IS〈インフィニット・ストラトス〉蒼穹の亡霊   作:右左右左右

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第27話 残された受領記録

 数日後。

 

 午後零時四十二分。

 

「朔さん。こちらをご覧いただけます?」

 

 セシリア・オルコットが差し出した端末には、港湾施設を模した立体地図が表示されていた。

 

 雨宮朔は食堂のテーブルに置かれた画面を覗き込む。

 

「……今度の戦術演習の資料?」

 

「ええ。先日お話しした件ですわ」

 

 セシリアは嬉しそうに頷いた。

 

 昼休みの食堂。

 

 周囲では生徒たちが食事を楽しんでいる。

 

 その中で、朔とセシリアの前には、食事の終わった皿と戦術資料が並んでいた。

 

「今回の課題は、施設の防衛と敵機の迎撃ですの」

 

「なるほど」

 

「わたくしは、こちらの高所から射撃支援を行うつもりですわ」

 

 セシリアが指さしたのは、施設の北側にある高い建物だった。

 

 周囲には大きな障害物が少なく、広い範囲を見渡せる。

 

 確かに、射撃を得意とするブルー・ティアーズには向いているように見えた。

 

「……悪くないと思う」

 

 朔が答える。

 

「ですが?」

 

 セシリアはすぐに反応した。

 

 朔は少し驚いた。

 

「……何で分かった?」

 

「お顔に書いてありますわ」

 

「そうか?」

 

「ええ。何か気になることがあるのでしょう?」

 

 セシリアは微笑んだ。

 

「遠慮なさらず、おっしゃってくださいまし」

 

 朔は画面へ視線を戻した。

 

「……じゃあ、一つ」

 

「何ですの?」

 

「ここから撃つと、相手はどっちへ逃げると思う?」

 

 セシリアは地図を見た。

 

「そうですわね……南側へ回避するのではなくて?」

 

「俺も、そう思う」

 

「でしたら、問題ないのでは?」

 

「その先に何がある?」

 

 朔は地図の南側を指さした。

 

 倉庫。

 

 搬入口。

 

 そして、施設内を移動する作業車両の通路。

 

 セシリアの表情が変わった。

 

「……あら」

 

「ここ、演習開始後もしばらく車両が通る設定だろ?」

 

「ええ」

 

「なら、相手を南側へ追い込むと、車両の避難経路と重なる可能性がある」

 

 セシリアは黙って画面を見つめた。

 

 朔は続けた。

 

「もちろん、相手が絶対にそっちへ逃げるとは限らないけど」

 

「……なるほど」

 

 セシリアは地図を回転させた。

 

「つまり、わたくしの射撃位置が問題というより、敵機をどこへ誘導するかが問題なのですわね」

 

「そういうこと」

 

 朔は頷いた。

 

 セシリアは少し考えた。

 

「でしたら、射撃方向を変えればよろしいのでは?」

 

 彼女は地図の東側へ目を向けた。

 

「こちらから圧力をかければ、相手は西側へ回避する可能性が高くなりますわ」

 

「……うん」

 

「西側には、車両の通路もございません」

 

 朔は画面を確認した。

 

 確かに、その方向なら民間設備への危険は小さくなる。

 

 だが、今度は別の問題があった。

 

「……西側には、遮蔽物が多いな」

 

「ええ。ですが」

 

 セシリアは自信ありげに微笑んだ。

 

「そこは、ブルー・ティアーズの出番ですわ」

 

 地図上に、小さな光点が配置される。

 

 ブルー・ティアーズの遠隔誘導兵器を想定したものだった。

 

「こちらから射線を通せば、相手の回避方向をさらに制限できます」

 

 朔は画面を見つめた。

 

「……なるほど」

 

「いかがかしら?」

 

「面白いと思う」

 

 朔は素直に答えた。

 

「ただ、そこまで同時に操作できるのか?」

 

 セシリアの眉が動いた。

 

「どういう意味ですの?」

 

「本体で位置を取りながら、複数の装備を動かすんだろ? 相手が予想と違う方向に動いたら、全部対応できるのかなって」

 

 セシリアは一瞬、黙った。

 

 だが、すぐに顔を上げる。

 

「……もちろん、簡単ではありませんわ」

 

 その声は、少しだけ強かった。

 

「遠隔誘導兵器の操作には集中力が必要ですもの。相手の動きによっては、すべてを同時に思いどおり動かすことはできません」

 

「……そうだよな」

 

「ですから、あらかじめ配置を決めるのです」

 

 セシリアは一つの光点を動かした。

 

「すべての装備で敵を追いかける必要はありませんわ。相手に使わせたくない空間を先に押さえておけばよろしいのです」

 

 朔は思わず顔を上げた。

 

「……なるほど」

 

「ふふ。納得していただけました?」

 

「ああ」

 

 朔は笑った。

 

「さすがだな、セシリア」

 

 その言葉に、セシリアが嬉しそうに胸を張る。

 

「当然ですわ! わたくしはイギリスの代表候補生ですもの!」

 

 少し離れた席から、聞き慣れた声がした。

 

「何だ? 二人で難しい話してるな」

 

 一夏だった。

 

 その隣にはシャルロットと箒がいる。

 

「今度の演習について相談してたんだ」

 

 朔が答える。

 

「へえ。俺も見ていいか?」

 

「もちろんですわ」

 

 セシリアが頷いた。

 

「ですが一夏さん。ご覧になるだけでなく、きちんと考えていただきますわよ?」

 

「……え?」

 

「敵機を撃破するだけが、ISの運用ではありませんもの」

 

 シャルロットが笑った。

 

「一夏、また勉強することが増えちゃったね」

 

「おいおい……」

 

 箒は呆れたように腕を組んだ。

 

「当然だ。いくら強力な武装を持っていても、使い方を間違えれば意味がない」

 

「分かってるって!」

 

 朔は三人のやり取りを見ながら、小さく笑った。

 

 セシリアは再び地図へ視線を戻した。

 

「朔さん。放課後、もう少しお時間をいただけます?」

 

「ああ。今日は特に予定ないから」

 

「では、図書室で続きをいたしましょう」

 

「分かった」

 

 朔は頷いた。

 

 そのときはまだ、午後になって学園から連絡が来ることを知らなかった。

 

     ◇

 

 午後二時十六分。

 

 IS学園の管理棟。

 

 轡木十蔵は、医療部門の担当者から届いた報告を確認していた。

 

「……保管先が特定できたのかい?」

 

「はい」

 

 女性職員が答えた。

 

「先日確認された移管記録について、現在の管理機関から回答がありました」

 

 机上の画面に、古い書類の写しが表示される。

 

 ――操縦者状態確認資料。

 

 ――医療管理区分。

 

 ――移管済。

 

 ここまでは、先日の確認内容と同じだった。

 

 だが、その下には新しい項目がある。

 

 ――受領記録照合済。

 

 十蔵が目を細めた。

 

「……受領記録?」

 

「はい。当時の医療管理部門が、資料を受け取ったことを示す記録です」

 

「つまり、単に移管する予定だったというだけではないんだね」

 

「そのようです」

 

 職員は頷いた。

 

「当時の受領台帳に、該当する管理番号が残っていました」

 

 十蔵は画面を見つめた。

 

 記録が別の管理区分へ移された。

 

 それは、これまでの調査で分かっていた。

 

 だが、今度は受領側の記録が確認された。

 

 少なくとも、資料が実際に引き継がれたことを示す手掛かりになる。

 

「……それで、現在も保存されているのかい?」

 

「そこは確認中です。ただ、同じ管理番号に対応する保管単位が、現在の保管台帳にも登録されています」

 

「なるほど」

 

「現在の管理機関が、現物の所在を確認する手続きを進めています」

 

 十蔵は頷いた。

 

 ようやく、資料の行き先が絞られてきた。

 

 だが、まだ本文は確認できていない。

 

 受領記録があるからといって、当時の資料がすべて残っているとは限らない。

 

「……医療部門への正式な回答は?」

 

「本人の同意書を添えて申請済みです。閲覧範囲についても、必要な医療情報に限定しています」

 

「分かった」

 

 十蔵は資料を閉じかけた。

 

 しかし、職員がもう一枚の書類を表示した。

 

「それと、受領台帳に付随する目録の一部が確認できました」

 

「……目録?」

 

「資料の内容そのものではなく、何が綴じられていたかを示す一覧です」

 

 十蔵は画面へ視線を戻した。

 

 そこには、短い項目が並んでいる。

 

 ――操縦者状態監視経過。

 

 ――接続状態確認。

 

 ――試験後再確認に関する記録。

 

 十蔵の指が止まった。

 

「……試験後再確認?」

 

「はい」

 

 職員は頷いた。

 

「ただし、現時点では表題だけです。どのような確認が予定されていたのか、実施されたのかまでは分かりません」

 

 十蔵はしばらく黙った。

 

 以前、三枝真帆が話していた。

 

 機体の試験中断後も、操縦者の安全確認が続けられていたと。

 

 その結果は、機体の試験記録とは別に保管されていた。

 

 そして今、試験後の再確認に関する記録が存在した可能性が出てきた。

 

「……この内容は、担当医に伝えてくれ」

 

 十蔵が言った。

 

「医療上の意味を判断するのは、私たちの役目じゃないからね」

 

「承知しました」

 

「それと、雨宮君には今日中に進展を知らせたい。医療部門から説明できる範囲を確認しておいてくれ」

 

「はい」

 

 職員が退出する。

 

 十蔵は、机の上の資料を見つめた。

 

 操縦者状態監視経過。

 

 接続状態確認。

 

 試験後再確認に関する記録。

 

 三つの項目。

 

 どれも、雨宮朔の過去を調べるうえで重要なものだった。

 

 だが。

 

 その内容が、本人にどこまで伝えられていたのか。

 

 そこは、まだ分からなかった。

 

     ◇

 

 午後四時八分。

 

 図書室の一角。

 

 セシリアは、端末に表示された戦術図を見つめていた。

 

「……なるほど。こちらの射線を利用するなら、敵機が移動できる範囲をさらに狭められますわね」

 

「うん」

 

 朔は頷いた。

 

「ただ、全部塞ぐ必要はないと思う」

 

「全部ではなくて?」

 

「相手に行ってほしい方向を残す」

 

 セシリアは少し考えた。

 

「……退路を、わざと残すのですか?」

 

「ああ」

 

 朔は地図上の一角を指さした。

 

「この西側なら、施設から距離を取れる。それに、周囲に障害物が少ないから、セシリアの射撃も通しやすいと思う」

 

 セシリアは画面を回転させた。

 

「……つまり、逃げ道を塞ぐのではなく、逃げる方向を選ばせるわけですわね」

 

「そういうこと」

 

「面白い考え方ですわ」

 

 セシリアは微笑んだ。

 

 だが、すぐに表情を引き締める。

 

「ですが、その方法にも問題がありますわよ?」

 

「……何?」

 

「相手が、こちらの意図を読んだ場合です」

 

 彼女は別の機影を地図上へ配置した。

 

「こちらが西側へ誘導しようとしていると気づけば、相手はむしろ建物の陰へ入り込むかもしれません」

 

 朔は画面を見つめた。

 

 少し考える。

 

「……確かに」

 

「その場合、わたくしが射線を通そうとすれば、施設への被害が大きくなる危険もございます」

 

 朔は頷いた。

 

「じゃあ、最初から西側だけに誘導するのは危ないな」

 

「ええ」

 

 セシリアは少し考えた。

 

「……でしたら、第二の射撃位置を用意しておくのはいかがでしょう?」

 

「第二の?」

 

「はい。こちらの射線が使えなくなった場合に備えて、移動先を決めておくのです」

 

 朔は地図を確認した。

 

 施設の北西側。

 

 低い建物の屋上。

 

 そこなら、最初の位置とは違う方向から射線を確保できる。

 

「……いいと思う」

 

 朔は答えた。

 

「ただ、移動してる間は射撃が途切れるだろ?」

 

「もちろんですわ」

 

 セシリアは頷いた。

 

「ですから、味方との連携が必要になります」

 

 朔は少し笑った。

 

「……結局、そこに戻るんだな」

 

「ええ」

 

 セシリアも笑った。

 

「一人ですべてを完結させようとするのは、効率的ではありませんもの」

 

 その言葉に、朔は一瞬だけ黙った。

 

 一人ですべてを完結させる。

 

 以前の自分は、それに近いことをしていた。

 

 必要な情報を受け取り、現場へ向かう。

 

 周囲の状況を判断し、機体を動かす。

 

 他人へ頼ることを考える前に、自分で片づけようとする。

 

 そうしなければならない場面もあった。

 

 だが、今は違う。

 

 少なくとも、この机を囲んでいる相手は、対等に意見を交わすことができる。

 

「……朔さん?」

 

 セシリアの声がした。

 

「ん?」

 

「何か?」

 

「いや」

 

 朔は小さく笑った。

 

「セシリアの言うとおりだと思って」

 

「……そうですの?」

 

「ああ。俺、一人で何とかしようとすることが多かったから」

 

 セシリアは少し驚いた顔をした。

 

 それから、穏やかに微笑んだ。

 

「でしたら、今から少しずつ慣れていけばよろしいのでは?」

 

「……そうだな」

 

「それに」

 

 セシリアは少しだけ胸を張った。

 

「わたくしと一緒に考えているのですから、遠慮なさらなくて結構ですわ」

 

 朔は笑った。

 

「……頼りにしてるよ」

 

「ふふ。当然ですわ!」

 

 そのとき、朔の端末が短く振動した。

 

《学園管理部門から連絡です》

 

 画面に通知が表示される。

 

 ――雨宮君。

 

 ――過去の医療管理資料について、新しい保管情報が確認されました。

 

 ――本日、可能であれば医療室までお越しください。

 

 朔は文章を読み終えた。

 

 セシリアが顔を向ける。

 

「……何かございました?」

 

「ちょっと、学園から連絡が来て」

 

「そうですの」

 

 朔は端末をしまった。

 

「悪い。今日はここまででもいいか?」

 

「もちろんですわ」

 

 セシリアは頷いた。

 

「こちらの資料は、わたくしの方で整理しておきます」

 

「ありがとう」

 

 朔は立ち上がった。

 

 だが、セシリアがもう一度声をかけた。

 

「朔さん」

 

「ん?」

 

「……また、相談に乗っていただけます?」

 

 朔は少し驚いた。

 

「もちろん。俺でよければ」

 

 セシリアは微笑んだ。

 

「ありがとうございます」

 

 朔も小さく笑い、図書室をあとにした。

 

     ◇

 

 午後四時三十七分。

 

 IS学園の医療室。

 

 担当医は、朔が席に着くのを待ってから端末を開いた。

 

「雨宮君。今日は過去の資料について、少し進展がありました」

 

「……はい」

 

「以前、あなたが同意してくれた照会についてです」

 

 朔は頷いた。

 

 先日、内容を一つずつ確認し、自分の意思で署名した申請書。

 

 過去の医療記録。

 

 操縦者の状態確認。

 

 必要な範囲の接続状態の情報。

 

 その目的と取り扱い範囲を確かめたうえで、学園へ調査を依頼していた。

 

「……資料は見つかったんですか?」

 

 担当医は首を振った。

 

「本文そのものは、まだ確認できていません」

 

「……そうですか」

 

「ただし、当時の資料を受領した記録が確認されました」

 

 朔は顔を上げた。

 

「受領?」

 

「はい。試験施設から医療管理部門へ資料が引き継がれたことを示すものです」

 

 担当医は画面へ簡単な図を表示した。

 

 試験施設。

 

 技術部門。

 

 医療管理部門。

 

 その間を、矢印が結んでいる。

 

「当時の記録では、機体の動作試験に関する資料と、操縦者の状態を確認する資料が別々に扱われていました」

 

「……前に聞きました」

 

「そうですね」

 

 担当医は頷いた。

 

「今回、後者の資料が実際に医療管理部門へ引き継がれていたことを示す記録が確認できたんです」

 

 朔は画面を見つめた。

 

 移管された。

 

 その事実は、以前の調査で分かっていた。

 

 だが、今度は受け取った側の記録がある。

 

 少なくとも、資料がどこへ行ったのかを調べる手掛かりは増えた。

 

「……じゃあ、誰かが隠してたわけじゃない可能性もあるんですね」

 

「そうですね」

 

 担当医は頷いた。

 

「別の管理区分に保管されていたため、技術側の資料からは見つけられなかった可能性があります」

 

 朔は小さく息を吐いた。

 

「……なるほど」

 

 だが、担当医はそこで話を終えなかった。

 

「雨宮君。もう一つ、確認しておきたいことがあります」

 

「はい」

 

「当時の資料目録に、試験後の再確認に関する項目がありました」

 

 朔は顔を上げた。

 

「……再確認?」

 

「はい。ただし、何を再確認する予定だったのか、実際に行われたのかは、まだ分かっていません」

 

 朔は考えた。

 

 昔の試験。

 

 灰色のIS。

 

 試験中断の警告。

 

 観測室。

 

 そして、三枝が言っていた安全確認。

 

「……俺、試験が終わったあとに何か検査を受けたんでしょうか」

 

 担当医は首を振った。

 

「現時点では判断できません」

 

「……そうですよね」

 

「目録に項目があることと、実際に診察や検査が行われたことは別ですから」

 

 朔は頷いた。

 

 記録が存在する。

 

 あるいは、存在していた。

 

 それだけで、その中身まで分かったことにはならない。

 

 今まで何度も聞いてきた説明だった。

 

 だが、今回は少し違った。

 

 もし、試験後に何かを確認する予定があったのなら。

 

 それが何だったのか、知りたい。

 

「……先生」

 

「はい?」

 

「もし、その再確認が実際に行われていたら、何か分かりますか?」

 

 担当医は少し考えた。

 

「確認された内容によります」

 

 朔は黙って聞いた。

 

「当時の身体の状態が分かれば、現在の症状を考えるうえで参考になる可能性はあります。ただし、昔の記録だけで今の症状の原因を決めることはできません」

 

「……はい」

 

「それから、記録が残っていたとしても、当時の測定方法や判断基準を確認する必要があります」

 

 朔は頷いた。

 

「分かりました」

 

 担当医は端末を閉じた。

 

「今回の確認については、引き続き進めます。ただし、現在の治療や操縦制限は、今の診察結果に基づいて判断します」

 

「……実技はまだ駄目、ですね」

 

「はい」

 

 即答だった。

 

 朔は苦笑した。

 

「……分かっています」

 

 担当医も少しだけ笑った。

 

「焦らずにいきましょう」

 

     ◇

 

 午後五時二十一分。

 

 管理棟の小会議室では、十蔵と千冬が報告を確認していた。

 

「……本人には説明したのか?」

 

 千冬が尋ねた。

 

「ああ。医療室から、確認できた範囲を伝えてもらったよ」

 

 十蔵は頷いた。

 

 机の上には、当時の受領台帳の写しが表示されている。

 

 資料の管理番号。

 

 移管日。

 

 受領先。

 

 そして、受領した資料の目録。

 

「少なくとも、別紙は正式な手続きを経て医療管理部門へ移されたらしい」

 

 十蔵が説明した。

 

「問題は、その先ですね」

 

 千冬が答える。

 

「ああ」

 

「現在も本文が保存されているのか」

 

「それもある」

 

 十蔵は画面を切り替えた。

 

「それと、今回の目録には一つ気になる項目があった」

 

 千冬が画面へ目を向ける。

 

 ――試験後再確認に関する記録。

 

「……再確認」

 

 千冬が呟いた。

 

「何を確認したのかは分かっていない。ただ、当時の試験終了後に、何らかの確認が予定されていた可能性がある」

 

 千冬は腕を組んだ。

 

「実施されたかどうかも不明、ということですか」

 

「そうだね」

 

 十蔵は頷いた。

 

「今は、そこまでしか分からない」

 

 千冬は少し考えた。

 

「……轡木さん」

 

「何だい?」

 

「三枝真帆さんにも、この目録について確認してみませんか」

 

 十蔵が顔を上げた。

 

「……というと?」

 

「三枝さんは、当時の観測補助を担当していました。医療記録の内容までは知らなくても、試験後に何か別の確認が行われたかどうか、覚えている可能性はあります」

 

 十蔵は頷いた。

 

「そうだね。本人が実際に見聞きした範囲を確認する価値はある」

 

「ただし、目録を先にすべて見せる必要はないでしょう」

 

「……そうだな」

 

 千冬は続けた。

 

「先にこちらから情報を与えれば、当時の記憶と混ざるかもしれません」

 

 十蔵は小さく笑った。

 

「相変わらず、慎重だね」

 

「当然です」

 

 千冬は即答した。

 

「雨宮本人の記憶も、同じように扱っているのですから」

 

「……そうだったね」

 

 十蔵は頷いた。

 

 あの日、何が起きたのか。

 

 機体の動作試験が終わったこと。

 

 操縦者の状態確認が続いていたこと。

 

 それらは、少しずつ別々の出来事として整理され始めている。

 

 だが。

 

 試験後の再確認が何を意味していたのか。

 

 それは、まだ分からなかった。

 

     ◇

 

 午後六時過ぎ。

 

 寮へ向かう通路で、朔は一夏とシャルロットに声をかけられた。

 

「おーい、朔!」

 

「一夏、シャル」

 

「今帰り?」

 

 シャルロットが尋ねる。

 

「ああ」

 

「今日はセシリアと一緒だったんだよね?」

 

「うん。今度の演習について話してた」

 

 一夏が頷いた。

 

「セシリア、すごく張り切ってたぞ」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。さっき会ったとき、次の演習では絶対にいい結果を出すって言ってた」

 

 朔は小さく笑った。

 

「……セシリアらしいな」

 

「でも、朔の意見も参考になったって言ってたよ」

 

 シャルロットが微笑む。

 

「そうか」

 

 朔は少しだけ安心した。

 

 自分はまだ実機訓練に参加できない。

 

 だが、戦術について一緒に考えることはできる。

 

 それだけでも、学園での時間に意味があるように感じられた。

 

「……そういえば、朔」

 

 一夏が口を開いた。

 

「腕の方、どうだった?」

 

「今日は検査じゃなくて、昔の記録について説明を受けただけだよ」

 

「そっか」

 

 一夏は頷いた。

 

「何か分かったのか?」

 

「……少しだけ」

 

 朔は答えた。

 

「昔の資料が、どこへ行ったのか分かってきた」

 

「おお!」

 

 一夏の表情が明るくなる。

 

「よかったじゃん!」

 

「まだ見つかったわけじゃないけどな」

 

「でも、前より進んだんだろ?」

 

「……まあ、そうだけど」

 

「なら、よかったじゃん」

 

 朔は思わず笑った。

 

「……お前、本当に分かりやすいな」

 

「何だよ、それ!」

 

 シャルロットも笑った。

 

 三人は並んで寮へ向かった。

 

 夕方の学園。

 

 遠くでは、訓練を終えたISがアリーナへ戻っていく。

 

 その光景を眺めながら、朔は少しだけ考えた。

 

 昔の記録。

 

 試験後の再確認。

 

 そして、まだ見つかっていない別紙。

 

 分からないことは、確かに多い。

 

 だが、今日の自分は、それだけを考えていたわけではない。

 

 セシリアと戦術について話した。

 

 一夏と笑った。

 

 シャルロットと明日の予定を話した。

 

 そんな時間も、確かにあった。

 

 それは、以前の自分にはなかったものだった。

 

     ◇

 

 午後八時四十六分。

 

 日本国内の、とある部屋。

 

 三枝真帆は、IS学園から届いた新しい連絡を読んでいた。

 

 ――過去の試験終了後について、改めて確認したい事項があります。

 

 ――当時、操縦者に対する追加の状態確認や、再確認の予定について、見聞きしたことはありますか。

 

 三枝は、しばらく画面を見つめていた。

 

 試験終了後。

 

 追加の状態確認。

 

 再確認。

 

 その言葉を、頭の中で繰り返す。

 

 あの日。

 

 機体の試験は中断された。

 

 観測室では、操縦者の状態確認が続けられていた。

 

 その後、担当者へ記録を引き継いだ。

 

 そこまでは覚えている。

 

 だが。

 

 それで、本当にすべてが終わったのだろうか。

 

 三枝は机の上に広げた古い資料を一枚ずつ確認した。

 

 観測記録。

 

 作業確認票。

 

 引き継ぎ記録。

 

 そして、別の紙。

 

 そこには、短い手書きの文字が残っていた。

 

 ――翌日確認。

 

 三枝の指が止まった。

 

「……これ」

 

 小さく呟く。

 

 その記録は、以前にも見ていたはずだった。

 

 だが、何についての確認なのか、当時は深く考えなかった。

 

 試験後の安全確認。

 

 それに関する作業予定だったのかもしれない。

 

 あるいは、設備の確認だったのかもしれない。

 

 この一文だけでは、判断できない。

 

 三枝は椅子の背にもたれた。

 

 そして、ゆっくりと目を閉じる。

 

 白い廊下。

 

 観測室。

 

 机に置かれた書類。

 

 誰かが言っていた。

 

 翌日、改めて確認すると。

 

 ただ。

 

 誰が、何を確認するのか。

 

 そこまでは、はっきり思い出せない。

 

「……そうだった」

 

 三枝は小さく呟いた。

 

 試験が中断されたあと。

 

 すぐにすべてが終わったわけではなかった。

 

 少なくとも、翌日へ持ち越された作業があった。

 

 三枝は端末を手に取った。

 

 そして、学園への返信を入力する。

 

 ――当時の手元の記録に、「翌日確認」という記載が残っています。

 

 ――ただし、何を対象にした確認なのかは、現時点では特定できません。

 

 ――試験後の作業予定について、もう少し資料を確認します。

 

 送信。

 

 三枝は小さく息を吐いた。

 

 あの日。

 

 試験は中断された。

 

 操縦者の観測は続いていた。

 

 そして、何かが翌日へ持ち越されていた。

 

 そのことが、ようやく思い出され始めていた。

 

     ◇

 

 午後九時二十一分。

 

 朔は寮の自室で、机に向かっていた。

 

 今日の授業で出された課題は、既に終わっている。

 

 机の端には、セシリアと作成した戦術図が保存されていた。

 

 朔は、それをもう一度開いた。

 

 敵機の位置。

 

 施設の配置。

 

 避難経路。

 

 そして、射線。

 

 セシリアが考えた戦術は、自分の意見を取り入れたあと、さらに修正されていた。

 

「……やっぱり、上手いな」

 

《何についてでしょうか?》

 

「セシリアの戦術」

 

 朔は答えた。

 

「俺は、相手をどこへ逃がすかって考えてた。でも、セシリアはその先まで考えてた」

 

《戦術判断には、複数の条件が関係します》

 

「そうだな」

 

 朔は頷いた。

 

 自分が見ているもの。

 

 相手が見ているもの。

 

 その二つが、同じとは限らない。

 

 だからこそ、誰かと話すことで気づけることがある。

 

 今日のセシリアとのやり取りは、そういうものだった。

 

 朔は戦術図を閉じた。

 

 次に、学園から届いた医療記録の確認状況を開く。

 

 受領記録。

 

 保管先。

 

 目録。

 

 そして、試験後再確認に関する項目。

 

「……再確認、か」

 

 朔は呟いた。

 

 昔の試験が終わったあと。

 

 誰かが、自分の状態を確認しようとしていた可能性がある。

 

 それが本当なら。

 

 何を調べようとしていたのだろう。

 

《過去の試験記録について、追加の検索を行いますか?》

 

 朔は少し考えた。

 

 だが、首を振った。

 

「……いや。今日はもういい」

 

《了解しました》

 

 朔は端末を閉じた。

 

 明日も授業がある。

 

 セシリアとの戦術研究も、まだ終わっていない。

 

 一夏たちと話す時間もある。

 

 その一方で、自分の過去について調べることも続いている。

 

 どちらか一つだけを選ぶ必要はない。

 

 今は、そう思えるようになっていた。

 

 朔は照明を落とした。

 

 窓の外には、夜のIS学園が広がっている。

 

 寮の明かり。

 

 静かな校舎。

 

 遠くの海。

 

 そして、その向こう側にある、自分の知らない過去。

 

 過去の試験記録は、まだ見つかっていない。

 

 だが、資料を受け取った記録が残されていた。

 

 さらに、試験後に何かを再確認する予定があった可能性も浮かんでいる。

 

 それが何を意味するのか。

 

 今の朔には、まだ分からない。

 

 ただ。

 

 あの日の試験は、機体が停止した瞬間にすべて終わったわけではなかった。

 

 そのことだけは、少しずつ形になり始めていた。

 

 朔は静かに目を閉じた。

 

 そして、知らないまま過ごしてきた過去へ、また一つ近づいていた。

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