太陽が沈み、空には月が浮かんでいる。夜が訪れると眼下に煌めく遊園地の明かりが眩しく、目を背けたくなるほどだ。
昇降機の到着に気付き振り返れば、見知った人物がこちらに近づきながらやや心配そうな顔を向けている。
「……もう本当に身体は大丈夫なのか」
「ドロワ!うん。逆にゆっくり休めて調子良いくらいだよ」
「無理はするな。カイトも随分心配していたぞ」
「あー…、またしこたま怒られたよ」
迷惑かけてごめんね、そういうと表情を緩めながら「そんな風には思っていない。気にするな」と声をかけられる。
ナンバーズの回収に出た後、Vに攫われた私はその後の記憶が正直曖昧だ。気づいた時はタワーの処置室で寝かされていて、目覚めた後はまた般若のような形相の兄に「常々言っているがお前には警戒心が足りない」と長々説教された。
何となく覚えているのはトロンと話したことと、兄さんに発破をかけたことだ。その他自分が眠っている間に何があったのか、何故ハルトは眠っているのか兄からはあまり教えてもらえなかった。ハルトのことは気がかりだが、何もできることはないと言われてしまえばどうしようもない。こんなところばかり、あの頃と変わっていなくて悲しくなる。
「お前は病み上がりなんだ。このパーティには出なくてもいいんじゃないか」
「んー、『その目でナンバーズを持つ者を見ておくといい』ってMr.ハートランドから言われてるのを無視するのもね。まあ見なくたって全員倒すんだけど。…軽く顔だけ出したらすぐ抜けるよ。」
「…そうか。こういう場にはハメを外し過ぎる連中も多い、十分注意するんだぞ。それと、」
「はいはい、わかってる。さあ行こーね!」
まだ言葉を続けそうなドロワの腕を引きながら昇降機に乗り込む。既に兄とゴーシュは先に下で待っているらしく、これ以上時間をかければ小言を言われかねない。
今日はこの後、WDC決勝大会進出者を招いて前夜祭と称したパーティがある。参加は自由だが、対戦相手を一目見ておきたいと思うデュエリストは多いだろう。同伴者も許されており結構賑やかになる予想だ。
運営委員を抜けて大会に参加する事にしたドロワとゴーシュも勿論ハートピースを集めて決勝大会進出者に名を連ねている。
「(遊馬は無事決勝大会進出を決めたって報告が入ってる。そして凌牙くんも)」
凌牙くんはともかく、遊馬とはいよいよ決着をつける時が近そうだ。これはナンバーズを回収する為の大会、私の出場している意味はそこにしかないのだから。
...まあ、今日はただのパーティなんだし、肩の力を抜いておこう。そんなことを考えながら会場までの道のりを歩いた。
♯
「それにしても不審者たぁ、警備は何をやってんだ」
「ここに参加してるデュエリストのファンかな?...私ひとりで十分だよ?ゴーシュは中にいても、」
「勘弁してくれ、お前ひとり行かせてトラブルに巻き込まれでもしたらカイトが怖え」
会場へ移動した後、兄さんはすぐに誰かを見つけて消えてしまった。それを追ったドロワも見当たらない。
残された私とゴーシュは適当に挨拶回りしながら過ごしていたが、ふと係員達の慌てた様子に気づいたのだ。
尋ねたところ「不審者が警備を掻い潜り、こちらに向かっている」と言われ、挨拶回りにも飽きたところだった私達が見に行くと伝えて混み合うパーティ会場を出た。今は正面の出入り口に向かって歩いている最中である。
「....それにしても、綺麗なドレスの一つでも着りゃぁ可愛げがあったものを。今のお前ドロワよりも色気ねぇぞ」
「えー?失礼だな。てかドロワ綺麗じゃん!ゴーシュ目ぇ腐ってるよ。
本当はいつもの格好でも良かったんだけどねー、あんな黒ずくめじゃ浮いて逆に目立つかなって思って。これは仕方なく参加してる様なもんだし、着飾る必要もない。...そもそも肩なんか出せたもんじゃないしね」
ドレスなんて着れないよ、と苦笑するとただでさえ怖い顔の眉間に皺を寄せて「今回もそうだが、無茶をしすぎだ。カイトが怒るノリもわかるぜ」と咎められる。
今の私の格好はダークネイビーのパンツスーツにヒール高めのパンプス、白いリボンタイのブラウス。髪はお団子のように纏めており、パーティに出席するというよりかはOLが会社に出勤するような装いだろう。
このパーティにドレスコードは無いためどんな服装でも参加は出来るが、最近身に纏っているナンバーズハンター仕様の全身黒ずくめで参加するのは流石に忍びなく、じゃあドレスを着るかと言われれば絶対に遠慮したいと思いこの格好になった次第だ。
「一応嫁入り前のお嬢さんなんだ、もっと自分の身を大事にしろ。カイトもだが、特にお前は自分の身を蔑ろにし過ぎだ。それはハルトだって喜ばねぇノリだぜ」
「えへへ。いやぁ、耳が痛いなあ。肝に銘じておくよ」
「どうだが、兄貴の言う事ですらロクに聞かねぇじゃじゃ馬姫の言う事はアテにならねぇ」
溜息を吐かれながら投げかけられる言葉を笑いながら受け流す。ドロワといい、ゴーシュといい本当に優しい、まるで姉や兄の様だといつも思う。
あのハートランドの部下であることが信じられない位だが、彼等にもあの悪魔に従わなければならない理由があるのだろう。何か事情がありそうなので詳しく聞いた事はない。このふたりも早く自由になれたらいいのだが...。
「おい、あれって....」
「…問題を起こさないと気が済まないのか、あの子は」
そんな事を考えているうちに騒いでいる人間、いや子どもたちを見つけた。赤いスーツを着た遊馬が係員と言い争っている。
参加資格をもらう時もそうだったが、何かしら騒ぎを起こすのは勘弁してもらいたい。思わず立ち止まり額に手を当てながら溜息を吐くと先に行ってしまったゴーシュを慌てて追いかける。
「だからオレはっ、」
「この悪ガキども!」
「ーー誰かと思えば、九十九遊馬じゃねえか」
「!アンタは」
「ゴーシュ様!」
「相変わらずお騒がせだな。今度は何をやらかした?」
「それが、招待状もなしにここへ…」
「いいんだよ。コイツはこんな面してるが決勝大会出場者だ」
「いや、しかし…」
「オレの言う事が信じられねぇノリか?」
ゴーシュの言葉に係員はまだどこか不服そうだ。睨みを利かせているであろうゴーシュの後ろから声をかける。
「こらこら、その怖ーい顔で係員さん達をいじめちゃダメだよ、ゴーシュ」
「チッ」
「セツナ!?」
「「セツナさん!?」」
「な、何故貴方様がここに…」
「警備ご苦労様。この子が『不審者』ね?
彼は確かに決勝大会の進出者。でも、そうだな...招待状を持ってないだなんて普通有り得ない。何かこちら側に手違いがあったんでしょう。大会主催者のMr.ハートランドに代わってお詫びするわ、ごめんなさいね」
「え、いや…えっと、ははは」
「セツナ、遊馬のバカが原因だ。すまない」
こういう私に遊馬の視線はあちこちに彷徨い、気まずそうに言葉を探している。周りの鉄男くんや小鳥ちゃんは申し訳なさそうにこちらに視線を送っている。さてはコイツ、招待状を忘れたのに無理やりパーティ会場に入ろうとしたな?
おい、この野郎。そういう意味を込めて遊馬を一度じっと見ると冷や汗を垂らしながら目を逸らす。アストラルの言葉といい、図星と見たぞ。仕方なく警備担当の係員へ向き直って言葉を続ける。
「招待状がない事でどうしても信用ならないっていうなら、この子達全員私の同伴者ってことで会場に入れてあげようかと思うんだけど...、いいかな?」
「えっ、い、いえ!そんな!ゴーシュ様とセツナ様がそこまで仰るのでしたら…ほら、行くぞ!」
「...あら、貴方達もそろそろ交代の時間じゃない?別の人達と代わって少し休んできたら?」
「「は、はい!セツナ様!」」
突然現れた元運営委員と「オーナー」の娘に係員達はとても驚いただろう。世間での認知度はそこまでだが、ここで働く職員たちはほぼ全員、私がDr.フェイカーの娘であることを知っている。Dr.フェイカーはこの遊園地の造った人間であり、運営に直接関与はしていないが多くの権利権限については所持したままだ。
だからゴーシュはともかく私の言う事に盾突く人間はいない。
足早に立ち去った係員を見送り、入り口に立つ警備係にも暗に席を外すよう告げるとここには顔見知りしか居なくなった。
「ーー流石Dr.フェイカーの娘。正に鶴の一声だな」
「迷惑かけられてばかりだからね、たまには役に立ってもらわないと」
「セツナ!お前身体はもうだ」
「ちょっと!警備の人達の手を煩わせないでくれる?彼等も一生懸命仕事してるんだから。招待状が届いてないなんてないよね?着飾る前に必要なものをちゃんと持ってきなさい!お友達にも迷惑がかかるでしょ」
「ご、ごめん....」
「すみませんセツナさん...」
「ほんとに遊馬ってばバカなんだから...」
私に怒られてしゅんとする遊馬とそれを窘める友達。はぁ、とひとつ溜息をついた後に続ける。
「...この前はありがとう、貴方のお陰で私もハルトも助かった。ハルトはまだ、目覚めないけど...」
「!そうか、よかった。いやハルトの事は、よくねぇんだけど...オレさやっぱ、」
「ああ、いいの今日は。せっかくの楽しい日に余計な事は考えなくて。....みんな素敵な格好してるね、中で美味しいものでも食べておいで。有名なデュエリストも沢山いるよ」
「お、おう!?サンキュー、セツナ!ゴーシュ!」
「「ありがとうございます!」」
口々にお礼を言い、会場の入り口をくぐろうとする遊馬達にあ、忘れてた。と声を掛けて呼び止める。
「遊馬、悪いけどあの時言った事は変わらない。貴方を倒すのは私。ナンバーズを貰うのもね。精々、すぐに私と当たらない様に気をつけな」
「待てよ、セツナ。アイツを倒すのはこのオレだ。
ーー遊馬、オレと当たるのを楽しみにしておくんだな」
「...おう!オレは絶対に誰にも負けねぇ!!」
そう言って遊馬は仲間達と共に会場の中へ入っていった。その後ろ姿を手を振りながら見送るとゴーシュが口を開く。
「敵に温情をかけるとは余裕だねぇ、セツナ様」
「いいんだよ、今日はただのパーティなんだから。お友達も沢山いるし、一時休戦ってことで」
「.....お前やっぱり向いてねぇよ、『冷酷非道なナンバーズハンター』」
「あはは。....生憎、向いてると思った事は一度も無いよ」
私達も戻ろう。そう声を掛けて遊馬達の後を追う様に会場内へと戻った。
♯
「fantastic!予選通過1位おめでとうセツナ。流石は『元』デュエルチャンピオン、この調子で決勝大会での活躍も期待していますよ」
「.....はい、お任せ下さい」
「ですが今日は前夜祭。肩の力を抜いて楽しんでいくといい」
それだけ言うと関係者に呼ばれたMr.ハートランドは居なくなった。渡されたシャンパンはパチパチと気泡が弾け、照明を受けて金色に光り輝いているがとても飲む気にはならない。香りでわかる、しっかりとアルコール入りだ。
「(あの言い方、本当気分悪い)」
外の空気が吸いたい、愛想笑いに疲れたし息が詰まる。
パーティ会場から抜け出し、中庭に降りると会場の喧騒が嘘の様に辺りは静まり返っていた。舗装された歩道の脇には人工的な池が広がり、水面は風で僅かに揺れている。一度深呼吸すると夜の冷たい空気で肺いっぱいになる。
池に落ちないよう等間隔に配置されたライオンの像のひとつに掴まり、寄りかかるとハートランドに渡されたシャンパングラスを一度月明かりに翳す。きっと美味しいんだろうな、そう思いながら逆さまに傾けて池に流す。
「バイバーイ」
金色の液体が重力に従って落ちていく。貰った人間がアイツでなければ飲んだのに、ごめんね。
環境整備担当の職員が見たら途轍もなく怒られそうだなあ、と他人事の様に思いながら全て流し切ると職員よりも前に私を咎める人間が現れた。
「おやおや、随分とマナーの悪い招待客がいるかと思えば、『Dr.フェイカーの娘』とは驚きじゃねぇか」
「!やば、」
ぼちゃん!勢い良くグラスが池に落ちる。ガラス製のシャンパングラスはブクブクと水泡を浮かべたかと思うと水底に沈んでいった。沈むといってもこの池は水深30センチ位しかないので目視できるが。
ぼーっとし過ぎていた、人の気配に全然気づかなかったせいで手元が狂った。声のした方を見ればついこの前『世話になった』らしい男がそこに居た。お前のせいでグラス落としただろうが、と恨めしい目線を向ければそれを鼻で笑いながら話し始める。
「随分と元気そうじゃねぇか、丈夫な身体でよかったなぁ」
「お陰様でね。そっちこそ兄さんと遊馬にボッコボコにされたって聞いてるけど、その割に元気そうね」
「....あ?マグレで一度勝ったくらいで調子に乗ってんじゃねぇよ。次は必ず、両方ともオレが潰してやる」
この前のデュエルの勝敗を持ち出せば容易く余裕の笑みが崩れ去る。パーティ会場で見かけた時には笑顔でファンにサインしていたというのに、今は中々機嫌が悪そうで沸点が低い。合わせていた目線を一度遠くへ向け、一層険しい顔をしたかと思うと、つかつかとこちらに近寄ってくる。
ライオンの像に寄りかかる私の目の前まで来る不機嫌そうな顔。ワインレッドの赤い瞳が月明かりを受けてギラリと光った。
「セツナ、テメェも必ず決勝大会で潰す。
....だが、その可愛げのねぇ減らず口、今すぐ叩けねぇようにしてやったっていいんだぜ?」
「!」
しゅるり、Ⅳの手によって申し訳程度に胸を飾っていたリボンが崩される。
予想外の展開に驚き目を見開いて相手を見るが、機嫌の悪そうな顔がただこちらを見下ろしているだけだった。
「.......性格だけじゃなくて、女の趣味まで随分と悪くなったんじゃない?こんな傷物にまで手ぇ出そうって?」
「別に愛し合おうって訳じゃねぇんだ、どの女とだってヤろうと思えば出来んだよ」
解けたリボンの片側を引っ張り、強く握りしめながら私を威圧する。ライオンの像が邪魔で後ろには下がれない。負けじとこちらも睨み返しながら口を開く。
「.....やめときなよ、絶対向いてないから」
「あ?」
「それに、アンタの『自傷行為』に付き合ってやるのはごめんだね。ただ性欲処理のためにヤらせてくれって言われる方がまだマシ。」
「.....テメェ今どんな状況かわかってん、っ!?」
「!?」
苛立つⅣが再度私に迫ろうとした瞬間、私の背後からⅣ目掛けて一枚のカードが飛んできた。ブラウスのリボンを離し、咄嗟にそのカードを掴んだⅣは絵柄をみて顔を顰める。飛んできた方向に視線を向けたかと思うと、私の前から歩道の方へ飛び出して行った。
「ーー返すぜ、そのカード。大事なもんだろ?極東チャンピオンさんよ」
「!」
「凌牙、テメェ....」
「こんなとこでサカってんじゃねぇよ。ファンが泣くぜ」
聞こえてきたのはよく知った声。会場内では見当たらないと思ったがこんな所にいたとは。背を向けていた私の顔は凌牙くんには見えず、かつライオンの像に隠れて姿すらほぼ見えなかった様で『Ⅳが見知らぬ女に迫っている』という状況把握をしたらしい。立ち去る事も出来ず、黙って二人の会話を聞く。
「どうした、お前のいつもの軽口は?」
「くっ...」
「煮えたぎってきたぜ。いよいよだ、オレは己の全てを賭けてお前に勝つ」
「!.....」
冷静な凌牙くんの声に反して、珍しく悔しそうに言葉を詰まらせるばかりのⅣ。前回見た時とは真逆だ。
暫くするとブーツの足音が横を通り過ぎる。横目で見送るとⅣの赤い目と一瞬だけ目が合った。チッ、そう舌打ちすると夜の暗闇に消えて行く。
舌打ちしたいのはこっちだっつーの、と心の中で悪態を吐いていると凌牙くんの声が聞こえてくる。
「.....誰だか知らねぇが、相手にする男は選んだ方が身の為だぜ」
「......別に、相手にした気はないんだけどね」
「!?おま、.....」
「でもありがとう、今日のアイツめんどくさかったから」
結果的に助かっちゃったかな。苦笑しながら彼の前まで出ていく。私の見て驚いた顔をした後、すぐにブラウスの解けたリボンを眉間に深い皺を刻んで凝視してくる凌牙くんの顔はそれは恐ろしい。少し気まずくなりながら慌てて結び直しながら口を開く。
「.....本気じゃないよ、アイツ」
「!」
「よっぽど虫の居所が悪かったんじゃない?そうじゃなければ、」
「わかんねぇだろそんなこと」
「!ちょ、」
大股で距離を詰められ手を取られる。怒った顔の凌牙くんの青い目がこちらを射抜く。Ⅳの瞳は赤いルベライトの様だったが、凌牙くんの瞳はサファイアの様に青く輝いていて対照的だ。
じっと目を見ながらそんな場違いな事を考えていると、その綺麗な目を細めながら凌牙くんが喋り始める。
「.....前々から思っちゃいたが、アンタ警戒心が無さすぎるんじゃねぇか。そんなんじゃいつ取って食われたって文句言えねぇぜ」
「そのセリフ今日だけで2回目なんだけど、どれだけ私警戒心ないと思われてる?そんな筈な」
「この状況でもまだそんな口叩くのか」
「......」
手首を掴まれる力が強くなる。身長差がほぼ無いせいで目線が近く、簡単にキス出来そうな距離感に心臓が変な音を立てる。でもすぐに、その右手の薬指に嵌められた指輪の存在を思い出す。
は?よくもまあ、その指に輪っか嵌めたまま他所の女にこんな事が出来るものだ。この前も思ったけど、14歳の癖に大分ませてないか?学校一の札付きってそっちも色々経験済みなの?大体『恋人』がこの光景を見たら泣くんじゃないか?とんでもないクズ野郎じゃん。
人に警戒心を説く前に、自分の誤解を招くような言動を改めたらどうなんだよ。
ああイライラする。視線を外し、溜息を吐く。凌牙くんの眉がピクリと不機嫌そうに動いた。
「....どいつもこいつも、わざわざこんな『傷物』と遊ぼうとしなくても女に困る事なんてないだろうに。物好きばっかり、」
「....『傷物』か。璃緒が事故に遭った日、お前もその場に居たって本当なのか」
「!?」
熱くなった頭が冷水を浴びせかけられたように冷静になる。なんで、思わずそう口の端から溢れたのを凌牙くんは聞き逃さなかった。顔を上げればやっぱりそうなんだな、と静かに呟く彼の姿があった。
「Ⅳがオレにハートピースを寄越してきた時、そう言ってきた。お前はその時に肩に傷を負った、とも」
「.....」
「教えてくれ、あの日一体お前と璃緒に」
「私は一生貴方に『それ』を知られたくない」
「!」
「知れば、貴方は私を許さない。決して。だからもう二度と会わずに、そのまま...消えたかったのに」
「!」
掴まれた腕を力の限り振り払い、距離を取る。
左肩を右手で押さえながら凌牙くんを見る。彼の顔が酷く哀しそうに歪んだ。
「その報いなら、ナンバーズを集め終わった後に必ず受ける。だから何も聞かずに放っておいてよ」
「.....そのナンバーズ、オレが持っていると言ったらお前はオレの魂も狩るのか」
「!?」
「No.32海咬龍シャーク・ドレイク....お前が血眼になって集めてるナンバーズのうちの一枚をオレは持ってるぜ」
「......どうして、この前まで貴方はナンバーズなんて」
「積極的に関わるつもりは無かったが、いつまでも蚊帳の外にされるのも癪なんでな。
ーーお前がコレを集めてるのは弟の為だな」
「!」
彼が取り出した月明かりに光る黒いカードは喉から手が出るほど欲しいもののひとつ。有り得なかったわけじゃない、でもそれを彼が所持しているという事実に眩暈がした。
「ハッ、これでめでたくオレもお前のハンティングの標的って訳だ」
「...そうね、例外はない。勿論そのナンバーズと一緒に貴方の魂も貰うわ。
それにしてもバカな男。せっかく助けてあげたのに、自分から地獄に逆戻りしようだなんて...、後悔するよ」
「Ⅳと決着を着けた後、欲しけりゃこんなもんくれてやる。ただその時はオレが全てを知った後だ。そしてお前に、もうそんな事はさせねぇ。
ーーお前を必ず、闇の中から救い出してやる」
「.....全て知っても尚、その言葉が聞けるなら是非助けて欲しいものだわ」
はは、嘲笑する私を青い瞳がこちらを真っ直ぐ見つめてくる。そこに滲む意志の強さに気圧され、堪らず目を逸らすとタイミングよくポケットに入れたDゲイザーが着信を知らせる様に震える。兄の名前が表示された画面に触れれば棘のある声が響いた。
「....なに」
「一体何処にいる。何度連絡しても、」
「すぐ戻る」
まだ何か言っていた兄を遮って通話を終わらせる。
目の前の凌牙くんに視線を戻すと出来るだけ感情を殺した平坦な声で告げる。
「決勝大会、当たるのを楽しみにしてるわ。私と当たるまで、負けたりしないでね」
「望むところだ、これまでのオレと同じだと思うなよ。1年越しで場所も形も違うが、.....オレはこの大会でお前に勝つ事であの時の『約束』を果たさせてもらう」
「!....そんな昔の事、まだ覚えてるなんて意外とロマンチストなのね」
「そんなこと言って、私と当たる前に負けたら笑ってやるから」そう言いながら彼に背を向けて歩き出す。少しして彼も歩き出したのか足音が聞こえる。
足早に会場までの道を歩く。頭の中はただのパーティのはずが恐ろしく疲れた、泥のように眠りたい。その気持ちでいっぱいだった。