「....うそ、どうして、」
「!?ハルト.....、お前....」
「ハルト!?」
「ハルト、何故キミがここに....」
「あれが、ハルト...」
紅い光は消え、水色の髪をした子どもは閉じていた目をゆっくりと開ける。大きな金色の瞳が真っ直ぐにセツナを射抜いている。
「.....この子が、呼んでくれたんだ。ボクの事を。姉さんを助けて欲しいって」
「何を、言って...」
「もういいんだ。もうやめてよ、姉さん。これ以上は死んじゃうよ」
「!死なないわ、大丈夫。姉さんはまだ、」
「....姉さんも兄さんも、ずっとずっと無理をしてる。ボクの為だ」
「違う...、違う!そんな事ない、無理なんてしてない!!ここで何もしないで貴方を失う方がずっと、ずっと怖いの!私も兄さんもその為なら何だってできるわ!!」
弟に駆け寄り、両腕を掴みながら縋るように膝をついたセツナは必死にその言葉を否定している。
ハルトは優しい顔をしながら穏やかに姉を窘める。その顔はオレのよく知るセツナによく似ていた。
「ねぇ、姉さん。ふたりでデュエルのお話したの、覚えてる?姉さんが教えてくれた強さのひみつ。モンスター達と『仲良し』になること。
姉さんのモンスター達はみんな心配してる、姉さんが凄く無理してる事を。みんな『仲良し』だからわかるんだ。姉さんが大事にしてくれたから、みんなは姉さんの事が大好きなんだよ。....だからボクに止めて、ってお願いしにきたんだ」
ハルトがそう言うと、セツナが指示もしていないのにタイタニック・ギャラクシーはその見事な光る翅つばさを折りたたみ、守備表示へと変わった。
「なんで......私、何も...」
「バカな...」
「タイタニック・ギャラクシーが、勝手に....」
「戦う事を、やめただと...?」
信じられないと言わんばかりの表情で言葉を失い、タイタニック・ギャラクシーをみるセツナを哀しそうな表情かおで見るハルトは膝立ちの姉を抱き締めると優しく、それでいて強い意志を伴った声で続ける。
「みんなも、ボクも、....そして兄さんも。苦しそうな姉さんの姿はもう、見たくないんだ。ずっとずっと笑っていてほしいんだよ。前みたいに、楽しそうにデュエルしてる姿が見たいんだ。
だからもういいんだ。やめよう、姉さん。ボクの為に、こんなに頑張ってくれてありがとう。...ボク、楽しそうに笑ってる姉さんが、一番、大好きだよ.....」
「.....やだ、やだっ!姉さんを置いてかないで!行かないでハルト!!」
縋り付く姉を置いて、ハルトはそう言い残すと光の粒になってキラキラと弾けて消えた。いなくなった場所には銀の指輪が転がっている。セツナは絶望に顔を歪め、手札を地面に投げ捨て両手をつくと声を殺して咽び泣いている。
「ハルト様ガ、セツナ様ヲオ守リニナラレルナンテ.....」
「ハルト、すまない....ありがとう...」
「........」
「セツナ、ハルト...」
「超銀河眼ネオギャラクシーアイズが誕生したときと同じ。姉が弟を想うように、弟が姉を想う力が、また奇跡を起こしたのか....」
「奇跡....」
遊馬がそう呟くと、セツナが指輪と手札を拾って静かに立ち上がる。上げられた顔、そしてその目にはこれまで見た事もない憤怒の炎が宿っていた。
遊馬がその強烈な威圧感に驚き、肩を揺らす。
「.....あはは、一丁前に精神攻撃とはやるじゃない。すっかりアンタ達のことを舐めてたよ」
「!?なっ、オレはそんな事」
「じゃあ、何で眠ったままの筈のハルトが私の前に出てくんのよ!!負けそうになったアンタ達が、私にサレンダーさせようとしてハルトの幻を見せたんでしょ!?
......いや、こんなこと遊馬じゃ出来ないか。アストラル、お前がハルトに、タイタニック・ギャラクシーに何かしたのね!?
許さない、私の大切なものを愚弄する奴は絶対に、...地獄に叩き落としてやる!!」
「セツナ!」
「煩いっ!!黙ってな、今すぐこの手で八つ裂きにしてやるよ!!」
烈火の如く怒鳴り散らすセツナに遊馬は泣きそうになりながら違う、そんな事はしていないと否定を続けている。その勢いのまま、カードをドローしようとするセツナの手は不自然にピタリと止まった。
「...キミは先ほど現れたハルトが、本当に遊馬と私が悪意を持って見せた幻だと思うのか」
「..........」
「ハルトが、そしてキミが連れ去られ、遊馬とカイトがIIIとⅣとデュエルした時。絶体絶命のその時にカイトには新しい力が宿った。銀河眼ギャラクシーアイズの進化した姿。...カイトはハルト、そしてキミが自分に力をくれたのだと呟いていた。
きっと兄を想うキミ達兄弟の絆が、奇跡を起こしたのだ。
ーーそして今また、姉を案ずる弟の思いが二度目の奇跡を起こした。私はそう思っている」
「アストラル....」
「...奇跡?そんな非科学的な説明を、Dr.フェイカーの娘である私が信じるとでも?」
「信じるか信じないかはキミの自由だセツナ。だが、あのハルトが本物か偽物かはキミが一番、よく分かっているのでは?」
「.........あのハルトが、本物か偽物かですって?」
そんなの、本物にきまってるでしょ。
『何か』と喋っているセツナは力無くそう溢す。怒りの感情は潮が引いたかのように消え失せ、つい先程まで激昂していたのが気のせいではないかと思うほどだ。
セツナは俯き、虚ろな目をしながらぽつぽつと語りだす。
「...あの話は、私とハルトしか知らない。兄さんですら。だから、あのハルトが偽物であるはずがないのよ」
「セツナ....」
「いつも上手に笑えてると思ってたのに。ハルトに見抜かれる位、そんなに下手くそだったのかな」
ははは、手札を持ったままの右手で額を抑えながら虚しく笑う声が美しい花畑に響く。
「ハルトだから、わかるんだろ」
「...」
「いつも側に居てくれる姉ちゃんだから、『笑ってない』のに気づいたんだ。大好きだから、耐えられなかったんだ!姉ちゃんが苦しんでるのを助けたかったんだ!
ーーーお前やカイトが、ハルトを守ろうとしたように」
「........」
「だからセツナ、
「......もう、いい」
「え?」
「もう無理。...限界」
遊馬の言葉を遮ってセツナはそう言うと、今度は左足のつま先をコンコンと2回鳴らす。乱れていた中継が、合図を受けたかの様に再開した。
「さあ皆様お待たせしました!不調だった回線が復旧!やっとこの注目の一戦を、
「...Mr.ハートランド。私の姿、見えていますか」
「「!?」」
「....ええ、しっかりと。どうしたのかな、セツナ?」
「貴方はこのWDCの主催者であり審判員です。...許可を頂きたい」
そう言うと、デュエルディスクを付けた左手に手札を持ち替える。空いた右手をデッキの上にそっと載せた。
「「!?」」
「!?セツナ、それは
「ご覧の通りです。...このデュエル、降伏サレンダーします」
「セツナ、お前...」
「「......」」
どよめき混乱する会場、そして固まるハートランド。
遊馬を見据えながら降伏を宣言したセツナを、遊馬もまた真っ直ぐ見つめ返している。
オレとカイトはただ無言で、このデュエルの決着を見守っていた。
「な、何故だい?この光景を見るにキミが圧倒的に優勢。なんならあと一撃で勝負が、」
「これ以上打つ手がありません。彼に、九十九選手に勝てる未来が、見えない。悪戯にモンスター達を傷付けるのは嫌です。...負けを認めます」
「......サレンダーは対戦相手が認めなければ成立しません。九十九遊馬選手、天城セツナ選手からの申し出を受け入れますか?」
「......ああ!セツナの思いはオレが引き継ぐ!絶対優勝してやる!」
「unbelievable!!し、試合終了ー!!劇的な幕切れ、準決勝最後のイスを勝ち取ったのは九十九遊馬選手だ!!」
ARビジョンに勝者と敗者が映し出される。会場は大混乱しているのかこちらの様子をまともに見ているやつはほぼいない。ハートランドは混乱を収束させるべく対応に追われていて、少しするとこのフィールドとメインスタジアムの中継は途切れた。
「(カイトの奴、居なくなりやがった)」
気付けばカイトの姿は見えない。妹に声をかけていけば良いものを。そう思いながら、ゆっくりと試合の終わったふたりへと近づいていく。
セツナと遊馬は握手をしながら話をしている。
「勘違いしないでね。別に本気で負けたと思ってないから」
「その通りだ」
「わかってる!オレはアンタに勝ちを譲ってもらったんだ」
「だから...アンタ達何であっさり認めるのよ、.....嘘だよ。勝てないと思ってた、ずーっと。あの夜以来、きっと貴方に負ける日が来るんじゃないかって、そう思ってた」
こういう勘は当たるのよね。鼻で笑ったセツナは、あーあ、兄さんに怒られちゃうな、と呟く。
「でも、ハルトにああ言われちゃもう無理。タイタニック・ギャラクシーにもそっぽ向かれちゃったし」
「セツナ、」
「死ぬのなんか怖くない。実力として負けを認めたとも、悪いけど思ってない。....ただ、今の私が戦う理由はハルトの為だから。あの子の望まない戦いを、どうしても続けられなかった。
何だって出来たのに、全部全部捨てて来たのに....これだけは。あの子の姉である事は捨てられなかった。
ーーだって私は、まだ。あの子の好きな...姉さんで、ありたい...っ、」
「........」
「っ、」
セツナの本心に、それを聞く誰もが苦しく切ない気持ちになる。本人はぽろぽろと溢れる涙を拭うと、デッキから2枚のカードを遊馬へ差し出した。
「No.90 銀河眼の光子卿ギャラクシーアイズ・フォトン・ロードそしてNo.38 希望魁竜 タイタニック・ギャラクシー。私の持っているナンバーズはこれだけ。
......貴方にお返しします、アストラル」
「セツナ、....」
「いいの。元々アストラルのものなんでしょう?私はデュエルに負けたんだから。....でも、よかった」
「え?」
「だってやっと、この子達を解放してあげられる。今まで私と一緒に、悪い事をさせてしまったから」
ごめんなさい、そう言いながら差し出し続けるカードを浮かない顔をした遊馬が受け取ろうとした瞬間、バチン!と紅い火花が散る。
「うわっ!?」
「!?.....ナンバーズ達が、譲渡される事を拒んでいる」
「何で、お前たち....」
「...コイツら、本当にセツナの事が大好きなんだな!離れたくないって、オレ聞こえる気がする」
「!」
セツナの手の中のナンバーズ達はすっかり大人しくなった。ポタリ、タイタニック・ギャラクシーのカードにセツナの涙が落ちる。その涙をセツナが白く細い指先で拭い、そのまま撫でた。
「バカだなあ、こんな悪い奴の所にもう居なくて良いの。でも、...ありがとう。貴方達と一緒に戦うのは心強くてとても、楽しかった。離れてもずっと、私の大切な仲間、大好きよ。
ーーさあ、貴方達の本来有るべき場所へ戻りなさい。
...さようなら、光子卿フォトン・ロード、タイタニック・ギャラクシー」
そういうと2枚のナンバーズは今度は自ら遊馬の隣に吸い込まれ消えていった。
見届けたセツナは視線を移し、フィールドに舞う蝶を見つめている。メインスタジアムの混乱が収まらないのか、フィールドはまだ花畑のままだ。
「...遊馬。私の様に、兄さんはいかないよ。あの人の決意は固い、私よりもずっと...。兄さんなら迷わず貴方を倒してた」
「わかってる、それでもオレは絶対に負けねぇ!カイトにもトロンにも、Dr.フェイカーにも、シャークにも...、ってシャーク!」
「!凌牙くん....」
やっと遊馬がオレの存在に気づき、ふたりは驚いたように振り向く。ここに至るまで全く気づかなかったようだ。セツナがオレを見た途端哀しそうな表情かおになり口を開こうとしたのが見えて、オレが先に話しかける。
「凌牙くん、私..、
「悪かった」
「...え?」
「お前が辛くて苦しい時に、側に居てやれなかった。それどころかお前は璃緒の事もオレの事も、精一杯守ろうとしてくれた」
「!違うよ...、だってそれは元々私が、」
「違わねぇよ。それにお前のせいじゃないだろ、父親のした事は」
「っ、」
「お前のせいじゃない。ナンバーズの回収も全て、ハルトを守る為にやった事だろ」
「だ、けど...」
「...やった事は、過去は変えられない。だけどこれからは自分自身で変えていける、だったか」
「!」
あの日オレに発破をかけたその言葉をそのまま返す。見開かれた目からは今にも涙が溢れそうだ。
「なあセツナ足掻けよ、苦しくても。いつか自分を許せるその日まで。お前はひとりじゃねえ」
「っ、!」
「セツナ....」
「セツナさん...」
「それと、...オレはお前と出会った事が間違いだとか、出会わない方が良かったなんて、一ミリも思った事はねえ。そしてこの先も、そんな事思うなんざあり得ねぇんだよ。
ーーーオレは、セツナに出会えて良かった。そう思ってる」
オレを見つめる綺麗な水色の瞳から、絶え間なく涙がこぼれ落ちていく。見ていられず、思わず細い腕を引き寄せればセツナはすんなりとオレの腕の中に収まった。
悔しいが身長差はあまりない。片腕で頭を抱えるように包み込めば昔から変わらないホッとするセツナの匂いがした。
それにしてもどこもかしこも細くて、力を込めればすぐに折れそうな脆い身体だ。こんなか弱い女が数々の惨むごい仕打ちを受け、弟の為に命を削りながらこれまで必死に生きていたのかと思うと、コイツを苦しめた奴全員、今すぐに地獄に送ってやりたくなる。
泣きじゃくるセツナは腕の中で妹の名前を呼んでいる。
「...璃緒ちゃんが、っ...璃緒ちゃんのこと、守れなくてごめんなさ、い、っ」
「何言ってんだ。お前がいなけりゃ璃緒も、...Ⅳの野郎だって生きちゃいなかっただろうよ。...ありがとな」
「でも、目が...ずっと醒めなくて、っ」
「アイツ、オレと違って寝起き良いはずなんだがな...、きっともうすぐ起きんだろ。だからその時に、寂しくない様に側に居てやってくれよ。...璃緒の奴、しっかり者気取ってるけど大概甘えただからな。お前には特に」
だから、頼む。頭を撫でながらそう言えば何度もセツナは頷いていた。
一度強く抱き締めた後、名残惜しいがセツナの身体を離す。濡れた目にはオレだけが映っていてこんな状況なのに不謹慎にも嬉しいと思った。思わずもう一度抱き締めたくなる衝動に駆られるが、ぐっと堪えて頬の涙を指先で拭った後、手を離して距離を取る。
「トロンも、Dr.フェイカーもオレが必ずぶちのめす。オレと璃緒、そしてお前の受けた痛みも苦しみも全てオレがアイツらにぶつけてやる。お前はもう何も心配しなくていい」
セツナにそう言った後、ぼーっとこちらを見ている遊馬に声をかける。
「何度でも言う。邪魔をするなら容赦はしねぇ。...準決勝、当たれば必ず倒す」
「!お、オレだって負けねぇ」
「....じゃあな」
そう言い残し花の咲き誇るフィールドをひとり後にした。