IS〈インフィニット・ストラトス〉蒼穹の亡霊   作:右左右左右

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第31話 再び現れた白と赤

「雨宮朔さんの署名は、こちらにも保管されています」

 

 画面の向こうで、女がそう告げた。

 

 IS学園、管理棟。

 

 雨宮朔は、目の前の人物を無言で見つめていた。

 

 年齢は三十代半ばほど。

 

 黒いスーツに、整えられた髪。

 

 表情からは、ほとんど感情が読み取れない。

 

 女は、古い試験施設の記録管理を引き継いだ組織から派遣された代理人だと名乗っていた。

 

 学園側は身元を確認している。

 

 ただし、灰色ISの引き渡しを要求できる権限まで認めたわけではない。

 

「その署名を使えば、俺が何でも承諾したことになるんですか?」

 

 朔の問いに、女がわずかに眉を動かした。

 

『そのような意味ではありません』

 

「でも、提出された委任状には、俺が機体の引き渡しに同意したって書いてありましたよね」

 

『……はい』

 

「俺は同意してません」

 

 朔は、はっきりと言った。

 

「その書類に署名した覚えもありません」

 

 会議室の空気が張り詰める。

 

 同席しているのは、轡木十蔵と織斑千冬。

 

 そして、学園長の轡木トメだった。

 

「その点については、既に本人から正式な申し立てを受けています」

 

 トメが口を開いた。

 

「今回の面談で、雨宮君に機体の引き渡しを迫ることは認めません」

 

『承知しております』

 

 女は淡々と答えた。

 

 その反応に、朔は違和感を覚えた。

 

 機体を引き渡せ。

 

 そう要求してきた相手の代理人にしては、あまりにも引き際がよかった。

 

「一つ、聞いてもいいですか」

 

『どうぞ』

 

「そもそも、どうして今になってあの機体を回収しようとしてるんです?」

 

『管理上の問題です』

 

「管理上?」

 

『機体に関する一部の記録について、保管状況の確認が必要となりました』

 

 朔は目を細めた。

 

「記録を確認するために、機体そのものが必要なんですか?」

 

『その可能性があります』

 

「じゃあ、所有権の問題とは別ですよね」

 

 女が口を閉じた。

 

 十蔵が静かに口を開く。

 

「私たちも、そこが気になっていたんだよ」

 

 彼は端末を操作した。

 

「最初の申請書には、機体の管理権限を根拠として引き渡しが要求されていた。しかし、今回の説明では、記録の確認が目的だという」

 

『両者は矛盾しません』

 

「そうかもしれないね。だが、記録の確認が必要だからといって、機体を引き渡す権利が発生するわけではない」

 

 女は答えなかった。

 

 千冬が腕を組む。

 

「もう一つ聞く」

 

『何でしょうか』

 

「その機体に、何の記録が残されていると考えている?」

 

 短い沈黙。

 

 やがて、女が答えた。

 

『過去の試験に関する接続履歴です』

 

 朔の表情が変わった。

 

 接続履歴。

 

 何度も調べてきた言葉だった。

 

『当時の試験記録と照合するため、機体側に保存された情報の確認を求めています』

 

「それなら、最初からそう説明すればよかったじゃないですか」

 

 朔が言った。

 

 女は、初めて彼を正面から見た。

 

『説明するには、確認しなければならない事項がありました』

 

「俺の署名を使ってまで?」

 

 返事はなかった。

 

 朔は続けた。

 

「俺は、あの機体で何度も戦いました。でも、昔の試験で何があったのかは知らない」

 

『……』

 

「知らないことがあるなら、俺も調べたい。でも、だからって機体を勝手に持っていかせるつもりはありません」

 

 女は数秒間、黙っていた。

 

 そして、静かに告げた。

 

『あなたがそう判断することは理解しました』

 

「それで?」

 

『本日の面談内容は、依頼元へ報告します』

 

 十蔵が確認する。

 

「では、今回の引き渡し要求は撤回されるのかな?」

 

『撤回について、私の権限では判断できません』

 

「そうかい」

 

『ただし、現時点で機体の移動を強行する予定はありません』

 

 千冬の目が細くなった。

 

「予定、か」

 

 女は何も答えない。

 

 やがて、通信が終了した。

 

 画面が暗くなる。

 

 会議室に、静寂が戻った。

 

「……随分と回りくどい相手ですね」

 

 朔が呟いた。

 

「そうだな」

 

 千冬が頷く。

 

「だが、収穫はあった」

 

 朔が顔を上げた。

 

「何ですか?」

 

「向こうは、機体の内部に残された接続履歴を必要としている」

 

 十蔵が続けた。

 

「しかも、こちらからその話を持ち出す前に、自分たちで説明した。少なくとも、その情報に関心を持っていることは分かったね」

 

「……接続履歴」

 

 朔は呟いた。

 

 過去の試験。

 

 外部接続。

 

 そして、記録から消えていた部分。

 

 それらが、再び一つにつながり始めていた。

 

     ◇

 

 午後二時過ぎ。

 

 第三アリーナでは、通常の実技訓練が行われていた。

 

『ラウラ! そっちへ行ったよ!』

 

『分かっている!』

 

 シャルロットの声に応じ、黒いISが加速する。

 

 シュヴァルツェア・レーゲン。

 

 その正面に、訓練用の標的機が現れた。

 

 ラウラは機体の姿勢を調整し、砲口を向ける。

 

『そこだ!』

 

 模擬弾が命中した。

 

《標的機、撃破判定》

 

 続けて、ラウラは上空へ移動する。

 

『次は私が援護する。シャルロット、前へ出ろ』

 

『了解!』

 

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが加速した。

 

 シャルロットは機体を旋回させ、別の標的機へ接近する。

 

 武装を切り替え、射撃。

 

 標的機に命中判定が表示された。

 

『よし!』

 

 その様子を、朔は観覧席から見ていた。

 

 午前中の面談を終え、午後は予定されていた非接続の復帰評価を受けていた。

 

 身体機能の確認。

 

 操作手順の検証。

 

 そして、休憩時間を利用した実技訓練の見学。

 

 今日も、灰色ISを起動させる許可は出ていない。

 

「……やっぱり、実機は違うな」

 

 朔は小さく呟いた。

 

 シミュレーションとは、速度も動きも違う。

 

 推進器の出力。

 

 機体の慣性。

 

 武装を使用する際の姿勢制御。

 

 画面上では分かりにくかった細かな動きが、実際の機体でははっきり見える。

 

 朔は、ラウラの機動を目で追った。

 

 前回のシミュレーションでは、自分が勝った。

 

 だが、実機で同じ結果になる保証はない。

 

 シュヴァルツェア・レーゲンには、外部操作式の模擬戦では再現されなかった能力もある。

 

 ラウラ自身も、実機でこそ本領を発揮する操縦者だ。

 

「……今度は、こっちで戦いたいな」

 

 そう呟いた直後だった。

 

《警告》

 

 アリーナ内に、鋭い電子音が響いた。

 

 朔が顔を上げる。

 

《学園周辺空域に、未確認のIS反応》

 

《訓練を中止してください》

 

 訓練区域の表示が、一斉に赤へ変わった。

 

「……何?」

 

 朔は立ち上がった。

 

 上空では、シャルロットとラウラが動きを止めている。

 

『何があった?』

 

『未確認のIS反応……?』

 

 次の瞬間、千冬の声が通信に割り込んだ。

 

『全機、訓練中止。待機位置へ移動しろ』

 

 その声には、普段とは違う緊張があった。

 

     ◇

 

 学園の周辺海域。

 

 一機のISが、低高度を飛行していた。

 

 白を基調とした装甲。

 

 肩と脚部に施された赤い塗装。

 

 背部には、左右で形状の異なる推進器。

 

 その機体は、海面をかすめるように飛びながら、東京湾の人工島へ向かっていた。

 

 だが、進路の先には、既に警備用のISが展開している。

 

『こちらIS学園警備隊。所属および目的を明らかにしてください』

 

 応答はない。

 

『この先は学園の警戒区域です。進入を許可していません。直ちに進路を変更してください』

 

 白と赤のISは速度を落とした。

 

 そして、静止する。

 

 警備側の機体が距離を保つ。

 

 相手の武装は不明。

 

 所属も確認できない。

 

 学園としては、不用意に接近するわけにはいかなかった。

 

『再度警告します。所属と目的を――』

 

 その瞬間。

 

 白と赤の機体が動いた。

 

 右腕が上がる。

 

 光が走った。

 

『回避!』

 

 警備隊の一機が急旋回した。

 

 直後、射撃がその横を通過する。

 

 海面に巨大な水柱が立った。

 

『未確認機から攻撃! 繰り返す、未確認機から攻撃!』

 

 警戒区域の空気が、一変した。

 

     ◇

 

「……白と赤?」

 

 アリーナの管制室。

 

 朔は、警備用の映像に映った機体を見つめていた。

 

 千冬の許可を得て、訓練中止に伴う状況確認のため、指導員用の画面を見せられていた。

 

 そこに表示されていたのは、海上の未確認機。

 

 白い装甲。

 

 赤い塗装。

 

 そして、その特徴的な機体の輪郭。

 

「……まさか」

 

 朔の声が低くなった。

 

 隣にいた千冬が顔を向ける。

 

「雨宮?」

 

 朔は画面を指さした。

 

「……この機体、見覚えがあります」

 

「何?」

 

「以前、戦場で交戦した相手に似てる」

 

 千冬の表情が変わった。

 

「……詳しく話せ」

 

「白と赤の機体です。イタリア製の試作機だったはずです」

 

 朔は画面を見つめた。

 

 忘れるはずがなかった。

 

 あの輸送車列。

 

 戦場に現れた、白と赤のIS。

 

 奪われた機体。

 

 そして、灰色のISで戦った相手。

 

「……ST-X、アルディーレ」

 

 朔が呟いた。

 

 千冬はすぐに端末を操作した。

 

「警備隊へ機体識別情報を送る」

 

「ただ、同じ機体かどうかまでは分かりません」

 

「それでいい」

 

 千冬は答えた。

 

「今必要なのは、判断材料だ」

 

 朔は頷いた。

 

 画面の中では、未確認機と警備隊が距離を保ちながら交戦している。

 

 そして、次の瞬間。

 

 白と赤のISが、急加速した。

 

 警備隊の一機が追撃する。

 

 だが、未確認機は進路を鋭く変えた。

 

 警備機の射線から外れ、低空へ潜り込む。

 

 その動きに、朔の表情が変わった。

 

「……あの動き」

 

 千冬が顔を向ける。

 

「何か分かったか?」

 

「前にも見たことがあります」

 

 朔は答えた。

 

「追ってくる相手を、海面近くまで誘導して……」

 

 言いかけたところで、画面の中の機体が急減速した。

 

 追撃していた警備機が、その前方を通り過ぎる。

 

 白と赤のISが、背後へ回り込む。

 

「……まずい!」

 

 朔は思わず声を上げた。

 

「後ろを取られます!」

 

 千冬は即座に通信を開いた。

 

『警備隊、後方注意! 急減速による背後取りを警戒しろ!』

 

 警告が届いた直後。

 

 警備機が姿勢を変えた。

 

 白と赤の機体が放った射撃が、わずかに外れる。

 

 海面に水柱が立った。

 

 朔は小さく息を吐いた。

 

 今の動き。

 

 昔の戦場で見たものと、よく似ていた。

 

 偶然かもしれない。

 

 同じ機種なら、似た戦術を使う操縦者がいても不思議ではない。

 

 だが。

 

 朔の中で、嫌な予感が膨らんでいた。

 

     ◇

 

『こちらラウラ・ボーデヴィッヒ。現在、第三アリーナ上空で待機中。状況を確認したい』

 

 管制回線に、ラウラの声が入った。

 

 千冬が答える。

 

『未確認機が学園の警戒区域へ接近し、警備隊と交戦している』

 

『敵機ですか』

 

『現時点では所属不明だ。警備隊が対応している』

 

『了解。しかし、学園側へ侵入を試みるなら、こちらも対応可能です』

 

 千冬は一瞬、黙った。

 

 そして、答える。

 

『現在の位置を維持しろ。勝手に接近するな』

 

『……了解』

 

 ラウラの声が少し硬くなる。

 

 その隣では、シャルロットも待機していた。

 

『千冬先生、僕たちも待機でいいんですよね?』

 

『ああ。指示があるまで動くな』

 

『了解!』

 

 通信が切れる。

 

 朔は画面を見つめた。

 

 未確認機は、警備隊と交戦している。

 

 だが、その動きには違和感があった。

 

「……千冬先生」

 

「何だ」

 

「この機体、学園へ向かってきたんですよね?」

 

「ああ」

 

「でも、今は警備隊を振り切ろうとしてない」

 

 千冬が画面へ視線を戻した。

 

 確かに、未確認機は追撃を回避しながらも、学園へ強引に接近する様子を見せていない。

 

 一定の距離を保っている。

 

「……何が言いたい?」

 

 朔は少し考えた。

 

「……何かを待ってるように見えます」

 

 その直後だった。

 

 未確認機から通信が入った。

 

《学園警備回線に、外部通信を受信》

 

 管制室の空気が変わる。

 

 千冬が応答を許可した。

 

『こちらIS学園。所属と目的を答えろ』

 

 短い沈黙。

 

 やがて、女の声が聞こえた。

 

『……雨宮朔は、そこにいる?』

 

 朔の身体が固まった。

 

 その声。

 

 低く、落ち着いた口調。

 

 以前の戦場で、無線越しに聞いたことがあるような気がした。

 

 だが、記憶だけで同一人物と判断することはできない。

 

 千冬が鋭く問い返す。

 

『所属を名乗れ』

 

『彼に用があるの』

 

『ここは教育施設だ。所属不明の武装機が接近してよい場所ではない』

 

 女は少し笑った。

 

『相変わらず厳しいのね、IS学園は』

 

 千冬の表情が険しくなる。

 

『質問に答えろ』

 

 しかし、女は答えなかった。

 

『灰色の機体を使っていた少年。雨宮朔』

 

 朔は画面を見つめた。

 

『本人がいるなら、伝えて』

 

 短い沈黙。

 

 そして。

 

『あのときの続きが、まだ終わっていないって』

 

 通信が切れた。

 

     ◇

 

『……追撃しますか?』

 

 警備隊からの問いに、千冬は即答しなかった。

 

 未確認機は既に後退を始めている。

 

 警備区域の外へ向かい、速度を上げていた。

 

 周辺の航路には、民間の船舶も存在する。

 

 ここから無理に追撃すれば、別の危険が生じる可能性があった。

 

『深追いするな。警戒区域からの離脱を確認し、監視を継続しろ』

 

『了解』

 

 警備機が距離を取る。

 

 白と赤のISは、海面近くを加速した。

 

 やがて、遠方の空へ姿を消した。

 

 その後ろ姿を、朔は黙って見つめていた。

 

 千冬が通信を切る。

 

「……雨宮」

 

「はい」

 

「今の相手について、分かることを話せ」

 

 朔は頷いた。

 

「以前交戦した、白と赤のISに似ていました」

 

「操縦者は?」

 

「分かりません。声は聞いたことがある気がしますが、断定できません」

 

 千冬は頷いた。

 

「それでいい」

 

 朔は拳を握った。

 

 右手の指先に、まだわずかな違和感が残る。

 

「……先生」

 

「何だ」

 

「あいつ、俺に用があるって言いましたよね」

 

「ああ」

 

「だったら、また来るかもしれません」

 

「その可能性はある」

 

 千冬は冷静に答えた。

 

「だから学園側で警戒を強化する」

 

 朔は唇を噛んだ。

 

 自分が戦えれば。

 

 そんな考えが、頭をよぎる。

 

 だが、千冬はそれを見抜いたようだった。

 

「雨宮」

 

「……はい」

 

「今のお前が勝手に出撃しても、状況がよくなるとは限らん」

 

 朔は黙った。

 

「相手は、お前を呼び出そうとしていた可能性がある。その要求に応じる必要はない」

 

「……分かっています」

 

「なら、今は治療を優先しろ」

 

 千冬は、少しだけ声を和らげた。

 

「戦う機会が来るとしても、身体を壊してまで出撃する必要はない」

 

 朔は、ゆっくりと頷いた。

 

「……はい」

 

 だが、その表情には悔しさが残っていた。

 

     ◇

 

 午後五時四十分。

 

 IS学園の管理棟。

 

 トメ、十蔵、千冬の三人は、今回の事件について報告を受けていた。

 

 外部から接近した所属不明のIS。

 

 学園警備隊への攻撃。

 

 そして、雨宮朔を名指しした通信。

 

 事態は、単なる書類上の問題ではなくなっていた。

 

「……人的被害は?」

 

 トメが尋ねた。

 

「確認されていません」

 

 千冬が答える。

 

「警備機に軽微な損傷がありますが、操縦者は無事です」

 

「そうですか」

 

 トメは頷いた。

 

「では、周辺海域の警戒を強化してください。それから、今回の件は関係機関へ正式に報告します」

 

「承知しました」

 

 十蔵が資料を開いた。

 

「問題は、今朝の面談との関係だね」

 

 千冬が腕を組む。

 

「同じ日に起きた以上、関連の可能性は考えるべきでしょう」

 

「ただし、証拠はない」

 

「ええ」

 

 十蔵は頷いた。

 

 機体の引き渡しを求める代理人。

 

 そして、学園へ接近してきた白と赤のIS。

 

 どちらも灰色の機体、あるいは雨宮朔に関心を示している。

 

 だが、同じ組織に属しているとは限らない。

 

「……それと、もう一つ」

 

 千冬が口を開いた。

 

「未確認機の戦術です」

 

 画面には、海上での交戦映像が表示された。

 

 急減速。

 

 追撃機の背後への回り込み。

 

 そして、射撃。

 

「雨宮は、この機動を以前の戦場でも見たと話しています」

 

 十蔵が画面を見つめる。

 

「……同一機体ということかい?」

 

「可能性はあります。ただし、現時点では機体識別が完了していません」

 

 千冬は答えた。

 

「こちらが確認した外観と行動は、過去の記録と照合する必要があります」

 

 トメが静かに頷いた。

 

「雨宮君への対応は?」

 

「本人には、無断での出撃や接触を避けるよう伝えました」

 

「それで結構です」

 

 トメは答えた。

 

 そして、少し考えてから続ける。

 

「ただし、彼を守ることと、彼から判断する機会を奪うことは違います」

 

 千冬が顔を上げた。

 

「……はい」

 

「本人には、確認できた事実を伝えてください。今後の対応についても、必要な範囲で意見を聞きましょう」

 

 十蔵は頷いた。

 

「分かりました」

 

     ◇

 

 その日の夜。

 

 寮の自室。

 

 朔は端末に表示された映像を見つめていた。

 

 学園から共有された、警備映像の一部。

 

 白と赤のIS。

 

 その機体が海上で急減速し、警備機の背後へ回り込む。

 

 朔は映像を停止した。

 

「……やっぱり、似てる」

 

《過去の記録と照合しますか?》

 

「頼む」

 

《了解しました》

 

 端末に、以前の戦闘記録の一部が表示される。

 

 あの輸送車列。

 

 戦場に現れた白と赤のIS。

 

 そして、灰色の機体で交戦した相手。

 

 画面には、二つの映像が並んだ。

 

 朔は、しばらく無言で見比べた。

 

 装甲の形状。

 

 背部の推進器。

 

 そして、回避動作。

 

 細部には違いがある。

 

 改修を受けたのか。

 

 それとも、似た機体なのか。

 

 今の資料だけでは判断できない。

 

 だが。

 

「……あいつが、俺を知ってるのは確かだ」

 

《通信内で、雨宮朔の氏名が使用されています》

 

「ああ」

 

 朔は頷いた。

 

 そのとき、端末が振動した。

 

《新着通信》

 

 朔は画面を見た。

 

 差出人の表示はない。

 

 だが、通信経路には見覚えがあった。

 

 以前、自分へ指示を送ってきた男。

 

 その経路だった。

 

 朔は通信を開く。

 

 ――君は、今日の機体を見たか?

 

 朔の表情が変わった。

 

 返信する。

 

 ――見た。

 

 ――あんたは、あいつを知ってるのか?

 

 しばらくして、返事が届いた。

 

 ――君が以前交戦した機体と、同じものだと考えている。

 

 朔は画面を見つめた。

 

 あの男も、そう考えている。

 

 少なくとも、そう主張している。

 

 朔は返信した。

 

 ――どうして分かる?

 

 返事はすぐには来なかった。

 

 やがて、新しい文章が表示された。

 

 ――確認が必要だ。

 

 朔は眉をひそめた。

 

「……また、それか」

 

 続けて、もう一つ送信する。

 

 ――あいつは、何が目的なんだ?

 

 数秒後。

 

 返事が届く。

 

 ――君を呼び出すためだろう。

 

 朔は画面を見つめた。

 

 分かっている。

 

 今日の通信は、明らかに自分を意識したものだった。

 

 だが、それだけではないはずだ。

 

 朔は返信した。

 

 ――あいつは、灰色の機体について何か知ってるのか?

 

 しばらく沈黙が続いた。

 

 そして、短い文章が表示された。

 

 ――君が考えている以上に、関係があるかもしれない。

 

 朔は小さく息を吐いた。

 

「……結局、何も教えないんだな」

 

 そのまま通信を閉じようとした。

 

 だが、次の文章が届いた。

 

 ――君は、まだあの機体を動かせないのか?

 

 朔の指が止まった。

 

 右腕。

 

 医師からの操縦制限。

 

 そして、段階的な復帰評価。

 

 どこまで知られているのかは分からない。

 

 朔は、しばらく考えた。

 

 そして、返信する。

 

 ――それを答える必要はない。

 

 送信。

 

 続けて、もう一つ。

 

 ――俺が戦うかどうかは、俺が決める。

 

 しばらく返事はなかった。

 

 やがて、一文だけ届いた。

 

 ――そうか。

 

 その後、通信は途切れた。

 

 朔は端末を置いた。

 

 今日、再び現れた白と赤のIS。

 

 あの戦場で交戦した相手に似た機体。

 

 そして、自分を名指しした操縦者。

 

 灰色のISの過去を調べる者がいる。

 

 機体の引き渡しを求める者がいる。

 

 さらに、自分を直接呼び出そうとする者まで現れた。

 

 もう、単に古い記録を調べるだけでは済まないのかもしれない。

 

 朔は、ゆっくりと右手を握った。

 

 指先には、まだわずかな違和感が残っている。

 

 それでも。

 

 以前より確実に動くようになっていた。

 

「……早く戻らないとな」

 

 小さく呟く。

 

 だが、今度は焦りだけではなかった。

 

 戦いたい。

 

 その気持ちは確かにある。

 

 しかし、誰かに挑発されたからといって、無理に出撃するつもりはない。

 

 自分の身体を治す。

 

 自分の機体について知る。

 

 そして、必要なときに、自分の意思で戦う。

 

 朔は画面を閉じた。

 

 窓の外には、夜のIS学園が広がっている。

 

 その向こう側。

 

 今日、白と赤の機体が消えていった海。

 

 あの操縦者は、また現れるのだろうか。

 

 分からない。

 

 だが、次に会うとき。

 

 自分は、ただ見ているだけではいたくなかった。

 

     ◇

 

 同じ頃。

 

 東京湾から離れた海域。

 

 白と赤のISが、低高度を飛行していた。

 

 その操縦席で、女が通信を開く。

 

『……目標の反応は?』

 

 男の声が返る。

 

『確認できなかった。灰色の機体は出てこなかったな』

 

『そう』

 

 女は短く答えた。

 

『でも、本人は学園にいるみたいね』

 

『どうして分かる?』

 

 女は小さく笑った。

 

『私の機動に反応した警備側の動きが、途中で変わったの』

 

『……それだけで判断するのか?』

 

『もちろん、それだけじゃない』

 

 女は機体の進路を変えた。

 

 遠くに、海上の明かりが見える。

 

『ただ、以前の交戦記録を知っている人間が、向こうにいる可能性はある』

 

『それが雨宮朔だと?』

 

『まだ分からないわ』

 

 女は答えた。

 

 そして、静かに続ける。

 

『でも、次はもう少し近くで確かめたい』

 

『学園の警戒は強くなるぞ』

 

『でしょうね』

 

 女は笑った。

 

『だから、次は別の方法を考えるわ』

 

 通信が切れる。

 

 白と赤のISは、夜の海へ姿を消した。

 

 その背後。

 

 東京湾の人工島には、まだ明かりが灯っている。

 

 そこで暮らす少年が、再び自分の前に現れる日を待ちながら。

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