「病院の先生は身体にどこも異常はないって...」
「じゃあどうして意識が戻んねぇんだよ」
病室のベットには生気のない顔をしたシャークが静かに眠っている。何故意識が戻らないのか、その理由はただひとつ。
「...シャークは魂を抜かれたんだ」
「!」
「魂を抜かれるって...」
「遊馬くん何を、」
「デュエルに負けたらアイツらは、...カイトとセツナはナンバーズカードごと魂を奪うんだ」
「「!」」
「セツナさんが!?...そう言えばあの日、」
「遊馬、あ、あの人がそんな事するわけねぇだろ!」
「確かにさっきそのナンバーズ・ハンターと一緒に居たのはあの天城セツナさんでしたが...」
「あんまり仲良くは見えなかったニャ...」
確かにいつ見ても喧嘩しているというか、言い合いをしているところしか見たことはない。でも思うんだ、アイツらはお互いを物凄く大切に思ってるって。
「...アイツらは兄妹なんだ、カイトが言ってた。それを聞いたアストラルも納得してた『確かにカイトとセツナは良く似ている。面差しもデュエルの強さも』って。
セツナはカイトに奪ったシャークの魂を返す様に一生懸命説得してた。結局そのまま行っちまったけど...」
「兄妹でナンバーズ・ハンター.....、しかもあのセツナさんが」
「何があったのかしら...信じられないわ」
わからない事だらけで謎は深まるばかりだ。
眠るシャークを見る。おいシャーク、やっぱりセツナはまたお前を助けようとしてたんだぜ。
心の中でそう声を掛けても返事は返ってこない。
「何か理由があるんだ、きっと...。
ーーそれにカイトはオレの皇の鍵を持って行った。あの中にはアストラルがいるんだ!」
「アストラルが!?」
「ああ、皇の鍵の中には特殊な空間があってアイツはオレの側に居ない時はいつもそこに居るんだ」
「とどのつまり、シャークの魂と皇の鍵の中のアストラルはカイトという奴の手に...」
そこまで言うと委員長が閃いたように指を鳴らす。
「遊馬くん!もしかしたら皇の鍵を探し出せるかも!」
♯
奪った皇の鍵を解析にかけるオービタルを兄と共に眺める。
この拠点に戻ってきてから私と兄の間に会話はない。ただ黙って目の前の光景を見る。
「...ツマリ、コノペンダントノ中ハ異空間ニ通ジテイル、ト言ウ事デス」
「ーーまさかアストラル界...。入り口を開けられるか」
「ダメデス、ドウヤラ地球上ノ物質ニハ反応シナイヨウデス」
「バリアライトを試してみろ」
「ハ?」
「バリアライトだ。あれはバリアンの世界から我々が手に入れた物」
「流石カイト様!ソノ手ガアリマシタネ...シカシ肝心ノバリアライトハ?」
「お前のを使え」
「エエッ!?」
なんという鬼畜。あれはオービタルの活動エネルギーそのものなのに。そう思いながらも黙ってみているが、中々上手くはいかないようだ。
「ムム、コレデモエネルギーガ足ラナイトハ...」
「もっと入れろ」
「無茶デスカイト様!コレ以上ハオービタルノ活動エネルギーガ不足シテシマウデアリマス!!」
「......」
ざまあみろ!開かないでやんの。そう心の中で罵る。兄はそれを聞いて少し考え込む様子を見せた後、私の方を振り向いた。
「...セツナ、お前のその指輪を借せ」
「は?何で?」
「良いから借せ、終われば返す」
「それが人に物を借りる立場の人間が言う言葉?大切なママの形見を理由も言わない奴に渡せる訳ないでしょ」
「......」
私の正論に少し悔しそうに押し黙る兄は何か観念したかの様にひとつため息を吐いてから話し出す。
「...その指輪に埋め込まれている赤い石、それは極めて高純度のバリアライトだ」
「.......はあ?」
何を言ってるのかわからず思わず指輪を外して内側を見る。
いつもと変わらず、深紅の宝石がキラキラと光っている。これがバリアライト...?
「え、だってこれママの形見って...、ルビーとかガーネットとかそういう類の宝石じゃないの??」
「そんな安物の石が嵌め込まれてると思っていたのか。そのバリアライトは元々母さんが研究の途中で見つけた物で、それを父さん...Dr.フェイカーが加工してその指輪にしたと聞いている」
「......」
ママも異世界の研究に関わっていたことは知っていたが、指輪にまで異世界の石を埋め込むってなんで?見た目はただの宝石だけどさ。科学者って良くわかんない。怖。
大体ルビーとガーネットを安物の石って言っちゃう兄も大分感性が麻痺してると思う。この家の人間やっぱおかしい。というかぼちぼちこの石大きめだけど、このサイズの宝石なら車一台くらい余裕で買えるだろ。
「...言っておくがそのバリアライト、...いや宝石のように呼ぶならば『バリアラピス』とでも言った方がいいだろう。
それは他に代えが効かないほどの代物でな、敢えて資産価値をつけるとするならハートランドシティ全体を金額換算してやっと同額、とでも言っておこう」
「.....そんなヤバい代物を簡単に私に渡すな!!」
ブン、と振りかぶって兄に投げつけると何なくキャッチされてより腹が立つ。今までよく指千切られて持っていかれなかったなこの指輪。
この街が平和でよかったわ!と思っていると兄が指輪を眺め目を細めながらポツリと呟く。
「...この指輪を見ると、お前がよく母さんに強請っていたのを思い出す。母さんも言っていた『自分が死んだらこの指輪はセツナに渡してくれ、きっとあの子を守るから』と。
何故そう思うのか、聞いても教えてはくれなかったが俺もDr.フェイカーも母さんの希望の通りにすることにした。研究に必要なエネルギーは他のバリアライトで事足りたからな。
ーーまあ正直、これがお前を守っているとはあまり思えんが」
「.....」
最後は嘲笑気味に言うと、借りるぞ、終われば返す。と私に背を向け指輪を機械に入れた。
「(兄さんが、...パパとママの話をするなんて珍しい)」
兄さんは両親の話は滅多にしない。過去の思い出を語る事もほとんど無かった。だから私も敢えて兄にその話題を投げかけない。楽しい思い出話も最後には悲しい現実に繋がってしまうからだ。だけど、
「(久しぶりに見た、あんな穏やかな顔)」
この状況が兄をそうさせているだけで、本当は家族思いの優しい人なのだ。この人はきっと人一倍責任を感じ、自分を追い込んでいる。早く全て終わらせなければ、兄の心が死んでしまう前に...。
私が考え事をしている間に渡した指輪によって異世界への扉はうまく開いたらしい。まさに飛び込もうとしている兄に慌てて声をかける。
「カイト様!」
「兄さん!?」
「後は任せる。...俺が戻るまでにその曲げた臍を戻しておけ」
そういうと兄は異世界へと消えて行った。
「...もしかしてあれで謝ってんのかな、あの人」
「カイト様ハ素直ジャアリマセンカラ...」
♯
「(こんな短時間でここを突き止めるなんて、中々やるじゃない)」
知り合いにそこそこ腕のいいハッカーでもいるのかな。そう思いながら監視カメラの映像を見る。オービタルはまだ気づいていない様だ。
「セツナ様!ソチラ異常ナイデアリマスカ?」
「うん、問題ない」
嘘の返答を平然としながら監視カメラを見続ける。開かない扉に絶望する遊馬を小鳥ちゃんが平手打ちすると、気合いを入れ直した遊馬が仲間たちと共に扉をこじ開けようと奮闘している。
「(流石に人力じゃあ開かないんだな)」
するりとロックを解除するボタンを押す。いきなり開いた扉にみんな戸惑っているがこれは好機と言わんばかりに侵入してくる。
オービタルに侵入者が現れた事を告げると大慌てで自分の兄弟達を撃退に向かわせる。
「あはは意外とやるね、この子達。オービタル大丈夫そ?」
「ムキーッ!セツナ様、笑ッテイル場合デハ無イデアリマス!マズイデアリマス!!」
「はいはい、じゃあ私が行きますよ」
焦るオービタルを茶化すと怒られてしまったので、コンピュータールームの外に出る。既に遊馬が辿り着いていて扉をどうにか開けようとして装置をいじくり回している。
そちらに夢中なのか出てきた私には気づいていない様だ。あれこれ操作して遊馬の前に映し出されたのは私達兄弟の写真だった。ブランコに乗るハルト、その両隣に寄り添う私と兄。三人とも楽しそうな笑顔で写っている。
「これって...カイトとセツナ...?もうひとりは...」
「ーー弟よ、名前はハルト。今年で6歳になったの、可愛いでしょう」
「!?セツナ」
「ここまで辿り着くなんて凄いね、驚いたよ。頼れる仲間が沢山いるのね」
コンピュータールームへ続く扉に寄り掛かり、腕を組みながら遊馬に話しかける。突然の事に驚いた表情になったが、すぐにこちらの様子を見ながら問いかけてくる。
「身体は、もう大丈夫なのかよ」
「この状況でも私の心配か。お優しい事で。あの時は少し無茶しただけでお陰様でもうこの通りピンピンしてるよ」
「そっか、ならいいんだ...」
「....」
どこまでお人よしなのだ、この九十九遊馬という子は。私は呆れを通り越して感動している。どう育てたらこんな子に育つのか、是非親の顔が見てみたいものだ。
「...ここから先、通りたければ私達を倒さないとね。オービタル、出番だよ」
「了解シタデアリマス!コノ私ガ来タカラニハオ前達ノ最後デアリマス!」
コンコンと扉を叩くと中からオービタルが出てくる。侮っている遊馬の前で変形すると慌てる彼に自慢のドリルで襲いかかっていく。
「うわっ、セツナ助けっ」
「助けないでしょー、わたし敵だよ」
あはは、と笑いながら壁際に追い詰められた遊馬にぎゅっと身体を縮こめるようなジェスチャーを見せる。
「?...うわあっ!」
「アアア、抜ケナイデアリマス!暫ク待ッテ欲シイデアリマス!!」
「あら運がいい。それじゃ暫くオービタルは動けないね」
オービタルのドリルが遊馬の横の壁に深く突き刺さっている。必死になって抜こうとしているが暫くあのままだろう。
扉の前に居座る私の前に対峙するように遊馬が立つ。
「今も、オレのこと助けてくれたんだよな」
「何のこと?見覚えがないな」
「学校に居た時だって、カイトにシャークの魂を返せって言ってた。セツナお前、」
「此処を通りたいなら私とデュエルするしかないわ」
「!」
「帰るなら見逃してあげる。でも進むというなら...、この前の決着をここで着けましょう。
ーー最も、アストラルのいない今の貴方が私に勝てるとは思わないけど」
さあ、どうする?
そう尋ねるとぐっと歯を食いしばりながら俯く。
「...アストラルが戦ってんだ、オレは今すぐアイツの所へ行かなきゃならねぇ。それだけじゃねぇんだ、シャークの魂だってカイトから取り返してやるって決めてんだ」
「.....」
「だからデュエルだ、セツナ!お前がどんなに強くたって、ひとりだってオレは立ち向かう!行かなきゃならねぇんだ!!」
「.....そう、」
返答を聞いて扉から背を離す。カツカツと遊馬との距離を詰めると、彼はDゲイザーをセットしようと取り出す。
「....私は、出来るならもう誰も傷つけたりしたくない。兄さんもきっと。てもそれは許されない」
「!何で、」
「ーー取引よ」
「え?」
「私のお願いを聞いてくれるなら、デュエルせず今すぐここを通してあげる」
その言葉に目を瞬かせる遊馬をみてクス、と笑う。
「兄さんに勝って、凌牙くんの魂を取り返してきて。彼の魂は私達が奪う必要のなかった物、今すぐに返すべき。
ーーでも、私では話を聞いてもらえないから」
出来る?苦笑しながら遊馬に問いかけると力強く頷いた。
「おう!絶対に取り返してみせるぜ!!」
「....交渉成立よ。早く行きな」
遊馬が通れる様横に逸れる。こんな事をしてまた兄さんに怒られるかもしれないけど、今更彼ひとり通した所で大きな問題にはならないだろう。
自分の選択が大きな間違いであった事に気付かぬ私は走り去った遊馬を見送る。
今頃兄さんはアストラルとデュエルしてんのかな、そう思いながらオービタルへ近寄ろうとすると何故か遊馬が戻ってきた。走ってきた勢いそのままに勢いよく私の肩を掴むとこちらの目を見て大きな声で私の鼓膜を揺らす。
「わっ、」
「セツナ!オレはお前の事も絶対、諦めたりしねぇ!!」
「.....」
それだけ言うとまた嵐の様に走り去っていく。一瞬ぽかんとしてしまったがすぐにハッと気を取り戻す。
ずっと眩しい、まるで太陽の様な、当てられた人間を皆更生させるような不思議な力。全くもって恐ろしい子だ。
「...別に頼んでないっつーの」
呟いた言葉は大きな独り言だ。未だ壁と格闘しているオービタルに近寄り話しかける。
「それ、ドリルしまえば壁から抜けるんじゃない?」
「...アッ、流石セツナ様!」
「ふふ。元の姿に戻ったら一緒に兄さんを待とう。今の私達に出来ることは何もないよ」
そうオービタルに告げ、肩を叩くとコンピュータールームへ戻って行った。
♯
デュエルの途中、突然現れ合体した九十九遊馬とアストラル。引き分けドローと言う無様な結果に終わった目の前の光景を俺は絶対に忘れない。
次は必ず、そう思いながら睨みつけるとゆっくりと立ち上がった九十九遊馬は俺に向かって口を開く。
「カイト、どうしてお前がナンバーズなんて集めてるんだよ。セツナだってそうだ!何で悪魔の手先みたいな事を...」
「....」
「おい、カイト!!」
「.....俺は、弟の為に悪魔に魂を売った。そして妹にも、俺が同じ罪を背負わせた」
「弟?...まさか、あれは。一体何があったんだよ!お前達に!!」
何が、だと。口にするのも忌々しい。俺達に起こった悪夢を一言で説明など出来ない。そしてコイツに話す筋合いもない。
しまっていた魂をひとつ取り出し、解放する。
「....コイツは返しておく。不要なもので何時迄も臍を曲げられては敵わん」
「それは、シャークの魂!」
解放した魂は本人の元へ戻り、廃人となっていた人間は次期目を覚ますだろう。
これ以上用はない。まだ何か言っている九十九遊馬をおいて俺はこの空間から脱出した。
「....確かに遊馬に兄さんを倒してこい、って言ったけど本当に勝っちゃうとは思わなかったな」
「やはりお前か、余計な事を。...俺は負けてなどいない」
「皇の鍵を取り返されちゃ負けも同然では」
「.....お前は、」
崩壊する拠点の中。慌てるオービタルとは対照的に焦る表情かおひとつせず、穏やかに笑う妹は俺に向かって言い放つ。
何がしたい、最近のお前の行動は目に余る。そう告げようとすると一層哀しげに妹は微笑む。
「ねぇ兄さん。私達、ただナンバーズを集めるだけのロボットになれたらよかったのにね。感情なんか心なんか、いらないのにそしたらこんなに、」
「セツナ....」
「....でももう、立ち止まったりしないから。全部終わるまで」
退避警告の赤いランプに照らされるセツナの顔は覚悟を決めた人間のそれだった。またお前は何かを捨てるのか、そう直感した。
妹は大切なものをどんどん捨てていく。大空を羽搏く自由も、光の当たる世界も、恐らくは心許した友も全て。
そうさせているのは俺だ。あの日巻き込まなければ、その手を取らなければ、そう何度後悔しても遅い。
全て終わるまでこいつが進む事止める事はない。例え手足がもがれようとも、進み続けるだろう。こんな所ばかり俺達兄妹は似てしまった。
例えそれが、真っ当な人の道を踏み外す愚かな行為と知っていても止まる事などできない。
俺から視線を外して虚空を見つめる。状況に似つかわしくない凪いだアルトの声は宙に浮く。
「仕方ないから私が、兄さんの仇を取ってあげる。遊馬を倒すのは私。絶対に勝つ」
「....勝手に俺を殺すな」
装置から母の形見を取り外す。銀の環に埋め込まれたバリアラピスは変わらず血のように深く紅く、角度を変えるたび妖しく輝いている。未だ虚空を見つめる妹へ近付くと右手を取り薬指に嵌める。元から彼女のものであったかのように、指輪はセツナの指にぴったりと収まった。
母さん、済まない。どうかセツナを守ってやってくれ。
「ーー九十九遊馬とアストラルを倒すのは俺だ。行くぞ」