勇者連隊戦記   作:バグスター

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帝国歴232年3月後半、イジューム戦線


第3節 死闘

イジューム戦線、ベルノ連隊正面。

 

森林内に潜伏していたイルム班から、最初の報告が入った。

 

『こちらイルム班。敵戦車部隊を確認。先頭に戦車六両、後方に装甲兵員輸送車が続いている。林道を帝国軍方向へ前進中』

 

浸透偵察小隊本部の通信兵は、その報告を直ちに連隊司令部へ伝えた。

 

報告を受けたオリヴィエ大佐は、地図から顔を上げた。

 

「……来たわね」

 

隣にいたアウレリア大尉が、敵の推定進路を確認する。

 

「第2中隊正面ですね」

 

「ええ。予想どおりだわ」

 

オリヴィエは通信士官に向き直った。

 

「全中隊に戦闘配置を命じて。砲兵中隊と対戦車砲にも連絡。敵が接近していることを師団本部へ報告してちょうだい」

 

「了解しました!」

 

司令部の通信兵たちが一斉に動き始めた。

 

「ただし、まだ撃っては駄目よ。私の命令を待つように」

 

オリヴィエはそう付け加えると、壁に掛けてあった鉄帽を手に取った。

 

「アウレリア、鉄帽をかぶりなさい。あなたはここで無線指揮をお願い。私はこれから前線へ出るわ」

 

「私もご一緒します」

 

アウレリアが申し出たが、ヴァルター少佐が横から口を挟んだ。

 

「お嬢の護衛は俺だ。アウレリアは残れ。浸透偵察小隊を頼む」

 

「……分かりました」

 

アウレリアは頷いた。

 

オリヴィエは鉄帽の顎紐を締めながら、アウレリアを振り返った。

 

「前進指揮所に着いたら連絡するわ。各部隊からの報告は、漏らさず送ってちょうだい」

 

「承知しました。お気をつけて」

 

ヴァルターは浸透偵察小隊本部の通信担当兵へ指示を残すと、オリヴィエに同行した。

 

二人が司令部を出ていくと、アウレリアは通信卓へ向かった。

 

「各部隊との通信を維持してください。特に浸透偵察小隊からの報告は、一つも聞き逃さないようお願いします」

 

「了解しました!」

 

通信兵たちがそれぞれの機器を確認し始める。

 

アウレリアは地図の前に立った。

 

七年前、魔族軍のグリモフ将軍は戦車部隊を率いて帝国軍の防衛線を突破した。

 

ベルノ旅団はその後、包囲され、ほとんど壊滅した。

 

今回は敵の接近方向を事前に察知している。

 

地雷も敷設した。対戦車砲も配置した。

 

しかし、相手が戦車部隊であることに変わりはない。

 

こちらの対戦車砲は、わずか二門。

 

G13も正面装甲には通用せず、効果が期待できる距離まで接近しなければならない。

 

しかも今回は、まさにその戦車部隊と正面から戦わなければならなかった。

 

――いったい、どこまで持ちこたえられるでしょうか。

 

アウレリアは不安を胸の奥に押し込め、通信卓へ戻った。

 

* * *

 

第2中隊前方の森林。

 

エレナ班は、林道から少し離れた小高い場所に潜伏していた。

 

木々の間から林道を斜めに見下ろす位置で、車両の側面を観察できる。周囲には針葉樹が密集しており、林道を進む敵からは容易に発見されないはずだった。

 

高橋亘一は双眼鏡を構えた。

 

林道を進んできた戦車が、次々と速度を落としていた。

 

「エレナさん、戦車が止まりました」

 

「ええ。何か始めるみたいね」

 

林道の脇には、両手に旗を持った魔族兵が立っていた。

 

その旗が振られると、後続の戦車が進路を変え始めた。

 

「一、二、三……六両ですね」

 

「装甲兵員輸送車は四両よ」

 

エレナが答えた。

 

先頭の戦車が停止すると、砲塔のハッチから魔族兵が姿を現した。

 

何かを叫び、片腕を振っている。

 

だが、エンジンの轟音で言葉は聞き取れなかった。

 

四両目の戦車が木々を押し倒し、林道の脇へ進み出た。

 

ほかの車両も位置を変え、縦に長かった隊形が次第に横へ広がっていく。装甲兵員輸送車も間隔を取りながら、その後方で待機していた。

 

「攻撃隊形に移るつもりね」

 

エレナがつぶやいた。

 

ミレーナが送話器を取った。

 

「こちらエレナ班。敵先頭部隊、戦車六両、装甲兵員輸送車四両を確認。現在、林道周辺で隊形を展開中」

 

『こちら小隊本部。了解。監視を継続せよ』

 

通信が終わると、別の声が無線機から聞こえてきた。

 

『こちらイルム班。先頭部隊の後方に、同規模と思われる車列を確認した』

 

エレナは高橋と顔を見合わせた。

 

「後続もいるのね」

 

「はい……」

 

その直後、イルムから再び連絡が入った。

 

『敵歩兵が林道の両側を捜索中。こちらの潜伏地点にも接近しているため、監視を中止して離脱する』

 

『了解。敵との接触は避けろ』

 

『了解した』

 

エレナは送話器を受け取った。

 

「イルム、気をつけてね」

 

『ああ。そっちも無理するなよ、エレナ』

 

通信が切れた。

 

イルム班が離脱すれば、この林道を継続して監視できるのはエレナ班だけになる。

 

「ミレーナ、無線機はすぐに移動できるようにしておいて。アルノーは後方の警戒をお願い」

 

「分かったわ」

 

「了解」

 

そのとき、先頭の戦車部隊が動き始めた。

 

旗を持つ魔族兵たちは林道脇に残り、戦車と装甲兵員輸送車が帝国軍方向へ進んでいく。

 

「出発したわね」

 

エレナは双眼鏡を覗いた。

 

「ミレーナ、連絡をお願い。敵先頭部隊、前進開始よ」

 

* * *

 

第2中隊正面。

 

森林の出口から、魔族軍の戦車が姿を現した。

 

低いエンジン音が次第に大きくなり、重い履帯がぬかるんだ地面を削っていく。

 

ナゲフ軍曹は双眼鏡を覗いた。

 

「……ついに来たな」

 

岡田修平は塹壕から顔を出した。

 

先頭の戦車に続いて、後続の戦車が次々と現れる。

 

戦車は一列のまま進んではこなかった。

 

先頭の一両を頂点にして、後続車両が左右へ広がっていく。

 

やがて、森林から四両の装甲兵員輸送車が現れた。

 

装甲兵員輸送車は戦車の間へ入り、左右を守られるようにして前進を始めた。

 

六両の戦車が楔形の隊形を作り、その中央に四両の装甲兵員輸送車を収めている。

 

「……楔形か」

 

ナゲフがつぶやいた。

 

岡田は隣の広瀬に声をかけた。

 

「ずいぶんゆっくりだな」

 

「ああ。もっと速く突っ込んでくると思ってた」

 

戦車部隊は、予想していたほど速くなかった。

 

そのとき、先頭の戦車の砲口が光った。

 

ドンッ!

 

一瞬遅れて、前方で砲弾が炸裂した。

 

ドォン!

 

地面が揺れ、土砂が高く舞い上がる。

 

「伏せろ!」

 

ナゲフが叫んだ。

 

岡田と広瀬は慌てて塹壕へ身を沈めた。

 

続いて、別の戦車も発砲した。

 

ドンッ! ドンッ!

 

砲弾が陣地の前後に着弾し、土砂を噴き上げた。

 

しかし、戦車は停止していない。

 

隊形を維持したまま前進を続け、主砲を発射していた。

 

「行進間射撃か……」

 

ナゲフは双眼鏡を覗き直した。

 

移動しながらの射撃だけに、着弾は散らばっていた。

 

それでも、砲撃を受ける側にはたまったものではない。

 

次の砲弾が塹壕の近くに落ち、土嚢の上へ土砂が降り注いだ。

 

「くそっ!」

 

広瀬が鉄帽を押さえた。

 

岡田は恐る恐る双眼鏡を構え直した。

 

そのとき、戦車の間で何かが動いていることに気づいた。

 

「軍曹! 歩兵が降りています!」

 

装甲兵員輸送車から、魔族歩兵が次々と降車していた。

 

降りた歩兵は戦車の間へ広がり、車体を遮蔽物にしながら前進している。

 

装甲兵員輸送車も、その後方をゆっくりと進んでいた。

 

「なるほどな……」

 

ナゲフは顔をしかめた。

 

「歩兵の速度に合わせているのか」

 

戦車だけで突進するのではない。

 

戦車砲で帝国軍の陣地を砲撃しながら、歩兵を伴って前進してくる。

 

「軍曹、こちらは撃たないんですか?」

 

岡田が尋ねた。

 

「まだだ。命令を待て」

 

ナゲフは前方を見つめた。

 

塹壕の手前には、工兵たちが夜を徹して敷設した地雷原がある。

 

敵はまだ、その位置に達していなかった。

 

* * *

 

第2中隊後方の前進指揮所。

 

オリヴィエ大佐は、到着したばかりの指揮所で報告を受けていた。

 

「敵戦車六両、楔形の隊形で接近中! 主砲による行進間射撃を開始しました!」

 

「敵歩兵は?」

 

「装甲兵員輸送車から降車し、戦車に随伴して前進しています!」

 

オリヴィエは地図を見つめた。

 

「そう……。なかなか慎重ね」

 

ヴァルターが隣から地図を覗き込んだ。

 

「お嬢、そろそろ撃たせますか?」

 

「いいえ。まだよ」

 

オリヴィエは首を振った。

 

「敵が地雷原に入るまで発砲しないで。各中隊に伝達してちょうだい」

 

「了解しました!」

 

「砲兵中隊にも同じ命令を。対戦車砲も、私の命令があるまで待機よ」

 

通信士官が直ちに命令を伝え始めた。

 

ヴァルターは前方から響く砲声に耳を傾けた。

 

「ずいぶん引きつけますな」

 

「ここで撃ち始めたら、敵が警戒して止まるかもしれないでしょう?」

 

オリヴィエは地図上の地雷原を指した。

 

「せっかく仕掛けたんだから、まずはそこまで来てもらわないと」

 

「なるほど」

 

「地雷で足を止めて、対戦車砲と砲兵で叩く。それしかないわ」

 

前方では、敵戦車の砲撃が続いていた。

 

オリヴィエは腕を組んだ。

 

第2中隊の兵士たちは、反撃を許されないまま砲撃を受けている。

 

それを承知で、待つように命じていた。

 

「……もう少しよ」

 

* * *

 

「連隊長命令! 地雷原に入るまで発砲禁止!」

 

伝令兵がナゲフの陣地へ命令を届けた。

 

「了解した!」

 

ナゲフは分隊員たちを振り返った。

 

「聞いたな! まだ撃つなよ!」

 

「了解!」

 

岡田は小銃を握り直した。

 

魔族軍の戦車は、相変わらずゆっくりと近づいてくる。

 

砲撃のたびに地面が震え、塹壕の壁から土が崩れた。

 

広瀬が隣でつぶやいた。

 

「……まだ我慢するのかよ」

 

「地雷原までだ」

 

岡田は答えた。

 

先頭の戦車が、泥を跳ね上げながら進んでいく。

 

ナゲフは双眼鏡を覗いた。

 

「……もう少しだ」

 

そのときだった。

 

ドォンッ!

 

先頭の戦車の左側で、大きな爆発が起こった。

 

車体の下から土砂が噴き上がり、重い金属音が響いた。

 

戦車の車体が大きく揺れる。

 

左側の履帯が破壊され、車体の脇へ垂れ下がっていた。

 

戦車はその場で動きを止めた。

 

「地雷だ!」

 

ナゲフが叫んだ。

 

「先頭戦車、履帯破損! 行動不能!」

 

岡田は双眼鏡を構え直した。

 

戦車はエンジンを唸らせ、再び動こうとしていた。

 

しかし、破壊された履帯では前進できない。

 

車体がわずかに揺れるだけだった。

 

「止まったぞ!」

 

広瀬が声を上げた。

 

塹壕のあちこちからも歓声が聞こえてきた。

 

だが、ナゲフは喜んでいなかった。

 

「まだだ。ほかの戦車は動いている!」

 

先頭の一両が停止したことで、後続車両が速度を落とし始めていた。

 

ナゲフは伝令兵に向かって叫んだ。

 

「中隊本部へ報告! 先頭戦車一両、地雷により行動不能!」

 

* * *

 

「報告! 敵先頭戦車が地雷を踏みました!」

 

前進指揮所に通信士官の声が響いた。

 

オリヴィエが顔を上げた。

 

「損害は?」

 

「履帯を破壊し、行動不能になったとのことです!」

 

「よし!」

 

オリヴィエは地図の前に立った。

 

「全隊、発砲を許可します!」

 

通信士官が送話器を取った。

 

「対戦車砲は敵戦車を狙って! 砲兵中隊は予定どおり、敵歩兵と後続部隊へ砲撃を集中させなさい!」

 

「了解!」

 

「各歩兵中隊にも伝達! 敵歩兵を食い止めるのよ!」

 

命令が各部隊へ伝わっていった。

 

* * *

 

第2中隊正面に配置された二門の対戦車砲は、すでに敵戦車を照準に捉えていた。

 

一門は主陣地の前寄りに設けられた掩蔽陣地、もう一門は後方寄りの側面陣地に配置されている。

 

「連隊長より発砲許可!」

 

「目標、敵戦車!」

 

照準手が砲を微調整する。

 

「照準よし!」

 

「撃て!」

 

ダンッ!

 

対戦車砲が火を噴いた。

 

ほとんど同時に、もう一門の対戦車砲も発砲した。

 

これまで沈黙を守っていたベルノ連隊の防御陣地から、ようやく反撃が始まった。

 

少し離れた砲兵中隊の陣地でも、通信兵が声を上げた。

 

「連隊司令部より射撃命令!」

 

「第一目標、敵歩兵集結地域!」

 

砲長たちが一斉に動き始めた。

 

「装填!」

 

重い120mm榴弾が砲尾へ運び込まれる。

 

リン伍長の大きな声が響いた。

 

「おりゃー! 急げ、急げ!」

 

水野香織も砲員たちとともに作業を進めていた。

 

「装填完了!」

 

「照準よし!」

 

「撃て!」

 

ドォンッ!

 

巨大な砲声が響き、砲身が後退した。

 

隣の砲も続いて火を噴く。

 

さらに離れた陣地からも砲声が聞こえてきた。

 

四か所に分散配置されたベルノ連隊の120mm榴弾砲八門が、敵進撃路への砲撃を開始したのである。

 

水野は思わず前方を見た。

 

あの先には、第2中隊の兵士たちがいる。

 

岡田たちも、今ごろ戦っているはずだった。

 

「……お願い、当たって!」

 

砲長の声が響いた。

 

「次弾装填!」

 

「はい!」

 

水野はすぐに作業へ戻った。

 

ベルノ連隊の反撃が、始まった。

 

* * *

 

第2中隊正面。

 

120mm榴弾砲の砲弾が、魔族軍の周囲へ次々と着弾した。

 

ドォン!

 

戦車の後方で土砂が噴き上がる。

 

続けて、別の砲弾が魔族歩兵の集まっていた場所に着弾した。

 

「砲兵の支援だ!」

 

ナゲフが叫んだ。

 

岡田は双眼鏡を構えた。

 

砲撃を受けた魔族歩兵が、次々と地面へ伏せている。

 

だが、その後の動きは予想と違っていた。

 

魔族歩兵は素早く左右へ広がり、小さな集団に分かれ始めた。

 

互いに距離を取り、わずかな地形の起伏を利用して散開していく。

 

砲撃に驚いて逃げ回っているのではない。

 

各兵士が次に何をすべきか理解しているかのように、迷いなく動いていた。

 

「……ずいぶん動きが速いな」

 

ナゲフがつぶやいた。

 

「軍曹、あいつら全然慌てていませんね」

 

「ああ。相当訓練されているようだ」

 

広く散開した魔族歩兵は、砲撃の合間を縫って前進を続けていた。

 

その間に、戦車の動きも変わっていた。

 

「戦車、停止!」

 

監視兵の声が響いた。

 

楔形に展開していた戦車が、次々とその場で停止する。

 

砲塔がゆっくりと回り始めた。

 

ドンッ!

 

一両の戦車が主砲を発射した。

 

続けて、別の戦車も火を噴いた。

 

ドンッ! ドンッ!

 

さらに戦車の機銃が一斉に射撃を始めた。

 

ダダダダダッ!

 

曳光弾が塹壕の上を走り、土嚢や胸壁に弾丸が叩きつけられる。

 

「伏せろ! 頭を出すな!」

 

ナゲフが怒鳴った。

 

戦車は行進間射撃をやめ、停止して狙いをつけて撃ち始めていた。

 

砲弾の着弾位置も、先ほどより正確になっている。

 

「くそっ! 今度は機銃かよ!」

 

広瀬が鉄帽を押さえた。

 

* * *

 

第2中隊前方の対戦車砲陣地。

 

砲員たちは、迫ってくる戦車へ射撃を続けていた。

 

「次弾装填!」

 

砲弾が砲尾へ押し込まれる。

 

「装填完了!」

 

「撃て!」

 

ダンッ!

 

砲弾が発射された。

 

だが、敵戦車は停止したまま砲塔を回し始めていた。

 

一両の砲身が、対戦車砲陣地を向いた。

 

「敵戦車、こちらを照準!」

 

砲長が叫んだ。

 

「退避!」

 

ドンッ!

 

敵戦車の主砲が火を噴いた。

 

砲弾は陣地の手前で炸裂した。

 

続けて、もう一両が発砲する。

 

ドォン!

 

今度は対戦車砲のすぐ近くに着弾した。

 

砲員たちが爆風で倒れ、砲の周囲へ土砂が降り注いだ。

 

「砲は大丈夫か!」

 

砲長が叫んだが、返答はなかった。

 

砲架が損傷し、照準を合わせることができなくなっていた。

 

さらに敵戦車の機銃弾が陣地へ撃ち込まれる。

 

砲員たちは身を伏せ、砲から離れざるを得なかった。

 

第2中隊前方の対戦車砲は、戦闘開始から間もなく沈黙した。

 

一方、後方寄りの側面陣地に配置されたもう一門は、なおも射撃を続けていた。

 

* * *

 

第2中隊の塹壕。

 

ナゲフが双眼鏡を覗いていると、先頭の行動不能となった戦車の砲塔から、魔族兵が姿を現した。

 

一体、また一体。

 

乗員たちは次々と車外へ出て、後方へ走っていった。

 

「敵戦車の乗員が脱出しています!」

 

観測兵が叫んだ。

 

「乗り捨てたか……」

 

だが、その後ろで別の戦車が動き始めた。

 

後続の戦車は、履帯を破壊された先頭戦車の真後ろへ回り込んだ。

 

そして慎重に前進すると、車体を接触させた。

 

ガンッ!

 

鈍い金属音が響いた。

 

次の瞬間、後続戦車のエンジン音が大きくなった。

 

破損した先頭戦車が、ゆっくりと動き始めた。

 

「……何をするつもりだ?」

 

岡田は双眼鏡を覗いた。

 

後方の戦車が、動けなくなった戦車を押していた。

 

破損した履帯を引きずりながら、先頭の車体が地面を滑るように前進していく。

 

そして――。

 

ドォンッ!

 

再び地雷が爆発した。

 

押し出されていた戦車の車体下部から、土砂が噴き上がる。

 

だが、後続戦車は止まらなかった。

 

さらにエンジンを唸らせ、前方の戦車を押し続ける。

 

ドォン!

 

また地雷が炸裂した。

 

「……あいつら、壊れた戦車で地雷を踏ませているのか!」

 

ナゲフが声を上げた。

 

その間にも、別の場所で地雷が爆発していた。

 

右側で一発。

 

続いて左側でも。

 

魔族軍の戦車は、地雷原へ進入してからも攻撃をやめなかった。

 

「地雷が効いているぞ!」

 

分隊員の一人が叫んだ。

 

しかし、ナゲフは喜べなかった。

 

敵は地雷を踏んで混乱するどころか、損傷した戦車まで利用して前進を続けている。

 

やがて、押されていた戦車が地雷原の端を越えた。

 

その後方の戦車も、同じ場所を通って前進する。

 

ほかの戦車も、爆発した地雷の位置を避けながら進路を変え始めた。

 

「……地雷原を抜けたぞ」

 

ナゲフがつぶやいた。

 

それでも、後続戦車は破損した戦車を押すのをやめなかった。

 

進行方向には、第2中隊の塹壕がある。

 

「まさか……」

 

ナゲフの表情が変わった。

 

「壊れた戦車を、そのまま陣地にぶつけるつもりか!」

 

岡田は双眼鏡を構えたまま、呆然としていた。

 

巨大な鉄の塊が、もう一両の戦車に押されて近づいてくる。

 

「……冗談だろ」

 

広瀬がつぶやいた。

 

「戦車を、戦車で押してくるなんて……」

 

ナゲフは伝令兵を呼んだ。

 

「中隊本部へ報告! 敵先頭部隊、地雷原を突破! 後続戦車が破損車両を押して、我が陣地へ接近中!」

 

伝令兵が走り出した。

 

* * *

 

第2中隊後方の前進指揮所。

 

「報告! 敵先頭部隊が地雷原を突破しました!」

 

通信士官の声に、オリヴィエは顔を上げた。

 

「突破されたの?」

 

「はい! 後続戦車が、履帯を破壊された先頭戦車を押して進撃しています!」

 

「まだ押しているの?」

 

「そのまま第2中隊の陣地へ向かっているとのことです!」

 

オリヴィエは一瞬、言葉を失った。

 

行動不能になった戦車を利用して地雷原を突破する。

 

そこまでは理解できる。

 

しかし、地雷原を抜けても押し続けるとは。

 

ヴァルターが口を開いた。

 

「お嬢……壊れた戦車を、塹壕に突っ込ませるつもりかもしれませんな」

 

「そうみたいね」

 

オリヴィエは腕を組んだ。

 

戦車の車体がそのまま塹壕へ押し込まれれば、その一角は押し潰される。

 

場合によっては、後続車両が通る足場にされるかもしれない。

 

「地雷を踏んだ戦車まで利用するなんて……」

 

オリヴィエは小さく首を振った。

 

「……かなり練度の高い部隊だわ」

 

ヴァルターも頷いた。

 

「ただの戦車部隊じゃありませんな」

 

そのとき、別の報告が届いた。

 

「第2中隊前方の対戦車砲一門が敵戦車の砲撃で損傷、射撃不能! 残る一門は射撃を継続中です!」

 

オリヴィエは地図上の対戦車砲陣地を確認した。

 

「もう一門やられたのね……。残った砲は無理に位置を変えなくていいわ。射撃できる機会を逃さないよう伝えて」

 

「了解しました!」

 

続いて、敵歩兵の前進継続が報告された。

 

オリヴィエは砲兵中隊への命令を確認させた。

 

「散開した歩兵を追いかけて、むやみに弾を使わないようにしてちょうだい。後続部隊もいるのよ」

 

「了解!」

 

地雷は効いている。

 

だが、敵戦車部隊の勢いは衰えていなかった。

 

* * *

 

第2中隊正面。

 

破損した戦車を押していた後続車両が、ゆっくりと後退して車体を離した。

 

そして進路を変え、横へ移動し始めた。

 

ほかの戦車も次々と左右へ広がっていく。

 

敵は、地雷原を突破したと判断したようだった。

 

「これはまずいぞ……」

 

ナゲフが低くつぶやいた。

 

地雷原によって一時的に狭められていた敵の進路が、再び広がり始めている。

 

押し出されてきた破損戦車は、その場に残された。

 

その脇を抜け、ほかの戦車が第2中隊へ向けて砲身を動かしている。

 

そして戦車の間からは、魔族歩兵の姿が見えていた。

 

「岡田! 敵歩兵を確認しろ!」

 

「はい!」

 

岡田は双眼鏡を構えた。

 

魔族歩兵が、戦車の後方から次々と姿を現していた。

 

「います! かなりの数です!」

 

「距離は?」

 

「およそ百メートル!」

 

ナゲフは近くの機銃陣地へ向かって叫んだ。

 

「機銃! 敵歩兵を撃て!」

 

「了解!」

 

直後、G12機銃が火を噴いた。

 

ダダダダダッ!

 

弾丸が魔族歩兵のいる一帯へ撃ち込まれた。

 

土煙が上がり、敵歩兵が一斉に地面へ伏せる。

 

数体が倒れたように見えたが、土煙に隠れて確認できなかった。

 

「よし! 撃ち続けろ!」

 

ナゲフが叫んだ。

 

機銃は短い連射を繰り返し、敵歩兵の前進を妨害した。

 

そのとき、敵戦車の砲塔が動いた。

 

一両の戦車が機銃陣地へ砲身を向け始めたのである。

 

「機銃、射撃中止! 伏せろ!」

 

ナゲフが叫んだ。

 

直後、戦車砲が火を噴いた。

 

ドンッ!

 

ドォン!

 

砲弾は機銃陣地の近くに着弾した。

 

土砂が高く舞い上がる。

 

「機銃、大丈夫か!」

 

「大丈夫です! 損害ありません!」

 

「敵歩兵が動き始めたら、また撃て!」

 

ナゲフは分隊員たちを振り返った。

 

「岡田、広瀬! 小銃の準備をしておけ!」

 

「はい!」

 

敵歩兵まで、およそ百メートル。

 

岡田は小銃を構えた。

 

広瀬も隣で銃を握り直した。

 

「……本当に来るぞ」

 

前方では、魔族歩兵が再び前進を始めていた。

 

ナゲフが叫んだ。

 

「戦車に気を取られるな! まずは歩兵を近づけさせるな!」

 

G12機銃が再び発砲を始めた。

 

それに続いて、塹壕のあちこちから小銃の発射音が響いた。

 

魔族歩兵も地面に伏せ、帝国軍へ向けて撃ち返してきた。

 

岡田は照準を合わせ、引き金を引いた。

 

パンッ!

 

命中したかどうかは分からなかった。

 

すぐに次弾を装填する。

 

そのとき、ナゲフが右前方を指さした。

 

「岡田! G13を準備しろ!」

 

岡田は顔を上げた。

 

右側に展開した敵戦車の一両が、ゆっくりと前進してきていた。

 

ほかの戦車より、わずかに第2中隊の陣地へ近づいている。

 

「広瀬、G13を持ってきてくれ!」

 

「おう!」

 

広瀬が塹壕の壁際に置かれていたG13を取り上げた。

 

岡田は小銃を脇へ置き、受け取った発射器を握りしめた。

 

訓練で何度も説明されたことが頭をよぎる。

 

有効射程は五十メートル。

 

正面装甲を狙っても、ほとんど効果がない。

 

しかも、命中精度は決して高くなかった。

 

「軍曹、正面からじゃ……」

 

「分かってる! 足回りを狙え!」

 

ナゲフは双眼鏡を覗いた。

 

敵戦車が進路を変えたことで、車体がやや斜めを向いていた。

 

その側面下部には、泥を巻き上げながら回転する履帯が見える。

 

「今なら履帯が狙える。もう少し引きつけろ!」

 

岡田は頷いた。

 

だが、手が震えていた。

 

戦車砲の発射音が響き、近くで土砂が噴き上がる。

 

敵戦車は少しずつ距離を詰めてきた。

 

五十メートル。

 

さらに近づく。

 

岡田はG13を構える位置を確認した。

 

塹壕の内側からでは、発射時の後方噴流が危険だった。

 

「広瀬、後ろを空けてくれ!」

 

「分かった!」

 

広瀬が近くの兵士に声をかけ、退避させた。

 

岡田は射撃できる位置へ身を乗り出した。

 

敵戦車の砲塔は、別の陣地へ向いていた。

 

――今しかない。

 

照準の向こうには、車体側面の履帯が見えている。

 

岡田は息を止めた。

 

ゆっくりと動く履帯。

 

砲塔の下に広がる、分厚い装甲。

 

狙うのはそこではない。

 

車体の下だ。

 

「岡田、撃て!」

 

ナゲフの声が飛んだ。

 

岡田は引き金を引いた。

 

ボンッ!

 

鈍い発射音とともに、G13の弾体が飛び出した。

 

反動は小さかったが、後方へ噴き出した熱気と爆風が、塹壕の周囲の土を舞い上げた。

 

弾体が敵戦車へ向かって飛んでいく。

 

ほんの一瞬だった。

 

ガンッ!

 

敵戦車の左側面下部で爆発が起きた。

 

泥と金属片が跳ね上がる。

 

車体が大きく揺れた。

 

「当たった!」

 

広瀬が叫んだ。

 

岡田は思わず身を乗り出した。

 

敵戦車は、しばらく前進を続けようとしていた。

 

しかし、左側の履帯が外れ、車体の脇へ垂れ下がっている。

 

戦車はわずかに向きを変えたあと、その場で停止した。

 

「履帯をやったぞ!」

 

ナゲフが叫んだ。

 

「よくやった、岡田!」

 

岡田はG13を握ったまま、動けなくなった戦車を見つめていた。

 

――当たった。

 

本当に、当たった。

 

訓練で何度も聞かされた通り、正面装甲ではなく足回りを狙った。

 

それが偶然にも、うまくいったのだ。

 

だが、戦車が完全に破壊されたわけではなかった。

 

砲塔はまだ動いている。

 

乗員も車内に残っているようだった。

 

「ぼさっとするな! 伏せろ!」

 

ナゲフの怒鳴り声で、岡田は我に返った。

 

敵戦車の一両が、こちらへ砲塔を向けていた。

 

ドンッ!

 

砲弾が塹壕の前方に着弾した。

 

ドォン!

 

凄まじい爆発音とともに、土砂が降り注いだ。

 

岡田は慌てて身を伏せた。

 

広瀬も隣で頭を抱えている。

 

「くそっ! 撃ち返してきやがった!」

 

ナゲフが叫んだ。

 

「岡田、小銃に戻れ! 敵歩兵が来ているぞ!」

 

「は、はい!」

 

岡田は使用済みのG13を脇へ置き、小銃を掴んだ。

 

先ほど履帯を破壊した戦車は、動けなくなったままだった。

 

しかし、ほかの戦車は前進を続けていた。

 

たった一両を止めても、敵の攻撃は終わらない。

 

そして、魔族歩兵はさらに接近していた。

 

そのときだった。

 

敵戦車の砲口が、再び光った。

 

ドンッ!

 

今度の砲弾は、陣地前方で炸裂すると、白い煙を勢いよく噴き上げた。

 

「……煙?」

 

岡田が顔を上げた。

 

続けて、別の戦車が発砲した。

 

ドンッ! ドンッ!

 

次々と着弾した砲弾から、濃い白煙が噴き上がる。

 

「発煙弾だ!」

 

ナゲフが叫んだ。

 

「各員、警戒を続けろ! 敵が近づいてくるぞ!」

 

白煙は地面を這うように広がり、やがて互いにつながり始めた。

 

先ほどまで見えていた魔族歩兵の姿が、煙の向こうへ消えていく。

 

さらに戦車から発煙弾が発射された。

 

第2中隊の陣地周辺でも、白い煙が次々と立ち上っていた。

 

「くそっ! 何も見えなくなってきた!」

 

広瀬が叫んだ。

 

岡田は前方を見つめたが、白い煙しか見えなかった。

 

敵歩兵の姿も、戦車の位置も分からない。

 

ただ、煙の向こうからエンジン音と機銃の発射音が聞こえてくる。

 

ナゲフは分隊員たちに命じた。

 

「勝手に撃つな! 敵が見えたら報告しろ!」

 

やがて、風に流された白煙が塹壕の上にも漂い始めた。

 

岡田は小銃を握りしめた。

 

自分が履帯を破壊した戦車が、その後どうなったのかも、もう見えなかった。

 

* * *

 

第2中隊後方の予備陣地。

 

井上翔太は、前方で次々と立ち上る白い煙を見つめていた。

 

「おい、川崎! あれ、発煙弾じゃないか?」

 

「ああ。なんか、すごいことになってるな」

 

最初は数か所に立ち上っていた白煙が、やがて一面につながっていく。

 

森林の出口から第2中隊の陣地にかけて、白い幕が広がっていった。

 

「……見えなくなった」

 

川崎晴斗がつぶやいた。

 

先ほどまで確認できていた塹壕や掩体壕の一部が、煙の中に消えていた。

 

さらに白煙は濃くなり、ついには第2中隊の防御陣地そのものが、ほとんど見えなくなってしまった。

 

井上は双眼鏡を構えた。

 

しかし、倍率を上げても煙しか見えない。

 

「これじゃ、前で何が起きてるのか分からないぞ……」

 

近くの機銃陣地では、石井軍曹も前方を見つめていた。

 

リースが双眼鏡を下ろした。

 

「軍曹、第2中隊の陣地が見えません」

 

「ああ。あれじゃ敵がどこまで来ているのかも分からん」

 

石井はG12機銃の射界を確認した。

 

予備陣地から第2中隊正面へ向けて設定していた射撃区域も、今は白煙に覆われていた。

 

「ロイ、サク。機銃はそのままだ。視界が戻るまで、勝手に撃つなよ」

 

「了解!」

 

井上は塹壕の中で耳を澄ませた。

 

煙の向こうから、機銃と小銃の発射音が聞こえてくる。

 

第2中隊が戦っていることだけは分かった。

 

しかし、どちらが押しているのか、ここからでは何も分からなかった。

 

「……なあ、井上」

 

川崎が口を開いた。

 

「何だ?」

 

「あの煙の中に、戦車もいるんだよな?」

 

「……ああ」

 

井上は白煙の向こうを見つめた。

 

「そのまま、こっちまで来るつもりなんだろうな」

 

* * *

 

予備陣地近くの前進指揮所。

 

ミラ中尉が観測所から戻ってきた。

 

「大佐、第2中隊の陣地が発煙弾で覆われています。こちらからの目視による状況確認が困難になりました」

 

オリヴィエは地図から顔を上げた。

 

「そんなに濃いの?」

 

「はい。前方がほとんど見えません」

 

ヴァルターが指揮所の入口から外を覗いた。

 

白煙はまだ広がり続けていた。

 

「お嬢、厄介ですな。あの煙の中では、敵がどこまで進んでいるか分かりません」

 

オリヴィエは通信士官に顔を向けた。

 

「リュート大尉と連絡は取れている?」

 

「はい。第2中隊との通信は維持しています」

 

「それなら、敵戦車の位置を確認してちょうだい」

 

「了解しました!」

 

通信士官が送話器を取った。

 

そのとき、前進指揮所へ別の報告が届いた。

 

「第2中隊より報告! ナゲフ軍曹の分隊が敵戦車一両を行動不能にしたとのことです!」

 

「対戦車砲で?」

 

「いえ、G13による履帯破壊です!」

 

オリヴィエは顔を上げた。

 

「G13で履帯を?」

 

「はい。戦車はその場に停止した模様です!」

 

ヴァルターが頷いた。

 

「お嬢、やりますな。あの距離で当てましたか」

 

「ええ。よくやってくれたわ」

 

しかし、戦車一両が止まっただけで、敵の攻撃が終わるわけではなかった。

 

オリヴィエは再び地図を見つめた。

 

「……リュート、しっかり頼むわよ」

 

* * *

 

第2中隊前方の森林。

 

エレナ班は、引き続き林道を監視していた。

 

遠くからは戦車砲や機銃の音が絶え間なく聞こえてくる。

 

高橋は双眼鏡を構え、林道の奥を見つめていた。

 

先ほどまで森林内に停止していた第2陣の戦車が、ゆっくりと動き始めている。

 

「エレナさん、第2陣が動きました」

 

エレナも双眼鏡を向けた。

 

林道脇に展開していた戦車が、次々と前進を始めていた。

 

装甲兵員輸送車も、それに続いている。

 

「……ええ。動き始めたわね」

 

木々に遮られ、全ての車両を一度に確認することはできなかった。

 

しかし、先ほど確認した戦車六両、装甲兵員輸送車四両の部隊が前進していることは確かだった。

 

「ミレーナ、報告をお願い」

 

「了解」

 

ミレーナは送話器を取った。

 

「こちらエレナ班。敵第2陣、前進を開始した模様。先ほど確認した戦車六両、装甲兵員輸送車四両の部隊です。現在、森林内を帝国軍方向へ移動中」

 

『こちら小隊本部。了解。引き続き監視せよ』

 

高橋は再び双眼鏡を覗いた。

 

第2陣の戦車が木々の間を進んでいく。

 

やがて、車体は次々と視界から消え始めた。

 

「……これで十二両ですね」

 

「少なくともね」

 

エレナは静かに答えた。

 

* * *

 

ベルノ連隊司令部。

 

「アウレリア大尉! エレナ班より追加報告です!」

 

アウレリアが顔を上げた。

 

「どうしましたか?」

 

「敵第2陣が前進を開始した模様です。戦車六両、装甲兵員輸送車四両が森林内を移動中とのことです!」

 

アウレリアは地図へ歩み寄った。

 

すでに第1陣は第2中隊の地雷原を突破し、歩兵陣地へ攻撃を加えている。

 

そこへ、同規模の第2陣が続こうとしていた。

 

「分かりました。オリヴィエ大佐へ直ちに伝えてください。師団本部にも追加報告をお願いします」

 

「了解しました!」

 

アウレリアは地図上に記された第2陣の位置を確認した。

 

第1陣との間隔は、まだ正確には分からない。

 

前線が白煙に覆われている以上、敵の接近を確認できるのは浸透偵察小隊からの情報だけになる可能性があった。

 

「エレナ班には、可能な範囲で監視を継続していただくようお願いします。ただし、敵に発見される危険があれば、直ちに離脱してください」

 

「了解しました!」

 

アウレリアは通信卓へ戻った。

 

前方からは、銃声の絶えない第2中隊の報告が届いていた。

 

* * *

 

第2中隊後方の前進指揮所。

 

「大佐! 連隊司令部から追加報告です!」

 

通信士官の声に、オリヴィエが振り返った。

 

「何かしら?」

 

「敵第2陣が前進を開始した模様! 戦車六両、装甲兵員輸送車四両が森林内を移動中です!」

 

「……もう動き始めたのね」

 

ヴァルターが地図へ目を落とした。

 

「第一陣が地雷原を突破したのを見て、動き出したのかもしれませんな」

 

「そうでしょうね」

 

オリヴィエは前方へ視線を向けた。

 

白煙の向こうから、機銃の連射音が聞こえてくる。

 

「ミラ中尉」

 

近くで報告を確認していたミラが振り返った。

 

「はい!」

 

「予備部隊は全員、戦闘配置についているわね?」

 

「はい。各分隊とも配置を完了しています」

 

「分かったわ。今はそのまま待機して。敵の位置が分からないうちに、こちらから動くわけにはいかないもの」

 

「了解しました!」

 

オリヴィエは地図を見つめた。

 

第1陣の戦車は二両が行動不能となった。

 

しかし、残る四両は健在であり、そこへ第2陣の六両が加わろうとしている。

 

こちらの対戦車砲は、すでに一門を失っていた。

 

「……十両も残っているのね」

 

オリヴィエは小さくつぶやいた。

 

* * *

 

第2中隊正面。

 

濃い白煙が戦場を覆っていた。

 

魔族軍の戦車は、なおも発煙弾を撃ち込んでくる。

 

岡田修平は小銃を構えたまま、前方を睨んでいた。

 

先ほどまで聞こえていた魔族歩兵の銃声が、急に少なくなっていた。

 

「……軍曹、敵はどこにいるんでしょう?」

 

「分からん。だが、すぐ近くまで来ているはずだ」

 

ナゲフ軍曹は塹壕の曲がり角に身を寄せ、耳を澄ませた。

 

戦車のエンジン音。

 

遠くの砲声。

 

そして、煙の向こうから聞こえてくる、複数の足音。

 

「……来るぞ」

 

その直後だった。

 

塹壕の縁から、小さな物体が飛び込んできた。

 

カラン、カラン。

 

「手榴弾!」

 

ナゲフが叫んだ。

 

兵士たちが一斉に身を伏せる。

 

ドンッ!

 

炸裂音とともに、土砂と破片が塹壕内を飛び交った。

 

さらに、別の場所にも手榴弾が投げ込まれた。

 

ドンッ! ドンッ!

 

「ぐあっ!」

 

悲鳴が響いた。

 

岡田は頭を抱え、塹壕の底へ身を伏せた。

 

「くそっ! 何発投げてくるんだ!」

 

広瀬の叫び声が聞こえた。

 

今度は、塹壕の中に白い煙が噴き出した。

 

発煙手榴弾だった。

 

「煙まで入れてきやがった!」

 

外からの発煙弾に加え、塹壕内にも白煙が広がり始めた。

 

前方がまったく見えない。

 

そのとき、塹壕の縁に黒い影が現れた。

 

魔族兵だった。

 

敵兵は躊躇することなく、塹壕の中へ滑り込んできた。

 

「敵だ!」

 

小銃の発射音が響いた。

 

パンッ! パンッ!

 

魔族兵が一体倒れた。

 

しかし、すぐ後ろから別の魔族兵が飛び込んでくる。

 

さらに、その後ろからも。

 

敵は手榴弾と発煙弾で塹壕内を混乱させ、その直後に突入してきたのだ。

 

「撃て! 敵を近づけるな!」

 

ナゲフが叫んだ。

 

岡田も小銃を構えた。

 

だが、煙と土砂で視界が悪く、味方がどこにいるのかも分からない。

 

塹壕の曲がり角から魔族兵が現れた。

 

岡田は反射的に引き金を引いた。

 

パンッ!

 

魔族兵がよろめいた。

 

その瞬間、別の方向から銃声が響いた。

 

ダダダッ!

 

「ぐっ!」

 

すぐ近くで兵士が倒れた。

 

「広瀬!」

 

岡田は思わず叫んだ。

 

広瀬が胸のあたりを押さえ、そのまま塹壕の底へ崩れ落ちた。

 

「広瀬! おい、広瀬!」

 

返事はなかった。

 

駆け寄ろうとした岡田の前を、魔族兵が横切った。

 

「くそっ!」

 

岡田は銃を向けたが、敵はすでに塹壕の曲がり角へ消えていた。

 

そのとき、少し離れた機銃陣地から激しい連射音が響いた。

 

ダダダダダッ!

 

G12機銃が、突入してくる魔族兵を撃ち倒していた。

 

だが、次の瞬間。

 

塹壕の外から、機銃陣地へ手榴弾が投げ込まれた。

 

ドンッ!

 

爆発とともに、機銃の発射音が途絶えた。

 

「機銃がやられた!」

 

誰かが叫んだ。

 

機銃陣地から返答はなかった。

 

そこへ、さらに魔族兵が入り込んでくる。

 

機銃による阻止射撃がなくなったことで、敵の突入は一層激しくなった。

 

「下がるな! ここを守れ!」

 

ナゲフ軍曹が叫んだ。

 

その直後、一体の魔族兵がナゲフに飛びかかった。

 

「うおっ!」

 

ナゲフは小銃を横に構えて受け止めた。

 

魔族兵が銃剣を突き出してくる。

 

ナゲフは銃身でそれを払い、相手の胸ぐらを掴んだ。

 

相手は体格もよく、力も強かった。

 

二人は塹壕の壁にぶつかりながら、激しくもみ合った。

 

「軍曹!」

 

岡田が叫んだ。

 

助けに行こうとした、そのときだった。

 

塹壕の縁から、また一つ手榴弾が投げ込まれた。

 

それは岡田の足元近くに落ちた。

 

カラン。

 

「……あ」

 

一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 

岡田は反射的に身をひねった。

 

ドンッ!

 

耳をつんざく爆発音。

 

強烈な衝撃が身体を襲った。

 

目の前が真っ白になった。

 

そして、何も聞こえなくなった。

 

岡田修平は、そのまま意識を失った。

 

* * *

 

ナゲフ軍曹の分隊陣地では、なおも激しい銃声が続いていた。

 

しかし、それも長くは続かなかった。

 

機銃陣地は沈黙し、塹壕の各所に魔族兵が入り込んでいた。

 

負傷した兵士たちが倒れ、残った兵士も一人、また一人と抵抗を封じられていく。

 

やがて、魔族兵が塹壕の曲がり角を確かめながら、奥へ進み始めた。

 

別の魔族兵が、後方へ続く連絡通路を警戒している。

 

先ほどまでナゲフ軍曹の分隊が守っていた陣地は、魔族軍に占領されていた。

 

岡田も広瀬も、土煙と白煙の中に倒れたままだった。

 

ナゲフ軍曹の姿も、もはや見えなかった。

 

その周辺でも、魔族兵は塹壕の一角を占領すると、連絡通路を通じて隣接する陣地へ侵入していた。

 

第2中隊の主防衛線は、各所で分断され始めていた。

 

* * *

 

第2中隊後方の前進指揮所。

 

「第2中隊より報告! 中央陣地の一部に敵歩兵が侵入!」

 

通信士官の声が響いた。

 

オリヴィエは顔を上げた。

 

「中央?」

 

「はい! 複数の塹壕で白兵戦になっているとのことです!」

 

ヴァルターが眉をひそめた。

 

「……もう塹壕まで入り込まれましたか」

 

オリヴィエは地図へ目を落とした。

 

戦車砲と機銃で防御陣地を制圧し、発煙弾で視界を奪う。

 

歩兵が接近して手榴弾を投げ込み、塹壕へ突入する。

 

その連携は、こちらの予想以上に巧みだった。

 

「……戦いが上手すぎるわ」

 

オリヴィエが低い声で言った。

 

ヴァルターも頷いた。

 

「ええ。かなりの精鋭ですな」

 

そのとき、別の通信兵が報告した。

 

「第2中隊! 中央の機銃陣地が沈黙! 敵歩兵が陣地の一部を占領したとのことです!」

 

オリヴィエは地図上の中央陣地を見つめた。

 

そこには、ナゲフ軍曹の分隊が配置されているはずだった。

 

「隣接する陣地との連絡は?」

 

「確認中です!」

 

さらに報告が入った。

 

「第2中隊右翼でも敵歩兵が塹壕へ突入! 白兵戦になっています!」

 

「左翼からも敵の侵入報告!」

 

オリヴィエの表情が険しくなった。

 

敵の攻撃は、中央だけではなかった。

 

「各陣地へ、連絡通路からの敵の侵入に注意するよう伝えて!」

 

「了解!」

 

オリヴィエは前方へ目を向けた。

 

だが、濃い白煙のため、第2中隊の陣地はまったく見えなかった。

 

耳に届くのは、戦車砲と機銃の轟音ばかりだった。

 

ヴァルターは指揮所の入口から前方を見つめていた。

 

「思った以上ですな。これは第2中隊はもちませんぜ」

 

オリヴィエは何も答えなかった。

 

地図の上では、第2中隊の主陣地がいくつもの区画に分けて記されている。

 

すでに中央の一部は敵に奪われた。

 

右翼と左翼でも白兵戦が続いている。

 

「……リュート大尉は?」

 

オリヴィエが尋ねた。

 

「現在、中隊本部から各小隊へ指示を出しているようです」

 

「通信は維持できているのね?」

 

「はい。今のところは」

 

そのときだった。

 

通信機から、切迫した声が響いた。

 

『こちら第2中隊本部! 前進指揮所、応答願う!』

 

通信士官が送話器を取った。

 

「こちら前進指揮所! どうぞ!」

 

『リュートだ! 敵歩兵が各所で塹壕へ侵入している! 中央の機銃陣地は沈黙! 右翼も一部を突破された!』

 

通信機の向こうから、激しい銃声が聞こえてきた。

 

さらに、近くで何かが爆発したらしく、通信に雑音が混じった。

 

『各小隊で白兵戦になっている! 負傷者も多数出ている!』

 

オリヴィエが通信士官から送話器を受け取った。

 

「リュート、オリヴィエよ。聞こえる?」

 

『大佐! 聞こえます!』

 

「現在の状況を教えて!」

 

一瞬、返答が途切れた。

 

その間にも、通信機の向こうから銃声と怒号が聞こえていた。

 

『敵は手榴弾と発煙弾を使って次々と塹壕へ突入してきます! 戦車の砲撃も止まりません!』

 

オリヴィエは地図上の第2中隊陣地を見つめた。

 

「各小隊はどうなっているの?」

 

『中央では敵が連絡通路に侵入しています! 右翼との連絡も不安定です!』

 

再び銃声が響いた。

 

『大佐! これ以上は持ちません!』

 

オリヴィエは送話器を握りしめた。

 

「リュート、聞こえる? 現在の中隊本部の位置は――」

 

そのときだった。

 

通信機の向こうから、激しい銃声が響いた。

 

ダダダダッ!

 

続いて、誰かの怒鳴り声。

 

『敵が……! 中隊本部に……!』

 

ドォン!

 

大きな爆発音が響いた。

 

「リュート!」

 

オリヴィエが叫んだ。

 

返事はなかった。

 

通信機から、激しい雑音が流れた。

 

「リュート! 応答しなさい!」

 

『ザザザ……』

 

通信士官が慌てて呼びかけを繰り返した。

 

「こちら前進指揮所! 第2中隊本部、応答願う!」

 

何度呼びかけても、返答はなかった。

 

「大佐……第2中隊本部との通信が途絶しました」

 

オリヴィエは送話器を握ったまま、しばらく動かなかった。

 

「……もう一度、呼んで」

 

「はっ!」

 

そのとき、前進指揮所の外から叫び声が聞こえた。

 

「敵戦車接近! 正面に五両!」

 

オリヴィエが顔を上げた。

 

「何ですって?」

 

* * *

 

第2中隊後方の予備陣地。

 

井上翔太は塹壕から身を乗り出し、前方を見つめていた。

 

白煙の向こうでは、先ほどまで激しい銃撃戦が続いていた。

 

しかし、その銃声がいつの間にか少なくなっている。

 

「……おい、川崎」

 

「何だ?」

 

「何か、こっちに近づいてないか?」

 

井上は耳を澄ませた。

 

銃声とは別の、低く重い音が聞こえていた。

 

戦車のエンジン音だった。

 

しかも、一両ではない。

 

「……あれ?」

 

川崎が前方を指さした。

 

白煙の中から、黒い影が現れた。

 

最初は巨大な塊にしか見えなかった。

 

やがて、長い砲身と角張った砲塔が姿を現した。

 

「戦車だ!」

 

井上が叫んだ。

 

一両目に続いて、その左右からも戦車が現れた。

 

二両。

 

三両。

 

さらに四両、五両。

 

五両の魔族戦車が、横一列に並んで前進していた。

 

「……五両!」

 

井上は双眼鏡を構えた。

 

戦車の車体には泥がこびりつき、履帯が地面を削りながら回転している。

 

その一両が砲塔をこちらへ向けた。

 

「まずい! こっちを向いたぞ!」

 

近くの兵士が叫んだ。

 

ドンッ!

 

戦車砲が火を噴いた。

 

一瞬遅れて、予備陣地の前方で砲弾が炸裂した。

 

ドォン!

 

土砂が高く舞い上がった。

 

「伏せろ!」

 

井上と川崎は慌てて塹壕の底へ身を沈めた。

 

さらに二両の戦車が発砲した。

 

ドンッ! ドンッ!

 

爆発音が続き、地面が激しく揺れた。

 

「……第2中隊はどうなったんだ?」

 

川崎が震える声で尋ねた。

 

井上は答えられなかった。

 

目の前に現れた五両の戦車。

 

それらは、すでに第2中隊の主陣地を越えていた。

 

そのとき、白煙の奥で新たな影が動いた。

 

「……まだいるぞ」

 

井上が再び双眼鏡を構えた。

 

五両の戦車の後方から、さらに戦車が現れ始めた。

 

一両、また一両。

 

白煙に遮られていた車両が、次々とその姿を現す。

 

「嘘だろ……」

 

川崎がつぶやいた。

 

* * *

 

予備陣地の機銃陣地。

 

石井軍曹は、白煙から現れた戦車を見つめていた。

 

「……抜かれたか」

 

リースが機銃の後ろから顔を上げた。

 

「軍曹、どうします?」

 

石井は前方を見た。

 

戦車の数は、さらに増えようとしていた。

 

だが、G12機銃で相手にできるのは随伴歩兵だけだった。

 

「戦車を撃つな。弾の無駄だ」

 

石井はロイとサクへ視線を向けた。

 

「敵歩兵が現れたら撃つ。それまでは待機だ」

 

「了解!」

 

リースが機銃の照準を確認した。

 

「第2中隊の兵士は……?」

 

石井は答えなかった。

 

白煙の中には、つい先ほどまで味方の歩兵が守っていた塹壕がある。

 

ナゲフ軍曹の分隊も、岡田たちも、そこにいるはずだった。

 

しかし、今は何も見えない。

 

石井は唇を噛んだ。

 

「……生きていてくれよ」

 

* * *

 

前進指揮所。

 

ミラ中尉が駆け込んできた。

 

「大佐! 敵戦車五両が第2中隊陣地を突破し、横一列となってこちらへ向かっています!」

 

「さらに後続もいるのね?」

 

「はい。白煙の奥から、次々と車両が現れています!」

 

オリヴィエは地図に目を落とした。

 

第2中隊の主陣地。

 

その後方に位置する予備陣地。

 

その間に、もはや敵戦車を止める地雷原はなかった。

 

「第2中隊の残存部隊は?」

 

「確認できていません。白煙で視界が遮られています!」

 

オリヴィエは指揮所の入口へ歩み寄った。

 

外には、白煙から姿を現した魔族戦車が見えた。

 

戦車の一両が主砲を発射した。

 

ドンッ!

 

予備陣地の前方で砲弾が炸裂した。

 

オリヴィエは思わず身を低くした。

 

「……主陣地を突破されたのね」

 

ヴァルターが隣に立った。

 

「ええ。少なくとも、敵戦車は抜けてきましたな」

 

「リュートからの応答もないわ」

 

第2中隊の各小隊がどこで抵抗を続けているのか、確認する手段はなかった。

 

ミラ中尉がオリヴィエに向き直った。

 

「大佐、予備部隊は戦闘準備を完了しています!」

 

オリヴィエは頷いた。

 

「そのまま陣地を維持して。敵歩兵が現れるまでは、機銃を無駄に撃たせないでちょうだい」

 

「了解!」

 

ミラが走り去った。

 

前方では、魔族戦車の機銃が射撃を始めていた。

 

ダダダダダッ!

 

銃弾が予備陣地の胸壁を削り、土砂を飛び散らせる。

 

オリヴィエは通信士官へ向き直った。

 

「第2中隊への呼びかけは続けて。師団本部には、主陣地を突破されたことを至急報告してちょうだい」

 

「了解しました!」

 

* * *

 

第2中隊前方の森林。

 

エレナ班は、依然として林道沿いの監視地点に留まっていた。

 

遠くでは戦車砲と機銃の音が絶え間なく響いている。

 

高橋は双眼鏡を構え、林道の奥を見つめていた。

 

第2陣の戦車部隊はすでに前進し、最後尾の装甲兵員輸送車も木々の向こうへ消えていた。

 

しかし、林道の奥からは、まだエンジン音が聞こえていた。

 

「……エレナさん」

 

「どうしたの?」

 

「また来ました」

 

エレナが双眼鏡を向けた。

 

木々の間から、新たな戦車が姿を現していた。

 

一両、二両。

 

その後ろにも続いている。

 

「……三つ目の部隊ね」

 

高橋は慎重に数えた。

 

「戦車六両。後方に装甲兵員輸送車が四両います」

 

第1陣、第2陣と同じ編成だった。

 

車両は林道から左右へ広がり、森林内で停止した。

 

旗を持った魔族兵が車両を誘導している。

 

どうやら第3陣は、まだ前進するつもりはないらしい。

 

「ミレーナ、連絡をお願い」

 

「了解」

 

ミレーナは送話器を手に取った。

 

「こちらエレナ班。敵第3陣を確認。戦車六両、装甲兵員輸送車四両。先行する二つの部隊と同じ編成です。現在、森林内で待機中」

 

『こちら小隊本部。了解。後続は確認できるか?』

 

ミレーナがエレナを見た。

 

エレナは首を横に振った。

 

「第3陣より後方は、森林に遮られ確認できません」

 

『了解。監視を継続せよ』

 

通信が終わると、高橋は小さく息を吐いた。

 

「これで戦車十八両ですね……」

 

「ええ。確認できただけで十八両よ」

 

エレナは林道の奥へ目を向けた。

 

遠くでは、相変わらず激しい砲声が響いていた。

 

第2中隊がどうなっているのか、ここからでは分からない。

 

ただ、敵はまだ新たな戦車部隊を投入できる状態にある。

 

「亘一、引き続き林道の奥を見ていて。アルノー、後方の警戒をお願い」

 

「了解」

 

「分かった」

 

エレナは再び双眼鏡を構えた。

 

第3陣の戦車は動かなかった。

 

* * *

 

ベルノ連隊司令部。

 

「アウレリア大尉! エレナ班から新たな報告です!」

 

「どうしましたか?」

 

「敵の第3陣を確認しました。戦車六両、装甲兵員輸送車四両。現在、森林内で待機中とのことです!」

 

アウレリアは地図へ歩み寄った。

 

第1陣、第2陣に続き、第3陣を示す駒が置かれる。

 

「……三つ目の部隊ですか」

 

「はい。全て同じ編成とのことです」

 

確認された戦車は、合計十八両。

 

装甲兵員輸送車も十二両に達した。

 

しかも、これは浸透偵察小隊が確認できた車両だけの数字だった。

 

アウレリアは地図を見つめた。

 

第2中隊の主陣地はすでに突破され、中隊本部との通信も途絶えている。

 

後方の予備陣地には敵戦車が接近していた。

 

「オリヴィエ大佐へ直ちに報告してください。師団本部にも、確認された敵戦車が十八両に達したことを伝えてください」

 

「了解しました!」

 

第2中隊の周波数では、通信兵が何度も呼びかけを続けていた。

 

『第2中隊本部、こちらベルノ連隊司令部。応答してください』

 

返事はない。

 

アウレリアはその声を聞きながら、地図上の第2中隊陣地を見つめた。

 

* * *

 

第2中隊後方の前進指揮所。

 

「大佐! 連隊司令部から追加報告です!」

 

「何?」

 

「敵第3陣を確認! 戦車六両、装甲兵員輸送車四両! 現在、森林内で待機中です!」

 

オリヴィエが振り返った。

 

「……第3陣?」

 

「はい! エレナ班が確認しました!」

 

ヴァルターが地図へ目を落とした。

 

「これで十八両ですな」

 

オリヴィエはしばらく黙っていた。

 

前方では魔族戦車が予備陣地へ砲撃を加えている。

 

その後ろにも戦車が続いていた。

 

そして、森林内にはさらに六両が待機しているという。

 

「……どれだけ用意しているのよ」

 

オリヴィエは思わず吐き捨てた。

 

ヴァルターが口を開いた。

 

「お嬢、第三陣が動き始めれば、いよいよ厳しくなりますぜ」

 

「もう十分厳しいわよ!」

 

オリヴィエはそう言い返したが、すぐに地図へ視線を戻した。

 

第2中隊の被害も、残存兵力も分からない。

 

予備陣地への敵の攻撃だけは、確実に迫っていた。

 

「お嬢、軍団の予備戦車部隊はまだですかね?」

 

「何も連絡は来ていないわ」

 

オリヴィエは地図の後方を指でなぞった。

 

第1戦車師団と第10戦車旅団。

 

軍団が保有する予備戦力だが、投入の判断を下すのは軍団司令部だった。

 

しかも、仮に今すぐ出動命令が下ったとしても、集結地からベルノ連隊の戦線へ到着するまでには、半日以上かかる。

 

「……来てくれるとしても、今の戦闘には間に合わないわね」

 

「ええ。目の前の敵は、俺たちで何とかするしかありませんな」

 

「敵の主攻撃方向は、もうはっきりしているでしょうに……」

 

オリヴィエは通信士官へ顔を向けた。

 

「師団本部に再度連絡して。第2中隊の主陣地は突破され、予備陣地が敵戦車の攻撃を受けている。確認された敵戦車は十八両。さらに後続が存在する可能性もある、と」

 

「了解しました!」

 

「それから、軍団の予備部隊について、何か情報がないか確認してちょうだい」

 

「はっ!」

 

* * *

 

第2中隊後方の予備陣地。

 

濃い白煙の中から、さらに魔族軍の戦車が姿を現していた。

 

最初に現れた五両に続き、新たに五両。

 

合計十両の戦車が、予備陣地の正面に広がった。

 

井上翔太は双眼鏡を構えたまま、呆然としていた。

 

「……十両」

 

先行する二つの集団、合わせて十二両。

 

地雷によって一両が行動不能となり、第2中隊の兵士がG13でさらに一両の履帯を破壊した。

 

それでも、十両の戦車が主陣地を突破してきたのだ。

 

ドンッ!

 

敵戦車の一両が主砲を発射した。

 

砲弾は井上たちの塹壕から少し離れた場所に着弾し、土砂を高く噴き上げた。

 

続いて、別の戦車が発砲した。

 

ドンッ! ドンッ!

 

地面が激しく揺れた。

 

「くそっ! また撃ってきやがった!」

 

川崎晴斗が鉄帽を押さえながら叫んだ。

 

井上は塹壕の中で身を縮めた。

 

以前、G13の講習で見た鋼板のことを思い出した。

 

あのときは、五十メートルまで近づいても戦車の正面装甲を貫通できないと知って、絶望した。

 

いま、その戦車が十両も目の前にいる。

 

しかも、こちらに向けて主砲を発射していた。

 

「……今日が俺たちの命日か……」

 

思わず口からこぼれた。

 

隣の川崎が振り返った。

 

「そんなこと言うなよ!」

 

「だって、あれ見ろよ……」

 

井上は前方を指さした。

 

十両の戦車が、横に広がっている。

 

その後方には、白煙が厚く残っていた。

 

煙の向こうからは車両のエンジン音が聞こえ、時折、魔族兵の怒鳴り声らしきものが響いてくる。

 

装甲兵員輸送車は、まだ姿を現していなかった。

 

第2陣の装甲兵員輸送車は、煙幕の向こうで歩兵を降ろし、展開させているようだった。

 

第1陣の歩兵が第2中隊主陣地へ突入したのに続き、新たな歩兵が予備陣地への攻撃を準備しているのだ。

 

「……戦車の次は歩兵かよ」

 

井上がつぶやいた。

 

川崎は小銃を握り直した。

 

「まだ戦う前から諦めるなよ」

 

井上は川崎を見た。

 

その顔も青ざめていた。

 

だが、川崎は前方から目を逸らさなかった。

 

「……そうだな」

 

井上も小銃を握り直した。

 

* * *

 

第2中隊後方の側面陣地。

 

最後まで射撃を続けていた対戦車砲の砲員たちは、白煙から現れた戦車を照準に捉えていた。

 

敵戦車はすでに第2中隊の主陣地を通過している。

 

砲長は、こちらに側面を向けている一両を見つけた。

 

「目標、右前方の敵戦車!」

 

照準手が砲を微調整する。

 

「照準よし!」

 

「撃て!」

 

ダンッ!

 

対戦車砲が火を噴いた。

 

砲弾は敵戦車の側面に命中した。

 

ガァン!

 

金属を叩きつけるような音が響き、戦車の車体から炎が噴き出した。

 

「命中!」

 

砲員が叫んだ。

 

敵戦車は前進を止めた。

 

やがて車体後部から黒煙が立ち上り、炎が広がっていく。

 

「撃破!」

 

砲長が叫んだ。

 

しかし、喜んでいる暇はなかった。

 

周囲には、まだ九両の戦車が残っている。

 

「次弾装填!」

 

砲員たちが慌ただしく動き始めた。

 

そのとき、敵戦車の一両が砲塔を回した。

 

砲身が、対戦車砲陣地へ向けられる。

 

「敵戦車、こちらを向いています!」

 

「急げ! 装填!」

 

ドンッ!

 

敵戦車の主砲が火を噴いた。

 

砲弾は対戦車砲陣地の手前に着弾した。

 

ドォン!

 

爆風と土砂が砲員たちに降り注いだ。

 

「くそっ! 次弾!」

 

しかし、敵は一両ではなかった。

 

別の戦車も砲塔を回していた。

 

ドンッ!

 

今度の砲弾は、対戦車砲のすぐ脇に着弾した。

 

凄まじい爆発とともに、砲が横へ跳ねた。

 

破片と土砂が砲員たちを襲った。

 

砲架が損傷し、砲身は斜めを向いたまま動かなくなった。

 

対戦車砲は沈黙した。

 

これで、軍団から増援として送られた対戦車砲二門は、ともに射撃不能となった。

 

* * *

 

予備陣地の一角では、軍団から貸与された30mm対空機関砲が射撃を続けていた。

 

本来は敵航空機への備えとして配置されたものだったが、いまは地上の敵に向けて砲身を下げていた。

 

ダダダダッ!

 

30mm機関砲が、短い連射を繰り返した。

 

大口径の弾丸が地面を叩き、土砂を跳ね上げる。

 

砲員たちは、敵戦車の側面や履帯を狙って射撃していた。

 

しかし、厚い装甲に阻まれ、思うような効果は得られなかった。

 

「駄目だ! 止まらん!」

 

砲長が叫んだ。

 

「射撃継続!」

 

再び機関砲が火を噴いた。

 

ダダダダッ!

 

その発射炎が、敵戦車に位置を知らせることになった。

 

一両の戦車が、ゆっくりと砲塔を回した。

 

「敵戦車、こちらを照準!」

 

砲員が叫んだ。

 

「退避!」

 

だが、間に合わなかった。

 

ドンッ!

 

敵戦車の主砲が発射された。

 

ドォン!

 

砲弾が30mm機関砲陣地のすぐ近くで炸裂した。

 

機関砲が大きく揺れ、砲員たちが吹き飛ばされた。

 

土砂が降り注ぎ、弾薬箱が横倒しになる。

 

砲は損傷し、砲身を動かすこともできなくなった。

 

それまで予備陣地に響いていた30mm機関砲の連射音が、途絶えた。

 

* * *

 

「……止まった」

 

井上がつぶやいた。

 

先ほどまで、味方の対戦車砲と30mm機関砲の発射音が聞こえていた。

 

対戦車砲が一両を撃破したときには、予備陣地のあちこちから歓声も上がった。

 

しかし、その直後に敵戦車が集中砲撃を加えた。

 

そして、二つの砲声が相次いで途絶えた。

 

「……井上」

 

川崎が声をかけた。

 

「何だ?」

 

「対戦車砲、もう撃ってないよな?」

 

「……ああ」

 

井上は前方を見た。

 

一両の敵戦車が燃えていた。

 

車体から黒煙が立ち上り、炎が風に煽られている。

 

だが、その左右にはまだ九両の戦車がいた。

 

しかも、後方の白煙の向こうには、新たな魔族歩兵が控えている。

 

「一両倒したって、まだ九両もいるじゃないか……」

 

井上は思わずつぶやいた。

 

そのとき、予備陣地の前方で砲弾が炸裂した。

 

ドォン!

 

井上と川崎は慌てて身を伏せた。

 

土砂が鉄帽を叩く。

 

「くそっ! どうすりゃいいんだよ!」

 

川崎が叫んだ。

 

井上は答えられなかった。

 

小銃で戦車を止めることはできない。

 

G13は配備されていたが、正面から撃っても効果は期待できない。

 

しかも、敵戦車はまだ距離を保ちながら砲撃していた。

 

井上は塹壕の底で小銃を握りしめた。

 

戦車が近づいてくれば、いずれその背後から歩兵も現れる。

 

それまでに、何かできることがあるのだろうか。

 

答えは見つからなかった。

 

* * *

 

前進指揮所。

 

「報告! 敵戦車十両が第2中隊陣地を突破し、予備陣地正面に展開!」

 

通信士官が叫んだ。

 

「残存する対戦車砲が敵戦車一両を撃破しました!」

 

「よし!」

 

オリヴィエが顔を上げた。

 

だが、次の報告が続いた。

 

「敵戦車の反撃により、その対戦車砲も沈黙! これで二門とも射撃不能です!」

 

オリヴィエの表情が変わった。

 

「……何ですって?」

 

「さらに、予備陣地の30mm対空機関砲も敵戦車砲の攻撃を受け、射撃不能となりました!」

 

ヴァルターが顔をしかめた。

 

「……残った対戦車火力まで潰されましたな」

 

オリヴィエは地図を見つめた。

 

先行する十二両の戦車のうち、地雷とG13によって二両が行動不能。

 

主陣地を突破した十両のうち、一両を対戦車砲が撃破した。

 

残る九両が、予備陣地の正面に展開している。

 

それに対して、味方の対戦車砲二門は、いずれも沈黙した。

 

30mm機関砲も射撃不能。

 

そして、第2中隊との通信は依然として回復していなかった。

 

「……敵戦車一両と引き換えに、こちらの砲が全部沈黙したの?」

 

「はい。砲員の損害については、現在確認中です」

 

オリヴィエは唇を噛んだ。

 

ヴァルターが口を開いた。

 

「お嬢、相手が多すぎます。二門の対戦車砲じゃ、どうにもなりませんぜ」

 

「分かってるわよ……」

 

オリヴィエは地図上の予備陣地を見つめた。

 

ここには、ミラ中尉の指揮する歩兵が配置されている。

 

だが、歩兵だけで九両の戦車を食い止めるのは、あまりにも厳しかった。

 

「敵歩兵は?」

 

「まだ白煙の向こうです。第2陣の装甲兵員輸送車から降車し、展開している模様です!」

 

「……そう」

 

オリヴィエは小さく息を吐いた。

 

第1陣の歩兵は、第2中隊主陣地へ突入した。

 

そして今、第2陣の歩兵が煙幕の後方で攻撃準備を進めている。

 

敵は同じ方法で、予備陣地を攻略するつもりなのだろう。

 

「……本当に隙がないわね」

 

ヴァルターが頷いた。

 

「ええ。こちらが一両撃破した途端、砲を潰しにきましたな」

 

オリヴィエは通信士官へ向き直った。

 

「師団本部へ追加報告。予備陣地正面に敵戦車九両。対戦車砲二門および30mm機関砲が沈黙。敵歩兵は煙幕の後方で展開中、と」

 

「了解しました!」

 

「それから、第2中隊への呼びかけは続けてちょうだい」

 

「はっ!」

 

オリヴィエは指揮所の入口へ歩み寄った。

 

前方には、横に広がった魔族戦車が見えていた。

 

その一両が炎上している。

 

しかし、残る戦車は次々と砲身をこちらへ向け、射撃を続けていた。

 

ドンッ!

 

砲弾が予備陣地の近くに着弾した。

 

ドォン!

 

地面が揺れ、細かな土砂が指揮所の中へ降り注いだ。

 

ヴァルターがオリヴィエの前へ立った。

 

「お嬢、これ以上前へ出ないでくださいよ」

 

「分かってるわ」

 

オリヴィエは鉄帽を押さえた。

 

「……でも、ここを抜かれるわけにはいかないのよ」

 

前方では、予備陣地の兵士たちが必死に身を伏せていた。

 

敵戦車は、なおも砲撃を続けている。

 

その後方の白煙の向こうでは、新たな魔族歩兵が展開中だった。

 

そして森林内には、まだ第3陣の戦車六両が待機していた。

 

ベルノ連隊の予備陣地は、いよいよ魔族軍の攻撃を正面から受けようとしていた。

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