時刻は草木も眠る丑三つ時。
月も星も見えない繁華街の路地裏はナンバーズハンターが魂を狩るのには恰好のこの場所で、私は今日もナンバーズを回収していた。相手は偶々落ちていたナンバーズを拾ったチンピラのようで腕は大した事はない。そもそも、大半のデュエリストは私の敵ではないが。
こちらは曲がりなりにも一度世界の頂きに立った人間だ。世界王者としての腕をこんな風に使うなんてデュエリスト達への冒涜にはなるだろうが、お陰様で兄やドロワ、ゴーシュ達が長期間受けてきた様な厳しい訓練をそこまで受けずともナンバーズハンターとして役目を果たすことが出来ている。
私がサイバー流を極める為に家を空けている期間があった。その間兄は兄で「最強のデュエリスト」を育成するための訓練を受けていたらしい。特にクリスという研究員とデュエルの特訓をしているとは聞いていたが私が再び家に戻ってきた時にはクリスはおらず、代わりに「最強」と呼ぶに相応しい実力を携えた兄がいた。
これまで唯一、デュエルだけは兄に勝てる手段だったのに今の実力は良くて互角か、下手したら私以上だろう。
弟を想う兄の気持ちが、眠れる獅子を目覚めさせてしまったのだ、そう感じた。
「(....いけない、余計な事考えてた)」
頭を軽く振って雑念を消す。自分のモンスターに目の前の相手に向かってとどめを刺すよう指示を出した。
「行け!銀河眼の光波竜ギャラクシーアイズ・サイファー・ドラゴン!プレイヤーへダイレクトアタック!」
「くっ、ぐああああ!」
丸裸になった相手に攻撃し、LPを削り取る。吹き飛んだ相手は無様に地面に転がっている。
「畜生…、このカードを手に入れてから今まで負けたことなんて....」
「それは貴方が強いのではなく、相手が弱かったの。...恨むなら私と出会ってしまったことを恨みなさい」
闇に溶ける様な黒い髪とロングコートと靡かせ、高いヒールを鳴らしながら倒した相手の側まで近寄る。濃い化粧をしたきつい顔の女は今のこの男には悪魔か、もしくは死神のように見えているかもしれない。恐怖に顔を歪め、命乞いをする男にフォトンハンド、と呟きながら相手に向かって手を伸ばすと途端に男は断罪魔を上げ生気をなくしたかの如く血の気のない顔で気を失った。
伸ばした私の手には一枚のカードと白い球体が手の中に残った。
「No.14強欲のサラメーヤ、ね」
「セツナサマ!オ見事デアリマス!相手ヲ全ク寄セ付ツケナイ、正ニ圧倒的ナ」
「オービタルこれ仕舞っておいて。あといつも通り救急車、呼んでおいてね」
「カ、カシコマリ!」
「…ごめんなさい。全部終わったらちゃんと罪を償いますから」
「セツナサマ…」
「さ、帰ろうか。なんか疲れちゃったね」
「…セツナサマ、オービタルハドコマデモカイトサマトセツナサマニ着イテ行クデアリマス!」
「ありがとう、ごめんね。…あなたたちも、こんな事させてごめんなさい。」
少し離れたところで見ていたオービタルが近づいてきたのでいつも通りの指示を出す。にっこり笑って話しかけたが気を遣われてしまった。兄の前ではあまり言えない本音がオービタル相手だとぽろりと零れる時が多くて困る。
デッキを取り出してそっと撫でる。一緒に戦ってくれている心強い私の仲間たち。本当は、こんなことをさせたくはない。
ごめんね、もう一度呟くと一番上の銀河眼が悲しげに咆哮をあげた気がした。
私の父、俗に言うDr.フェイカーはハートランドの創造主と呼ばれる存在だ。天才的な頭脳をもつ科学者で、いくつもの革新的な発明が今現在のこの街を創り上げたといっても過言ではない。
市内の中心にある特徴的なこのハートの形を模したタワーの最上部が私達家族の住まいとなっている。タワー内部は研究棟、最下層はごみ処理施設となっているようだが私が立ち入ったことはほとんどない。
タワーに戻れば深夜だというのに兄は眠るハルトの側にいた。この人がゆっくりと休んでいる姿をもう暫く見ていない。
戻ってきた私とオービタルを見ると立ち上がりながら声をかけてきた。
「戻ったか。…オービタル、回収したナンバーズをMr.ハートランドへ渡しておけ」
「カシコマリ!」
「寝てなかったの?ハルトは」
「この後少し休む。ハルトの体調は良い、よく眠っている」
「そう…、ならよかった」
弟の眠るベットまで歩み寄る。穏やかな顔のハルトからは微かに寝息が聞こえた。静かにベットに腰かけてハルトの頭をなでるとほっと息を吐く。
「…また一つ、ナンバーズを集めてきたよ。もう少しだから、」
待っててねと小さく声をかけると視界の端でそっと兄が顔を伏せた。本当は、私がナンバーズの回収に関わるのは嫌なのだろう。
その姿を私は見ないふりをし続けている。
♯
「やあやあ久しぶりじゃないか、セツナ」
この男に会うのは二度目だった。父を尊敬して部下となったと挨拶してきたその男は、初めて会った時からやたらと胡散臭くて嫌な印象を抱いたのを覚えている。
突然目の前に現れたハートランドに警戒すると、その男は嫌らしく笑みを浮かべながら私に向かって次々と驚愕の事実を告げた。
それは、私が兄と弟の傍を離れていた間から今に至るまで二人にあった出来事だった。
父が弟の病気を治す方法を見つけた。だが、その方法には「ナンバーズ」と呼ばれる特殊なカードが必要となる。ナンバーズは通常のカードと違い不思議な力を有しており、100枚存在するが今は至る所に散らばっている。
何より、手にした者の悪意を増幅させる効果があるらしい。デュエルで勝てば所有者からナンバーズを奪う事が出来るが、我々の今の科学力ではナンバーズそのもののみを奪う事は出来ず、所有者の魂ごと奪い取る事になる。魂を奪われた者は廃人になってしまうと。
兄は弟の為に「ナンバーズハンター」としての訓練を受け、結果的にデュエリストとしての能力を格段に上げた。今は日々、ナンバーズハンターとしてデュエリスト達からナンバーズを回収していると。
「だが、ナンバーズを集めるのは過酷でね。いくらカイトが優秀と言えど道のりは長そうなんだ。
ーーああ!キミの様に凄腕のデュエリストならば、即戦力となってカイトも多いに助かるだろうが...」
でもキミにはこれから大事な大会が控えているし...、悪かったね、この事は忘れてくれたまえ。
態とらしくそう言って私の前から去っていこうとするハートランドを呼び止める。
「.....連れてって」
「ん?」
「だから、私を兄さんのところに連れて行って」
「いいのかい?きっとカイトはキミを巻き込まない為に何も知らせなかったのだろうに」
「ここまで言っておいて何を今更....、白々しい。いいから早く連れてってよ」
そう告げると目の前のハートランドの顔が一際愉快そうに歪んだ。
「お前...、何故此処に....」
「どうして今まで何も、私に言ってくれなかったの」
「......」
「黙ってないで、何か言ったらどうなの!?」
「おいおい、穏やかなノリじゃねぇな」
「君はカイトの妹の...、カイトは今疲れている。用事なら後に、」
「私は今、兄と話してる。部外者は黙ってて」
「っ、」
「...おお、怖」
ハートランドに連れられ、自分の家に戻ってきた。これまで立ち寄ることのなかった研究棟の中に兄はいた。
出会うなり兄の胸ぐらに掴み掛かりながら怒鳴り散らす。兄は目を逸らしたまま何も答えない。
近くにいた男女二人に止めに入られるが、手を振り払って思い切り睨みつけると二人とも怯んだ様に動きが止まった。
「おやおや部外者とは寂しい言い方じゃないか、セツナ。これからは同じ目的の仲間になると言うのに」
「!Mr.ハートランド、貴様...」
「そんなに怖い顔をしないでくれたまえ、カイト。セツナとは『偶々』再会してね。キミやハルトの事を話したら是非此処に来たいと言うから連れてきたんだ。
....さて、ゴーシュ、ドロワ。カイトとセツナは兄妹水入らずで話したい事がある様だ。我々は退散しようじゃないか」
最近調子が悪いそうだね、彼女の事は私からのプレゼントだと思ってくれたまえ。
嫌味の様にそう言いながらカイトの肩を叩くと、止めに入った二人を連れて去って行った。
ハートランドタワーの中枢、無機質な研究室棟の廊下に二人。人払いされたのか誰も通る事はない。
掴んだままだった胸ぐらを離す。代わりに胸元に自分の額をこつん、とくっつけながら兄に問いかける。
「どうして、ひとりで全部背負い込むの。私そんなに役に立たないかな」
「...っ、違う!それは」
「わかってるよ。私を巻き込みたくなかったんでしょ」
きっともうずっと前からこうだったのだろう。連絡するたびに疲れた顔と声の兄。やっと合点がいった。
兄がこういう人間だと、わかっていたのにひとりにしてしまった。私だけが何も知らずに、何の苦しみもなく楽しく過ごしていた。
ごめんなさいと何回謝っても足らない。兄ひとりに重い重い罪を背負わせてしまった。
だからこれからは、この先は私も同じ、いやそれ以上の十字架を背負う。
「私も一緒にナンバーズ集めるよ」
「!?ダメだ、罪の無い人間の魂を奪い取っているんだぞ!それにナンバーズを狩る為のフォトン・チェンジは身体にかなりのダメージを受ける。お前にそんな事をさせるわけには...」
「そっか、だからそんなに疲れてるのね」
ぐっと押し黙る兄に微笑みながら畳み掛ける。
「ここまで知って、今までと同じ様に何も知らないふりをしてまた外で楽しくカード遊びしてこいって言うの?そんなの出来るわけない。それに、逆の立場なら兄さんだってこう言うでしょ」
「....っ、それは....」
「ねえ兄さん、やる事が変わっても目的は変わらない。私ハルトの為なら何だって頑張れるよ」
今までひとりにしてごめんね、お願いだから一緒に背負わせて。ふたりならきっとすぐに終わるよ。
兄を見つめて笑う。上手く笑ったつもりだが、兄の顔は途端に苦しみと悲しみの混じり合った色に染まった。
その顔を見ていられずぎゅっと抱きつく。言い聞かせる様に大丈夫、もうひとりで頑張らないでいいのと背中を撫でると弱々しく私を抱きしめ返す兄が小さく震える声で済まない、許してくれと懺悔を繰り返した。返事はせず、小さく首を振り続けた。
ああ、私の世界かぞく。気づかない内に壊れてしまっていた。
元に戻す為には今持ってるもの全て捨てなくちゃならない。今まで勝ち取ってきた称号も自由にデュエルを楽しむことも、好敵手ライバルと交わした約束さえ果たす事は叶わない。
ただそれでも、何を犠牲にしても、やらなくちゃいけないことがある。
だから、あの日から私はその全てを捨てて悪魔に魂を売ったのだ。
♯
「......おい、セツナ」
「、っ。何?」
「....さっきから呼びかけているだろう、まさか体調が優れないのか」
「いや大丈夫、ボーッとしてただけ。もう寝るよ、兄さんもしっかり休まないと倒れちゃうんだからね」
「今は「カイト」と呼べと言ってるだろう。俺の身体はそんなにヤワではない」
「家の中くらい好きに呼んでもいいでしょ。ヤワじゃなくても無理すればぶっ壊れんの。私達ロボットじゃないんだから」
全く、と悪態を吐きながらハルトの頭を撫でる。
ナンバーズハンターになると決めた時、兄からは三つの条件が出された。
一つは必ずオービタルの時間停止能力を使用し、姿は「天城セツナ」とわからぬ様にすること。二つ目は表では兄の事を名前で呼ぶ事。そして三つ目はサイバーで構築されたデッキを使用しない事。
私は世間に顔と名前が割れすぎている。ナンバーズを奪った後相手は廃人となる為、基本的に私の犯行とバレる事は無いが混乱を避ける為の対応だそうだ。使用するデッキに関しても私がサイバー流の顔とも言える存在だった事を考えると納得の対応で、特に継承者と後継者にしか所持が認められないサイバー・エンド・ドラゴンに関しては現状私と、私の師匠しか所持していない。自分だとバレる事はともかく、師に迷惑はかけられない。それにサイバー主体のデッキはナンバーズを組み込みにくく、対ナンバーズとして使用するには不向きだ。
「(ま、こっちがナンバーズを組み込まなくたって相手を倒す事なんて簡単だけど)」
そうは思いつつ、今は兄と似通ったギャラクシー主体のデッキを使用している。構築はほぼ同じだが、実は僅かにサイバー流の要素を組み込んでいるのは兄には秘密だ。仮にバレたとて私とバレるレベルでも無い。
「大体、別に呼び方なんて大きな問題じゃないでしょ」
「....誰かに俺達が兄妹と勘付かれればそれが弱みとなる可能性がある。最初にも言っただろう」
「はいはい、念には念をね」
わかったわかった、そう返事をしながらハルトにおやすみと告げるとベットから立ち上がる。明日は登校するつもりだがあと何時間眠れるだろうか。眠らなければいけない、休まなければならないと思うほど目は冴えて、眠りは浅くなる。兄に休めと言いながらこっちもこのざまとは笑ってしまう。
「…じゃ、寝るから。兄さ…カイトも早く休みなね」
「…ああ」
そう声をかけると広いリビングをでて自室に戻る。パタンと扉を閉めると服を脱ぎ捨てながらベットに転がった。シャワーを浴びたい、化粧も落とさなくちゃと思いながらもそんな気力は1ミリたりとも残っていなかった。そんなに時間をかけたつもりはないのにやはりフォトンチェンジ状態は疲れる。
もう全部起きたらでいいや、そう思いながら意識を手放した。