「一人の善人が傷つく時、全ての善人が共に苦しむことになるだろう。」
➖エウリピデス➖
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アメリカ海軍第七艦隊を指揮するレイモンド・マーティン海軍大将は、太平洋艦隊の旗艦を務めるニミッツ級航空母艦「ジョージ・ワシントン」の艦橋から望む地平線の向こうに見える、正体不明の物体を見て思わず唸った。
そもそもの始まりは、まず毎年ハワイで各国合同で行われている大規模な”海戦ゲーム”である、「環太平洋合同演習➖略称、”リムパック”➖」の最中で起きた出来事とアメリカ本土からの指令が発端だった。まさしく演習の最中に「ソレ」は”落ちて”来た➖いや、”着水した”かもしれない。何故なら海面に触れる瞬間、一瞬だけ止まったように見えたという地元漁師の証言が、”着水した”という考えの根拠だからだ。まあその漁師は、持病の認知症が酷く進行してしまっているせいで、あまりその証言は期待できないものだし、そもそもこの目撃談自体、有り得ない話なのだが➖。最初はただの隕石かと思われた。だが各国政府は、墜落した他国ないしは自国の人工衛星の可能性も否定できないとして、墜落現場である海域にレイモンド率いるリムパック連合艦隊を寄越すことにした。レイモンドからしてみれば、あまり気の進むような話ではなかったが➖と言っても、それは彼だけでなく他の国の艦隊とて同じことなのだが➖、命令は命令なので、渋々各国の海軍の艦艇を自分の国の艦隊と共に調査に赴いた。それが余計に事態を悪化させてしまうとも知らずに…。
最初に目に入ったのは”緑色”だった。それも海の色の青やエメラルドのような色ではなく、毒々しい黄緑色だ。続いて目を見張らせるのはその大きさだった。何せ、全長がベースボールスタジアム4個分に迫りそうな程の大きさだ。果たして、此れ程の大きさの人工衛星など、存在し得るものなのだろうか?いや、ないだろう。そもそもそんな大きさの人工衛星なんてあり得ないし、幾ら何でもそんなものを宇宙に打ち上げるなんて事がまず無理な話だろう。もしあるとすればそれは何処かの大和型宇宙戦艦だ、今の時代でそんなことあり得ない。そんな三文SF小説みたいなこと、あって良い筈がない。そんな自他共に認める程の、根っからの堅物であるレイモンドは、そんなことを認めなかった。認めたくなかった。だがそんな彼の意に反して、彼のお気に入りの31アイスクリームのバニラアイスの入ったクリームメロンソーダのように、毒々しい黄緑色をした、あの地平線の向こうの巨大な宇宙船のような物体は平然と海の上に浮かんでいた。今のところ、動き出すような気配はない。だがレイモンドには、あの物体が何か邪悪な気配を感じさせているように思えてならなかった。此れまでの自分の経験の中でこのような事態は初めてのことで尚且つ確証のないことだったが、だが確かに何かが可笑しく、怪しいことこの上なかった。レイモンドはこのまま部下をあの物体に向かわせるか否か迷った。すると隣で「ジョージ・ワシントン」の指揮を執っていた海軍大佐で艦長のウォルター・ジョンストンが、先程から彼に二言三言話しかけている彼の部下との会話を終えて、今度はレイモンドに話しかけてきた。あの物体に近づいてはみないかという内容だった。
「如何なさいますか提督。彼方から来ないなら我々から出向いてみるのはどうでしょう?先程部下からも、
「そうだな。私だってアレを調べるために調査隊を派遣したいのは山々だウォルター。だが私は太平洋艦隊司令官だ、残念だがおいそれと簡単に調査隊を出すことはできん。」
「しかし、何時迄もこうしていることはできんでしょう。先程部下から本国より物体に対する調査の催促が来ているらしいのです。あまり時間はないでしょう。レイ、どうかご決断を。」
レイモンドは唸った。確かに何時迄も我々から出方を伺う時間などない。一体どうしたものか…。考えた時、海上自衛隊の艦隊旗艦のいずも型護衛艦一番艦「いずも」の艦長であり、レイモンドの旧友である宝田秀人一等海佐から通信が入った。内容は我々から出向いてあの物体を調べて良いかというものだった。レイモンドはまたもや唸った。確かに今まで「戦わない軍隊」などと揶揄されてきた彼らにとっては今この時を見せ場にしたいのだろう。だが、レイモンドは勝手に出て行って後々最悪の結果を招きかねない行為だと思い、彼らだけであの物体の元へは行かせる訳には行かなかった。確かに後の歴史で汚名を被るのが彼らだけになるという利点はあるだろう。だがそんなことは根っからの頑固者で正直者のレイモンドにとっては卑怯者のすることであり、何よりもそんなことをするつもりなぞ、毛頭なかった。決心したように息を吐き出した後、間を置いてからレイモンドはウォルターに言った。
「…、分かった。調査隊を派遣するのは我々も賛成だ。だが行くのは何も貴官達だけではない。我々も調査隊を派遣する、と伝えろ。」
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海上自衛隊の有働貴文二等海尉は、疑問に思った。あの物体は本当に何処かの国の人工衛星なのだろうか、と。レイモンドと同じく、有働にもにわかには信じ難い事実だった。何せ野球場4個分ぐらいのサイズなのだ。あんなものが衛星の筈がない、寧ろ隕石と言われた方がしっくり来る筈である。だが何故隕石と断言しないのだろう、あんなものが何かしてくる訳ではなかろうに、と彼は考えたが、目の前まで近づいて来たところで彼はその考えをチリ紙に包んでゴミ箱に叩き込んだ。何故なら、その物体は近くで見れば完全に戦艦のような姿、つまり明らかに人工物の姿をとっていたからだ。断言できないことに、納得がいった。
「有働二尉、このままどうなさいます?司令部は調査隊を出すのは構わないが此方の許可が下りるまで無闇にあの正体不明の物体には近づくなと言ってきていますが…。慎重に近づてみますか?」
隣にいる山田豊明三等海曹が訊いてきた。豊明も後ろにいる二人の自衛官もあの物体が何なのかを知りたくてウズウズしているようだった。
「山田、気持ちは分かるがまだ近づいていいとは決まった訳じゃない。そりゃ俺だって知りたい気持ちはあるさ。けどな、命令は命令だ。まず応答があるかどうか確認してみよう。なければ艦隊にあの物体への接近許可を打診すればいい。なあに、呼びかけるだけならすぐに済むさ。どうせ返事してきませんでしたっていう結果だろうしな。」
そう言って豊明の肩を叩くと、有働はメガホンを手に取って、緑の物体に呼びかけ始めた。最初は日本語。一瞬期待したが駄目だった。そして続けざまに他の国の言語で呼びかける。英語、フランス語、中国語、ドイツ語、韓国語、アラビア語その他諸々…。果てはスワヒリ語まで試してみたが空回りだった。確かに、直ぐに済んでしまった。
「な。どうせそんなことだろうと思ったからああ言ったのさ。どれ、我らが連合艦隊一同に聞いてみようか。」
そう言って有働は無線機に手をかけて、物体へ近づく為の許可を得るための通信を行った。暫く無線機の向こうは長い沈黙が続いていたが、ようやく返答が来た。内容は「あの正体不明の物体への接近許可」であった。それが来るや否や、有働達はゴムボートの哨戒艇を真っ直ぐ物体へ近づけて全速力で飛ばした。
…連合艦隊旗艦「ジョージ・ワシントン」のCICが混乱に陥ったのは其れから有働達が物体まで残り後100mに差し掛かった時だった。
「っ⁉︎か、艦長っ‼︎正体不明の
「何っ⁉︎場所は!何処へ向かっているッ‼︎」
「真っ直ぐ此方へ向かっていますッ!到達まで後7分51秒‼︎」
「Shit‼︎何で今の今まで気がつかなかったのだ‼︎ええい、非常警戒態勢発令!今すぐ全艦隊に伝えろ‼︎…提督閣下、全艦隊戦闘態勢命令の許可を得たい。どうか、ご決断を!」
「ああ、命令の許可なら確かに構わんよ。だがウォルター、勝手に本国の許可を得ずに戦闘態勢を整えるのは幾らなんでも…。」
「しかしレイ、そうは言ってもたった今此方へ正体不明のアンノウンが迫りつつあるのですぞ!そんな悠長なことを言っている暇などありません。確かにもし万一あのアンノウンが何の害のないただのドローンか民間機だったとしてもこのタイミングです。備えは万全にしておいた方がいい。それに本国への返答を待っている時間もなければ、無能な政治家連中はその場で待機せよと言って我々を見殺しにする気です!貴方も部下の安全を確保したいのなら今此処で動くべきです。ベトナムの時に貴方と私以外の部下を政府と軍の上の連中の無能者が枯れ葉剤作戦を断行したせいで全員残らず失ったのを覚えているでしょう。今がまさしくその時の挽回をするチャンスなのです!私とて強引なやり方は好きではありません。ですがこのまま部下達をみすみす死なせることは何よりも耐えがたい。どうかお願いですレイ。どうか、どうかスクランブルを、発令してください‼︎」
レイモンドは悩んだ。確かにこのまま本国からの通信を待てばもしかすると自分はおろか部下達まで傷つきかねない。だが、だからと言って勝手に武力行使に打って出る訳にもいかなかった。レイモンドが口を開こうとしたその時、突然艦のCICと艦橋に別の警報➖ハッキング警報だ➖が響き渡った。
「艦長!何者かが艦隊の兵器システムにハッキングしています‼︎それに各国の軍事施設の防衛プログラムにまで影響が及んでいる模様‼︎恐らくあのアンノウンからです‼︎」
「何だとッ⁉︎状況は!」
「はっ!今のところファイヤーウォールでなんとか本格的なウイルス侵入を防いでいますが破られるのは時間の問題かと…。」
「しかし、一体何処に侵入されたのかね?」
「はい、提督閣下!侵入されたのは我が艦隊と太平洋圏内の軍事施設の指揮系統及び兵器管制システムであります!」
「何故そんなものを?敵の狙いはなんだ?国家機密でないとすると、まさか…。」
「サー、トマホークやACMミサイルなどの巡航ミサイル、それも我々の艦隊を含めて約……2000発以上……。」
「なっ…⁉︎い、一体そんな数の巡航ミサイルを使って何をする気だッ!まさか我々か、他の国やハワイを…、」
「いえ、照準は、それが、あの…。どうやらアンノウンの方に向いているようで…。」
「何⁉︎まさかアンノウンが自分に2000発以上もの巡航ミサイルの照準を合わせたとでも言うのか!バカな、どんな自殺願望だそれは‼︎今、件のアンノウンは何処にいる!後どのくらいで我々の艦隊に到達するんだ‼︎」
「はっ、現在視認圏内に突入!残り後1分切りました‼︎アンノウン、きます‼︎」
レイモンドとウォルターは散々悔しがって諦めた。やはり議論に時間をかけずにすぐさま指令を発令すべきだった。また、我々は歴史を繰り返してしまった。もう、諦めるしかないのか…。そう考えて2人は艦橋の窓の外に広がっているかもしれないであろう悲惨な光景を見ようと窓を見た。
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有働は心底驚いていた。それは先程突然響き渡った非常警戒態勢を伝える警報音と無線に入ってきた緊急撤退命令の他にも、たった今無線連絡に入ってきた此方に近づきつつあるアンノウンの情報➖小型機だがそれもかなり小さいらしく、無人機と思われた➖と艦隊と各国の軍事施設がサイバー攻撃を受けたことに対してでもだった。
だが、有働には分からない事があった。何故今になってそのアンノウンが此方へ近づき、サイバー攻撃を仕掛けて来たのだろう、と。幾ら何でもタイミングが合い過ぎた。もしかしたら、この巨大な緑色の戦艦らしき物体と何らかの可能性があるとでも言うのだろうか?そう考えて急いで撤退準備➖豊明達が不満を漏らしたが艦隊がサイバー攻撃を受けたことと未確認機の話を聞くと即座に撤退準備を進め始めた➖をしていた時に、彼らは、遠目からとはいえ、見たのだ。いや、見てしまったのだ。………件のアンノウンを。此方へ近づいてくる、もうすぐ世界を変えてしまうことになる「パラダイムシフト」そのものを。
最初彼らは驚いた。何故なら小型アンノウンは一般的な航空機ではなく人型、其れも紛れもなく平均的な女性型の姿を取っていた。全体的に白く、人間の女性に近いシルエットにヘルメットかバイザーのようなものに覆われていて素顔を完全に隠している頭部、スカート状のスラスターかシールドのようなパーツに何やら西洋剣にも似たSFチックな大型のエネルギーソードを右手に持っていた。まさかアレが武器だとでも言うのだろうか?まさか航空機やミサイルを切り裂くというわけでもあるまいし……。そう考えた時、突如リムパック連合艦隊の各国のイージス艦などの艦艇、其れに加えて遥か彼方のハワイ本島やオアフ島のキャンプ・スミスから大量のミサイルが発射された。その進行方向の先にあるものは、
「あのアンノウンに向っている………?何故だ?」
有働が疑問に思ったその時、事態は大きく動いた。
小型アンノウンはミサイルが自分に迫っている事を認識すると、普通の航空機の機動ではほぼ不可能な機動と超音速で飛行しながら、何とミサイルを
「………は?」
彼らは唖然とした。無理もなかった。目の前のアンノウンが文字通り”超音速で飛行している人間らしきアンノウンが飛びながら手持ちの大剣でミサイルを叩き斬った”のだからそう思わざるを得なかった。だが、本番はこれからだった。アンノウンの真後ろ、かなりの距離から迫ってくるACMミサイルがあった。流石に先程のように叩き斬ることは無理だろうと考えた時だった。突然後ろを振り返ったアンノウンが何やら砲身のようなものが現れたかと思うと、その銃口らしき部分に空気中の様々な物質が集められていき、次の瞬間集められた物質は、アニメで見るようなビーム➖或いは光弾か?➖が発射されてミサイルを撃ち落とした。此れには、ジョージ・ワシントンの艦橋から事の次第を伺っていたレイモンドとウォルターは顎が外れそうなくらい驚いた。何故なら今あのアンノウンが撃ったものは、まだ試作段階で実用化すら出来ていない、自分達を含めた軍上層部とハイテク企業「サイバーダイン社」の重役と一部の従業員のみが知る共同開発中の極秘兵器、「荷電粒子砲」の試射実験の時の、光弾が発射される時の様子と良く似ていたから、いや全くと言っていいほど同じだったからだ。
「どういうことでしょうレイ⁉︎何故あのアンノウンは荷電粒子砲などを撃つことができるのでしょうか?我々とサイバーダインの連中とで極秘裏に開発しているアレを、一体何故…?」
「さあな。実を言うとこの私も君と同じくらい驚いているよ。だが今大事なのは、何故荷電粒子砲を使っているのかということよりも、アレが敵なのか味方なのかを見極めることだ。念の為、全艦隊戦闘態勢を取るように通達を出してくれ。其れと、全艦隊の戦闘機、ヘリなどの全ての艦載機などにスクランブルを掛けておくようにもな。」
「はっ!」
レイモンドは巡航ミサイルを全て撃墜し、今度は謎の緑色の巨大な物体に近づき、降下し始めたあのアンノウンをじっと見つめた。彼は確かにミサイルを全て撃墜されたことには怒っていたが、だが彼にはやるべきことが、いや、やらなければならないことがあった。それは、あの緑色の巨大な物体とあのアンノウンの正体、そしてそれらにどんな関わりがあるのだということだった。もし、味方だというのなら➖ミサイルを全て落とされた時点で、味方も何も無いのだが➖、此方としては有難いことこの上無いのだが、もし、”味方でないとしたら”、自分達は勝ち目の無い戦いを強いられることになる…。それだけは如何しても避けたかった。だが今は何も出来ない。どうする事も出来ない。今の自分、そして全艦隊の乗組員全員が出来ることは、ただ見守ることだけだった。少なくとも今はまだあの二つの物体の正体は分からない。しかもこの二つが出会えば何が起こるかも未だ分かっていない。下手をすれば部下達を危険な目に合わせてしまうかもしれなかった。だが彼は確かねばならなかった。もしそれで自分達が本当に被害を被ったとしても、後に残された人間達を守れるなら構わないと感じた。最早今は部下達の命だけではなかった。この世界の人類全てが、守らねばならない存在となっていた。少なくとも、今は。
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アンノウンは一通りミサイルを全て一掃すると、そのまま緑色の物体の上に降下した。何故ならこの機体の開発者である”彼女”が、可能ならば調べて欲しいと言ってきたからだ。また幼い頃から彼女に助けてもらっている恩もあるが、彼女自身が知りたいと思っているのもあった。
此処で、このアンノウンについて話す必要があるだろう。彼らが知る由も無いが、この目の前にいるアンノウンこそ、あの篠ノ之束が親友の織斑千冬と共に創り上げ「インフィニット・ストラトス」の第一世代機、「白騎士」だった。そして今、この機体を纏っている者こそ、
<ちーちゃん、準備出来たかニャー?>
「ああ、もう物体の2m上に迄降りた。もうミサイルや航空機の類は来ないよな?」
<モッチーだよ、ちーちゃん!今からあの物体調べるって言うのに、彼奴らがちーちゃんに邪魔を入らせるようなことをこの束さんがさせる訳ないじゃ〜ん☆それにもう実力は彼奴らに示せたからダイジョブダイジョブ♪でも、探知されないように無線やプライベートチャネルだけは切っておいてね〜、この前のクソ野郎のことがあるから。と、言うのに訳で、調査、ヨロシクヨロシク〜☆♪>
「了解した、今からこの物体の調査を開始する。」
そう言って千冬は、無線とプライベートチャネルを切って小脇に抱えた束特製の、銀色のラグビーボールの形をした小型コンテナを取り出して側面の青いボタンを押した。するとラグビーボールは形を変えて亀型の探査ロボット「うさぎとかめの亀さん」になると、千冬の手を離れて緑色の物体の上をちょこちょこと歩き回り出した。無事に表面を歩いているところを見るに、少なくとも異常はなさそうだった。試しに千冬も降りてみる。金属と金属の当たる音が聞こえた。千冬は安堵した。千冬は思った。大丈夫、金属であることには間違いない。「うさぎとかめの亀さん」からも➖材質不明とはいえ➖金属であると報告してきている。これがどデカイホログラムだったら海に沈んでいるところだったな。
「さて、あの艦橋みたいな部分まで行ってみるか。」
千冬は安心して嘆息までついた後、そのままこの物体の艦橋らしき部分までホバリングして近づいた。やがて千冬は、物体の艦橋部分に無事辿り着いた。千冬は改めて艦橋を上から下まで眺めた。全体を通して緑色で、唯々大きかった。時折、不気味なモーターのような唸りも何処からか聞こえていた。
(本当に…、何なのだ………?この物体は…?)
そう思って艦橋の壁に触れた時だった。
突然、物体が大きな振動と唸りを上げて上昇し始めた。
千冬は驚いていた。それは当然ながら、この物体が空中に浮かび上がり始めた事の他にも、IS越しとはいえ、艦橋に手を触れた時、金属の感触の他にも、心臓の鼓動が伝わってきた事に対してでもあった。
「クソッ‼︎」
千冬は身の危険を感じて、慌てて物体から離れる。眼下の物体の上に取り残された「うさぎとかめの亀さん」が物体の中に消えるか取り込まれるのを見た時、千冬は大いに取り乱した。何故なら取り込まれ方が、先月何者かによって盗まれたあの琥珀色の球体の時とよく似ていたからだ。
「ま、まさか……」
アレを元にしてこの物体を作り出したとでも言うのか⁉︎いや、違う…。それだけじゃない、此奴にはまだ何かがある。まだ、何かが…。そう考えた直後、遂に物体が海中から空中へとその全景を露わにした。それは彼らの想像を遥かに絶する程の大きさだった。何故ならそれは野球場4個分などという優しいものではなく、丁度オアフ島そのものに迫りそうなくらいの大きさだったからだ。しかも悪い事に、物体には多くの大火力でまるで針鼠のようにくっついている大砲や砲台、そしてロケットノズルが付いていた。加えてあの艦橋のような部分がある。つまり、この物体は正真正銘本物の…、
「戦艦だ………。」
千冬は呟いた。冗談じゃない、こんな化け物みたいな奴と真正面から戦っても勝てる訳がない。飽くまで推測であるとはいえ、ただでさえあの琥珀色の球体と同じ特性を持っているのに、今度は針鼠のように並んだ恐らく高火力であろう武装にあの生きているかの様な鼓動を発する船体に材質不明の金属、そして…、この大きさだ。作った奴は一体何者で、一体どんな技術と用途、理由を持ってして作ったのだ?一体何故私達に此奴を差し向けた?そして一体此奴は何なのだ?一体此奴を作った奴は何者なのだ?
➖何?何?何?何?何?………。
千冬は大いに気が狂いそうになりかけていた。だが、それ以上に、気が狂ったように騒いでいたのはリムパック連合艦隊だった。皆突然浮き上がった物体に大いに取り乱して非常対艦戦闘態勢に慌てて入っていた。だがミサイルの全てを打ち果たしてしまった以上、彼らになす術はなかった。
「対空砲よーい‼︎ミサイルが無くとも、今は何としてもこの場を守らねばならん‼︎全艦非常戦闘態勢‼︎全艦隊の全ての空母などに積まれている艦載機を全て飛ばせ‼︎人類の未来を賭けてでもアレを倒すぞ‼︎」
「しかし艦長、幾ら何でも早急過ぎるのでは…?」
「何を言っている!アレが見えないのか⁉︎見ろ、何かを撃ち出そうとしているぞ‼︎」
確かに、今あの物体➖いや「戦艦」と言うべきか➖の主砲のような部分に空気中の物質が集まっているのが見えた。そして、
その主砲から、艦隊に向けて、かつてのマオがバイドだった頃に持っていた「デビルウェーブ砲」の強化版、”ハイパータイプ・デビルウェーブ砲”の光弾が、今、解き放たれた。
一瞬の出来事だった。ハイパータイプ・デビルウェーブ砲は、海面は愚か海底まで溝を掘ったかのように切り裂いた。もしこの場を遠くから眺めている者がいて、海水がその溝に引き込まれる様を見たら、まるでモーゼの十戒を観ているかのような気分にさせられたことだろう。だがそんな奴は勿論いなければ、艦隊の人間達もそんな余裕はなかった。何故なら十戒の側、其処にいた艦艇の多くは全て其処に生じた津波に飲み込まれて沈むか、転覆してしまったからだ。
一連の出来事に全員呆気に取られた。たったの一発で、しかも荷電粒子砲以上の火力を有する攻撃を、あの戦艦➖千冬や彼らは知らなかったがこの戦艦には「グリーン・インフェルノ」という名前があった。しかしよく見るとサイズもデザインも若干異なっている箇所が多々あり、突然変異種か、改造された可能性が高かった➖がしてきたのだから無理もなかった。だが、戦艦の攻撃は此ればかりではなかった。突如戦艦の彼方此方から赤い戦闘機が大量に飛び出して来たのだ。此れには、千冬も彼らも、対応が遅れた。両翼を回転させながら、赤い戦闘機がとんでもない速度と機動で千冬達に肉迫する。千冬は何発も光景を受けながらも➖戦艦からの攻撃も受けていたが、千冬は自分の方は砲弾やミサイルを見切れると自負していたあたり、驚きを隠せないでいた➖戦闘機に攻撃を仕掛けたが、何分速度も機動も此方よりも遥かに上回っていた。しかも可笑しなこともあった。それは…、
「くそう。こうなったら………。」
千冬は焦りに焦っていた。自分の速度や機動についてこられるどころか凌駕していると来れば当然と言えば当然のことと言えた。また、束からISが万能のデバイスであるとも聞かされてきたのも、千冬の焦りをより一層に際立たせていた。しかも、何度か攻撃をまともに食らった所為でシールドエネルギーがまだ限界ではないとはいえ、最早継続して戦うことが困難なレベルにまで下がってしまっていた。そのうえ、プライベートチャネルやオープンチャネルも攻撃を受けた際に故障したらしく、束と連絡が取れなくなっていた。
文字通りの「孤立無援」状態だった。
もしかしたらこのままでは自分は負けてしまうかもしれない。奴らに殺されて死ぬかもしれない。二度と束は愚か、妹の一夏や箒に会えなくなるかもしれない。だが恐れていては何も始まらない。それだけは、千冬も引き下がる訳にはいかなかった。逆転の為、千冬はある見積もりを幾つか立てていた。まず一つに、あの戦闘機達は皆無人機➖対空戦闘用がまだとはいえ、機体の大きさとコクピットらしい部分が見当たらないのでそう考えるしかなかった➖であるということ、次に少なくともIS以上の速度と機動を出すことができるということだった。だが仮に無人機であるとするなら勝算はあった。無人機なら、決まったパターンでしか行動出来ない筈だからだ。その為千冬は、破れかぶれであったが、最早これに賭けてみるしかなかった。
「うおおおおおおおおおォォォォォォア‼︎‼︎」
千冬は大声を上げながら、荷電粒子砲を
「これでッ‼︎」
千冬の斬撃と、荷電粒子砲の砲撃が直に赤い戦闘機に集中する。戦闘機は一瞬、態勢を崩して墜落するかと思われた。
「やったか⁉︎」
だが次の瞬間、落ちて行くかと思われた戦闘機が突然機動を持ち直したばかりか千冬に向かって光弾を撃ちながら追いかけてきたのだ。千冬は追いかけられながら、信じられないという面持ちでいた。今の攻撃は、最早パッシブ・イナーシャル・キャンセラーや生命再生機能に操縦者保護機能、そして光学迷彩機能に迄影響が出るのではないかというぐらいの、残っていたシールドエネルギーの全てを使った攻撃だった筈なのだ。しかも可笑しなことに、機体には擦り傷一つも付いていなかったのだ。そう、攻撃が当てたにも関わらず向こうにはまるで当たったような気配が、全くなかったのだ。そう、当たった筈なのに。
「クッ…、何故だ!当たった筈だろう⁉︎」
千冬は信じられないとばかりに焦った。こんなに焦ったのは生まれて初めてだった。しかし千冬は焦ってしまったばかりに気づいていなかった。彼女の眼下、つまり海上のリムパック連合艦隊も、悲惨な状況に置かれていたことに。
リムパック艦隊はあの赤い戦闘機の攻撃を避けられず、次々と撃沈させられていったのだ。空母などの艦艇に残されていた真っ直ぐにしか飛べない艦載機も、撃沈させられた艦艇群と同じくその運命を共にした。そして艦艇は艦載機のいない航空母艦の旗艦、ジョージ・ワシントンを含め、残すところあと十数隻のみ➖その全てが弾切れを起こしていた➖になってしまっていた。ジョージ・ワシントンのCIC内では顔面蒼白のウォルターがいつも持ち歩いている聖書を開いて詩篇23章を唱え始めた。傍らのレイモンドも最早諦めていた。そして悟った。自分達は敵に回してはいけない存在を敵に回してしまったのだと。アレが人類を罰する為に神から送り込まれた死神なのだと。目の前に赤い戦闘機とは別の、クリーム色の蟹のような戦闘機が数珠繋ぎ状の隊列で迫る。レイモンドには、ただ見ているしかなかった。
千冬は疲れきっていた。あれほどの大群と戦う羽目になったのだから仕方がないとはいえ、流石に艦隊を守りながら戦うには荷が重すぎた。事実、守りきれずに何隻か沈没させてしまった。千冬は心の内で何度も何度も「すまない」と彼らに対して謝った。何度も、何度も、数え切れないくらいに…。
やがて千冬は、先程あの緑色の戦艦に近づいたゴムボートの哨戒艇群を視界の端で見つけた。どうやらあの戦闘機から攻撃を受けているようだ。急いで自分達の船に戻ろうと全速力で逃げ切ろうとしている。だが次の瞬間、前方を走っていた海上自衛隊の哨戒艇が一本の水柱に飲み込まれ、一人が海中に沈んでいくのが見えた(しかも沈んだ海域は見たことがないくらいの青い光を放っていた。海中で反射した太陽光ではないことは火を見るよりも明らかだった)。其れを、かの織斑千冬が逃す筈はなかった。先程くらいではないとはいえ、全速力で海上の哨戒艇に向かう。
(今度こそ、今度こそ救い出す。見殺しにしたり、遅れを取るのはもう沢山だ!手を伸ばさずに後悔するより、手を伸ばして後悔する方がまだマシだ‼︎)
千冬は手を大きく伸ばした。沈み行く海の防人達を救う為の天女の手を伸ばして………、
其処で突如警報が響き渡ってきた。その時ハイパーセンサーのディスプレーに、
『警告!:
出力低下・シールドエネルギー、残り0%』
という表示が映し出された。と、同時に武装も光の粒子となって消え始める。
「しまったっ‼︎」
千冬は気づいた。先程の戦いでもう既にシールドエネルギーを使い果たしてしまったという、致命的なミスを。そしてもう一つ付け加えるならば、気づくことが遅すぎたということだった。目の前にあの赤い戦闘機とは別の、クリーム色の蟹のような戦闘機が迫り来る。最早エネルギー切れを起こしたせいで、攻撃を避けることは出来そうにはなかった。
「すまない…、一夏、束、篠ノ之…。私も、どうやら…、此処までのようだ………。」
千冬は観念して目の前をホバリングしながら取り囲むクリーム色の蟹と翼の回転する赤い戦闘機を前に、自分の妹や親友、そして親友の妹に謝罪しながら自分が殺されるのを待った。
その、直後だった。
突然爆音と熱風、青白い光が起こって目の前の戦闘機達が吹き飛ばされるように一掃されるのが見えた。一緒に吹き飛ばされた千冬は一瞬何が起きたのか分からなかった。今の攻撃は、一体何処から…?そして、何故今だけ攻撃が通じた…?
吹き飛ばされた後、態勢を整えて辺りを見回すと、答えは直ぐに見つかった。何故なら千冬達から200m離れた地点の空域に、その襲撃者を見つけたからだ。そしてそれは、この白騎士と同じくボディに純白とメタリックな銀色に、椿の花のような紅色の入った、ISのようなパワードスーツをその身に纏っていた。顔は、白騎士と同じくフルフェイス型で長頭型の、どこかゼノモーフ型エイリアンを思わせるようなバイザーで隠してあった為、よく見えなかった(因みに、バイザーの形はまるでSF作品の宇宙戦闘機のキャノピーのようなデザインをしていた)。千冬は、この機体を操っているのは何者でそして本当にこれはISなのだろうか、と思ってオープンチャネルやプライベートチャネルを通じてコア・ネットワークやハイパーセンサーでコアの登録番号を確認しようと試みた。だが、
「コアが…、無い、だと…?」
信じられなかった。いや、それどころか「コアそのものの役割を操縦者自身が兼ねている」という、驚きの解析結果が出たのだ。一体どういうことだ。ISは、専用のISコアでなければまともに動くことすら叶わない筈なのだ。束風に言えば、それはまさに「苺が一切入っていない、生クリームとスポンジだけのショートケーキ」に等しいくらい、有り得ない話だった。赤と白に銀の「ISのような何か」が千冬の方にバイザーで覆われた顔を向けた。すると突然、その機体の人物は千冬に荷電粒子砲の砲身を向けたのだ。此れにはバイザー越しで驚愕の表情を浮かべていた千冬も驚いて、咄嗟に避けた。が、
<其れだけでは不十分だ、織斑千冬。もっと離れろ。出来れば200m圏内迄はな。>
「なっ、お前!何故私の名前を知っている⁉︎それにたった今私に荷電粒子砲の砲身を向けておいて、離れろだと⁉︎」
<喋っている暇があるくらいならさっさと此処から離れろ。お前の後ろの敵を今から撃ち抜くからな。>
「それはどういう…⁉︎」
次の瞬間、千冬は、一生忘れもしない光景と、後の歴史で「戦甲機」と呼ばれる存在を目の当たりにした。そしてその操縦者こそ………、
『波動砲エネルギー、フル装填完了!何時でもいけるぞ。狙いは、彼奴だな。』
「ああ。確か、”グリーン・インフェルノ”で、あっていたよな。マオ。」
『そうだ。だが通常のタイプとは大きさも、火力も段違いだ。恐らく本体も別の場所にある可能性も高い。間違いなく突然変異種か、ベルサーの奴らによって改造されたタイプだろう。正攻法では無理かもしれない。』
「そんなことはやってみなければ、」
…「戦甲機」、通称FAの「アローヘッド」を操縦していた篠ノ之箒は、千冬の真後ろにいた、数あるバイド生命体の内の一つである「グリーン・インフェルノ」の突然変異か改造種である可能性の高い「グリーン・インフェルノ タイプ・ミューテーション」にスタンダード波動砲を向け直す。そして、
「分からんだろう?」
マオの操作によって、2ループチャージマックスを迎えていたスタンダード波動砲を、解き放った。
強烈な青白い光と爆風に、織斑千冬は頭を強く打ったかのような衝撃をうけた➖。これは、間違いなく荷電粒子砲の類ではない。こんなものと比べたら、荷電粒子砲の方がまるで夏祭りの線香花火のように思えた。衝撃波に飲み込まれながらも、千冬はあの恐ろしい青白い光の奔流に巻き込まれずに済んで良かったと思った。だが、どうやら頭を打った所為で意識を失いかけているらしい。最後まで、千冬はあの緑色の宇宙戦艦がどうなったかを見届けることはできなかった。だが、意識を失う直前、千冬は確かに見た。あの謎のISのような何かが、あの琥珀色の球体と、それに似た小さな2つの球体を連れていたのを。だが、ただそれだけだった。
どちらにせよ、その時点で織斑千冬が覚えていたのは、その時気絶する直前のその様子だけだった…。
やっと終わりました。いやあ、長かった…。そうだ、伝えなければならないことがあった、実は本作「インフィニット・ストラトス ー邪神と英雄達の系譜ー」はなんと、
シリーズ化が決定致しました‼︎おめでとうございます‼︎
「いや二次創作だし、シリーズ化云々とか言う話じゃねーよつかまだ8話しか書いてねーのに何言ってんだお前は。」とか言ってる貴方、頼むから泣いちゃいますんでそんな酷い事言わないでくださいね。まあでも。ただのシリーズ化ではありません。私の場合、別の二次創作サイト「シルフェニア」、Pixiv、「小説家になろう」、そしてこのハーメルンを跨いだ一大シリーズなんです。多分一生かかるぞそれ、とか言わないでください途中でズッコケたら怖いんで。今は本作のみですが、近い内に本作との関連性の強い別の作品を、別のサイトで書いていきたいと思います。
因みに現在、この「インフィニット・ストラトス ー邪神と英雄達の系譜ー」のスピンオフ作品である、アラスカの田舎町を舞台とした多重クロスオーバーホラー小説「テッドマウンズフィールド(仮題)」を鋭意制作中です‼︎近々投稿すると思いますので、どうかお楽しみに。
最後に、今迄本作を楽しんで戴いてくれた皆様、気に入ってくださった皆様、そして様々なアドバイスをご指摘くださったハーメルンの先生方、どうもありがとうございます。此れからもこのどんぐりあ〜むず、をよろしくお願いします。
因みに、前回は感想が一件も入ってこなかったので、正直寂しかったです。あの、皆様。本当に正直にでいいですから感想よろしくお願いします!後誤字脱字報告もお願いします!と、いうわけで、今回も此処でお別れと致しましょう。では、またこれにて。