「私は銀河眼の光波竜ギャラクシーアイズ・サイファー・ドラゴンでプレイヤーへダイレクトアタック。殲滅のサイファー・ストリーム!」
「ぐ、ぐああああ!」
竜の吐息に吹き飛ばされ、敗北した男が地面に横たわる。
フォトン・モードを解除して近寄ると男は爽やかな笑顔をこちらに向ける。
「サイバー流の後継者から外れたって聞いたけど、その強さは健在だな。寧ろ磨きがかかってる。完敗だよ」
「いえ、...ありがとうございます」
握手した後にハートピースを貰う。これで私のハートは完成した。予選大会は3日間と決まっているが、後は高みの見物とさせて貰おう。
「えー、ほんとに参加してたんだ『天城セツナ』!可愛いー!」
「なんでサイバー流辞めちゃったんだろうなー、勿体ねえ!サイバーエンド使ってるところ見てえよ!」
「あの相手プロ候補だろ?4000対0って.....無傷かよ」
「雰囲気変わった?なんか前はもっと楽しそうにデュエルしてたのに、今はちょっと強すぎっていうか。怖いよね」
我々のデュエルを観ていたギャラリーが口々に思うことを話している。好きに話してもらって構わないが、出来るなら本人に聞こえない場所で話してほしいものだ。
私のWDC初日、街に現れた私を見たデュエリスト達にはどよめきが起こった。その後の反応は様々で対戦を申し込んでくる者も入れば姿を見た瞬間背を向ける者もいた。そして、遠巻きに陰口を叩く者も。
「サイバーに飽きたから別のデッキ使う様になったんだろ、今使ってるドラゴンの方がカッコいいもんな」
私がどんな思いでサイバーから離れたと思っているのだろう。彼等への思いはこれからも変わる事はない。お前らの物差しで勝手に測って喋らないで貰いたい。
ただ、そう反論したくても出来ない状況が遣る瀬無く、歯痒かった。
不愉快な気持ちを消してしまいたい、早く帰ろうと足を踏み出した瞬間近くで歓声が上がるのが聞こえた。
誰かがデュエルしているのだろう、それも見応えのある試合を。
帰りたい思いとは裏腹に足はその方向へ進む。私が歩くと宛らモーゼの十戒の如く人だかりが割れて道が出来ていった。
「相手にトドメを刺せ、ブラック・レイ・ランサー!
ブラックスピア!!」
「うわああああっ!!」
彼も参加していたのか。元気そうな姿にあの時ちゃんと兄が魂を返していてよかったと安心する。
また彼が表舞台に出れる様になったのだと勝手にひとつ肩の荷を下ろした。彼のエースモンスターである赤い槍を持った黒い戦士が相手のモンスターを粉砕する。最後しか見れなかったが、周りの感じを見るに終始彼の独壇場だったのだろう。流石全国大会出場という肩書きは伊達ではない。
「(いや、本当なら準優勝か、優勝か)」
彼の運命が、捻じ曲げられなければ。そう思いながら見つめていると私がいる事に気づいた彼が少し目を見開く。
ただ静かに見つめ合う私達とは対照的にギャラリーは強者同士の会敵に一気に沸き立つ。
「うわっ、もしかして次はこの二人がデュエルすんのか!?」
「シャークvsセツナってあれだろ、何年か前の...」
「私大好きなの!あの年の決勝戦!」
「これは見逃せねぇな!」
「シャークぅ、頑張ってー!」
変な盛り上がりを見せているギャラリーには悪いが、ハートピースを揃えた今、彼と戦うつもりは毛頭無い。
彼から一度視線を逸らしはぁ、とわざとらしくため息を吐いた後、もう一度彼を見て唇だけ動かす。
「(げんきそうでなにより)」
「!」
彼が私の唇を読めたかはわからない。直ぐに背を向けてその場を立ち去る。実現しなかった対戦に周りの落胆の声が強まるのを他所に足早にその場を後にした。
♯
大会中でもナンバーズは回収する。人目につかない路地裏で目の前の相手から奪い取ったナンバーズをデッキケースへ仕舞う。
最早何を気にすることもない。流石に堂々とは行わないが前の様に時間を深夜に絞ったり時間停止を使ったりはしない。私が無くして困るものはもう無いからだ。
兄は私がサイバーエンドを返した事を知った瞬間、また苦しそうな顔をした後「そうか、」とただ一言告げただけだった。もしかしたら私がこうする事を分かっていたのかもしれない。
大切な物全て抱えて走れたらよかった。何よりも憧れて手に入れたはずの強さは、もう私に絶望しか齎さない。
「?人の声、こんな所で」
耳を澄ますと複数の人間の声が聞こえる。この辺りは人など滅多に来ない。特にWDC開催中の今は皆大きな通りでデュエルに興じているはずなのに。
静かに声のする方へ歩く。見えてきた広い空き地ではデュエルをしている様子がみえる。そしてその大半が、少なくとも顔見知り程度には知っている人間だった。
『デュエルの展開』もあり此方には誰も気づいていない。目立たないよう隅の方でデュエルを静観することにした。
「お前達のデュエルは素晴らしかった!コンビネーションも戦略も!だが、しかし、まるで全然、このオレを倒すには程遠いんだよねぇ!」
そう言うとⅣはレベル8のモンスター2体を呼び出し、ナンバーズを召喚した。
「(やっぱりアンタも持ってんのね)」
一年前、バイロン改めトロンと遭遇した後、思い出した事がある。彼には三人の息子がいた。遠い昔の朧げな記憶だが、私は彼らと出会った事がある。そしてここ数年の間にもその内二人と出会っている。
一人はDr.フェイカーの研究室にいたクリス。もうひとりは今目の前でデュエルをしているⅣ。
私が大会に出ている時に出会ってもⅣは何も言ってこなかったし、彼の存在は記憶の彼方に葬られていた為にその話になる事はなかった。だが、あの事故の日彼の言った言葉が引っかかって漸く思い出したのだ。
あの日以来、何も接触してこないのはおかしいと思っていたがいよいよこのデュエル・カーニバルで動き出したと言うわけなのだろう。
バイロンが生きている事、そして父へ復讐を果たさんと目論んでいることは父にも兄にも言えなかった。何故か口に出してはいけない様に感じたのだ。
それに兄はクリスと想像以上に仲が良かったようで、クリスが姿を消した後相当落ち込んだのだとドロワから聞いた。まるで兄と弟のようだったと。
時期から考えて恐らくトロンが手元に呼び戻したのだろうが、あくまでも私の想像に過ぎないそんな考えを身体も心もボロボロな兄にそんな事を告げるのは、更に追い打ちをかけることになると思いできなかった。
「(あれが多分、末息子のミハエルか)」
彼とは大きくなったから出会う事が無かった為に記憶が一番朧げだ。女の子のように可愛らしい子、その印象の通りに育った彼は癖のある髪を揺らしながら大きな翡翠色の瞳で兄のデュエルを見ている。
じっと見ていたせいか視線に気づいたミハエルとバチリと目が合う。まずい、見過ぎた。そう思った瞬間、彼はニッコリと笑って唇を動かす。
「(久しぶり)」
まるで私がここに来る事がわかっていたかのように、慌てることも無く穏やかに、再会を喜ぶような顔で。
この間にも、Ⅳのナンバーズが鉄男くんと遊馬の友達を襲う。何とも悪趣味な効果、そして戦い方だ。
ボロボロになっていく友達の姿に小鳥ちゃんは目を逸らし、遊馬はⅣを止めに入る。
「待て!もう勝負はついただろ!」
「お前にはこの二人がファンサービスを喜んでいるのかわからないのか?...いけ!ジャイアント・キラー、ファイナル・ダンス!!」
最後の攻撃がふたりに決まり、デュエルの勝敗は決した。倒れ込む友達に駆け寄り、遊馬はⅣへ噛み付く。
「なんてことを...コイツら、ほんとにアンタに憧れてたんだぞ!なのになんでだよ!!」
「フハハハハ!スターはファンに全てを捧げる物、その全てをな」
「なんだと...。テメェは許さねぇ!オレと戦え!」
「キミもオレのファンになったのかな?」
「Ⅳ兄様」
「あ?何だよIII。
....ほぉ、そんな所で高みの見物たぁ相変わらずイイご身分だな『女王様』」
「!?」
「セツナさん!?」
「何故彼女がここに、」
ミハエル、もといIIIの言葉で此方に気づいたⅣが私に向かって話しかけてくる。消えるタイミングを誤ったな、心の中でチッと舌打ちしながらもⅣから視線は逸らさない。
「久しぶりにオレのデュエルを見た感想はどうだ?泣いて頼み込むってんならお前もオレのファンにしてやってもいいぜ?」
「.....」
「何だよ、スターを前に言葉も出ねぇか?...ハッ、何だその格好。全身黒ずくめたぁ、さながら魔じ」
「今日は一段とよく喋るわね、私に会えたのがそんなに嬉しいの?」
「.....あ?」
ペラペラと話続けるⅣにそう告げれば、容易く表向きの仮面が剥がれる。不愉快を隠そうともしないその顔をこちらは終始無表情で見つめ返す。
「残念だけど遠慮しておくわ、貴方のファンだなんて趣味が悪くて感性を疑われる」
「何だとテメェ...」
「お望みなら私のファンにしてあげましょうか?いえ、私の品性が損なわれるからやっぱりやめておきましょう」
「!このクソ女、黙ってりゃイイ気に」
「昔の貴方のデュエルはこんなんじゃなかった」
「!」
「昔って...」
「彼等は知り合いだったのか」
Ⅳはその言葉に目が見開かれ言葉に詰まる。しかしそれはほんの僅かな一瞬のことでずっと彼を見ていないと見逃してしまうような些細な変化だった。
「クッ、ハハハハ!昔だと?よく言うぜ、そう言う自分はどうなんだよセツナ。デュエリストの尊敬と憧れを一身に背負うデュエルチャンピオンだったお前が、今や無辜の人間の魂を刈り取る邪悪な死神だ。
ーーテメェ、自分のデュエルは昔と同じだと思ってんじゃねぇだろうな?」
「そんなことは、」
「ねぇよなあ。今のお前のデュエルにはデュエルチャンピオンの面影ひとつねぇ。ただ命令のままに弱者を踏み潰す哀れな兵士だ」
「お前.....」
「ハッいいぜ、その顔。オレはテメェのその澄ましたツラを苦痛に歪ませるのが最高に楽しくてならねぇ。
…オレを、いやオレ達家族をこうしたのは紛れもなくDr.フェイカーだ。その子どもであるお前達にも纏めてその報いをうけてもらう。手始めにテメェからだ、オレのとびきりのファンサービスをくれてやる」
「Ⅳ兄様!ここでセツナと戦うのは、」
「お前は黙ってろⅢ」
「…いいわよ。遅かれ早かれナンバーズを持つ人間は全て私が狩るんだから。相手になってあげる」
「セツナ!」
「あの二人、まさかデュエルを」
私とⅣの間にバチバチと火花が散る。デュエルモードへ移行しようと口を開こうとしたその時、赤紫色のバイクが空き地の囲いを飛び越えて私とⅣの間に割って入る。見たことのあるそのバイクに思わず眉間に皺が寄るのが分かった。目の前のⅣは彼を見て嫌な笑みを浮かべている。バイクから降りてきた凌牙くんは一瞬こちらを見たかと思うとすぐにⅣへ視線を移す。
「テメェの相手はこのオレだ。
ーー忘れたのか、お前の一番のファンの顔を…Ⅳ!!」
「シャーク!」
「凌牙…、ハッそうだな。お前がオレの一番のファンだった。忘れていたよ」
「あの時の借りを返させてもらうぜ」
「…!」
その物言い、そして怒り方。もしかしてあの日のことを凌牙くんに話したのか?鋭くⅣを睨みつけるとそんなものはお構いなしに笑みを深める。
「借り、ねえ。…そういえばお前の大切な妹は元気か?」
「……」
「妹?」
「くっ…、何もかも貴様が仕組んだんだ。オレのせいで、アイツは…」
「…っ、」
「セツナ、顔色が悪い。…肩が痛むのか」
「何でもない。話しかけてこないで」
近くにいたアストラルの心配する声に余裕のない言葉しか返せない。私の様子を見て彼は口を噤む。
あの日の記憶が蘇る。燃え盛る炎が一呼吸ごとに肺を灼く。霞む視界と血が滲むほど拳を握らないと耐えられない感じたことのない痛み。
腕の中には意識のない大切な友人がいて、すぐ側には傷ついた顔の愚か者が絶叫している。
決して貴方のせいではない、だってきっかけは…
「オレはお前にここで復讐する!」
「シャーク、お前…復讐って…」
「ハハハハ、いいねぇ好きだよオレは。そういうのが」
Ⅳがそういったその時、今まで静観していたⅢが赤い鞭のようなもので凌牙くんの腕と自分を繋ぐ。我々と同じものを持っていることに、やはり父と共に研究をしていたトロンの息子なのだと改めて思い知らされる。
「!これは、」
「デュエル・アンカーです。これでボクとのデュエルが終わるまで離れることはできません」
「Ⅲ、こいつはオレの獲物だ引っ込んでろ」
「Ⅳ兄様、凌牙のデッキにナンバーズはない。だったら兄様が相手にすることはないでしょう。…それに、トロンの命令は絶対だよ」
「…チッ、ファンサービスは終わりだ」
不機嫌そうに表情を歪めるとそういって背を向け立ち去ろうとするⅣ。その姿に逃がしはしないと凌牙くんが呼び止める。
「おい、待て!逃げるのか、Ⅳ!」
「オレのハートピースは完成している。…それと、お前のその『復讐』の相手、果たして本当にオレで合っているのかな?」
「!」
「何だと…てめぇこの期に及んで」
「ハハハハッ!
ーーその肩の傷くらいでお前の罪が『許された』と思うなよ、セツナ。お前らふたりのことを決勝で待ってるぜ」
「……」
高笑いと一緒に巻き上がった砂煙が消え去るとⅣの姿も跡形もなく消えていた。憤る凌牙くんを他所に、こちらも立ち去ろうと踵を返す。
「あれ、もう帰っちゃうのかいセツナ」
「....私も決勝への切符は手に入れている。ここに留まる必要はないわ」
「!セツナももうハートピースを」
「彼女の実力を考えれば当然だろう」
「...」
完成したハートピースをIIIへ見せる。すぐにしまって背を向けて歩き出すと私の背中に再度IIIの言葉が投げかけられる。
「そう言わずにボクと凌牙のデュエルを観ていくといい。...キミ達兄妹が死に物狂いで集めているナンバーズとお目にかかれるかもしれないよ」
「!」
ゆっくりと振り返る。余裕の笑みを湛えたIIIに苛立ちながら棘のある言葉を返した。
「勝ち上がってきた奴は全て私が倒す、誰が来ようと関係ない。貴方がナンバーズを持つと言うならば、精々私に魂を刈り取られる前の束の間の自由を味わっておくといい」
そう吐き捨てると今度は遊馬とアストラルの方を向いて言い放つ。
「ナンバーズを持つ者に例外など無い。貴方のホープもこの大会で私が貰うわ。もう見逃したりはしない」
「なんで、セツナお前...」
「今までと纏う雰囲気が違う。彼女は本気だ、遊馬」
「......」
そう言って振り返らず今度こそこの場を立ち去る。
まさかこの後のデュエルで凌牙くんがナンバーズを手にすることになるとは夢にも思わずに。