むしゃくしゃする。何もかも気に食わねえ。
オレが全部ぶっ壊してやるよ。
「バーカ、シャークさんは全国大会に出場してた程の腕だぜ!」
「テメェらが勝てる相手じゃねえ!」
「そんなの分かるかよ!オレだってデュエルチャンピオン目指してんだ!」
「......デュエルチャンピオンだと?」
偶々目についた野郎に因縁をつけて、デッキをアンティルールで奪ってやった。
全く歯ごたえのねぇ相手だったが、問題はその後だ。
その男の友人なのかデッキを取り返さんと新たに乱入して来た野郎は軽々しく「デュエルチャンピオンを
目指している」となどとほざきやがる。
目の前の男をギラリと睨みつける。『その称号』はそこいらのヘボデュエリストが気安く口にして良いものではない。
ーー「へえ、面白い。その言葉、忘れないでよね」
約束ね、そう記憶の片隅で彼女が勝気な笑みを浮かべながらこちらに拳を差し出している。一年前の事なのにもう遠い昔の様な気がするのは、オレがあの頃から随分と落ちぶれてしまったからだろうか。
だが、例えそうであってもその言葉を気安く口にすることは許さない。『その称号』は彼女のように強く、正しい者にこそ相応しい。
「......お前は、デュエルチャンピオンがどれほどのものなのか知っているのか」
「どれほどって....それは、知らないけど...」
「ならそんなこと、軽々しく口にするんじゃねぇ!」
「ゆ、夢を見るのはオレの自由だろ」
「夢、ねぇ」
むしゃくしゃする。デュエルチャンピオンだの夢だのと綺麗事を次から次へと。
先程奪い取ったデッキをそいつへ向けて掲げる。
「このデッキを返して欲しかったらお前の一番大事なものを差し出しな」
「オレの、一番大事なもの...」
野郎の目線が下がる。そのペンダントか。
首に下がるそれを素早く掴んで引き千切る。
「!何すんだよ、返せ!」
「どうやらコレは相当大事なものらしいな。…オレがこいつの本当の価値を教えてやろうか」
「え?」
「大事なものってのはな、失ってみるとわかるんだよ」
奪い取ったペンダントを地面に落とす。カラン、と乾いた音を立てたあとキラリと光る。
「本当の価値がな!」
思い切り踏みつけるとペンダントはぱきり、とふたつに折れた。
『あっ!』
「ああ...、テメェよくも!」
「お前の大事なものは壊れ、今消えちまったぜ」
「くっ」
割れたペンダントの片方を靴で蹴り飛ばすと橋の柱の隙間から下の植え込みへ落ちていった。
いい気味だ、ざまあみやがれと鼻で笑う。
「残念だが、このデッキを返すわけにはいかねぇ」
「汚ねえぞ、シャーク!」
「やめろ遊馬!」
「...だがチャンスはやろう。お前が未来の『デュエルチャンピオン』だとほざくならデュエルで勝負だ」
「!」
俺がもう追いつけもしないその存在に、『彼女』に、お前如き三下が辿り着ける訳がない。寝言は寝て言え。
「俺に勝てばこのデッキは返してやる。しかし、俺が勝ったらお前のデッキを貰う」
「なっ...」
「今度の日曜、場所は駅前広場。デッキを取り返したかったらそこに来な」
踵を返して歩き出す。あの様子じゃどうせ怖気付いて逃げ出すだろう。
「(...こんな俺を、アンタが見たらさぞ軽蔑するんだろうな)」
奪ったデッキをポケットにしまう。こんな事しても虚しいだけだ。そんなことは、オレだってよくわかっている。
1年前、全国大会を失格になってからオレの評判は地に落ちた。
証拠不十分と運営側の落ち度が認められペナルティは大会失格と1年間の出場停止のみで済んだが全国大会の、しかも決勝戦の場であんな不祥事を起こしたのでは今後出場しても応援する人間などいないだろう。世の中は一度過ちを犯した人間をそう簡単には許さない。
例えどんな理由があったとしても、オレがした行為は自らの道を閉ざしたに等しかった。
それからというもの周囲の状況は一変した。側にいた多くの人間が去り、オレの力を悪用しようとするやつだけがすり寄ってきた。思った以上に孤独になるのは辛かった。だから利用されていると分かっていても、居場所が出来るなら誰だって構わなかった。
あの約束をこんな事で果たす事ができなくなったオレを、あの人は何というだろうかと新たな絶望を覚えたその矢先、彼女が極東アジア大会への参加を辞退し、表舞台から姿を消したと聞いた。
何故消えたのか、何も知らない。
あんなにも近くにいたというのに、オレ達を繋いでいたものはデュエルだけでそれがなくなってしまえば辿ることもできないという脆さに気付いたのは文字通り何もかも失った後だった。デュエルが出来なくなる、なんて選択肢はあの頃のオレにもきっとあの人にもには無かったはずなのに。現実は残酷、と言ったものだ。
あの人が近くにいたならオレを叱り飛ばしてくれただろうかと、気づけば消えた人間の面影を探している。
せめて今もあの人の姿が、笑顔が見られたなら、この言いようのない渇きも少しはマシになっただろうか。
「(なあ、アンタ今何処にいる。何でデュエル辞めちまったんだ。俺はずっとアンタを.....)」
そこまで考えてくくっ、と嘲笑する。
そんなこと考えて何になる。俺はここまで堕ちてしまったというのに、どの面下げて会えるというのか。
こちらを見て悲しげに目を伏せる姿が目に浮かぶ。デュエルを誰よりも愛する誇り高き彼女のことだ、如何なる理由があろうとも不正を働いた者を決して許すことなどないだろう。会えたとしても完全に拒絶されて終いだ。
「(だからこれで正解ってことだろ)」
綺麗な思い出だけ抱いて俺は息も出来ない深い海の底へ沈んでいく。
あの人は、例えるなら陽に向かって咲く向日葵のような人だった。何処にいて、何をしようがその真っ直ぐで凛とした佇まいは観る者を惹きつけ、大輪の花のような笑顔で人々を魅了する。今のオレが隣に並び立つことなど烏滸がましい。鮫は暗く冷たい海の奥底で生きるものだ、暖かな陽の光を浴びることなどない。彼女と俺では文字通り住む世界が違った。ただ、それだけだ。
伏せた目を上げる。そう時は戻らない、もう進むだけだ。それが落ちる一方だとしても。
♯
「…怖気づかなかったのは褒めてやるが、尻尾を巻いて逃げてりゃお前のデッキだけは助かったものを」
「お前みたいな奴から逃げるくらいならデュエリストを辞めた方がましだぜ!」
どうせ来ないだろうと思っていた昨日のヘボデュエリストはしっかり約束の場所に現れた。そっちがその気なら容赦はしねえ。ぶっ潰してそのデッキも頂く。
デュエルディスクをセットし手札を構える。どの程度の実力か知らねえが、半端な腕で俺に挑んできたことを後悔させてやる。
『デュエル!』
「(ーー何なんだこいつは)」
息まいて挑戦してきたからにはそこそこやる奴かと思ったが、デュエルは終始俺が圧倒していた。それもそのはず、相手はルールも碌に把握してねえド素人だ。これならまだデッキを奪い取ってやったデブの方が遥かにマシだろう。
「俺はガガガマジシャンに装備されたワンダー・ワンドを破壊する!ガガガマジシャンの攻撃力は元の1500。ビック・ジョーズを下回ったぞ!」
「な…」
ポーカーフェイスという言葉を知らないのか。
驚きや焦りを隠そうともせずただ悔しそうに胸のペンダントを握る奴は無様という他ない。
「なんだ、まだそんなもんぶら下げてんのか」
「...なんだと?」
「そんなもんに縋ってるからデュエルに勝てねぇんだ」
はは、と笑い飛ばすと右手の小指に嵌めているリングが鈍く光った。まるでオレの行いを咎めているように。
「(ーーそんなんでオレを叱ってるつもりかよ、璃緒)」
目を細める。なら早く起きて直接言ってくれ。俺はもう、ひとりでこの足を止めることが出来ない。
事故から一年経った今もまだ、病床で眠り続けるたったひとりの妹を思うと苦しみが胸に広がっていくようだった。
ギリ、と歯を食いしばる。強く力を入れ過ぎたのか微かに血の味がした。
「所詮お前は、自分の力じゃ何も出来ない奴なのさ!」
「...オレが!いくら失敗したって、いくら笑われたって今までかっ飛び続けて来たのは!オレ自身を信じて来たからだ!!」
これでもまだ諦めようとしない奴に苛立ちが止まらない。
ならばトドメをと思った瞬間、身体の異変に気づく。
「なんだ、力が漲る…!?」
「お、おい…」
__さあ、私を呼べ。ナンバーズを!
聞いたこともない声が頭に響く。その声に突き動かさせるように気づけば口が動いていた。
「うおおおっ!!オレはレベル3のスカル・クラーケンとビック・ジョーズをオーバーレイ!現れろ、No.17リバイス・ドラゴン!!」
見知ったモンスターが消え、見知らぬ青紫の竜が頭上に舞い降りた。知る筈のないモンスター効果を発動させ相手を追い詰めていく。
「遊馬ぁあ!」
「どうやら勝負は決まったな、次の一撃で仕留めてやるぜ!」
手の甲に浮き上がる『17』の数字を見つめる。
「(NO.17リバイス・ドラゴン。こんなカード、オレのデッキには無かったはず…。だが、)」
今なら誰にも負ける気はしねぇ。ターンエンドを宣言すると相手はごちゃごちゃと騒がしく喚きながらオレのモンスターを攻撃してきた。僅かに削れたLPに喜んでいるようだが、甘い。
「『ナンバーズ』は『ナンバーズ』でしか倒せない!」
「!なんだよそれ…汚ねぇぞ!」
相手のターンが終了すると同時に俺のターンとなる。トドメを刺してやりたいところだったが引きが悪いせいでLPは500残ってしまった。
「いい加減諦めな!まだ勝機があるとでも思ってんのか」
「オレは絶対に諦めない!諦めなければいつだってかっとビングできるんだ!」
かっとビングはチャレンジってことだ。絶対諦めない心だ。諦めたら人の心は死んじゃうんだよ!」
「…諦めない諦めないって、てめぇみてえな奴が一番イラつくんだよ!」
最高に気分が悪い。この状況下でまだオレに勝とうというのか。相手の出方を伺っていれば、何とナンバーズを召喚しオレのモンスターを破壊してきやがった。
「ナンバーズだと!?…だがナンバーズを呼ぼうとお前はオレの敵じゃない!」
ビック・ジョーズからジョーズ・マンをアドバンス召喚し相手のナンバーズを潰しにかかるが罠カードの効果によりダメージを食らう。不愉快だ。お返しとばかりに永続罠カードを仕掛ける。これで次のターンで奴は終わりだ。
「諦めるんだな!」
「まだだ、まだ諦めねぇ!」
「お前に残されたのはあと1ターンだぞ!どうしてデュエルを諦めない!」
「お前こそ、どうしてそんなに俺を諦めさせたいんだよ!」
「....何?」
「そんな風に言うってことは自分で何かを諦めたんじゃないのか!?」
「なっ、」
「『大切な何か』を諦めたんじゃないのか!?」
「っ、」
一瞬頭がずきりと痛む。そう、俺は...諦めたんだ。あんなにも大切だった筈の、
しかしすぐに痛みは消え、思考が白く霞んでいく。湧き上がるような敵意しか感じない。
大切なもの?何も思い出せない。そんなことどうでもいい。俺はただ目の前のイラつく野郎をぶっ潰すだけだ。
「諦めなきゃ、いつだってかっとべるんだよ!それをお前に見せてやる!」
強い意志をもった声で力強く言い放つと奴はカードをドローした。
「きたー!いっけぇー、ホープ!リバイス・ドラゴンに攻撃!」
「どうして!?」
「なんで攻撃力の低いホープで!?」
「この瞬間、ホープの効果を発動!この攻撃を無効にする!」
「馬鹿が、オレにダメージを与えられないコンボに何の意味がある!?」
とんだプレイングミスだ。嘲笑うと相手はニヤリと笑った。
「意味は大有りさ!オレは速攻魔法『ダブルアップチャンス』を発動!モンスターの攻撃が無効になった時、攻撃力を倍にしてもう一度攻撃が出来る!」
「何!?攻撃力5000、だと」
「カッとべ、ホープ!リバイス・ドラゴンに攻撃い!」
「くっ、ぐああああ!」
「…勝った、オレシャークに勝ったんだ!」
「すごいわ遊馬!」
「あんな奴に負けるんじゃ、落ちぶれたぜシャーク!」
「…この俺が、負けた」
信じられない、だが現実だ。取り巻きは俺を見限り消えていった。かつては全国大会まで登り詰めたというのに、こんなヘボデュエリストに負けるようではいよいよデュエリストなど名乗れやしない。
「(自分で言い出したことだ)」
立ち上がり相手のもとへ歩み寄る。向こうはまさかの大金星に喜びを隠せないようだ。
「!シャーク」
「…約束だ」
「確かに、鉄男のデッキは返してもらうぜ」
「…九十九遊馬。覚えておくぜ」
「シャーク、オレすっげえ楽しかったぜ。またやろうぜデュエル。今度はデッキなんて賭けないでさ、一緒にかっとビングしようぜ!」
「……」
何がかっとビングだ、笑わせる。そう言いたいところだが負けた俺に言えることは何もない。無言でその場を立ち去る。
「(ここまで落ちぶれたら本気で目も当てられねえな)」
もうデュエルは辞めよう。そう思っているのに、次にアイツと対戦した時の対策を考え始めている俺はやっぱり救いようがない。
ーー「凌牙くん、」
悲しそうな、それでいてこちらを咎めるような彼女の声が聞こえた気がした。
やめてくれ、もうオレを呼ばないでくれ。見りゃ分かんだろ、アンタの期待には応えられねえ。
こんなに苦しいなら全て忘れてしまえばいい。アンタとの記憶なんて一つ残らず。
まるで呪いの様だ。そう思うのに、きっと何一つ忘れられない。とんでもなくタチの悪い女に心奪われたものだと鼻で笑った。