「カイト様!非常事態エマージェンシーデス!」
「ーーハルト!ハルトしっかりしてっ、」
「...ハルト...っ!?」
目の前の相手に後一歩でトドメが刺せると言う時に突如として鳴り響くアラート音。オービタルが映し出した映像には意識を失い横たわるハルト、そして必死に声をかけるセツナの姿があった。
途端に血の気が引いていく。ハルトが倒れた。今すぐに戻らなければ。目の前の相手とのデュエルなどどうでも良い。ナンバーズなど後でいくらでも狩り取れる。
「ーーこのデュエルは預ける!俺の名はカイト、胸に刻んでおけ!」
相手を逃さぬ様に使用していたデュエル・アンカーを解除し、バイクに変形したオービタルに乗り込むと急いでタワーへと向かった。
カイトとオービタルが立ち去った後、遊馬とアストラルの残された場所では止まっていた時が動き出していた。
轢かれそうになった小鳥は自身の無事を疑問に思いながらも、降り頻る雨の中茫然と佇む遊馬に駆け寄る。
「どうなってるの、遊馬」
「....手も足も、出なかった」
「えっ」
「何がかっとビングだ、何がデュエルチャンピオンだ。.....こんなんで、デュエルチャンピオンになんかなれるかよ....っ!!」
「.......」
我々の完敗、恐るべき相手だった。アストラルは慟哭する遊馬を見ながら先程の相手ーーナンバーズ・ハンターことカイトを思い出す。
「(あの男のデュエルは私の上を行くというのか。そんな相手、今まで....)」
その時、ふとひとりの少女が頭を過ぎる。
先日遊馬がデュエルした漆黒の機械竜を操る『デュエルチャンピオン』と呼ばれた少女。彼女もまた次元の違う強さを持っていた。
そして、さっきの男はどこか似ている気がする。
「(先程一瞬だけ見えた映像。水色の髪の少年に必死に声をかけながら寄り添う少女。顔はよく見えなかったが、あの声と後ろ姿は彼女ーーセツナによく似ていた)」
もしや彼女はあのナンバーズ・ハンターの関係者なのか、疑問が浮かぶが今その答えを導き出す術はない。
未だ絶望感に苛まれる視線を遊馬に戻す。今回は運良く助かったがあのまま続けていたら確実に負け、自身も遊馬も魂を奪われていた。
これからどうしたらよいか、その答えも今のアストラルには導き出せそうになかった。
♯
「ハルト!セツナ!」
「兄さん、」
「ハルトの容体は!」
「やっと落ち着いたところ。力の使いすぎで倒れたって。....Dr.フェイカーが、『命に別状はないが暫くは休ませる』と」
「っ、あの悪魔がっ....」
タワーへ戻り、ベットで休むハルトの傍らに暗く沈んだ表情かおで寄り添うセツナがそう答える。
「兄さん、姉さん....」
「!」
「ハルト、」
俺達を呼ぶハルトは一瞬意識が戻ったかと思うとまた直ぐにまた眠ってしまった。
哀しげにその手を包み込み、祈る様に握りしめ絞り出すようにセツナは呟く。
「....急がなくちゃ。早くナンバーズを、全部集めなくちゃ」
「....ああ」
早く、ナンバーズを。そればかり何度も繰り返すセツナの肩に手を置く。
「(急がなければ、妹まで壊れてしまう)」
弟も、妹も俺が守らなければ。一刻の猶予もない。ナンバーズは全てこの俺が魂ごと奪い取ってやる。
♯
あれから数日後、ハルトはすぐに意識を取り戻した。今は『普段』と変わらない様子で、兄さんも私も一先ずはホッとしている。
「お前が根を詰めすぎてどうする。少しは息抜きでもしろ」と兄さんにハルトのいる部屋から追い出されたが、どの口が言ってんだを全力で体現し過ぎていて唖然とした。すぐに兄にも同じ言葉を言い返したが「俺は問題ない」の一言で一蹴されて現在進行形でイライラしている。科学者なら大丈夫である根拠をしっかりとしたエビデンスで示して欲しいものだ。
部屋に篭っているというのも色々考えてしまう、と思いあてもなく愛車を走らせている。黒いスポーツタイプのバイクは見た目がカッコよくて排気量が少ないわりにスピードが出るので私のお気に入りだ。
小さい頃から女の子が好きなお人形遊びよりも戦隊モノのベルトや武器を集めてヒーローごっこをする方が好きだった。特に特撮ヒーロー達が跨る風を切って走るバイク達にはずっと憧れていて、取れる年齢になった時に直ぐに二輪の免許をとってバイクを買った。
私は小さい方ではないが力のある方でもないので、あまり排気量の多い重たいものには乗れないが、普段使いなら今乗ってるもので十分事足りる。暇な時にはひとりで海岸沿いを走ったり、時には峠道を攻めたりするのが何より良い気晴らしになっていた。
まあ、兄からは「危ないからあまり乗るな」と言われているが。
「(自分はオービタルバイクにして乗ってんじゃん)」
自分のことは棚、それも神棚に上げてこっちに物言ってくるの腹立つ。またひたすら兄の苛立ちが湧き上がって来た所でフルフェイスのヘルメットを被った頭を振る。いけない、気晴らしなのにまたバカ兄貴の事考えちゃった。忘れよう。
そう思いアクセルを回すとスピードを上げてバイクを走らせる。何処に行こうか、海の方まで走ろうかな今から向かえば丁度夕陽が綺麗に見えるかも、
そう思った時視界の端に見知った少年が映った。
「(あれは、遊馬?小鳥ちゃんも近くにいるけど。デュエルしてるけどなんでニ対一?)」
フェンスに囲まれた公園の中で見知らぬ男たちとデュエルする遊馬とそれを心配そうに見守る小鳥ちゃんの姿。遠くてよく見えないが何とか戦えてはいるがどうみても劣勢、と言ったところだろう。そして相手が繰り出したモンスターに遊馬とアストラルの顔が一層険しくなる。
「(ナンバーズか!)」
独特の違和感に間に合えと思いながら公園の入り口を探してバイクを飛ばす。別に遊馬が負けた所で、いずれ全てのナンバーズを奪い取るのだから誰が持っていても構わない、構わないが...
「(こんな所でよくわからん雑魚に負けられるのは、なんか嫌だな)」
この短期間で大分絆される気がする。いや、これは事前調査みたいなもんで決して肩入れしている訳ではないと誰に言うでもなく言い訳する。
入り口を見つけ、バイクで公園に乗り込むとそのままデュエルしている場所まで乱入してデュエルを中断させる。
「うわっ!?」
「何だ!?」
「誰だ!オレたちのデュエルを邪魔するやつは!」
「....お兄さん方、中学生相手にニ対一とは大分卑怯じゃない?」
丁度ムシャクシャしてたんだよ。良ければ私も混ぜてくれる?
そう言いながらヘルメットを外すと全員の驚いた声が聞こえた。
♯
今日は遊馬のお家で晩御飯を食べる予定だった。
ハルさんからお使いを頼まれた遊馬との帰り道、たまたまガラの悪そうな男の人たちとぶつかってしまった。
高圧的な物言いで迫ってくるふたりから私を庇ってくれた遊馬は「デュエルで自分たちに勝てば許してやる」と勝負を挑まれたのだ。相手はふたりだけど私はデュエルが出来ない、遊馬は不利な状況を飲み込みその勝負を引き受けた。
ニ対一ではやはり劣勢、それに先日のあの雨の日から遊馬は様子がおかしい。いつもと違う弱気な感じで、デュエルも進んでやろうとはしなかった。
今も何だか戦いにくそう。集中出来ていないというか、何かに怯えているような、
「(私のせいだ....。誰が、誰でもいいから助けて、」
何も出来ず、観ているだけの自分が歯痒い。
そんな時、近づくエンジン音に全員が気がついた。振り向けば黒いバイクが私を追い越しデュエルする遊馬の隣に急停車する。
「ーー丁度ムシャクシャしてたんだよ。良ければ私も混ぜてくれる?」
フルフェイスのヘルメットを脱いだセツナさんは笑いながらそう告げる。ライダースジャケットとパンツ、ヒールのないブーツは全て黒で統一されていた。闇に飲まれそうな彼女の姿は夕陽を背負って光り輝いている様に見えた。
「セツナ!?何でここに!?」
「んー、偶々バイク走らせてたらか弱い中学生を虐める悪い大人を見つけたから、優しいお姉さんが助けてあげようかなって思っただけ。
...調子悪そうだねぇ、ご自慢のかっとビングとやらはどうしたの?どっかに落としてきちゃった?」
早く取っておいでよ、小鳥ちゃんも心配してるよ?
茶化す様に言うセツナさんはこちらを見るとぱちん、と私に向けてウインクする。わあ、かっこいい...、そう思うと遊馬が反論する。
「なっ、落としてねえ!オレからかっとビング取り上げたら何もなくなっちまうじゃねえか!!」
「よくわかってるじゃーん。しっかりしな、セツナさんが手伝ってあげるから」
「べ、別にオレひとりだってこんな奴ら、」
「遊馬、ここは素直に従った方がいい。キミだけでこの相手に勝つのは難しい。頼もしい助っ人だ」
「いいねアストラル。何なら私ひとりでも十分よ?今ちょっとイライラしてるから、」
相手が誰だろうが何人だろうが、ボコボコにしてあげる。
そうにっこりと笑うセツナさんの後ろには恐ろしい般若の面が見えた。
「さぁキメラテック・オーバー・ドラゴン!目の前の敵を粉砕しろ!エボリューション・レザルト・バースト!4連打!!」
「「ぐああああ!!」」
「...すっげえ、本当にほぼひとりで倒しちまった...。」
「ナンバーズを持つ相手に対してここまで圧倒的な...、これが彼女の本来の実力というわけか。やはり凄まじい」
乱入したかと思えばふたりを相手にしてこの強さ。ARビジョンが崩れ状況がよくわかっていない相手から敵意は消え、そそくさと逃げ出した。
満足した様子の彼女は遊馬の方を向いて話し出す。
「全く、何でこんな事になってんのか知らないけど気をつけないと。世の中にはタチの悪い奴がたくさんいるんだから」
「その通りだ遊馬。小鳥の為とはいえ無謀な勝負だった。セツナが来なければ私たちは、」
「わーってるよ!すみません、すみませんでしたあ!」
「違うんです、私のせいで遊馬が...。セツナさん本当にありがとうございました!」
なんかもうかっこよくって、正義のヒーローみたいでした!そう伝えると目を少し見開いて苦笑した。
「....そんなんじゃないよ。ストレス発散に丁度よかっただけ。でも、無事でよかった」
そう優しく笑う彼女はなんだか苦しそうに見える。体調でも悪いのだろうか、尋ねようと口を開こうとすれば別の声がセツナさんへ向けて飛んできた。
「ーー久しぶりに見たが、アンタのデュエルはいつ見てもえげつねぇな」
「!」
「おっ、シャーク!」
「...あら凌牙くん、ご機嫌よう。こんな所で会うなんて奇遇だね」
「周り見てみろ、騒ぎになってるぜ」
「うわっすっげえ人!」
「.....ありゃ、マジか」
「『天城セツナがデュエルしてる』って聞いたらまあこうなるだろ」
「...貴方もそのひとりってわけね」
突然現れたシャークからそう言われて改めて周りを見回すと何人もの野次馬がこちらを見ている。
こんなに目立つつもりは無かったんだけどな、そう言うとセツナさんは居心地悪そうに眉を顰めて溜め息を吐いた。
「...じゃ、私はこれで。みんな気をつけて帰りなね」
「このまま帰すと思ってんのかよ。アンタはこれからオレと楽しく『オハナシ』する時間だぜ」
「えー...、やだよ疲れたもん。お腹空いたし、また今度ね」
「そう言って逃げるつもりだろ。オレ見た瞬間『会っちまった』みたいな面ツラしやがって。
...逃さねえよ、あの時学校行きゃあ会えるなんて言ったくせに居やしねぇじゃねえか」
「いやいや、『会えるじゃなくて会えるかも』って言ったの。高校と中学で校舎違うのに頻繁にエンカウントするわけないでしょ。大体中学生なんだから理由が無くても学校くらいちゃんと通いなさい。義務教育だよ、義・務・教・育!」
「こういう時ばかり歳上ヅラしてんじゃねえよ、...っとにイラッとくるぜ」
シャークとセツナさんはすっかりふたりの世界で私と遊馬は置いてけぼりだ。喧嘩腰の話し方なのに何だか気安いというか距離感が近いと言うか、やっぱり仲良さそう。
実は恋人とか...と思っていると、隣の遊馬がはい!はいはい!といきなり大きな声を上げた。
「じゃあさ、ウチきて一緒に晩飯食おうぜ!よくわかんねぇけど食いながら話せばいいじゃん!」
「...あ?」
「...え?」
♯
目の前に並ぶ美味しそうな唐揚げや卵焼き、豚汁を見ながら私は内心頭を抱えていた。隣の凌牙くんも何処となく居心地が悪いのか、若干眉間に皺が寄っている。
どうしてもウチで飯を食っていけ、とうるさい遊馬に仕方なく折れた私達は現在進行形で九十九家にお邪魔している。遊馬と小鳥ちゃんはお手伝いでこの場にいない。客人枠の私と凌牙くんはリビングにふたりぼっちだ。
「何で私、ここにいるんだっけ...」
「オレが聞きてえよ...」
ふたりしてご馳走を前にポツリと言葉をこぼす。
隣接するキッチンからは楽しそうな笑い声と食器類を準備するガチャガチャとした音が聞こえてくる。
その音をBGMにしながら凌牙くんは話し出した。
私の乗っていたバイクの話、高校の話、さっきのデュエルの話、答えれば答えただけどんどん次の話題へ移り変わっていく。
「遊馬とは知り合いだったのか」
「......凌牙くん、そんなにお喋りだったっけ」
「良いから答えろよ」
困惑するこちらをバッサリと切り捨てる凌牙くんに半ば尋問のようだと思いながらまた答える。
「...あー、遊馬とはここ最近知り合ったというか。偶々彼の落とし物を拾って届けたことから妙なご縁があってね」
「そーかよ」
「あの子面白いよね、見てるとこっちが元気なるっていうか。....ああ言うタイプの子が貴方の側に居てくれるなら私は安心」
「.....まるで、自分は居なくなるような物言いじゃねぇか」
おっと、表現を間違えたかも。
出されたお茶に口をつける手は止めない。横から突き刺さる視線を気にしないふりをしながら、決してそちらは向かない。小鳥ちゃんが淹れてくれたほうじ茶が食道から胃へ落ちていく。両手でカップを持つと手のひらからじんわりと温かさが伝わってきた。
「何で消えた。今もアンタが表舞台に戻れねぇ理由は何だ」
「......貴方に色々なことがあったように、私にも色んなことがあったの」
ここで本題を切り出してきたか。薄茶色のお茶にぼんやりと自分の顔の輪郭が映る。表情までは映らないのでわからない。
また『あの頃のセツナ』の仮面を被らなくちゃ。
ああ、そしたら私はここで笑えばいいんだっけ、それとも哀しそうにすればいいんだっけ。私は一体、どんな顔をしながら彼にこの話をしてるんだろう。
カップを置いて自分の手をみる。血色の悪い白い手。
この手はもう見えない汚れ罪で真っ黒だ。
「だから、その色んなことを話せって」
「どうして?聞いてどうするの?...もしかして助けてあげようとか思ってる?」
「.....当たり前だろ。アンタはオレをあの日救ってくれたじゃねぇか」
「!」
温かくて少しゴツゴツとしている彼の右手が私の右手に重ねられる。思わず左を向けば真剣な表情が此方を見つめていた。私の手を握る力が強まると同時に、温かい彼の手の中で異質なその感触が、一瞬浮き足立つ私の心を地に落とす。
この前はよく見えなかった彼の『薬指』まで、今日はとてもよく見える。
オレに出来ることがあるなら、そう続ける彼の言葉を強めに遮った。
「なら私のお願い、聞いてくれる?」
「...なんだよ」
「......取り敢えず手、離してもらっていいかな」
「なんでだよ」
「ええ、いや...そりゃあ、」
すごく注目されてるからちょっと、恥ずかしいかなって。そう笑いながら視線を彼の後ろへ向ける。
バッ、と勢い良く彼が振り返るとキッチンから小鳥ちゃんとハルさんがこちらを見ていた。
小鳥ちゃんの目はキラキラと輝き、ハルさんはニコニコと笑っている。
「なっ、」
「おや、お邪魔だったかのう」
「やっぱり!セツナさんとシャークってそういう、」
「やっぱり??違う違う、少なくとも小鳥ちゃんの想像してるような甘ーい関係じゃないよ。...ハルさんもすみません、何か手伝わせてください」
彼の手をテーブルに置き、椅子から立つ。席を離れようとする私に何か言おうとした凌牙くんに先手を打っておく。
「貴方の聞きたいその『色々』は、少なくとも、楽しい食事の時間に話すような内容じゃない。
....その内、全部終わったらちゃんとお話しするから」
だから今は、何も聞かないでほしいな。
申し訳なさそうな顔をして、そう言えば少しの沈黙の後にわかった、と了承する声が返ってきた。
「(そう、これでいい)」
優しい彼は私がこう言えば何も聞かないでくれる。その声に軽く微笑んでありがとう、とだけ返してその場を離れようと背を向け歩き出すと、追うように声が飛んできた。
「ーー弟は元気か?」
彼の方を向いていなくてよかった。いきなりその質問を投げかけられて取り繕える程、今日の私は女優じゃない。
ピタリと動きを止めてしまった事を後悔する。変な間が生まれてしまった。
「(そりゃあ、忘れてるわけないじゃんね)」
私が戦う理由、そして今も戦い続ける理由。
ゆっくりと彼の方を振り返る。変わらず真剣な表情をしていて何を思っているか読み解けない。
数秒間、視線を絡ませた後にっこりと笑う。
「ーーええ、とっても」
返答は聞かず、また背を向けた。