深紅   作:天城ある

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24.罪(下)

ーーお前、何で居なくなったんだよ。

 

「......貴方に色々なことがあったように、私にも色んなこ

とがあったの」

 

ーーだから何なんだよ、お前を困らせてる色々ってのは。それを話せって言ってんだろうが。

 

「知れば、貴方は私を許さない。決して。だからもう二度と会わずに、そのまま...消えたかったのに」

 

ーー消える?許さねえよ、そんな事。勝手に自分の中で決めつけてんじゃねえ。どうして何も言わない?そんなにオレはお前にとって頼りない存在かよ。

 

「凌牙くん、貴方の知ってるセツナはね、もう何処にもいないのよ。貴方の憧れたデュエルチャンピオンは死んじゃったの。幻だったのかもねぇ」

 

ーーよくもまあそんなバレバレの嘘なんか吐きやがって。

『偽物』だと?そんな紛い物にオレがこんなにも、こんなにもずっと焦がれる訳が無い。

お前の弟だってきっとお前の事を、

 

 

「ーーええ、とっても」

 

 

ーー弟に何かあったのか。そんな今にも泣きそうな表情ツラして笑えてると思ってんのかよ。

 

再会した後のお前はいつ会った時もそうだ。笑っているようで何処か苦しそうで、今にも泣きそうだった。

.....なあ、教えてくれ、その理由ワケを。

 

 

もう、ひとりじゃない。お前はオレにそう言った。

お前だってひとりじゃない。オレがその苦しみと悲しみの中から絶対に救い出してやる。だから、

 

 

「凌牙くん、」

 

だからまた、あの頃みたいに笑ってくれセツナ。あの花の咲くような笑顔で。それ以外に望む事などない。

それだけで、オレの心は満たされるのだから。

 

 

 

 

♯

 

 

 

「オレは絶対にお前の居る場所まで辿り着いてみせる。だから、その日まで誰にも負けんな。そのお前をオレが倒してやる」

 

「......面白いじゃん。その言葉、忘れないでよね」

 

 

どういう事だ、トロンの野郎一体何しやがった。

まだ絶望を知らぬ目の前のふたりは拳を合わせた後、楽しそうに笑ったり話したりしている。第三者として自分の姿を見る事などあまりないが、セツナといる時に自分がこんな腑抜けたツラをしていたのかと思うと気恥しく、もっとシャキッとしろと今にも自分を殴ってやりたい気分だった。

 

ただ、そうしようにも碌に身体を動かせない。声すら出せない。

近くに突っ立っているのに、向こうにはオレの姿は見えていないらしい。まるで映画、いや劇の中に勝手に迷い込んだようだ。

近くには遊馬や遊馬のダチ、そしてⅣもいた。トロンはあの場にいた全員を此処へ連れてきたらしい。

遊馬は目が合うと戸惑った様な顔をオレに向けてくる。Ⅳは苦しそうなツラをしながらも目の前の光景を真っ直ぐ見つめていた。

 

 

「ーーこれは凌牙とセツナの記憶の1ページ。仲がとーってもよかったんだね、こんな約束までしてさ」

「「!!」」

 

声と共にトロンの姿が現れる。咄嗟に殴りかかろうとするがやはり身動きが取れない。睨みつけるので精一杯だ。オレだけでなく他のやつも一頻り見渡した後、トロンはまた楽しそうに語り出した。

 

 

ーー「2年前、彗星の如く現れた天才デュエリスト『天城セツナ』。各地の大会を制し1年で世界の頂点まで登り詰めた彼女にはひとりの友人がいました。友人である少年の名前は神代凌牙。彼もまた素晴らしいデュエルの才能の持ち主でした。ふたりは切磋琢磨しながら交友を深めていきます。

そして、1年前のある日ふたりはひとつの約束を交わすのです。それは少年が憧れの彼女の所まで辿り着く為の誓いでもありました。

......ですが、その約束が叶う事はありません。彼女のことを『悪魔』が迎えに来たからです」

 

 

目の前の光景が切り変わる。

スタジアムの中を歩くセツナの背に声を掛ける男が現れた。万人受けするような笑みを浮かべたその男が彼女を呼び止めると、渋々振り返った彼女の表情はわかりやすく曇っている。目の前の男をかなり警戒しているようだ。

 

 

「やあやあ久しぶりじゃないか、セツナ」

「.....どうも」

 

ーー「Dr.フェイカーの部下であるMr.ハートランドはこの時を狙っていたのです。この地に彼女が戻ってくるタイミングを。

 

彼等にはナンバーズ狩りを行う為に強いデュエリストが必要でした。そこで白羽の矢が立ったのは勿論セツナです。デュエルチャンピオンである彼女にかかれば勝てない相手など居ません。

 

悪魔が伸ばしかけた手を掴み止めたのは兄であるカイトでした。セツナに火の粉が降り掛からぬよう、何も知らせず遠い平和な地へ彼女を逃します。その代わり、『ナンバーズを全て集めれば弟の病気が治る』そう唆されたカイトはひとり、ナンバーズ・ハンターに身を窶やつす事となったのです。例えその為に無辜むこの人間の魂を犠牲にし、自分の命を削る事になっても。

 

決意した兄の力は嘗てセツナの遥か足元にも及ばなかった事が嘘の様に、今や彼女すら凌ぐほどになりました。

 

 

病に苦しむ幼い弟、そして世界を自由に羽搏きだした妹。最愛のふたりを護るためにならと、兄は己の魂すら悪魔にも売り渡したのです」

 

 

トロンが語り終わると今度はMr.ハートランドの口から言葉が吐き出されていく。セツナが兄と弟の側から離れている間の出来事、弟、そして妹を護るため兄が手を染めた悪魔の所業。

話を黙って聞いているセツナの顔色はみるみるうちに悪くなっていく。頬は強張り、唇は震え、アイスグレーの瞳から光が消えていく。

 

 

 

「だが、ナンバーズを集めるのは過酷でね。いくらカイトが優秀と言えど道のりは長そうなんだ。

ーーああ!キミの様に凄腕のデュエリストならば、即戦力となってカイトも多いに助かるだろうが...

でもキミにはこれから大事な大会が控えているし...、悪かったね、この事は忘れてくれたまえ」

 

「.....連れてって」

「ん?」

「だから、私を兄さんのところに連れて行って」

「いいのかい?きっとカイトはキミを巻き込まない為に何も知らせなかったのだろうに」

「ここまで言っておいて何を今更....、白々しい。いいから早く連れてってよ」

 

 

ーー「彼女の才能、圧倒的な強さのその源は兄弟への愛情でした。特に病弱で幼い弟は彼女の活躍を励みにしていたのです。そして姉である彼女も、弟に誇れるよう強く正しいデュエルの王者として在ろうとしました。兄はそんなふたりを温かく見守っていました。

 

ですがこの瞬間、彼女は知るのです。弟の為に手に入れた栄光が何の意味も成さないことに。兄がただひとり自分達を護り続けて居たことに。

.....自分がいつの間にか楽しくカード遊びをしていただけだと言うことに」

 

 

Mr.ハートランドは嫌な笑みを浮かべながらセツナの肩を抱いて歩いていく。セツナは光を失った目をして、それでも何か覚悟を決めた様な顔で歩いていく。

ダメだ、そっちに行くな!そう言いたいのに声が出ない、トロンの声と目の前の光景を信じたくないのに違和感なく納得してしまう自分がいた。

 

 

 

また場面は変わり、舞台は何処かわからぬ無機質なビルの廊下へと移る。

セツナと対峙するカイト、カイトの側にはWDCに参加していた男と女もいる。セツナの側には相変わらず愉快そうな笑みを浮かべたハートランドがいた。

 

 

 

「お前...、何故此処に....」

「どうして今まで何も、私に言ってくれなかったの」

「......」

「黙ってないで、何か言ったらどうなの!?」

 

 

カイトを見つけると胸ぐらに掴み掛かりながら怒鳴り散らすセツナ。カイトの方は一度大きく目を見開いた後は視線を逸らしたまま何も答えない。

兄妹以外の人間がその場から居なくなると、セツナは掴んだままだった胸ぐらを離しカイトの胸に額を寄せた。

ナンバーズを共に集めると言い出したセツナを必死に止めるカイトだが、セツナの意思は固く折れる様子はない。

 

 

ーー「そして、目の前の窶やつれた兄へ向かって妹はこう言うのです」

 

 

 

「ねえ兄さん、やる事が変わっても目的は変わらない。私ハルトの為なら何だって頑張れるよ。

今までひとりにしてごめんね、お願いだから一緒に背負わせて。ふたりならきっとすぐに終わるよ」

 

 

セツナは何でも無い様に笑っていた。だが、それが逆に痛々しくてならない。カイトの表情は途端に苦しみと悲しみが織り混ざったようなものへ変わる。ぷつりと何かが切れる音が聞こえた気がした。

 

兄ならばその手を決して取ってはならない、....ならないがオレならばどうしただろうか。

同じ境遇、立場だったとしてその手を取らず、妹を護りきる事が果たして出来ただろうか。

 

 

動かないカイトをセツナが抱き締める。言い聞かせる様に大丈夫、もうひとりで頑張らないでいいのと背中を撫でる様子は兄と妹と言うよりは姉と弟、母と息子のようだった。

弱々しくカイトがセツナを抱き締め返す。小さく震える声で済まない、許してくれと懺悔を繰り返す兄にセツナは返事はせず、小さく首を振り続けた。一言だけ小さくこう呟いて。

 

 

「......約束を、果たせなくてごめんなさい」

「(っ!)」

 

 

怒りと悲しみで身体が震える。その言葉の意味、どんな気持ちでアイツが絞り出したのか。

虚な瞳で兄と身を寄せ合いながらそう呟いたセツナは静かに目を閉じた。こんな事が、あって良いわけがない。

遊馬と遊馬のダチは苦しそうに俯いていて、Ⅳは直視できないのか目を逸らしたままだった。

 

 

ーー「兄ももう限界でした。そう、決して巻き込まぬと誓った妹の手を取ってしまう程に。

 

こうして、沢山のデュエリストから憧れと尊敬を集めていた無敵のデュエルチャンピオンは、今度はその類稀なるデュエルの腕を人を傷つける為に使わざるを得なくなりました。

 

他の選択肢?弟の命を盾に取られたこの兄妹にそんなものは存在しません。弟を救う為なら彼等は喜んで世界を敵に回す、...美しい兄弟愛が産んだ悲劇の始まりです」

 

 

 

 

また場面が変わる。今度は人で賑わう駅前の大通りだ。ビルに投影されたプロジェクション・マッピングにはサイバーエンドを従えて戦う勇ましいセツナの姿があった。道ゆく人間は皆笑顔でビルの映像を観ている。

 

それを本人が遠い目で見つめていた。ラフな格好でキャップを深く被ったアイツに周りの人間は誰も気づかない。

 

 

ーー「闇に堕ちた彼女には更なる厳しい仕打ちが待っていました。そう、『悪魔』はひとりと限らなかったのです」

 

 

 

「ーーねぇ、お姉さん。さっきからボーッとしちゃって大丈夫ぅ?」

ぼーっとビルを見ていたセツナはハッとしながら声を掛けられた者に返事をする。目の前にはトロンがいた。

トロンに対して違和感の様なものを感じているのかぎこちなく話すセツナにトロンはすぐに正体を明かした。

可愛らしい子供の様な外観からはまるで想像できない禍々しい負の感情が渦巻く様にトロンとセツナを包む。

 

戸惑うセツナとは対照的に、トロンはDr.フェイカーへの憎しみをひたすら彼女へぶつけていく。

 

「僕はねセツナ、フェイカーに復讐する為に戻ってきたんだ。僕が受けた仕打ちを、苦しみを、アイツにも味合わせてやる為に。キミ達兄弟にも皺寄せがいっちゃうけど、仕方がないよね。だって父親のした事なんだから」

「っ、」

「ーーああ、丁度今楽しい「余興」が始まったところだよ。一緒に観に行こうよ....、キミのだぁいすきな凌牙の、その妹が灼かれる姿をさ」

 

 

その言葉の聞いた瞬間、セツナの顔は困惑から驚愕と焦燥へと変わる。

 

 

「!?どう言う事、何であのふたりが...。貴方が憎いのは私達家族だけでしょ!?」

「ほんとはねぇキミを洗脳してフェイカーを倒す刺客にしようかと思ったんだけど、キミは優しくて脆すぎる。いくら強くてもすぐに壊れるオモチャじゃつまらないからね。

僕はずーっとキミを見てたんだよ、セツナ。そしたらすぐ近くに優秀な駒になりそうな子がいるじゃないか。そう、神代凌牙だよ!凌牙にはキミと違って才能がありそうだ、復讐の鬼神になる才能がね。

だからその妹にも少し協力してもらうことにしたんだ、彼の心の闇を生み出す為に、ね」

 

 

トロンが一言一言話す度、セツナは青ざめていく。

喋るトロンを見ていられなくなったのか最後には俯きどんな表情をしているかわからなくなった。それでも、震える声でトロンに向けて問いかける。

 

 

「....璃緒ちゃんはどこ」

「知りたい?行けばキミも危ないかもよ?」

「いいから早く!あの子に何かあったら、お前を絶対に許さない!!」

 

トロンの小さな肩を思い切り掴んで怒りを露わにしながら怒鳴りつけるアイツを他所に、トロンは余裕そうな笑みを崩さない。

 

「いいねぇ、キミの心にも闇が育ってるねぇ。

ーーじゃあ行こうか、パーティ会場にさ」

その瞬間、また眩しい光に包まれる。ぐにゃりと視界が歪む感覚がすると思うとまた場面が変わる。

 

 

 

 

 

「ねぇ起きなよ、もうそろそろ面白いものがみれるよ」

「ぅ、」

 

陽の光が遮られた路地裏にセツナは倒れていた。何処かから聞こえるトロンの声はゆっくりと身体を起こすアイツのその先に、デュエルしてる奴らが見える。

 

「(璃緒....!)」

 

戦っているのはⅣ。これがあの日起きた事....!?

すぐにでも止めに入りたいのに身体は動かない。ちくしょう、そう思った瞬間Ⅳの使った魔法カードから突如炎が噴き出した。

 

「これで終わりだ!.....何!?」

「!?、っきゃ...」

 

 

危ない!璃緒、逃げろ!!そう思った時オレの隣をセツナが全速力で駆け抜ける。

ダメだ、行くな!セツナ!!一心不乱に璃緒の元へ走るセツナにオレの声は届かない。

 

 

「璃緒ちゃん!危ない!!」

「!テメェ、何でここに」

 

炎は瞬く間に周り一辺を焼き、璃緒の頭上に灼熱の瓦礫を降らせる。降り注ぐ瓦礫から璃緒を守る様にセツナが覆い被さると、すぐにⅣがその上からふたりを庇う様に覆い被さった。

 

「(!Ⅳの野郎、璃緒とセツナを助けようとしてやがったのか)」

 

「っ、あっ...」

「くっ....」

 

璃緒は頭から血を流し意識を失っている。璃緒を庇い、セツナは左肩に痛々しい火傷をⅣは顔に切り傷を負っている。それぞれの怪我もかなり酷い、特にセツナは爪が食い込み血が滲むほど拳に力を入れてその痛みに耐えている。

目の前に広がる絶望的な光景に上手く呼吸が出来ない。言葉も出ない。脳が、理解することを放棄したいと訴えかけてくる。

 

 

「くっ、トロン!!俺はこんなこと、」

「Ⅳ!お願い、手を貸して!璃緒ちゃんを早く病院に、ここに居たらみんな死ぬ!」

「っち、クソ...」

「早く!!」

 

トロンがそこに居たのか虚空に向かって怒鳴るⅣにセツナが協力を求め、璃緒を抱えて歩き出す。

火の手から離れた安全な所まで来るとうっ、と璃緒から声が漏れた。

 

「!璃緒ちゃ、」

「凌牙.....」

「、っ」

「.....ごめんなさい、っ」

 

 

ふたりが必死で璃緒を抱えながら歩く中、璃緒がオレを呼ぶ声を聞いて苦しげに顔を背けるⅣと泣きそうに顔を歪めるセツナ。

その姿を最後に、また場面が変わる。

 

 

 

 

「........」

ガチャリ、セツナが部屋の中に入ってくる。ここはアイツの自室だろうか。事故に巻き込まれた後に治療を受けたのか、軽く羽織った上着から見える肩にはしっかりと包帯を巻かれている。

 

 

部屋の中は月明かりで辛うじて見える程度だが、慣れているのかセツナは直ぐに扉を閉め、大きな棚の前まで何かを引き摺りながら歩いていく。髪が顔にかかって表情は見えず、よく見ればその手には大きな段ボールを持っていた。

 

 

棚には数々の賞状やトロフィー、メダルが飾られていた。強さ、そして才能と努力を示すように誇らしげに飾られたそれらを片っ端から、容赦なく段ボールの中に投げ捨てていく。ガチャガチャと箱の中で雑多に犇き合う称号たちはまさかこんな扱いをされるとは思わなかっただろう。

 

「........」

最後に手に取ったのは金メダルだった。月明かりに光るそれをセツナはゆっくりとした動きで箱の中に入れようとするが、

 

「っ、」

手を離せば箱に入る筈だったメダルを、もう一度両手で包む様に持つ。右手の指先でそっとそれに触れたあと、メダルを胸に抱き締めながらその場に崩れ落ちた。

 

 

「どうしてこんな....、ごめんなさい、っ....ごめんなさ、っ.....」

 

 

震える肩と漏れる嗚咽、静かな闇の中に響く謝罪の言葉。

抱き締めていた金メダルがするりと彼女の手から抜け鈍い音を立てて床へと落ちた。

あのメダルはオレとセツナが初めてデュエルした大会のもの。あの日アイツに負けたオレは銀色のメダルを手に入れた。今も大切に家に保管してある。

 

月明かりに光る王者の証は涙で濡れ、嫌味なほどにキラキラと輝いていた。

 

 

「(っ、くそっ...!)」

ボロボロのアイツの姿を見るのがどうしようもなく苦しい。動け、...動けよ!オレは今すぐに、アイツのそばに行かなきゃならねぇんだよ!!

 

そう強く念じると身体にバチバチと赤い電流が迸る。痺れるような痛みが全身を駆け巡る。

こんな痛み、どうってことはねえ。強くなる痛みを無視して思い切り腕を振るとバチン、と大きな音を立てて身体が自由に動かせるようになる。一目散に駆け寄りその肩に触れようとするが自分の手はアイツの身体をすり抜け、触れられやしない。

 

「チッ、クソ...なんでだよ!....セツナ、聞いてくれ。お前は悪くない。何も、何一つお前のせいなんかじゃない」

「シャーク、お前....」

 

言葉も届くはずがない。暗く冷たい部屋の中で絶望に泣き続けるセツナを、オレは黙って見ていることしかできない。哀しみに歪む顔を見ると胸が張り裂けそうになる。頬を絶え間なく伝う涙を拭おうとも、やはり手はすり抜け触れる事は出来なかった。

歯痒さから強く拳を握るとまたトロンの声が聞こえた。

 

 

 

ーー「...キミ、本当に普通の人間?信じられないや。

まあ動けてもただの過去の映像だから、残念だけど触れられはしないんだけどね。

 

....ねえ、凌牙。キミはセツナがどうして自分の前から姿を消したのかずっと不思議だっただろう?

 

ナンバーズ・ハンターに身を堕としたあの子はとてもキミには会えなかった。自分がキミの憧れである事を彼女はよくわかっていたんだ。真実を知られてキミに軽蔑されるのはセツナにとって耐え難い苦痛だった。だからセツナは静かに、キミの前から姿を消したんだ。

 

でも、それだけじゃない。彼女は今も『自分のせいでキミ達兄妹が目をつけられ傷付けられた』そう思ってる。

ボクがそういう風にあの子に言ったからね。

でも.....フフ、本当は逆なんだよ。凌牙とセツナが仲良しなのを知ったのは、ボクがキミをDr.フェイカーへの刺客にしようと思った後の話。思わぬ副産物だったよ、アハハ!」

「トロン...テメェっ!!」

 

 

愉快だと笑うトロンに身体中の血が、煮え滾るように燃えている。目の前の悪魔を何としても、必ず地獄に送れと脳から命令が届いているのがわかる。

 

さて、そろそろデュエルに戻ろうか。

パチンとトロンが指を鳴らすと元のマグマフィールドへと戻った。

 

「....っ、ひっ...っ、セツナさ、っ」

「セツナが、アイツが今までどんな思いで...!トロン....お前の事は絶対許さねぇ...絶対に、絶対にだ!」

「キミに人の心が無いことはよくわかった。セツナが何故シャークに会えず、あれほど苦しんでいたのかも。...到底許す事はできない」

「.......」

 

 

遊馬のダチは涙が止まらず、遊馬は泣きながらもトロンへの怒りを露わにしている。

Ⅳは俯きながら片手で目を覆い表情が見えない。

 

 

「アハ、酷い言われようだなあ。みんな楽しんでくれると思ったのに...。でも全部元はDr.フェイカーが悪いんだよ?さて凌牙、キミは、」

 

「.....オレは、未だ嘗てこんなにも誰かの事を憎いと、この手で殺してやりたいと思った事はない」

「!凌牙、テメェ」

「シャーク....」

「その為なら、オレは...ぐ、っ!...これは、っ」

「ナンバーズだよ、シャーク・ドレイクがキミを求めてるんだ。呼び戻すんだよ、キミにはできる筈だ。

それにボク達に復讐を果たすだけじゃなく、セツナを止める為にもその力が必要なんじゃないかなあ。あの子の持つナンバーズはとっても強力だよ。

 

ーーそれと、あの子がそんなに大事なら早くナンバーズ狩りをやめさせた方がいいよ。セツナの身体、もうとっくに限界だ。本当に死んじゃうよ?」

「「!!」」

「テメェ、っ...があっ...くっ、」

「アハハ!ほら受け入れるんだよ、凌牙!そうすれば全て叶えられる!」

「、全て?」

「そう。キミの望む全て」

 

胸が酷く痛む。遠くで遊馬がオレを止める声が聞こえる。

 

「オレの望む、全て....」

Ⅳを倒し、トロンを倒し、復讐を成し遂げる....!

意識が水底に沈んでいく。深く暗い深海の中では遊馬の声はもう、聞こえない。

 

 

オレはあの日から、最愛の妹を傷つけられた日から自分の全てを復讐に捧げてきた。そしてオレの唯一と言える大切な女やつさえもコイツらのせいで深い傷を負った。身体にも、その心にも。

 

許す事など出来るわけがない、必ず成し遂げてみせる。復讐それを叶えられるのなら、例え悪魔にこの身を奪われようと構わない。何を対価にしてもオレは、望みを叶える為の力が欲しい。

 

 

「負ける訳にはいかない。オレは勝ち続ける、復讐を遂げ、大切なものを救う為に。

ーーその為の力を寄越せ、シャーク・ドレイク!」

 

 

そう言い目を見開くと、不思議と力が漲り何をすれば良いのかが頭に浮かぶ。

ディープ・スイーパーのモンスター効果で『異次元海溝』を破壊するとシャーク・ドレイクがフィールドに戻った。

 

「くっ、シャーク・ドレイクが戻ったからって攻撃力はたかが2800。3200のデスティニーレオは倒せねえ!」

「オレが新たな力を手に入れるのはここからだ」

「何っ!?」

 

「復讐を遂げる為、オレは全てを受け入れる!さあ、シャーク・ドレイクよ!オレの望みを受け入れ、進化せよ!!

 

ーーオレは、海咬龍シャーク・ドレイクをカオス・エクシーズ・チェンジ!!

現れろ、CNo.32海咬龍シャーク・ドレイク・バイス!!」

 

「シャーク・ドレイクがカオスナンバーズに!?」

「何故彼にカオスナンバーズを出す力が宿ったのだ...!?」

「良くやったね、凌牙。上出来だ」

「バカな...、何故奴が、」

「シャーク・ドレイク・バイスのモンスター効果発動!オーバーレイ・ユニットを1つ使い、墓地にあるシャークと名の付くモンスターを除外。除外するのはエアロ・シャーク!

そして、その攻撃力分の1900をデスティニーレオから奪い去る!」

「何っ!?」

「シャーク・ドレイク・バイス、デスティニーレオを攻撃!デプス・カオス・バイト!!」

 

 

シャーク・ドレイク・バイスから放たれた無数の攻撃がデスティニーレオを破壊する。激しい衝撃で大きく吹き飛ばされたⅣのLPは0となり、勝者を告げるブザーがなった。

 

「シャークが勝った...!」

「見事だったよ、凌牙。これでキミもボクの仲間だ!」

「違う!オレはお前を倒す為に新たな力を手に入れたんだ!オレとデュエルしろ、トロン!!」

「楽しみは取っておこうよ。まだ決勝に進む最後の一人が決まって無いし。フフフ、セツナと九十九遊馬、どっちが勝つか楽しみだなあ」

「っ黙れ!」

 

コイツからセツナの名前が出る事に虫唾が走る。殴りかかろうとするがよくわからない力に弾き飛ばされ、地面を転がる。

 

「九十九遊馬、キミのカッとビングが本気のセツナ相手に何処まで通用するか見ててあげる。...フフフフ、アハハハ!」

高笑いと共にトロンが消えるとマグマフィールドを見せていたARビジョンも解ける。身体を起こすと、すぐ近くにいるⅣから呻き声が聞こえた。

うつ伏せに倒れたまま、オレに向かって奴は話し出す。

 

 

「....凌牙、今までの事済まなかった」

「!?ふざけるな!何を今更、」

「オレにはトロンを止める事が出来なかった。

.....だからあの時もトロンに命じられるまま、お前の妹とデュエルをし、渡されたカードを使ってしまった。

そこまでするつもりはなかった。だが、オレは....お前の妹を傷つけてしまった」

 

「......」

「やっぱり...」

「...さっきトロンが見せてきたやつ。その中でⅣはセツナと一緒にシャークの妹を助けようとしてた」

 

 

コイツもまた、親トロンに利用され、復讐の道具として扱われた被害者。

何も言わず奴を見れば哀しみに満ちた、しかし憑き物が落ちた様な顔で言葉を紡いでいく。

 

 

「お前を罠に嵌め、そして傷つけた事。全てオレの責任だ。恨むならオレを、オレだけを恨め」

「...テメェが謝らなきゃならねぇ奴は、まだいるんじゃねぇのか」

「....そうだな、」

 

身体を起こし、ハッ、と嘲笑する様に笑った後Ⅳは顔を上へ向けた。まるで遥か空の上にある太陽でも見るかの様にコンクリートの天井を見つめている。

 

 

「......オレは、喜ばなきゃならなかった。トロンの息子として、Dr.フェイカーの娘のアイツが全て無くして地獄に堕ちてきたことを。酷い怪我を負わせ苦しめた事を。アイツの受けた悲しみと苦しみ、その全てを。だがオレは....」

 

 

そこまで言って言葉を区切ると、オレを見てまた哀しそうに笑う。

 

 

「トロンが驚いていた。落ちぶれたお前のケツをセツナが引っ叩きに行った事に。

苦しかっただろうよ、今の自分から遠く離れた真っ当なお前の憧れを演じ、自分のせいで傷つけた相手の希望でいる事は。

ただ、それでも...、どうにかしてアイツはお前を救いたかったんだろうな」

「........」

「アイツへの謝罪も償いも、必ずする。許されるとは思ってねぇ。自分の意思で無かったとはいえ、オレはそれだけの事をしたんだ、わかってるさ」

「Ⅳ、お前....」

 

「なぁ凌牙、お前に頼みがある。トロンを、父を救って欲しい。本当はあんな人じゃないんだ...、お前ならきっと父さんを...。

そして伝えて欲しい、待っていると。兄と弟と共に、貴方の帰りをいつまでも....待っていると...」

 

 

そう言い残し、Ⅳは姿を消した。その姿を見送ると自分のコースターの方に向かって歩き出す。

 

「シャーク、待てよシャーク!Ⅳは、いやⅣだけじゃねぇ、VもIIIもトロンの犠牲者なんだ!だから、」

「奴が言った事、そしてトロンの見せたあの幻が真実なら、オレはこの手でトロンを叩き潰すのみ。それを邪魔するなら遊馬、お前にも容赦しない」

「シャーク、」

「セツナを止めるのもオレだ。お前は余計な事をするな」

 

 

そう言い残し、コースターに乗り込むと用の無くなったその場を後にした。

 

 

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