IS〈インフィニット・ストラトス〉蒼穹の亡霊 作:右左右左右
話の流れに変更はありません。
午前七時四十一分。
雨宮朔は、携帯端末に届いた連絡を読み返していた。
送信元はIS学園。
昨夜、自分のISを現在も所持していると回答してから、最初の返信だった。
――機体の所持状況について確認しました。
――実機検証に先立ち、機体の安全性および管理状況について協議を行います。
――本日午前十時、指定の施設へお越しください。
案内には、都内の住所が記されていた。
IS学園のある人工島ではない。
昨日診察を受けた病院とも異なる場所だった。
「……今度は何の施設だ?」
《公開されている情報では、産業用機器の試験施設として登録されています》
「IS用じゃないのか」
《IS学園が当該施設を使用する目的は確認できません》
「まあ、あの機体をいきなり学園に持ち込むわけにもいかないか」
朔は端末を伏せた。
昨夜のうちに、もう一つ連絡が来ている。
いつもの指示者からだ。
――実機検証に際して、機体の識別情報を開示するな。
それだけだった。
開示するな。
そう言われても、どこまで隠せるのか。
学園が本気で調べようとすれば、機体の外観や機構から判明する情報もあるだろう。
何より、相手はこれから自分の操縦能力を確認しようとしている。
何も見せずに認めてもらえるはずがない。
「……都合のいい話だよな」
《指示者への回答を行いますか?》
「いや」
朔は上着を手に取った。
「まずは向こうの話を聞いてからだ」
◇
午前九時五十四分。
指定された施設は、埋立地の一角にあった。
周囲には大型倉庫や研究施設が並んでいる。公道から見える建物には、特別目立つ設備はなかった。
ただし、入口の警備は厳しかった。
門の前には二人の警備員が立ち、来訪者用の受付も設けられている。
朔が名前を告げると、警備員は端末で確認した。
「雨宮朔さんですね。身分証をお願いします」
朔は指示に従った。
本人確認のあと、入館に関する注意事項が説明される。
許可された区域以外には立ち入らないこと。
施設内の撮影は禁止。
持ち込んだ機器の使用には制限があること。
「携帯端末は預ける必要がありますか?」
「検証区域への持ち込みは、担当者に確認してください」
「分かりました」
警備員は入館証を渡した。
「案内の者が参りますので、こちらでお待ちください」
数分後、奥の扉が開いた。
出てきたのは、中年の女性だった。
「雨宮君ですね。IS学園から来ました。こちらへどうぞ」
朔は軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします」
女性の後ろを歩きながら、周囲を観察する。
廊下。
監視カメラ。
区画ごとに設けられた認証扉。
見た目は普通の研究施設だが、奥へ進むほど立ち入り管理は厳しくなっていた。
途中の壁に、避難経路図が掲示されている。
朔はそれを一度だけ見た。
「……出口は三つか」
「何か?」
「いえ、何でもありません」
案内役の女性は、それ以上尋ねなかった。
朔自身、無意識に確認したことだった。
初めて入る建物では、出口の位置を確かめる。
見通しの悪い通路を覚える。
誰かとすれ違えば、その人がどちらへ進んだかを見る。
身についてしまった癖だった。
◇
案内された会議室には、三人の人物が待っていた。
IS学園の女性職員が一人。
作業服姿の女性技術者が一人。
そして、穏やかな表情をした年配の男性。
朔は、その男性を見て少し意外に思った。
ここまでの連絡は、ほとんど女性職員が担当していたからだ。
「おはよう。雨宮朔君だね」
男性が先に声をかけた。
「はい」
「私は轡木十蔵という者だよ。学園で設備や運営に関わる仕事をしているんだ」
「……よろしくお願いします」
「こちらこそ。昨日は病院まで行ってもらって、すまなかったね」
「いえ」
十蔵は椅子を勧めた。
「まあ、座っておくれ。まずは無理のない範囲で話をしようか」
朔は席に着いた。
向かいに座った十蔵は、資料を開くより先に朔の右腕へ目を向けた。
「腕の具合はどうだい?」
「まだ指先に痺れがあります。でも、昨日より悪くはなっていません」
「そうかい。少しでもつらくなったら、遠慮せずに言っておくれよ」
「分かりました」
十蔵は穏やかに頷いた。
女性職員が説明を始めた。
「今日は、実機検証の方法について確認します。まず、雨宮君が所持しているISについてお聞きしたいことがあります」
「はい」
「その機体は、現在も起動可能な状態ですか?」
「はい」
「最後に起動したのは、いつですか?」
朔は一瞬だけ考えた。
「……数日前です」
「その際、機体に異常はありましたか?」
「操縦後に右腕の症状が出ました。ただ、機体そのものが故障したかどうかは分かりません」
女性技術者が顔を上げた。
「操縦者への負荷と、機体側の異常は分けて調べる必要がありますね」
朔は頷いた。
十蔵が口を開いた。
「雨宮君。機体の詳しいことは、まだ話せないそうだね」
「……はい」
「何か事情があるのかい?」
朔は少し迷った。
「俺一人の判断では、話せないことがあります」
「所有者との取り決めかな?」
「それもあります」
「そうか」
十蔵は無理に続きを求めなかった。
「ただね、安全に関わることだけは、こちらも確認しなくてはならないんだ。そこは分かってもらえるかな?」
「はい」
「ありがとう」
十蔵は女性技術者へ向き直った。
「では、検証の手順を説明してくれ」
それまでの柔らかな声が、わずかに引き締まる。
「はい」
技術者は端末を操作した。
「今回の目的は、雨宮さん本人がISを起動できるかどうかの確認です。飛行性能や武装の試験は行いません」
画面に検証手順が表示される。
「ただし、起動操作だけでどの程度の負担がかかるかは、事前に断定できません。まず待機状態の機体を確認し、外部から検出できる範囲で状態を調べます」
「……その時点でコアの情報まで分かるんですか?」
「識別情報を正常に取得できるかどうかは、機体の状態によります。機体内部のすべてを把握できるわけではありません」
「分かりました」
「その結果と昨日の診断書を照らし合わせて、安全に実施できると判断された場合に限り、起動の確認へ進みます」
朔は画面を見た。
十分な説明だった。
そして、思ったよりも慎重だった。
「……一つ聞いてもいいですか」
十蔵が顔を向けた。
「もちろん。何だい?」
「もし俺が本当にISを動かせたら、どうなるんですか?」
会議室が静かになった。
十蔵は少しだけ姿勢を正した。
「まずは君の安全を確保することになるね」
「それは、学園へ入れってことですか?」
「その可能性は高いと思うよ。織斑君の前例もあるからね」
「……やっぱり」
「だけど、今日ここで何もかも決まるわけじゃない。まずは、君が本当にISを動かせるのか確かめなくてはね」
十蔵は穏やかに続けた。
「もし本当に二人目の男性操縦者だったら、今までどおりの暮らしは難しくなるかもしれない」
朔は苦笑した。
「……今だって、普通とは言えませんけど」
「……そうかい」
十蔵はその言葉を聞き流さなかった。
ただ、今はそれ以上踏み込まなかった。
◇
検証区域へ向かう前に、朔はもう一度、右腕の状態を確認された。
昨日の診断内容を踏まえ、待機状態の機体を確認する段階では、右腕に負担をかけないよう配慮することになった。
施設内には医療担当者も待機している。
技術者からは、本人の意思と関係なく機体が展開する兆候が見られた場合には、直ちに作業を中止すると説明された。
「……ずいぶん厳重ですね」
朔が言うと、女性技術者は当然のように答えた。
「未知の機体ですから。それに、あなたが怪我をしている以上、慎重すぎるくらいでちょうどいいんです」
朔は小さく頷いた。
案内されたのは、厚い隔壁で区切られた試験室だった。
床には計測用の標識が描かれ、天井には複数のセンサーが設置されている。
周囲の壁は、普通の研究室よりも頑丈に見えた。
「ここで確認するんですか?」
「はい。ただし、まだ機体を展開しないでください」
「分かっています」
朔は指定された位置へ立った。
監視室から音声が流れる。
『雨宮君、聞こえますか?』
「はい」
『これから外部計測を始めます。動かずにいてください』
「了解です」
朔は息を整えた。
これまで、誰かに見られながら機体を起動したことがなかったわけではない。
だが、今日は少し違う。
目的が戦闘でも訓練でもない。
自分が本当にISを操縦できるのか。
それを、第三者が正式に確かめようとしている。
◇
監視室では、女性技術者が画面を確認していた。
「……反応があります」
隣にいた男性技術者が表示を拡大する。
「ISコア由来とみられる信号ですね。ただ、識別情報は取得できていません」
「出力変動は?」
「現在は小さいです。待機状態を維持していると考えられます」
十蔵は二人の説明を聞いていた。
「IS由来の反応はある、ということだな」
「はい。ただし、識別情報がない以上、出所までは判断できません」
女性技術者が答えた。
「出所の調査は別に進める。今は安全確認を優先してくれ」
「了解しました」
画面の中央には、試験室に立つ朔の姿が映っている。
普通の少年にしか見えない。
少なくとも、外見から特別な能力を判断できるものではなかった。
「生体情報に大きな変化はありません」
「右腕の状態は?」
「現時点では、測定開始前と変わりません」
十蔵は時計を見た。
「ここまでの結果を医療担当者へ回せ。次の段階へ進むかどうかは、その確認を受けてから判断する」
◇
確認作業はいったん中断された。
朔は試験室から出て、控室で水を飲んでいた。
携帯端末の使用は制限されている。
そのため、いつもの補助AIとの会話もできなかった。
静かな部屋で一人になると、かえって落ち着かなかった。
朔は右手を開き、指先の感覚を確かめる。
わずかな痺れ。
昨日から大きな変化はない。
「……大丈夫か」
誰に向けたわけでもなく呟いた。
頭に浮かんだのは、試験室の光景ではなかった。
乾いた風。
山肌を削るように走る道路。
黒く焼けた車両の残骸。
検問所の脇で、身を寄せ合って座っていた人々。
その中にいた、小さな子供の姿。
――どっちへ行けばいいの?
声をかけられたことがあった。
あの場所で、正しい道を知っている人間はほとんどいなかった。
安全だと言われた道路が、翌日には通れなくなる。
避難先だった建物が、次の日には放棄される。
国境を越えられる者もいれば、そこで足止めされる者もいた。
朔は目を閉じた。
その子供に、自分が何と答えたのか。
それは覚えている。
だが、今思い返したいことではなかった。
「……余計なこと考えてるな」
朔は水の入った紙コップを机へ置いた。
あの土地から離れて、まだそれほど時間は経っていない。
それでも、日本の街並みは、まるで別の世界のように感じられた。
控室の扉がノックされた。
「雨宮君。次の確認について、ご説明します」
朔は顔を上げた。
「はい」
◇
午後零時四十分。
監視室で、十蔵は医療担当者の説明を聞いていた。
「現時点では、先ほどの待機状態での計測による症状の悪化は認められません」
「分かった」
「ただし、機体を展開した場合の影響は未知数です。短時間の起動でも負荷が生じる可能性があります」
「その点は考慮している」
十蔵は隣の技術者へ向き直った。
「起動時の出力を、こちらで制限できるか?」
「機体の制御系へ直接介入する権限がないため、確実に制限できるとは言えません」
「では、強制停止は?」
「それも保証できません」
十蔵は黙って考えた。
起動を確認したい。
しかし、機体について分からないことが多い。
それは、単に手順書を慎重に作れば解決する問題ではなかった。
「本人による停止操作については?」
「通常の展開と解除が可能だと回答しています。ただし、異常発生時も同じように操作できるかは不明です」
「……そういうことだな」
十蔵は資料を見直した。
「飛行も武装の使用も行わない。確認は短時間に限る。症状に変化があれば、その時点で中止だ」
「了解しました」
「だが、本人の申告だけで安全と判断するわけにはいかん。医療担当者の見解と、現在の計測結果を踏まえて実施の可否を判断する」
十蔵は技術者たちを見渡した。
「それから、危険があることは本人へ明確に説明する。本人が同意しないなら、今日は実施しない」
「承知しました」
十蔵は椅子から立ち上がった。
「……確認のために、少年の身体を壊すわけにはいかんからな」
◇
午後一時十分。
朔は再び試験室に立っていた。
今度は、起動を伴う確認だった。
事前説明を受けた朔は、短時間の起動確認に同意していた。
監視室から十蔵の声が聞こえる。
『雨宮君。腕の具合はどうだい?』
「さっきと変わりません」
『そうか。これから起動の確認をするけれど、少しでも調子が悪くなったら、すぐに教えておくれ』
「はい」
『飛行も武装の使用もなしだ。機体が展開したことを確認したら、すぐに終わりにするよ』
「分かりました」
『では、準備ができたら知らせてくれるかい?』
朔は一度、右腕を動かした。
痺れは残っている。
だが、痛みはない。
少なくとも、普段どおりに機体を展開することはできそうだった。
それが安全を保証するわけではないことも、分かっている。
「……準備できました」
朔は短く答えた。
監視室では計測が始まっていた。
右腕の状態。
心拍。
機体の反応。
すべての数値が画面に表示される。
朔は目を閉じた。
意識を集中する。
呼びかける相手は、目の前の職員たちではない。
ずっと使ってきた、自分の機体だった。
次の瞬間。
低い駆動音が、試験室に響いた。
灰色の装甲が、朔の身体を包み始める。
最初に展開したのは背部の支持機構。
続いて、胸部と脚部の装甲。
左右非対称の推進器が、折り畳まれた状態で姿を現した。
武装は展開していない。
推進器にも、大きな出力は認められない。
それでも、そこに立っているのは紛れもないISだった。
◇
監視室。
「……展開を確認!」
女性技術者の声が上がった。
「反応は?」
十蔵の声は低かった。
「機体の起動信号を検出しています。コア由来の信号も、待機時より明確です」
「操縦者との接続は?」
「生体情報との同期が確認できます。現在、起動状態を維持しています」
男性技術者が画面を切り替える。
「操縦者は雨宮朔本人。生体認証の照合結果にも問題ありません」
十蔵はモニターを見つめた。
灰色のIS。
そこに乗っているのは、間違いなく少年だった。
「……確認できたな」
短い一言だった。
室内にいる誰も、その意味を取り違えなかった。
織斑一夏に続く、二人目の男性IS操縦者。
それが、今、目の前で証明されたのだ。
「機体出力、安定しています」
「右腕の状態は?」
「……わずかに変化があります。負荷が増えたかどうか、確認中です」
十蔵の表情が引き締まった。
「本人に確認しろ」
『雨宮君、右腕の具合はいかがですか?』
監視室からの問いかけに、少し間があった。
『……少し、痺れが強くなった気がします』
十蔵は即座に指示を出した。
「試験終了だ。これ以上は行わない」
そして、通信を切り替える。
『雨宮君、ありがとう。もう十分だよ。機体を解除しておくれ』
『……もう終わりですか?』
『ああ。必要な確認は取れたからね』
◇
朔は指示に従い、機体の展開を解除した。
灰色の装甲が収束する。
推進器が姿を消す。
試験室には、再び制服姿の少年だけが残った。
朔は右手を軽く握った。
痺れが少し強くなっている。
ただ、痛みが走るほどではない。
『そのまま待っていておくれ。医療担当者に診てもらおう』
「……了解です」
朔は天井のセンサーを見上げた。
短い起動だった。
飛行も、武装の使用もしていない。
戦闘とは比べものにならないほど小さな動作だ。
それでも、右腕には反応があった。
朔は表情を変えずに、腕を下ろした。
やはり、まだ無理はできない。
医師の診断は正しかったのだろう。
◇
検証が終わったあと、朔は別室で医療担当者による確認を受けた。
痺れは一時的に強まっていたが、安静にすると落ち着き始めた。
そのため、追加の操縦試験は実施しないことになった。
朔が会議室へ戻ると、十蔵が待っていた。
「お疲れさま、雨宮君。腕はどうだい?」
「少し落ち着きました」
「それはよかった」
「……どうでしたか?」
朔が尋ねる。
十蔵は静かに頷いた。
「君がISを起動できることは、確かに確認できたよ」
その言葉に、朔は小さく息を吐いた。
「……そうですか」
「ただね、機体の来歴やコアの識別情報については、まだ分かっていないんだ。そこは、これから確認していかなくてはならない」
「はい」
「それと、右腕が治るまでは無理な操縦を控えてほしい。これはお願いというより、君自身のためだよ」
「分かっています」
十蔵は朔を見つめた。
「雨宮君。これから、君の安全をどう守るか、学園として話し合うことになる」
「……入学の話ですか」
「それも含めて、だね」
十蔵は少しだけ言葉を選んだ。
「織斑君に続いて、男の子がISを動かせると分かった。これは、とても大きなことなんだ」
朔は黙って聞いていた。
「君の存在が公になれば、いろいろな人が関心を持つだろう。中には、君の気持ちを考えずに近づいてくる人もいるかもしれない」
「……でしょうね」
「だから、こちらも慎重に進めようと思っている」
十蔵は穏やかに続けた。
「少なくとも、今日ここで確認したことを、むやみに外へ広めるつもりはないよ」
「ありがとうございます」
「ただ、これからのことは、君ともきちんと話さなくてはならないね」
朔は頷いた。
覚悟していなかったわけではない。
むしろ、こうなることは分かっていた。
それでも、実際に言葉にされると、少しだけ重みが違った。
「……一つ、聞いてもいいですか」
「もちろんだよ」
「織斑一夏って人は、今も学園にいるんですよね」
「ああ、いるよ」
「……どんな人なんですか?」
十蔵は少しだけ微笑んだ。
「そうだねえ。自分のことより、周りの人を気にかける少年だよ」
「……へえ」
「少々、心配になるところもあるけれどね」
朔は、その言い方に小さく笑った。
「会ってみたいですね」
「きっと、いずれ機会があるだろうね」
十蔵は頷いた。
「でも、まずはその腕を治そう。それが先だよ」
「……はい」
◇
夕方。
IS学園の管理棟で、十蔵は今回の検証結果をまとめていた。
雨宮朔。
男性。
本人確認済み。
ISの待機状態を確認。
本人の意思による機体展開を確認。
生体情報と機体の同期を確認。
操縦者の右腕の痺れが一時的に悪化。
機体の出所およびコア識別情報は未確認。
最後の項目を見て、十蔵は少し考えた。
「……厄介な問題が残ったな」
学園へ報告する内容と、引き続き確認すべき事項を分ける。
男性操縦者が二人存在する。
その事実だけでも重大だった。
しかし、出所不明のISを所持していることは、別の問題だ。
本人を保護する必要があるからといって、機体の取り扱いまで無条件に認められるわけではない。
十蔵は関係者への共有範囲を確認した。
報告先は、学園長である轡木トメ。
伝えるべき内容は明確だ。
能力確認の結果。
右腕の状態。
機体の出所に関する問題。
そして、今後の保護措置。
「……まずは、本人の安全を確保することだな」
十蔵は文面を確認し、送信した。
そのあと、椅子の背にもたれる。
織斑一夏。
そして、雨宮朔。
男性では動かせないはずのISを、二人の少年が起動した。
偶然なのか。
それとも、何か共通する理由があるのか。
今の段階で答えは出せない。
ただ一つ、確かなことがあった。
この事実を知りたいと考える人間は、世界中にいる。
そして、そのすべてが善意で動くとは限らない。
◇
夜。
滞在先に戻った朔は、机の上へ携帯端末を置いた。
《実機検証の結果を記録します》
「頼む」
《了解しました》
《ISの起動および解除を確認。飛行、武装使用なし。右腕の痺れが一時的に悪化したことを確認》
「……分かってる」
朔は椅子に座った。
検証そのものは成功した。
学園側に、自分がISを動かせることを証明できた。
だが、その代償として何が待っているのか。
まだ、分からない。
《学園側から、今後の対応に関する連絡が届いています》
「内容は?」
《安全確保および入学手続きに関する協議を進めるとのことです》
「……いよいよか」
朔は小さく呟いた。
窓の外には、夜の街が広がっている。
紛争地帯の国境線も、焼けた車両も、ここにはない。
代わりにあるのは、整然と並ぶ建物と、街灯に照らされた道路だった。
しかし、自分の周囲にあるものが、すべて安全とは限らない。
むしろ、これからの方が厄介かもしれない。
端末が短く振動した。
送信元は、いつもの認証符号。
――検証結果を確認した。
――今後の行動について、追って指示する。
朔は画面を見つめた。
「……知るのが早いな」
《指示者が検証結果を把握した経路は不明です》
「だろうな」
朔は返信しなかった。
学園側が正式に確認したことを、向こうはもう知っている。
それが何を意味するのか。
今は、まだ分からない。
ただ、これまで以上に自由がなくなるかもしれない。
朔は端末を伏せ、天井を見上げた。
雨宮朔。
世界で二人目の男性IS操縦者。
少なくとも、今日からは。
その事実を、知っている人間が増えた。
そして――。
その事実が外へ漏れるまで、どれほど時間が残されているのか。
それを知る者は、まだいなかった。