ーーソイツは稲妻の様に眩く鮮烈に、オレの心を焼き焦がした女。
「君が神代凌牙くんね。この大会に私と歳の近いデュエルの上手い子が出てるって聞いて当たるの楽しみにしてたの」
決勝まで勝ち上がってくるんじゃないかなと思ってた、良いデュエルにしようね。そう勝気に微笑むその女のことを俺はよく知っていた。
この女の名は天城セツナ。歳は俺と二つしか違わねえが、ここ最近あのサイバー流の正当後継者となった女として常にデュエリスト達の話題の中心にいた。勿論デュエルの腕は超一流で、デュエリストの間じゃ油断すれば1ターンキルでこっちを沈めてくる『機械族の女王』なんて呼ばれて恐れられている。
大人のみならずプロですら彼女と戦うことを避ける者がいるというが、正直映像で見ていた姿からはとてもそんな実力者には見えなかった。ふにゃふにゃよく笑う弱そうな女。しかし、実際に会ってみてよく分かる。こちらを射抜く薄い灰色の瞳からは確かに強者特有の余裕と他者を圧倒するオーラが滲み出ていた。
思わず口角が上がる。相手にとって不足はねぇ。鮫は狙った獲物は逃さない、骨まで噛み砕いてやる。
「ハッ、その上から目線の物言いイラッとくるぜ!その伸びた鼻っ柱オレが粉々にへし折ってやる」
「あら強気だね。いつまで私にそんな口きけるか楽しみだな」
『デュエル!!』
ふたり同時に開始の宣言をする。超満員の観客が割れんばかりの歓声にこれから始まる試合への期待を乗せた。
♯
「くそ…、」
何とか喰らいついたものの正直完敗だった。試合展開の読みや運び方、魔法・罠カードを使用するタイミング、モンスター効果への理解、デュエルを構成する全ての要素で俺があの女に劣っていた。
自分の力の至らなさに腹が立つ。悔しさから唇を噛みしめていると向こう側からたった今俺を打ち負かし、また優勝をかっさらっていった女が目の前まで歩いてくるところだ。あれだけ大口を叩いておきながらこのざまとはきっと手酷く罵られるのだろうと覚悟していると、目の前に握手を求められるかのように手が差し出された。
「ねえ!正直もっと楽に勝てちゃうと思ってたんだけど、びっくりしちゃった!本当に強いなキミ!!
火力が出にくいって言われてる水属性中心のデッキを使うデュエリストでここまで上手に試合運びする人初めて見たよ!魔法マジックと罠トラップカードの使い方が上手だし、デッキの完成度もすっごく高いね...何参考にしてるか知りたい...。
ていうか、私は苦手なんだけどエースモンスターに頼り切りにならない戦い方とっても参考になるし純粋に脅威なんだよね.....、その辺普通に私より上手いし悔しい......、もっと頑張らなくちゃ」
少し興奮しながら笑ったり悔しがったりコロコロと表情を変えつつにこちらに話しかけてくるその女に呆気に取られる。罵られるどころかまさかのべた褒めだ。これ程の強者に自分の力を認められるのは純粋に嬉しい反面むず痒い。矢継ぎ早に話される言葉の意味を遅れて理解すると頬に熱が帯びるのを感じた。
「ばっ、かじゃねえのか!今負かした奴褒めるなんざなめてんのかよ!おかしいだろお前!」
「え?そう?でも事実を言ってるだけだし...、今回は私が勝ったけど次やるときが楽しみだね!」
「…次?」
「あれ、もう私とはデュエルしない感じ?」
あ、そっかあ。そりゃあ完敗だったもんねえ?もう私にデュエル挑むのは諦めちゃうかーと茶化すように笑われるとカッと頭が熱くなった。
「ふざけんな!この俺が、負けたまま終われる訳がねえ!次は絶対に俺が勝つ。覚悟しておけよ...、セツナ!」
「そうそう、そう来なくちゃ。次はもっと楽しみにしてるね、ーー凌牙くん」
差し出された手を強く握り返す。観客の大きな拍手と共にオレたちの初めてのデュエルはオレの敗北する形で幕を下ろした。
♯
次に出会ったのは別の大会の会場だった。
応援に来ていた筈の妹と連絡が取れず、探し回っていた時に黒山の人だかりが出来ているのを見つけた。
嫌な予感がすると野次馬を掻き分けていくと中央にいたのは妹と、先ほど自分が負かした男がデュエルをしている。妹は大分追い込まれている。
周りの話を聞くと妹に因縁をつけてきた男がデュエルを申し込んだ様だ。璃緒も普通ならそんな安い挑発に乗ることはないが、オレの事を馬鹿にしたような物言いに頭に来たらしい。アイツは璃緒がオレの妹だと知った上でオレに負けた鬱憤を妹に勝つ事で晴らそうとしているようだ。何とも「小さい」男だが、一回り以上下のオレにボコボコにやられたとなるとフラストレーションも溜まるだろう。
更に頂けないのは負けた方のデッキを相手に差し出すというアンティールールで戦っている事だ。
「ふははは!もうテメェのライフは残り500だ!大人しくサレンダーしな!テメェのデッキは俺のもんだ」
「煩い!サレンダーなんてするくらいなら、デュエリストなんて辞めてやるわ!」
「このクソガキが...、いいぜ俺が勝ったらお前のデッキ一枚ずつ目の前で破り捨ててやるからよお」
「くっ...」
璃緒の顔が悔しげに歪む。相手のライフは無傷に近い。この状況から今のアイツの力で巻き返すのは些か難しいだろう。
あの男、性格や態度はかなり悪いがデュエルの腕は確かだった。周りも助けに入りたいが返り討ちに合うのが怖い様で皆心配そうに様子を見守るだけだ。
いよいよ助けに入ろうと声を上げようとした瞬間、僅かに早く別の声が割って入った。
「可愛い女の子に、ちょっと意地悪が過ぎるんじゃない?お兄さん」
カツカツとヒールを鳴らしながら璃緒の元に歩み寄るのはあの日オレが負けた女、セツナだった。
「!貴女は、」
「おいおい、邪魔すんじゃねぇよ。『機械族の女王』様が何の用だぁ」
「別に?偶々試合を見に来たら人だかりが出来てるから面白そうなデュエルでもしてるのかなあ、って思って見てみたら胸糞悪い光景が見えたからぶっ壊してやろうかなって思っただけ」
「ハッ、正義のヒーロー気取りかよ。悪いが横槍は、」
「アンティールールで戦ってるんでしょ?ーー確か貴方も機械族の使い手だったよね」
ならこのカード、喉から手が出るほど欲しいんじゃない?
そう言いながらセツナが取り出したのは魔法カード「パワーボンド」。機械族専用の強力な融合カードで、彼女が代名詞「サイバー・エンド・ドラゴン」を召喚する際によく使用するカードだが、かなりのレアカードで普通に手に入れようとしても中々手に入らず、出回るものはかなりの値で取引されると言う。
「それは!!」
「このデュエル、このまま私が引き継ぐわ。その代わり私が負ければ彼女のデッキと一緒に、このカードも貴方にあげる」
それでどう?と笑う彼女にニヤリと嫌な笑みを浮かべて男が了承の返事を返す。
「いいぜ、...但しそのクソガキのデッキをそのままアンタには使ってもらう!」
「!私のデッキを」
「そうきたか、」
「普通にやったってアンタには勝てねえからなあ、どうだ?撤回するなら」
「いいよ」
「!?ちょ、ちょっと」
「ごめんね、ちょっとだけ借りるけど。あ、その間私のデッキ持っててくれる?」
「え、でも....」
「お兄さん!準備するのにちょっと時間頂戴ねー!」
パワーボンドを戻した自身のデッキを璃緒に渡すと、代わりにするりと璃緒のデッキと手札を奪っていく。
おろおろと目の前の展開に着いていけない璃緒に男に聞こえない声量で声をかける。
「アイツさ、出会う度に絡んできて正直ウザかったんだよね。プレイングも相手へのリスペクトが無くて大っ嫌い。だから丁度良かった」
お灸を据えさせるタイミングをくれてありがとう、もう大丈夫よ。と璃緒の頭を撫でるとあいつは半泣きになって俯いた。その後デッキ構成を二、三点確認すると璃緒に少し下がっている様声を掛けた。
「はっ、覚悟はできたかよ」
「それはこっちの台詞だよ。ーー今日は機械族改め、水属性...いいえ、氷の女王としてお相手するわ」
懺悔の準備は出来てるかしら?と不敵に笑う彼女に相手の顳顬に青筋が立つ。
「上等だ、舐めやがってこのクソアマが!」
『デュエル!!』
そこからのデュエルは圧巻だった。
璃緒が使っていたものと同じデッキのはずなのに、これまでの防戦一方が嘘の様に相手に的確にダメージを与えて、自身への攻撃を華麗にかわしていく。
璃緒のデッキはオレが組んだようなものだが、オレが想定した試合運びの仕方をここまで上手くできるとは恐れ入る。いつも使用していないテーマのデッキをいきなり使用してここまでのプレイングが出来る能力はやはり流石という他無い。不安気に様子を見守っていた周りもいつの間にか目の前のデュエルを楽しんでいるようだった。
「さあ、仕上げといこうか。私はレベル4のオーロラウイングとブリザード・ファルコンの2体でオーバーレイ・ネットワークを構築!エクシーズ召喚!舞い降りよ、零鳥獣シルフィーネ!!」
いやあ美しいねえ、宜しくシルフィーネ。とセツナは現れたシルフィーネににこにこと笑いかけている。
今日全く召喚できなかった璃緒のエースモンスターがセツナの頭上に舞い降りると周りからも歓声が巻き起こった。
「私はオーバーレイ・ユニットを一つ使用して次の自分のターンまで、このカード以外の表側表示のカード効果を無効とする。そして無効にしたカード一枚につき300ポイント相手モンスターの攻撃力を下げる。パーフェクト・フリーズ!」
「俺のモンスターが!」
「ああ、このカードも使おうか。魔法カード『絶対零度』発動!オーバーレイ・ユニットのないモンスターの攻撃力をゼロにするよ」
「な、何だと!?」
「この時期に白銀の世界とは中々風流じゃない?
ーーさあ、相手に止めを刺しなさいシルフィーネ!アイス・レイ!」
「くっ、ぐああああ!」
シルフィーネから放たれる無数の氷の槍が凍りついた相手のモンスターに突き刺さる。破壊されたモンスターの衝撃で男が吹き飛ぶのと同時にLPが0になった。
勝敗がつくや否や、セツナはつかつかと負けた男の所へ向かうと尻餅をついて悔しそうに顔を歪めている男の胸ぐらを少し腰が浮くほど強く掴んで無理矢理目線を合わせた。
「これに懲りたら弱い者をいたぶるような真似は止めろ。アンティールールだなんてクズのやる事もね。
.....もし次に私がまた見かけたら、」
どうなるか、わかるよね?と背筋の凍るような視線とドスの聞いた声で威圧するとひっ、と小さく男が悲鳴を上げた。掴んだ胸ぐらを突き放すと少しだけ腰が浮いていた男がもう一度尻餅をつく。
「消えろ。もう二度とみっともない真似はするな」
その言葉を聞くと男ははい、と尻尾を巻いて逃げていく。はぁ、とセツナが息を吐くと同時に周りから歓声が上がった。その歓声に苦笑いしながらおしまいだよー、散った散った、と声を掛けると人だかりは徐々に少なくなっていく。
そのままセツナは璃緒の元へ戻るとデッキを返していた。
「成り行きとはいえ、いきなりデッキ借りちゃってごめんね。ありがとう」
「い、いえ....私の方も、あの...助けて頂き、」
「あ、そこは反省ね!いくらお兄さんのこと悪く言われたとしても危ない事に首突っ込んじゃダメ!」
「え、ええ...でも...」
「でもも何もないの!貴女が危険な目に遭ったら一番悲しむのはお兄さんだよ!」
その辺しっかりね、と厳しく念押しされ璃緒も気圧された様に頷いていた。
「その返事忘れんじゃねぇぞ、璃緒」
「凌牙!」
「お、やっと来たかお兄ちゃん」
「全くお前は...っ、何しやがる!」
「監督不行届だよ、可愛い妹ほっぽってどこ行ってたの?」
ふたりに合流するといきなり強めのデコピンを喰らう。思わず額を抑えるとぷりぷり怒ったセツナからの説教がこちらにも飛んできた。
「助けに入ろうとしたらオレより先にお前が割って入ったんだろうが...」
「あ、そうだったの?」
じゃあ余計なことしちゃったかな、と苦笑いするセツナに溜息を吐く。
「まあいい。.....それにしても、初見の、しかも他人のデッキであそこから捲るなんざ流石だな。璃緒のデッキはオレが組んだみてえなもんだが、想定してた理想の回し方そのままだ」
「あら本当?最近話題の『水属性の貴公子』にお褒め頂けるなんて光栄だわ」
彼女のデュエル、実は最初から見てたけどデッキ構成には貴方が関わってそうだなと思ったんだよね、当たりだったなと口角を上げる。
「まさかデッキを引き継いでデュエルするとは思わななったけど、見てた感じ上手く回せれば大抵の奴には負けないだろうなーって思って調子に乗って引き受けちゃった。いやあ、ほんと負けなくてよかったー」
「.....アンタも大概無鉄砲だろ」
「あはは、割とよく言われる」
今度は能天気そうにカラカラと笑った後、あ、そうだとくるりと璃緒に向いた。
「序盤の試合運び自体は悪くなかったよ、ただ3ターン目で相手のモンスター効果食らったのが痛かったね。個人的にはあそこで上手く切り返せれば流れを持って来れたかな。あのモンスター、機械族だけど割とデッキ採用率高いから覚えとくといいかも。あとこのデッキはシルフィーネエースモンスターの攻撃力が高いわけじゃ無いから、魔法やら罠やらを上手く使う様にしないとちょっと火力が足らないかも...、その辺はお兄さんが凄く上手だから見本にするといいね。あと、何枚か差し替えた方が回しやすそうなカードもあるけど...まあ好みの範囲だしそれはいっか!」
あとは冷静に試合に臨めれば120点、今後の頑張り次第できっとこのデッキ、もっとずっと上手く使いこなせる様になるよ。
頑張ってね、と言うとぽんぽんと璃緒の肩を叩いた。
当の本人は目を見開いてぽかんとしたまま固まっている。
「じゃ、私はこれで。また大会で会おうね」
「ああ。....今日は助かった、礼を言う」
「気にしないで。ただのお節介だからさ」
じゃあねーと、去って行こうとするセツナの手を今まで放心状態だった璃緒が掴んだ。
「あっ、あの!」
「?」
「私、頑張るから...もっともっと練習して凌牙に負けない位強くなるから!だから、」
次に会った時私とデュエルしてくれますか、と緊張した顔でセツナに問いかける。今度は一瞬セツナがぽかんとした顔した後、優しく微笑んだ。
「勿論!いつでも大歓迎!貴女はお兄さんと同じで筋が良さそうだから手強い相手になりそうだなあ。.....楽しみにしてるね、リオちゃん」
セツナはそう言うとじゃあまた、と颯爽と去っていった。
「....凌牙があの人に憧れてる理由がわかったわ」
「、別に憧れてねぇよ」
「カッコいい女ひとね、セツナさん」
「.....まあな」
♯
セツナが璃緒のデュエルに助太刀に入った日以降、大会で会えばオレも璃緒も他愛もない話す様になり、時間があればデュエルしたりするようになった。
オレもこの界隈ではそこそこ有名だが、セツナはもうすぐ始まる全国大会の優勝候補筆頭とまで言われており、もしかすればそのあとに控えている極東アジア、世界ワールドにも手が届くかもと噂されている。
会う度に強さが増していく。追いかけているのに差は広がるばかりだ。
いつしかオレの中で『天城セツナ』というデュエリストの存在は他に代わりのない、目標の一つとして確固たる地位を築いていた。
「ーーはい、これでランページの3回攻撃が通って私の勝ち」
「っち…、やっぱ強ぇな」
「まだまだ負けませんよ。でもそっちもまた腕を上げたね」
もうそろそろ本当にやばいかも、とおどけて笑う彼女は何週間か会わない間に少し大人びた気がする。
今日は比較的小さな大会に出ていた。年齢別の階級制の為お互い当たらず、それぞれに優勝して幕を閉じたが上手くデッキ調整がいかない部分があったのと個人的に物足りなさを感じて、デュエルを申し込んで調整用に用意された控室の一角を使用していた。流石にいつも通りARビジョンを展開すれば備品を壊す可能性があり、卓上でのデュエルだったがまあ仕方がない。カードをデッキケースへ戻しながらちらりと彼女を盗み見るが彼女もこちらを見ていたようで目が合う。ニコ、と笑いかけられると何だか悪い事をしたようで思わず目をそらした。
真っ直ぐ胸元まで伸びた細い銀髪と長い睫毛に縁取られた色素の薄い灰色の瞳。透けるように白い肌と赤い唇から溢れる女にしては少し低めの落ち着いた声。
初めて会った時から思ってはいたが、こいつ恐ろしく面がいい。
笑うと年相応に見えるが、元がどちらかというと綺麗な顔立ちをしている為に映像や大会の彼女の姿しか知らない人間にはもしかしたら少しクールな印象を与えているかもしれない。
.....まあ実際話すと、デュエルに関しては実力に裏打ちされた自信からくる気の強さのようなものは感じてもそれ以外は至って普通、というか寧ろよく笑うわ抜けている所が多いわでクールとはかなり程遠くこちらが心配になるようなところも多い。
ふとこの前テレビ番組のデュエリスト特集で彼女を観たのを思い出す。璃緒が騒いでいて何かと思えばアマチュア選手のセツナが取り上げられていて驚いた。
この世界は年齢や性別など関係なく基本的には実力主義だ。必要以上に容姿について言及するのはどうなんだとも思うが、実力もさることながらその辺の芸能人よりもよっぽど顔で食っていけるようなポテンシャルをもった彼女をメディアが騒ぎ立てるのも頷けるなと内心納得してしまったのを覚えている。
変な事を思い出しちまった、と考えていた事を誤魔化す様に声を掛ける。
「…なあ」
「なあに?」
「アンタ、何でそんなに強いんだよ。何が原動力で、そんなに強くいられんだ」
「......原動力、かあ」
んん、どうやって答えたらいいんだろうな、と少し困った様に首を傾げている。頬杖をつく彼女の右手薬指には銀色の指輪が光っていた。最初に大会で当たった時からこの指輪はしていたが、......まさか恋人がいるのだろうか。
見た目もいい、性格も悪くねえ、デュエルも強いと来れば引くて数多、何らおかしくはないが....。
途端にムカムカと嫌な気持ちが胸一杯に広がる。
「(いや別に、.....いても構わねぇだろ)」
自分と彼女はたまに大会で出会ってデュエルするだけの関係。精々友人、良くてライバルと呼べるくらいの存在だ。
オレの方は向こうにひとりのデュエリストとして「憧れ」を抱いているが、向こうからしたらちょっとデュエルが強いだけの歳下の男ってだけで特別な感情は無いだろう。
ーーいや、それどころか普段の態度を見ている限り弟みたいなもんに思われてる可能性が高い。
は?弟じゃねぇよ。ふざけんなと勝手に自問自答しては更にムカムカと嫌な気持ちが広がった。苛立つ気持ちを抑えセツナの返答を待っていると廊下からバタバタとこちらへ向かってくる足音が近づいてくる。
「ちょっと凌牙!さっきのデュエル少し詰めが甘いんじゃなくて!」
バン!と大きな音を立てながら控室の扉が力強く開いた。その勢いのままむくれっ面の璃緒がこちらに向かって歩いてくる。
「そんなだから何時迄も....、ってセツナちゃん!ここに居たのね!」
「そうなのー、久しぶり璃緒ちゃん。今日もかわいいねえ」
オレに向かってくるかと思った璃緒はセツナに気付くとこちらへの興味が失せたかのようにセツナの隣へ向かった。
あの助太刀試合以降、会う度によく話す様になったこのふたりの仲はどんどん縮まり、今ではセツナはオレよりも璃緒と話している時間の方が長い。
璃緒は優しく穏やかなセツナによく懐いており、セツナも歳下の璃緒の事をよく可愛がっている。一緒にいるところを見ると友人というよりは仲の良い姉妹の様に見えた。
「本当?うふふ、嬉しいわ。今回の大会も絶好調でしたわね!...あら凌牙、もしかしてまたセツナちゃんに負けたの?最近の凌牙はその辺のデュエリストには負けないのに、毎回ぼろ雑巾みたいにするのはやっぱりセツナちゃんくらいだわ」
「あ?おい誰がぼろ雑巾だって?」
「いやあ、それ程でもあるかもー」
「ほお、言うじゃねえか…。おらデッキ出せよ、セツナ。もう一度勝負だ」
「あ、やっぱりデュエルしてたのね!凌牙ばっかりズルい!次は私とやりましょセツナちゃん」
「お前がセツナの相手になるわけねえだろ、下手くそは引っ込んでな」
「何ですって!凌牙こそセツナちゃんに何回挑んでも勝てないくせに図々しいわよ!」
「さっきから兄に向かってなんて口ききやがる。いいぜ璃緒、お前から叩き潰してやるよ」
「言ったわね、今日こそ返り討ちにしてあげるわ!」
「ふふ…、あははは!本当にふたりは仲良しだなあ」
双子の兄妹ってみんなこんな感じなのかなあ、距離が近くていいよねとにこにこ笑いながら見守っているセツナにオレも璃緒も毒気が抜かれる。
「もう、笑いすぎよ」
「そんなに面白くねえだろ」
「そんなことないよ?ふたりをみてると兄妹っていいなあって凄く思うもん」
話す声色は優しいのに、瞳は此処でない何処か遠くを見つめていて、その奥は少しだけ悲しげな色をしている様で何だか気になった。
璃緒も気になったのかおそるおそる問いかける。
「あの....セツナちゃんはその、ご兄弟とか....」
「いるよ?ああ、話したことなかったかな」
会えば大体デュエルしかしてないもんね、私達。と笑う彼女は続ける。
「私は三人兄弟の真ん中なの。二歳上の兄と、十個離れた弟がいるよ」
「結構離れてんな」
「そうだね。...ママは弟を産んですぐ死んじゃった。弟も少し、身体が弱くてね。兄とふたりでどうにか育ててきたの」
だから姉っていうよりも母親に近いのかもなあ、と薬指の指輪を左手で撫でながら言う。
「その、指輪って....」
「ママの形見なの。亡くなる前に私が譲り受けてね。何だか力がもらえる気がして、基本的にいつも身につけてるんだけど、」
この指にしか上手く入らなくて偶に誤解されるんだよね、と苦笑しなから指輪の嵌められた右手を此方にみせる。細くて白い指に嵌められた銀色の指輪は年季は入っているが、シンプルなデザインでかなり質の良さそうな品だった。気になっていた点が解決したは良いが、まさか母親の形見だったとは複雑な心境になる。
「あの、お父様は…」
「ああ、父はね....割と有名な研究者なんだけど、もうずっと引きこもったままで今何してるかも知らないの」
変だよね、家族なのに。そう言うセツナは悲しげに遠くを見つめていた。
知らなかった。いつも大輪の花の様に笑うこいつにそんな事情があったなんて。
一見すると話しかけるのも躊躇するほど美しく、恐ろしいほどにデュエルの強い女。苦労や弱さ、隙なんて微塵もなさそうに見えるその裏側でこんなにも歪な家庭環境に身を置いていたとは。
それにしても、未成年の兄と姉きょうだいに病弱な弟の世話を任せ自分はよくわからぬ研究にかかりきりとは随分といい身分ではないか。
見た事もあった事もない他人の父親ながら大分、いやかなりイラッとくる。
「....その父親、オレが部屋から引きずり出してやろうか」
「凌牙くん本当にやってくれそうで怖いなあ。でも大丈夫だよ、兄さんがいてくれるから」
「セツナちゃんのお兄様...、どんな方なのかしら」
「兄さんはちょっと無愛想だけど、すっごく頭が良くて、いつも私と弟を助けてくれるんだ」
とても頼りになるの、兄さんがいてくれるからうちはどうにかなってる。そう語る表情からは深い親愛が見てとれた。両親が不在の中でも兄と姉が信頼し、協力出来ているからこの家族はどうにか保っているのだろう。
「でも...やはり、大変では...」
「おい、璃緒」
「いいんだよ。....そうだね。本当は少しだけ、しんどい時もある。でもそんな時はね、弟が掛けてくれた言葉を思い出すの。姉さん凄いね、もっと姉さんがデュエルで勝ってる姿が見たいって。私は父さんや兄さんと違って天才的な頭脳なんかないし、デュエルでしか弟を喜ばせてあげられないから、」
そこまで言うとオレに視線を向ける。
「だから、きっと私の原動力はこれ。弟の為に勝ち続ける。勿論自分のためでもあるけど、弟の為なら何だって頑張れるの、私」
だから次の全国も優勝しちゃうし、極東アジアも獲るし、何ならそのまま世界チャンピオンになっちゃうからとニヤリと笑いながらオレを挑発してくる。
「....悪いが、そう簡単にチャンピオンにさせる訳にはいかないんでな。オレが代わりにチャンピオンになってお前の弟に会いに行ってやるよ」
「まあ、可愛くない。絶対負けないからね」
「望むところだ」
「もー!ふたりばっかり狡い!私だってすぐに同じ土俵に上がってやるわ!」
「それは楽しみだなあ」
「何年かかるか賭けるか」
失礼な事言わないで!とオレを殴る璃緒を宥める。
それを見ながらにこにこ笑うセツナが口を開いた。
「いつか、私の弟や兄さんとふたりが会う日が来るといいなあ」
その時はみんなでデュエルしようね。そういうセツナはさっきの悲しげな表情ではなく、いつも通り大輪の花のような笑顔だった。
「(ずっと、その笑顔かおでいてくれ)」
ひと時も曇る事なく、その笑顔をオレに見せていて欲しい。その感情に名前を付けると何になるのか、まだわからないふりをしていようと思った。
♯
大事な大会の途中でセツナが見当たらなくなった。また試合まで時間はあるが見かけたら声をかけて欲しいと大会運営スタッフから告げられた。
目ぼしいところを虱潰しに探すと誰も居ない控室の片隅で電気もつけずぼーっと遠くを見ている彼女を見つけた。声をかけると取り繕うように明るく話し出す。
「弟の、調子が悪くて。ちょっと兄さんとも喧嘩しちゃって」
大丈夫、ごめんね本当気にしなくていいから。
今にも泣きそうな顔で、足早に立ち去ろうとする彼女の腕を掴んで引き止める。
「大丈夫なわけねぇだろ、その面で。...何も聞かねえから側には居させてくれ」
そう言うと猫のような目を大きく見開いた後、俯いてその場に立ち尽くす。促した訳でないのにぽつりぽつりと、小さく呟くようにセツナが話し出した。
弟の調子がこれまで以上に悪い事、戻ってきたとてできる事は何もない事、そもそも戻って来ることを好ましく思われていないこと.....
「私だけ、こんな所で楽しくデュエルなんかしてていいのかな....」
彼女からこれまで聞いたこともない弱音が、力なく吐き出される。
セツナの家の事情などわかるはずもない。が、兄の気持ちはわからなくもない。
不自由さを極力妹には味合わせたくない、可能な限り好きなことをさせてやりたい。弟の為に、というのはその通りだろうが、それだけでここまで強くなれるわけがない。才能だけでも不可能だろう。彼女の努力とデュエルへの強い思いが今の彼女を形作ったのだ。
「(今のオレが、コイツにしてやれること)」
そんなものは、何もない。ただコイツがここでひとり悲しみに打ちひしがれているのを見ているのは、辛い。何が正解かなんてわからないがせめてもう一度、立ち上がれるような言葉でもかけてやれれば.....
少し、いや大分迷って俯いたセツナの頭にそっと掌をのせて撫でる。微かに彼女の肩が跳ねるが、抵抗することはなかった。表情は見えない。
指先に触れるサラサラとした髪の感触にどきりと胸が音を立てた。
「オレは、何もしてやれない。ただわかるのはお前がここで折れて立ち止まるような奴じゃないって事だけだ。.....お前の本気に、想いに、弟が応えないわけがねぇ」
大丈夫だ。勝ち続けるんだろ、しっかりしろ。
そう言うと俯いていた顔がゆっくりと上がる。灰色の瞳が真っ直ぐこちらを射抜いた後、緩く笑みを浮かべる。
「そうね、....そうだよね」
そう呟いた後、オレの左肩辺りに額をつけるように寄り掛かった。
「!」
「ごめん....、ちょっとだけだから」
「......心配ねぇよ、お前の弟なら」
「.....うん」
落ち着く様に、少しでも安心する様に右手でまた頭を撫でた。ぐりぐりと甘えるように額を擦り付けてくる彼女を思わず抱きしめそうになったが、寸前で理性が勝った。
その後何事もなかったかの様に大会に参加し、オレまで倒して見事に優勝したセツナの元に兄から連絡が入った。
「ハルトの、弟の容体が落ち着いたって!もう大丈夫だろうって!」
よかった....、本当にありがとう。そうほっとした表情で礼を言う彼女に別にオレは何もしてねぇよと告げつつ、良かったなと返す。
「ちっ、敵に塩を送っちまったな。だが、次は負けねぇ」
「ふふ、何度立ち向かってきても私が返り討ちにしてあげる」
何度でもね、と調子が戻ったセツナはにやりと笑う。言ってろ、今に吠え面かかせてやるぜと言いつつ軽くデコピンをお見舞いすると大袈裟に痛がる素振りを見せるので面白い。見ていて飽きないというのはこういう事を言うのかもしれない。
「痛いんですけど!プレイヤーへの物理的ダイレクトアタックはレギュレーション違反です!」
「前にお前にやられたからな、その仕返しだ」
ザマーミロと笑うとぐっ、と歯軋りにながら悔しそうな顔をした後に此方にやり返そうとして来るのを軽くあしらう。不服そうな顔をした後に目を見合わせると何だか面白くなってふたりで軽く吹き出すように笑った。
その後セツナは有言実行を果たし、世界の頂点まで一気に駆け上がった。
世界大会のチャンピオンインタビューで流暢な英語で兄弟への感謝と倒したデュエリストへのリスペクトを語る彼女の姿は遠く、知らない人間の様に感じた。
追いつかなくては。いや追い越すくらいの勢いでないとアイツには勝てない。彼女から違う話題に移ったテレビを消すと気合を入れ直した。
だが世界王者となった彼女は出る大会を絞り、プレイヤーというよりかはアンバサダーの役目を果たしていて、これまで簡単に会えていたのが嘘の様に全くと言っていいほど会えなくなってしまった。会えても一瞬話する程度でデュエルする事もままならない。
そんな事をしているうちに季節はあっという間にまた巡る。
「久しぶり。ちょっと背伸びたね」
全国大会の会場を下見していれば突然声をかけられた。振り返るとセツナがこっちを見ながら手を振っている。首からはguestと記された許可証が下げられている。
「....まさかここに居るとは思わなかったな」
「私も!会えるとは思わなかったー、後ろ姿見て絶対そうだなって声かけちゃった」
「そうかよ。....そっちは高みの見物か」
「まあね。今回は前年度の成績考慮で極東アジア大会からの出場なので。でも、一緒に極東アジアで戦う人の事はしっかり見ておきたいじゃない?」
だから運営にお願いして見学できる様にしてもらったの。と、にっと笑う。
立ち話も何だからとメイン会場の観客席にふたり並んで腰を下ろす。遠くで作業する人間が見えるが周りに人はいない。今日は大会開催前日という事で一般客はおらず、この会場に入れるのは大会運営関係者と許可された一部の報道陣やゲスト、そして大会出場者のみだ。
「改めて、全国大会出場おめでとう」
「…アンタにそう言われるのは嫌味に聞こえんな」
「はー?ほんと、可愛くないんだから。他意はないんだから素直にありがとうって言いなさいよ」
全く、と呆れ顔で口にするセツナに礼を述べるとニヤリとこちらを試すように笑った。
「今大会の優勝候補と目されている神代凌牙選手ですが、意気込みの程は如何でしょう」
「なんだいきなり…」
「いいからいいから」
「…全員ぶっ潰してすぐアンタに追いついてやるよ」
「まあ、口が悪い。Ⅳみたいに紳士的なキャラの方が人気出るよ」
「別に人気なんかに興味ねえよ。大体あいつ猫かぶってるだけじゃねえか、しかもすぐ剥がれる」
「それね、なんであれでみんな騙されてんのか不思議だよなあ」
Ⅳはオレと同じく今大会の優勝候補と目されているデュエリストで、いろいろな大会で出会う内に話すようになった。セツナもそうらしい。表向きは紳士的な態度で人気があるが割とすぐ熱くなって素が出てくるのは面白い。
最近は大会で被ることもなく会うのは久しぶりだが、今回一番の強敵となるのは奴で間違いないだろう。
くすくすと笑っているセツナにむかって、もう一度同じ台詞を言う。
「…まだアンタの眼中にも入ってねえだろうが、オレは本気だ」
「ん?何が?」
「ーーオレは必ず、アンタの所まで辿り着く。だからその時まで誰にも負けんな。そのアンタを、オレが必ず倒してやる!」
「.....へえ、面白い。その言葉忘れないでよね」
自分の拳を彼女へ向かって突き出す。一瞬きょとんとした顔をした後にいつもデュエルをするときのような勝気な笑顔に変わると、
オレの拳に小さく白い拳がこつん、とぶつけられた。
彼女を見ていると胸の中にじんわりと温かさが広がっていく。話すことが出来ればうれしい、悲しげな表情をしていればその原因をひとつ残らず取り去ってやりたい。…出来るなら、その笑顔をオレだけに向けてほしい。
「(今はまだ、言えなくても)」
この先彼女に追いついて、いや追い越す日が来たならば、その時はこの気持ちを言葉にして伝えてもいいだろうか。
「待ってるから、貴方が私のところに辿り着く日を」
「望むところだ。精々極東大会へ向けて準備しとくんだな」
そう話して、じゃあまたと別れた。
「ーーへえ、神代凌牙、ね。やっぱり最高の手駒になってくれそうだ。ねえ、Ⅳ?」
「……」
その時オレはまだ、この後自分に降りかかる出来事など、知る由もなかった。