「ねえ聞いた?シャークがデュエルで負けたって!」
「うっそー、今まで高校の生徒も先生だって勝てないって言ってたのに!」
誰々、あのシャーク様に勝った凄腕デュエリストは?知らないんだよねー、なんか下級生みたいだけど…。
どんな人だろうね、と話しながら女子生徒二人が私の横をすり抜けていく。制服は私と違う色だったが、上級生すらこの話をしてるのか。
次の授業の為に移動中だった私の耳にまたこの話題が入ってくる。窓の外をみると霧雨が降っていた。梅雨入りにはまだ早いというのに、最近は天気の悪い日が多い。
「(彼が負けるなんて、そんな強いデュエリストがこの学園にいるのか)」
2週間ぶりに登校してみれば校内はこの話題で持ち切りだった。聞き耳を立てなくとも彼の噂が次々と耳に入ってくる。
1年前全国大会を失格になってからの彼は誰も手が付けられない程に荒れ、アンティールールで相手のデッキを奪うようになった。ここまではこの前鉄男くんが教えてくれた事と同じだ。
聞こえてきたのはこの先で、この姿に見かねた腕に自信のある生徒や教師が更生させようとデュエルを挑むことも多々あったとの話だ。無論、皆もれなく返り討ちにあったという。
それもそのはず、彼は全国の頂点を獲りかけたほどの実力者だ。年齢を重ねていようが、そこいらの「少し腕の立つ」デュエリストが束になってかかったところで勝つどころかLPを1000削ることも難しいだろう。
今では誰もデュエルを挑むことすら出来ず、目をつけられない様に彼の前で目立つ事はしないことが暗黙の了解になっていた。
その彼を倒した人間がいる。それは確かに学園内の話題を持ち切りにするくらいにインパクトのある出来事だった。
「(心配だな)」
今の彼にはきっと、デュエルしかなかった。僅かに残されたプライドが粉々に打ち砕かれたであろうことは想像に容易い。
彼の周りにいたコバンザメのような輩も消えたことだろう。どんなに優秀であろうと人間は脆い生き物だ。特に『孤独』は、簡単に人の心を闇に染める。彼は今きっと暗闇の中ひとりもがいているに違いなかった。
今の私には誰かが、誰でもいいから彼の側にいてあげてほしいと願うしかなかった。それが、私には到底出来ないことだというのが歯がゆいけれど。
今の私ナンバーズハンターを知れば余計にダメージを与えかねないだろうし、そもそも一体どんな顔をして彼に会えばいいかわからない。彼は私を「昔のままの私」だと思っているだろうが、状況は一変している。
溜息を吐いて視線を落とす。最近は毎日の様に溜息を吐きすぎて幸せがどっかに行ってしまったようだ。
彼をどうにか軌道修正したいと思いつつ臆病な自分に反吐が出る。怖いのだ。仮に事実を知った時、彼がどんな反応をするかを考えると。見損なったと、あの美しい群青色の瞳が軽蔑と失望に染まるかと思うと息を止めてしまいたくなる。
ふるふると頭を振ると出会ったときのことを考えるのをやめた。きっともう、私たちは出会わない方がいい。
それでも何とか、手を差し伸べられないかと考えてしまう。彼の悪評を聞くたび、このまま堕ちゆく姿を黙って見ているのは胸が張り裂けそうになるようだった。
♯
「おーい、セツナ!久しぶりだな!」
「遊馬くん」
終業後、直ぐの帰宅は避ける様にしていた。以前普通に帰宅しようとしたのだが、人がわんさか集まるところに出た途端四方八方から視線が突き刺さり居た堪れない気分になった。それ以来ある程度時間をずらして帰る様にしており、今日も人が疎らになってから下校していた。雨が上がってよかったと下駄箱を出てから少し歩いたところで聞いたことのある声に呼び止められた。
振り返ると先日の少年がこちらに向かって手を振りながら走ってきているのが見えた。
「帰り遅くない?中学の授業とっくに終わって...」
るよね?と続くはずだった言葉は彼の隣に居る「何か」を発見したことで止まった。遊馬が何か言っているが全然耳に入って来ず、私の目はその「何か」に釘付けだった。
「(...え、なんか透けてる男の子?が浮いてるけど、何これ、怖。幽霊か?私霊感とか無いはずなんだけどな)」
疲れてんのかな、と思わず目を擦った後もう一度見てみるが変わらずふわふわと浮いている。凄い、めっちゃ目が合ってる。気のせいじゃないっぽい。
「なあ、聞いてんのかよー」
「ーー遊馬、彼女はどうやら私が見える様だ」
「え!本当に!」
「何!?喋れんのこれ!?」
各々別々の反応をした後、遊馬は続ける。
「コイツ、アストラルって言ってデュエリストの幽霊らしいんだけどオレ以外の奴らに見えなくてさー、セツナがはじめてなんだぜ!」
見えるの!とニコニコしながら言われるが、別にめでなくないし嬉しくない。デュエリストの幽霊って何だ。何で私はコレ見えるんだ。
ちらりと遊馬からアストラルへ視線を移すとまたバチ、と視線がぶつかった。
「...あー、アストラルさん?どうも天城セツナです」
「ああ、私の名前はアストラル。宜しく」
衝撃の展開にまだ頭が追いつかないが、周りに人が居なそうなので取り敢えず挨拶しておく。握手してみたが勿論何も掴めず不思議な気分だった。恐らく兄に言ったら「幽霊?ふん、そんな非科学的なものは存在しない」みたいなこと言って絶対に信じないどころか鼻で笑われそうな勢いである。
ーーただ、何かが引っかかる。
「(『アストラル』って何か聞いたことあるような)」
なんだっけな、と頭を捻りながら遊馬に質問を投げかける。
「前会った時は憑い、じゃなくて居なかったけど、アストラルとはどこで出会ったの?」
「一番最初に会ったのはこの前シャークとデュエルした時だったぜ!」
「...もしかして最近噂になってるシャークを倒したデュエリストって、」
「そうそう、オレのことだぜ!その時にいきなりコイツが現れてさ。ごちゃごちゃうるせえし、入れた覚えのねぇカードが入ってたりしてびっくりしたけど、どうにか勝って鉄男のデッキを取り戻せたんだ!」
驚きの発言に呆気に取られるこちらを他所に遊馬は
「そうそう、これが新しいオレの仲間なんだ」とデッキケースから1枚のカードを取り出して私に見せて来た。
「No.39希望皇ホープ...」
まさかこんな所でお目に掛かるとは思わなかった。日頃血眼になって私達兄妹が探し集めているうちの一枚がまさかこんな近くにあったとは。すっと目を細めて目の前のナンバーズを見つめる。
「(成程、『アストラル』ね)」
ーーアストラル世界の使者が誰かに乗り移っている可能性が高い。其奴を見付けられればナンバーズ回収の
手掛かりになるはずだ。
兄が言っていたアストラル世界の使者とは恐らくこの幽霊と呼ばれているものの事だろう。遊馬に乗り移っているようには見えないが...、まあ彼を見付けられたことはかなり大きな収穫と言えるだろう。
「(学校に通ってる意味があったな。ただ、どうしたものか)」
そもそも私がこの学園に来たのは多くの生徒が集まりデュエルする場ならば、ナンバーズの情報が手に入るんじゃないかと考えたからだ。兄も籍はあるがハルトの側をできるだけ離れたくないと最低限の提出物だけ出して登校はしていない。
まあ、あの頭脳があれば学校の授業など退屈でしかないだろうから、そう言う意味もあるのかも知れないが。
「(デュエルを挑んで奪い取るべきだろうか)」
でも今は『そっち』のデッキは持ち合わせていない。そもそもオービタルの時間停止能力を使用せずにナンバーズ狩りを行うのはリスクが高すぎる。避けた方がいいだろう。
一先ずは泳がせておくのが正解か、とこの場での最適解を導き出した時「セツナ?」と名前を呼ばれ、はっと顔を上げる。
「ごめん、見た事ないカードだから見入っちゃった」
かっこいいモンスターだねぇ、手強そうだなあと笑うと遊馬は何かに気づいた様にキラキラとした目を私に向けながら言った。
「!今日デッキ持ってるじゃねえか!....なあ、デュエルしようぜ!この前はやってないって言ってたけどやっぱオレセツナと戦ってみてえんだ!」
意外と目敏いな。今日は偶々、時間を潰すのにサイバーのデッキを持ってきていた。今は使ってあげられないが眺めたり触れたりするだけで力を貰える気がするからだ。
この後帰るだけなら、とデッキケースを通学カバンにぶら下げていたのは間違いだったなと心の中で舌打ちした。
「...君は本当にデュエルが大好きなんだね」
「おう!デュエルすれば相手の全部がわかるんだ!」
息巻く彼は眩しく、純粋すぎて目を背けたくなる。
「(私の全て、か)」
そんなもの君の様な子は知らない方がいい。
最早私はデュエリストと呼べる者ではないのだから。
「...ごめん、やっぱり「オレさ、セツナと友達になりてぇんだ!」
「と、友達?」
「ああ!デュエルすれば相手のことがわかる!仲間になれるんだ!」
そうだろ、と遊馬は視線をアストラルにやるとアストラルの表情が一瞬柔らかくなった。
「(友達に仲間か)」
なんて綺麗な響きなんだろう、彼の目は真っ直ぐにこちらを見つめて返事を待っている。
私はデュエルすればすぐ友達!とは思わないし、この子の仲間だの友達だのになるつもりはない。が、あの凌牙くんを倒した程の実力者からのお誘いとあらば受けたくなるのは仕方がないことだろう。
学校での私の行動はMr.ハートランドはおろか、兄ですら把握できないはずだ。本来は目立つ行動など避けるのが賢明だが…多少であれば問題ない。
「ーーいいよ、やろうか」
「!よっしゃー、じゃあ「但し、」
「本気で行くけど、それでもいいかな」
「!?」
「っ、…当たり前だ!望むところだせ、デュエルチャンピオン!」
小馬鹿にするように口角を上げて確認すると一瞬気圧されるも威勢の良い返事が返ってきた。
カバンからデッキとDゲイザーを取り出す。兄にバレたら大目玉を喰らいそうだな、なんて思いながらも久しぶりに自由にこっちのデッキでデュエルが出来るのは嬉しかった。
「...遊馬、彼女の事をデュエルチャンピオンと呼んでいたが」
「そのまんまだよ、あの人はデュエルチャンピオンなの!くぅーっ、ワクワクするぜ!」
「だから元ね、元ー」
「ーー成程。先程感じた空気感、只者では無いと思っていたが...。私に眠るデュエリストの本能が言っている。彼女は君が、いや私が戦ってきたデュエリストを遥かに凌駕する実力者だと。遊馬、」
「そんなんわかってるっつーの!飛ばしていくぜ!」
『デュエル!!』
私と彼の声が揃って開戦を告げた。
♯
「…って、くっそホントに強え…」
「ふふ、これじゃナンバーズが出てくる前に終わっちゃうなあ」
「力の差がありすぎてまるで勝負になっていないな。彼女のデュエルタクティクスの高さがよくわかる。相手がキミのようなデュエリストでなく、同じように優秀なデュエリストであればより面白い勝負になるというのに…。遊馬、今からでも私の「だあああ!いいから黙って見てろって!これからが本番だっつーの、かっとビングだぜ、オレ!!」
「元気だねえ、次は何が出てくるのかなあ」
ニコニコと笑うと俺の本気を見せてやるぜ、とカードをドローした。
今のLPは遊馬が500で私は無傷。場には私はサイバードラゴン2体と伏せカードが3枚、遊馬の場はがら空き。
今は3ターン目だが彼の度重なる攻撃は未だ私に傷一つ付けられないでいた。
「(…うーん、本当にど素人というか初心者なんだなあ)」
目の前で悪戦苦闘する少年を見つめる。あの凌牙くんを倒し、私にも挑んでくるくらいだから実は相当な実力者かと思ったが、ここまでの稚拙なプレイングで見当外れだったことに驚く。これで一体どうやって彼に勝ったのか全く想像できないレベルだ。
久しぶりの自由なデュエルなんだからもう少し楽しみたかったんだけど、そろそろおしまいかなと出方を伺う。
「オレはゴブリンドバーグを召喚!ゴブリンドバーグは召喚されたときレベル4のモンスターを手札から特殊召喚できる!オレが呼ぶのは三段腹ナイト!!レベル4のゴブリンドバーグと三段腹ナイトでオーバーレイ・ネットワークを構築!!
ーー現れろナンバーズ39、希望皇ホープ!!」
「お!やっと来たね、ナンバーズ!」
「これでサイバードラゴンの攻撃力を上回ったぜ!いけ、希望皇ホープ!!ホープ剣スラッシュ!!」
「私の伏せカードを気にせず突っ込んでくるのね、リバースカードオープン!攻撃の無力化!」
「当然の結果だな」
「だあああ、くっそー!オレはこれでターンエンド!」
攻撃が通らなかった遊馬は悔しそうに顔を歪める。ターンエンドの宣言を聞くとこちらもカードを1枚ドローした。
「そろそろお開きにしようか。私は手札から魔法カード、パワーボンドを発動。場と手札3体のサイバードラゴンを融合!
見せてあげるね、私の切り札(エース)。サイバー流の頂点に君臨せし気高き龍よ、我が敵を殲滅せよ。
ーー現れろ、サイバー・エンド・ドラゴン!!」
口上と共に現れた三つ首の機械龍はその巨体を黒く光らせながら鋭い咆哮を上げると私を護るように頭上に舞い降りた。
使うのは久しぶりだが、相変わらずこのモンスターを召喚すると背筋が伸びる。頼もしい反面、サイバー流の『正当後継者』にしか与えられないこのモンスターを呼び出しておいて半端なプレイングはできないと、こんな状況下でも僅かに残ったプライドが自分に言うのだろう。
「パワーボンドの効果でサイバー・エンドの攻撃力は元の攻撃力分アップする」
「こ、攻撃力8000!?」
「焦るな遊馬、パワーボンドの効果でターン終了後には彼女は強化した分のダメージを受ける。このターンを凌げれば、
「私がこのカードを使って相手に次のターンが来ることはないよ。罠カードオープン『無限泡影』!相手フィールド上の表側表示モンスターのモンスター効果をターン終了時まで無効にする」
「なっ!?」
「初見であるホープの効果まで見越していたというのか!?」
「ホープ召喚した時に伏せカードの一つもしないんだもん。モンスター効果で場を繋ぐ策でもあるのかなと思ったけど、当たりだったね」
最も、この場を繋いでも私の勝ちだけどと自分フィールドに伏せられた『ピケルの魔法陣』を見つめる。
「さあ5500のダメージをくらってもらおうか!いけ、サイバー・エンド!エターナル・エボリューション・バースト!!」
「うわああああ!」
攻撃を宣言すると3発の雷撃が放たれホープと遊馬に降り注いだ。5500のダメージを受けて大きく吹き飛んだかと思うとLPのカウンターが0になる。勝者を告げるブザーが鳴るとARビジョンが崩れていった。
はっと我に帰りDゲイザーを外すと急いで遊馬に駆け寄る。まずい、久しぶりにサイバー・エンドが使えると思ったら楽しくなって調子に乗りすぎてしまった。流石に年下の初心者相手にこれはやりすぎだ。
「ご、ごめんやりすぎちゃ...」
「だーっ!やっぱ強えなセツナ!!」
「…え?」
「全然手も足出なかったけど、ちょー楽しかったぜ!」
「おお...それはよかったです...」
吹っ飛んだ彼は駆け寄るとすぐに上体を起こして楽しそうに感想を述べ始めた。
サイバー・エンド強ええ!カッコいいぜ!またやろうな、次はぜってえ負けねえ!と意気込む彼にあっけに取られた後、くすくすと笑いがこぼれる。
あれだけぼろ負けだったというのにこの子ほんとにデュエルが好きなんだなと感心する。どこまでも真っ直ぐな彼は見ていて心地いい。久しぶりに「普通の」デュエルができたからか、心の中は清々しく晴れやかな気分だった。
「そ、そんなに笑うことないじゃんか…」
「ごめんごめん、本当にデュエル馬鹿なんだなあって思って。あ、でももう一度私と戦いたかったら、もう少し腕を磨いてくれないと」
「うっ、勿論だぜ!」
「果たして彼女とまともに戦えるようになるまでどれだけかかるだろうか…」
「う、うるせーぞ、アストラル!」
「ふふ、強くなった遊馬と戦うの楽しみにしてるよ」
「おう、約束だぜ!」
拳を差し出される。一瞬だけあの日の彼の姿と遊馬が重なった。
「.....うん、約束」
きっと叶いはしなくても、この約束が果たされるといい。今はそれだけを心から願うことにしよう。
右手の拳を遊馬の拳にこつん、と軽くぶつけた。
まるで太陽みたいな子だ。心の中を明るく照らしてくれる様な、こちらに希望をくれる様なそんな存在。
「楽しみにしてる、その日が来ることを。....遊馬、アストラル」
にこりと笑うと遊馬とアストラルがキョトンとした顔をした後、アストラルは僅かに微笑み遊馬は私と同じように笑った。
いつか絶対に、彼ともナンバーズとその魂を奪う為に戦わなくちゃいけなくなる。でもそれは遠い遠い未来であります様にと強く願った。