海洋惑星のあれやこれ 作:小魚
いったい何をしてるんだか。
彼女はどう見てもアルテラに所属しているとしか思えなかった。それは事前に聞いた勤め先の買収の話もあったが、一番大きかったのはその行動の不可解さだった。
コーラルブリッジの谷を探索していたと思えば突然シーモンキーの巣に潜りだしたり、リリパッドの間にいたかと思えば遠く離れた地上の一角へ向かったりする。単純にこの星を探索しているにしてはルートがぐちゃぐちゃだし、本人の言う通りに姉の後を追っているにしてはアルテラの施設から離れ過ぎている。かつてアルテラの命令であたしを監視しようとした彼女の姉を引き込んで手に入れた監視設備が壊れたかと思えばそうでもない。訳が分からなさ過ぎて彼女が探索した場所を調べてみると、そこには高確率で異星人の痕跡があった。
調べてみれば目的は分かりやすい。だが、位置もバラバラ、分かりにくく埋もれた物も多い痕跡の場所を教えているのは誰だ? 最初は安直にアルテラの指示を疑った。長くこの星にいるあたしも知らない痕跡を発見する技術を持ち得る存在を他に知らなかったからだ。
だが、彼女は平然とアルテラに喧嘩を売るような依頼をこなした。そもそも彼女も無許可の活動であると電波塔の記録は示していて、確かにそれは正しかったという事だ。
アルテラでないなら他に何があるだろうか。彼女はもともと異星人に興味を持っていると彼女の姉から聞いた事がある。アルテラに属さない組織などいくらでもあるし、少々危ない橋ではあるが、この星への手引きも含めてどこかそういう繋がりの友人の指示でもあったのかもしれない。なんにせよあたしに敵対するような存在ではなさそうである事から、そう結論付けてひとまずそれ以上の詮索はやめる事にした。
したのだが、これほど正気を疑う行動もない。
まず第一にアルテラは一時的に撤退しただけで完全にここから手を引いた訳ではない。つまり機能を停止させた監視衛星もいずれは復旧されるものだ。にも関わらず、彼女の拠点はそれに対応出来るような状態ではない。対人での動きも素人としか言えないし、今のままアルテラが戻って来れば抵抗出来ずに捕まるだけだろう。
そして第二に、彼女はここから離れる事を考えた設備を何も持っていない。アルテラが戻って来た時に緊急離脱しなければならない事を考えると最初に用意してもいい物であるはずだ。
大体、仮に帰れたとして向こうに居場所はあるのか。会社は買収されていて頼れないし、姉について真実を調べたところでアルテラに一矢報いれるほどの情報はない。やはり裏で手を回せるような友人でもいるのだろうか?
一応、彼女のサバイバル技術は確かなものであるようだから、この星の強力なリヴァイアサンなどを盾にして生き延びる事は出来るかもしれない。しかし、それは結局ここで骨を埋める選択でしかないし、調べた事も自己満足に終わるだろう。自らの意思でここへ来る動機としては弱い。
……あるいは、姉の事は表面的な話であって、本心ではアルテラに利用される前に、アルテラの目の届かない場所で死にたかっただけかもしれない。全力で抵抗しても殺してくれる存在など、この星にはいくらでもいるのだから。
相変わらず異星人関係の調査をしている彼女はこのセクターで最も深い洞窟へ向かっていった。狭い場所をリヴァイアサンが徘徊するような危険地帯だが、彼女なら問題なく探索するだろう。しばらくして持ち込んだ装備を引き上げた彼女は、珍しく特に用もなく顔を出してきた。
「相変わらず忙しそうにしてるね」
「まあね。でも、ひとまずやろうとしていた事は全部片付いたから少し休憩するつもり」
「ふうん。この辺りの探索は終了って事かい。それで今後はどうするつもりなんだ?」
「んー、次は遠いところへ行ってみようかなって考えてるわ」
「このセクターから出るつもりか?」
「大体そんな感じ。だから、最後に話せて良かったわ。これからも元気でね」
「ふん。あんたこそ簡単にくたばるなよ」
「ええ、もちろんよ」
きっと本当に二度と会う事はないだろう。あんまりしみったれた空気になるような間柄でもないが、それでも彼女がもうここに来ないのなら、表層にいればこっそり見送る事は出来るかもしれない。
とはいえ日時も決めずただ待つのも暇で、そのついでに彼女や彼女の姉と縁のある地上を巡ってみようと思った。だが、その中で起きた遭遇は本当に偶然の物だった。
孤立しても信念を曲げなかったサムが最後に送られた場所。しばらく前の流星嵐でもぬけの殻になったアルテラの拠点の一つであり、入れもしない異星人施設の形ばかりの調査を行う事実上の左遷場所。その近くにある強固な障壁に守られた、このクソみたいな場所が作られた原因を見に行った。
だが、予想と異なり、あのアルテラが諦めた強固な障壁は解除されていた。そこで見た事がない生物の姿を認めた瞬間、あたしは咄嗟に身を隠して息を潜めた。
「何をしている?」
声だ。人とは異なる響きだが、明確に人間の言葉を発している。この星で人ならざる者に話しかけられた事は前にもあったが、あれはやたら知性的なこの星のリヴァイアサンの子供が思った事を直接ぶつけてくるようなレベルの話だった。それはそれですごい事なのだが、各地の遺物から独自の言語を持つ事が推察される存在が、耳を通して聞く事の出来る言葉で話しかけている。
そのまま息を潜めていると、向こうはもう興味を失ったらしい。こちらは完全に武装しているというのに、全く意に介さず作業を再開している。武装を気にしないというなら都合がいい。そっと姿を見せて相手の様子を観察する。
あいにく生物には全く詳しくないが、この星の多くの生物とは雰囲気が異なる。強いて言えば以前別セクターをうろついていたワーパーと雰囲気が近いか。あれも坊主曰くこの星の存在ではない可能性が高いらしい。
こいつは間違いなくあの異星人の内の一体だ。異星人がどんな姿かなんて知らなかったし、イメージ通りという訳でもないが、一目で確信できた。あたしがこの星に留まらざるを得なくなった原因で、あたしの仲間たちを皆殺しにした奴らで、他にも複数の船を撃ち落とした存在だ。後になってそこに悪意はなかったと知ったが、かつてこの手でズタズタにしてやりたくて痕跡を辿り、結局見つけられなかった連中の生き残りだ。
「これは君が見て面白いものなのか?」
「いいや、何をやってるかさっぱりだね」
暗にお前にこれが何か分かる訳がないと見下されているように感じる。もしかしたら分かるかもしれないと思うならこんなに堂々と作業はしないだろう。
「なんで今になって姿を見せた?」
「長く姿を見せられる状態になかっただけだ」
「それをどうにかしたのがアル……いや、ロビンか?」
「そうだ」
おそらく、こいつがあの遭難信号の主なのだろう。異星人への印象が地に落ちているあたしは罠を警戒したのもあり一切近付かなかったが、助けを求めていたのは本当だったらしい。
「彼女に行き先を提示していたのはあんたか。ロビンとは仲がいいのか?」
「今は良いと言っていいだろう」
最後に遭難信号が発せられていた時期から考えるに、ロビンがこいつの指示に従ったのはこいつに遭遇してあまり時間の経たないタイミングからだと思われる。今はというのが単に現時点での事を話しているだけなのか、あるいは当初は無条件に言う事を聞かせていたのか。彼女の不可解な行動が全てこいつの指示によるものであるのなら、目的地の数もその道のりも出会って間もない相手にやらせるには過酷過ぎる。彼女が他人の言いなりになっている姿はあまりイメージできないが、これだけ力のある存在がどうにもならない状況に追い込まれていたとするのなら、何をやってもおかしくはないだろう。
ただでさえ悪い印象が更に悪くなるようでもあったが、少なくとも今は良いという言葉を信じるなら殴る訳にはいかないし、喧嘩を売ってはいけない相手を理解する心得はある。無防備と歯牙にも掛けない事を混同するほど馬鹿ではない。
「あんたはこの星を離れるつもりなのか?」
「ああ。もうここに用はない」
「どこかからまた感染が広がるかもしれないとは考えないのか?」
「出来る限りの手は打っている。シーエンペラー達が完全に成長しきった後に感染が発生したとしても、もう惑星中に広がる事はない筈だ」
「ふーん」
思ったよりは話が通じると感じる。それに、こちらへの関心の薄さの割に情報開示に抵抗がない。おそらく初対面だと思っているのはこちらだけで、広い範囲の知覚能力があったか、彼女を通じてこちらを知っている、あるいは彼女の行動の全てを監視できる立場にあった可能性が高い。あまりこちらを警戒している様子ではないのも単に性格を知っているだけかもしれない。もしそうならよくそこから仲良くなれたとも思うが、そこまで圧倒的な立場なら逆に束縛は緩くても問題が起こらないとも言える。
一瞬こいつが何かに反応する。作業の手を止めはしなかったが、あたしはそっと姿を隠す、前に一言だけ言っておく。
「今後ロビンに本人の意に反する事をさせたらあたしが許さないからな」
「そのような事はしない」
あたしが隠れると同時に予想通りの姿が現れる。その表情は明るく、何かを強制されているようにはとても見えないし、初めに見た時よりも晴れやかであるようだった。
やはり個人的には異星人たちに対して思うところはある。時間としては僅かに過ぎないこの邂逅は一つの答え合わせともなったが、今後もその印象がひっくり返る事はないだろう。けれどそれは彼女には関係ない。どのような会話が行われているか全てを聞き取る事はできなかったが、彼女にとってここでの時間は得る物も多かったのだと見て取れた。
彼女はもうここには戻らない。何度目かの永遠の別れとなるが、今回の気分はそんなに悪い物ではなかった。