「ハルト、何か面白いものは見える?」
「姉さん」
虚な瞳で窓の外から街を眺める弟に声をかける。
ハートランドタワーの中、この部屋の中には今私とハルトのふたりだけだ。
一緒に窓の外を観ようと隣にしゃがみ込むとハルトの金色の瞳がこちらに向く。
「姉さん、もう身体は大丈夫...?」
「うん、心配かけてごめんね。もうすっごく元気よ」
にっこりと笑ってハルトを見つめ返すがその表情は曇るばかりだ。
「本当?姉さんいつも疲れた顔してる...兄さんもだ。
ボクのせいで....」
「違うよ、少し忙しいだけ。あれ?ハルトこそなんだかしょんぼりした顔してるなあ、こんな時は...じゃーん、こんなところに元気が出る魔法のお菓子が!」
「!キャラメル...」
着ていたパーカーのポケットの中からサイコロ状のキャラメルをひとつ取り出す。ハルトの好物だ。兄さんは『あの日』以来ハルトが元気がない時にこうしてキャラメルを渡していた。
ハルトに差し出すと包みを開いて口に入れる。僅かにその表情が綻んだのをみて嬉しくなった。
感情が欠落して人形のようになってしまったけれど、全部忘れてなんかない。ちゃんとこの子は私の弟なのだ。
「甘い、美味しい」
「よかった。ハルトはキャラメルが大好きだもんね」
「...姉さんは?姉さんのキャラメルはどこ?」
「もうあれひとつしかなかったの。でもいいんだよ、私はハルトが美味しそうに食べてる姿を見られるのが嬉しいから」
「......」
そんな話をしていると部屋の中に兄が戻ってきた。
いつにも増して酷く疲れた顔をしている。元から色白の顔が今日は真っ青だ。
かなり無理をしてるな、私の咎めるような視線を無視しながら真っ直ぐこちらへ向かってくる。
「今戻った」
「おかえりなさい」
「ハルト、どうだ具合は。姉さんが協力してくれているお陰でナンバーズは着々と集まりつつある。もうすぐだ、もうすぐお前の病気を治してあげられる...。もう少しの辛抱だ....っ...」
「.....」
「兄さん...」
弟の為、自分の身を犠牲にしながらも必死にナンバーズを集める兄は痛々しい。もっと私が助けなければ。弟を救う為にこの人の命の炎が潰えてしまう。
その心配が当たったかのように私達に背を向け、自室に戻ろうとする兄はふらりと床に手をつき倒れ込んでしまった。
「兄さん...」
「大丈夫だ、何でもない...」
「もうやだ兄さん、何もないところで転ぶなんでおっちょこちょいなんだから!心配だから優しい姉さんがお部屋まで一緒に着いてってくるね。ハルトはここにいて」
「姉さん、」
素早く兄に駆け寄ると、身体を支えながら有無を言わさず一緒に昇降機で下に降りる。
「おい、俺は大丈夫だと」
「そんな真っ青な顔で大丈夫な訳ないでしょ。だいぶ無茶したね?」
「.....」
「ハルトだって気付いてる。さっき言われちゃった、「兄さんも姉さんもいつも疲れた顔してる」って。弟に心配されてちゃ世話ないね私達。....せめて今日はゆっくり休んで」
「しかし、」
「このまま倒れてハルトに心配をかけたいの?今日は私に任せて休んで。そんなんじゃ、私が残りのナンバーズ全て回収してくるよ?」
「...お前も俺のことは言えないだろう......、」
そう言って渋々納得した兄を部屋へ押し込むと情報だけ確認して直ぐにナンバーズを狩りに出た。
急いで帰って、今日は三人でゆっくり過ごそう。そう思っていたからきっといつもよりも少し焦っていて、注意力が散漫になっていたのかもしれない。
ナンバーズを回収した後、直ぐに背後から誰かに襲われた。
「!?何す、離し....っ....」
「手荒な真似は出来ればしたくなかったがトロンの命令は絶対でな。.....すまない、セツナ」
口と鼻を覆われて、薬品のようなものを嗅がされる。
この声は...?意識を失う前に見えたのは自分と似た銀色だった。
♯
「ハルトは見つかったのか、ゴーシュ、ドロワ!」
「チッ、あれほど黙ってろと言ったのに。誰だカイトに知らせたのは」
「.....」
「何故黙っている!?答えろ、ゴーシュ、ドロワ!」
「何故ってうるせぇからに決まってんだろ、っ」
「安心しろ、ハルトの無事は確認した。...だが、まだ保護するには至っていない。それにはカイト、そしてセツナ、キミ達ふたりの力が必要だ。
ハルトは現在ベイエリアにある風車の塔の屋上にいる。九十九遊馬という少年と一緒だ」
「!」
そこまで聞くと通信を切断する。急いで今聞いた場所への最短ルートを頭の中でシュミレーションする。
ベイエリアの風車の塔、その場所と聞いて思い出すのは過去の苦い記憶。
「っ...ひっく、っ、姉さ、」
「泣かないでハルト、大丈夫だから」
「ほら、」
「...?」
「キャラメルだよ、元気が出る魔法のお菓子さ」
「甘い!とっても甘いよ!」
「よかったね、ハルト」
「ハルト、セツナ。俺達はずっと一緒だ」
三人で逃げて隠れてどうにか辿り着いた風車の塔の屋上。
不安に泣く弟を慰め寄り添う妹。勇気付けようと渡したキャラメルは弟を忽ち笑顔にした。
逃げよう、そしてこのまままた三人で穏やかに暮らそう。それ以外に望むことなどない、あの別荘で過ごした時のようにただ平穏に過ごしたい。
しかし、悪魔の追手からはそう易々とは逃れられない。
「兄さん、ハルトを連れて逃げて!早く!!」
「!?何を言ってる、戻れセツナ!」
「姉さん、兄さん!」
「セツナ...、ハルト!!」
「ダメじゃないか、勝手にこんな所まで『散歩』に出ては。気は済んだかな?さあ帰ろうハルト。セツナ、そしてカイトも」
捕らわれる妹、連れ去られる弟、拘束される自分。
あの冷たい雨の日の出来事。悪魔の笑い声がいつまでも俺の耳から離れてくれない。
「っ、」
首を振る。そんな所に何故ハルトが、しかもあの九十九遊馬と。
訳がわからない。舌打ちひとつするとオービタルに何回目かわからない確認をする。
「まだセツナと連絡は取れないのか」
「ハイ、繋ガリマセン。指輪ノ反応モ拾エズ....」
数時間前ひとりでナンバーズ狩りに出てから連絡が取れない。手こずっているとしても余りにも戻るのが遅すぎる。
しかもアイツの嵌めている指輪は埋め込まれた高純度のバリアライトのお陰で調べようと思えば位置情報など簡単に辿れる筈だが、何故か今はそれも探知出来ない。
ハルトに続きセツナまで行方がわからないとは...、一体何が起こっている。
もう一度舌打ちして飛行速度を速める。まずは場所のわかっているハルトからだ、その後すぐにセツナを探す。
「ハルト...セツナ....」
俺の命より大切な兄弟。必ず探し出してやる。
♯
「悪かった、オレがちゃんと確かめもせずにハルトを...」
「....ハルトは、アイツは病気なんだ」
「えっ、」
「病気?」
ハルトを見知らぬ誰かに連れて行かせてしまった。謝るオレに、カイトはポツリとそう呟く。
「待ってくれカイト!ハルトを連れて行かれたのはオレの責任だ、オレもハルトを探す!」
「お前には関係ない」
「カイト、オレはハルトに約束したんだ。必ずお前に、お前とセツナに会わせてやるって!」
「......オービタル」
「カシコマリ!」
カイトの灰色がかった水色の目がオレを暫く見た後、オービタルから赤い光が放たれる。
「!」
「モシ見ツケタラ連絡シロ、コノトンマ!」
Dゲイザーに連絡先が送信されたのを確認した後、カイトはすぐに空へ羽ばたいていってしまった。
風車の塔からハートランドシティへ戻り、小鳥とアストラルと当てもなく街の中を歩く。
「私達、病気のハルト君を知らない人に....」
嘆く小鳥を見た後、これまでのセツナとカイトの言葉を思い出す。
「私は今、その為にだけ生きてる」
「俺は、弟の為に悪魔に魂を売った。そして妹にも、俺が同じ罪を背負わせた」
まだ分からないことだらけだ。だけど少しずつ見えてきたような、疑問に思うようなところだって出てきた。
「....カイトとセツナがナンバーズを集めてるのは、ハルトの病気と関係があるのか?それと、悪魔に魂を売ったってのも....、くそっ、何なんだよ『悪魔』って」
「分かっているのはドロワとゴーシュもハルトを探していると言うことだけだ」
「えっ?」
「ドロワとゴーシュも誰かの命令でハルトを探しているのでは。或いは何らかのトラブルが生じてハルトに逃げられ、その失態を隠す為に慌てて...」
「それって、」
「彼等はデュエル・カーニバルの運営委員であり、大会主催者Mr.ハートランドの部下だ」
「アイツらはハートランドの」
「恐らく彼等がハルトを探しているのはMr.ハートランドの為。ハルトはハートランドの管理下から逃げ出したのだ」
「逃げ出した...?」
管理下、逃げる?アストラルの推測にまた疑問が増えていく。なんであんな小さい子どものハルトをMr.ハートランドが監視しておく必要があるんだ?
...でも、こういうことかよ。お前らふたりの戦ってる理由って。
「...ようするにカイトとセツナはハルトの為にMr.ハートランドの命令でナンバーズを集めてるってことか?
ーーつまり『悪魔』ってのは、」
「Mr.ハートランド」
「「!」」
目の前の立体映像に映る巨大なMr.ハートランドは人当たりの良い笑顔をこちらに向けている。とても悪いことをするような奴には見えない。
「だ、だけどハルトを連れて行ったのはドロワでもゴーシュでもねぇ!」
「そう、問題は彼等以外にもハルトを狙っているものがいるという事だ」
「誰なんだ...そいつらは...」
「(ハルトを狙う存在....、鉄男と委員長を痛めつけたあのⅣというデュエリストはセツナがナンバーズ・ハンターである事を知り、更には報復を示唆していた。今回の事と関係があるのか?そしてそのⅣとシャークの間にある浅からぬ因縁。シャークとセツナのやや歪な関係...。
一体何かどう影響しあって現状を作り出しているのか読み難い...多数の思惑が複雑に絡み合っているような)」
それっきりアストラルは考え込むよう黙り込んだ。アストラルの声が聞こえない小鳥は余計に戸惑っている。すっかり日の沈んだ夜の街を歩き続けているが、一体どこを探したらいいと言うのか。
その時、アストラルが何かに気づいたような顔で言う。
「ハルト、ハルトが...」
「ハルトがどうしたんだ?」
「ハルト君に何があったの?」
そう聞くとアストラルは目を閉じ集中するような仕草を見せた。何秒かそのままでいたかと思うと、目を開けオレに言う。
「間違いない、ハルトだ。ハルトが苦しんでいる!カイトとセツナに助けを求めている。そして水の中の月、白いお城と...」
「な、何だそりゃ」
「自分の場所を必死に伝えたのだと思うが...」
「それだけじゃわかんねぇよ...、もっと」
「水の中の月....、ねぇ町外れに今はもう使われていない美術館があったわよね。これ、白いお城ってこれのことじゃない?水の中の月っていうのは、きっと湖に映った月のことを言ってるのよ!」
「!そっか、それだぜ小鳥、そうと決まったら行くぜ!」
そうとわかれば向かうしかない。勢い良く今見つけた場所に向かう為駆け出す。
「カイト、カイト!ハルトの居場所がわかったぜ!」
待ってろハルト。必ずオレがお前をカイトとセツナの所に帰してやるからな。
♯
「、っ....ここは...」
「あ、目が覚めた?手荒な真似をして悪かったね。流石にキミとカイトを二人同時に相手するのはボクらでも骨が折れるからさぁ」
「!」
キミには少し大人しくしていてもらうことにしたんだ。
トロンはステンドグラスから差し込む月光を背負いながらこちらを向いて楽しそうに喋る。
「どういうこと、」
すぐに立ちあがろうとするが身体に力が入らない。上半身を起こして支えているのがやっとだ。
何とか腕で身体を支えながら声のする方を睨むとトロンは愉快そうに笑った。
「わぁ凄いね!キミに嗅がせたのはちょっと強めの薬だから本当ならまだ目覚めないし、身体もロクに動かせないはずなんだけ、」
「答えろ!」
「あはは、怖いなぁ。可愛い顔が台無しだ。儀式の邪魔をしないで欲しいと思っただけだよ。キミには静かにしていてもらう。
.....あとはこれも一度じっくり見ておきたくてね」
「!?私の指輪、返して!」
儀式などと意味深な言葉を口にするトロンの手には私がいつも嵌めていた筈の指輪があった。右手を見れば薬指には指輪の痕しか無い、眠らされてる間に盗られたのか。怒りに任せて立ちあがろうとすると後ろから肩を押さえつけられる。振り返ればまたあの銀色が見えた。
「クリス...、私を攫ったのもあんたね」
「トロンの邪魔はしないでもらおう」
私の肩を抑える手にぐっと強く力が込められる。これでは立ち上がることは出来ない。睨みつければ同じようにクリスからも鋭い視線が突き刺さる。
「大丈夫だよ、クリス。どうせ立てないから。
ーーさて、目覚めたなら丁度いい。この指輪について教えてよセツナ。キミがいつも身に付けているこの指輪には使い方次第では街ひとつ簡単に沈めるレベルのエネルギーを秘めたバリアライトが埋め込まれてる。
こんな高純度のバリアライト、そう簡単には見つけられない。何処で手に入れたんだい?」
「......」
てくてくと近くまで歩いてきたトロンは私と目線を合わせるように屈んで尋ねてくる。
私がお前に喋ると思うのか、無言を貫きながら変わらず睨みつけるとはぁ、とため息を吐く。
「優しく聞いてるうちに教えて欲しかったなぁ、ボク女の子に乱暴な事するのはイヤなんだよ、ねっ!」
「、っ!」
トロンの手が私の目から額を覆うように掴む。抵抗しようにも後ろのクリスがまだ肩を抑えていて身動きが取れない。
「!離し、」
「さあ、教えて。この指輪について」
「!?」
耳元で囁くトロンの声が頭の中で反響する。意識が霞みがかっていくようだ、決して何も言わないと閉じていた口からぽろぽろと言葉が落ちる。
「...それは、ママの指輪。亡くなる前に、私が貰った大事なもの。それ以外何も知らない...返して」
「......」
そこまで言って、意識が途切れた。
意識を失ったセツナを支えながら目の前の父を見る。
父は暫く考え込んだ後口を開く。
「....紋章の力を使ってもこの程度が限界か。やはりこの子にはバリアンの力による強い加護がかけられている」
「バリアンの力による加護...ですか」
「うん、それも相当強い力を持った者がかけたもの。何かしようとしてもその力に打ち消される。前に会った時から気になってたんだ。そして、この指輪がその力の源に間違いないね。...ただ、」
そこまで話すと父は一旦言葉を区切る。
「なら外せば普通の人間かと思ったのに....、この感じだとセツナ自身にも何かカラクリがありそうだ」
まあそうじゃなければ、こんな代物四六時中身につけてられないか。そういうと手の中にある銀の輪をこちらに見せる。
彼女から奪った銀の指輪は父の手に収まるのを嫌がるかのようにバチバチと紅い火花を散らしている。
「高次エネルギーの結晶体だ。何の力も持たない人間が持とうものならとっくに『吹き飛んでるよ』
....多少はフェイカーが上手く加工したんだろうけどね」
「この指輪に、そんな力が...」
「それにしても、折角お宝を手に入れたかと思ったのにダメだね。全然使い物にならなそうだ。もういーらない」
だから返してあげるね、そう言いながらトロンがセツナの指に指輪を嵌め直す。
するとあれだけ火花を散らしていた指輪は大人しく彼女の指に留まっている。まるで認めた主人のもとに戻ったかのように。
「!」
「あはっ、わかりやすいねぇ。やっぱり可愛い女の子の手の中にいる方がいいのかなあ。
ーーもう彼女に用はない。隅の方にでも寝かせておいてあげなよ、もうすぐお兄ちゃんが迎えにくる」
「!カイトがここに、」
「彼女に指輪を戻したからね。位置情報がわかるようになる。ハルトと同じところにいるとなれば文字通り『飛んで』くるでしょ」
頼んだよ、V。そういうと父は背を向けて行ってしまった。
腕の中の少女を見る。影を作るほど長い睫毛の下には色濃い隈が、雪のように白い肌は今はより青白く病人のようだ。出会った頃の彼女とは比べ物にならない程に疲弊している。それでも、月の光を受けて光り輝く髪の色だけは以前と同じだ。
ーー「ねぇ聞いて!さっきねラボの人達に『クリス研究員とよく似てますねって』言われたの!髪の毛の色が似てるからかなあ」
そう笑う彼女を見たのは遠い昔のことのように感じる。明るい笑顔の柔らかな雰囲気の優しい少女。兄と弟を支える太陽のような存在。
「....すまない」
そう言って入り口近くの折れた柱を背もたれにするように意識のない彼女を移動させた。
♯
「ーーまさか、あの指輪が『キミ』の形見だとは思わなかったよ。...これからもっと『キミ』の子ども達に酷いことをする、どうかボクを恨んで、憎んで、呪ってくれていい」
「......ごめんね」