勇者連隊戦記   作:バグスター

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帝国歴232年2月・サラミス


第2節 七年前の敗戦

第7軍団司令部が置かれているサラミスは、帝国直轄領に属する小都市だった。

 

中部戦線のやや南寄りに位置するこの町は、前線への補給と軍団の指揮を支える重要な拠点となっていた。

 

駅の構内には軍需物資を積んだ貨車が長い列を作り、荷役作業に従事する兵士たちの掛け声が響いている。駅前の通りでは軍用馬車が行き交い、商店の軒先には軍服姿の客が目立った。

 

前線方面へ向かう鉄道は、ここからさらに東へ延びている。

 

終着駅のイジュームまでは半日ほど。かつて小さな村だったイジュームは、現在では人口五千人ほどの補給拠点に発展していた。

 

そこからさらに三十キロほど進んだところに、第121歩兵師団の担当する防衛線がある。

 

ベルノ連隊の浸透偵察小隊が先発してから、ちょうど二日が経っていた。

 

ヴァルター少佐率いる小隊は、すでに前線へ向かっている。

 

一方、連隊長のオリヴィエ・フォン・ベルノ大佐と司令部付のアウレリア大尉は、サラミスの第7軍団司令部を訪れていた。

 

軍団司令官への着任挨拶を済ませた後、イジュームへ向かい、第121歩兵師団司令部にも挨拶する予定だった。

 

第7軍団司令部は、町の中心部にある大きな石造りの建物だった。

 

正面には帝国軍の軍旗が掲げられ、門の両側には衛兵が立っている。

 

建物の中に入ると、外の寒さとは対照的に暖かな空気が二人を迎えた。

 

廊下には軍靴の音が響き、書類の束を抱えた兵士たちが忙しそうに行き交っている。開け放たれた部屋の扉からは電話のベルが聞こえ、時折、伝令兵が早足で通り過ぎていった。

 

軍団司令部らしい慌ただしさだった。

 

案内された待合室で、オリヴィエとアウレリアは軍団司令官との面会を待っていた。

 

「ライゼン大将にお会いするのも、久しぶりですね」

 

アウレリアが言った。

 

「そうね。父のこともご存じだから、近況を尋ねられるかもしれないわ」

 

「225年の件もありますからね」

 

「ええ」

 

オリヴィエは短く答えた。

 

帝国歴225年。

 

旧ベルノ旅団が壊滅した、七年前の戦いである。

 

現在の第7軍団司令官、ライゼン大将は、当時この軍団の副将を務めていた。

 

オリヴィエは膝の上に置いた手袋を整えた。

 

父から幾度となく聞かされた戦いだったが、当時の軍団司令部がどのような状況だったのかまでは、詳しく知らなかった。

 

やがて扉が開き、副官の将校が姿を現した。

 

「ベルノ伯爵閣下、ライゼン大将がお待ちです」

 

二人は立ち上がった。

 

* * *

 

案内された執務室は、想像していたよりも広かった。

 

壁には大きな中部戦線の作戦地図が掲げられ、軍団の担当区域が色分けされている。

 

反対側の壁には書類棚が並び、部屋の中央に置かれた大きな執務机には、報告書や編成表が整然と積み重ねられていた。

 

窓際には来客用の椅子が並び、部屋の隅では大きなストーブが赤々と燃えている。

 

その机の向こうで立ち上がったのが、第7軍団司令官、アウグスト・フォン・ライゼン大将だった。

 

長身で肩幅が広く、厚い胸板を持つ大柄な男だった。

 

金髪にはところどころ白いものが交じり、口元には立派な口髭を蓄えている。

 

五十二歳。

 

がっしりとした体格と重厚な顔立ちは、いかにも歴戦の武人といった風格を漂わせていた。

 

「ベルノ伯爵、よく来てくれた」

 

低く落ち着いた声が室内に響いた。

 

オリヴィエとアウレリアは姿勢を正した。

 

「ベルノ連隊長、オリヴィエ・フォン・ベルノ大佐。着任のご挨拶に参りました」

 

「ベルノ連隊司令部付、アウレリア大尉であります」

 

ライゼンは二人に答礼した。

 

「ご苦労。まあ、掛けたまえ」

 

大きな手で椅子を示し、自身もゆっくりと腰を下ろした。

 

「ベルノ連隊の編成については報告を受けている」

 

ライゼンは手元の書類を開いた。

 

「歩兵四個中隊に砲兵中隊、それに浸透偵察小隊か」

 

「はい。そのほか、工兵、補給、衛生などの支援部隊を伴っております」

 

「百二十ミリ榴弾砲も配備しているそうだな」

 

「はい。砲兵中隊の主力装備です。牽引車の導入も進めております」

 

「ほう」

 

ライゼンは感心したように頷いた。

 

「地方部隊としては、随分と装備の整備に力を入れているようだ」

 

「父の代から、少しずつ進めてまいりました」

 

「そうか」

 

ライゼンは書類から顔を上げた。

 

「ところで、アルベルト伯爵は元気にしておられるか?」

 

「はい。足は不自由ですが、現在は湖畔の山荘で静かに暮らしております」

 

「それは何よりだ」

 

ライゼンは口髭を撫でた。

 

「父君には随分と苦労をかけたからな」

 

その言葉に、オリヴィエはわずかに表情を引き締めた。

 

ライゼンが何を思い出しているのか、彼女にもわかっていた。

 

* * *

 

連隊の配置や補給について一通り確認した後、ライゼンは机の端に置かれていた別の報告書を手に取った。

 

「ところでベルノ伯爵。ひとつ気になる情報がある」

 

「何でしょうか?」

 

「最近、魔族軍の無線通信に、ある言葉が繰り返し現れている」

 

ライゼンは報告書に目を落とした。

 

「グリモフ、という音だ」

 

オリヴィエの表情が変わった。

 

「グリモフ将軍ですか?」

 

「ああ。ただし、正確にそう発音されているかどうかはわからん。魔族の無線を我々が聞き取れる形に変換したものだからな」

 

魔族軍の無線通信は、人間が通常の受信機でそのまま音声として聞き取れるものではない。

 

帝国軍は特殊な装置によって通信を人間の可聴域に変換し、その内容を解析していた。

 

しかし、変換された音声には不明瞭な部分も多く、聞き取れた音が正しいのか、何を意味するのかまでは容易に判別できなかった。

 

「グリモフが最後に確認されたのは、二年前でしたね」

 

アウレリアが言った。

 

「ああ。第4軍団の戦域だ。あのときは随分と手痛い目に遭ったそうだ」

 

ライゼンは椅子の背にもたれた。

 

「奴は一つの戦域に留まるような将軍ではない。中部戦線のあちこちに現れては、戦車部隊を率いて我が軍の防衛線を突破している」

 

中部戦線は、全長およそ二千キロにも及ぶ。

 

第4軍団が担当する北方戦域と、第7軍団が担当する南寄りの戦域では、相当な距離が離れている。

 

グリモフは、その広大な戦線の各所で帝国軍を苦しめていた。

 

「だが、二年前の第4軍団での戦いを最後に、奴の名前は聞かなくなった」

 

「戦死したという情報はないのでしょうか?」

 

オリヴィエが尋ねた。

 

「ない。負傷したとも、別の戦線に転属したとも聞いておらん。所在は不明のままだ」

 

ライゼンは報告書を机に戻した。

 

「それが最近になって、再び名前らしい音が出てきたというわけだ」

 

「こちらの戦域に現れる可能性があるのでしょうか?」

 

「わからん。この情報だけで判断するつもりはない。そもそも、本当にグリモフの名なのかさえ確認できていないからな」

 

ライゼンは少し間を置いた。

 

「だが、私には忘れられん名前でね」

 

その大きな手が、書類の端を軽く押さえた。

 

オリヴィエは、ライゼンの表情がわずかに変わったことに気づいた。

 

「……225年の戦いですね」

 

「ああ」

 

ライゼンは短く答えた。

 

窓の外では、冬の風が吹いていた。中庭に掲げられた軍旗が大きくはためき、石畳を踏む軍馬の蹄の音が、閉じた窓越しにかすかに聞こえてくる。

 

ライゼンは椅子から立ち上がった。

 

大柄な身体がゆっくりと動き、軍服の厚い生地がかすかな音を立てる。

 

彼は机の横を回り、壁に掲げられた大きな作戦地図へ歩み寄った。

 

「当時、私はこの軍団の副将だった。階級は中将だ」

 

ライゼンは地図の一角に目を向けた。

 

「七年前、グリモフの戦車部隊に戦線を破られた。奴の進撃は五十キロにも及んだ」

 

オリヴィエとアウレリアも地図へ視線を向けた。

 

そこには現在の防衛線が複雑な線で描かれ、各軍団の配置を示す番号が並んでいた。

 

七年前に戦闘が行われた場所も、今では別の部隊が守っている。

 

「突破された正面の部隊は大きな損害を受けた。我々も予備兵力を投入し、帝国軍唯一の戦車師団まで投入して、ようやく奴の進撃を止めたが……」

 

ライゼンはそこで言葉を切った。

 

「その間に後続の魔族軍が流れ込み、前線の部隊を包囲してしまった」

 

「ベルノ旅団とマズリード旅団ですね」

 

オリヴィエが静かに答えた。

 

「ああ。通信も次々と途絶え、軍団司令部でも何が起きているのか、十分に把握できなかった」

 

ライゼンはしばらく地図を見つめていた。

 

「結局、我々は六十キロ後方へ戦線を下げることになった。救援部隊も前進させたのだがな……」

 

低い声が途切れた。

 

窓の外を軍用馬車が通り過ぎていく。

 

車輪の音が遠ざかると、室内は再び静かになった。

 

「正面での戦闘、反撃、そして両旅団の壊滅。あの一連の戦いで、第7軍団は一個師団に相当する戦力を失った」

 

ライゼンは地図に描かれた部隊の配置を見渡した。

 

「地図の上から、一個師団が消えたようなものだったよ」

 

オリヴィエは黙っていた。

 

父から何度も聞かされた敗戦だったが、軍団全体の損害について、こうして当時の副将から直接聞くのは初めてだった。

 

ライゼンは地図から離れ、ゆっくりと机に戻った。

 

「ベルノ旅団がどうなったのか、詳しく知ったのは戦いが終わってからだ。生還者の報告書が上がってきた。アルベルト伯爵からも話を聞いたよ」

 

「父からですか?」

 

「ああ。もっとも、あの戦いについては、あまり多くを語らなかったがね」

 

ライゼンは椅子に腰を下ろした。

 

机の上には、現在の第7軍団に所属する部隊の編成表が並んでいる。

 

七年前に失われた兵士たちの名前は、そこにはなかった。

 

「報告書によれば、両旅団は包囲突破を試みたものの、失敗したそうだ。残った兵士たちは散り散りになり、敵中を抜けて救援部隊を目指した」

 

ライゼンは机に置かれた書類へ目を落とした。

 

「三昼夜に及ぶ撤退だった。敵中を四十キロ近くも抜けてきた者たちがいたそうだ」

 

オリヴィエは黙って聞いていた。

 

「四千人近くいたベルノ旅団から、帰還できたのは二百人弱だった」

 

その声は静かだった。

 

ストーブの中で薪が小さく爆ぜた。

 

「一方、マズリード旅団からは千人ほどが帰還した。同じように包囲されながら、これほどの差が出たのだ」

 

「はい。父からも聞いております」

 

オリヴィエは小さく頷いた。

 

ライゼンは口髭を軽く撫でた。

 

「マズリードには浸透偵察小隊があったそうだな。戦後の報告書にも、敵の警戒の薄い場所を見つけて撤退を助けたと書かれていた」

 

「ベルノには、そのような部隊がありませんでした」

 

「そうだ。アルベルト伯爵も、そのことを悔やんでいた」

 

ライゼンは少し考えてから続けた。

 

「そういえば、報告書にダークエルフの女性将校のことが書かれていたな」

 

「女性将校ですか?」

 

オリヴィエが顔を上げた。

 

「ああ。マズリード旅団からベルノ旅団へ連絡に向かったそうだ。敵中を突破して、無事にたどり着いたと記憶している」

 

「そうだったのですね」

 

「名前までは覚えておらんが、なかなか大したものだと思ったよ」

 

ライゼンは小さく頷いた。

 

「それで、ベルノでも227年に浸透偵察小隊を設立したのだったな」

 

「はい。ヴァルターが中心となって設立しました」

 

「ヴァルター……ああ、あの大尉か」

 

「現在は少佐となり、小隊長を務めております」

 

「そうか。彼もあの戦いの生存者だったな」

 

ライゼンの表情が少し和らいだ。

 

「マズリードの協力もあったのか?」

 

「はい。ダークエルフの女性が設立に大変尽力してくださったと聞いております」

 

「ほう、そうか」

 

ライゼンは感心したように頷いた。

 

「今では立派な部隊になっているようだな」

 

「はい。創設時からの古参兵たちが中心となっております」

 

オリヴィエは微笑んだ。

 

ライゼンも小さく笑ったが、すぐにその表情を引き締めた。

 

「……あの戦いの責任を取って、当時の軍団司令官は退役した」

 

不意に、室内が静かになった。

 

窓の外では、雲の切れ間から弱い日差しが差し込み始めていた。執務机の端に置かれた真鍮の文鎮が、その光を受けて鈍く輝いている。

 

ライゼンは机の上で大きな両手を組んだ。

 

「だが、副将だった私にも責任はある。戦線を立て直し、救援部隊を送り出すことはできた。それでも、あれだけの兵を失ったことに変わりはない」

 

オリヴィエは姿勢を正した。

 

「父は、大将閣下を責めるようなことは申しておりませんでした」

 

「そうか」

 

ライゼンは短く答えた。

 

彼はしばらく何も言わず、机に置かれたベルノ連隊の編成表を見つめていた。

 

「父は、兵士を無事に帰してやれなかったことが何より悔しかったと申しておりました」

 

オリヴィエは静かに続けた。

 

「ですから、その後も連隊の再建に力を注いでまいりました。私も、その仕事を引き継いだつもりです」

 

ライゼンは顔を上げた。

 

金髪に交じった白髪が、窓から差し込む淡い光を受けていた。

 

しばらくオリヴィエを見つめていたが、やがて口元に笑みを浮かべた。

 

「父君によく似ているな」

 

「そうでしょうか?」

 

「ああ。兵士のことを考えるところはな」

 

ライゼンは口髭を撫でた。

 

「アルベルト伯爵は部下の面倒見がよい男だった。もっとも、軍紀には随分と厳しかったがね」

 

オリヴィエも小さく笑った。

 

「ええ。その点は私もよく存じております」

 

「ははは。そうだろうな」

 

ライゼンの低い笑い声が執務室に響いた。

 

先ほどまでの重苦しい空気が、少しだけ和らいだ。

 

彼は椅子に深く腰を下ろし、ベルノ連隊の編成表を手元へ引き寄せた。

 

「さて、昔話はこのくらいにしようか」

 

書類を一枚めくり、視線を落とす。

 

「ところでベルノ伯爵、貴連隊の対戦車装備についてだが……」

 

* * *

 

ライゼンは、ベルノ連隊の装備一覧に目を通していた。

 

「歩兵中隊には四十五ミリ速射砲が配備されているな」

 

「はい。各中隊に一門ずつ配備しております」

 

「それだけでは、敵の戦車に対して心許ないな」

 

「その点は、私も懸念しております」

 

オリヴィエが答えた。

 

「砲兵中隊の百二十ミリ砲もありますが、敵戦車への対処を目的とした装備ではありませんので」

 

「そうだな」

 

ライゼンは頷いた。

 

「実は最近、軍団に新型の対戦車兵器が配備され始めている」

 

「新型、ですか?」

 

「G13という兵器だ。歩兵が携行できる対戦車兵器でな」

 

オリヴィエは興味を示した。

 

「それは、どのようなものなのでしょう?」

 

「成形炸薬を利用した弾を発射する兵器だ。敵の装甲車両に対して、歩兵が直接攻撃できる」

 

ライゼンは書類を指で軽く叩いた。

 

「もっとも、射程は五十メートル程度しかない。敵の主力戦車を正面から撃破できるような代物でもないがな」

 

「五十メートルですか……」

 

オリヴィエは少し考え込んだ。

 

敵の戦車をそこまで接近させなければ使用できないということは、歩兵にとって相当に危険な兵器である。

 

「使いどころは難しいが、それでも歩兵が敵戦車に対抗する手段は、一つでも多い方がいい」

 

ライゼンは続けた。

 

「まだ配備数は少ないが、ベルノ連隊にも供給するよう手配しよう」

 

「ありがとうございます」

 

「操作には訓練が必要だ。軍団で講習を行わせるから、各歩兵中隊から人員を選抜してくれ」

 

「承知しました」

 

オリヴィエは隣のアウレリアに目を向けた。

 

「各中隊長に伝えてちょうだい」

 

「はい、閣下」

 

ライゼンは二人を見渡した。

 

「七年前のようなことは、二度と繰り返したくないのでな」

 

オリヴィエは静かに頷いた。

 

「私も同じ気持ちです」

 

「よろしい。第121歩兵師団長には、君たちの到着を伝えてある。これから師団司令部へ向かうのだろう?」

 

「はい。イジュームまで列車で向かい、その後、師団司令部に出頭する予定です」

 

「そうか。イジュームまではまだ半日ほどかかるな」

 

「はい」

 

「列車の運行も、前線への補給が優先される。何か不都合があれば軍団司令部へ連絡してくれ」

 

「ありがとうございます」

 

ライゼンは満足そうに頷いた。

 

「ベルノ連隊の健闘を期待している」

 

「ありがとうございます。精一杯務めさせていただきます」

 

二人は立ち上がり、敬礼した。

 

ライゼンも答礼する。

 

こうして、ベルノ連隊の第7軍団司令部への着任挨拶は終わった。

 

* * *

 

司令官室を出て廊下を歩きながら、アウレリアが口を開いた。

 

「思っていたよりも、ずっと率直な方でしたね」

 

「そうね」

 

オリヴィエは頷いた。

 

「七年前のことを、今でも気にしていらっしゃるのね」

 

「当時の副将だったのですから、思うところがおありなのでしょう」

 

「ええ」

 

二人はしばらく無言で歩いた。

 

廊下の窓からは、軍団司令部の中庭が見えていた。

 

馬車から降ろされた木箱を兵士たちが運び、別の一団が軍用車両の周囲で何やら作業をしている。

 

建物の外では、七年前の敗戦を知らない若い兵士たちも、いつもと変わらず任務に励んでいた。

 

やがて、オリヴィエは何かを思い出したようにアウレリアへ顔を向けた。

 

「ねえ、アウレリア」

 

「はい?」

 

「うちの浸透偵察小隊を作るときに協力してくれた、ダークエルフの女性のことなんだけど」

 

「はい」

 

「あなた、詳しいことを知っている?」

 

アウレリアは少し考えてから首を横に振った。

 

「申し訳ありません。私も、設立時にマズリードから協力者が来ていたことくらいしか存じません」

 

「そうなのね」

 

「何か気になることでも?」

 

「さっきライゼン大将がおっしゃっていたでしょう。敵中を突破して、ベルノ旅団に連絡してきたダークエルフの女性将校がいたって」

 

「ええ」

 

「あの女性と、うちの小隊を作るときに協力してくれた人は、同じ人物なのかしら?」

 

「どうでしょう。そこまでは存じませんが……」

 

アウレリアは少し考えた。

 

「ヴァルター少佐なら、詳しくご存じだと思います」

 

「そうよね。あの人が中心になって作った部隊だもの」

 

オリヴィエは小さく笑った。

 

「それにしても、今まで詳しく聞いたことがなかったわね」

 

「そうですね。私も気にしたことがありませんでした」

 

「前線でヴァルターと合流したら、一度聞いてみましょうか」

 

「はい。それがよろしいかと」

 

オリヴィエは頷いた。

 

ヴァルターは二日前に浸透偵察小隊を率いて先発している。

 

彼なら、225年の撤退戦についても、浸透偵察小隊の設立についても、詳しく知っているはずだった。

 

「それにしても、グリモフ将軍の名前が気になるわね」

 

オリヴィエが呟いた。

 

「はい。二年ぶりですからね」

 

「でも、今はまだ情報が足りないわ。名前が聞こえただけで、敵が攻めてくると決まったわけじゃないもの」

 

「そうですね」

 

「私たちは、まず自分たちの任務を果たしましょう」

 

オリヴィエはアウレリアに向き直った。

 

「ベルノの兵士たちを、無事に故郷へ帰さなくてはね」

 

「はい、閣下」

 

二人は再び歩き出した。

 

軍団司令部の正面玄関を出ると、冷たい風が頬を撫でた。

 

厚い雲の切れ間から薄い日差しが差し込み、石畳の通りを明るく照らしている。

 

遠くでは、蒸気機関車の汽笛が聞こえた。

 

この後、二人はサラミス駅へ向かい、イジューム行きの列車に乗ることになっている。

 

そこから先は、いよいよ前線である。

 

七年前、ベルノ旅団はこの中部戦線で壊滅した。

 

その後、父アルベルトは長い年月をかけて部隊を再建してきた。

 

そして今、父の後を継いだオリヴィエが、ベルノ連隊を率いて同じ戦線にやってきたのである。

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