「キミのおかげでスタジアムは大混乱、WDC運営本部には今も電話が殺到しているよ。
勝てた試合をみすみす降伏サレンダーとは.....、元デュエルチャンピオンにあるまじき恥ずべき行為だ。それどころかナンバーズをあの九十九遊馬に奪われるとは。...セツナ、キミはハルトが今一体どう言う状況なのか忘れてしまったのかな?
ーーさあ、どう責任を取るつもりか教えてもらおうか」
「......申し訳ありません」
「謝罪ではなく今後どうするかについて聞いているのだよ、セツナ」
椅子に腰掛けながら話すMr.ハートランドは穏やかな口調とは裏腹に眼鏡のその奥に見える目に苛立ちを隠し切れていない。
視線を逸らしひたすら同じ謝罪を繰り返す私に、ハートランドは態とらしく大きな溜息を吐いた。
私と遊馬の試合が終わり、準決勝に進出する4人が決まった。大会はいよいよ明日の準決勝、そして決勝で終わる。私と言えばタワーに戻った後すぐにMr.ハートランドの自室に呼び出され現在に至るが、
「(まあ、こうなりますよね)」
あれだけ大口を叩いておきながらこのザマだ。確かに言い分はご尤もである。でも溜息を吐きたいのはこっちも同じだ。私は別にお前に忠誠を誓っていた訳ではない。謝るなら兄、そして弟に対してだろう。
ハルトがどういう状況かだって?バカか、忘れるわけがないだろうが。こっちだって最後まで戦って勝つつもりだったさ、だけど....。
「(弟に『2回』もやめてくれと言われてそれでも押し通すだけの強さは...、私にはなかった)」
今回と、そしてあの夜も。
あの時聞こえた声はやっぱりハルトのものだったのだ。無茶をする私を、止めてくれようとしたんだろう。俯く私の目に銀の指輪が映る。ついこの前までただの母の形見だと思っていたのに。この指輪、一体どんなカラクリがあるんだろう。
考え事をし過ぎて近づくハートランドに気が付かなかった。目の前に影が見えたかと思うと、俯く私の顎を乱暴に掴み自分の方へと向かせる。
「、っ!」
「私と話している最中に考え事とは随分と余裕じゃないか、セツナ」
「...離して」
「私が満足する返答を、キミが答えられるならば直ぐにでも離そうじゃないか」
この腐れ眼鏡が。目の前で意地悪く笑う男を睨みつけながら奥歯を噛み締める。体格差がありすぎて向こうは片手だと言うのに両手で抵抗してもびくともしない。掴まれている顎、というか顔が痛い。
マジでムカつく、汚い手で触んないでほしい。てか首がおかしくなりそうだ、そう思った瞬間救いの手を差し伸べる声が鋭くハートランドを糾弾した。
「Mr.ハートランド、貴様セツナに何をしている!?」
「!兄さ、」
「おや、カイト。.....何、無様な負け方をした敗者に言い訳があるか聞いていただけだよ」
「妹に気安く触れるな!!」
兄もここに呼ばれたのか。素早くこちらへ歩み寄る兄を横目で見る。鬼のような形相をした兄はハートランドから私を引き剥がすと自分の後ろに隠した。射殺さんとハートランドを睨みつけていることが背中越しでもわかった。
当のハートランドはすんなりと私を解放し、まるでこうなる事がわかっていたかのように愉快そうに笑みを浮かべている。.....きっと最初から、私を使って兄に嫌がらせをしようと思っていたんだろう。
「そんなに怒らないでくれたまえよ、カイト。私はセツナに負けた責任をどう取るのか聞いていただけなのだから」
「責任だと?そんなものは必要ない。俺が全てのデュエルに勝ってナンバーズを回収すればいいだけの話だ。
...それで文句はないだろう」
「Of course!その言葉が聞けて安心したよ。妹の失態は兄がカバーする、なんとも良い兄妹愛じゃないか」
「.......」
険しい顔をした兄さんが私の手を引いて足早に部屋を出ていく。私達の背を追いかけるようにハートランドの声が聞こえた。
「明日のデュエル、楽しみにしているよ」
「......以前から言っているだろう。極力あの男との接触は控えろ」
「仕方ないでしょ、呼ばれて無視するわけにいかないもの」
「行く前に何故俺に声をかけなかった」
「いや...それは....ちょっと、」
今とても合わせる顔が無いというか....。半ば引き摺られるように手を引かれて歩く中、ごにょごにょと言葉を濁すと突然ピタリと兄が足を止めた。勢いそのままに思い切り背中にぶつかるが、倒れるどころか微塵もよろけない所に少し驚く。ノーダメージの兄に対して、こちらは盛大に鼻をぶつけて泣きそうだ。止まるなら止まると言ってくれればいいのに...、立ち止まった時に解放された手で鼻を押さえながら、目の前の背中に手をつき文句を言ってやろうと口を開きかけると先に小さな声が聞こえた。
「俺は今、安心している。お前が負けたことに」
「え?」
「...あの日、伸ばされた手を取ってしまった事を俺はずっと後悔していた。俺の心が弱かったばかりに守らなければならなかった筈のお前を巻き込み、...挙句不幸にした」
「!違う、私は自分で選んで」
「だからハルトには感謝している」
「!!」
「俺では決して止められなかったお前を、...アイツが止めてくれた」
どうして、そう呟くとくるりと兄さんが振り向く。哀しそうな顔なのに何処かほっとしたような表情をしていて何て声を掛ければいいのかわからなくなった。
「みて、たの?」
「ああ」
「.....さっきもそうだけど、あの夜も...倒れる前にハルトの声が聞こえたの。それ以上はダメだよって」
「そうか...」
「続けなくちゃいけなかったのに、絶対に勝たなくちゃいけなかったのに....私、どうしても...もう、できなくて、ごめんなさい...っ」
堪らず俯くと両肩に兄の手がのせられる。顔を上げれば泣きそうな兄の顔が私を見ていた。
自分と同じアイスブルーの瞳と目が合えば、目尻を下げた兄がゆっくりと首を振る。
「いいんだ、...もういい。お前が傷つく事をハルトも俺も望まない。謝らなければならないのは俺の方だ。
セツナ、俺の事を決して許さないでくれ。お前の未来を奪った俺を絶対に...。
ーーだが必ず。ハルトの笑顔を取り戻し、お前を陽の光の当たる世界に戻してみせる。必ずだ」
「兄さん.......」
「後は全て俺に任せておけ。.......ハルトの事を頼む」
「.......はい」
苦しそうで、でも強い決意に満ちたその言葉に気圧されるように頷く。
自分達の居住スペースまで私を送り届けるとハルトを一瞥し、「部屋の中でも用心は怠るな」と言い残して兄さんは自室に下がっていった。
眠るハルトのベットに浅く腰掛ける。穏やかな顔で深く眠っているハルトは規則的に呼吸を繰り返している。
布団からそっと手を取り握りしめると、小さな手からじんわりとした温かさが伝わってくる。
「ハルトごめんね、.....ありがとう」
返事はない。その代わりなのかほんの少しだけ、握る手の力が強まった気がした。
♯
「ここがハルトの、」
「....何だか下が騒がしいと思ったら、また貴方なの?」
「!?セツナ、ハルト!」
「こんな所まで何しに?ああ、ハルトのお見舞いかな?」
兄が居なくなってから暫くして昇降機の到着する音に振り向けば、そこには遊馬とアストラルがいた。また厄介ごとだろうか。眠るハルトに寄り添う私の姿を見て驚くとゆっくり歩み寄ってくる。
「ハルト....」
「やはりハルトはあれから、」
「一度も目覚めないの。私と遊馬のデュエルの時に現れたハルトは...、何だろうね本当。アストラルの言うように奇跡としか言いようがないや。ハルトの意識を、この指輪が届けてくれたのかな」
「それって...」
「これはママの形見なの。バリアン世界の力を秘めた石が埋め込まれてるんだって」
「バリアン世界....」
この指輪には何度も助けられた。そう言いながら指輪を外し内側に輝く紅い石を見せると遊馬は目を丸くし、アストラルは興味深そうにそれぞれに指輪を見つめていた。指に嵌め直すと右手でハルトの頭を撫でて話しかける。
「ハルト、遊馬とアストラルが遊びに来てくれたよ」
何だか知らないけど、せっかく来たんだから声でも掛けてやって。そう言ってベットから腰を上げベットサイドに立つ。
遊馬は戸惑いながらもアストラルと目を合わせた後、ハルトをみて手を握った。一瞬辛そうに視線を落とすがまた気丈に笑顔を作って話し始める。
「ハルト、オレデュエルカーニバルに勝ち上がってんだ。セツナ...お前の姉ちゃんに想いを託してもらった。必ずあのトロンをぶっ倒して優勝してやるからな。あっ、お前の兄貴のカイトにだって容赦しねえ。だから.....、だからさ....。
ーーーハルト、オレがあの時トロン達にお前を渡さなければ....、オレが...」
「遊馬...」
遊馬の目には涙が浮かんで、今にもこぼれ落ちそうだった。私が声をかけようとした時、その涙が頬を伝いハルトの頬へと落ちる。
「「!?」」
それを引き金にしたかのようにいきなりハルトが青く光を放つ。遊馬を呼ぶハルトの声が木霊しながらに周りに響き渡っていく。強くなる光に目が眩み、顔を手で覆えばその一瞬で周りの様子は一変した。
「ここは、」
「....ここは、うちの別荘。短い間だったけどハルトと兄さんと私の3人で楽しく過ごした場所...」
青い空と白い雲、舞う花弁と吹き抜ける風にそよぐ草花の中に佇む赤い屋根のログハウス。
風にのって聞こえてくる声の方をみればバルコニーからは元気だったあの日の姿そのままのハルトが、微笑みながらこちらの名前を呼んでいる。
これは夢なのだろうか、いや何でもいい。急いで駆け寄りバルコニーへ入ろうとすると「ダメだよ、ここには入っちゃ」と行動を制された。
「ハルト...?」
「姉さん、良かった。ボクの声が届いて、本当に...」
「うん、ちゃんと聞こえたよ...、ハルトが一生懸命に私を助けようとしてくれる声。ねぇ帰ろうハルト、また兄さんと私とハルトの3人で暮らそう」
「.......」
その問いかけにハルトは少し哀しそうに微笑むばかりで何も答えなかった。ハルト?、そう口にしようとする私から目線を遊馬へ移す。
「遊馬、アストラル。君たちならきっと来てくれると思ってた」
「ハルト!お前...」
「姉さんを、助けてくれてありがとう。.....あのね、もうひとつお願いがあるんだ。兄さんの事も助けてあげてほしいんだ」
「!」
「えっ、」
「兄さんはとっても疲れてる。...でも、ボクには兄さんを助けてあげる力がない。兄さんは姉さんの事も必死に守ろうとしてる。だからきっと姉さんの声も今は届かない...」
「...っ、」
「ボクはここから出られない。お願い、兄さんを助けてあげて」
「!ハルト、」
最後に柔らかくまた微笑むとハルトはまた水色に輝き出す。気付けばまた同じハートランドタワーの部屋の中に戻ってきていた。
「ハルト......」
「今のは...」
「ハルトの意識」
「ハルトの意識?」
「恐らく、本物のハルトの意識は心の奥に閉じ込められているのだろう。もし彼の本当の意識を解放できれば、ハルトは元に戻るかもしれない」
「.......」
「!それは、どうやって」
「わからない。......だが、君達兄妹がナンバーズを集める事と何か関係があるのだろう?」
「......何故ナンバーズが必要なのか、集めたナンバーズでどうやってハルトを治すのか、私は何も知らないの。聞いたことはあるけど教えては貰えなかった。何を聞いても急いでナンバーズを集めろ、方法はそれしかないと、それだけしか...」
「そうか....」
アストラルの問いにそう答えるしか出来ない。遊馬は苦しそうに言葉を吐き出す。
「っ、やっぱりナンバーズをオレが集めればハルトは治らない!逆にカイトが集めれば...、一体どうすりゃいいんだよ!?」
「...戦うのはキミだ。キミが決めればいい」
「でもオレが負けたらお前が消えちまう!」
「遊馬、デュエルを共にする中で私はキミから多くを学んだ。私は共に戦えたのがキミで良かったと思っている」
「.......」
「私はキミの選んだ道に従う。それが如何なる道であろうと」
アストラルの言葉は優しくて残酷だ。聞いているこっちが苦しくなる。堪らず遊馬も感情のままにアストラルへ本音をぶつける。
「アストラル、お前...何でそんな事言うんだよ!もっと喚いたり泣いたりすりゃあいいだろ!
記憶を取り戻してくれ、消えたくないって。そしたらオレだって...割り切って戦えんだよ...。
なのに何で、何でだよ.....」
「遊馬...」
「..........」
静かな部屋の中に泣きながら叫ぶ遊馬の声だけが響く。
アストラルがその声に応えるよりも前に、この状況に似つかわしくない男の高笑いが聞こえてきた。
緑色の火花が散ったかと思えば、目の前に巨大なホログラムが映し出される。
「フフフフ、ハハハハハ!ーーー私の名はDr.フェイカー」
「Dr.フェイカー...、それじゃあお前がカイトやハルト、セツナの父ちゃん!?」
「ようこそ九十九一馬の息子、そしてナンバーズのオリジナルよ」
「コイツ、アストラルの事が!」
「私の事が見えているのか」
「何で、今までこの部屋に現れたことなんて...」
「ああ、居たのか我が愚かな娘よ。
セツナ、お前には失望した。デュエルチャンピオンであったお前ならば簡単にこの大会で優勝し、ナンバーズを集める事ができるかと思ったが...、その程度の腕だったとは。
.....もうよい、凡才に用など無い。お前は黙ってハルトの側についていればよいのだ」
「.....っ」
「テメェ!セツナを馬鹿にするのはオレが許さねえ!」
映像とはいえ、随分と久しぶりに顔を合わせてこの言われようか。
何も言い返せずいれば遊馬が食ってかかるが、その様子を意にも介さず父はまた鼻で笑った。黙って聞いていたアストラルがDr.フェイカーに向かって尋ねる。
「Dr.フェイカー、何故お前はナンバーズを集めている。ナンバーズは私の記憶ではないのか!?」
「フッ、私はバリアン世界と取引をした」
「!バリアン世界...」
「そう。アストラル世界と並ぶもう一つの異世界だ。
私はアストラル世界を滅ぼす事で最強の力を手に入れることができる。この世界の支配者となるのだ!」
「...なによ、それ」
「ふざけんな!そんな事のためにセツナやカイトにナンバーズ狩りをさせてたのか!?
セツナやカイト、ハルトがどれだけ苦しんでるか...、みんなお前の子どもじゃないのかよ!」
「些細な犠牲だ」
「!」
「何?」
「最強の力を手に入れる為に犠牲は付き物。セツナ、カイト、ハルト...そして九十九遊馬、お前の父一馬もな」
「!」
「人とは常に何かを捨てながら生きていくもの」
「本気で言ってんのかよ...」
「....私は、」
「セツナ!」
腹の底から湧き上がるような猛烈な怒り。人間とは余りにも怒りが強すぎると震えるらしい。
黙って聞いていれば、何なんだコイツは。私達兄弟も、バイロンさん達家族も、遊馬のお父さんと遊馬も、凌牙くんと璃緒ちゃんだって、みんなみんなお前がその力とやらを手に入れる為の犠牲なんかじゃない。
絶対に許さない。そんな事の為に、沢山の人を傷付けるなんて。
「沢山の人を傷つけてまで、手に入れたかったものってそれなの?ハルトが治るっていうのは?全部嘘だったの....?
ーーー私はもうお前の事を父だとは思わないっ、絶対に許さない!引き篭もってないで出てきなさいよ、この卑怯者が!!今すぐに私が引導を渡してやる!!」
「セツナ....」
泣きながら怒鳴り散らす私を遊馬とアストラルが苦しそうな顔で見つめている。Dr.フェイカーの視線が一瞬だけ私の右手の指先へ向く。無言で目を細めた後、また嘲笑いながら私に告げる。
「フン、無様にナンバーズを失い、サイバーエンドすらない今のお前が私に敵うとでも思っているのか?
ーーーオリジナル、明日の決勝大会楽しみにしているぞ」
「...!」
「!?う、わっ」
「遊馬!?」
Dr.フェイカーとアストラルが睨み合っていたかと思えば突如として床に穴が空き、遊馬が吸い込まれていく。
咄嗟に手を伸ばすが間に合わず瞬きの内に遊馬もアストラルもこの部屋から居なくなってしまった。
消えた場所にぺたんと膝をつきながら、今度は私がDr.フェイカーを睨みつける。
「彼等をどうする気!?」
「挨拶は済んだ、家に帰しただけだ。...明日で全てが終わる。お前に用はない、大人しくしていろ」
「っ、Dr.フェイカー!!」
そう言い残してホログラムは消えた。再び静寂と暗闇に包まれる部屋の中に、ハルトの寝息だけが微かに聞こえる。
「.....絶対に、許さない」
膝の上に握った拳を固く、固く握りしめる。
復讐は何も生み出さない、それでも。私はこのまま、あの男を許す事などしない。決して。