「おおセツナ!心配していたのだよ、余り体調が優れないそうじゃないか」
「...お気遣いに感謝いたしますが、心配には及びません。ご覧の通り何の問題ありませんわ」
「それは何より。ーーでもよかったのかね、せっかくの『称号』を返してしまうとは」
極力出会わないようにしているのに、『こういう時』ばかり遭遇するものだ。当然のように肩に触れパーソナルスペースを詰めてくるハートランドを振り払いたくなる気持ちを押さえつけながら機械的に会話を続ける。
ハートランドが手に持つタブレットにはネットニュースの記事が映し出されていた。
そのタイトルは「『衝撃!天城セツナ氏、サイバー流正当後継者辞退表明!』
「なんとショッキングなニュース、私も残念だよ。あの稲妻のように美しいサイバーエンドがもう見られなくなるとは...」
「.....今の私には最早不要なものです。あの子達サイバーはナンバーズ狩りには不向きですから」
「成程。これはキミの『決意表明』とでも言ったところなのかな」
「ご自由に解釈して頂ければ宜しいかと」
心にもないであろう落胆をこちらに伝えるハートランドの顔は面白いという感情を隠しもしていない。
この男を見る度に心が凍て付いていく。父の手先、人の形をした悪魔。こちらもハートランドを心底軽蔑していることを隠しもしない顔で告げると、また愉快そうに口角を上げる。
「ーーexcellent!キミのWDCでの活躍を私もDr.フェイカー様も多いに期待しているよ」
ハートランドは私の手にハートを模した金色の枠を握らせると高笑いしながらその場を去っていく。
ワールド・デュエル・カーニバル、通称WDC。
Mr.ハートランドが主催する世界規模のデュエル大会。豪華な優勝賞品とその名誉を求め、名のあるデュエリストが世界中から参加してくる予定となっている。
但し表向きはただのデュエル大会だが、実際はナンバーズを一挙に集めるためのもの。勿論私も、兄さんも参加する。
渡されたハートピースを見ると金色の枠にはハートを形作る為の赤いパーツがひとつだけ嵌め込まれている。
出場者はこの状態から全員がスタートだ。
決勝大会はへ進むにはハートを完成させなければならず、その為にはデュエルに勝ち、ハートピースを5つ揃えなければならない。
「ここで終わらせる。全て」
他の誰でもない、自分自身に言い聞かせる。
渡されたハートピースをしまうと止めていた足をまた進め始めた。
♯
バイクを走らせていればよく知った姿を見つけた。何処へ向かっているのか、物凄い勢いで走るソイツの前にバイクを停める。
「お前、こんなとこで何走ってんだ」
「デュエル・カーニバルの為に走ってんだよ!」
「相変わらず理解不能な奴だ...」
呆れて思わずため息を吐く。対する遊馬は大真面目な顔でこちらを見ている。
遊馬と会うのはオレが病院で目覚めた翌日以来だった。
ナンバーズ・ハンターからオレの魂を取り返してきたらしいコイツは出会うなりホッとした表情を見せた。
一通りこれまでの状況を説明した後、不意にその顔に影を落としてポツリと告げる。
「セツナさ、カイトに奪ったお前の魂を返すようにずっと説得してたんだ。オレが乗り込んでった時もやっぱりまた助けてくれた。
ーーやっぱりアイツには、いやアイツらには何が事情があるんだ。やりたくも無いのにナンバーズを回収しなくちゃならねぇ訳が。
だってセツナ言ってたんだ『もう出来るなら誰も傷つけたくない、でも許されない』って。凄く悲しそうな顔で...」
「......」
「オレ、カイトもセツナも助けたいんだ。その為に、力を貸してくれよシャーク」
「....そんな事は言われるまでもねぇ。兄貴の方には一発入れてやらねぇと気が済まねぇが、セツナは絶対に、オレが救い出す。アイツを苦しめる得体の知れねぇ闇から、必ず」
そう言って遊馬とは別れた。そして、その後すぐに飛び込んできたのはセツナがサイバー流の後継者を辞退したというニュースだった。
「(アイツがサイバーエンドを手放しただと...?)」
信じられない、あのカードはアイツの魂に等しい。
それを手放すなど正気とは思えない、...いや、もしかしたら『覚悟』の証なのかもしれない。
もう戻らないと、過去との決別を象徴する証。不退転の決意。アイツならばやりかねない。
「ーーお前も参加するんだろ、デュエル・カーニバル!」
「...いや、今更表舞台の名誉に興味はない」
「シャーク...」
「オレはオレなりに、デュエルに向き合っていく」
「....そうか!」
「じゃあな」
オレの返答に満足気な顔をした遊馬を一瞥し、またバイクを走らせる。今言ったことは本心だが、本当の理由は別にある。
「(大会なんかに出てちゃ、アイツを探せねぇだろ)」
そうは言ってもまた探すあてもない。一体どうしたものか.....。
「!」
その時オレ目掛けて一枚のカードが飛んでくるのがみえた。何とかそのカードをキャッチしてカードの飛ばされてきた方向をみる。近くには建設中のビルがあった。
「...ミラーフォース」
嫌な記憶が蘇る。この見覚えのありすぎるカードをオレに投げつけてくる奴。胸騒ぎがしてバイクから飛び降りビルの中を進む。
周りには誰もいない。細長く飛び出した足場から周りを確認していれば、人気の無かったはずの背後から嫌味なまでの敬語で再会を喜ぶ声が聞こえてきた。
「久しぶりですねぇ、凌牙。...いえ、シャークと呼んだ方が良いのでしょうか?」
「お前は...こいつは一体何のマネだ」
「ただの挨拶ですよ?デュエル・カーニバル前のね」
「...…オレは大会には出ない」
「おやおや、まだあの時のことを引き摺っているとは」
「何だと」
余裕な笑みを浮かべながらこちらを挑発してくるⅣを鋭く睨みつける。それを見てもなお、向こうは愉快そうに口角を上げるばかりだ。
「じゃあ、面白い話をしましょう。あの決勝戦、貴方は控室で私のデッキを盗み見て失格となった。だがあの時の貴方は普通の精神状態では無かったはずです。
....大切な妹ひとの『不幸な事故』を目の当たりにして」
「っ!」
あの日の妹の声が響く。病室で沢山の管に繋がれ、全身を包帯で巻かれた、オレの大切な妹の声が。
ーー「凌牙、絶対優勝して。私は、私は大丈夫」
何が大丈夫だ。あの日以来、お前は一度も目を醒さない。
「そんな状態の貴方に、もし対戦相手がわざとデッキをばら撒いたとしたら?そもそも、彼女の事故が偶然では無かったとしたら?」
「!?まさか、オレをハメる為に...、テメェ!!」
「暴力はいけません」
持っていたミラーフォースが地面に落ちる。脳の血管が千切れそうだ、沸き立つような怒りが自分を包み込んでいくのがわかる。真実を知り激怒するオレに対してまだ余裕を崩さないⅣは高笑いしている。
「ハッハッハッハ!ですが笑えますねぇ、あの一件で貴方はデュエルの表舞台から追放。一方私は今では極東エリアのデュエルチャンピオン。随分と差がつきました...、悔しいでしょうねぇ」
「テメェ!!」
「....ですが好都合でしたよ、貴方と時を同じくして、あの目障りな『女王』も地獄に堕ちましたからねぇ。お陰で私は容易く極東アジアの頂点に立つことができました。感謝しています、彼女にはね」
「.....地獄だと?」
「ああ!そういえばサイバー流の後継者も辞退されたとか。残念ですが当然の結末です。むしろ遅すぎたくらいだ、彼女が手に染めたきた数々の『罪』を考えればね...」
「!?」
その瞬間剥がれ落ちる化けの皮。白々しい敬語も、軽薄な笑みも取り去ったその下には報復に燃える眼が見えた。
「ーー知りたくは無いか?何故最強とまで謳われたあの女がその翅はねをもがれ、地獄に堕ち、その身を業火に灼やかれてもなお、今も必死に息をしているのか。
お前の大好きなあの女は、決してその理由わけをお前に話したりはしない。いや、話せねぇと言った方が正しいだろうな」
「テメェ....一体アイツに何しやがった....」
「ハハハ!そりゃあ最高の光景だったぜ、燃え盛る炎の中で苦しむお前の妹とあの女を見るのはなぁ!」
「!?あの事故の場にセツナも居た、だと...」
「嘘だと思うならあの女に肩でも見せて貰えばいい、紛れも無い証拠が残ってるだろうからな。
.....だが、あんなんじゃまだ足りねぇ。元々『された』のはこっちの方なんだからな」
絶句するオレをよそに底冷えするような酷い憎悪が篭ったその言葉と共に投げ渡されたのはデュエル・カーニバルへの参加資格であるハートピースだった。
「お前にもまた最高のファンサービスをくれてやる。
ーー全てを知りたければオレを倒してみろ!デュエル・カーニバルでな!!」
それだけ告げると高笑いと共にⅣは忽然と姿を消した。
「ワールド・デュエル・カーニバル...」
♯
「カイト、そしてセツナ!待っていたよ」
「.....」
「こんな所に呼びつけて一体何の様ですか」
ハートランドタワーの中枢、Mr.ハートランドの部屋に呼び出されてみればWDCの運営委員となったゴーシュとドロワが既にいた。
返事をしない私、不機嫌そうに問いかける兄にハートランドは続ける。
「呼びつけただなんて!カーニバルが始まる前にこの光景を見てもらおうと思ってね。
このハートランドシティにはカーニバルの為に大勢のデュエリストが集結している。当然そうしたデュエリストの中にはナンバーズを持っているものもいるだろう。このカーニバルで勝ち抜くことはそうしたデュエリストからナンバーズを奪い取ることを意味するのだよ」
「存じております」
「それなら結構。...だが、油断するな。情報では各地の強者が参戦してくる」
ハートランドのその物言いに氷の様な冷たい視線を送る兄。空気の悪さをぶち壊したのはゴーシュだった。
「まぁ気楽にイケよ。お前らがダメならその時はオレがナンバーズを集めてやる」
「誰が来ようと俺の敵ではない」
「私を倒せるデュエリストが存在するなら是非お手合わせ願いたいわ」
「さっすがカイト様にセツナ様!心強いねぇー」
「やめろゴーシュ」
茶化すゴーシュに制止するドロワを横目で見ていると正面のモニターから係員の連絡が入った。
参加資格を欲しがる少年が来ていると映し出されたのはよく見た少年の姿だった。
「!」
ハートピースを貰えるまで帰らないと警備係員の足に縋り付く遊馬は何とも情けない。
兄の方をチラリと見ると丁度目が合った。お互いに何も言わず、すぐに視線を逸らす。
「さっさと追い返しなさい!」
「は、はいっ」
「待て、奴に参加資格を与えてくれ」
「....知っているのか?」
「いえ、だが奴がナンバーズが持っている可能性はある」
「.....カイト、私に何か隠していないか?
先日、ハートランドの施設が謎の爆発を起こしたな」
「あれは機械の誤作動。ナンバーズを集めれば文句は無いはず。俺の行動を逐一貴方に報告する義務は無い」
「良かろう。ーーでは、セツナ。この件について何か知っている事は?」
兄の返答に苛立ったのか表情は保っているがその拳には大分力が込められている。ハートランドの質問の矛先が私に向いたところで仕方なく奴の方を見る。
「さあ?私は体調が優れず休んでおりましたもの。何も知りませんわ。
....それより、私からもお願いします。彼に参加資格を。
『Mr.ハートランド』が、子どもの願いひとつ叶えて差し上げないのは周りからのイメージを悪くするのでは?
それに今更雑魚ひとり増えたとて、どうせ私が全員倒しますもの。何の問題もありません」
「ーーほう、キミたちがそこまで言うならば、彼に参加資格を与えようじゃないか。呼び出して悪かったね、カイト、セツナ」
で、まだ何か用があるのか?その気持ちを込めた視線をぶつけると下がっていいと指示が出る。兄と共に部屋を出る。
「カイト様、九十九遊馬トノ一件ハ報告シナイノデスカ?」
「余計な口を訊くな」
「カ、カシコマリ!」
「やだ怖い。機嫌が悪いからって八つ当たりしないでほしいよねぇ」
「お前も黙っていろ」
ピリピリしている兄を前に大袈裟に怖ーいと言うと兄はこちらから前方に視線を向けた。
「ーーアイツは必ず俺が倒す」
「えー、私の獲物だってば」
「マサカ、オフタリトモ九十九遊馬ヲライバルダト?」
「そうでは無い。九十九遊馬は....」
「「九十九遊馬は?」」
「....ただの馬鹿だ」
「ふふっ、確かに!違いない!」