窓の外は2日前と然程変わらない。無惨に崩れたハートランドのシンボルであったタワー、特に目立つハートの部分はこの場所からでもよく見えた。これまで住居としていたタワーがあんな有様になってしまったので、急ぎ別の場所へと居を移し現在に至る。
そして、今日は遊馬と兄さんの約束の日。待ち合わせの時間が刻一刻と迫っている。
夕陽が差し込む窓際に物憂げな表情かおをした兄が佇んでいる。ガラス張りの窓の外を見つめるその目に今何が映っているかはここから見えない。
....ただ視線を落とし、自分の掌を見つめる兄が何を考えているかは文字通り手に取るようにわかった。
そっと歩み寄り俯く背中に声をかける。
「準備は終わった?」
「.....ああ」
「......ねえ兄さ、」「兄さん、姉さん」
「!」
「ハルト」
「兄さん...、行くの?」
声を掛けようとしたその時、ハルトが部屋に入ってくる。この話題はあまりハルトの前でしたくない。ひとまず口を噤み、兄と弟の会話を聞く事にした。
弟の問いかけに僅かに間を空けてから兄は答える。
「ああ」
「兄さん...」
「大丈夫。俺は絶対に負けない」
「.........」
「行ってくる」
「うん、気をつけて」
努めて明るく答える兄はハルトに軽く笑いかけ、私にそういうと待ち合わせの場所に向かった。無言で後ろ姿をハルトと見送ると不安そうな弟の目がこちらに向く。
「姉さん、兄さんは....」
「...大丈夫だよ、きっと」
「うん....」
「私がしっかり見てくるから。ハルトはここで、お父さんと待っててね」
「わかった。姉さん、兄さんのことお願いね」
膝をつき、肩に手を置いて弟の目を見る。不安げに揺れる金色の瞳に了解の意味を込めてニコリと笑いかけてから立ち上がる。
「じゃあ私も、行ってきます」
♯
水と緑に囲まれた広場には我々の知り合い以外誰もいない。周りを取り囲むように張り巡らされた高速道路にも、タワーが倒壊した影響が殆ど車両が通る事はない。
本来ならこんな所でとても止まれないが、今日なら大丈夫そうだ。隅にバイクを止めて鳩尾辺りまでしかない道路脇の壁に肘をつきながら、下で繰り広げられるデュエルを観戦する。
兄さんと遊馬のデュエルは既に始まっていた。
まさにWDCの決勝戦と呼ぶに相応しいモンスター効果と魔法・罠トラップの応酬。お互いがお互いの手のその先を読み、ライフを削っていく。
2ターン目。遊馬が大きくダメージを与え返したところで、兄は静かに構えていたデュエルディスクを下ろした。
「俺にはもう....デュエルは出来ない。このデュエル、サレンダーする」
「「!?」」
「........」
「な、何言ってんだよ!?デュエルができないって...どういう事なんだよ!!」
「....俺にはもう、デュエルをする意味を見出せないんだ」
呟く言葉の意味が痛い程に理解できる。視線を落とす兄の姿を見れば心の中に重く、悲しみが広がっていく。
ああ、やっぱり。だってこの人は私よりもずっと長く、深く苦しんでいた。
「.....俺はこれまでハルトの為にだけデュエルを行ってきた。だがハルトが救われた今、俺の戦う意味は全て消えた。
......まして、妹セツナから戦う場所を取り上げてしまった俺が、デュエルなど...。だから俺は、もう....」
「.....違うよ、兄さん」
「カイト.....っ、ふざけんな!お前は、お前達はオレの目標なんだ!勝手にやめるなんて絶対許さねえ!」
「遊馬。俺はお前のように、もう熱くデュエルする事は出来ない」
「!」
遊馬の顔が悲しみと困惑に歪む。その姿を見つめていれば、隣にいるアストラルと目があった。少し距離はあるがアストラルの表情は語りかけるみたいに私を見る。
「キミならば、カイトにどう声をかける」と。
「(違うよって、貴方達が伝えてあげて)」
私がゆっくりと否定を示すように首を振るとアストラルはひとつ頷き兄に向かって話し出す。
「...カイト、それは違う」
「!」
「遊馬はナンバーズを集める為に私と共に戦い、勝利は私に失われた記憶を齎してくれた。
....だが、それは過去の集まりに過ぎない。遊馬とのデュエルは私にもっと大切なものを齎してくれた」
「大切な、もの」
「それは仲間だ。デュエルを通じて心と心で語り合い、絆を深めていった仲間。カイト、キミもそうだ。私にとってキミは大切な仲間だ。
ーー記憶は過去のものだ。仲間は未来にある。キミももう過去に縛られる必要はない。.....勿論、彼女も」
「!セツナ、」
「ちょっと兄さん!遊馬に負けたら承知しないからねー!!あと、次は私とデュエルしてもらうから!最近私に勝ち越してるからって調子に乗らないでよね、ボッコボコにしてやるんだから!!」
「.....だそうだ」
「アイツは....、あんな大声を出したら身体に障るという事をわかっているのか....」
「遊馬ー!アンタもこの後私とデュエルするんですからねー!あの時のリベンジマッチよ、勝ち逃げなんか許さないんだからね!」
「お、おう勿論だぜ!あれで勝ったなんて思ってねえ!
今度こそ全力のお前とデュエルして勝ってやるぜ!」
大きな声で兄と遊馬に思いを伝えると、アストラルに向かって笑いかける。兄さんは私の顔を見てすぐ額に手を当てながら溜息を吐いている。非常に失礼だ。
周りで観戦しているドロワやゴーシュにオービタル、小鳥ちゃんや鉄男くん達に笑顔でひらひらと手を振りながら少し荒くなった呼吸を整えていれば、バイクの走行音が聞こえてくる。
それはすぐ近くまで迫ってきたかと思うと私のバイクの隣に止まり、ヘルメットを脱いだ運転手がこちらへとゆっくり歩いてきた。
下の様子から目を離さずにその人物に声をかける。
「....また病院を抜け出してきちゃったの?看護師さん達が嘆いてたよ。貴方、離院のブラックリスト筆頭患者だってさ」
「!.....成程な。通りで璃緒の病室へ届く花の贈り主が辿れねぇ訳だ。あの『フェイカーの娘』が口止めしてるとあっちゃあ、下手な事喋れば一瞬でクビだからな」
「さあ?何のことだかさっぱり。...でも、しっかり治療してくれないと次は出禁になっちゃうかもよ?」
「治ったから自主的に退院してやったんだよ。向こうも次の患者が早く入れられてラッキーだろ」
「あのねえ、あのレベルのケガがたった2日で治るわけないでしょ。...熱は」
「下がった」
「解熱剤でね」
「いきなり時間と位置情報送ってきたのはそっちだろーが。来いって言ってるようなもんだろ」
「呼ばなかったらそれはそれで拗ねちゃうかなって。だってみたいでしょ?『決勝戦』」
「....、まあな」
隣に来た凌牙くんとそんな話をしながら一緒にデュエルを観戦する。ちらりと彼の姿を確認すれば顔色は悪くなさそうだったが、ジャケットの下にシャツは着ておらず包帯の巻かれている素肌のままで、『今病院抜け出してきました!』感満載だ。看護師さん達は皆、泣きながら彼の事を探し回っているだろう。
原因を作った申し訳なさにハア、と溜息を吐くと「何だよ」とちょっと不機嫌そうに言われたので「いいえ何でも」と返して逆の手で頬杖をつき直した。
下では遊馬が兄さんに発破をかけているところだ。
「カイトビングだ、カイト!
ーーーオレは感じていたぜ、お前のドキドキを!」
「遊馬...」
「フッ、」
「だが、お前のドキドキはこんなもんじゃねえ。もっとだ、もっと見せてくれよオレに!感じさせてくれよ、カイトビングを!」
「....フン、ドキドキじゃ飽き足らぬ。この先に何が待つかはわからない。だが、切り拓いてやろう。俺の道を!俺のデュエルを!!」
「......ふふ、」
「嬉しそうだな」
「そりゃあね。私じゃあこうは出来なかったから。
....あの人は、私に負い目を感じてる。だからあの役目は私じゃダメなの。何度も兄さんと戦って、絆を築いてきた遊馬とアストラルじゃなければ...。
1年前から今の今まで、全部私が選んで決めた事なんだから兄さんには何の非も無いのにね。何度言っても『俺のせいだ、俺が悪かった』としか言わないの」
「...そりゃあそうだろ。理由や事情はどうあれ、妹を巻き込んだ事実に変わりはねえんだ。いくら後悔してもしきれねぇよ」
「.....『兄』って生き物は難儀なものね」
隣を見ればもうひとりの『兄』がデュエルを見ながらそう呟く。その瞳の中に黒い影を落とす絶望と悔恨。
この1年、目覚めぬ妹を見守り続けた彼の胸中に降り積もる後悔は私などにはとても計り知れない。そっと視線を外して目を伏せ、心から彼女に向けて祈る。
「(お願いだから早く、早く起きてよ璃緒ちゃん。凌牙くんは貴女のことをずっと待ってるよ)」
私も、貴女に会いたい。璃緒ちゃん。
今も静かに病室で眠り続ける友人に思いを馳せていれば、隣からうんざりしたような凌牙くんの溜息が聞こえてきた。
眼下のデュエルでは兄さんがパラディオスを召喚し、遊馬のホープを破壊したところだ。あんなに楽しそうにデュエルしている兄を見るのは随分久し振りだな、と凌牙くんの言葉を聞きながら思う。
「ーーそれにしてもカイトの野郎、相変わらずえげつねぇデュエルしやがる。....ああいう所お前とそっくりだぜ」
「おっと、全然褒められてる気がしないなあ。師匠は違うんだけどねえ。.....いや、遊馬やるなあ。最初会った時は軽く私に捻られてたのに」
「ど素人相手なら多少手加減してやれよ、デュエルチャンピオン」
「そこまで本気出してないよ!でもあの時は久しぶりにサイバーエンド出したら楽しくなっちゃってつい」
「サイバーエンド、か。......どうすんだよ、返しちまったんだろ『師匠』に」
「落ち着いたら迎えに行くよ。あの子は私の魂だから」
ニッ、と笑って間髪入れずに返せば満足そうな顔をした凌牙くんが目に入る。ただねえ、とすぐに表情を曇らせながら言葉を続けると彼の頭上に疑問符が浮かんだ。
「もう一度後継者にならないといけなくて。師匠とのデュエルにサイバー主体の構築デッキで勝つのが条件なんだけど...、ハードルが高いのなんのって」
「ああ...、確かにサイバー流のミラーマッチはやりにくそうだな」
「何回あの人のフォートレスとメガフリートに展開したモンスター吸われたか....、ほんのちょっと気ぃ抜いてると未来オーバーであっという間に消し炭にされるし、いつも手元にパワボンかリミ解あるし、勝てると思ったら決戦融合ファイナル・フュージョンでドローに持ってかれるし....やだもう何なのあの人、バケモノかよ....」
「いや、お前も似たようなもんだろ。あんな高確率で事故るようなピーキーな構築でよくやるぜ。サイバー流なんか使う奴全員バケモンだろ....」
「もうね、なんか次元が違うのよ。デュエル・モンスターズの黎明期に活躍した、伝説のデュエリストのひとりだからなのかな。風格というか何というか...。
...あ、いつか紹介するよ!で、その時には是非ボッコボコにされて下さい」
「何でだよ」
「なんか悔しいから」
げんなりしながら過去の敗戦の数々を思い出す。
軽く100回以上はデュエルしただろうが勝てたのは片手で足りる程だ。それだけあの人は強い。
デッキを組み直して対策を考えなくちゃ...、そう呟く私に凌牙くんは安心したように顔を少しだけ綻ばせる。
「オレはお前がてっきりデュエルを辞めるなんて言い出すんじゃないかと思ったが...、余計な心配だったな」
「......あー、それは割と当たってるな」
「!」
「もう表舞台で活躍するつもりはないんだよね。ナンバーズ・ハンターになった時から決めてた事でもあるし。
ーー『デュエルチャンピオンの天城セツナ』はこれにてお終い、引退です」
「......は?お前たった今サイバーエンド取り返しに行くから丸藤亮をぶっ潰すってオレに言ったよな?」
そんな言い方は決してしていない。
瞳孔の開いた目で物騒な事を言いながら詰め寄ってくる凌牙くんに慌ててストップ、ストップ!と声をかける。その表現だと師匠は再起不能になりそうだな、ていうか流石札付きの不良。詰め寄って来られると結構怖い。
その時、下でデュエルする兄さんが話す声が丁度私達の前に割って入った。ふたりして遊馬と兄さんのデュエルに注目する。
「ーーアストラル、お前は言った。『もう過去に縛られる必要はない』と」
「ああ」
「.....俺のデュエルは誓いのデュエルだった。ハルトを絶対に助けると、そう誓いながらデュエルをしていた。
....だが、これからは....」
兄が遊馬から視線をこちらに移す。一見するといつもと同じクールな表情だけど、僅かに強張った頬があの人が緊張している事を私に教える。
数秒間じっと見つめ合った後、こちらがふわりと笑いかけて頷くと向こうは一瞬だけ目を見開き少し眉を下げて笑う。
私の許可なんかいらないのに、本当に兄貴って難儀な生き物だなと苦笑いする。
兄は私から再び遊馬とアストラルに視線を戻すといつも通りの表情でしっかりとした口調で宣言した。
「.....これからは、俺自身の為のデュエルをする」
「!そうだよカイト。未来はオレ達のもんだ!お前だって、セツナだって。やりたい事やって好きに生きていいんだ!」
遊馬のその言葉にふふっと笑った後、妹って言うのはね、と切り出す。
隣の凌牙くんがこちらに顔を向けているがそちらは見ず、自分の兄を見ながら口を動かした。
「そっちが思うよりずっと、『兄』って存在ものを理解してるの。どれだけ妹じぶんに心を尽くしてくれているのか、十分すぎる程にわかってる。
仮に兄が原因で何か思いがけない出来事に巻き込まれたとしても、その事で恨んだりはしない。寧ろ何かある度に永遠と『俺のせいで、俺の責任だ...』って言われ続ける方が腹立つ」
「........」
「いつまでも私の人生に責任を感じてもらわなくて結構。こっちはこっちで勝手にやるわ。
ーーだからねその第一歩としてデュエルから離れて、ただのその辺にいる女子高生になってみようかなって」
「....それは、本心から言ってんのか」
「勿論」
凌牙くんはまだ納得がいかない顔をしている。思わず苦笑しながらその表情かおを一瞥した後、一息ついてから言葉を続ける。
「.....私も、兄さんと同じ。振り返ればこれまでのデュエルはずっと、望みを叶えるための手段であり弟と兄への誓いだった。
後悔はしてないの、良かったんだよ、これまではそれで。
....ただ、自分を取り巻く環境がどんどん変わっていく中で『デュエル』ってものが私の望む形とは全く違う存在ものになった。」
「......」
「貴方と遊馬が私達家族を助けてくれたから、兄さんを『責任』という呪縛から解放してくれたから、やっと私もこの先の未来の事を考えられる。つい何日か前まではそんなことあり得なかった。…私には、この先なんてものは存在しないと思ってたから。
ーーゆっくりこの先のことを考える時間が欲しいの。だからまた世界一目指してずっと全力でデュエルとかは…、無理かも。
またデュエルチャンピオンを目指そうと思っても今は絶対なれないと思うし、『デュエル』というもの自体が嫌いになっちゃうと思うんだよね。…凌牙くんだってわかるでしょ?本気でデュエルチャンピオンを目指して常に負けられない戦いをし続けるっていうことがどれだけ大変で、神経を擦り減らす事なのか.....」
「!それは....」
「あ。因みにさっきのちょっと語弊があって、完全にデュエルをやめる訳じゃないんですよね」
「!?」
「大会に出たりはしないけど、みんなとデュエルするのまではやめないよ?大切なカード達を手放す気はないし、かといって仕舞い込んで使わないのもあの子達申し訳ないしね。
ーーどうでしょう?そんな感じで私に少しだけ、お休みする時間をくれると嬉しいんだけど」
「.......そうまで言われて、まだ戦えなんて言う訳ねえだろ」
少し寂しそうな、でも納得した表情で凌牙くんは言う。
その姿に笑いかけると視線を下へ戻す。兄さんと遊馬のデュエルはいよいよ大詰めだ。
「......さっき、私と兄さんのデュエルが似てるって凌牙くん言ってたけど確かにそうかもね。同じカテゴリーのデッキを使ってるのもあるけど、私達がデッキに入れてるカードはほぼ同じみたいなんだよね。考え方自体が似てるのかな」
「...そんな情報、オレに教えていいのかよ」
「いいよ、気にしないで。出てた大会は終わったし、そもそも別にどのカードを何枚入れてるって事細かに説明してる訳じゃないしね。
ーー魔法マジックカード『エクシーズ・ダブルバック』。良いカードだよね、遊馬。....私もデッキに入れてる」
「!まさか、」
「空気の読めない兄貴で非常に申し訳ない。...でも、あの人に勝つのはまだ早かったね」
『エクシーズ・ダブルバック』の効果で遊馬のフィールドに現れたホープとホープレイ。次のターンでの勝利を確信する遊馬とアストラルだが、ガラ空きだった筈の兄のフィールドにも銀河眼ギャラクシーアイズと超銀河眼ネオ・ギャラクシーアイズが現れる。
不敵に笑う兄のフィールドには、なんと遊馬の場にあるのと同じカードが発動していた。
「!あれは、」
「お前もオレと同じカードを....、そんなバカな!」
「遊馬、アストラル....。フッ、
ーー銀河眼ギャラクシーアイズと超銀河眼ネオ・ギャラクシーアイズの2体でホープとホープレイに攻撃!破滅のフォトン・ストリーム、アルティメット・フォトン・ストリーム!!」
「ぐああああああっ!!」
2体の竜から放たれた攻撃がホープ達を葬り遊馬のライフを削り取る。大きく吹き飛ばされた遊馬は地面に転がり無情にも試合終了のブザーがなった。
転がったまま悔しそうに顔を歪める遊馬に兄が近寄り、手を差し伸べる。
「カイト....、次は絶対お前に勝ってやるからな!」
「何度でも相手になってやる。...何度でもな」
「おう、やってやる!諦めなきゃ、かっとび続ければ、いつかお前に辿り着けるかもしれないからな!!」
「......」
立ち去る背中を追い掛けるその言葉に、兄は何も答えない。けれど、しっかりとその口角が上がっていたことを私は見逃さなかった。
美しい茜色の空を黒いコートを纏った兄さんが飛んでいく。遊馬の元へは仲間達が健闘を讃えるために集まっていた。
デュエルが終わりお開きらしい空気に私も帰ろうかと凌牙くんに声をかける。
「さてと、帰るかな。凌牙くんも帰り気をつけ、」
「......お前が、もし」
「?うん」
顔はまだ遊馬達の方へ向けたまま、小さく話し始めた凌牙くんに首を傾げる。聞こえないと思ったのか声のボリュームが少し上がって私の耳に届き始めた。
「もしこの先どんな道を選んだとしても、本心から決めた事ならどんな事でもオレはそれを応援する。デュエルをしない選択だって、.....まあ、アリだろ。
ーーーだが、.....約束してくれ」
「.....?」
そこまで言ってやっとこっちに身体が向く。夕陽に照らされる瑠璃色の瞳が私の目を射抜けば、途端に胸がどきりと変な音を立てる。
出会った時からずっと、私は彼の目が苦手だ。サファイアを閉じ込めたような彼の綺麗な瞳に見つめられると、急にどうして良いかわからなくなる。その目にはいつも強い力が宿っていて、私の口を容易く動かなくさせるのだ。
黙って言葉の続きを待つ。すっかり聞きなれた少し低めの、心地よい声がまた私の耳に届く。
「…もう二度と、ひとりで泣いたりしないでくれ」
「.....え?」
「どんな道を選んでもいい、お前がそう望むなら。…但し、どの道を選んでも隣にいるのはオレだ。苦しい時も悲しい時も、必ず傍にいる。他の誰にも、例えカイトにだってその役目を譲ってやる気はねえ」
「………」
「…まあ、そもそも」
「!」
オレがいる限りもう二度と、お前を泣かせたりはしないがな。
数秒前まで真剣な表情で誓いを立てるように私に告げていたのとは対照的に、不敵に笑って彼はそう言葉を締めた。
いやもう、なんて事言うんだ....、顔が熱い。湯気が出ている気がする。一体何をして生きてきたら14歳でこんな事を言う男になるんだよ。
ちょっと目を合わせていられなくて「いや、えっと...」とごにょごにょ言いながら視線を逸らす。熱をもつ頬を両手で抑える。自分の手がひんやりとしていて気持ちいい。末端冷え性でよかったと思ったのはこれが初めてだ。
なんか....、再会してからの凌牙くんは以前とはまるで違う気がする。凄くグイグイ迫ってくる。.....こんなのまるで、
私の両手の上から凌牙くんが自分の両手を重なる。
ハッとして顔を上げればすぐ近くで彼がこちらの様子を伺っている。今日はヒールのある靴を履いていないせいか少しだけ身長差があるようでほんの少し下から凌牙くんを見上げると、ククッと楽しそうに笑ってから話しだす。
「隙だらけだな。気をつけろって言っただろ」
「....悪い男に誑かされるから?」
「ああ」
「貴方以外には、こんな事許さないって言ったら?」
「!......お前は、本当に...」
「わ、っ!」
楽しそうに余裕をまといながら私を見下ろしていた彼の表情にピシリと亀裂が入る。今度は何だか面白くなさそうで、でもどこか嬉しそうな不思議な顔をしているが、表情がコロコロ変わってとても面白い。
ふふ、と笑うと次は少し怒った顔をして私の顔を自分の方へ近づけた。額に衝撃が走るのと同時にこつんと音がして驚いて閉じた目を開けば、視界の中いっぱいに凌牙くんの綺麗な顔が広がった。
息を呑んだ後、目をこれでもかと見開く。
「そうやって煽るならマジで食っちまうぞ」
「......っ、」
「....セツナ、オレはお前が、.....ぐ、っつ!?」
「えっ!?......ん、ネジ?」
凌牙くんが何か言いかけた時、彼の頭目掛けて何かが落ちてきた。そこそこのスピードで落ちてきたそれは見事に彼の頭にヒットし、地面に転がる。
痛みに悶えている凌牙くんを放置してそれを拾い上げると、上空から焦ったようなオービタルの声が聞こえた。
「カカカ、カイト様!ソレハコノオービタルノ大切ナ、」
「このボルト1本外れたとて稼働に支障はない。セツナに近寄る害虫を駆除出来るなら安いものだろう」
「兄さん、帰ってなかったのか...」
「....カイトテメェこの野郎、性懲りも無くまた邪魔しやがったな...」
「凌牙、言った筈だ。俺よりも劣る者に妹は絶対に渡さん。気安く触れるな近寄るな。まずはデュエルの腕を磨いて出直してこい」
「おお、上等だぜこのシスコン野郎!お望み通り今すぐぶっ潰してやるから降りてこい!」
「フン、敗因を怪我のせいにされては堪らん。まずはそれを完全に治してから言え。
ーーセツナ。そのボルトを持って早く帰ってこい。『寄り道』などしようものならどうなるか...わかっているな?」
「はいはい、すぐ帰ります」
「!クソ、待てよカイト」
言いたい事だけ言って飛んでいく兄さんを凌牙くんとふたりで見送ると苦虫を噛み潰したような顔をしている彼に声をかける。
「あー、ごめんね?頭大丈夫?」
「.....ああ」
「さっきの続きする?」
「いや....、しねぇよバカ」
「そういえばなんかさっき言いかけてたけど、今聞こうか?」
「.....頼むから空気読めよ、お前本当に...」
「あはははっ!」
私が笑えばムッとしていた凌牙くんも次第に表情が緩む。
夕陽が地平線に沈んでいく、もうすぐ夜の帳が下りるがきっと明日もまた太陽は昇る。
「(凌牙くん。私別に、名前が大切なんじゃないよ)」
貴方の傍に居られるならどんな関係でも、今はそれでいいかな。そう思いながらもう一度彼に向けて微笑んだ。