俺は特別な者になりたい願望があった。
いつから、どういう理由だったかは忘れたが、これを自覚したのは中学生に入ってから、もっと言えば小学校卒業時点で。
これがいわゆる厨二病と言われればそれまでだが、どうにもそう言う表現がしっくりこない、特別と言う定義が、恐らく俺の中では違うらしい。
俺の思う特別は、そうだな、いきなりだが俺の親友の話をする。
俺の親友である〝
けど完璧なモノがこの世にないように、奴も完璧でない所はある、お人好しな性格なせいであらゆる問題に首を突っ込む、困っていたらほっとけない、出来そうなら一人でやる、他人を頼るのが下手くそのくせに他人を助けるのは人一倍上手い奴だ。
俺は奴こそ特別だと思う、幼い頃から見ていたからそう思うのかもしれない、俺もそうなりたいと、何度も思った。
俺と奴で何が違うのか悩むこともある、素直に羨ましい、妬ましい、それ以上に誇らしい気持ちもある、こんな特別な奴を親友と呼べることに。
単純に付き合いの長さもある、同じ場所で学んだ縁もある、俺の覚えてないくらい昔に仲良くなるきっかけがあったのかもしれない、俺の親友こそ特別、俺のなりたい特別だ。
けど、そんな奴とも別れる日は来る、高校卒業後、俺は地元で就職、奴は都会へ進学、恐らくもう会うことはないと、俺から無言で一方的な絶縁をした、奴の方から言われたら、俺は耐えられない。
あれからもう一年、高々一年、されど1年、何といえばいいのか、一方的に関係を断絶したわりに、俺は心の何処かで奴が連絡することを待っていた、我ながら面倒な性格していると何度も恥ずかしくなった。
そして、と言うか、なんとなく、と言うか、俺は仕事を辞めてしまった、肌に合わない環境だった、後悔はない、けど少し焦った結果だったかなと思うこともある。
地元での就職だったが、実家から離れた場所だったから一人暮らしだ、たまに親が訪ねてくるくらいで、基本一人、一人だけの部屋ってのは広い、さみしくなるくらい広い。
現状俺は無職、仕送りをしてれる親に悪いのでバイトで食いつないでいるが、本質的無職、早く仕事を探さねば、と思う反面、面倒なことが多いから同じ所で足踏みを続けているのも事実。
早く、と、出来るだけ、と、なるべく、が俺のなかでずーっと引き伸ばされていく、人生が無限ならこんな事ないのにな、と毎日無限について哲学する日々だ。
無限ってな、200種類あんねん。
嘘だよ、無限は無限ゆえに無限なので、如何なる数式に無限を入れたとしても全部無限になる、よって無限は無限種類あるのだ。
と、このような無益な思考のやめ時を失っている。
哲学ついでに混沌は無限じゃねって話もある、あらゆるモノが混ざり合う混沌は、原因と結果、矛盾、白と黒、あっちとこっち、全てであり、全てでない、何でもあるのに何にもない。
これって無限に見えてこない? 限り無いモノは、全てを包む、全てをそれにする、つまり何でもあって何でもない、とも言える、言葉遊びだけどね。
最近は無限〇〇って食べ方にシンパシーすら感じるようになってきた、末期かも。
はー、特別になりたい、奴に会いたい、けど怖いなぁ、怒ってそうで。
さて、思考を切り替えて行こう、嘆いても就職できない、金は手元に入ってこない、何より特別とは言えないだろう。
今のところ俺はよくある若者ムーブかましてさっさと仕事辞めて次がない男だ、特別とは言えない、特別な存在になる努力もしてないことはないが、微々たるもの。
買い物で余った小銭を募金箱に入れてみたり、拾った財布を交番に届けたり、道に迷った人を助けたり、人よりちょっと大きい声で挨拶してみたり、思いつく限りの身の丈にあった特別をやってみる、当然、奴を参考にしている、意識的にも無意識的にも。
いつかまた、何処かで、奴に会うことがあれば、せめて以前の俺で接したい、今の俺はどうにも情けない、特別である奴に並んで歩けるような、立派な人間ではないから。
俺は俺の皮を被る、虚勢とも言うね。
まぁ、被る日が来るとは思わないけど。
◆
「……ひさし、ぶり?」
困ったような、嬉しいような、曖昧な顔、そんな顔でも俺は奴を奴と認識した、全然変わらない、むしろ前より若く見える、変な話だが、若くなって成長したような印象すらある、特別だとは思っていたがそんな人間離れした成長するとは思わなかったなぁ。
俺は、奴、いや、早乙女童子の顔をマトモに見ることができない、たまたま偶然、よく使うスーパーの前で出会っただけだというのに。
帰ってくるなら帰ってくると連絡を……入れられないようにしたのは俺か。
「よ、よぉ……へへっ」
なんとかひねり出した言葉もへにょへにょな笑いだったし、笑ったと思った自分の顔も多分歪んでる、情けなくなるほど。
奴は、女性みたいに綺麗な顔をしている、最近は男もメイクとかするからその譜系だろうか、前より若く見えたのはそのせいか、そんなメイクとかする性格だったかと考えていると、早乙女童子の隣にスーパーから出てきたギャルギャルしい女性が並ぶ、両手いっぱいの野菜を抱えて。
影響があるとしたら、彼女だろうか、メイクばっちり、髪も決まってる、いかにもデートを楽しむ女性。
「早乙女くーん! 鍋パの準備オッケー! …………あ、えと……因縁の相手……?」
俺と早乙女童子の間に流れる妙な空気を察したのか、ゆっくりと後ずさり、奴のすぐ斜め後ろで待機するような、控えるような、そこに収まった、その位置で問題ないと言うと、やっぱり彼女だろうか。
こんな状況でなんて言えばいいか、再会を喜ぶのか、一方的に絶縁したことを謝ればいいか、もう立ち去ったほうが良いのか、彼女をダシにこの場で会話に弾みをつけるべきか……悩んだ結果、逃げることにした。
「じゃあな、鍋パ楽しめよ」
「えっ、綾人──」
自分でも驚くほど別れの言葉が言えた、その勢いに乗って、早乙女童子の声を背に、俺は早足でその場から立ち去った。
結局俺は奴の前で、以前のように振る舞えるわけがなかった、今の俺は、今の俺でしかない。
スーパーから、俺の住むアパートまで、軽くウォーキングをする程度の距離がある、額が少し汗ばむ程度のだが。
その道中で、俺はどうしてあんな事を言ってしまったのかと後悔する、後悔すればするほど足が遅くなり、いつもの道が長くなり、時間の流れが速くなり、夜が近づいてくる。
アパートの前に来る時にはもう、月は天辺で輝いている。
「どうして、ああ言ったんだろうな」
今度こそ、今度こそ絶縁したと思う、向こうは歩み寄ってくれていた、1年も口を聞かなかった奴に、自他共に親友と認め合った仲なのにだ、そんな奴に恨みの一つこぼさずに、出会い頭で詰め寄られてもおかしくなかったのに、曖昧でも笑ってくれた。
「どうして俺は……はぁ……」
奴がそうだと、自分が気まずいからああ言ったんだろうな、情けないと言うか厚顔無恥と言うか、アホ。
恐らく次に顔を合わせたら、お互い無視だ、そこが空気だと思うくらい無視するだろう、俺は少なくともそうするしかない、向こうがどんだけ恨んでようがそれに対する弁明の権利も無くした。
「あーあ、もう……あーあ……」
今日はさっさと飯食って、寝た。
◆
あれから一ヶ月、奴の顔も声も、忘れてきた。
だけど、奴と出会った一ヶ月前からと比べると、今の精神状態はいい、やる気が溢れてくる、何と言うか、久しぶりに俺の感情がオーバーフローしたせいで、一周回った気分だ。
俺は真面目に仕事を探す、求人サイトを片っ端から眺めて、良さそうなサイトに情報を登録してその間にも自分で探す今時スタイル、時間が掛かると思っていたら意外なほど早く仕事が一つ、案内が届いた。
〝警備会社タマイチ〟
条件は他の警備会社に比べてとても良い、給料も、休みも、けど口コミが一つもないのは不自然だ、闇バイトの隠れ蓑かもしれないと、会社名で検索すると普通に優良企業として紹介されたサイトやニュースが目につく。
「お、おー……お〜ん……」
かと言って、警備……そこまで体力に自信があるわけでもない、警備員という職業をよく知らない、どうだろう、俺に向いてないかもしれないが、一応俺が入力したデータから向いていると思われているから、紹介されたわけだ。
ここはダメ元で受けてみるのが面白いか、どうやら面接だけらしいし、面接だけなら数をこなしてきたからな。
〝警備会社タマイチ〟
早速サイトを通じて応募するとすぐに、というか異常なほど早くメールに面接日時が指定された地図付きのメッセージが送られてきた、張り付いてたのかと思うほど。
対応が早いのは別にマイナス要素ではないし、勝手に指定されたがどの道、都合のいい日なんてこじ開ければいつでも作れる。
けど、口にはしない変な感覚を覚えつつ、面接日までに身嗜みとスーツをクリーニングしておいた。
そして当日、俺はメッセージに添付された地図に従ってとある場所へとやってきた、警備会社タマイチと銘打たれた看板がある、田舎に住む俺が田舎だと思うほどの田園風景に囲まれ、ぽつんと佇む小さなビル、不自然なほど浮いて見える。
「こ、ここか? ここなのか? スーツよりも作業着の方が良かったか……?」
俺は上下をスーツで決めて、靴は革靴、鞄も一応筆記用具やなんやら用意してある、メールには服装自由、持ち物不要、とあったが一応念のため。地図を事前に確認しておけば長靴も一つくらい用意したかもしれない。
小さなビルのその手前に駐車場がある、10台停められるくらいの割と広めの駐車場、そこにはもう三台ほど一般車が停まっているが、何かしらの改造がされている、マフラーとか、フロントガラスとか、恐らく車検がギリギリのギリ通らないと思うラインで。
「大丈夫かこれ……」
心配が膨らむがもう来てしまったし、行くしかねぇ、小さいビルに目かげて早足で歩く、自動ドアを通り抜け、受付のお姉さんを見つけると、俺は息を呑んだ。
「こんにちは、本日はどのようなご要件でしょうか?」
あのギャルである、奴の、早乙女童子の隣にいたギャルが、メイクや髪をそのままにスーツへ着替えたのかというほどそのままいた。
俺は心臓が一回飛び出したような衝撃だったのに、向こうは俺のことは忘れている、気が付いてすらいない、それでいいんだが、少しモヤっとする。
「あの、本日面接に伺いました、
「ああ! 面接! 少しお待ちください! 社長に連絡します!」
よい笑顔で対応されて、手早く内線電話で社長に連絡を入れるギャル、なんだろう、ギャップではないな……割とそのまま対応されたし、仕事と見た目が釣り合わない違和感かこれ。
3コールしたあとにギャルの電話に社長が対応したのか、ギャルはそれなりの丁寧さでうんうんはいはいと指示を聞いている、俺はそれを聞こえないラインまで下がって、様子を見ていた。
5分ほどで電話が終わったので、タイミングを見計らって俺はギャルに近寄る、ギャルは電話中に書いたメモを見つつ、イスから立ち上がって奥の扉の前へ行く。
「えっとですね、今から面接が始まります、まずはこの扉の奥まで行ってください、本当に本当の
「は、はぁ……分かりました、奥ですね」
そこまで言うほどの広さではないと思ったけど、ギャルは心配性なのか、俺へと最大限歩み寄った対応なのか、親切心は感じられるし、多分そうだろう。
「では、面接頑張ってください!」
ギャルが言葉と共に扉を開く、その瞬間。
──ゴォォォォォ……
「っ!?」
部屋中の空気がその扉に物凄い勢いで吸い込まれていく、立っているのがやっとで、思わずテーブルを掴むとカバンを手放してしまい、扉へと吸い込まれていく、目で追いかけると扉の奥には暗闇だけが広がり、そしてはるか向こうに何かがあるような光が見えた、どうしてかそこが宇宙と思ってしまう、違うのにそう感じさせられているような気味悪い現象が起きている。
ギャルは台風にも似た風の中、平然とそこで立っている、俺は説明を求めるように目をみた。後悔するほど悪い顔していた。
「さぁさぁ! レッツゴー!」
──ゴシャッ!
「ええっ!?」
ギャルがそのヒールで思いっきりテーブルを蹴り上げるとしがみついていた俺ごと体が浮き上がるほどの衝撃、しかし不思議なほどダメージがなく、紙切れが風に舞うように扉へと吸い込まれていく。
焦る、死ぬ、死ぬんでしまう、嫌だ、あの扉に吸い込まれればこの世ではない者になってしまうような気がする、今が夢だと、そう思えたら……無理だろ。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
深淵にでも繋がってるような扉に吸い込まれた俺は、その扉が閉じる音と共にその意識が途切れた。