは、静かに頷いた。

 

「それなら、この記録は、一人の人間のためのものではなくなるわね」

 

「うん」

 

出久は、画面を見つめた。

 

「誰かが選ばれなかった経験を持っていて、その経験を、誰かのために残したいと思ったら……」

 

彼は、そこで言葉を切った。

 

自分も、記録を残すことができるのだろうか。

 

自分が経験したこと。

 

自分が失ったもの。

 

自分が願ったこと。

 

それらを、誰かのために残すことができるのだろうか。

 

しかし、同時に思った。

 

自分の経験を、誰かのために残すということは、自分の経験を正解として提示することにもなりかねない。

 

自分が救われた方法が、ほかの誰かにとっても救いになるとは限らない。

 

自分が耐えられた痛みを、ほかの誰かが耐えられるとは限らない。

 

そして、自分が望んだ未来を、ほかの誰かが望んでいるとも限らない。

 

「……記録を追加するなら、気をつけないといけないね」

 

出久は、呟いた。

 

「自分が経験したことを、そのまま誰かの答えにしないように」

 

死神が、静かに頷いた。

 

「そうだな」

 

その瞬間、端末が光った。

 

『第二記録者の候補を検出』

 

出久たちは、一斉に画面を見た。

 

『候補者:緑谷出久』

 

「……え?」

 

出久は、目を見開いた。

 

『登録条件を確認』

 

『候補者は、自身の経験を他者のために記録する意思を有するか』

 

画面に、二つの選択肢が表示された。

 

『はい』

 

『いいえ』

 

出久は、息を呑んだ。

 

「……僕が?」

 

死神が、すぐに言った。

 

「触れるな」

 

「……うん」

 

出久は、手を止めた。

 

「まだ、分からないことが多すぎる」

 

「そうだ」

 

死神は、画面を見つめた。

 

「記録を追加することが何を意味するのか。どのような影響が発生するのか。それを確認するまでは、選択すべきではない」

 

出久は、頷いた。

 

だが、画面は消えなかった。

 

『候補者は、自身の経験を他者のために記録する意思を有するか』

 

問いが、繰り返される。

 

出久は、ゆっくりと息を吸った。

 

「……僕は」

 

言葉が止まった。

 

自分が経験したことを、誰かのために残す。

 

それは、できるかもしれない。

 

自分が誰かを助けられなかったこと。

 

自分が誰かを救いたいと思ったこと。

 

自分が、正しいと信じた選択をして、後悔したこと。

 

そうした経験が、誰かの役に立つのなら。

 

残したいと思う。

 

しかし。

 

「……僕は、まだ、答えを持っていない」

 

出久は、画面に向かって言った。

 

「誰かを救うために、何をすればいいのか。どこまで相手の意思を尊重すればいいのか。どんなときに止めるべきなのか」

 

彼は、拳を握った。

 

「僕は、まだ間違えると思う」

 

画面は、何も表示しなかった。

 

「だから、今の僕の答えを、そのまま誰かのための記録にすることはできない」

 

出久は、はっきりと言った。

 

「でも、僕が間違えたことも、悩んだことも、誰かを傷つけたことも……それを隠さずに残せるなら」

 

彼は、顔を上げた。

 

「いつか、記録を追加したい」

 

画面が、静かに明滅した。

 

『候補者の意思を確認』

 

『登録を保留』

 

『記録者の意思が確定するまで、登録を実行しない』

 

出久は、長い息を吐いた。

 

「……よかった」

 

ミッドナイトが微笑んだ。

 

「自分の答えがまだ分からないと、正直に伝えられたのね」

 

「うん」

 

出久は、頷いた。

 

「……分からないことを、分かったふりはしたくないから」

 

死神は、画面を見つめていた。

 

そして、小さく呟いた。

 

「……第一記録者が、自分の意思で記録を保留したように、お前も、自分の意思で登録を保留した」

 

出久は、顔を上げた。

 

「……そうだね」

 

「この記録は、誰かに答えを与えるためのものではないのかもしれない」

 

死神は、静かに続けた。

 

「誰かが、自分で答えを選べるようになるまで、その可能性を残しておくためのものなのだろう」

 

出久は、頷いた。

 

誰かに答えを教えること。

 

誰かが答えを選べるようにすること。

 

その二つは、似ているようで違う。

 

前者は、答えを与える側が主導権を持つ。

 

後者は、答えを選ぶ側に主導権がある。

 

そして、選ばれなかった者が必要としているのは、必ずしも、新しい答えではないのかもしれない。

 

自分の人生を、もう一度選ぶための余地。

 

その余地が、残されていること。

 

それだけで、明日へ進める人もいる。

 

もちろん、それだけでは足りない人もいる。

 

だからこそ、誰かのために残す記録は、完成してはいけないのかもしれなかった。

 

誰かが、新しい経験をする。

 

新しい問いを持つ。

 

新しい答えを選ぶ。

 

そのたびに、記録もまた、変わっていく。

 

出久は、画面を見つめた。

 

『記録の最終目的:未確定』

 

その文字は、まだ消えていなかった。

 

彼は、少しだけ笑った。

 

「……未確定でいいんだね」

 

死神は、頷いた。

 

「ああ。誰かの未来を、今の時点で確定させる必要はない」

 

二人は、端末を閉じた。

 

しかし、記録は終わっていなかった。

 

第一記録者は、まだ自分の過去を知ることを選んでいない。

 

出久も、まだ自分の経験を記録として残すことを決めていない。

 

そして、世界の外側にいる存在もまた、自分が何を願っているのかを理解できずにいる。

 

すべては、未確定だった。

 

それでも。

 

未確定であることは、何も存在しないという意味ではない。

 

まだ選んでいないということは、これから選べる可能性が残っているということだ。

 

出久は、その可能性を、今度こそ大切にしたいと思った。

 

誰かのために。

 

そして、自分自身のためにも。

 

第九節 選ばれなかった者は、誰かを選べるのか

その夜、第一記録者のいる病室では、小さな変化が起きていた。

 

女性は、ベッドの上で写真を見つめていた。

 

昼間、出久たちから過去の記録について説明を受けた。

 

自分に関係しているかもしれない記録。

 

自分が以前、何を経験したのかを知る手がかり。

 

そして、それを今すぐ知る必要はないということ。

 

彼女は、見ないことを選んだ。

 

その選択に、後悔はなかった。

 

少なくとも、今のところは。

 

しかし、夜になってから、彼女は何度も写真を取り出していた。

 

写真の中の人物は、相変わらず誰なのか分からない。

 

顔を見ても、名前を思い出せない。

 

声も、表情も、何一つ、はっきりとは浮かんでこない。

 

それでも。

 

写真の裏側には、薄く文字が残っていた。

 

昼間には気づかなかった、小さな文字。

 

女性は、指先でそっとなぞった。

 

そこには、こう書かれていた。

 

『あなたが私を選ばなくても、私はあなたを選んだことを後悔しない』

 

女性は、息を止めた。

 

「……これ」

 

文字を見つめる。

 

自分が書いたのだろうか。

 

それとも、写真の相手が書いたのだろうか。

 

分からない。

 

分からないのに。

 

なぜか、その文字を見ていると、胸が苦しくなった。

 

涙が出そうになった。

 

女性は、写真を握りしめた。

 

「……どうして」

 

声が震えた。

 

「どうして、こんなに……」

 

言葉にならなかった。

 

彼女は、写真を胸に抱いた。

 

そのまま、しばらく動かなかった。

 

やがて、彼女は顔を上げた。

 

窓の外には、夜空が広がっている。

 

彼女は、そこにいる誰かへ語りかけるように、静かに呟いた。

 

「……私は、あなたを選んだんですね」

 

返事はない。

 

「あなたが私を選んでくれたかどうかは、まだ分からないけれど」

 

彼女は、涙を拭った。

 

「それでも、私は、あなたを選んだ」

 

その言葉を口にした瞬間。

 

端末の画面が、静かに光った。

 

『第一記録者の自発的な過去認識を検出』

 

『記憶の復元要求ではありません』

 

『記録の閲覧要求ではありません』

 

『現在の意思による、過去の選択の承認』

 

女性は、画面を見つめた。

 

その下に、一つの項目が表示された。

 

『第一記録者の願い』

 

彼女は、しばらく迷っていた。

 

そして、ゆっくりと指を伸ばした。

 

『願いを記録する』

 

画面が切り替わった。

 

『あなたは、何を願いますか?』

 

女性は、目を閉じた。

 

もう一度、あの人に会いたい。

 

そう願うこともできた。

 

あの人に、自分を選んでほしい。

 

そう願うこともできた。

 

あの人が、自分を忘れていないでほしい。

 

そう願うこともできた。

 

どれも、本当の気持ちだった。

 

けれど、彼女は、そのどれもを選ばなかった。

 

しばらくして、女性は目を開いた。

 

そして、ゆっくりと入力した。

 

『私は、私を選びたい』

 

画面が、静かに明滅した。

 

『願いを確認』

 

『第一記録者の意思を確認』

 

『記録を保存』

 

その瞬間。

 

部屋の空気が、ほんのわずかに揺れた。

 

彼女は、何も気づいていない。

 

ただ、写真を胸に抱いたまま、窓の外を見つめていた。

 

「……いつか、また会えたら」

 

女性は、微笑んだ。

 

「そのときは、もう一度、あなたを知りたいです」

 

一拍。

 

「でも、もし会えなくても」

 

彼女は、自分自身に言い聞かせるように続けた。

 

「私は、私の人生を生きていきます」

 

その言葉は、誰かに向けた誓いではなかった。

 

誰かに認めてもらうための宣言でもなかった。

 

彼女自身が、彼女自身に与えた、最初の選択だった。

 

そして、世界の深層で。

 

自動平和維持機構が、その記録を受信した。

 

『第一記録者の願いを確認』

 

『願いの内容:自己選択』

 

『対象者の幸福度:算出不能』

 

『対象者の将来予測:算出不能』

 

『保護措置の必要性:再評価』

 

機構は、何度も演算を繰り返した。

 

それでも、彼女が幸せになるかどうかは分からなかった。

 

彼女が、いつか誰かに再び愛されるのかも分からない。

 

再び、あの人に会えるのかも分からない。

 

そして、彼女が今日選んだ道を、明日も選び続けるのかも分からない。

 

それでも。

 

機構は、最後に一つの記録を保存した。

 

『対象者は、自らの意思で未来を選択した』

 

その記録には、成功も失敗も記されていなかった。

 

ただ、選択があったという事実だけが残されていた。

 

第十節 選ばれなかった者の、その先へ

翌朝。

 

出久は、医療施設を再び訪れた。

 

女性は、窓際の椅子に座っていた。

 

膝の上には、あの写真がある。

 

出久の姿を見ると、彼女は微笑んだ。

 

「おはようございます」

 

「おはようございます」

 

出久は、彼女の隣に座った。

 

「……昨日は、よく眠れましたか?」

 

女性は、少しだけ考えた。

 

「はい。少しだけ」

 

「よかった」

 

彼女は、写真を見つめた。

 

「……私、昨日、少し考えたんです」

 

「何を?」

 

「この写真の人のことです」

 

出久は、頷いた。

 

「……うん」

 

「私、この人に会いたいと思っていました」

 

彼女は、静かに言った。

 

「でも、今は、会いたいと思っている自分のことも、大切にしたいと思うんです」

 

出久は、彼女を見た。

 

「……どういうこと?」

 

女性は、微笑んだ。

 

「会いたいと思うことが、間違いじゃないなら。会いたいと思いながら、今の自分の人生を生きることだって、間違いじゃないと思うんです」

 

彼女は、窓の外へ視線を向けた。

 

「私は、この人に会いたいです。できるなら、もう一度、話したい。私が誰だったのか、あの人が誰だったのか、知りたいです」

 

一拍。

 

「でも、そのために、今の自分の時間を全部使わなきゃいけないわけじゃない」

 

出久は、静かに頷いた。

 

「……うん」

 

「私は、今日も生きていきたいです」

 

彼女は、はっきりと言った。

 

「この人に会えるかどうかとは関係なく」

 

出久は、笑った。

 

「……それが、あなたの選択なんだね」

 

「はい」

 

女性は、微笑んだ。

 

「私が、私を選んだんです」

 

出久は、その言葉を聞いて、深く息を吐いた。

 

彼女は、自分の過去を知らない。

 

誰かに選ばれなかった理由も、まだ分からない。

 

それでも、今、自分の人生を選んだ。

 

それは、記憶を取り戻すこととは違う。

 

失われたものを、すべて取り返すこととも違う。

 

彼女が、過去を抱えたまま、未来を選んだということだった。

 

「……ありがとう」

 

出久が言うと、女性は首を傾げた。

 

「どうして、またお礼を言うんですか?」

 

「……え?」

 

「私が自分の人生を選ぶのは、私のことですから」

 

彼女は、少しだけ笑った。

 

「あなたが、私の代わりに選んだわけじゃないでしょう?」

 

出久は、思わず笑った。

 

「……そうだね」

 

「はい」

 

彼女は、満足そうに頷いた。

 

出久は、立ち上がった。

 

「……また来てもいいですか?」

 

女性は、頷いた。

 

「もちろんです」

 

出久は、少しだけ考えた。

 

そして、付け加えた。

 

「でも、僕が来ない日があっても、気にしないでくださいね」

 

女性は、目を丸くした。

 

出久は、笑った。

 

「僕にも、僕の人生があるから」

 

女性は、しばらく彼を見つめていた。

 

やがて、ゆっくりと笑った。

 

「……そうですね」

 

彼女は、写真を胸に抱いた。

 

「あなたも、あなたの人生を選んでください」

 

出久は、深く頷いた。

 

「……うん」

 

その言葉を胸に、彼は病室を出た。

 

廊下には、死神が待っていた。

 

「……どうだった?」

 

「うん」

 

出久は、頷いた。

 

「彼女は、自分で自分の未来を選んだ」

 

死神は、静かに頷いた。

 

「そうか」

 

「……それで、いいんだと思う」

 

出久は、少しだけ笑った。

 

「彼女が幸せになるかどうかは、まだ分からない。でも、少なくとも、誰かに幸せになる方法を決められたわけじゃない」

 

死神は、前を向いた。

 

「それで十分だと、言い切れるか?」

 

出久は、考えた。

 

そして、首を横に振った。

 

「……分からない」

 

死神は、彼を見た。

 

「でも、今は、それ以上の答えを無理に出さなくてもいいと思う」

 

出久は、続けた。

 

「彼女がこれからどう生きるのか。何を選ぶのか。誰を好きになるのか。僕たちが、先に決める必要はないから」

 

死神は、ほんのわずかに笑った。

 

「……そうだな」

 

二人は、歩き始めた。

 

窓の外には、朝の光が広がっている。

 

その光の下で、人々は今日も、自分の人生を生きている。

 

誰かに選ばれた人。

 

誰かに選ばれなかった人。

 

誰かを選んだ人。

 

そして、まだ誰も選べずにいる人。

 

それぞれが、異なる願いを抱えている。

 

その願いが、すべて叶うことはないだろう。

 

誰かの願いは、誰かの願いと衝突する。

 

誰かの選択は、誰かを傷つける。

 

誰かを愛することは、誰かに愛されない可能性を伴う。

 

それでも、人は願う。

 

願わずにはいられない。

 

出久は、ふと足を止めた。

 

「……死神」

 

「何だ?」

 

「誰にも選ばれなかった人が、誰かを選ぶことって……許されるのかな」

 

死神は、少しだけ考えた。

 

「許されるかどうかを、誰かが決める必要はない」

 

「……」

 

「誰かを選ぶことは、その者自身の意思によって行われるものだ」

 

死神は、続けた。

 

「ただし、相手が自分を選ばない可能性も、同時に受け入れなければならない」

 

出久は、頷いた。

 

「……そっか」

 

「そして」

 

死神は、彼を見た。

 

「誰かに選ばれなかったからといって、自分が誰かを選ぶ権利まで失うわけではない」

 

出久は、微笑んだ。

 

「……うん」

 

その答えを、出久は忘れないだろうと思った。

 

誰かに選ばれなかったことは、人生の終わりではない。

 

誰かに愛されなかったことも、自分が愛する資格を失うことではない。

 

そして、誰かを愛することは、相手に自分を愛する義務を負わせることではない。

 

そのすべてを理解するには、まだ時間がかかるだろう。

 

出久自身も、これから何度も間違えるだろう。

 

それでも。

 

誰かが選ばれなかったとき。

 

その人が、自分自身を選ぶ可能性まで奪われないように。

 

彼は、これからも考え続ける。

 

誰かを救うために。

 

そして、救うという言葉で、誰かの人生を決めてしまわないために。

 

終節 誰も選ばなければ、傷つかずに済むのか

その夜。

 

世界の外側。

 

そこには、時間も、空間も、明確な境界も存在しなかった。

 

あるのは、世界というものが成立する以前から存在していたのかもしれない、曖昧な領域だけだった。

 

その場所に、名もなき存在がいた。

 

彼は、自分の姿を確かめることができない。

 

自分の声が、どこから生まれているのかも分からない。

 

それでも、今日、彼は一つのことを知った。

 

誰かに選ばれなかった者は、必ずしも、誰かを選ぶことを諦める必要はない。

 

そして、誰かに選ばれなかった者が、自分自身を選ぶこともできる。

 

その事実は、彼の中に、奇妙な痛みを生んだ。

 

「……私は」

 

声が響いた。

 

「私は、誰も選ばなければ、傷つかずに済むと思っていた」

 

その言葉に、返事はない。

 

「誰かを選ぶから、選ばれないことがある。誰かを愛するから、愛されないことがある」

 

彼は、続けた。

 

「だから、選ぶことをやめればいい。愛することをやめればいい。誰かを必要とすることをやめればいい」

 

その考えは、彼にとって、長い間、唯一の答えだった。

 

誰も選ばない世界。

 

誰も愛さない世界。

 

誰も必要としない世界。

 

そこでは、誰も誰かに選ばれない。

 

誰も誰かに拒絶されない。

 

誰も、自分が選ばれなかったことに傷つかない。

 

それは、平和に見えた。

 

しかし。

 

「……なぜ」

 

彼は、問いかけた。

 

「なぜ、私は、まだ誰かに選ばれたいと思っているのだろう」

 

答えはない。

 

「なぜ、誰も選ばなくていい世界を願いながら、私は、誰かが私を選んでくれる可能性を捨てられないのだろう」

 

沈黙。

 

彼は、初めて、自分の願いを疑った。

 

自分が本当に望んでいるのは、誰も選ばない世界なのだろうか。

 

それとも。

 

誰かに選ばれなかった自分が、もう二度と傷つかなくて済む世界なのだろうか。

 

その二つは、似ているようで違う。

 

前者は、すべての人間から選ぶ自由を奪う。

 

後者は、自分が傷つく可能性をなくすために、世界そのものを変えようとする。

 

どちらも、他者の自由を制限する結果につながりうる。

 

そして、どちらも。

 

彼が本当に望んでいたものとは、違うのかもしれなかった。

 

「……私は」

 

声が震えた。

 

「私は、誰かに選ばれたかった」

 

その言葉を口にした瞬間。

 

世界の外側に、小さな変化が起きた。

 

それは、願いだった。

 

誰かに愛されたいという願い。

 

誰かに必要とされたいという願い。

 

誰かに、自分がここにいてもいいと認めてほしいという願い。

 

その願いは、まだ叶っていない。

 

誰かが、彼を選んだわけでもない。

 

彼が、誰かを選んだわけでもない。

 

それでも。

 

彼は、初めて、自分が何を望んでいるのかを、少しだけ理解した。

 

「……では」

 

彼は、問いかけた。

 

「私は、どうすればいいのだろう」

 

長い沈黙。

 

そして、彼は、ゆっくりと続けた。

 

「誰かに選ばれなかった私にも、誰かを選ぶことは許されるのだろうか」

 

その問いは、世界の外側を越えていった。

 

安寧システムの深層。

 

自動平和維持機構の演算領域。

 

第一記録者の記録。

 

死神の端末。

 

そして、緑谷出久の端末。

 

それぞれの場所で、同じ問いが観測された。

 

『誰かに選ばれなかった私にも、誰かを選ぶことは許されるのだろうか』

 

自動平和維持機構は、演算を開始した。

 

『問いの分類:未確定』

 

『対象者の願い:未確定』

 

『回答の生成:保留』

 

第一記録者の記録は、その問いを受信した。

 

『新たな記録対象を検出』

 

『記録者の意思:未確認』

 

『記録の追加:保留』

 

死神の端末には、通知が一件届いた。

 

彼は画面を見つめた。

 

そして、静かに呟いた。

 

「……まだ、答えを求めているのか」

 

その声には、怒りも、恐れもなかった。

 

ただ、かすかな悲しみがあった。

 

そして、出久の端末にも、同じ問いが表示された。

 

彼は、画面を見つめた。

 

しばらくして、ゆっくりと入力を始めた。

 

『許されるかどうかを、誰かが決める必要はない』

 

そこで、彼は指を止めた。

 

続きが、書けなかった。

 

それだけでは、足りない気がしたからだ。

 

誰かを選ぶ自由がある。

 

しかし、相手にも選ばない自由がある。

 

その二つを認めることは、正しい。

 

けれど、それだけでは、選ばれなかった者の痛みは消えない。

 

選ばれなかった者が、自分自身を選べるようになるまで。

 

自分の願いを、誰かの義務に変えずに抱えられるようになるまで。

 

そして、誰かを選ぶことが、再び傷つく可能性を伴うと理解したうえで、それでも誰かに手を伸ばせるようになるまで。

 

どれだけの時間が必要なのだろう。

 

出久は、画面を閉じた。

 

「……次は、そこを考えよう」

 

彼は、静かに呟いた。

 

誰かに選ばれなかった者は、何を願えばいいのか。

 

その問いに、今日、完全な答えが出たわけではない。

 

ただ、一つだけ、確かなことがある。

 

選ばれなかったという事実は、その人の人生を終わらせる判決ではない。

 

そして。

 

誰かに選ばれなかった者が、自分自身を選ぶことはできる。

 

その先で、誰かを選ぶこともできる。

 

相手が自分を選ぶかどうかは、分からない。

 

それでも、選ぶことを恐れながら、選ぶことを願い続ける者がいる。

 

世界は、まだ、その願いを理解できていない。

 

けれど、物語は、その願いを置き去りにはしない。

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