第1節 戦場の日常
三月に入っても、イジュームの寒さは相変わらずだった。
日中はわずかに気温が上がるようになったものの、森林の日陰にはまだ雪が残っている。夜間には地面が凍り、朝になると塹壕の底に薄い氷が張っていた。
ベルノ連隊では、前線を担当していた第3中隊と、後方予備の第4中隊が交代した。
二月の砲撃で死傷者を出した第3中隊は後方へ下がり、第4中隊が南部正面の陣地を引き継いだ。
第1中隊と第2中隊は、そのまま前線での警戒を続けている。
一方、戦線では砲撃の応酬が増えていた。
浸透偵察小隊による観測が進み、魔族の主陣地の位置が少しずつ明らかになってきたのである。
これまで敵から砲撃を受けても、反撃する目標が十分にわからなかったベルノ連隊だったが、今では確認された敵陣地に砲弾を撃ち込めるようになっていた。
後方の四か所に分散配置された八門の120mm榴弾砲は、以前より頻繁に火を噴くようになっていた。
しかし、魔族の砲撃が止んだわけではない。
三月に入ってからの砲撃による戦死者は、幸いまだ出ていなかった。
だが、負傷者の数はすでに二桁に達していた。
* * *
第2中隊の陣地でも、その日、散発的な砲撃が続いていた。
ドォン!
少し離れた場所で砲弾が炸裂した。
「またかよ……」
岡田修平は塹壕の中で顔をしかめた。
「今日はこれで何度目だ?」
隣の機銃陣地から、リュージュが顔を覗かせた。
小柄なエルフの女性兵士である彼女は、G12機銃分隊に所属している。
岡田とは別の分隊だったが、同じ陣地を守っているうちに、すっかり親しくなっていた。
「さあ? さっきので終わりかと思ったんだけどね」
「まったく、飯の時間ぐらい静かにしてほしいぜ」
「本当ね。せっかく温かいものが食べられると思ったのに」
リュージュがそう言って笑った直後だった。
遠くから、砲弾が空気を切り裂く音が聞こえた。
「来るぞ!」
誰かが叫んだ。
岡田は反射的に身を低くした。
次の瞬間、機銃陣地のすぐ外側で砲弾が炸裂した。
ドガァン!
凄まじい爆発音とともに、大量の土砂が塹壕の中へ降り注いだ。
岡田は衝撃で壁に身体を叩きつけられた。
耳の奥で、キーンという音が鳴っていた。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
「……くそっ!」
頭に積もった土を払い落とした岡田は、機銃陣地の方を見た。
「リュージュ!」
塹壕の底に彼女が倒れていた。
「うっ……ああっ……!」
片脚を押さえ、苦しそうに身を丸めている。
岡田は慌てて駆け寄った。
「おい! 大丈夫か!」
「脚……脚が……!」
軍服のズボンが裂け、太腿のあたりから血が流れていた。
「畜生、破片か!」
岡田は周囲を見回した。
次の砲弾がいつ落ちてくるかわからない。
「リュージュ、立てるか?」
彼女は立ち上がろうとしたが、すぐに顔を歪めた。
「痛っ……! 駄目、立てない……」
「わかった。掩体壕まで運ぶ!」
「えっ、岡田……!」
「いいから、掴まれ!」
岡田はリュージュの背中と膝の下に腕を入れ、抱き上げた。
小柄な彼女でも、軍服や装具を身につけたままではそれなりの重さがある。しかも足元の悪い塹壕の中だった。
「岡田、危ないよ! また砲弾が……!」
「わかってる!」
岡田は彼女を抱えたまま、掩体壕へ向かった。
塹壕の中には爆発で崩れた土が散らばっていた。
足を取られそうになるたびに、リュージュが岡田の首にしがみついた。
「痛っ……!」
「悪い! ちょっと我慢してくれ!」
「うん……!」
背後でまた砲弾が炸裂した。
「岡田! 早く入れ!」
掩体壕の入口から、ナゲフ軍曹の声が飛んできた。
「リュージュがやられました!」
「わかってる! こっちへ運べ!」
ナゲフと近くの兵士たちが手を伸ばした。
数人がかりでリュージュを掩体壕の奥へ運び込む。
岡田はその場に膝をついた。
「はあっ……はあっ……」
息が荒かった。
掩体壕の中では、すぐに救急包帯が取り出された。
リュージュの太腿には深い傷があり、出血も多かった。
「こいつはひどいな……」
応急処置をしていた兵士が顔をしかめた。
「止血して、すぐに衛生所へ送らないと」
岡田はその横に座り込んだ。
「リュージュ、大丈夫か?」
リュージュは苦しそうに顔をしかめながらも、岡田を見た。
「……岡田こそ、大丈夫?」
「俺は何ともないよ」
「本当に?」
「ああ。ちょっと土をかぶっただけだ」
「……よかった」
彼女は小さく息を吐いた。
「ありがとう、岡田」
「礼なんかいいって。仲間だろ?」
リュージュは少し笑った。
「……格好よかったよ」
「え?」
「抱えて運んでくれたとき」
岡田は一瞬、言葉に詰まった。
「何言ってんだよ。あんなの必死だっただけだ」
「ふふっ……」
リュージュが笑いかけたところで、再び痛みに顔を歪めた。
「痛っ……!」
「おい、無理して笑うなよ!」
やがて衛生兵が到着し、リュージュは担架に移された。
傷は深く、前線での処置だけでは済まなかった。
まず後方の衛生施設へ運び、さらに病院へ移送することになった。
岡田は担架のそばに立った。
「リュージュ、ちゃんと治してもらえよ」
「うん……」
彼女は顔色が悪かったが、岡田を見て小さく笑った。
「岡田、ありがとう。助けてくれて」
「だから、礼なんかいいって」
「ねえ、岡田」
「ん?」
「ちゃんと生きて帰ってきてね」
「当たり前だろ。お前も早く元気になれよ」
「……うん。約束ね」
リュージュが小さく手を差し出した。
岡田はその手を握った。
「約束だ」
担架が持ち上げられた。
「じゃあな、リュージュ!」
「……またね、岡田」
岡田は担架が見えなくなるまで、その場に立っていた。
やがてナゲフ軍曹の声が飛んできた。
「岡田! 持ち場に戻れ!」
「はい!」
岡田は振り返ると、塹壕へ向かって走り出した。
機銃陣地には、リュージュの仲間たちが残っていた。
リュージュが倒れていた場所には、まだ血の染みが残っていた。
兵士たちは崩れた土を片づけ、壊れた陣地を修理し始めていた。
戦争は何事もなかったように続いていた。
* * *
一方、連隊司令部付近にある浸透偵察小隊の宿営地では、次の任務に向けた装備の準備が進められていた。
高橋が作業場所を覗くと、ミレーナとゾフィーが机の上に小さな金属製の箱を並べていた。
その横では、リーナが電線やバッテリーを取り出している。
「何してるんですか?」
「新しい電信機の点検よ」
ゾフィーが答えた。
「モールス符号で通信するの。音声は送れないけど、小型だから偵察にも持っていけるわ」
「へえ、こんなのもあるんですね」
高橋は興味深そうに箱を眺めた。
箱には小さな電鍵とヘッドホンが接続されていた。
「ゾフィー、バッテリー接続するよ」
リーナが声をかけた。
「ええ、お願い。真空管が温まるまで少しかかるから」
リーナが電源を接続すると、ゾフィーはつまみを操作し始めた。
「これで砲兵の観測報告もできるんですか?」
高橋が尋ねた。
「できるわよ。敵陣地の位置や弾着修正を送れるの。あらかじめ符号を決めておけば、短い通信で済むからね」
「なるほど……」
高橋が感心していると、リーナが顔を上げた。
「そういえば高橋、最近イルマとずいぶん仲がいいじゃない」
「え? あれはエルフ語の勉強ですよ」
「ふうん。毎日楽しそうに喋ってるから、てっきり」
確かに、高橋はイルマとよく話をしていた。
時間があればフリーダ班のところへ顔を出し、イルマを相手にエルフ語の会話を練習している。
まだ語彙は少なく、言葉に詰まることも多かったが、イルマはいつも辛抱強く付き合ってくれた。
おかげで最近では、日常的な会話ならある程度できるようになっていた。
「本当に勉強ですって!」
高橋が慌てて答えると、ゾフィーが笑い出した。
「ふふっ。リーナ、また高橋をからかってる」
「そんなことないって」
リーナは笑いながら答えた。
「ところで高橋、エレナとはうまくいってる?」
「えっ!」
「いやあ、私も狙ってたんだけどなあ。先を越されちゃったわ」
「ちょっと、リーナ。あなたが言うと冗談に聞こえないわよ」
ミレーナが呆れた顔をした。
「私だって身体には自信あるのよ。ねえ、高橋、どう?」
そう言ってリーナは胸を張り、エルフとしては大きめの胸をわざと強調してみせた。
「いや、どうって言われても……」
高橋は慌てて目を逸らした。
「何恥ずかしがってるのよ。一緒にお風呂も入った仲じゃない」
リーナは楽しそうに笑った。
「いや、それとこれとは別でしょう!」
高橋が抗議すると、ゾフィーも吹き出した。
「ふふっ。リーナ、あんまり高橋を困らせないの」
「そんなに困らせてないわよ」
リーナは悪びれた様子もなく笑っていた。
その時だった。
「ずいぶん楽しそうね。何の話?」
振り向くと、いつの間にかエレナが立っていた。
「あ、エレナさん!」
「エレナ、ちょうどよかった!」
リーナが笑った。
「高橋をあなたに先取りされたって話をしてたのよ」
「あら、やっぱり気があったの?」
「そりゃあねえ。ちょっと頼りなさげだけど、若いし、顔も悪くないし、腕もいいし。結構いい男に育つと思うわ」
リーナは高橋をちらりと見た。
「それにしてもエレナ、ちょっと手を出すの早すぎない?」
「あら、そうかしら? いい男になってからじゃ遅いかもしれないでしょう?」
エレナは涼しい顔で答えた。
「うわっ、将来性まで計算してたの?」
「さあ、どうかしらね」
エレナは楽しそうに笑った。
そして高橋に顔を向けた。
「それより亘一。あなた、私の男でしょう? そろそろ『さん』を付けるのはやめない?」
「えっ、でも……」
「呼んでみて?」
高橋は少し迷ったあと、小さな声で答えた。
「……エレナ」
「うん、よろしい」
エレナは満足そうに微笑んだ。
「うわあ、見せつけられた!」
リーナが大げさに天井を仰いだ。
「もう、あなたたち! 仕事が終わらないでしょう!」
ミレーナの声に、全員が笑いながら作業へ戻った。
高橋もようやく解放され、ほっと息をついた。
「人気者ね、亘一」
エレナが楽しそうに言った。
「勘弁してくださいよ、エレナさん……」
「あら、もう戻ってる」
「……あっ」
その一言に、リーナがまた吹き出した。
* * *
連隊司令部から少し離れた場所に、石井軍曹のG12機銃分隊が陣地を構えていた。
第3中隊が前線を離れて後方予備に回った際、石井分隊は連隊司令部付近に設けられた機銃陣地へ移動していた。
浸透偵察小隊の宿営地も近く、高橋たちと顔を合わせる機会が増えていた。
その日の午後、石井は機銃の点検をしていた。
傍らではロイが弾帯を調べ、リースが予備の弾薬箱を整理している。
そこへ、警戒を終えたサクが戻ってきた。
「軍曹、さっき高橋がエルフの子と話してたんすけど、さっぱり何言ってるのかわからないっすね」
「エルフの子?」
「ほら、新年の酒場で一緒に飲んだ、あの無口な子っすよ」
「ああ、あの子か。確かにいたな」
石井は少し考えてからうなずいた。
「顔は覚えてるが、名前までは知らんな」
そこへロイが口を挟んだ。
「高橋か。発音がかなり良くなってるな」
「そうなのか?」
石井が尋ねた。
「ああ。前は一つずつ言葉を確かめるように話してたが、今はずいぶん自然になってる。まだ間違いはあるけどな」
「へえ、そんなに違うもんですか」
サクが感心したように言った。
リースも顔を上げた。
「私もさっき聞いたわ。あの子と普通に会話してたわね」
リースは第19期召喚者のアメリカ人女性だった。
身長170センチ。赤毛に近い金髪と碧眼、鼻から頬にかけて浮かぶそばかすが特徴的で、軍服姿でもどこか華やかな雰囲気があった。
「高橋って、まだ来て一年も経ってないんでしょう? 帝国共通語だけでも大変なのに、エルフ語まで覚えるなんて」
「だいぶ上手くなってるな。才能があったんだろう。俺は帝国共通語を覚えるのに苦労した方だったからな。羨ましいよ」
石井が言うと、サクが尋ねた。
「軍曹も最初は言葉がわからなかったんですよね?」
「ああ。教官に怒鳴られても、何を言われてるのかさっぱりわからん。怒られてることだけはわかったがな」
サクが笑った。
「ははっ、それは大変っすね」
「笑い事じゃないぞ。命令が理解できなきゃ、軍隊じゃ命に関わるからな」
石井も苦笑した。
「いや、言葉は才能だと思うぞ」
石井はリースに顔を向けた。
「リースも第19期のなかでは帝国共通語が一番の成績じゃなかったか? おまえ、日本語も上手いよな」
「ええ、帝国共通語は一番だったわね」
リースは少し得意そうに笑った。
「日本語はアメリカにいた頃から勉強してたのよ。独学だけどね」
「へえ、なんで日本語なんです?」
サクが興味深そうに尋ねた。
「日本に行きたかったからよ。私、ソルトレーク出身なんだけど、東京ってすごいでしょう? 高いビルがいっぱいあって、電車があちこち走ってて。私には未来都市みたいに見えたの」
リースは懐かしそうに笑った。
「いつか東京で仕事をしたかったのよ。それで日本語を勉強してたの」
「それで日本に留学したのか」
石井が尋ねた。
「そう。やっと日本に行けたと思ったら、高校の全校集会で召喚されちゃった」
「そりゃ災難だったな」
「本当よ。高校二年の一学期だったのよ。まさか全校集会に出て、異世界に連れてこられるなんて思わないじゃない」
リースは笑いながら肩をすくめた。
「そういえば、日本の私はもうアメリカに帰ってるわね」
ふと思い出したように言った。
「もうそんなに経つのか」
石井が答えた。
「ええ。留学も終わって、今頃はソルトレークにいるはずよ」
リースは少し遠くを見るような目をした。
「向こうの私、何してるのかしらね」
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがてリースは手元の弾帯を持ち上げた。
「まあ、こっちの私は機銃の弾帯を点検してるんだけどね」
「ははっ、ずいぶん違う人生になったな」
石井が笑った。
「本当よ。まさか軍人になるなんて思わなかったもの」
リースも笑った。
「それにしても、日本語を覚えておいてよかったわ。こっちに来てから英語で話せる相手なんて、一人もいないんだから」
「そうだったな。おまえ、日本人じゃなかったんだよな」
ロイが言った。
「そうよ。アメリカ人。何度も言ってるじゃない」
「俺たちには、見た目が少し違う日本人にしか見えんからな」
「まあ、そうよね」
リースは苦笑した。
「でも、日本語を知ってたおかげで、日本人の子たちと話せたの。もし知らなかったら、帝国共通語を覚えるまで大変だったでしょうね」
石井がうなずいた。
「やっぱり言葉は才能だな。俺なんか帝国共通語だけでも相当苦労したぞ」
「軍曹だって、今は普通に話してるじゃない」
「そりゃ何年ここにいると思ってるんだ」
石井は笑った。
「そういえば、高橋も第20期では帝国共通語の成績が上位だったな」
「そうなの?」
リースが尋ねた。
「ああ。俺は第20期の教官をやってたから、あいつらの成績はよく覚えてる。水野、高橋、それに岡田。あの三人が上位だった」
「へえ、岡田もなんだ」
「そうだ。あいつも覚えるのが早かったな」
「岡田って、第2中隊にいる、あの格好いい日本人でしょう?」
「そうだ。あいつだ」
「ああ、知ってるわ。スポーツが得意そうな子よね」
リースは笑った。
「高橋も岡田も、勉強ができるのね」
「語学に関してはな。まあ、ほかの教科まで全部優秀だったかは別の話だが」
石井は肩をすくめた。
ロイが再び口を挟んだ。
「しかし、高橋もあれだけ毎日エルフ語を使ってりゃ、上達するだろうさ」
「そうっすね。あのエルフの子とはずいぶん気が合うみたいっすからね」
サクが言った。
リースも微笑んだ。
「話し相手がいるのは大きいわよ。言葉って、やっぱり毎日使うのが一番だもの」
「じゃあ、俺もエルフ語を覚えてみようかな」
サクが何気なく言った。
「あら、エルフの女の子と仲良くなりたいの?」
リースがからかうように尋ねた。
「そりゃ、話せたら楽しいでしょう!」
「お前はまず機銃の整備を完璧に覚えろ」
石井の一言に、三人が笑った。
「そりゃないっすよ、軍曹!」
サクは大げさに肩を落としてみせた。
その時、遠くから鈍い砲声が聞こえてきた。
ドォン……。
しばらくして、もう一発。
石井は一瞬、音のした方へ目を向けた。
「……味方の砲兵か」
「最近、よく撃ってるわね」
リースが言った。
「ああ。敵の陣地が少しずつわかってきたそうだからな」
石井はそう答えると、再び機銃の点検に戻った。
リースも弾帯を箱に収め、サクは工具を手に取った。
遠くでは、まだ砲声が続いていた。
三月に入ってから、砲声はすっかり日常の一部になっていた。
* * *
連隊司令部から砲兵陣地へ続く道路では、伊藤千尋が警戒に立っていた。
第3中隊は前線を離れ、後方予備に回っていた。しかし、後方に下がったからといって、仕事がなくなるわけではない。
陣地の整備、物資の運搬、道路の警戒。兵士たちには相変わらず多くの仕事があった。
千尋も任務に復帰し、この日は砲兵陣地付近の警戒を担当していた。
三月に入って日差しは少し暖かくなったものの、風はまだ冷たい。道の脇には雪が残り、荷馬車の車輪が通った跡には泥水が溜まっていた。馬の蹄がぬかるみを踏むたびに、湿った音が響いていた。
砲兵陣地は、道路から少し入った林の中にあった。
千尋の警戒位置からも、樹木の間に二門の120mm榴弾砲が見えていた。
そこへ、砲兵陣地から一人の女性兵士が歩いてきた。
「……あれ、千尋ちゃん?」
声をかけられ、千尋は振り向いた。
「あっ、先生!」
水野香織だった。
軍服の袖には泥がついており、どうやら砲の整備をしていたらしい。
「久しぶりね。もう任務に戻ってたんだ」
「はい。今はこっちで警戒してます」
「そう。元気そうでよかった」
水野は笑顔を見せた。
「先生は忙しいんですか?」
「忙しいわよ。最近、砲撃が増えちゃって」
水野は苦笑した。
「この前なんか、ようやく温かい食事にありつけると思ったら射撃命令よ。戻ってきたらすっかり冷めてたわ」
「大変ですね」
「まあ、前線で砲弾が飛んでくるのを待ってるよりは、ずっといいんでしょうけどね」
水野はそう言って笑った。
「最近は敵の陣地の位置が少しずつわかってきたから、こちらから撃つ機会も増えたのよ」
「そうなんですか」
「ええ。でも、肝心の敵砲兵がどこにいるのか、まだよくわからないのよね」
千尋は小さくうなずいた。
敵の砲撃。
その言葉を聞くと、どうしても思い出してしまうことがあった。
水野も千尋の表情の変化に気づいた。
「……鈴音ちゃんのこと、聞いたよ」
千尋の笑顔が消えた。
「……はい」
二人の間に短い沈黙が流れた。
「新年に一緒に出かけたとき、あんなに元気だったのにね」
水野は、旧王宮の広場で楽しそうにしていた三上鈴音の姿を思い出していた。
あのときは、まさか一か月ほどで彼女が戦死するなど、考えてもいなかった。
「……そうですね」
千尋は小さく答えた。
「同じ分隊だったから、毎日一緒だったんです。食事も、寝るときも、警戒のときも……」
そこで言葉が途切れた。
水野は黙って聞いていた。
「今でも時々、何か話しかけようとして、ああ、もういないんだって……」
千尋はうつむいた。
「変ですよね。もう何日も経ってるのに」
「変じゃないわよ」
水野は静かに答えた。
「毎日一緒にいたんでしょう。そんな簡単に慣れるものじゃないわ」
「……はい」
千尋は少しだけ笑った。
「でも、いつまでも落ち込んでいられませんから。こうして仕事してる方が、気が紛れるんです」
「そうね……」
水野はそれ以上、何も言わなかった。
少し離れた道路を、食料や弾薬の木箱を積んだ二台の荷馬車がゆっくりと通り過ぎていった。
御者が手綱を引き、ぬかるんだ道を進む馬たちを促している。
車輪が深い轍にはまり、荷馬車が大きく揺れた。
二人はしばらく、その荷馬車を見送っていた。
その時だった。
「射撃命令! 総員、砲側につけ!」
突然、砲兵陣地から分隊長の大声が響いた。
「あっ、いけない!」
水野が飛び上がるように振り向いた。
「ごめん、千尋ちゃん! 行かなきゃ!」
「はい、先生!」
「また話しましょう!」
「先生も気をつけて!」
水野は片手を上げると、砲兵陣地へ向かって駆け出した。
「水野! 早くしろ!」
「はい! 今行きます!」
千尋はその後ろ姿を見送った。
先ほどまで鈴音の話をしていた先生が、今は大砲の方へ走っている。
なんだか不思議な気がした。
水野が砲側に戻ると、すでに他の砲兵たちは持ち場についていた。
「すみません!」
「次からはもっと早く戻れ!」
「はい!」
水野は慌てて自分の配置についた。
新しい射撃目標の諸元が伝えられ、砲兵たちが作業を始める。
「装填準備!」
「了解!」
重い砲弾が砲尾へ運ばれた。
「装填完了!」
分隊長が号令をかけた。
「撃て!」
ドォン!
凄まじい轟音が林の中に響き渡った。
一瞬遅れて、隣の砲も火を噴いた。
ドォン!
「うわっ!」
千尋は思わず肩をすくめた。
これほど近くで大砲が発射されるのを見るのは初めてだった。
腹の底まで響くような音とともに、砲身が大きく後退する。
砲口から噴き出した爆風が、周囲の雪と土埃を舞い上げていた。
「……すごい音」
千尋は思わずつぶやいた。
砲兵たちは次の射撃に備えていたが、すぐには発射しなかった。
どうやら弾着の報告を待っているらしい。
やがて通信員が報告を読み上げ、分隊長が修正された射撃諸元を伝えた。
砲兵たちが照準を調整する。
「撃て!」
ドォン!
再び砲声が響いた。
千尋は道路を警戒しながらも、時折、砲兵陣地へ目を向けていた。
しばらくして、通信員が大声を上げた。
「弾着確認! 効力射の指示です!」
分隊長が声を張り上げた。
「よし! 効力射! 各員、準備!」
その途端だった。
「そぉーれ!」
「おりゃあっ!」
突然、砲兵たちの間から威勢のいい声が上がった。
「せいっ!」
「ほいさっ!」
千尋は思わず目を丸くした。
「……え?」
それまで黙々と作業していた砲兵たちが、まるで祭りの神輿を担ぐような掛け声を上げ始めたのである。
砲弾を運ぶ兵士たちが、声を合わせて身体を動かしている。
「そぉーれ!」
「おりゃっ!」
「せいっ!」
その時、隣の砲から怒鳴り声が飛んできた。
「声が小さい!!」
「おおおっ!!」
途端に、砲兵たちの声が一段と大きくなった。
「そぉーれぇっ!!」
「おりゃああっ!!」
「せいっ!!」
「ほいさぁっ!!」
千尋は呆気に取られた。
「……何、あれ?」
水野もその中にいた。
先ほどまで鈴音の話をしていた先生が、今は他の兵士たちと一緒になって大声を張り上げている。
「おりゃあっ!!」
「せいっ!!」
「装填完了!」
「撃て!」
ドォン!
砲声が響いた。
砲身が後退し、砲兵たちはすぐに次の作業に移る。
「次、行くぞ!」
「そぉーれ!」
「おりゃあっ!」
「もっと声出せぇっ!」
「おおおっ!!」
「ほいさっ!」
ドォン!
また砲声が響いた。
千尋は目の前の光景が信じられなかった。
戦場で大砲を撃っているというのに、砲兵たちは妙に楽しそうにさえ見える。
いや、もちろん遊んでいるわけではない。
額に汗を浮かべ、重い砲弾を運び、誰もが真剣な表情をしていた。
よく見れば、声を合わせるたびに砲兵たちの動きも揃っている。
重い砲弾を扱う瞬間、次の作業に移る瞬間。互いの掛け声に合わせ、手際よく作業を進めていた。
それなのに、聞こえてくる声だけは祭りそのものだった。
「……先生、何やってるの?」
思わず口から出てしまった。
ちょうどその時、水野が次の砲弾を扱いながら声を張り上げた。
「せいっ!!」
「ほいさっ!!」
隣の兵士が応じる。
「装填完了!」
「撃て!」
ドォン!
また砲声が響いた。
千尋はしばらくその異様な光景を眺めていた。
「……砲兵って、みんなこうなのかな?」
誰に聞くでもなくつぶやいた。
自分たち歩兵とは、ずいぶん違う。
砲撃といえば、恐ろしい爆発音と、塹壕に降り注ぐ土砂しか知らなかった。
二月のあの日もそうだった。
砲弾が降り注ぎ、鈴音が死んだ。
あの轟音は、今でも耳に残っている。
しかし今、目の前では同じような砲弾を、味方の砲兵たちが威勢のいい掛け声とともに送り出している。
千尋は少し複雑な気持ちになった。
けれど、あの砲撃が敵の陣地を叩き、味方の兵士たちを守ることにつながるのなら。
「……頑張って、先生」
千尋は小さくつぶやいた。
そして、再び道路へ目を向け、小銃を持ち直した。
背後では、まだ威勢のいい掛け声が続いていた。
「そぉーれ!」
「おりゃあっ!」
「せいっ!」
「ほいさっ!」
そして、凄まじい砲声が林の中に響き渡った。
* * *
リュージュが後方の病院へ送られてから数日後、第2中隊の前線陣地に二人の補充兵がやってきた。
どちらも第20期召喚者の日本人である。
今回の補充は、中隊の後方予備小隊からの異動だった。
一人はリュージュが負傷した機銃分隊へ、もう一人はナゲフ軍曹の歩兵分隊へ配属される。
ナゲフ分隊では、昨年十一月の脱走事件以来、一名の欠員が続いていた。
その日の午後、岡田修平が塹壕の中で装備を整理していると、聞き覚えのある声がした。
「おーい、岡田!」
岡田は顔を上げた。
塹壕の向こうから、二人の日本人兵士が歩いてくる。
「……おおっ! 広瀬じゃないか!」
岡田の顔がぱっと明るくなった。
「城島も! なんだ、お前ら!」
「なんだとは何だよ。久しぶりに会ったってのに」
広瀬が笑った。
城島も片手を上げた。
「よう、岡田。元気そうだな」
「お前らこそ! 何してんだ、こんなところで?」
「何って、補充だよ。今日からこっちに配属だってさ」
「マジか!」
岡田は嬉しそうに二人の肩を叩いた。
三人は日本にいた頃、同じ高校のサッカー部に所属していた。
クラスは違ったが、放課後になれば毎日のようにグラウンドで顔を合わせていた仲だった。
召喚されてからも同じベルノ連隊、同じ第2中隊に所属していたものの、配属された小隊が違えば、顔を合わせる機会は少なかった。
まして戦線に出てからは、ほとんど会っていなかった。
「しかし、同じ中隊なのに全然会わなかったな」
岡田が言った。
「そりゃそうだろ。陣地に入ったら、顔を合わせる機会なんてないからな」
広瀬が答えた。
「こっちは後方予備だったしな。お前のところへ遊びに来るわけにもいかないだろ」
城島が笑った。
「まあ、そうだよな。それにしても、また三人一緒になるとは思わなかったぜ」
「本当だよ。日本じゃ毎日顔合わせてたのにな」
「そうだなあ。懐かしいな」
岡田は笑いながら、二人の顔を見比べた。
そこへ、ナゲフ軍曹がやってきた。
「岡田! 何を騒いでる?」
「あ、軍曹!」
岡田は姿勢を正した。
「今日来た補充兵です。日本にいた頃の知り合いなんですよ」
「ほう、そうなのか」
ナゲフは二人に目を向けた。
「サッカー部の仲間なんです!」
「サッカー?」
「日本の球技です。足で球を蹴るんですよ」
「ほう、そういう競技があるのか」
ナゲフは少し感心したようにうなずいた。
「まあ、それはいい。二人とも、今日からこの陣地で勤務してもらう」
「はい!」
広瀬と城島が姿勢を正した。
「歩兵分隊と機銃分隊に一人ずつだ。ようやく欠員が埋まるな」
ナゲフはそう言って、岡田を見た。
「うちの分隊も、去年の脱走騒ぎ以来、ずっと一人足りなかったからな」
「そうですね」
岡田もうなずいた。
「まったく、あんなことで兵隊を減らされちゃ、たまったもんじゃない」
ナゲフは苦笑した。
「いいか。ここはもう訓練場じゃない。敵の砲撃はいつ来るかわからん。警戒だけは怠るなよ」
「はい!」
「岡田、二人に陣地を案内してやれ。知り合いだからって甘やかすなよ」
「わかってますよ、軍曹」
「どうだかな」
ナゲフは笑うと、自分の持ち場へ戻っていった。
岡田は二人を振り返った。
「じゃあ、まず陣地を案内するよ」
「おう!」
三人は塹壕の中を歩き始めた。
「そういや岡田、佐々木が抜けた穴、今まで埋まってなかったんだな」
広瀬が言った。
「ああ。十一月からずっと一人少ないままだったんだよ」
「へえ。そりゃ大変だったな」
「そうだよ。警戒の割り当ても増えるし、楽じゃなかったぜ」
「しかし、佐々木たちも何考えてたんだろうな」
広瀬は首を振った。
「あれだけ脱走は重罪だと言われてたのに」
「本当だよ」
岡田も苦笑した。
「俺だって、まさか同じ分隊から脱走者が出るとは思わなかったよ」
「しかも四人で逃げたんだろ?」
城島が言った。
「ああ。佐々木たちのグループだよ」
「日本にいた頃から、いつもつるんでた連中だよな」
「そうそう。俺もあいつらとはあまり話が合わなかったけどな」
広瀬は呆れたように言った。
「脱走したら重罪。捕まれば死刑が普通。散々教えられたじゃないか」
「それで結局、国家奴隷だもんな」
岡田は首を振った。
「連隊から発表があったときは驚いたよ。死刑じゃなかったんだって」
「ああ、俺も驚いた」
広瀬が答えた。
「国家奴隷ってのも相当ひどい処分なんだろ?」
「そうらしいな」
岡田が答えると、城島が露骨に顔をしかめた。
「俺やだぜ、チンコ切られるの。死んだ方がマシだわ」
その言葉を聞いて、岡田が何かを思い出したように城島を見た。
「そういえば城島、お前の川谷さんどうした? まだ付き合ってるんだろう?」
「おう、もちろん!」
城島は嬉しそうに答えた。
「それどころか、ついに思いを遂げたよ。俺も脱童貞だ!」
「おおっ! マジか!」
岡田が驚いた声を上げた。
広瀬も思わず足を止めた。
「お前、いつの間に! どこでやったんだ?」
「待機所でな。こっちの軍隊はそういうのOKだとよ。見て見ぬふりしてくれるんだ」
城島は得意そうに胸を張った。
「へえ、そうなのか」
「ただ、うちの軍曹にあとで注意された。やるならもっと場所考えろって」
「なんだよ、見つかってるんじゃん!」
広瀬が吹き出した。
「いや、それがさ。軍曹、俺じゃなくて彼女の心配してたんだよ」
「彼女の?」
「ああ。待機所の床、冷たいだろうって」
一瞬の沈黙のあと、岡田と広瀬が同時に吹き出した。
「ははは! そっちの心配かよ!」
「いい軍曹じゃないか!」
「だろ? 俺も怒られると思ってたから、拍子抜けしたよ」
城島も笑った。
「しかし、川谷って第3中隊だろ?」
広瀬が尋ねた。
「よくそんな暇あったな」
「こっちはずっと後方予備だったからな。第3中隊も交代で後ろに下がっただろ? ちょうど時間が合ったんだよ」
「なるほどねえ」
岡田は感心したようにうなずいた。
「しかし、お前もやるじゃないか。高校の頃からずっと川谷さんのこと好きだったもんな」
「まあな!」
「お前、あの頃は話しかけるだけで緊張してたじゃないか」
広瀬が笑った。
「うるせえな! いつの話してんだよ!」
「だって本当だろ。川谷さんが近くを通るだけで、急に格好つけたりしてさ」
「あったなあ!」
岡田も笑い出した。
「練習が終わった後、川谷さんが見てると急にリフティング始めたりしてたよな」
「お前ら、よくそんなこと覚えてるな!」
城島は顔を赤くした。
「しかし、よかったじゃないか」
岡田が笑いながら言った。
「こんな世界に来て大変なことばっかりだけど、いいこともあったんだな」
「そうなんだよ」
城島は少し真面目な顔になった。
「日本にいた頃は、付き合えるなんて思ってなかったからな」
「へえ、珍しく真面目なこと言うじゃないか」
広瀬がからかった。
「俺だってたまには真面目になるわ!」
三人が笑った。
やがて広瀬が岡田に顔を向けた。
「で、お前はどうなんだよ?」
「俺?」
「そうだよ。彼女ぐらいできたんじゃないのか?」
「いや、別にいないよ」
「本当かあ?」
「本当だって!」
「お前、昔から女の子には優しかったからな。誰にでもいい顔するんだよ」
「そうそう。だからモテるんだよな」
城島も笑った。
「何だよ、それ!」
岡田は苦笑した。
「まあ、仲のいい女の子はいるけどな」
「おっ、やっぱり!」
広瀬が身を乗り出した。
「誰だよ?」
「エルフの子だよ。リュージュっていうんだ」
「へえ、エルフか!」
城島が興味を示した。
「どんな子なんだ?」
「小柄で、明るい子だよ。この前まで同じ陣地の機銃分隊にいたんだ」
「へえ、いいじゃないか」
「いや、付き合ってるわけじゃないぞ」
岡田が笑った。
「仲のいい友達だよ」
「本当かあ?」
「本当だって!」
そんな話をしているうちに、三人はG12機銃が据えられた陣地の前に出た。
「ここが機銃分隊だ」
岡田が指さした。
機銃の周囲には新しく掘り返された土が残り、塹壕の一部には補修したばかりの木材が組まれている。
広瀬が周囲を見回した。
「ここ、何かあったのか?」
「ああ。この前、砲弾がすぐ近くに落ちてな」
岡田の表情が少し曇った。
「さっき話したリュージュが負傷したんだ」
「えっ?」
城島が驚いた顔をした。
「そうだったのか」
「ああ。脚に砲弾の破片を食らってな。かなりひどい怪我だったよ」
岡田は修理されたばかりの塹壕に目を向けた。
あの日、リュージュが倒れていた場所だった。
「俺が掩体壕まで運んだんだけど、血がずいぶん出てたからな」
「大丈夫だったのか?」
広瀬が尋ねた。
「わからない。今は後方の病院にいるんだ」
岡田は小さく息を吐いた。
「意識はあったし、ちゃんと病院まで送られたから、あとは元気になってくれるといいんだけどな」
「そうか……」
城島は補修された塹壕を眺めた。
「こんなところに砲弾が落ちるのか」
「ああ。俺もすぐそばにいたんだぜ」
「お前は怪我しなかったのか?」
「運がよかったんだろうな。土をかぶっただけで済んだよ」
広瀬が岡田の肩を軽く叩いた。
「無事でよかったな」
「ああ」
岡田はうなずいた。
「だから、今回の補充は二人分なんだ。佐々木が抜けた歩兵分隊と、リュージュが抜けた機銃分隊」
城島は改めて陣地を見回した。
「しかし、前線ってのは大変なんだな」
「そりゃそうだよ」
岡田は苦笑した。
「敵の砲弾なんて、いつ飛んでくるかわからないからな。ここに来たら、まず掩体壕の場所を覚えた方がいいぞ」
「おう。頼むよ」
「任せとけ」
岡田は二人を連れて、さらに塹壕の奥へ進んだ。
「それにしても、リュージュって子、早くよくなるといいな」
広瀬が言った。
「ああ。元気になったら、また会いたいとは思ってるよ」
「だったら、お見舞いにでも行けばいいじゃないか」
「簡単に言うなよ。ここから病院まで行けるわけないだろ」
「そりゃそうか」
城島が笑った。
「まあ、今は彼女の無事を祈るしかないな」
「そうだな」
岡田もうなずいた。
その時、遠くから鈍い砲声が聞こえてきた。
ドォン……。
三人は一瞬、音のした方へ顔を向けた。
「……味方の砲兵かな」
城島が尋ねた。
「たぶんな。最近はこっちからもよく撃ってるから」
岡田はそう答えると、二人を振り返った。
「まあ、せっかくまた一緒になったんだ。よろしく頼むぜ」
「おう!」
広瀬と城島が声を揃えた。
「そういえば城島」
岡田がにやりと笑った。
「何だよ?」
「川谷さんに会ったら、今度お祝いでも言っとくか?」
「おい! 余計なことすんなよ!」
「ははは!」
「絶対に言うなよ!」
「わかってるって!」
広瀬も笑いながら城島の肩を叩いた。
「まあ、次はもっと場所考えろよ。軍曹に心配かけるなよな!」
「お前まで言うな!」
三人の笑い声が、狭い塹壕に響いた。
岡田は笑いながら、二人を陣地の奥へ案内していった。
新しい仲間が加わり、ナゲフ分隊の欠員もようやく埋まることになる。
数日前までリュージュがいた機銃陣地にも、新しい兵士が配属される。
負傷者が出れば後方へ送られ、欠員が生じれば補充兵がやってくる。
そして、残った兵士たちはまた次の日の任務に就く。
三月のイジューム戦線では、相変わらず砲声が響いていた。
それでも兵士たちは、昔の仲間との再会を喜び、冗談を言い合い、恋人の話で盛り上がっていた。
それもまた、戦場の日常だった。