勇者連隊戦記   作:バグスター

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帝国歴11月~12月


第4節 軍事法廷

四人が山中で拘束されてから、軍警による調査が始まった。

 

佐々木と中村は銃創の治療を受け、加藤と吉田は軍警の管理する区画へ収容された。男二人は太腿を撃たれていたものの、命に別状はなく、十二月を迎える頃には短い距離なら歩けるまでに回復していた。

 

取り調べに同席したのは、高梨梓伍長だった。

 

かつて日本人新兵たちに帝国共通語を教えていた彼女は、四人の顔も性格もよく知っている。軍警の質問を一つずつ日本語に訳し、四人の答えを帝国共通語へ戻すことが、今回の役目だった。

 

取り調べで尋ねられたのは、逃亡の動機、相談を始めた時期、行軍中に部隊を離れた経緯、持ち出した武器と弾薬の扱いについてだった。

 

佐々木は最初から反抗的だった。

 

「軍隊が嫌だったから逃げたんだよ。俺ら、好きでこの世界へ来たわけじゃねえんだぞ」

 

逃亡を提案したのが自分であることは認めたが、ほかの三人も同意したのだから自分だけの責任ではないと強調した。さらに、高橋に脚を撃たれたことについても、繰り返し不満を述べた。

 

中村は佐々木に誘われたと話し、自分の意思でついていったことを認めた。小銃を手放さなかったのは、山中で野生動物に出会うことを恐れたからだと説明した。

 

加藤は、毎日の訓練に嫌気が差していたと答えた。吉田も逃亡に同意したことを認め、街に着いた後のことはほとんど考えていなかったと話した。女二人が小銃と弾薬を捨てたのは、歩くのに邪魔だったためだった。

 

四人の供述に大きな食い違いはなかった。

 

軍警は各中隊の行軍記録と装備台帳を確認し、捨てられた装備の捜索も行った。そうした記録から、四人が事前に相談して行軍部隊を離れ、武器を携行したまま逃亡したことが裏づけられた。

 

最後に中村の取り調べが終わったとき、中村は高梨を呼び止めた。

 

「高梨教官……俺ら、これからどうなるんですか?」

 

「軍事法廷が開かれるわ。そこで処分が決まります」

 

「それって、死刑とかもあるんですか?」

 

高梨はすぐには答えなかった。窓の外では冷たい雨が降り、廊下から軍警の兵士が歩く足音が聞こえていた。

 

「中村さん。以前のベルノ伯爵なら、軍事法廷を開かずに銃殺刑だったのよ」

 

「……え?」

 

「帝国軍法では、逃亡兵に対して指揮官命令による銃殺が認められているの。前の伯爵は、軍紀違反にはとても厳しい人だったわ」

 

中村は青ざめた。

 

高梨は静かに続けた。

 

「少なくとも、今の伯爵はあなたたちの話を聞いてくれるわ」

 

「じゃあ、助かるんですか?」

 

「それは私にもわからない。判決を決めるのは法務官だから」

 

高梨は書類をまとめ、椅子から立ち上がった。

 

「取り調べはこれで終わりです」

 

そう言い残し、部屋を出ていった。

 

中村は寝台に横たわったまま、扉を見つめていた。

 

軍事法廷が開かれたのは、十二月に入ってからだった。

 

ベルノには薄い雪が降り、連隊本部に隣接する石造りの建物の軒先にも白いものが残っていた。法廷の高い窓から入る光は弱く、室内には寒さをやわらげるための暖房が置かれている。

 

正面には法務官の席が設けられ、その隣には書記官が座っていた。少し離れた席には監察院の職員が控え、審理の手続きが法令に従っているか確認することになっている。

 

連隊長オリヴィエ・フォン・ベルノ大佐は、領主として法廷に立ち会っていた。淡いピンクブロンドの髪をまとめた女性で、柔らかな表情をしていたが、席に着いた姿には静かな威厳があった。傍らにはアウレリア・アル・エルディア大尉が控えている。

 

四人は軍警に伴われて入室した。

 

男二人にはまだ傷の痛みが残っているため、長く立たずに済むよう席が用意された。加藤と吉田はその横へ並んだ。高梨は四人の近くに立ち、必要な通訳を始めた。

 

法務官は氏名、所属、軍籍編入の時期を確認し、罪状を読み上げた。

 

戦時下において正規兵が計画的に部隊を離れ、軍から支給された武器と弾薬を携行したまま逃亡したこと。四人はベルノ市街へ向かおうとしたが、浸透偵察小隊によって発見され、拘束されたこと。

 

男二人が拘束時に銃撃を受けた経緯についても、追跡部隊の報告書が提出されていた。

 

「俺らは誰も撃ってねえぞ」

 

佐々木が口を挟んだ。

 

高梨が通訳すると、法務官は落ち着いて頷いた。

 

「その点は確認されている。しかし、追跡部隊には武装した逃亡兵に対する射殺許可が与えられていた。兵士が武器を取ろうとしたため発砲したという報告も確認されている」

 

高梨の訳を聞き、佐々木は口を閉じた。

 

続いて法務官は逃亡の理由を尋ねた。

 

佐々木は軍隊に入りたくなかったこと、自分たちは勝手にこの世界へ召喚されたことを訴えた。中村は佐々木に誘われたが自ら同意したことを認め、加藤は軍隊生活に耐えられなかったと述べた。吉田は泣きながら、もう逃げないので軍隊へ戻してほしいと申し出た。

 

法務官はそれぞれの言葉を記録させたうえで、四人へ説明した。

 

「召喚者が自ら望んで帝国へ来たわけではないことは承知している。帝国は召喚者に臣民と同等の権利を認めるが、同時に法令上の義務も課している。軍籍にある者が、戦時に個人の判断で軍務を放棄することは認められない」

 

「でも、俺らは日本じゃ高校生だったんだぞ」

 

佐々木が反論した。

 

「帝国法では召喚者は成人として扱われる。軍務上の責任も同じだ」

 

高梨が訳すと、佐々木は何か言い返しかけ、やがて黙り込んだ。

 

審理が終わると、法務官は提出された記録と供述を確認した。監察院職員も手続きに問題がないか書類を照合し、書記官が必要な記録を整えていく。

 

しばらくして、法務官が顔を上げた。

 

「判決を言い渡す」

 

法廷が静まった。

 

「被告人四名は、戦時下において計画的に軍務を放棄し、武器および弾薬を携行して逃亡した。本件は帝国軍法に定める重大な逃亡罪に該当する。よって、四名に死刑を言い渡す」

 

高梨はわずかに息を止めたが、内容を省略せず日本語へ訳した。

 

「四名全員、死刑です」

 

「……は?」

 

最初に声を上げたのは佐々木だった。

 

「何で死刑なんだよ! 俺ら、誰も殺してねえだろ!」

 

中村は青ざめて椅子の背にもたれ、加藤は信じられないという顔で高梨を見た。吉田は俯いたまま涙をこぼし、許してほしいと何度も呟いた。

 

高梨は四人の訴えを法務官へ通訳した。しかし、法務官は静かに、帝国軍法に基づく判断だと説明した。

 

そのとき、オリヴィエが立ち上がった。

 

「判決を確認しました。法務官の判断は妥当であり、軍法の適用にも問題はありません」

 

法務官は頷いた。

 

オリヴィエは机の上の記録を閉じた。

 

「本件について、ベルノ伯爵として、帝国法に定められた減刑権を行使します」

 

法廷に静かな緊張が走った。

 

「被告人四名について、法律で認められた範囲で刑の減軽を求めます」

 

オリヴィエはそれ以上、刑の内容を宣告しなかった。領主が持つ減刑権は無制限ではなく、法が許す範囲に限られていた。減刑後の刑罰を正式に宣告するのは法務官の役割だった。

 

法務官と監察院職員は該当条項を確認し、書記官が新たな判決文を準備した。

 

四人には何が行われているのかわからなかった。高梨が減刑権について説明すると、中村がかすれた声で尋ねた。

 

「……助かるんですか?」

 

「刑を軽くする手続きが始まったところよ。まだ正式には決まっていません」

 

高梨自身も驚いていた。

 

先代の伯爵であれば、そもそも軍事法廷を開かず、指揮官命令で銃殺していたかもしれない。自分の知るベルノ軍の慣例と、目の前で行われていることは大きく違っていた。

 

やがて法務官が顔を上げた。

 

「領主による適法な減刑権行使を確認した。被告人四名への死刑を減じ、国家奴隷刑とする」

 

高梨は日本語へ訳した。

 

中村が大きく息を吐き、加藤は涙を拭った。吉田も顔を上げた。しかし、続けて説明された国家奴隷刑の内容を聞くと、四人の表情は再び曇った。

 

軍籍を失い、自由民の権利を失う。居住地も仕事も国家奴隷庁が決め、原則として終身、国の管理を受ける。

 

「……一生、奴隷ってことかよ」

 

佐々木が呟いた。

 

高梨は頷いた。

 

「そうです」

 

最後の手続きが始まった。

 

オリヴィエが減刑権行使の書類に署名し、法務官が減刑後の判決文に署名する。監察院職員は両者の手続きが法令に適合することを確認し、最後の署名を行った。

 

三者の署名が揃い、正式な印章が押されて、刑が確定した。

 

「これをもって、被告人四名に対する国家奴隷刑を確定する。本件の審理を終了する」

 

法務官が閉廷を宣言した。

 

閉廷後、オリヴィエが控室へ戻ると、アウレリアが扉を閉めて静かに言った。

 

「……やさしいですね」

 

オリヴィエは顔を上げた。

 

「そうかしら?」

 

「先代の伯爵なら、あの四人は法廷へ立つことさえなかったでしょう」

 

「そうでしょうね」

 

オリヴィエは記録を机へ置いた。

 

「死刑判決が法に反していたわけではないわ。ただ、法律に認められた別の選択があるのなら、私はそれを使いたかったの」

 

アウレリアは静かに頷いた。

 

「国家奴隷刑も、決して軽いものではありません」

 

「ええ。それでも、命を奪うことだけは避けられたわ」

 

しばらくして、通訳を終えた高梨が控室に呼ばれた。

 

「高梨伍長。今日はご苦労さまでした」

 

オリヴィエが微笑んだ。

 

「ありがとうございます」

 

「国家奴隷庁の方へはこちらから連絡しておくから、四人がベルノにいる間、通訳をお願いできないかしら。満足に帝国共通語を話せないみたいだし」

 

高梨は少し驚いたが、すぐに姿勢を正した。

 

「承知しました。収容施設での説明と手続きについて、通訳を担当します」

 

「ありがとう。助かるわ」

 

アウレリアが必要な連絡書類を準備すると申し出た。高梨は二人に敬礼し、控室を後にした。

 

窓の外には、薄い雪が舞い始めていた。

 

数日後、四人はエルディア地方中央政府派出所の国家奴隷庁収容区画から、帝都へ護送されることになっていた。

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